夜の2時という時間帯は、とても暇だった。電子レンジで暖めたホットミルクにココアの粉を直接入れて、ダマの浮いたホットココアを作り、炬燵に座る。
炬燵が暖まるまでの時間を、両足を擦って耐える。布団を出たばかりの暖かさが、冷たい敷物に吸われていってしまう。
「うー、さびさび」
どうして、眼が覚めたのか、進藤ヨツバは頭を捻る。寝る前に飲んだコーヒーが不味かったのかもしれない。何となく尿意を感じて起きたのだが、寒々とした便座に座る気がしなかった。冬の時期に便座に座るときに感じるヒヤっと感は嫌いだった。今度、可愛い便座カバーを買ってきて、母親にプレゼントしようと思った。
カバーを買ってくれば、後の手入れは母親がやってくれるだろうという作戦である。正直、父親や弟が汚すのだろうと思うと、自分で洗う気にはなれない。花の女子高生である内は、そういう事には触れたくなかった。
枕元から持ってきた携帯で、誰かに電話かメールをしようかなと思ったが、明日怒られるよなぁ、と思って気が引けた。以前、夜遅くに友達にメールしてみたのだが、親友である木城アサカに、「メーワク」と言われてしまった。
深夜にメールしたり電話をするのは、非常識である。
こっちは楽しくとも、相手まで楽しいとは限らない。
でも、暇なんだよなあ。誰かと楽しく会話をして、夜を過ごしたなぁ。
今日が大晦日とかだったら、電話してみるんだけど。
テレビを付けると、ニュースで今年一番の寒波がやってきていると言っていた。雪が朝方に降り始めるかもしれない・・・というキャスターの言葉に、窓の方をちょっと見る。見るだけである。雪が降っている様子が見たいと思ったが、漸く温まってきた炬燵から離れる気にはならなかった。炬燵の掛け布団に、ぬくぬくと顔を埋めていたいのだ。
お金持ちの友達の家だと、カーテンまでリモコンを操作するだけで開くらしい。もっとも、珍しがって使っていたのは最初だけで、今は手で開けるばっかりなのよ、とはお金持ちの友達、遠山リコちゃんの話である。
確かに、カーテンが自動で開閉しても、便利だとは言いがたいんじゃないだろうか。そんな事をしてたら、足がなくなった未来人になってしまう。顎が無く、眼だけ大きくて、足が無い未来人は、どっかの漫画で見た。炬燵から出ない未来人も、同じようになりそうだと思ったが、取りあえず、今のところ自分は太ってもいないのでセーフである。
それに、無骨な顎など、女子高生には必要ないのである。眼だって大きな方が良いし。後は、足だけか。まあ、陸上部の部活で走っているのでこれはクリアだろう。己の急激な進化を望む。キリンだって、首が中途半端なキリンの化石は見つかって無いというし、自分の子供には期待してもいいんじゃないだろうか。
お母さん、頑張るからね。
チャンネルを色々と代えてみても、特に面白い番組はやっていなかった。
「深夜って、何もやってないんだなぁ」
頬をぺたりと机に乗せて、唸る。深夜アニメをやっていたので、少し見てみたが、あんな美形で乳が揺れまくる女ばかり居る高校、無いわ、と思って顎が外れそうになった。クラスの斜め後ろの相沢トオル君のお友達には成れそうになかった。
彼は、そういうTシャツを学校に着てくるほどのツワモノである。相沢トオルは、それでいて、少林寺拳法部のエースだという残念君だ。
「俺、アニソン上手いんだぜ」
って、カラオケで言われたときには、マジ吹いた。
彼は、因みに、校則の厳しい学校で、パンクの格好をしている如月テッペイ君とは仲が良いらしい。
同類項に分類されるのだろうか、ああいう人たちは。いやいや、トール君違うと思うよ。
テレビを消して、寝っころがってると、突然、携帯が震えた。
「おー誰ですか。こんな深夜に。迷惑ですなー」
と、言いつつも、顔がにやけてしまう。どうやら、自分と同じように、起きている同志が居るらしかった。
「ヨツバ。良かったー起きてて。誰も出ないからどうしようかと思ったのー」
電話してきたのは、親友である木城アサカだった。
「メーワクなんすけど」
取りあえず、眠そうに切って捨ててみる。
「あははは、この前の意趣返し?」
アサカが、長い黒髪に手を当てている様子が浮かんできた。それか眼がねのフレームに手を当てて、眉を寄せて居るかもしれない。彼女は、困ったときにそうやって拗ねるカワイ子ちゃんである。
「いや、マジメーワク」
もちろん、笑顔である。
「もー、そんな事言わないでさ?今、テレビ見てる?ちょっと付けて貰いたいんだけど」
口調から、こっちが本当に怒っていないということは、バレているようだ。
「しょうがない。可愛いアサカの願いを聞いてやるか。どのチャンネ ル?」
「うーんとね。取りあえず、テレビ付けてみて。そうすれば、判る、と思うから・・・」
「何か、重大ニュース速報でもやってんの?あ、判った。明日大雪で学校休みとか?」
「いいから!早く、早く!」
何時に無く、焦ったアサカの声にテレビを付けてみた。
すると、甲高い声で、ニュースが始まった。
――どうもー、毎夜、不定期に放送している、雲網町夢ニュース!本日も、マジでノリで、
ノリノリにやっていきたいと思いマース!
――いえーい!眠みーっすー
金髪と銀髪の女二人の奇抜な格好をした司会役が、深夜枠のラジオDJのノリで急に喋りだした。
「えーっと、取りあえず何番?アサカ」
「あのね。多分、それで合ってると思う」
「は?そんなの判んないじゃん。全部の番組でテロップ流れてんの?」
ちょっと、深夜にしては音量がでか過ぎると、リモコンを操作して、音を下げようとするが、何故か上手くいかない。何度もボタンを連打するが、反応が無いのだ。仕方ないので、番組を変えようとするが、こちらもボタンを連打しても、チャンネルが切り替わらなかった。
「あー。私の家のテレビ、何故か不調だわ。雪のせいかな」
「そうじゃなくて・・・。たぶん、ヨツバちゃんも、、、私と同じだと思う」
「同じって何よ」
「えーっとね。ごめんね。私と同じで、呪われちゃったんだと思う」
「は?呪い?アサカ何言ってんの?」
「でもね、取りあえずね、ヨツバちゃんは、大丈夫だと思う。私が、誘った方になるから。
ご免ね、ご免ね・・・。でも私、怖くて、」
電話越しに泣き出した親友に、これは夢かなっと思った。呪いだのなんだの、この21世紀に有り得ない話である。さては、アサカの奴、からかってるかな。しかし、親友の性格は大体把握してるのだが、泣きまねまでするだろうか。
「取りあえずさ、明日、学校で話聞くから、さ。寝ちゃお?寝ちゃえば良いジャン。
この呪われた番組?貞子的な奴かもしんないけど。寝てスルーしちゃえばいいじゃん。
ほら、寝ちゃうよー。もう目瞑っちゃうからねー」
そういって、ゴロリと横になって、目を瞑る。明るいハイテンションな貞子が居たら見てみたい、と思いながら。
「駄目、ヨツバ!寝ちゃ駄目、接続しちゃう!接続しちゃうから!」
そうして急速に意識が消える前、耳に残ったのは親友の妙に焦った声だった。私は、何故そんなに、焦っているのだろうと、不思議に思いながら、眠りに落ちていく。