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余録:ジャスミン革命

 「ぜいたくは人の性格を堕落させる」。チュニジア出身の中世イスラム世界の大思想家イブン・ハルドゥーンがこう述べたのは、ぜいたくを道徳的に非難するためではない。いつも繁栄の頂点で衰退に転じる都市文明の宿命を指摘したのだ▲そんな先哲の話が頭をよぎったのは、チュニジアの政変で国外逃亡したベンアリ前大統領一族のぜいたくぶりが民衆の怒りの火に油を注いだと聞いたからだ。一族の腐敗はウィキリークスが流した米外交文書で知れ渡った▲「もしも2人がうまくやっているように見えるなら、1人が耐えているのだ」とは、チュニジアのことわざという。言われてみればアラブ世界ではまあ「うまくやっている国」と見られていたチュニジアだ。だが、「耐えていた」民衆の不満は各地で街頭にあふれ出た▲政変の発端は野菜売りの青年が警察に排除されたのに抗議の焼身自殺を図った事件という。ネットを通した呼びかけで抗議デモはすぐに全国に広がり、騒乱は23年間この国に君臨したベンアリ政権を崩壊させた。「ジャスミン革命」というのもネットでの命名だった▲アラブ世界では異例の民衆蜂起による「革命」だ。しかも独裁政権も対応できぬほどのネットの動員力だった。より強権的で、人々の不満がわだかまる周辺諸国のどこに及んでもおかしくない民衆の新たな自己主張である▲文明の堕落の後には強い団結力をもつ集団が新王朝を開くというのもイブン・ハルドゥーンの洞察だ。欧米はイスラム過激派の台頭を懸念するが、ここはジャスミンの花言葉「温和」にふさわしい民主秩序作りに国民の団結力を見せてほしい。

毎日新聞 2011年1月19日 0時01分

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