日本では異状死や自殺者の解剖率が極めて低く、殺人・傷害・虐待などの事件を見逃す可能性が指摘されている。高齢化社会の進展もあり年々、死因が特定されない孤独死・衰弱死の変死数は増加傾向にあるが、自殺と判断された遺体も司法解剖されることはまずない。 本人自筆の遺書がなくても周辺状況や生活状況、事情聴取などによって、警察がいったん自殺と判断すれば、それ以上の死因究明が行われないことから、『自殺に偽装した殺人事件』を見逃してしまったケースもあるという。最近では、婚活サイトを悪用した30代女性(東京都)による睡眠薬・練炭を用いた連続不審死を『事件性のない変死・自殺』として処理していた事案などがあり、鳥取県で発生した女性容疑者の睡眠薬を用いた溺死事件などでもその事件性を見破ることができなかった。 異状死(変死)の遺体を解剖せずに、検視だけで『自殺・事故死・病死・自然死』などとして誤った判断をしてしまうと、上述した金銭目当ての犯罪や嗜虐性(異常嗜癖・異常性欲)の絡んだ犯罪では被害者が拡大してしまうという社会防衛上のリスクも出てくる。 死因がはっきりしないことによる、被害者本人の無念や社会的不公正(重大犯罪の放置)、遺族の不利益の問題も大きく、作家の海堂尊氏が新書で『死因不明社会』と批判した日本の司法解剖・行政解剖のおざなりな現状は改善していく必要性があると思う。睡眠薬(催眠導入剤)や砒素などの薬剤(化学物質)を悪用した事件も起こっていることから、遺体の薬物検査(血液検査)などの実施基準も詰めていかなければならない 新聞記事によると、日本では全国平均の自殺者の解剖率は4%余り、異状死の司法解剖率も約10%に過ぎないようだが、異状死の解剖率は、フィンランドやスウェーデンは100%、イギリス・フランス・オーストラリアで50%以上であり、日本の解剖率は国際的に見て極端に低い水準となっている。解剖していない9割以上のケースは、事故や自殺、自然死(孤独死)であることが明確な状況なのかもしれないが、年間で約16万件にも上る変死体の『事件性』を大まかにスクリーニングするような死因究明制度が求められる。
日本で解剖が積極的に行われない理由のひとつは、解剖医が圧倒的に不足しており死因究明のための予算が少ないからであるが、解剖よりも経済的コストが低くて各地の医療機関でも実施できる“Ai(Autopsy Imaging)”の普及が期待されている。 Aiは遺体をCT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像化装置)で撮影して、大まかな病理学的診断を行う『死亡時画像診断(死後画像診断)』であり、直接的な死因の究明率はMRIで50%前後といわれるが、解剖の必要性の有無を判定するのに有効とされている。遺族が解剖を嫌がる理由のひとつである身体的な侵襲性(傷つける恐れ)もないため、不審死に対するAi実施の同意を取りやすいという利点もある。 厚生労働省は6月に放射線科医や法医、病理学者ら14人のメンバーで構成されるAiの検討会を立ち上げて、Aiの有用性や費用負担(費用分担比率)について議論するとしている。Aiを活用した死因究明制度をシステムとして運用するに当たっての障壁は、予算面(コスト負担)だけではなくて、画像診断の読影能力のある人材(医師)が不足しているということにあるようだ。 解剖率の低さと死因の曖昧さをある程度カバーするスクリーニングの手段として、Aiのシステマティックな導入が期待される。今までの警察の検視体制の杜撰さは改めていく必要性があるが、死因究明システムを運用するための解剖医・法医・検視官などの人材不足やスキルの偏りも、政策的に解消していかなければならないのではないかと思う。 ■関連URI 34歳女性の婚活サイトを悪用した結婚詐欺についての考察1:事件報道の概略と自殺偽装の嫌疑 34歳女性の婚活サイトを悪用した結婚詐欺についての考察2:結婚詐欺の心理とバランス理論 パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』の書評:データと価値観から社会問題を解釈するリテラシーの必要性 ■書籍紹介 |
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