写真: M.Mitsuiヘードマルク県から選出される国会議員候補の選挙討論会。狼問題が浮上した。左から労働党(法務大臣)、進歩党、保守党、左派社会党(カーリン・アンデシェン)、一人おいて中央党の各候補。ルーテン市にて 写真① . 写真: M.Mitsui

ノルウェー国政選挙レポート2009【3】

最終更新日: 16/11/2009 // 三井マリ子さんによるシリーズ寄稿、ノルウェー国政選挙に関する第3回目のレポートです。 選挙を通してノルウェー人が大切にする「平等」とは何か、を探ります。

選挙と男女平等  三井マリ子
【第3回 平等を大切にする国民性】

ノルウェーには19の県と430の市がある。オスロのような人口58万人の県(市でもある)がある一方で、20万人に満たない県が8県もある。北部のフィンマルク県はわずか7万人だ。市についても、3大都市を除くと平均9000人程度で、人口の少ない小さな市が大部分だ。

しかし、人口が少なくとも決して存在感を失わないところがノルウェー的である。選挙になると、この小さな市が大きな力を発揮する。ヘードマルク県を例に、地方自治体が国政選挙にどう力を及ぼすかを見てみる(写真①)。

ヘードマルク県から見た国政選挙
ヘードマルク県は人口約19万人。スウェーデンとの長い国境に接した農林業中心の土地だ。牧畜業者も多く、夏になると放牧している羊や牛の群れによく出あう(写真②)。この県は22市をかかえ、国会議員の定数は8議席。選挙結果は、労働党4、中央党1、左派社会党1、保守党1、進歩党1。うち女性は3人。

写真: M. Mitsuiヘードマルク県トルガ市は人口わずか1600人。農家は深刻な後継者問題をかかえる。グレーテ・ブッティングスルード(左)は、牛を放牧・飼育・乳搾りをする「ブディエ」。古くから女性の職業とされている 写真② . 写真: M. Mitsui

労働党からは4人当選したが、他は1人ずつだ。ということは、労働党以外の政党で国会議員をめざすなら、党内候補者リストの1番目(topplisten)になる必要がある。女性の3人は、労働党リストの2番目と4番目、左派社会党リストの1番目の候補者だった。中央党、保守党、進歩党の当選者に女性がいなかったのは、1番目の候補が男性だったからだ。

どの政党から何人当選するかは、長年の投票動向をみればだいたい予想がつく。だから、比例代表制の候補者にとって最も大事な場は、候補者リストの何番目に登載されるかが決まる、政党の県候補者選定会議だといえる。この選定会議を定めているのは「選挙候補法(i)」という法律だ。

国会議員候補は市の会議でスタート
「選挙候補法」については、『男を消せ!――ノルウェーを変えた女のクーデター』(三井著、毎日新聞社刊)に書いた。まず、選挙の1年ほど前に県内の全ての市で、各政党は、「市の政党会議」で何人かの推薦候補を決める。市の政党会議のメンバーは、主に現職や元職の市議会議員だ。そこで決定された推薦リストを「県の選定委員会」にかける。県の選定委員会は、全市から上がってきた推薦リストをたたき台にして県の候補者リスト案をつくる。そして最後に「県の候補者選定会議」を開く。この最終決定の場の代議員数は、前回の選挙で各市が獲得した票数に従って厳密に決められる。その代議員によって、性、住居、職業、年齢などに偏りが少ないようリストが決定される。女性に関しては、進歩党を除く全政党が全体の40%以上を女性にし、男女交互に並べるのが慣わしになっている。

写真: M.Mitsuiヘードマルク県には牛や羊が多い。牛に挨拶をするオーモット市のオーレ・ナルッド市長 写真③. 写真: M.Mitsui

重要なのは、ノルウェーの国会議員候補は、全国の市の政党組織がイニシアティブをとり、県の政党会議で決まる、ということだ。政党の中央本部の意向や重鎮政治家の鶴の一声で決まるようなことはないのである。オーレ・C・ナルッド市長(ヘードマルク県オーモット市)のいう「ノルウェーの民主主義に一番貢献しているのは地方 (ii)」なのである(写真③)。

不公平を減らすための特別な議席
比例代表制は「死に票」が出にくい。これは、民主主義社会にとって極めて大事なことだと思う。さらにそれに加えて、選挙法にある「平等化議席」(utjevningsrepresentanter (iii))という制度にも感心させられる。平等化議席とは、政党の獲得票と実際の議席の間の差を是正するために設けられた特別な議席だ。実際、この平等化議席がなければ、ヘードマルク県からの女性国会議員は3人ではなく2人となっていた。左派社会党の女性は落選だったのである。

話を投票日の前に戻す。ヘードマルク県の友人が地方紙を見て、「左派社会党は1議席もとれないみたいよ。この党の1番目の候補カーリン・アンデシェンは、保育園の充実にも熱心だったし、女性やハンディのある人たちのために政治をしてきた。国会でもっと働いてほしいのに」と言った。友人の支持政党は左派社会党ではないのだが、彼女には女性としてぜひ当選してもらいたいと言う。

地方紙ウストレンニンゲンには、カーリン・アンデシェン候補の落胆顔とともに、選挙の最新予想が載っていた。「ヘードマルク県で左派社会党は絶望的」とある。前回、左派社会党は最下位で当選者1人を出したが、今回は、前回の8.8%より2ポイント落とし、6.8%しかとれないという。「狼問題がネックになった」と書かれている。

狼対策か動物愛護か
票を減らした「狼問題」とは何か。ヘードマルク県では、狼が羊や山羊を襲って、この被害に悲鳴を上げている人が多いことを指す。地方紙やTVの地方番組は、狼に食いちらされて血の海と化している家畜場を時々報道する。ところが、動物愛護の立場を貫く左派社会党は狼の殺戮に反対だ。同党のカーリン・アンデシェン候補は難しい立場におかれてきた。私の友人は、「ヘードマルク県の政治家たちは、狼問題について環境大臣(左派社会党)と話し合いにオスロまで行ったけど、会えなかったらしい」とも教えてくれた。

国政選挙の大勢がほぼ判明した9月14日の深夜になっても、テレビ速報は彼女を当選者にあげなかった。ところがびっくり。翌日の新聞を見たら、当選していた。「平等化議席のおかげです」と彼女が笑顔で語っている。

小政党を救う精神
カーリン・アンデシェンを一夜で落胆顔から笑顔に変えた平等化議席は、どのように決まるのだろうか。

選挙区となる全国19の県の選挙管理委員会は、定数から1議席引いた数の当選者を決める。その「残りの1議席」こそが、平等化議席と呼ばれるものなのだ。県に1議席ずつ全国で19議席だ。県選管は、投票が締め切られた後、国選管に政党ごとの“獲得票”を伝える。この“獲得票”の計算方法には面倒な規則がある。この面倒なプロセスに、弱小党救済の精神がこめられている、と私は思う。すなわち、選挙区で1議席もとれなかった政党は、得票数がそのままだが、一方、選挙区で議席をとった政党は、その選挙区での得票数を、議席数を2倍してさらに1を足した数で割った数字が“獲得票”とされる。そして、県選管から国選管に伝えられた政党の“獲得票”が国全体で計算される。次に、国全体の各党の“獲得票”を選挙区の各党獲得議席の平均得票数で割る。この“商”が最大となった県政党に1議席を与えるのである。

こうしてヘードマルク県の定数8のうちの残りの1議席、すなわち平等化議席が、カーリン・アンデシェンに回ってきた。

アノラックを着た首相
比例代表制、候補者を決めるプロセス、平等化議席…これらに、私は、力の弱いものを見捨てない社会を目指そうとするノルウェー人の意志を見る。しかし、平等という価値は時代とともに薄れる傾向にある。そうした時代の変化を悲しむ歌「アノラック」が、数年前流行った(iv) 。第2次大戦後のノルウェーに福祉社会の礎を築いた労働党のゲルハルトセン首相を歌ったものだ(下記)。こういう歌が流行ったこと自体、平等という価値を大切に思うノルウェー人が、まだ大勢いることの表れと、私には思える。

アノラック (by Odd Børretzen)
昔、昔、国会に自転車で通ってた首相がいた
ズボンの裾に自転車用バンドつけて
日曜はアノラックにニッカーボッカーでスキーに
妻子も一緒に、キャンプ用コンロを持って・・・
王様は電車に乗って切符代を払おうとした
67歳になっていないから、と。

昔、昔、人はみな平等なんだと思ってた
金持より、労働者は、少しだけ、もっと平等なんだと
金持も、労働者と同じ病院のベッドで死ぬんだと思ってた
で、フード付きのアノラックはどうなった? 
スリッパや厚手のセーターは? 魔法瓶は? 
靴擦れは? リュックサックは?
いったいゲルハルトセンはどうなった?

で、あの公平という、一昔前の夢はどうなった?
どんな人間もみな平等だという考えはどうなった?
国の住宅貸付銀行はどうなった?
バッレ法務大臣はどうなった?
犯罪者を塀の中に閉じ込めない方法がある、と言ってたね

こう思うのは、
大株主というアメリカに住む動物が、
葉巻をくゆらせ、商法片手に金儲けしているのに、
ブロンクスじゃ、黒人が、焚き火の前に立ちすくみ、
両手をかざし、白い息をはきながらふるえているからさ
フラワー・パワー、メイク・ラブ・ナット・ウォーはどうなった?

クレッペ財務大臣はどうなった?
インフレ反対の政治はどうなった?
いつから、商法が強い世界に泳ぎ出たんだ?
デカイ福祉社会をつくる夢はどうなった?
ハンガリーから来た移民への歓待はどうなった? 
温かく、美しく、友好的な世界を作ろうという夢はどうなった?
そう、我々はいったいどうなった?
(translated by M.Mitsui)

注)
i    Act of Nominations
ii   大阪大学人間科学部公開シンポジウム「ノルウェーの政治とボランティア」(講師オーレ・G・ナルッド準教授、訳三井マリ子、1998年11月26日)
iii   LOV 2002-06-28 nr 57: Lov om valg til Stortinget, fylkesting og kommunestyrer (valgloven)
iv   Pål Repstad: “Norway—An Egalitarian Society?” in Eva Maagerø and Birte Simonsen (eds):Norway:Society and Culture, Portal Books, Kristiansand,Norway,2008

写真:筆者撮影


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