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米国アリゾナ州で民主党下院議員の集会で男が銃を乱射した。9歳の少女ら6人が死亡し、議員らが重傷を負った。保守派の「ティーパーティー(茶会運動)」が活発な土地柄だった。米国社会の深刻な政治的対立を示す事件である。
著名な経済学者、プリンストン大学のクルーグマン教授がニューヨーク・タイムズ紙のコラム(9日付)で「事件は起こるべくして起きた」と強く警告している。
リベラル派の教授は、遠慮なく保守派、右翼、共和党過激派を批判する。彼らが扇動する「憎悪の空気」が社会にあふれ、反対意見を抹殺せよという排他主義が横行している。民主主義が危ういと。
教授の議論で目を引くのは放送メディアに対する厳しい批判だ。「ラジオや一部のテレビ」が、商売で憎悪をまき散らしているのだという。乱射事件担当の保安官の言葉を引用している--「朝から晩まで、ラジオやテレビがひどい言葉を流している」。
どれほどひどいかというと、右派の放送メディアは、医療保険改革の支持者など反対派のことを「殺せ」「ギロチンだ」と叫んでいるのだそうだ。しかもそれが人気番組になるというのだから、米国はやはり肉食社会だ。
実は、クルーグマン教授も肉食系だった。「週刊現代」(2010年8月14日号)のインタビュー記事で、デフレ対策を取らない日銀総裁に対して「今、重い腰を上げないというなら銃殺に処すべきです」と言っていた。その教授が危険だと警鐘を鳴らす。米国放送メディアの暴走は相当なのだろう。
では日本のメディア状況はどうだろうか。
草食系の日本では、政治家を殺せと叫ぶような番組は見かけない。だが、銃を使わなくても、草食社会ならではの陰湿ないじめはないだろうか。
顔にばんそうこうを貼った大臣、漢字を読み違えた総理など、辞職するまで「憎悪報道」が続く。餌食になった政治家はいじめと思うだろう。
今は、民主党の小沢一郎元代表が標的だ。
小沢氏に対する「『政治とカネ』の問題」という、定義の不明確なレッテル貼り報道を、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は「言葉のファシズム」とまで警告している(10日付毎日新聞「ニュースの匠」)。
日本国憲法の基本原理は国民主権である。国民主権は国民が選んだ国会議員によって担われるのだ。議員を安易に「殺せ、殺せ」と言う米国メディアと、レッテルを貼る日本の状況はどこか似ているように思う。(専門編集委員)
毎日新聞 2011年1月20日 東京朝刊
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