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[25265] 【習作】天の青い象 (現代もの)
Name: うずまき◆2646bb60 ID:f4a3c970
Date: 2011/01/22 16:30
はじめまして、普段は個人サイトでぼちぼちやっているものです。

先日ミケさんにこちらのサイトをご紹介いただき、投稿に至りました。
投稿の際、ミケさんには大変お世話になりました。ありがとうございます!

[作品について]
・ジャンルはよくわかりませんが現代ものです。ジャンル解る方居ましたら教えて下さい。

・ほのぼのだったらいいなあ

・作者に野球の知識はありません

・作者に美術の知識はありません

・象はテレビで見たことがある

・全8話完結予定



[25265] 01 犬
Name: うずまき◆2646bb60 ID:f4a3c970
Date: 2011/01/04 22:40
「ヨウタ、学校はどう? 楽しい?」

「んー……。別に。普通」

「普通って。お友達は? 出来たんでしょ?」

「まあ人並みに」

 高校に入学して早四ヶ月。月日は矢のように飛び、勉強勉強部活勉強の日々は僕に思い出をつくる暇さえ与えてくれない。それとも単に思い出に残るような鮮やかな日々ではないのか。
 入学した頃に期待した漫画のような熱い友情ストーリーがあるわけでも、胸トキメク出会いがあるわけでもなかった。
 まあ人生こんなものだと達観した域に早くも達してしまって、毎日つまらない日々である。

「なんか楽しい事ひとつくらいあるでしょう」

「楽しいは楽しいけど、そんな心に残ることはないよ」

 母はいったい僕の青春に何を期待しているのか、そんな事ばかり聞いてくる。
 今日も朝から僕の色あせた青春ストーリーを不服そうな顔で聞くのはやめてほしい。別に僕だって好きでこんな生活してるわけじゃない。
 友達のくだらない会話も、先生のつまらないダジャレの後にくる笑いも、そりゃあつまらないことはないけど。誰かに話すような事は何一つ無い。
 母は諦めたようで、しばらくの沈黙したあと話を変えた。

「そういえば、来週の日曜日お母さんソラちゃんのお見舞い行くけど一緒に行く?」

 朝の占いをぼやっと見ながら上の空な返事を返した。

「ソラ? また入院したの」
「ええ。大分体は丈夫になったって聞いたけど――」

 ふとテレビの時計を見ると遅刻ぎりぎりの時間を指していた。

「あっ。やば。時間だ」

 母の言葉を耳の端で捕らえながら、急いで朝飯をかきこんで席を立った。
 急いで鞄をひっつかむと玄関に駆け込んで、靴の中に足をつっこんで履ききらないままドアノブに手をかけた。

「ちょっとヨウタ、行くの、行かないの?」

「部活あるから無理! じゃあ行ってきます!」

 提出日の期限が近づいているのを思い出して朝から気が重くなった。
 思い鉄のドアを開けるとセミの大合唱が耳を襲った。朝っぱらから暑い日差しをガンガン送っている太陽に背を向けて駅に向かった。




 音楽を聴きながら電車にゆれているうちに考え事を一つ。
 
――最後にソラに会ったのはいつだったっけ。

 八つ下の従姉妹の子。あの時はまだ五歳くらいだったかな。僕がまだ中学生の時だ。やたら色白で手足も細くて、見た目通りの病弱な子だと聞いた。けどいつもニコニコ笑っていて、遊んでいるうちにそんな事も忘れてしまったけど。
 母親達がおしゃべりをしている間子守を任せられたっけ。親には絵本とか絵を描いて遊べって言われてた。絵を描くのは好きだったんだけど、野球が好きだったあの時の僕はだんだんつまらなくなってきて、ソラに柔らかいボールを使ってキャッチボールしようと誘ったんだ。必死でボールを捕まえようとするソラと遊んでると楽しかったけど、親に見つかって怒られた。ソラは体が弱いのになんて事させるんだとソラの居ない所でこっぴどく叱られた。

 あまり良い思い出じゃないな。よかれと思ってやったのに。
 お見舞い行けないのは大正解だったかも。どうもあの子と遊ぶのは苦手だ。

 ――また、入院したのか。しばらくそんな話しは聞かなかったから、体は丈夫になったんだとばかり思っていた。


 次の駅でドアがあいて、制服を着た学生が十人くらい乗り込んできた。ほとんどは自分と同じ学校の制服だがほんの二、三人違う制服を着ている。
 朝だと言うのに生徒達は元気いっぱいで、一気に車内の喧噪が酷くなった。電車のドアの側にある手すりによりかかりながらウォークマンの音量を上げる。
 向かいに立っている大きなスポーツバックを腰あたりにさげた丸坊主の生徒はこちらに背を向けて外の景色を眺めていた。バッグには大きな文字で学校の名前が刻まれている。
 自分もあの鞄をかける道を選べただろうか。いや、選べたら良かったのに。
 そのたくましい背中に羨望せずにはいられなく、僕は背中を向けて窓の外に目をやった。

 野球をはじめたばかりの頃はよかったんだ。まだ望みがあった。自分もやればできると信じていた。けれど、そうではなかった。
 人間、センスというものがあり、それが皆無だとどれだけ練習しようがどうしようもないのだと、あの三年間で思い知らされた。まあ、つまり、根性が無かったというだけの話しになるけど。

 高校では野球はあきらめて美術部に入った。インドア人間の道が自分に合っている道なのかはさだかではない。元々絵は好きだったし、美術の成績もそこそこだったけど、本格的にやるとなると気がめいった。大きなカンパスを前にどうしてもおろおろしてしまう。
 いやいや。頭を振った。今度こそ、最後まで粘るんだ。






 ――と言ってもこれはなぁ。

 未だに真っ白なスケッチブックに自分で自分に呆れた。これはセンスとかの問題じゃない。モチーフすら決まらないなんて……。
 はあとため息をついて、椅子に倒れるように座り込んだ。周りを見渡せば黙々と作業に没頭している部員達。もう既にカンパスに思い思いの色で彩っている。

 こんなんだったら、まだ野球やってたほうがましだったかな。
 窓の外に目をやれば暑い中野球部が汗水流して練習をしている。彼らは輝いている。泥だらけのユニフォームも焼けた小麦色の肌も、額から落ちる汗も、全てが輝いて見える。
 どうして僕だけこんな風にくすぶっているんだろう。みんなまっすぐに道をすすんでいるのに、僕はぐにゃぐにゃとうねりながら進んでいる。どうしてこんなふうになってしまったんだ。

「まだ何も描けないのか」

 背中から声がして身を縮めた。

「す、すみません。今週中には下書きを……」

 目も合わさずに言うと顧問は深いため息をついて何も言わず去っていった。ああー……呆れられてる。春の作品もまともに仕上がらなかったから当然か。
 なんで美術部なんか入ったんだろ。
 今更な思いが浮かんできて、自分が嫌になった。何もできないのを苦痛に感じて、僕は思いきって道具を片づけて美術室を出た。
 今日はもう帰ろう。寄り道いっぱいして気分転換でもしよう。

 玄関を出て、運動部の声につられそうになったが、無理矢理背中を向けた。僕はそっちには行かないって決めたんだ。
 こんな変な時間に、流石に帰ろうとする生徒は居なくてほっとした。なんとなく誰かに会うのは嫌だった。

 ところが、校門のあたりにきて人影をみつけた。女子生徒が校門の側にしゃがんで何かと話しをしている。肩までの長さの髪の毛が顔が隠している。
 ジベタリアンの類かと眉根をよせた。しかし仕草を注意深く見ていると、犬か猫を撫でている動作のようだ。その生徒は僕には全く気づいていないようで夢中で動物と戯れている。
 動物――動物かいてみるのもいいかもしれないなあ。なんて思ってその子が遊んでいる動物を見ようと目をやると――目を疑った。

 驚きのあまりか、我知らず、足を固めて突っ立ったまま、その様子を見ていた。

 彼女は、僕には“見えない犬”を撫でてかわいがっていた。
 声までかけて、彼女は笑いながら――

「あはは、かわいいなあ犬ー、うれしいの? 犬ー」

「あ、あの?」

 恐る恐る声をかけると、その子は僕の声に飛び上がって驚いた。その驚きように僕も驚く。僕の顔を見て彼女の顔がさっと青くなるのが見て取れた。
 しばらくお互い見つめ合ってどうやって声をかけようか模索している間に、

「だ、誰にも言わないで!」

 と、その女子生徒はそれだけ僕に言いつけて走り去っていった。

 ――なんだったんだ今のは?

 ぽかんと口をあけたまま、さっきまで彼女が撫でていた“見えない犬”がいた場所を見た。確かに何も居ない。アスファルトの上には犬どころか草すら生えていない。

 きっと、幽霊とか見える子なんだと、歩きながら自分の中で結論づけた。この学校だってけっこう大きい。こんなに人間が居るんだから、隠しているだけで、そんな人間が一人くらい居てもおかしくはないだろう。幽霊なんて見たことはないし半信半疑で今まで生きてきたが、あの子のお陰でその存在を肯定できるかもしれない。
 あの校門の所に何か居ると思うと少し背筋が寒くなったが、納得できたのはいいことだ。適当に頭の中で片づける。



 気分転換なのに変なものを見てしまった。やっぱり寄り道はやめてさっさと家に帰ろう。









 一晩考えて、結局良い案は何も浮かばなかった。
 またやってきた窓枠の向こうの朝を呆然と見て、心の中でため息をついた。あー学校に行きたくない。起きあがった体でそのまま前に倒れ込んで、ベッドにつっぷした。あー学校行きたくない。

「起きなさい! 遅刻よ!」

 しばらくすると借金の取り立てみたいに母に戸を叩かれて、それからのそのそ起きあがって服を着替えた。



 いい案が浮かばなかったのも、寝付きが悪かったのもきっと昨日へんなものを見たせいだ。
 いつもはなんとなく通り過ぎる校門の前で少し歩く速度を落とす。

 やっぱりあそこになんか居るのか? ――なんか居るよーなそんな気がしてくるのはなんでだろう。

 僕はできるだけそこから離れ、息まで止める徹底ぶりで校門を通った。
 何やってるんだろう僕。

 放課後を迎え、また白いスケッチブックと睨めっこだ。あまりにも何も浮かばなく、しまいにはイライラしてきて、無意識に鉛筆を机にカチカチぶつけていると先輩に睨まれた。
 ときたまグラウンドの方からカキンという心地のよい音を聞くとどうしてもそっちに目が行ってしまう。もう何度も見ないようにしようとしているのに、いつのまにか首がそっちを向いているのだ。
 今日だって同じだった。授業は寝こけながらなんとかやりすごして、相変わらず絵の構想は浮かばない。いつもと変わらない日だったのに。
 このときだって無意識だった。見ようなんて思わなかった。

 ――カキン

 丁度大きいフライが上がった。もしかしてホームランか。いや違う。ただの外野フライだ。野球部だっていつもどおりだ。

 走れ、取れ、取れ、よしそこ――なんだあれは?

 フライを取りに行った選手の向かう先に何か、真っ青で大きなな何かがいる。野球部はあれに気づいているのかいないのか、少しも動じずに球を追いかけ、取り損ねた。
 見間違いかと目をこすっても確かにそれはそこにある。青い、小さな山ほどの大きさがある。ただのブルーシートだろうか。いや、心なしか少しずつ動いているような気がする。
 あっ。今何か細長いものが揺れた。
 こんもりとした青い山から伸びた細いものは床をさぐっている。何か探しているの?
 僕の目はグラウンドに釘付けになっていた。泥まみれで汗を光らせる野球部員でも、可愛いマネージャーでもない。
 グラウンドに突如現れた、見たこともないくらい真っ青な――

「こら」

 頭に軽い衝撃があって、突然現実に引き戻された。見上げれば青白い顔を怒らせた顧問が僕を見下ろしていた。

「そんなに野球部が気になるなら野球部に入ればよかったろ」

「すみません。でもっ」

 僕は今見た不思議なものを誰かに教えたかった。あれは何かと説明してほしかった。
 しかし、視線を戻した先には、泥だらけの部員しか居なかった。グラウンドには青い色をしたものすら置いていない。

「――あれ?」

「いいから、お前はさっさと下書きしろ」

 もう一回頭を丸めた資料で叩かれて、僕は首をかしげながらスケッチブックに向かった。
 今度は鉛筆をまっさらなスケッチブックに置いた。



 そう、さっき僕の目に映ったのは、見たこともないくらい真っ青な――象。





[25265] 02 青い象
Name: うずまき◆2646bb60 ID:f4a3c970
Date: 2011/01/22 16:31
 スケッチブックには謎の象が一頭。
 昨日珍しく手を動かしている僕の様子を見に来た先生は、僕の絵を見ると変な顔をして何も言わずに去っていった。

 ――やっぱりおかしいよな。

 学校のグラウンドに象がいるわけがない。それも真っ青な。絵にかいたような、そんな象。
 何かの見間違い、思い過ごし、幻覚――幽霊。あ、幽霊。その言葉と同時にぱっと浮かんだのは校門。幽霊と遊ぶ女の子。
 校門の幽霊といい、グラウンドの象といい、この学校はなんなんだろう。そういうたまり場だったりするんだろうか。自分の絵を見て唸った。
 もしかしてあれも幽霊? あのグラウンドで象が死んだ――とか。いや、ありえん。どう考えてもここは日本だ。動物園だって近場にないし。そんな噂聞いたこともない。

 それでもなんとなくで、スケッチブックの象の周りにはフェンスや生徒、踏み固められたグラウンドの地面が付け足されていく。
 いつのまにかスケッチブックの余白は無くなってきたが、記憶の薄れた今はこんなんじゃないと描き直したくなってくる。もう一回あれが見られたらいいんだけど。
 そんな不吉な考えに首を振っていると、ふいに先生がやってきて僕のスケッチブックを取り上げた。そしてその絵をまじまじと見てから

「なんなんだこれ」

 と普通にツッコミを入れてきた。説明しようとしたが僕には言葉も信憑性も足らない。術無くて何も言えずおろおろしていると

「まあいいや、時間無いしこれでいけ」

「え、これ描くんですか?」

「そのつもりで描いてたんだろ」

「あ……はい」

 そうでした。僕は今提出用の作品を作っていたんでした。
 おかしなものの登場ですっかり頭が横道に逸れていた。
 もう一度自分でスケッチブックを見直す。
 生徒に紛れてグラウンドにたたずむ一頭の象。

 ――これを描くのか。

「う~ん……」




 その日から僕は青い象を描くことに没頭した。没頭するしかなかった。
 正直象は記憶だけじゃうまくかけなかったから図鑑を借りてきたし、あの時の異様な雰囲気そのままをカンパスに映し出すのは至難の業だ。
 僕はこう見えても写実主義なんだと言い張りたかったが、こんな象が真ん中にでかでかと居る時点で誰にも信じて貰えないだろう。

 木曜日に下書きが終わって金曜日に色塗りに入った。土曜日の部活は午前でみんなさっさと帰る中、僕は午後まで粘ったがみんなに追いつくのは無理だった。他の部員はもう大方できてるから来週水曜の期限には間に合うらしい。どうしてみんなそんな優秀なんだ。
 僕も下書きできてから超高速、若干手抜きを入れてなんとかここまでやってきたのだから、期限には間に合わせたい。先生に無理言って日曜日も美術室を開けて貰うことにした。先週からそのつもりだったけれど。


「じゃあ、お母さんお見舞いに行くからね」

 日曜の朝、エプロンを脱ぎながら母が言った。

「お見舞い? 誰の?」

「だから言ったじゃない。ソラちゃんの」

「あぁ」

 すっかり忘れてた。そんな事も言っていたような。

「本当に行かないの?」

「行かないって。部活、期限やばいんだ」

「ソラちゃんきっとがっかりするわ。ヨウタの事気に入ってたから」

「はは。僕のことなんか忘れてるよ」

「あら、あんなにヨウタになついてたじゃない。家の中で野球までやって――」

「覚えてるよ。母さんに叱られた」

「仕方ないじゃない。ソラちゃんは体弱いのに……」

「はいはい、すいませんね」

 また今更怒られるのはごめんと声を大きくして言うと母は口を閉じた。

 姪のお見舞いだっていうのにやたら着飾る母を見送ってから、僕も家を出た。
 いつもよりも遅い電車で学校に行くのはなんか変な感じがする。いつも次の駅で乗る野球部が乗ってこない。日曜日はオフかな。つまり今日はグラウンドには誰も居ないって事だ。集中できるかもしれない。

 学校は野球部どころか他の色んな部活も休みのようで静まりかえっていた。午前中はバスケ部が体育館に居たようで、耳をすませば体育館からなんて言っているのかよくわからないかけ声が小さく響いてくる。
 午後になればこんな広い校舎をそれこそ貸し切り状態のようなものだった。先生すら見に来ない。
 そんな静かな空間で、僕の筆のスピードはだんだんと落ちて、遂には止まってしまった。

 ――なんっか違うんだよなあ。

 カンパスを遠くから見つめる作業に三十分も費やしている。ちょっと雑な所あるけど、みんなに追いつけたんじゃないかと思う。もうほとんど完成なんだ。もっと書き込んで、色を置いて。
 でも何かが違う。象を書き込めば書き込むほど遠のいていく気がする。グラウンドにたたずむ一頭の象。象は象だ。だけどあの青い象じゃない。なんでだろう。

 ――もう一回きてくれたらなあ。

 もう幽霊だろうがお化けだろうがなんだってこい。そう思うほど僕は煮詰まっていた。
 しかし何回グラウンドを覗こうが青い象どころか普通の象すら居ない。当たり前だけど。

 野生の象が高校のグラウンドに乱入か――大ニュースだな。

 一人ではははと笑いながら、椅子にもたれかかった。そのまま無意識にグラウンドに目をやると、さっきまで居なかったものがそこに居た。
 ここからだと小さい豆粒ほどにしか見えないが、それはただの人だった。あの色合いからするとこの学校の女子の制服だ。今見たいのは人ではなく象だが、暇をもてあましている自分(本当は暇じゃないけど)にとっては充分観察の対象になった。
 なんで日曜日に生徒が制服姿であんな所に居るんだろう。地面がじりじりと焼けるほど熱いこんな日に。
 その時不思議には思ったが不審には思わなかった。野球部のマネージャーとかがせっせとグラウンド整備でもしているんだろうかと、よく事情も知らないが勝手に納得していた。

 動くものが何もない休日の学校で、僕はなんでもない女子生徒の様子をぼーっと眺める。
 女子生徒は手を挙げて不思議な動作をしている。別に友達が居て呼びかけているのだろうか。しかしグラウンドの周りを見回してみたが誰かの気配は無かった。
 首をかしげて見つめていると、女子生徒は不思議な動きを繰り返している。変な踊りのようにも見えたが、それにしてはリズムが悪い。

 ――なんかの宗教? UFOでも呼んでるのか?

 一度はばからしいと首を振ったが、あの青い象といい、あの幽霊と遊んでいる女子といい、この学校以外にも変なものが多いんじゃないか。あの子がUFOを呼んでいてもおかしくないような気がしてきた。普段みんなが見落としているだけで、僕はたまたま気づいてしまったんじゃ――
 その時僕はもしやと思った。あの女子生徒の髪の長さ。あの幽霊と遊んでいた女子と同じくらいじゃないか。もしかしてあの子がまた幽霊と遊んでるのかも。

 いや、馬鹿馬鹿しい。あのくらいの髪の長さの子なんていっぱいいるじゃないか。
 もしそうだとしてもそれがどうしたんだ。僕は立派な凡人であってあの子の世界に踏み込んだりなんか出来ないんだから。

 そう頭で考えても、僕の胸の隅で、忘れかけていた欠片が少し煌めいたのは確かだった。
 最近の出来事が僕の無彩の世界を少しでも彩ってくれればいいのにと、胸の内で期待しているのだろうか。
 でも結局、それが人生を面白くする要素を持っていたとしても、そういったドラマはいつも僕の横を通り過ぎていく。今回だってきっとそうだ。
 何かを期待するのが間違ってる。
 
 気が散ってしょうがない。今日はもう帰ることにしよう。



 家につくと母は既に帰宅していた。ただいまを言うとすぐに部屋に閉じこもった。だから、僕は母の少しの変化にすぐに気づくことが出来なかった。
 いくら消し去ろうとしても、頭に象やあの女の子の不思議な動きが頭によぎって眠ることさえできない。勉強も手に付かないし。

 あぁ――なんなんだ最近。疲れてるのかな。

 何か飲もうと部屋から出ると母は椅子に座ってテレビを見ていた。僕は冷蔵庫を開けて中から麦茶を取り出した。
 なんでもいいから頭に別の意識を入れたくて僕は母に話しかけた。

「お見舞いどうだった」

「ああ――そうね」

 母はなんだか良くわからない返事をしたが、それはテレビに夢中になっているせいだと思った。

「ソラはどうして入院したの? 風邪でも引いた?」

「いや、体は丈夫になってきたのよ。風邪じゃ入院しないわ」

「じゃあなに? 伝染病?」

 夏だから、何か悪いものでも食べたのだろうか。
 麦茶をついで、冷蔵庫に戻して母を振り返るとこちらを見ていて驚いた。深刻そうな面持ちで僕を見つめている。もしかして命に関わる問題なのだろうか。

「そんなに重いの?」

 僕があまりにも心配そうな顔をしたからだろうか、母はくすっと笑った。
 しまった、はめられた。

「もう、やめろよ、そういうの」

 僕は恥ずかしくなってコップを持ったまま部屋に戻った。

「ヨウタ――」

 背中に母の声が聞こえたが僕は聞こえないふりをした。








 そして、僕があの象と再び出くわすのはそう遠くなく、何の前触れもなく僕の視界を鮮やかに彩った。

 購買で買ったおにぎりが一つ手から滑り落ちたのも気にせず、僕は窓の外を食い入るように見つめていた。

 誰も居ないグラウンドの上に、空よりも青い――

 廊下には僕以外にグラウンドを見ているヤツは一人も居ない。やっぱり誰にも見えていないんだ。
 走り出したい衝動にかられ、一瞬の不安がそれをとどめた。目を離したら、またふっと消えてしまうんじゃないだろうか。
 それでも気づけば僕はおにぎりを置き去りにして駆けだしていた。そのまま玄関に向かって一直線に走る。象が逃げてしまう前にどうしても近くで見たい。

 象はそこにいた。何もないグラウンドをつまらなさそうに、長い鼻をゆらしてのっしのしと歩いている。

 グラウンドに続く石段を降りて、僕は今更尻込みした。象と同じ地面に立って恐怖を覚えた。
 本当に象だ。見間違いなんかじゃなかったんだ。
 しかし、驚くほど青い。僕はその目が覚めるほどの青に目を奪われてしまった。動物学者が見たら、この象と同じくらい真っ青になるんじゃないだろうか。

 幽霊? お化け? だとしたらどうする。僕は、自ら襲われに来た馬鹿になるのか。

 象はまだ僕の五十メートル程先に居る。僕にお尻を向けて歩いていたが、ふいに立ち止まるとゆっくり体の向きを変え始めた。
 僕に気づいたんだ。こっちにむかって歩いてくる。
 恐怖からか、好奇心からかはわからない緊張で心臓が早く大きく、冷や汗がどっと溢れてきた。それでも、逃げたくなる衝動は起こらなかった。恐怖の限界点? ――いや、そういうんじゃない。

 象が僕に近づくにつれて、遠くからは見えなかった象の細部が見えてきた。落ちくぼんだ優しげな目。大きな足とその爪。その全てが青い。
 世界中から絵の具を取り寄せたってこんな綺麗な青は作れないだろうと思うほど、その青は僕にとって美しかった。
 今まで見たこともない色――そんなのおかしい。見たことのない青だなんて。頭では思っても、直感がそう感じていた。僕の単調な世界にくっきりと浮かんでいるのだ。
 恐怖と好奇心、そして言葉にならない感動が僕の胸の中を縦横無尽に飛び交っている。僕は口をぽかんと開けたまま、言葉もなく象をただ見つめていた。

 象はだんだんと僕との距離を縮めていく。
 そしてもう一つのおかしいことに気づいた。
 今日も夏まっさかりで太陽はカンカン照りだっていうのに、この象には影が一つもない。全くの平面のように見えた。まるで青い折り紙を切って作った切り絵のような象が、三次元に貼り付けられているようだ。だけどちゃんと鼻は揺れて耳は波打っている。一コマ一コマが滑らかに動くアニメーションのようだ。
 ついに手が届く距離でその象が立ち止まったとき、僕は圧倒されて腰を抜かした。その場に尻餅をついて象を見上げる。象は長い鼻をゆっくり持ち上げて僕の頭の上にかざした。目の前にものがあるのに影が落ちてこないのは不思議な感じだ。
 そしてその鼻がぼくの頭に触れたその瞬間、青い象の体がすっと薄くなった。象の向こうに鉄棒が見えたと思うと、あっという間に透けて空気に溶けるように消えてしまった。

 僕は呆気にとられた。頭に残った象の鼻の感触。そよ風が僕の頭をなでただけの、かすかな感触。それなのにその感触は僕の頭にずっとと残っていて、僕は呆然と誰も居ないグラウンドを見ながら自分の頭を掻きむしった。









 放課後を今か今かと待った。授業もほとんど頭に入らない。頭の中はあのブルーで埋め尽くされていた。
 僕は終業のチャイムと同時に教室を飛び出し、美術室にかけこんだ。パレットに群青をたくさん出して原色のままカンパスに塗りつける。でもきっとこれでもまだだめだ。あんな綺麗な青にはならない――

 程なくして青い象は完成した。全部同じ色では何がなんだかわからないので必要な所は色を変えなければならなかった。やっぱり本物をそのままというのは難しい。
 今日はその作業で力尽きた。だけど僕は今までにない充実感が体中を満たしていた。
 今までやってきた色塗りが全部ぱーになったのはどうでもいいんだ。カンパスを眺めて僕は微笑んだ。今までで一番似ている。
 あとは背景を残して部活を終えた。平面の象が目立つように背景はしっかり描こう。

 先生はあんなに描き込んだ象を一気に平面にした僕をまた変な顔で見たが、やっぱり何も言わなかった。


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