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秋葉・広島市長:退任表明 会見要請応じず、投稿動画で説明

 仕事始め式での突然の退任表明、記者会見の拒否、動画投稿サイト「ユーチューブ」での説明--秋葉忠利・広島市長(68)の異例ずくめの4選不出馬表明が波紋を呼んでいる。「マスコミ不信」を言い募る市長だが、一部の新聞やテレビの取材には応じている。独善的ともいえる姿勢に、批判の声は高まる一方だ。【矢追健介、臺宏士、内藤陽】

 ■生放送には出演

 秋葉市長は4日、市職員ら約250人を前にした年頭のあいさつで、「(任期満了で)ピリオドを打つ」と語り、統一地方選で行われる市長選に出馬しない考えを明らかにした。唐突な表明だったため、17社が加盟する広島市政記者クラブは改めて記者会見で説明するよう要請した。秋葉市長は広報課を通じて「任期が来て辞めるだけなので、特に会見は開かない」と回答したが、同日夕方には地元テレビ局の番組に生出演し、退任について語った。複数の取材の申し入れはあったが、「生放送なら編集なしで伝えられる」として出演を了解したという。

 記者クラブ側は翌日も会見を求めたが、秋葉市長は動画投稿サイトを見るよう求めた。投稿者名が「yasuwo53」となっている動画(14分50秒間)は、「秋葉忠利広島市長不出馬会見」のタイトル。正面を向いて座った秋葉市長が一人で退任に至った経緯を語る。正月に箱根駅伝を観戦しているうちに「たすきをつなぐ大切さが心に響いた」などと述べ、3期12年を振り返って「就任当時の重要な課題はほとんど片づけられた」と強調。20年夏季の招致を検討しているヒロシマ五輪構想では「いつの日か、広島で五輪を開催できるように、種を今年中にまいておきたい」と語った。

 記者会見をしない理由については、かつて「市長選に出るかどうかは市長の職務の一環ではない。別の場がふさわしい」と述べたことはあったが、納得できる説明はない。では、投稿動画を活用したのはなぜか。

 秋葉市長は7日に産経新聞の単独インタビューに応じ、「自分の伝えたいことをカットなしに伝えることができる」「テレビや新聞は1時間話しても、使われるのは数秒、数行」などとした。マスコミによる編集に異議を唱えた形だが、秋葉市長と旧知の新藤宗幸・千葉大教授(行政学)は「動画などいろんな発信があっていいが、記者会見や市民集会など双方向の発信手段を遮断したら、民主政治は成り立たない」と苦言を呈する。

 秋葉市長は元々、ネットを使った情報発信には積極的だ。月2回開いている記者会見の様子は08年8月以降、ネットで同時中継され、録画動画も見られる。また、質疑も全文公開されている。不出馬会見動画の閲覧件数は投稿から1週間で約4万6000件。掲載されたコメントは発信者側の承認制だが、好意的なものがほとんどだ。

 ■報道に「抗議」多発

 秋葉市長は東京都出身。米マサチューセッツ工科大で博士号を取得し、タフツ大准教授などを務めた。ニュースキャスターなどを経て、90年衆院選に旧社会党から出馬し初当選、99年に広島市長に転じた。堪能な英語力を生かし、積極的に海外にも出向いて「ヒロシマの発信」に力を発揮。国内外で抜群の知名度を誇る。

 市長就任当初から、会見以外には「ぶらさがり取材」も原則応じないのが流儀だ。五輪招致検討の発表など自身が伝えたい時には、臨時に記者会見を開く。核兵器廃絶問題をテーマに新聞に寄稿するなど、マスコミをうまく活用してきた側面はある。しかし、「45分」と制限する会見時間の大半を市長の発言で費やすことがあり、記者クラブ側が質問時間を確保するよう申し入れたこともあった。

 秋葉市政は3期目の後半に入って、市議会や市民団体からの批判が強まった。09年10月に発表した五輪構想では、財政計画などを巡って招致への異論が噴出。また、旧広島市民球場の解体では、保存・活用を求める住民グループが差し止め訴訟を起こした。市政に批判的な報道に対して、昨年末の会見で「もう少し正確な報道をしていただきたい」といらだつ場面もあった。

 さらに、市の方針にたがう報道には、「抗議」を含む申し入れを多発してきたのも秋葉市政の特徴といえる。毎日新聞の情報公開請求に広島市が開示した資料によると、07年9月から10年6月、報道各社に対して計15件の申し入れをしていた。毎日新聞広島版に載った平和記念式典の在り方を批判的に論じた作家のエッセーに対し、謝罪記事の掲載を求めたこともある。

 中国新聞編集局長などを経て、91~99年に広島市長を2期務めた平岡敬さん(83)は「市長と記者の間には意見の相違があって当然。言論の自由もある。私は意見の相違を理由にした文書での抗議は一切しなかった」と語った。

 ◇編集嫌い、ネット志向の政治家

 政治家が退任の際に会見拒否をした例としては、72年の佐藤栄作元首相が有名。長期政権が生んだ政界不祥事で追い込まれた首相は、「新聞は偏向している。テレビは真実を伝えてくれるから国民に直接あいさつする」などと述べた。新聞記者が退席して無人となった記者会見場で、延々とカメラに向かって話し続けた姿は、「テレビカメラはどこだ」という言葉と共に、日本の政治とメディアの関係を語る上で欠かせない場面となった。首相としては、昨年6月に辞任した鳩山由紀夫前首相も、短時間の「ぶら下がり取材」に応じただけで正式な辞任会見は行っていない。

 また、東京佐川急便事件で議員辞職に追い込まれた自民党の金丸信元副総裁は92年、竹下派の派閥担当記者との「懇談」に応じるのみで、会見要求を拒否した。“金丸氏直系”とされる民主党の小沢一郎元代表は、地上波テレビや全国紙の取材はあまり受けない。ただ最近は、ロングインタビューが売り物のインターネットの動画サイトやCS、BSといった生番組への出演や週刊誌への取材に頻繁に応じている。

 発言や映像の編集を嫌って、有力政治家はインターネット出演を志向する傾向にある。菅直人首相も今月7日、ニュース専門のネット放送に1時間半にわたって生出演している。現職首相のネット出演は初めてのことだった。

毎日新聞 2011年1月17日 東京朝刊

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