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時代を読む:嶌信彦の眼 パッとしなかった2010年 期待は元気な若者、女性たち

 ◇2011年は大転換への過渡期

 パッとしない2010年だった。日本人にとって心に残る印象的な出来事は、宇宙探査機「はやぶさ」が火星の小惑星イトカワから世界で初めてサンプルを持ち帰ることに成功したこと、ノーベル化学賞を2人が同時受賞したこと、などだろう。いずれも日本のサイエンスの底力を世界に示し、“内向き日本”を元気にしてくれた。

 このほかスポーツや芸術分野では若い人々が実力を発揮し、世界に名をはせた。やはり“内向き”“草食系”などと懸念される若者たちの中から、次代の新しい感性、創造力を感じさせる人物が数多く出ていることは、ホッとさせてくれる。とくにアフリカなど危険で生活に困難な土地へ、使命感をもってひるまずにボランティアなどへ出かける若い女性が増えていることにもびっくりさせられる。一流学校、一流大学、一流大会社に入り出世する--なんていう価値観とはまったく一線を画した人々が増えていることは、多様な日本を創造する素になってくれるに違いない。

 ◇期待はずれだった民主党

 しかし、その他の分野でみると2010年の日本は総じて明るさの見えない年だった。一番の期待はずれは、戦後初の本格的政権交代をはたした民主党政治だ。鳩山由紀夫、菅直人の民主党政権は、日本をどこへ導こうとするのか、“軸”が見えず浮遊しっ放しだった。政権維持の小細工や口約束のようなものばかりが目立ち、外交・安保や経済のマクロ政策、生活対策などに大局観が見えないため、国民はどんどん不安に追い込まれた。子ども手当や農家の所得補償、法人税引き下げ、学校の教科書無償化--等々、個別にはおカネをつけているが、その施策が本当に競争力強化や生活向上に役立つかといえば、多くの人を納得させる政策になっておらず、むしろ“無駄に選挙のためなどにカネをばらまいているだけではないか”と将来不安を増大させてしまっているのが実情だろう。

 安保や外交にいたっては、日本の存在感を失わせてしまう対応に終始したといってよいだろう。沖縄普天間の移設、尖閣諸島をめぐる中国漁船との衝突、米・韓・日の史上最大規模の軍事演習と砲艦外交--などさまざまな出来事があったものの、日本の対応はそれぞれが中途半端で関連性をとらえた行動になっておらず、この分野でも日本の外交・安保、対中国政策の基本軸が見えてこないのである。

 ◇2012年は主要国で軒並み権力交代?

 さて、こうした2010年を受けて2011年はどんな状況になっていくのだろう。

 まず注目したいのは、世界リーダーが大きく変わるかもしれない2012年の前年にあたり、世界はその12年に向けてさまざまな動きと変化が表面化するとみられることだ。

 まず、大国の選挙や首脳の交代だ。2012年には米国の大統領選挙があり、オバマ再選があるのかどうか。中国では習近平氏がすんなり国家主席に就任できるのか。最近の中国国内の社会的不満・不安や暴動発生、国際派と国内主義的な保守派との対立の激しさを考えると、まだまだ予断は許さない。ヨーロッパではフランスのサルコジ大統領の改選期があるし、ロシアのプーチン前大統領が再出馬する可能性も強く波乱気味だ。

 さらにアジアでは韓国の大統領選があり、北朝鮮の金正日総書記の健康いかんでは、三男の金正恩が後継とみられているが、これも内外から不安視されていよう。

 ◇2011年は準備の年か

 つまり、2012年は各国とも権力交代をめざす大きな政治のうねりがやってくるわけで、2011年は“2012年をどう有利に闘うか”という下ごしらえの年になるということなのだ。米国はオバマ大統領が再浮上するには、やはり経済、景気の回復が第一。そのためには金融緩和策を続け、ドル安も維持しながら何としても景気と雇用の改善に一段と必死になるだろう。さらに2010年に先送りされたアジア太平洋の経済連携協定、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)問題でアメリカが有利となるルールづくりに動き、2011年のハワイAPECで決着をはかろうとするのではないか。

 ◇米中の間でどうする日本

 また、米国は韓国をガッチリ抱き込みながら、海洋権益と安保では中国をけん制して日本も含めたアジア太平洋の防衛戦略を固めようとしている。その過程では市民派を任ずる菅首相らはいつしか米韓日に加えて豪、ニュージーランドなどとの同盟関係を強化する方向に引っ張られ、沖縄の軍事的位置付けはますます重要にならざるを得まい。中国も領海を“核心的利益”と位置付けて強硬な姿勢をとり続けるだろうから、日本は米中に挟まれて、どこかで己の位置付けについて腹をくくらなければならない。ただその一方で、経済的相互依存を深めている米中が裏でどのように手を結びあうかも注意深く観察しておかないと、日本がハシゴをはずされる懸念もあるのだ。

 ◇画策されるオール日本体制

 そんな中で、日本はどうするのか。何より政局が安定しないので展望がつきにくい。小沢一郎元代表、仙谷由人官房長官の進退をめぐる決着が未定だと、2011年の冒頭から国会開会もおぼつかないだろう。菅首相が2人に引導を渡し、リーダーシップの確立をはかるか、結局また先送りか、あるいは野党にもたれかかり時間の浪費をはかるのか--民主党政権の正念場だ。場合によっては民主党と自民党が共に分裂して政界再編の流れもあり得よう。その時は、消費税や選挙制度(中選挙区制への逆戻り)、年金、安保などで分かれ、わかりやすくいえば「大きい政府か、小さな政府か」で再編に向かうのではないか。

 一部には、この際「自民党と民主党の大連立を2年間に限り行う“救国戦線政権”を作ったらどうか」などといった議論もあるが、戦前の大翼賛政治を思いおこすような再編は国民も各政党も賛成しないだろう。そんな声が平気で出てくるところに今の世の中の気味悪さがにおう。

 ◇日本は再生できる!

 しかし日本の道筋は、そんなにむずかしくないと思う。まず経済では、2009年に「日本の“世界商品”力」(集英社新書)で私が書いたように、付加価値の高い1.5次、2.5次、3.5次産業をめざせば、新興国の価格競争に巻き込まれず急増する世界の中流層をひきつけられるはずだ。世界が“made in Japan”の品質、安全、安心、センス、美的感覚などを求めていることに自信をもって自覚すべきなのだ。また、十分に競争力のある農業を輸出産業に育てるようもっと大規模化をはかり、中小零細農家には土地の集約化に補償金や土地貸与金を支払い、大規模農業企業の社員に採用し、雇用拡大と地域再生に取り組む。現在の農業は野菜、牧畜、コメがほぼ2兆円前後の生産額で、コメはもっとも手間ヒマのかからない農業になっている。このほか果樹、漁業などで構成されているが、やはり日本の1次産品は安全でおいしい、健康に良いと評判なのだ。日本はもっと農業の輸出競争力を信頼し、農業開国に踏み切り、農業予算を競争力強化のために有効に活用すべきなのだ。今の予算は選挙で票を買うためのバラマキ型といってもよかろう。

 一方、安保・外交では日米同盟を基軸としつつも、中国や東南アジア、韓国などとの人的パイプを強くし、いざという時にハラを割って話せるネットワークを形成することだ。さらに日本は日米韓の中にまぎれるのではなく、米中、あるいは中国・東南アジア、アメリカ・東南アジアをつなぐ橋渡し役を担うぐらいの自負と外交力を蓄積することだろう。

 ◇2012年の飛躍、大転換を準備

 とにかく、2012年の大変化を前に準備段階の2011年はきわめて重要な意味をもつ年になることを、キモに銘ずるべきだ。世界経済は米国、ヨーロッパとも危機を脱しておらず、まだまだきびしさが続く。各国が自分のことしか考えない時代の中で、日本は大局的見地、歴史観などをもって世界に道を説く位の誇りをもって欲しい。それが“失われた20年”を経験し、途上国から世界第2位の経済大国にまで成長した日本の役割だろう。[TSR情報12月22日号(同日発刊)]

2011年1月11日

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