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[21849] 【習作】ブラックベースボール(パワポケ11)
Name: 藍上男◆e59ab840 ID:99563d83
Date: 2010/09/11 21:53



プロローグ



 時代は変わった。
 世界では、かつてSFの世界でしか存在しなかったような物が次々と開発されていた。
携帯電話、パーソナルコンピュータといった物も誰もが持っていて当たり前のものになっている。
 だが、この時代で最大にして最高の発明はワギリバッテリーだろう。原子力に変わる新たなエネルギーと呼ばれるこの発明は、あらゆる方面の技術を格段に進歩させた。
 文明の進化はなおも留まる事を知らず、人類は未来に走り続けた。

 だが、そんな時代に変わっても、野球というスポーツは依然として高い人気を誇っていた。

 その象徴的なビッグイベントである甲子園大会。
 野球を愛する者ならば、誰もが憧れるであろう聖地をかけ戦い。
 その出場権を賭けた地区予選決勝戦がとある地方球場にて行われていた。





(……ふう)

 マウンドに立ち、エースであることを示す「1」の背番号をつけた土倉陸は、大きく深呼吸しながらスコアボードを眺めた。

 最終回、1対1の同点で迎えた9回の裏ツーアウト三塁二塁。
 相手は優勝ナンバー1候補の天下無双学園。4番の岡田は勿論、キャプテンの近藤やキャッチャーの土方といった強打者豪打者を数多く抱える強豪校だ。これまでの全試合を二桁得点で勝ち上がってきている。

 陸は滝のように流れてくる汗を拭いながら、三塁ベース上にいるランナーに目をやった。
 1つ学年が下とは思えない程の巨体を持つ選手であり、名は岡田威蔵。天下無双学園の4番を打つ選手である。何の冗談かと言いたくなるようなふざけたパワーを持ち、ホームランを量産しているスラッガーだ。この試合も4打数4安打と大当たりしている。
 バッターボックスに立つ天下無双学園のバッターは、キャッチャーの土方。4番を打つ岡田の影に隠れがちではあるが、この選手も高校生レベルなら一流の領域に入る選手だ。

「どうする?」

 キャッチャーであり、4番を打つ雨宮海人がマウンドに駆け寄ってきた。元々、心配性な一面を持つ男ではある。しかも、場面が場面だ。例えパスボールでもサヨナラ負けになってしまうのだ。
 顔には不安の色が濃く浮んでいる。

「さっきからストレートを打たれている。最終回に入って球威も球速も落ちてきているし、スライダーから入ろう」

「……そうだね」

 と、一旦は陸は頷いたが次の瞬間には首を横に振った。

「待って。やっぱりストレートから入ろう」

「何? どうしてだ?」

「いや、うまく言えないんだけど。何となくあのバッターは変化球を待っているような気がして……」

 それは、ただの勘だった。何となく、ではあるが相手の選手は変化球を待っているように陸は感じられたのだ。
 しかし、陸の勘は非情によく当たる。この「何となく」感じた勘はこれまでに何度も窮地を救ってきているのだ。
 沈黙は一瞬。3年間の付き合いである相方は即座に決心したらしい。

「分かった。お前の直感は良く当たるからな。ここはストレートで行こう」

 雨宮は頷き、戻っていった。
 審判の「プレイッ!」という声を聞き、改めて身をしき締めた。

(延長戦に持ち込めば……勝機はあるっ!)

 バッターに集中しながらも、三塁ランナーの警戒もとかない。
 まずありえないとは思うが、ホームスチールの可能性だってある。陸は、三塁ランナーを警戒しつつも、土方に対して第一球を投げた。
 打ち合わせ通りのストレートだ。陸は、完全な変化球投手でありストレートはそれほど速くない。だが、それでも最高で140キロは出る。しかし、すでにこの試合では120球以上投げており、疲れが溜まっていた。今投じられたこの球は、おそらく130キロも出ていないだろう。

 しかし、狙い球と違ったのか、土方のバットは完全にタイミングがあっていなかった。
 土方は急遽、バットを止めようとするが、

――ガキッ

 当てた、というよりも当たったといった方が正しい。
 一塁方向方向にボテボテと転がっていく。だが、

(まずいっ!)

 陸の顔に焦りの色が浮ぶ。
 この当たりは内野安打になるかもしれない。そうなれば、その間に三塁ランナーが帰ってくる。そうなったらサヨナラ負けだ。

(こんな形でサヨナラになんか……)

 素手でボールを掴み、

(させないっ!)

 一塁に送球する。
 一方、打ったバッターの土方も必死に駆け込む。

 一塁手がボールを捕るのと、土方がベースを踏んだのは、ほぼ同時だった。

 だが、

「セーフ、セーフ!!」

 審判の両手が大きく横に開かれた。

「ああ……」

 当然の如く、その間には三塁ランナーは本塁に到達している。
 この瞬間、試合は終わった。サヨナラ負けだ。

(ああ、負けたのか……)

 無理もない、とは思う。何せ、相手は高校野球史上最強との声もある天下無双学園だ。
 そのチームを相手に、よく戦ってきた。
 2対1という結果を示すスコアボードの数字がそれをしっかりと物語っている。

 しかし、例え10対0でも10対9でも負けは負け。敗北という結果は変わらないのだ。
 非情ではあるが、それが野球というスポーツのルール。

「悪い、土倉。俺たちがもっと援護していれば……」

 雨宮が申し訳なさそうにが声をかけた。

「あのエース相手に1点とってくれただけでも上出来だよ。投手の自分が完封していれば勝てた試合なんだから」

「いや、あの強力打線相手に2失点なら上出来だろう。相手はこれまで最低でも10点以上とってきた最強打線の天下無双学園だぜ?」

「それはそうだけど……」

 確かに、十分に奮闘したといえるかもしれない。
 しかし、たったの1点差。もちろん、野球に「もしも」はない。だが、それでも思ってしまうのだ。もしもさきほど少しでも早く送球できていたら、もしもサヨナラのランナーを出さなければ、もしも出会い頭の一発でも、タイムリーエラーでも何でもいいからもう1点取っていたら、と。

 ふと観客席を見ると、甲子園出場を決めこれ以上ないくらいに湧きあがる敵の応援席に対し、こちらの応援席にいる客は既に大半が球場から立ち去る準備をしていた。
 勝者と敗者の差がはっきりと分かるその光景に、陸は思わず苦笑した。

「さ、挨拶を終わらせよう」

「……そうだな」

 両チームが整列し、挨拶も終わった。

(これで高校野球も終わったのか……)

 今年で3年生の陸に次の大会はない。
 結局、高校に入って3年間で1度も甲子園にはいけなかった。とはいえ、後悔はあるものの不満はない。
 良きチームメイトに恵まれ、3年間気分よく野球を続けることができたのだ。十分に充実した3年間だったといえよう。

 この予選を行った球場に多くの思い出がある。初勝利記念、初完投記念、初完封記念、その他諸々……。正直なところ、いつまでもこの球場で思い出に浸っていたかった。
 しかし、いつまでも球場に留まっているわけにはいかない。荷物をまとめ、球場から出るために廊下を歩きはじめた。

「しかし、これで俺の高校野球生活も終わりか」

 陸の隣を歩く雨宮が口を開いた。

「そうだね。 ……ところで、雨宮は進路の方はどうするの?」

「進路? ふふ、よく聞いてくれた!」

「?」

 急にハイテンションになる雨宮に、陸は怪訝な表情を浮かべた。

「実はあの大神ホッパーズからスカウトされているんだよ!」

「ホッパーズってプロの?」

 大神ホッパーズ。旧名を大神モグラーズ、あるいはドリルモグラーズという。
 かつてのチーム名を大神モグラーズ。世界最強と呼ばれる大企業・大神グループを親会社に持つプロ野球球団。
 一時は低迷していたものの、2年前には日本一になっており、それ以降はAクラス争いの常連だ。

「といっても、多分下位指名だとは思うけどな。でもまあ、誘ってくれてるだけ良かったと思ってるよ。そういうお前の方こそどうなんだ?」

「1球団だけ誘ってくれてるよ」

「マジか!? 一体どのチームだ?」

 興奮した口調で聞いてくる雨宮に陸は苦笑しながら答えた。

「ジャジメントナマーズだよ」

「ジャジメント、ナマーズ?」

 雨宮の口がぽかんと開かれる。
 だが、次の瞬間には複雑そうな色を浮かべた。

「それって、来年から新しくできる新球団のナマーズか?」

「それ以外にどのナマーズがあるんだよ」

 陸は呆れた口調で言った。

 ジャジメントナマーズ。来年から新たにプロに新規参入する球団であり、親会社は世界の総資産の12%を保有するといわれるジャジメントグループ。日本でもジャジメントスーパー等で有名な大企業だ。

「大丈夫かよ? 新球団なんだろ。他の球団と比べて色々とハンデが出てきそうな気がするんだが」

 確かに、新球団となれば他球団と比べると色々な意味で差がついている。当然の事なながらOBなどはいないし、ファンだって少ない。

 だが何も悪いことばかりではない。

「できたばかりの球団なら、いきなり1軍で使ってもらえる可能性だって高いだろ?」

「それはそうだけどよ……」

「それにポジションだって、投手だしね。先発、中継ぎ、抑え。野手と違って出番は色々と多いしね」

 敗戦処理とかもあるけど、と陸は内心で付け加えた。

「確かにそうかもしれないな。でもそうなると俺はキャッチャーだし、1軍昇格は遅くなるかもしれないな」

「それはわからないよ? 今のホッパーズは芽舘選手が抜けて、不動の正捕手がいない状態だし、今ホッパーズの北条監督は若手だってよく使ってくれる人でしょ? 十分に可能性はあると思うけど」

 確かに、現ホッパーズ監督の北条洋平は、若手や新人をよく起用する監督だ。
 もっとも、若手にチャンスを与えるためというだけでなくベテラン選手との仲が険悪だからだという噂もあるのだが。

「確かにそうかもしれないな」

 雨宮はそう言って頷いた。

「でも、そうなるとこれからは敵同士か」

「そうなるね」

 ふふ、と笑った後、陸は雨宮の顔を正面から見据えた。

「敵として戦う時には、全力でいかせてもらうよ」

「望むところだ。 ……にしても、親会社がオオガミとジャジメントか」

「? それがどうかしたの?」

 ここで、雨宮の顔がやや深刻そうなものへと変わった。

「いや、な。その二つの会社って物凄く仲が悪いだろ? 今はワギリバッテリーの開発でオオガミが勝っているみたいだけど。それに、オオガミは新興の勢力ってこともあって色々と強引なやり方をして、あちこちに恨みを買ってるらしいしな。親会社同士の喧嘩に球団が巻き込まれたりとかしないか不安でな」

 そういえば、と陸は数年前に起きたオオガミホッパーズのテロ事件を思い出す。確かあの時は色々と騒がれ、一時はホッパーズ解散騒動にまで発展しかけていた。

 だが、それは数年前の話だ。最近のホッパーズに悪い噂などまるで聞こえてこない。
 そう考えた陸は、雨宮の懸念に失笑で返した。

「それは親会社の話でしょ? 選手には関係ないよ」

「……そうだよな、俺の考えすぎか」

 雨宮も小さく笑い返した。



 ところが、それが大いに関係があった。
 その事が分かるのにはまだ長い時間を必要とする。





あとがき
どうも、ここに掲載される名作の数々に感銘を受け、今回初投稿をさせていただく藍上男と申します。
本作品は、パワプロクンポケット(11)の二次創作作品になります。
誤字、脱字等ありましたらご指摘よろしくお願いします。



[21849] 1年目 1月3週
Name: 藍上男◆e59ab840 ID:99563d83
Date: 2011/01/15 20:35
 1月の末。
 正月の暖かな雰囲気も消えてきた時期。
 ジャジメントナマーズ寮前。
 ナマーズ寮は、世界最大の企業といわれるジャジメントを親会社に持つ球団に相応しく、多くの最新の防犯システムやカメラが設置されており、警備面では完璧といってもいい作りになっていた。

 その寮の前に、陸は大きなバッグを左肩に担いで立っていた。

「……ここがナマーズ寮か」

 陸は18歳になっていた。
 去年のナマーズのドラフトに下位ながらも無事に指名されて入団した。高校時代は、エース兼3番兼キャプテンとしてチームを支え続けた。しかし結局は甲子園に行くことはできなかった。
 だが、プロの目には止まり、プロ入りすることができたのだ。
 甲子園に行ったメンバーにだって負けるつもりはない。

「あれ? もしかしてナマーズ新人の人?」

 不意に声をかけられ、振り向くと後ろには陸と同じくらいの若いユニフォーム姿の男が立っていた。

「そうだけど、君は?」

「ああ、俺もこのチームの新人なんだ。十勝一。甲子園には行ってないけど下位で指名されて入団したんだ。これからよろしく」

 手を差し出され、それが握手を求めているのだと気づき、その手を握った。

「僕も甲子園には行ってない高卒入団組。土倉陸。これからよろしく」




「おおっ、アンタ達もオイラと同じルーキーでやんすね!」

 今度は寮の中から声がかけられた。
 眼鏡をかけた、やはり同じぐらいの年齢の若い男。

「オイラは具田でやんす。アンタ達と同じく、新人で18歳でやんす」

「そうなんだ、よろしく」

「そんなところにいつまでも突っ立ってないで中に入ったらどうでやんすか?」

 そう言われて、さっきから寮の前で立ちっぱなしだったことに気づき、慌てて寮の中に入っていった。
 外とは違い、室内は暖房がきいていて温かかった。
 室内にあった椅子に座りながら、部屋の設備に感心したように具田が口を開いた。

「さすが世界一の大企業ジャジメントでやんす。凄い設備でやんす」

「オオガミとどっちが凄いんだろ?」

 陸はふと思いついた疑問を口にしてみた。
 オオガミもジャジメントに並ぶほどの大企業であり、同じリーグに属するオオガミホッパーズの親会社だ。

「うーん、ジャジメントは結構昔からある企業でやんすけど。オオガミは大きくなったのは最近になってからでやんすからねえ」

「でも日本ではオオガミの方が知名度高いよね」

 そうでやんすねえ、と椅子に座りながら具田は続けた。

「まあ、トップの大神会長が日本人でやんすからね。当然といえば当然かもしれないでやんすけどね」

「そういえば、今の大神会長ってホッパーズのエースだった人だよな?」

 これまで黙って二人のやり取りを聞いていた十勝が口を挟んだ。

「そうだね。オオガミの先代会長の息子さん」

 陸は答えた。

「引退を惜しむファンもいっぱいいたけど、結局やめっちゃったんだよな」

「でもまあ、エースが引退しちゃったし、今年のホッパーズはそんなに強くないかもな」

「いや、そうでもないでやんす」

 きらり、と具田が眼鏡を光らせた。

「ホッパーズは元々強いチームでやんすからねえ、エースの大神選手が引退しても、諸星選手や翔垣選手や輝選手がいるでやんす。今年はゴールデンルーキーの天道投手や越後外野手もホッパーズに入団したでやんすし、やっぱり強敵でやんすよ」

「でも、それ以前に一軍に上がることだけどね」

「一軍に上がる事ぐらいなら楽だと思うけど?」

「でもいきなり一軍は難しいだろう」

「そうでもないでやんすよ?」

 具田が二人の会話に口を挟んだ。

「ウチは新球団ってことで選手層が薄いでやんすから、すぐに昇格のチャンスはあるでやんすよ」

 具田は自信満々に言ったが、十勝の方は眉をひそめ、

「うーん、でも俺はキャッチャーだからなあ。いくら新球団とはいえ昇格は遅くなりそうだな」

「十勝君ってキャッチャーなの?」

 ホッパーズに入団した雨宮と同じか、と陸は内心で呟いた。

「ああ」

「じゃ、僕とバッテリー組んだりする場合もあるかもしれないね」

 その言葉に具田が口を挟んだ。

「ん? アンタは投手なんでやんすか?」

「そうだよ。一応、地元では『七色のマジシャン』って言われて結構有名だったんだけどね」

「悪いけど聞いたこともないでやんす」

 地元では結構有名だったんだけどな、と陸は内心で落ち込んだ。
 やはり、甲子園に出場できなかった自分の知名度は高くないようだ。もっとも、自分だって目の前の二人について名前すら知らないのだ。それが当然なのかもしれない。

「でも投手ってことはオイラとポジションが被るでやんすね。ローテーションは渡さないでやんすよ」

「具田君も投手なの?」

「そうでやんす。右投げ右打ちのピッチャーでやんす」

 きらり、と具田は眼鏡を光らせた。

「ウチは木村さんぐらいしか一流の投手はいないでやんすからね。1年目からローテーション狙っていくでやんす」

 木村庄之助。
 元ホッパーズの守護神であり、キャッチャーからピッチャーへという異例のコンバートをして成功した投手だ。

「でも狩村さんとか羽車さんとかだって十分に一流選手なんじゃないの?」

 狩村投手は、既に40歳を超えるベテランだ。だが、全盛期はモグラーズのエースとして活躍した投手。
 一方、羽車投手もかつては投手三冠王に輝いたほどの名投手だ。

「どちらもかなりの年でやんすからねえ。どちらも近年の成績は下降気味でやんすし。今は一流とは言いがたいでやんす」

 具田が眉をひそめながらそう言うと、背後から会話に割り込む声があった。

「おお、なかなか威勢がいいこと言うじゃねえか」

「あ、水木監督ですよね? はじめまして」

 声をかけてきたのは、水木卓二軍監督。
 現役時代は走・攻・守揃った名手として活躍した内野手だ。モグラーズの選手として二回、ホッパーズのコーチとして一回、日本一になった経験を持つ。
 ちなみに、ルックスも良く人気もあるのだが、今だに独身だったりする。

「ああ。お前達は新人の具田、十勝、土倉だな?」

「はい」

「そうです」

「そうでやんす」

 三人は頷きながら答えた。
 それを聞き、具田の方を見ながら水木は呟いた。

「……やっぱり別人か。それにしても俺は眼鏡をかけた妙な口調の選手に何か縁でもあるのか」

「は?」

 意味の分からない水木の呟きに三人は訝しげな表情を浮かべる

「いや、何でもない」

 それよりも、と水木は話題を変えた。

「もう部屋割りは決まってるからな。荷物ぐらい置いて来いよ」





 自分の部屋だと教えられたのは、二階にある一室だった。とりあえず、荷物だけでも置いておこうと考えて向かったのだが、そこで一人の筋肉質の男性を見つけた。

 その顔には覚えがある。
 何度かテレビや雑誌で見たことがある。確か名前は――、

「あ、鬼鮫コーチ。はじめまして」

 鬼鮫清次。
 モグラーズ時代からホッパーズに所属するコーチだ。数々の名選手を育て上げ、ホッパーズの黄金時代の立役者の一人でもある名コーチだ。

「今年から入団する土倉陸といいます。よろしくお願いします」

 そう挨拶したのだが、何故か鬼鮫はそれには答えずにただひたすらこちらを見つめていた。

「……」

「……」

 見つめる、見つめる。

「……」

「……あ、あの」

 見つめる、見つめる、見つめる。
 鬼鮫はただひたすらにこちらを見つめ続けた。

 そして、時計の長い方の針が3回ほど動いた後……、

「……お前、細いな」

 何故か失望したような顔でそう言われた。

「は?」

 思わずぽかんと口を開けてしまう。
 確かに、陸の体は細い。もともと変化球タイプの投手ということもあり、筋トレなども――無論、最低限はしているが――さほどしておらず、スポーツ選手にしてはかなり華奢な体つきになっている。
 だからといって、何故初対面のこのコーチにそのような事を言われなければいけないのか。
 だが、困惑した陸を無視して鬼鮫は叫んだ。

「お前じゃ駄目だ! 他の新人に期待するしかない!」

 鬼鮫は走って、そのままこの場から去ってしまった。

「な、何だったんだ一体……」

 その後姿を見ながら、何が何だか分からないまま陸は呟いた。
 だが、何故かは知らないが大変な危機を乗り切ったような気がした。





あとがき
チラシの裏の更新速度に驚きました。いつの間にか、凄い後ろに流されていて探すのが大変でした。

今回は少し短いですが、キリのいいところで終われるようにしました。
ちなみに、十勝選手が11主人公になります。
当初はオリ主をそのポジションに置こうと思ったんですけど、色々と自由に動かしにくくなるのでオリ主とは別に存在することに変更しました。



[21849] 1月4週
Name: 藍上男◆e59ab840 ID:99563d83
Date: 2011/01/15 20:36
 わずかながら春の兆しが見え始めた1月の末。
 自主トレも終わりが近づき、三日後にはキャンプインという状況になっていた。

 土倉陸は、その日もいつものように練習場へと向かった。この日は早く起きてたたためか、練習場には1番乗りがだった……かと思ったのだが、一つの人影が目に入った。

 近づくと、一人の女性の姿が見えてくる。
 年齢は自分と同じぐらいだろうか。茶色い髪を風になびかせたまだ黒いスーツを着ていた。
 球団の関係者だろうか?

「あのー」

 やや、遠慮気味に問いかけてみた。
 その言葉に、相手はゆっくりと振り向いた。

「ム? これは失礼した。キミはナマーズの選手かな?」

「あ、はい。そうですが……」

 見たところ、同年代程度と思われる少女に見えるのに、何故か敬語を使わなければならないような気がした。
 そんな印象を与える相手だった。

「そうか。自己紹介もせずに失礼した。私は――」

「社長。そろそろお時間です。車に」

 不意に、背後から凛とした女性の声がした。
 振り向くと、そこには若い女性がいつの間にか立っている。

「そうか。今行く」

 紫杏はその人物に短く返した。
 だが、陸にとってその人物よりも気になる部分があった。

「社長――?」

 まだ若い外見には不釣合いなその呼び名に、一瞬怪訝な表情を浮かべ、次の瞬間にはある事実を思い出した。
 自分の親会社の社長のことだ。

「もしかして、神条紫杏社長ですか?」

 神条紫杏。
 それは、ジャジメントグループの日本支部であるジャジメント日本の新しい女社長。
 といってしまえばこれだけなのだが、この新社長には他の社長達とは大きく異なる点が一つだけあった。
 それは年齢だ。彼女の年齢は現在18歳。まだ高校生――というか数ヶ月前までは実際に高校生だった少女なのだ。
 それが、ジャジメントの会長の目に止まり、異例ともいえる人事で日本支部のトップの地位についた少女。
 それが、神条紫杏という社長だった。

「そうだ」

 短い言葉で紫杏は肯定した。
 何も知らずに無礼な喋り方をせずに良かった、と陸は内心で安堵した。

「それでは私はもう行くが、練習を頑張ってくれ」

 しかし、紫杏の方は気にした様子もなくそう返して車に乗り込んだ。
 だが、その足が不意に止まり、そして。

「キミは、野球が楽しいか?」

 そう聞かれた。

「は?」

 突然の意図の分からない質問に陸は面食らった。

「だから、野球が好きなのか? と聞いているのだ」

 質問の内容は単純。だが、単純すぎるがゆえになぜこの場で聞かれるのか分からない質問だった。
 だが、質問に答えること自体は簡単だ。しばしの間を置いたあと、陸は答えた。

「そりゃあ、好きですよ。でなきゃプロに何てなれませんよ」

「ほう。だが、ただの商売と割り切って入ったような連中もいるぞ?」

「確かに、そういう人たちを否定する気はありません。ですが、自分は野球が好きだから。その野球を一人でも多くの人たちに見てもらうためにプロになったんです」

 しっかりと、紫杏の目を見据えながら陸は力強く返答した。
 その回答に紫杏は暫しの間、沈黙していたがやがて満足したかのように頷いた。

「……そうか。変な事を聞いて悪かったな」

 ここでふと、腕時計に表示される時間を見て紫杏は時間か、と呟いた。

「では、今日はこの辺りで失礼しよう。まあ、いずれ本格的に挨拶をする事もあるだろう。その時はよろしく頼む」

 そう言うと、神条は立ち上がって秘書に目配せした。

「では行くぞ。忙しいところ邪魔したな」

「あ、いえ。こちらこそ」

 社長とその秘書はゆっくりと、だが威厳のある動作のまま車へと乗り込んだ。
 同じ年齢とは思えないほど落ち着きのある人だな、と陸は思わず思った。さすがにあの年齢で高い地位につぐだけのことはある。
 それが、神条紫杏という女性に対する第一印象だった。





「じゃ、次はカーブを」

「よし、来い!」

 やがて他の選手達も集まってきて、ランニング等で体をほぐしたあと、陸は簡単な投球練習をはじめた。体の調子は良い。合同の自主トレがはじまる前から体は既に作ってあり、いつ開幕が来ても大丈夫という状態なのだ。
 キャッチャーは同じく新人の十勝。

「次はフォーク!」

 先ほどから、50球ほど続けているのだが、キャッチャーの十勝もはじめてバッテリーを組んでいるにも関わらず、上手く捕る。
 彼もプロ入りするだけの実力者というだけのことはあった。

(そういえば、自分の事を『七色のマジシャン』とか言っていたが……)

 十勝は、以前に寮で話していた会話を思い出した。
 なるほど、確かに球速はプロとしてはあまり速くないし、どの変化球も一級品とは言いがたいが、とにかく球種は多い。
 スライダー、カーブ、フォーク、シンカー、シュート、ナックル。ストレートもあわせれば、確かに七種類ということになる。
 それに、コントロールもいい。構えたところに投げ込んでくれる。

(確かにいいピッチャーだ。球種がいいだけじゃなくてコントロールもいい)

 もっとも、そのぶんストレートはさほど速くなかったりスタミナが低かったりといった弱点もあったりするのだが。

「おお、やってるな」

 そんな風に投球練習をしていたら、後ろから声をかけられた。
 そこにいるのは、水木卓二軍監督。
 今の時期は自主トレということもあって、指示を出したりはしていないが時々様子を見に来ているのだ。

 だが、今日はいつもと違った。
 具体的に何が違うかと言うと、片手にバットを握っていたのだ。

「あの……それは?」

 怪訝そうに言う陸に水木は、ははは、と笑い、

「いや、ちょっと新人投手連中の出来を俺様自らみてやろうと思ってな」

 ぐいっ、とバットを突き出しながら水木監督は言った。

「1打席勝負だ。引退して何年もたっている俺なんかに打たれるなよ?」

「えっと、あの、監督とですか?」

 驚いて陸が聞き返した。

「他に誰がいる?」

 そう言い放つと、水木はそのままバッターボックスに入ってしまった。

「えと、どうしてまた……」

「いや、新人共の仕上がりを確かめるためには俺様が直接見て確かめた方がいいだろ? まあ、油断せずに来いよ? 俺も本気で行くからな」

 そう言って、バットを持つ力を強く握る水木。

 確かに水木コーチはまだ40台の若いコーチだ。引退したのも数年前で、まだ十分に力を残しているだろう。
 全盛期は打って走れて守れるスーパープレイヤーだったのだ。決して侮っていい相手ではない。

「さ、とっととはじめるぞ」

 バッターボックスで構えるのを見て、これは避けようがなさそうだ、と考えた陸は思わず嘆息した。

「分かりました。でも、少しキャッチャーと打ち合わせをさせてください」

「別に構わないぜ」

 水木は鷹揚に返した。

 十勝がマウンドへと駆け寄ってきて打ち合わせをはじめた。

「どうする?」

「どうするも何も抑えるしかないだろ。なあに、水木監督だってかなりのブランクがある。そう簡単に打てはしないだろ」

 意外と楽観的に十勝は言う。
 だが陸は、十勝のように楽観的にはなれなかった。

「でも、全盛期には3割を優に超える打率を残していた人だ。油断はできないよ」

「それもそうか。じゃあ、実戦通りにサインは出すから全力で投げこんでくれ」

「分かった」

 陸が頷くと、十勝も戻っていき、改めて水木と対峙した。

「それじゃあ、行きますよ」

「いつでも来い」

 ぎゅっ、と水木はバットを握り直した。

「(まずは、内角から少し外れるストレートを)」

 十勝からサインが出された。

 陸は、大きく振りかぶって第一球を投げた。
 勢いのあるストレートだ。球速は130キロをやや超える程度。しかし、この時期にしては上出来といえるほどのスピードだった。

 バットが一閃する。
 カキン、といい音が響いた。
 痛烈な当たりがレフト方向へと飛ぶ。しかし、フェアゾーンからは大きく外れてファールとなった。
 ワンストライク。

 ファールにはなったものの、水木の打力に十勝は内心で驚いていた。

(全然、衰えてるように感じないじゃないか。これじゃあストレートは危険だ)

 やはりそう簡単に勝てる相手ではない、ということか。

「(やっぱり、ストレートには即座に対応できるみたいだ。次の球からは変化球中心でいこう)」

「(分かった)」

 十勝は頷き、サインを出した。

 第二球。
 外角に大きく外れるカーブ。
 見送って、ワンボールだ。

 第三球。
 内角へと食い込んでくるシュート。水木のバットはこの球を捉えたが、打球はファールグラウンドへと大きくきれていき、ファール。

 第四球。
 低めにフォークボール。ストライクゾーンのやや下へと落ちるボールだ。水木のバットは動きかけたが、ギリギリで止まった。

 ツーストライクツーボール。
 平行カウントとなった。

(今のを止められると厳しいな)

 正直、今の球で決める気だった。しかし、バットは止められ、カウントは平行カウントになっている。

「(外に逃げていくスライダーを)」

 サインに頷き、第五球を投じる。
 第一球とは逆に、外角から外れていくスライダーだ。

 ぐい、と水木のバットは出掛かったが結局は止まった。
 ツーストライクスリーボール。

(これも駄目か)

 内心で、今だに衰えを見せない水木の技術力に感心しつつもサインを確認する。

(低めに落とそう)

 シンカーのサインだ。
 フルカウントとなった現状では見送られては四球だ。そうなればこの勝負、勝ちにはならない。
 ど真ん中から低めに落ちるように投げる。
 振りかぶり、第6球を投げた。

「――っ!」

 狙い球と違ったのか、バットを振るタイミングが大きくずれた。このまま空振りか、と思われたのだが、バットの先っぽに辛うじて当たってしまった。
 ころころ、とボールはファールゾーンを転がっていく。

「危ねえ、危ねえ。今ので決まるとこだったぜ」

「よくカットできましたね」

「まあ、こうみえても3番を打っていた時期もあるからな。これくらいはカットできねえとな」

 バットを構え直しながら水木が呟いた。
 やっぱり今の球で決めたかったな、と内心で呟きつつもまた気持ちを切り返すほかはない。
 改めてサインを確認する。

「(低めにナックルを)」

 サインはナックル。
 こくりと頷くと、第五球を投げた。

 ナックルボール。ほぼ無回転で左右に揺れるように落下する非常に打ちづらいボールだ。現代の魔球とも言われる。
 これをいきなり投げられて打てる選手などそうはいない。

「むっ!」

 だが、体勢が崩れながらも水木はかろうじて当てた。しかし、ジャストミートとはほど遠い。
 打球は大きく打ち上げられ、セカンドベースの近くにぽとりと落ちた。おそらくはセカンド定位置のあたりだろう。

「セカンドフライ……ですね」

 しっかりとセンターが捕ったのを確認し、陸が言った。

「ああ、そうだな」

 打球の方向へと視線をずらしながら水木も言った。

「なかなかやるじゃねえか」

 感心したかのような声が、水木の口からもれる。

「いえ、監督こそさすがですよ」

 とてもプロを引退した選手の動きとは思えない、見事なバッティングだった。実際、もう少し甘い球だったら完全に打たれていたことだろう。

「上出来だ。この調子でキャンプやオープン戦も頼むぜ」

「はいっ!」

 陸は力強く返した。



 やがて時間となり、自主トレは終了した。
 最後に、水木二軍監督が皆を集めて言った。

「さて、これで自主トレは終了となるが、怪我人も出ずに無事に終了したことは喜ばしいと思う」

 いったんここで言葉を切り、こう続けた。

「ウチの球団はできたばかりでまだ選手層が薄い。キャンプでしっかり実力を示し、開幕1軍を目指して頑張れよ。期待してるぞ」

「「「はいっ!」」」

 全員がやる気のこもった声でしっかりと返事をした。



 解散となり、グラウンドを出るとそこには見知った顔があった。

「よう」

 それは、ホッパーズに入団した高校時代のチームメイト・雨宮だった。

「久しぶりだな」

「雨宮? どうしてここに?」

 ホッパーズに入団した彼も当然のことながら自主トレの最中である。だからこそ、出てきた疑問だったのだが、それを無視して雨宮は質問を質問で返した。

「そっちの自主トレは今日で終わりなのか?」

「うん、そうだけど。そっちは?」

「こっちはすでに終わっている。ちなみに明日からキャンプインだ」

 それを聞いて陸は呆れたかのような声を出した。

「だったらこんなところにいる場合じゃないんじゃないのか?」

「そりゃそうだ。だから、こうやってバッグを持っている」

 そう言って雨宮は、片手に持った黒いバッグを持ち上げてみせた。

「これから空港に行く途中でな。その途中にこの球場があることを思い出して立ち寄ったんだ」

 ふふ、とどこか楽しげに雨宮は笑い、陸はさらに呆れてしまった。

「ああ、そう……」

「まあ、そっちも順調に自主トレは終わったみたいみたいだし、せいぜい頑張れよ。俺は最初から開幕1軍を狙っていくからな。 ……っと、そろそろ時間か」

 腕時計を確認した雨宮は少し慌てたかのような声をあげた。

「それじゃあな、俺はもう行くぞ。今度は優勝決定戦で会おう」

「は?」

 あまりにも急な発言に思わずぽかんと口を開けてしまった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうしていきなり優勝決定戦だなんて話になるんだよ」

「何を言っているんだ。夢はでっかく持った方がいいだろう? それに、元チームメイト同士が優勝決定戦で対決! 何とも心躍る展開じゃないか」

 ははは、といって笑いながら去っていく雨宮の後ろ姿を見て呆れながらも自分も頑張らないと、と改めて思った。
 だが、なぜだろうか。
 それと同時に、なぜか長い間会えなくなるような、そんな嫌な予感がしてしまったのだ。

 そして、その予感は不幸なことにも的中してしまう。


 それも直後に。 


「な――っ!!」


 あまりにも一瞬の出来事であり、陸がそれに気づいた時には既に遅かった。

 それは、凄まじい速度でこちら向かってくるトラックだった。


 トラックは、目の前にいる雨宮の体へと迫り――直撃した。


 どさり、とコンクリートで出来た大地に落ちながら、赤い液体が吹き飛ばされた雨宮の体から流れ始める。

「そん、な……」

 陸が呆然としている間に、ゆっくりと赤に染まっていく地面のコンクリート。
 そんな中、一瞬で惨劇を演出したトラックは何事もなかったかのように、スピードをあげ、この場から完全に去ってしまった。



[21849] 2月1週
Name: 藍上男◆e59ab840 ID:99563d83
Date: 2011/01/15 21:00
 2月。
 各プロ野球球団もキャンプをはじめる時期になっていた。
 当然、新球団であるジャジメントナマーズも例外ではない。

 陸は、キャンプ地にある宿泊施設へと向かう途中だった。
 もうすぐ2月とはいえ、まだ冬の寒さが多少は残っている。
 肩を冷やさないように厚いコートを羽織りながら空を眺めた。他の選手達が、明るい話題で沸いている中、どこか悩みを抱えているかのような、複雑そうな表情をしていながら、小さく呟いた。

「雨宮、大丈夫かな……」

 回想するのは、数日前の病院での記憶だった。





◇◆◇◆◇





 あの事故の後、陸は多くの善良な市民がとるべき当然の行動をとった。
 すなわち、119番である。
 即座に、救急車がかけつけて来て病院へと運ばれていき、陸もそれについていったのだが――。


「面会謝絶?」

「はい。今ここの患者は面会謝絶の状態なんです」

 その病院の医師にそう言われた。

「ですが、自分はここの患者の友人なんです!」

「友人でも家族であっても関係はありません。ここの患者は誰にもあわすことのできない状態なんです」

「しかし――」

 なおも言い募ろうとしたところ、後ろからぽん、と手を置かれた。

「ちょっと失礼ですが、ここの患者の知り合いとおっしゃいましたね?」

 そこにいたのは、やや黒の混じる青いコートを羽織り、眼鏡をかけた30歳そこそこの男だった。
 一見すると普通のサラリーマンのようにも見えるが、その眼光は鋭く、異様な威圧感を感じとることができた。

「あの、貴方は?」

「失礼しました、私は警察の渦木といいます」

 懐から、一冊の黒い手帳を取り出しながら男は言った。

「警察――?」

「はい。実は、事故に遭われた雨宮選手のことでいろいろと伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「は、はい――」

 渦木の態度に気圧されるようにうなずくと、少し離れた場所にある病院の椅子にまで案内された。
 近くにある自販機に近づくと、「何か飲ますか?」と聞かれたが、「いえ」と首を振ると、何も言わずにそのまま、向かい合う形で渦木は立った状態のまま、渦木は口を動かした。

「さて、貴方はここの患者さんとはどのような関係なのですか?」

「どのような、って友人ですよ。高校時代からのチームメートです」

「チームメート? ああ、失礼。あなたのお名前を聞いておりませんでしたね」

「あ、はい。土倉陸と言います」

「土倉――? 失礼ですが、もしかしてジャジメントナマーズの土倉選手ですか?」

 それを聞いて陸は驚いた。
 プロ野球選手とはいっても陸は二軍。それも新球団の新人選手だ。よほど熱心なプロ野球ファンぐらいにしか知られていないはずなのだ。

「そうですが……。よくご存知ですね」

「ええ、ファンなんですよ」

 渦木はさらりと言ってのけた。
 それが嘘なのか本当なのか、眼鏡をきらりと光らせただけの渦木の表情からは読み取れなかった。

「となると、雨宮選手と知り合いというのも確かに納得できますね。確か、雨宮選手と高校が同じだったと記憶しております」

 渦木は、顎に手を当てながら言った。

「よく知っていますね」

「はい。雨宮選手は貴重な証人ですので。調査しておきました」

「証人?」

 いきなり妙な言葉が出てきて陸は怪訝そうな表情を浮かべる。
 その様子に、渦木はふぅむ、と唸りながら一瞬の沈黙し、口を開いた。

「そうですか。どうやら貴方は何も聞かされていなかったようですね」

「……どういうことですか?」

 ここで一瞬、渦木は沈黙した後に重々しく言葉を続けた。

「それではお話しますが……このことはまだ確証のないことなので、無闇に言いふらしたりしないでいただけますか?」

「……分かりました」

 その渦木の様子にただならぬものを感じ、ごくり、と唾を飲み込みながら陸は頷いた。

「それでは、話していただけますか?」

 では、と言って渦木は話を続ける。
 一呼吸した後、渦木は話す。

「では……」

 ここで一瞬、渦木は沈黙した後に重々しく言葉を続けた。

「実は今回のひき逃げ事件。殺人未遂の疑いがあるのです」

「殺人未遂!?」

 その言葉に思わずぽかん、と陸は口をあけてしまった。

「……詳しい事はお話できませんが、雨宮選手はとある事件の重要な証人となる予定でした。そのことはご存知ありませんでしたか?」

「とある事件?」

 はじめて聞く話に思わず目を見開く。
 そんな事は友人である自分ですら聞いていなかった。

「はい。数ヶ月前に起きたテロ事件なのですが、彼はその事件で犯人思われるグループの主犯格を現場で目撃していたのです。その事件の調査中でもあったのですが……このタイミングでこの事故です」

 しかも、と言葉を切り渦木は続ける。

「犯行に使われたトラックは盗難車でしたし、運転手も見つかっていません。それに、タイミングがあまりにも良すぎます。これは推測にすぎませんが、今回の事故はその口封じに行った可能性が高いのです」

「そのテロ事件というのは?」

「申し訳ありませんがそれ以上は……」

 渦木は口をつぐんだ。
 まあ、これはやむをえないことだろう。被害者の友人とはいえ一般人に過ぎない陸にわざわざ捜査上の機密を漏らすことはできない。

「そこでですが、雨宮さんから何か聞いていませんでしたか? 誰かに狙われているとか、誰かから脅迫されているなどといった話はありませんでしたか?」

「いえ。特に何も……」

 陸は首を横に振った。
 第一、そんな事件に巻き込まれていたこと事態が初耳だった。

「そうですか。では仕方ありませんね……」

 あまり期待していなかったのか、失望した様子を見せずに渦木が立ち上がった。

「それでは、これで失礼します」

 渦木は後ろを向いて歩き出そうとする。

「ま、待ってください!」

 その後姿を見て、陸は慌てて呼び止めた。

 本来ならば、ここで彼に全てを任せるべきだろう。何せ、本職である刑事なのだ。自分が出る幕などない。

 ――だがそれでも。
 友人を目の前で殺されかけて、何もしないなどということはしたくなかった。

「何か……何か手伝えることはないんですか?」

「申し訳ありませんが。今のところは……」

 渦木は残念そうに腕を振った。

「そうですか……」

「ですが、何か思い出すことがあったら連絡をください。これは私の連絡先ですので」

 そう言って差し出されたのは一枚の名刺。名前とともに連絡先が書かれてあった。

 陸が受け取ると、それでは、と言って渦木は立ち去った。

 結局、面会謝絶の状態はその後も続き、やりきれない気持ちを抱えたままキャンプの時を迎えてしまった。





◇◆◇◆◇





 回想を終えた。
 キャンプインとなり、キャンプ地に到着したわけなのだが、相変わらず暗鬱とした気分は晴れない。
 もちろん、頭では理解しているのだ。
 重傷を負った雨宮を助けるのは医師の仕事だ。
 雨宮を殺そうとした――と思われる――犯人を捕まえるのは警察の仕事だ。
 プロ野球選手とはいえ、しょせんは一般人に過ぎない自分に出来ることなどは限られている。

 宿泊先のホテルにつくと、バッグから一台のノートパソコンを取り出した。

「これくらいしかやれることはないけど……」

 パソコンを起動し、インターネットをたちあげる。

 かたかた、と指を動かしてキーボードを打ち込む。

 去年の年末から今年の年明け辺りを集中的に、国内で起きたテロ事件を片っ端から検索しはじめた。
 元チームメイトで親友とはいえ、四六時中、行動を共にしていたわけではない。だが、少なくとも雨宮は国外に出かけたという話はまるで聞いていないし、そんな時間などなかったはずだ。
 ゆえに、国内に限定して調べ始めた。
 何かと物騒になってきた今のご時勢といえどもテロ事件だなんてものはそう数がない。

「――あ」

 そして、数十分ほどでそれは見つかった。

「これかな」

 小さく呟く。
 見つかったのは、一つの記事。
 アラブ・南米・東南アジアを拠点とする国際テロ組織『アジム』によって、起こされたテロ事件。国内にあるビルで起きた爆破事件なのだが、どうやらとある外国の要人を狙ってアジムの犯行である可能性が高いとされていた。
 その犯人らしき男が、たまたま現場に出くわした高校生によって目撃されているとも記載されていた。

「この高校生というのが雨宮なのかな?」

 かたかた、とさらにキーボードを打ち込む。
 やがて、容疑者らしき男の写真を見つけた。
 一人の外国人の男性だ。現在、この男は警察に事情を聞かれているらしいが、このままでは証拠不十分で釈放される可能性が高いともあった。

 可能性として一番高いのはこれか。
 確かに可能性は一番高いが……。

「だけど……」

 ふう、と吐息を漏らす。
 確かに、これが原因である可能性が最も高い。だが、だからといってどうしろというのだ?
 一般人に過ぎない自分に出来る事などは何も……。

 ――コンコンッ

 不意に、ノックの音がした。

「どうぞ」

 ノートパソコンを閉じ、来客を招き入れる。
 来客は、同期の十勝だった。

「まだ、夕食までに時間があるからキャッチボールでもどうかと思ったんだけど……邪魔だったかな?」

 グラブ持参で笑みを浮かべながら言う十勝。
 その様子にこれまで深刻なものだった表情を崩し、思わずクスリと笑った。

「明日から練習がはじまるのにもうやる気なの? 呆れた野球馬鹿だな」

 それに対し十勝も、はは、と笑い、

「君もだろ? でなきゃプロに何てなれないって」

 それに対し、そうだな、と笑い返した。

(――よし、そうだな)

 もちろん、雨宮のことは気になるが今は野球だ。野球に集中しよう。
 そう気持ちを切り替え、グラブとボールを持って部屋の外へと出て行った。










あとがき
諸事情により更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
以下はあとがきというか追記です。
この作品は11となっていますが、12のキャラも結構出てきます。
というか、当初は12でやる予定だったので。


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