「税と社会保障の一体改革」の言説 - 与謝野馨の自己責任路線へ
改造内閣について、週末にマスコミ各社から支持率が出た。早いところでは1/15（土）に数字の発表があったが、テレビで組閣の情報が伝えられたのは1/14（金）の夕刻である。数字について感想を持つ前に、こんなに早く世論調査の結果が出るものだろうかと疑念を抱く。以前は、マスコミは週末に2日間かけて調査をして、週初に結果を発表していたものだった。テレビが月曜夜に、新聞が火曜朝にというタイミングだった。どれほど調査と処理を技術で迅速化したと言っても、電話を使って人が人に質問して回答を収集する作業の積み上げである。過去の世論調査を知る者としては、不自然な感覚を否めない。共同通信は、1/15の16:32のタイムスタンプで記事を発信している。地方紙の読者が調査サンプルの台帳になっている共同は、普通に考えれば最も作業に時間がかかりそうだが、組閣名簿の発表から報道まで24時間経っていない。どういう調査と集計をしているのだろう。各紙の結果を見ると、読売が34%、毎日が29%、朝日が26%で、改造直後の数字としては異常に低い。私は、マスコミが消費税とTPPへの菅直人の意欲を評価して、世論操作の目的で、最低でも30%台後半の数字を呉れてやるものと予想していた。改造は政権浮揚のためにするものだが、結果は明らかに失敗を示している。特に与謝野馨の入閣について国民は支持していない。今後の「小沢斬り」の政局にもよるが、国会が始まると同時に菅内閣は死に体に向かうだろう。
朝日の今回の世論調査で特筆すべき点があり、何と、菅直人の消費税引き上げの姿勢について、「評価しない」が48％、「評価する」が39％となり、「評価しない」が大きく上回る結果となっている。あれほど強烈かつ執拗に全マスコミがプロパガンダのシャワーを浴びせ続けているのに、参院選のときと同様、国民は消費税増税に対してネガティブな反応を崩していない。この数字は、私からすれば驚きを禁じ得ない事実だ。プロパガンダの漬け込みもあるし、朝日編集部によるデータの加工処理もある。その二重のバイアスを経てなお、朝日の世論調査で消費税増税に反対が賛成を10％も上回っているという事実は、実際の国民がどれほど強くこの政策に反発しているかを想像させるに十分だ。テレビの政治報道では、新橋や銀座の街頭インタビューが紹介され、「将来世代のために消費税引き上げは仕方ない」と言っている者が多く出る。増税反対よりも賛成派の市民が多いような印象を受ける映像になっている。あの「街の声」が局によるヤラセだという疑惑が、この朝日の世論調査から浮かび上がるではないか。増税賛成派は少数なのだ。朝日の調査結果がこの差で出るなら、地方の声が拾われる共同の調査では差はさらに甚大に開くだろう。テレビの報道番組では、NHKの大越健介にせよ、テレ朝の一色清にせよ、当然のように消費税増税に賛成論を吐いている。
国民の世論を二分する重大な政策問題の報道で、放送法では「政治的公平」（第3条）と「不偏不党」（第1条）が義務づけられているにもかかわらず、少数派の側の政治主張をキャスターの立場で堂々と宣伝しているのである。国民多数が反対している政策を、正論だと決めつけて徹底して報道している。この朝日の記事を読んだ一色清は、果たして今後のコメントに変化を見せるだろうか。与謝野馨と菅直人は、「税と社会保障の一体改革」と言っている。しかし、与謝野馨の話を聞くかぎり、これは自民党時代から同じだが、「社会保障」については何も積極的な中身はないのである。先に結論を言えば、従来の民主党が唱えてきた「社会保障改革」の政策方向と、与謝野馨の「社会保障改革」の方向は全く異なる。180度異なる。どう違うかと言うと、社会保障のサービスを充実させるか削減させるかの違いだ。与謝野馨の社会保障論には、日本の社会保障の水準を引き上げるという発想は全くない。小泉政権で経済財政担当相として「聖域なき構造改革」を断行し、毎年2200億円の社会保障費削減を遂行した当人であり、「社会保障が欲しいなら消費税を払え」と国民を脅迫する政策姿勢をとり続けた男だ。与謝野馨の「社会保障改革」の真意は、社会保障を現状から切り下げることである。それが「改革」の意味であり、本来、小泉・竹中の「改革」の原意はそうだった。
実際に、小泉改革以降、介護も医療も年金も福祉も切り下げられ、負担ばかりが増やされてきた。切り下げで国民の中に不満が増幅し、自民党から民心が離れ、民主党の政権交代に繋がるのである。現時点で、医療と介護については特に議論になってないが、早速、年金の問題が争点として浮上して議論が始まっている。民主党の従来の政策は、税方式で最低保障年金を充当するというものだったが、与謝野馨の方は、税ではなく保険料方式を続行すると言っている。税方式にはしない。つまり、与謝野馨は、消費税増税を言いつつ、それは年金制度改革の財源ではないのだ。民主党の09年マニフェストでは、政権を担当した4年間は消費税を上げず、その間に社会保障の新たな制度設計をし、新制度を担保する財源として消費税を含めた税制改正を提起するという話だった。その社会保障の制度設計の中で、特に意識され強調されているのが年金であり、具体的には税方式でのファイナンスである。2009年までの民主党の政策態度は、簡単に言えば、4年間は一生懸命に無駄の削減をして、捻出した16.8兆円で「国民の生活が第一」のカタログを実行しますから、4年後は年金のために消費税を引き上げさせて下さいというものだった。ここに来て、菅直人は民主党の一貫した主張であった税方式の年金政策まで放棄、完全に自民党の政策と一体化しつつある。
社会保障の制度充実はせず、サービスを切り下げつつ、財源不足を理由に消費税増税だけをやって行くという路線である。それが与謝野馨と財務省の路線だ。だから、川内博史が与謝野馨を批判した発言 - 「増税だけの人間だ」 - は当を得ている。与謝野馨と菅直人の手口を見ていると、どうもこの政権で本気で消費税増税とTPP加盟を決めようとするのではなく、基礎工事と言うか、地固めを完遂させて、従来の民主党の路線を地上から払拭し一掃するところに主眼があるように推測される。消費税増税とTPP加盟について、誰も異論や反論を唱えることのない状況に持ち込むことが、彼らの任務だと心得ている印象を受ける。与謝野馨の使命は、「税と社会保障の一体改革」のエバンジェリズムだ。就任会見でいみじくも言っていたが、「税と社会保障」の制度改革の一体性という観念は、必ずしも従来は国民のコモンセンスの範疇ではなかったのである。その二つを一つに結びつけようと工作したのが、財務省と与謝野馨らであり、そしてNHKを始めとするマスコミ報道だった。民主党の方は、必ずしも党内の全体がその発想に靡いていたわけではなく、二つを一体として論じる自民党と官僚の主張に距離を置き、二つを分離独立して捉える観点を残していた。すなわち、「官僚の無駄の削減」の論理がその最も特徴的な点である。税制改正と社会保障制度の充実とは、日本の国政において本来は別々のテーマである。プルーラルに議論されるとき、税制改正は必ずしも消費税増税を意味しない。
菅直人も、民主党も、2009年までは明確にその立場だった。菅直人や鳩山由紀夫が税制改正を言うときは、単に消費税率の問題だけでなく、所得税の累進課税強化という方策も打ち出していて、いわゆる再配分の契機が含まれたものだった。しかし、「税と社会保障の一体改革」と言った場合の税制改正には、社会保障サービスを受ける国民の自己負担という意味しかなく、再配分の契機は消え、消費税増税だけが税制改正の中身になる。ここには言説のトリックがあり、「税と社会保障の一体改革」の議論からは、所得税の累進課税強化は消えるのだ。また、「税と社会保障」の二つの順番もよく注意する必要があると思うが、09年マニフェストでは、先に社会保障制度を設計して、それを国民に提示した上で、財源を検討するという順序立てだった。社会保障の制度構築が課題として先行していたのである。与謝野馨（財務省）の場合は、そういう政策提示の順序は否定されている。「一体改革」と言うとおり、二つは論理的時間的に分割されて語られておらず、要するに消費税を上げるという中身しかない。本来、高齢化で増大する社会保障の費用の充当については、政府はトータルに税収を増やす解決策を模索し、多方面に税収を最大化するべく努力するものである。しかし、今回、菅直人はそうしようとせず、個人間の納税能力を無視して、均一に応益負担を求めようとしている。それを「一体改革」の言語で巧妙にスリカエて正当化している。これは本質的に自己責任の論理であり、新自由主義の政策思考以外の何ものでもない。おそらく2月には、与謝野政局の騒動になるだろう。
