ごぶりん、招福。

写真付き日記

<フィギュアスケートに懸ける人々 なぜ、いつから、日本は強くなったのか> 宇都宮直子

2011年01月11日 23時30分23秒 | 観たり、読んだり
2010年1月発行の本。
こういう本、読みたかった。
伊藤みどり選手の存在を縦糸に、日本におけるフィギュアスケートの黎明から今日への繁栄へ至る道のりがよくわかる。

佐藤信夫コーチの現役時代から、偏見と差別に甘んじていたとは、しらなかった。
きっちり数字の出ない競技の、アジア人である辛さ。

初めてフィギュアスケートを観たのは子供の頃。(もちろん、生で観たことは、一度だってない)
どこかの国(もちろん欧米の)女性スケーターの映画だか、ドキュメンタリーだか、たぶんNHKで観たのだろう。
きれいなな〜と、父が嘆息していたのを覚えている。
ジャネット・リンの試合は観てないが(その後の人気でリピートした映像は観たと思う。)
カルピスのコマーシャルは記憶にかすかに残っている。私は9歳だ。
あの頃は
外人さんのするスポーツだと思っていた。

友人に付き合わされて<アイス・キャッスル>なんていう、美人スケーターの映画観たこともあるなあ。高校の頃。

渡辺絵美さんが初めて応援の対象だったと思う。
テレビでフィギュアスケートを観るのは
NHK杯が始まって、年に一度だけ。世界選手権の結果を、ニュースで観るとか。
佐野稔選手も、五十嵐文雄選手も、そういうので観たのではなかったか。
ジュニア時代の伊藤みどりちゃんを、シニアの大会の、おまけで観たのは、たぶんNHK杯。
この本によると1980年のNHK杯だろう。
期待大きかったんだねえ。シニアの大会のゲスト(?)なのに放映してくれて。
大のフィギュアスケートファンの母と
コマネズミのように軽々すべり跳ぶみどりちゃんを見て
どれほど、その後を楽しみにしたか。
みどりちゃんのオリンピックでの銀メダルは、夜明け前に起きて観たのだっけ。
コンパルソリーが憎かったわねー。
昔はジャッジの採点が画面の下に出ていて
自国の選手にとてつもなく高い点を出すのが、あからさまで、不愉快だったり、面白かったり(不謹慎)
世界が東西に分かれていたあの頃のオリンピック。

世の中が平和になったあとのオリンピックで
出場する人々を観て
感慨にひたったものです。
ひとつだった国が沢山にばらけたり、反対に一つになったり
かつて、ソ連という国があったこと。東ドイツという国があったこと。
冬のオリンピックで強かったこと。
もう、うんと昔のことに。

でも、どのジャッジが何点つけたか分かった昔のほうが
堂々とへんてこな採点さらして、すがすがしかったかも。
アスリートにとっては切ない競技だね。




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コメント

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若者にデマを広めないために (橘宏実)
2011-01-19 11:53:18
ごぶりん、招福 さま、
はじめまして。 (*^_^*)
どうぞ、「踏み絵」を踏んでから、お話しください。↓

若者にデマを広めないために
http://midoriitos.blog133.fc2.com/blog-entry-62.html

ウソに「ウソだ」「ウソを止めろ」と、言えない人は、
公開での言動をご遠慮ください。 (^_^)/

若者にデマを広めないために、
ご協力お願いします。 (^^)

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