プロローグ
時代は変わった。
世界では、かつてSFの世界でしか存在しなかったような物が次々と開発されていた。
携帯電話、パーソナルコンピュータといった物も誰もが持っていて当たり前のものになっている。
だが、この時代で最大にして最高の発明はワギリバッテリーだろう。原子力に変わる新たなエネルギーと呼ばれるこの発明は、あらゆる方面の技術を格段に進歩させた。
文明の進化はなおも留まる事を知らず、人類は未来に走り続けた。
だが、そんな時代に変わっても、野球というスポーツは依然として高い人気を誇っていた。
その象徴的なビッグイベントである甲子園大会。
野球を愛する者ならば、誰もが憧れるであろう聖地をかけ戦い。
その出場権を賭けた地区予選決勝戦がとある地方球場にて行われていた。
(……ふう)
マウンドに立ち、エースであることを示す「1」の背番号をつけた土倉陸は、大きく深呼吸しながらスコアボードを眺めた。
最終回、1対1の同点で迎えた9回の裏ツーアウト三塁二塁。
相手は優勝ナンバー1候補の天下無双学園。4番の岡田は勿論、キャプテンの近藤やキャッチャーの土方といった強打者豪打者を数多く抱える強豪校だ。これまでの全試合を二桁得点で勝ち上がってきている。
陸は滝のように流れてくる汗を拭いながら、三塁ベース上にいるランナーに目をやった。
1つ学年が下とは思えない程の巨体を持つ選手であり、名は岡田威蔵。天下無双学園の4番を打つ選手である。何の冗談かと言いたくなるようなふざけたパワーを持ち、ホームランを量産しているスラッガーだ。この試合も4打数4安打と大当たりしている。
バッターボックスに立つ天下無双学園のバッターは、キャッチャーの土方。4番を打つ岡田の影に隠れがちではあるが、この選手も高校生レベルなら一流の領域に入る選手だ。
「どうする?」
キャッチャーであり、4番を打つ雨宮海人がマウンドに駆け寄ってきた。元々、心配性な一面を持つ男ではある。しかも、場面が場面だ。例えパスボールでもサヨナラ負けになってしまうのだ。
顔には不安の色が濃く浮んでいる。
「さっきからストレートを打たれている。最終回に入って球威も球速も落ちてきているし、スライダーから入ろう」
「……そうだね」
と、一旦は陸は頷いたが次の瞬間には首を横に振った。
「待って。やっぱりストレートから入ろう」
「何? どうしてだ?」
「いや、うまく言えないんだけど。何となくあのバッターは変化球を待っているような気がして……」
それは、ただの勘だった。何となく、ではあるが相手の選手は変化球を待っているように陸は感じられたのだ。
しかし、陸の勘は非情によく当たる。この「何となく」感じた勘はこれまでに何度も窮地を救ってきているのだ。
沈黙は一瞬。3年間の付き合いである相方は即座に決心したらしい。
「分かった。お前の直感は良く当たるからな。ここはストレートで行こう」
雨宮は頷き、戻っていった。
審判の「プレイッ!」という声を聞き、改めて身をしき締めた。
(延長戦に持ち込めば……勝機はあるっ!)
バッターに集中しながらも、三塁ランナーの警戒もとかない。
まずありえないとは思うが、ホームスチールの可能性だってある。陸は、三塁ランナーを警戒しつつも、土方に対して第一球を投げた。
打ち合わせ通りのストレートだ。陸は、完全な変化球投手でありストレートはそれほど速くない。だが、それでも最高で140キロは出る。しかし、すでにこの試合では120球以上投げており、疲れが溜まっていた。今投じられたこの球は、おそらく130キロも出ていないだろう。
しかし、狙い球と違ったのか、土方のバットは完全にタイミングがあっていなかった。
土方は急遽、バットを止めようとするが、
――ガキッ
当てた、というよりも当たったといった方が正しい。
一塁方向方向にボテボテと転がっていく。だが、
(まずいっ!)
陸の顔に焦りの色が浮ぶ。
この当たりは内野安打になるかもしれない。そうなれば、その間に三塁ランナーが帰ってくる。そうなったらサヨナラ負けだ。
(こんな形でサヨナラになんか……)
素手でボールを掴み、
(させないっ!)
一塁に送球する。
一方、打ったバッターの土方も必死に駆け込む。
一塁手がボールを捕るのと、土方がベースを踏んだのは、ほぼ同時だった。
だが、
「セーフ、セーフ!!」
審判の両手が大きく横に開かれた。
「ああ……」
当然の如く、その間には三塁ランナーは本塁に到達している。
この瞬間、試合は終わった。サヨナラ負けだ。
(ああ、負けたのか……)
無理もない、とは思う。何せ、相手は高校野球史上最強との声もある天下無双学園だ。
そのチームを相手に、よく戦ってきた。
2対1という結果を示すスコアボードの数字がそれをしっかりと物語っている。
しかし、例え10対0でも10対9でも負けは負け。敗北という結果は変わらないのだ。
非情ではあるが、それが野球というスポーツのルール。
「悪い、土倉。俺たちがもっと援護していれば……」
雨宮が申し訳なさそうにが声をかけた。
「あのエース相手に1点とってくれただけでも上出来だよ。投手の自分が完封していれば勝てた試合なんだから」
「いや、あの強力打線相手に2失点なら上出来だろう。相手はこれまで最低でも10点以上とってきた最強打線の天下無双学園だぜ?」
「それはそうだけど……」
確かに、十分に奮闘したといえるかもしれない。
しかし、たったの1点差。もちろん、野球に「もしも」はない。だが、それでも思ってしまうのだ。もしもさきほど少しでも早く送球できていたら、もしもサヨナラのランナーを出さなければ、もしも出会い頭の一発でも、タイムリーエラーでも何でもいいからもう1点取っていたら、と。
ふと観客席を見ると、甲子園出場を決めこれ以上ないくらいに湧きあがる敵の応援席に対し、こちらの応援席にいる客は既に大半が球場から立ち去る準備をしていた。
勝者と敗者の差がはっきりと分かるその光景に、陸は思わず苦笑した。
「さ、挨拶を終わらせよう」
「……そうだな」
両チームが整列し、挨拶も終わった。
(これで高校野球も終わったのか……)
今年で3年生の陸に次の大会はない。
結局、高校に入って3年間で1度も甲子園にはいけなかった。とはいえ、後悔はあるものの不満はない。
良きチームメイトに恵まれ、3年間気分よく野球を続けることができたのだ。十分に充実した3年間だったといえよう。
この予選を行った球場に多くの思い出がある。初勝利記念、初完投記念、初完封記念、その他諸々……。正直なところ、いつまでもこの球場で思い出に浸っていたかった。
しかし、いつまでも球場に留まっているわけにはいかない。荷物をまとめ、球場から出るために廊下を歩きはじめた。
「しかし、これで俺の高校野球生活も終わりか」
陸の隣を歩く雨宮が口を開いた。
「そうだね。 ……ところで、雨宮は進路の方はどうするの?」
「進路? ふふ、よく聞いてくれた!」
「?」
急にハイテンションになる雨宮に、陸は怪訝な表情を浮かべた。
「実はあの大神ホッパーズからスカウトされているんだよ!」
「ホッパーズってプロの?」
大神ホッパーズ。旧名を大神モグラーズ、あるいはドリルモグラーズという。
かつてのチーム名を大神モグラーズ。世界最強と呼ばれる大企業・大神グループを親会社に持つプロ野球球団。
一時は低迷していたものの、2年前には日本一になっており、それ以降はAクラス争いの常連だ。
「といっても、多分下位指名だとは思うけどな。でもまあ、誘ってくれてるだけ良かったと思ってるよ。そういうお前の方こそどうなんだ?」
「1球団だけ誘ってくれてるよ」
「マジか!? 一体どのチームだ?」
興奮した口調で聞いてくる雨宮に陸は苦笑しながら答えた。
「ジャジメントナマーズだよ」
「ジャジメント、ナマーズ?」
雨宮の口がぽかんと開かれる。
だが、次の瞬間には複雑そうな色を浮かべた。
「それって、来年から新しくできる新球団のナマーズか?」
「それ以外にどのナマーズがあるんだよ」
陸は呆れた口調で言った。
ジャジメントナマーズ。来年から新たにプロに新規参入する球団であり、親会社は世界の総資産の12%を保有するといわれるジャジメントグループ。日本でもジャジメントスーパー等で有名な大企業だ。
「大丈夫かよ? 新球団なんだろ。他の球団と比べて色々とハンデが出てきそうな気がするんだが」
確かに、新球団となれば他球団と比べると色々な意味で差がついている。当然の事なながらOBなどはいないし、ファンだって少ない。
だが何も悪いことばかりではない。
「できたばかりの球団なら、いきなり1軍で使ってもらえる可能性だって高いだろ?」
「それはそうだけどよ……」
「それにポジションだって、投手だしね。先発、中継ぎ、抑え。野手と違って出番は色々と多いしね」
敗戦処理とかもあるけど、と陸は内心で付け加えた。
「確かにそうかもしれないな。でもそうなると俺はキャッチャーだし、1軍昇格は遅くなるかもしれないな」
「それはわからないよ? 今のホッパーズは芽舘選手が抜けて、不動の正捕手がいない状態だし、今ホッパーズの北条監督は若手だってよく使ってくれる人でしょ? 十分に可能性はあると思うけど」
確かに、現ホッパーズ監督の北条洋平は、若手や新人をよく起用する監督だ。
もっとも、若手にチャンスを与えるためというだけでなくベテラン選手との仲が険悪だからだという噂もあるのだが。
「確かにそうかもしれないな」
雨宮はそう言って頷いた。
「でも、そうなるとこれからは敵同士か」
「そうなるね」
ふふ、と笑った後、陸は雨宮の顔を正面から見据えた。
「敵として戦う時には、全力でいかせてもらうよ」
「望むところだ。 ……にしても、親会社がオオガミとジャジメントか」
「? それがどうかしたの?」
ここで、雨宮の顔がやや深刻そうなものへと変わった。
「いや、な。その二つの会社って物凄く仲が悪いだろ? 今はワギリバッテリーの開発でオオガミが勝っているみたいだけど。それに、オオガミは新興の勢力ってこともあって色々と強引なやり方をして、あちこちに恨みを買ってるらしいしな。親会社同士の喧嘩に球団が巻き込まれたりとかしないか不安でな」
そういえば、と陸は数年前に起きたオオガミホッパーズのテロ事件を思い出す。確かあの時は色々と騒がれ、一時はホッパーズ解散騒動にまで発展しかけていた。
だが、それは数年前の話だ。最近のホッパーズに悪い噂などまるで聞こえてこない。
そう考えた陸は、雨宮の懸念に失笑で返した。
「それは親会社の話でしょ? 選手には関係ないよ」
「……そうだよな、俺の考えすぎか」
雨宮も小さく笑い返した。
ところが、それが大いに関係があった。
その事が分かるのにはまだ長い時間を必要とする。
あとがき
どうも、ここに掲載される名作の数々に感銘を受け、今回初投稿をさせていただく藍上男と申します。
本作品は、パワプロクンポケット(11)の二次創作作品になります。
誤字、脱字等ありましたらご指摘よろしくお願いします。