生活の「レイヤー」を移動することにワクワクした
──最初は120Wのソーラーパネル2枚で始め、のちに4枚にしたそうですが、それでも合計480W。よくレコーディングの電力をまかなえましたね。
平沢: 今はシンセサイザーやその他の機材をすべてソフトウエアに置き換えてしまったおかげで非常に電力に余裕が出ましたが、当時はハードウエアも使っていましたから、ミキサー1台で350Wもの電力を食われたりしました。
それまでと同じやり方のレコーディングをソーラー発電だけでやろうと思ったら、ソーラーパネル2枚ではとても不可能です。やはり、工務店などに頼んで屋根全面にソーラーパネルを設置してもらわなきゃなんない。ですが、それは趣味としては魅力を感じませんでしたね。大金を払って人に任せてしまったら面白くないでしょう。
実は、ソーラー発電を自分の活動のなかに取り入れていく過程には、ちょっとワクワクしました。言ってみれば、あの「太陽虫」が住むレイヤーに引っ越して行くという「移住ごっこ」ですね。
我々は普段、人様が発電してくれた電力に代価を払って使っていますよね。それが文明の一番上のレイヤー。で、どこかもっと下の方に、もっと無意識的なところに、あの「太陽虫」が住むレイヤーがあって、そこに引っ越してしまえ、という感覚です。
そのためには現在の生活を取り巻く道具や様式、考え方なんかを全部をいったん解体して、別のレイヤーにふさわしいものに組み換えなくてはならない──というようなイメージを持つようにしたんです。
こう言うと大げさですが、実はそんなに大変なことではないんですね。だって「太陽虫」は現実に既にそこに存在している訳ですから。
LEDの“名残”。従来、電力を食っていたシンセサイザーなどのスタジオ機器をコンピュータ上でソフト処理することなどの工夫によって、現在はソーラー発電による電力に余裕が出ている。このため、平沢さんのソーラースタジオでも普通の蛍光灯を使っているが、ソーラースタジオ開設当初は青色LEDを巧みに使って照明にしていた。当時のスタジオの様子はこちらで見ることができる。
http://www.s-hirasawa.com/ew/studio/studio-1.htm
手押し式でダイナモを回して発生する電気で照らすLEDの“懐中電灯”。平沢さんが現在でも愛用中のもの。機器の裏側でちょっとした配線作業などを行うときに使用しているという。
──しかし多くの人は、平沢さんのおっしゃるその「レイヤー移動」を大変なことだ、苦痛なことだと感じて、やらないと思うんですが…。
平沢: 確かに大変です(笑)。知らない土地(レイヤー)には不慣れなことがたくさんあるし、そこの流儀に合わせて自分を変えなければいけないし、今まで使っていたものが使えなくなりますからね。
しかし、くどいようですが、これは趣味ですから。新しい環境に慣れていく過程や、不慣れな流儀に従った行為を上達させて行く過程は喜びなんです。
例えば、クルマが好きな人は、自分の車をカスタマイズするために必要であれば、新しいことも自発的に勉強するでしょう。クルマが好きで、いじりたおしたいという内発的(※4)な欲求を満足させるために、苦痛にも耐えるじゃないですか。それと同じなんです。
※4 「内発的動機づけ」「外発的動機づけ」とは、元々、心理学におけるモティベーション理論の用語で、E.L.デシらの研究で有名。現在ではビジネス用語として広く普及している。金銭・賞罰などによってやる気を起こさせる「外発的動機づけ」よりも、人間が本来持っている好奇心などを刺戟して行動を起こさせる「内発的動機づけ」の方が、持続性が高いとされている。
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