チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[21602] 習作 田舎の貴族は土を嗅ぐ(ゼロ魔 オリ主転生)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/06 22:10
はじめまして。初めて書くことになります黒いウサギと申します。

 以前からssを書きたいと思い、今回載せていただきました。

 オリジナルの主人公での話ですが、「原作と違うじゃねーか」とかいろいろと変なところも出てくるかもしれませんが暖かく見守ってくれたらありがたいです。

 一人でも多く読んでくれることを願ってます。

 よろしくお願いします。 ではでは
  
 2010/9/1ドニエプル家の名前に関して修正を入れました。
     1話「ある婦人の悩みごと」に修正をいれました。

   9/4 side story 1話と2話を消しました。
      本篇を再開しました。

   9/6 ジョルジュの二つ名に関して直させてもらいました。



[21602] 1話目 ある婦人の悩みごと
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 20:36
トリステイン王国の最西部に位置する、ドニエプルという土地がある。そこの領主を務めているバラガン・ポルタヴァ・ド・ドニエプル伯の妻、ナターリアはその広大な屋敷の一室で一人溜息を吐いていた。

ドニエプルという土地は代々、麦や野菜が多く取れる広い穀倉地帯であり、海にも面しているため、漁業も盛んな土地である。そこで獲れた収穫物は、トリステインの王都トリスタニアやシュルピス、ラ・ロシェールの市場を賑わせ、トリステインの食糧庫として有名であった。そこの土地を代々任されている一族が、元々その土地に昔から住んでいるドニエプルであった。トリステインの西部は、アルビオンから入植してできたダングテール等の独立したところが多くあったのだが、これらに対して直接交渉して来たのはこのドニエプルの領主たちであった。

ナターリアはトリステイン南部の、貧乏な貴族の生まれではあったが、小さい頃から頭の回転が早く、その頭の良さと気転の良さとから若くして商売を始め、化粧品などを取り扱う店を王都に開いていた。彼女は商売することに才能があったらしく、店は順調にその売り上げを上げていった。おかげで貧乏であった彼女の屋敷は大分助かったのである。
ある日、商品の香水を卸してもらっているモンモランシ家に客人として招かれたのだが、ちょうど同じ日にバラガン伯も招かれていた。彼女を見るなりバラガン伯は一目惚をし、ドニエプル領に帰るその前日の夜、バラガンに呼ばれた彼女はプロポーズされた。

「お、おらの嫁さんになってくれねーだか?」

西部独特の方言なのだろうか、ひどく訛りが入った言葉に彼女の心は1サントも揺れはしなかったが、私がこのおっさんの妻に?でもドニエプルといえばかなり広い土地を持った場所だからかなり裕福な生活を送れるか?あれっ、これって結構いんじゃね?など自分の頭の中で高速回転で人生のソロバンをはじき、迷わずそのプロポーズを受けた。尚、翌日にそのことを伝えられたモンモランシ家の人はその急な話に、全員あいた口が塞がらなかった。

そして現在に至るわけであるが、大貴族の妻として勝ち組の人生を歩んでいるだろうナターリアの心は晴れ晴れとはしておらず、それどころかこちらに来てからは、彼女は胃に孔が空くような生活を送っていた。

まず彼女はドニエプル領のあまりの田舎っぷりにカルチャーショックを受けた。
なにせトリステインの西部は農業ばかりが発達した土地で、いうなればなにもない「ド田舎」なのである。しかもバラガンが「若いうちは平民でも世の中を見てくるべきだ」なんて貴族らしかぬ考えを持っており、農民の若い男や女に「領を自由に出ていいだよ」とナターリアからすれば、「なにふざけたことをぬかしやがる」的なことを言っていたのだ。おかげで若者の大部分は出稼ぎや、または何かしらの夢を持ってトリスタニアなんかに行ってしまうため、ドニエプル領に残っているのは老人や小さな子供ばかりである。当然、年頃の若い女性も街に出稼ぎに行っているため、屋敷の使用人もほとんどが50~70代の老人である。ナターリアが初め、バラガンの屋敷に来た時には「養老院?」と本気で思ってしまうぐらいであった。

さらに、彼女が嫁いできた後、領の近くであったダングテールでは「大きな火災」が発生し、さらに親交のあったド・オルニエールの領主が亡くなってしまったため、ますます西部は過疎ってしまった。そのくせ、トリステイン政府からは代わりの領主もくることもなく、代わりにドニエプル家に西部一帯の管理という仕事が来てしまったのである。ただでさえ広い自分の領地に加え、よそ様の土地も管理するという仕事はバラガン伯一人の手に負えず、かといって老人ばかりの彼の屋敷には、土地の管理を任せられる者がいなかった。そこでバラガンは、頭の回転が速い自分の愛する妻に、ドニエプル領の管理を任せ、自らは新たに任された土地の管理と開拓にあたったのだ。

ナターリアにとっては溜まったものではない。「大貴族の妻として贅沢な生活してやるぜ。ウヒョヒョーイ」と思ってたのに、待ってたのは養老院(屋敷)での暮らしと、広大な土地を管理するというなんともめんどくさい仕事だ。これだったら王都に出していた店でオーナーとして経営に精を出していたほうがよかったではないか。

このときナターリアは、「自分の選択は間違ってたんすかね~」と心のなかでブリミルに問いかけた。

そしてナターリアは、今では屋敷の爺さん婆さんに「ドニエプルの女領主様」なんかと呼ばれ、日々のストレスに胃腸をキリキリさせていたのだが、そんな彼女を悩ますものは土地の経営のみではなく、もうひとつあった。

それは自分の息子であり、ドニエプル家の三男である「変人ジョルジュ」ことジョルジュ・チェルカースィ・アン・ドニエプルのことであった・・・



[21602] 2話 変人ジョルジュ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 13:59
ドニエプル家は夫のバラガン、ナターリアの二人に男3人、女3人の子供たちがいる。

長男ヴェル・ドネツィク・ド・ドニエプルは18歳。長女のマーガレット・ティレル・ド・ドニエプルは17歳であり、二人とも、今はトリスタニアにあるトリステイン魔法学院で学生として、一人前の貴族になるために必要なことを日々学んでいる。

二男のノエル・マリウポリ・ド・ドニエプルも16歳となった今年の春に、魔法学院への入学が決まっている。
次女ステラも、三女サティも来年には魔法学院に行く予定だ。
ナターリアは忙しい毎日を送っていたが、子育ては自分の手で行っていた。今の貴族では珍しく、乳母を取らずに自分の乳を子供たちにあげ(近くに乳が出る年齢の女性がいなかった)、教育も彼女自らが教師として言葉や社会、魔法の基礎について子供たちに説いた(領内にいた家庭教師は70過ぎてボケがきていた)。

母の熱心な教育と愛情の甲斐あってか、ドニエプル家の子供たちは手もかからず、全員健やかに育ってくれた。
将来、ヴェルにはドニエプル家の長男として家を継いでもらい、他の子たちは一人前の貴族として立派に世に出ていってもらうことが母として、ナターリアの願いであった。

そんな彼女を悩ませている三男のジョルジュも、他の子と同様に育てたつもりなのだが、彼だけは他の兄妹達と大分違っていた。

ジョルジュは4つのころまで言葉を喋ることが出来ずにいた。いや、喋ることは出来たのだが、どこか途切れ途切れで、同い年の子供のように滑らかには喋れなかった。当初、ナターリアはジョルジュのことを「知恵遅れなのか」と心配したが、5つになった時には他の子と遜色なく話せるようになっていたので、その心配もなくなった。

ある時期に、「外の世界を少しでも早く見せたい」という気持ちで、父バラガンは家の男達を1カ月に2,3度、自らの領地の穀倉地帯と、当時開拓を行っていた、領から少し離れた土地まで連れていった。

長男と次男は、快適な屋敷から出て、面白くない土地に行くことが億劫であったが、三男のジョルジュだけは目を輝かせてついていった。いつしか長男と次男は屋敷からでていかなくなり、バラガンにはジョルジュだけがついていくようになった。


大きくなるにつれ、ジョルジュはドニエプルの家業ともいえる農業にのめり込むようになっていた。最初は領内の村に行き、簡単な手伝いなどをさせてもらっていた。村人も領主の息子だからと恐る恐る接していたが、やがては打ち解け、麦の刈り入れや種まきなどをジョルジュにやらせるようになった。

いつしかジョルジュは、屋敷よりも長く畑に立ち、机で勉強をするよりも長く畑を耕し、杖よりも鍬や鎌を多く振る生活が続いた。

父バラガンは「それでこそドニエプル家の男だぁ」と喜んでいたが、ナターリアは自分の息子の貴族らしからぬ行動を咎めた。しかし「母さま、屋敷でぬくぬくしとるのと、家の土地のために働くのと、どっちが意味があるさ?」と言われると彼女は何も言うことが出来なかった。

せめて魔法の勉強はちゃんとしなさいと彼女が言うと、ジョルシュは少し考えてこう言った。
「確かに、魔法を使えるようになれば、畑仕事がうんとたくさんできるようになるさなぁ~」

それからジョルジュは日が昇っている間は外で農民と混じって畑作業をし、夜になると家で魔法の勉強に没頭した。その集中力は素晴らしく、瞬く間にコモンマジックを覚え、さらには兄妹の中で一番早くに系統魔法を使えるようになった。

ジョルジュが13になる頃、彼はラインレベルの魔法が使えるまでに成長した。家族はそのことを大変喜び、バラガンはその祝いとして屋敷の近くにある、小さな畑と牧場を与えた。
ジョルジュはそれを大層喜んだ。
「やっと自分の畑を持てた」とか「トリステイン1のカボチャを作ったる」とか言っていたことをナターリアは聞いていたが、とりあえずまた心配の種が出来そうなので聞かなかったことにした。彼はすぐに牧場に牛や羊を飼い、自らが錬金して作った鍬で畑を耕した。間もなく作物が出来、ジョルジュはとれた作物を王都の市場に卸してお金を稼ぐようになった。

しかし、農民に交じって畑を耕すということは他の貴族とってあり得ないことであり、王都へ作物を卸す過程で、畑を耕す貴族の少年の名はだんだんと広まっていった。またある時、ドニエプル家に王都からの貴族が訪れたことがあった。ジョルジュはその貴族の前を泥だらけの作業着で通り過ぎたことがあった。そんなこともあり、ジョルジュには侮蔑と嘲笑が向けられ、やがて貴族の間で「変人ジョルジュ」という名が彼に付けられた。また兄弟である上の二人の兄にも、「貴族の恥さらし」と呼ばれるなどしたが、本人はいたって気にせず、相変らず畑で作物を作り、また肥料の開発にも取り組むようになった。

彼が開発した肥料は、ドニエプル領に面している海で採れる小魚や貝殻を、乾燥させてから粉にし、それを畑に撒くというものであった。トリステインでは今までなかったこの肥料は、ドニエプル領の土地を今まで以上に豊かにさせ、農作物の量も一段と増やすことになった。
また領地に時々入ってくるイノシシやクマ、オーク鬼などの退治もジョルジュが請け負っていたので、領民からは絶大な信頼を得ていた。

そんなジョルジュは今年で15歳を迎えた。なんと自分で作った作物と肥料を売ったお金で土地をさらに広げていたのだ。牛や羊も増え、今ではハーブやブルーベリーなんかも作っており、最近では次女ステラや、三女のサティも彼の事を手伝っているようだ。しかも彼は母と話したあの日以来、休まず魔法の鍛錬をしており、トライアングルクラスの土メイジにまで成長していた。しかし、そんなよく出来た息子だからこそ、ナターリアは心配した。

ジョルジュはこれからも領地で畑を耕すだろう。しかし、ヴェルが長男である以上、この家の家長になるのはヴェルなのである。しかし領民に人気があるジョルジュが居れば、ヴェルが弟を疎ましく思うだろう。ジョルジュは気にしないだろうが、ヴェルはそうではないだろう。そこからドニエプル家の崩壊につながる恐れがある。だからジョルジュにはこの家を出ていってもらわなければならない。だけど彼はとてつもなく常識外れだ。もう貴族の礼儀なんて絶対忘れてるだろうし世の中に出たら礼儀がどれだけ大事か・・・・なんとか彼にそういう貴族としての教養を身につかせなくてはならない。

そこでナターリアはある決断をした。今日はそれを告げるため、ジョルジュに畑仕事が終わったら部屋に来るようにと告げていた。

外で照りつけていた太陽は大分沈み、窓からは夕闇がさして来た頃、ふと、コンコンコン、と小刻みに部屋のドアが叩かれた。

入ってきなさい、とナターリアが促すと、開かれたドアから、170サント程の背をした少年が入ってきた。肌は太陽に焼かれ続けて小麦色に染まっており、ぼさぼさに伸びている赤毛の髪は後ろでまとめられている。体は少年と呼ぶには、いや貴族と呼ぶには疑問がでてくるほどたくましく、顔には所々に傷が目立つ。

「母さま、言いつけ通りやってきただぁ」

その少年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルは今まで畑でも耕していたのか、額の汗をぬぐい、若干疲れた声でナターリアにそう告げた。

「ご苦労様、それとジョルジュ、何度も言うけど母さまじゃなくて‘お母様’でしょう」

「だって母さまは母さまだべ?意味が通じているんだからそれでいいだよ」

「おまっ...まあいいでしょう。今日はそんなことを話に呼んだのではありません。ジョルジュ、そこの椅子に座っ...あっ!!お前泥落とすなって何度もいってるだろうがぁぁ!!泥落としてから入ってこいやァァァッ!!」

「母さま落ち着いて!!口調が荒れているだよ」

「あら、いけませんね。貴族たるもの常に冷静に、知的に振る舞わらなくてはなりませんのに。さて、ジョルジュ、今日はあなたに言わなければならないことがあります。」

「とうとうおとんと別れるんだべか」

「そんな話どこから出てくるんですか。てか一度もそんな話出たことなかったでしょ」

「だってメイド長のアン婆ちゃん(79)たちが噂してただよ?」

「あんのクソババア共め、まあそれは後であの老い先短い奴らに問いただすとして、ジョルジュ、よく聞いてください。」

ナターリアの顔には多少青筋が浮いていたが、表情は真剣そのものであり、ジョルジュも姿勢を正して次の言葉をまった。



「ジョルジュ、あなたは今年の春に、お兄さんとノエルと一緒にトリステイン魔法学院に入ってもらいます」



[21602] 3話 彼が彼であった頃
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 10:11
こんにづは。はづめまして。

オラの名前はジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルっていいます。
長い名前なんで、婆ちゃんたつからは「ジョル坊」って言われていて、子供たつには「ジョルジョル」なんて言われてるだ。

オラ、突然こんなこと言って信じてもらうのもなんだども、オラ、どうやら別世界で死んで、この世界で生まれ変わったらしいだよ...

オラは前世では「鳩村呉作」という名前で、日本のN県で農家やってただよ。家族はおかあと爺ちゃんと婆ちゃん、3人の妹に猫のシュレディンガー(妹が付けただよ)の7人家族、おとんは妹達が生まれてから癌で死んでしまっただ。婆ちゃんは「タバコを一日1カートン吸ってたらそりゃ死ぬわ」と笑ってたけど、おかあは悲しそうだった。

男手がオラと爺ちゃんだけだから、小さい頃から家の田んぼや畑では毎日朝早く働いてただ。力仕事はオラと爺ちゃんが引き受けて、農薬まいたり機械動かすのはおかあや婆ちゃんたつ。妹たつも手伝ってくれたし、隣の家で林業やってる与作のよっちゃん家も、よく面倒見てくれたから高校を無事卒業できただ。

だけどもオラにも青春時代があってだな~、よっちゃんと一緒に仕事が終わった夜中にはヤンチャばっかしてただよ。高校ん時には二人して「血まみれゴサク」、「人斬りヨサク」なんかって呼ばれて県内ではちょっと有名だっただ。(ある時、学校の帰りにスーツ姿のおじさんに呼び止められて「二人ともウチの組に入らねえか?」と聞かれた時には焦っただよ)

卒業した後はすぐに家の農家継ごうと思ってたけんども、おかあに「今の時代ちゃんと学問をみにつけてなきゃだめだ」って言って大学さ通わせてくれただ。おかあ、ありがとう。
大学に行ったオラは農業の事について必死に勉強しただ。特に肥料と農具に関しては人一倍勉強したし、卒業するころには自分で開発した肥料が商品化されてうれしかっただ。

そして大学から帰った後は、家の田んぼで農業に勤しんださ。「日本一のコシヒカリ」を目標に頑張った甲斐もあってか、1ヘクタールあたりの収穫量も味も、近くの農村の中じゃ
一番だっただ!!妹たつは、都会の大学さ行ったし、爺ちゃんも婆ちゃんも死んじまっておかあと二人だけだったけども、最近農業がはやってるんだか、ある日、大学時代の友人の美代ちゃん達が「社員として働かせてほしい」って会社辞めてやってきたんで、またみんなで農業やれてうれしかっただ。

そんな生活が10年ほど続いたのだども、みんなとのお別れは突然やってきただ。
あれは暑い夏の8月の終わり、大雨が降ってた時のことだよ。オラは大雨で田んぼの稲が倒れねえか心配になって外に出たんだ。

実はこん時、こ、こ、婚約指輪買っててな、家に帰ったら美代ちゃんにプロポーズしようと思ってたんだけんども、ダメだったぁ...渡せんかったよぉ...

ちょうど田んぼについた時に雷が落ちてきて、オラはピシャーンッ!!と雷に当たっちまっただ。もう溜まったもんじゃねえさ。なんだか眼がチカチカ白く光っていたし、勝手に体が倒れていうこときかねんださ。そん時なんとなくこんな考えがよぎった。ああ、オラ死ぬんだなって。少ししたら美代ちゃんやおかあがやって来て、何かオラに向かって喋ってるんだけど、雷で耳が馬鹿になっちゃんだろうな、全く聞こえやしねぇ。

段々眠くなってきてさ、もう駄目だとなんか悟っちまった。倒れている最中、婆ちゃんや爺ちゃん、おとんもこんな感じにだったんかなぁって考えてるオラと、まだまだみんなとコメ作りたかったなぁって後悔しているオラがぐるぐる体を廻ってたよ。
美代ちゃん。ありがとう。オラ、実は大学ん時からオメェのこと好きだったんだ。オラの家に来て「働きたい」って言ってくれたときホントうれしかった。
美代ちゃんと一緒に来たくれたシゲルやマナブ、八千代も来てくれてホント感謝してるだ。

妹たつはみんな大丈夫かなあ。



一番上の楓はよっちゃんとこに嫁いだっけな。


真ん中の紅葉はオラと同じ大学で研究員しとるんだっけ。「私の研究で兄さんの畑を日本一にして見せます」って言ってくれたときは兄ちゃん涙が出ただよ。

一番下の柊は都内のOLさんになってけど、悪い奴に騙されてないべかなあ。なんか心配事があったら家族さ頼れよ。オラはもういなくなるけど、おかあやよっちゃんもいるからな。


よっちゃん。悪いけどおら先に行くよ。楓のことヨロスク頼むな。いままでオラのこと面倒見てくれたのにゴメンな...



おかあ、そんなに泣くなよ。オラのほうがつらくなるでねえか。ちゃんとおとんに「おかあは元気でやってるよ」と言ってくるから。





みんな。ほんとにありがと。ちょっと早かったけど、おとんと婆ちゃん達のところに先行ってるだ。







そして、オラは目を閉じただ。少しすると体がふわっと軽くなって、体の感覚がなくなってきただ。雷に打たれてから体の感覚なんてなかったんけども、今は手や脚が初めからなかったような気持ちだ。
天国にむかってるんだかなぁ?と考えてたんだけど、さっきまでなんも感じなかったのに、急に周りが暖かくなった。
どうやら水につかってるんだなと分かるんだけども目が開かんさね。でもなんだろう、この懐かしい感じは...遠い昔に味わったことのある、だども思い出せねえべさ。

そこで長いこと眠っていたように思えただ。おとん達には会えねえのかなあと少し諦めかけてた時、急に今まで浸かっていた水がなくなって、なんかいやに狭いところを通らされただ。通ったら体にひんやりとした風があたってきただよ。

やっと天国さについただろか?と思っていると、またオラの体に水がかけられた。そのあとふんわりとした毛布にくるまされた感覚があって、何かの入れ物に乗せられたようだっただ。周りはがやがやと何か喋っているようで、向こうの人たちが迎えにきただべか?と思っただ。

その頃には段々と瞼が開くようになってきて、初めて来る天国の景色はどんなもんかなぁとワクワクして目を開いたんだども...





そこにはおとうたちはいなかった。代わりに青い目や赤い髪、金髪の婆ちゃんたつがオラをまじまじと見つめてただ。
ありゃぁ~天国って随分と外人さんが多いなぁ。やっぱり天国でもグローバル化の波が打ち寄せてるんだろうかぁ。
オラは挨拶しなきゃと思い、起き上がろうとしたんだども、どうも起き上がることができねぇ。そういやあいやに頭が重いな。あれっ、なんか手がちっちゃくねぇだか?これじゃまるで赤ん坊...
そして気づいただ。オラ、赤ん坊さになってる。



後で母さまから聞いた時、オラが生まれたのはニイド(8月)からラド(9月)に変わった日の夜、外ではまるで誕生を祝福するかの様に、二つの月が屋敷の外で見えていたんだと。まるで「この世界にようこそ」と言っていかのように...



[21602] 4話 彼がジョルジュになってから
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/01 20:22
しばらくして歩けるようになった頃、始めに鏡で自分の姿を確認した時はびっくりしただぁ...

だってオラのチャームポイントだったそばかすは全くねぇし、短く刈り込んだ黒い髪は、赤く染まってたしよぉ~。ちょっと毛深かったオラの腕も女の子みてぇにツルツルだよ。
何よりオラはもう「呉作」じゃなくなって、ジョルジュっちゅう名前になってただ。

オラが生まれ変わったこの世界じゃと、月が二つあったり、漫画やTVでしか見たことねぇ怪物や動物がわんさかいて、見るもん全てにエライたまげたもんだぁ。しかも魔法なんちゅうもんもあるんだから、さながら映画で観た「ロード・オブ・ザ・リング」や「デズニー」なんかの世界だよほんとにもう。

生まれてからまんず難しかったのは言葉だったさ。生まれた時からこの世界の言葉ばっかさ聞いてたから、少しは喋れるんだども、やっぱ日本語さ覚えとるからどうも素直に聞きとれん。だから4歳ぐらいまで上手く喋ることが出来なかっただ。だどもな、オラを産んでくれた、ナターリアさんが丁寧に教えてくれたもんだから、5歳になるまでに人並に喋れるようになっただ。(ここの土地にはかなり独特な訛りが付いているんだとさ)ほんとナターリアさんはいい母さまだよ。
でも、しつけはすごく厳しい人でな、ある日の夕食で、間違えて母さまのデザートのプリン食べちゃったら、母さまオラの頭をつかんで「お前の脳みそプリンにしたろかコラ!!」って言われた時は、オラもう精神的には40近ぇのに漏らしてしまっただ...

こん時ぐらいにオラのおとんであるバラガンさんに、外に連れってってもらえるようになっただ。そすたらこの人えんらい広い畑もっとるんでびっくりしただぁ!!オラが農業やってたとこは県内では広いほうだども、それの何倍、何十倍ぐらいあるだよ。しかも漁業もやってるつうから、びっくらこいたわぁ。オラ、夢中で麦畑やら漁場なんか見てたら、おとんも「ジョルジュ!!オメェ畑や漁に興味あるっぺか?おとんうれしいっぺよ~」ってオラの頭をくしゃくしゃと撫でてきたんだ。
ああ、このおとんは前のおとうと似てるだなぁ~。(しかもおかあに対して頭上がらねえとこも一緒だった。)

そんで麦の種まきの時にな、おとうが飼ってるグリフォンのゴンザレスに乗って、空から一斉に種を撒いたときにゃあエライ感動しただ!!オラこんなのアメリカのテレビでしか見たことねぇだからな。
オラ、また農業やりてぇって思っちまってな。しかもこのハルケギニアっちゅうトコだと機械や農薬なんかないってゆうじゃねぇか。土もどこさ行ってもいい香りだし、この世界だったらオラが夢見てた究極の「無農薬有機栽培野菜」が実現できると思っただ。

んで、そうはいってもやることは沢山あるだ。オラが最初に知らなければならねぇのはこの国の農業の手法だった。なにせ、前世と違って機械や薬なんかもねぇどころか、肥料もままらねぇ世の中だ。しかも、農業の手法は中世の欧州各国のような手法だから大学の講義で聞いたぐらいの知識しかねーだ。一から教わんなきゃなんねえだよ。

そこで、オラは近くの農村の村長に、畑の作業を手伝わせて欲しいってお願いにいっただ。だけども、突然やってきたこともあったしみんなびっくりしてな、なにより村長も村の人も最初はオラのこと「領主さまのご子息」ってことでみんなよそよそしかっただ。だけどもな、その村でオラと同い年のターニャちゃんって女の子がオラを助けてくれてな、最初は子供同士の輪に入れてくれて、みんなと一緒に働いてたんだ。そするとだんだんと大人たつとも打ち解けることが出来ただよ。

ターニャちゃん...今ではすっかり成長して、美代ちゃんみたく可愛くなっただよ~。

しばらくはターニャちゃんの村で畑作業に勤しんでたんだけどもな、ある時ナターリアの母さまに「村なんかに遊びに行ってないで屋敷にじっとしてなさい!!」て叱れたんだよ。オラ、その言葉に少しムッとしたから「母さま、屋敷でぬくぬくしとるのと、家の土地のために働くのと、どっちが意味があるさ?」って言ってやったんさ。すると母さまは口をつぐんじまっただ。でもすぐに、

「ジョルジュ、確かに我が家の領地のため、畑仕事に精を出すことは大きな意味があります。それは立派です。しかしあなたは農民ではありません。このドニエプル家の三男なのです。あなたが世の中に出るときには平民ではなく貴族として見られるのです。それがどんなに嫌でも帰ることはできません。この世界に貴族の息子として生まれてきた者の運命といっていいでしょう。あなたはまだ小さい。これから大きくなったときに何が待ち受けているか分かりませんが、ドニエプル家の者として、貴族として、そして自分自身に恥をかかないようになってもらいたいのです。いま、難しいことを覚えろとは言いません。ですがあなたももう7歳ですし、そろそろ魔法を覚えていってもよい年齢です。だから、せめてこれからは魔法を覚えるようにしなさい」

オラは母さまの言葉に感動しただ。そこまでオラの事を思ってくれるなんて...それに、こっちの魔法は重いものを運んだり、火を出したり、果ては土から包丁なんかの道具も作れるんだから、魔法を身につければいろいろと出来ることが増えるだ。

「確かに、魔法を使えるようになれば、畑仕事がうんとたくさんできるようになるさ~」

よーし、そうなったらオラの夢のため、そしてこんなにオラを気遣ってくれる母さまのために頑張って魔法の練習をするだよ!!

「それにね、上の三人がちーーーーーーっとも魔法覚えねぇからこちとらストレス溜まりまくってイライラしてるんだよぉ~。おめぇだけでも早く覚えろやぁ...」

母さま二面性激しいだよ・・・オラ、肉体的にも成長したのに大きいの少しでちゃったでねーか...

それからはな、畑作業が終わった後に、母さま先生の下、魔法の授業が始まっただ。そしたらこの魔法ってやつがすんげぇ面白くてな、すっかりのめり込んじまっただよ。何より覚えた魔法がそのまま仕事に使えるんだから、こりゃあやるしかないだよ。

そんな生活が何年も続いただ。13の誕生日にはおとんに自分の畑と牧場をもらって、自分で作物を作れるようになったし、妹のステラやサティも手伝ってくれるようになって、なんだかオラが死ぬ前の、家族みんなで農作をしていたころみたいで、毎日がとても楽しいだよ。魔法もいろいろ覚えただ。たまに領内に獣やらモンスターが作物目当てで来るけんど、大抵はひとりで追っ払えるようになったしな。

今はお金を貯めて自分の土地を少しでも広げようとしとるだ。そのためにはこれから頑張んなきゃなんねー。そういえばそろそろ麦の刈り入れの時期だ。オラ、大鎌ブンブン振って刈るの好きなんだよな~。

おっと、なんか過去に浸ってたらもうこんな時間になったさ。今日は母さまに部屋に来いって言われてるから早く急がねえと。しかし、なんの話だかなぁ~



[21602] 5話 母の説得、ステラの乱入
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/02 07:34
「ジョルジュ、あなたは今年の春に、お兄さんのノエルと一緒にトリステイン魔法学院に入ってもらいます」

「いやださ」

ナターリアの言葉にすぐに拒絶の言葉を返したジョルジュを見たナターリアの視線は、実の子に向けるようなものではなかった。

ジョルジュはその視線に一旦はひるんだが、すぐに母に向け口を開いた。

「だって母さま。オラ15だよ?魔法学院に入るのに年齢は関係ねぇって聞いてるけど、別に今でなくてもよくねーか?オラ今忙しいだよ。来月には麦の刈り入れがあるし...せめて来年からいきてーだよ」

ジョルジュはナターリアにビクビクしながら自分の思っていることを話したが、ナターリアはジロリと睨んで、小さい頃、ジョルジュに魔法を覚えろといったあの時のような声で話した。

「ジョルジュ、あなたはひとりの男として立派に育ちましたけど、貴族らしさはさっぱりです。食事のマナーも出来ていないではないですか。この間も食事で出てきたフィンガーボールの水飲んでましたでしょ。あれは手を洗うものだと何回も教えてるではないですか。それに来年にはステラやサティも魔法学院に入れるつもりです。それなのに兄であるあなたが行かないでどうしますか?これからの将来のためにも、少しでも早く学校で貴族として必要なことを身につけにいくのがあなたにとって一番なのです」

「えっ、ステラやサティも入るんだべか!?ステラは頭がいいからともかく、サティは早過ぎるだよ。あの子さ、まだ10になったばかりでねーか!?あっ、それとこの前メイド長のアン婆ちゃん(79)達がグラスで入れ歯洗ってるの見ちまってな。とてもグラスで飲む気はしねーだよ」

「マジかよ!?あんの糞ババアァァァ!!今度あいつの脳みそ洗ってやる!!」

「母さま落ち着いて。口調が荒れているだよ」

「おっといけませんね。貴族たるもの常に紳士であるべきなのに。それはさておきジョルジュ、妹達の件ですがあなたも分かっている通り、ステラは14歳と幼いですが、非常に頭が良く、今ではあなたと同等、若しくはそれ以上の魔法を使えるのです。魔法学院に入れても問題ないでしょう。サティは・・・もう「特別」です。言わなくても分かるでしょ?あれが10歳の女の子に見えますか」

「母さまの言いたいことは分かるだよ。だどもそれって半ば育児放...」

「黙らっしゃい!!そんなものではありません。私は常にあなた達のためを思って行動をしているんですよ。決して「手に負えねー」だとか「もう子育て面倒」とかでは決してあり得ません。ええ違いますとも」



母の本音がちらちら見えている会話ではあるが、確かに母の気持ちも、ジョルジュには理解できるのだ。下の妹であるステラとサティは、ジョルジュから見ても変わり者だと思えるぐらい変わっているのだ。



次女であるステラ・テルノーピリ・ド・ドニエプルは、ジョルジュと一つ違いの14歳であるが、ドニエプル家では一番の秀才である。
ジョルジュと違い、幼いころから本の虫になっており、彼女が呼んだ本の中には、父バラガンが頼み込んでもらってきた王立研究所の研究論文もあった。そして兄妹の中で一番早く魔法を使えるようになったのはジョルジュであるが、一番「強力」に魔法を使えるのはステラなのだ。例えるならば、ジョルジュが魔法でひとつだけ持てるような物を、ステラは二つほど持ち上げるような感じである。ステラの魔法の威力は、初めて見た人は皆、トライアングルクラスの魔法なのかと思われる程であるが、彼女が使えるのは未だに火の一系統のである。

実はステラ、通常のメイジと比べ遙かに魔力の放出が多く、単なるドットレベルの魔法でも通常の2倍3倍の威力を出すことが出来るのだ。
しかし、それゆえコントロールはかなり困難であり、しかもドットスペルの魔法でさえも莫大な魔力を消費する。当初はその魔力が暴走することが度々あったが、生まれついての類まれなる頭脳によって、様々な実験を経て、着々と制御を可能にしている。現在、使える魔法の「数」ならばジョルジュが優っているが、同じ魔法の強さとなるとではステラなのである。

ジョルジュのことは「兄様」といって慕っており、夜中での魔法の練習では、共に練磨し合い、畑や牧場での作業も手伝うぐらい仲がいいのだ。
時折見せる鋭いまなざしはバラガン曰く、「ありゃあ間違いなく母の血を受け継いだ」と言わせている。





家では一番幼い、サティ・オデッサ・ド・ドニエプルは、ジョルジュと5つ違いの10歳であるが、ドニエプル家では一番の巨体である。
ジョルジュと違い、幼いころから体が大きく、6歳の時には身長は180サントに達しており、当時既に父バラガンの身長を抜いてしまっていた。そして兄妹の中で一番早く魔法を使えるようになったのはジョルジュであるが、一番「強力」に体術を使えるのはサティなのだ。例えるならば、ジョルジュが魔法でひとつだけ持てるような物を、サティは素手で持ち上げるような感じである。サティの体術の威力は、初めて見た人は皆、トライアングルクラスの魔法かと思われる程であるが、彼女が使えるのは未だにコモンマジックのみなのだ。

実はサティ、他人よりも成長が著しいことに加え、ジョルジュが前世で習っていたソ連の格闘術、「システマ」を護身術として教わり、単なる護身から自らが使える魔法と合わせることで独自の格闘術へと作りあげたのだ。
しかし、実戦への投入はかなり困難であり、しかも体を動かしながらの魔法の使用は莫大な体力を消費する。当初は兄ジョルジュに敗北することが度々あったが、生まれついての強靭な身体によって、様々な実戦を経て、着々と戦闘スタイルを完成させている。現在、戦闘自体ではジョルジュが優っているが、接近戦のみの強さとなるとサティなのである。

ジョルジュのことは「兄さん」といって慕っており、早朝での鍛錬では、共に練磨し合い、クマやオーク鬼の退治も手伝うぐらい仲がいいのだ。
時折見せる鋭いまなざしはバラガン曰く、「ありゃあ間違いなく闘神の生まれ変わり」と言わせている。


そんな個性が強い妹達は、確かにナターリアには手には負えないだろう。実際、教育を一手に担ってきたナターリアには、ジョルジュを含めた下の3人には早く独立してもらいたいという心境になっていた。

「とにかく、あなたたちには早く一人前の貴族として立派になってほしいのです。ヴェルやマーガレットも来年、再来年には学院を卒業するでしょう。きっと一人前の貴族になっているはずです。ジョルジュにもそうなってほしいのです。母の願いを聞いてはもらえませんか?」

目を潤ませながらじっと見つめられて言われたナターリアの言葉に、ジョルジュは反対の言葉を言うことは出来なかった。

「母さま、そんなにオラの事を思って...分かっただ!!オラ魔法学院さ行って一人前の貴族になってくるだよ」

「よっし・・・ああっ、分かってくれたのですね。それでこそドニエプル家の子供です。」

「今「よっしゃ」って言おうとしてなかっただか?でも母さま、学院には行くとしてもその間、誰がオラの畑や牧場見てくれるんさ。あとターニャちゃんとこの麦の刈り入れの約束も・・・・」



その時、ジョルジュの後ろのドアがバンッ!!と開いて、紅い髪を編み込んだ、黒いドレスを着た少女が舞い込んできた。
肌は健康的に程よく焼けており、160サント程の背丈でたってちいさいメガネをかけているその少女には、黒のドレスと燃えるような赤い髪がより一層彼女の存在を際立たせいた。

ドニエプル家次女、ステラであった。

「そのことなら大丈夫です兄様。兄様が学院へ行った後は私が責任を持って管理します。もちろん私が学院に行く前にはお父様に引き継ぎしますが...」

「ステラいきなり後ろから現れねーでくれさ!!オラこの年で出ちゃいけないもん出そうになっただよ」

「心配いりません兄様。この部屋は別に兄様や私の部屋ではないんで・・・」

「おい娘よ。それはどーいう意味だコラ」

「しかしオメェいつから部屋の外にいたんだ?」

「兄様が「いやださ」って言っている時からです。あっちなみに学院のことは既にお母様から聞いていましたので、ターニャさんへはキャンセル入れておきました」

「おおおうぅい!!オラの返事さ聞かねぇでもう言っちゃったの!?先読みしすぎだよ」

「ターニャさん宅は快く了承してくれました。「ジョル坊頑張れって」伝言頼まれましたよ」

「お、おぅぅぅ...なんて良い人たちなんだべ~。よし、オラ頑張ってくるだよ!!ステラ、畑の事さ頼んだだよ」

「てかお前そこら中に泥落とすんじゃねえよ!!入って来た時から泥つきの作業着のまんまでいやがってこのヤロー。私の部屋だぞ」

「大丈夫です。この部屋は別に兄様や私の部屋ではないんで・・・」

「この小娘がーッ!!あの婆共もろとも地獄に落としてやるわ」


その後、ナターリアの部屋はいろいろ汚れてしまったが、ジョルジュがこの春、トリステイン魔法学院に行くことが決まったのである。







「そういやステラ、サティはなにしてるだべか?」

「サティならお父様に魔法(挌闘)の訓練を受けてると思いますが…そういえば、先ほどお父様の声が聞こえてたのですが、今は何も聞こえませんね...」



[21602] 6話 それぞれ思うこと(前篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/02 11:25
トリステイン魔法学院は王都トリスタニアから馬で二時間ほどの場所に位置する、メイジを養成する学校である。
毎年、トリステイン国内のみならず、近隣諸国の貴族達の家からも留学として学院に入学してくる者が多数おり、生徒にとっては多くの同年代と接することが出来る社交場としての場でもある。
もちろん、入学してくる者には、親の爵位に鼻をかけ、貴族らしかぬ下劣な行為を行う者もいれば、真剣にメイジとしての道を進もうとする者、将来の妻を見つけに来る者、親に見放され、半ば屋敷から追い出されるようにこの学院に入らされる者と彼らが学院に来る動機、目的は様々である。

また学院の周囲は高い石壁に囲まれ、その壁からは石を割って伸びる木の芽のように、5本の塔がそびえたっているのだ。もっとも、各国の貴族の子息、令嬢が来るのだから、これぐらいの安全管理は当たり前かもしれない。

ジョルジュを乗せた馬車は巨大な正門から石の壁をくぐり、これから3年間を過ごすであろう学院寮の前で停まった。

「やっとこさ着いただ~」

ジョルジュはそう言って、長旅で強張った体を動かしながら馬車から下りると、ハァと息をはいた。彼の目の前には、自分の住んでた屋敷よりも広いトリステイン学院寮がドンッとそびえ、彼の到着を待っていた。

「あ~しっかしえれぇ広いところだなぁ~。だどもウチの領地より王都に近いって~のに、周りには何もないだなぁ。オラの前の家でも、SA○Yぐらいはあっただよ」

ジョルジュの言うとおり、学院の周囲には店や民家などはなく、ただ草原が広がるばかりであり、少し先に森があるくらいだ。なので、学院への物資は王都から取り寄せるしかなく、外出も馬を使用しなくてはとても移動することはできない。学院で働く平民たちも、学院内に作られた宿舎で寝泊まりしているのだ。これは見る人が見れば、貴族の息子、娘をまとめて捕まえている、半ば牢獄のように感じるだろう。そして周囲を囲む石壁と5つの塔が、一層その雰囲気を醸し出している。

そんなことはお構いなしのジョルジュであるが、彼には先程からひとつ考えていることがあった。

「せっかく広ぇトコがあるんだから、何か植えてぇなあ~。先生たつは許可してくれるだか?」

どうやら彼の農業への気持ちは、どこへいっても変わらないようだ。「そうだ、せっかくだから花でも植えてみるか」と、そんなことを考えながら、ジョルジュは馬車から荷物を降ろし、学院からの手紙に書かれていた部屋へと運ぼうと荷物を手に取った。御者としてついてきてくれたダニエル爺さん(65)は疲れて馬車の中で寝てしまっているが、彼はひとりで生活品や農具のはいった荷物を持ち、自分で持ちきれないものは「レビテーション」で浮かせた。

さて、いざ寮に入ろうとしたとき、ふと目に留まったのは、壁際で指で自分の金髪をクルクルしている男子に口説かれている、長い金髪を縦にロールしている女の子だった。彼のよく知っている人物だ。すぐに駆け足で彼女に近づきながら大きな声で彼女の名を呼んだ。

「お~い!!モンちゃ~~~~ん」






モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは学院に入学するため、屋敷を出る前日の夜、母からこう告げられた。

「モンモランシー、あなたはこの春からトリステイン魔法学院へ入学しますが、ぶっちゃけ勉強とかどうでもいいので、少しでも大きい貴族のご子息を捕まえてきなさい」

「お母様ッ!?」

食事の最中、しかも家族で食べる最後の食事の途中に、モンモランシーはいつもの彼女からはあまり想像できない声が出た。それもそうだ。実の母から尻軽女になれと宣告されたようなものなのだから。

「いいですかモンモランシー、世の中ぶっちゃけお金です。わがモンモランシ家は夫やおじい様のアホな行動によって干拓に失敗し、借金で首が回りません。今ある収入は、私が友人から譲り受けた化粧品店からのみ。それでもアホなあなたの父のおかげで借金は無くならないのです。ですから我がモンモランシ家が立ち直るためには、アホに頼らず玉の輿に乗るのが一番なのです。ほんとあの人死ねばいいのに...」

なんてこと...いつも知的できれいなお母様からこんな言葉が出てくるなんて。てかお母様、どれだけお父様のこと恨んでるのよ。ほら、向かいに座っているお父様、半分涙目になってるんだけど!?

「それとモンモランシー、借金で経営難の我が家にはぶっちゃけあなたの生活費を見る余裕なんてありませんので、学費は出しますがあちらでのお小遣いは自分で何とかしなさい」

「そんな、あんまりよ!!自分の店に出している商品の香水は全部私に作らせてたクセに、お母様1エキューも私にくれたことないじゃない!!しかもお母様が作る化粧品さっぱり売れてないじゃない。なによ付けまつ毛って!?誰も買わないじゃない!!」

「時代が私についてきてないだけですモンモランシー。あと10年もすれば私の化粧品は世の女性を虜にします」

「もう、なんでそんなことを最後に言うのお母様...私明日にはこの家をでるのよ?それなのに最後の会話がこんなのって...」

「ぶっちゃけ人生は得てしてそういうものです。あっそれと香水で新作の出来たらレシピだけは送ってくださいね」

「ウっさい!!絶対お母様の言うとおりになるもんですか!!」

そんなやり取りをして、モンモランシーは学院に入った。自分だけはしっかりと自立してやる。恋人だって自分で決めるわ。そう心に誓い、寮への荷物を運び終わった彼女は少し学院内を歩いていると、

「ああ!!待ってくれそこで羽ばたいている美しい金の蝶よ!!」

いきなり現れたのは金髪をなびかせ、手には赤いバラを持った端正な顔立ちをした少年であった。モンモランシーは「早速変なのよってきたな」とは思いながら、この変な少年に自分の心を悟られないよう、

「あら、上手なこと言うじゃない。お名前は何というのかしら?」

「ああっ、僕は君への愛の奴隷ギーシュ・ド・グラモンさ。そして君のような美しい蝶を見つけることが出来た世界で最もな幸せな愛の探求者さ」

行ってることは理解不能だったが、そこまで好かれるのは女性として悪いものではない。顔は間違いなくイケメンであるし、グラモン家といえばトリステインの陸軍元帥を務める大貴族ではないか。
母と同じ考えは癪に障るが、なんか勝手に喋ってるこの少年に、ここでツバつけとくのも悪くないわねと考えていると、向こうのほうから

「お~い!!モンちゃ~~~~ん」

と随分と聞きなれた声が飛んできた。その声のした方に顔を向けるとこれまた随分と見知った顔があった。まさか...ジョルジュ!?

「あんた、なんでココにいるのよ!?畑仕事が忙しいんじゃないの!!」

「いや~オラも急にこっちさ来ることがきまってな。モンちゃんのおかあにモンちゃんも入るって聞いてたからどっかで会えねぇかなあ~って思ってたんだどもさ、まっさかこんな早く会えるとは思わなかっただよ~」

「ハァ、わたしの周りには変な人がついて回るのかしら・・・」



モンモランシ家とドニエプル家は親交がとても深い。ジョルジュの母ナターリアが化粧品店を営んでた時、モンモランシーの母から香水を卸してもらっていたこともあり、ナターリアがバラガンへ嫁いでからもたびたびお互いの家を行ったり来たりするのだ。(ナターリアは時々「あの女が来るとちょくちょく私の宝石とか無くなるんだけど...」と家族に愚痴を漏らしていた)

その際、モンモランシーはジョルジュと知り合うのだが、領地の畑を耕している姿に最初は戸惑った。何度かドニエプル領を訪れた時、モンモランシーは自分からその少年に声をかけた




「あなた、貴族なのに畑なんて耕して、貴族としての誇りはないの?」




するとジョルジュは鍬をそっと置いてこう答えた。


「オラ、もともとこういう仕事好きだしな。それに植物さ作ってると、愛情が出てくるし、植物もオラに懐いてくれるみてぇでなぁ。なんかやめられねぇんだよ。それにオラん家の畑でいっぱい作物さ実れば、家族も村のモンもみんな笑顔になるんだ。オラ、その笑顔だけでも十分やる意味さあるんだ」

顔を泥に汚して、そう口にした後にニッと笑った少年の顔に、モンモランシーはドキッとした。そして彼女は自分が言ったことを謝り、少年と改めて知り合いになった。
そのことがきっかけとなり、モンモランシーとジョルジュはお互いの家に来る度、よく二人で話をした。どんな作物を植えるかや、最近香水を作り始めたのとか身の回りの話や、果ては最近アン婆ちゃんの夢遊病がひどいことや私の家なんてメイドが半分いなくなったのよとかの愚痴とかも喋り合った。二人で行動するときには常識外れのジョルジュにモンモランシーが幾度も手を焼いていたのだ。

いつしかモンモランシーにとって、ジョルジュは手間のかかる奇妙な友人となっていた。
しかし、そんなジョルジュだからこそ、素直な気持ちで、何でも喋ることができたのだ。


「てかアンタの荷物何よ?鍬に鎌に鋤にピッチフォークにじょうろに...あとそれなんかの種袋ね。アンタ学院の土地を畑にする気?」

「いんやぁ~まだ分かんねぇけどな?やっぱ土いじくってねぇと落ち着かないんだよ。だからなんか植えてもいいか先生に聞いてみるだよ」

「まて、君、今は僕が彼女に話しているんだ。だか『へぇ~そう。だったらいろいろ花なんか作ってよ。上手くいったら香水の材料に出来るかもしれないしね』

「いいかい。君が横から出てきて彼女が『モンちゃんはホント香水すきだなぁ~。でも香水作るとなると、えれぇいっぱい花がひつようだっぺ?』

「ちょっと君、人の話を聞いている『それは大丈夫よ。私だったらふつうの花束ぐらいの量があれば作れちゃうから。ジョルジュだったらすぐに咲かせれるでしょ?』

「なに?じゃあ君があの変じ『オラ、神様じゃあるめぇしそんなすぐには作れねぇだよ。モンちゃん相変らず地味にキツイこというだなあ』

「フンッ。噂どお『あら?みんなの笑顔で十分やる意味はあるんでしょ?私の笑顔だけじゃ物足りないって?』

「だ『それ言われると何も言えねぇだよ~。まあ花植えてぇっては思ってたし、気長に待っててよ。』

『ありがと。楽しみにまってるから』

ジョルジュとしては学院に来てすぐに親友と会えたことで十分嬉しかった。それになによりモンモランシーにいったあの時の言葉には偽りがなく、今でもそう思っている。
だからこの時彼は、普段領地では見られない花を咲かせていこうと決めたのだった...



「勝手に終わらすなーー!!人の話を聞けェーーーーー!!!!」

「「あ、ゴメン(だよ)なさい」」



[21602] 7話 それぞれ思うこと(後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 20:27
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは学院に宛がわれた自分の部屋で、ヴァリエール家から持ってきた魔導書の一冊をめくっていた。
その本は幾度と読まれたのか、ページの所処がかすかに汚れていた。
ルイズは本をめくりながら、静かに溜息を吐いた。
自分は何度この本を読んだのだろう。もう開かなくても書いてあることが分かるぐらいなのだ。初めて読んだのがいつの頃かももう覚えていない...


私は貴族であるのに魔法が使えなかった...



お母様はかつて、「烈風のカリン」として魔法衛士隊の隊長を務めていた。その血を引き継いで産まれてきたエレオノールお姉さまは今では王立魔法研究所の研究員として国のために働いている。ちぃ姉さまだって、今は体の具合が悪いけど、トライアングルクラスの魔法を使うことができる。

私だけ...私だけが魔法を使えないなんて...

私は知っている。他の貴族や、領内の平民も、使用人でさえも、陰で私の悪口を言っていることを...。「貴族のくせに魔法も使えない」・・・・

お父様は「私の小さなルイズ、魔法が使えぬことを気にするな。魔法が使えようが使えなかろうが、お前は私の大事な娘なのには変わりない」って言ってくれたけど、

ちぃ姉さまは「ルイズ、焦らなくていいのよ。きっといつか魔法が使えるようになるから...」
って言ってくれたけど、その優しい言葉が余計私の心に傷を刺す。

嫌だ、嫌だいやだいやだいやだ!!私はヴァリエール家の三女なのだ。
今日から魔法学院の生徒となったのだ。きっと魔法を使えるようになってみせる。そして周りから認めてもらうんだ!!

バンッっと強く本を閉じたのと同時に、ふと、窓の外から声が聞こえた。ルイズは椅子から立ち上がり、窓のそばによって外を見た。
窓から下を見ると、貴族であろう少年がシャベルを使って土を耕しているのが見えた。

あれは確か...ジョルジュだっけ。以前、屋敷に両親と一緒に来ていたのを一度だけ見たことがあるわ。
貴族の息子なのに畑仕事をする...私にはわからない。貴族なのに平民の仕事をするなんて、考えられないわ。でもなんだろう、すごい楽しそうね...

ルイズはジョルジュと顔を合わせたのは一度きりである。実際に彼の顔を覚えてはいなく、土をいじっているその姿を見てやっと記憶から出てきたほどなのだ。しかし、彼女はなぜだか無性に、外にいるその少年と話をしたくなった。


彼は私のことを覚えているだろうか。


ふいに彼女はそう思い、少年に声が届く場所へ、寮を出ようと窓を離れ、自分の部屋のドアを開いた。








キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは開けた窓からその赤い髪を風になびかせ、下で土をいじくっている貴族?な少年を観察していた。

「変な子もいるものねぇ~。顔は人並みみたいだけど、土を耕す貴族なんて聞いたことないわね。それともトリステインじゃあれが流行ってるのかしら?」

歳の割に大人びた雰囲気と容姿を持つ彼女は、トリステインの出身ではなく、トリステインから北東に存在する国、ゲルマニアから留学してきた。

かつてキュルケは、ゲルマニアにあるヴィンドボナ魔法学校に通っていたのだが、そこではいろいろと問題沙汰を起こしており、その後もいろいろとあり、半ば逃げるようにトリステインへ来たようなものなのである。
(キュルケ本人は全く意に関してない)

「彼、土の扱いは上手でも女の扱い上手くなさそうね...まあ暇な時にでもからかってみようかしら」

キュルケはそんなことを考え、外へ出ようと窓から離れた。ゲルマニアの女性は、トリステインの女性と違い積極的だと言われている。キュルケもご多分にもれず、まだ寒さが残る春の夜に、自分を温めてくれる殿方を探しに行こうとしたのであった。

キュルケがドアを開けて廊下に出ると、向こうのほうで、階段を降りていく、桃色のブロンドが目に入った。

「あれはヴァリエールの...」

そう呟きながらキュルケが階段に向かって歩き始めたとき、ドンッと真正面に、誰かとぶつかった様な衝撃を受けた。
キュルケは左右に顔を動かして何とぶつかったのか確認しようとしたが、彼女の前には誰もいない。ふと、目線を下へ動かすと、青い髪の小さな頭が目に入ってきた。
その頭が下に下がると、眼鏡をかけた少女がキュルケの顔を見上げている。キュルケは自付と同じ色のマントを付けているのを見て、自分と同じ新入生だとは分かった。

(この子何歳なのかしら・・・15、6には見えないわね)「あ、あら、ごめんなさい。」

キュルケがそう言うと青髪の少女は少し何かを考えるような顔をし、やっと聞こえるかどうかの声で

「・・・・いい」

とだけ呟き、さっさとキュルケとは反対側のほうへ歩き出しっていった。

「アッ、待って!!」

キュルケはさっと振り向いて彼女を呼び止めた。なぜそうしたのかキュルケ本人も分からなかった。いままで会ったことのない、その少女の雰囲気に興味が湧いたのかもしれない。

「あなた。トリステイン出身じゃないでしょ?雰囲気でわかるもの。私キュルケっていうの。あなたの名前は?」

少女はスッと立ち止まり、まるで呼び止められたのが珍しいような顔でキュルケを見ていたが、やがてその小さな口を開いた。

「・・・・・・タバサ」

「そう、同じ学年同士、これからヨロシクね。タバサ」

するとタバサは表情を変えず、そのままキュルケに背を向けて歩いていってしまった。しかし、キュルケにはそんな彼女が、笑っていたように見えたのだ。

「・・・・フフッ、なんだかこっちは面白そうね」

キュルケはこれからの生活にかすかな期待を予感し、そして当初の目的を思い出して階段へと急いだ。








「オスマン校長、今年の新入生が全員寮に入ったとのことです」

魔法学院の中にあるひときわ大きい一室で、ジャン・コルベールは椅子の背もたれに寄りかかり、水タバコをふかしている老人、魔法学院校長オールド・オスマンにそう報告した。
その一室「校長室」には机が2つ置かれてあり、一つはオスマン校長の席であるが、もう一つの机の主人は、今は部屋を出ている。

「オスマン校長、ミス・ロングビルはどちらへ?」

「おお~。ミス・ロングビルなら女子寮のほうへ行って寮の様子を見に行ってもらっとるよ。ワシが行こうとしたんじゃが、「私が行きます」っていってのぉ~。ところで、今年の生徒はどうじゃね?ミスタ・コルヘーヌ」

「コルベールです。器用に間違えないでください。てかそこまで言えるんだから、間違えないで言おうよ。今年も例年と同様な人数ですオールド・オスマン。留学生も数人いますが、みんな無事に寮に入りましたし、問題はないと思います。」

「フム、そうかそうか。しかしコルペーヌ君。今年もあのドニエプルの息子たちが入ってくるのを知っとるじゃろ?」

「コルベールです。いい加減訴えますよ。ええ知っていますよ。しかしそれがなんだと...」

「ワシには隠さなくていいんじゃよぉ?コルベル君。実際、今日入ってきた弟たちが「どっち」に似ているかはお主たち教師たちには気になるトコロなんじゃないかのぉ?」

「ヴェル君とマーガレット君ですね。‘止水’と‘酒客’の二つ名で呼ばれて、それぞれの学年で有名ですからな。しかし、二人とも極端な性格ですからね、どちらも優秀な生徒なのですが...」

「ホッホッホ、先生たちは二人に手を焼かされてたからのぉ。今度の弟たちはどんな子たちか話題にしとったじゃろ。特に末の弟は、かなり変わった性格だと聞くぞ」

「私から見ればどんな子でも同じ生徒ですよオールド・オスマン。他の先生方は分かりませんが、私は分け隔てなく見ますぞ」

「ホッホ、さすがはゴルベール君じゃ。明日からが楽しみじゃわい」

そう呟いて笑ったオスマンの口から、紫色の煙が噴き出された。それは風船のように宙に舞い、窓の外で輝く双月を隠すかのように部屋の中を踊った。





 




 土は肥え、種もそろいつつ、


 そして種は物語を作る芽を出す



 様々な種は幾重にも物語を生み、

 時として彼らが予想もしない結末を咲かす



 それを知るは空で見つめている太陽と双月のみ


そしてジョルジュの物語はひとつの年を重ねてから伸びていくのです



[21602] 8話 春は始まり、物語も始まる
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 02:00
まだ夜も明けきらない早朝、トリステイン魔法学院にそびえる5つの塔が、まるで朝の光を一身に浴びようとするひまわりのように建っている。その中の一つ、土の塔の下を一人の女性が歩いていた。


同年代の女性では比較的、背の高い方であろうその身体は寝間着のままであり、下は裸足であった。
女性の足は歩くごとに左右に揺れ、地面につきそうに伸びている長い髪は、まだ明けきらない朝の闇に紅く光っていた。

右手にはワインの瓶だろうか、既に栓が抜けているその中身はほどんどなく、左手にはまだ栓が抜けていない小瓶が持たれていた。

しばらく歩くと、彼女は目当ての人物を見かけた。目的の人物は石で囲まれた花壇の前にいた。花壇の4分の1の広さに立てられた数本の木の棒には、弦を絡ませて実をつけている植物が育っている。その実をもいでいる少年の顔には、幾つもの傷痕があり、短く切られた髪は女性のものと同様、紅く光っている。

女性は少年の元に近づいていった。朝特有の涼しい風が、女性の長い髪を少し揺らした。


「あんたも朝からよくやるわね~」

少年は女性の声に気づき、額についた汗をぬぐって彼女の方を向いた。

彼女を見た少年は、寝間着に裸足の彼女を見て半ばあきれたような声を出した。


「マー姉...いくら朝早いからってその格好はないよ~」

「いいのよ...これから寝るし」

「寝るの!?ちゃんと朝食までに起きれるんだか!?」

「あんな重い朝食なんて私にとって飾りよ。私の主食はワインだから...」

「ちゃんと食べるだよ!!てかこんな朝早くからまた飲んでるだか?ものすごい酒臭いだよ」

「「から」じゃなくて「まで」よ。失敬な」

「余計悪いだよ!!どんだけ飲むんだか!?」

「いいのよ。‘酒客’のマーガレットにとって、お酒は命の源みたいなものだから。それよりジョルジュ、アンタ来た時に比べて大分訛りが抜けたんじゃない?来た時のあんたはドニエプル弁アリアリだったからね~」


そう言ってケラケラ笑っている女性、マーガレット・ティレル・ド・ドニエプルの奔放さは今に始まったことではないが、少年、ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプルは少し溜息を吐いてからフフッと笑った。そして目の前にいる姉にこう答えた。


「もうここへ来てから一年たつだ。みんなと一緒に過ごしてたら、やっぱり馴染んでくるだね。自分でもびっくりしてるだよ。しかし...マー姉はこんな朝早くからなんでココに来たんだか?」

マーガレットは自分の左手に持っていた瓶を前に突き出し、右手にある酒瓶から一口だけ飲んでから、自分の弟に答えた。


「ホラ、あんた今日は使い魔召喚の進級試験でしょ?ノエルならともかくあんたは失敗はしないだろうけど、一応景気づけとお祝いを兼ねてのお酒よ。この時間なら大抵アンタはここにいるからね。コレ渡すためにここまで来たの。」


「あ、ありがとうだよマー姉。だけどコレ大丈夫だか?栓が閉まってるのに、アン婆ちゃんの口の臭いがするだよ...」


「名酒ほど臭いはキツイものよ。まあ、もっとも私のオリジナルのお酒だから。試飲も兼ねて、飲んだ後に感想をよろしくね」


「心配だよ~。なんだこれ?まだ栓も開けてないのにドキドキするだよ...」


弟の心配を他所に、マーガレットはケラケラ笑って踵を返すと、「じゃあ頑張りなよ」とだけ言って、その場から動いた。
魔法で飛んで帰ればいいのに、杖を忘れたのか揺れる足取りでジョルジュから離れていった。


ジョルジュはマーガレットが視界から消えたことを確認すると、異様な臭いのする瓶を地面に置き、まだ終わっていなかったヘチの実の残りをもいでいった。






トリステイン魔法学院では春の季節、新しい新入生が入ってくるのと同時に、「召喚の儀式」と呼ばれるものが行われる。
学院で1年間過ごした生徒が、2年生に上がれるかの進級試験でもあるこの儀式では、毎年生涯のパートナーとなる使い魔が召喚される。
そのため、生徒の学院生活の中ではかなりの重要度を占めており、当日となればだれが何を召喚するかしたかの話題があちらこちらで聞こえてくるのだ。


そんな、進級試験を受ける一人であるモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、召喚の儀式をする場所とは反対側の場所にいた。

「モンちゃんお待たせだよ。」

歩きながら彼女に声をかけたのは、先程まで花壇の土に水をかけていたジョルジュであった。彼は、召喚の儀式が始まる直前に、この花壇の土に水をやりに来ていたのだ。集合場所にいないことを知ったモンモランシーは、彼がいるであろう学院の花壇を2,3か所探し、ようやく見つけたのだ。


「ちょっとジョルジュ!!あなたもうすぐ儀式が始まるわよ!!あなた結構最初のほうなんだから急がないと!!」


「えっ、もうそんな時間だか?結構時間掛っちまってだよ」


「もう、今日は水やりを早めに済ましときなさいって言ってたのに...」


そう呟いたモンモランシーに、苦笑いを浮かばせながら、申し訳なさそうにジョルジュは謝った。

「ごめんだよ。あっ、そう言えば向こうの花壇で植えてたヘチの実を朝に収穫しただ。今日の夜でもモンちゃんの部屋に持っていくだ」


「あら、ありがとう。これでヘチの実の化粧水を作ることが出来るわね。少しはまとまったお金が出来るから...新しい原料でも買いに行こうかしら」


「モンちゃんなんだか逞しくなっただな~。昔からは考えられないだよ」

そう言ったジョルジュから顔をそらし、モンモランシーは遠い場所を見て、何かを悟ったかのように言葉を漏らした。





「女はね、一度やると決めたらトコトンやる生き物なのよ...」






一年前の夏、モンモランシーが実家に帰郷して、屋敷で過ごしてた時、ある日の朝食で母が彼女にあの時と同様な口調で語りかけてきた。


「モンモランシー、ぶっちゃけ我が家の家計は相変わらず火の車です。それなのにあなたったら玉の輿の「た」の字も出てこないような雰囲気。やる気あるのですか?全く」


「ホンキで言っているのですかお母様!?」


モンモランシーは少しキレ気味で母の言葉を確認した。冗談じゃない。入学のときに決めたのだ。自分の将来の相手は自分で決めると。この母の言うとおりになるのは本当に嫌なのだ。


「お母様、私は学校へ男を漁りに行ったのではありません。立派に自立できるよう、貴族として、メイジとして必要なことを学びに行っているのですよ」


「まだそんなことを言っているのですか。いいですか。わがモンモランシ家では男どもはぶっちゃけ役立たずです。アホ共は無視して、お金を持っている家に嫁いでいくことが、家を存続させるための唯一の方法なのです。自立されたらぶっちゃけ困るのです。主にわたしが」


「だからお母様も少しはまともな商品を作ってよ!!知ってるのよ。うちの化粧品店の売り上げの8割は、私が作った香水だってこと。そしてお母様の商品は全然売れてないってことも。なによ、こないだ発明したっていう「付けチクビ」って。なんでワザワザあるものを付けようとするのよ!?」


「時代はゲルマニア女性のような「エロス」に突入しているのですよモンモランシー。ドレスや服の布越しに見える...男はそんなところに心を打たれるのです。」


「ただの変態じゃないのよそれ!!どんな貴族よ!?とにかく、自分の相手は自分で見つけます」


「まあ、私としてはお金が入ればぶっちゃけ誰でもいいのですが...」


「ウっさい!!もうヤダこの家。絶対卒業と同時に自立してやるわ!!」


そして彼女は、卒業と同時に自分の商品を扱う店を持とうと決めたのだ。そこで彼女は実家から帰ってきてから、開業資金をためるようになった。
そのために現在、ジョルジュを巻き込んで学院内で自分が作った化粧品を販売しているのだった。
化粧品の材料となる植物を、ジョルジュに頼み込んで作ってもらっている。最初は戸惑ってた彼だが、

「変わったものを育てるのも楽しいだよ」


とヘチの実をはじめ、美容効果のある野菜や植物を作ってくれている。もちろん香水の原料となる花だって彼が育てたものだ。(母とは違い、売上の一部はジョルジュへ渡している)


そんな風に、貴族というよりも商売人として成長しているモンモランシーは、ふとジョルジュが持っている小瓶に目をとめた。


「ジョルジュ、あなたそれ何なの?なんか変な臭いするんだけど...」


「これか?今日の朝にマー姉からもらっただよ。なんでも景気づけに飲むお酒だって。変な臭いするけど...」


「ちょっとホント臭いわよそれ!!なんか魚臭いんだけど!?」


「ほんとに飲めるかオラドキドキだよ。正直召喚の儀式よりもこれを飲む方が緊張するだ」


「そうね...それ飲んだら出来るものもできなくなりそう...ってもう時間じゃない!!ほらっ、もういくわよ」


モンモランシーはジョルジュの瓶が握られていない方の手を取ると、生徒たちの集合場所へ向かうためにフライを唱えた。
引っ張られて浮かんでいくジョルジュも慌ててフライを唱え、二人はともに目的の場へ飛んでいったのだった。


その光景を、教室の窓からのぞいていたのは姉、マーガレットであった...



「へぇ、季節と一緒にあの子にも春がきたのかなぁ...フフフッ」


「ミス・マーガレット!!授業に集中しなさい!!」


「・・・ほ~い」



[21602] 9話 召喚の儀式
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/05 20:24
モンモランシーとジョルジュが集合場所に着いた時、既にあちらこちらに学院の生徒が集まっていた。各々グループを作って話していたり、一人でいたりする者もいる。
皆それとなく緊張しているのだろうか、普段とは違う空気が立ち込めている。


「いや~間に合って良かっただよ~」

「アンタが遅かったからでしょ。ほんと間に合って良かったわ。あっ、向こうでコルベール先生が出席を確認しているから行きましょ」


2人は20メイル程先にある、とりわけ生徒が集まっている場所へと歩いていった。その集団の中心には、今回の儀式の責任者でもある教師、ジャン・コルベールがおり、羊皮紙に出欠の確認を書いていた。羊皮紙には、今年で2年生となる学生の名前が書かれており、この場にいる者には名前の横に丸印を記している。もう、ほとんどの生徒がいるらしく、丸印が付いていない名前はジョルジュとモンモランシーの二人と、数名程度であった。


「コルベール先生!!今きただよ~!!」


「ん、おおっ、ミスタ・ドニエプルとミス・モンモランシですね。君たちも来たと・・・っと、そうなるとあとは3名ぐらいですね」


「先生、あとどれくらいで始まるだか?」

「みんなが揃い次第、説明をしてから始めますよ。召換は一人ずつ行いますので、呼ばれるまでは、比較的自由にしてくれても大丈夫ですぞ」


「分かっただ。ありがとう先生。」


2人がコルベールのもとを離れ、どこか腰かけるところはないかと探していると、数本の木が生えているその下に、見知った姿の女生徒がいた。



同じ場所をぐるぐる行ったり来たりして、何かブツブツ言っている。彼女の特徴でもある桃色がかかったブロンドの髪は、歩くごとに左右に揺れていた。

「・・・・・おおっ、ありゃルイズじゃねーだかよ。何やってるんだあ?そこらへん行ったり来たりして」


「あの子なりに悩みまくってるんでしょ。ちょっとあっちに行きましょ」


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは今日の召喚の儀式の手順を、昨日から今に至るまで何度も確認していた。
今日の召喚の儀式は、一年生である彼女たちの進級試験も兼ねている。これで成功しなければ2年生に上がることができず、学院を去らなければならない。
それはヴァリエール家という大貴族の娘として産まれてきた彼女にとって、あってはならないことであった。ルイズは、この一年間における授業の成績は目を見張るものがあった。座学においては学年の中では1,2を争うほどの出来だ。
しかし、彼女はこの学院での生活の中で、魔法を成功したことはなかった。コモンマジックも系統魔法も、彼女が唱えるといつも爆発を起こしてしまう。

そんな彼女はいつしか、魔法の成功率ゼロ、「ゼロのルイズ」と呼ばれるようになっていた...





・・・よし、召喚の手順は完璧に覚えたわ...今日は何が何でも成功させてやるんだから!!由緒あるヴァリエール家の娘として、立派な使い魔を召喚してみせるわ。
そしたら誰も、私の事を「ゼロ」なんて呼ばせないんだから...!!


彼女の気持ちは時間と共に徐々に張りつめっていたのだが、そんな時、不意に彼女の背中から声がかかったのであった。


「あんた、なにそんな緊張しているのよ?」

「ルイズ、オメェ一人で何ブツブツつぶやいとるだぁ?」


ルイズが振り向くと、目の前にはモンモランシーとジョルジュ、いつもの二人組がいた。モンモランシーはこちらを心配するような目つきで、ジョルジュはいつも通りの、少し気の抜けた顔をこちらに向けていたのだった。




ジョルジュとモンモランシーは、ルイズにとって気の許せる数少ない友人であった。ジョルジュとは小さい頃には一度会っているのだが、学院に入学するまでに2人は再び顔を見せることはなかった。再び出会ったのは魔法学院の寮に入った日。寮の窓から下を眺めた場所に、ジョルジュが土を耕しているのを見て、彼女はかつて屋敷にきた少年の事を思い出した。
そして、彼と無性に話したくて、寮を出て少年に話かけた時のことを今でも覚えている。


「ちょっとアンタッ!!」

「ん?」

「わ、わたしのこと覚えてる?」

「なにさ急に...ってあっ、オメェたすか、ヴァリエール公爵んトコの娘さんでぇ~ルイズじゃねえべか?」


お、覚えててくれたっ!!



「フ、フンッ。良く覚えてたわね!!まあ由緒あるヴァリエール家の娘だから覚えてて当然でしょうけど...」

「だって~オメェさん...オラがオメェさん家に行った時、お姉さんだか?ほっぺ引っ張られて泣いてたでねぇかよぅ。忘れられねぇだよ~」


「そ、そんなことはいいわっ!!もう忘れなさい!!...それよりもあんた、入学初日に土いじくって何してんのよ?」


「モンちゃんがさ~。香水のための花育ててほしいっつてだな、先生に許可さもらって幾つか花の種蒔いてるだよ」


「誰よモンちゃんって...」


その会話がきっかけとなり、次の日から二人は気軽に話すようになった。やがてジョルジュの紹介もあって、モンモランシーとも知り合いとなった。それからルイズが落ち込んだ時や、魔法に失敗して落ち込んでいた時に、二人が励ましてくれるようになった。


「モンモランシーにジョルジュ...フ、フンッ!!別に緊張なんかしてないわよ!!」


「そう?どうでもいいけどアンタウロウロし過ぎよ、アンタが歩き回ってたところなんか草がなくなって道になってるわよ」


「そ、そんなわけないでしょ!?それよりも何しに来たのよ!!」


「ホラ、召喚の儀式が始まっても、順番が来るまで時間があるでしょ?だから話相手にでもなってもらおうかなって...」


「しょ、しょうがないわね...いいわ。私の番が来るまで話相手になってあげるわ」


若干顔を赤くしながらルイズはそう言うと、おもむろにジョルジュの方を向き、指をさし言った。

「ところで、私の心配よりもあんたのお兄さんを心配した方がいいんじゃないの?ジョルジュ。あれを見なさい。アイツの周りだけ空気が沈んでるわよ」

そしてルイズはジョルジュから指をそらし、別の方向を指した。3人の場所から離れた先には、膝を曲げ、腕で両足を抱え込んでいる、いわゆる体育座りのような体勢をとってしゃがんでいるモノがあった。

マントを着けていなければメイジとは分からないだろう。
頭から生える白い髪は、顔が隠れるほどに伸びており、表情は確認できない。しかしなにかを呟いている声だけはしており、2メイル周辺の空気は若干黒いオーラを漂わせていた。

「ノエル兄さは大事な行事となるといっつもあんな感じだよ?ああやって一人の世界に入り込まないと死にそうになるって子供の時に聞いたことがあるだ」


「なによソレ!?どんだけ心が弱いのよ!?」


「何でもあのせいで、学院に入るのが一年遅れてしまったって、母様言ってただ」


「まあ...あんな感じじゃあ貴族としてというより、人として大丈夫か疑いたくなるわね...アンタのお姉さんといい、なんであんたの家ってこう極端な人が多いの?」

モンモランシーがジョルジュにそう尋ねると、ジョルジュはケラケラ笑いながら言った。


「そんなこと言うなだよ~みんな個性的なだけさ~」


「「個性的すぎるわ!!」」





ジョルジュの一つ上でもある兄ノエルは、生まれつき極度の臆病、人見知りであった。
それは成長するにつれてだんだんひどくなり、屋敷の者としかうまく喋れないどころか、顔を合わせるのもできなくなってしまった。
そんなノエルは、自分とは正反対の性格である弟をうらやましく思うと同時に、弟の周りに自然と人が集まっていくことに嫉妬を覚えるようになった。
そのため、貴族らしからぬ行動をするジョルジュを「貴族の恥さらし」とよく呟いているのだが、母にはよく「あんたは人としてヤバい」とよく言われていたのだった。
彼もジョルジュと同様、15歳の時に魔法学院へ入学する予定ではあったのだが、家を離れる恐怖と、学校生活での心配に過剰になりすぎてしまい、結局、屋敷を出ることすらできなかった。


それから一年たって、ようやく本人が学院へ行く心の準備が出来たというので、弟のジョルジュと共に魔法学院に入ったのだが...一年たっても性格は変わらず、友達と言えば時折話しかけてくる数人の男子だけであった...


そんなノエルを見た三人の話は、今年入学したジョルジュの妹に話題が移っていた。モンモランシーが今気づいたかのように言った。


「そう言えばお母様から聞いたんだけど、あなたの妹今年入学してきたんでしょう?もう1年生の間じゃ話題になっているじゃない」


「ステラのことだか?ステラは頭がいいからな~。きっとうまくやれっと思うだよ」


「ちょっ、あんた妹もいるの!?いったい何人兄妹いるのよ!?」

ルイズはジョルジュの兄妹に関しては、上の兄と姉だけしか知らなかった。なので妹もいると知った彼女は眼を見開いて驚いた。

「ん~ヴェル兄さとノエル兄さだろぅ。あとマー姉とステラにサティっていう11歳の妹もいるだよ。サティも今年入学する予定だったけど、ヴェル兄さがそれを中止させただよ」


「じゅっ、11歳で入学!?そんなの前代未聞よ!!そんな幼い子が学院で生活できるわけないじゃない!!」


「サティは並の11歳じゃねぇだよ。それに母さまは育児を放...早く自立させるために学院に入れようとしたんだよ。だどもヴェル兄さが実家帰ってきてそれ聞いたら、「魔法学院はそんな甘いトコロじゃないっぺ!!」って母さまに言ってな、今はヴェル兄さがサティの家庭教師になってるだよ」


「あんたのトコロのお母さんもトンデモない人ね...」


ジョルジュの話でルイズが彼の家族にあきれた時、「皆さん静かに」と教師のコルベールが生徒たちの真ん中に立ち、話を続けた。


「全員揃いましたので、今から召喚の儀式をとり行いたいと思います。落ち着いて、みなさんがいつも通に魔法を行使すればきっと成功します。それでは今から名前を呼ばれた者はこちらに来てください。召喚の儀式を行ってもらいます。」


コルベールが一人目の名前を呼んだあと、ルイズはモンモランシーとジョルジュの方に再び顔を向け、二人の顔を見つめながら、虚勢を張るように言った。


「まあ、せいぜい失敗しないようにすることね。」


「それはアンタでしょ?ルイズ」


「なに言ってるのよ!!見てなさい!!クラスで一番素晴らしい使い魔を召喚してやるんだから!!」


「ハイハイ。せいぜい気張りすぎて失敗しないようにね」


「ルイズもモンちゃんもきっと成功するだよ。オラも二人に負けねぇよう頑張るだ」


三人がそんな会話をしている頃、広場でうずくまっているノエルからは、相変わらず消え入りそうな声が出ていた。

「・・・・もうやだ死にたい死にたい絶対失敗する失敗する失敗する失敗する畜生ジョルジュの奴め奴め奴め奴めああああんなに女の子と女の子と喋りやがって喋りやがって畜生畜生畜生おれも話したい話したい話したいくそくそくそくそくそもうやだ生まれてきてすいません・・・」


ちなみに彼の番は結構、最初の方だったりする。








「トコロでさっきから気になってるんだけど...ジョルジュアンタなに持ってるのよソレ?すごい臭いんだけど!?」


「これか?マー姉に景気づけにってくれたお酒だども...」

「ちょっとソレ、ホントにお酒なの!?栓が閉まってるのに暑い日の時のマリコルヌの臭いがするわ!!」



[21602] 10話 新しき仲間、友達、使い魔
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/06 22:09
「じゃあ、こうしましょう。自分の名前が呼ばれた人から順に、これを飲んで行くってことで...」

「嫌よそんなの!!そんなの飲んだら召喚どころか、立っていられるかも疑わしいわ!!」

「ルイズは大げさだよ。マー姉は臭いがきついほど名酒だって言ってただ。きっと味はいいだよ」

「無理よムリムリ!!そんなの無理よ!!絶対飲めないわ!!」


召喚の儀式は順調に進み、既に半分の生徒が使い魔を召喚していた。召喚された使い魔は、生徒一人一人によって様々であり、尻尾に火が付いているトカゲや、中には風竜を召喚した者もいた。
ちなみにジョルジュの兄であるノエルも召喚に成功し、体長10メイルはあろうかという巨大な蛇、紅鱗のコアトルを召喚した。

そんな彼は現在、隅っこの方でコアトルに巻きつかれている。


そんな中、ルイズ達3人は、マーガレットから渡されたお酒をどうしようかと話していた。


「せっかくマー姉からもらったものだし...オラ、ためしに飲んでみるだよ」

「ちょっと本気で言ってるのジョルジュ!?こんなの飲んだら死ぬわよ!!」

「死ぬんだか!?」

「ちょっとルイズ落ち着きなさいよ。いくらキッつい臭いがするからってたかがお酒?よ。いくらなんでも死にはしないわよ。それにジョルジュが飲みたいって言ってるんだから飲ましてあげましょう」

「あんたも何言ってるのよモンモランシー!!あんたの恋人が死ぬかもしれないのよ!?」

モンモランシーは顔を赤くし、「バカッ!!」と言いながらルイズの背中を押して、ジョルジュと少し離れた場所までいき、ヒソヒソ声でルイズに話し始めた。

「だ、だ、誰が恋人よ!!そ、そんな...そんなんじゃないんだから。ってなに言わせんのよ!!いいルイズ。あんた、なんだかんだ言ってるけどあなただってあの瓶の中身に興味はあるでしょ?誰かしら毒味すればどんなお酒なのか分かるんだからちょうどいいじゃない。仮に死ぬほど不味かったとしても、私たちは安全だし...」


「モンモランシー...あんた結構腹黒いトコロあるのね...まあ、確かにあのお酒を持ってきたのはジョルジュだし...そうね。本人に味見してもらいましょう」


「二人とも~。オラに隠れてなにコソコソ話ししとるだよ?」


「な、何でもないわ!!そ、そ、それよりジョルジュ!!いいわッ!!あんたソレ飲んでみなさいッ!!」


「そうするつもりだよ。どしたんだ急にルイズ?...ああ、だどもいざ飲むとなると、なぜかドキドキしてきただよ」


ジョルジュは若干震える手でその小瓶の栓を開けた。
開けた瞬間、瓶の口から紫の煙がでたように見えたが、ジョルジュは気のせいであると思いこんだ。不思議と、栓がされていた時でさえも尋常ではなかったあの臭いは、ふたを開けた瞬間には何も感じなくなった。実際はあまりの異臭に、ジョルジュ本人の嗅覚が麻痺してしまったのだが...


「あれっ?なんかなんにも臭いがしねぇだよ...さっきまでアン婆ちゃん(80)の口の臭いがあんだけしたのに...慣れちまったのだかなぁ?だども...いざ蓋を開けてみると、やっぱり怖いだなぁ...」


ジョルジュは若干躊躇したが、女の子に行ってしまった手前、止めるわけにもいかず、エイヤと目を瞑り、瓶の中の液体を三分の一程度、口に流し入れた。その光景を、ルイズ、モンモランシーの二人は心配そうに見つめている。


「ジョ、ジョルジュ...どうなの?大丈夫?」


「ちょ、ちょっと。あんたなにか言いなさいよ...」


2人の少女は、中身を飲んでから全く反応のないジョルジュに声をかけたが、ジョルジュ本人には何も届いていなった。彼は飲んだ酒のあまりの味のキツさに、彼の魂は遠い昔にトリップしていたのだ。


あ、あれは...オラが高校ん時の...ああ、あの時も~進級試験で~苦労しただ~っけ~な~ぁ~~~...






『オオ~ミスターゴサク。アナタノタンイハ、トッテモアブナイデ~ス。コノママデハシンキュ~ガアヤウィデ~ス』


『そ、そんな!?お願いだよミハイル先生!!何とかしてほしいだ!!』


『ソレデハワタシノ「システマ」カラノガレルコトガデキタラ、タンイヲアゲマショ~』


『えっ?ミハイル先生?何で急に軍服に着替えるだか?えっ、てか今から?ってちょっ!!待つだよミハイル先生~ッ!!!』


『ワガソコクノセントージュツカラノガレルコトハデキマセ~ン。オトナシクリューネンスルデ~ス』


『おおお~ッ!!ミハイル先生~ッッッ!!』






「ミ、ミハイル先生ぇ...」


「ちょっとジョルジュ!!あんたこっちに戻ってきなさい!!誰よミハイル先生って!?」

「はッ!!お、オラは一体!!」


「あなた、それ飲んでから白目剥きながら立ってたのよ?大丈夫?なんかミハイルミハイルって言ってたけど...」


「す、少し昔に戻ってたような...あ、どうやらオラの番が来たようだよ。ちょっと行ってくるだぁ」


揺れる足取りでジョルジュは、コルベールのもとへ歩いていった。そんな様子を後ろから見ていた2人は、地面に置いてある兵器・・・もとい酒瓶の蓋を閉め、二人はその場から移動した。




「あれは、人が手を出してはいけない禁断の果実なんだわ...」


「そうねルイズ。きっと、あれは始祖ブリミルとかが飲むものなのきっと...私達ごときが手を出してはいけない代物なのよ...」


彼らがいた場所には、少し中身が減った瓶だけがさびしく置かれていた...






「さて、では次はミスタ・ドニエプル...ってジョルジュ君大丈夫ですか!?顔色が悪いですぞ!?」


「だ、大丈夫だよミハイ・・・コルベール先生ぇ...やれるだぁ」


幸い彼は飲んですぐにトリップしていたので、飲んだ量はそれほどでもなかった。それでも、まだ頭に残る虚脱感を振り払うと、彼は深呼吸を2.3回行ってから召喚のために呪文を紡ぎ始めた。
彼の周りでは、「あのジョルジュか...」「あんなやつが...」「失敗するんじゃないかい...」「くっ!!ジョルジュめ!!僕のモンランシーとあんなに...」などの声が聞こえてくるが、彼の集中力はだんだんと高まり、まるで水の底へ沈むかのような感覚で、やがて周りの声も聞こえなくなった。



「我が名はジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプル...」

そして彼独自の詠唱が後に続いていく


「五つの力を司るペンタゴン。我と出会い、そして我が運命と相対する者よ。我の導きに答え姿を現せ!!」


ジョルジュは召喚の時の詠唱に、「使い魔」を入れることをしなかった。それは「使い魔」としてではなく、これから同じ人生を歩む「仲間」を呼び出すという、彼の性格から出来た詠唱であったのだ。


詠唱が終わると同時、彼の前に空気が爆発する音と、緑色の光が発生した。その光はやがて消え、爆発の音が周囲に溶けていった頃には彼の使い魔が姿を現した。


「こ、こ、こりゃあ驚いただぁ~」






それはジョルジュと同じか、やや低いであろう一人の女性であった。しかし、その女性の四肢は茶色く、汚れており、まるで老樹に絡まる蔓のようなものが彼女の体に巻きついていた。何よりも彼女の眼は人間のそれではなく、紅く、まるでルビーのような色をしている。
そして彼女の頭からは、髪ではなく、緑色をした何枚もの大きな葉っぱが生えていた。



教師コルベールも、彼女を見て、口をあんぐりと開けて驚きを隠せなかった。


「こ、これは非常に珍しい...こんなに成長したマンドレイクは初めて見ましたぞ...」


彼女は魔術や秘薬の原料ともなる植物、マンドレイクであった。マンドレイクは地面から引き抜くときに悲鳴をあげ、引き抜いた者の命を奪う危険な植物である。マンドレイクはある程度成長すると自らの意思を持ち、地中から出てきて新たな繁殖先を探して移動するのだが、マンドレイクはどんなに大きくても20~30サント程度であるのだ。人と同等な大きさのマンドレイクは、現在では文献上のなかでしか存在していない。
ジョルジュが召喚したマンドレイクは正にそれであり、その希少さは竜すらも凌ぐのではないだろうか。


「し、しかしジョルジュ君。彼女は‘園庭’の二つ名を持つ君にはピッタリではないのかね?君は土系統の魔法が優秀であるし...土メイジとしては非常に立派な使い魔ですぞ」


「いやぁ、オラもほんとおったまげたぁ~。こんな大きいマンドレイクはオラ、見たことねぇだよ。オメェ、ホントにオラに付いてきてくれるだか?」


ジョルジュが少し緊張した声でそのマンドレイクに話しかけると、彼の言った言葉が分かるのか、コクンと首を縦に振った。


「あ、ありがとさ~。これからよろしくだよ!!」

そしてジョルジュは契約の呪文、コントラクト・サーヴァントを唱え、彼女の唇(らしきとこ)に唇を合わせた...






「いや~。やっぱ契約のためだからって、女の子とキスするは、ちょっと恥ずかしかっただよ~」


―フフフッそうですか?私は主にキスされるのは嬉しかったですわよ―


「そ、そんなこというなよ~。オラ余計恥ずかしいだ...そういやルーナってどこで産まれたんだ?」

―私はゲルマニアの山奥で産まれました。私が生まれた場所は、幸い土壌が豊かで、人が入ってこないような場所でしたので、仲間たちよりも大きく育ちましたの―


「へぇ~そうなんだか。それじゃあ、改めてこれからヨロシクな。ルーナ」


―こちらこそお願いしますわ。我が主―


ジョルジュは召喚の儀式のあと、彼は、召喚した彼女と日の光が良く当たる場所に移動し、お互いの事について語り合っていた。

ちなみにルーナというのは、彼女の種族がマンドレイクではなく、その亜種といわれる「アルルーナ」というものであり(本人談)、ジョルジュはそこから取って「ルーナ」と名付けた。


コントラクト・サーヴァントの後、彼女とは会話ができるようになった。しかし、会話といってもルーナの声は口から出てくるのではなく、直接頭に響いてくる。半ばテレパシーの一種であろうか。


そんな彼らが喋っているところに、こちらも召喚の儀式を終えたモンモランシーが歩いてきた。彼女の肩には黄色い皮膚の、黒い斑模様をもったカエルが乗っていた。



「おお~。モンちゃんお帰りだよ。召喚上手く行ってよかっただなぁ~」


「これくらい普通よ。しかしジョルジュ。あなたすごいの召喚したわね~」


「ホントに、よくおらのトコに来てくれただよ~。ルーナ。この子はモンちゃんって言ってオラの大切な友達だよ」

―ルーナです。よろしくお願いしますね主のお友達のモンちゃん様―


「友達...ね。まあ今はね..ってじゃなくて!!なに今の!?頭に何か聞こえたけど...もしかしてこの子!?」


「そうだよ。ルーナは口では話せねぇけど、喋れるだよ」


「そ、そうなの?なんだかへんな感覚ね...よろしくルーナ。私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。モンちゃんでなくてモンモランシーって呼んで」


「ええぇ~。モンちゃんはモンちゃんだよ~」


「ウっさいアホ!!」


―マスター。少しは彼女の気持ちも察するべきですわ―


彼らが、召喚した新しき仲間たちと楽しそうに喋っている時、召喚の儀式もいよいよ最後の一人を残すだけとなった。


「次、ミスヴァリエール」

コルベールの呼び声に、多少上ずった声で「ハイッ」と答えると、ルイズは緊張した足取りでコルベールのもとへと歩いた。


「お、とうとうルイズの番だよ!!一体どんなの召喚するんだかなぁ?」


「まず召喚できるかが問題ね」


―彼女も主のお友達なのですか?随分と小さいですわね―



そんな彼らの声が聞こえてくる中、ルイズは意を決したかのような顔で、杖を持ち、詠唱を始めた。









「ふふ、ヴァリエールったら。ちゃんと召喚できるのかしら...ってタバサそれどうしたの?変な臭いするわよ?」


「・・・・そこで拾った」


「ちょ、ホント臭いわ!!何それ!?離れてるのに、暑い日の時のマリコルヌの臭いがするわよ!!」


「・・・けっこう癖になる味・・・・・・お母様?なんでココにいるの?」



[21602] 11話 儀式は終わり、月は満ち
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/10 17:47
太陽は完全に沈み、代わりに、二つの向かい合った月が空に昇ってきた頃、寮の階段をジョルジュは昇っていた。

彼の肩には蔓で編んだ籠が背負われており、その中には今朝とれたヘチの実と、召喚の儀式が終わった後に摘んだハーブや花が揺れており、籠に入りきらなかったものは、レビテーションで浮かして運んでいた。
ハーブ特有の香りがついたその手には、長さ30サント程の杖が握られていた。


召喚の儀式を終えた後、コルベールは生徒に使い魔との親交を深める時間を設けた。そのため、生徒たちは皆各々の部屋へと戻り、使い魔とコミュニケーションを取ることとなった。ジョルジュも一旦モンモランシーと別れ、召喚したルーナと一緒に花壇へ行き、そこでルーナと喋ったり、ハーブや花を一緒に摘んだりしたのであった。しかし、夕方になるとルーナは「寝床はここがベスト」と言って花壇の空いている場所に潜ったかと思うと、頭の葉を外に出して眠りについてしまった。ジョルジュは唖然としたが、「植物だから当たり前か」と妙な納得をして、ルーナと摘んだハーブを自分の部屋へと運んでいった。

そして夕食後、彼はモンモランシーに頼まれていたヘチの実とハーブと花を彼女のもとへと届けに来たのだ。



しばらくしてジョルジュは目的の階まで昇り終えると、すでに何度も来た通路を歩いていった。そしてある屋の前にたどり着くと、彼は杖を持っていない方の手でドアをノックした。
しばらくするとガチャッとドアが開き、中からモンモランシーが顔を出した。入浴の後なのだろうか。彼女の顔は若干の赤みを帯び、象徴ともいえる縦のロールもしっとりと濡れている。

モンモランシーはジョルジュを部屋の中に入れると、そっとドアを閉め、くるっと彼の方を向いて喋り始めた。


「ジョルジュ、やっと来たわね。ちゃんと頼んだものは持ってきてくれた?」


「持ってきただよ。今朝採ったヘチの実だべ?それとハーブと~花をいくつか摘んできただ。これでたりるだか?」

ジョルジュは背中から籠を下し、また魔法で浮かせていた花やハーブの束も床に置いた。モンモランシーは床に置かれた収穫物をみてニンマリと笑った。


「上出来よジョルジュ。これだけあればヘチの化粧水は十分出来るし、香水の開発も出来そうね」


「モンちゃん眼が輝いてるだよ~」


「当たり前でしょ!?将来の開業資金を貯める事ができるし、新商品の開発もできるのよ?一石二,三鳥はあるわ!!それにジョルジュだって何かと都合がいいでしょ?」


「確かにそだけど...モンちゃんやっぱ逞しくなっただぁ」


「フフフッ、女は強い生き物なの。それはともかく、これからもよろしくね♪ジョルジュ」


頬をポリポリとかいて呟くジョルジュに、モンモランシーは花が咲いたような笑顔を浮かべた。そして彼の労をねぎらうためか、テーブルに置いていたワインをグラスに注ぎ、彼に渡した。



モンモランシーが入学したての頃、最初はジョルジュが育てた花で香水を作るだけであった。しかし、彼女が卒業と同時に自立を決意した後、彼女は香水だけでなく、今では化粧水や石鹸などの開発も行っている。
彼女が使用する材料は、ジョルジュが栽培した植物を使うため、こうして時々、自分の部屋に収穫されたものを運んできてもらっているのだ。


ジョルジュとしては、彼女が自分を頼ってくれるのが純粋に嬉しかったし、なにより彼女が新製品の開発に成功した時の笑顔が好きだったので、彼女に頼まれたことは大抵協力していたのだった。ちなみに、そんな仲の良い2人は、クラスの仲間たちから付き合ってると噂されている(ギーシュは「僕のモンモランシーがあんな男を相手にするはずがない!!」と主張している)が、本人たちはそれを否定している...


注がれたワインを口にしながら二人が話し合っているとき、遠くのほうから見知った声と、初めて聞く声が耳に届いてきた。ジョルジュは声がした方に顔を向き、何が起こっているかを想像しながらモンモランシーに言った。


「あれはルイズの声だなぁ~。なんかえっらい大きな声で喋ってるだよ」


「まったく...もう夜だってのにルイズったらあんなに騒いで...まあ、あんなの召喚すれば誰だって騒ぎたくもなるのかしら」


「んだなぁ...まさか人を召喚するとは思ってもなかっただよ」


そう言ったジョルジュは、目を窓に向けて、今日の召喚の儀式の事を思い返した...








ルイズが呪文の詠唱を終え、杖を振り下した時の爆発音は今でも耳に残っている。
砂埃が落ち着いてきた時に、その場になにかがいることは、離れた場所からでも見てとれた。
ルイズも成功しただぁ~とのんきに思っていたら、次の瞬間には目を疑った。

地面に倒れているのは人間だった...それもかつて、自分が呉作として生きていた世界にあった、青いパーカーを着ている。少し経つと、倒れていた者はぬっと起き上がった。顔を見る限りでは高校1,2年生くらいの少年だろうか。黒い髪と日本人特有の顔から、すぐに日本人ではないかと予想する。

ルイズが彼に語りかけた

『あんた誰?』


少年は少しの間ポカンとしてたが、やがて口を開いた。そこから出てきたのはまぎれもなく、自分の住んでいた世界の言葉、日本語であった。


『えっ、ちょっとこれなんだよ?どこだよここは...てか何語で喋ってるんだよ?』


懐かしい日本語が聞こえてはきたが、それはすぐに周りの野次に消された...

『ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?』


『ちょ、ちょっと間違っただけよ!』


『間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん』


『さすがはゼロのルイズだ!』


隣でモンモランシーも「あの子...平民を召喚しちゃった!!」なんて言ってるが、視線はあの少年から動くことはなかった。

ルイズが「ミスタ・コルベール!!もう一度召喚させて下さい!!」とコルベール先生に訴えたが、結局それは許されず、ルイズは未だに事態を把握しきれていない少年に口づけをした。少年は驚いていたけど、やがてルーンの刻まれる痛みのせいか、彼は気絶してしまった。

召喚の儀式が終わり、他の生徒たちはフライの魔法で学院に戻っていってしまった。ルイズに召喚された少年も、ギーシュがレビテーションで運んでいき、ルイズもそれに付いていってしまい、残ったのはモンちゃんと自分だけだった...


「・・・・・・って!!ちょっと?ジョルジュ?」


「んっ...ああっ!どうしたんだモンちゃん?」


「どうしたじゃないでよ。あなた、ルイズが召喚した平民の話になったとたん上の空になっちゃって...どこか気分でも悪いの?」


「な、何でもねぇだよモンちゃん...だどもルイズが召喚した子、どこから来たんだかなぁ?一度話してみてぇだよ」


「あの平民と?あなたも変なことに興味持つのね。あの平民が召喚されてからどこかおかしいけど...あなた、もしかしてあの平民のこと知っているの?」


モンモランシーはジョルジュに尋ねようとしたが、ジョルジュは「べ、別になんも知らねぇ~だよ!」と慌てて誤魔化し、そろそろ帰ると言って部屋から出ようとした。すると急にモンモランシーが彼右手をつかんで引き止め、彼のもう片方の手にガラス瓶を握らせた。そのガラス瓶は美しい形に製錬されており、中には薄紫色の液体が入っていた。


「何だべこれモンちゃん?もすかしてマー姉のお酒の残り・・・」


「違うわッ!!香水よ香水!!あなたが育てた花から作ったもの!!あなた、私の香水一度も使ったことないでしょ?だから日頃のお礼も兼ねてジョルジュにあげるわ。まだどこにも出していない新作なのよ?ありがたく頂きなさい」


そう言うモンモランシーはどこか気取った風にジョルジュを見つめていた。まるで絵本に出てくる王女様が、偉そうに家来の者に褒美を与える時のようだなと、ジョルジュはなぜかそう感じた。


「ははぁ~。ありがとうございますだぁ~。ありがたく頂戴いたしますぅ~」


彼はいかに大げさに頭を下げ、かしこまった風に香水の瓶を受け取った。モンモランシーはそれを見てニコッと笑い


「うむ。素直でよろしい」


と返事を返した。その後、顔を見合わせた2人は互いに笑い、少年のほうは扉を開いて部屋を後にした。後に残った少女の背中は、部屋のランプと、双月の淡い光でやさしく照らされていた。







ギーシュ・ド・グラモンは女子寮の一階の片隅で、とある人を待っていた。
そして待っている間、彼が恋い焦がれている少女、モンモランシーを思い浮かべては心を締め付けられ、その少女のそばにいる少年、ジョルジュを思い出しては憎しみの言葉を発していた。



「あああっ、僕のモンモランシー...君のその笑顔は妖精よりもかわいらしく、そして空に浮かぶあの月のように美しい...僕は君のその笑顔のためならば、君の盾にも杖にもなろうじゃないかぁ~」


金髪の少年は、毎年春によく出てくる変な人のような顔で、まだ誰もいないその空間に言葉を紡いでいた。
そしてその直後、彼の顔は一転して怒りに充ち溢れ、目からは火が出るのではないかというぐらい憎悪の念を燃やした。


「そ・れ・に・比べて、あの田舎者の貴族はぁぁぁッ!!僕の美しき蝶にまとわりついてッ!!あの男の土臭い臭いが彼女についたらどうするつもりなんだ!?全く、これだから辺境の貴族は...」


実際、ドニエプル家は彼の実家であるグラモン家となんら遜色ない力を持っているのであるが、彼は周りのジョルジュに対する噂と、彼の頭の中にある「西部=辺境の地=田舎」という図式が彼の見解を曇らせ、ジョルジュの事を「田舎から来た変わり者」という風にとらえている。

そんな奴に、グラモン家の4男である自分が負けるはずはないと彼は思っているのであるが、実際は魔法の実力はあちらの方がはるか上、恋した女性はあちらの方を見ていて、自分には振り向いてくれない。そんな現実が、ジョルジュへの憎しみをさらに増やしていた。それと同時に、彼のモンランシーへの思いはさらに深くなるのだった。


「待っていてくれ僕のモンモランシー、いつかきっと僕は君のそばにいくから...」


そんな彼に待ち人が階段を降りてやってきた。階段を降りてきた少女は、栗色がかった髪を肩まで伸ばし、くるりとした大きな目は、目の前にいる金髪の少年を見つめていた。


「お待たせしました...ギーシュ様...」


少し熱を帯びた声に反応して、ギーシュは彼女のそばに近寄り、先ほど想い人へ言葉を紡いだ時と同様な、やさしい声で彼女に囁いた。


「なにを言うんだ僕のケティ...君のためならば例え太陽が昇ることになっても、僕は君を待ち続けるさ...」




彼の名はギーシュ・ド・グラモン。「女の子を平等に愛することが僕の使命」と語る少年の、悲しき本性が見える風景であった...



そんなことが行われているとは知らず、ジョルジュはギーシュに遭遇することなく女子寮を出て、自分の部屋に帰ろうと外を歩いていた。
ところが男子寮にもうすぐ着くというその時、上の方からバッサバッサと翼をはためかせる音が響いてきた。ジョルジュがはてと見上げると、そこには懐かしい鷲の顔をしたグリフォンが、彼の前に降りてきた。

ドニエプル家領主、バラガンの元愛獣(現在、主人は末娘のサティ)、ゴンザレスであった。小さき頃、彼の背中から行った種まきで、再び土を耕そうと決めた思い出が、ジョルジュの胸によみがえってきた。

「ゴンザレス!!久しぶりだよ~♪元気にしとるだか?だども、一体何しにココに・・・ん?」

再会の言葉をかけたジョルジュは、古き友人の首に鎖が巻かれているのに気づいた。そして胸の方には、金属の箱が付けられている。ジョルジュが中を開けてみると、そこには一通の白い手紙が入れられてあった。
ゴンザレスは伝書鳩のごとく、ドニエプルから魔法学院へと飛んできたのであった。


「手紙...だれ宛だ..ってオラにか!?これは...ああ、母さまから来たんだなぁ~」


母が一体自分に何の用だろう...ジョルジュはその場で封を切り、中に入れられてあった羊皮紙に書かれている内容を読み始めた。
やがて手紙を読み終え、ゴンザレスに向けた彼の顔は、嬉しさと驚きとやるせなさを全て足したような表情をしていた。


「こ、こ、こ、こりゃぁ驚きだぁ~...ハッ!!いけねぇ!すぐに実家に帰る支度さしねぇといけねぇだよ!」


ジョルジュは羊皮紙を戻し、手紙をズボンのポッケにしまうと、彼は急いで実家へ帰る準備をするため、男子寮へと向かった。
しかし彼はその時、モンモランシーからもらった香水を落としたことを気付かずにいた。

新しい主人の手を離れて地面に落ちた香水は、ジョルジュの心の中を知ってか知らずか、月の光浴びて、紫に光っていた。


ちなみに、彼が微妙な表情を見せた手紙の内容とは...





我が息子ジョルジュへ

あなたがいつもお世話になっているターニャちゃんが結婚するそうです。

今週の末には結婚式が行われる予定です。

結婚式には一番親交の深かったあなたがドニエプル家の代表として出席しなさい。

この手紙を読んだらゴンザレスに乗ってすぐ帰ってくること。

遅れてきたら畑の肥料にしてやる。
                        母ナターリアより



[21602] 12-A話 ステラ、早朝、会話、朝食
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/10 23:21
みなさん。どうもおはようございます。



初めて方もいらっしゃると思うので、自己紹介をさせていただきます。

私の名はステラ。ステラ・テルノーピリ・ド・ドニエプルと申します。この春にトリステイン魔法学院に入学しました。
私の姉や兄も、魔法学院に在学しており、これからは私も、上の兄妹たちと同様、メイジと貴族に必要なことを学んでいきます。

さて、いつもならまだ寝所でまどろんでいる時間なのですが、今朝はそんな時間はありません。


実は昨夜、急に兄様が私の所に来まして、

「ステラ!さっき母さまから手紙がきてな。ターニャちゃんが結婚するって便りが来たんだよ!!オラ、家の代表ッつーわけで結婚式に出なきゃなんねぇ~から、今から実家さ帰るんだども、オラがいねぇ間、花壇と、ルーナお願いするだ」

と言われたのです。どうやら兄は村の結婚式に呼ばれたようですが...その人物がターニャさんということなので、兄様の顔色もすぐれない様子でした。
お祝い事なのに兄様の心の中は複雑なのでしょう...全く、あの人はいつも兄様を困らしますから腹立つのです。結婚なり離婚なりなんなり勝手にすればいいのです兄様を巻き込まないでほしいのですよホント胸や体にばかり栄養がいってるせいか頭の中身は1ドニエ並みすらも働かないのですからあの乳牛は........


というわけで、今朝は私が早起きをして、花壇の手入れをしに行くのです。
ちなみに、兄様の口から「ルーナ」という聞き覚えのない名前が聞こえてきましたので、私が尋ねたところ、今日の使い魔召喚の儀式で呼び出したマンドレイクの名前だそうです。「花壇に埋まってるから、他のと一緒に手入れ頼むだよ」と兄様は言ってましたが、マンドレイクは普通、山や森や墓場に生えているものです。採取はともかく、マンドレイクの世話なんてしたことない...というよりも使い魔が花壇で生えてるというのは聞いたことありませんし、非常にシュールだと思うのですが...おや、もうこんな時間ですか。


さて、必要な道具を持って出ますか...





・・・ふぅ、やはり早朝はひんやりと冷えていて気持ちのいいものですね。実家で兄様の手伝いをしていた頃を思い出します。
兄様の畑は無事に管理されているでしょうか...お父様は「心配すんな!!畑のこたぁオラに任せておくだよ!!」と言っていましたが、やはりいささか不安です。兄様を悲しませるようなことになってなければいいのですが...っとここですね。さすが兄様です。学院の花壇でこれだけの花や野菜を育てるなんて...なにしに学校来ているのか疑問に思うくらいです。

それで...ああ、あれですね。いやにバカでかい葉っぱがあります。


「おはようございます。ルーナさん?」

あっ、葉っぱが動きました。

―...おやっ?あなたは...―

ッッッ...これは奇妙な感覚ですね。頭に直接響いてくるようです。

「申し遅れました。あなたの主人であるジョルジュの妹でステラと申します。兄のジョルジュが急用で実家へと戻りましたので、代わりにあなたの世話をするよう言われてきました」

しかし...葉っぱに向かって喋りかける私はどれだけ奇妙なのでしょうか...

―主の妹様ですか。このような姿で失礼します。昨日、使い魔として召喚された「アルルーナ」のルーナといいます。よろしくお願いしますわステラ様―

「アルルーナ?マンドレイクとは違うのですか?」

―人が民族によって分けられるのと同じく、私たちの世界にもいくつかの集団があります。あなた達は我々を「マンドレイク」とひとまとめにしていますが、マンドレイクは我々の中の一つでしかありません―

そうだったのですか...知りませんでした。ところで、ルーナさんの周り(葉が出ている付近)には幾つも芽が出ております。一体何の植物なのでしょうか?兄様からは何かを撒いたとは聞いてないのですが...

「ルーナさん。あなたの葉っぱの周りになにやらたくさんの芽が出ているのですが、兄様から何か聞いておりませんか?」


―あっ、それは私の頭からこぼれた種が発芽したせいですわ。この時期は繁殖の時期なので、頭から種がポロポロ零れてくるのですよ全く―


「フケですかあなたの種は!?そこいらで繁殖させないでください」


―すみません。芽が邪魔でしたら引っこ抜いても構いませんわ。この主の育てた土はとても住み心地がいいので、そのままにしてたら勝手に成長していきますわよ―


なんて面倒なことを言ってくれるのですかこの植物は。
それに人に物事を言う時にはちゃんと顔?を見せて...とにかく兄様も知らないようですし芽は抜いておきませんと...っといけませんね。早く作業しないと...朝食に遅れてしまいます。


―ああっ、それとついでなのですがステラ様、肥料を溶かした水をまいて下さりませんか?―




・・・・・・・燃やしたろか






・・・・なんとか朝食には間に合いそうですね。まさかあれほど手間取るとは思いませんでいたわ。
芽を抜くたびに「ギャァ!!」とか「キーッ」とかいちいち悲鳴を上げますからうるさくって仕方ありませんでしたわ。それにルーナさん。私が水をやらないでいると土から出てきて勝手に飲みだしますし...出来るんなら自分でやればいいでしょうにあの植物は...そういえばルーナさんも植物のくせにかなり胸が大きかったですね...

私を困らすのは常に胸がデカイ人(と植物)と決まっているのでしょうか?


では身支度も済んだことですし、そろそろ食堂の方へ向かいますか。その前に鏡で確認と...うん。今日も髪型がバッチリ決まってます。去年は髪を編み込んでいましたが、今では背中の中ほどまで伸びましたので少しカールを入れてみました。自分でも言うのもなんですが...私の紅い髪の色に合ってますね。マーガレット姉様みたいにあそこまで伸ばそうとは思いませんが、しばらくはこれで過ごしましょうか...さて、では行きますか。


ドアに「ロック」の魔法をかけてと...おや?

「おはようございますケティさん。お隣同士とはいえ、一緒に部屋を出てくるなんて奇遇ですね」


「おはようステラちゃん。ホントに奇遇ね...ねぇ、もし良かったら一緒に食堂までいきましょう?」

この子は私の隣の部屋に住んでいる同じクラスのケティさんという方です。私と同い年で、栗色の髪が特徴的な女性です。私が入ったクラスで声を掛けてきて以来、お付き合いしています。
「燠火」の二つ名を持つ彼女とは時々お菓子などを作ったりするのですが、彼女が作るようには上手くはいきませんね...

一通りの調理本には目を通して見たのですが、それでも彼女の腕には敵いません。


「ええ、よろしいですよ。それにしても昨日は大分遅くに帰って来ましたが、どちらへ行かれていたのです?」

おや、急に顔を赤らめましたが...

「き、昨日の夜ね...ギーシュ様とお会いしてたの。それでつい話し込んじゃってね、遅くなっちゃったの」

ギーシュ様?どこかで聞いたことが...ああっ、あのグラモン元帥の息子の金髪ナルシストノンセンス馬鹿ですね。かなり女漁りが激しいとは噂で聞いていますが、なぜケティさんとお会いしているのでしょう?
二人は付き合ってるのでしょうか。


「それでね、それでね、ステラちゃん。私、ギーシュ様に「愛してるよケティ」とか「君というグラスだけに、僕の愛を注ぎたい」なんて言われちゃったんだぁ~~エヘヘ」


いやいやいやケティさん...あなた「言われちゃったんだぁ~」じゃありませんよ。なんですかそのダサいを通り越した臭いセリフは...大体ケティさんはあの金髪バカのどこに惚れてしまったのでしょう?口からバラが生えてるトコロでしょうか?


「しかしケティさん。あなたあの金髪バ・・・ミスタ・グラモンのどこがよろしいのですか?私から見たら、あの方の良いところなんて、バラが口から出てるぐらいなものですよ」


「そ、そんなこと言わないでステラちゃん。それにバラなんて出てないもん。銜えてるだけだし...確かにね、時々「うわぁ」って引くときもあるけどね、優しい方だし、あれだけ情熱的な人って私、初めてなの...」


「・・・まあ人の好みはそれぞれですし、これ以上は何も言いません。上手くいくとよいですね」

「うん。ありがとうステラちゃん。あっ、もう食堂に着いちゃった。喋りながらだと早く感じるね」

「そうですね。では私はあちらの席なので...ではまた、ケティさん」

「またねステラちゃん」

しかし、まだ数える程しか食べてはいませんが、この学院の朝食は無駄に豪華ですね...
実家では朝食はいつも魚料理とパンと野菜料理だけですのに...マーガレット姉様が「あんな重い朝食は飾りでしかないわ」なんて言ってましたけど、あながち間違いではありませんね...

「どうしたのよぉステラ。朝から重い顔して。こっちまで辛気臭くなっちゃうじゃない」


「毎朝こんな無駄に豪勢な食事を見てれば気分だって悪くなりますよララ。」

今、私の席の隣から話しかけてきた子はララといいまして、私と同じ学年で、ゲルマニアから留学してきた子です。元々は平民の身分だったそうですが、彼女の父が賞金稼ぎとして財をなし、領地を買い取って貴族となったそうです。彼女の母がメイジであったため、彼女にも魔法の才が備わったらしく、15歳になった今年の春にこちらへ留学しに来たというわけです。

「キャハハ。確かにね。あたしも初めて見た時にはびっくりしたわ。トリステインの貴族はこんなに豪勢な朝食を食べれて幸せね~。実家じゃ考えられないわ。食べるけど...」


「ドニエプル家も一緒にしないで下さいな。こんな無駄に豪華な食事なんて、見栄を張っているだけです。食べますけど...」


彼女もケティさん同様、初めてクラスで知り合って以来、お付き合いをしています。‘煤煙’の二つ名であるララは、私と同じ火のメイジです。
ケティさんといい、火のメイジというのはお互い相性がいいのでしょうか?って指で脇腹を突かないでくださいな。何ですか?ララ。


「いやぁ、アンタって上の学年に兄ちゃん2人いるじゃない?昨日の召喚の儀式の事について何か聞いてるかなぁ?って」


「聞いているも何も。兄様達がそれぞれバカでかい蛇とイラッとくる植物を召喚したことは聞いてますが...」


「いや、そうじゃなくてぇ。アンタ聞いてない?なんか昨日の儀式で、人間を召喚した人がいるんだって」









・・・心底どうでもいい話です。



[21602] 13-A話 朝食での一騒動
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/11 11:13
「どうでもいいってアンタ、人が召喚されたんだよ!?人が召喚されるなんて私、こっち来てからもゲルマニアでも聞いたことないわ!」


「静かに喋りなさいララ。全く、いったい何の話かと思えばそんなことですか。サモン・サーヴェントではグリフォンや蛇や植物、ドラゴンさえも召喚されるのです。今までに例がないだけで、別に人間が召喚されてもおかしくはないと思いますが...」


せっかく盛り上がりそうな話だと思ったのに...
ララはため息をつき、この変てこな友人は底が知れないなぁと深く感じた。
その時、ララは今話題に上がろうとしていた「人を召喚した」一つ学年が上のメイジを発見し、隣の友人の肩をバシバシ叩いた。


「見て見てホラ!!あれだよサティ!!私たちからずっと右の2年生のテーブルのトコ。隣に立ってる男の子がさっき話した召喚された人だよきっと。平民なのかな?髪黒いし変な服装してる...」


「分かりましたから肩を叩くのをやめなさい!ララ。どれどれ...あれがそうですか。別に変な服装だろうと全裸だろうと関係ありませんよ。人は人です」


「そんなこと言ったって...それにステラ、召喚したのは「あの」ラ・ヴァリエール公爵の娘さんよ?」


「ラ・ヴァリエール?すると...あの方が、兄様のおっしゃっていたルイズさんですか...っと、お祈りの時間ですね」


ステラ、ララもテーブルの前を向き、食事の前のお祈りを唱和した・・・ように口パクした。それはこの二人にとって、この唱和はひどく納得のいかないものであったからだ。



『偉大なる始祖、ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを 感謝いたします』



こんな豪勢な食事がささやか?じゃあ私が実家で食べてる物や、町や村のみんなが食べているのはなんなのさ?餌ってかチクショ―ッッッ!

そうララは心の中でぼやき、




ブリミルはともかく、パンの一つも作ることができない女王に何を感謝しろってんですか?テーブルに並ぶ野菜や麦を作るのにどれだけ苦労するのか分かってから出直してこいってんですよ!たくっ...


ステラは若干、口から漏らしていた。

周りの者が聞いたら、怒り狂うかもしれない彼女たちのその思いは、幸い他の生徒には伝わらなかった。

(二人にとってはアホくさい)唱和が終わり、食事の時間となったのだが、スープを飲もうとしていたステラの視界の端に、床に座り込んで食事をしている少年が入ってきた。どうやら彼の食事はスープとパンのみのようである。それにララも気づき、ステラだけに聞こえるような声で囁いた。


「うっわ...あの子の食事悲惨だね~。パンにスープだけって、ラ・ヴァリエールの娘さんって相当サド・・・ってステラ?何してんの?」


ララが囁いているのもお構いなく、ステラは自分が使用している皿の一枚に、トリ肉やチーズ、野菜などを盛り合わせていた。
彼女が皿に相当な量の食べ物を乗せ終えた後、彼女は席から立ち上がった。そして隣の友人が尋ねるのも無視して、その変な服装をした少年へと近づいていった。


急に席を立って歩き出したステラを食堂にいた生徒が全員見つめていたが、そんなことは彼女には関係なく、やがて床に座っている彼の前までやってくると、食べ物を乗せた皿を前に差し出した。







「ちょっと!!なによあなた!」


ルイズは目の前にいる少女に半ば叫ぶように尋ねた。
何なのだ一体この娘は?
昨日の召喚であろうことか平民の人間を召喚してしまって、イライラしているというのに...
今日のこの朝の食事で、この召喚した生意気な平民...「サイト」という名の少年にご主人様が誰なのかをきっちり教え込もうとしているのだ。邪魔しないでほしい。


しかし少女は、ルイズが言っていることなどお構いなしに、少年に料理が盛られた皿を渡して、こう尋ねた。

「あなた。お名前は?」

質問された少年、サイトも最初はぽかんとしていたのだが、やがて自分が話しかけられているのだとやっと気づき、その少女に自分の名前を告げた。


「ひ、ヒラガ。ヒラガサイトって言うんだけど...き、君は一体...」


「ヒラガサイト?発音からするとヒラガ・サイトってことですかね?ではヒラガさん。そのお皿に乗っている料理はあなたに差し上げます。その代わり、食堂をではなく外で食べて頂けませんか?」


「へっ?これ食べてもいい「ちょっとぉぉ!!!なんなのよアンタホントに!!ヒトの使い魔に勝手に食べ物を与えないでくれない!?」


ルイズはあたりの事を構わずに、思わず叫んだ。食堂は一瞬シンっと静まり、やがてあたりからは「ゼロのルイズが...」「あの娘1年生じゃない?...」「ヴァリエールったらなに揉めてるのかしら?」とヒソヒソと声が聞こえてきた。
ルイズは自分の前に立っている紅い髪の少女を睨んでいたが、その少女はルイズの目をじっと見ると、幾度か首を左右に揺らしてから首を止め、口を開いた。


「「食べ物を与えないでくれない!?」...それは別に構いませんが、あなたの使い魔であるこのヒラガさんは外に出してほしいです。あなたがなに考えているのかは知りませんが、使い魔とはいえ食堂で人を床に座らして、粗末な食事を食べさせるのは貴族のすることとは思えませんが...」


少女の言葉に、ルイズは顔を赤くした。そして周りからクスクスと聞こえてくる笑い声をかき消すかのように大声で少女に反論した。


「召喚した使い魔をどうしようが私の勝手でしょ!?人の使い魔の教育に口を出さないで!!!あなた1年生ね!?ラ・ヴァリエールの娘である私にそ「黙りやがれです。このクソチビが」ヒッ!!...」


ルイズが喋っている途中で、少女の口から出たとは思えない言葉が聞こえてきた。
それを聞いたルイズは驚き、そして再び少女の顔を見たときに少し悲鳴を出してしまった。少女の顔の表情は先ほどと変わっていないにも関わらず、怒りのオーラに充ち溢れていた。


「やさしく事を収めようとしたけど、こうも分からず屋なバカガキだとは知りませんでした。だったらはっきりと言ってやりましょうか?人が椅子に座って食事をしている場所でこんなことされたら食事が不味くなるだろうがこのアンポンタンが。他人のメーワクを考えないのがヴァリエール様のお考えですかそうですかアホじゃないですか?テメーの使い魔がどんなモノ食べようとカンケーありませんが、見苦しい光景をヒトに見せるんじゃねーですよ。それともヴァリエールの貴族様は使い魔に十分食べさせることもできないぐらい金欠なのですか?だったら最初から召喚なんてするんじゃねぇーよこのボケ。歳が一つ上だろうが大貴族の娘だろうがアホな奴に敬う言葉なんて1ドニエ程度も持ち合わせてませんよ。おい、なに半泣きに・・・・」


そこまで言ったところで、少女の口は後ろから何者かの手によってふさがれた。彼女の友人なのか、汗をダラダラと流しているその女の子は無理に明るい声を出して、


「2年生の皆様!!私の学友が大変失礼しましたー!!では今日はこれで失礼しますねー!!ハハハハッ...どうぞお食事を続けてくださいなぁーーーーッ!!」


最後のほうは声がひきつっていたが、その少女は学友と呼んだ少女を半ば引きずるようにして食堂を出ていってしまった。生徒も給仕も静まり返っていた食堂は、やがて何事もなかったかのように、朝食を楽しむ音が聞こえてきた。


後に残ったのは、まるで溶岩のように顔を真っ赤にした涙目のルイズと、料理が盛られた皿を持ってポカンとしたルイズの使い魔だけであった...









「アホーッ!!何してんのよステラッ!あんた、こともあろうにラ・ヴァリエールの娘さんになんて口聞いているのよーッ!!!」


食堂を出た2人は、土の塔の近くにいた。
ちょうどあたりには誰もいなく、ステラの兄ジョルジュが管理する花壇が近くにあるこの場所までララは手元にある友人を引きずってくると、先ほどルイズを口撃していた友人に怒鳴った。


しかし、当の本人は至って静かで、


「静かにしなさいなララ。仕方ないじゃないですか。こっちが優しく注意しようと思ったら、あまりにもアホらしい言葉が返ってきたのですよ。そりゃあ誰だって怒りますよぅ」

っと若干拗ねるような口調で答えた。その発言にはララもあやうく怒りそうになるが、ぐっとこらえていった。


「「怒りますよぅ」じゃねぇよぅッ!? 入学早々、大問題起こしおってどうすんのよあんた~絶対、2年生の人達に睨まれたわ...それよりも勢いで食堂出ちゃったけど...まだスープぐらいしか飲んでないからおなかすいたわ...」


「済んだことをいちいち気に病むことはありませんよララ。それよりも、たくさん喋った所為か、確かにおなかが空きました。まだ時間もあるようですし...ララ、私の部屋にいきませんか?ケティさんから頂いたお菓子でも食べましょう」


「いいねッ、そうしよう。この際お「ララちゃ~ん。ステラちゃ~ん。待ってよ~」ってケティ!?あんたも何、食堂から出ちゃってんの!?」


2人がお菓子で腹を満たそうと計画を立て、女子寮の方へ向かおうとした時、食堂の方向からケティが、小走りでやってきた。彼女の手には、ナプキンで包まれた何かが持たれていた。


「二人とも大きな声出して出ていちゃったでしょ?まだ朝食は始まったばかりだったし、お腹空いているかなと思っていろいろ持ってきたの」


ケティはそう言って持ってきたナプキンを広げた。そこには切られたバケット、チーズ、ハムや果物が入れられており、2人の食欲を満たすには十分な量があった。


「ケティちゃんナイスだッ!!ホントにありがとう~ッ!!!でもアンタいいの?あんたもそんなに食べてないでしょ?」


「わ、私は大丈夫だよララちゃん。元々少食だし、今朝はあんまり食欲がね...」

グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

「旺盛って訳だ」


「はぅぅ...」


ニヤニヤと笑うララの前でケティは、恐らくはルイズとは違う理由で顔を赤くした。そんなやりとりを見て、ステラはふっと笑うと二人にこう提案した。


「では、それを持って私の部屋へ参りましょう。ケティさんが持ってきて下さった食べ物と、ケティさんが焼いてくれたお菓子をみんなで仲良く食べましょうか。全てがケティさんからのお恵みなので、お茶ぐらいは入れさせていただきますよ」


その提案は、二人にすんなり受け入れられた。
しかし、今度こそ部屋へ行こうかという時、近くの花壇に埋まっているデカイ葉っぱがモゾモゾと動いた。そして土の中から人の形をした根っこらしきナニかが飛び出して来たのだ。
ララとケティは驚いたが、ステラはため息を吐きながら、今朝知り合ったその植物にこう尋ねた。


「ルーナさん。急に飛びだしてきて何ですか?まだ水やりの時間ではありませんよ?」


―ステラ様、私も皆様とご一緒したいですわ―


「ご一緒って...あなた植物のくせにお菓子なりパンなり食べれるの!?マンドレイクが人と同じものを食べるなんて聞いたことがないわ!!」


―マンドレイクではなく、「アルルーナ」ですステラ様。あんな野蛮な一族といちいち一緒にしないで下さいな。いいですか。世界には虫を捕まえて食べてしまう植物もあるのです。お茶を飲んで、お菓子を嗜む植物もいて不思議ではないと思いますが・・・―


「それはもう植物ってじゃないと思うのですが...」


急に飛び出てきた植物に語りかけているステラを見て、ポカンとしていたララとケティの頭上には、暖かい春の日差しが降り注いでいたのであった...









「ヴァリエールったらなに揉めてるのかしら?...ってこの臭いは?ってタバサ!?あんたソレまだ持ってたの!?もう捨てなさい!!」


「アレは無くなった・・・・コレは私の試作品・・・・」


「あっ...そうね。確かに臭いが違う...って十分臭いわ!!栓を開けないで!!マリコルヌが腐ったような臭いがするわ!!」


「そんな臭い・・・・嗅いだことない癖に・・・・・・・・大げさ・・・・・グッ・・・・・失敗・・・コレはない・・・・」



[21602] 14-A話 ステラ、ルイズ、登校、授業
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/15 22:32
トリステイン女子寮内―

今の時間であれば学院の生徒は食堂で朝食をとっているため、寮の中には生徒はいないはずである。ところが、とある女子生徒の一室にはまだ入学したばかりの少女が3人、そして昨日召喚されたばかりの使い魔が1匹、部屋の椅子に腰かけてハーブのお茶が入ったカップを持ちながら、話に.花を咲かせていた。
少女たちのそばにあるテーブルには、食堂から持ってきたと思われるパンやチーズ、部屋にあったお菓子が置かれている。

しかし、それも最初に比べると、随分と量を減らしていた。


―・・・なので私たちの種族は「マンドレイク」で統一されてしまっているのですが、数多くの種族がいるのです―

ジョルジュの使い魔であるルーナは、植物であるにも関わらず、ハーブのお茶を飲みながら自分の種族について3人に語っていた。

「ルーナさんみたいに、私たちくらいの大きさまで成長するのはやっぱり珍しいのですか?」

ケティがそうルーナに質問すると、ルーナはカップからお茶を飲みながら答えた。

―成長期の時、どれだけ環境や条件が揃っているかで、個体の大きさや魔力が決まっていきます。種族によって適した環境が違いますので…まあ運によるところが大きいですね―


「うううっ…やっぱり奇妙だわ。ホント、頭に直接語りかけられているみたい」

ララがそう思う様に、ルーナは口?から言葉を話すのではなく、いわば「テレパシー」のようなモノで三人へ語りかけていた。お茶を飲んでいるのに語りかけてくるルーナに、ララはまだ慣なかった。

―私たち「アルルーナ」は言葉を発せず、相手の心へ直接意思を伝えます。なので他の植物や、動物とも喋れるのですよ。あっ、ステラ様、お茶のおかわりをお願いします―

ルーナは空になったカップを、この部屋の主であるステラへと向けた。ステラはまるでハシバミ草でも食べたかのように顔をしかめ、自分の兄の使い魔にこう言った。

「水でも飲んでなさい。アナタ植物なのにどれだけお茶を飲むのですか!?多めに淹れたはずなのにもうポットが空ですよ!」


―既に摘まれているハーブですが、仲間の出汁を飲むのはどうかな?とは思いましたが、なかなか美味しいです。やはり人に好かれているモノたちですね―

「う~ん…共食いならぬ共飲みってことかしら?そう思うと結構グロイ気がする…」


「ララちゃんそんなこと言わないで。飲めなくなっちゃうよ~」


3人の少女たちは、自分の手に持っているカップを見た。
ルーナが言った「仲間の出汁」が3人の頭に浮かんできて、中に残っているお茶を飲む気が全員失せてしまった。

その時、この部屋の主であるステラが言葉を発した。


「…ではそろそろ教室へ行きましょうか。今から行けば丁度、始業のベルが鳴る頃には着きますし」


「…そ、そうね。教室に行きましょうかステラちゃん。ララちゃん」

3人は椅子から立ち上がると掛けてあった自分たちのマントをはおった。ルーナは「いらないならもらっていきますわ」といい、テーブルに残っていた食べ物を手で抱えると、そそくさと部屋を出ていってしまった。

「あの植物め…お茶飲んだりモノ食べたりと、アレはホントに植物なのですか?」


「ルーナさんぐらいの大きさになると、マンドレイク種はあんな風に食事するのかしら?」


「実は「植物」じゃなくて亜人だったりして…」



ありえそう…

少女たちは先ほどまでお茶を飲んでいた使い魔に疑問を持ちつつ、部屋をあとにした。

そんなことを思われているとは知らないルーナは、手に抱えた食べ物を食べながら、自分の住みかである花壇へと歩いていたのだった。













「まったく…なによあの娘ったらッ!!ラ・ヴァリエール家の三女に向かってく、く、く、くそちびですってぇぇぇぇっ~!!」


ルイズは口から静かに憤怒を漏らしながら、教室へとつながる廊下を歩いていた。その後ろには自分の使い魔である少年サイトが、彼女にどのように声をかけるか悩みながらついてきてた。
ステラが食堂を出ていった後、ルイズはあまりの怒りと羞恥で我を忘れそうになった。しかし、少ししてからルイズは椅子に座り直すと、怒りごと飲み込むかのようにモーレツな勢いでテーブルに置かれた料理を食べ始めた。そのあまりの彼女の気迫に、周りの生徒はイヤミも言うことが出来なかった。サイトも、ステラからちゃっかりもらった料理を食べていた。案外逞しい二人であった。


お腹が満たされて怒りも和らいだのか、食事を食べ終わった後、ルイズはサイトを連れて何事もなかったかのように食堂を後にした。しかし、教室に向かう途中に思い出したのか、ルイズは怒りに充ち溢れ、サイトは不安に充ち溢れていったのだった。だがそれも、お互い時が経つにつれて冷静になってきたのか、二人はこれからの事について考え始めた。

ルイズは考えた。あの赤い髪の娘が自分の事をバカガキとかクソチビだとかアホとか言ってきたのは許し難い…しかし、ここで腹を立ててしまうと、なんか負けた気がしてならない。あの赤髪娘の態度は気に食わないが、ここはヴァリエール家の三女として広い器で許してあげようではないか…いつか仕返ししてやるが…


サイトは考えた。どうやら今朝の出来事で、彼女は凄く不機嫌だ。昨日、急に日本から召喚されて、キスされて藁で寝させられてパンツ洗わせられて…やっと朝飯で女の子の優しさに触れたと思ったのにその女の子も怖かったし…このヴァイオレンスガール達がこの世界の標準なのだろうか…とにかく、この桃色の主人は気分によってコロコロと変わるらしい。しかし、このままだと昼には泥でも喰わされかねない状態だ…なんとか機嫌を直してもらわなければ…

ようやく決心がついたのか、サイトは恐る恐る自分の主人?に声をかけた。


「な、なぁルイズ…?そう怒るなっ「犬!!」ハイッ!なんでしょう!!」


サイトは自分が言いたいことの2割も言えず、「犬」と呼んできたルイズに思わず返事を返してしまった。ルイズはサイトの方に顔を向けると、据わった目で睨みながらこう言った。


「今朝は私も悪いトコロがあったと思うわ。だから、今度からはちゃんとした食事を出すようにしてあげる」


意外な言葉がルイズから聞こえてきて、サイトは彼女が何を言ったのか理解するのに少し時間がかかった。しかし理解した瞬間、嬉しさが心からこみあげてきた。

一体コレはどういうことなのだ?だが、彼女は自分の非を認め、食事を改善してくれると言っているのだ。なんだ、良いトコあるじゃんと思ったのだが、

「えっ!?マジでやっ「ただし!!その分は使い魔としての仕事もしっーーーかりとやってもらうわ。それに、ちゃんと食べモノは与えるんだから、他のヒトから施しを受けるなんてみっともないことはしないでよ!!特にあの赤髪の娘にまた貰うようなことがあったら…」


「あ、あったら…?」


「消す」


ルイズが喋った言葉はたった二文字であったが、サイトにとって、この世界に召喚されて聞いた彼女の言葉のなかで最も重みがあった。


こ、こいつ…マジだ。マジでやるつもりだよこの桃髪娘…


サイトが主人の言葉に青ざめた時、二人は丁度、目的の教室に着いたのであった...









ルイズとサイトが教室に入ると、生徒達が二人の方を見て、クスクスと笑った。
「1年に説教された…」「さすがゼロ…」「ホントに平民を召喚したのな…」
所々からヒソヒソ声が聞こえ、サイトはヒソヒソ声が聞こえてくる方を睨んだが、ルイズは平然とした顔で、前の空いている席へと座った。
サイトもどうすればいいか分からなかったので、とりあえずはルイズの隣の席に座った。
もう授業の時間が近いのか、教室の中は多くの生徒が教室におり、ルイズから離れた席にいるキュルケは、数人の男子生徒に囲まれている。その近くの席に座っているタバサは、何かの本に熱中しているようだ。
また、教室には生徒達の使い魔なのか、紅い鱗をまとった蛇がトグロを巻いていたり、大きな目玉が宙にフワフワと浮かんでいたりと様々な生き物たちが教室にいた。


始業のベルが鳴ったすぐ後、モンモランシーが慌てた様子で教室に入ってきた。モンモランシーは誰も座っていない、ルイズの隣の席に腰を下した。そして一つ息を吐いてから、ルイズにこう尋ねた。


「おはようルイズ。ねぇ、ジョルジュ見なかった?朝からいないみたいなの…アナタ、ジョルジュに会ってない?」


モンモランシーのその言葉で、ルイズはアアッそういえばと、いつもなら朝に挨拶してくるあの少年の顔を見ていないことに気づいた。
短く切られた紅い髪は彼の特徴の一つで、近くにいればすぐ気がつくはずなのであるが、今朝は同じ色の髪をした、あの少女の顔しか見ていない気がする…

「そういえば今日は見てないわね…って、モンモランシーも知らないなら、私が知るわけないじゃない」


「やっぱりルイズも会ってないのね…もう、どこ行ったのかしら。昨日あげた香水の感想、聞こうとしてたのに…」


「アンタ、ジョルジュに香水あげたの?アイツに香水あげても使うとは思えないんだけど…」


「あら?ジョルジュって結構そういうトコ気にする方だと思うけどな…あっ、そういえばルイズ、あなた朝ステラに怒られてたでしょ」


「へっ?ステラって…あの赤髪の…って!!じゃあ、あれがジョルジュの妹なの!?ウソよッ!全く性格似てないじゃない!!」

モンモランシーはルイズの言葉に溜息を吐くと、何をいまさらという風な様子で、ルイズにいった。

「あの兄妹たちは似てないのが普通なの。私は何度かステラに会ったことあるけど…まあ性格のキツさは一番でしょうね」


「まあそれは分かるわ…ホント、ジョルジュが一番マトモに見えるわね…」


ルイズとモンモランシーは、ジョルジュの兄妹達を思い返し、深い溜息を吐いた。ちなみにサイトは、女の子の会話に参加できなかったので、寄ってきた使い魔とじゃれ合っていた。
そしてそれから間もなく、教室の扉からふくよかな女性が入ってきて教卓についた。




「皆さん、授業を始めます。私の名前は赤土のシュヴルーズです」














「・・・・であるため、メイジであるからには・・・」


ルイズ達がいる教室で授業が始まった頃、少し離れた場所にある一年生の教室では、ステラ達がメイジの心得についての授業を受けていた。
教室の中には、黒板に書かれたコトを必死に書き写している者、隣と小声で話している者、寝てしまっている者など様々な様子の生徒達がいた。

そんな中でステラは、一番隅っこの席に座り、授業には耳だけを向け、王立研究所が発表した論文を読んでいた。その右隣では、ケティが黒板に書かれたコトを紙に書き写している。

そしてもうひとつ隣の席では、ララが教科書に顔をうずめて寝てしまっていた…



[21602] 15‐A話 授業でのひと騒ぎ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/19 07:46

「皆さん、授業を始めます。私の名前は赤土のシュヴルーズです」


教壇の前に立った女性はそう名乗り、教室の中をぐるっと見回したあとに笑みを浮かべて言葉を続けた。


「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

そしてシュヴルーズは再び教室を見まわした。そして前の席に座っていたサイトに目を留めた。

「おや、変わった使い魔を召喚しましたね、ミス・ヴァリエール」

その言葉に教室からはクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。すると教室の後ろの方にいた、金髪の太った少年がガタっと席を立ちあがってルイズの方を見た


「ゼロのルイズ!召還が出来ないからってそこら「ところで、今日はミスタ・ドニエプルは実家の都合で欠席です」

少年が何かを言いかけていたが、それを知らずにシュヴルーズは、今日休みとなっているジョルジュの事を生徒達に伝えた。
その少年は途中で遮られたことについて何か言おうとしたのだが、そこで再び他の生徒から声が上がった。

「ちょっ、ミス・シュヴァルーズ!?僕まだ「ホントですかミス・シュヴルーズ!?なにがあったのですか?ノエルはいるのにジョルジュはいないって…」

「言葉を被せるなよモン「落ち着きなさいミス・モンモランシ。なんでも、彼と親交の深かった友人が結婚式するそうで、彼はその式に呼ばれたそうです」

「少しは僕に「モンモランシー!!彼氏がいないからって落ち込むなよ!」

「それ僕が「何言ってるのよ!!私はただジョルジュがいないから気になっただけで…」

「だから「全くだ!!モンモランシーとジョルジュが付き合っているなんてくだらないことを振りまくのはやめたまえ!!」

「おい、ギ「ギーシュ。アンタは黙ってなさい」


「お前らー!!僕を無視するんじゃない!!!てか少しは喋らせろーッ!!」

ついに大声を張り上げて主張した少年を、生徒全員が視線を向けた。別に大したコトはしてないのだが、少年にとってはキツかったらしく、顔に汗をかいてフーッ、フーッと呼吸を荒くしていた。

その様子を見て、ルイズはその少年を指差しながらシュヴルーズにいった。

「ミス・シュヴルーズ。「得体の知れないナニカ」のマリコルヌがなんか言ってます」


「ちょっと待てぇルイズッ!!なにその無駄に長いあだ名は!?せめて「風っぴき」…やっぱり「風上」って呼んでくれ!!」

少年、マリコルヌはルイズのその言葉に憤慨したが、ルイズはフヒーと鼻を鳴らしてマリコルヌの方を見た。


「「風上」?ちょっと冗談は臭いだけにしなさいよマリコルヌ。何、勝手に「風上」なんて名前つけてるのよ。アンタが風上にいたら私達がエライことになっちゃうでしょうが。主に臭いで」


「ルイズ。君、昨日なんかあった?そんなこと前まで言ってなかったじゃん…」

ルイズの毒舌ぶりに、マリコルヌの心はガラスのように砕け散った。そしてズルッと席に座ると頭を垂れて動かなくなってしまった。



教室が静かになったところで、シュヴルーズは授業を始めた。
授業は一年の頃に習った魔法の基本的なおさらいから始まり、土系統の魔法の説明までに至った。
見本として石を真鍮へと変化させ、シュヴルーズによる土系統の基本「錬金」のお手本が終わった所で、シュヴルーズは誰かに錬金の魔法をやってもらおうと、誰にあてようかと辺りを見た。

「では、ここにある石ころを…そうね~じゃあミス・ヴァリエール、あなたがこの石を望む金属へ変えてごらんなさい」

シュヴルーズがそうルイズに言うと、先ほどまでの教室の空気が一変した。
ザワザワと辺りが騒ぎ出し、さっきまで動かなかったマリコルヌもビクゥッと体を震わせて顔を上げた。
そしてキュルケが手を挙げてシュヴルーズに告げた。

「ミス・シュヴルーズ!!ルイズはやめたほうが…良いと思います」


「おや?どうしてですか」


「ミス・シュヴルーズはご存じないのですね。ルイズは「やります!!やらせて下さい!!」ってルイズ!?」

ルイズは席から立ち上がり、シュヴルーズの方へと近づいた。シュヴルーズは「心を落ち着かせて」などとアドバイスを送っているが、キュルケや他の生徒は気が気ではない。

「ちょっとルイズ。お願いだからヤメテ…」

「うるさいわよツェルプストーッ!!見てなさい。成功させて見せるんだから!!」

ルイズは杖を振りかぶると、錬成の詠唱を始めた。それと同時にキュルケや他の生徒達は机の下へと隠れ始めた。サイトもキュルケに促され、机の下へと身を隠した。

そして次の瞬間、ドカーンと大きな爆発音が響き、爆風と煙が教室を駆け巡った。その爆発が起こった爆心地には、少し黒こげになって気絶したシュヴルーズと、爆風で髪の乱れたルイズがいた。

「ちょっと失敗みたいね」

机の下に隠れていたキュルケは、まだ爆風で耳鳴りのする頭を手で抑えながら、机から頭を出した。周りでは数人の生徒が、爆発を起こしたルイズに文句を言っていた。
ふと、キュルケはさっきまで下の席にいたはずのタバサがいなくなっていることに気づいた。
タバサが座っていた場所には彼女の代わりに、今朝彼女が持っていた見覚えのある瓶が砕けて中の液体があたりに散乱していた。

(あの瓶ってもしかして・・・・)





ちょうどルイズが爆発を起こした時と同じ頃、タバサは教室を出て図書館への通路を歩いていた。歩きながらタバサは、自分が作ったモノを教室に忘れてきたことに気づいた。一旦は取りに行こうかと迷い歩みを止めたが、彼女は

「爆発で割れているかも・・・・・・諦めよう・・・・」


と呟き、何事もなかったかのように図書館へと再び歩き始めた….



「ちょっとタバサっていない!!瓶が割れて…臭ッ!!」

教室にこぼれた液体からは強い異臭が立ち上り、徐々に教室に広がり始めた。


「ちょっとじゃないだろ! ゼロの…って臭ッ!!なんだこの臭い!?」

「いつだ...ゴホゴホッ!!なんだコレ!?マリコルヌの腐った…」

「マリコルヌはこっちにいるぞ!!ダブルだ!!ダブルで臭いがグハッ!!」

「なんだよみんな!!僕何もしてないのに酷くねッ!?僕はそんなに臭くは…臭ッ!!」


教室は先ほどの爆発以上の騒ぎとなり、あまりの異臭に咳がでて、目からは涙を流し、中にはその場に倒れる者も出てきた。
教壇にいたルイズも異臭に気付いたが、すでに教室に臭いが広がっていたため、口と目がやられた。


「ちょっとこの臭い!!…ゴホゴホ…なんでゴホゴホゴホ…教室に…」


教室はむせる者、涙を流す者、気絶する者など出ていたが、



唯ひとり、マリコルヌだけは臭いは感じていたが何も異常は現れなかったのであった。






「なんか納得いかないんだけど!!なにこの扱いは!?」










「ああ~やっと終わった。なんか頭がすっきりするんだけど」


「あなたは授業の間ずっと寝ていただけでしょうが。全く、そのまま寝ていれば良かったのに」


午前の授業が終了し、太陽も真上に上がった時間、授業を受け終えたステラとララは昼食を取るために食堂へと向かっていた。食堂へ歩を進めるなか、ステラは外した眼鏡を拭きながらぼんやりと外を見つめ、今は実家へと向かっているだろう兄の事を想った。

(ジョルジュ兄様…無事に実家へと向かっているでしょうか…ドニエプル家の代表として出席するとはいえ急に決まったことですし、なにも起こらずに無事に済めば良いですが…)


ぼやけた視界に眼鏡をかけ、今日のメニューは何かなと考えているとき、隣を歩くララが声を掛けてきた。授業の間ずっと寝ていたためか、右のほっぺには赤い跡が残っている。

「あれっ?そう言えばケティはどうしたのステラ?」

ララの質問にステラはハァと息を吐き、言葉を返した。



「ケティは一旦部屋に戻るのだそうです。授業が終わってすぐに「ギーシュ様にあげるクッキーを持ってくるから、ステラちゃんは先に食堂に行ってて」なんて言ってましたよ…」


ステラはそうララにそういうと、先ほど身を案じていた兄の代わりに、部屋にお菓子を取りに行っている友人の事を想った。先ほどの授業の前にも、他の生徒があの金髪バカ(ギーシュ)の事を話していたのだ。
どうやら何人もの女生徒に声をかけているのは本当であるらしい。
誰を好きになるかはケティの自由ではあるが、どんな結末になろうとも友達に悲しい目にあってほしくないという思いがステラの中にはあったのだ。

(ホント、彼女には幸せになってもらいたいのですが・・・)


ステラがそんなことを思っているのを知ってか知らずか、ララは自分の腕に留めてある小さいナイフで、爪の間のゴミを取りながら再び話しかけてきた。その様子は貴族の娘というより、戦士の娘だなとステラは思った。


「あの娘も変な人を好きになるわね~。トリステインだとあれがカッコイイの?」


「…そうですね。それは個人の見方だとは思いますが、私はあの金髪バカはゴメンです。ファッションも「ダサいを通り越したナニか」ですし、あまりおススメはしませんね。ケティさんはその金髪バカに惚れてしまっているので何とも言えませんが…」

「アンタ…ホント誰に対しても容赦ないわね…」


そんな話を何度かしている内、二人は食堂へと着いた。ところがまだ授業が終わったばかりというのにも関わらず、2年生のメイジが大勢椅子に座り、食事を楽しんでいた。


「あら?今日は随分と早く席が埋まっているのですね。どうしたのでしょうか?」

そう疑問を浮かべるステラの横で、空いている席を探しながらララが、まるで今気づいたの?というような表情でステラを見ていった

「ん~さっき通路で2年のヒトが言ってたの聞いたんだけどさ、なんでも2年生のクラスの授業で爆発があって、2年生は早めに終わったらしいよ」


「爆発?火の魔法の授業でもしていたのですか?」


「んにゃあ~錬金だったらしいわよ。それと異臭騒ぎも起きたんですって」


そう言うとララは空いた席を見つけたらしく、あそこに座ろうとステラの手をひっぱりながら彼女に尋ねた。尋ねられたステラはララが言った言葉に思わずぽかんとなってしまった。






「錬金の授業で爆発に異臭って…一体、ノエル兄様やジョルジュ兄様は何を教わりになっているのでしょうか・・・・」


そんなことを思う彼女から離れた席に、ステラの友人ケティが惚れている男、ギーシュ・ド・グラモンが数人の男と一緒にいた。
そして雑談をしていた彼の足もとには、ジョルジュが落としていた紫色の香水が、再び落ちてあった



[21602] 16‐A話 ギーシュ、不幸、決闘 (前篇、後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/27 23:52
※前篇




「なあギーシュ、お前今誰と付き合ってるんだ?」


学生が食事を楽しむ食堂、そのとある席に数人の男子学生が座っている。その中の一人が、自分の前の席に座っている少年、ギーシュにそう話しかけた。彼はギーシュとは入学してからの付き合いであり、彼が幾人もの女性を口説いていることを知っている。もちろんその幾人とも付き合っていることも。


「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」


その質問に対して、青銅で作られた造花のバラを顔の前にかざしながら、ギーシュはそう答えた。
なんともない食堂での会話、ギーシュは外見上は学友の他愛もない会話に参加しているように見えるのだが、内心は密かに想う金髪縦ロールの少女の事でいっぱいであった。

(ああ…モンモランシー。僕の愛しの蝶よ…いったいなぜ、僕にとまってはくれないのだい?君の事を想うだけで僕は何も考えられないというのに…)

ギーシュは、これまで全く自分に振り向いてくれない想い人への思いを心の中で呟いていた。そして当然、後にはその想い人のそばにいる少年に嫉妬と恨みを募らせる。

(くそっ!!ジョルジュめ!!いつもモンモランシーに纏わりついて!!しかも僕のモンモランシーを「モンちゃん」だと!?羨ま…けしからん!!貴族の女の子になんて言い方をするんだ!!)

そうギーシュは頭で密かに怒りつつ、自分の前にあるグラスからワインを一口含んだ。食事が終わったからそろそろデザートが運ばれてくる頃であろう。
彼はデザートが運ばれるまでの間、今日の授業でのことを思い出した。



それは彼が昨日の夜に拾った香水瓶から始まる。
ギーシュは夜中にケティと女子寮で会った後、寮に戻る際に入口の近くに何かが落ちているのに気づいた。手に取ってみるとそれは紫色の液体の入ったガラス瓶であった。
ギーシュは瓶の形状からして、どうやら香水が入っているなと思った。


ギーシュはそれがモンモランシーが作った香水だとすぐに分かった。
彼は知り合いの女の子を通して、モンモランシーが作っている香水は全て揃えている。(それぞれ保存用、実用、予備の3つを購入している)
その香水を入れる瓶の形状が似ていることもあって、すぐにモンモランシーのものであると分かったのであったが、紫色の香水はまだ出ていないはずであった。


(これって新作なのかな?なんでこんな男子寮の近くに…!!!もしかしてモンモランシー!!!これは……これはもしかして「僕」にッッッ!?)


夜中でテンションが上がっていたためか、彼の頭の中には「モンモランシーが僕に渡そうとして寮の入口まで来たのだけど、恥ずかしくて帰ってしまった。その際にこの香水の瓶を落としてしまった」という今までのことからではあり得ない妄想が広がったのだった。


しかし、今日の朝の授業で彼の妄想は見事に吹き飛ばされてしまう。


その日の朝、ギーシュは教室の席に腰かけながら愛しの想い人が来るのを待っていた。


(フフフ、愛しのモンモランシー…この香水は一旦君に返すとしよう…やっぱり君の手からこの香水を受け取るべきだ…さあモンモランシー、僕のところにおいで。麗しの蝶…)

朝になっても妄想全開のギーシュであったが、当のモンモランシーは中々教室には来なかった。しかし、授業が始まる少し前にモンモランシーはやってきた。
ギーシュは後ろから声をかけようとしたが、モンモランシーが隣の席のルイズに何やら話しかけていたので、話かけずにそっと聞き耳を立てた。


―おはようルイズ。ねぇ、ジョルジュ見なかった?朝からいないみたいなの…アナタ、ジョルジュに会ってない?-

(ジョルジュ?モンモランシー..あんなやつの事なんていいじゃないか。それよりも僕と一緒に今後のことについて…)

―やっぱりルイズも会ってないのね…もう、どこ行ったのかしら。昨日あげた香水の感想、聞こうとしてたのに…-

(今後のこと…香水!?)

ギーシュの頭の中で昨日作った妄想がガラガラと崩れた。そして自分の持っている香水は自分のためではないことにやっと気付いたのであった。
モンモランシーの会話はまだ続いていた。ついでにルイズの声も聞こえてきた。


―アンタ、ジョルジュに香水あげたの?アイツに香水あげても使うとは思えないんだけど…-

(そうだよモンモランシー!!なんであんな田舎者にあげたんだ!?ゼロのルイズもたまにはいいこと言うじゃないか)


―あら?ジョルジュって結構そういうトコ気にする方だと思うけどな…-


(・・・・なんでそんな嬉しそうな顔で話すんだいモンモランシー…)


その後、ジョルジュが実家に戻った話になり、誰かが「モンモランシー!!彼氏がいないからって落ち込むなよ!」と言ったのでギーシュはそれを否定したが、モンモランシーに「黙ってなさい」といわれて大いにヘコんだ。
そして爆発に異臭騒ぎをくぐり抜け、今に至る。

(ううう…何でだいモンモランシー…なんでジョルジュなんだい?あんな田舎者のどこがいいんだ)

「おいギーシュ。どうしたんだお前?」

ふと、同席した仲間の一人が、先ほどから喋っていないギーシュを不審に思ってか、話かけてきた。ハッとギーシュは気付いて顔をあげた。

「フッ、なんでもないさレイナール。僕もたまには考える事だってあるということさ」

「くだらないこと聞くなよレイナール。どうせ次は誰を口説こうとか考えてたんだよ」

その言葉に、テーブルにいた生徒達はハハハと大声で笑った。そんな彼らを尻目に、ギーシュは今度はいまだに持っている、香水の事についてどうしようかと考えを巡らせた。
授業が中止となった後、ギーシュは結局モンモランシーに香水を返すことが出来なかったのだ。


(モンモランシーもなんであんなやつに香水なんか…使うどころか落しているじゃないか!?それなのにこの…ってあれ?懐に入れていたはずだけどドコにいったんだ?)


懐にしまったはずの香水瓶がなくなっていた。
ギーシュはポッケなども探し始めたが、ゴトリとテーブルに何かが置かれた。
見てみるとそれは紫色の液体の入った瓶であり、ギーシュが探していたものであった。


「落しモンだぞ色男」


声がした方を見ると、トリステインではあまり見られない黒髪に、非常に変わった服装をしている少年が立っていた。デザートも配っているのだろうか。少年の左手にはケーキが乗ったトレイがあった。
その少年は昨日、ルイズが召喚した平民だとギーシュは気付いた。


ヤバいッ…こんなトコでモンモランシーの香水なんか見せたらこいつら絶対何か言ってくるぞ。見せたくなかったのに…なんとか誤魔化せないかな


ギーシュはこの黒髪の少年に自分のではないと言おうとしたが、突然横から生徒の一人が大声でいった


「おいギーシュ!それはモンモランシーの香水じゃないか!お前彼女と付き合っているのか!?」

その男子生徒がいった突拍子もないコトで、周りの生徒も感化されて口々に言いだした



「まじかよギーシュ!!とうとうあのジョルジュに勝ったのか!?」

「なんだって!?ギーシュがとうとうモンモランシーを攻略したのか!?」

「だってあれはまだ出ていない色の香水だぜ!?新作だろ?それをギーシュにあげるってことは…」




なぜ香水一つでそんなに話が飛躍するのか…話が大きくなってしまって焦ったギーシュは、慌てて友人たちに香水のワケを話そうとした。


「な、何を言っているんだい君たち。それは(ホントに)違うよ。いいかい、彼女の名誉のために言っておくが・・・」


そう言っている時、ドサッと何かが落ちる音が聞こえてきた。その音に反応してギーシュが振り返ると、ギーシュが良く知っている栗色の髪の色をした女の子が立っていた。心なしか体が震えているようにも見える。


「ケ、ケティ…」












「ギ、ギーシュ様…や、やっぱりミス・モンモランシと….」


ケティは両肩を震わしてポロポロと涙を零していた。彼女の足もとにはギーシュにあげるはずであったクッキーのバスケットが落ちており、そこからクッキーが何枚か床に散らばっていた。

「ち、違うんだよケティ。ホント違うの。マジで。付き合ってないのホントに…だからそんなに泣かないでくれ…」


ギーシュは自分が泣きそうになっていた。
なんてタイミングの悪い時に来たのだろう彼女は。
しかもホントにモンモランシーとは付き合ってない(そこまでいけない)のに周りの言葉を信じてしまっている。なんとか誤解を解きたいのだが…


(くそー!!なんでこんなことになってしまっているんだ!?僕がなにをしたって言うんだ!??この前ブルドンネ街の占い屋に行ったとき、今週は良いことが起こるって・・・)





『ど、どうかな?僕は近い将来に運命の人(モンモランシー)と結ばれるかな?』

『そうですね…ウワッ…い、いいんじゃないんですか?ええ…とても「スゴイ」が運気が巡ってくると思いますよ…』

『そ、そうかい!?じゃ、じゃあ今週あたりにアタックをかけようと思うんだがね…成功するかな占い師君?』


『……ヤベェ….えっ?そ、そうですね…今週は凄いですよアナタ…今年一番ではないでしょうか』

『ホントかい!?いやぁ今週の虚無の曜日に彼女をデートに誘ってみようかなって思ったんだけどね。大丈夫かなぁって心配だったんだよ。そしたら最近いい占い師がここにいるって聞いて来たんだけど…いやぁ良かった良かった!!』


『ハハハハ…ドウシヨ…えーと…「赤」と「紫」ですね。この二つの色がとてもあなたの運を動かします…あと「迂闊な発言」には注意してください。私から言えるのは…それだけです』


『分かったよ占い師君!!いやぁ来てみるもんだね!!また来させてもらうよ!フフフッ・・・』





(あの占い師めぇーーーー!!逆の意味での「スゴイ」かよ!!あの占い師は今度文句言いに行くとして…不味いぞ。なんとか彼女に僕の想いを伝えなければ)


ギーシュは時間にしたらほんの数秒の間に、あまり使っていない頭をフル回転して彼女の誤解を解く言葉を探した。そしてふと、コレだ!!という言葉が浮かび、ギーシュは早速使おうと席を立ってケティのそばに寄って行った。彼女は下を向いてグスッグスッとまだ泣いているようであった。

「ケティ、聞いてくれ」


ギーシュはそう彼女に語りかけて、ケティの両肩にそっと手を置いた。いつもとは違う真剣な声に、ケティは泣くのを止めてギーシュの顔を見た。泣いたせいか、若干目が赤くなっていた。


「いいかい、ケティ。僕は・・・・」


「僕は」? ケティはあとにに続く言葉を待った。そして少し沈黙していたギーシュはようやく口を開いた。




「僕は…「今は」君を一番に愛しているさケティ」




「「今は」ってなんですかー!!ミス・モンモランシと付き合いだしたらお払い箱ってことですかギーシュ様!??」


ギーシュが言った言葉に、ケティはまたも目に涙を浮かべながら大声でギーシュを問い詰めた。
ギーシュは「改心のセリフを言ったのになぜ!?」という表情を浮かべ、全く良くならない状況にパニックになりかけていた。


「私だけとおっしゃってくださったのに…」

ケティは床に落ちていたバスケットを手に取り、そして止まらない涙を流しながら右手を振りかぶった。


「ち、違うんだよケティ。お願いだからそんなに泣かないでおくれよ。僕まで悲しくっていうか泣きそうなんだけど?今のは言葉のあやだよ。君のことをフベラッ!!!」

瞬間、ギーシュの左ほほに鋭い衝撃が走った。ケティが振りかぶった右手のひらは、的確にギーシュの顔面左部分をとらえたのであった。


「ギーシュ様の金髪バカッッ!!」


彼女はそれだけ言うと、泣きながら食堂を出ていってしまった。
あまりの光景に、ギーシュと一緒に座っていた友人はもちろん、周りの生徒の大半も声が出なかった。


「ウウッ…ホントに「今は」何もないのに…痛いというか重い…頭がグラグラする」


ギーシュはとりあえず席に座ろうとテーブルの方へ体を向け、イスに近づいていった。しかし、彼はその途中で声をかけられた。

「ギーシュ」



その声は彼が良く知っている声であった。そして一番好きな声であったが、今ほど聞きたくないと思ったコトはないだろう。
彼はその声のする方へ顔を向けた。ギーシュは声の主を確認した時、サーッと血が下がる音が聞こえた。




次に彼の目の前に立っていたのは縦ロール髪が特徴的な少女、モンモランシーであった。


※後篇

「モ、モ、モンモランシー…」


ギーシュはそう彼女の名を口から漏らした。いや、それだけしか言えなかったというべきか。今の彼には最も会いたくない人物がそこに立っているのだから無理もないだろう。

モンモランシーはそんなギーシュの心境など関係なく、すたすたと彼に近づき、スッと手を出した。

ギーシュには最初、その差し出された手が何を意味するのか分からなかった。


「モ、モンモランシー…いったい「香水」え?」

モンモランシーは再びギーシュに向かって言った。その声はいつも聞きなれているはずなのに、ひどく冷たく感じられた。

「あれ、私の香水でしょ?なんだかそっちの席の方ら「モンモランシーの香水」とか「新作」とか聞こえてくるから気になって来てみたけど、確かにアレは私の香水ね。なんでギーシュが持っているのかしら?」


「いや…それはだね。昨日の夜に男子寮の入口のあたりで落ちていたんだ。それをね、ぼ、僕が拾ったんだよ…ハハハハ…いや返そうと思っていたところだったんだよ?ホントに…」


「そ、ありがとギーシュ。じゃあせっかくだから今返してくれないかしら?」


「えっ、あ、ああ…それはそうだけど…」


「…ま、いいわ。勝手に持っていくわよ」


モンモランシーはそれだけ言うと、テーブルに置かれてある香水の瓶を手に取り、ギーシュには一瞥もしないで戻ろうとした。ギーシュは思わず彼女を引き止めた。


「ま、待ってくれモンモランシー!!」

モンモランシーはギーシュに呼ばれ、足を止めて振り返った。


「なにかしらギーシュ」


「その香水は彼に、ジョルジュにあげたというのはホントなのかい?違うよね?落としちゃっただけだヨネ?」


モンモランシーはギーシュのその言葉を聞いて、フゥとため息を吐いた。そのあと、少しだるそうな目でギーシュを見ていった


「ええ、そうよ。これはジョルジュにあげたの。男子寮の入口にって言ってたわね。まあどうせ実家に帰る時に慌てて落したんでしょアイツ…全く、人から貰ったモノなんだと思ってるのかしら。帰ってきたら怒んないとね」


ギーシュには今はいないジョルジュに対して愚痴を言っているモンモランシーの顔が、どこか楽しそうに見えた。


何でそんな顔をするんだいモンモランシー?



ギーシュはいよいよ我慢できなくなった。そして自分の心の中で思っていたことをモンモランシーにぶつけた。


「モンモランシー!君はそんなにジョルジュの事が良いのかい!?あんな田舎者の農民のように土臭い彼を!!君からもらったその香水でさえ、落としていくような奴だ!?女性に対する心遣いなんてもんはないんだよ!?それでも君は彼が良いって言うのかい?」


ギーシュが言い終ったとき、周りの生徒はシーンと静まりかえっていた。
終りまで聞いていたモンモランシーは、ホントにだるそうな顔でギーシュを睨み、そして口を開いた。


「そうね…確かにジョルジュは粗野なトコあるわね。いつも私を困らせるし、アナタみたいに奇麗にめかし込むこともないし、テーブルマナーもいいとはいえない。魔法が使えなかったら貴族であるか疑問に思うくらいだわ…」


モンモランシーは「でもね」と言葉をつなげてこう続けた。


「アンタみたいに女を泣かすようなことは絶対にしないわ」


グサッ!!!

ギーシュの胸に、言葉のジャベリンが刺さった。そしてモンモランシーは尚も続ける。


「アンタと違って上辺だけの優しさじゃないし」


グサグサッ!!!

さらにジャベリンが突き刺さった。


「自分の家のことを鼻にかけてもいないし」

ドスッ!!

さらに突き刺さる。

「口先だけじゃないし」

ズドンッ!!

度重なる想い人からの口撃に、既にギーシュはグロッキー状態になっていたが、次の言葉が決定的となった。


「まあ、私からしたらジョルジュはアナタとは比べ物にはならないくらい男前よ。話はこれでいいかしら?じゃあねギーシュ。あの子にちゃんと謝っておきなさいよ」


そう言って立ち去った彼女の後には、床にうつ伏せにダウンしているギーシュだけが残った。彼は倒れながらブツブツと「モンモランスィ~」とかなんとか呟いていた。
周りの生徒はもうギーシュの事を見ていられず、デザートに集中して見えないふりを決め込んだ。


「・・・・・・」


事の始終を見ていたサイトも、「なんかヤバい…」という雰囲気に負け、ここから立ち去ったほうがいいなと感じた。
しかしサイトがその場を離れようとした時、床で倒れている貴族?の少年から声を掛けられてしまった。




「フフフッ….待ちたまえそこの平民」


そうギーシュの口から出てきた声は、若干涙ぐんでいた。












なんでこんなことに…
ルイズの使い魔として召喚された少年、平賀才人は事の一部始終を見てそう思った。
爆発した教室を片づけて、ルイズが「アンタの昼食は話しつけたから、厨房に行って食べてきなさい」って言ったから教室から出た後にルイズと一旦別れた。

ウン…ここまではイイ。



厨房に入ったら、食事の準備のせいか皆凄い勢いで動いていて、話しかけづらかったんだけど、おれと同じ黒髪のメイドさんが「もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔さんですか?」って声を掛けてくれた。シエスタっていったっけあのコ。優しい子だよな~胸もデカイし…
そしてすんげぇ上手いシチューを食べさしてもらった。

ウン…これも間違ってない。


んで、食べながらシエスタにこっちの世界の事をいろいろと聞かせてもらった。
どうやらこの世界では貴族と平民の格差ってものが激しいらしい。んでもって俺のご主人さまであるルイズはその中でも有数の貴族ってんだから驚きだ。

ああ~ブルジョワジーブルジョワジ~

それはこの学院でも同じ様で、貴族の子供たちが生徒だからって多くの奴が威張り散らしているって言ってた。(中には優しい奴もいるってシエスタは言っていたな。「ドニエプル家の皆さまはとても私たちに優しくしてくれるんです」って。いったいどんな人たちなんだろう?)
そんでタダ飯もなんだし、何か手伝わせて欲しいって彼女に言ったら「ではデザートを配るのを手伝ってくれませんか?」って言われて食堂でケーキ配ることになった。

ウン、人として俺の行動は間違ってないぞ…


ケーキを配っていたらなんかやたらと大きな声で喋っている奴らがいた。「なあギーシュ、お前今誰と付き合ってるんだ?」って言う言葉が聞こえてきたと思ったら、「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」って如何にも遊んでそうなヤツが、今時マンガに出てくるナルシストでも言わないようなセリフを言ってたんでムカついた。
けど、そいつの方に顔を向けていたら、足もとになんか落ちているのに気づいたんだ。ケーキ配るがてらに拾ってやるかと思ってその落し物を拾った。なんか紫の液体が入ったガラス瓶だった。ポーション?

これがどうやら間違いだったらしい…


その後は机に置いたポーション(周りの声を聞いていると、どうやら香水らしい)周りの奴らがそれ見て騒ぐやら、女の子が来て色男ががヒッパたかれるやら、なんか本命の子にもの凄い勢いでフラれるやらで、今そいつは俺の近くでダウンしている。


オレ、間違ったコトした?いいやしてないと思うよ。親切に香水の瓶を拾ってあげたじゃん?こっちの世界に呼ばれる前に見ため○しテレビの占いでも、「人には親切にしよう。凄いお礼が来るかも。ラッキーポイントは「中世風の建物」」とか言ってたし?
だけどなんかヤバそうだな…ここはもう退散「待ちたまえよ平民君」ほらオレのバカ…なんか話しかけられちゃったよ~

そう思っているとそいつはフラリと立ち上がってオレの方に顔を向けた。さっきまでとは別人のようにやつれてる…


「フフフッ…君が軽率に、香水の瓶を拾い上げたおかげで、二人のレディが傷ついてしまった…ホントに…ホントにどうしてくれるんだ!?」


言葉に無駄に迫力があるなこいつ…だけど、


「いや、どうもこうもオマエの責任だと…」


そういうと金髪の色男(ギーシュって言われてたな)はいきなり大きな声で俺に詰め寄ってきた。


「うるさい!!君が香水の瓶を拾わなければああもレディ二人の名誉を傷つけるようなことはなかったんだ。なんでわざわざテーブルに置いちゃうんだよ!!僕に直接渡せば良かったじゃないか!!」

んなムチャ言うなよ。負けじと反論をする

「んだよ。仮にテーブルに置いた俺が悪かったとしてもだ。二人目はともかく最初の子には他に言えることがあったろ?さすがにアレはねぇよ…」


そう言うと周りの奴らも「うん。確かに」「あのセリフはダメだろ」「ギーシュらしいけどダメだろ」とか聞こえてきたが、ギーシュは肩を震わせてまた俺に詰め寄ってきた。


「平民の君にドーコー言われる筋合いはない!!僕が言いたいのはこの責任をどう取ってくれるんだ!!」


平民ってお前…要は俺に振られた責任をなすりつけたいだけか…


「だから責任も何もお前のせいだよ。好きな子がいるのに他の子と付き合ってたからこんなことになったんだろ平民も何も関係ないね」


「フフフッ…さすが「ゼロ」のルイズの使い魔だ…貴族の僕に対してそんな口を聞くなんて…ルイズは平民でさえも満足に教育出来ないようだ…」

….マジうるせえなぁコイツ。もう我慢できねえ!


「ウルせぇよ平民平民って…そんなに貴族様が偉いのかよ!!女の子を泣かすような奴に言われたくねぇな!!」


「フッフッ…どうやら「ゼロ」のルイズは君に貴族への礼儀を教えていないようだな…ならば僕が教えてあげよう!! ヴェストリ広場まで来たまえ!!君には特別に「礼儀」というものを教えてあげよう」


「上等だ!!やってやるよ!」




かくして、ギーシュのこの言動により、平民と貴族が戦うという事態が発生した。それは生徒の間に瞬く間に広まり、事態は彼らが思うより大きくなっていった…










「ヒッグ、ヒッグ…」


そんな対決騒ぎが始まる少し前、女子寮近くの花壇にケティがいた。花壇はジョルジュに管理されており、一面に白い花を咲かせている。
そんな白い花を見つめながらケティは目を潤ませていた。


「ふええええぇぇぇん…ギーシュ様のアホ~バカ~女たらし~」


そんな、かつての恋人に向かって言っている彼女に、二人の少女が傍に近づいてきた。ケティがハッとして顔をあげると、そこには友であるステラとララが立っていた。


「全く、だから言ったのです。あんな口からバラ生やしたナルシストはやめておきなさいって…」


溜息をつきながらステラは、ケティに向かってつぶやいた。

「ス、ステラちゃん…」

そしてステラの横に立っている、少し日に焼けた顔のララが、明るい声でケティにいった

「まあ、ゲルマニアでも失恋の一度や二度は誰だって経験するもんよぉ~。今回はたまたま変な男に引っ掛かったって思えばいいのよ。元気出しなさい」

「ララちゃん…」

2人の声に、ケティは再び涙を流した。そしてララに抱きつくと、エンエンと泣き始めた。

「ふええぇぇ~ん! ステラちゃん、ララちゃ~ん」

「よ~しよしよし。今日は一緒にいてあげるからね~。そうだ!いっそ夜は3人で飲もうか!」


ケティの背中をポンポンと叩きながら、ララはケティを慰めた。ステラは二人の様子を見ながら、大丈夫そうな友人を見てホッとした表情を浮かべた。

そんな時、食堂の方向から大きな声が飛んできた。




「ギーシュが決闘するぞー!!相手はルイズが召喚した平民の使い魔だ!!」




その声が聞こえた後、ステラは自分の袖に仕込んでいた杖を取り出した。そしてララとケティの方へ顔を向け、ララにいった。


「ララ…ケティさんのことよろしくお願いします」

そう言うとステラは食堂の方へと足を向けた。


「うん分かった..ってステラ?あんたどこに行くつもりよ?」

急な友人の行動に、ララは思わず尋ねた。ステラは足を止め、再び顔をララに向けると、ララがある程度予想していた答えを返してきた。








「なんでもありません。ちょっとあの金髪バカを焼いてくるだけです」





[21602] 17‐A 話 戦いの終着点は...
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/10/01 08:18
魔法学院にそびえる5つの塔の内、火の塔と風の塔の間にヴェストリの広場がある。
この広場は時として、野外授業の場所として使われており、そのせいか学院や周りを囲む石壁に木が何本か、ちらちらと生えているぐらいの非常にさっぱりとした場所であった。
だが何もない場所であるためか非常に使い勝手が良く、学院の生徒達はこの場所で使い魔と戯れたり、友達と喋ったりするするなどの場として使っている。
本来であれば、昼食を終えた生徒が何人か見られる時間なのであるが、今日はいつもの何倍もの数の生徒が、この広場に集まっていた。


貴族と平民が決闘する―


このことは、生徒達の間を瞬く間に伝わった。そしてその決闘を見物せんと、多くの生徒達がこの広場にやってきたのだ。
集まった生徒の大半は2年生であるが、その中には話を聞きつけてやってきたのか、1年生や3年生もちらほらと見られた。
広場の中心から少し離れた場所では、木の下に座っている生徒や、使い魔があちらこちらにおり、中でも紅い鱗のコアトルがとぐろを巻いている姿は一際目立っている。そして今回の騒動を引き起こした当の二人、ギーシュとサイトは、広場の中心で10メイル程の距離を空けて相対し、多くの視線を受けていた。


「逃げずによく来たね。それについては褒めて「で?ケンカのルールは何なの?」・・・」


ギーシュは自分が広場に来た後、すぐに後からやってきたサイトに嫌味の一つでも言おうとしたのだが、途中に言葉をはさまれて言えなくなった。ギーシュの心にはこの目の前にいる平民への怒りで一杯になっていた。
既に女の子へ謝罪するという気持ちは消えていたのだ。全てはこの平民が悪いんだ。だからこのルイズの使い魔を徹底的に痛めつけてやろうと考えていたのだった。


「フンッ…まあいい。君のいうケンカでも僕は構わないが、ここは僕たち貴族が暮らす学び舎なんだ。野蛮なケンカではなく、貴族らしく「決闘」の方式をとろうじゃないか。そうだな…どちらかが「まいった」と降参すれば勝利となるということでいいかい?」


ギーシュはバラを顔の目の前で揺らしながらサイトへ言った。
因みに、サイトもサイトで怒っていた。度重なるルイズからの体罰と使い魔という扱いに加え、今回のギーシュの行動に堪忍袋が切れたのだ。

一発顔面を殴らないと気が済まない。そんなに貴族が偉いのか。彼の頭はそれで一杯になっているといってもよい状態であった。

ギーシュの言葉にサイトはピクリと反応し、ギーシュを睨みながら言葉を返した。


「他にはないの?だったらとっとと始めようぜ」


「どうだい?今からでも遅くないよ。そこに膝をついて、自分の非を認めて謝罪するなら許してあげようじゃないか」


「ふざけんなよギザ男!誰が謝るかよ」


ギーシュの言葉にサイトは激昂し、殴りかかろうとギーシュに駆け寄ろうとした瞬間、周りの人だかりの中からルイズが飛び出してきた。人だかりを分けて来たためか、桃色の髪は少し乱れている。

ルイズはサイトのそばまで近寄り、大きな声を二人に掛けた。


「何やってんのよアンタ!!平民がメイジにケンカ売るなんて!!ギーシュもこんなふざけたことは止めて!学院内での決闘は禁止されているのを知ってるでしょ!?」


ギーシュは首を左右に振ると、まるでルイズを小馬鹿にするような口調で話した。


「おいおい何を言ってるんだいルイズ?決闘が禁止されているのは貴族同士での場合じゃないか。相手が使い魔、ましてや平民と決闘してはならないとは決まってないね」


「そ、それは今までそんなことがなかったから…とにかく止めてギーシュ!」


ルイズの言葉に、ギーシュは口の端を少し上げながらさらに言葉を続けた。


「フフ…安心したまえルイズ。決闘なんて言っているがね、これは貴族への礼儀を知らない君の使い魔に少し教育してあげるだけさ。それともルイズ、この平民が傷つくのがイヤならば君が彼の代わりに謝るかい?」


サイトの怒りは再び燃えた。そしてなにか言おうとしていたルイズの肩を押しながら、ルイズの方は見ずに怒りに満ちた声で言った。


「どいてろよルイズ…どうやらあのお坊ちゃまは、相当俺を痛めつけたいそうだ…ふざけんな。貴族だろうが何だろうが逆にボッコボコにしてやる!」

ギーシュは再び口の端をつり上げた。そして取り澄ましたような表情を作ると、サイトの方に向けて、自分の杖でもある造花のバラを前に突き出した。


「どうやら君の使い魔はやる気十分のようだ。さあ彼から離れるんだルイズ。みんなと一緒に見ているがいいさ」


そう言うとギーシュはバラの造花を横に振った。バラからは花弁が一枚外れ、ヒラヒラと地面に落ちた。
すると、一瞬花弁が光ったように見え、光が消えるとそこには青色の甲冑姿の人形が立っていた。


「僕の二つ名は’青銅’、‘青銅’のギーシュだ。僕はメイジだから魔法を使わせてもらうよ?」


そう言うとギーシュは再びバラを振った。その動きに呼応したかのように青銅で出来たその人形はサイトに接近し、その青色の拳をサイトの腹部にめり込ませた。オオッと周りの生徒達から声が上がる。


「グハッ!!」


急な腹部への衝撃に、サイトは耐えきれずに膝をついてしまった。周りの「いいぞギーシュ!!」「ヤレヤレー!!」という声に混じって「サイト!」とルイズの声が聞こえてきたが、彼女の方を見ている余裕はなかった。
サイトは未だにダメージの残る腹を手で押さえながら立ち上がった。目の前に立つ青銅の人形の後ろから、ギーシュの声が届いてきた。


「遠慮はいらないのだよ?かかってきたまえ。もっとも...この‘ワルキューレ’を倒せたらだけどね」


くっ…これが…魔法…


想像以上の相手にサイトの顔には汗が流れ始めてきた。
サイトも向こうの世界ではそれなりにケンカはしてきた方である。召喚されてきてからバカにされ続けた欝憤を晴らそうとしたが、この金属の人形にどうやって戦えと…そんな彼の考えなど意にも介さず、ワルキューレは再びサイトに向かって拳を振り上げた。












「ああ~始まっちゃったわね~。ホント…無謀なことをするものね~」


ギーシュとサイトが決闘している広場の中央から少し離れた場所、壁の近くに生えた木の下に、キュルケとタバサが座っていた。彼女たちも食堂で決闘の話を聞きつけ、キュルケがタバサの手を引いてやってきたのだが、キュルケは人だかりを避けて遠巻きに見ており、タバサに至ってはあまり興味を持ってないようで、先ほどからずっと本に目を落としている。


「全くヴァリエールも面白い使い魔召喚したものね。メイジと決闘する平民の使い魔なんて聞いたことないわ…ってタバサ?あなたも本ばっか読んでないで見てみなさいよ」

キュルケは隣に座っているタバサに話しかけた。タバサはほんのページをぺラッとめくると、キュルケの方に顔を向けたが、少し顔をしかめた様子でキュルケに呟いた。


「興味ない・・・・それよりもキュルケ・・・・ちょっと臭い・・・少し離れて」


その言葉にキュルケは大きな声を返した。


「誰のせいだと思ってるのよ!?あなたがあの変な液体が入った瓶を残していったせいよ!私が一番近かったから臭いがついて全然取れないわ!香水を使っても誤魔化せないのよ!」


「あれは失敗作・・・あの味には・・・ほど遠かった・・・」


「味の問題!?というかなに再現させようとしてるのよ!?臭いだけ強烈にして!」


「大丈夫・・・きっと作ってみせる・・・それとキュルケ・・・ちょっと離れて・・・酸っぱい」


キュルケは入学以来、この青髪の少女にこれほど殺意を湧いたのは初めてであった。

無意識のうちに杖に手を伸ばそうとしたその時、広場の中央から再びワァッと声が上がり、二人は思わずそちらの方に顔を向けた。見ると平民の少年が倒れている。ワルキューレに打ちのめされたのだろうか。キュルケとしては予想通りの展開であったが、隣の友人の意見を聞こうと顔を左に向けた。


「ねえタバサ。あの平民の子、勝ち目あると思う?」


そう聞かれたタバサは、キュルケの方には顔を向けずに、やはりいつものような小さな声で興味なさそうな様子で呟いた。


「勝ち目はない・・・魔法に無策で挑むのは・・・・愚か」


そういったタバサは、「キュルケ・・・」と呟いてキュルケのほうに顔を向けた。彼女の目は、いつものような目ではなく、まるで今から戦争に行くかの様な目つきであった。
その彼女の視線にキュルケは思わず体を緊張させ、次にタバサが言うコトを待った。やがてタバサが口を開き、まるで絞りだすかのような声でキュルケに言った。






「香水と混ざって・・・ほんと臭い・・・・発酵したマ・・」


「タバサ…私はあなたを友人と思ってるけど、燃やしてもいいかしら?」










キュルケとタバサがそのようなやりとりをしている最中、広場の中央で行われている決闘は一方的な展開となっていた。
タバサが口にした通り、怒りにまかせたサイトにはワルキューレを倒す方法などはなく、ギーシュに近づこうとしたところで青銅の拳に倒されるということが何度も繰り返されていた。既に10数発は殴られたのだろうか、サイトの顔は所々腫れ、口の端からは血が流れている。腕も痛めたのか、右手で左腕の上部を押さえている。


ワルキューレから離れた場所に立っているギーシュは、サイトをちらりと見ると、優しい口調でサイトに言った。


「そろそろ降参した方がいいんじゃないか?君もよくやったよ。これ以上やると死んでしまうよ?」


サイトはギーシュの方を睨んだ。右目の瞼がはれ上がり、右目はほとんどふさがっている状態で、サイトはギーシュに声を張り上げた。しかし張り上げたと思われる彼の声は弱々しかった。


「う、うるせえ…だれが...降参するかよ」


ギーシュはその言葉を聞くとフッと笑い、造花のバラをスッと横に振った。するとサイトの前が光ったかと思うと、ひと振りの剣が刺さっていた。その剣は青白い刃を帯びており、サイトが歴史の教科書で見たような錆びついたものでもなく、銀色に光ってもない、鈍い青色をしてた。


「このまま君を痛めつけていても僕も周りもつまらないだろうからね…特別だ。その剣を取りたまえ。そうでなければ「参りました」と僕に降参するんだ」


サイトはその剣を取ろうと手を伸ばした。すると横からルイズが飛び出し、伸ばした手を掴んできた。先程からずっと見ていたルイズの顔には、涙が浮かんでいる。


「ダメよ!!その剣を取ったらギーシュはもう容赦しないわ!アンタ死んじゃうわよ!?ギーシュもお願いだからヤメテ!!」


ルイズの大きな声が広場に響いた。ギーシュはバラをルイズの方へ向けた。


「ではルイズ、君がその使い魔の代わりに謝るかい?膝をついてちゃんと謝れば、使い魔君の非礼を許してあげようじゃないか」


周りの生徒達はオオーッと声を上げた。ルイズはギーシュのその言葉に下唇をかんだ。そして悔しさを顔に滲ませながら膝を地面に着けようと腰をかがめた時、サイトの右手は剣の柄を握り締めた。

それを見たルイズは立ち上がり、再び大きな声を出した。


「アンタ何やってんのよ!?それを取ったらア「うるせぇ」!!!」


ルイズの言葉を遮り、サイトは右手に力を入れた。地面に刺さっていた剣はズッという音を出し、サイトの右手へとその剣が移動した。

切れている口を開きながら、サイトはボソボソと、それでいて力強い声でルイズにいった。


「お前が頭下げてどうするんだよ…これは俺が買ったケンカなんだよ…それなのにお前に頭を下げさせるなんてみっともねぇことさせんじゃねぇよ。自分のケンカは…」


サイトは痛めているであろう左の手も柄に添え、両手で剣を持った。サイトの左の甲に刻まれたルーンから光が漏れる。

「自分で決着付ける!!」

そう叫び、サイトはその剣をギーシュへと向けた。ルーンが一層光を増し、ふとサイトは、いつの間にか体の痛みが消えていることに気づいた。


(なんだ…?さっきまでそこかしこ痛かったのに、まるで痛みがない…それどころか体の奥から力が湧いてくる)


そんなサイトの変化に気づかず、ギーシュはワルキューレを突っ込ませた。


(フフフ…平民が剣を貴族に向けたのだから、もう言い訳は出来ない。思う存分痛めつけさせてもらうよ…)


ワルキューレはあっという間に間合いにサイトを捕らえた。そして右手を振りかぶってサイトの顔に拳を突き立てようと拳を出した。
しかし、ワルキューレの拳は空を切る。
サイトは殴りかかってきたワルキューレのパンチに合わせ、避け際に手に持った剣でワルキューレの腰を切り裂いた。ワルキューレは腰から上下に真っ二つに両断され、上半身が地面に音を立てて落ち、少ししてから下半身部分も崩れ落ちた。


「オオーッ!!ギーシュのゴーレムを切ったぞ!!」「あの平民、剣士なのか!?」「おいギーシュ!!気を抜き過ぎじゃないか?」


先ほどとは違う状況から、周りからは様々な声が飛び交う。この事態にはワルキューレを切られたギーシュはおろか、切った本人であるサイトも驚いていた。


(体がウソのように軽い…なんだか知らないけど、今のこの状態なら…勝てる!!)


「ふ、フンッ!少しは剣が使えるようじゃないか。しかし調子に乗るなよ平民が!!」


剣を渡した直後、ワルキューレを切られたギーシュは予想外の事に焦りを隠せなかった。しかし、自分の手札があることに冷静さを取り戻し、彼はバラを左右に大きく振った。花弁が6枚地面に落ち、そしてギーシュの前に、6体のワルキューレが錬成された。先ほどの一体目とは違い、一人一人槍を携えている。


「一体は倒せただろうが、もう容赦はしないよ。このワルキューレたちを倒せるかな?ゆけ!!ワルキューレ!!」


ギーシュがそう叫ぶと、ギーシュの目の前に立っていた2体のワルキューレが、サイトに向かって駆けだしてきた。サイトもそれに備えて剣を構えなおした。





その時であった―





サイトに向かって駆けだしてきたワルキューレの、1歩手前の地面が急にぼんやりと赤く光った。そしてワルキューレの足がその光る地面を踏んだ瞬間…


ゴッ!!!という音と共に巨大な火柱が青銅のゴーレムを飲み込んだ。
その勢いはすさまじく、火の中で焼かれていくワルキューレはまるで業火で焼かれる罪人を連想させた。
しかし火は空高く上ったかと思うと、あっという間に消え去った。

そして後には、焼け焦げた地面と、原型がとどめていないほど溶けたワルキューレだったものが2つ転がっていた。


ギーシュもサイトもルイズも、周りで見ていた生徒達も、あまりの出来事にみな一様に言葉が出なかった。やがて、人だかりの後ろから少女の声がした。


「威力は上出来ですね…ただコントロールがまだ上手くはありませんね。せっかくラインになったというのに…これではあっという間に魔力がなくなってしまいます」


そう言った少女は、人だかりを抜けて広場の中央、ちょうどサイトとギーシュの中間の位置に出てきた。長く伸びた髪は紅く、先の方は軽くカールされている。
眼鏡をかけたその少女は、今朝ルイズをクソチビと呼んだ1年生、ステラであった。


突然のステラの登場に、多くの生徒が戸惑った。2年の生徒の多くは、今朝の朝食でルイズを罵っていたところを見ていたぐらいなので、なぜ?という疑問しか浮かんでこなかった。
しかし、何人かの3年生、1年生は彼女を見た瞬間に、小声で仲間と話し始めた。


「おい…あの子もしかして…」


「ああ…ありゃマーガレットがこの前言ってた、妹のステラだ…」


「うそ…なんであの子がここにいるの?」


「「焦熱」のステラ…」


そのようなヒソヒソ声が響く中、決闘をしているサイトも、朝食の時に食べ物をくれた紅い髪の少女を思い出した。ルイズもその顔を見た瞬間、朝食での出来事が思い返されてきた。


「あ、あんたは朝食の時の!!一体何の用よ!!」


ルイズの声が聞こえたのか、ステラはルイズの方をちらっと見ると、「ああ…朝の…」
と呟くと、首を左右に揺らし、2、3歩サイトとルイズの方へと近づいた。そして朝の時と同じ口調で、ルイズに話かけた。


「いえね…私の友達であるケティさんが、そこの金髪バカに大分お世話になったので…」


そう言葉を切ると、ステラは急に反対方向に体を向けた。そして未だに状況が飲み込めていないギーシュの方を杖で指し、まるで氷のような冷たい声でこう言い放った。


「お礼にあのふざけたツラ、焼きに来たんですよ」









ステラがそう言った瞬間、ギーシュの前に大きな火柱が立ち上った。



[21602] 18-A話 決着をつけるは誰か
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:3351ae62
Date: 2010/10/31 04:57
紅い火柱は、まるで噴水から出る水のように、勢いよく空へと昇った。しかし、その火柱の火が霧散した後、先ほどとは変わらぬ様子で立っているギーシュが見えてきた。

ギーシュにはなにが何だか分からなかった。
突然ワルキューレが2体、焼かれたかと思ったらあの紅い髪の少女が決闘の場に入ってきた。
ルイズに何か喋っていたようだが、こちらを向いた瞬間、火の柱が目の前に現れてあっという間に消え去った。

ギーシュは急な展開に頭の思考が付いていけなかった。
しかし火柱が消え去った後、紅い髪の少女、ステラのその横には先ほどまで自分と闘っていた平民がいつの間にか立っているのが見えた。
平民の手は、ステラの右の裾をつかんで彼女の杖の先をわずかばかり下にそらしていたのだ。











「…ヒラガさんでしたっけ?私に何か御用ですか?」


ステラは鬱陶しいものを見るかのような目でサイトを睨んだ。
その目と不気味なほどにはっきりとした声に、サイトは一瞬背中に寒気を覚え、掴んでいた彼女の裾から手を離した。
しかしすぐにステラを睨んで、


「それはこっちのセリフだ。あんたには朝食の時に助けて貰ったけど...ヒトのケンカに割り込んで来て、何する気だよ?」


ステラは首を左右に振ってからフーっとため息を吐いた。

「なにって...さっきあなたの主人にも言ったはずですが。「あのふざけたツラ、焼きに来た」と」

そう言いつつ、ステラはギーシュに指をさした。
辺りはシーンとなっていたが、やがてギーシュの頭はステラの言葉を理解する内に、沸々と怒りが込み上げてきた。
そしてギーシュは彼女へ大きな声を上げた。


「ふざけるな!!僕はそこの平民と決闘をしているんだ!それを邪魔して、不意打ちで僕のワルキューレを溶かした揚句、あろうことか僕を焼くだと!?決闘の邪魔をするなんて・・・君には貴族としての誇りと礼儀はないのか!!



ギーシュの声が広場に響き、やがて周りの生徒達もステラへ罵声を浴びせ始めた。


「ひっこめ一年!!俺達は決闘を見に来たんだ!!お前なんかお呼びじゃあないんだよ!!」



「せっかくイイ所で乱入しやがって!!貴族の風上に置けない奴だ!!」



「貴族の誇りを汚すな!!」



ギーシュの言った言葉につられて多くの生徒がステラを罵声が辺りに響いた。
ギーシュは観衆を見方につけたことでその顔に自然と笑みが浮かび、サイトは周りの雰囲気が急に変わったことについていけず、ステラを責め立てるのを彼女の横で見ているしかなかった。


ステラは自分に向けられた罵声を受け、目をつむって黙って聞いている。

その姿を見て、ギーシュはここぞとばかりに大きな声を彼女へと向けた。



「確か君はジョルジュの妹だったね?全くこれだから世間知らずの田舎者は!!兄が礼儀知らずならその妹も「黙れ」ッッッ!?」



ステラの一言に、すべての生徒が喋るのを止めた。
たった一言しか出さなかった彼女の声は重く、ギーシュにはまるでナイフを胸に突きつけてくるかのようなプレッシャーが彼女からにじみ出てくるように感じられていた。
彼女はゆっくりと目を開くと、広場にいる全員に聞かせるかのように、


「グダグダグダグダうるせーんですよこのボンボン金髪バカが...いいですか?別にお前がドコの誰と決闘しようが何だろうが興味はないんですよ。だけどね、自分を好いてくれていた女を、私の大切な友達を泣かせといて…決闘ごっこしているアホに礼儀なんて必要ないんだよ」




ステラは杖を再びギーシュへと向けた。
そしてギーシュの方をまっすぐと睨んだ。その眼光は既に少女のものとはほど遠く、歴戦の戦士のように感じられる。
ステラの横に立っていたサイトには、彼女から漏れる並々ならない怒りがまるで槍のようにギーシュへと向いているのが見てとれた。
ステラは一度目をつぶり、すぐに目を開けると



「何か言いたいんならどうぞ言ってくださいな。あなたの決闘ごっこの邪魔をしたことは先生方にでも相談してください。だけどね…ケティさんを侮辱したケジメだけはつけてもらいますよ…」



先程の冷たい声をそのままに、ステラはギーシュへと呪文を唱えた。
ステラの怒りに当てられたギーシュは慌ててワルキューレを動かそうとしたが、既にギーシュの足下は赤く光っている。



誰もがギーシュが焼かれると思ったその時、人だかりの中から少女が飛び出し、ステラへと飛びかかった。


「ララタックル!!」


掛け声と共に飛び出してきたその少女はステラの同級生、ララであった。ララはステラの横からステラへと飛び込んだ。
半ばタックルのような勢いと、全く予想外の事に、ステラはララの突進をモロに受け、体を横へと飛ばされた。

一同が再びポカンとなる中、地面に倒されたステラはググッと状態を起こした。
そして未だに自分の腰にひっついているララを確認すると、少し弱った声を出した。

「ラ、ララ…何をするんですか急に」

その声にララは反応し、ガバッと顔を上げた。その表情は明らかにパニック状態であり、彼女の眼はグルグルとそこかしこに回っている。


「ああああ~ッッ!!良かった~まだ誰もヤッてないよね?ヤッちゃってないよねステラ?やってても私は見てないよ?ええ見てませんとも。仮に何人かヤッゃってても私とケティはアンタの味方だからね?とりあえずはここから逃げ…」



「落ち着きなさいララ!!私は「まだ」誰も殺してません!!少し周りを見なさいな」

「「まだ」って言ったね!?まだってことはこれから実行しようとするんでしょ!?ダメだっていくらあの金髪バカがムカついててもいくらあんたで・・も・・・・・・」


ようやく落ち着いたのか。ララはきょろきょろと辺りを見回した。
辺りにはぐるっと魔法学院の生徒が囲み、横にはあのルイズ嬢の使い魔であっる平民が血だらけになって立っている。
その反対には青銅のゴーレムが4体そびえており、その向こうではケティにぶたれた金髪バカがプルプルと震えていた。


「フフフ…どうやら今年の一年生はずいぶん礼儀知らずが多いようだね…いったい決闘を何だと思っているのか…


ギーシュはゆっくりとバラを上げた。ステラとララは一緒に立ち上がると、最初にステラが口を開いた。

「だから何度も言ってるでしょこの金髪バカが。決闘ごっこをやる前にケティさんへの謝罪として素直に焼かれろと…」


「バカあんた。仮にも大貴族の息子さんなんだからそんなことしたら私たちがエライ目にあうじゃない。下手したら退学モノよ?そういう時はネチネチと靴に何か仕込むとか…」

二人は口々に話し始めた。先ほどから二人の話を聞いている周りの生徒たちからはクスクスと嘲笑がもれ始めた時、ついにギーシュの怒りは爆発した。


「反省する気はないようだね…いいだろう!君たちも少し罰を受けるべきだ。ゆけワルキューレ!」


ギーシュがバラを振るのと同時に、ワルキューレが二人めがけて突進してきた。
ステラはそれに気づき、迎え撃とうと手を伸ばしたが、その手には彼女の杖が握られていなかった。
はっと地面を見ると、自分が愛用している木に茨を絡ませた杖が転がっていることに気づいた。
先ほどのララの突進の拍子に、杖を離してしまっていたのだ。
ゴーレムが目の前に迫り、拳を振りかぶっている。
ララは「み゛ゃーーー!」っと叫んでいて、ステラはララをかばうように彼女の前に出た瞬間、
ステラたちの前に誰かが割り込んできたかと思うと青銅のゴーレムはギャンッと言う音を出し、上半身と下半身を離して崩れ落ちた。




私の魔法でもない。ましてやララがやったわけでもない。
そう考えたステラの目の前には、先ほどまで血だらけで剣を握っていた平民、サイトが立っていた。







「待てよ。お前のケンカの相手は俺だろ。こんな時にも女の子に手を出すなんて相当の遊び人だなテメーは」


ゼー、ゼーとサイトは大きく呼吸をしながら剣の切っ先をギーシュへと向けた。
その体には血がところどころに付着しており、瞼は腫れてふさがりかけている。

その姿に、ギーシュは気圧されながらもすでにふらふらになっているサイトを見ながら指をさした。


「ふ、ふん。見て分かるだろ?せっかくの決闘がこの娘たちに中断されてしまったんだ…ワルキューレも彼女に2体焼かれてしまったしね…興が削がれたよ。僕は彼女たちにちょっとお仕置きをしようとしたんだ。まあ君にとっては命拾いしたんだからこれからは…」

ギーシュが言い切る直前、サイトは手にした剣を両手で握り締め、まっすぐギーシュを見据えた。
そしてギーシュへ

「ふざけんなよ…オレはまだ降参してねえんだ。いいか、テメーがどんだけ偉いか知らないけどなぁ、ケンカは決着がつくまでやるんだよ!!お前の勝手で決めるんじゃねえよ!!」


サイトの言葉に周りの生徒たちはザワザワと騒ぎ始めた。
サイトの体は、すでにワルキューレに打たれて立っているのがやっとであろうことが、他の者が見ても明らかだった。


「調子に乗るなよ平民が…ワルキューレを1体切っただけで勝つ気でいるのかい?まぐれは続かないよ。君のその頑張りに免じて見逃してあげようというんだ。素直に聞くことが賢明だと思うがね」

ギーシュの言葉に反応し、後ろで見守っていたルイズが大声でサイトに声を掛ける。

その目には涙が流れていた。


「ギーシュの言うとおりよ!!アンタフラフラじゃない!!それ以上やったらホントにアンタ死んじゃうわ。もう十分でしょ!?」


ルイズの声を背中で受け、サイトは振り返らず、しかし心なしか堂々とした様子で言葉を返した。

「言ったろ?自分のケンカは自分で決着つけるって…ボコボコにされようが乱入されようがそれだけは譲れねぇ…あいつに「参った」って言わせるのは譲れねぇんだよ…」


「そ、そんな体で、まだ3体いるワルキューレに勝てると思っているのかい?いいだろう。貴族である僕が君のその舐めた態度を・・・」


「グダグダ言わずに決着つけるぜ…お前のその高慢な態度ごとぶった切ってやるよ!!」

サイトがそう言うと、左手のルーンが再び輝きだした。それは先ほどの光より、大きくそして強い光を放っていた。
サイトは地面を蹴り、向かってくるワルキューレに突進していった。
体からは既に痛みが引き、自分でも信じられないくらいの力が奥底から湧き出てきた。

「ふざけるな!!ゆけワルキューレ!!!」

ギーシュのバラが振られ、3体のワルキューレは動き出した。

ワルキューレが手にした槍をサイトへと突き出した。

それに合わせるかのようにサイトは体をひねる。
槍の柄に沿ってワルキューレへ近づき、横なぎに剣を振った。脇から刃が通った青銅の体は宙へと舞った。
続けざまに後ろから2体目が剣を振り下ろしてきたがサイトはそれを剣で受け止め、それと同時にはじくとワルキューレを肩から一気に切り裂いた。

「オオオオッーーー!!」

雄たけびを上げ、サイトはギーシュへと突き進む。
ギーシュは慌てて残りの一体を自らの前に出すが、勢いの止まらないサイトは、ほんの一瞬で青銅のゴーレムの首を切ってしまった。

その勢いのまま、サイトはギーシュへと接近してその刃を振り下ろした。

「サイトッッ!!」

ルイズの声が当たりに響き渡った。



周りの生徒は一瞬、ギーシュが切られたと思い目を瞑ったが、しばらくして目をあけると、眼前の光景は、顔が固まったギーシュの顔と、
ギーシュの手に握られていた造花のバラの先が地面にポトリと落ちている光景であった。


「おい、何か言うことあんだろ」


サイトは腫れているその目でギーシュを睨んだ。ギーシュはズルズルと崩れ落ち、

「ま、参った…」

とだけ口にした。


その数秒後、あたりは大きな歓声に包まれた。

「へ、平民が勝ったぞ!!」

「バカ、途中乱入されたんだからこの勝負無効だろ!!」


「これって平民の勝ちなの?」


「メ、メイジが平民に負けただと・・・」

勝負の内容が問われる中、サイトは手から剣を地面に落とし、ギーシュへ言った。

「この勝負、お前が出した剣を握った時点で俺の勝ちはねえよ…お前の勝ちだ。だけどな、ケリは…俺の意地だけは…み…せた」


最後まで言い切らず、サイトはその場にゆっくりと倒れていった。
ルイズが「サイトッ!」と叫んでそばに駆けよってきた。
サイトは気を失っているらしく、呼吸はあるのだがピクリとも動かない。
ルイズは直感的にサイトが危険な状態であると気づいた。すぐに治癒をしたいのだがゼロの自分では治癒魔法は出来ない。
誰かに助けを求めようとルイズは顔を上げた。
するとサイトの体は地面へと倒れずに、ふわりと宙に浮かんだ。
ルイズが後ろを振り向くと、杖を前にかざしているステラとその後ろをついてきているララが見えた。

「あ、アンタ一体…」

ルイズがステラに尋ねると、ステラは首を左右にゆっくりと傾けながらしゃべった。

「・・・ヒラガさんはそこの金髪バカをのしてくれましたしね。それに彼の状態を見るとすぐに医務室に運ばなくてはいけませんし、医務室までこのまま運ばせていただきます」

「そうです!!すぐに治療しないと結構やばそうだし、治癒の魔法をかけながらいきますんで、ミス・ヴァリエールも一緒ついてきて...」

ステラとララの言葉に、ルイズはすぐに大きな声で返した。


「あ、当たり前でしょ!!私が怪我している使い魔をほって置くわけないでしょ!!しっかり運んでよ!!落としたら承知しないんだから!」

そういったルイズを横目でチラリと見て、ステラは

「アンタじゃあるまいしそんなことしませんよ。ほら行きますよ」

といって建物へと歩き始めた。それに続くようにルイズとララがサイトの周りに付きながら歩いていった。


ルイズはふとサイトの顔を覗き込んだ。
瞼は腫れており、ところどころに赤紫色のあざが出来てしまっていたが、その顔はどこか、微笑んでいるように見えた





パートA終了 19話へ続く



[21602] 12-B話 ジョルジュの帰省
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/11 02:54
「しっかし、屋敷に帰ってくるのも久しぶりだよ~。去年の夏に一度戻って以来だなぁ」

トリステイン魔法学院で手紙を受取った夜が明け、昇った太陽が再び沈んで双月が顔を出し始めた頃、ジョルジュは自らの実家であるドニエプル家の屋敷の前にいた。
彼の肩には少し大きめの袋がかけられており、中には着替えと、ちょっとしたお菓子だけが詰め込まれていた。彼が学院から出る際には、ある程度食べ物を入れていたのだが、グリフォンのゴンザレスと食べたらすぐになくなってしまい、袋はずいぶん軽くなっていた。


ジョルジュはゴンザレスの背から降りると、袋の中にあった残りのクッキーをゴンザレスの口の中に入れてやった。
そしてゴンザレスが嘴をモゴモゴするのを見て、一人と一匹は門をくぐって屋敷の玄関まで歩いていった。

「花壇大丈夫だかなぁ~。ルーナのこと置いてきちまったし、ステラが面倒見てくれたら良いんだけど~。それに寮の当直の先生には伝えてきたども、皆に何も言わずに出ちまったからな~驚いたんじゃねぇべかなぁ」

そんなことを考えながら、彼は屋敷の玄関口に着くと、ジョルジュは竜の形をした門扉錠をガンガンと叩いた。しばらくして、ガチャッという音と共に、懐かしい顔が扉の中から出てきた。

「おお~ジョルジュ坊ちゃま。お久しゅうございましゅ~」

久しぶりに見たメイド長の顔はいささか皺が増えたように感じた。

「ただいまだよアン婆ちゃん。母さまに皆は、いるだか?」

「ハイ~。皆さまは丁度ご夕食をとられたところでございましゅ~」

「そうだか~分かっただよアン婆ちゃん。あとアン婆ちゃん入れ歯はめるだよ。上のほうはみ出てきてるだよ」


そうメイド長に言ってからジョルジュは家の中へ入っていった。



屋敷の中に入り、広間の真ん中付近まで入ったところで、2階へと続いている中央の階段から、この家の末娘が降りてきたのが見えた。

「やあジョルジュ兄さん。久しぶりです。母上は明日の朝ぐらいに来ると言っていたけど、随分早い到着だね」


以前見た時よりも伸びた白い髪を、後ろで結わえている彼女は、兄の早い到着には驚く様子も見せず、口に微笑を浮かべながら話しかけてきた。


「いんや~母さまに肥料にされたくねぇだからな~ゴンザレスには頑張ってもらっただよ。だども久しぶりだなぁサティ...ってどうしたんだ、その格好は?」


ドニエプル家の3女サティは11歳という幼さにも関わらず、その身長は190サント程にまで達しており、家族の中で最も身長が高い。また、ジョルジュがかつて教えた格闘技「システマ」を改良し、オリジナルの戦闘スタイルを作るほどの格闘センスをもっているのだ。
そんな彼女は今、ゆったりと休憩をとるような服ではなく、かつてジョルジュとオーク鬼を退治しに行った時のような、戦闘服を着ている。


「ああ、これから夕食の後の手合わせをヴェル兄さんとやるのです」

「ヴェル兄さが!?それって大丈夫だか?」


ジョルジュはサティが言ったことが信じられなかった。
彼の記憶にある兄は、魔法学院を卒業した時には土のトライアングルクラスまでに成長していたが、争いや戦闘といったことにはあまり関心がなく、もっぱら読書とおかしな研究に没頭していたのだ。
その兄が、いくら家族とはいえ訓練を?しかも相手は父をも仕留めるほどの腕なのだ。いくら苦手な長男だからってそりゃあ心配だ。

ジョルジュが未だにサティの言葉に驚いていた時、2階からつい先ほどの話に出てきた人物が降りてきた。
180サントぐらいの背の高さの青年で、サティと同じ白い髪は、短く切りそろえられていた。服装は妹のような動きに特化したものとは異なり、髪の色に合わせたかのような白いローブを身にまとっていた。
そして彼の杖であろうか、青年の右手には自分の身長と同じくらいの長い杖が握られていた。


「帰ってきたんかジョルジュ。帰って来たのなら挨拶ぐらいするっぺ」


この青年、ヴェル・ドネツィク・ド・ドニエプルは訛りを含んだ低い声をジョルジュにかけた。ジョルジュは近づいてくるヴェルが発するその雰囲気に、飲まれかけそうになっていた。


(この威圧感・・・おら苦手だよ~)「ヴェ、ヴェル兄さただいまだよ...サティがヴェル兄さと手合わせするって言ってたけんど、だ、大丈夫だか?」


「フンッ!!お前に心配される理由はないっぺよ!!ほら邪魔だっぺ!サティッ!行くっぺよ!」


ヴェルは階段をおりると、ジョルジュをひと睨みしてからサティにそう叫んだ。そして扉から外に出た後、サティはジョルジュに小声で言った


「ジョルジュ兄さん。ヴェル兄さんは私の家庭教師を務めるようになってから、あんな風に私の相手をしてくれるようになったんだ。魔法も使ってくるから、ジョルジュ兄さん程ではないがいい相手になってくれるんだ。だから心配しなくても大丈夫さ」


外から「サティ!!早くするっぺ!!」っという声が聞こえてきたので、サティはジョルジュに微笑んでから外に出ていった。ジョルジュは少し溜息を吐き、両親のいるであろう2階へと行こうとした。すると先ほどの声で気付いたのか、階段の上から母ナターリアが彼を見ていた.....









「どうです?学校に入ってから1年が経ちましたが、学校には慣れましたか?」

ナターリアはジョルジュを2階の自分の部屋に招き入れた。庭に面している彼女の一室からは夜の闇が星と共に見えており、外で戦闘訓練をしている2人の声が聞こえてくる。


「オラは大丈夫だよ母さま。友達も出来たし、マー姉やノエル兄さ、ステラもいるから全然さびしくねぇだよ」         ―ではそろそろ行かせてもらうよヴェル兄さん―

「そうですか。まあ、あなたは兄妹の中ではステラに次いでしっかりしてますからね...マーガレットやノエルはどうですか?」   ―ふん!!来るっぺサティッ!!―


「マー姉もノエル兄さもあんま変わってねぇだよ...マー姉は最近、自分で酒さ作ってるだよ。だどもこの前、マー姉からもらった酒さ飲んだらあまりの臭さと不味さで昔に戻っちまったし...ノエル兄さは家いる時よりかは明るくはなったけど、まだ人と話すのは苦手だって」       ―ハァァァッ!!- バキッ!!!


「そうですか...マーガレットにはもう婚約者もいるというのに困ったものです。メイジとしては大分成長したようですが、貴族の娘としては全く成長していませんね...学院を卒業したら花嫁修業でもやらせましょうか」     
―グッ!!そんな蹴りでは全く効かんぞッ!!もっと強く来るんだ!!―


「マー姉が花嫁修業?あんま想像できねぇだよ...それよりもあの、ターニャちゃんの結婚式の事なんだけど...」     ―テヤッ!!―    ドカッ!!!


「・・・そのことですね。あなたも知っている通り、ドニエプルの領では代々、村民の結婚式にはドニエプル家の者が代表として、式の立会を行います。本来であるならば夫が行くはずなのですが、あちらの強い希望によってあなたが立会人として行くこととなりました」

    ―ウウッ!!ダメだッぺ!!そんなのでは生ぬるいッ!!―

「強い希望って...ターニャちゃんが?」     ―テリャァァァッ!!!―  バコッ!!!!


「・・・私もあなたの母です。あなたがかつて、彼女の事を好いていたのは知っていましたからどうかとは思いましたが、「ぜひジョルジュに祝福してもらいたい」と彼女から頼み込んできました」        

―アフッ!!!も、もっとだっぺ!!もっと強く来るんだぁぁッ!!―


「・・・・そ、そうだか...ターニャちゃんが...分かっただよ。大丈夫さ!オラだってこの家の子なんだよ?ちゃんと立派にやってくるだよ!!」      ―セイヤァァッ!!!!―     ドキャッ!!!!


「・・・・・・・・ジョ、ジョルジュ。あちらにも何か考えがあってあなたを呼んだはずです...あなたはドニエプル家の男です。いくら家督とはあまり関係のない三男だからといって、平民である彼女とは結ばれる運命にはありませんでした。しかし、あなたは貴族の前に一人の男です。後悔のないように行動するのですよ...」 

―アアアンッ!!!!もっと激し「ウルセェェェッ!!!!このマゾ息子!!妹にぶたれるたびによがるんじゃねぇぇっ!!!」


「母さま落ち着いて!!言葉が乱れてるだよ!!」

先程からジョルジュも気になっていたことに、とうとう母がキレてしまった。そしてジョルジュは外から聞こえてくる、兄ヴェルの異常な声を聞いてもしやと思ったが、嫌な予感があたってしまった。


「は、母さま...ヴェル兄ってもしかして...」


ナターリアはまだ興奮冷めやらぬ顔で椅子に座りなおすと、一度深呼吸してからジョルジュに話し始めた。


「い、いけませんね。貴族たるもの常にクールでなければなりませんのに...ええ、そうですよ。ヴェルは元々そっちのケがあるとは小さい頃から感じてましたが、学院から戻ってからそれが余計強くなってしまったようです。今では訓練と称してサティの打撃に...」


「もう何も言わなくていいだよ母さま!!ど、どうしよう。明日からヴェル兄にどう接していいか分かんなくなっただよ!!」


「ヴェル本人は気付かれてないと思っているようですから、今まで通りでよいです。幸い、サティは純粋に兄が稽古に付き合ってくれていると思っているのが幸いですが...」


「...なんか学院生活で、嫌なことでもあっただかなぁ~」


「それ以外では問題はないのですがね...ハァ、この家の男はなぜこうも普通ではないのか...」


「エッ!!オラも含まれるだか!?」


ジョルジュが兄ヴェルについて本気で心配したのはこれが生まれて初めてであろう...
そんな彼の心配をよそに、結婚式の日は近付いていることを彼はこの時ばかりは忘れていたのであった...





「そういえば母さま。おとんはどうしたんだ?」

「あの人は昨日、サティに打ちのめされて部屋で寝ています。全く、年甲斐もなく娘に挑んで敗れる領主なんて聞いたことありません...」


「お、オラの畑は大丈夫なんだか~?」



[21602] 13-B話 花嫁が頼むのは
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/13 15:02
「もうズイブン来ただなぁ~」

実家の長男の真実を知った翌日の昼、ジョルジュはとある森の中を歩いていた。
本来ならば、頭上では太陽が容赦なく照りつけているのだろうが、その光はまるで密林のように茂った木の枝や葉によって奪われ、彼の歩いている土の上にほとんど届いてはいなかった。


「もう少す行けば、確か水が湧いてる泉があったはずだぁ~。そこで一休みするだよ」

そう、だれに言うでもなく一人で呟いたジョルジュの声は、静かな森の中に少し響いて、やがて森の中に吸い込まれていった。そして彼の枝と落ち葉を踏む音だけが聞こえるだけになった。




時は数時間前に遡る...



ジョルジュは朝起きてすぐ、今回帰省する理由の人物ターニャに会うため、また結婚式の手伝いをするためにジャスコの村へ向かった。
ジャスコの村は、ドニエプル家の屋敷から50リーグ離れた場所にある屋敷とは比較的近い村であり、そしてドニエプル領では最大の麦畑を受け持つ村でもある。毎年、収穫期になると男達が大鎌を豪快に操って穂を刈り取る光景はこの村の風物詩でもあるのだ。


グリフォンのゴンザレス(妹のサティが貸してくれた)の背に揺られることを1時間少々、ジョルジュはジャスコの村へと着いた。木で出来た村の門をくぐって中に入ると、まだ朝も明けたばかりだというのにも関わらず、村の人たちが大勢で、明日行われる結婚式の準備を行っていた。そして、手前の水くみ場で野菜を入れた籠を運んでいた少女と目があった。すると少女はジョルジュを指差して大きな声を張り上げた。


「ああああ~ッ!!!!ジョルジョルだぁ~ッ!!!!!!!」


その声に村の人たちが視線をジョルジュに向けた。すると、大勢の村人が彼のもとに駆け寄り、彼は大勢の人に揉みくちゃにされた。

「久しぶりだべ~ジョル坊!!」

「1年ぶりじゃねぇでかぁ~!!」

「ジョルジョルだぁ~」

「ジョル坊!!おめぇやっと戻ってきたんかぁ~!!」

ジョルジュは大人には頭を撫でられるは、子供には抱きつかれるわ蹴られるわでメチャクチャにされた。
通常、貴族に対してこのような農民の行動は考えられないだろう。しかし、幼いころから共に働いてきたジョルジュは村の者たちにとっては「家族」のようなものであり、ジョルジュ本人も村民の手厚い歓迎に胸が熱くなった。


「みんな、ホント~に久しぶりだなぁ...ところで村長さん...エマンさんはどこだぁ?」

ジョルジュがそう誰ともなしに尋ねると、先ほど大声をあげた女の子が答えた。

「村長さまなら家にいるはずだよ~。ターニャお姉ちゃんの衣装を仕上げるって言ってたもん」

「そうだか...ありがとうだよ」

ジョルジュはその女の子の頭をクシャクシャと撫でて微笑んだ。そして村の人たちに挨拶をしつつ、村の奥の方にある村長の家まで歩いていった。
村長の家はジャスコの村では珍しいレンガで造られた家である。他の石や木で作られた家の中にあるそのレンガの家は、赤く光るように建っていた。


ジョルジュは家のドアをノックすると、中から50歳ぐらいの黒鬚を蓄えた男性が出てきた。男はジョルジュの顔を見るとニカッと笑い、彼の肩を一つ叩いていった。


「久しぶりだなジョル坊!!いや、もう「ジョルジュ様」かな?...ようこそジャスコの村へお越し下さいました。今回、「娘」の結婚式の立会人として来て下さって、誠に感謝の極みでございます...」


その男は、先ほどの豪快な口調とは打って変わり、急にジョルジュに恭しく頭を下げると、別人のような声でジョルジュに挨拶をした。

ジョルジュはその老人の行動に驚き、慌てて男に声をかけた。

「や、やめてくれだよニッキーさん!!そんな風に話されるとむずかゆいだよ!!そもそも今までニッキーさんがそんな風に喋ってるの見たことがねぇだよ!!」


ジョルジュがそういうと、頭を下げている男の肩がプルプルと震えてきた。その数秒後にその男、ニッキーはまるで竜が叫ぶかのように頭を上げて大声で笑った。


「ゲハハハハッ!!!確かにな!!オレも格好にもつかんことを言ったから鳥肌が立ってきたぜ!!一年ぶりだなジョル坊!!まあ中に入れ!!歓迎するぜ」


そしてニッキーはジョルジュを家に入れた。家の中に入るとすぐ広間になっており、テーブルや椅子、そして煙突に続いているだろう暖炉が見える。
壁には木製のドアがいくつかついており、2階の階段は奥の方に見えている。

ニッキーはジョルジュに「今、嫁のところに案内するぜ」といってジョルジュをドアの方へと案内した。


「ニッキーさん。エマンおばさんは元気だか?」

ジョルジュはニッキーに尋ねたが、ニッキーはゲハハと笑いジョルジュの頭をはたいてこう言った。

「アホなこと言うなよジョル坊!!俺の嫁はいつも元気に決まってるだろーがッ!!このジャスコ村の村長が元気じゃなかったら婿である俺がみんなにどやされちまうよ」


ジャスコの村では、村長はニッキーではなく妻のエマンが務めている。
なんでもニッキーは元々は名の知れた傭兵であったらしく、とある戦争が終わった時にこの村にやって来たそうだ。そこで今の妻に惚れ、婿としてエマンの家に入ったとジョルジュは聞いたことがある。
小さい頃、農業を教わりたくてこの村で働き始めた時、大人がよそよそしくしていた時でも、ニッキーは貴族の息子とか関係なくジョルジュに接してくれたのだ。


そんな会話をしながらドアの前まで来たニッキーはドアをノックして開くと、部屋の中で裁縫をしていた女性に話かけた。

「エマン!!ジョル坊が到着したぜ!!見ないうちにすっかり逞しくなっちまってよ!!」


女性は少し茶色がかった髪が特徴的で、髪は後ろでまとめてあった。彼女は手に持っていた糸が繋がっている針を、脇にあるテーブルに置かれた針どめに刺すと、ジョルジュの方へ顔を向けた。
その顔はどこかこの世界の人とは少し異なり、むしろジョルジュが前世で暮らしていた、日本人のような顔であった。
少し皺が刻まれた顔を微笑ませ、彼女、エマンはジョルジュの前に立つと彼を抱きしめた。


「よく来たねジョルジュ...一年見ないうちにこんなに大きくなって...村に来て間もないんだろう?そこらに座って休んでな。今旦那にお茶入れさせるから」

そう言ってエマンはニッキーに「アンタッ!!茶を煎れな!私のもついでによろしく」というとニッキーは分かったよと言いながら部屋をでていった。
ジョルジュは部屋の中で空いている椅子に座ると、エマンが先ほどまで繕っていた衣装を見た。


少し黒いラインがはいている紅色がベースのドレスは、花嫁の体に合わせ、細長く作られており、上にはこれまた紅色のベールが作られてあった。


「すごいだよ...でもこれ、エマンおばさんが全部作ったんだか?」

エマンは先ほどまで座っていた椅子に腰かけると、首をコキコキと鳴らしながらふーっと息を吐いて、自慢そうに言った。


「そうだよ。別に嫁ぐワケじゃあないけど、女にとっての一度の晴れ舞台だ。私は派手だとは思うんだけど、あのコは好きな色だからコレがいいって言ったんだ」


そう喋ったエマンの顔は、嬉しさが詰まっているかのように笑っていた。ニッキー、エマンの家には娘のターニャしかおらず、他の村から、婿を迎えるということだから離れるという訳ではない。しかし、やはりメデタイことなのだから嬉しいに決まっている。ジョルジュはエマンの顔を見ながら恐る恐る尋ねた。


「あの...エマンおばさん。ターニャちゃんは...」


ジョルジュがそう言いかけた時、ニッキーが部屋に戻ってきた。ドアを閉めて彼はテーブルの上にお茶の入ったカップを4つ置くと、ジョルジュにこう告げた。


「おいジョル坊、ターニャは今2階にいたから呼んできたぞ。もうすぐこの部屋に...」

その瞬間、ドカッという大きな音と共に、ジョルジュはニッキーの視界の外へと飛ばされた。壁にぶつかったジョルジュが元いた場所には、代わりにジョルジュより頭一つ小さいぐらいの、茶色の混じった黒髪を靡かせた少女が立っていた。その顔は母エマンの血を引き継いでおり、日本人のような顔つきであった。


「痛いだよ~。急に何するだよターニャちゃん...」


その少女、ターニャは不機嫌な顔でジョルジュに大きな声でいった


「来るのが遅いよジョル坊!!アンタに頼むことがあるんだから早く来なさいっての!!」













「全く、たかが乙女のとび蹴りなんかで大げさにすっ飛ばないでよ...」


「かなり頭に響いただよ...ターニャちゃんが若干二人にみえるだよ」


「全く、ターニャもジョルジュとは久しぶりなのだから無茶なことするんじゃないよ」


「ゲハハッ!!ジョル坊がターニャの蹴り如きでくたばるかよ!あんなもんこの2人にとっちゃ挨拶のうちだ!!」


あの後、エマンの部屋で4人は多すぎるということで、4人は広間にあるイスに座り、テーブルを囲んで話し合っていた。
それぞれの手にはお茶の入ったカップが握られており、めいめいそのお茶で、喉を潤していた。


「まあ、ナターリア様にお願いした甲斐はあったわ。明日は私の結婚式...アンタが立会人として来てくれて良かったわ。やっぱり長い付き合いのあるあなたに祝福してもらった方が私としても気分がいいもの」


「それは..嬉しいだよ...でも、まだ聞いてないんだけど、ターニャちゃん誰と結婚するだ?」

こう尋ねてきたジョルジュの言葉に、ターニャは耳をぴくぴくとさせた。そして手にあるカップからお茶を一口飲んでから口を開いた。


「隣の村にポスフールって村があるじゃない?そこの村長の二男坊が、前からアプローチかけてたの。去年の秋にプロポーズされてそれを受けったてワケ」


「そ、そうなんだか...でもビックリしただよ。急に結婚するなんて連絡があったから...ターニャちゃんまだ16歳だし...」


「別にそんなこともないでしょ?16歳で結婚なんて、女の子だったら貴族でも平民でも普通じゃない。ウチのお母さんじゃあるまいし」


「うるさいよターニャ!!そこで私を出すんじゃないよ!!」


「ゲハハハハッ!!エマンは俺のコト待っててくれたんだよ!!ターニャオメェだってジョルジュの事を忘れずに...」


「なにいっちょるんだおどう!!結婚式の前に喋ることじゃねえっぺよっ!!」


「落ち着きなさいターニャ。せっかくなくした訛りが出ていますよ」


「いけないわね。年頃の女の子が喋る言葉じゃなかったわ...」


(・・・このやり取りってどこでもやってるんだかな?)

ジョルジュは実家でやっているような会話を思い出したが、さっきターニャ言っていたことが気になり、ターニャに聞いてみた。


「ターニャちゃん。オラに頼みてぇってことって何だ?さっき言ってたけど...」

ターニャは「アッ」とまるで先ほど自分が言っていたことを忘れていたかのように声を出し、カップの中のお茶を一気にグーっと飲み干した。そして向かいに座っているジョルジュを見ると、その内容をいった。


「そうそう、ジョルジュ!アンタに取ってきてもらいたいものがあるのよ...」











そして話は最初へと戻る。彼女から頼みを聞いたあと、ジョルジュはジャスコの村の近くにある森、通称「ノームの森」へと入っていった。
この森は、古くから土の妖精ノームが住むといわれており、鬱蒼と延びた樹木や蔓を住みかとしている生き物が多く存在する。それだけではなく、森の奥深くにはオオカミやクマのような獣、森に生息する中型の鳥獣、さらにはマンドレイクも生息しているといわれており、魔法を使えない村人などは滅多に奥へとは入らないのだ。


そんな危険な森の中をジョルジュは奥へと進んでいた。
既に陽の光はほとんどなく、ジョルジュは村から持ってきた松明に火をつけ、その明りを頼りに歩いていた。
ジョルジュはこの森に入ることは何度かあり、12,3歳の頃には姉マーガレットに連れられて、よくマンドレイクを取りに行った。(姉は「材料になりそう」としか話してなかったが、採取されたマンドレイクがどうなったかは今でも分からない)しかし、ここ1年は学院にいたため、森には入っていなかった。


ジョルジュが歩いてきてしばらくたった後、彼の前に水がわき出てきている泉が現れた。ジョルジュは倒れている木に腰かけると、息を吐いた。そして青く光る泉の水面を見ながらこう呟いた。


「ターニャちゃんも難しいコト言うだなぁ~。でも朝早く村に着いてて良かっただよ。じゃなかったら今日中に帰れるか分かんなかっただ」


ジョルジュはそう呟くと、ターニャが自分に頼んだ時の事を思い出したのだった。









「ジョルジュ、ノームの森に生えている「星降り草」を摘んできてほしいんだけど...」



[21602] 14‐B話 森での思い出、森の試練
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/18 21:35
泉のほとりで休憩中、ジョルジュはぼんやりと、ターニャのことと、「星降り草」の事を思い返していた。


「「星降り草」かぁ~。懐かしいだよ…ターニャちゃんまだ覚えてたんだなぁ~」


星降り草は、ノームの森の奥深くに生えている、白い大きな花をつけている植物である。
その花びらは宝石をちりばめたかのように光る性質をもっており、暗いノームの森の深くで咲くこの植物はまるで、無数の星が降ってきたかのような光景を見せるため、この名が付いたといわれる。
だが、生えている場所はノームの森の奥深くということだけあり、その危険さから地元の村人はもちろん、ドニエプル家のメイジでさえも取りに行くことはあまりないのだ。


「今思えばよくあん時、無事に帰れただなぁ~…」


ジョルジュは小さい頃、ターニャに引っ張られてノームの森に入ってしまったことがある。
その頃から既に、ターニャの強い性格にジョルジュは否応なしに引きずられていたことをしみじみと思い出した。


―ジョルジュッ!!ノームの森にすっごくきれいな花が咲いてるってババ様から聞いたの!!明日の朝一番森に行くわよ!!―


―ちょっ!!ターニャちゃん!?ノームの森っていやぁ危険な森だっておとんも言ってただよ!!そんなトコロにオラ達だけで行くなんて危ないだよ!!―


―たかが花を見に行くだけじゃない!!どうせアンタ屋敷に帰るのは明日の昼ぐらいなんだからすぐ戻ってくれば大丈夫よ!!―


「・・・あん頃からターニャちゃん性格は変わってないだなぁ~」


ジョルジュが彼女に会ったのは7歳の頃、この世界で再び農業をやろうと決意した時であった。
農業の方法を学ぶため、ジャスコの村で働き始めたが、最初はジョルジュと村人の間には身分という壁があった。そのためジョルジュに普通に接してくれる大人は、村長のエマンとその夫ニッキーぐらいであったのだ。そんなとき、ニッキーは自分の娘のターニャにジョルジュの事を任そうと考えた。その時からジョルジュは彼女に引っ張られていたのである。



「まあ…森には入ったのは良かったけんど、そこからが大変だっただよ…」


そう過去を回想しながら、ジョルジュは腰かけていた木から立ち上がると、松明を持ってまた奥へと進み始めた。

泉から離れた時、心なしか森がざわざわとざわめいた風にジョルジュは感じたのだった。










ジョルジュが泉から先へと入ってから、1時間。ジョルジュは黙々と森の中を歩いていた。木の間を抜けて同じ景色が続く空間を延々と進んでいた。
やがてジョルジュは足を止め、額に掻いた汗をぬぐった。そしてだれに言うでもなく言葉を漏らした。

「どうやら、同じところをグルグル回ってるらしいだよ…」

ジョルジュは自分が何度も同じ道を歩いていることに気がついた。先ほどからは薄々は感じていたが、目印にキズを入れた木を発見し、やっと確信した。
本来、このような場所で迷うことは死を意味することはジョルジュも十分に知っている。しかし、彼の顔には焦りはなく、むしろやっと目的地に着いたかのような安堵の表情を浮かべていた。


「やっと「森」に入っただよ~。ホント、暗いから松明さ持っててもいつ迷ったか中々分かんないんだよ」


そう言いながらジョルジュは近くに生えている木の一本に近寄り、腰からナイフを取り出すと、刃の先端を自分の右手の小指に刺した。小指からは血が出てきて、ジョルジュは右手を掌を下にして木の方へ向けた。
小指から流れる血はやがて木の根元へと落ちた。
しばらくすると、さっきまでも静かであった森は風の音さえも聞こえないほど静かになった。

全く音のない世界では、ジョルジュの心臓の音がいやに大きく鳴っていた。

やがて、どこからともなくザワザワ、ザワザワと木の葉が揺れる音が聞こえてきて、段々と音が騒がしくなったと思うと、ジョルジュの周りの木が一斉に動き始めた。
木の根がまるで海岸に寄せる波のように動き、木の葉はザザザと動物が動き回るような音を鳴らし、地面からはドドドと鈍い音が響いてくる。
少し時間が経ち、ジョルジュを中心に半径20メイル程の円形な形をした空間が形成された。木が動いたため、土は所々盛り上がっており、木はジョルジュを逃がさないように周りを囲んでいる。
そして森の木が枝を伸ばしたのか、上は木の葉や枝で覆われていた。

これがノームの森の「奥」へ入る手段である。
ノームの森には森の精霊が住んでいるといわれているが、実際に住んでおり、この森自体が意思を持っている。
そして森の奥に入ろうとする者を迷わせてしまうため、奥に入るためには森の精霊と交渉しなくてはならない。先程ジョルジュが休憩していた泉こそ、森の奥へと入るための入口なのである。

このことを知っているのは長くこの土地に住んでいるドニエプル家の者と少数の村人だけである。しかし、幼き頃のジョルジュとターニャはそんなことは知らずに森に入っていったのだった。


―ターニャちゃん!!なんか同じとこ回ってねーでか!?もうかれこれ2時間は歩いてるだよ!!―

―うるさいわね!!黙って進みなさいよ!!ていうか暗くなってきたじゃない。ちゃんと「ライト」を唱えてよ!!―


―ムリムリムリイッ!!もう駄目!!もう魔力の限界だよ!!てかなんか変な鼻血出てきたんだけど・・・―


「ちょうど鼻血が木に落ちたから救われたんだっけなぁ~あん時。もう危なかっただよ…覚えたての「ライト」ずーーーっと使ってて、鼻血出てきたのには驚いただなぁ…」


あの時、ジョルジュから垂れた鼻血によって、まだ幼い彼は森の精霊と交渉することになったのだが、あの時の事を思い出すと未だに彼は身震いを起こすのだ。

そんなトラウマを抱えた時と同じ状況で、森の奥から皺枯れた、老人のような声がジョルジュに響いてきた。



―懐かしき「盟友」の子よ  お前の血は覚えている  最後に来てから森の葉の色が2回変わった―

「お久しぶりですだよ精霊様」


ジョルジュは声が聞こえてきた方に深々と頭を下げ、挨拶をした。ドニエプル家は代々この森と縁が深く、収穫の祈りや、秘薬の材料の採集などで父バラガンや姉のマーガレット、妹のサティが良くこの森に訪れる。
もちろんジョルジュもその一人であり、森の精霊とは幼かった時から、何度も交渉をしている。


―そして  「盟友」の子よ    私に何の用だ  ―

森の精霊は淡々とジョルジュへ語りかけてきた。ジョルジュは消えかかっている松明の明かりを気にしながら、精霊の声がする方へ数歩近づいていった

「オラの友達が今度結婚するだ。それで精霊様が育ててる花を少し分けてほしいだよ」


ジョルジュは大きな声で森の奥へと語りかけた。森がその形を変えたからなのか、先ほどは消えていった声は、あたりに木霊した。



―お前の願いはわかった   ではお前の力を試そう「盟友」の子よ   お前が願いにふさわしい力を見せたら     願いを叶えよう―


そうして森はシンと静まり返った。それと同時に松明の明かりも消えてしまい、あたりは闇に包まれた。


ジョルジュはこれを何度も経験している。


ノームの森の精霊に願いを聞いてもらう時、精霊は必ず試練を受けさせる。それは願いを言った者が、同等の力を持つモノと戦うこと。相手は森に住む獣や鳥獣などであるが、かつてジョルジュのご先祖様は、精霊その者と戦ったと家の伝記には記されてあった。もちろん自分と互角の力を持つ者と闘うのだから気は抜けない。そして勝てば願いを聞き入れてくれるのだ。


あたりが闇に包まれてから少し経ったか…上の方でザワザワと音が聞こえたと思うと、ジョルジュの頭上を覆っていた木の枝が開き、上から陽の光が降り注いできた。先ほどまで暗かった空間の視界は明るくなり、ジョルジュも容易にあたりを見渡せるぐらいまでになった。


そして、奥のほうから何かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

ジョルジュは考えていた。

(以前はでっけぇオーク鬼と戦っただよ…あん時よりかはオラ強くはなったと思うけんど、今回はどんなのが来るんだかなぁ~)


ちなみに、彼がターニャと来たときにも精霊の試練を行った。その時はでっかいトカゲであった。


―ジョルジュ!!しっかり!!それに勝てなかったら花のところに行けないのよ!!―


―ヤバいだよターニャちゃん!!もう魔法使いすぎて体が重いだよ~。うわっ!!こっち来ただ!!―


―なにさそんなトカゲくらい!!男の子なんだからしっかりしなさいよ!!―


―てか思ったよりデカイだぁ~って、ギャーッ!!なんか吐いてきただぁぁッ!!―


「・・・・あれっ?あん時勝ったんだかな?」


もう大分前のことだからか、あの後どうなったかのかジョルジュは思い出せなかった。それでも思い出そうと考えた瞬間、木の蔭からジョルジュの対戦相手が顔を出した。


それを見たジョルジュの頬を、一筋の汗が伝った。


「精霊様…少しオラに厳しくねぇだか?」


対戦相手は4つの足で地面に立っている犬であった。
しかし、その犬には3つも首があり、その顔は3つとも、ジョルジュの方を睨んで牙を向けている。
夜のように黒いその体毛の後ろでは、いかにも雄々しい尻尾がぶんぶんと振られており、今にも飛びかかってきそうである。



ケルベロス。ジョルジュが呉作の時、その手の本に載せられていた絵と同じ姿で存在していた。もちろんこの世界の図鑑でも見たことはあるが、そう簡単に見られるものではない。


―お前の相手だ     かつて森の住人であったモノである     我が記憶と魔力によって作りだした   「盟友」の子よ   その力を見せてみよ―



精霊が言い終ると同時に、ケルベロスの喉から唸り声が聞こえてきた。もう待ったなしだ。
ジョルジュは先ほどまでとは打って変わり、戦闘態勢へと移った。


(最近は学院の花壇ばっかだったからな・・・ちゃんと戦えるだか心配だよ)






頭の隅でそう思いつつ、ジョルジュは腰から杖を引き抜いた。



[21602] 15-B話  三つ首の黒犬
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/23 00:13
フーーーーーッ…….


ジョルジュは引き抜いた杖を左手に持った後、視線はケルベロスの方に向けながら1回、大きな深呼吸を行った。
それはジョルジュが戦う前の、いわば戦闘モードへの切り替えのような儀式である。これは彼が呉作として生きていた頃と同じ癖であり、中学や高校でケンカする前にはいつもこの深呼吸をやっていた。
その儀式は、彼が異世界で生まれ変わっても尚、受け継がれていた。



ジョルジュは正面に立っているケルベロスをじっと見ていた。真っ黒な体毛に覆われた三つ首の戌は、体長は2メイルぐらいだろうか。三つあるその顔は一つ一つがいかつい顔をしており、よく神社で見かけた狛犬を連想させた。ただし、今目の前の狛犬は現実に動いており、口から見える鋭い牙を鈍く光らせ、しきりに唸り声をあげているが…

彼はラインクラスの魔法が使えるようになってから、領内へ入ってくる賊やオークの群れ、獣などを幾度も追い払っている。そこで得た実戦経験は、同じ年齢の子供たちとは比べられないくらいである。
しかし、ケルベロスとは戦うことはおろか、実際に目で見たのも今回が初めてである。本などで見たことはあるが、詳細までは覚えてはおらず、この世界のケルベロスがどんなモンスターなのか全く分からなかった。



(一体どんなコトしてくるんだ?さっぱり分かんねぇだよ…本では見たことあんだけど詳しいとこまでは覚えてねえだ・・・たすか、人には獰猛なんだっけ?○Fだったら魔法を2回か3回連続して唱えられるようにしてくれるし、D○Cだと氷飛ばしてきただよな?...っていうことはこいつも何らかの魔法を使うんだか?)



ジョルジュは自分の前世で遊んだゲームから、必死でケルベロスの情報を引き出してきた。
そこから引き出されたのは「何らかの魔法は使いそう」という至極曖昧なものだったが、それがジョルジュの緊張感を一層強くさせた。


「遠距離からの攻撃もありかねない」という考えがジョルジュの頭にグルグルと回って浮かんでいた。正面のケルベロスは未だに唸っているだけで動こうとはしない。
しかしあんなに大きな体格の戌と接近戦はかなり不利である…さらに魔法で遠いところからも攻撃できるのであれば、なおやっかいだ。


(あっちの出方が分かんない以上、こうして考えても意味ないだな。ここはオラのゴーレムで一気に攻めるだよ)


ジョルジュは頭の中で作戦を決定した。彼の作戦とは大量のゴーレムを錬金し、連携攻撃にてケルベロスを攻めるということであった。
ジョルジュは畑作業や収穫の際、人手を補うためによく人型サイズのゴーレムをよく使っており、ゴーレムの錬金は彼の十八番であるといってもよいぐらいに得意としている。彼が錬金するゴーレムには数種類あるが、今彼が錬金しようとしている人型サイズのアイアンゴーレム「トール」であれば7体は同時に動かすことが出来る。
ケルベロスの四方から同時に出現させ、連続攻撃を行う。仮に魔法を使えるとしても、いかにケルベロスといえども複数の攻撃をかわしながら魔法を使えるとは考えにくい。正面にいるケルベロスは唸っているだけでまだ動いていない。今から詠唱すれば自分が先手を取れる…はず?


そう考えたジョルジュは呪文の詠唱を始めた。
しかしスペルを紡ごうとした瞬間、ケルベロスがジョルジュに向かって駆けだしてきた。ジョルジュはすぐに動こうしたが、右側から高速で何かが彼にめがけて飛んできた。
ジョルジュは突然の事に詠唱を止め、上体を後ろにそらした。その瞬間、その何かはジョルジュの頭があったところを通り過ぎていった。ジョルジュの顔の前を横切った物は、20サントほどの氷柱であった。



(氷柱!?ウィンディ・アイシクルだか!?だども自分の近くじゃなくて離れたところから飛ばしてくるなんて!?)



ジョルジュは氷柱をよけた後、すぐに詠唱を再開しようとしたが、不意に足もとが沈んだ感覚に陥った。
視線を下げると、いつの間にか自分の立っている地面が泥と化し、足首まで沈んでいた。

ジョルジュはあまりの展開に驚いた。

(!!!!!?んなぁぁ!?魔法の同時詠唱だか!?あの短時間で!?)


しかし考えている時間はなかった。ケルベロスは既にジョルジュと3メイルまで近づき、彼の喉元に飛びかかってきた。


(やられる!!)

ジョルジュは盾にするため、とっさに自分の目の前、泥と化していない地面から青銅のゴーレムを1体、錬金した。非常に短時間であったため、青銅のゴーレムを召喚するのが精一杯でった。
ジョルジュが泥から出ようと、体をひねりながら横に転がるのと同時、ケルベロスの横に振りかざした爪がゴーレムの首を飛ばした。



横に転がって泥から脱出したのもつかの間、目の前から再び氷の矢が飛んできた。
ケルベロスはまだジョルジュの方へ体は向いていないが、3つの顔のうち一つはジョルジュの方を向いて唸るように声を漏らしていた。

ジョルジュは再び横に飛んで氷柱をよけた。倒れた地面から起き上がって反撃に行こうとしたが、何と地面が再び泥となってジョルジュの体を沈めた。
片膝をついていた体勢だったため、ズブズブと太腿で泥に埋まっていく。

ジョルジュは、あまりの魔法の早さに


「んなッ!?何でこんなに早く魔法を使えるだよ!?」


と思わず叫んだ。


ケルベロスはジョルジュの方へ向くと、3つある口を開き、牙をむき出しにしながら近づいてきた。口を開いたその顔は、半ば獲物を捕えて笑っているようにも見える。
そしてケルベロスの周りには十数本の氷の矢が作られ始めていた。


「やばいだよ!!」


さらにケルベロスが近づいてくる。ジョルジュは泥から体を引きずりだすと、スペルを唱えながら杖を振った。そしてケルベロスと自分の中間の位置にアイアンゴーレム「トール」を一体、錬金した。
トールは元来戦闘用ではなく、農作業で活躍するために作られたゴーレムである。そのため、その外見は甲冑を着た剣士のように洗練されてはなく、どちらかといえばドラ○エのゴーレムに似たような外見であった。
しかし鉄で練成されたその体は頑丈であり、ちょっとやそっとではびくともしない。


ジョルジュはトールにケルベロスを相手をさせ、その間に態勢を整えようと考えたのだ。

「いくだよトール!!」


ジョルジュの声と共に、トールはケルベロスの前に立ちはだかった。そしてトールはケルベロスに向かって殴りかかった。

しかし、振り下ろした拳はケルベロスに当たることはなかった。殴りかかろうとした時、トールの足もとが泥と化し、足を取られたトールは自分の重さでズブズブと腰辺りまで沈んでいってしまった。
沈んだトールの拳は、前方の地面をむなしく叩いた。そのゴーレムの肩を台代わりに、ケルベロスはジョルジュの方へと飛び上がり、氷の矢を一斉に飛ばしたのだ。




「ヌオオオオオオオッ!!!強過ぎるだ~よ~!!!」




ジョルジュは氷の矢をよけるために横へと走り出した。自分がいた場所にドスドスと氷の矢が刺さった。



その後もケルベロスが放つ氷の矢と、鋭い爪と牙によってジョルジュは幾度と追い詰められた。足を止めれば泥に沈められ、ウィンディ・アイシクルと接近戦を使い分けて襲ってくる。
今はフライで宙に浮かんでいるため泥に沈む心配はないが、攻め手がないため防戦一方であった。

現在、ジョルジュの身体は足や腕の数か所を爪で割かれており、血が滴り落ちていた。


(う~ジリ貧だよ…フライで飛んでるから泥に沈まされることはねぇだども、やっぱウィンディ・アイシクルがキッついだよ。というかあんな魔法をガンガン使えるモンスターなんか初めてだよ…)


ジョルジュの考えは当たっていた。ケルベロスは、古代のメイジ達が作ったといわれる獣であり、現在はハルケギニアでその存在が確認されることは稀である。
そのケルベロスが恐れられる理由の一つは、その魔法の連続行使にあった。
3つの頭を持つこの獣はそのうち2つが魔法を唱えることが出来るとされ、残りの一つは自らの体を動かす本体とされている。そのため、ケルベロスは接近戦と魔法を2つ同時に行うことが出来るといわれており、ケルベロス1体でメイジ二人と剣士を相手にするようなものなのである。このような情報はドニエプル家にあった書物にあったが、ジョルジュは軽く見ただけであったので挿絵だけしか覚えていなかったのだ。


(こんなことならちゃんとあの本読んでれば良かっただよ。てか、精霊様…この相手はホントキッついだよ)


しかし、そんなことを思いつつも、ジョルジュは今までの攻防からケルベロスの攻撃パターンを把握していたのだった。



(魔法っていっても、ウィンディ・アイシクルと足元を泥にしてくる錬金しかねぇだな…そんで魔法で足止めをしてきて、接近戦で仕留めに来る…そんな感じだぁな)


ジョルジュはケルベロスから少し離れた、広場の中央に降り立った。すぐさまケルベロスはジョルジュの足もとを泥にしてきた。
ジョルジュの足はズブズブと沈んでいき、ケルベロスはしめたとばかりに氷の矢を周りに作りながら近づいてきた。


しかし、ジョルジュは眉ひとつ動かさずに、魔法を詠唱を始めた。





「オメェ…どうしてもオラを泥に沈めてぇみてえだけど…」

ジョルジュは杖振り上げ、ケルベロスの方を睨んでからこう言葉を続けた。


「そんなに泥が好きならオメェさんも沈んでみるだよ!!」


ジョルジュが杖を下した瞬間、木がない広場の空間は全て泥と化した。彼は戦う場所である広場一帯に錬金をかけ、「土」を「泥」にしたのだ。
ケルベロスは急に自分の足場が沈んでくるのに驚き、氷の矢も飛ばすのも忘れてジタバタと暴れ出した。しかし周りが泥では掴むものは何もなく、前足はむなしく泥に沈んでいった。


「やっぱり…オメェさんウィンディ・アイシクルと泥の錬金しかできねぇんだべ?」


ジョルジュは太腿まで沈みながらも、再び魔法の詠唱を始めた。


「それ以外の魔法が使えるんならわざわざオラの「足元」だけを泥にする必要はねぇんだからな。今みたいに全体を泥にするなりして、自分は足場を作ればいいんだからな」


ケルベロスは沈むゆく中でジョルジュに氷の矢を何本も飛ばしてきた。しかし沈んでいく体に焦っているのか、氷の矢はジョルジュからは大きく外れて通り過ぎていった。


「ウィンディ・アイシクルだってそうだよ。そんなに多くの数を飛ばせるのはスゲエだし、自分から離れたトコから飛ばすこと出来るなんてホント凄いだよ。だども「一方向」からしか飛んでこねぇって分かったら避けることは出来るだ」


ジョルジュは戦いが始まってからの間、死角から何回も氷の矢が飛んできたのだが、すべてが「一方向」だけしか飛んでこないことに気づいた。
あれだけの数を生成できるのであれば、死角と前方の「二方向」から飛ばしてくれば、到底よけきれない。なのになぜあえてジョルジュに近づいてくるのか…


「理由は分かんねぇけど、この二つの魔法しか使えない。いや、正確には一つの首につき一つの魔法なんだかな?そんであと一つはいわば司令塔みたいなモンなのだかなぁ?だったら今までの戦いは納得いくだよ。オラがフライで浮かんでいる時も、ウィンディ・アイシクルを飛ばすだけだったからなぁ。そうと分かれば戦い方は出来上がるだよ。だどもオメェさん、メチャクチャ強かっただよ」


ケルベロスはすでに魔法を唱えることは忘れ、バタバタと泥の中で暴れ続けた。しかしもがけばもがくほど、体は泥の中に沈んでいく。ジョルジュの体も既に腰まで沈んでいるが、全く動じずに杖をケルベロスに向けた。


「ホントに最初は焦っただ。まさか魔法をあんなに早く連続的に使ってくるなんて…ホント強かっただ。だどもこの戦いはオラの…」


ジョルジュの杖から魔力で作られた矢「マジック・アロー」がケルベロスに飛んでいった。


「勝ちだよ」


ジョルジュが言い終るか終らないかのうちに、タンっという音が響き、ケルベロスの真ん中の顔の額を、魔法の矢が貫いた。












―見事だった   「盟友」の子よ―



気づくとジョルジュは戦う前の円形の空間の中央に立っていた。全体を泥とした地面は、なにもなかったかのように草が生え、所処土が盛り上がっている。
身体には怪我を負っているが、自分が仕留めたケルベロスは影も形もなかった。


(いつもこうだよ…毎回毎回幻なのか現実なのかが分かんなくなるだよな)

そうジョルジュが思っていると、木々の奥から精霊の声が聞こえてきた。


―我が記憶にいる   かつての住人を   お前は見事打ち果たした    望みを叶える資格を満たした―


そう言い終ると、ジョルジュの左側の木がゴゴゴと動き出し、一本の道が出来た。


―お前の望みである   我が子たちへの道だ    行くが良い「盟友」の子よ―


ジョルジュは深く頭を下げた後、今方、開いたその道へと入っていった。道は暗かったが、先のほうではキラキラと光り輝くものが見えた。


「あーーーっやっと着きそうだよ~。さ、早く摘んで帰るだ」


そう呟くとジョルジュは、奥へと進んでいった。


「ああ、そうだった。最初に森に入って戦ったあのトカゲも…」


―ジョルジュ!!やったじゃない!!なによ、魔法使えるじゃないの!!―

―ぜぇー、ぜぇーホント撃てて良かっただぁ~。マジック・アローが撃ててってあれ?トカゲがいねぇだよ?―



「結局はマジックアローで勝ったんだっけな…その後、精霊様が道を開けてくれてターニャんと二人で進んで行ったんだっけ…」


奥へと進んでいくジョルジュの頭には、かつてターニャと共に星降り草への道を歩いた記憶が蘇っていた。













「そういや...この前サティがマー姉に頼まれてマタンゴ取りに森に入ったって言ってたども、アイツさ何と戦ったんだ?」





1か月前・・・・・・



―お前の相手だ     かつて森の主であったモノである     我が記憶と魔力によって作りだした   「盟友」の子よ   その力を見せてみよ―


「フフフ…まさか「森竜」を出してくれるとは…精霊様にはホントに感謝だよ。相手にとって不足はないね!!」



[21602] 16‐B話  過去を知るのは二人
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/09/28 00:07
―うわ~…奇麗…―


―ヒエ~これは凄いだよ―


―ジョルジュ!何本か持って帰りましょ―


―ダメだよターニャちゃん!精霊様には「見に来た」って言っただよ。約束破ったら森から出れなくなるだよ…ってあ゛あぁぁぁッ!?もうっ採ってる゛ぅぅぅ!!―


―え?あ、ゴメ…―


「あの後、精霊様の怒り買って森に閉じ込められたからなぁ~。おとんが来てくれなかったらあそこで死んでただよ…」


昔の記憶に青ざめながら、ジョルジュは森の「入口」、泉のほとりまで戻っていた。森の木々は変わらず彼の頭には光を与えず、当たりにはひんやりとした空気が漂い、鳥獣の鳴き声や虫の羽音が響いてくる。
外では太陽がそろそろ傾いた頃だろうか、木々の間からは若干霧が漂い始めている。
ジョルジュは先の戦いで松明を残して来たため、ここまで暗闇を歩いてきたのかと思ってしまうが、彼の手元にはぼんやりと優しく光る、白い花びらをつけた「星降り草」があった。
花束1つ程度は摘んだのか、摘んだ花は茎を束ねられ、村から持ってきた布でくるまれていた。光に誘われてきたのか、花の周りには小さい羽虫が何匹か飛んでいた。


「星降り草」を摘んだ後、ジョルジュは来た道を戻るために再び精霊と交渉した。
精霊は、「願い」と異なった行為を行った者を森に閉じ込めてしまう(ジョルジュたちが小さい頃に閉じ込められた時、バラガンは「子供たちを森から出してほしい」という願いのために2メイルはあろうかという兎、アルミラージと戦った)。しかし、約束を破らずに帰る者には道を開いてくれるのだ。
ジョルジュは森の精霊と少し喋った後、精霊が開いてくれた道をたどって、ここまで戻ってきたのだった。戦いは勿論のコト、長時間森の中を歩いたせいか、彼の服は来た時とは違って所々破れ、腰から下は泥まみれとなっていた。


「もう疲れただよ~~。早く森を抜けて村に戻るだよ。精霊様からは「ご褒美」もらえたのは嬉しかったけんど」


そう一人愚痴るジョルジュは泉に背を向け、今は花嫁となる友の待つ、ジャスコの村へと歩いて行った。ジョルジュが去るのを待っていたのか、彼がいなくなった泉には、ちらほらと獣たちが集まってきたのであった。









「ん~!!!!コレよコレッ!!懐かしいわ~星降り草!!お疲れ様ジョルジュ」


太陽が沈んで間もない時間、ジョルジュは「ノームの森」を完全に抜け、ジャスコの村へ戻っていた。村では結婚式の準備がほとんど出来上がっており、村の中心では祭壇がほとんど出来あがっている。
家々の前には村の者たちが作ったビールや葡萄酒の樽がゴロゴロと置かれ、水くみ場から少し離れた場所では、牛や豚、そして村長の夫ニッキーが狩ってきたと思われる猪が明日の御馳走となるために男達によって解体作業が行われている。
ジョルジュは村へ戻った後すぐにターニャがいる村長の家を訪ね、明日着けるであろう首飾りや髪飾りの手入れをしていた彼女に、摘んできた星降り草を渡したのだ。


「いや~流石は領主様のところの息子ね。星降り草をいとも簡単に採ってくるなんて、ちょっとは強くなったわね!」

「いや、結構ギリギリだっただよ?まさかケルベロスと戦わせられるなんて思わなかっただよ…」

そう小さな声で呟くとターニャはジョルジュの頭にビシッとチョップを喰らわした。突然の衝撃に頭を抑えるジョルジュに、ターニャは人差し指を指した。


「バカね~強いモンスターと戦わされたってことはジョルジュが強くなったってことじゃない。アンタも学校に行って少しはメイジとして腕が上がったってことでしょ。私達としてはありがたいことよ」


そう言ったターニャの後ろから、仕事を終わらしてきたのかニッキーとエマンが並んで広間に入ってきた。


「ゲハハハッ!その通りだジョル坊!お前が強く、立派なら俺たちも安心して仕事が出来るってモンよ!」


そう言うとニッキーは、右手に持った葡萄酒の瓶に口をつけて一口飲むと、ジョルジュの肩をバンバンとはたいた。その衝撃の強さにジョルジュはゴホゴホとむせた。
すると横にいたエマンが、夫の行為を咎めるように語気を強めて言った。


「やめなアンタ!ジョルジュは森に行って疲れてんだよ。ああ、こんなに汚れちまって…どうせ無理したんだろう。ジョルジュ、汚れ落としに川で水浴びしてきな」


そう言ってエマンはジョルジュに体を拭く布をジョルジュに放り投げた。エマンは「ターニャに着替え持ってかせるからすぐ行きな」と言い、ジョルジュは「分かっただ」とエマンに言って家を出た。家を出ると既に太陽は沈み、月が浮かび始めていた。転生してから見てきた双子の月は、まるでお互い寄り添うように空を昇っている。


「ホラ、ダラダラしない!ジョルジュ行くわよ」


ジョルジュが出た後にすぐに出てきたのか、後ろからターニャの声が聞こえたのでジョルジュが振り向くと、着替えの服を抱えたターニャがいた。
ふいにジョルジュの目に、月の光に照らされた彼女が、前世で恋した女性、美代と重なった。

ジョルジュの胸はドクンと鳴ったが、悟られないよう小さな声でターニャに呟いた。


「タ、ターニャちゃんオラに構うことねーだよ…オラ一人で浴びてくるだ…ホラ、もう婿さん来てるんじゃねえだか?」


ジョルジュがそう言った瞬間、「アホかーッ!!」という声と共に、ジョルジュの股間に衝撃が走る。予想外の痛みが広がり、崩れ落ちるジョルジュにターニャ大きな声が響く。


「アンタが心配する必要ないわよ!!腐ってもアンタは私がお願いした立会人でしょーが。それを一人で水浴びさせるなんてことはさせないわよ。星降り草も摘んできてくれたし、それなりの事はするわよ!」


「いや、それなりにダメージを与えられているんだけど…」


「ホラ、立ちなさい!」と言いながらターニャは、未だに下腹部に痛みが残るジョルジュの襟を掴むと、ズルズルと川まで半ば引きずるように歩いて行った。
「…マリッジブルーにしては激しすぎるだよ…」引きずられていくジョルジュは頭の片隅でそう考えたのであった。






「ヒャーッ冷てぇだよ~!!」


ジャスコの村の外れには、幅2メイル~3メイル程の川が流れている。
「ノームの森」から流れてくる川の水は、村の手前でいくつかに分けられ、一つは水くみ場に流れるようにひかれ、もう一つは海へとつながるようにひかれており、こうして村人が水浴びをする等に用いられている。
その川の、流れが緩やかな場所でジョルジュは体についていた泥や血を流していた。季節は春を迎えているが、夜の川の水はまるで氷のように冷たく、ジョルジュの肌を突き刺すように流れている。鍛えられた体は月の光を浴び、やや褐色を帯びた肌に付けられた傷を照らし出していた。
その川のほとりに生える桜に似た木の背後には、ターニャが一人、地面に座って水浴びが終わるのを待っていた。


「アンタ良くそんな冷たい水に入れるわね~。私は考えられないわ」


ターニャの声が川に響き、髪を洗っていたジョルジュは顔を上げた。水に濡れたジョルジュの赤い髪はぼんやりと光っているように見える。


「いや~さすがに冷てえんだけど、一日中森の中を歩いてたから気持ちいだよ。それに水浴びなんて一年ぶりだから懐かしいんだなコレが」


ジョルジュは木の陰にいるであろうターニャに向かってニカッと笑った。少しした後、木の陰がガサッと動き、再び声が聞こえてきた。


「アンタが森に言っている間にさ、ポスフールの村から私の夫が来たんだ。何度も会っているのにさスンゴイ緊張しててね…お父さんに挨拶する時も「よろしゅくおにゃがうぃしゃす」なんて、まともに喋れてないんだよ…ジョルジュと一緒だわ。なに言ってるかさっぱりわかりゃしない」


「オラのは訛りでこんな喋りなんだよ。大分抜けたと思うだよ?」

ジョルジュが身体を洗い終り、「拭く布くれだよ」とターニャに言うと、バサッと川岸に着替えごと投げられた。ジョルジュが川から上がって体を拭き始めると、村の広場からワイワイと騒ぐ音が聞こえてきた。
ターニャはぼそっと、ジョルジュに知らせるかのように声を出した。


「前夜際が始まったわね。たぶんお父さんだわ。主役の一人がここにいるってのに勝手に盛り上がって…ウチの旦那も今日は飲ませれ続けて明日の昼まではダウンするでしょ」


ジョルジュは黙々と体を拭き終え、下のズボンを穿いた。ゆったりとした大きさの半ズボンは軽い薄手の生地で作られており、ずっと厚手の長ズボンを穿いていたジョルジュにとっては、まるで牢屋から解放された気分であった。
上を着ている途中、ターニャが木陰から出たきた。再び、ジョルジュの眼にはターニャと美代が重なって見えた。ジョルジュの心臓がまたドクンとなったのが聞こえた。


「てかジョルジュ、アンタも早く着替えなさいよ。私たちも早く行くわよ。」


ドクン、ドクン…心臓の音だけが大きく響く。


「ああ…そうだな。もう終わっただよ…早く行くだ」


服を着替え、脱いだ服を片手に持ってジョルジュは川岸から上がり、ターニャのもとまで上がった。しかし足が急に重くなり、体の中から痛みがにじみ出てきた。


「うわ、やっぱ森でケルベロスと戦ったのが響いてきただよ…今になって体にキタ…」


「ちょっとジョ…ル…」


ターニャが呼び終える前に、ジョルジュは彼女に体を預けるように倒れてしまった。
長時間の森の探索に加え久しぶりの戦闘により、緊張の糸が切れた彼の身体には疲労が浮き上がってきたのだ。
ターニャは急に寄りかかってきたジョルジュの襟首を掴むと、前後にブンブンと振った。


「なにやってんのよ!!くたばるなら家に帰ってからくたばりなさいよ!!ホラ、立ちなさい!」


「も、もう駄目だよターニャちゃん…置いていってくれだ…少し休んだら自分で帰るだ…よ?」


そう言い終るか終らないかの内に、ターニャはジョルジュを背に乗せた。鍛えられたジョルジュの身体は決して軽くない。
しかしターニャはさも当たり前のように担ぐと、木々の間を抜け、少し先にある我が家までの道を歩き始めた。

ジョルジュは驚き、思わずターニャに大きな声を出した。


「な、何やってるだよターニャちゃん!!お、オラは「ウルサイ!!黙ってなさい!」ハイ!黙ってます」

ジョルジュの声はターニャの一喝で消された。ターニャは途中で一旦足を止めた。そして背中に乗せているジョルジュをしっかりと背負いなおし、再び歩き始めた時、まるでジョルジュが頼んだかの如く言った。


「嫁入り前の女の子にこんなことやらせおってッッッ!!アンタ元気になったら覚えておきなさいよ!!」


なんか同じセリフ、前にも聞いたことあるだ…そう頭の中で思いながら、ジョルジュの意識は過去へと飛んでいった。





―嫁入り前の女の子にこんなことやらせおってッッッ!!アンタ元気になったら覚えておきなさいよ!!―



―もう、いいだよターニャちゃん…オラを置いて行ってくれだ…ターニャちゃんだけでも「ウルサイ!」!!!―


―森に行こうって誘ったのは私、あの奇麗な花を摘んでしまったのも私、私のせいでこうなったんだからアンタを背負うぐらいどうってことないわよ!!―


―タ、ターニャちゃん…―


―だからって見返りは貰うわよ!! いい!森から帰ったら私が背負う必要ないくらい強いメイジになりなさいよ!それとね、あの花を…―










ジョルジュが次に目を覚ました時、暗い天井が最初に目に入ってきた。どうやらベッドで寝かせれているらしい。下に敷かれている毛布が心地よかった。右に空けられている窓からは月の光が入ってきている。
気を失ってから随分時間が経っているのか、周囲からは人の声はせず、虫の音と梟の鳴く声だけが空気に響いていた。


ジョルジュはムクリとベッドから起き上がると、あたりを見回した。そして今寝かされている部屋がターニャの部屋だと気づいた。
ジョルジュはベッドから降りて、再びあたりを見回したが、探している彼女の姿はどこにも見えなかった。


ジョルジュは木で出来た階段を踏みしめ、一階の広間に降りていった。すると広間のテーブルで、ターニャが開けた窓から月を見て一人、葡萄酒を飲んでいるのを見つけた。
ターニャはジョルジュに気づいたのか、ジョルジュの方を見て溜息を漏らすと、椅子から立った。


「やっと起きたわね。ちょっと、外に出るわよ。そこの葡萄酒の瓶とグラス持ちなさいよ」


ジョルジュは最初何を言われているのか分からなかったが、ようやく彼女が言った言葉を理解すると、葡萄酒が半分だけ入っている瓶と、一つだけテーブルに出ている陶器のグラスを手に持った。

ターニャはそれを見てニコッとほほ笑むと、玄関のドアを開いて外に出た。ジョルジュもそれにつられて出ていくと、あたりにはビールや葡萄酒の臭いが漂っており、そこらかしこに人が寝ている。


「アンタが寝ている間もみんな騒ぎに騒いでさ、お父さんもお母さんもそこらで酔いつぶれて寝ちゃったわ。私の旦那もそこらで寝ている。みんな静かになっちゃうと逆に怖いわね…」


ターニャとジョルジュは並んで村の出入口へと歩いていった。やがて村の門をくぐって、二人は畑の方へと足を進めていった。村から離れるにつれ、周りには二人と月だけしかない世界が広がってきた。
ジョルジュは歩きながら、川から担いでくれたことのお礼を言った。


「ターニャちゃん、ありがとうだよ。オラを背負ってくれて…だども、良くおらを背負っていけただな」


するとジョルジュの腰に、無言でターニャの横蹴りが入ってきた。両手がふさがっているために、腰をさすれずにもだえるジョルジュを横目に見て、ターニャは言葉を返した。


「田舎娘をナメンじゃないわよ。魔法学院の娘っ子と違ってね、アンタぐらいの重さの籠や荷物、毎日担いだりしてるわ」


そう言うと、ターニャはジョルジュに向かって笑いかけた。ジョルジュもそれにつられてニカッと笑った。
そして二人は刈り入れを行っていない、麦畑の前で足を止めた。まだ青みを残した麦の茎の上には、黄色を帯び始めた穂が風に揺れている。
吹いてくる風が、ターニャの茶色がかった黒髪をなびかせ、ジョルジュの赤い髪を揺らした。


ジョルジュはグラスに葡萄酒を注ぐと、ターニャへグラスを差し出した。
ターニャは黙ってそれを受け取ると、グラスから一口飲んだ。そしてターニャはジョルジュにグラスを渡し、ジョルジュもグラスを傾けた。


「ホント…私、明日結婚するのね…」


「ターニャちゃん…」

ジョルジュは何か言おうとしたが、それを遮るようにターニャが言葉を続けた。


「ありがとねジョルジュ…あの時の約束守ってくれて…」



その言葉にジョルジュは、ターニャの背中で聞いた言葉を思い出したのであった。
それは森の中だけの、二人だけの会話であった。





―あの花を…私が結婚するときに、アンタがあの花を摘んできなさい!!あの花をドレスに着けて、アンタんトコロに嫁いであげるから―



[21602] 17‐B 話 一晩だけの誓い
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/10/03 21:09
―ねぇ、覚えてる?ゴっちんと私が初めて出会った時のこと…-


「ねぇ、覚えてる?ジョルジュと私が初めて出会った時のこと…」


夜が更け、冷たい風が吹いてきた空に、ターニャの声が静かに響いた。声をかけられたジョルジュが振り向くと、彼の胸はキュゥと締め付けられた感覚を帯び、目はターニャの、一つ横の空間を向いた。
ターニャの隣には、同じ茶色の混じった髪をなびかせた女性が立っていた。忘れもしない、その女性は彼が呉作として生きていた頃に、心から愛した女性美代であった。



幻なのだろうか?
ターニャと美代は同時にジョルジュへと振り向いた。彼女たちの顔がジョルジュの方へと向き切る前に、美代の姿はスゥッと消えていった。


「ジョルジュ?」


ジョルジュの様子に疑問を持ったのか、ターニャは声をかけてきた。その声は、いつもとは違って少し、弱々しく感じられた。
その声に気づいたジョルジュは、ターニャの方へ視線を直し、少し苦笑いを浮かべながら言った。


「….ああ…覚えてるだよ…なんせ、初めて会った時に蹴られたんだから」


そう言ったジョルジュは、かつて彼女と知り合った、遠い過去を思い返した。


ジョルジュがジャスコの村で働き始めた頃、彼は自分が村に溶け込めないことに悩んだ。彼は転生した故、自分によそよそしい大人の雰囲気を、少年ながらに感じ取ってしまっていたのだ。

オラは邪魔なんだろうか…
ジョルジュはこの時ほど、貴族という地位が疎ましく感じたことはなかった。そしてある日、彼は重い心を引きずって村長の家に向かった。
家のドアを開いた瞬間、木靴の感触を持った蹴りが顔に刺さった。
蹴りの衝撃と、あまりの出来事に目を回して倒れたが、直後に大きな声が降り注いできた。


『遅いっぺさ!!領主さまの息子だからって、仕事に遅れてくるなんてなに様さぁ!?』


顔を上げたジョルジュの前には、髪を後ろでまとめた、幼い少女が手を腰に当てて立っていた。
ジョルジュはあまりの出来事に、まだ混乱していたが、おずおずと彼女に声をかけた。


『た、たすかぁ、オメェさん、村長さんの…』



『娘のターニャっさ!!今日からオメェさんの教育係になったさぁよ!!さあ立つだ!!やるからには容赦なくいくっぺよ!』






「あの時のターニャちゃん、怖かっただよ」

そういってジョルジュは腕を体に巻きつけ、身震いするマネをした。
その姿を見てターニャは微笑み、脇腹を指で突っつきながら言葉を返した。


「あら、それはアンタが時間に遅れてくるからじゃない?いくら子供だからって、時間は守らなきゃねジョル坊?」

ターニャは指で突っつくのを止めると、草が生えている畔に腰かけた。つられてジョルジュもターニャの隣に座った。
麦畑のために作られた畔には花がいており、黄色や赤色の花びらをつけた花が、夜の畑を鮮やかに彩っていた。

ターニャは横に置いた葡萄酒の瓶を持つと、ジョルジュの手にあるグラスに葡萄酒を注いだ。ジョルジュは一口飲んでからグラスをターニャに渡すと、ターニャは残りを一気に飲み干した。



「その言い方もターニャちゃんが初めてだっただなぁ…オラ、ターニャちゃんと同い年なのに「いつまでたっても半人前の坊やだっぺさ!」って理由でジョル坊って言うもんだからさ、村の人たちも面白がって「ジョル坊」、「ジョル坊」って言う様になったでねえか」


ジョルジュの言葉にターニャは目をキョトンとさせ、そのあと目を細めてフフフと笑い声を出した。笑い声がおさまると、指で眼尻を少し掻きながら言葉を返した。


「あら?そのおかげで村の人たちとも打ち解けたじゃない。感謝されど、恨まれることはしてないわ」


二人はその後も、葡萄酒を飲み合いながら、お互いに出会った頃の思い出を語った。それはジョルジュにとって、とても心地よい時間であり、このまま時間が止まってくれないかとさえ思えた。

やがて二人の思い出話は、13歳の頃の話になった。


「あの時のアンタ、おかしなこと言ってわよね~。「記憶」がどーのこーのだとか、「大切な人」がどーのこーのだとか…まだ子供のクセに変なことばっか言う様になったから、頭が変になっちゃったかと思ったわ」


そう言いながら、ターニャはジョルジュの肩をバシバシと叩いた。ジョルジュは「いや、あの時はあれだよ。特有の厨○病だよ。てかターニャちゃん痛いだよ」とターニャに弁解し、ターニャは「なによその胡散臭い病気は?」と語気を強めながら、今度はジョルジュの背中をはたき始めた。


ジョルジュは背中の痛みを感じながら、当時の事を思い返した。

夜も大分更けて、畔には、土の甘さと花弁の清涼とした香りが満ちていた。










あの時からだろうか―

前世の記憶が薄れてきたのは。

正確には友の顔が思い出せなくなってきたは。親の、妹の、そして愛した人の顔が思い出せなくなってきたのは…

呉作として、彼らと食卓を囲んだ記憶、大学のキャンパスを歩いた記憶、そして雷に打たれて倒れた時の記憶、それらの記憶にいる彼らの顔にうっすらと霧が出始めたのは。
その霧はやがて濃くなってきて、代わりにジョルジュとしての記憶が埋まってきたのは。


食卓には父バラガンや妹のステラ、サティが座っており、かつての親友の顔は白い霧に包まれた。
大学の風景は西洋風の村に変わり、ニッキーやエマン、そして村の子供たちが歩いている記憶に変わった。


ジョルジュはかつての記憶を忘れていくことに恐怖を覚えた。それはまるで、前の自分がいなくなるような感覚だった。
誰かに出会う度に、誰かの優しさに触れる度に、かつての記憶は隅に追いやられ、大切な人たちがいなくなっていった。

そんな恐怖と闘っていた時だった…


『あんたさあ~最近どうしたのよ?なんだか仕事にも集中してないじゃないさ。何か悩んでるの?』


畑仕事の手伝いが終わり、一人村のはずれにいた時であった。今と同じような、双月が昇った夜に、ターニャは話しかけてきた。


『タ、ターニャちゃん…ターニャちゃんはさ…大切な人のコトを忘れたってことはねーだか?』


『はあ~?アンタ私と同じ13でしょ!?もうボケでも来てるの?』


『いや…違うどもさ….だどもさ…例えばだよ!?例えば、親とか兄弟や、好、好きな人との思い出が段々となくなっていったら…ターニャちゃんは、どう思うだ?』


その瞬間、ジョルジュの背中に衝撃が走った。
その後、蹴られながら大きな声で怒られたコトを覚えている。


ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシッ….


『アホかあんたは!!そんなことこの歳で気にしてたら人生やってられんだっぺさ!!ええっ!』


『痛いだよターニャちゃん!!てか口調が元に戻っとるだよ!!せっかく訛りが取れてたのに』


『いい!!アンタの記憶力がどのくらいなのか知らねぇけどさ、忘れたことは気にすんなっぺよ!!ホラ!!行くだよ!』


『ううう…『それにね…』??』


蹴られたダメージで起き上がれなかったジョルジュに、彼女は手を差しのべながらいった。その声はどことなく、今までの彼女からは若干考えられない優しさを含んであった。



『もしアンタが…その大切な人を忘れてしまったなら、私がその大切な人になってあげるわよ。二度と忘れられないようにずっと隣にいてあげるから….』


『ターニャちゃん…』


その時からか、ターニャと美代の姿がダブって見えるようになった。
歳はかけ離れているにも関わらず…その茶色の黒髪が、その目が、そして彼女の動きが、かつて愛した女性と重なっていたのだった。


そしてそれは、ジョルジュに恋心を抱かせるコトとなった…


その後も二人は常に隣に立ち、畑作業をやっていた。ジョルジュが父バラガンから譲り受けた畑の作業にも、ターニャは手伝いにきてくれた。
やがてジョルジュは、かつての記憶を忘れることを恐れなくなった。代わりに彼の心には、ターニャが住むようになっていた。

そして、ターニャを美代と重ねながらも、彼女を一人の女性として好きになっていったのだった。










「私はね...アンタといろんなことしているのが楽しかったし、好きだった」


ターニャはそう言いながらグラスに葡萄酒を注ごうとしたが、中にはもう葡萄酒はなくなっており、2.3度便を振ってからグラスと瓶を地面に置いた。だいぶ冷え込んできたのか、ターニャの体がブルッと震えた。
ジョルジュは腰にさした杖を抜き、魔法を唱えた。休んだおかげである程度魔力が回復したのか、ターニャの周りを暖かい空気が包んだ。
ターニャに「ありがと」という言葉返され、しばらくの間、辺りは沈黙に包まれた。


しばらくして、彼女は再び喋り始めた。その声は、まるで泉に湧く水のように透き通っていた。


「それが普通だと思ってた…昔から、あの時も、そしてこれからもって思ってたわ…だけどね、あるとき気づいちゃったんだ…私はあなたの隣にいることが出来ないっ…てね。皮肉よね…願うほどに、それは出来ないことが分かってきちゃうんだから…」


「・・・・・」


「アンタが魔法学院に行くことが決まってからさ、確信したんだ…私はアンタの隣には入れない…アンタがいくら私達と同じことをしていても、私達とは世界が違うって」


ターニャの言葉に、ジョルジュは胸が強く締め付けられ、目の前が少し滲んだ。ジョルジュは大きな声を出して、ターニャの言ったことを拒否しようとした。


「そんなことないだよ!ターニャちゃんは、ターニャちゃんは…」


ジョルジュはその後の言葉が出てこなかった。言いたいことはあるのに、なぜだか口にはできない。
まるで、言わせんとばかりに、小人が彼の口を押さえているかのようであった。そんなジョルジュの口を、ターニャの人差し指が触れた。



「何も言わないでジョルジュ。アンタが一番分かってるはずよ。いくらこのドニエプル領であっても、貴族の息子が農民の娘と結婚できるわけないでしょ?」


ジョルジュの眼には涙が浮かんだ。学院に入る前には気づいていた。ターニャとは別れることになると、愛した女性がやがては結婚してしまうことも。だからこそ…彼には言いたいことがあったのだ。
しかしそれをジョルジュが口に出す前に、ターニャは再び口を開いた。




「私には分かるわ。アンタにはもう、いるはずよ…私じゃない…隣に立つべきヒトが…ちょっと変わったアンタを支えてくれるヒトが…」



そう言われたジョルジュの頭にふと、自分を見つめる女性が浮かんだ。
それは美代でもなく、ターニャでもなかった。
土のような茶色と黒の髪ではない、金髪の女性が立っている。
ジョルジュは知らず知らずのうちに涙を流していた。


自分は心のどこかで、彼女を諦めていたのかも知れない…好きになった女性を、自分から諦めて…


涙を流すジョルジュに、ターニャは両手をジョルジュの顔に当て、流れてくる涙を拭いた。ターニャはジョルジュの顔を見て微笑むと、やはり透き通った声でジョルジュにいった


「あなたが泣く必要ないわよ...それでいい…その人を大事にしてあげて…アナタが見つけたヒトだもの…イイヒトに決まってる。私は、あの人の支えになるわ…妻として…」


そう言うと、ターニャは腰を上げた。草の切れ端がついた部分をはたくと、顔をあげて月を見上げた。双子の月は、相変わらずお互いが寄り添いながら、二人を見つめていた。
しばらくして、ターニャは地面に置いたグラスと瓶を持つと、ジョルジュの方を向いた。
その目にはうっすらと、涙が見えていた。


「もう帰らなきゃ…明日、結婚式だもの…花嫁が寝坊したなんて…みっともな…」


ターニャは最後まで喋れなかった。彼女はジョルジュから顔をそむけると、村への道を静かに歩き始めた。
そんな彼女をみたジョルジュの頭には、ターニャとの思い出を再び思い返された。


―おめぇ違うっぺさ!!大鎌も使えちょらんのか!!―


―みんな、紹介するだ!!今、わたすが教育しちょるジョル坊だっぺさ!!みんなバシバシと仕込んでくれさ!―


―あの花を…私が結婚するときに、アンタがあの花を摘んできなさい!!あの花をドレスに着けて、アンタんトコロに嫁いであげるから―


―もしアンタが…その大切な人を忘れてしまったなら、私がその大切な人になってあげるわよ。二度と忘れられないようにずっと隣にいてあげるから…―








「ターニャちゃん!!!!」


ジョルジュは大きな声を出して立ち上がった。ターニャはその声にビクッと体を震わせ、振り向いた。
ジョルジュの目からは大量の涙がこぼれてきたが、ジョルジュはそれを拭こうともせず、自分が言いたかったコトを、彼女に伝えたかったコトをターニャへと振りしぼった。







「オラ!...オ゛ラずっとターニャちゃんの事がずきでした!!オラにいろいろ教えでぐれて...!皆の仲間に入れでぐれてッッッ!!隣にいでぐれて…ッ!!」





ジョルジュはすべてを言い尽そうとした。かつて思いを告げず、別れてしまった時のように…悔いを残したくなかった。






「ありがどおッ!!オラ、ターニャちゃんにいっぱい感謝しとるだよ!!結婚前の花嫁に、こんなコト言っちゃなんねぇどは思うけど…!!オラ、オラ!ターニャちゃんのコトあ…」





最後の言葉が口から出る前に、ジョルジュの唇をターニャの指が塞いだ。目の前にターニャは、ジョルジュと一緒で、大粒の涙を流していた。彼女の手にあったグラスと瓶は、地面に倒れて割れている。
しゃっくりが出そうになるのを我慢するかの様に、ターニャは一度噎いだ後、震える声を出した。




「アンタがそれを言っちゃだめ…それを聞かせるのは…私じゃなくて別の人…貴方の心にいる人に…言ってあげて…そうでしょ?ジョルジュ…」



お互いの顔は涙で濡れていた。
お互いが想いを押し殺していた。
ジョルジュも、ターニャも、互いにこれまで溜めてきた感情があふれ出てきた。
ターニャはジョルジュの唇を押さえた指を離すと、その指を頬にはわせ、手の平をあてながら言葉を続けた。





「ジョルジュ、約束して…明日の昼には結婚式は挙げられる…私はあの人に愛を誓うわ…少し頼りないけどとてもイイ人なの…だからこの結婚に後悔はない…だからこそジョルジュ、あなたには笑って見送ってほしいの…今みたいに涙を落とさず、笑顔で愛を誓わせて…」




既にジョルジュの顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。
彼の心には、様々な感情の波が、まるで嵐のように混ざり合っていた。

そんな彼が、涙を流しながら話すターニャの言葉に、コクリと一度だけ首を下げた。

ターニャはそれを見てまた涙を流した。そして一度、大きく深呼吸すると先ほどよりはしっかりした声をだした。


「ありがと…ジョルジュ…そして後一つだけ、私のお願いを聞いてくれる?」


ジョルジュは答えることは出来なかった。ただ「うん…うん」とだけ頷くことしか出来なかった。


「一晩だけ、一晩だけ私に誓わせて…ブリミルにも、精霊様にも誓わない…あなたにだけ誓う…あの月が沈んで、朝日が…朝日が昇るまでの間だけど、あなたに誓うわ......」



そしてターニャはジョルジュの頬から手を離し、流れてくる涙をぬぐった。いつの間にかジョルジュの顔からも涙は止まっていた。
くしゃくしゃになった顔を腕の袖で拭き、涙が出るのをこらえながらターニャの言葉を待った。
ターニャは大きく息を吐き、それからジョルジュの目を見つめ、




一晩だけの誓いを口にした。














「愛してます」



[21602] 18-B話 笑ってありがとう
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/03 02:41
お互いが無言のまま立ち尽くしていた。

ターニャが告白したあと、周りに響くのは冷たくなった風の音と、その風になびいてこすれる麦の穂の音だけであった。
虫の音も、すでに眠ってしまったかのように静まりかえっている。
ターニャはジョルジュの頬に当ててた手を離すと、顔を下にさげた。
黒色の髪が月の光を反射して輝き、その髪に隠れてジョルジュには彼女の表情を見ることはできない。
ジョルジュはターニャの言葉を受け止めてから彼女に何を言えば良いのか、頭の中でずっと考えていた。
やがて自分のなりの答えが見つかったのか、涙でくしゃくしゃになっていた顔は失せ、どこか逞しく、少し優しさを含んだような顔つきになっていた。


ジョルジュは目にわずかに残っていた涙をぬぐい、いつにない真剣な目をターニャへと向けた。
ターニャはまだ俯いたままであるが、ジョルジュは構わずに両手で彼女の肩をつかんだ。


「ターニャちゃ「よし、んじゃあ帰るわよ」ん?」


ジョルジュが言うのと同時に、ターニャがうつむけていた顔を上げた。
その表情は先ほど見せていた悲しく、とても重い雰囲気とは違く、何かふっ切ったような晴れ晴れとした表情が浮かんでいた。
ターニャはジョルジュの右肩をポンっと叩くと、「ホラ何してんの?そんな変な顔して」と言いながら首をかしげた。
ジョルジュは何が何だか分からず、少し声を詰まらせながらいった。先ほどまでの表情はどこへ行ったのか、いつも通りの顔に驚きを乗せた目をターニャに向けていた。


「あれ?ターニャちゃん?だ、大丈夫なんだか?なんかさっきとは全然テンションの具合が違うけんど…なんだか大分スッキリしているような…」


「あ~?そりゃ違うでしょ。何年も言おうとしてたことをたった今言えたんだから。スッキリするわよ」

「今さらっとトンでもないこと言ったような気がしたけんど…」

ジョルジュはターニャの余りの変わりぶりに多少混乱状態に陥っていた。
あれ、さっきのセンチメンタルな空気はどこ行ったんだ?さっき流していた涙はなあに?
というかオラ、今思えば結構恥ずかしいこと言ってたような…
そんなジョルジュの頭の中を透視でもしたのか、ターニャはジト目でジョルジュを見つめ、

「なにジョルジュ?もしかしてあんた嫁入り前の女になにかしようとか考えてたわけか?」


ドキン!!ジョルジュの心臓は一気に跳ね上がった。



「イヤイヤイヤイヤイヤイヤそんな事ねーだよターニャさん!!い~くら好きな女の子だからって、嫁入り前の体にそんなハレンチなことしようなんて考えちゃいねーだよ」


ジョルジュは両手を前にのばし、首と一緒に左右に振りながら言った。しかし彼の心の中は、見事にいい当てられた焦りと緊張で冷や汗が滲んできたのであった。
ターニャはゆっくりと、かつしっかりとジョルジュの両手首をつかむんだ。
そして強張った顔を見せているジョルジュに向かってにっこりとほほ笑み…


「こんの不埒貴族がぁぁーーッッ!!」


一瞬の速さで、ジョルジュの顎に小さな膝を打ちこんだのだった。
ジョルジュは「すみません!!」と謝りながら後ろへ倒れ、1、2度ビクンと体を跳ねると大人しくなってしまった。


「全く、いくらあんたの事を「愛してる」って言っても、簡単に貞操をやるわけないでしょ。結婚式前日に婿以外の男と寝るなんて…って起きなさいよジョルジュ。いつまでも倒れてないで帰るわよ」


「いやぁターニャさん…オラ心も体もクリティカルヒットで動けねーですだ。先に帰ってくれだ~ていうかオラ少し泣きたいです」

ジョルジュはぐったりと地面に倒れ、その目からはさっき流した涙とは別の種類のモノが流れていた。
ターニャは一度溜息を吐くと、倒れているジョルジュの片腕を持ち上げ、そしてひょいっとジョルジュを担ぎあげた。
そして「アンタが明日いなかったら結婚式始まらないでしょうが!!」といい、村の方へと歩きだした。









「ターニャちゃんもう大丈夫だよ。普通に歩けるだよ~」

先程話し合った場所から少し離れたところで、ジョルジュはターニャにそう言って背中から降りようとした。しかしターニャは一度足を止めてよいしょと担ぎなおしてしまった。

「いいから背負われてなさい。アンタを担ぐのも今日が最後なんだし…それに今だけはアンタの恋人?なんだからしっかりつかまってなさい」


「女の子に背負われる彼氏なんて聞いた事ねぇだよ…普通逆だぁよ」


そう言うとターニャはフフフッと笑った。足が地面を踏みしめるたび、二人分の体重が道の小石や砂利をジャリ、ジャリっと響かせた。
半分ほど進んだ後、ターニャは急にジョルジュを地面に下ろした。
急に下ろされたジョルジュはバランスを崩して少しよろけたが、ターニャはその背中に飛び乗り、首を両手でがっちりとホールドした。

「じゃあ残りは私の部屋までよろしく」

「・・・・アイアイサー」

そういってジョルジュは先ほどとは反対に、ターニャを背負って村へと歩いていった。
何歩か進んで時、背中からターニャの声が耳の奥に直接運ばれるように聞こえてきた。


「だけどね、ジョルジュ、アンタにさっき言ったコトは全部ホントよ。ジョルジュの事好きだし、だけど隣にいれないって思ったことも全部ホントだから」

「ターニャちゃんさっきと違ってスパスパと言うだね。オラちょっとびっくり」

そうジョルジュが返すと、背中からまたフフフと笑い声が聞こえ、明るい声でターニャがいった。

「アラ、だって「一晩だけ」あなたに愛を誓ったんですもの。愛する人には素直に自分の心を打ち明けるものよ」


そう言い合う2人の間には、先ほどまで涙を流していたとは考えられないような暖かく、優しい空気が覆っていた。
ふとジョルジュは、この村に来てから心につっかえてたものが外れたような感覚があることに気づいた。
それは小さい頃に言いたかった彼女への想いを告白したからだろうか、それとも彼女の想いを聞けたから、もしくは両方なのか。
今となっては分からないし、分かる必要もないのだろうとジョルジュの頭に浮かんだ。

何処からか梟の鳴き声がホーーっと聞こえた時、村の入り口である門が見えてきていた。

ターニャはジョルジュの首に巻いていた両腕をグッと力を入れなおした。


「だからさ、せめてジョルジュには笑って見送られたいのよ…心に残したモノそのままで、あんな風にメソメソした雰囲気で結婚式するなんて私には耐えられなかった…今だから言うけど、立会に来てくれてホントにありがとう…」



そう言ったターニャの腕がかすかに震えているのがジョルジュに伝わった。
ジョルジュには彼女の気持ちがまるで滝のように自分に流れ込んでくるように感じられた。
やがて背にかかる彼女の重みをグッと感じ、まだ寒い夜の空気に、息を白くさせながらジョルジュは自分の胸の内をターニャに明かした。
本来口下手であるジョルジュであるが、この時ばかりはスラスラと言葉が出てきた。





「オラ、上手くは言えねえけんど…学院でターニャちゃんが結婚するって連絡受けた時はホントたまげただよ。この村に来た時も、星降り草を取りに森に行った時も、なにか胸につっかえてたモノがあってな。正直心苦しかっただよ。だけど、ターニャちゃんの気持ち聞かしてくれて、なんだかすんげぇ楽になっただ!!こちらこそありがとうだよ…ってターニャちゃんって寝てる!?」



気がつくとターニャは、いつの間にか小さな寝息を立てていた。
これまでの結婚式の準備などの疲れが出たんだろうとジョルジュは思いながら、多少がっかりした面持ちで顔にかかった髪を横に避けた。
最後に言おうとした言葉をモゴモゴと口に残していたが、ジョルジュは寝ているターニャに向けて言った。


「結婚おめでとうターニャちゃん。幸せになるだよ」

そう言い終えた時、ジョルジュは村の入口の門を通り過ぎた。
その時、誰にも聞こえないぐらいの小さな声がターニャの口から洩れていたコトにジョルジュは知る由もなかった。








「ありがとう。ジョルジュ…」














二つの月が空から降り、代わりに太陽が真上に上った頃、ジャスコの村ではあちらこちらで結婚式直前の準備が行われていた。
準備といっても大部分は村人が明々祝いの時に着る服を引っぱり出して急いで身につけたり、外の広場に敷いた御座や置いたテーブルに料理を並べている。
当然料理を用意するのは村の女たちであり、男たちはまだ式も始まってないのに土で出来た杯にぶどう酒やビールを注いでいる。
そんな光景とは異なるとある家の2階では、部屋を貸してもらったジョルジュが式用の衣装へと着替え終えていた。

緑と茶の二色の布を使って織られた、色は違えどいかにも結婚式で見かける神父が着ている衣装だなとジョルジュは思った。
母ナターリアから聞いたところ、これがドニエプル領の伝統の式服であるらしい。(ナターリアが「センスがホント悪い」と愚痴をこぼしていたコトを覚えている)

着替えが終わり、外に出ようかなと考えていた時、突然木製のドアをガンガンと叩く音が聞こえ、ガチャッとドアが開くと、村長の夫であるニッキーがぬっと現れた。
やはり結婚式だからか、いつもはボサボサの黒ひげもピッチリと切り揃えられ、身に纏った衣装はいつもとは違うオーラを漂わせていた。

「おうジョル坊!!お前も着替え終わったっか!!だったら外に出て飲もうじゃねぇか!!」

ニッキーはガハハと笑いながらジョルジュを酒宴に誘おうとするが、ジョルジュは苦笑いを浮かべ、

「ニッキーさんまだ結婚式前ていうかもうすぐ始まるだよ…そんな時に飲んだら式でまともに動けねぇだよ?というか立会人が酔っ払って出席したらエライことだよ」

「んだよつれね~なぁ~。ターニャとエマンは衣装の着付けに熱中で干されるしよ~こういう時は黙って酒を飲むのが男なんだぞ~」


「てかもう酔ってるだねニッキーさん…」


ジョルジュはニッキーの両肩を押しながら、階段を下って外へ出た。
村の外では村人たちが酒を飲んだりそこら中を駆け回ったりとそれぞれが違うことをしながら式を待っていた。
その中には、花婿の村の者なのかジャスコの村の人たちとは少し違う雰囲気の人が何人か見えた。


「ガハハハッ!!そうだジョルジュ!!これからどっちがブドウ酒一樽早く飲み干すか競走…」


「ニッキーさんは大丈夫だけんどもオラは死ぬだよ!?ほらニッキーさんあっちでみんなが呼んでるだよ」


そう言いながらジョルジュはニッキーの背中を押して村仲間の方へとニッキーを連れていった。
広場の方へと戻ると、遠くからニッキーの「お~いジョルジュ飲まねえのかよ~」という声が聞こえてきたが、聞こえないふりをして祭壇の方へと近づいていった。
祭壇は木で作られており、そこに紅い布を敷いてその中央には結婚式で読む分厚い本が置かれている。
ふとジョルジュが右に目を移すと、祭壇の右の方に、花瓶に飾られている星降り草が目に入ってきた。
夜中にきらめく花であるが、日光の光を受けてまた違う輝きを放っている。
ジョルジュは祭壇の向かい側へと移動し、そしてゆっくりと目をつぶった。
式の直前なのに騒がしい広場であったが、不思議と耳には自分の心臓の音がドクン、ドクンと聞こえてくるのが分かった。


しばらく目を瞑っていた後、どこからか笛の低い音が鳴るのが聞こえてきた。結婚式始まりの合図である。

すると、先ほどまで準備にあくせくしていた村の女性たちも、飲んだくれていた男達もみんな広場へと集まり、新郎と新婦を迎えるのみとなった。


やがてしばらくすると、一軒の家の扉が開き、紅いドレスに身を包んだターニャが現れた。
紅色のドレスに、同じ色のベールでおおわれている彼女の左胸と頭には、ジョルジュが採ってきた星降り草が飾られており、星降り草の輝きが彼女の化粧を施した顔と紅色の花嫁衣装を一層際立たせていた。


その隣には、白い、タキシードのような衣装を身につけたターニャの夫になる青年が、彼女をエスコートしていた。
歳はジョルジュやターニャより4つ5つ上だろうか。
少し赤みがかかったブロンドの髪は、農作業の間に陽に焼けたものだと思われる。キチッと整えられた髪と同様その表情はカチコチに固まっていた。


ジョルジュは自然と出てきた笑みを浮かべながら新郎新婦が来るのを待っていた。
2人が村人が集まっているところまで来ると、村人達は自然と祭壇までの道を開けた。
そして二人が一歩、また一歩とジョルジュの元へと近づいてくる。
青年は目をグルグルと回しながら機械のような動きで、花嫁であるターニャはそんな青年を気遣いながら歩いてくる。

やがて二人は、祭壇をはさんでジョルジュと向かい合うような位置まで来た。
ジョルジュは祭壇に置かれている本をめくった。不思議なもので、先ほどまでの喧騒がうそのように辺りはシーンと静まり返っている。
ジョルジュは式を始めると、祝福の言葉を次々と唱えていった。
その間も青年は緊張している様子であり、逆にターニャの方はホントに17なのか疑いたくなるような落ち着きぶりである。



そして式は進んでいき、とうとう宣誓の段階に入った。


「新郎ノーチェス」

「ひゃ、ひゃい!!」

ジョルジュの言葉に、青年ノーチェスは噛みながらも大声で応えた。


「汝は精霊ノーム、そして始祖ブリミルの名において、この女ターニャを妻とし、良き時も悪き時も、死が二人を分かつまで愛し続けることを誓いますか?」




ジョルジュが言葉を言いきった瞬間、
先ほどから震えていたノーチェスの身体から震えがピタッと止まった。


再びジョルジュを見つめたその顔は、先ほどの頼りなさそうに緊張している表情が消え、一人の逞しい男の顔になっていた。
ジョルジュを見つめているその眼は正に、隣にいる花嫁を愛する夫の眼であった。
そしてノーチェスははっきりと迷いなく、村人全員に聞こえるくらいはっきりと答えた。



「誓います」




ジョルジュはあまりの変わりぶりに驚いた。
そしてそれと同時に、隣に立つターニャが言っていた言葉を思い出した。

『少し頼りないけどとてもイイ人なの…だからこの結婚に後悔はない』


なるほど…だからターニャちゃんはこの人を選んだのか。
ターニャちゃんが結婚しても良いって思った人だモンな。
こんないい旦那さんなら、笑って祝福しなきゃ失礼だよ!!


ジョルジュはノーチェスからターニャの方へ向き直った。ターニャの表情は心なしか、ニヤッと笑っているように見えた。

「新婦ターニャ」

―おめでとうターニャちゃん―


「ハイ!!」


村人たちの中から、男がむせび泣くような声が聞こえてきた。ニッキーだろうか。婿養子だから離れる訳ではないのに、やっぱり娘の晴れ舞台だからなのか…



―今まで隣にいてくれてありがとうだよ―

「汝は精霊ノーム、そして始祖ブリミルの名において、この男ノーチェスを夫とし、良き時も悪き時も、死が二人を分かつまで愛し続けることを誓いますか?」


―これからはノーチェスさんの隣で、幸せになって下さい―


ジョルジュの宣誓を訪ねた後、ターニャはじっとジョルジュを見据え、そして一瞬ニカッと笑ったかと思うと、堂々と言葉を紡いだ。



「誓います」






パートB終了 19話に続く



[21602] 19話 それぞれその後(前篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/07 19:09
キュルケ・タバサの場合  ―決闘直後―




「驚いたわ…ルイズの使い魔が勝っちゃったわ」

広場の人だかりから少し離れた所、キュルケはタバサと共に決闘の一部始終を観戦し、その結果に素直に驚いた。
キュルケがふと隣を見ると、心なしかキュルケと間隔を空けて座っているタバサも、両手に置いた本から目線をはずして広場の中央を見ていた。

「ねえタバサ?最後のワルキューレを斬ったダーリンの動き、あなたなら見切れる?」

「不可能ではない・・・・だけど難しいと思う・・・・・・ダーリン?」

タバサはキュルケが発した言葉の中に、「ダーリン」という言葉があるのに疑問を覚えた。キュルケは両手を胸の前で組み、目を輝かせて言った。


「そうよ!!彼のあの勇敢な戦いぶりをに胸の奥が熱くなったの!!それに乱入してきた一年生のコを助けたのもかっこよかったじゃない!!そうこれは恋よ!私ダーリンに恋しちゃったのよ!!」

キュルケは自分の胸に生まれた恋心を熱く語ったが、タバサはプヒーと息を吐き、読みかけの本に目を落としながら、

「恋する前に・・・その臭いをどうにかしたほうがいい・・・」

というと、ピシッとまるで石化したかのようにキュルケは固まった。

しばらくしてプルプルと震えだすと、いつものキュルケには考えられないくらいの声でタバサに詰め寄った。

「だからこの臭いはあなたの得体の知れないお酒のせいじゃないのタバサ!!これでも大分取れてきた方よ!!ああどうしよう…このまま臭いが残っちゃったら…」



キュルケがそう言った後、タバサがボソッとつぶやいた言葉をキュルケは聞き逃さなかった。




「「微臭」の・・・・キュルケ・・・プッ」




「タバサーッッッ!!」


キュルケは叫ぶと同時に振り向いたが既にタバサの姿はなく、上を見上げると教室の方へと飛んでいっているのが確認できた。



「あの子ったら…この前まではあんな性格じゃなかったのに…あのお酒のせいかしら?ほんとなんなのかしらアレ…」


キュルケがブツブツとぼやきながら教室へ戻ろうとした時、後ろからズルッ、ズルッと何か引きずるような音が聞こえてきた。

何かしらとキュルケが後ろを振り向くと、それはジョルジュの兄、ノエルの使い魔である紅い鱗を身にまとった巨大なコアトルであった。
巨大な体をズルズルと引きずり、小さくギョロッとした目でキュルケを見つめている。
その体は召喚された時に見かけたときより若干大きくなっているように思えた。




そういえばこのコも広場に居たわね…あれ?でもノエルは見てないけど…



ふとそんなことを考えたキュルケは両ひざに手をつき、中腰の大勢になると、コアトルに向かって訪ねた。

「ねぇ。あなたの主人はどこにいるの?さっきの授業でもあなただけだったでしょ?一体…」

キュルケがそこまで言ったところで、コアトルは急に口をゆっくりと大きく開いた。
キュルケが何事かと中を覗くと、コアトルの口の中は薄桃色をしており、口の四端には、まるでレイピアのような牙がスッと生えている。
そしてその口の奥ではなにかもぞもぞと動いている「何か」が見えた。



「なに?その奥の方で動い…ている…モ…ノ」



キュルケはそこまで言って口がふさがった。
コアトルの奥の方で動いている者は段々と出てきて、やがてニョキッと肌色のモノが見えたかと思うと…







「アアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッー!!」





まるで赤ん坊が生まれてくるかのように・・・いや、それと比べるとあまりにもおどろおどろしく、コアトルの口の端に手をかけながら学生服を着た少年が出てきた。
コアトルの中にいたせいか、その顔にはべっとりと粘液のようなものが付いており、男にしては長く伸びた白い髪からもポタポタとなにか垂れている。
そうしてコアトルの口から出てきた少年ノエルは、ドヨ~ンとした目をキュルケの方へ向けた。

「な、ななななにか用かキュキュキュルケェェ……」


しかしノエルの目の前に見えるキュルケは、仰向けに倒れて気絶していた。
その目は白目を向いており、彼女が普段魅せる美しさとは大分かけ離れている状態である。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・レミア・・・運んで」



そう小さな声で言うと、ノエルは再び使い魔のコアトル、レミアの口の中にズズズと飲まれていった。



レミアはその口をぱくっと閉じた後、地面に気絶した赤髪の女生徒を頭に乗せて、ズルズルと教室へと体を引きずっていったのだった。










ギーシュの場合     ―学校の授業終了後―

アアアアアッッッッ~僕は何をしでかしたんだぁーーーッ!!


そう心の中で叫びながら、ギーシュはゴロゴロとアウストリの広場を転がりながら、昼休みに自分がやってしまった出来事を思い返しては、一人悶えていた。
その姿は彼が重要視している貴族の姿とは程遠く、広場を通る学生からは変な目で見られている。
しかし彼はそんなことも気にしないほどに彼は決闘の時、自分がどれほど嫌な奴になっていたかを思い出していた。

「モンモランシーに見放されたショックから…八つ当たりまがいに決闘を始めてしまい、あろうことかいくら乱入したからってレディーたちにワルキューレをけしかけて…その上ルイズの使い魔に負けてしまうって…どんだけ僕は落ちまくりなんだ…」


もう夕方に入った空には赤い夕日が広場を染め、水くみ場の水も赤い色をつけていた。
ギーシュはそこら中を転げ回ったせいで、体のアチコチに草が付いているのに気づき手でそれを払いながら、さらにその後の事を思い出した。



「あの後、教室じゃ男子からは「平民に負けた」ということで弄られるし、女子からは冷ややかな目で見られるし…なんなんだ今日の僕は…いいことまるでないじゃないか。呪われたのか僕は?」


そう言いながらギーシュは、水汲み場のところまでノロノロと近づいていった。
その顔は汗や涙で付いてしまった草や土で汚れていた。
ギーシュは手で水をすくい上げると、パシャっと何回か自分の顔に水をかけ、手で顔をこすった。
そして胸元からハンカチを取り出して顔を拭いた。
草や土の汚れは取れ、いつもの奇麗な顔立ちをある程度戻した。



「だけど…だけど僕は今日やらなくては…ならない。「これ」だけは今日中にやらなければ・・・」



ギーシュはそう自分自身に言い聞かすようにつ呟き、すっと立ち上がった時、「オイギーシュ!!」と自分の名を呼ぶ声がした。
ふと横へ顔を向けると、そこには数人の男子生徒が立っていた。



「レイナール、ギムリ・・・・それにクサコリヌ!!どうしたんだい?」


「誰がクサコリヌだ!!マリコルヌだ僕の名前は!!」


そう叫ぶマリコルヌを含む三人はギーシュのもとへと近づくと、レイナールがポンと肩を叩いて言った。


「ホラギーシュ。お前今日散々な一日だったろ?お前も悪いトコあったけど、さすがに今のお前を弄る気にもなんねぇしさ…だから俺達と一緒に飲まね?って誘いに来たんだよ…」

ギムリが続ける。

「食堂で俺らが騒いだこともちょっと責任あるしな…お前の大好き銘柄も用意してやっから夕食終わったら飲もうぜ!」

続いてマリコルヌが言う。

「まあこれで君も当分は僕と同様女子からモテ「ありがとう二人とも…」ってギーィシュ!!「二人」って僕を抜かしてか!?」


叫ぶマリコルヌを横目に、ギーシュはギムリとレイナールの方を向いた。
その目は何らかの覚悟を纏い、先ほどの彼とは別人のようなオーラをわずかながら発していた。


「ありがとうこんな僕を気遣ってくれて…君たちの友情は非常に嬉しいよ…だけど僕に時間をくれないかレイナール…僕は今、やらなくてはならないことがあるんだ」


レイナールは首をかしげながら「オイギーシュ。一体何を…」と言いかけた時、レイナール達が来た方向とは逆の方向から一人の女生徒がやってきた。
栗色の髪が印象的なその少女は、食堂の席でギーシュを平手打ちして姿を消していたケティであった。



ギーシュは午後の授業が終わってすぐ、知り合いの一年生の女の子に頼んで(その女性徒にもイヤイヤな顔を向けられた)、ケティに広場にきて欲しいと伝えた。
彼女が来るかどうかは定かではなかったが、直接行くよりこの方が良いとギーシュは考えてのことだった。


ケティはギーシュの姿を確認すると、一瞬歩を止めたが、すぐに歩くのを再開してギーシュへと近づいてきた。
そしてギーシュと1メイル程まで近づいたところで再び止まった。

「ギーシュ様…」

ケティがそう口から漏らした言葉に一瞬ビクッと体を強張らせたギーシュだが、一度大きく息を吸い、ケティの元へと近づき、そして片膝をついて頭を下げた。




「済まなかったケティ!!僕は君を深く傷つけてしまった!!貴族の男子である前に、一人の男として君にしてしまった事は到底許されるものではない。あまつさえ僕は君の友人に危害を加えようとまでしてしまった。許してくれとは言わない。だけどせめて君に謝らせて欲しい!!」


そう言ったギーシュの方はフルフルと震えていた。ギーシュの後ろにいる三人はその姿を見て、銘銘頭の中でギーシュの行動について考えを巡らせた。

レイナールは

(ギーシュ…!!お前わざわざ彼女に謝るなんてッッッ!!お前今サイコーにかっこいいぜ!!)
と少し目元を潤ませ、
ギムリは

(ギーシュ…お前そこまで男らしいこと出来るなら、初めからやっとけばモンモランシーだって・・・)
と少し溜息を洩らし、
マリコルヌは

(ギーシュ…大丈夫だ!女の子から嫌われるようになっても僕みたいな仲間がたくさんいるぞ!!これでギーシュも仲間入りだ!!)
少し口の端をにやりと吊上げた。

ケティはしばらく黙っていたが、「顔を上げてくださいギーシュ様」の声でギーシュは顔を上げた。
そしてケティはギーシュを立たせると、優しい声で言った。


「私はもう気にしてませんギーシュ様。それに私がギーシュ様を愛していることには変わりありませんから」





!!!!!!!!!!!!


予想のはるか斜め上の発言が出て来て、ギーシュを含めた男4人はあまりの驚きに目を丸くした。
ギーシュは急にあたふたしだすと、



「い、い、良いのかいケティ?僕は君を悲しませたし…友人2人もひどい目にあわせようとしたんだよ!?そんな僕をまだ愛してくれるというのかい!?」


「ええ。私は今でもギーシュ様をお慕いしてます…それよりも、ステラちゃんやララちゃんがしたこと...あれは私のためを思ってくれてのコトなんです。許してくれますか?ギーシュ様...」


「もちろんだケティ!!・・・ッッッ!ケティ僕は今、目が覚めたよ!!僕は生涯君を愛することを誓うよ!!そして君のために永久に愛の言葉を贈ろう!!」


「ギーシュ様!!」


抱き合う2人の急激な展開に、レイナールとギムリはヒソヒソとギーシュたちには聞こえないように話した。



《おいおい…仲直りどころかカップル誕生しちまったぞコレ…!!一体どういうことだよギムリ》


ギムリはムーっと喉を鳴らしていたが、やがて重重しく語り始めた。



≪そう言えば僕の母がこう言っていた。「男は不安定な時ほど、女の優しさに弱い」と…これは今、他の女生徒がギーシュを嫌う中、心が弱っているギーシュをあえて許すことで、自分だけに目を向けさせるという作戦なのでは・・・!≫



≪なんだって!!ということはオイどうすんだよギムリ!あのケティって子相当な策士に見えてきたじゃねぇか!本来いい話なはずなのに素直に祝福できねぇ!!≫



そうこう言っている2人がふと横を見ると、何やらフルフルと震えだしている同級生、マリコルヌが見えた
。彼の口からはなにやらへんな言葉が漏れ始めていたが、やがて顔を上げ、赤くなった顔をギーシュとケティの二人に向けた。


「許さんぞギーシュ!!そんなルートは僕は認めない!!」




ギーシュはマリコルヌの方を向き、
「なにを怒っているんだいクサコルヌ?彼女は僕を許してくれた。そして僕は今、真に愛すべきヒトを見つけたんだ。こんな良き時に祝福してくれないのかい?」

その目は明らかに「僕は君しか見えない」という風な目をしており、レイナールら二人には彼女に洗脳されたかの様に思えた。
そんな2人を尻目に、大きなお腹を揺らしながらマリコルヌはそれでも怒りを爆発させる。




「ウルサイなんだこの展開は!!ここで仲直りはするまでは許せるが恋人再結成ってあり得ないだろ!!どんだけギーシュにハッピーエンドになってんだコレ!?アレか!?顔か!?顔が良ければ「ちょっとの事は許しちゃうぞ♡」みたいな感じなのか!?大体彼女あれゴホゴホゴホゴホッッ…」


マリコルヌはそこまで言うと咳こみながらガクッと膝をつき、地面に両手を付いてしまった。どうやら大声を上げすぎて疲れたようだ。

そんなマリコルヌの叫びも虚しく、ギーシュはフゥとため息を吐くと新しく造ったバラの造花を右手で高く揚げ、まるで悟りを開いたような顔で三人にいった。

「何をいうんだいクサコルヌ…僕はケティの優しさに救われたのさ…そんな彼女の優しさに、僕は「愛」をもって尽くすのさ。レイナール、ギムリ・・・。悪いが君たちが誘ってくれた酒宴には出れそうにない」


前半訳の分からないことを言うギーシュはクルッとケティの方を振り向いた。

「ケティ。良かったら君といった湖の畔で再び愛を語らないかい?」

ケティはうっとりとした目をギーシュに向けた。

「ええギーシュ様…喜んで」

そしてギーシュはケティを抱きかかえるとハハハ、ウフフと笑いながら三人の元を去っていった。
そんな光景の後、レイナールはギムリに向かって訊ねた。


「なあギムリ。ケティ最後ニヤリと俺らに笑ってなかったか?」


「それはお前の見間違いだよレイナール。せっかくギーシュが立ち直ったんだ。俺らがどうこう言えんだろ」


そしてギムリは地面に倒れているマリコルヌの肩を叩くと、まるで先ほどのケティのように優しい雰囲気で声を掛けた。

「さあ立とうぜクサコルヌ…今日は三人で飲もう…お前の好きな食い物も用意してやるから」

レイナールも倒れているマリコルヌのもう片方の肩に手をやると、「ホラ行こうぜクサコルヌ・・・」と声を掛けた。
マリコルヌは少しずつ立ち上がると、手を目に当ててグスッと泣きながら言葉を漏らした。



「死ねよ~。カップル共皆死ねよ~。てか俺マリコルヌだし…なんでクサコルヌで当たり前のようになってるんだよ~。てか僕こそ今日良いこと何一つなかったし…」



「「・・・・・・」」

風がヒュ~と三人を吹いた。



[21602] 20話 それぞれその後(後篇)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/16 08:42
ステラ・ララの場合       ―決闘の日の夜―




「ケティ、ミスタ・グラモンと仲直りしたんだってさ~ってほらステラ聞いてるの?そんな顔してないでこっちおいでよ」

日が落ちてから大分経った頃、女子寮のステラの部屋でララはドアを開けて立っているステラに、部屋の中から声を掛けた。


「・・・・なんで・・・」

別にララがいることになんも不思議はない。今日の夜は一緒にお酒を飲もうかと誘ってきたので、夕食後に自分の部屋に来てくれと言ったのは自分だ。
自分は兄の花壇の世話をしてから戻るといって部屋の鍵を渡したのは覚えている。だからララが部屋にいることになにも驚きはしない。


問題は…



「ほら~ステラ~早く飲みましょうよ~いいお酒入ったのよ~?」

そのララの隣の椅子に座っている、自分と同じ紅く長い髪を垂らしている姉がいることだ。

「なんでマーガレット姉様がここにいるのですか!?」









「いやさ?一人で飲むのも寂しいじゃない?だれかいないかなって思ったら教室でアンタが昼休みの決闘に乱入したって聞いたじゃない?それを今日のつまみにでもしようかな~って来たワケ」


そう言ってマーガレットは自分の横の床に置いてあった酒の瓶を次々とテーブルへと置いていった。
明らかに手では抱えきれないであろう量の酒瓶は、一本一本テーブルに置くごとに中の液体が波打った。マーガレットは嬉しそうに酒瓶を並べながら嬉しそうに言う。




「いろいろ持って来たんだから~。「タルブのしずく」でしょ~?「スヴェル」の赤の10年ものに~あ、あと「妻ごろし」なんてのも・・・」

「またこんなに買い込んだのですか姉様!!というかどれだけ飲む気なんですか!?」

半ばあきれた様な声で、ステラはマーガレットに詰め寄る。
どうやら既に飲んでるようで、ステラの大きな声も関係なしに上機嫌なマーガレットは隣に座っているララの肩に腕を回した。

「いいじゃないの~ステラ。あなたももう15歳。少しは徹夜で飲むということを覚えなきゃ!ララちゃんと一緒に今夜はみんなで飲み明かしましょ!!」


「あなたは毎日飲み明かしてるでしょうが!!ララ、一体いつ姉様が来たのですか?アナタと別れてからそれほど経ったとは思えませんが…」

ステラはララの方へ目を移した。ララは口の端を少し上げ、苦笑いを浮かべた。目の端ではマーガレットが「はじめはやっぱりワインから?それだとこれから・・・」などと言いながら悩んでいる。

「いんや~ステラ…私がワイン持ってアンタの部屋行ったらさ、マーガレットさん部屋の前に座っててさ…「アンロック」だと鍵壊れるからって一緒に入れてって…」

ステラはそれを聞いてフゥとため息をつくと、分かりましたと言ってララに手を差し伸ばした。
ララは既に制服から着替えた私服のポッケから部屋の鍵を取り出し、ステラへと返した。
鍵を受け取ったステラはそのままくるっと方向を変え、戸棚へと歩いていった。そんなステラの背中にケラケラと笑い声と共にマーガレットの声が聞こえてきた。



「優しいお姉さんで良かったわね~ステラ。そんな優すぃお姉さんにグラスを持ってきて?まずはこれから行きましょ。「メイドとの禁断の恋」から…」


ステラは戸棚から持ってきた3つのグラスをテーブルに置くと椅子へ腰掛けた。
ララが用意したのかテーブルにはいつの間にか白い皿が置かれており、上にはチーズやらハムが少し乱雑に盛られている。

「優しい姉が、妹にいかがわしい名前のお酒を出すとは思いませんが…全くどこから手に入れてくるのです?そんな銘柄のお酒」

マーガレットは相変わらずケラケラと笑いながら、「お酒を愛する私には自ずとやってくるのよ」と本気かどうか分からないようなことを言った後、栓を開けた。








「そりゃあアンタが悪いわ~純度100%。いくら友達だからって、男と女の話に他人が割り込んでも良くならないのよ~?」

ステラとララに決闘の事を聞いたマーガレットは、グラスに注がれたリンゴのお酒、シードルを飲み干した。
酒宴が始まって大分時間が経っているらしく、部屋には果実酒やワインの甘い香りが部屋を包んでおり、床には酒瓶がゴロゴロと転がっている。尤も、大半はマーガレットが飲んだものだが・・・

ステラは髪と同様に赤くなった顔を少ししかめてグラスを傾けた。
その隣から、顔を一番真っ赤に染めたララがいつもよりも大きな声でステラに詰め寄った。


「そうだよ~ステラァ~?アンタが杖抜いて広場に行っちゃった時はどぉ~しよ~って慌てたんだからね~?」


「まあ確かにそれは反省してますあなたにもケティさんにも迷惑を…ってあなたは飲み過ぎですララ!!どんだけ飲んでるのですかあなたは!?」

「だぁぁぁッてぇぇ~マーガレットさんの持ってきたお酒美味しいんだよ~?飲まなきゃ損だよ~これ」

呂律の回らない下を動かしながら、ララはステラに抱きついた。
基より酒癖の悪い彼女だとはステラは知っているが、今夜はさらに人格が破壊されているララはニャハハと笑いながらさらにステラに絡んでくる。

「ええい!!離れないさいなララッ!!」

ステラは必死にララを引きはがそうとするが、すっかり酔っ払ったララはまるでタコのようにしがみついてくる。そんな2人を見ながらケラケラ笑うマーガレットは、さらにステラに言葉を続けた。


「アンタ昔っからこう!って思っちゃうと誰彼構わず噛みついてたからね~全くそういう凶暴なトコは母様に似ちゃったんだから~」


しかめた顔をしたステラの顔がガクッと下に倒れた。
そんなマーガレットの言葉にくるっとララは振り返ると、新しいおもちゃを貰った子供のような目を向けながらマーガレットに訊ねた。


「へえええぇぇぇ~ステラってお母さんに似てるんだ~。マーガレットさん、やっぱりお母さんもステラみたいにキッつい性格なんですか?」


「そうよ~「茨のナターリア」って呼ばれていてね~二つ名の通りキッつい人なのよ~♪ステラったら母様のキッついトコ丸々貰って来たような感じなのよ~」


それをきっかけにマーガレットは次々とステラのコトについて語り出した。
ララも身を乗り出して聞き入っているが、気付くとステラがテーブルに突っ伏して体を震わせていた。
耳が赤く染まっているが、どうやら酒のせいだけではないようだ。
グラスの中のシードルを飲み干し、マーガレットはステラの方に視線を向き、



「まあ今度からはもう少し考えて行動しなさいよ~?お姉さん来年には卒業して嫁ぐんだし~。心配なのよ~」

マーガレットの言葉に、うなだれていたステラは静かにコクリと首を縦に振った。
その隣ではララが、いつもとは違うしおらしい彼女を見ながらにやにやと顔を綻ばせグラスを傾けた。
どうやら飲んでいたリンゴ酒の瓶も、空になったようだ。




「まあ反省したんなら今日はパーっと飲みましょ!!こういう時は飲めばすぐハッピーな気分になるわ!!」

そう大きな声で叫んだマーガレットはドンッとテーブルに琥珀色の酒瓶を置いた。
先ほどまで飲んでいた酒とは異なり、瓶には銘柄が刻まれても書かれてもいない。
ステラとララがいぶかしげに見ていると、マーガレットはゆっくりと瓶を動かしながら


「私作、オリジナル酒のひとつよ…まだ試したことないんだけど~まあ出来はいいと思うから飲んでみましょ?」

何処となく曖昧な口調で話しながら、マーガレットは瓶の栓を開け、瓶の色と同じ琥珀色をした液体を3つのグラスへと注いでいった。
彼女が何か言っているように口を動かしていたが、それよりもステラは酒でぼやけた頭に一抹の不安を感じ、グラスの近くに顔を寄せて少し臭いを嗅いでみた。別に変な臭いはしてこない。
ララが上機嫌な顔をしながら、グラスを片手に、ステラの肩に手を掛けた。

「マーガレットさん作のお酒だってステラーー♪じゃあマーガレットさんいただきます♪」

そう言って一気にグラスの酒を飲み始めたララにつられて、ステラもクイッと口の中に琥珀色の酒を流しこんだ。

やはり酔っていたためか、グラスに注ぐ際にマーガレットが言っていたコトは、二人には聞こえていなかった。





「ジョルジュにあげたヤツよりも安全だと思うから大丈夫よ~そうね~名付けてし…」









夜が明け、朝の最初の授業が始まろうとしている三年生の教室でマーガレットは仲の良い学生の隣の席に座っていた。
そして彼女の前に置いてあるノートに、何かをメモしながらこう呟いた。


「ん~あの娘たちには強すぎたかな?それともマンドラゴラじゃなくて山蛇を使うべき・・・」


彼女が今、何を考えているか分からないが、機嫌良く笑う彼女の部屋から離れた2年生の教室では、授業前が行われようとしていた。
その時、目をぱっちりと開いた少女ケティが椅子から立ち上がった。


「ミスタ・ギトー…ミス・ドニエプルとミス・ロイテンタールが欠席です」

「何故だ?欠席の理由は聞いているかミス・ラ・ロッタ?」


「…なんでも二人とも「世界が回って立ち上がれない」と…」



「風邪か?全く自分の体調も管理できないとは…」






モンモランシーの場合         ―決闘から3日後―


コンコンとドアをノックした後、ガチャッとドアを開くと広い部屋のベッドの隣に、椅子に腰掛けたルイズが最初に目に入ってきた。
テーブルには薬を入れるガラス瓶が数本立っており、一本は横に倒れている。中は治癒の薬であっただろう中身はすでに空である。
モンモランシーはランプの明かりが照る部屋に入り、ルイズに近寄って行った。

あまり寝てないのか、近づいたルイズの目には少し隈が目立ち、桃色の髪はクシャクシャになっていた。


「ルイズ、アナタも少し休んだら?もう峠は越したんでしょアンタの使い魔?」

モンモランシーはベッドへと視線を移した。
本来ルイズが使っている、高級なベッドにはルイズの使い魔である少年、サイトが横たわっていた。
上半身は服が脱がされており、体のアチコチには包帯が巻かれている。
見ていても痛々しいが、決闘の当日から比べると顔のハレも引き、包帯の量も大分減っていた。
額に、水でぬらした布をのせたサイトの口からは静かに寝息が聞こえてくる。

ルイズはモンモランシーの方を少し見て、その後ベッドの方へまた目を向けた。



「だいぶ治癒の薬を使ったのねルイズ。そんなに買ってアンタお金は大丈夫だったの?」


「フン…私はメイジよモンモランシー。使い魔の治療は責任もって見るわよ…お金がいくらかかろうとも、使い魔が治るまでかけるわよ」



そう強く答えたルイズの目には隈がつき、明らかに疲れていたが瞳には力が宿っている。
そんなルイズを見ながらモンモランシーはクスッと笑みを浮かべた。
ルイズはベッドに横たわるサイトを見ながら、まるで独り言のように呟き始めた。

「コイツね…私がギーシュに謝ろうとしたら止めてきたの。もうボロボロなのにね…『自分のケンカは自分で決着付ける!!』って叫んで・・・使い魔になることも拒んでギャーギャー叫んでたのに、私が謝れば済むことだったのに…」


そこまで言った時にフワッと、ルイズの頭の上に手が置かれた。小さいが暖かい手である。
モンモランシーはルイズの頭に乗せた手を動かし、少し乱れた桃色の髪を梳きながら、



「私は決闘見ていなかったら分かんないけどさ、アナタの使い魔は結果的にはアンタを守ってくれたんじゃない?アンタが謝ればそれで済んだかもしれないけど…」



モンモランシーは一旦ルイズから手を離し、テーブルから椅子を持ってくるとルイズの後ろにガタっと椅子を置いた。
「そのまま前向いてなさい。髪梳いてあげるから」と言ってルイズの後ろに座ると、何処からか櫛を取り出してルイズの髪を梳き始めた。
髪を梳かれるのが大分心地いいのか、ルイズは気持ちよさそうに目を細めた。


「これは私の考えだけどね...ルイズが頭を下げたらアンタも、そして使い魔の彼も大切なものを失ってたわ。彼は自分がギーシュから受けた戦いでルイズに助けられてたら、きっと立ち直れなかったでしょうし、アンタも学校で笑いの的にされてたわよ?ヴァリエール家の娘が大勢の前で土下座したって…」


「別にいいじゃない!!使い魔が目の前で倒れそうなのに、黙って見ているなんてメイジのすることじゃないわ!!」


モンモランシーの言葉にルイズは振り向いて大きな声を出した。モンモランシーは黙ってルイズの顔に両手をあて、くるっと顔の向きを元に直した。

「そっち向いてなさい。別にアンタの行動を咎めてるわけじゃないんだから」

モンモランシーは再びルイズの髪を梳かし始めた。
ルイズはムーっと唸りながら黙っているが、その目は心配そうにサイトの方を見続けている。
モンモランシーはそんなルイズを見て、
「ルイズひょっとして…この平民のこと好きになっちゃったとか?」

「なななんあななぁ!!?なに言ってるのよモンモランシー!!こんな勝手にケケケガしてくる奴なんて…」

顔を赤くして大声を出しながら立ち上がるルイズの肩に手を掛け、モンモランシーはルイズを座らせた。
そして「もう少しだからじっとしてなさいって」とルイズに言うと櫛をせっせと動かした。


「冗談よ冗談。ま、何にしても彼はギーシュとの決闘を自分で決着付けたんだから、治ったら少しは今みたいに優しく接してあげたら?あなたの使い魔の教育に口は出すつもりはないけど…っと終わり。女の子なんだから少しは外見に気にしなさいって」


モンモランシーは椅子から立ち上がって櫛を自分の制服のポケットに入れた。
それと入れ替えに、青と赤の色がついた2本の瓶をポケットから取り出し、ルイズの膝に置いた。
モンモランシーは前に出てる縦ロールを、手で整えて、

「熱冷ましと痛み止め。私が調合した薬だけど効果は十分あるはずだから良かったら使って。ステラのコトは私がジョルジュに言っておくわ。あのコもあれから寝込んじゃってるそうよ...じゃね。アンタも今日はもう寝なさい」

そう言ってモンモランシーは部屋のドアまでいき外へ出ようとした。
その時ルイズがモンモランシーに、小さいながらもはっきりと言った。

「モンモランシー…アリガト」

モンモランシーは少しほほ笑むと、「オヤスミ」と声を掛けて後ろ手でドアを閉めた。










―そうですか。なんだかんだ言ってルイズ様は使い魔に愛情を持っているのですね―


「まあね。あのコああ見えて責任感の塊のようなコだしってルーナ…アンタなんで私の部屋の前にいるのよ?」


モンモランシーは部屋の前の、飾った覚えのない観葉植物に声を掛けた。
実際は植物は植物でも、見知った使い魔ルーナであるが。

ルーナは頭にある大きな葉を揺らしながらモンモランシーに近づいてペコっとお辞儀をした。
それと同時にポロポロと種がこぼれたが、モンモランシーは言葉を続けた。

「あんた種零れてるわよ…というかホントになんでこんな時間にルーナが?私のトコ来ても肥料なんてないわよ」


ルーナは顔を上げてモンモランシーに向き直った。
ルーナは薄緑の顔を少しほほ笑ませながら、モンモランシーに部屋の前にいた理由を伝えた。

―すみませんモンモランシー様。ですが肥料は大丈夫です。先ほどマスターの魔力が近づいてきたのを感じましたのでお知らせしようかと待っていたのですが…ってか今着きましたわ―


「ジョルジュが帰ってきたの?それホント!?」

―私を甘く見ないでください。マスターの使い魔となって日は浅いですが、マスターがどこにいるかは感知していますからちなみに今寮の方へと歩いていますね―


それだけを聞くと、「ありがと!!」と言ってモンモランシーは急いで階段を下り、寮の外へと出た。
後ろからはルーナが走ってきているが、モンモランシーは外へ出るなりフライを唱えて男子寮の方へと飛んでいったので、それを見たルーナは面倒くさくなり、そのまま花壇の方へ駆けて行った。



モンモランシーが飛んだ男子寮塔の前には、グリフォンから荷物を降ろして入ろうとしているジョルジュの姿が見えた。

「ジョルジュ!!!」

モンモランシーは空中でそう叫ぶと、ジョルジュはクルッと向いて「モンちゃん!?」と声をだした。

モンモランシーは地面に降りると、ズカズカとジョルジュへと近づいた。

「モンちゃんどうしたんだあこんな夜に?アッ!これモンちゃんにお土産。黒トカゲのヘブシッ!!」


ジョルジュが喋っている途中だったが、モンモランシーは構わず彼の脳天めがけてチョップを振り下ろした。
変な声を漏らしたジョルジュは、頭を押さえながら半分涙目になりながらモンモランシーへ顔を向けた。


「いきなりなんだよモンちゃぁん!?お土産が気に入らなかったんだか?うちの領内だと結構有名なんだよ黒トカゲの…」


「お土産はいいのよジョルジュ!!!ルーナから聞いてやってきたけど、なんで言ってくれないのよ!あんたが急に居なくなったから心配したじゃない」


そう言うとモンモランシーは再びジョルジュの脳天を割ろうと腕を振り上げた。
ジョルジュは慌ててモンモランシーの腕を取ると、少しひきつった声を出しながら

「ご、ゴメンだよモンちゃん…夜中に急に帰ってこいってきてさぁ~。オラ急いで行っちゃったからモンちゃんに言いそびれただよ…」


そう言ってジョルジュは苦笑いをモンモランシーに浮かべた。
モンモランシーは振り上げた腕を下ろすと、ジョルジュの方を射殺すような目つきで睨んだが、やがてハァァと息を吐くと額に手を当てながら、


「まあいいわ。無事戻ってきて私もホッとしたし…それよりジョルジュ、アナタ私に何かい言い忘れてない?」


ジョルジュは少しおびえていたが、モンモランシーの機嫌が直ったとみると、ニッと笑って彼女の目を見ながら言った。


「ただいまだよモンちゃん」

「おかえり」


そんな2人をひっそりと見つめているのは月でも太陽でもなく、花壇に戻ったはずの大きな葉を頭に生やしたジョルジュの使い魔であった。

―…マスターが心配だったので見に来れば二人とも何ともピュアなことを…人間はやっぱりドロドロの恋愛劇の方が見る甲斐がある・・・―

幸い、ルーナの心の声を聞く者は今ここにいなかった。






「ところでジョルジュ?アナタせっかくあげた香水落していかなかった?」


「なな何をいい言うだよモモモモモンちゃんてばって・・・・・・・すいませんでした」



[21602] 21話 明日は休日
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/19 22:19
煌々と火が燃え続ける―

橙色を交えた紅の炎の中からは、時折パチッ、パチッと木がはじける音が辺りに奏でられる。
木や草を燃やして昇る火は、まるで蛇がうねるようにも、風に揺れるカーテンのようにも見える。


灰色の煙が立ち上る火の周りには、既に黒く炭化した塊がゴロゴロと転がっていた。
3つ,4つ,5つ...いくつあるかは定かではないが、あるモノはその表面にわずかながら火を纏わせており、またあるモノは湯から上ったばかりのように、その身から白い煙を上げていた。


その景色を、一人の少年が見つめていた。

朝日か夕日に当たっているかのように橙色に染まる少年の顔には小さくも、あちらこちらに傷が刻まれ、燃える火と同じような紅の髪が印象的である。
そして両手には何の材料で作られたかは定かではないが、革をなめして作られた手袋がはめられている。



その少年、ジョルジュはおもむろに地面に置かれた木の枝を拾い上げた。

枝はまだ水分を含んでいるのか、折れた枝の断面は湿り気を帯びていた。


ふいに、ボコッ、ボコッと火の中からなにか、土を押しのけて出てくる音が聞こえてきた。
ジョルジュは木の枝を火の中へ入れ、それを巧みに動かしながらそれらを外へと出した。
地面には周りに転がる黒い塊同様、表面が黒く炭化したモノが少年の足元に集まった。

ジョルジュは手袋に覆われたその手を、黒い塊へと持っていき、ぐっと力を入れた。
バリバリバリっと破ける音が響き、その瞬間









もわっと白い湯気が上がった。


「モンちゃーん!!!焼けただよー!!」











「・・・・アンタ達...何してんのよ?」


長く感じられた午後の授業が終わり、明日の休日に何をするかで生徒達がざわめく日。
ルイズは女子寮から少し離れた場所で焚き火をしているジョルジュを見かけ、トテトテと近づいてきた。

ルイズがジョルジュのそばまで来ると、どこから持ってきたのか、焚き火のそばに置かれた椅子に座ってモンモランシーもいた。
そして二人とも、手に湯気の立つ何かを持ちながら口をもごもごとさせていた。
そばにはバターやクリームなどが入った木の箱が置かれている。


「いんやさ?この前オラ実家に戻ってただろ?その時実家の畑で採れたイモ持ってきたから、学校で作ったハーブと一緒に焼いていたんだよ」 ムグムグ


そう言ってジョルジュは、焚き火のそばに転がる黒い塊を拾い上げてルイズに見せた。
表面の黒いモノは焦げた紙であり、紙を破くと中からはハーブの緑色の茎と、表面が少し乾いたイモが出てきた。形を見る限りでは、ジャガイモのメークイーンに似ている。



ドニエプル領では麦のほかに様々な作物を育てているのだが、その中にはジョルジュが見たこともない作物もあれば、逆に非常に地球の作物と似ているモノもあった。
このメークイーンに似たイモも後者の一つで、名前も同様に「ジャガイモ」であったため、そのことを聞いた時ジョルジュは、「案外この世界って地球と一緒なものが多いんじゃねえだか?」と考えたのであった。(中には全く知らない作物も見かけた。「ハシバミ草」と呼ばれる野菜を食べた時は、あまりの苦さに漏らしそうになったこともある)


「ちょっと夕食前にそんなの食べて大丈夫なの!?というか学院で焚き火しながら調理って何してんのよ」


ルイズは半ばあきれたような口調でジョルジュに言った。
そもそも学校で焚き火どころか料理する貴族なんて聞いたことない。

ルイズは改めて、この少年が普通とは大分ずれてることを再確認した。


「一つや二つぐらいなら大丈夫だよ~モンちゃんなんかもう3つも食べてるだよ?そだ!ルイズも食べるか?」


ジョルジュは紙を取り除いてイモを二つに割った。
白い湯気が割ったところからフワッと立ち上り、ジャガイモのホクホクとした白い実に染み込んだ、ハーブの優しくも心地よい香りが鼻先をくすぐった。
夕食前にお腹を空かせたルイズにとって、ジョルジュの何気ない言葉がまるで悪魔の誘惑のように体に響いた。
そしてそれに抗う術を、どうやら彼女は知らなかったようだ。

「・・・・そ、そうね!せっかく勧められたものを断るのは失礼よね!!一個いただこうかしら!!」


そう言ってルイズはジョルジュから焼きジャガ(ジョルジュが言うにはこの料理の正式名称であるらしい)を受け取ると、用意されていたバターをたっぷりとつけ、豪快にかぶりついた。




下品だけどしょうがないわよね?ナイフもフォークもないんだから   モグモグ


ああ、確かにこれは美味しいわね…モグモグ なんというかこういうのって外で食べると美味しさが増すっていうか…モグモグ



このバターとの…モグモグ 組み合わせがいいわね…モグモグ 淡白な味に程よい味付けで…モグモグ あれ?クリームとかもあるの?モグモグ



モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ・・・・


その後、ルイズはすぐに2個目に手を伸ばした。




夕食の時間が迫るなか、女子寮塔そばの焼き芋の会は、ルイズを増やして進められていた。
ジョルジュはせっせと濡らした紙に、ハーブとジャガイモを一緒に包んで焚き火の中に放りこんでいく。
そして杖を出して何やら唱えると、まるで土が水になったかのようにイモがズブズブと沈んでいった。
どうやら土に埋めて焼いているようだ。
焚き火の番をしながら焼き芋を作っているジョルジュから少し離れた所で、ルイズとモンモランシーは談笑しながら「焼きジャガハーブ包み焼き」(命名ジョルジュ)を口に入れていた。

「そういえばアナタの使い魔どうしたの?もう傷は治ったんでしょ?今日は一緒に授業にも来てなかったし」 モムモム

モンモランシーはルイズにそう言うと、いつの間に用意したのか、グラスに注いだワインに口をつけた。
ルイズはすでに3個目をほおばりながら、さも不満そうに顔をしかめた。


「サイト?サイトは今日は傷の状態を確認しに保健室に行かせてたの。今は厨房に食事貰いに行っているわ。なんかあの決闘の後で気に入られちゃったらしいのよ」  モグモグ

それを皮切りに、ルイズは次々と不満を漏らしてきた。
あのバカ犬私の下着ダメにしたとか、最近メイドのシエスタにデレデレしてたりとかと、
次々とルイズは言うのであるがモンモランシーは半分以上は聞き流しており、ジョルジュも焚き火の管理に集中しているため聞いていないのだが、気付いていないルイズは次々と口から不満を垂れ流した。
しかし時折、口にイモを運ぶのは忘れなかった。

ルイズの愚痴が一通り済むと、モンモランシーはグラスに残ったワインをクイッと飲み込み、ジョルジュの方へ差し出した。

「ジョルジュ。ワインついで」

「ハイだ!!」

先程まで焚き火をしていたはずのジョルジュが、いつの間にかモンモランシーのそばにいた。
そしていつの間にか手に持っていたワインの瓶から、モンモランシーのグラスへとついで言った。ルイズはそれをポカンと見ていたが、やがて思った事を口にした。


「ハイだって...モンモランシー、アンタ達いつから『主人と下僕』になったのよ...」   モグモグ


モンモランシーはクルッとルイズへ向くと、さも意味ありげにニコッと笑った。
そして優しく、しかしどこかしら威圧感を纏わせながらルイズに説明した。


「アラ、これはジョルジュが進んでやっているのよ?ジョルジュッたら私が上げた香水をその日に落としているの。ギーシュが拾ってくれたからいいけど…人様から貰ったモノを落としたんだからそりゃ私だって怒るわよ。だからジョルジュはお詫びに一か月間何でも聞いてくれるって言ってくれたの。ね?」

それを聞いたジョルジュは慌てて抗議した。

「そんなモンちゃん!?最初は3日で始まったのにまた増えてるだよ!?なんか雪だるま式に日数が増えてる気がするだ・・・って痛い痛い痛い!!笑いながらつねらないで!!」


ルイズは目の前でじゃれる2人を見て、なぜだか心の奥から、イライラが湧きあがるのを感じた。



なんなのこの二人?バカなの?バカップルなの?もう結婚すればいいんじゃない?


というかこんなに仲良かったらギーシュ初めから勝ち目なかったわね…


あっ、でもギーシュ最近ケティって娘と付き合ってるらしいわね…なんかギーシュが申し込んだって聞いてるけど…




「・・・・ルイズ?」

ルイズがそう頭の中で考えていると、モンモランシーが喋りかけていたのではっと彼女の方に顔を上げた。
隣では少し顔を赤くしたジョルジュが目に涙をためて頬をさすっていた。


「まあ状況がどうであれ、平民が貴族のメイジを倒したんだから、そりゃ憧れの的にもなるわね~それにあなたの使い魔かなりの剣の使い手なんでしょ?明日は虚無の曜日だし、剣でも買ってあげたら少しは言うこと聞くようになるんじゃない?ジョルジュ!バター持ってきて!」


「サイトに?・・・・まあ確かにアイツは私の使い魔だしね…私を守らせるために剣ぐらいは必要かも・・・・あっ、ジョルジュ私もう一個食べたい。あとオニオンクリーム」

「2個欲しい。あとハシバミドレッシング・・・」 モギュモギュ


「ルイズもまだ食べるだか!?よっぽど気にいった...ってタバサァ!?いつの間にいるだかよ?」


モンモランシー、ルイズの座る椅子のすぐ後ろに、一体いつから居たのか、自分の体より長い杖を持ったタバサが立っていた。
その手には杖のほかに、なぜかジョルジュが焼いたジャガイモが握られており、既に四分の三は消えている。


「タバサ!?あんたいつから居たの?全く気付かなかったわ!」

ルイズが叫ぶとタバサは口を動かすのを止め、


「ついさっき...外からいい臭いがしてきたから...やってきた」 モギュモギュモギュ

タバサはルイズに答えると、ジョルジュの方に顔を向けた。

「それよりも...ハシバミドレッシングを...この料理にはハシバミドレッシングが合う・・・」 モギュモギュモギュモギュ

「いや。ここにはねえだよタバサ...ってかそんなドレッシング聞いたことねんだけど...」

「なければ作って!!」モギュモギュモギュモギュモギュモギュ!!

「急に何言い出すだよこのコ!?」


その後、すぐに夕食の時間がやって来たのだが、何事もなかったかのように夕食を食べ進む女性陣を見たジョルジュは後にこう語った。

「『甘い物は別腹』って言うけど、あの3人を見てると『何もかもが別腹』て風に思えるだね」












「物理的なダメージに弱いねぇ。あのハゲ、いい情報をくれたじゃないか」


夜も大分更けた頃、オスマン学院長の秘書ロングビルは学院内のとある一室の前に立ち止まっていた。
彼女の前の部屋は宝物庫として扱われており、中には国宝級の宝をはじめ、市場に出回れば莫大な値がつくであろうモノが置かれているはずであった。

ロングビルは先ほど同じ教職員であるコルベールから、宝物庫にかかっている固定化の強さ、そしてこの倉庫の弱点などを聞き出していた。
もっとも、「聞き出した」というよりは「勝手に喋ってくれた」に近いが...

「あのコっぱげ、『どうでしょうか?今度一緒にご食事でも』って私がアンタになびくわけないじゃないかっての!もう少し人の本性を見るようにするんだね。だから盗まれることになるんだよ」

ロングビルはそう呟くとニヤリと口の端を吊上げた。
そしてロングビルは通路に誰もいないことを確認すると、宝物庫の扉を入念に調べ始めた。
材質は木で出来ているようだが、見るからに分厚く造られているようだ。コルベールはかなり強力な固定化がかけられていると言っていた。これは正面からでは侵入出来そうにない。


「こりゃやっぱり外から行くしかなさそうだねぇ...外行ってみるか」

一人愚痴った後、ロングビルは外へとつながる階段をコツコツと降りていった。



もう季節は春とはいえ、夜はまだまだ冷え込むらしく、風が吹く度にロングビルは肩をすくめ、もう少し厚着してくれば良かったと愚痴った。

ザクザクと歩を進めるロングビルは、丁度見上げると塔が目の前にそびえる場所までやってきた。
塔の上部は、壁を通して宝物庫へつながっている。魔法できっちりと切り揃えられた当の外壁は、いかにも侵入者を寄せ付けないようそびえ立っており、物理攻撃に弱いといっても壊すとしたら相当な苦労はするだろう。
ふと寮の方に目をやると、まだ起きている生徒がいるのか、いくつかの部屋の窓から明かりが漏れている。

ロングビルはしばし外壁を見ていたが、やがてフゥとため息を吐くと少しずれた眼鏡を直した。緑色の髪が、春の夜風にさらっとなびいた。

やっぱり、ゴーレムで外壁を壊してそこから侵入するしかないな。そして盗んだら...




―おや。そこにいらっしゃるのはロングビル様ですね?―


ロングビルの心臓はドキンと跳ねあがった。


気配さえも気付かず、直接頭に響いてきた声にロングビルは思わず杖を引き抜いて周りに目をやった。
すると10メイルばかりのところから近づいてくるモノがいた。
ロングビルは最初、平民の女性かと思った。しかしそれは女性というか人間ではなく、頭には大きく伸びた葉っぱが歩くたびに上下に揺れていた。


「えっと...あなたは確か...ミスタ・ドニエプルの使い魔の...」

―アルルーナのルーナと申します。以後お見知り置きをロングビル様―

ルーナはロングビルの近くまで寄ると、ぺこっと頭を下げた。
ロングビルはルーナの事を見かけたのは一度だけであった。偶々学院の広場を歩いている時、体に蔓を絡ませて歩くルーナを遠目で見ただけである。
後は他の教師や、生徒から聞いた話だけであるが...噂では相手の頭の中に直接話かけてくると聞いていたが、なんだかひどく気味が悪い。



まるで頭の中を全て見られているような...

ロングビルはそう考えながらルーナにじっと目を向けながら、やがてゆっくりと杖をしまった。
ルーナは暗くて分かりづらいが、にこっと笑っている。
そしてルーナはロングビルへと再び話しかけた。

―ところで、ロングビル様はこんな夜更けにどうして外へ?もう草木も眠る頃ですのに...まあ、私は起きていますけど―

ルーナはクスクスと笑った。
ロングビルもそれに合わせて笑うそぶりを見せるが、内心は冷や汗をかきっぱなしであった。
ロングビルは無理やり笑顔を作ると、

「え、ええ...ちょっと眠れなくて...気晴らしに散歩してたんです。ルーナ..さんも、こんな夜更けにどうしたのですか?」

―私はこの時間に歩くのが日課なんです。マスターに呼び出される前は、いつもこの時間に世界を歩いていたので―



ルーナは笑顔のまま、ロングビルに言った。ロングビルは直感的に、このままいたらマズイと考え、そろそろ話を打ち切って部屋に戻ろうと判断した。


幸い、この使い魔は自分の「正体」は知らないようだし...


「あのルーナさ―ところでロングビル様。私たちアルルーナがどのように生まれてくるかはご存知ですか?―


ルーナの質問に、ロングビルの思考は一瞬停止した。
その後、すぐにルーナが尋ねた質問の意味を考えたが、なぜ急にそんなことを聞いてくるのかロングビルには分からなかった。

ルーナはロングビルの返答を待たず、ロングビルへと語りかける。
ロングビルの頭では既に警鐘が鳴り響いている。
ヤバい・・・すぐにここから離れないと・・・


―私たちアルルーナはですね。他のマンドレイクとは違って条件があるんです...盗賊や盗人が死んだ時、その体液が染み込んだ地面からでしか完全なアルルーナは生まれてきません。まあ私も最近はちょくちょく種を落として、それが育ったりしているんですが、すぐ死んでしまったりとか、魔力がなかったりとか、やはり完全な子は生まれないんです。やはり『盗人』の死んだところではないと...―


何の話をしてくるんだこの使い魔は!?

バレテいる?

私の正体が?

いやそれよりも早くこの場から逃げ出したい。頭に響く一言一言がプレッシャーに感じる...


ロングビルからは既に余裕がなくなっていた。
足は小刻みに震え、背中にはゾクゾクと寒気が這い上がってくる。
向かいに立つルーナはやはり笑みを浮かべてロングビルの方を見ている。



―だからですね。私は「あの!!わ、わたし眠くなったんでそろそろ戻ります。おやすみなさいルーナさん...」


それだけ言うと、ロングビルはルーナに背を向け、部屋がある塔の方へと早足で戻って行ってしまった。
ルーナは少しの間立ったままであったが、少し小首をかしげながらトコトコと反対側に歩いていった。






―「素行が悪くならないように、結構子育てはしようと思うんですよ」って言おうとしたんですが...慌てて帰って行ってしまったから何とも歯がゆいですわ―



そう頭でぼやきながら、ルーナは自分の寝床である花壇まで着くと、大きく空いた穴に自分の体を埋めていった。


―まあ、いくら「盗人」が近くにいるからって、殺したりはしませんよ。ロングビル様もあんなに動揺しなくてもよろしいのに―


顔が地面に潜る直前、ルーナの顔がわずかに微笑んだ。



[21602] 22話 サイトの試練は夜中に
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/11/23 22:02
ロングビルが学院の外で見かけた明かりの残る部屋の中では、
一人の少年がいつになく頭をグルグルと回し、自分の過去を振り返っていた。



人生においてモテ期は三回あると誰かが言ってた気がする。



あれは高校を上がる前の正月の時、親戚の伯父さんが手相が見れると言ったから見てもらった。
その時丁度、モテ期がいつなのかって話になって見てもらったけど...



『え~と...サイトのモテ期は~幼稚園と8歳の頃だね。後一つはもう少し後じゃね?』


どうやら俺のモテ期の内2回は、誰も知らないところでひっそりと終わってたらしい...

てか幼稚園と8歳がモテ期ってなによ?そんなとこでモテ期が来ても意味ないって。
レベル1の時にス○イム相手にマダ○テ使うぐらい意味ないと思うね俺は(まあどっちかってゆうとFF派だけどね俺は!!)

そんな手相を本気で信用しながらの高校生活、今思えば彼女を作りたくて何とも必死だった一年間だったと思う。


「オレ、女の子にはそんなに興味ねーから」みたいな感じを装ったり...(その作戦を一緒に実行した友達の中島には彼女が出来た)


高校の遠足で一緒の班になった女子にそれとなくアプローチしたり...(その作戦を一緒に実行した友達の本宮には彼女が出来た)


体育祭でイイ所を見せようと頑張ったり...(その作戦を一緒に実行した友達の小杉には彼女が出来た)


文化祭の準備で素敵な出会いを探してみたり...(非常勤講師のミハイル先生と保健の先生がデキてることが話題に)


いろいろやったけどダメだった甘酸っぱくも涙でしょっぱかった一年間...その年度の総決算でもあるバレンタインは、母から貰った森○の板チョコでシーズンを終えた...


しかし!!


オレのモテ期は!!

オレの時代は今やって来たんだ!!



しかし時代は来たんだが「世界」は俺の居たトコじゃないけどね!!


そんでいきなりボス戦だけどね!!!!


そう頭の中が迷走する少年、平賀才人の現在の状況を言えば、
目の前には褐色の肌が透き通るほど薄手の服を着た、豊満な肉体をもつ女性がベッドで手招きをしている状況であった。




遡ることおよそ数時間前~


決闘の傷もようやく癒え、サイトは軽い足取りで厨房へと食事をもらいに行った。
サイトはここしばらく厨房へは行っておらず、食事はルイズの部屋に持ってきてもらったモノを食べていた。そのためマルトーの親方たちには久しぶりの再会となる。
厨房へと来た途端、給仕やコックの人たちがサイトの顔を見るなりワァっと大きな声を上げ、サイトの方へと寄ってきた。
サイトの周りはあっという間に人だかりができる。

「えっ?何なにナニ...」

「サイトさん!!」


その人だかりを突破し、一人のメイドがサイトの近くへと来た。
ブロンド等の髪色が多い中で、まるで漆を思わせるような黒髪をボブカットに切った少女シエスタはサイトの眼を見つめながら声を出した。
その様子は、さながら夫の帰りを待ちわびてた妻のようである。


「みんなサイトさんが来るのを待っていたんですよ。貴族と戦って勝利したサイトさんにぜひみんな会いたいって...」


「え、そうなの?いやもう傷もほとんど治ったから厨房で食べようと思って来たんだけど」

「もちろん歓迎しますわ!さ、サイトさんこちらへ。マルトーさんがサイトさんに会いたがっていますから」


そう言うとシエスタはサイトの手を握り、厨房の中の方へと歩きだした。
それと同時に厨房の中から


「オラお前ら!!とっとと手を動かせ!!もうすぐ夕食の時間なんだ急げ急げ!!」

とまるで獣の唸り声かと思うほどの声が部屋に響いた。
サイトの近くに集まった給仕たちやコック、メイド達は声が響くと同時にそこらかしこと散り、自分の仕事へと戻って行った。




「おう『我らが剣』よ!!良く戻ってきたな!今貴族のガキどもの食事の時間だから少し待っててくれ!!終わったらとびきり豪勢な飯作ってやっからよ!!」

サイトはあまりの歓迎ぶりに少しばかりうろたえた。そんなサイトのそばで、シエスタが顔を近づけてこう呟いた。

「マルトーさん。サイトさんが決闘で勝ったって聞いて一番喜んでたんですよ。『生意気な貴族のガキをのしちまうたぁスゲェじゃなぇか!!』って。マルトーさんサイトさんのファンになっちゃって、部屋の持っていく食事もマルトーさんが作っていたんですよ」


それを聞いてサイトはハッとここ最近の食事を思いだした。
口の中がずたずたになっている自分にも食べれるような料理や、いかにも栄養がありそうな食事はこのマルトーが作ってくれていたのだ。

そう思うとサイトの胸にジーンとこみあげるものがあった。


「おうシエスタ!!イチャついてるとこワリィけどお前も持ち場に戻ってくれ!!サイト!!オメェさんはしばらくあっちの方でゆっくりしていてくれ」


「マルトーさん!!」


マルトーへ茶化されたシエスタの顔は、カーッとみるみる赤くなり、シエスタは慌てて「じゃ、じゃあサイトさん...また」というと慌てて食堂へと戻って行った。サイトはそんなシエスタがとても可愛く感じた。




その後、学生たちの食事が終わった後にサイトの前には豪勢な料理が並んだ。
マルトーが気合いを入れて作ったとみられるいくつもの料理は、サイトの食欲をこれでもかと増進させた。
サイトはその料理をガツガツと食べながらマルトーやシエスタ達にいろいろ質問攻めにあった。
そしていつの間にか出されたワインに口をつけ、サイトは至福の時間を過ごしたのであった。



「いや~食った食った~。ワインも飲んじゃったし、俺未成年だけど別にいいよね?ここ日本じゃないし」


少し顔を赤く染め、サイトはルイズの部屋へとつながる廊下を歩いていた。
そして自分と同じ黒髪の少女、シエスタの事が頭に浮かんできた。


(あのコおれと同じ髪の色だったなぁ。聞きそびれちゃったけどもしかして同じ日本人だったりして?しかし優しいコだよなぁ...可愛いし胸でかいし、優しいってうちのご主人様と段違いだよ。あんなコと仲良くなれてもしかして俺の時代が来たのかも!?)


そう思いながら、この世界に来て以来最高の気分に浸りながら部屋へと戻っていると、クイクイと足のズボンをひっぱるモノに気づいた。
サイトが下を見ると、赤い肌に覆われた大きなトカゲがズボンの端を加えて引っ張っていた。これだけ大きいトカゲも珍しいが、尻尾の端がメラメラと燃えている生物をサイトは知らない。
かろうじてゲームでは見たことはあるが、今目の前にいるこのトカゲは2足歩行ではなく4つ足で歩いている。


「あれ?お前って確か・・・ってちょ!?うわっ」


サイトが何かを言う前に、大きなトカゲはズルズルとサイトを引張っていく。
サイトも抵抗するが、酔いでふらつく体でサラマンダーの力に勝てるはずもなく、問答無用に引っ張られていく。
そして自分の寝床のある、ルイズの部屋の隣の部屋の中に引きずり込まれると、バタンとひとりでに扉が閉まってしまった。


「ちょっ、えっ何コレ?一体な・・ん・・・・」

サイトは辺りを見回しながらこのオオトカゲに文句を言おうかと口を開いたが、目の前の光景を見たとたん、言葉は出なくなった。
蠟燭でかすかな明かりの灯る部屋の奥、高級そうなベッドの端に女性が一人座っていた。
褐色の肌に一枚覆っているシースルーの服が余計その女性の肉体を強調させている。


「さあこっちにいらして...」

湿った声でその女性、キュルケは細い指を動かしながらサイトへと声を掛けた。








OKOK...状況を確認しようぜ平賀才人

「ようこそ。こちらにいらっしゃい」

今俺の目の前にいるこのグラマーな女性は確か...そうキュルケって言ってたっけ。
オレがこの世界に召喚された翌朝にばったり会ったな。
めっさルイズが怒り狂ってたけど。

サイトはうろたえながらもキュルケの待つベッドの方へと歩いていく。
先程までの軽い足取りがうそのように、まるでロボットのようにギクシャクしている。

「あなた、あたしをはしたない女だと思ってるでしょうね。」


やばいよあんな透け透けの服まともに見れねぇよ。逆にエロい、裸でいられる方がまだ...いや、やっぱりそれもダメだ

ベッドに腰掛けたサイト心臓は、瞬く間に高速に動いていく。


「でもね...あたしの二つ名は『微熱』」


これはもうあれだよね。よく大人のビデオで見たあのシーンだよね?
これから「じゃあ...やろうか?」てな感じで始まるあれだよね?


サイトはキュルケに目を合わせないよ少し下を向きながら聞いている...風に装い、頭の中では目まぐるしくゴチャゴチャに混乱していた。


「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんなふうにお呼びだてしたりしてしまうの。わかってる。いけないことよ」


ムリムリムリムリムリィ!!いくらモテ期だからって、いくら勢いがあるからって無理だッッてー!!


「分かる?恋してるのよ。あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」

キュルケはギュッとサイトの手を握り胸元へと寄せた。
サイトの両手に、キュルケの体温の温かさが伝わり、さらに胸の感触と併せて余計サイトの心を混乱させた。
サイト心臓は今にも口から発射されそうな勢いでドクドクドクドク動いている。



もっとこういうのは段階を踏んでからでしょ?デートしたり、一緒に弁当食べながら喋ったり、買い物したり、そんでムードの高まったある瞬間に挑むもんでしょ?
ダメだよムリだよそんなぶっつけ本番なんてできねぇよ...いきなりボス戦なんてクリア出来ねぇよぉ...


いうなればバスターソードでセフィ○スに挑むようなもの、

いうなれば銅の剣でダーク○レアムに挑むようなもの、

いうなれば骨でクシャ○ダオラに挑むようなもの、

いうなればサンダースプリットアタックでDI○に挑むようなものだよコレ!!

オレにはまだレベルと経験値と武器がないんだよ~ッッッ!!



予想以上の展開に、既にサイトの酔いは完全に消え失せ、頭にはいかにこの状況を逃れるかでいっぱいになった。
そうとは知らないキュルケは、さらにサイトに寄ってアプローチをかける。
花のような香りがフワッとサイトの鼻をくすぐった。


「あなたがギーシュのゴーレムと戦っている姿、とってもかっこ良かったわ!それに乱入してきた女の子を助ける姿に私の胸の炎は一気に燃え上がったの...あの剣さばきどこで身につけたの?」


ふとしたキュルケの質問に、サイトの頭に一筋の光が見えた。

しめた!!ここで話に乗じて何とか誤魔化そう!!

サイトはキュルケの方へ視線をあげると、乾いた唇を舐めて話始めた。


「そんな大層なことじゃないんだ。実際に身につけたっていうより少しかじった程度なんだよオレ」

サイトの頭の中に、幼き頃に剣術を学んだ光景が浮かび上がってきた。
中学校の頃に引っ越すこと同時に止めてしまったけど、その時の先生とは連絡を取り合っていた。


与作先生、元気かな・・・


「まあ、それなのにあんなに強いのね...サイトの国ではみんなあんな風に強いの?」


キュルケが話に乗ってきた。
サイトはこの時、丁度いいかなと自分も聞きたかったコトをキュルケに尋ねてみた。



「いや、オレの場合は...なんでだろう?剣を握った瞬間ルーンが光ってさ、凄い体が軽くなったんだ。使い魔ってそんなもんなの?」

キュルケは少し首をかしげながら、ウーンと少し唸るように考えてから言った。


「ふーんそうね。使い魔の中には何かしらの能力が付くっていう話を聞いたことがあるけど...たぶんサイトにはたまたま付いたんじゃないかしら?」


「へぇ、そうなんだぁ」

サイトは占めたとばかりに動き出した。
今の会話でキュルケに隙が出来た。これに乗って「じゃあお休みキュルケ」って言いながら部屋を出れば大丈夫だ。

「逃げる」は成功する!!


ありがとうキュルケ。だけど今の僕じゃあなたと戦えません...今度はもう少しレベルが上がってから誘って下さい。


心の中で別れを告げ、サイトはベッドから立ち上がろうと足に力を入れた。


「じゃあおやす...み?」


しかしそれよりも早く、キュルケはサイトのパーカを掴むと、器用に体重を預けながらサイトを後ろの方へと倒した。
ボスンと、柔らかい感触のベッドにサイトが少し沈む。
サイトは慌てて上がろうとするが、すぐ目の前には熱っぽい目を潤ませたキュルケの顔があった。


「わたしサイトのこともっと知りたいわ...もう少し語り合いましょう?そうすればきっとあなたも私の事を知ることが出来るわ...」


キュルケが四つん這いになりながら少しずつサイトへとにじり寄ってくる。
サイトの頭はパニック状態、心臓は高鳴りすぎて、目の前になぜだか戦場に行く兵士が家族に敬礼しているシーンが浮かんでいた。


兵士の顔はサイトであり、今は遠い家族に向かって「行って参ります」と敬礼している。


キュルケとサイトの唇が合わさろうとするその時、部屋の窓がバンっと開いた。
二人して窓の方へ向くと、男が苦い表情をしながらこちらを見ている。
制服を着ているとこを見ると学院の生徒のようだ。


「キュルケ…待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……誰なんだその男は!!」

「あらスティック。ええと...じゃあ2時間後に」

「話が違うじゃないか!!」

「もう、煩いわね...」


キュルケは煩わしそうに胸から杖を引き抜きスッと振ると、火球が窓の男子学生に飛んでいった。
火球に当たった男はあああああと叫びながら落ちていった。


「キュルケさん...今の誰でしょうか?」


サイトは少し間をおいてからキュルケに尋ねた。
なんというか先程までテンパッテた気持ちもスーッと落ち着いてきた。

「....友達よ」

キュルケはそれだけ言うとガバッとサイトへ抱きついた。


「とにかく今、あたしが一番愛してるのはあなたよ、サイト」

そして口づけしようとキュルケは顔を寄せてきたが、再び窓が開かれる音がした。
サイトが窓の方へ視線を向けると別の男が窓の外に浮かんでいる。


「キュルケ! その男は誰だ! 今夜は俺と夜中のデートをしてくれる約束じゃなかったのか!?」


「ジョナサン!?ええとじゃあ4時間後に」

「恋人はいないって言ってたじゃないかキュルケ!!」


ジョナサンという男は怒りながら窓から部屋へと入ろうと手を窓枠に掛けた。
キュルケはまた杖を振り、火球をぶつけてまた外へと落した。


「今のも友達?」


「そうそう今のも友達ってサイト!!とにかくあなたとの時間が欲しいの私は!!夜の時間は無限じゃな...」

「「「キュルケ!!」」」


キュルケがサイトに何か言う前に、三度窓から声が掛る。
今度は三人の男がいっぺんに押し掛けていた。


「「「その男は誰だ!!恋人はいない...」」」


「フレイム~」

キュルケが自分の使い魔に声をかけると、テコテコと窓の前に歩いていったキュルケの使い魔フレイムはゴーッと火を噴いた。
ギャーッという叫び声と一緒に窓の視界から男達は消えうせた。

サイトはもう帰ろうとベットから立ち上がると、扉の前まで近づきドアノブを回した。


後ろからキュルケが何か言っているがもう駄目だ。

もう今日は帰る。

てか逃げさせてお願いだから。




サイトはガチャッとドアノブを回しながらドアを開けた。




目の前には青筋をピクピクと額に浮かべたご主人様が立ちふさがっていた。


ああ...リアルボス...







「さて犬、夕飯食べに行って帰りが随分遅いと思っていたけど、まさか隣でツェルプストーと逢引してるなんてねぇ」

場所は変わってルイズの部屋の中、ベッドのそばにはルイズが口をヒクヒクと吊上げながら下に座る使い魔を見降ろしていた。
その小さい体に似合わない怒りのオーラを漂わせ、見る人が見れば彼女の後ろに黒い何かが浮かんでいるのが見えるかも知れない。
サイトはルイズの前に正座で床に座り、出来る限り彼女の怒りを納めようと口を開いた。


「あの・・・ご主人さま?違うんだってコレ、俺だって予想外の事態でね?帰ろうと思ったら急にボスと戦うことになって...」

「お黙り!!」

「ワンッ!!」


思わず犬の鳴き声で反応してしまったサイトを尻目に、ルイズはタンスの方にトコトコと歩いてタンスの上段を開くとごそごそと漁り始めた。
サイトは何が召喚されるかとドキドキしていたが、ズルッとタンスから出てきたのを見た瞬間、固まった。


「じゃあ犬。今からアンタを躾けようと思います。覚悟はいいですか?」

そうサイトに尋ねたルイズの手には、よくマンガやアニメで見るような鞭、しかも先端が何本にも分かれてるモノが握られていた。
サイトは立ちあがって両手をプルプルと前で振ると、必死にルイズに説得しようとした。


「ちょっと待ってルイズなんで敬語なの!?てかホントオレも何もしてないって信じて...」


「うるさい!!深夜に帰ってくるだけじゃなくよりにもよってツェルプストーと...二度とそんなこと出来ないように体で覚えさせてあげるわ!!」

そう大きな声で叫ぶとルイズは鞭を振りかぶってサイトへと向かってきた。
サイトはルイズを説得しながら鞭を避け、部屋中を駆け回ったのであった。


既に虚無の曜日となった夜、ルイズの部屋は空が明るくなりかけるまで騒がしかったとキュルケは後に語る。



「待ってルイズ!!ホントオレ何もなかったんだって!!レベル1のオレにはお前が思うようなコトは出来ないって!!頼むから鞭振り回さないで!!そんな高度なプレイは俺には無理ってあああああああっ!!」




[21602] 23話 目的も行き方もイロイロ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/12/01 03:03
「剣を買いに行くわよ」

「あ゛~行ってらっしゃい...」




学院の授業が休みの虚無の曜日、晴れ晴れとした太陽の光が窓から差し込み、学生の中にはまだまだ寝行っている者も多い時間、ルイズは制服に着替え終えてからサイトにそう告げた。
しかしサイトはまだ寝ボケているのか、まだしょぼしょぼとしている目を開こうとせずにルイズに背を向けると、今は自分の寝床である藁束の方へと向かっていった。


「なにまた眠ろうとしてんのよ犬ゥッ!!アンタも行くのよ!!」


サイトが再び寝床である藁束の方へ戻ろうとする前に、ルイズはいつの間にか用意していた鞭を振りかぶるとエイッとサイトの背中に振り下ろした。
バシッといういささか低い音が鳴り、サイトはギャッと声をあげた。やはり服の上からでも痛いモノは痛いようである。

サイトは背中へと手を伸ばしながらルイズの方へ向いた。
先ほどの眠たそうな表情はすっかり吹き飛び、目には少し涙を浮かべている。

「んだよいいじゃねえかよルイズ!!今日は休みなんだろ!!大体、ほんの数時間前まで鞭振り回して暴れまわってたのに何でそんなに元気なんだよ!?俺なんて眠くてしょーがないのに...」

サイトは頭を少しユラユラと揺らしながらルイズへと文句を言うが、ルイズと言えばまるで関係ないと言った表情を浮かべ、

「別にフツーよこれぐらい。それより早くアンタも支度しなさい。今日はアンタに剣を買ってあげるっていうの」

「剣?」

ルイズの言葉にサイトは思わず聞き返した。
この世界に来てからまだ日は浅いが、おおよそ自分の世界での中世ヨーロッパの時代に似ているということは考えていた。
また決闘の時に、相手から(最近よく顔を見るけど名前が出てこない)渡された剣からも、魔法だけではなく剣などの武器もあることまでは分かった。
しかし、そんな簡単に剣みたいな凶器が手に入るのだろうか?ここだとドラ○エ並に買えるものだろうか...
そんな疑問を頭で考えながら、サイトは寝グセでボサついた髪を掻いた。

「決闘の時の動きをみる限り、アンタ剣使えるんでしょ?いくらあんたが平民でも、ぶ、武器くらい持たせてなきゃご主人様も守れないでしょうし...」

ルイズはなぜかそっぽを向きながら、途中言葉を噛んでサイトに説明した。

サイトは「誰がご主人様だっつーの...」とルイズに聞こえないようにぼやくと、


「だからカジッただけで、別に剣を使えるってわけじゃ...まあ買ってくれるなら文句は言わないけど、どこに買いにいくんだ?学園の外を知ってるわけじゃないけど、周りはなんもなさそうだぜ?」


「今から馬でトリスタニアまで行くのよ。だから早く支度しなさいっていってるの。ここからだと馬でも結構かかるんだから、早く行くわよ」


そう言うとルイズは学院のマントを身に着け、財布なのだろうか少し重たそうな革の子袋を懐へと入れると、扉の方へとさっさと行ってしまった。
サイトは慌てて床に置いてあったパーカーを着込むと、部屋の外へと早足で出た。
部屋に鍵を閉めたルイズはスタスタと階段へと歩いていき、サイトもそれに従って歩こうとしたのだが、グイッと誰かに足元を引張られる感触があった。

あれ?なんかこのパターン昨日も...

サイトはゆっくりと頭を下げると、やはりというべきか、昨日の夜の事件の発端となったキュルケの使い魔、フレイムがサイトのズボンの裾をくわえていた。

フレイムはサイトが気付いたのが分かったのか、口をズボンから離すとサイトの方へ顔を上げ、ギャー、ギャーと低い鳴き声を出した。
サイトはまたキュルケが誘っているのかと考え、その場で腰を下げると、フレイムに顔を近づけて小声で話した。

「ちょっと勘弁してくれよフレイム...今日はこれからご主人様とお出かけだから。キュルケにはまた今度って言っといてよ。今度はちゃんと経験値上げとくから...」

それでもフレイムは先ほどよりも大きな鳴き声を上げてサイトを見ている。
サイトが再び何か言おうとしたが、背中に主人である女の娘の声が伝わってきた。

「犬!!早くしなさい」

振り向くとルイズが距離を開けたところから声を上げていた。サイトは昨日の事を思い出し、背中と後頭部に少しばかり悪寒を感じながら立ち上がった。
フレイムは尚もギャー!!ギャー!!と叫んでいるがサイトはちょっと申し訳なさそうに手を上げ、

「ホラ、俺のご主人も呼んでるから。じゃあな」

そう言って早足でルイズの方へと向かった。
その後ろの方ではフレイムが鳴いていたのだが、やがてサイトとルイズが階段を下りる音がフレイムに聞こえてきた。

フレイムはもう無理だと分かると、その場でバタッと伏せ、口からフゥっとため息とわずかに火を噴いた。













「タバサ~居るんでしょ~?」

ルイズ達が部屋を離れてから少し経った、タバサの部屋の前でキュルケはドンドンと部屋のドアを叩いていた。
高級感が出ている作りの扉をキュルケはかなり大きく叩いているのでいるのだが、部屋の中からは一向に反応がない。
部屋の中に気配は感じるのであるが、それ以外は物音なども全く聞こえないのである。


あのコったら、また「サイレント」なんてかけて本でも読んでるのかしら...


キュルケはドアノブを回してみたが案の定、鍵はかかっている。
キュルケは杖を振って「アンロック」を唱えた。ドアからガチャッと鍵が開いた音がほんのわずかに聞こえた。やはりサイレントをかけてるタメか。
キュルケは鍵が開いたのを確認すると、ドアノブを掴んで扉を開けた。



「タバサまた『サイレント』なんてかけて読書グエッ...」



部屋に入った瞬間、キュルケはあまりの臭いに思わず喉から変なうめき声が出てきた。
若干涙が出てくるが、手で鼻を押さえながら部屋の中を見回したキュルケは思わず目を疑った。
以前タバサの室内に入った時は、ベッドと大量の本が積まれていることを除けば非常に簡素な内観だったはずであるが、
現在キュルケの目には、3つほどの壺が積まれた棚が向かいの窓のそばに置かれているのが見える。


それと若干重なるように、ベッドの横に腰かけながら本を読んでいる青い髪の少女がいた。
少女の横には小さいテーブルが置かれており、その上には何らかの液体が入ったグラスが乗せられている。


キュルケは少しむせながら、ベッドに腰かける少女タバサに近づいた。
未だにキュルケに気づいていないのか、タバサは本を読みながらグラスに手を掛け、中に注がれている液体を飲んでいた。
キュルケは『タバサ!!タバサーーッッ!!』と彼女の耳元で叫ぶが、一向に振り向かない。
業を煮やしたキュルケは、タバサと本を向かって真正面に移動し、タバサが読んでいる本を上から取った。
青い前髪と眼鏡をはさんだくるっとした瞳と鉢合わせした。

先ほどまで全く無音であった部屋の中に、幼さの残る声が流れた。


「キュルケ...どうしたの?」


「いや...むしろ私が聞きたいわゴホゴホ」



キュルケは少しばかりむせた後、タバサの読んでいた本をそのまま手に持って窓の近くまで行くと、窓枠についている止め金を外して窓をバッと開けた。

部屋に溜まった得体の知れない臭いとは裏腹な、外の新鮮な空気が部屋に流れこんできた。

あれっ、空気ってこんな美味しいものだったかしら...

普段なら絶対に考えないことがキュルケの頭に浮かぶが、すぐにキュルケは友の前に戻り、大きな声を上げた。



「タバサなんなのよこの臭いは!!というか何なのあの異臭を放つ壺は!?マリコルヌ入れて酢漬けにでもしてるの!?」



半ば彼女の隣人ルイズと張り合うほどキュルケは大きな声を上げたが、タバサは意にも介さず、プヒーと息を吐いた。


「キュルケうるさい....大きな声をあげるのは...貴族としての礼儀がなってない」


「異臭まみれの部屋で読書するタバサに言われたくないわ!!ねえ一体あれはなんなの?秘薬でも作ってるのタバサ?」


タバサは無言でツツイツイと近くに置かれたテーブルに指を向けた。
キュルケが視線を向けるとそこには先ほどタバサが飲んでいたグラスが置かれている。
近くでも見るとグラス内の薄緑色の液体からは泡が出ている。炭酸水なのだろうか。


「オリジナル酒の新作...ハシバミ草をベースにいろいろ入れてみた...そしたら泡が出てきた...」


「あなたまだそんなの作ってたの...ってちょっとタバサそれ以上飲まないの!!絶対に失敗作よソレ!体に悪いわよ!」


「...結構おいしい...キュルケも一杯...」



「だから飲まないのーーッッ!!」



キュルケはタバサからグラスを奪おうとするが、なぜだか抵抗するタバサに、部屋の中は少しの間騒がしくなった。




しばらくして、
部屋の中からは得体の知れない壺は消え、タバサはベッドに腰掛けて水を飲んでおり、キュルケは少し離れた椅子に座ってぐったりとしていた。


「はあ、はあ、はあ。やっと全部捨てれたわ。もういい加減あんなの作るの止めなさいタバサ。下手したら死んじゃうわよアナタ」


「今度こそ自信があったのに...」


タバサは少しうなだれながら、コクコクと水を飲み続けた。
キュルケはタバサを大人しくさせた後、酔い(?)を覚まさせようとタバサに水を飲ませた。
その間にキュルケは『レビテーション』を使って異臭の基となっている3つの壺を外のゴミ置きに持っていったのだった。
かなりの重さと量、おまけにゴミ置きまでかなりの距離があったため、トライアングルクラスの魔力を持つキュルケもさすがに疲れたようだ。


かなりの量の水を飲み終えた後、タバサはキュルケの方へ顔を向けた。


「キュルケ...何で部屋に来たの?」

キュルケはハァと息を吐いた。

「それ言うのに大分時間が掛ったわね...いいわ、出かけましょタバサ。あなたの使い魔のシルフィードで町まで行くわよ」


「今日はシルフィードお休み。『新使い魔歓迎会』に出席するらしい...」

キュルケは急に立ちあがった。


「歓迎会でも保護者会でも関係ないわ!!お願いよタバサ!!今私、新しい恋で胸が詰まって張り裂けそうなの!!」

「既に詰まってる」

若干悪意が見えるタバサの言葉も気にせずに、キュルケは胸の前で腕を組むと、豊満な胸を強調するかのように腕を体に巻きつけた。
そして熱っぽい声でタバサに続けた。

「分かるタバサ!?私彼に、サイトに恋してるの!!だけどルイズったら彼をトリスタニアに連れていったの!私それを追いかけたいのよタバサ!
ヴァリエールの使い魔だろうがツェルプストーの名にかけて彼を射止めるわ!!」

「・・・・」


正直タバサには関係のない理由である。
本来の彼女の予定では、今日一日自作酒を飲みながら読書にふけようと思っていたのである。

しかしその計画はすでに消えうせた。

友人であるキュルケの頼みでもあり、先ほど助けて(?)くれたこともあるので、自分とは全く違う性格の友人の願いを聞き入れようと思った。
タバサはトコトコと窓へと歩いていき、ピューッと口笛を吹いた。


間もなくバサァっという大きな羽音と共に、タバサの使い魔シルフィードが窓の外に姿を現した。

「キュルケ・・・乗って」

タバサはフワっとシルフィードの背中に飛び移ると、キュルケにも来るよう促した。
キュルケも彼女が自分の願いを聞き入れてくれたと分かり、ニコッと笑って窓へと近づくと、窓枠に手をかけてシルフィードへと飛び乗った。


「飛んで・・・町まで行く」


シルフィードは主人のタバサに抗議するかの様に大きくキュイーキュイーと鳴き始めたが、タバサはシルフィードの耳元で何事か呟くと大人しくなった。
そして大きく翼をはためかせて上空へと上がると、タバサが指示するトリスタニアの方角へと飛び始めた。





「ねえタバサ、さっきシルフィードになんて言ったの?」



シルフィードの背中で化粧直しをしながら、キュルケは前に座っている友人に尋ねた。
タバサはクルッとキュルケの方に顔を向けると、まるで当たり前のようにこう言った。


「歓迎会に出られなかった見返り...キュルケが霜降りのお肉を買ってくれるって」


「なんで私が買ってあげることになってるのよ!?」


その後、上空が少し騒がしくなったのは言うまでもない。















トリスタニアの町にほど近い道。

方向からいえば魔法学院とつながっている道路であり、道には馬車や行商人が行きかっている。
中にはグリフォンに乗っているメイジらしき者などもいて、行き交う通行人も実に多種多様だ。


そんな道から少し離れた、舗装されていない草原を恐ろしい速さで駆けていくモノがいた。
通行人にはあまりの速さに思わず顔を向けるが、その時には既に姿はなく、何が通ったのかを見れる者はいなかった。
後には風を切った音と、なぜか少年と少女の叫び声が残っていた。





「ちょっ速すぎるってジョルジューッッ!!もう駄目!もう落ちるわこれ!!」


「マルチネスーッ!!!もう少しスピード下げるだよーッ!もう着くから!!もう目的地近いからゆっくりになるだよーー!!」


『少年と少女の叫び声』を出している張本人、モンモランシーとジョルジュは首をガクガクとさせ、二人して必死に疾走する生物にしがみついている。

そんな2人を背中に乗せて疾走するのは馬のようであるが、普通の馬とは違い体の色が青く、よく見ると体毛ではなく蒼い鱗に覆われている。
白いたてがみが空中で揺れ、銀色の目を光らせながら疾走するこの馬はまるで疲れを見せずに一心不乱に草原をかけていくのだった。


「ジョルジュー!!何、が『マルチネスだったらすぐ着くだよ!』よー!!速すぎるわ!オマケに全然言うこときかないじゃないのー!!」



「マー姉が言うにはたてがみ引っ張ると止まるって言ってたけど...ダメだぁ。全然止まらないだよコレどうしよモンちゃん?」


「しーらーなーいーわよー!!!!」






事の発端はモンモランシーの一言からであった。

「ジョルジュ。トリスタニアに行くから一緒に来てくれない?」


朝食を食べ終わって太陽も大分上がった時間、花壇にカボチャの種を植えていたジョルジュにモンモランシーはそう言った。
シャベルを横に置き、手に付いた土を払いながらジョルジュは立ち上がった。


「うん。いいだよモンちゃん。でもちょっと待ってほしいだ。カボチャの種植えるの終わってからでいいだか?」


「そう、じゃあ終わったら部屋に...ってジョルジュ!?そんなゆっくりでいいわけないでしょ!!今から馬で行ってもお昼になるわよ」


モンランシーは慌てて訂正した。
自分で誘ってなんだが、ジョルジュは一日中花壇に居座ってしまうことの出来る人間だ。
ほっとけばあっという間に夜になってしまう。

そんな心配を珍しく読んだのか、ジョルジュはにやっと笑ってモンモランシーへ言った。


「大丈夫だよモンちゃん!!種まきはもうすぐ終わるだよ。それに早く町に行きたいなら秘策があるだ!」


そう言って親指を立てたジョルジュの顔は、なぜか無駄に自信に充ち溢れている。

ジョルジュとはそれなりに長い付き合いのある彼女であるが、彼がこんな顔をした時は大抵ロクなことにはならない。
モンモランシーはジト目で、種まき作業を再開したジョルジュを見ていた。


「そういえばジョルジュ、ルーナは?私のロビンも見かけないんだけどあなた何か知らない?」


「ああ...そういえば昨日ルーナ、『明日は使い魔の歓迎会があるので、一日暇をもらいたいのですが』って言ってただよ。多分ロビンもそっちの方に行ってるんじゃないかな?」


「歓迎会...使い魔同士でそんなことやるんだ..」


というか一体どんなコトをするのだろうか...
モンモランシーの頭にそんな疑問が浮かんだが、すぐに町へ出かける期待と、ジョルジュの秘策への不安に頭がいっぱいになった。










「マー姉ぇ。ちょっと起きてだよ~」


ジョルジュが言った通り、種まきはそれから少し経った後に終わり、二人はマーガレットの部屋の中へと足を運んでいた。
マーガレットの部屋にはたくさんの瓶が置かれており、中身があるモノやないモノ、瓶の大小など様々である。
机にはなぜか手紙や何かしらの書類のような物が積まれ、上の方が少し崩れていた。

そんな散らかる部屋の、ベッドでの上でスヤスヤと眠るマーガレットの体をジョルジュは揺さぶる。
マーガレットはん~と唸ると、うっすらと瞼を開き始めた。


「......ジョルジュ?どうしたのよ~私今から眠るところなんだけど」


「眠る前に話聞いてだよマー姉。てかいい加減部屋片付けた方がいいだよ。メイドさんも部屋に入れてないんだか?」


「ベッドのシーツだけ替えてもらってるわ。瓶は時々私が捨ててるの。で、どうしたのよジョルジュ?モンちゃん後ろに立たせて」


マーガレットは目をこすりながらムクリと起きがった。
紅く輝く彼女の髪は頭のてっぺんでまとめられポニーテールにされており、横に垂れている。


「うん。モンちゃんと一緒にトリスタニアに行くことになったから、マー姉のマルチネスに乗せてもらいたんだよ」


「マルチネス?」


モンモランシーは思わず声を出した。
ジョルジュはモンモランシーの方へ向いて説明しようとしたが、それより先にマーガレットが口を開いた。


「私の使い魔よモンちゃん。『ケルピー』っていう種族の魔物なんだけどさ、外見は馬みたいなコで結構走るの速いのよ~」


マーガレットはふらふらと立ちあがると、おもむろに床に転がった瓶を拾い上げた。そして中にまだお酒が残っているのを見るとクイッと口をつけて一口飲んだ。



「でもジョルジュ、別にマルチネスに乗るのは構わないけど町にデートしに行くにはマルチネスはどうかしら?すぐ着くだろうけどあんまりおススメはしないわよ?」


マーガレットはニヤニヤと笑いながらモンランシーの方をチラッと見た。
モンモランシーは顔を赤くして「デートじゃありません!!」と反論したが、マーガレットがケラケラと笑いだすとジョルジュの方へ視線を移した。ジョルジュもちょっと顔を赤くしていた。



「まあいいわよ♪馬小屋につないでいるから乗っていっていいわ。ジョルジュ、アンタはもうマルチネスのこと知ってるからいいけど、モンちゃん初めてなんだからしっかりね」


マーガレットはそれだけ言うと、ベッドの方へ戻って寝転がった。
ジョルジュは「ありがとうだ」と言ってモンモランシーと共に部屋を出た。


部屋を出る際、中からマーガレットが「なんかお酒買ってきてね~」と言ったのが聞こえてきた。








「いや~まさかマルチネスがこんなにやんちゃになってたなんて知らなかっただよ~」


「知らなかったじゃないでしょー!!どうすんのよ!一向に止まる気配ないわよ!」


そして現在、彼ら二人は疾走するケルピーの背中で振り落とされまいと必死になっているのであった。
人と一頭の横を、木で作られた立て看板が通り過ぎていった。


「ちょっとぉぉっっ!今トリスタニアの看板でしょ!?過ぎちゃったじゃないのジョルジュ!」


「マルチネス!止まるだよ~!!もう着いたから、過ぎちゃったから!!マルチネスゥゥゥゥッッ!!!」


道をそれて爆走する彼らがトリスタニアに到着したのはもう少し後である。





[21602] 24話 母はお客を選ばない
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/12/13 00:59
「ホラ犬!!ちゃんとついてきなさい!!アンタに財布預けるんだから落とさないでよ」

「イって~・・・まだ尻がジンジンする...ってルイズ。やっと着いたはいいけどどこ行くんだよ一体?」

王都トリスタニアのブルドンネ街。
人で溢れるこの通りを歩きながらサイトはルイズにそう尋ねた。
腰のあたりをさすりながら歩いているのは、人生で初めての乗馬に腰を痛めたからである。

トリスタニアに着いた後、ルイズは若干早歩きでテクテクと先へ歩いていくため、サイトは目的地も知らされぬまま後ろについて回っていっていた。
ルイズは前から来る人をかわしながら歩いていたが、ようやく目的地を話してくれた。

「もう少し歩いたところにピエモンの秘薬屋って店があるの。その近くに武器屋があるって聞いたんだけど...」

「おいおい...『聞いたんだけど』って行った事ねーのかよ?ホントあんのかよ武器屋」


サイトは疑念に充ちた目でルイズの後ろ髪を見てたが、ルイズはぐるっと振り向くとサイトを指差し、

「うるさいわね!!アンタはそんなこと考えなくていいの!!それよりもアンタ財布は大丈夫でしょうね?ここは人通りが一番多い場所だから、気をつけてないとスリやひったくりに会うんだから」

そう言われたサイトは多少不安を覚えたのか、パーカーのポケットに手を突っ込んで金貨が入っている袋があることを確認した。幸いポケットの中には革で作られた小袋が入っている。
ルイズは尚もブツブツと言いながら通りを進んでいくが、サイトはキョロキョロと通りを見ていた。
ここブルドンネ街はこの街一番の通りと言っていたが、サイトの世界と比べると狭い方であり、出店や商店が立ち並ぶ光景は、まるで祭りを開いている商店街ようである。
こんな狭いところでこんな沢山の人が歩いているのだから、確かにスリやコソ泥等も現れるだろう。

「大丈夫ダイジョーブ。ちゃんとあるから。しっかし、こんな狭いところが街の一番広い所って...」

そう呟こうとした時、サイトの横を2人の女性が通り過ぎた。
二人ともフードを被っていてよく見えなかったが、その間から覗く顔は少年が見たことがないほどの美しさを携えていた。

「うわ~すげえな...あんなスゴイ美人がいるとは...」


サイトは思わず見とれてしまい、足を止めてしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがて二人の美女は人ごみに消えていった。

「ちょっと何見てんのよ犬!!早く行くわよ!!」

付いてこない使い魔に気が付いたか、いつの間にかルイズはサイトの横にいた。
そして片方の耳をむんずと掴むと、美女とは反対方向へと少年を引っ張った。
サイトは耳を引っ張られる痛さに「分かった分かった!!耳つかむなって!」と慌ててルイズへと付いていき、再び通りを歩き出した。











「いや~まさか止まるのにあんだけ苦労するとは思わなかっただよ~」


ルイズとサイトがブルドンネ街の通りを歩いている頃、トリスタニアの商店街へと入る入口の近くにある喫茶店で、ジョルジュとモンモランシーが若干疲れた顔をして椅子に座っていた。
通りの外に椅子やテーブルが並べられ、店内ではあらゆる場所から仕入れてきた茶葉を使ったお茶が、芳醇な香りを湯気と共に立ち昇らせている。
2人が座っているテーブルにも、2種類のお茶が入ったカップが乗っている。

乗ってきたケルピーのマルチネスが目的地を通り過ぎた後、ケルピーの向きを変えて戻ろうとしたのであったがその度に目的地の場所を通り過ぎてしまった。
結局到着したのは最初に通り過ぎてから15分後であったのだ。(現在マルチネスはトリスタニアの近くにある川で水浴びをしている)
必死にマルチネスを操ろうとしたジョルジュもであるが、ケルピーに必死にしがみついていたモンモランシーの顔にも疲労が出ていた。


「馬から降りるのがこんな時間がかかるなんて...確かに早かったけど、はあ、また帰り乗ると思うとちょっと気が重いわ」

そう言ってモンモランシーはティーカップを手に取り、一口飲んだ。柑橘と林檎の軽い酸味と甘みが口の中に広がった。
ジョルジュも注文したお茶をすすりながらホッと息を吐いたが、ひとつ大きな欠伸をした後、モンモランシーに行き先を尋ねた。


「そういえばモンちゃん今日はどこにいくだか?」


モンモランシーは再びカップに口を付けた後、若干元気が出たのか明るい声で返した。

「この先にお母様が経営している化粧品店があるの。新しい香水のレシピが出来たからそれを渡しにね。お母様、ヒトが作った香水をちゃっかり名前なんてつけて売っているからホントはいやだけど...」

そうブツブツとモンモランシーは母親への愚痴をこぼし始めた。
ジョルジュはそれに相槌を打ちながら自分のお茶を啜っている。(色を見る限り緑茶のようであるが、飲んでみると烏龍茶のような味がする)
ジョルジュは香水の材料を作っている手前、モンモランシーが香水を作るのにどれだけ苦労しているかも知っている。
愚痴をこぼしながらもちゃんと作り方を教えてあげるトコロに、モンモランシーの性格がうかがえる。

「でもモンちゃん、なんだかんだ言ってちゃんと小母さんのコト助けてんだな。偉いだよ」

ジョルジュが笑いながらそういうと、モンモランシーはプヒーと息を吐き、カップに残ったお茶の残りを全て飲み干した。
カチャッとカップをテーブルに置くと、「そんなんじゃないわよ」というと、ガタっと席を立った。
どうやら出発するらしいと読んだジョルジュは、自分のお茶をグイッと飲み干すと椅子から立ち上がり、数枚の銅貨をテーブルに置いた。
並んで歩いている途中、モンモランシーはボソッとつぶやいた。


「卒業する前に家が潰れたら笑い話にしかならないわ」










ブルドンネ街から少し横に外れた通り、ドシャペル街という名の一等地に化粧品店『モンモ』は店を構えている。
はじめは別の場所で営んでいたが、ここ数年店で売り出されている香水『ド・リール』を始め、『カルヴァドス』や『アングレーズ』など様々な香水が貴族たちの間で広まり、急成長を遂げている店である。
この店は普通の店とは違い、女性であるならば平民や貴族と身分はお構いなしに入れる。
そのため広い階級層で客を捕まえているのが急成長を遂げた要因でもある。
尚、「つけチクビ」や「つけ睫毛」などの珍しいモノも店に並べられているが、あまり知られていない。







「モンモランシーあなたですか。今日はどうしたのです?ぶっちゃけお金なら貸しませんよ」

広い店内の奥、黒壇の色が付いた机を挟んで座っていたモンモランシーの母は娘を見てまず最初にそう言った。
店の中は高級感が漂う作りになっており、中央に大きな丸型のテーブルが置かれ、そこには様々な種類の香水が積まれている。
壁の棚には化粧水や髪油、口紅などの化粧品が多々揃えられており、値段も貴族でなければ買えない値段のものや、平民でも手の届くモノなどピンからキリまである。

モンモランシーは母の言葉はお構いなしに、机を挟んで立つと、懐から何枚かの束ねられた紙を取り出し、机の上に置いた。

「娘に会って出る最初の言葉じゃありませんわお母様。これ、新しい香水のレシピだから使うんなら勝手に使って下さい」

モンモランシーの母は紙を手に取ってペラペラとめくった後、ホーっと息を吐いた。

「まあモンモランシー...いつも悪いわね。それに今日なんてわざわざ店の方に届けてくれるなんて、何かよからぬことでも企んで...」


そういって動かした彼女の目線には、モンモランシーの横に立つ赤髪の少年ジョルジュが入ってきた。
ジョルジュは友人ナターリアの息子であるためよく知っているが、店で見るのは今日が初めてである。
ジョルジュも視線に気づき、ピンっと立ちなおすと、ペコリと頭を下げて挨拶をした。

「あ、お久しぶりですだ小母さま」

「ジョルジュではないですか。店に来るなんて珍しいですね。いつも娘を助けてくれて感謝してますよ」


モンモランシーの母はにっこりとほほ笑み、香水のレシピを手に取ると、机から立ち上がった。
立ち上がる時、「モンモランシー、ちょっと...」と呟いてモンモランシーを手まねきした。
モンモランシーは少し首をかしげながら母のあとについて奥へと歩いていった。



≪モンモランシー、ジョルジュは私もよく知ってますけどナターリアと親戚になるのはどうも気が進まないのですが≫

ヒソヒソと喋りかけられたモンモランシーは眼をキョトンとさせたが、やがて顔を少し赤らめると母の肩をつかみ、半ば引きずるようにさらに奥へと行った。
ジョルジュは二人が何を話してるのかは聞こえてないようで、キョロキョロと店の商品を見ている。

≪何勝手に話を飛ばしてるんですかお母様!!ジョルジュとはそ、そういったコトじゃなくてね、タダのと、友達...≫

≪あーハイハイ、もうネタは上がってるんですよモンモランシー。ぶっちゃけただの友達と一緒に親の店なんかに来るわけないでしょうが。今日び『ツンデレ』なんて流行りませんよ。もっとオープン感覚でいかないと≫

≪だからそうじゃないってまだそんなこと考えてなくて...って聞いてないし!!≫


モンモランシーが反抗する間もなく、モンモランシーの母はカーテンで仕切られている店の奥にズンズンと進み消えていった。
しばらくしてモンモランシーの前に現れると、手に何やら布の塊のようなものを持っており、モンモランシーにドサッと手渡した。
「ジョルジュ、あなたも来て下さい」とジョルジュも呼び、近くにやってくると彼の手にもドサッと渡した。

「まあ今日はぶっちゃけ来てくれて助かりました。今日は店の者がほとんど出払って人手が足りなかったのですよ。モンモランシー、ジョルジュ、少しの間店を手伝ってくださいな」

「「へ?」」


モンモランシーが渡された布を広げると、それはピンクと白の生地で出来たロングスカートのドレスのような服であった。

「ちなみにここでは私の事は『マダム・モンモ』と呼ぶんですよ」


モンモランシーの母、もといマダム・モンモはニコッとモンランシーの方を見た。
モンモランシーはしばらくの間、口をポカンと開けたまま動かなかった。






「い、い、いらっしゃいませ~ようこそ『モンモ』へ...」


外が昼を過ぎて少し経った頃、店の中には数人の客が入り、化粧品を手にとって喋り合う貴族の婦人たちや、メイドを連れて商品を物色する貴族の娘などが店を物色していた。


そんな店の中央で、モンモランシーは香水の説明を客の一人にしていた。
その姿は普段の学院の制服ではなく、ピンクと白のドレス調の服に金髪の縦ロールという、何ともお嬢様風な出で立ちだ。
顔も化粧を施されており、普段の彼女からは想像しにくいような大人の雰囲気を出した顔になっている。
香水の説明をしている彼女の前では、メイドを後ろに立てた12歳ぐらいの女の子が熱心に耳を傾けていた。


「そうですね。お嬢様程の年齢でしたら、こちらのハーブを使った香水がよろしいかと...」


「う~ん...そうね!じゃあこれをいただくわ!マリーナ!」


そう女の子が声を出すと、マリーナと呼ばれたメイドの女性が前に出てきて、モンモランシーから香水の瓶を一つ貰った。
そしてメイドには見向きもせず、女の子はまた別のところへと行ってしまった。
モンランシーはフゥと息を吐くと、顔には出さないようにブツブツとつぶやいた。

(たくっ...なんで私があんな女の子に敬語使わなきゃいけないのよ!!大体私が店員なんかやんなきゃいけないワケよ!?おかしいでしょこれ!?)


「なにブツブツ言ってるのですかモンモランシー。ナイスでしたよ。流石香水の製作者は知識豊富ですね」


モンモランシーは声をかけられた方を向くと、そこにはモンモランシーの母、マダム・モンモがいた。
マダム・モンモはモンモランシーの肩に手を置くと、店をぐるっと見渡しながらこう言った。


「私の店は女性が誰しも美しくなれることを売りとしているのです。それは身分関係なく、皆が『美しくなりたい』と思うからです。だからお客様は平等に、丁寧に接するのが店の方針なのです」


マダム・モンモは最後にボソッと「まあ、ぶっちゃけ金さえ払ってくれれば貴族だろうが乞食だろうが関係ありませんし」とモンモランシーの耳元で呟いてフフフと笑った。
モンモランシーはそれを黙って聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「最後の事は聞かなかったことにして、まあお母...マダム・モンモの経営方針は分かるし、イイことだと思うわ。中々そんな店ないからね。私は結構好きよ。でもねマダム・モンモ...いくらなんでも」

モンモランシーはそういって指をとある方向へと指差した。
そこには丁度先程香水を買った女の子とメイドと、


「ちょっと!!アナタ店員なの!?なんで男なのにドレス着てるのよ!???」

(あれはダメでしょオオオオォ!!!!)


ドレスを着たジョルジュがいた。





「ちょっとマダム・モンモ!いくらなんでもあれはダメでしょ!いくら新しいことが好きだからってあれはもうアウトよ!下手したら捕まるわよ!!」



モンモランシーはマダム・モンモに対して半ば叫ぶような表情で、しかし声は周りには響かないように押さえながら声を出した。

それも無理はない。
今のジョルジュの格好は、モンモランシーと同じ色合いのドレスに身を包んでいるのだ。
しかも何故かスカートの丈はモンモランシーのよりも短く、外に出ている足には二―ソックスが装備されている。
体つきの良いジョルジュの体にはキツイのか、腕や胸の辺りは少し張っており、傷だらけだった顔はマダム・モンモの魔法で隠されている。


しかしどこからどう見ても女性のドレスを着たごつい少年にしか見えない。
マダム・モンモはモンランシーに小さい声で話し始めた。
その顔は若干笑っている。


「落ち着きなさいモンランシープッ。今の時代プクッ美しくなりたいと思うのは女性だけではプスプスないのですよ。時代はプスー『女装』の域に到達すると私は考えて...フッフッフッ」

「嘘よね!!どう見ても嘘よねそれ!?もう笑っちゃってんじゃないの!どうすんのよアレ!!女の子下手したらトラウマになるわよ!!」


「いや~男物の制服がなくてね?でもどうせ来たなら試しに着させてみようと思ったんでだけども...似合ってないわね」


「今更それ!?」


モンランシー達が言い合っている間、何やらジョルジュも女の子と話し合っていた。
モンランシーが様子を見ていると、少し経って女の子がジョルジュから離れていった。
モンモランシーとマダム・モンモはジョルジュに近づき、小声で尋ねた。

「ねえジョルジュ、あんた何話してたのよ?」

ジョルジュはウーン少し唸ると、モンモランシーの方へ振り向き、

「『今度私の屋敷に来ない?』って言われただ」

二人は驚きよりも疑問しか生まれない言葉に首をかしげ、今度はマダム・モンモが尋ねた。

「あらそれは大胆ですね。他には?」

「なんか『今度お兄様があなたみたいな人集めてパーティするから』って言ってただよ。『あなたみたい』なってこんなドレス着て...」

「ジョルジュ、後で丁寧に断っときなさい」


モンモランシーの顔は少し青ざめていた。








「なんてコト...あの女の子の家庭が心配でたまらないわ」


口の中でモゴモゴと言いながら、モンモランシーは次に香水の前に訪れた婦人に香水のアドバイスをしていた。
それが終わると、またどこからかマダム・モンモがやってきて、

「時代は進んでいるのですよモンモランシー。ホラ見なさい。ジョルジュは普通に接客しているでしょ?ああやっていろいろ経験して成長していくのですよ」


「そんな危険な方へジョルジュを成長させようとしないでくれません?大体マダム・モンモさっきから何もやってないじゃないの。少しは接客でも...」

「せっかく店員がいるのだからそんな...ぶっちゃけ楽したいワケで」

「ホントにオーナーなの!?」



そんな2人のやり取りを、ジョルジュは入り口近くの商品の棚を拭きながら見ていた。
母娘でやいのやいのとやりとりしている姿は、なぜか実家での母とのやりとりを思い出す。
母様と友達だとは知っているが、どことなく性格が似ているのは気のせいだろうか。


そんな事を考えながら、スースーする下半身に違和感を覚えながらも棚の整理をしていたジョルジュに後ろから声が掛った。


「あの~すみません」





「あれ、モンモランシー、ジョルジュにまたお客様が来ましたね。あんな変な格好の人によく声をかけようとしますね」


マダム・モンモの声に反応して、モンモランシーはジョルジュの方に顔をむけた。
見ると革のフードをかぶった女性が二人、ジョルジュに話しかけてるではないか。
離れた場所であるのと、フードが邪魔で顔が見えないでいるが、隙間から覗く肌は白くてきめ細かいのが分かる。

モンモランシーとマダム・モンモはしばらく様子を見ていたが、やがて二人の客はフードに手をかけて後ろへ降ろした。顔を見た瞬間、二人は自然に息をのんだ。


一人は金髪を短く切り揃え、切れ目が特徴的な女性である。
そしてもう一人は、紫が混じったブロンドの髪を後ろで結わえ、パチリと開いた目がいかにも愛くるしい顔を出している。
いかにも清楚なオーラを出しているその顔は、二人が良く知る人物であった。






「あの、あ、あ、あの人というかあの方、は、は...も、もしや」

モンモランシーが言い淀む隣で、マダム・モンモはん~と少し考えた後、きっぱりと言い切った。


「完璧アンリエッタ姫ですね」



マダム・モンモが言った通り、ジョルジュが対応している客はトリステン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステインであった。








「しかし変装のつもりなんでしょうか?ぶっちゃけバッレバレですね」


「そういう問題じゃないでしょ!!」





[21602] 25話 アニエスが店に来たワケ
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/07 19:32
朝日が上り、太陽が眩しく城壁を照らしているとある週末の朝、アニエスは久々の休日を使ってトリスタニアに買い物をするため、身支度を整えて馬小屋から馬を連れだしてきた。


「フフッ、久々の休暇だ。最近は『土くれのフーケ』の所為で見回りや警護といろいろ立て込んでいたからな...ようやく街へといける」


そう呟いたアニエスはおもむろに懐に手をやり、一冊の本を取りだした。
茶色の表紙には黒いインクで『四十路の恋 春』と大きく書かれている。
アニエスが手に持つ本は、最近出版され始めた小説で、既に何冊かシリーズで出版されている。
内容はメイジである著者が、実際に体験を基に書かれた恋愛小説ものでおり(あとがきで著者本人が語っている)、
リアリティ溢れる表現と、ただれた恋愛ストーリーが平民、貴族問わず読まれ、今や大人気小説のひとつとなった。アニエスも愛読者の一人である。

、今回アニエスの買い物リストの一つにも、新作である『四十路の恋 夏』が載っている。


「街に見回りに行ったときに本屋に予約しておいて正解だった。たちまち売り切れてしまうからな。しかしこの『シュヴァリンヌ』先生とは一体どんな人なのか。いち読者として感想の手紙を送りたいが...」

そうブツブツと呟きながらアニエスは馬に鞍を乗せ出掛けの準備を整えていたが、
ふと、後ろから誰かに呼ばれる声が聞こえた。


「あの、すみません。そこの馬を準備しているアナタ」


ん?っとアニエスは振り向くと、彼女は驚きで心臓が飛び出そうになりそうになった。
そこには紫がかったブロンドの髪を後ろで束ねたトリステインの姫、アンリエッタがそこに立っていた。
しかしその姿はいつものドレス姿ではなく、街にいる平民の女性が着るような服を纏っている。


「ひ、ひ、姫様ッ!!どうなされたのですか!?その格好は!?護衛の者は!?」

「落ち着いて!大きな声を出さないでください!!」


アンリエッタにそう言われて口をつぐんだが、心の中では叫びたい気持ちを抑えながらも現在の状況に頭が回りそうになっていた。

それもそうだ。
城仕えの身ではあるが自分は一介の騎士、ましてや貴族でもない自分に姫様が声をかけてくるとは...


「あなた、お名前は?以前訓練でお見かけしたのですが...」

「ア、 アニエスと申します姫様」

少し戸惑いながらも応えたアニエスに、アンリエッタはにっこりとほほ笑みながらアニエスの手を取り、

「アニエスですか。良い名ですね。ではアニエス、あなたに頼みたいことがあるのですが...」

アニエスの心臓は再びドキッと跳ね上がった。
姫様がじ、自分に頼みごと!?でも今日は予定が入ってるから明日にしてほしいかも...
いや待て、もしかしてこれは出世のチャンスかも知れない!!姫様に名前を覚えてもらえるのはかなり今後の出世に有利な...


アニエスの頭の中はいろいろな考えでフル稼働しているが、そんなことはお構いなしにアンリエッタは小さな声で言った。


「私を街に連れて行ってくれませんか?」

「はい?」

アニエスの声は小さく空に響いた。







「だめですって姫様!!誰にも言わずに城を抜けるなんて何をお考えなのですか!?ちゃんとマザリーニ様にもお許しを得てから出ましょう!!」

「マザリーニに話したらダメに決まってますぅ!!どうせ『不用意に外へ出歩くなんて危険でございます!!城にいて下され』って言いますわ。もう分かってるんですよ!!お願いアニエスちょっとだけ王都に行きたいのです。いいではありませんか減るもんでもないし!!」

「いや減りますからぁ!!主に私の命がぁ」


アンリエッタとアニエスが出会ってから10分ぐらい過ぎようとしていた頃、二人は庭のとある場所で言い争っていた。
たびたびメイドや兵士が来るのだが、その度に2人は適当な場所へ身を隠し、通り過ぎるのを待ってまた言い合いを始めていた。
二人の間には出会ったばかりのどこか重い空気は既に消え去り、まるで姉妹のような雰囲気さえ醸し出していた。


「そもそも姫様何の為に街に行きたいのですか?ちゃんとおっしゃればいくらあのガン...お堅いマザリーニ様でもきっと分かっていただけますって」

アニエスがそう言うと、さっきまでアニエスの手を引張っていたアンリエッタはピタッと動きを止め、よくぞ聞いたとばかりに目をキラッと光らすと、アニエスの方に背を向けた。

「香水を買いに行きたいのです」

「香水、ですか?」

アニエスは少しひょうし抜けた口調でいった。
アンリエッタはポニーテールにした髪を揺らしながらアニエスの方へ向き直り、まるで重大な会議でも始めたかのような口調でアニエスに言った。


「はい。最近城下町ではとある店で売られている香水が流行しているんだとか。メイド達からその話を聞いたのです...何でも貴族平民の方問わずに平等に商品を卸しているらしく、聞いている内に私もそのお店に行ってみたいと思って..」

「分かりました。じゃあ私はこれで」

「だから連れてって下さいよアニエスゥゥッ!!」

アニエスはさりげなく逃げようと背を向けたが、ガシッと手首をつかまれてしまった。

「今度!!今度連れて行ってあげますから!!今日は新作の小説買いに行くんですよ!!」

「そのついでに連れて行って下さいな!!香水買いに連れて行って下さい!!」

再びギャーギャーと言い合いが始まった。
アニエスが連れていけませんと言うのであるが、アンリエッタは何だかんだと理由を付けて引き下がらない。
段々イライラしてきたアニエスであったが、それでも何とか心を抑え、アンリエッタ論するように言った。


「大体、姫様別に姫様がわざわざ出向かずとも他の者に行かせれば済むことでは...」


アニエスがそう言うと、アンリエッタはピタッと体を止めた。
急に止まったので一体何かとアニエスはアンリエッタの方を見たが、急にアンリエッタはアニエスの方をビシッと指をさした。

「違う!!違うのですよアニエス!!そんなことは私も知っています。しかしそれでは何の意味もないのです!!私も王家の者と自覚していますが女なのです。そういうお店にも行ってみたいのです!!自分の目で見て触れて試し、自分の手で買ってみたりしたいのですよ!!」

「分かりましたから姫様!!声が大きいですって!!」

アニエスは慌ててアンリエッタの両肩を掴んでアンリエッタを自分に寄せ、庭に生えている木の影に身を隠した。
丁度そこへ炊事場で働いているのか、小さな女の子がテクテクと水桶を持って木のそばを通り過ぎて行った。

アンリエッタはハーハーと息を吐き落ち着かせると「すみません。ちょっと興奮しまして」と言いながらアンリエッタはあきらめたのか、顔を下へとさげた。
そんなアンリエッタを見てアニエスは、

(やはり姫様もお年頃の娘、城に閉じこもってばかりで気が滅入っているのだろうか...そう思うと連れて行ってあげたいとは思うが...
だけど私、香水とかそういうのあまり興味ないんだよな~。化粧なんかもたまにミシェルにやってもらう程度だし...ああなんだか面倒くさくなってきた。
今日が新作小説の入荷日だというのに...もうすぐ店は開くだろうになんで私はまだ城にいるのだ)

そう考えていると「分かりました!!」と声を出して顔を上げたアンリエッタが、アニエスに向かって言った。

「アニエスが連れて行って下さらなければ、私一人で行きます!!プチ家出です!!」

アンリエッタはプーっと顔を膨らますと踵を返し、アニエスが馬を置いている場所へと走り出した。

アニエスの顔から血の気がサーっと引いた。
姫様の事を知っておきながら一人で城から出してしまえば、何かあったら私の罪になってしまう。

アニエスは慌ててアンリエッタの後を追った。
何処にそんな脚力があるのか、アニエスが馬を置いた場所に行くと既にアンリエッタは馬にまたがっていた。

「ちょ、姫様降りて下さい!!一人では危険です!!」

「では行ってきますねアニエス。マザリーニによろしく伝えといて下さい♪」

そう言って馬の腹を蹴ろうとした瞬間、

「分かりました!!連れていきますから!!連れていくから一人で行かないでください姫様!!」

アニエスがそう言ったのと同時、アンリエッタはニコッと微笑んで、


「ではお願いしますねアニエス」



アニエスはそんなアンリエッタの笑顔に若干イラッとした。











「えっと...確かこの辺りにあると聞いたのですが、あ、ありましたよアニエス!!このお店です!!」


そう言ってアンリエッタが立ち止まったところは、レンガで造られた入口が目立つ店であった。
店構えからしていかにもお洒落な雰囲気を醸し出しており、上には『モンモ』と真鍮らしき金属で作られた文字が一層店の存在感を出している。

アンリエッタは被っているフードの端をヒラヒラと手でパタパタと揺らしながら笑顔を浮かべている。
アンリエッタが被っているフードはアニエスが街に入った時に露店で買ったものだ。
いくら平民の格好をしているかといって、流石に顔をさらして歩くのは危険だと思ったアニエスは、街に着くなり自分と彼女の分を購入して身に付けさせた。

「ああ~やっと見つかりましたわ。ではアニエス、さっそく入りましょう」

アンリエッタは意気揚々と店の入口へと向かって行った。
アニエスはそんなアンリエッタの後ろ姿を恨めしそうな目で見ながら後に続いた。


何故だ...今日は買い物を楽しんでお気に入りの茶屋で『はしばミルクティー』を飲みつつ新作の『四十路の恋 夏』を読みふけるはずだったのに...
何で興味もない化粧品店に姫様と来ることになったのだろうか...私は何か悪いことしたか?でも週末の星座占い私3位だったぞ!?

今日はいろいろと考え耽っているなあと思いつつ、アニエスが店内へと入ると、アンリエッタが丁度店の者に話しかけているところであった。

アニエスはフードを外すと、店内をキョロキョロと見た。
実はアニエス、こういった店に入ることが初めてである。
店内はレンガの壁に木の床が広がり、上にいくつも吊るされているランプはマジックアイテムなのか、ランプの灯とは違う明かりを漏らしている。
中央には大きな円形のテーブルが置かれ、そこには数多くの液体が入った瓶が並んでいる。
おそらく香水であろう、中央から様々な香りがアニエスの鼻をくすぐった。
店の奥には同じく店の者であろう2人の女性がこちらを見ていた。
一人は15、6歳くらいの少女か。縦ロールをいくつも髪に施していてピンクのドレスがいかにも可愛らしい。
もう一人はここの店主なのか、黒のドレスが大人の雰囲気をにじませ、長く伸ばした金色の髪が一層存在感を引き立たせている。


(やはりそういった店であるからな...なんだか私にとっては場違いなトコロだな)

アニエスは心の中で溜息をつき、自分に毒突くと、アンリエッタが未だに話している店員へと目を向けた。



ふ、やはりな、私なんかとは違ってちゃんと着飾っている男の子だ...
ってうん?男?


アニエスは一度目をこすると、もう一度アンリエッタが向かい合って話している店員を下から順に見ていった。

足元は白いヒールとソックスで清楚に整えられ、来ているドレスと同じ色で統一感を出している。
若干ドレスがパツパツであるが、ここまではまあ異常なしかな。

首より上を見るとショートにまとめた紅い髪がドレスとマッチしている。そして耳にピアスを付けたその顔は......
どう見たって男であった。


(なんで~ぇ!!!!?ちょ、ダメでしょコレ、なんでこんな女装した男が普通に接客してるんだよ!!?)

アニエスは心の中で声にならないような叫びをあげた。
しかし目の前ではアンリエッタが、何でもないかの様に話していた。

(さ、流石姫様!!普通ならばヒク程のことなのにそんなことは微塵も見せずに話している!!)

アンリエッタと女装した少年(アニエスから見て、顔が15,6くらいかと考えた)がしばらく話し合っていたが、少年が店の奥の方へ行くとアンリエッタはアニエスの方へ顔を向いた。
その顔は先ほどとは裏腹に、未確認生物でも見たかのような驚きを顔に張り付けていた。


「アニエス...なんでこのお店あんな殿方がいるの?」

アンリエッタはアニエスに聞こえるくらいの声で顔を若干青ざめさせていった。

「いや姫様、私が知るところではございませんし...というか先程まで普通に喋っていたではありませんか?なんで今頃そんな驚いているのですか!?」

「これでも私王家の者ですよアニエス?そりゃ外用の顔も持っていますから...いや~びっくりですよ。最近は女装が流行しているのですか?」

アニエスはイヤイヤと顔を横に振ると、アンリエッタにヒソヒソと話した。


「そんなコトはないでしょう?街とか城でも見たことありませんし見ませんよ?この店だけではないですか?」

「いや分かりませんよアニエス...こういうのは知らず知らずのうちに広まっているものですから。もしかしたらマザリーニとか案外そっちのケが...」

二人は少し口をつぐみ、頭の中にホワンホワンとドレスを着こんだマザリーニを作った。二人とも一瞬で吐き気を催した。


「どうしようアニエス!!もうマザリーニを真正面から見れないわ!!」

「あなたの頭がどうしようですよ!!いいからそんな幻すぐに消してください!!」

2人が小さな声で言い合っていると、店の奥から店主であろう黒いドレスを着こんだ女性が二人のそばに近寄ってきた。
アニエスとアンリエッタはそれに気づくと、二人同時に女性の方を向いた。


「いらっしゃいませお客様、ようこそ『モンモ』へ。香水を探しに来たとか...さ、あちらの方へどうぞ」


女性は手を差しながら店の奥へと2人を促した。
アンリエッタもアニエスもそれに従って奥の方へ歩いて行ったが、やはり接客を続ける女装した少年二人とも最後まで気になった。



[21602] 26話 母の接客術
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/15 20:17
「香水をお探しにいらしたとか。この店にはいろいろな種類の香水がございますから、きっとお気に召すモノがございますよ」

マダム・モンモは香水のほか、他の商品を紹介しながら店の奥の方へとアンリエッタとアニエスを促した。
店内にはまだチラホラと客が商品を物色しており、女装をしたジョルジュが対応している。
ジョルジュの方も大分慣れてきたのだろうが、彼の周りの空気は若干違和感をはらんでいる。
先程、屋敷の「パーティ」なるものに誘っていた女の子が未だにジョルジュの方をチラチラとみている。

アンリエッタはおずおずとマダム・モンモに尋ねてみた。

「はあ...あの、すみません。先ほどの男性の方は何であのようなカッコ...」

マダム・モンモ顎に指を付けて少し考えるそぶりをした。

「ああ、ジョル・・・『ジョアンナ』の事ですね」

「いや男性の方ですよね...なんでジョアンナ..」

「え~っ」とマダム・モンモは何か頭で考えるように唸ると、閃いたのかアンリエッタに言った。

「彼はですね、『体は男でも心は誰よりも女性』っていう生粋の・・・ほらあれ、今流行りの男の娘?っていうコです。男と女の垣根を取り壊した存在なのですよ」

「いや、男と女どころか人としての垣根壊したように思えるのですが...」

「大丈夫ですよ。ああ見えてジョアンナ魔法がグェ...」

「なに知り合いの息子にややこしい設定つけようとしてんのよ!!!」

モンモランシーはマダム・モンモの首筋を掴んで部屋の隅まで引張って行った。

「大体なんで姫様に向かってさも普通に接客してるの!?もしなにかあったら一大事よ!!」

モンモランシーはヒソヒソと、アンリエッタ達には聞こえないくらいの声でマダム・モンモへ言った。
しかしマダム・モンモはしらっと

「落ち着きなさいモンモランシー。あれでも一応変装しているつもりなのですよ。だったら気付いていない振りをしてあげるのが優しさでしょ」

「とにかく」とマダム・モンモは付け加えるとアンリエッタ達の方へと向きなおり、モンモランシーにボソッと囁いた。

「変装していようがぶっちゃけ姫様は姫様です。この店を気に入ってもらえて王家御用達にでもされれば我がモンモランシ家も安泰ではないですか。ここは私に任せなさいモンモランシー。伊達にこの店の店長やっているわけではないのですから」

そういうとマダム・モンモはアンリエッタ達の方へと向かっていった。

モンモランシーは心の中で溜息を吐くと、もうどうにもなれと店の中央へと歩いて行った。

「困るだよ~お客さん」

「いいじゃないの。あんただって好きでそんなカッコしてるんでしょ?だったら絶対気にいると思うわ!!」

ジョルジュが再びあの女の子に絡まれていた。









「帰るわよジョルジュ」

モンモランシーはジョルジュのそばまで近寄ると、耳元でそう囁いた。
その顔はどこか疲れているように見える。

「でもモンちゃん。今日は小母さま人手が足りないって言ってたし、もう少し手伝った方がいいんでねぇか?」

「あの人の事だからなんとかなるわよ。それにもう戻らないと学院に戻るのが夜になってしまうわ。それに...」


モンモランシーは店の棚、ルージュなどを置いている場所に立っている女の子とメイドにチラリと目をやった。
もう店に来てから随分と時間が経ったというのにも関わらず、店内を見ている...フリをしてチラチラとジョルジュの方へ視線を送っていた。

「あの女の子もずっとアンタのコト狙ってるし...変なコトに巻き込まれないうちのもう帰るわよ」

モンモランシーはそう言って自分たちの制服が置いてある更衣室の方へ行こうと、ジョルジュの手を握った。
その時である。

「ここがモンモランシーのお母さんが経営しているってお店だ・・・ってアラ、モンモランシーじゃない?どうしたのそんなカッコ?」

店のドアがガチャッと開き、彼女がよく知っている2人が入ってきた。
キュルケとタバサである。
自慢の紅い髪を揺らして、手には布に包まれた長い棒状のモノを抱えている。
モンモランシーはゲッと小さく叫んだ。


「ア、 アンタ達なんでここに!?」

モンモランシーは早口でまくしたてる。
キュルケはそんなモンモランシーなど関係ないような様子で、店へ来た理由を話し始めた。

「いえね?私達ダーリンがルイズと一緒にトリスタニアへ買い物へ行くのをツケてたの。でもそれだけじゃつまらないじゃない?そしたら今度フリッグの舞踏会があるのを思い出したの。それでその日のために私とタバサの化粧品そろえようって来たんだけど、モンモランシー...というか」

キュルケはモンモランシーの背後、ジョルジュの方に目を向けた。
そしてモンモランシーの肩をポンと叩くと、優しさを含んだ目で彼女を見つめた。

「あなた...いくら一緒にいたいからって自分の趣味にジョルジュを巻き込むのは良くないわ。いくらジョルジュが「変人」でもこれじゃ「変態」になるわよ」

「私がやったわけじゃないわよ!!これはお母様の仕業なの!!そもそも好きでここにいるわけじゃないのよ!!」

モンモランシーは大きな声でツッコんだ。
ジョルジュは後ろからモンモランシーに「落ち着くだよモンちゃん」となだめようとした。
キュルケはその光景をニヤニヤと笑って見ていたが、タバサはじーっとジョルジュの方を見て、ジョルジュの方にトテトテと歩いていっておもむろにジョルジュがはいているスカートをツイツイと引っ張った。
それに気づいたジョルジュがタバサの方へと顔を向けた。

「......舞踏会の衣装?」

「違うだよ!?」


そんな四人で話していると、後ろの方から声がかけられた。

「何してるのですかモンモランシー?ってあら、あなたたちは...」

モンモランシーとジョルジュが振り返ると、マダム・モンモが口に手をかざしていた。
その後ろにもう二人いることが分かる。母の背中で顔が見えないが、姫様とそのお付きの人だろう。
マダム・モンモは制服で娘の知り合いと気づいたようで、キュルケとタバサに向かって少しほほ笑んだ。

「モンモランシーのお友達かしら。私のお店に来てくれてありがとうね。ゆっくり店の中を見て行ってね」

「それはいいけど...姫さ...先程のお客様は?」

「ええ、今帰られるところよ。店の前までお送りするところなの」

そう言うとマダム・モンモは4人の横を通り、ドアノブを掴んでガチャッと金具がこすれる音と共に扉を開いた。

「ありがとうございましたお客様。ではまたのご来店をお待ちしております」

マダム・モンモは営業スマイルばりの笑顔を、後ろからついてきた二人に向けた。
すぐ後ろにいた二人がまた四人の横を過ぎていく。


「今日はホントにありがとうございましたマダム。香水だけではなく、いろいろ教えて下さって...また機会があれば来させていただきますわ」

そう言ってアンリエッタは明るい声で言うと、意気揚々とドアをくぐって行った。
その後にアニエスも続いていった。
二人が店から出ていくと、マダム・モンモはドアを閉めた。
マダム・モンモはほくほくと顔をほころばせているが、四人とも目を見開いて、表情を固めていた。
モンモランシーはおずおずと尋ねた。


「マ、マダム?一体お客様に何を教えたのよ?」

「いえ別に...ただ香水を買っていただいた後に少々お話してたらお化粧のコトに話題がなってね?それで私のメイクの腕を披露したということですよ」

「・・・・」

モンモランシーは無言で振り返ると、

「あの...そう言うことなんだけど...感想は?」

キュルケ、タバサ、ジョルジュは少し考えた後、順々に答えた。


「感想っていったって...あれじゃあどう見たってはっちゃけた道化師よ」

「・・・・ピエロ」

「マイケル・ジャク○ンだよ」


店に微妙な空気が流れた。











「ねぇ犬、ホントにそれでいいの?そんなボロッちぃ剣よりももっとかっこいいの選べばよかったじゃない」

ブルドンネ街を少し歩いた先の門のところで、馬小屋近くでルイズは隣を歩くサイトに尋ねた。
心なしか返品を促しているように感じる。
そんなサイトの手には、サイトが扱うには大きいと言える剣が鞘から抜かれてその手に握られていた。
剣の表面はうっすらと錆が浮いており、厚みを帯びた剣はまるで骨董品のようである。
サイトはじ~っとその剣を眺めているが、突然剣のつばの部分がカシャカシャと動きだし、声を響かせた。

『ボロッちぃとは何だ嬢ちゃん!!このデルフリンガー様を甘く見ちゃ困るぜ!!』

そう言うとサイトの持つ剣、デルフリンガ―はカシャカシャと金具を揺らした。

『こう見えてもおれっちは頑丈に作られてんだよ。おまけに切れ味もそんじょそこらの剣なんか目でもねぇ!!おれっちにかかりゃ木だろうが石だろうが嬢ちゃんの無い胸だろうが一刀両断よ!!』

「サイト、悪いけどそれはもう駄目ね。これから私が壊すから新しいのを買いましょう」

こめかみをピクピクさせ、杖を振り上げるルイズを見てサイトは慌ててそれを制した。

「ちょちょちょ!!落ち着けってルイズ!!俺こいつ気に入ったんだから。それにお前新しいの買うたってそんなお金ないだろう?」

それを言われると何も言い返せないルイズはう~っと唸りながらデルフリンガ―を睨んでる。
そんなコトはお構いなしに、デルフリンガ―はカシャカシャとさびを落としながら喋る。

「そうだぜ嬢ちゃん。それにおれっちの相棒はこいつに決まったからな。じゃあこれからよろしくな相棒!!」

「あ、相棒って俺のコト...?なんか照れ臭いけど、んじゃあよろしくなデルフリンガー」

サイトはニカっと剣に向かって笑いかけた。

「ホラ、もうそのボロ剣鞘にしまって。馬小屋に行って帰るんだから」
ルイズに言われて「分かった分かった」とデルフリンガーを鞘に納めようとするが、その時、サイトの目に派手なメイクをした女性と金髪の女性が馬に乗ってルイズ達の横を通り過ぎて行った。


「すげぇ!!おいルイズ見たか今の!?あのヒトすんげぇ化粧してたぞ!!」

「ちょっと大きな声出さないでよ!!でも確かに凄かったわね今のは...もう一人は奇麗な人だったけど、芸人の人かしら?」

「いやでも凄かったッッ...昔DVDで見たXj○panのヒトみたいなメイクだったぜ」

「訳分かんないこと言ってないで帰るわよ。ホラ、さっさと歩きなさい犬!!」

そうしてルイズとサイト、そしてデルフリンガーは馬小屋の方へ歩きはじめた。



それと同じ頃、馬の背中に乗っているアンリエッタアニエスの背を掴んで、ホウッとため息をついた。

「あの道にいたのってルイズよね?昔からの親友の顔を見ても気づかないなんて...」

馬の手綱を握っているアニエスの手に力が入る。
あの店主が姫様にとんでもないことをやり、あまつさえそれを姫様が気にいるようだから何も言えなかったが、

―姫様、やっと気づきましたか!!そうです。そのメイクはいくらなんでもナシです!!友人にも気付かれないんですよ!?そのはっちゃけメイク―

アニエスは心の声で叫んだ。
そしてアンリエッタは頬に手をやりながら言った。

「やっぱりちょっと派手かしら?ねぇアニエスどう思う」


アニエスの身体から力が抜け、落馬しそうになった。




「あの姫様?城に着く前にはその化粧は落として下さいね?」

「分かってますよアニエス。でも今度魔法学院に行く時にでもまたやってみようかしら」


「いや...それはお止めになった方が...」


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.02610087395