「足し算」で考えるより「引き算」で考えた方がずっと効率的になる
──スタジオをさらに省電力化・効率化するため、この2年間ほどで実際のハードウエアとしてのシンセサイザーやミキサーを、すべてコンピュータのソフトウエアに置き換えたそうですが、音楽的に問題はなかったんですか。
平沢: 実機とエミュレーションでは、厳密にいえばもちろん音は違います。ですが、音楽の“表情”を決定的に変えてしまうほどの悪影響はありません。
アナログ・シンセサイザーの音色の微妙なニュアンスに執着することよりも、私にとってはむしろ、ソーラースタジオに変えたおかけで生まれた興奮や創造力への刺戟の方が大切ですね。
これからも発電システムをブラッシュ・アップしたり、あるいは機材を洗練させていくプランを立てたりすることを楽しく考えるつもりです。楽しくそれをやるには、生活や考え方の流儀を変えて行くことも大切です。
例えば、小さなソーラーセルを使って携帯電話の充電池を数日もかけて充電することは、苦痛だと言う人がいるかもしれません。しかし、スーパーに行けば買うことができるにもかかわらず、人は趣味でキュウリを漬けたり、趣味でケーキを作ったりする訳でしょう。
興味のない人にとってはそれも苦痛な行為になるかもしれませんが、少なくとも特異な行為でもなんでもなく、ごくありふれたことですよね。代々受け継がれてきた漬物の味を守りたいとか、添加物のないものを食べたいとか、オリジナリティあふれるケーキを作りたいといった、内発的に自然とわき起こる欲求を満足させる趣味の領域ですね。
エネルギーに関しても同じで、即座にその機能の恩恵を受けたいのか、作り出す過程も自分でコントロールしたいのかという発想の違いなんです。
従来、電力を食っていたミキサーやシンセサイザーは、現在、ソフトウエア処理に移行したため、これらの機器にはめったに電源が入れられることはない。
──確かに、たとえ出来合いを買った方が安上がりでも、ケーキを手作りしたりする人は多いですよね。
平沢: 私の場合、ソーラーパネル2枚でレコーディングを始めた当時、照明として消費電力が少ないLED(発光ダイオード)ライトを使っていたんです(※7)。それは確かに暗くて不便でしたが、忍耐したり、我慢したりしていた訳じゃないんです。そこにも想像力と好奇心があれば、むしろ楽しめるんですね。
例えば、「ここは宇宙船のコクピットで、地球と連絡が途絶えてしまい、バッテリーの残りはあとわずしか残されていない」というようなSF的なシチュエーションをイメージして曲を作るというのは、とても面白いことなんです。宇宙船のコクピットのようなイメージを醸成して、カッコいい空間を生み出すためにLEDを使うんだと思えば苦痛じゃない。むしろ暗い方がいい、暗いからカッコいいという空間を考えていく……。
だから内発性を刺激するには、ストーリーが必要なんです。周囲にストーリーが見つけられなければ、自分で作るんです。
夜は暗いものだ、と思って生活するだけで違いますよね。バーやクラブに行けば暗いじゃないですか(笑)。好んでそうしているんですよね。そこに行って「暗い!」と文句を言う人はいないでしょう。それなのに、なんで家庭だけ煌々と明かりがついてるんでしょう、おかしいじゃないかっていうね(笑)。
バーやクラブに暗くてカッコいい照明があるなら、自分の部屋にそういうカッコいい照明があっても問題ないじゃないでしょう。そう考えるなら、ソーラーパネルなんてなくたって、照明の数を減らすだけで省エネになる。
※7 ソーラースタジオ開設当初(2001年ころ)は、青色LEDを巧みに使って照明にしていた。当時のスタジオの詳しい光景はこちらから見られる。
http://www.s-hirasawa.com/ew/studio/studio-1.htm
湿度調節機能のついたマイク保管器。24時間365日、一定温度、一定湿度で保たれるようになっている。この電源ももちろん、ソーラー発電から得ている。
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