きょうの社説 2011年1月20日

◎美術監督が受賞 映像美を生んだ「影の主役」
 加賀藩を舞台にした映画「武士の家計簿」の美術監督、近藤成之さんが、第65回毎日 映画コンクールで「美術賞」を獲得した。同映画の観客動員数は全国で120万人を突破し、主人公のそろばん侍の実直な生き方と家族の絆を描いたストーリーが多くの人々の共感を呼ぶとともに、城下町金沢を再現した映像美も高い評価を受けた。

 スクリーンに現れる金沢城や、長町武家屋敷そっくりのセット、藩政期の祭礼「盆正月 」の華やかなシーンなどにあらためて金沢の魅力を感じた人も多かっただろう。印象深い映像美を生んだ美術監督は「影の主役」と言える。上映を機に観光効果も表れており、まちの美しい景観や雰囲気、伝統行事が地域の大事な資源であることを再認識するきっかけにもなっている。まちづくりにつながるように金沢をはじめ、それぞれの地域でふるさとの美しさを守り、広く伝えていきたい。

 美術監督の近藤さんは、金沢城公園周辺や長町武家屋敷などで1週間にわたりロケハン を行い、武家屋敷の土塀を雪から守る薦(こも)や、げたの歯に詰まった雪を落とす「ごっぽ石」まで忠実に再現した。「土塀の薦掛けはどこで見られるのか」などと、映画に関連した県外からの問い合わせが金沢市などに多く寄せられており、ゆかりの地を訪れる旅行者の増加が情報発信の重要性を裏付けている。また、地元では身近すぎて気付きにくい金沢のよさを再発見した人も多くいただろう。

 「盆正月」の場面は、「金沢は美しい」のせりふの通りに、ひときわ印象的なシーンで ある。前田家の慶事を城下挙げて祝った「盆正月」は、今も伝わっていれば名高い祭礼になっていたとの見方もある。埋もれていた行事に光を当て、今年6月の金沢百万石まつりで、再現イベントが催されることになった。映画の華やかなシーンから、まちを元気づける伝統行事や催事の力を感じ取ることができる。

 美しいまちなみについては、金沢市が今夏をめどに卯辰山山麓寺院群の重要伝統的建造 物群保存地区への選定を国に申請するように、さらに地域を活性化させるまちの資源を掘り起こしたい。

◎春闘スタート 業績に見合う賃上げを
 2011年の春闘が事実上スタートした。連合が求める「給与総額の1%引き上げ」に 対し、日本経団連は「賃金より雇用重視」として、引き上げは困難との姿勢を示している。一律の引き上げは無理でも、業績が良く、法人税率引き下げの恩恵を受ける企業はそれぞれ業績に見合う賃上げをして、社員に報いてほしい。

 日銀が昨年12月に行った生活意識に関するアンケート調査によると、1年後に「日本 が今より良くなっている」と考える人はわずか8・5%にとどまった。こうした先行きへの不安が消費不況やデフレの元凶でもあり、賃上げによって家計所得を目に見えるかたちで増やしていかないと、GDP(国内総生産)の6割近くを占める個人消費も伸びない。増益分を内部留保に充て、資金を眠らせてしまわずに、賃上げや設備投資に回す積極性を求めたい。

 大卒の就職内定率は昨年12月1日現在で68・8%にとどまり、3年連続で悪化した 。「超氷河期」と言われる就職難の実態を見れば、経団連が示した「賃金より雇用重視」の方針は、やむを得ない面もある。給与総額の減少は、デフレと円高に伴う企業競争力の低下の結果であり、人件費の負担増を招く賃上げ要求には、なかなか応じられないというのが企業側の本音だろう。

 だが、給与総額が減って家計が苦しくなると、消費者の財布のヒモはますます固くなり 、内需はしぼむ。そうなれば、各企業は値下げ競争で体力をすり減らし、雇用や給与総額がまた減ってしまうことになる。企業経営者はこうした「負のスパイラル」から抜け出す重要性を自覚し、できる範囲で日本経済に貢献してほしい。

 昨年9月末時点で、企業の手元資金である「現金・預金」は約206兆円に達し、過去 最高を更新した。連合は春闘方針で、「家計・企業のバランスのゆがみを修正・解消することがデフレ脱却の道」と指摘したが、企業所得を家計所得に移転していく努力が必要だ。国民の生活にゆとりが出て、将来への不安が解消してくれば、デフレの出口が見えてくる。