西日本新聞を讃える
吉田健正氏の注目すべき近著『戦争依存国家アメリカと日本』(高文研、2010年12月)を読めば、その帯に書いてあるように「メディアが伝えない軍事超大国の実像」をはっきりと把握することが出来、それに基づいて、我々が沖縄の米軍基地の問題をどう考えるべきかの指針を得ることが出来ます。
この本の第III章のタイトルは「米国政府の代弁者たちと大メディア」で、その中には、
* 米国に「洗脳」された日本のジャーナリストたち
* 大新聞は軒並み「日米同盟」重視
* NHK解説委員は米国政府の代弁者?
といった、気になる項目が並んでいます。日本にはメディア論の専門学者が多数おいでであると了解していますが、日本のジャーナリズムの惨憺たる現状について、そうした学者からも、ジャーナリズムと職業的に密接な関係にある文化人たちからも、あまり傾聴に値する発言が聞こえて来ないのは何故でしょうか。
私として個人的に気がかりなのは、ジャーナリストという重要でやり甲斐のある仕事につくことの出来た若い世代の人々が現状をどのように考え、どのようなジャーナリストになることを志しているのか、ということです。ベトナム戦争の報道などで歴史的な仕事をしたジャーナリズムの大先達が「この頃の若い記者は高い志など持っていない」と吐き捨てるように言うのを,この耳で聞いたことがありましたが、その断定を信じたくない気持ちを、その時、私は強く抱いたものでした。
最近、歌舞伎俳優市川海老蔵を巻き込んだ傷害事件でNHKをはじめとする大メディアが大騒ぎをしています。私は歌舞伎を観るのが楽しみなので、今度の事件について、私なりの関心はありますが、新聞に出ているいくつかの週刊誌の広告に「これが事の真相だ」と言いたげに並んでいる記事の見出しを見ていると、反吐が出そうになります。海老蔵の「傲慢」と「酒乱」が今回の事件の主要なファクターでしょうが、この疑いもなく豊かな資質に恵まれた未完の役者を偶像化して過度の高みに持ち上げ、“感動物語”というマスコミ商品に仕立てて売りまくっていたメディアにも大きな責任を負ってもらわなければなりません。もし老人の記憶に誤りがなければ、しばらく前に、NHKの総合テレビの夜の番組でも、海老蔵襲名後の彼の昼夜を分たない役者修行精進の様子が賞賛的に描かれ、希有の大歌舞伎俳優の確かな誕生の予感が高い調子で歌い上げられていました。歌舞伎好きの私はこの市川海老蔵という30歳を越したばかりの一人の歌舞伎役者への期待を膨らませると同時に、その肩にかかる重荷を思って、これからの道行きの困難さに危惧を抱かずには居られませんでした。
それにしても大メディアあげての暴露的で嗜虐的な報道姿勢は何という浅ましさでしょう。海老蔵だけでなく、その妻、母親,父親に対する、さらには、梨園全体に対する悪口雑言は、報道者としての、どのような精神的姿勢から生まれてくるのでしょうか。よく売れそうな商品をでっち上げて企業収益をあげるためでしょうか。ジェズアルド(Carlo Gesualdo)やカラヴァッジョの時代にテレビや週刊誌がなくて本当に良かったと思います。
ただ今度の騒ぎを通して、私が快哉を叫んだ快挙があります。12月7日から10日頃にかけての期間に、海老蔵事件について、一貫して、必要最小限の報道しかしなかった新聞があります。西日本新聞です。この地方新聞には、ジャーナリストとしての当然の志の高さを保っている人々が、依然として、巣食っているに違いないと私は思いました。それにつれて私の脳裏によみがえった一つの人名があります。菊竹六皷(きくたけろっこ、六鼓とも書きます)。今の西日本新聞の前身である福岡日日新聞の編集局長・主筆であった菊竹六皷は五・一五事件(1932年)に当っては敢然と軍部を批判し、また早くも1925年に婦人参政の必要を強調しました。この菊竹六皷の伝統が今の西日本新聞にも受け継がれていると想像するのは、まことに心楽しきものがあります。硬骨のジャーナリストとしては大阪朝日新聞の長谷川如是閑(にょぜかん)が有名ですが、菊竹六皷はそれに比肩する存在であったのです。インターネットの便利さを利用して、是非、この特筆すべき人物のことを知って下さい。
藤永 茂 (2010年12月15日)
藤永先生のブログ発見は、わたしにとって心楽しいものです。そして同好の士?のみなさまのご意見にも啓発されています。しかしか海老蔵氏が何をしたかもよくは知らないわたしですし興味もありません。新聞はもういつからとらなくなったかしら・・・、昔昔は行間を読むのが楽しみでしっかり時間をとられていましたが、あまりにも真実を隠しているので疲れました。とらなくなってもいろんなニュースも大事なことは、ネットや友人たちからはいってきますし先入観なしでよく見えます^^。東京新聞がマシだときいて、半年とってみましたが、やはり口をつむぐところは同様です。大阪の朝日新聞に池辺ナントカさんって記者がいたそうで・・・、30年前フリースクールに関わって、管理教育にビシバシもの申していた頃、池辺記者のお身内ですかと、朝日の記者に言われましたが。^^ わたしも記者になったら、でも怒って退職組でしょうね。^^
菊竹六皷・長谷川如是閑・・・それこそ昔は名物記者がいらしたのですね、そのころ新聞は庶民にとって警鐘となり啓発の書でもあったでしょう、報道精神も健全!その頃がうらやましいかも。30年も昔から新聞は真実の隣の隣しか書けないものとは分かっていましたが、今は、どうにも手がつけられません。記者クラブをはじめ「おカミ」につごう悪い事は書けないシステムと精神がなんとかなるものでしょうか。
沖縄の新聞はまだましかも、でも政府からの圧力はありそうですし中央の出来事には弱いですし、同様に西日本方面では長周新聞という隠れた豪傑さんもいますが。赤旗は偏りそうでとる気はないし、共産党もじつは・・。なにしろ、朝日新聞の主筆の船橋洋一は、三極委員会太平洋アジアグループの日本人53人のうちの一人ですから、このごろ朝日が大政翼賛になっているのは知る人はもう知っています。(わたしは今の朝日からきらわれています被爆ピアノを弾いた本人なのに絶対な前はのせません。毎日はまだ軽いです)もうメディアは戦争前夜末期症状です。かくなるうえは、さまざまなミニコミ紙の主筆たちが集まって、「まっとうな新聞」をたちあげる必要がありはしませんか。この暗闇にあかりはどこにとここにも出会いましたが、気づいた庶民が手をつなげる方法を編み出さなくてはなりません。たよるはネットだけなんて言っていると、戦争突入の前にある日突然ネット不可にされてしまうかもしれません。伝書バトを育てますか(笑)ハムの資格をとりますか、マジ。^^
もひとつ、チリの騒動も悲しくて見ていませんでした。だって、他の戦争でどんなにかたくさんの人たちが無礙に殺されているのに、あの何人かを救い出すのに世界中が注目し集まって来、だのにその落盤をひきおこした原因にはあたろうともしない、みえているドラマだけに手に汗して踊らされているものたちは、アメリカに手玉にとられていると。喜びのドラマの裏に深く広がる深遠な闇・・・・その闇の中でわたしたちは一条の真実の光を求めてなんとか切り裂こうとしているといえないでしょうか。(もちろん藤永先生もハイチのこと対比しておられましたが)と、少々すねているわたしです。^^
投稿 池辺幸惠 | 2010/12/17 10:26
山椒魚さんへ
「わたしは現在の西日本新聞には六鼓のような志の高さはないように感じられます。」とのコメント、そうかも知れません。一本とられました。
寒さにめげず、お元気なご様子で何よりです。また御意見をお聞かせ下さい。
藤永 茂
投稿 藤永 茂 | 2010/12/16 20:31
藤永先生へ
私は大体において藤永先生のご意見に賛成ですし、私にはない視点からも、ものごとを論じられていて、本当に感動しています。
しかし、今回の記事については少し異論があります。
海老蔵事件に関して、西日本新聞があまり論じていないことと、菊竹六鼓を結びつけるのはいささか、論理の飛躍ではないでしょうか。私は、以前は朝日新聞を購読していましたが、加藤周一さんの論壇時評が終了した時点で全ての新聞購読は停止していますので新聞は読んでいませんが、西日本新聞の社説をweb上で読む限り、菊竹六鼓のような雰囲気はないと思います。
北朝鮮の延坪島砲撃事件に関しても、12月1日の先生のブログで、韓国がこの事件の発生以前に同海域で砲撃訓練を実施していたことをNHKが報じたことを先生は論じています。しかし、西日本新聞のweb社説ではこのことは一言も記述されてはいません。又この砲撃事件のあと朝鮮高校の無償化を政府が取りやめたことも何も論じていません。朝鮮高校の無償化問題は太平戦争時における在米の日系人に対する迫害問題と同様の構造を持っていると私は考えますが、菊竹六鼓ならこの問題について政府の方針を批判したのではないかと思います。
また、菅総理が韓半島有事の際に邦人救出のため、韓半島に自衛隊を派遣すると述べたことに対して、40年間の植民地生活を強いられた朝鮮民族の立場から物事をとらえる視点が必要だと考えますが、西日本の社説にはどうもそのような視点は無いように私は思います。菊竹六鼓もしありせば、この問題をどのように論じたでしょうか。わたしは現在の西日本新聞には六鼓のような志の高さはないように感じられます。
それでも海老蔵事件のような、単に酒飲みが大暴れした事件などテレビのワイドショーの様にヒステリックに取り上げなかったことについては先生のご意見には賛成いたします。
歌舞伎ファンの先生には毎日テレビが海老蔵事件で占拠されていることに、苦々しく思われていたことだと思いますが、私は「ノリピー」こと酒井法子のワイドショーの取り上げ方には本当に腹立たしい思いをしました。
福岡に待望の雪が降り、私は今日は福岡県糟屋郡宇美町の名所難所が谷につららを見に行きましたが、寒くなって参りましたので、藤永先生にはお風邪などお引きならないようご健康にご留意いただきまして、次のブログを楽しみにさせて頂きます。
投稿 山椒魚 | 2010/12/16 19:11
こんばんは、初めてコメントを書きました。
藤永先生のこちらのブログを拝見して以来、先生の記事を楽しみにしております。書籍は手に入れられるものは全て入手いたしました。何を調べていてこちらを見つけることができたのかについては失念しておりますが特にアフリカ・アメリカインディアンについて新たな視角が開かれたように思っております。そして、それによって可視化されてくる諸々のこともあるのだろうと考えております。
こうした事以外にフライシャーさんの記事を拝見し、初めてCDを手に取り聴いてみました、本物の芸術家を紹介していただきありがとうございます。クラシック音楽を良く聴く方ではないのですがグールドとフライシャーさんを聴いております。
今年は猛暑が長く季節の変わり目がおかしな年でしたがようやく冬らしくなってきました、寒い季節の折、どうぞご自愛くださいませ。クーンについてのブログも含め先生のお書きになられる記事を拝見できることを楽しみにしております。
投稿 momo | 2010/12/16 02:49
いつも良識深いすばらしい論説に感謝いたします。海老蔵氏の事件の真相は、もっと深層があるようです。
http://www.mail-journal.com/
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/878.html
の記事が参考になります。
投稿 ブルータートル | 2010/12/15 15:01