きょうの社説 2011年1月23日

◎卯辰山山麓寺院群 無形の文化にも光当てたい
 伝統的な町並みの価値を高めるのは、そこに息づく無形の文化である。国重要伝統的建 造物群保存地区(重伝建地区)である金沢市のひがし茶屋街、主計町の町並みにしても、「金沢おどり」に象徴される水準の高い伝統芸能や花街特有の接待文化が根付いているからこそ、訪れる人を引きつけ、より深い思いに至らせるのだろう。

 この2地域に続き、重伝建地区をめざす卯辰山山麓寺院群や周辺エリアは、金沢屈指の 民俗の集積地でもある。非真宗系の寺が集まり、不思議な言い伝えや独特の宗教的儀礼が育まれてきた。最近の言葉でいえば「都市伝説」「パワースポット」の宝庫だが、そんな非合理な世界が存在するのも金沢の大きな魅力である。重伝建地区選定の準備とともに、寺院群に息づく「無形の文化」にも光を当て、継承策を探っていきたい。

 卯辰山麓の寺院群でひときわ目を引く光景の一つに、全性寺の山門に掛けられた巨大な わらじの束がある。泉鏡花はそれらを小説「夫人利生記(ぶにんりしょうき)」の中で「稲束の木乃伊(みいら)」と表現した。藩政期から子の健康を願い、近年は健脚祈願としても奉納されている。

 安産や子育ての神である「鬼子母神(きしもじん)」をまつる真成寺には、子宝を願い 、「神霊の器」とされる柄杓(ひしゃく)を奉納する姿がみられる。他の寺でも、石仏をタワシで洗って無病息災を願うなど、さまざまな祈りの風景がある。特定の宗教、宗派の教えというより、人々がそれぞれの思いで伝えてきた民間信仰である。

 眼病や歯痛、痔、性病などの病気治しは医療の進歩に伴い少なくなってきた。だが、時 代が変化し、生活がどれほど現代的になっても変わらないのが老いや病の苦悩だろう。寺院群に映し出される人々の願いは長寿社会を迎え、むしろ深まっているようにも見える。

 経済活動など都市の合理的な営みとは対極の世界だが、こうした宗教的な空間は都市に 陰影を与える貴重な存在であり、金沢に独特の風情や情緒を漂わせている。

 形ある文化を守ることで、その中で育まれた無形の文化も継承する。卯辰山山麓寺院群 が重伝建地区をめざす意義もそこにある。

◎周辺事態法改正 口先だけで終わらぬよう
 政府が朝鮮半島有事を想定して検討を始めた周辺事態法の改正は、日本の安全保障に必 要である。超党派で取り組むべき重要課題であり、速やかな実現を求めたい。気掛かりなのは「有言実行内閣」を標榜する菅政権の実行力そのものに心もとなさが残ることである。

 北朝鮮の韓国砲撃で半島の危機が高まり、「周辺事態」につながる恐れも増しているこ とを考えれば、法改正は今通常国会でなされてよいはずだが、改正法案の国会提出は早くても今秋というあたりに、菅首相のやる気、本気度に疑問を差し挟みたくもなる。普天間飛行場の国外・県外移設案のように、実現のあてもなく口先だけで終わるということがないよう、あえて注文しておきたい。

 日本の平和、安全に重要な影響を及ぼす周辺事態では、自衛隊は米軍に対して物資補給 などの後方地域支援に当たる。周辺事態法改正の柱として、物資の輸送を除いて日本領域内に限定されている補給活動を、公海上でも行えるようにする案が考えられている。周辺事態での日米防衛協力の実効性を高める妥当な案といえる。活動区域の拡大だけでなく、補給支援で提供できる物資に現在除外されている武器・弾薬を加えることも検討課題であろう。

 周辺事態の際に実行可能な自衛隊の米軍支援の道を拡大することは、日米同盟の深化を 具現化するものである。これによって日米同盟の抑止力は高まり、いわゆる国際公共財として、北朝鮮や中国の軍事的脅威が増大するアジア太平洋地域の安定に一層資することにもなると考えたい。

 日米同盟の深化を図る上での核心的テーマは、集団的自衛権の行使は憲法で禁じられて いるという政府見解の見直しである。この憲法解釈では、共同行動をとる米艦船がたとえ日本海の公海上で攻撃されても、自衛隊は黙って見ているほかなく、同盟関係は破たんすると考える議員は民主、自民両党に多くいる。この安全保障の最重要の懸案について、政争の具とすることなく真摯に議論を詰めることを両党に求めたい。