2011
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【特集 新宿・大久保地区】差別排す教育現場
善元幸夫教諭
国際色豊かな展示物でにぎやかな大久保小学校の教室
韓国語や英語で授業も
善元幸夫教諭(新宿区立大久保小学校・日韓合同授業研究会代表)に聞く

 −−新宿区立大久保小学校では外国人児童の比率が高く、来日したばかりの児童への日本語教育や外国人児童のための様々な実践など、多文化共生のための教育を積極的に進めています。

 善元 新宿区全体での外国人の比率は約10%で、全国的にも高いほうですが、特に大久保小学校がある大久保1丁目は、外国籍住民が約4割を占めています。また、両親のうち一人が外国出身という親を持つ児童は約6割です。

 外国人児童の中には、来日して間もない、日本語が不自由な子どもも多数います。普通の公立小学校と同じカリキュラムをしていたのではとても不十分だと分かります。また、言葉だけではなくて、外国人の子どもにとって学校が楽しい場所であり、日本も出身国も両方を好きになってくれるような、国際理解とか文化理解のための教育もぜひ必要です。

 校長はつねづね、「子どもたち一人ひとりに目をかけ、声をかけ、手間をかける」を合言葉にして、地域、PTA、そして行政を含めた豊かなコミュニケーションづくりをめざしています。

 −−具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。

 善元 まず日本語学級ですが、いつも40人前後の児童が通っています。日本語能力は個人によって千差万別ですから、きめの細かい配慮が必要ですね。また、日常語としての日本語だけではなく、学習思考言語としてのレベルを獲得できるように、より適切な指導をと心がけています。普段の授業でも、日本語と韓国語やタイ語、英語などができるバイリンガルの教師を配置したり、さらには、地域から日本語教育のボランティアの協力も受けています。

 日本語学級というと、言葉をどう教えるかということになりがちですが、言葉を学ぶということは、文化の理解、あるいは人としての生き方までも当然含まれていくわけです。私は『キムチは日本人に何を伝えるか』という日本語副読本をつくりました。元来のキムチはトウガラシの辛さがなかったのですが、コロンブスのアメリカ大陸到達以来の「トウガラシの道」をたどってトウガラシは韓国にやって来て、そこでキムチと出会い、辛いキムチに変身したという内容です。

 この教材は、韓国語と日本語の両方の言葉、両方の文化をそれぞれ大切にして、それぞれを受け入れて生きることを理解してもらえればと考えてつくりました。共生とは、異質なのもがただ並立するということではなく、相互に理解し尊重し合うということが非常に大事なことなんです。

 学校では授業だけでなく、日本式と韓国式のそれぞれの民族太鼓に挑戦する「大久保太鼓」のイベントとか、茶道教室などの文化活動にも力を入れています。それらの活動は、日本人の子どもたちにとっても、偏見なく国際理解を深めるために、大いに役立つものと思っています。さらに今年度からは、4年生からの第2外国語教育(6カ国語から選択)も始めようとしています。

■□

地域と行政が緊密支援

 −−学校全体で、積極的に様々な取り組みをされていますが、地域や行政も学校を支援してくれているのでしょうか。

 善元 もともと大久保とか百人町は、江戸時代や明治初期あたりから代々住んでいる古い住民も多く、大久保小学校も創立125周年を超えました。そういう点では地元の日本人に、外国人に対して「外から来た人」みたいな発想が、正直に言って全くないとは言えないと思います。

 しかしその一方では、いわゆるニューカマー外国人が増えたことによって、地元の商店街に活気がよみがえり、経済的にも潤っていることは確かです。新大久保駅の乗降客はひと月に200万人を越え、大久保通りの商店街には人通りが絶えません。最近の韓流ブーム以降、大久保通りや職安通りにはヨン様などの韓流スターの写真や韓国料理店目当ての日本人観光客も相当に増えました。 そんなこともあって、多くの地元住民は「共生」を積極的に支持していると感じています。学校での取り組みも応援してくれています。地元の期待感に、地元の学校としてきちんと応えていこうと、常に努力しているという自負もあります。

 特に注目すべきは、行政担当者としての新宿区が、外国人との多文化共生社会づくりに非常に積極的に取り組もうとしていることです。教育の面では、この大久保小学校が先駆的な役割を果たしていることになりますが、住民サービスは教育だけでは対応できないわけで、新宿区は意欲的にいろんな事業をすすめようとしています。

 −−確かに、新宿区の試みは全国から注目されていますね。

 今年の11月には、外国人住民のための文化・生活支援の窓口センターをつくることになりました。新宿というと歌舞伎町が有名ですが、区としては、そういう闇の部分を広げないように、外国人と日本人がともに楽しく暮らしていける国際都市・新宿をつくろうと、外国人の24時間救護体制づくりもすすめています。また、最近のいわゆるニューカマー外国人は、かつての「出稼ぎ」というよりは「定住」という性格を強めてきて、住民としての地元意識を日本人住民とともに培ってもらいたいと考えています。

 大久保ではニューカマー韓国人が圧倒的に多いのですが、彼らの生活にとって日常的に必要なものは、この近辺ですべて手に入るように店舗や付帯業種なども充実しています。大久保で韓国式スーパーを展開する韓国人は、地元で今足りないものは、設備が充実しているホテルくらいだろうとも述べています。まさにロサンゼルスのオレンジタウンのように、韓国人住民の「生活の街」となってきています。

 新宿区の具体的なプランとしては、外国人は災害弱者にもなりやすいわけで、共同の防災訓練の計画などがあります。訓練を通じて、定住外国人に地元意識をさらに定着してもらおうという狙いも込めています。

 そういうふうに、地域、行政、PTAそして学校の教職員らが、一人ひとりの児童を大切にするという一点で、コミュニケーションを交わしながら信頼感を醸成しようと努めています。その成果もあって、懸念されるような差別やイジメ、学級崩壊などはここにはありません。外国人、日本人ともに、子どもたちみんなが学校に来るのが楽しいと思ってくれていると信じています。

■□

最後に問われる教師の質

 −−「共生」というと、言葉の響きはいいのですが、具体的にそれを実践していくことは並大抵のことではないと思います。特に教育の現場では、将来の国際人養成という大きな可能性が感じられる半面で、日々の授業では、全く大げさではなくて、血や汗や涙が交錯するような大変なご努力を積み重ねていらっしゃるだろうという実感がありますが。

 善元 違う文化が出会うところでは常に摩擦が起こる。このことはまず押さえておかなければならないと思います。そのことを放っておけば、出会いの現場はグチャグチャになってしまいます。その摩擦をいかに和らげるのか、知恵を出し合うのかが共生への第一歩でしょう。その知恵とは、まず相手をよく知ること、理解すること。そしてそれを尊重するということです。

 私は、1995年から足掛け11年、日韓合同授業研究会という、韓国人教師と日本人教師の交流会を続けています。夏休みに、年ごとに30人ほどが相互に訪問して、両国の小学校、中学校、高校の先生方がそれぞれに授業の実践報告を持ち寄って話し合いをしています。そこでも、理解不足が偏見を増幅させる事例にしばしば出会いました。

 例えば5年ほど前の交流会で、日本と韓国の高校生の交流授業の一環として、日本側が野坂昭如氏の作品「火垂るの墓」のアニメ版を教材として韓国に送ったことがあります。ところが韓国の教師から「日本の戦争肯定の謀略アニメではないか」との反応がありました。

 空襲のために疎開した兄と妹の悲劇を通して戦争の悲惨さを訴えている「反戦作品」というわれわれの理解と、「加害責任を棚上げにして、自分たちも苦しかったというのは許し難い」という韓国側の思いとの落差に、とても驚きました。こういう相互の理解不足の溝は、交流を深めていって、絆を太くしていく以外にはなかなか埋められません。

 研究会はこの夏、栃木県で開催する予定です。歴史問題では相互に譲らないことが多いのですが、最近は利害の共通する環境問題をテーマとすることが多くなりました。栃木県の足尾銅山跡も見学する予定です。さらに今年は、教科書問題も話題になるかもしれません。

 ただ、教育は政治に振り回されてはならないものです。教科書がどう問題なのかより、大切なのは日々の授業です。授業で子どもたちはどう考えどう学んだのか、そういう教育実践が問われると思います。つまり、最後は教師の在り方が問われるのです。多文化共生に向けての教育も、掛け声や理念ではなく、教室での具体的な教育実践でしか実現できないものだと思っています。

 善元幸夫(よしもと・ゆきお)1950年生まれ、東京学芸大学卒。大久保小学校で日本語国際学級を担当。95年から、韓国の教師たちと日韓合同授業研究会を立ち上げ、代表に。著書に「おもしろくなければ学校じゃない」など。

(2005.06.29 民団新聞)
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