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2011年1月19日(水)付

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春闘スタート―若い世代に報いる努力を

デフレ不況を克服する展望が立たない中で、今年の春闘が始まる。企業と労組の主張にどう折り合いをつけるかは大切だが、明日の社会を担う若者たちの働きに応える知恵を労使でしぼる契機にもしてほしい。[記事全文]

ホーム転落死―命守る欄干を、急いで

16日の夕刻、東京・JR目白駅で全盲の男性がホームから線路に落ち、山手線の電車にひかれて亡くなった。悲劇はまたも繰り返された。胸騒ぎがして古い新聞を調べたら、やはりその[記事全文]

春闘スタート―若い世代に報いる努力を

 デフレ不況を克服する展望が立たない中で、今年の春闘が始まる。企業と労組の主張にどう折り合いをつけるかは大切だが、明日の社会を担う若者たちの働きに応える知恵を労使でしぼる契機にもしてほしい。

 2008年のリーマン・ショック以降、国内総生産(GDP)や企業収益を見れば景気は回復への道を歩んできた。だが、企業が利益を上げても株主への配当と内部留保に回り、賃金にはなかなか還元されていない。設備投資が抑制傾向にあり、雇用も全体に拡大できていない。

 少子高齢化による国内市場の縮小や原油などの資源高を考えれば、企業の慎重姿勢もわかる。だが、賃金や雇用が停滞したままでは消費は盛り上がらず、企業活動も振るわない。

 要求を掲げる労働側も勢いを欠く。パートや派遣などの非正社員が働き手の3分の1に達し、交渉力は弱まった。円高による空洞化への懸念も影を落とし、自動車総連が統一要求を見送るなど苦悩は深い。

 諸手当を含む給与総額の1%引き上げなど働き手への分配増を求める連合に対し、日本経団連は「賃金より雇用」と難色を示す。非正社員の賃上げ幅を時給換算で正社員よりも大きくし格差縮小を、との要求にも否定的だ。

 経営側は定期昇給の維持だけはかろうじて容認する構えだが、この状況では、消費の回復は望み薄だ。

 高度成長期、日本の経営者は従業員、株主、内部留保にそれぞれ配慮して利益の配分をおこない、消費の活性化を実現したといわれる。そうしたバランスを取り戻すことも問われているのではあるまいか。

 90年代以降、人件費を節約する企業や株主への配当の多い企業が「いい企業」と評価される傾向が続いた。バブル期の「水ぶくれ」経営を正すには、効果もあった。だが今、同じような仕事でも非正社員というだけで大幅に賃金が低いという現実に、働き手の士気は減退している。

 連合総研が昨春まとめた「勤労者短観」では、5年後の賃金が今より高くはならないと予想する回答が過半数を占めた。仕事の腕を上げる20代、30代でも男性は3分の1以上、女性の5〜6割が同様の答えだった。

 ここから浮かぶのは、消費性向の高い子育て世代が将来への希望を失い、消費の抑制に回る姿である。

 厳しい状況ではあるが若い世代の働きにも正当に報いるには、どうすべきなのだろう。若手を励ます工夫について、それぞれの企業や業界ごとに労使で話し合ってはどうか。

 デフレ脱却には、「賃金や雇用を増やす会社」がもっと評価されることも必要だ。さまざまな課題に向き合う場としての春闘を提案したい。

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ホーム転落死―命守る欄干を、急いで

 16日の夕刻、東京・JR目白駅で全盲の男性がホームから線路に落ち、山手線の電車にひかれて亡くなった。悲劇はまたも繰り返された。

 胸騒ぎがして古い新聞を調べたら、やはりその人だった。

 武井視良(みよし)さん(42)。視覚障害者が楽しめる「ブラインドテニス」を考案し、普及に努めてきた。パラリンピックの正式種目入りをめざして、海外でも奔走した。その様子を3年ほど前、夕刊で紹介していた。

 武井さんは、同じく目が不自由な奥さんとともに、山手線上野駅から自宅のある大塚駅まで帰るところだったという。だがどういうわけか、駅を乗り過ごしてしまった。

 次の駅は混雑する池袋。反対方向に乗り換えるには一度階段を下り、向かいのホームにまた上らなければならない。そう考えて、もうひと駅先の目白で降りたのかもしれない。

 目白駅のホームは1本だけ。武井さんは点字ブロックを頼りにホームを横切ろうとして、転げ落ちた。場所は改札階段からは遠く、ホームの幅は狭くなっている。杖を持った夫婦に気を留める客がさほど多くない日曜の夕刻だったのも、災いしただろう。

 武井さんは、幼いころから野球が好きだった。いつもピッチャー役で、バッターにはなれない。飛んでくる球を打ち返せたらどんなに気持ちいいか。その夢が、ブラインドテニスを考えたきっかけだった。

 鈴が入ったボールがたてる音の方へと、耳を澄ませ、球筋を読む。スポーツを、人生を、健常者と同じように楽しもうとしていた人の不運に、言葉を失ってしまう。

 先日の声欄には、「杖を持たないことにしようと思っている」と嘆く、別の視覚障害者の話が載っていた。1年で杖を2本も自転車に折られたから、という。

 歩道をわが物顔で走る自転車に「ボケッと歩くな」と怒鳴られる。点字ブロックは荷物でふさがれている。電車を待つときは、押されやしないかといつも不安。ふとしたはずみで命を落とす。障害者に対し、こんな不条理な社会でよいだろうか。

 障害者、健常者を含めたホームでの人身事故は急増している。にもかかわらず、ホームドアや可動式の柵の設置は進まない。新設駅での設置が義務づけられたが、既存駅には費用や技術面での障壁がある。

 JR東日本はようやく山手線への導入を決め、昨年は恵比寿駅と目黒駅で工事をした。だが、全29駅で実現するまで7年もかかる予定だ。もっと前倒しできないか。

 駅のホームは急流に渡した一本橋よりも危ない場所に見えるという。欄干を急いでつけなければならない。

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