中野剛志の爽快な反TPPの一撃 - 議連は､国民戦線はできないか
朝日の1/18の紙面にTPPについての特集(15面)があり、中野剛志の反対論がインタビュー形式で載っている。この内容が実に素晴らしい。私がブログで言っていることと、ほとんど一言一句同じ主張が並んでいて驚かされた。マスコミに載った研究者や専門家の議論を読んで、ここまで我が意を得たりと膝を打つのは何年ぶりのことだろう。中野剛志のTPP反対論はネット上にもあるが、この朝日紙面にコンパクトに整理された発言録が、最も切れ味が鋭く説得力がある。まさに待望した本格的な代弁者が、救世主の如く颯爽と登場した感があり、読みながら興奮させられる。引用しよう。「TPPへの参加など論外です。今でも日本の平均関税率は欧米よりも韓国よりも低い。日本はすでに十分、開国しています。そもそも『海外に打って出れば、日本製品の競争力が高まる』というのは、考え方が古い。『安ければいい』という途上国市場でいくら製品を売っても、開発力はつきません。日本製品に競争力があったのは、消費者の要求水準が極めて高い国内市場で鍛えられてきたからです。（略）うるさい消費者を相手にしてきたから、日本企業は強くなった。ところがデフレが進み、安さばかりが求められるようになって、国内の「目利き」の消費者が減ってしまった。企業は研究開発を怠るようになり、ipadのような魅力的な商品を作れなくなった」。そのとおりだ。正しい指摘だ。そして最も重要な点だ。引用を続ける。
「日本は2002年から2006年にかけて輸出主導で景気が回復しましたが、それは米国の住宅バブルのおかげ。しかも一人当たり給料は下がりました。利益は株主と企業に回り、一般国民にはまさに『実感なき景気回復』でした。欧米でも同じ現象が起きています。『自由貿易が経済を成長させる』という教条主義にとらわれるのはやめて、現実を見て欲しいのです。日本は10年以上、デフレに悩んできました。そこからの脱却が最優先課題です。私がTPPに反対する最大の理由は、いま以上に貿易自由化を進め関税を引き下げると、外国の安い製品が入り、デフレがさらに進んでしまうからです。農業が打撃を受けるからだけではありません。TPP交渉に参加する9か国と日本のGDPを合計すると、日米両国で9割を占めます。TPPは実質的に日米自由貿易協定です。米国は輸出拡大を目指してドル安を誘導しているのに加え、米国自身もデフレに落ち込みそうです。そんな国との貿易をさらに自由化すれば、デフレの日本がさらにデフレを輸入するようなものです。グローバル化した世界で輸出を増やそうとすることも、デフレを促進します。（略）いまデフレ脱却に最も必要なのは、輸出ではなく内需を拡大して需要不足を埋めることです。（略）内需拡大に即効性があるのは、政府が公共投資をすることです。（略）貿易自由化が自動的に経済を成長させるわけではない。国内経済が成長してはじめて、貿易が拡大するのです」。
結局、インタビュー記事の大半を引用してしまった。これ以上サマライズして紹介することができないほど、一言一句が凝縮されて肝要な主張が展開されている。これは、中野剛志の発言もさることながら、聞き手として記事を纏めた記者の太田啓之（署名）の役割も大きいだろう。デフレに着眼している点も正鵠を射ている。私の問題意識と全く同じだ。そして、内需拡大で景気回復して国内市場を広げよとする主張も同じ。ただ、そこで公共投資を処方箋に持って来ると、最近は直ちに「財源がない」の論法で反撃されることになる。財政危機の深刻さが増し、国債発行を拒絶する心理が国民の間に浸透し、公共投資による内需拡大を言い出しにくい言論と政策の環境がある中で、公共投資は世論の賛同を得にくい。これを結論として前面に立てると、政策的説得力の点で弱点を抱えることになる。現在はむしろ、240兆円の内部留保を再分配する策を論じた方が、処方箋として世論に有効ではないかと私は考えている。労働者と中小企業に富を分配し、格差をなくし、「1億総中流」の中間層を再建し、旺盛な個人消費の購買力を取り戻すこと。一昨夜（1/20）、春闘を論じたニュースの中で、意外なことに、あの一色清までが「内部留保」の言葉を出し、賃金と雇用に回すことが景気回復の循環を作る第一歩だと正論を垂れていた。赤字国債発行が国民的禁忌になった現在、国民の関心と視線は、溜め込んだ240兆円の内部留保に向けられている。
今年に入ってから、菅政権とマスコミは、TPP加盟を「平成の開国」と言う抽象的美称で飾り立て、政策の中身ではなくコピーフレーズで世論を説得しようとしている。「TPP加盟」と言わず、「平成の開国」と置き換え、イメージ戦略で騙して政策を押し通そうとする手に出ている。中身を考えさせずに同意調達を図る手法で、小泉時代の「改革」と同じワーディング・ポリティクスだ。昨年も、TPPについては唐突に持ち出し、国会論議もせず、古舘伊知郎などに捲し立てさせ、絶対的に正しい政策だと強引に刷り込む手法をとってきた。TPP推進論者は、必ず「日本の鎖国性」という言葉を使う。一種のキラートークで、この言葉を使うことでTPPを正当化する。実際のところは、この「鎖国性」の言説には何も経済通商上の根拠がなく、中野剛志が言うように、日本の平均関税率はすでに先進国中最も低く、貿易の面では開国しすぎるほどに開国している。しかし、マスコミはこうした事実は一切言わず、やみくもに「開国せよ」とばかり喚き、菅政権のTPP加盟に賛同せよと言うのである。この言葉は、例の日米構造協議のときのUSTRのウィリアムズとかカンターとかヒルズの剣幕を想起させる。あの頃、米国人が日本に向かって乱暴に投げつけ、竦み上がらせていた言葉を、今は日本人が日本に向かって言い、日本の利益のように言い上げている。一体どこまで米国に貢げば気が済むのか。どこまで財産を剥ぎ取られ、生き血を吸い尽くされれば満足するのか。
だが、テレビ報道では出ないところで、TPPに反対する動きは起こっている。朝日の1/19の紙面記事では、47都道府県議会のうち、39の道府県議会がTPPについての意見書を可決して慎重な姿勢を表明し、そのうち10の道県がTPP反対の決議を上げている。北海道、青森、岩手、山形、富山、滋賀、和歌山、高知、宮崎、沖縄。1/17の共同の記事では、11道県が反対とあり、朝日とカウントが違って1県多い。地方県でも、県内に製造業の工場を抱えていて、その法人税収入の比重が大きいところは、反対決議に至ってないという事情だろうか。新潟県のように、知事が元経産官僚のTPP推進派で、TPPには賛成だがコメだけは関税撤廃を除外してくれと虫のいい主張を言っている県もある。新潟はブランド米の生産地で、政権とマスコミのプロパガンダ（＝強い農業）を鵜呑みにすれば、自由化しても世界で競争力を持つと考えて不思議ではないが、実際には新潟のコメ農家はTPPに反対しているわけだ。TPPに加盟しても、日本のコメが米国で売れてコメ農家が潤うわけがない。中国で日本のコメを売るというのなら、中国はTPPに不参加で、全く関係ない話ではないか。今後、TPP反対県が1県でも増え、地方の意思がTPP反対で纏まることを期待したい。TPPへの慎重論は、農業関係者や自治体だけでなく、国民皆保険制度の崩壊を恐れる日本医師会が懸念を表明している。医師会としては、前の衆院選で民主党に乗り換えて政権交代を後押ししたのに、大いに裏切られた気分だろう。
今、思うことは、TPPに反対する国民戦線を作れないかということだ。TPPの影響は、農業や畜産だけでなく、水産業にも及ぶし、医療にも、郵貯にも及び、何より外国人労働者の解禁となる。本来、この政策に最も強く反対の声を上げなくてはならないのは労働組合のはずだが、何と、連合がTPP推進派に回っている。菅政権が消費税増税とTPP加盟に自信を持っているのは、連合が賛成に回っているからだ。高木剛が、反貧困フェスタの集会に出て来て、「従来は『正社員クラブ』と言われて批判を受けてきた」としおらしく頭を下げたのは、今からわずか3年前のことだ。何か遠い昔のことのように思われる。そして、せっかく4月に統一地方選があり、TPPにNoの声を突き上げる絶好の機会なのに、その政策を掲げて戦う政治勢力がない。投票する先がない。TPP反対派はその民意を投票で証明できない。暗澹たる気分になる。共産・社民・国新の負け組が反対派ではどうしようもない。昨年の参院選で惨敗を喫した端数政党が反対を唱えても、国民の間に支持と共感は広まらず、マスコミによって逆にTPP推進の正当性を宣伝する材料に使われるだけだ。NHKの日曜討論にも呼ばれず、賛成・反対の討論にもならない。何とか、TPPに反対する議員連盟を起こせないものか。民主と自民の農村議員の中で、TPP反対の有志を募る動きが出ないものか。昨年11月の時点で、自民党では92人の議員が会合してTPP撤回の決議を上げている。自民党の中は割れていて、党としての賛否を先送りにしている。例えば、加藤紘一あたりが音頭をとり、田中真紀子や田中康夫などと連携して、強力な反対議連を立ち上げて運動できないものか。この問題は、まさに党派を超えて戦うべきナショナルなテーマだ。日本を防衛する挑戦だ。そして、政治のモメンタムを作れば阻止できる問題である。せっかく中野剛志という理論的リーダーが出現したのだから、政治の方に運動を推進する受け皿を作らなくてはいけない。
