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[24829] 【習作】本日の運勢は過負荷(マイナス)【めだかボックス】
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/12/09 23:46

・めだかボックスのオリ主モノです

・今後の原作の展開によって、SSと設定に矛盾が出る場合があります



[24829] 「ツキがなかったね」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 18:53
――このボク、月見月瑞貴は不運だった。

海へ行けば津波が起こり、山へ行けば土砂崩れ、街を歩けば洪水が巻き起こる。そんな『異常(アブノーマル)』を抱えたボクがあの病院に行くことになったのは当然のことであろう。そこはボクと同じような『異常』な子供たちを研究・調査する病院であり、ボクはそこで担当医となった人吉先生の治療を、症状が安定するまで九年近くの長期に渡って受けることとなる。結局、ボクの『異常』が落ち着いたのは、十二歳の中学入学直前のことであった。







現在ボクは人吉先生の自宅で最後の診察を受けている。人吉先生とは、ボクの担当医のような方で、もう勤めていた病院を辞めてしまっているというのにいまだに診察を受けさせてくれているのだ。一児の母だというのに、まるで小学生のような外見という不思議すぎる少女、いや女性である。ボクがこれまでのお礼を告げると、しかし人吉先生は悔しそうに表情を歪めてしまう。

「人吉先生、もう病院を辞めたっていうのに今日までボクの治療に付き合ってくださってありがとうございました」

「ええ……でも分かっていると思うけど、その『異常(アブノーマル)』は治ったわけでも進行が止まった訳でもないわ。それどころか、八年間もかけて結局あなたの『異常』について解析できたとは言えない。『異常者(アブノーマル)』というよりもむしろ、かつてあたしが病院で診察したことのある――」

「それでも安定はした、でしょう?明日から中学入学ですし、それまでに治療を終
わらせたいと思っていたのでボクとしては満足ですよ」

ボクがそう言うと、人吉先生は大きく溜息を吐いた。

「ふぅ……確かに、もうあたしにできることはないのよね。あたしが取れたのは結局、最善策どころか次善策でもない、最悪ではないというだけの治療法だったっていうのは悔しいけれどね……」

「十分ですよ。おかげでこれからは平和に学園生活を送れそうですからね」

納得はしていないような表情だったけど、人吉先生はおめでとうと言ってくれた。ここまで『異常』が制御できたのは人吉先生の精神外科手術のおかげだろう。とはいえこれ以上はボク自身、この『異常』を制御することはできそうにないから、やっぱりこれで治療は終わりなのだ。






「あれ?瑞貴さん、今日も来てたんですか」

玄関から出るとちょうど人吉先生の息子の善吉くんが帰ってきたところだった。彼はボクの一つ年下で、八年間も人吉先生宅に通っていたボクとは昔馴染みの少年だ。

「善吉くんか、久しぶり。今日はめだかちゃんと一緒じゃないの?」

「何度も言いますけど、別に俺はいつもめだかちゃんと一緒にいるわけじゃないんですよ。それより瑞貴さん、明日から中学生になるんですよね。小学校は別でしたけど来年俺たちが入学したら同じ学校ってことになりますね」

期待に目を輝かせている善吉くんにボクは苦笑しながら答える。ボクは来年のことよりまずは明日の心配をしないとね。初日から遅刻なんて悪目立ちしたくないから、今夜は早く寝ないと……。

「うん、そうだね。来年入学してくるのを楽しみにしてるよ。って言ってもまずボクが新しい学校に馴染めるかが一番の問題なんだけどね」

「そう言えば瑞貴さんの通ってた小学校って――」

突如ボクの耳にガツン!という鈍い音が響き、次の瞬間にはボクの身体は道路へと横たわっていた。頭部から痺れるような痛みが走っており、それでようやくボクの頭に何かが激突したということに気付く。

「瑞貴さん、大丈夫ですか?まぁ、いつものことですけど……」

「……うん、大丈夫。今日は近くのマンションから植木鉢が落ちてきたのか」

ボクは何事も無かったかのように立ち上がると、横に転がっている割れた植木鉢を見ながら呟いた。ま、いつものことだ。割れたガラスの山が降ってきたり、工事現場の近くを歩いていて鉄骨が落ちてきたりするのに比べれば今日のは比較的安全だったといえる。これがボクの『異常(アブノーマル)』な日常なのだ。

「ぐぅぅ……今日で治療が終わったからってちょっと気を抜き過ぎてたか」

「頭からすげー流血してますよ。お母さん呼んできて治療してもらいますか?」

「……いや、いいよ。慣れてるし。じゃあまたね」









――入学式当日

きちんと遅刻せずに登校したボクは、これから心機一転がんばろう!と思った矢先、正門に足を踏み入れた瞬間に横から出てきた男と肩がぶつかってしまった。見るとどうやら同じく新入生のようだ。ボクは保護者がいないため入学式に参加するのはボク一人だけだけど、目の前の男子もどうやら一人きりらしい。
せっかくだから一緒に行かないか誘ってみよう。友達を作るには自分から話しかけないとって本には書いてあったし。今まで小学生だったっていうのに金髪だし、学ランの下に何も着てないし、めちゃくちゃ目付きが悪いのは気になるけど偏見はいけないよね!

「ごめん、大丈夫?君も新入生?だったら一緒に――」

そう話しかけながら、ボクは反射的にその男を蹴り飛ばしていた。顔面にハイキックを受けた男は地面に突っ伏して昏倒してしまう。

「あ、ごめん。つい……」

そう言いながらもボクの表情に反省の色は全く浮かんでいない。だって、ねぇ……。不運すぎるボクがこの流れで巻き込まれる事態なんて目に見えて分かる……。それでつい敵意を感じた瞬間に足が出てしまったのだ。見ると彼のポケットからは特殊警棒が顔を覗かせており、自分の予想が当たっていたことを確信した。

「やっぱり肩がぶつかって因縁を付けられる流れだったみたいだね。友達になれると思ったんだけど、二日に一度は必ず不良の喧嘩に巻き込まれるボクの経験に間違いは無かったか……。ボクの不運に巻き込まれるなんてツキがなかったね……っ!?」

入学式に遅れてしまう、と何事も無かったかのように歩き出したボクだったが、しかし、感じた敵意に反射的に飛び退くと、一瞬後にボクの頭のあった位置を特殊警棒が通り過ぎる。驚いて振り向くと、そこには立ち上がって武器を携えている男の姿があった。

「……おかしいなぁ。経験上、あの蹴りをくらって立ち上がれるはずないんだけどね」

強者も弱者も含めて、のべ千人を超える不良を蹴り倒してきたボクだったからこそ分かる。直感的に理解させられる。――この男は今まで倒してきた普通(ノーマル)な連中とは違うことを。

「いきなり人の顔面を蹴り飛ばしやがって!お返しに俺の方も、しっかりと完全にてめぇを破壊しつくしてやるよ!」

「ごめんごめん、悪かったよ。ボクも謝るから許してよ」

「無理に決まってんだろ!」

そう言って男は両手に特殊警棒を握り締めて跳び掛ってきた。すさまじい瞬発力と見事なまでの身体の使い方。恐ろしいほどの速度で振り下ろされる武器を、ボクは相手の手首を狙って蹴り飛ばすことで受ける。たまらず離してしまった警棒がカランとコンクリートの床に落ちた。

「入学初日からこれかよ……」

人吉先生に習った格闘技サバットは元々路上での喧嘩から生まれた武術だ。もちろん武器を持った相手に対することも想定している。三桁を超える不良たち相手に実践も十分にこなしてきていた。もう片方の手で薙ぎ払われる武器に対しても冷静に足で払いのけようとして――

「があああっ!」

直前で軌道を変えた警棒がゴキリと鈍い音を立ててボクの蹴り足にめり込んでいた。男はボクに武器を蹴り払われるのを感じて、とっさに狙いをボクの足首へと無理やり変更したのだろう。そして、その効果は抜群だった。骨に異常は無さそうだけど、蹴り足を狙われるとなるとボクには迂闊に攻撃することはできない。ボクは逆の足で牽制を入れて即座にバックステップで後ろへ下がらざるを得なかった。

「惜しかったか……。次こそはその脚を破壊してやるぜ」

「ごめんこうむるよ。それにボクは、ここらの病院からはブラックリスト扱いされていてね。受け入れ拒否されちゃうんだよ」

再び距離を詰めて顔面へとハイキックを仕掛けると、相手も警棒を振るうことで対応してくる。とはいえ、対処法ならある!

「だから無駄だって言ってんだろ!」

「ハイキックと見せかけてっ!」

「なっ!?」

ハイからミドルへとフェイントを入れて軌道を変えた蹴りにより、男の打撃は標的を見失って空を切り、ボクのつま先は脇腹へと突き刺さった。そして、返す刀で男の武器を蹴り払う。さすがに外靴を武器として扱うサバットの蹴りは効いたのか、脇腹を押さえながらよろよろと数歩あとずさる。

「ボクの倒してきた不良たちの中にはナイフを持ったのも結構いてね。武器を避けて蹴るっていうのは慣れてるんだ。それじゃあ、もう二度とボクに絡んでこないようにとどめを刺させてもらうよ!」

禍根の根は絶っておくに限る。徒手空拳となった男を容赦なく蹴り飛ばそうとするが――

逆にボクの方が蹴り飛ばされる結果となったのだった。側頭部にハイキックを受けて膝をついたボクの目の前には、蹴りを放った姿勢のままの男の姿があった。あまりの衝撃に思わずボクの目が驚愕に大きく見開かれる。

「そ、そんな……馬鹿な……だってそれは、その蹴り方は!」

――ボクと同じ、サバットの蹴りじゃないか!

「見様見真似でやってみたが、結構できるもんなんだな」

さっきの蹴り方の癖やタイミングはボクのものと同じだ。感心したように呟いている男の言葉にボクは絶句する。人吉先生や善吉との組み手で蹴りに非常に慣れているボクだからこそ、わずかに反応して急所を外すことができたが、そうでなければ間違いなく昏倒していただろう一撃。サバットの特徴でもある革靴の扱いも完璧。それを見様見真似でだなんて――

「くっ……なんて『特別(スペシャル)』なんだ」

立ち上がって再び相対するが、勝てるかどうかは五分五分だろう。まだ見せていないコンビネーションや技はいくらでもあるが、あちらもすでに近くにあった鉄パイプを握って武器を補充してしまっている。ふぅ、と溜息を吐いた。何で入学初日からこんな負ければ入院確定のガチバトルやらなきゃいけないんだ。しかし、相手は敵意どころか殺意すら感じる眼差しでこちらをにらみつけている。

「仕方ない……入学式に遅れちゃうし、決着つけようか」

「そうだな。だが、そんな心配はいらねぇぜ。入学式どころか、卒業式にも出られなくなるほどに破壊し尽くしてやるからよ」

そのまま駆け出していったボクたちだったが――しかし、交錯する直前に響き渡った鋭く制止する声によってお互いにピタリと動きを止めることとなった。驚いて振り向くと、そこには見知った顔が。……そういえばこの人も同じ中学なんだったな。

「誰だよ、あんたは」

「僕かい?僕の名前は黒神真黒。ちなみに学年は二年。君たちの先輩ってわけさ」

男の低い声に飄々とした様子で返すこの長髪の美青年、黒神真黒は善吉の幼馴染である黒神めだかの兄であり、その縁でボクも何度か彼に会ったことがある。とはいえ、ボクはめだかちゃんの傍にいる者として真黒さんに完膚なきまでに不合格を突きつけられたため、何となく黒神兄妹とは疎遠な感じなんだけど。

「その先輩が何の用だよ。俺の邪魔をするっていうんなら、あんたの方を先に破壊してやってもいいんだぜ?」

「阿久根高貴くん……だね。噂では規律(コト)であろうと器物(モノ)であろうと人物(ヒト)であろうと区別なく破壊する問題児だそうだね……。だけどどうだろう。その痛めた脇腹でまだ続けるつもりなのかな?腕の動きも少し悪いね。無理な動きでもしたのかな?例えば、攻撃の最中に無理やり軌道を変えたとか……」

「……っ!?」

この人は変わっていない。真黒さんの『解析(アナリシス)』の前で弱点を隠すことなんてできやしないんだ。

「ほら、入学式が始まるよ。それとも保健室に行くかい?だいぶ目立っちゃってるけど、この場でのことは先生たちには誤魔化しておくからさ」

「ちっ……」

破壊衝動が削がれたのか、幸い男の方は渋々とだけど引き上げてくれた。周囲を見回すとコソコソと見物をしていた生徒たちも引き上げていくようだ。うわー、入学初日から悪目立ちしちゃったな……

「助けてくれてありがとうございました、真黒さん。それとお久しぶりです」

「君の方こそ相変わらずだね。いや、多少はマシになったのかな?」

「そうだといいんですけどね。っと、早く体育館に行かないと遅刻してしまうので失礼します」

「でも、君も保健室に行ったほうがいいんじゃないかな?その右足首、捻挫してるよね?」

「……やっぱり気付きましたか。いえ、ご心配なく。見ての通りただの捻挫ですから」

「そうかい。……おっと言い忘れていたね。入学おめでとう」








運良く入学式には無事に出席することができたのだが、もちろんボクにそんな幸運ばかりがあるはずもなく。教室に入ったボクをとびっきりの不運が待ち受けていた。

「てめぇ……!」

「おいおい……」

自分の席に着いたボクの後ろの席にいるのは金髪で目付きの悪い不良。つまり先ほど喧嘩したばかりの阿久根とかいう男であった。男が背後から憎々しげな表情でボクをにらみつけているのを感じて気が重くなる。どういう並び順したらボクとコイツが前後になるんだよ!なんて心中では毒づいてみるけど、もはや後の祭り。



――これが後の生徒会長、球磨川禊の両腕、『破壊臣』阿久根高貴と『壊運』月見月瑞貴の出会いだった



[24829] 『僕の仲間になりなよ』
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 18:56
中学に入学してからすでに数日が経過した訳だけど、いまだにボクにはたった一人の友人すらできていなかった。というか怖がって誰も近づいて来ない。それはある意味自業自得なんだけど、そのせいでボクがまともに話をできる相手といったら真黒さんくらいしかいない訳で……

「やあ、月見月くん。そろそろクラスには慣れたかい?いやいや答えなくてもいいよ。貴重な放課後だというのにわざわざ僕の教室まで来て、こそこそと教室の中を覗いているくらいだからね。これは酷な事を尋ねてしまったみたいだね」

さわやかにボクの心の傷を抉ってくる真黒さんにげんなりさせられるが、実際言われた通りなので反論のしようもない。

「そりゃそうなりますよ。あんな不良の中の不良、人間を破壊するのが趣味なんて公言してるような狂人と同類扱いされちゃってますからね……。入学初日の喧嘩が噂になって、ボクが話しかけたらみんな怯えちゃうんですよ。女子にいたっては声を掛けただけでガチ泣きされそうになりましたし」

「ははっ、確かに君と同類に分類(カテゴライズ)されちゃったら阿久根くんの方も迷惑だろうね。でも、本当に阿久根くんだけのせいなのかな?だって――君の小学校時代の同級生たちも入学しているんだろう?」

「……」

「まぁ君の同級生たち本人に話を聞くことはできなかったけどね。まるで話題にするというだけのことでさえ関わりたくないといったように。でも、それも当然かな。君の『不運』の『異常(アブノーマル)』は僕のでさえ『解析』することができないけれど、それでもそのおぞましい効果による結果は知っているからね」

しかし、真黒さんは厳しい顔をふっと崩すと、笑みを浮かべてこちらを見つめてくれた。
「でも、人吉先生は大丈夫だと言っていたしね。だから、今のところ君のことは心配していないよ。」

「そうですか」

「でも、友達を作りたいのなら部活に入ったらどうだい?僕は黒神グループの仕事があるから学校を休みがちだし、やっぱり学生といえば部活じゃないかな」

それはそうなんだろうけど、特にやりたいこともないんだよなぁ。中学にサバット部なんてないし……

「うーん、でもあんまり特定のグループに属したくはないんですよね」

「……と、言ってるうちにお友達が来たみたいだね」

やめてくださいよ、とげんなりした面持ちで答えると、同時に背後へ向けて蹴りを放つ。硬い手ごたえを感じて後ろを向くと、そこには僕の蹴りを金属バットで受け止めている阿久根の姿があった。というか武器こそ毎回違うが、毎日襲い掛かられてるため、いい加減見飽きた顔である。

「よお、今日こそてめぇを破壊しにきたぜ!」

そう言いいながら阿久根はバットを振り上げると、再びボクの脳天に向けて思いっきり振り下ろしてきた。

「うわっ!」

一歩下がって阿久根の攻撃を空振りさせると、ボクは廊下の窓を蹴破り、そのまま校庭へと飛び降りた。窓ガラスとかって弁償になるのかな。

「ちっ……逃げんじゃねえっ!」

同じく二階から飛び降りて追ってくる阿久根。このまま背後の男を撒いて帰宅しようと思い、ボクは正門を全速力で抜けていく。もしボクが逃げずに阿久根と正面からぶつかったとしたら、間違いなく双方どちらもが痛手を負うだろうと確信していた。入学早々、そんな事態はごめんなのでこの数日は阿久根との戦闘は逃げることを優先して行動しているのだった。
そのせいで、休み時間ごとに喧嘩を吹っかけられているボクのことをみんなが怖がってしまうんだけど……。





「わっ!あ、すいません」

慌てていたボクは正門を出て曲がり角を右に曲がったときにドンッと人とぶつかってしまった。逃げてる途中だっていうのにタイミング悪いなぁと思いつつ、勢いよくぶつかったため地面に倒れてしまった相手に、怪我は無いかと手を差し出そうとするボクだったが――その男の瞳を見た瞬間に全身を圧倒的な寒気が走った。

『ありがとー。ええと、確かきみは……月見月瑞貴ちゃん、だったかな』

その男は全身を硬直させてしまったボクの手を勝手に取って立ち上がると、ボクの瞳の奥を覗き込むように見つめてきた。その瞳は腐った人間の死体のようにどろどろに濁りきっており、その全身からはこの世のすべての負の要素をかき集めて凝縮したかのような凶々しいオーラを漂わせている。
こんな生物が存在するのか――!?

『ちなみに僕の名前は球磨川禊。よろしくね、瑞貴ちゃん』

「な…なんでボクのことを……?」

『もちろん知ってるさ。だってきみは有名人だもの。入学式やこの数日での出来事はみんな知ってるよ』

「……そうですか」

ボクはそれしか言葉を発することができなかった。目の前の球磨川という男の不吉で異様な雰囲気に完全に飲み込まれてしまっている。黒髪、黒眼、中肉中背。一般的な生徒に外見だけでも見えることが驚きだった。それほどまでに男の内面から醸し出されている不気味な存在感はあまりにも逸脱し過ぎていた。何も出来ずに立ちすくんでいるボクを我に帰らせてくれたのは、とうとう追いついてきた阿久根の金属バットによる殴打であった。

「ぐっ!?……痛っ。でもおかげで助かったよ」

「ああ?何言ってんだよ」

頭をぶん殴られたおかげで魅了されていたかのように呆然としてしまった意識を覚醒することができた。ダメージの方も反射的に芯を外したおかげで頭がふらつく程度で済んだようだし。しかし、今のボクには襲ってきた阿久根の方に眼を向ける余裕すらない。多少は冷静になった頭で再び男を観察してみるが、やはり存在そのものが凶兆を体現しているかのような負の塊しか感じ取れない。

『やあ、きみが阿久根高貴ちゃんかな?』

「何だよてめぇは。用があんのは隣の男だけだから、怪我したくなきゃさっさと消えろ」

『まあまあ。僕はきみとも話がしてみたかったんだ。ははっ、それに怪我って。これだけ時間を掛けて、同級生の一人も壊せない程度のきみが?笑っちゃうなあ』

なぜ挑発したんだ!?あまりにも挑発的な言葉に、青筋を立てて威圧するような声を発する阿久根だったが、全く動じずに男は無邪気な笑みを浮かべたままだ。いや、動じないというよりもむしろ、感情というものが存在しないかのような……。かつて通っていた病院で『異常者(アブノーマル)』というのは何人も見てきたけれど、そのどれとも違う。

「いいから消えろっつってんだろ!」

「あ…阿久根、やめろっ……!」

薄々この異様な雰囲気を感じ取っていたのだろうか、普段以上にイラついた様子の阿久根が目の前の男へと金属バットを振り下ろした。それはは狙い通り球磨川の顔面を強打し、そのあまりの威力に男は吹き飛ばされゴロゴロと地面を転げまわっていく。受身の一つどころかまばたきすらせずに無防備のまま阿久根に打ち倒されたはずだけど……

「……な、なんだよてめぇは!?」

『なんだとはひどい物言いだなー』

男は何事も無かったかのように、表情一つ変えずに起き上がってボクたちの方へと歩いてくる。いや、何事も無かったはずがない。破壊することにかけては『特別(スペシャル)』な阿久根の攻撃をまともに受けたんだ。男の顔面は陥没しており、鼻骨や頬骨も間違いなく折れているだろう。言葉を発することすら激痛だろうに、そんなことは微塵も感じさせずに明るく声を響かせている。

『うん?もう終わりなの?』

「な、ならもう一撃!」

阿久根はもう一度、目の前で自身の瞳の奥を覗き込むようにして笑みを浮かべ続けている男の左肩にバットをめり込ませた。メキッと鎖骨がへし折られた音が辺りに響いたが、男はやはり何の反応も見せない。
阿久根もボクもこれまでに数え切れないほどに喧嘩をしてきた。殴られた相手というのは怯えや恐怖、苦痛、あるいは反骨心。とにかく必ず何らかの表情を浮かべるものだ。しかし、目の前の男にはそれが無い。まるでそれが当然のことであるかのように殴られることを受け入れている。

『ずいぶんイライラしてるみたいだね。うん、そうだっ!じゃあボクがそのイライラをすべて受け止めてあげるよ』

阿久根の破壊というのは、目的としては自分のストレスやイラつきの発散であるとボクは感じていた。彼はいつも苛々していて、サラリーマンがサンドバッグを叩くように、阿久根は人間を叩くというだけなのだろう。だから、阿久根にとってボクと喧嘩をするのも学校の窓ガラスを割るのにも同じことなのだろうと思っていた。結局のところ破壊できれば誰であろうと何であろうと構わないのだろうと。

しかし、――この男だけは例外だった。



「あ、ああああああああああっ!」

立ち上がる姿も、話し声も、その全てが気持ち悪い。あまりにも理解の外の人間を前に、阿久根は錯乱したかのようにバットを何度も振り下ろし続けている。男の腕や肩の骨は折れ、全身打撲の血塗れな状態だが、しかし恐怖を感じているのは加害者の阿久根の方だった。バットを叩き付けるたびに自分の精神が破壊されているような。得体の知れない恐怖に、とうとう阿久根の手からバットが零れ落ちた。

『ほら、続けたらどうだい。自分の手で、自分の意思で、自分のために、破壊を続けてみなよ』

「あ……うああ…」

笑みを浮かべている球磨川とは対照的に阿久根の顔面は蒼白になっており、無意識で男から離れるように後ずさっている。阿久根には初めての体験だろう。

――もうこれ以上破壊したくない、というのは。

阿久根は間違いなく男の肉体を破壊している。しかし、それが一切男の精神に影響を及ぼしていないのだ。むしろこの負の塊のような男に攻撃を加え続けることで、負の容量を増大させているようですらある。阿久根の正常(プラス)はすでにあまりにも強大な恐怖(マイナス)に飲み込まれてしまっていた。そして男は阿久根のそばまで近づき、一転して優しげに声をかける。

『ねえ、高貴ちゃん。自分のために暴力を振るうっているのは怖いだろう?相手からの恨みも、憎しみも、敵意も、報復も、逆恨みも、全て自分に返ってくるんだから』

完全に折られてしまっている阿久根の心に男の囁きが染み込んでいく。

『僕が全て引き受けてあげるよ。恨みも、憎しみも、敵意も、報復も、逆恨みも。だから君はその苛々を発散するだけでいい』

そして一拍おいて言葉を発した。

『僕の仲間になりなよ』



――勧誘

常軌を逸した負のプレッシャーに晒され続けた今の阿久根の精神でそれを断ることなどできなかった。一度でもこの男と関係を持ってしまったら、どんな人間でもその重力のような過負荷(マイナス)性に屈してしまうに違いない。関わることすらしてはならない。それがこの球磨川禊という人間だろう。

まさかそのためにわざわざ阿久根に喧嘩を売ったのか……!?

勝敗度外視で、ただ自分と敵対関係という形で関わらせるためだけに。それだけのために挑発して、満身創痍になるまで殴られたっていうのか?考えられないほどに最悪な下策。

――しかしそれだけに、この男にはお似合いの策だった

「……悪辣だね」

『何を言っているんだい、瑞貴ちゃん。僕は一方的に暴力を振るわれただけだぜ?』

いつの間にか気持ち悪い姿勢で首だけを振り向かせて僕の方を無邪気な瞳で見つめていた。そして、見得を切るように両腕を左右に大きく広げる。

『僕は悪くない』



気持ち悪くておぞましい。なのになぜだろう……。

――彼を見ているとこんなにも心が安らぐのは

『月見月瑞貴ちゃん。小学生時代の君は七回ほど転校を繰り返して、そしてそれと同じ数だけ小学校を廃校に追い込んできたそうだね』

「……っ!?」

『最初の学校は理科室の薬品の保管ミスによる不審火で全焼、次の学校は建築上の不備で校舎が倒壊、その次がええと、全校集会中に大型トラックが居眠りのまま突っ込んできて十数人をひき殺した後、爆発炎上。あまりの凄惨な事故に生徒たちの登校拒否が相次いで、事実上廃校』

それは全て事実だった。ボクの周囲に巻き起こる不運を生徒たちは気味悪がったし、転校するたびに学校を廃校にしていくボクのことを教師たちは怖がった。イジメや虐待も起きたけど、それもその人たちが不慮の死を遂げるたびに無くなっていった。そんなボクの罪状を楽しそうに読み上げながら近づいてくる。

『理想的だよ』

やばい……。人吉先生に縫合してもらった精神がほつれていくのが分かる。これ以上この男と関わっていると自分が過去の自分に戻されるのを確信させられた。球磨川が一歩近付いてくるたびに、心の底から危険な予感の混じった焦燥感が湧き上がってくる。

「……近寄るな」

しかし男の方は気にする様子も無く歩き続け、一歩ずつ縮まっていく互いの距離は死刑台が近づいているようにも錯覚させられた。ああ、わかった。彼を見ていると感じる、恐怖の中でどこか安らぐような感覚は――

――自分よりも最悪な人間が存在するということに対する安心感なのか

「寄るなああああああああああああ!」

もう我慢できない。珍しく大声で叫んだボクの頭をよぎっていたのは、もうすぐで自分の中の何かを失ってしまうということ。それは、のちにマイナス成長と呼ばれることになる現象に対する予感だった。

そして、その瞬間にあることに気付いたボクの身体はとっさに横へと飛び退いていて、直後に先ほどまでボクの居た場所を、縁石を越えて――軽自動車が横転して激突していた。

――ボクのすぐ側に居た球磨川を巻き込んで

「あ!……だ、大丈夫っ!?」

さっとボクの顔から血の気が引いた。ようやく『異常性(アブノーマル)』がある程度落ち着いて、普通の学園生活を送れると思っていたのに、結局のところ、ボクには全く制御不能だったらしい。
急いで車の下敷きになった球磨川の元へ駆け寄ると、脚を車に潰されてしまっていた。大至急の手当てが必要なのは一目で分かる。ふと辺りを見回すと、どうやら携帯電話で阿久根が救急車を呼んでくれているようだ。

「……ごめん」

ボクは球磨川から目を背けながら小さく呟いた。ボクの不運に巻き込まれた人間がボクのことを見る目はほとんど同じだ。怯えるか憎むか。そんな顔を見たくなくてこの場を立ち去ろうとしたボクに球磨川は声を掛けてきた。

『これはきみのせいなんだね、瑞貴ちゃん』

糾弾するような言葉に恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた球磨川の姿があった。全身に大怪我を負い、息も絶え絶えになりながらも、その目にはまるで子供がサンタさんに出会ったかのような輝きに満ちた光が映し出されていた。――何でそんな目ができるんだ。

『ありがとう。わざわざ僕にきみの異常を見せてくれて。これで確信したよ』

そんな心底楽しそうな、興奮した自分を抑えきれないといった様子で言葉を続ける。そしてそれは、ボクが長年待ち望んでいた言葉だった。

『僕にはきみが必要なんだ。友達になろうよ』

自然とボクの瞳から涙が零れ落ちていた。これまでの人生でボクは、他人に恨まれ、憎まれ、恐れられ続けてきた。ボクの不運についても、人吉先生や善吉くんは気にしないと言ってくれていたけど――彼はボクの不運を肯定して、必要としてくれている。ボクは周りを不幸にしてしまう最悪の人間だ。それは分かっている。それでも、ボクは誰かに自分のことを肯定して、必要として欲しかったんだ――

「こちらこそよろしくお願いします。球磨川さん」



[24829] 「何でバッティングセンター?」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 19:00
『それでは、これより第十三回目の会議を始めたいと思います』

「……それはいいんですけど、何でバッティングセンター?」

『瑞貴ちゃんが言ったんじゃないか。僕の退院祝いにって』

「ボクは鈍った体を慣らすために提案したのであって、会議の場として提案した訳じゃないんですが……」

ボクらがいるのはとあるバッティングセンター。これから行われるのは恒例の世界を滅ぼすための会議である。とはいえ、ただ命令をこなすだけの阿久根は、話に興味が無いのか金網の向こうでバッティングセンターの球を打ちまくっている。まあ、150km/hの豪速球を軽々と打ち返しているのはさすがとしか言いようが無いけど。ボクにしたって興味があるのは球磨川さんと何かをするということだけであって、世界を滅ぼすなんていうのは正直どうでもいいことだ。
そのため、今回もいつもどおりに球磨川さんが議題を出すという流れである。閑散とした店内に響く阿久根の快音をBGMにボク達は話を進めていく。

『今回の議題は、生徒会長になるための方法について。みんなの意見を聞かせて欲しい』

は?という疑問の声がまず出てしまった。生徒会長?この人が?むしろ総理大臣を暗殺すると言われたほうがまだ納得できるくらいだ。

「この学校のですよね?だったら、正攻法では難しいんじゃないですか?うちの中学は生徒会の裁量権が比較的強めだから、去年も立候補者が十人くらいいましたし。悪名高い球磨川さんが当選するのは至難と言っていいでしょう」

『うん。冷静な分析だね』

「それでも生徒会長の立場が必要というのであれば、誰か別の候補者を立てて傀儡政権とするのが一番簡単じゃないですか?」

『瑞貴ちゃんらしい平和的な策だね。高貴ちゃんはどう思う?』

もう打ち飽きたのかバッターボックスから出てきた阿久根に問う球磨川さん。入れ替わるように今度はボクがバットを持ってバッターボックスに立つと、百円玉を入れて球を待ち構える。阿久根とは比べるべくもないけど、ボクもスポーツは全般的に得意なのだ。

「他の候補者を全員潰せばいいじゃないですか。候補者が一人なら選挙も何もないでしょうぜ」

阿久根らしい破壊的な策だ。と、次の瞬間慌ててかがんだボクの頭のすぐ上を150km/hの豪速球が通り過ぎていった。鋭い風切り音が耳元に響く。

「うわっ!」

運悪くピッチングマシンの照準がずれ、ボクの顔面に向かって投げられたのだろう。その後も連続でボクの命を刈り取ろうと飛んでくる球を数発避けたところで、打つのは諦めてバッターボックスから離れたのだった。もちろん、その後は偶然狂っていた照準も元に戻り、何事も無かったかのように誰もいないストライクゾーンに向かって投げ込んでいる。

「ん?おい、血が出てるぜ」

「え?」

阿久根に言われて自分の頬に触れると、どうやら切り傷ができていたようで血が流れていた。
おかしいな……ボールはちゃんとよけたはずなのに。

『へえ、面白いね。これも瑞貴ちゃんの過負荷(マイナス)の効果かな』

「どういうことです?」

そう言って球磨川さんの方に目を向けると、楽しそうな笑顔を浮かべていた。その視線の先には一人の少女の姿が。その少女はボクらには目も向けず、不機嫌そうな表情で通路をこちら側へ向かって歩いているところだった。あの少女に何かあるのか?そう思って観察してみるけど、確かに不良そうな雰囲気の少女だけど特に問題があるようには見えない。しかし、金網のフェンスに寄り掛かっているボクの目の前を通り過ぎた瞬間――

――ボクの全身がズタズタに切り裂かれた

「なあっ!?」

そのまま地面へと倒れたボクが驚いてその少女を見上げると、そこでようやく振り向いてたった今気付いたかのような驚いた表情を見せた。

「あちゃ~またやっちゃったか。反省してますごめんなさいもうしません」

そして、そんな反省の欠片も無い棒読みの謝罪を聞かせてくれた。大量の血を流しながら倒れ伏しているボクを見るその目には一切の同情も後悔も浮かんでおらず、その全身からは危険で凶々しい気配が発せられている。
いつも球磨川さんの近くにいるせいで麻痺して気付かなかったけど、間違いなくこの少女もボクらと同じく過負荷(マイナス)だ。

『すごいねー。瑞貴ちゃんと違って、ちゃんと自分の過負荷(マイナス)を制御できてるみたいだね』

ベンチに座ったままパチパチと手を叩く球磨川さん。次は自分が血塗れにされるかもしれないっていうのにそのおざなりな対応は流石と言うしかない。

『瑞貴ちゃんのおかげかな。こんなに簡単に他の過負荷(マイナス)と出会えるなんて』

「ん?珍しいじゃねーか。あんたらもあたしと同類か。そっちの金髪は違うみてーだけど」

そうは言うもののボクも不良に絡まれるのは慣れているけど、過負荷(マイナス)に絡まれたのは初めてだ。ましてやこれほどの絶対値の持ち主に絡まれたのは間違いなく球磨川さんと一緒にいたからだろう。球磨川さんと出会ってからというもの、ボク自身がわずかずつだけど確実にマイナス成長を続けているのを感じていた。その成果がこれというのはうんざりさせられるけど。

「……まあいいや。帰らせてもらうわ。ここのバッティングセンター全然打てねーし」

『ちょっと待ってよ。高貴ちゃん、瑞貴ちゃん……せっかくだから過負荷(マイナス)ってものを体感してみなよ』

笑顔のまま球磨川さんがそう言ったのと同時に、両手にバットを一本ずつ持った阿久根が少女に襲い掛かっていた。帰ろうと歩いていた少女の背後から上段に振りかぶった二本のバットを全力で振り下ろす。しかし、少女が振り向いた瞬間――ボクの場合と同じく阿久根の全身から血が噴き出していた。

「がああああああっ!」

先ほどのボクと同じように全身を切り刻まれた阿久根が血溜まりに倒れ伏した。

地面に倒れ込んだままその様子を観察していると、ボクにもこの現象についても少しは理解できてきた。まず、どうやら物理的に攻撃を仕掛けている訳ではなさそうだということ。ボクと同じタイプの、と言っても他の過負荷(マイナス)に会ったことないけど、物理以外による『過負荷(マイナス)』の能力によるものだろう。次に、切り裂かれたのはボク達の肉体だけのようだということ。ボク達の服や阿久根のバットは全くの無傷で、ただ皮膚や筋肉だけが裂けているようだ。最後に、どうやらボクのように自動(オート)ではなく自分自身の意思で発動させているらしいということ。

「で?下っぱにやらせておいてアンタはかかってこねーのかよ。アンタがダントツで低い過負荷(マイナス)を持ってるみてーだけど」

『だって僕は一番弱いからね。まあ、高貴ちゃんは相性が悪かったかな。いくら学
習(モデリング)能力が高くてもプラスが過負荷(マイナス)になることはできない』

球磨川さんが話している隙に阿久根の方を目で確認するが、どうやらもう戦闘不能のようだ。これは過負荷(マイナス)が偶然発動してしまったか、襲われて反撃するために使ったかの違いだろう。それを横目に見ながらボクはタイミングを計る。完全に不意を突けばあの過負荷(マイナス)は発動できないはずだ。球磨川さんの異様な雰囲気と話術の前では、必ずあの少女にも隙ができるに違いない。



――今だっ!

ボクは突然起き上がり、少女の一瞬の意識の隙に合わせて全力で蹴りをくらわせた。全身の力を収束した渾身の一撃。

「ごぼっ……!」

少女は開けっ放しの扉から金網の向こうにまで吹き飛んでいく。トラックに轢かれたかのような勢いで地面とバウンドし、ゴロゴロとピッチングマシンの方まで転がった。凄まじい威力の蹴りだったけど、ボクは苦々しく感じて唇を噛んでいた。

「……しくじった」

ふと自分の脚を見るとズタズタに切り刻まれており、筋肉が完全に断裂して動かなくなっていた。寸前に少女がボクの脚を切り刻んだせいで、わずかに威力が落ちてしまったのだろう。手ごたえ、いや足ごたえからしておそらくは立ってくる。まぁいいや、保険は掛けてある。ボクは動かない右脚を引きずりながら、追撃を掛けるために金網の扉の向こうへ歩いていった。

「ぐ……やりやがったな」

蹴られた腹を押さえ、ダメージで足元がおぼつかないようだけど、やっぱり少女は立ち上がってきた。

それにしても他に客がいなくて助かった。学校で年下の女の子を蹴ってる男子なんて噂になっちゃうところだったよ。いや、球磨川さんと阿久根と一緒にいるっていうだけですでに悪評は立ってるんだけどね……。

ヨロヨロと少女へと近づいていったボクはバッターボックス付近で止まり、話しかける。同じ過負荷(マイナス)として尋ねたいことがあったのだ。

「君に訊きたいことがある。……これは、君の過負荷(マイナス)だよね。一体どうやって、自分の過負荷(マイナス)を制御しているの?どうすれば止められるの?」

これはボクが生まれてからずっと考えていたことだ。自分の傷を指差してそう尋ねると、少女は一瞬呆れたような表情を見せた後、あははっと大きく笑い声を上げた。

「あはははっ!そんなことを言ってる内は一生制御できねーよ。過負荷(マイナス)を止めよう、なくそうなんてのは根本から間違ってんのさ。喪失や欠落こそがマイナスなんだからな!」

『異常(アブノーマル)』とは根本的に違うということか……。もちろんこれはこの少女の場合だからボクが同じ方法で制御できるかは不明だけど。でも確かにボクの自分の過負荷(マイナス)をなくしたいという考えが逆に制御の邪魔になっていたというのは頷ける話だ。そんなことを考えながら同時に自分の立ち位置を調整するように微妙に左右に移動していく。

「強いて言うなら受け入れること、じゃねーの」

ふぅ、と溜息を吐いた。球磨川さんじゃあるまいし、そんなことできるはずがない。あの人ならどんな不運も能力も受け入れられるだろうけど、ボクには無理だ。だからこそ球磨川さんはボクなんかを受け入れてくれたんだし、そんなところをボクは尊敬していた。

――球磨川さんの役に立つためには、この程度の敵くらいはボクの手で倒せないと!

横の仕切りに寄り掛かりながら自分の右脚を見ると、鮮血で真っ赤に染まっており全く感覚がなくなっている。少女との距離はほんの数m程度だけど、この脚では間違いなく近づく前に切り刻まれてしまうだろう。

「そう、ありがとう。ところで君の名前は?」

「志布志飛沫(しぶし しぶき)だ。あんたは?」

「月見月瑞貴だよ」

「……で?時間稼ぎはもういいのかよ」

ばれてたか……、質問したかったのは事実だけどね。

ああいいよ、とボクは言いながら百円玉を機械に入れた。ちなみに位置関係はボクがバッターボックス付近でマウンドとの間に少女が立っているという形だ。コインを投入すると少女の背後にあるピッチングマシンから作動音が響き出す。しかし、球が発射される寸前の音だっていうのに、少女はまるで気にした様子も無い。ここは先ほどボクの使っていた150km/hの台なのに、なぜか背後から放たれるだろう豪速球にはまったく気を使っていないようだ。

「後ろを振り向かせて隙を作ろうという策なんだろーが、残念だったな。あたしはこの店の常連でね。この位置にボールが飛んで来ないことくらいは知ってるんだよ」

……後ろを振り向いたらその瞬間に蹴り倒そうと思っていたけど、それは失敗したみたいだ。だけど、それはむしろ好都合。ビュッという風を切り裂くような音が聞こえた瞬間――

「さーて、じゃあ――ッ!?」

――少女の後頭部に150km/hで放たれた球が激突していた。

「ツキがなかったね」

頭から血を流して昏倒してしまった少女を見下ろしながら言い放った。一応、脈拍などを確かめてみると死んではいないようなのでボクはふぅ、と安堵の溜息を吐いて立ち上がる。そして、再びピッチングマシンから放たれた二投目はまたしてもあらぬ方向へ飛んでいく。それは先ほどと全く同じ軌道をとり、正確にボクの頭へと向かったデッドボールだった。

「知らなかっただろ?この台はボクがバッターボックス付近に立ったときに限り、普段とは全く違うコースに飛んでくるってことを」

そう、ボクがやったのはピッチングマシンとボクの顔面の間に少女の頭が来るように自分の位置を調節したことだけだ。そうなれば当然、ボクの頭を粉砕しようと迫り来る豪速球は手前の少女の後頭部に直撃することとなる。

『よくやったね、瑞貴ちゃん』

振り向くと球磨川さんが嬉しそうな表情で両手を広げるようにしてボクに声を掛けてくれた。ちなみに阿久根は動けるようになったのかベンチで自分の応急処置を施している。

『自分の過負荷(マイナス)を利用できるようになったみたいだね。まずは自分の不運を認めること、それが制御の第一歩だからね』

そして、球磨川さんは少しの間あごに手を当てて考え込む。

『せっかくだから二つ名みたいなの付けよっか、週刊少年ジャンプっぽく。うーん、そうだな……。じゃあ高貴ちゃんは「破壊臣」で瑞貴ちゃんは「壊運」ね。右腕と左腕みたいで格好良いね。それとも両腕と両脚かな?それじゃあ、二人ともこれからもよろしくっ!』

「はい!」

球磨川さんはこんなボクでも頼りにしてくれているんだ。そのためにはもっと強くならないと。ボクはさらに一層、球磨川さんの望みを叶えるために努力する決意を固めたのだった。







それから数ヵ月後、あまりにも最低な方法で球磨川さんは生徒会長に、ボクは庶務の役職に就任することに成功する。
しかし、球磨川さんの手によって中学を恐怖のどん底に叩き落したそのさらに数ヵ月後――新入生黒神めだかによって、ボクらは完膚なきまでに敗北させられるのだった。



[24829] 「ボクらは敗北したんだ」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 19:04
――箱庭学園柔道場

そこで二人の部員が試合形式の練習を行っていた。一人は「柔道界のプリンス」こと阿久根高貴。そしてもう一人は――

「一本!」

背負い投げで綺麗に投げ飛ばされた、このボクであった。残念ながら純粋な柔道勝負では阿久根の相手にはならず、いつも通りの敗北で終わってしまった。ボクが畳に叩きつけられると同時に見学者(ほとんどが女子)から黄色い歓声が上がる。阿久根はその歓声に手を上げて答えると、飲み物を手に取って壁際で休憩に入った。まるでアイドルのような人気だ。そして、敗れたボクも同じくその隣に腰を下ろして話しかける。

「相変わらず人気者だね。まったく……中学時代の破壊臣と呼ばれた君と同一人物だとは思えないよ」

ボクが箱庭学園に入学してからすでに一年が経過していた。球磨川さんは中学時代に学校から追放されてしまったため、現在のボクは二年七組に所属している、ただの柔道部員でしかない。中学時代の敗北からこれまで、ボクは敗残者として惰性のような学生生活を送っていた。

「……あまり昔のことは言って欲しくないんだけどね。いや、裏切られた君にはそれを言う権利があるのか。悪いとは全く思っていないけどね」

「別に球磨川さんを裏切ったことを怒っているわけじゃないよ。ボク達(マイナス)がプラスに裏切られるなんてことは当たり前だからね。怒っているとしたら球磨川さんを敗北させてしまった自分自身にだよ」



乱神モードの黒神めだかの前にはボクのこれまでの努力や鍛錬はまるで意味を成さなかった。不甲斐なくも鎧袖一触で潰されてしまい、その結果として球磨川さんは敗北してしまったのだ。そして今年、その黒神めだかがこの学園へと入学してきており、先日の選挙で再び生徒会長に当選していた。

「それにしても、黒神めだかが入学してくるなんてね……。でも『異常(アブノーマル)』を蒐集しているこの学園に来るのは当然といえば当然か」

「入学早々に生徒会長に当選するとはさすがめだかさん!選挙中の忙しい時期にお手を煩わせてはならないと思っていたが、そろそろ挨拶に向かうべきかな」

「はぁ……その話はもういいよ」

黒神めだかの話題を出した途端、阿久根は嬉々として彼女を賞賛し始めた。もはや信者と言っていいほどの心酔ぶりにボクは手を横に振って話を切り上げる。もう聞き飽きた話だし、ボクだって球磨川さんを敗北させた相手の賛美の言葉なんてわざわざ聞きたくはない。




「おーい!阿久根クン、月見月クン!二人にお客さんやでー」

そんな話をしていると、部長の鍋島猫美先輩がボク達を呼ぶ声が聞こえた。心なしかその表情は引きつっているように見える。鍋島先輩に連れられて来たのはボクらが見覚えのある女子だった。

「な!?アンタ……!」

すぐ隣から阿久根の驚く声が聞こえる。それはボクも同じ気持ちだ。でもボクはまた彼女とは出会うような気がしていた。

「よお!ずいぶん探したぜー」

中学時代に出会った過負荷(マイナス)の少女――志布志飛沫がそこにいた。

入学して一週間も経っていないというのにすでにダメージジーンズのようにボロボロに加工された改造制服で堂々と柔道場に佇んでいる。球磨川さんと引き離されてからは初めての過負荷(マイナス)仲間なので少し感慨深い。仲間というか、むしろ敵だったんだけどね。懐かしさからボクの方も軽く彼女に声を掛けてみた。

「久しぶりだね。志布志さん……でよかったかな」

「ああ、いいよ。噂の十三組とやらに在籍しているのかと思ったけど、普通の生徒として部活に出てるとは思っても見なかったぜ」

「それは手間を掛けさせちゃったね。ボクは七組の普通クラスだよ。どうやら過負荷(マイナス)は異常(アブノーマル)とは違う分類(カテゴリ)らしいね。十三組どころか特待生にすらなれなかったんだよ。そういうキミは?」

「あたしも普通クラスだな。当然だろ、人生勝ち組のエリート連中と違ってあたしらは負けっ放しの負け組なんだからよ。そうだな、確かに十三組なんかにいる訳ねーか」

ところで、と志布志は隣の阿久根に目を向けた。阿久根は志布志が現れた途端、顔色が悪くなってしまい苦しそうに目を伏せている。球磨川さんを裏切った中学時代のトラウマで、阿久根の心の中には過負荷(マイナス)に対する恐怖が深く刻み付けられていた。まあ負の塊である球磨川さんと再び正面から敵対してしまったのなら当然のことだろう。旧知であり絶対値の低いボクだからこそ普通に話せているが、さすがにこれだけの絶対値の高さを持つ過負荷(マイナス)と相対するのは難しいようだ。ボクにとってはむしろ親近感や懐かしさを感じる相手なんだけど。

「コイツも昔、アンタと一緒にいた奴だよな。だいぶ雰囲気違うけど……。ってことはあの負の塊みたいな男もいるんだろ?」

「……いや、いないよ。ボクらは敗北したんだ」

沈痛な表情でボクは答えた。その答えに志布志も少なからず驚いた表情を見せる。

「……あれだけの絶対値をもった男が?一体どんな奴に……」

「箱庭学園の現・生徒会長――黒神めだか」

つい先日決まった新たな生徒会長、98%の異常な支持率でもって就任したのが、球磨川さんを中学から叩き出した黒神めだかである。このありえない支持率の高さはさすが異常(アブノーマル)というしかない。中学時代、支持率0%で生徒会長に就任した球磨川さんと同じく。もちろんボクは別の人間に投票した残りの2%であり、阿久根は98%の方であった。

「せっかくだから校内を案内するよ。この学園は広いからね。まだ全部は見てないでしょ?」

「ああ、じゃあお願いしよーかな」

懐かしい知り合いにあってテンションの上がったボクの提案に志布志も乗ってくれた。先輩としては後輩の面倒を見ないとね。

「お、おい!部活中だぞ!」

「ついさっきインフルエンザに感染してしまったので早退します!」

阿久根の制止の声に白々しく返事を返すと、制服に着替えて柔道場を後にするのだった。







「で、ここの塀は少し低くなっててね。校門で風紀委員が抜き打ち検査してるときはここを越えて行くと見つからないで登校できるよ」

「何であたしが風紀委員ごときに気を使って生活しなくちゃいけねーんだよ」

ボクが説明をすると、志布志は不機嫌そうな顔をして答えた。確かに志布志には恐るべき過負荷(マイナス)をもっているけど、その考えは甘すぎる。

「風紀委員自体には問題は無いんだけど、ただ生徒会が出てくると面倒になるんだよ。はっきり言って、球磨川さんが勝てなかった相手に君が勝てるとは思えない」

戦闘力においてならば志布志の方が圧倒的に上ではあるけど、過負荷(マイナス)性においては球磨川さんの絶対値は志布志を越えていたからだ。志布志と黒神めだか。その両方と戦ったことのあるボクだけど、はっきり言って二人が戦った場合、志布志に勝ち目はないだろう。

「あたしにはあの男が敗れたせいで、あんたが敵を過大評価し過ぎてるように見えるけどな」

「それにこの学園は異常者(アブノーマル)の巣窟だ。キミ一人、ボクを含めても二人だけでどうにかできる所じゃないよ」

「まったく……勝ち負けで考えてる時点でズレてんだよ。その調子じゃまだ自分の過負荷(マイナス)を制御できてねーんだろ」

「……」

「三年間ずっと異常者(アブノーマル)の連中に怯えて過ごす気かよ」

いいや、とボクは首を横に振った。ボクだって何の考えも無くこの学園に来た訳じゃない。

「球磨川さんがまだあの野望を諦めていなければ、いずれこの箱庭学園を標的にするはずだよ。――エリートの集団である十三組を」

いずれ来るその時のためだけにボクは異常者(アブノーマル)の集まるこの学園に入学したのだ。次こそ球磨川さんの役に立つために。

「まあいーや。一応言うことは聞いといてやるよ。先輩の顔を立ててな……で、こいつらは誰だよ?」

気付くとボクらは不良たちの集団に囲まれてしまっていた。木刀や竹刀を持った男達が数人でボク達の周囲を塞いでいる。
……しまった。うっかり不良たちの溜まり場である剣道場の周辺エリアに踏み込んでしまっていたか。
そして、リーダー格であろう頬に傷を付けた男が正面に陣取り、威圧するように木刀を突きつけて睨み付けてきた。

「よお、月見月ぃ!てめぇ彼女連れかよ。結構かわいいじゃねぇか。ちょっと貸してくんねぇ?」

「門司先輩ですか。お久しぶりです。ちょっとボクら急いでますので、失礼しますね」

周囲の連中から下卑た笑い声が聞こえてくるが、ボクにとってはいつものことだ。
一応は穏便に収められないかと思って下手に出てみるけど、どうやら効果は無さそうである。

「それで済む訳ねーだろ!今までの恨み、晴らさせてもらうぜ!」

そう言って木刀を振り上げて向かってくる門司先輩を、ボクは一歩下がることで回避した。同時に手に持った木刀を蹴り飛ばすのも忘れずに。

「なーなー、月見月先輩。こいつ誰だよ、やっちゃっていい?」

「駄目だよ。きみが手を出したら剣道場が処刑場になっちゃうだろ。彼は門司先輩といってね。剣道場を溜まり場に活動をしている不良少年だよ。週に三日は誰かしらの不良に絡まれるから、何でボクが門司先輩に恨まれているのかってのは覚えてないんだけどね」

仲間を呼んだのかこの間にもわらわらと虫のように武器を持った不良たちが湧いて出てきている。その数は八人。とはいえ、あくまで素人なのでボクにとっては物の数ではない。問題は――

「そこの女も痛い目みたくなきゃさっさと消えるんだな!」

「へー、このあたしを痛い目にね……」

――志布志がこいつらを殺さないかということだけだ

ピクリと志布志の頬が怒りでヒクついたのがわかった。もはや一刻の猶予も無い。志布志の纏う雰囲気が変わり始めたところで、ようやく男達も目の前の新入生に対する得体の知れない恐怖を覚えたらしい。その身体は過負荷(マイナス)に対する怯えでガクガクと震え出していた。しかし、今更振り上げた武器は止められない。

「や、やっちまえ!」

自暴自棄になったように振り下ろした鉄パイプを足で弾きながら、志布志の様子を伺うと、やはり向こうにも不良たちは襲い掛かっていた。慌ててボクは志布志に止めるように叫ぶ。

「ちょ、ちょっと待って!きみの過負荷(マイナス)は目立ちすぎる!学校で斬殺死体や血の海なんて発生したら、本当に生徒会や風紀委員が動き出してしまう!せめて格闘戦で……!」

女子に対する多少の配慮はあったのか、不良が志布志の脳天に叩きつけようとしていたのは木刀ではなく竹刀であった。いや、実際には何の配慮でもなくただの偶然なんだろうけど。そして、その竹刀が志布志の頭に激突する寸前――

――竹刀がバラバラになるように弾け飛んだ

「何だこりゃあ!?」

不良たちの顔に驚きの表情が浮かぶ。そして次の瞬間にはその男の脳天には志布志の踵が振り下ろされており、地面に顔面を勢いよく叩きつけられていた。

「これがあたしの過負荷(マイナス)『致死武器(スカーデッド)』――」

志布志は何事も無かったかのように佇んでいる。見ると志布志を襲った竹刀はバラバラになって地面に落ちていた。この現象は間違いなく志布志の過負荷(マイナス)の効果。

「で、でもきみの過負荷(マイナス)は無機物には作用しないはずじゃあ……!?」

ボクらの全身をズタズタに切り裂いたあの過負荷(マイナス)は、確かに人体にしか影響は無かったはず。驚きの目で志布志を見つめると満足そうな笑みを浮かべて答えた。

「その派生系――あの敗北によって新たに制御を得た、いや失った憎武器。名付けて」

そして、一拍置いて宣言する。

「――バズーカーデッド」

これは有機物だけでなく無機物までもズタズタに引き裂けるようになったということ――これがマイナス成長というものなのか

「安心しろよ月見月先輩。きっちり手加減してこいつらを病院送りにしてやるからよー」










その後、ボクと志布志に完膚なきまでにやられた不良たちは、「ごめんなさいもうしません許してください」と志布志とは違って心の底から誓わされ病院へと叩き込まれたのだった。ボクの方もついついやり過ぎてしまったので、剣道場を溜まり場にしていた不良たちは全員その溜まり場を病院へと強制的に移されてしまったことになる。とはいえ、不良たちがいなくなったため、一人の新入生が入部して剣道場は元の通りに剣道部員に使用されることとなったので結果オーライと言っていいだろう。

ようやく剣道場が使えるようになりました、とわざわざお礼を言いに来てくれたのは確か……日向とかいう一年生だったかな。



[24829] 「久しいな、月見月二年生」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 19:51
「我こそはという者から名乗り出よ!全員まとめて一人残らず私が相手をしてやろう!」

箱庭学園の柔道場、そこになぜか黒神めだかが居た。凛とした声で宣言した彼女は柔道着を着ており、部員達は困惑した表情で遠巻きに眺めている。まさか道場破りとか?

「おはようございます。ええと……何が起こっているんですか?」

ボクは近くにいた部長の鍋島先輩に尋ねてみると、ニヤリと笑みを浮かべてみせてくれた。鍋島先輩とは現在の柔道部の部長で、反則王の異名を取る全国でも有名な選手である。

「おう、遅刻やでジブン。今日は生徒会長に新部長の選定をお願いしてるんよ」

「わざわざ部外者に……?」

疑問に思ったけど、鍋島先輩も何か企んでいるのだろう。意味もなく人選を他人任せにするはずがない。部長が誰になろうがボクには関係ない話だし、普通に考えれば阿久根か副部長の城南だろう。

「ほれ、お呼びやでー月見月クン」

鍋島先輩に言われて柔道場に目を遣ると、黒神めだかがボクの方を鋭い瞳で見つめていた。箱庭学園生徒会長・黒神めだか――豪華絢爛、才色兼備、質実剛健。ただ立っているだけでこの柔道場全体が華やいだかのような圧倒的な存在感。そしてこの威圧感は、こうやって相対しているだけで押し潰されてしまいそうに思える。さすが球磨川さんと同等の絶対値を持っているだけのことはある。

「久しいな、月見月二年生。いま部員達のテストを行っている。私がじきじきに鑑定してやるから貴様も掛かって来い」

「久しぶり……そして相変わらずだね」

ボクに敵意はもっていないようだけど、それでも強烈な威圧感に冷や汗をかきながら再会の挨拶をした。

「だけどボクはパスするよ。部長なんて興味無いしね」

そう言ってボクは黒神めだかから離れて壁際に歩いていき、やる気無さそうに壁に寄り掛かる。部長に興味が無いというのももちろんそうだけど、一番の理由は黒神めだかから離れたかったのだ。一般人が過負荷(マイナス)に近寄りたくないのと同様に、ボクも異常(プラス)の最高峰である黒神めだかにはできるだけ近寄りたくはない。あの高すぎるプラスの絶対値の前で、阿久根がそうだったように、ボクまでもがプラス側に引き寄せられたくないのだ。みんなはそれを改心と呼ぶのだろうが、結局それは過去の自分への裏切りである。ボクには球磨川さんがいればそれでいい。

「よいのか、鍋島三年生?奴はテストを放棄するそうだが」

「はぁ~。やっぱり興味はあれへんか」

黒神めだかの言葉に鍋島先輩はやれやれといった風に首を振る。

「本来はこんなん頼むまでもなく月見月クンが後継者やってんけどな。教えたことも素直に吸収するし練習も真面目やし」

何より才能が無いし、と辛辣としかいえない言葉を付け足した。

「そのつもりで一年間鍛えてきたんやけど……。どうも最後の一歩のところでウチの教えとズレが生じるゆーか。戦う相手に対する感じ方が違うんかな」

そのズレはボクと戦闘に対する前提が違うためだろう。凡人(ノーマル)が特別(スペシャル)に勝つためにと練られたのが鍋島先輩の柔道であり、それを異常(アブノーマル)や過負荷(マイナス)にも対応できるように勝手なアレンジを加えているのがボクの柔道だからだ。しかもサバットと併用して使うことを前提にしているものだから、確かに正式な鍋島先輩の後継者とはとても言えないだろう。





辺りを見回すと、善吉くんの姿を見つけた。どうやら阿久根と話をしているようで険悪な雰囲気を醸し出している。善吉くんは阿久根とも中学時代からの知り合いなので積もる話でもあるのだろうか。

「善吉くんも久し振りだね」

「あ……み、瑞貴さん。久し振りです」

懐かしい顔に挨拶をしにいったが、しかし善吉くんは顔をわずかに引きつらせて上ずったような声で答えてきた。

「そんなに怖がらなくていいよ。球磨川さんはいないんだし、めだかちゃんと敵対する理由なんて無いんだからね。そもそも敵対したところでボクでは相手にならないことは中学時代で学んでいるよ」

「そ、そうですか……」

そう言うと善吉くんはほっとしたように安堵の溜息を吐いた。だけどむしろ怖がるべきなのは、周りがプラスだらけで全面アウェイのボクの方なんだけどね……。

「よぉし!まずは副部長であるこの俺、城南が相手だ!」

そんなことを考えていると、ようやくテストとやらが始まるようだった。やはり放っている強烈な威圧感のせいでみんな萎縮して挑むに挑めなかったけど、さすがは副部長というべきか、その城南がまずは勇気を出して挑戦するようだ。

「ヒヒッ……それにこれうっかりおっぱいとか触っちゃっても不可抗力ってことでいいんだよな」

前言撤回。心の中から湧き出たのは勇気ではなく煩悩だったようだ。っていうか思っても口に出すなよ……。そして予想通りに一瞬で黒神めだかに投げ飛ばされてしまった。

「あれ?」

思わずボクは疑問の声を上げていた。もちろん城南が敗れてしまったことにではない。城南レベルの人間で黒神めだかの相手になるわけがないのは分かっている。ボクが疑問に思ったのは別のことだ。

「しかし聞こえなかったか?私は全員まとめて掛かって来いと言ったのだぞ」

そして、残りの全員が黒神めだかに襲い掛かっていくが、鎧袖一触で軽々となぎ倒されてしまう。困惑しながらもその後の様子を眺めていると、だんだんと疑問は確信へと変わっていった。でも、相手が弱すぎるからってことも……。確かめるにはやっぱりボク自身で試してみるしかないのか。
そして、すぐに柔道場で立っている者は黒神めだかただ一人となった。

「ふむ……なるほど、だいたい分かった」

「いや、まだボクがいるだろ?」

やりたくはないけど、この方法が一番確実だ。一通り全員を試し終わったのか、何か納得したような表情をしている黒神めだかに声を掛けた。意外といった風に一瞬目を丸くしたが、すぐにボクの言葉を理解して戦闘態勢に戻る。

「ほぅ……やる気になったか。では月見月二年生。貴様も掛かってくるといい。私が試してやろう」

「いや、試されるのは結構。部長になりたい訳じゃないしね。めだかちゃん、君には本気で勝負して欲しいんだ」

「なんだって!?どういうことですか、瑞貴さん!」

善吉くんの焦ったような声が聞こえるけど、別に中学時代の意趣返しというわけではない。ただ手加減されてはボクの疑問が解消されないというだけのことなのだ。

「なるほど、了解した。私も下克上を挑まれれば受けて立つ覚悟はあるぞ」

ボクの言葉に黒神めだかは面白そうに笑みを浮かべた。自信満々の表情で肉食獣のようにボクの瞳を射抜くように見つめてくる。その全身から迸る闘気で自身の筋肉が萎縮しているのが分かる。

「じゃあ一本勝負で――行くよっ!」

不安を振り払うように大声で開始の合図をすると、ボクは挨拶代わりに遠間から思いっきり相手の足を蹴り払っていった。ローキックに見紛うかのような威力と速度の足払いを受けて一瞬、黒神めだかの身体の軸が揺らぐ。しかし、すぐに体勢を立て直すと、即座に距離を詰めて再び蹴りを放とうとしていたボクの襟を掴んだ。

「三年振りに受けたが相変わらず鋭い蹴りだな」

「……それはどうも」

ボクの方も黒神めだかの襟を取ると、ここからは組み技の勝負となる。体重別で行われる競技というのは伊達ではない。ボク自身は特に身体が大きい方ではないけど、男女の体重差を利用して力尽くで相手の重心を揺さぶっていく。そして、とうとう黒神めだかの体勢が崩れた。

「今だっ!」

その隙に内股を掛けようとするボクだったが――

「甘い!」

――逆に返され、天井を仰ぎ見る結果となったのだった。

「それまで!一本や!」

鍋島先輩の声と共にボクの全身から力が抜けた。立ち上がると互いに礼をしてその場を去っていく。ボクの目的は達した。そのまま場外へ出て座り込むと、信じられない結果に何とも言えない表情が浮かんだ。もはや疑う余地はない。鍛錬の成果や男女の成長の差なんて話ではない。黒神めだかは――

――明らかに中学時代の彼女よりも性能が劣化している

そもそもボクが本気の黒神めだかとまともに戦えている時点でおかしい。本来ならボクの足払いでフラついたり、力比べで勝てたりする相手じゃない。最後は内股をすかされて敗北したけど、あらゆる格闘技を極めた黒神めだかと柔道を始めて一年のボクでは技術で負けるのはある意味当然のことなのだ。そう、身体能力や格闘技術とは別次元のところで勝負をしていた中学時代とは比べ物にならない弱さだ。この分だと通常モードであればボクでもやりようによっては黒神めだかを倒すことができそうだ。あの乱神モードですらボクと志布志の二人なら、いや志布志だけでも倒すことができるだろう。この学園を掌握するということも、あながち夢物語でもないかもしれない。

「はぁ……何を考えてるんだボクは」

頭を振ってその考えを打ち消した。黒神めだかを倒せたから何だっていうんだ。学園を掌握したところでボクには何のメリットもない。ただ危険なだけだ。球磨川さんの命令であれば利害は度外視して従うだけだけど、そうでなければわざわざ異常(アブノーマル)連中に喧嘩を売る意味なんて無い。





「さーて、じゃあ次の試合やな。無制限十本勝負VS無制限一本勝負!阿久根クンが十本取られるまでに一本でも取れたら人吉クンの勝ちや」

いつの間にか中央に陣取っていたのは阿久根と善吉くんだった。殺気立った雰囲気で二人は互いに相対している。審判は鍋島先輩が務めるようだ。

「で、阿久根クンが勝ったら人吉クンは柔道部に、阿久根クンは生徒会にお互いをトレードやでー」

「ちょっと鍋島先輩、どういうことですか?」

「ん?そのまんまの意味や。生徒会長さんも了解してくれたで」

ボクが戦っている間に驚きの交換条件が成立していたようだ。鍋島先輩は自分の柔道の後継者に善吉くんを選びたいということなのか。黒神めだかがこの勝負を受けたというのは性格的に納得できるところだけど。

「がはぁっ!」

早くも善吉くんは綺麗な背負い投げを掛けられて畳に叩きつけられていた。善吉くんの専門は立ち技なので当然の結果だろう。柔道にはマグレはない。普通に考えればほぼ素人の善吉くんに勝ち目は無いのだ。

「どない見る?ジブンやったらどう勝つんや」

隣に来ていた鍋島先輩がボクに声を掛けた。一般人(ノーマル)が阿久根(スペシャル)に勝つなんてことはほとんど有り得ない。過負荷(マイナス)とはいえ、ボクも実際には普通(ノーマル)に等しいから分かる。しかし、それを可能にするためだけに練り上げられたのが鍋島先輩の柔道なのだ。

「そうですね、ボクだったら……。まず十本中はじめの七本くらいを――わざと負けます。それも反則負けで」

マイナス思考で考えれば――十本勝負ということは九本は負けられるということなのだ。だから重要なのはどう勝つかではなく、どう負けるか。

「その反則で相手にダメージを与えます。ボディや金的に一発でもいいのが入れば残りの試合はとても万全では戦えません。場合によっては不戦勝もできます。万一、ダメージを与えられなくとも相手はこちらの反則を警戒せざるを得なくなります。つまり、こちらが組み技だけを警戒していればいいのに対して、相手は打撃技と組み技の両方を警戒しなくてはならない。圧倒的に有利です。しかも相手はこちらと違って一本取られたら負けなので明らかな反則技は使えない」

「せやな。ま、ウチやったら反則見せるんは最初の一本だけで、あとは会話とフェイントでプレッシャー掛けるけどな。ならジブンは人吉クンが勝つ思てるん?」

分かりきった質問をする鍋島先輩に、ボクは首を振って答えた。

「生徒の模範たる生徒会役員が堂々と反則しちゃマズイでしょう。性格的にも善吉くんは反則を前提とした作戦なんて立てないでしょうし。順当に戦って順当に負けるだけです」










しかし、その目論見は脆くも崩れ去ることになった。阿久根に勝利した善吉くんは柔道部には入らず、それどころか阿久根が生徒会の書記に任命されてしまう。
これで現在の生徒会のメンバーは黒神めだか、人吉善吉、阿久根高貴の三人。早くも生徒会の戦力が揃ってきていることにボクは若干の不安を覚えるのだった。



[24829] 「――通称フラスコ計画」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/15 13:26
ある日の昼休み、ボクは理事長室に呼び出されていた。目の前にはまさに好々爺然とした風貌の老人、理事長である不知火袴が座っている。理事長に促されボクも高級そうなソファーに腰掛けた。

「それで理事長、ボクに話とは一体何でしょうか?」

「もう少々お待ちください。もうそろそろでしょうから」

といっても特に素行に問題ないボクを理事長がじきじきに呼び出すなんて過負荷(マイナス)関係に決まっている。そして、理事長の言葉通り、数分もしないうちにこの部屋の扉を叩く音がした。まだ来客がいたのかと思ってそちらに目をやると、そこから現れたのは志布志であった。……さすがにボク達のことは学園に知られていたか。

「失礼しまーす」

「お待ちしておりました、志布志さん。それでは話をさせてもらいましょうか」

そう言って志布志をボクの隣に座らせ、用件を話し始めた。

「と言ってもそう難しい話ではありませんよ。簡単なお願いです。君達には私の主催するプロジェクトに参加してもらいたいのです。十三組の中から選抜した特別な十三人で行われる研究――通称フラスコ計画。異常(アブノーマル)を研究することで天才を人為的に作製することを目標としています。もちろん報酬はそれなりに弾みますよ」

理事長の目的は突拍子もないようでいて、ある意味では想像通りの計画であった。異常者(アブノーマル)を集めて研究するというフラスコ計画。人吉先生も関わっていたらしいけど詳しいことは教えてもらえなかった。異常者(アブノーマル)を大量生産するなんて使い方次第では世界を牛耳ることさえできそうだけど、ここは闇の秘密結社なんかじゃなく教育機関なんだから大丈夫か。

「くっだらねー。あたしは興味ねーな」

「し、志布志……!?」

そう吐き捨てるようにして志布志は理事長室から出て行ってしまった。あまりに失礼な態度に止めようとするボクだったけど、しかし理事長はまるで気にした様子もなく見送るだけだった。気になることもあるけど、ボク個人としては悪くない計画だと思うんだけどな……。

「やはり断られてしまいましたか。まぁ、あれほどの逸材をこの目で見ることができたというだけで満足しておきましょう。さて月見月、君は参加して頂けますかな?」

「ですが先ほど十三組の中から選抜とおっしゃられましたが、ボクは七組ですよ?確かに以前、『異常者(アブノーマル)』と診断されたこともありますし、それに大枠ではボクも異常者(アブノーマル)なのでしょうが……」

しかし『異常(アブノーマル)』と『過負荷(マイナス)』は似て非なるものである。共通点もあるけれど、混同してはならないものだろう。しかし、理事長はそのことも知っているようで、理解していると言った風にゆっくりと頷いた。

「もちろん君達が過負荷(マイナス)なことは分かっています。『十三組の十三人(サーティンパーティ)』と呼ばれる彼らの中には君達寄りの生徒達もいますが、それでも過負荷(マイナス)ではありません。私が作りたいのは『天才(アブノーマル)』ですから。そもそも人員は足りていますしね」

「でしたらボクに何を?」

「君には私個人の進めているプランに参加して欲しいのです。公然の秘密であるフラスコ計画とは別の秘中の秘――もう一つの異常選抜十三組、マイナス十三組の設立に。危険すぎる計画ですが君と志布志さん、そして不肖の孫の三人もの過負荷(マイナス)が入学してきたというのは良い機会でしょう。実際にクラスを設立するのはまだ後になりますが、まず話を通さなければと思いましてね」

「ええ、わかりました。協力させていただきます。それで、ボクは実際には何をすればいいのですか?」

人類全てを天才(アブノーマル)にする計画――それならばマイナスにプラスを加えて相殺するように、ボクのこの過負荷(マイナス)も制御できるようになるかもしれない。実験の理念もボクには賛同できるものだし。しかし、なぜか理事長は呆気に取られたような表情を見せた。

「どうしたんですか?」

「……いえ、承諾していただけるとは思っていませんでしたので。思いのほか普通(ノーマル)な感性を持っているようだったので少し驚いただけです。それでは最初の実験として、これを振ってみてください」

そう言って理事長は六個のサイコロをボクに手渡してきた。不思議に思って少し調べてみるけど、特に何の変哲もないようだ。言われた通りにそのサイコロを全て同時に振ってみるが……

「これがどうかしましたか?」

「……特に偏りはなし、ですか」

割とバラバラの目が出たのを見て渋い表情で唸る理事長。もしかして結果が悪かったのか?理事長は少し考え込んで再び口を開いた。

「これは異常度を測る検査でしてね。例えばメンバーの一人である雲仙くんの場合、何度振っても必ずすべてが六の目になるのですよ。これが大体標準的な『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の結果です。月見月くん、もう一度振ってみてください。何の数字でも構いません。全て同じ目を出してください。それができなければこの話は無かったことにさせて頂きます」

その程度の異常度の生徒に用は無いということなのだろう。六個のサイコロの目が全て同じ数字になる確率は7776分の1。このくらいの確率を突破できないようじゃ参加する価値も無いということか。まずはサイコロを一個投げると一の目が出た。

「一の目、出ろっ……!」

再びサイコロを振ると、その結果は二。早くも不合格が確定してしまった。溜息を吐いて肩を落としたボクだったが、なぜか理事長は興味深そうにこちらを見たままだ。

「月見月くん、続けてください」

「え?でも、もう失敗は確定じゃ……」

言われたとおりに投げると出た目は三。続けて四、五と立て続けに出たところでボクもようやく気付く。そして、最後の一個のサイコロを投げる。もちろん出た目は――

「――六、ですか。なるほど、意に沿わないからこその過負荷(マイナス)。理解しました。一から六までが順番に出る確率は46656分の1。もちろん実験の結果は合格です」

全部同じ数字にしろと言われれば全て違う数字を出してしまうなんて、相変わらずボクの運は悪すぎる。ボクは自分の不運に苦笑しながらその場で立ち上がった。どうやらテストはもう終わりのようだし。

「詳細は追ってお伝えしましょう。そういえば明日は生徒会主催の水中運動会でしたね。部活動対抗ということでしたから、君も柔道部代表として出るのですか?学校行事は学生の醍醐味ですからね。存分に楽しんでください」









次の日、ボクは学園に新設されたばかりのプールにいた。今回のイベントは部費の増額を賭けた部活対抗戦であるため、周囲には様々な部の生徒達でひしめき合っている。野球部、サッカー部などの体育会系の部だけでなく、書道部やオーケストラ部などの文化系の部まで総勢15の部活がこの場で開会を待っていた。そして、予定時刻になり全員が集まったところでようやく生徒会役員から競技の説明が始まった。優勝した部活だけが今回増額される部費を総取りできるという争奪戦である。

「えー、それでは競技の説明に入りたいと思います。皆さんにはこれより四つの競技に参加していただき、その合計点で順位を競ってもらいます。それぞれの競技の説明はおいおい話すとして、まずは大まかな枠組みを三点。一つ目は代表者三名による団体戦であること。二つ目は競技はすべて男女混合で行うため、男子生徒にはハンデとしてヘルパーを装着してもらうということ。そして三つ目は――」

そこで生徒会長の黒神めだかが人吉くんのマイクを取り、代わって話し始める。

「しかし、利を得るのが優勝チームだけでは不満のある者もおろう。なので、ボーナスルールだ。この水中運動会には我々生徒会執行部も参加する!生徒会よりも総合点の順位が高かった部はその順位に関わらず、私が私財を投じ、無条件で部費を三倍にしよう!」

ざわりと会場がどよめいた。大きな部によっては今回の増額枠どころではなく貰える部費が跳ね上がるため、少なくとも生徒会には勝とうと皆が殺気立っている。おいおい、いくら大金持ちだからって私財を投じるなよ……。ま、貰えるものはもらっておこう。今の黒神めだかにならこの柔道部チームでも勝てるかもしれないしね。

「黒神ちゃんと勝負ってのは面白そうやん。なぁ月見月クン」

「そうですね。生徒会チームに勝てば部費が三倍ですからね。別に一位にならなくても生徒会の順位さえ落とせればいい」

「なんや、相変わらず黒神ちゃんが相手だとめっちゃヤル気出すやん。男子にはハンデが付くとはいえジブンを出しといたんは正解やったな」

柔道部のメンバーはボク、鍋島先輩、城南の三人。鍋島先輩はもう部活を引退したんだけど、それはともかく。全員がプールに入ると、早くも最初の競技の説明が始まった。種目は「玉入れ」。この深いプールの底に沈んでいる玉を高所に立ててある籠に投げ入れるというあれである。

「それでは!位置について。よーい……どん!」

実況席による開始の合図と共に全員が一斉にプールに潜ろうとするが……。

「うわっ……浮き輪が邪魔で沈めない!?」

男子にハンデとして付けられたヘルパーの浮力が邪魔をしてなかなか潜ることができない。当然だけどヘルパーというのは水中に沈まないための道具だ。水中の玉を取るに当たってはかなりのハンデである。周りを見ると男子連中は仕方なく少しだけ沈んで足で玉を取る作戦に移行しているようだった。しかし、それでも足が着くまで沈むのは大変だし、足で取るのはさすがに時間のロスが大きすぎる。

「浮き具の付いてないウチが玉を取ってくるからジブンらで投げや」

「……はい。じゃあ城南は籠の下でボクが投げて外したのをキャッチしてくれ」

男子が水中の玉を拾ってくるのは非効率的過ぎるし、外して落とした玉はまた水底に沈んでしまうため、どの部も苦戦しているようだ。そのため、ボクらは鍋島先輩が取ってきた数個の玉をボクが投げ、城南がバスケットのように外した玉をリバウンドする作戦にしたのだが――

「これはひどいな。一個も玉が入らない……」

よく考えたら運の悪いボクがこういった偶然性の高い投擲系の種目で活躍できるはずがなかったのだ。急に波が起きたり、リングに弾かれたりでいまだに柔道部の得点はゼロのままである。

「ごめん、城南!そっちと投げる役替わって!」

「おう、ってか外しすぎだろ。優勝したら増額した部費で合宿地を混浴のある温泉地にするんだからな!」

……そんなことを堂々と宣言するなよ。ほら、見学してる女子部員がドン引きしてるし。辺りを見回してみると、ちょうど生徒会チームが、いや黒神めだかが水中の玉すべてを投げ入れたところだった。

「生徒会執行部!何と一気に20ポイント獲得だぁー!早くも勝ち抜けです!」

実況席から驚きの声が上がる。どうやら黒神めだかのように多くの玉を固めて一緒に投げるのが玉入れの必勝法らしい。城南が試したところそれは本当のようで、何とか制限時間内にボクら柔道部も20個すべての玉を入れることができたのだった。

「何とかウチらも同率一位になれて、とりあえずは一安心ってとこやろか」

「そうですね。とはいえ今のところ一位が六チームくらいありますからね……。それになにより、さっきの競技はボク達も実質的には生徒会に完全に負けていました。生徒会に勝たないことにはボク達に賞金はありません」

実際は生徒会に勝てなくとも残りの15チームの中で一位になれれば部費は増額されるんだけど、元々ボクは賞金になんて興味無いのだ。とにかく球磨川さんを潰した黒神めだかに一矢報いたいというだけ。生徒会に喧嘩を売るつもりはないけれど、それでもボクは――黒神めだかのことが大嫌いなのだから。


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