写真: M. Mitsui(写真1)結果が判明した9月14日深夜、記者会見に臨む党首たち。左から左派社会党、労働党、中央党、自由党、キリスト教民主党、保守党、進歩党。国会議事堂から全国にTV中継された。. 写真: M. Mitsui

ノルウェー国政選挙レポート2009 【1】

最終更新日: 20/10/2009 // 9月14日、4年に一度のノルウェーの国政選挙が行われました。国会議員の約4割を女性が占めるようになったことが、ノルウェーの男女平等を推し進めた大きな要因のひとつです。それではノルウェーの選挙制度はどのようなもので、そこに男女平等の問題はどのように関わっているのでしょうか?長い間この問題を研究している三井マリ子さんにシリーズでレポートしていただきます。

【選挙と男女平等  三井マリ子】
第1回 赤緑政権の続投(政党の動き、選挙の結果、選挙のしくみ)

ノルウェー国民は、9月14日の国政選挙で、労働党・左派社会党・中央党の3党連立による“赤緑”(De rødgrønne*)政権を選んだ(写真1)。投票日の直前まで、スウェーデン、デンマーク、フィンランドのように保守中道が政権を奪取するのではとの憶測が飛び交ったが、結局は社会民主政権の続投となった。
(*注:労働党、左派社会党は赤、もともと農民を基盤としていた中央党は緑で表わされる)

“赤緑”と呼ばれる連立与党は、労働党64、左派社会党11、中央党11の合計86議席を獲得した。国会の全議席169の過半数からわずか1議席上回っただけの辛勝だった。日本人の私は、与党の2人に何か不慮の事態が起きたら与野党が逆転するのではと思ったが、選挙法をみると、そうはならないことがわかった。ノルウェーには補欠選挙がなく、空席になった議員の所属する政党の補欠議員が繰り上がるだけなのだ。したがって、今の与党体制は、4年間は安泰なのだ。

選挙前には、進歩党が票を伸ばして、政権が中道左派から保守に移るのではないか、と騒がれた。進歩党の党首シーヴ・ヤンセン(40歳、女性)は、わかりやすい言葉でTV討論をリードし、次期首相候補かと注目された。減税・移民排斥・民営化を主張して、41議席(24.3%)を獲得し、第2党の座を磐石なものにした。しかし「尊敬する人」にマーガレット・サッチャーをあげるなど極端な民営化政策を主張したことが裏目に出た。

選挙中、保守中道陣営(borgerlig)に属する政党の中で「進歩党とは連立を組めない」との声があがった。保守党だけは、進歩党と組まない限り政権を奪還できそうにないと考えてか、投票日が近づくにつれて進歩党との連立を臭わせる主張に変わった。しかし自由党とキリスト教民主党は同調しなかった。こうした保守側の揺れる様子は大きく報道された。投票日前の最後の党首TV討論会でも、足並みの乱れを感じさせる発言があり、イェンス・ストルテンベルグ労働党党首(首相)は、「ほら、“赤緑”連立以外にないでしょう」とアピールして大いに受けた。とはいえ進歩党の躍進は、北欧福祉社会が変容し始めたことを感じさせる出来事ではあった。

今回の選挙を専門家はどう見るのか。私は、オスロ大学政治学部のハナ=マルタ・ナルッド教授に取材した。彼女は、こう分析してくれた。
「連立政権は1期で交替、というジンクスを破った点で歴史的です。過去、連立政権で2期目を勝ち抜いたのは1969年の選挙が最後で、時の首相は中央党のペール・ボルテンでした。それ以来、初めてなのです。歴史的な結果を生んだ要因はいろいろ考えられますが、忘れてならないのは世界経済危機への対応でしょう。他のヨーロッパ諸国は、世界経済危機を減税で乗り越えようとしましたが、ノルウェーの“赤緑”は、雇用を増やす政策を核にすえ、それが国民の心をとらえたのです」

そして、次のように付け加えた。
「今回も議席を伸ばした進歩党の党首は、選挙前に開かれた党大会の基調講演で、自分の曾祖母がフェミニストの闘士であったことを打ち明けました。女性有権者へのアピールです。でも、今回の投票結果を詳細にみると、進歩党に入れた女性票は男性票の2分の1でしかなかった。その逆は左派社会党で、女性票は男性票の2倍でした」

ノルウェーの選挙は比例代表制だ。有権者は候補者個人ではなく、支持する政党を選ぶ。政党が獲得した票数で、その政党から何人当選するかが決まる。18歳になったら、投票だけでなく立候補もできる。今年は、国会の169議席に3688人もが立候補した。女性は1557人で42%だった。これは、同時期にあった日本の衆院選での480議席への立候補者1369人(女性229人)とは大きく違う。議席は3分の1なのに候補者は3倍近い。

ノルウェーでは、議席が全国19県選挙区に振り分けられ、政党はみな、その県の定数以上の候補者をリストに登載しなくてはならない。たとえば定数17議席のオスロ。どの政党の候補者リストにも、20人前後の候補者が1番、2番…と番号をつけられて並んでいる。労働党は23人だ(写真2)。

政党は、選挙の年の3月末までに、各選挙区における定数以上の候補者を決めて、選挙管理委員会に提出しなくてはならない。小政党はさぞかしリスト作りが大変だろうと私などは思ってしまうが、実は、政党はこれぞと目星をつけた人を、その人の承諾なしに候補者リストに登載することができる。選挙法には「最高裁判所判事など断ることのできる人」以外は、断ってはならないと定めてあるのだ。実際には、前もって合意を得てから載せるとは聞いたが、こうした制度が立候補者を多くしている一因と思われる。

政党の数も多い。今年は23党が挑戦した。こんなにたくさんの政党が立候補する背景には、立候補にあたって、個人も政党もお金を1円たりとも負担しないでよいことがある。政党や政治団体は、各県の選挙管理委員会に候補者リストと政党規約文書を届けるだけで良い。応募条件は、前の選挙において国全体で5000票以上、当該県で500票を獲得していること。新しく挑戦する政党や政治団体の場合は、その県の住民500人以上の署名をつけて申請すれば良い。実にハードルが低い。

投票日(9月14日)の朝、1人の女性が、オスロ市庁舎の前に立って候補者リストの紙を通行人に手渡していた。「何をしているの?」と尋ねると、「環境党です。前回はダメだったのですが1議席ほしいので、こうして最後のお願いをしています。ノルウェー国会には議席がないけれど、ヨーロッパ全体をみれば力があるんですよ」という。「あなたは誰?」と聞くと、リストの1番目を指差して「これですよ」と笑った。そこには「ハンナ・マルクッセン、住所サーゲネ、1977年生まれ」と記されていた。

選挙運動期間は、特にいつからと決まってはいない。戸別訪問、ビラまき、集会など旧来タイプの運動に加え、インターネットや携帯メールなど運動は多種多様だ。無いのは、スピーカーをつけた宣伝カーによる連呼ぐらいだろうか。中央党の幹部をしている友人は、朝から晩まで携帯電話や携帯メールで支持を呼びかけていた。テレビによる討論会も多い。投票日が近づくと、全国の自治体の繁華街に、政党別の選挙テントが設営される(写真3)。そのテントのそばで、党員が選挙争点にどう取り組むかを書いた政党パンフレットや候補者リストを手渡しながら、支持を呼びかける。

前回の選挙では保育問題が争点だった。「すべての子どもが入れるだけの保育園の増設」を主張した中道左派政党が政権をとって、今日、保育園問題はほぼ解決した。今回もそれに似て、一番の争点は「高齢者サービス」など生活関連分野であった。次回は、選挙の争点をレポートしたい。

図 2009年国政選挙政党別・性別当選者数(候補者数)

政  党 女  性 男性 合計 女性の割合
労働党 32(138)  32(141)  64(279)  50(49.5)
左派社会党  3(144)   8(138)  11(282)  27.3(51.1)
中央党    7(139)   4(144)  11(283)   63.6(49.1)
保守党   9(125)    21(157)   30(282)  30(44.3)
キリスト教民主党  4(134)   6(143)  10(277)  40(48.4)
自由党    2(140)       0(142)   2(282)  100(49.6)
進歩党    9(106)   32(177)  41(283)  22(37.5)
合計   66(1557)  103(2131) 169(3688)    39.1(42.2)
 ノルウェー統計局、NRK(ノルウェー国営放送)の情報に基づいて筆者作成

 

(写真はすべて筆者撮影)


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