チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25457] とある世界の狩猟酒場(とある魔術の禁書目録×モンスターハンターのクエスト的な)
Name: 文々。◆aa05665e ID:0a2089a5
Date: 2011/01/16 00:45
一応モンハンの酒場をイメージしていますが、モンスターと戦うとかそういうのではなく、いろんな人が掲示板に貼っていった依頼をこなしていくものです。
クエストはモンハン風にしていきたいです。

主人公は上条、一方、浜面で順番にいく予定です。

かなりギャグよりです、一部キャラ崩壊注意。



[25457] アステカと黒曜石ナイフ
Name: 文々。◆aa05665e ID:0a2089a5
Date: 2011/01/19 18:54
「不幸だ……」

冷え込みも厳しくなってきた12月の寒空の下、学園都市の無能力高校生である上条当麻はすっかり口癖となってしまった言葉を呟いた。
両手には買い物袋がぶらさがっており、歩く度にガサガサと音をたてている。
先に控えているクリスマスというイベントの影響なのか、何やら学生カップルらしき者達が多いことも今の上条の不幸指数を上昇させている要因の一つである。

そんな上条だが、何も一人でぶらぶらと町を歩いているわけではない。
隣には上機嫌に鼻唄を歌いながら歩いている女の子がいる。
独り身の男達が見れば、何が不幸だゴラァァアアア!!などとぶっ飛ばされるかもしれないのだが、

「でも、相手はこいつだしなぁ……」

「とうま、とうま。何かそこはかとなく馬鹿にされた様な気がするんだよ」

上条の言葉に反応したのは隣を歩く少女。
銀髪碧眼という外国人特有の風貌に、安全ピンまみれの金の刺繍が施された白い修道服。
絶賛居候中の大食らいシスターだ。

「いやいや、上条さんはこんな美少女と一緒に歩くことが出来て、嬉しくて涙が出てきそうですよ」

上条はため息をつきながら視線を上空に向ける。
そこにはまるで自分の気持ちを表しているかのようなどんよりとした曇り空が広がっていた。
某死のノート漫画のようにいきなり大量の札束が降ってくることもない。元々あそこは日本ではなかった気もする。

ふとこんな妄想が浮かんでしまうように、今回の悩みはずばり金欠だった。
主に食費で上条家の家計を圧迫するシスターのせいで、常に軽い金欠状態ではあるのだが、今回は特に酷かった。

「ねぇとうま。またこの前のお祭りとかやったりしないのかな? あれすっごく楽しかったんだよ!」

「そりゃあんだけ食いまくれば楽しいだろうさ」

インデックスが言っているお祭りとは11月に行われた『一端覧祭』という学園都市ならではの超大規模文化祭の事である。
上条には記憶がないので、このイベントにも実質初参加で多少は期待していたのだが、インデックスはノンストップで食い続けるわ、厄介事に巻き込まれるわ、そのせいでクラスの出し物に参加できず吹寄制理から頭突きを食らわされるわ、半強制的に約束させられた御坂美琴に振り回されるわで本当に散々であった。

そんな事も続いて頭がどうかしていたのだろう。
不幸すぎてハイになった上条は、一端覧祭ではあまり構ってやれなかったインデックスにお詫びをと、ファミレスで好きなだけ頼んで良いなどと言うことをぬかしてしまったのだ。
その結果が今の絶望的な金欠だ。

「まったく、お前のせいでそろそろホントに塩と飯だけの生活になっちまうぞ……」

「むっ、だって何でも好きなだけ頼んで良いって言ったのはとうまの方なんだよ!」

「……あぁそうですよ」

完全にその通りなので言い返せない上条。
一応最終手段としてまた御坂から金を借りるという選択肢もあるのだが、それはもう高校生としてのプライドが許さない。

だが本当にインデックスに塩と飯の生活などをさせてしまったら、おそらくイギリスから炎剣を持った赤髪の魔術師が突撃してくるだろう。
それにそんな生活をインデックスに送らせるのは上条自身の心が痛む。

そこで残り少ない金でお一人様一つの特売商品をインデックス並びに妹達(シスターズ)に頼んで大量購入したのだ。
妹達は調整があるからと買い物が終わったらすぐに病院へ行ってしまったが、今度必ずお礼するからと言うと、なにやら左手がどうのこうのと言いながらやけに嬉しそうにしていた。

あとはしばらくこの食材達だけで生活していくので、飽きないように舞夏から技を伝授してもらおうかとも考えている。
こんな時、舞夏やオルソラの様な料理スキルがあればいいだろうなぁとぼんやりと思ってしまう。

「ねぇとうま。あそこって何かな? 何かすごい賑やかなんだよ」

インデックスが指差す先には古めかしい木でできた建物があった。
大きさはかなりのもので、中からは確かに楽しげな声が響いている。

「あぁ、ありゃ狩猟酒場だよ」

「酒場? ここって学生の町だよね?」

「一応酒も置いてあるけど、ノンアルコールだけど酔った感覚を得られるっていう学園都市ならではのものが置いてあるんだ。けどこの建物の本来の目的は別にあったりもする」

「本来の目的?」

「この狩猟酒場ってのにはでっかい掲示板があってな、そこに何か依頼を貼って誰かに頼むんだ。
元はとある人気ゲームからきてるんだけどな」

「へぇ~面白そうかも!!」

インデックスは目をキラキラと輝かせて例の建物を眺めている。
上条はインデックスのそんな様子を見ると、少し笑って、

「何ならちょっと見ていくか? はやくこいつを冷蔵庫に入れないとだから長居はできねぇけどさ」

「うん!!」

インデックスは満面の笑みを浮かべていた。
上条はそんな顔を満足げに見ながら、ふと少し甘やかしすぎなのではとも思う。
以前はそんなでもなかったのだが、ローマ正教との戦争以来、こうやってインデックスと一緒にいる時間がとても大切なものであると感じてきていた。

(俺も一方通行のことを言えねえな……)

ふと、ある少女に対してはとことん甘い学園都市最強の事が頭に浮かび、頬が緩む。
そして上条ははしゃいでいるインデックスに続いて、酒場に入っていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


酒場に入った瞬間、むわっという熱気に包み込まれた。
外が寒かったせいかやたら暑苦しく感じる。

右手には大量の木のテーブルがあり、多くの学生達が飲み騒いでいる。
ノンアルコールのはずだが、中には顔を真っ赤にしている学生もいて、テンションが明らかにおかしい。

左手にはカウンターが並んでおり、綺麗なお姉さん達(やはり学生だが)が待機している。

そして入って正面、壁まで進むとそこにはここのメインである巨大掲示板があった。
今も沢山の依頼が貼り付けられている。
一応これも古めかしい木で出来ているのだが、その近くには依頼検索用の装置が置いてある。
これで目当ての依頼を選択すると、自動的に貼り紙が取りやすい位置まで降りてきてくれるのだ。

極めて非効率的だが、そこはゲームと同じ様な雰囲気を出したいのだろう。

「うわぁ~すごい賑やかなんだよ! いつもこんな感じなの?」

「日曜だし一番人が集まっている頃だからな」

「ねぇとうま、私もあれ飲みたいかも!」

「金ねえって言ってんだろ!」

この熱気に当てられられたのか、自然と二人もハイテンションで話す。
インデックスの方は頬を紅潮させていて、不覚にも可愛いと思ってしまった上条だったが、

「はぁ……」

何となく確認した財布の中身にため息。
上条だってこれだけ不幸が重なっているのだし、全てを忘れるくらい飲んだり騒いだりしたい。
だが上条のお財布事情はそれすらも却下していた。

どこかで手っ取り早く稼げないものかとそんな都合の良いこと考えてみたりするが……。

「……あ」

あった。それもこんな近くに。

「なぁインデックス、ここにある依頼ってのにはな当然ながら報酬があるんだ」

「うん? どうしたの急に?」

「その報酬ってのも学生ならではで菓子とかそんなもんが多いわけなんだが、中には凄いものもある。
もちろん難易度は高くなるが、報酬はそれこそ上条さんの奨学金の何倍もの金とか!」

「うんうん、それでそれで!?」

「つまり俺の幻想殺しとお前の10万3千冊を使ってちょちょいとやってしまえば大金ゲット!!
これからの食生活はもやしから黒毛和牛にレベルアップするって寸法よ!!」

「凄いんだよとうま!!」

掲示板の前でなにやら盛り上がる二人。
近くで依頼の確認をしていた学生達が不審そうに見てくるが、それにも気付いていない。
どういう理屈なのか、まったく飲んでいない二人も酔っぱらっているようだった。



「それじゃあ私が選ぶんだよ!」

機械音痴のはずのインデックスは自分から検索用装置を操作し始める。
幸い近くに取り扱い説明書があったので、それをまるごと暗記したインデックスは初めて触ったのにも関わらず、慣れた手つきで操作していく。

こちらのカードは『幻想殺し』と『魔導書図書館』の2つ。
つまり必然的に魔術サイドの方の依頼を狙うことになる。
しかし学園都市の掲示板におおっぴらに魔術などという単語が出ているはずもなく、そこの見極めはインデックスに任せたのである。

「あ、これなんか良さそうなんだよ!」

インデックスは何か目ぼしい依頼を見つけたらしく、目をキラキラさせながら機械を操作する。
その口からは既によだれが溢れていることから、かなり良い報酬なのだろう。
そしてインデックスが最後に何かボタンを押すと、一枚の紙が上条の目の前に降りてくる。
妙にワクワクしながらビッという小気味良い音をたてて紙をはがし、その内容を確認する。

―――――――――――――――――――――――――――
          大連続狩猟クエスト
           【神の右席】
報酬:$1,000,000,000
指定地:聖ピエトロ大聖堂
クエストLV:G★★★
成功条件:神の右席全員の狩猟
重要人物:

前方のヴェント
左方のテッラ
後方のアックア
右方のフィアンマ

依頼主:ローマ教皇
依頼内容:
最近は少し大人しくなったと思ったら、だんだんまたやんちゃになってきおった!
私の言うこともまったく聞かないので、誰かまとめてこらしめてくれないか?
交通費は支給する。

――――――――――――――――――――――――――――

「できるかあああぁぁぁ!!!!」

紙をビリビリに破きながら絶叫する上条。
周りの人間が驚き、こちらを凝視するのも構わない。
とにかく上条には叫ぶしかなかった。

「あああああ!! とうま、何やってるんだよ!!」

「それはこっちのセリフだああ!! とんでもねえもん選びやがって!!」

「でも報酬はすごかったんだよ!!」

「命はお金より大切なの!! プライスレスなの!! 捨てちゃダメなの!!!」

上条は身ぶり手振りで懸命に命の大切さを語るが、インデックスはあまり理解していないようである。
だが一通り叫び倒すととりあえず息を整えて冷静になろうとしてみる。
あと教皇がこんな事をしているローマ正教を割と本気で心配する。
リドヴィア辺りが知ったら発狂するんじゃないか。

そんなこんなで今度は上条もインデックスと一緒に依頼を探すが、なかなかいいものが見つからない。
次第にイライラしてきたインデックスが『とうまは文句が多すぎなんだよ』などとぼやき始めた時、

「何か依頼をお探しですか?」

後ろからこんな所では珍しい爽やか系イケメンボイスが飛んできた。
上条が反射的に振り返ると、そこにはいつぞやの美琴にひっついていた男子学生が立っていた。
その顔には相も変わらずキラキラとした笑顔が浮かんでいる。

「ええと、海原光貴……だっけ?」

「ええ、偽物の方ですが」

という事は以前戦ったアステカの魔術師か、と上条は素早く理解する。
そして同時に色々面倒なのでインデックスには伏せておこうとも考える。

「とうま、この人は?」

「あぁえっと、ただの友達だよ友達」

「……とうま、ただの友達は魔導書の原典(オリジン)なんて持ってないんだよ」

はいぃ!? とものすごい勢いで目線を移すと、そこには困ったような笑顔で頭を掻いている海原の姿があった。
インデックスは今度こそ警戒するような目で海原を観察している。

「参りましたね、さすがはイギリス清教の誇る魔導書図書館だ」

「ふん、隠してたって原典くらいになると感じとることくらい出来るんだよ」

インデックスは不機嫌そうに言うと、今度は上条の方を向いてじっと見つめてくる。
その目はどうみても、『どういう事か説明して』と言っていた。
少し悩んだが、こうなったインデックスは絶対に引き下がらない事を知っている上条は、仕方なく説明することにした。
もっとも原典の事は上条自身初めて知ったので説明しようがないのだが。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「なるほど、つまりこの魔術師は短髪の事が好きなんだね」

「えぇ!? 食いつくとこそこですか!?」

一通り説明した上条は、インデックスの予想の斜め上をいく感想にツッこむ。
一方海原はこれまた笑顔ではいと答えていた。

「うんうん、そういう事なら協力するんだよ!
この10万3千冊の魔導書を総動員して短髪とくっつけてあげるんだよ!!」

「まてまてまて、何でお前はいきなりそんな協力的なんだよ!」

「えぇ~だってぇ~短髪がこの人とくっついてくれれば、私はとうまと心置きなく……ふふふふふ」

「おーい、インデックスさーん。だめだこりゃ。
そうだ、海原はこんなとこで何やってんだ? 」

上条は、何やら別の世界へトリップしてしまったインデックスをひとまず置いといて海原に話をふる。
海原の性格上騒ぎにきたという事もないだろうし、何か依頼をしにきたのだろうかと興味をもったからである。
それも海原の依頼だったら美琴に関係するのではないのだろうかと少し心配になったのもあった。

「えぇ、依頼を出したのですが少々困難だったのか中々引き受けていただける方が現れなくて……。
そうだ、上条さんやってみませんか? あなたなら合法的にすんなりやってくれそうです」

「その合法的ってのに激しく突っ込みたいところなんだが、とりあえず依頼だけ見せてみろよ」

ありがとうございます、という一言の後海原は検索装置にIDを打ち込む。
するとまたもや一枚の紙が上条の前まで降りてくる。
上条はそれを掲示板から剥がすとその内容を読んでみた。

――――――――――――――――――――――――――――――
             採取クエスト 
            【黒曜石の光沢】
報酬:$100,000
指定地:学園都市 第七学区
クエストLV:G★
成功条件:御坂美琴の歯ブラシ1本の納品
重要人物:

御坂美琴
白井黒子
寮監

依頼主:海原光貴(エツァリ)
依頼内容:
僕の黒曜石のナイフは輝きが命です。
そしてその光沢を出すためには御坂さんの歯ブラシが必要不可欠なのです!
決してハムハムとかペロペロとかクチャクチャするのが目的ではありません。
合法、非合法は問いませんので、勇気あるかたをお待ちしております。

――――――――――――――――――――――――――――――

「………………………」

「どうでしょう?」

「え、え~と…………」

上条はひきつった笑顔を浮かべて海原を見ている。
だが海原の方は先程からずっと変わらないキラキラした笑みのままである。

(落ち着け落ち着け。何もまだ海原が変態だと決まった訳じゃない。
そ、そうだよ、白井ならともかくあの海原だぞ。そんなことするはずねえじゃねえか!
これもおそらく魔術的な意味があって、たぶん好きな人のもので磨かないとダメなんだ! きっとそうだ!
それでもまだ海原が白井みたいな変態だと言うなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!)

そこまで必死に考えた上条は、よしっと小さく呟き真っ直ぐ海原の顔を見る。
上条のその表情は何かを決意の強さの表れか、いつもより凛々しく見えた。

「いいぜ、受けてやるよその依頼!!」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「つまり、短髪は自分自身をきちんと見てくれる人に弱いんだよ!」

「なるほど、勉強になります。では具体的にはどのようすれば良いでしょうか?」

「う~ん、思いきってとうまが短髪に接するときと同じ様な態度でいくといいかも」

「え、嫌われたりしないでしょうか……?」

「大丈夫、大丈夫。短髪はそういうことあんまり気にしないから」

日が落ちる時間も早くなり、もう辺りはかなり暗くなり始めていた。
そんな中、インデックスと海原は上条の寮に向かって歩いていた。
大量の特売品が入った袋は海原が持っており、インデックスは相変わらず手ぶらである。

あの後上条は海原からの依頼のために別行動を取ることにして、海原がインデックスを寮に送ろうと提案した。
インデックスは少し迷っていたが、海原が美琴の事でアドバイスを貰いたいと言うと、ノリノリで応じた。

(さすがに禁書目録にあの依頼について突っ込まれたら誤魔化しきれませんからね……。
ですがこれで御坂さんの歯ブラシが手に入り、それで…………グフフフフフ)


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


上条当麻はいつも美琴と遭遇する自販機のベンチに腰掛け、何やら考え込んでいた。
別にこれは美琴と会おうと思ったわけではない。それなら来るかも分からない待ち伏せなんかよりも、普通に電話すればいい話だ。
ただ、上条は落ち着いて作戦をたてる場所が欲しかっただけだ。

(いきなり『お前の歯ブラシをくれ!』なんて言ったらビリビリだろうな。
ならもっともらしい理由をつけて……ダメだ、どうしても御坂の歯ブラシが必要な状況なんてありっこねえ。
やっぱりここは土下座してでも正直に頼み込んだ方がいいのか……)

その姿は周りから見れば、何か人生という道に迷った学生のようにも見えるだろう。
世話焼きな小萌先生あたりが上条のこんな姿を見れば、心配して相談に乗ると言ってくれるはずだ。
だが実際の今の上条の悩みは、読心能力(サイコメトリー)なんかで読まれでもしたら即通報、『女の子に興味があったんですEND』に繋がりかねない。

「あ……!」

そんな上条の視界の端にある人物が入り込む。
肩くらいまでのさらさらとした茶色い髪に、名門常盤台中学の冬服。
その顔は化粧の必要もないくらい良く整っているが、今はどこか寂しげに見える。
そう、今上条をこれだけ悩ましている元凶、御坂美琴だった。

(御坂……!! こんな時間に何やってんだ?
それよりどうする? まだ作戦なんて決まってねえぞ!
ああもう面倒くせえ!! こうなりゃ正面から玉砕してやるよ!!)

上条は半ばヤケクソ気味に覚悟を決めると、勢い良くベンチから立ち上がり目的の人物に近付いていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


御坂美琴の気持ちは沈んでいた。
その理由は実験が再開されるといったシリアスなものではなく、能力開発が上手くいかないという学園都市ならではのものでもなく、後輩の変態行動にうんざりしてなどというアブノーマルなものでもない。

それはもっと一般的で中学生ならば当たり前ともいえる感情からくるもの……。
そう、美琴の想い人であるツンツン頭の少年に出会えないからだ。

「どこほっつき歩いてんのよ、あのバカ」

別に約束をしたわけではない。
ただこの自販機の公園にいればなんとなく『あの馬鹿』が通りかかるかもしれないと思っているだけだ。
そんなに会いたければ連絡を取ればいいと思うだろうが、相変わらず素直になりきれない美琴にはそんなことは出来ない。
そんなこんなで最近では学校が終わると、この公園に寄って時間を潰すのが日課となっていた。
お陰でここら辺で遊んでいる子供達と仲良くなっていたりする。

「……今日はもう帰ろうかな」

美琴はそう呟くと、視線を上空へ移す。
辺りは日も落ちてすっかり冷え込んでおり、自分の吐いた白い息が空へ昇っていく。
直接は会えなくても、今この瞬間だけでも同じ空を見上げてたらいいな、などというどうしようもなく乙女チックな考えが頭に浮かんでしまうあたり、本当に重症だと思ったりもする。

そんな自分を自嘲気味に小さく笑うと、美琴は足を寮への道に向けようとした。

「御坂っ!」

急に後ろから名前を呼ばれた。
しかもその声は間違い様のない、まぎれもなくあいつの声だった。
例えどんな絶望の中にいても引っ張りあげてくれる、聞くだけで体の中に暖かいものが広がる、あの声だ。

美琴は急いで振り返りたいのを抑えて、ゆっくりと振り返る。
まるで仕方がないから反応くらいはしてやるかとでも言いたげに。

しかし嬉しさから顔はどうしても緩んでしまい、それを必死に抑えているので、変な表情になっていないかとても心配だったりもする。

「な、何よ。そろそろ門限だし手短に済ませてほしいんだけど?」

大丈夫、声は震えていない。美琴はそんな事に安心しながら正面に立つ少年に挑戦的な視線を送る。
そこにいたのはやはり不思議な右手を持つ、自分にとっては絶対的なヒーローである上条当麻であった。

(やっと会えた! しかも向こうから声かけてくれた!! やったやった!!)

もちろんこんな心の声など、実際に発する事など出来ないのだが。

「え、あぁそうかもうすぐ門限か。それは悪かったなじゃあまた今度でも……」

「ちょ、ちょっと! そんなんじゃ私が気になるでしょ。今ここで言いなさい!!」

いきなり会話を切られようとして焦る美琴。
本当の事をいうと門限なんて知ったことなかった。
上条といるこの時間を出来るだけ引き延ばしたい。それだけを考えていた。

「わ、分かった。あのな御坂、あまり驚かずに聞いて欲しいんだけど……」

「う、うん……」

上条のなにか思い詰めたような表情。
それは自然と自分の体を硬直させ、ドキドキと心拍数だけ上げていく。

(な、何よ急に真剣な顔して。も、も、もしかして告白!?
そ、そんな! な、な、なんて答えればいいの!?
『よろしくお願いします』!? 『一生大事にしてね』!? 『初めてだから優しくしてね』!?
ああもう、分かんないよおぉ!!)

美琴は顔をこれでもかというくらい赤く染め上げ、火ではなく電気がバチバチ漏れ出している。
それでも上条の言葉を聞こうと、涙目になりながらも必死で能力の暴走を抑えている。

「御坂……あのな……」

「う、うん! 子供は男の子一人、女の子一人が良いよね!!」

「はい!? ちょ、御坂さんは何の話をしてらっしゃるのでせう!?」

「ち、ちがっ!!何でもないの、忘れて!!」

美琴は自分のとてつもないフライングに、両手を大きくブンブンと振って誤魔化す。
対する上条は美琴の焦りっぷりに圧されながらも、そ、そうか……とあまり突っ込まないようにしたらしい。
そして再び真剣な顔に戻ると、美琴と向き合った。
さらに息を大きめに吸い込むと、言葉を紡ぎ始める。

「あのな、御坂!」

「………………!」

もはや美琴は言葉を発することも出来ず、ただ上条を涙目でしかも上目使いにコクコクとうなずくことしか出来なかった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


美琴の様子がおかしい。
何か電気がバチバチいってるし、顔は真っ赤だし、今にも泣きそうな顔をしている。

それでも上条は口を動かす。
なぜなら美琴のその目は涙で一杯だったが、早くその先をいって欲しいと訴えていたからだ。

だから……上条は言う……。
今まで自分の築き上げてきたイメージをコナゴナに破壊するかもしれない巨大鉄球の様な一言を。
そして新たな自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を構成するきっかけになるかもしれないその一言を。

「御坂、お前の歯ブラシが欲しいんだ!!!!」





――始まりは真っ白な病室だった。
そこで出会ったのは白いシスター。
部屋と同じくらい何色にも染まっていない自分を見て涙を浮かべていた。

自分はそんなものは見たくないと思った。
そこからこの上条当麻の物語は始まったのだ。

まるで他人を演じているかのような生活は辛いと思うときもあったが、だんだんとそんな事考えずに今自分のやりたいことをする。過去の自分がどうとかは関係ない。とにかく自分の意思で生きていくことにした。

禁書目録、吸血殺し、妹達……様々な宿命を持ったものたちと出会った。
そしてそれを何とかしたいと思ったのは他でもないこの自分だった。自分の率直な気持ちだった。

様々な事件を通して、この上条当麻の繋がりも広がった。
インデックスや美琴には記憶の事を知られてしまったが、それでも今の上条当麻を見てくれた。

そんなこの上条当麻は新たな世界に入ることになりそうだ。
そこはどんなとこかはまったく想像できないが、それでも上条当麻として胸を張って生きていきたい。




――あぁ、あそこで手を振って待っているのは青髪ピアス……。




「おああああああああぁぁぁぁ!!!!!」

ゴン!!という鈍い音。
それは上条が固いコンクリに自分自身の頭を叩きつけた音だった。

(違げえだろ上条当麻!!
周りなんて関係ねえ!!お前はどこに居たい!?
たかだか依頼で言った言葉でこの世界は崩れるのか!?
インデックスの事や美琴を守るって約束全部ほっぽりだして他の世界にいくなんて冗談じゃねえ!!
この世界は全然終わってねえ!!向こうの世界は始まってすらいねえ!!ちっとくらい長いプロローグで絶望してんじゃねえよ!!!)

上条当麻は悟った。
普段何気なく生きているこの世界がかけがえのない大切なものだという事に。
もう決して手放してはいけない事に。

「御坂!!」

「は、はいっ!!」

どうやら美琴は先程の上条の言葉を上手く理解できなかったようだ。
一連の上条の謎の行動もぼんやりと眺めていただけだった。

だからもう一度言う。もう迷うことはない。
例え何を言おうとも自分はここにいる。それが分かっているから。

「お前の歯ブラシを俺にくれないか!?」

「……………ふぇ!!?」

今度はきちんと届いたようだ。
美琴は相変わらず顔は真っ赤だが、顔は上がっており、口をパクパクとしている。

不意に近くにあった街灯がついた。
もうそのくらい辺りは暗くなっていたが、明かりに照らされた上条の顔はどこかやりきった者の顔をしていた。

「私のは、は、歯ブラシ!? ア、アンタそんなもの何に使う気よ!!」

「頼む、聞かないでくれ。お前のためなんだ」

もちろん上条は魔術関係の事を美琴に話すつもりはない。
信じる信じないは別にしても、今まで以上に危険なところに首を突っ込む事になるだろうし、海原もそんなことは望んでいないと思ったからだ。

「…………そ、そんなに欲しいの? 私の歯ブラシ……」

「あぁ」

上条の真剣な表情に、美琴はまるで何かが詰まったかのように胸の辺りをギュッと押さえる。
その表情はどこか切なげであった。
それから俯くと、耳まで真っ赤に染めながらゆっくりと話し始める。

「……いいわよ。アンタが欲しいならあげる」

「本当か!?」

「え、えぇ……ただし!!」

その言葉に上条は思わずビクッとなる。
だいたいは予想していた。
こんな頼み、仮に受けてくれたって無条件でというのはまずないだろう。
ストレス発散に超電磁砲(レールガン)キャッチボールか、はたまたいつぞやと同じように愛玩奴隷となってしまうのか。

だが上条は受けるしかない。
それも全て上条家の明るい食卓とインデックスの笑顔のために……。

「ア、ア、アンタの歯ブラシと交換よ!!!」

「…………はい?」

美琴の出した予想外の条件に、しばし目をパチクリとして固まる上条。
もちろん超電磁砲や愛玩奴隷と比べれば随分マシだ。別に上条は今使っている歯ブラシにそこまで愛着は持っていない。

「ま、まぁいいけどさ……そんなもんどうするんだ?」

「べ、別にどうしたっていいでしょ!! アンタだって答えなかったじゃない!!」

確かにそうだ。自分が何に使うのか言わないくせに人に聞くなんて虫がよすぎる。
おそらく無能力者(レベル0)には分からない超能力者(レベル5)なりの使い方でもあるのだろう。

「分かった分かった、じゃあ今日はもう遅いし交換は明日で良いか?
学校終わった頃に……場所はここで良いよな?」

「う、うん! 絶対忘れんじゃないわよ!!」

「おう、じゃあまた明日な」

「そ、そうね……また……明日」

上条は美琴の返事を聞くと、何故かそこから動かない美琴に疑問を抱きながら自分の寮に向かって歩き始める。
ほんの数分の事なのにどっと疲れた様な気がして、今日はぐっすり眠れそうだなとぼんやりと思った。

公園に一人残された美琴は未だに赤い顔のままでぶつぶつと何か言っていた。
周りから見ればとてつもなく怪しい光景だが当の本人の顔はとても幸せそうだった。

「えへへへ、また明日、かぁ……」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


上条が部屋に帰ってくると、そこにはとてもおいしそうな料理の数々が並んでいた。
どうやら上条の帰りが遅くなったことから、インデックスが腹ペコ状態になって暴れ始めたので、海原が作ったものらしい。

「勝手に食材を使ってしまってすみません」

「いやいや逆にこっちが感謝したいくらいだ。
腹すかせたこいつの相手は大変だっただろ」

上条はバクバクと食いまくっているインデックスを親指で指しながら申し訳なく思いながら話す。
その様子はまるで子供が迷惑をかけて謝る親のようである。
インデックスはそんな上条からの扱いに一瞬むっとした表情になるが、今は上条の頭よりも目の前の料理を優先したようだ。

「いえいえ、元はといえばこちらの依頼のせいですし
それで、どうでした御坂さんの方は」

「ああ、それが意外なことにすんなりとオーケーしてくれたぞ
ビリビリの一発や二発覚悟したんだけどな」

「本当ですか!? さすが上条さんですね」

上条の報告を受けて顔を明るくして喜ぶ海原。
それを見て上条は、やはりあれをやましい事に使うわけではなく、魔術に必要なんだなと安心する。

これでおそらく上条は、そこにいる暴食シスターにその事について訪ねたりはしないだろう。
それは海原にとってはかなり楽な状況になってきた事を意味する。

「けどたったこれだけで、あんだけの報酬金を貰っていいのか?」

「ええ、上条さんは上手くやりましたけど、元々常盤台の寮へ侵入する事も想定した依頼でしたからね。
あの報酬金は妥当な額だと思いますよ」

確かに常盤台の寮に侵入するとなれば、それは多くの強能力者(レベル3)以上の学生を相手にする事になる。
おまけに目的のものがある208号室には大能力者(レベル4)の空間移動能力者(テレポーター)と超能力者(レベル5)の超電磁砲(レールガン)が控えている。
どう考えてもまともな学生にどうにか出来るものではない。

「ですが御坂さんは嫌そうにはしていなかったのですか?」

「う~ん、むしろ何故か嬉しそうだった気が……」

「……そうですか」

上条の言葉を聞いて少なからず凹む海原。
鈍感な上条は少しも気付いていないようだが、美琴が上条に好意を寄せているのは明らかだ。
いくらある程度は割り切って考えている海原でも、まざまざと見せつけられるとさすがに堪えたりする。

恐らく美琴は自分の歯ブラシを上条にパクパクされたりするのが嬉しいのだろう……とアブノーマルな世界の住人である海原は考えていた。
その考えに同意するのは同じような世界の住人である白井黒子くらいであろうが、実はこの予想は的中していたりする。上条の事になると美琴も少々おかしい方向へ進んでしまうのだった。

そんなこんなで明日上条が美琴の歯ブラシを手に入れ次第連絡するという事で話がまとまり、海原は帰っていった。
上条はお別れも近い自分の歯ブラシを眺めているところをインデックスに目撃され、少々焦ることもあったが、とりあえずいつも通りの夜を送れたようだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


常盤台中学学生寮。
何とか門限ギリギリに帰ってこれた御坂美琴は洗面台の前で歯ブラシを見つめて硬直していた。
頬は赤く染まり、手は微かに震えている。
こんな所を同室の後輩に見られでもしたら色々と心配されそうだが、そんな事を気にしていられないほど美琴の気持ちは高まっていた。

(こ、この歯ブラシが明日の今頃にはアイツの口の中に……!
それで代わりにア、ア、アイツの歯ブラシがこの手に……!!
ど、どうしよう、とりあえずペロペロするのは基本よね……そ、それから……)

美琴は明日のこの時間、上条の歯ブラシをどうしようか考えていた。
今でこれなのだから、本物を前にしたら勢い余って飲み込んでしまう危険もありそうだ。
美琴を尊敬する下級生等が見れば、恐らく声もでなくなるような姿であったが、これも常盤台中学のエースにして学園都市第三位の超能力者である御坂美琴の一面なのである。

(で、でもそれって間接キス……どころかディープキスよね……!
ということは、もう後に残ってるのっていったら……!!
だ、だめよ!!私まだ中学生だし、む、胸もないし!!
で、でもアイツとなら……そうだ、今度黒子の『パソコン部品』でもこっそり回収して……!)

何やら危うい線まで突っ走っている様子である美琴。
そしてその表情は友人である初春や佐天なら分かったであろう、白井黒子が愛しのお姉様の事を考え『うっへっへっへ』と言っているときのものと瓜二つなのである。
案外この部屋の二人は何か根本的なところでは似た者同士なのかもしれない。


「お姉様、遅いですわね。いったい何をしていらっしゃるのでしょうか……」

一方、白井黒子は自分の机の椅子に座って洗面台に向かったっきり中々帰ってこない美琴を心配していた。
もう寝る頃なので髪は下ろしており、いつもより大人な印象を受ける。
目の前の机にはノートパソコンが置かれており、その画面には風紀委員関係の報告書が表示されている。

内容は【第十三学区を対象とした犯行声明とその対応】
管轄外だが、情報処理に長ける初春の協力を得たいという事で一七七支部に送られてきたものを何気なしに読んでいたのだ。

(まぁどうやら警備員と合わせてこちらの戦力は十分。わざわざわたくしが行くこともないですわね。
初春が前線に出る事もないでしょうし、そこまで心配しなくても大丈夫ですわ、おそらく。
今はそれよりも……)

白井はここで思考を中断し、洗面台の方へ耳を傾ける。
すると何やら、う~ん、と唸る声が聞こえてきた。

それを聞いてニキビでも出来たのかと考えた。
それならば自分の持っている知識と学園都市製の薬を総動員してでも治してみせようと思うのだが……。

(ま、まさかアレにお気付きになったとか……!)

白井はある一つの可能性を考え、顔を青くした。
いやしかしそれはもう随分と長いことやっているが、今までまったく気付かれなかった。
今さら気づくというのもないはずなのだが……。

「あれ、黒子。こんな時間まで風紀委員の仕事?」

「は、はいぃ!!」

いつの間にか洗面台から帰ってきていた美琴に急に話しかけられ、肩をビクッと震わせる白井。
そして恐る恐る振り返り、美琴の様子を窺うが、何やら不審そうな目でこちらを見ている。
白井はまさか本当にアレがバレたのかと、身を強ばらせるが、

「な~にビクついてるのよ。まさかアンタ、また懲りずに媚薬なんかを購入してるんじゃ……」

「ご、誤解ですわ!黒子は風紀委員の報告書を……」

「ふ~ん、怪しいわね。ま、まぁ最近は私も忙しいし、そんなものをた、頼んだとしてもバレないかもね~なんて」

「お姉様?」

美琴は何やら目を泳がせてそんな事を言うと、自分のベッドに腰かける。
それにならって白井もパソコンを閉じると、隣のベッドへ向かった。
白井はそんな美琴の様子をみて、先程から気になっていたことを質問する。

「そういえばお姉様、随分長いこと洗面台の方にいらっしゃったようですが、どうかされましたか?」

「へ!? い、いや別になにも……」

白井の質問に顔を赤くしてもじもじし始める美琴。
そして美琴のそんな姿に即座に反応する白井センサー。
愛しのお姉様がこんな反応をするとき、それは高い確率で『あの殿方』が関係している。

「お姉様……またあの殿方ですの!?」

「な、な、何でそうなるのよ!!」

とたんに顔をこれでもかというくらい真っ赤に染め上げる美琴。
それはビンゴだということを表しており、白井は鬼のような形相に変貌する。

「ああ!!お姉様は黒子というものがありながら、いつもいつもあの類人猿の事を……!!
はっ!!先程の媚薬の話の時妙にどもっていたのは、まさか!!!」

「ち、違うわよ!!そんなものを入れたジュースをアイツに渡して、強引にアイツの家に押しかけて襲わせて既成事実ゲット!なんて全然考えてないんだから!!」

「具体的すぎますわあああぁぁぁぁ!!
そうですか、もうお姉様はあの類人猿に心も体も捧げていいと思っていらっしゃるのですね……。
それならばせめてお姉様の初めてだけは、何としてでもこの黒子が!!
お姉様のお体、メチャクチャにしてさしあげますわ!!!」

「ちょ、こっちくんな変態!!
この体をメチャクチャにしていいのはアイツだけなんだから!!!」

バタン!!という音が聞こえた。
その瞬間二人は完全に硬直する。
白井は全裸で今にも美琴のベッドに飛び込まんという体勢で、美琴は身体中をビリビリ帯電させ、そんな白井を迎撃しようとする体勢で……ただその開かれたドアの方を見ている。
なにか冷気に似たようなものすら感じるその場所には……。

二人の高位能力者を動けなくさせるには十分すぎる存在、鬼の寮監が立っていた。

「さてさて、一応言っておくが私も可愛い生徒をこの手にかけるなんて心が痛むんだ。
しかしこんな時間に能力を使いながら卑猥な言葉を大声で叫んでいる連中がいたら、その生徒や他の生徒のためにも教育(しまつ)してやるしかあるまい。
何か言いたいことはあるか? あっても聞かんが」

次の瞬間。
常盤台中学寮にグキッという鈍い音が響き渡った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


次の日の夕方。
上条はいつもの自販機の近くのベンチで人を待っていた。
その手には歯ブラシ。周りから見たらやはり奇妙な姿らしく、道行く人達はチラチラ見てくるし、近くで遊んでいた子供達からは『何で歯ブラシなんか持ってるのー?』と純粋な瞳で聞かれてしまった。しかも大声で。

(御坂、早く来てくれええ!!このままだと上条さんの社会的立場がどん底まで落ち込んでしまいますうう!!!)

その時。
ざっという音と共に、惨めさから下の方へ向いていた上条の視界に見覚えのあるローファーが現れる。
すぐにばっと視線を上げると、そこには今だけ一番会いたかった人物、御坂美琴が立っていた。

「御坂!!会いたかったぜえええ!!!」

上条は思わず歯ブラシを持っていない右腕で美琴を抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩く。
いつもはいくら美琴とはいえ、上条が女の子にこんな事をするはずがないのだが、今はさっきまでの苦痛過ぎる状況からやや抜け出せた嬉しさもあって、一時的に美琴が女の子であるという事を忘れてしまっていた。
もちろんその事を本人が知ったりすれば、その瞬間10億ボルトもの電撃が放たれるだろうが。

「ふ、ふえぇ!? う、うん私も会いたかった……じゃなくて!!!
ア、ア、アンタこんな所で何してくれちゃってるのよ!!」

もちろん自分の想い人に突然そんな事をされた美琴が冷静でいられるはずもなく、顔を真っ赤にしながらも文句を言っている。
しかしその割には自分も上条の背中に両腕をまわしていたりもするのだが。

「あー、常盤台のお姉ちゃんが男の人と抱き合ってるー!」

「恋人同士って言うんだよね!?」

「ヒューヒュー!」

何やら周りが騒がしくなり、ふと上条は冷静になる。
どうやら先程の子供達が近くにいるようで、やたらと盛り上がっているようだ。
そして腕の中に何やら柔らかいものを感じ、そちらに視線をやってみると……。

そこには耳を真っ赤にしながら自分の胸に顔をうずめる美琴の姿があった。

(えええええぇぇぇぇぇ!!!
ちょ、俺はいったい何をやってるんですかぁ!?
いくら御坂でも、女の子をいきなり抱き寄せて良いわけないだろおお!!
というかこのままだと上条さんに『中学生に手を出した凄い人』という称号がついてしまうううぅぅ!!)

上条はそれだけは何としても阻止しようと、美琴の背中にまわしていた腕を話すと、そのまま頭をぽんぽんと叩いた。
すると美琴はそれに反応し、顔をあげる。
その顔はリンゴよりも真っ赤に染まっていて、トロンとした目でこちらを見上げていた。

「そ、そのいきなり悪かったな。
自分からやっておいて何なんですが、そろそろ周りの視線が痛いので、腕を外していただけると上条さん的には凄くありがたいのですが……」

「……やだ」

ばっさり切り捨てられてしまった。
そして美琴はかわりに腕の力を強め、さらにぎゅっと上条に抱きつく。
心なしかつつましく自己主張をしている二つの物体が当たっている様な気もする。

(う、うおおおおぉぉぉ!!何考えてんだ御坂のやつ!?
まさか、まともな勝負じゃ勝てないからって上条さんを社会的に抹殺しようとしてるんじゃないか!?)

実は美琴の行動はもっと単純な理由からくるものなのだが、さすが上条と言うべきか、見当違いな方向へ思考が進んでいく。
さてどうしたものかと上条が悩んでいると、追い討ちをかけるように子供達の言葉が襲いかかってくる。

「ねぇねぇ、ケッコンはいつするの!?」

「チューしてよ、チュー!!」

「こ、こら! あまり年上をからかうんじゃありません!!
というかそろそろマジで勘弁してくれ御坂ああぁぁ!!」

いつの間にか状況は悪くなっており、子供達だけではなく、ざわざわと中高生も集まり始めていた。
やはり常盤台のお嬢様が男に抱きついている光景は珍しいらしく、興味津々といった感じで見ている。
女の子達なんかはキャーキャー言いながらはしゃいでいた。

(やばい、これはやばすぎる!!
こんなとこ白井に見つかったら蜂の巣にされるし、クラスのやつに見られたら中学生に手を出したという事でボコボコにされるし、吹寄にはゴミを見るような目で見られるに違いない!!
……って、今度は何やってんだ御坂あああぁぁぁぁ!!!)

これから起きる可能性のある不幸の数々を予測して、焦りまくる上条に追い討ちをかけるように美琴がさらなる行動に移る。
それは目を瞑ってこちらへ顔をあげてじっと待つ行為。
いわゆる『キスして体勢』だった。

おそらく先程の子供達が発した『チュー』という単語を聞き取ったのであろう。

(お、落ち着け上条当麻!!素数を数えろ、1、4、6、8、9、10、……よし!!
ここで流されたら取り返しがつかねえ!簡単にキスして美琴たんルートなんて確定させちまったら社会的には確実に真っ暗ルートだ!!!)

上条はぐっちゃぐちゃになりかけていた頭を無理矢理冷静にすると、何とか打開策を練ろうとする。
しかしギャラリーのテンションは最高潮に達しており、あんなに騒いでいた子供達は急に黙ってこちらをじっと見つめ、中高生の女の子達は口に両手をあて、目をキラキラさせながら何かを待っており、男達は『やれ、やれー』などというからかう声や『リア充爆発しろ!!』などという呪いの声をあげている。

そして美琴は相変わらず同じ体勢のまま、何かをひたすら待っていた。
上条の視線は自然とその柔らかそうな唇へと向かい、ゴクリと喉をならす……が。

「……し、失礼しましたあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

上条はそう叫ぶと、片手で美琴を抱き抱えるようにその場から逃げ出した。
途中で左手の歯ブラシをくわえ、両腕を使って全力をだす。
行き先など決まっていなかった。とにかくあの場から遠ざかる事だけを考えていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


上条が自分の社会的存続をかけて必死に逃げている頃、そんな状況を生み出してしまった大本の原因、海原光貴ことエツァリは狩猟酒場へ向かって夕日に染まる第七学区を歩いていた。
その足取りはとても軽やかだ。

(あと少し……あと少しで御坂さんの歯ブラシがこの手に!!
ぐふ、ぐふふふふふふふふふふ)

はたから見れば何をやってもさまになりそうな好青年だが、頭の中ではこんなことを考えている辺り、世の中恐ろしいものである。
しかしそれを外に出さないように抑える事もなかなか難しいらしく、気を抜くとすぐに口元が歪み、ヨダレが溢れそうになる。

「いけないですね。もっと平常心でいなければ。
おや、あれは……?」

ふと前方にあるものを発見して立ち止まる海原。
それは血走った目で辺りをキョロキョロと見渡している女の子で、常盤台中学の制服にツインテール、腕には風紀委員の腕章。
自称御坂美琴の露払い、白井黒子であった。

「こんにちは、白井さん」

無視するのもあれなので、とりあえず挨拶をする。
最近は少し話したりしていたので、そこまで気まずくなることもない。
だが自分が美琴を想っている事は知っているので、上条まではいかないまでも、多少の敵意を持っているようだ。

「あら、こんにちは海原さん。すみませんが私(わたくし)、今少々忙しいので……」

「御坂さんの事ですか?」

「っ!? 何か知っていらっしゃるのですか!?」

何気なしに予想で言ってみたが、見事的中したようだ。
普通に風紀委員の仕事だという可能性もあったが、あれだけの血走った目はやはり愛しのお姉様関係かと思ったのだ。

「いえ、しかし御坂さんの事なら僕も協力したいと思いまして」

「……そうですわね。この際人は多い方がいいですわね。
実は今朝からお姉様の様子がおかしいんですの」

「おかしい、というと?」

「何やら朝から随分とニヤニヤとしておられましたわ。それはもう遠足の日の子供のように!
そして先程お姉様に是非帰宅もご一緒にとお電話したのですが、何やら約束があると断られてしまいました。
それも凄くどもりながら!!あれは確実にあの類人猿が絡んでいますわ!!」

海原は白井の推理に内心下を巻く。
おそらくその約束は白井の言う通り上条とのもので、歯ブラシの交換の事だろう。

だがその事を正直に話せばそれこそ衛星カメラまで使って探し始め、見つけ次第上条を問答無用で抹殺するだろう。
それは海原にとっても色々と都合が悪い。

「そうですね、確かに上条さんが絡んでいる可能性は高いですが、何か白井さんにも言えないような悩みとかを相談しているということはないでしょうか?」

「私にも言えない悩み……ですか」

何とか白井を落ち着かそうと言ってみたが、どうやらなかなか効果はあったようだ。
白井は先程まで血走った目をしていたが、今は少し俯いて、なにかを真剣に考え込んでいる。

その表情は何かを思いだしているようで、そしてどこか自分を責めている様にも見えた。

「確かに上条さんはお姉様にとってそれだけ心を許せる方。それは認めますわ。
私の知らないお姉様もたくさん知っているのでしょう。
しかしそれは仕方ありません。ただの私の力不足なんですの」

海原は黙って白井の話を聞いていた。
どう声をかけたらいいのかなんてわからないし、なにより自分自身も美琴の事をほとんど分かっていないんじゃないかと思えてきたからだ。

白井は日頃密かに溜め込んでいるものがあるのだろうか。
上条への攻撃は嫉妬からだけではなく、いつまでもその位置に立てない自分の不甲斐なさからくる苛立ちからもきているのかもしれない。

日頃美琴にはもちろん、初春や佐天など仲の良い友人達にも言えない事であったが、ある程度距離のある海原だからこそ吐き出すことができるのだろう。

「ですが私は諦めませんわ。いずれお姉様の隣まで辿り着いてみせると約束しましたから」

白井はここまで言うと、軽く目を閉じて顔を上に上げて息を小さく吐き出す。
そして次に目を開けたとき、そこにはいつもの光が戻っていた。しっかりと茜色の空を見つめていた。

「お見苦しいところを見せてしまいましたね」

「いえいえ……」

海原はそれだけしか言えなかった。
垣間見えた目の前の少女の決意の前には、自分のこの想いもちっぽけなものなのではないかとも思っていた。

目の前の少女は力が足りないと言っているが、そこに気付いて努力しているだけでも、自分なんかよりずっと強く見えた。
そしてこの少女もおそらく美琴にとっては大切な後輩であり、数少ない心を許せる相手の一人なんだろう。

「では私はそろそろ失礼しますわ。
それとあなたにアドバイスですが……お姉様と恋人関係になりたいのならば、まずご自分がお姉様にとって何も飾らず、真正面からぶつかれるような存在になる所からですわ。その肩書きなどは関係なしに。
お姉様も学園都市第三位の超能力者という前に、一人の女の子なのですから」

「……いいんですか? てっきり僕は敵視されていると思っていましたが」

「ふふ、これが敵に塩を送るってやつですわね。
私はただお姉様にはもっとご自分をだせる人間が増えればいいと想っているだけですの」

白井は最後にそんな事を言うと、テレポートをしてどこかへ行ってしまった。
もう美琴を探したりはしないだろうが、なぜかそれはもうどうでもよくなってしまっていた。

自分はその好意をぶつけるだけで、御坂美琴の事を何も知ろうとしていなかった。
大きすぎる肩書きを持っていてもまだ中学生、その重圧は重すぎるだろう。
それを軽くする存在、美琴が中学生の女の子になれる存在、それが上条なのだろう。

輪の中心に立つことは出来ても、自分から輪に入ることは出来ない。
ならば美琴でも入ることの出来る輪をこちらで作ってやればいいのだ。
今は極めて小さい輪でも、ゆっくりと大きなものにしていけばいい。

まず自分がすべき事は輪の一員になること。
海原はそう目標をたてると、真っ直ぐ前を見据えて歩き始めた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


第七学区内のとある見晴らしの良い高い所にあり、手すりのある広場。
かつて絶対能力進化実験が行われていた時、上条と美琴が二人で飛行船を眺めた場所だ。
あの時と同じように二人は手すりに体を預け、ぼんやりと今や真っ赤になっている空を見上げている。

しかしその頭で考えている事はあの時とははるかに違ったものであった。

(わ、わ、私ったらホント何やっちゃってんのよ!!
あんな人の多いところであんなこと!! そ、そりゃあアイツに抱き付くのは気持ちよかったけどさ……)

冷静になった美琴は先程までの自分の行動を思い返して、空と同じくらい赤くなっていた。
顔には熱がこもり、時折当たる風が心地よい。

チラリと隣にいる上条を見てみると、げっそりした顔でまさに『不幸だ』と表現しているようだった。
美琴はそんな上条の様子に少なからずむっとする。

(な、何よ! そんなに私に抱きつかれるのが嫌なわけ!?
いつもは他の女の子とベタベタしてるくせに! ああ、なんかムカつくうう!!!)

実は上条はあれが知人に知られたときの制裁を想像しているわけで、美琴に抱きつかれること自体には嫌だとは思っていないのだが、そんなことは美琴には分からない。
腹いせに電撃でも撃ってやろうかなどと物騒なことも考えるが、

(あれ、でも待ってよ。
私って自分からあんな事しちゃったのよね?
そ、そこまでしたんだから、さすがのアイツも気付いたわよね? わ、わ、私の気持ち……)

美琴はそこまで考えると半分期待、半分不安でドキドキしながら上条の方を見る。
すると美琴の視線に気付いたのか、上条もこちらを向いた。
そしてそのまま何かを言おうと口を開き始めるが、表情は先程と同じでぐったりとしたままである。

(え、もしかして断られちゃうのかな……。
そうよね……私なんて子供だし、ガサツだし、いつも喧嘩腰だし……。
で、でもコイツに嫌われるのだけはやだ……な)

美琴は嫌なイメージばかりが頭に浮かび落ち込む。
まだ実際には何も言われていないにも関わらず、悲しみだけが胸に突き刺さり涙が込み上げてきた。
だが泣いてしまえば、さらに上条を困らせるだろうと思って懸命に止める。

「御坂さん、もう本当に参りました、上条さんの敗けです」

「……はい?」

美琴は突然すぎる上条からの完全降伏宣言に目をパチクリとした。
何やらいつの間にか勝負が始まっていて、自分が勝利したみたいだがまったく嬉しくもなんともない。
そもそも最近の勝負だってただ上条と少しでも一緒に居たいから挑むだけで、正直勝ち負けはどうでもよかったりする。

「いや、御坂さんはあんな事をして上条さんを社会的に抹殺しようとしたんだろ?
もうホント参ったから勘弁してくださいお願いします……」

どうやら美琴は上条の鈍感っぷりを見くびっていたらしい。
あれだけやっても気付かないのなら、もう直接言うしかないだろうが、ここで『アンタの事が好きだからやったのよ!!』なんて言えるのならここまで苦労しない。

「し、仕方ないわね。ひとまず止めておいてあげるわ」

「助かります、ある意味ビリビリより強力だぞあれは」

そういう上条が行ったハグも、美琴にとっては幻想殺しよりも強力だったりする。
なにせ美琴はそんな事をされたら、気持ち良すぎて何も抵抗できずにふにゃふにゃになってしまう。

「それじゃあ、そろそろ歯ブラシ交換といきますか……ってお前の歯ブラシは?」

「まったく、アンタみたいにそのまま持ってくるわけがないでしょ。恥ずかしくなかったの?」

美琴はそう言うと、鞄の中から筆箱くらいのピンクの箱を取り出した。
それは普通の歯ブラシの他に、糸のものや歯磨き粉が入った歯磨きセットの様なものだった。
上条は別に学校では歯を磨いたりしないので、持っていないが、もしあればわざわざ一度寮に戻る必要もなかったし、あれだけ恥をかくこともなかっただろう。

「もうその事については突っ込まないでください……。
それじゃ交換な、ほら」

「う、うん。はい」

随分と色々あったがようやく歯ブラシを交換した。
美琴は上条からもらったシンプルな青い歯ブラシを、少しの間ドキドキしながら眺める。
今すぐにでもしゃぶりつきたいところだが、それをやってしまえば色々と終わってしまいそうなので必死に我慢する。

何とかそのまま冷静を保って青い歯ブラシを、宝物のように大切に自分の歯磨きセットの中に入れると、上条の方を見る。
上条はやはり帰りもそのまま手に持っていかなくてはならないのだが、なにやら複雑な表情で美琴の歯ブラシを眺めている。ちなみに緑色でゲコ太がちょこんと乗っかっているものだ。

「な、何よ。そんなにゲコ太歯ブラシが変?
それとも早く美琴センセーの歯ブラシをペロペロしたくてしょうがないって感じかしらん?」

「いや、俺のやったやつは安物だったのに、こんなの貰っていいのかと思いまして」

「き、気にしなくて良いわよ。大事なのはアンタが使ってたって事だし……」

「……? それ使って呪いの人形でも作る気か?」

「そんなわけないでしょ、バカ!!」

上条の見当違いにもほどがある予想に全力でつっこむ美琴。
心のどこかでは気付いて欲しいという気持ちもあるが、やはりそんな事をすると思われるのは恥ずかしいし、鈍感上条が気付くはずもないということで、このままでいっかと思う。

「それとお前はこの上条さんが中学生の歯ブラシをペロペロする変態だと思ってたのか?
それはそれでかなりショックなんですが……。白井レベルだろ、それは……」

「う、うぅ……そうね……」

暗に白井レベルの変態だと言われ凹む美琴。
だがもちろん家に帰ったら、当然のごとくペロペロするつもりであり、やめるつもりはない。

「というか元々使うのは俺じゃなくて……」

上条がそこまで言った瞬間、バチン!!という不吉な音が聞こえた。
発信源はもちろん……。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ア、アンタ……今なんて言おうとしたのかしら……?」

「え、ちょ、御坂さん?」

明らかに空気が変わった。
先程までとは打って変わり、辺りは氷河期のように冷たくなっていた。
そして目の前に立ち尽くす超能力者……いやこれが絶対能力(レベル6)というやつなのだろうか……?

「アンタだから渡したのに……!」

「み、御坂、とりあえず落ち着け、な?」

「アンタがペロペロしてくれると思ったから渡したのに……!!」

「い、いやいや何を言ってるんですか!?」

上条は冷や汗を浮かべながら後退りする。
いつもは軽くあしらっている電撃姫がとてつもなく怖かった。それこそ一方通行よりも……。

美琴は今や完全に無表情で、じっと上条の事を見つめていた。
身体中からは青白い電撃が漏れまくっており、バチバチと音をたてている。

辺りは相変わらずの綺麗な夕焼けであったが、この時の上条にはそれは血の色に感じた……。

「こんの……バカアアアアアアァァァァァァ!!!!」

「不幸だあああああぁぁぁぁぁ!!!!」

途端に巻き起こる砂埃に、轟音、雷鳴、地震、爆発音などなど。
あっという間に平和なはずの広場が無惨に破壊されていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「……悪い、これが結果だ」

数時間後、上条はいつも通り賑やかな狩猟酒場の掲示板前にて海原に依頼の報告をしていた。
その手にはゲコ太……正確にはゲコ太だったもの。

上条の持っていた目的の美琴の歯ブラシは電撃により消し飛ばされ、かろうじて残ったゲコ太の部分も何やら真っ黒な塊でしかない。
自分の愛用していた歯ブラシを消し飛ばすなんて、よほど怒らせてしまったのか、それともそれだけ他の者の手に渡るのが嫌だったのか……。
それは美琴にしか分からないのだが。

「……もういいんです」

「へ……?」

あれだけ必死だったのだから、それはもうがっかりするんだろうなぁと思っていた上条は思わず間抜けな声を出してしまう。
何故か今の海原の表情はむしろどこか清々しささえ伺える。

「御坂さんの歯ブラシはいつか自分で直接頼むことにしました。もちろん正面から」

「……そっか」

何だか良く分からないが、何やら決心したようではある。
それはきっと海原のなかでは大きな事で、こちらからの言葉はこのくらい少なくていいと思った。
歯ブラシは諦めていないようではあるが。

「それじゃ、また縁があったらな」

「えぇ、以前のあの約束お願いしますよ」

「あぁ分かってる。御坂は任せろ」

あの約束とは夏休み最後にしたものの事だろう。
もちろん破るつもりはないし、これからもずっと守り続けてやるとも思う。
しかし一瞬、あれをずっと守り続けるってことはつまり……と考えてしまったが、頭を振って消した。

「では今回は本当にありがとうございました。あなた達のお陰で自分を見直すことができました」

海原は最後にそんな事を言ってどこかへ帰っていった。

「あなた……『達』? インデックスの事か?」

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


上条も自分の寮へ向かって夜の道を歩き始めるが、その足取りは重い。
無駄に疲れたあげく、クエスト失敗ということで報酬はなし。海原は少しは払うと言ってくれたが、それはさすがに悪いので遠慮しておいた。

「結局俺の歯ブラシもとられちまったからなぁ……」

色々ゴタゴタあったので自分の歯ブラシを交換したことをすっかり忘れていた上条。
美琴の歯ブラシは消し飛ばされてしまったので、交換無効ということで自分の歯ブラシは返してもらいたいところなのだが、何やらその話を思い出させて怒らせるのも怖いので諦めることにした。

結局今回の収入はなしで、支出は新しい歯ブラシ代。
なんと赤字でさらに上条家の家計を圧迫する結果となってしまった。

「あぁ、不幸だ……」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


常盤台中学寮。
御坂美琴はやはり洗面台の前で固まっていた。
その手にあるのは今日手に入れた上条の歯ブラシであった。

だがまだむしゃぶりついてはいない。
心の中である葛藤が生まれていたからだ。

(ど、どうしよう……。 なんかこれでは歯を磨きたくない!
どちらかというとこれはペロペロ専用にして、じっくり味わいたい!!
うん、確か予備の歯ブラシはあったはずだから、歯はそれで磨いて、その後にじっくりアイツの歯ブラシを味わいましょう!!)

美琴はそう決断すると、予備の歯ブラシを持ってこようといったん部屋へ向かった。
途中で変態後輩とすれ違い、過度なスキンシップをしてきたが、慣れた感じで迎撃する。
そして何事もなかったように部屋に戻ると、予備のゲコ太歯ブラシを取りだし、白井が戻ってくるのを待った。

数分後、白井が部屋に戻ってきた。
何とその手には洗面台に置いてきた上条の歯ブラシが。

「お姉様、歯ブラシをお忘れでしたわよ。ゲコ太はお止めになったのですね」

「あ、あぁ! ありがとね黒子!」

内心、心臓が飛び出るかと思った美琴だが、何とか平然を装う。
そしてどうやら白井は、美琴がもう歯磨きを終えたものだと思っているらしいので、そこをどうにかして再び歯ブラシを持って洗面台へ向かう方法を考えるが、

「おや、そこに出されているゲコ太歯ブラシは……」

「あ、いやこれは……そう! そっちの歯ブラシとこのゲコ太歯ブラシとどっちが磨きやすいか比べてみようと思ってね~。だからそっちもよこしてくれるかしら?」

「な、なんと歯磨きにもそこまで気を使うなんて!!
さすがお姉様ですわ!!」

我ながら苦しすぎるかなぁと思った美琴だが、思いの外上手くいって驚く。
だがこれでやっと上条歯ブラシを味わうことができる。

(さすが黒子!物分かりが良くて助かるわ!さすが私のルームメイトね!!)

などと調子の良いことを思いながら、黒子から上条の歯ブラシを受け取った。
そして右手に上条歯ブラシ、左手にゲコ太歯ブラシを持って洗面台に向かおうとする。

「そういえばお姉様、今日何か変わったものでも口にしましたか?」

「え? いや普通のもの食べてたつもりだけど……なんで?」

「いえ、いつもとお味が違うと思いまして……」

「……味が違う?」

「はっ!!い、いえ、何でもありませんわ!お忘れになってくださいまし!」

いきなり慌てだす白井。
美琴はそれを見て何かとても嫌な予感がした。

自分と入れ違いになった白井。
洗面台に残した上条歯ブラシ。
味が……違う…………。

「く、黒子アンタまさかこっちの歯ブラシ……舐めた?」

「…………………………」

「く~ろ~こ~?」

ガタガタ震え始める白井。
もはやその反応で答えは出たようなものなのだが……。

「な、舐めたというか、しゃぶりつくしたというか、そ、その、いつの間にか気がついたらわ、わたくしの口の中にですね……おほほほほほほ」

「黒子おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

次の瞬間、美琴の電撃が炸裂し、白井に直撃する。
もちろんベッドや近くにあった机も巻き添えになり、悲惨な状態になっていく。

「あああああああぁぁぁぁぁ!!激しすぎますわ、お姉様ああああぁぁぁ!!!」

「せっかくのアイツの歯ブラシなのに!! ずっと楽しみにしてたのにいいい!!!」

「ああああぁぁぁ!! へっ!? ア、アイツのってまさか、あれはあの類人猿の……!?」

美琴の予想外の言葉に、先程まで電撃を受けて恍惚状態になっていた白井の表情が一瞬にして青ざめる。
そして震える手を自分の口元に持っていき、

「うおおえええぇぇぇぇ!!! ひ、酷いですわお姉様!!なぜそのような極悪トラップを!?」

「トラップじゃないわよ!! 元々私がペロペロしたりモグモグしたりクチャクチャするつもりだったのに何やってくれちゃってんのよおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」

「ああああああぁぁぁぁぁ!!! うおえええええ!! ぺっぺっ!!!」

泣きながら電撃を撒き散らす美琴に、その電撃に体をビクビクさせながらも口を押さえてうめく白井。
さらにはアブノーマルすぎる言葉も飛び交っている。
ここ208号室は色んな意味で大変危ない空間となっていた。

「返せええええぇぇぇ!!!アイツの唾液を返せえええぇぇぇ、返してよおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

「ああああああぁぁぁぁぁ!!! うおええぇぇぇ!! そ、それならお姉様、そのお口で黒子の唾液ごと吸い出してくださいましいいぃぃ!!!」

「んなことできるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

美琴の絶叫を聞いた白井は、中が良く見えるように口をあんぐりと開け、必死に懇願する。
それに美琴は容赦なく電撃をぶつけ、白井は床の上で大口を開けたままビクンビクンと跳ね上がる。


208号室のすぐ外には沢山の生徒が集まっていた。
ドアまでもが電撃により吹っ飛んでいるので、中が丸見え状態なのだが、二人はまったく気づいていない。
集まった生徒達は大半が顔をひきつらせてドン引きしているが、なかには顔を赤らめている者もいたりする。

そしてそこにようやく寮監が到着する。

「まったく、人が外に出ている間に何の騒ぎだ?
これは………………………………とりあえず関係ないものは部屋に戻れ。両隣の部屋は空き部屋でも使ってくれ。
それとここで見た、聞いたことは全て忘れてなかったことにしろ。いいな?」

「あ、あの寮監は…………?」

まず他の生徒の安全を優先し、指示を出していく寮監。
そして心配になったのか寮監に話しかける生徒の一人。

寮監はその生徒の質問にはすぐには答えず、全てを凍らせる瞳で部屋の中をじっと見据えながら、眼鏡をくいっとあげる。

「掃除だ。『この部屋』のな」


                         【黒曜石の光沢】
                          クエスト失敗...


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


――次回予告

園児A「あわきーん♪」

園児B「あわきん、あそぼー♪」

結標「うふ、うふふふふふふふふふふ」

園児C「セロリ!」

園児D「セロリよわい~」

一方通行「その呼び方やめろっつってンだろォがァァァ!!!」



黄泉川「次回、『あすなろ園と園児達』じゃん!」

芳川「打ち止め、何を聴いているのかしら?」

打ち止め「『抱いてセロリータ』だよ!!ってミサカはミサカは……」

一方通行「てめェわざとだろコラァァ!!!」


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.235898017883