写真: (ノルウェー看護協会の許可を得て転載)写真①. 写真: (ノルウェー看護協会の許可を得て転載)

ノルウェー国政選挙レポート2009【2】

最終更新日: 30/10/2009 // 三井マリ子さんによるシリーズ寄稿、ノルウェー国政選挙に関する第2回目のレポートです。

選挙と男女平等 三井マリ子
【第2回 争点は高齢者サービス -女性が支える福祉社会】

ノルウェー国政選挙投票日を目前に控えた9月12日(土)の朝、ノルウェー最大の日刊紙アフテンポステンをめくっていた私の目に、見開き全面を使った大きな広告が飛び込んできた。主要8政党の全党首が、病院のナースステーションらしき場所で公約を述べている合成写真だった(写真①)。政党党首がうちそろって病院に視察に来て、会議をしているかのような風景だ。左隅に立つ白衣の看護師の質問「男女差別賃金を減らす具体策は何ですか。いつ、それを実行しますか?」が、全体の見出しになっている。広告主はノルウェー看護協会だった。

福祉現場の賃金格差
その前のページもカラーの全面広告だった。青い制服の女性介護士が「私は、自分の仕事が脅かされるような投票はしません」と語っている。その台詞が大見出しとなっていて、下には「私は仕事を守るために9月14日の一票を使います。あなたも、あなたの仕事を愛しているなら、そうしましょう」とある。さらに加えて、労働時間の増加や正規職員の減少を画策する改悪勢力に待ったをかけるのは赤緑連合だ、と語りかける。こちらは公務員組合が広告主だ。

こうした広告を打った背景には、公務員削減や病院・高齢者施設の民営化を唱える進歩党の人気に、関係組合が危機感を募らせたことがある。今回の選挙の最大の争点のひとつは、「高齢者サービス」だった。この業界は女性が非常に多い職場でもあることから、男女賃金格差や労働条件をどう改善するかに議論がしぼられた。

”ナースステーション党首会議”広告を作ったノルウェー看護協会に取材を申し込んだ。オスロ駅近くのオフィスに出向くと、「ハーイ、コンニチワ」とTシャツの男性が現れた。キャンペーン担当のトールゲイル・K・フィルケスネスさんだった。

命を預かる仕事の価値が低い
「このリーケルン闘争は僕にとって極めてチャレンジングな仕事です。ノルウェー全体でみると、女性の賃金は男性の85%です。実に馬鹿げていますよ」。
彼は熱っぽく続けた。「さらに馬鹿げたことに、看護職の賃金は全職業を100とすると79です。看護職内では男女は全く同一賃金です。看護職そのものの賃金が低いのは、看護職に女性が圧倒的に多いからなのです。人の命を預かる仕事が、機械をいじったり、土木工事をしたり、お金を回したりする仕事より価値が低くみられている。ここが大問題なのです」

看護協会は選挙を射程に入れて、協会内に「リーケルン闘争」特別班をつくった。リーケルン(Likelønn)とは、「男女同一価値労働同一賃金」を指すノルウェー語だ。たとえば秘書と警備員のように異なる職種でも、仕事の価値が同程度と見なされれば同一の賃金を支払うことをいう。仕事内容を責任の重さや精神的負担などに応じて点数化し、同じ点数の仕事なら、これを同一価値労働という。世の中の諸々の職場をこの方法で査定し直すと、女性の多い職場が男性の多い職場より賃金が低い、という傾向がはっきり見て取れる。

髭をつけた女性のポスター
リーケルンは昔から働く女性たちの重要な運動テーマではあった。しかし、ノルウェー政府がこれに真正面から取り組んだのは2006年のことだ。その年、政府内に「リーケルン委員会」が創設され、EU加盟反対運動で名をはせたアンネ・エンゲル中央党元党首が委員長に就任した。彼女は、看護師出身だった。2年間かけて格差についての実態調査がおこなわれ、提言がまとめられた。

内容は「まずは、公務員の中で女性が極端に多い職場の賃上げのため、30億クローネ(450億円)の特別予算を組むこと」と実に具体的だった。これが、ノルウェー看護協会の今回の運動に発展していった。

写真: M.Mitsui写真②. 写真: M.Mitsui

看護協会は、今春からポスター作戦に打って出た(写真②)。ポスターは、横一文字の髭をつけた女性の看護師が意味ありげな笑みを浮かべて、「一筆で格差を減らせますよ」と語る。髭は男の象徴だ。「髭のあるなしだけでこんな格差があっていいのか」と訴えているのだ。あらゆる駅や公共機関に貼り、新聞や雑誌やWebに広告を出した。これが当たり、ポスターが市民に持ち去られる現象が起きた。町からポスターが消えたのだ。300万クローネ(約4500万円)をかけたキャンペーンは大成功だった。

党首8人の回答
そして投票の前日、キャンペーン第2弾として、冒頭に紹介した“ナースステーション党首会議”の意見広告が打ち出されたのだ。同協会はこれに150万クローネ(約2250万円)を投じた。広告は発行部数が1位と2位の全国紙、および主要地方紙に載せられた。

広告の中で8人の党首は次のような回答を寄せている(翻訳・要約は筆者)。この8党は、国会に議席があった政党7党に、国会に1議席を送る可能性がある赤党を加えたものだ。発言順は写真の左から右へ(写真①)。

  • 自由党「介護・看護にかかわる職業の人たちの賃金を増額したい」
  • 左派社会党「2010年の賃金査定は女性中心でいく。男女平等賃金特別枠を実行する」
  • 赤党「2010年の国家予算に男女平等賃金特別枠を取り入れる」
  • 進歩党「政権獲得の暁には最初の100日で公務員の女性職員の賃上げに取り組む」
  • 保守党「公務員の賃上げを目指し能力を重視する」
  • 労働党「2010年に男女賃金格差是正を含めた低賃金解消の予算を組む」
  • 中央党「4年間の任期中に男女平等賃金特別枠導入に取り組む」
  • キリスト教民主党「男女平等賃金特別枠に取り組む政権を支持する」

何人かの党首が口にしている“男女平等賃金特別枠”とは、「男性100に対し女性85という現在の男女賃金格差を解消するための30億ノルウェークローネ(約460億円)の予算」を指す。2008年、国のリーケルン委員会が提唱した男女賃金格差解消のための予算枠のことだ。

女性が支える福祉社会
この広告と呼応するように、看護協会ホームぺージでリズベス・ノーマン代表はこう呼びかけた。「ノルウェーは質の高い福祉の国として国際的に知られています。その福祉社会を背負っているのは女性労働者です。しかしこれまで、政党は男女賃金格差解消を優先政策に掲げませんでした。2009年の選挙で高齢者サービスが最優先の選挙課題となったのを機に、私たちは、男女賃金格差はあってはならないと主張しました。政党によっては非常に具体的な実行策まで明言しています。有権者の賢明な判断を期待します」

ともあれ選挙は、既報のように赤緑政権が勝利した。自由党は党首が落選し、赤党は1議席もとれなかった。進歩党は、女性の党首をシンボルに掲げて、男女平等賃金解消も約束し、女性票取り込みに励んだ。しかし、ノルウェーでは介護・看護などの福祉労働者のほぼ全員が公務員である。全女性労働者の47%は公務員だ。男性の18%よりはるかに多い。福祉の現場は女性たちが支えているのだ。その女性たちは、進歩党の主張してきた極端な民営化路線と「賃上げの約束」の間に矛盾の臭いをかぎとったようなのである(写真③)。

写真: M.Mitsui写真③. 写真: M.Mitsui

第1回のレポートで紹介したように、今回の投票動向をみると、進歩党に入れた女性の票数は、男性の票数の2分の1だった。その逆は左派社会党で、女性票は男性票の2倍だった。

写真(すべて筆者撮影):
①新聞の見開き全面を使った「男女賃金格差解消公約」(ノルウェー看護協会の許可を得て転載)
②髭をつけた女性のポスター「一筆で格差は減らせますよ」が貼られたビル
③候補者討論会。話を聴く人たちにも高齢者や高齢者介護をしている世代が目立つ


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