第2話 「近衛木璃絵の誕生(下)」

次の日から、木乃香が毎日見舞いに来てくれるようになった。
「この子かわええな〜おじいちゃん、どこから攫ってきたん?」
などというような天然な発言に惑わされ、癒され、
俺はすぐに木乃香がやってくる時間を楽しみにするようになった。
身体はどこにも異常はないけれど、
過去を思い出そうとすると走る頭痛が俺を病院に縛りつけていた。
記憶喪失、何かの映画みたいで、そんな風に思ったからか、俺は猛烈に映画が見たくなった。

「こんにちはー」
「こんにちは、木乃香」
じーさんが木乃香を連れてきてから一週間が経った。じーさんも気をきかせてくれたのか、
木乃香はいつも一人でやってきていた。あれから、俺はじーさんの姿を見ていない。
「なぁ、きりちゃん」
「なんだ?」
俺は茶々丸さんが届けてくれた林檎を剥きながら、カーテンを押し開く木乃香を見ていた。
「なんか、してほしいことない?」
「うん?」
「ほら、ウチおらんときヒマやろ?」
「そうだな。確かに退屈だ」
「……前からおもっとったんやけど、きりちゃんって、男の子みたいやね」
「そうか?」
「そうや〜」
木乃香の言うことも、わからなくはなかった。
鏡を見るだけなら、俺を男として認識することは叶わないけれど。
どうにも、この口調は女らしいとはいえなかった。
「うん。そうかもしれない」
「……何の話やったっけ?」
「……欲しいもの、か…」
頼んでも、いいのか、な
「ええよ」
「心を読むな」
「きりちゃんがわかりやすいだけやよ〜」
まったく、叶わないな。
「うん、あの、映画、とか、見たいんだけど」
「わかった〜おじいちゃんに頼んでみるね〜」
「い、いや、そこまでしなくても」
「おじいちゃん、きりちゃんが欲しいものないかないかってうるさいから丁度よかったわ〜」
「あの、木乃香さん?」
「あした持ってくるね」
「あの」
「持ってくるね」
「はい」

翌日

「茶々丸さん、あの、」
「どうしました?」
「あの、自分で、食べられますから」

茶々丸さんはいつも果物を持ってきてくれていた。
何か餌付けされているみたいだけど、茶々丸さんがいいヒトなのは間違いない。
なぜかいつも俺に自分の手で果物を食べさせるけれど。

「あ〜ん、ですよ」
「あ、あ〜ん」
「おいしいですか?」
「おいしいです」
俺はもう抵抗しなかった。
「こんにちは〜、あれ、茶々丸さん」
木乃香が何かを、重たそうに両手で抱えてやってきた。
それをすかさず茶々丸さんが一つの言葉とともにひったくるようにして重さを奪う。
強引な行為なのに、茶々丸さんがやるととても献身的な行為に映る。
茶々丸さんが本当に親切な人だからだろう。いや、ロボットか
「ありがとう〜」
「木乃香、もしかして」
「茶々丸はん、開けたって〜」
「了解しました」
「木乃香、じーさんに謝っておいて。次からは頼まなくてもいいから」
「ええ〜」
「でも、ありがとう。嬉しかった」
驚いたような顔で、木乃香は俺を見て、パッと、茶々丸さんと顔を見合わせた。
二人とも何故か本当に嬉しそうに笑っている(茶々丸さんは無表情だけど
「わかった〜」
「よかったですね、木璃絵さん」
「うん。木乃香、じーさんにありがとうっていっておいて」
「明日おじいちゃんくるみたいやから、そんときにゆうたらええよ〜」
「うん、そうする」

 二人が帰った後、俺は早速袋の中身を確かめた。
 じーさんはDVDプレイヤーと一緒に、20枚もの厳選されたDVDをつけてくれていた。
申し訳ないと思ったけれど、後でバイトでもして返せばいいかと思いなおし、
俺は素直に映画を堪能した。二人がいない時間も、それのおかげで楽に耐えることができた。

翌日

 着替え中に、木乃香とじーさんがやってきた。
「あ、じーさん、DVD、ありがとう。お金は今度バイトして返すから」
そう言うと、なぜかじーさんは慌てたように「す、すまん」と言いながら部屋を出て、
木乃香は急いで服を着るように言ってきた。なんでさ

「木璃絵、お主、木乃香の義妹にならんか?」
「えっ?」
唐突だった。
俺は何も思い出せないし、じーさんが言うには俺に関する情報は皆無で、
本当に何も分かっていない状態らしい。つまり、完全な異邦人。
赤の他人以外に持ちうるもののない人間。
じーさんは、きっとそれが許せなかったのだろう。
「きりちゃんが妹か〜じゃあ今度からお姉ちゃんって呼んでもらおうかな〜」
そんな木乃香の言葉に答える余裕はなかった。
じーさんはきっと、無理をする。
「だ、ダメだ。じーさん、何か無茶するんだろ?」
「何を言うか。権力を行使するだけじゃ」
「……こんなのが学園長で大丈夫なのか…」
「嫌なん? ウチと姉妹になるの?」
と、木乃香が悲しそうに俺を見てくる。
嫌なわけ、ない。けど、俺は、俺は? 俺は
「俺は、だって、空白だ、俺は、俺は、」
「ちゃうよ。木璃絵は木璃絵やよ。ねぇ、おじいちゃん」
「当たり前じゃ。そして今日から木璃絵はわしの孫じゃ。
なに、木乃香の父ならすぐに頷いたわい。何も問題はない」
そう、なの、か、な

ネジレクルウ、小さなノイズ。漏れ出すのは埋もれた■。突き刺さる、突き刺さる。

「っ!」
俺は、
俺は、
「大丈夫やよ、お姉ちゃんが、守ったるから」
「ふぇ、ぇあ、ぁ」
「決まりじゃな。木乃香、明後日には木璃絵は退院する。
女子寮の木乃香と同じ部屋に、木璃絵を住まわせる予定じゃ。
ついでに2−Aへ転入させておいた。もともと4人部屋じゃし、問題なかろう?」
「うん。ウチ、今日はここに泊る。起きたら、教えとくわ」
「うむ。ではの」

それから眠りに落ちるまでの数十分、木璃絵は木乃香の腕の中で泣き続けた。
産声を上げるように、木璃絵は甲高い声で泣き叫び、
木乃香はそんな木璃絵をずっと抱きしめていた。

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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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感想

面白かったです。
更新頑張ってください

No title

士郎の立ち位置が珍しく今後が期待出来ます。

では、更新頑張ってください。

No title

ラガーさんへ

ありがとうございます。
放置しすぎないように頑張ります。

ひぐらしさんへ

ありがとうございます。
立ち位置だけかよバッキャローめ、ということにならないよう頑張ります。
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俺、これが完結したら隠居するんだ……ブログ閉鎖的な意味で……

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