肺がん治療薬「イレッサ」の副作用を巡る訴訟で、夫を亡くした兵庫県内の原告女性(48)が19日、毎日新聞の取材に応じた。夫は副作用死の危険性を知らせる緊急安全性情報が出た当日(02年10月15日)、その情報を知らないまま服用を決め、約1カ月後に48歳で急死した。女性は「副作用の情報がなぜ軽視され、伝わらなかったのか。過ちを認めてほしい」と訴え、東京・大阪地裁の和解勧告を受け入れ和解協議に着くよう国と企業側に求めた。【日野行介】
女性によると、会社員の夫は終電で帰る日が多い「仕事人間」だった一方、休日は趣味の登山やジョギングを続け、頑強な体だったという。しかし01年12月「肺がん」と診断されて入院。医師は女性に「余命1年」と告げた。02年に入り、抗がん剤治療を受けるための入退院を繰り返した。効果は見られたが、受け続けた注射は腕や脚に負担が大きかった。
02年5~6月ごろ、まだ承認前だったイレッサについて「副作用が少なく効果期待」と紹介する新聞記事を夫が見つけ、うれしそうな顔で「これを見て。早く承認されないかな」と女性に手渡した。注射に疲れた2人に飲み薬であるイレッサは魅力的に映った。「副作用が少ないというし、効けば幸運だ。次の抗がん剤治療につながる」と考え、承認を待ち望んだ。
イレッサは02年7月に承認され、10月15日午前、医師と相談して服用が決まった。ちょうど同日、厚生労働省は肺炎による副作用死の続出を告げる緊急安全性情報を発表した。しかし、夫婦が医師らからこの情報を知ることはなく、夫は同23日から服用を始めた。
女性は、医師から手渡されたイレッサの説明書や、輸入販売元「アストラゼネカ社」(本社・大阪市)の緊急安全性情報直後のホームページをプリントアウトし、今も大事に持ち続けている。そこに重大な副作用の危険性を警告する内容はない。
女性は「和解しなければ訴訟が続く。(自分が救済されるかどうかよりも)これ以上被害者を増やしたくない。国や企業は和解協議に着いてほしい」と力を込めた。
イレッサの副作用を巡り、患者と遺族が国とアストラゼネカ社に謝罪と損害賠償を求めていた訴訟で、東京・大阪両地裁は7日、原告側の要望に応じて原告・被告の双方に和解を勧告した。重い副作用である間質性肺炎は当初、イレッサの添付文書の2ページ目に記載があったが、02年10月15日に緊急安全性情報が出された後、冒頭に赤字の警告欄を設け、そこに記載された。
両地裁の和解所見は承認前から間質性肺炎の情報があったにも関わらず、十分な記載がなかったと指摘した。そのうえで緊急安全性情報よりも前に服用した原告について、国とア社の救済責任を認めその後に服用した原告についても誠実に協議するよう求めた。この時期による線引きについても「緊急安全性情報がその日のうちに全国に伝わるというのは非現実的」と疑問視する意見も出ている。
毎日新聞 2011年1月20日 東京朝刊