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[22826] (ネタ)ただしまほうはしりからでる(ゼロ魔 ルイズ改変 能力クロス?)
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/18 21:27
 見知らぬ床だわ……

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは思った。
 どうして自分が、床に直接うつぶせになって倒れているのかわからない。しかも、起き上がろうと思っても、ぴくりとも体が動かない。幸い口や鼻はちゃんと動いているようだが、現状を把握するには、あまり役にたっていなかった。
 ただ理解できるのは、狭い視界にうつる真っ白ですべすべした床部分が、変に生暖かいということだけ。
 辺りには、人の気配もなく、それどころか他の生きるものの気配すらない。風が吹く音もなく、ただひたすらの静寂だけがあった。あまりの気味悪さに、なんとかして、せめて首を動かそうと努力するが、やはり動かない。ならば小指の先だけでもと、全ての意識を集中するが、自分の体だというのに、まったくいうことを聞いてくれなかった。

「やだ、こんなの……ふっ……ち、ちいねえさまぁ」
 ルイズが、恐怖と寂しさで愛する姉の名を呼びながら涙をこぼした時、えらくお気楽な男性の声が聞こえた。しかも、今の今まで無音だった世界に、演劇の登場音楽よろしく「ぽっぽこぽこぽこ かっぽんぽーん」としか聞こえようのない異音が響き渡る。

「いやーめんごめんごー待たせたねー。ちょっとさー色々あってさー、もめてたんだよ今後の処理? ってやつー?」

 お気楽なうえにムカつくしゃべりというものがあることを、ルイズは知った。今ここに乗馬用鞭があり、動くことができたなら、飛び起きてふりかぶって容赦なくビシバシといくものを、ああ口惜しい。姿すら見えないのが、さらに腹が立つ。

「あれー? 君って、こうやって床にへばりついてるのが趣味? うん、いいよいいよー、とっても変態な趣味だね!」
「趣味じゃないわ! 動けないのよっ!!」
「あ、そうか、そういえば君死んでたんだよねーだからうまく体動かないんだよねーちょっと待っててねー」

 死んでたって……?
 なんですとッ?!

 怪しい男のぶっ飛んだセリフで、ルイズは一気にこうなったいきさつというものを思い出してしまった。
 そう、あれは王都の大通りでのできごとだった。休日、学院にいるのも気詰まりだったルイズは、おいしい甘味でも食べに行こうかと出かけて……一人ってさびしいのねと、心の中でしょんぼりしながら……ああ、これはあんまり関係ないけど、いや、あるのかしら? まあとにかく、てくてく道を歩いている時、乗合馬車が暴走してくるのに気づいた。
 ついでに、その目の前で、逃げ遅れた子供がいることにも気づいてしまった。
 理屈も何もない、思わず飛び出してしまったのだ。
 そして、当然その後のことは記憶にない。

「そんな……わたし……死んじゃったの?」
「うん、見事に死んでた。馬に踏み潰されて車輪に巻き込まれて、そりゃあもうぐっちょぐっちょのげっちょげ……」
「聞きたくないっ! 聞きたくないっ!」
 耳をふさごうとして、ルイズは本当に自分の耳をふさぐことができたことに驚いた。
 あら、手が動くわ、である。その両手を床について、上体を起こすと、さっきからムカつくことばかりだった相手の姿をやっと見ることができた。まず、上から下まで眺めて、次に下から上まで眺める。

「えーと、熊?」
「ちがうよー、ぼくは、くまたいよう!」
「あ、ああ、そ、そうなの」
 床だけでなくどこまでも真っ白な世界の中、視界の中心入った相手は、一言でいうならば子供向けに優しく可愛らしく戯画化した熊の顔を持ち(追加の付属品なのか周りを小さな三角が縁取っている)、わらを束ねたような衣服とも言えないものを身に巻きつけるようにつけていた。格好だけなら最底辺の乞食にも近いかもしれないが、その上にのっているものが異様だ。

 ここでルイズはやばいことに気づいた。自分は死んだ、これはいい、いや、よくないけれど認めるしかない、ならば死んだ人間が行くところはどこだ? ヴァルハラ? どちらにしろ、そこにいるのは……いやいやいや、異端審問どころの騒ぎじゃないですよ、自分の脳みそさん、アレが一瞬でもブリミル様の写し身? とか考えてしまった自分が危険、危険が危ない。

「実はその事故なんだけど、手違いなんだよねー」
「手違い?」
「そう、君は本当は死ぬわけじゃなかった。死ぬはずだったのはあの子供だったんだよ。まあ他にも色々手違いとかーあったわけなんだけどー。でも、こっちが悪いんだからこれから君を生き返らせてあげることになって……」
「ちょ、ちょっと待って!」
 もう一度生き返ることができると聞いてルイズの心は喜びの浮き立った。それはそうである、まだまだやり残したことがたくさんあるし、特に家族を、ちいねえさまを泣かせることは絶対に本意ではない。しかし、もう一つ気づいてしまったこともあった。
「もしかして、私が生き返ったら、あの子は死んでしまうんじゃないの?」
 くまたいようは言った、本来なら、あの子が死ぬはずだったと。ルイズにとっては名も知らぬ平民の子供ではあったが、自分が一度助けた命を、その自分自身が再び見捨てることになるということに気づいて青ざめた。
「そのへんのことも色々あってさー、ブリちゃんも助けたってぇなって言うし、勝手にこの世界に来ちゃったぼくも悪いし、君に素敵ぱわーをあげて、子供助けてチャラってことでね!」
 くまたいようは、器用に片目を閉じた。
 年端もいかない子供を犠牲にして生きかえるのは、いくらなんでもルイズの考える立派な貴族らしくない、ほっと胸をなでおろす。ついでにブリちゃんという恐ろしい発言は無視することに決める。今はそれよりも気になることがあった。

「素敵ぱわーって、何なのよ」
「うん、君は魔法が使いたいんだよねー」
「そうよ」
「全ての系統魔法のスクウェアレベルの才能をプレゼントだよー」

 なんですとッ?!

「嘘、嘘よ、絶対に嘘、嘘しかありえない。この世の中に、そんな美味しい話が転がってるわけないじゃない? 目を覚ますのよ、ルイズ・フランソワーズ。これは夢、夢なの、私の切ない思いが見せた青春の幻っ! ちいねえさま、また一つ儚い夢が消えるわ」
「ここは、この世じゃないよー」
「た、確かにそうね」
 思わず納得してしまったルイズ。かなりいい感じで彼女もまた何かに毒されつつあった。
「ということは、風も、水も、火も、土も、使いたい放題?! ツェルプストーなんてメじゃない? 学院長よりも何気に上? もう誰にもバカにされたりしない? ゼロならぬインフィニティのルイズ? それどころかあいつら全部下僕? いやん、何ソレすごく素敵。うふ、うふ、うふふ、くくくく」
 流れ出てはいけない何かを盛大にだだ漏れにしながら、虚空を眺めてルイズは笑った。ええそうよ、努力は報われるのよ素晴らしいわ世界と未来と私は超バラ色。世界中が自分をスタンディングオベーション。おめでとうおめでとう、なんかしらんがとりあえずおめでとう。

「ただし魔法は尻から出るよー」

 ルイズの、喝采される自分の夢思考が停止した。

「は?」

「尻と外界を隔てるものは少なければ少ない方がいいからねー」

 つまり、強力な魔法を使いたければ半ケツになれ、と。

「ルーンを尻文字すれば、さらにパワーアップ!」

 そして、それを振れと。

「あとねー完璧にするんだったら、尻で杖を挟まなきゃ!」

「……っ」

「嬉しくて何も言えないんだねーわかるよーわかるよー」
「違うわ、おんどれえぇえええぇええ!」

 ルイズ・フランソワーズは貴族である。清楚で可憐な乙女である。そんな慎ましやかなレディにあるまじきことだが、もう我慢の限界だった彼女は、おもいっきり右拳を、くまたいようの顔面中央に叩き込んだ。

 その後何事もなかったかのようにくまたいようは復活を果たし、ルイズはまあこんなもんね、と、少しだけやさぐれた。
 殴った直後に、もしかしたらこれで機嫌をそこねてしまって素敵ぱわーをくれなくなるかも! それどころか生き返る話もナシになったらどうしよう! と盛大に焦ったのがバカみたいである。
「そんなに嫌なら、手から出せる魔法もあるけどー」
「杖じゃないのね、いいわ、それでも。先住魔法みたいだけど」
「でも、効果は一つだけだよー」
「考慮するから、ちょっと試させてくれる?」
 いつの間にか異世界の神っぽい生き物に、タメ口だなあと、ルイズは思ったが反省する気はまったくなかった。

「はい。右手を突き出して」
「こう?」
「バーニングフィンガーアタックって言うんだよー」
「格好いいじゃない! バーニングフィンガーァアァアタァアアック」
 ルイズの力の入れように比例するように、右手の平から、しびしびと青白い電撃のようなものが飛んでいった。格好いい。
「これって、どんな魔法なの? ライトニングみたいなものかし……」

「肩こりが楽になるよー」
「……」

 現実は非情である。

「ほ、他にはないの?」
 がっくりと肩を落としてルイズは尋ねた。確かに格好いい、格好いいが、肩こり緩和では、父様へのおねだりくらいしか役に立たない。
「ごめんねー、ないんだよー。でも、そんなに嫌なんだー。だったら素敵ぱわーなしで生き返らせてあげるからねー」
「ちょ、ちょっと待って!」
 魔法は欲しい、魔法は使いたい。スクウェアレベルの魔法を使いこなして、今まで馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたい。もしかしたら遍在使って一人水魔法オクタゴンとかもできるかもしれない、そうしたらちいねえさまの病気だって治るかもしれない。利点はたくさんあった。
 しかし、その利点を全て台無しにする条件、そう、魔法は、お尻から、出る。考えてもみて欲しい、例えばブレイドの呪文を唱えるとしよう、臀部に杖を挟んでブレイド、バカである。はっきり言わなくても、スペシャルな宴会芸くらいしか用途がない。

 うう……花も恥らう乙女が、魔法を行使するたびにお尻を……なんて……

「たっ、耐えられない」

 死ねるッ、死ねるわッ! 魔法を使っているところを、あいつやあいつやあれやらこれやらに見られたら、速攻で死ねるッ。ルイズ即座に終了のお知らせ。人間として、貴族として、何よりも乙女として、大切なものが減るっ、減っちゃう!
「もう時間がないから早く決めようねー」
「待ちなさいよっ!」
 そうよ、人前で見せなきゃいいのよ。
 何回転もしたルイズの思考は、変なところに落ち着きつつあった。
 どんなに恥ずかしい格好だろうと、見る者がいなければ恥じゃないわよ、ルイズ・フランソワーズ。あなた、たかだかお尻……くらいで、こんな機会をフイにするつもりなの? スクウェアよ? スクウェアなのよ?
 誰もいない所で、一人黙々とお尻を振る自分の情けない図というのは、頭から閉め出しておく。

「素敵ぱわー、ヨロ」

 ふらつくルイズの差し出した手を、くまたいようはがっちりと握り返してきた。

つづく?



[22826] ただしまほうはしりからでる2
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/07 21:52
「ちびルイズ! いつまで寝ているの?!」

 どうして使用人ではなく、エレオノール姉さまが直接私を起こしにくるのだろう? ぼんやりとした頭でルイズは考えた。そもそも、ここは学院の自室ではなかったのだろうか、いつの間にヴァリエールの館に帰ってきたのだろう。思い出せない。
 その間にも、ヴァリエール家の長姉は、さくさくと部屋に入り、カーテンを開けた。

「素晴らしい、くまたいよう日和ね!」

 ちょっと、待て。

 寝台から転がり落ちるようにルイズは起きだして、エレオノールの腕の下をかいくぐり窓の外を見る。見知った感じのあり得ない物体が、爽やかすぎる笑顔を浮かべ、空中に浮かんでいた。青空が目にしみる。
「やあ、ぼくは、くまたいよう。ただし、魔法は尻から出るよ!」
「やめてえぇええぇええぇええ!」

 自分の叫び声で目を覚ましたルイズは、夢オチだとわかって心の底から安堵した。今いるのは紛れもない魔法学院の自分の部屋だ。だらだらと流れる汗を、お行儀悪く袖口でぬぐって、息をつく。
「夢……よね」
「どうしたのですか、ルイズ、急に大声を出して」
 いつの間にか、母が立っていた。
「え? どうして母様が急にこんな所に? ドア開いたかしら? って、ここは魔法学院だし……?」
 とまどうルイズの前に、カリーヌは真面目な顔をしたまま近づいた。
「いいですかルイズ、よくお聞きなさい」
「は、はい」

「魔法は尻から出ます」

「ザけんなごるぁああぁああああ!」

 二番底の夢オチというものがあることを、淑女であり乙女であるルイズ・フランソワーズは初めて知った。

 本当に目が覚めても、しばらくルイズは挙動不審だった。カーテンを開け、窓の外をうかがい、枕をひっくり返して念入りに叩いてみる。スリッパのつま先を踏み、クロゼットの扉を裏表じっくりと見た。
 最後に、放置しっぱなしだった、使い魔用の敷き藁を杖の先でつついてみて、なんの変哲もない魔法学院の彼女の部屋だということを、確認し、安心してみた。

 あの後、くまたいようなる異世界の神(おそらく)から、素敵ぱわー(ちなみにその伝授方法は、尻と尻をぶつけあうというものだった。死にたい)を手に入れたルイズは、医療院の一室で意識を取り戻した。奇跡的にかすり傷だけですんだようだが、長い間意識が戻らなかったらしく、彼女が気づいた時は、次姉を除き、家族が全員集合していて、涙を流して喜んでいた。
 こんなにもあからさまに愛情を表現されることは、ここのところずっとなく、代わる代わる抱擁されたルイズは面映いような恥ずかしいような気持ちで、それらを受け止めた。
 学院からもオールド・オスマンとミスタ・コルベール、その他幾人かの教師、何故か不思議なことにツェルプストーが見舞いに来てくれたらしい。
 他のクラスメイトは……当たり前といえば当たり前だが、来なかった。わかってはいたことだが、さすがに少しショックである。

 あと、意識不明だったことで、大幅に授業に遅れてしまったルイズは、使い魔召還の儀式も当然しておらず、今現在進級は保留という状態だった。父も母も、療養のために、一度領地に帰ることを提案してきたが、ルイズはそれをつっぱねた。
 彼女の手に入れた素敵ぱわー、それを試さないでどうするというのか。そんな本心を押し隠し、殊勝にどうしても勉強が続けたいと言えば、あっさりと両親は折れた。

 そして今、自室でもくもくと背筋と腹筋練習をするルイズである。柔軟性を保つために、腰をぐるぐる回したりしてみる。腰も細くなって一石二鳥である。どれもこれも、他人に見られたら非常にアレな感じだが、そのあたりは細心の注意を払っていた。

 尻を突き出しての「ロック」、完璧である。
 ああ、自分の尻が恐ろしい!

 初めて魔法を使った時は、何か大切な物がなくなったような気がしたが、変に前向きなルイズに隙はなかった。くまたいよう嘘つかない。びば、くまたいよう、びばびば、くまたいよう。

 ……そんなわけがない。

 生来の生真面目さゆえに、日課として腰の鍛錬をこなしたルイズは、床に両手をついた。いわゆる落ち込みポーズというやつである。
「うっ……うう、ブリミル様、今日も私の大切な何かが減ってしまいました……」
 平民の子供を、命をかけて救ったという情報が勝手に独り歩きをしていて、厨房を中心とする学院勤めの平民達には「我らが聖女」とまで言われているらしい。
 一瞬、「我らが尻女」と聞こえて焦ったことは秘密だ。
 とにかく、在宅療養の延長ということで得た休みも今日が最後、今日中に使い魔を召還しなければならない。
 授業で召還しない言い訳は既に考えてある。「明日の使い魔召還の儀式の練習を一人でしていたら、つい召還してしまいました」、よろしい、隙がない、隙がないわよ、ルイズ・フランソワーズ。
 皆の前でサモンサーヴァントなどできるわけがない。ミスタ・コルベールが信じる信じないは別として、苦悩の末、思いついたにしては中々の言い訳だと思う。
 場所も決めている、とりあえず学院近くの森の中だ。魔法が発動する場所はどうあれ、今のルイズは全ての系統において実力はスクウェア、おそらく竜やそれに匹敵するような神聖で立派な使い魔が召還されるに違いない。だからこそ、部屋でするわけにはいかなかった。
 しかし、このまま森の中で召還することもリスクはある。
 クラスメイトの使い魔がいる可能性、大。気に入って毎日連れ歩いている生徒も多いようだが、そんな情報を全て信じきるほどルイズはお気楽ではなかった。
 使い魔は、主の目となり耳となる生き物だ……使い魔の見るものを主も見て、聞くものを主も聞く。

「抹殺……? カッター・トルネードで抹殺?」

 乙女の秘密を守るため。淑女の生活を守るため。とりあえず死んでもらおう、そうしよう。
 ルイズは立ち上がり、杖を取った。これは自分のためでもある、使い魔が、使い魔さえいれば、主はそんなに魔法使わなくていいんじゃないかなあ? という淡い思い。タバサの風竜のように、悔しいがツェルプストーの火トカゲのように立派な使い魔がいれば!
 ルイズは両頬を叩いて気合をいれた。

 外は気持ちよく晴れて、絶好の散歩日和だった。ルイズとても使い魔召還という目的さえなければ、思う存分最後の休日を満喫したいところである。
「ここもだめ」
 開けた場所に出るたびに、彼女は呟いた。
 どうにも、落ち着かないのである。誰も見ていないはずなのに、何度も何度も確認してしまう。鳥が飛び立てば、すわマリコルヌの使い魔かとあせり、もしや地面の下にギーシュの使い魔がいるのではないかといぶかしむ。一度茂みを払って何もいないとわかっても、ついつい二度三度同じことをしてしまう。
 誰かが木の陰で見ているのではないか、上空で鳥の瞳を使っているのではないか、馬鹿馬鹿しい被害妄想だとはルイズ自身も思うのだが、どうにも止めることができなかった。
 ならば、木の陰でこっそり召還するべきか? しかし、初めての召還をそんな犯罪者のようにコソコソと隠れてやりたくない。
 聖女の威光だろうか、快く持たしてくれたピクニックバスケットの中の昼食を食べながら、ルイズはため息をついた。本当は午前中に召還をすまして、午後は使い魔との交流に時間をさきたかったのだが。このままでは、ぐだぐだと自分に言い訳しながら時間だけが過ぎ去ってしまう。

 それはだめだ。
 ぐいっと果汁を一口。

「や、やるのよ、ルイズ・フランソワーズ。敗北主義は私の主義ではないはずよ」
 外歩きするからという建前ではいてきたズボンに、手をかける。ちょっと、ちょっとだけよ、ちょっとだけ、ずらすくらいなら……
「くぅっ」
 手と肩がぶるぶると震えた。
「無理ッ! やっぱり無理ッ! すべからく無理ッ! 絶対無理ッ!」
 こわばった手を外して、近くの木に走りより、とりあえず何発かぶちかましてみる。
「普通にしましょう、普通に、ね」
 尻を突き出すのが「普通」というのもどうかと思うが、ルイズは杖を握り締めて精神統一し、サモン・サーヴァントの呪文を唱え始めた。今こそ連日の練習成果を見せるとき! 複雑なルーンも尻文字で空中に描ける。がんばった私。傍から見たらどうしようもなく宴会芸尻振りダンスだが、その辺りはもちろん考えないでおく。

「さあ来なさい、私の神聖で強くて美しい使い魔!」
 振り返ると銀色の円盤が浮かんでいた。それが意外に小さかったことに少し落胆しながらも、ルイズは待った。ひたすら待った。
 しばらくして、うんともすんともいわない召還ゲートの前、やっぱり失敗した? という不安にルイズが囚われ始めた時、にゅいっと銀色の表面を揺らして、使い魔候補が姿を見せる。

 小さい。
 片手でつかめるほどの顔。
 三角の耳。
 ヒゲ。

「……猫?」

 にゅにゅにゅっと、前足が出る。どこを見ているのかわからない、やる気なさそうな顔、てれんとたれた右足左足。ドラゴンを期待していたルイズは、がっかりした。メイジの実力を見るならば、使い魔を見よ、というのが定番であるが、こんな、あからさまにやる気なさそうなブサイク猫を見た人はどう思うのだろう。
「でも、あのオールド・オスマンもネズミだし……まあ、かさばらないのはいいかもしれないわね、エサ代も少なくてすむし」
 モートソグニルを追い回して、どつき倒すというのも楽しいかもしれない。期待はずれのあまり、黒い思考になりながら、ルイズは猫が全身を現すのを待った。

「……」
 出てこない。
 上半身を出したまま、ブサ猫は、ぼーっとしていた。
「あんたやる気あるの? まったくもう、私はご主人様なのよ? 初めからご主人様の手を煩わすなんて、ダメな使い魔ね。感謝しなさい」
 業を煮やしたルイズは、猫の両前足を握って、引っ張った。

 にゅる

 伸びた。

「ひうぁっ!」

 驚愕のあまり、乙女らしくない叫びをあげて掴んでいた手を離し、その場にしりもちをつく。衝撃で猫の上半身は、たれーんと下に垂れ下がり、風に吹かれてぶーらぶら。その長さ、およそ50サント。
 どこをどう見ても猫という生き物の範疇から外れています。ありがとうございます。
 ごく、と、ルイズは生唾を飲んだ。引っ張るべきか、引っ張らないべきか。引っ張って引っ張って、最後に「はずれ」とかついていたら私もう生きていけない。
「もう! どうにでもなりなさいよっ!!」
 作り物のようにでれんと垂れたままのブサイク猫をひっつかみ、ぐいぐいと引っ張る。抵抗らしい抵抗がまったくないのが、逆に不気味だ。

 伸びるー伸びるーブサ猫ー 溢れる血涙もそのままに。

 3メイルほど引っ張った所で、猫の尻が見えた。まさかこの後尻尾が4メイルほどあるんじゃないでしょうね?! 思わず最悪の予想をしてしまったルイズだが、尻尾は切り株状態で3サントほどしかなかった。そんな、生き物として激しく間違っている猫というにもおこがましい猫を見つめて、ルイズは微笑んだ。達観した笑いだった。
 そのまま猫を結んでまとめて、鏡の向こうに放り込む。

 必殺技、「私は何も見なかった。」発動。

「さ、もう時間がないわ。サモン・サーヴァント頑張らなくっちゃ!」
 しかし、これは恐るべき惨劇の幕開けであった。

 2回目。
「使い魔こーい!」

 にゅ

 14回目。
「だから神聖で美しい使い魔こいって言ってるでしょーっ!」

 にゅ

 38回目。
「使い魔……わたしの素敵な使い魔……」

 にゅ

 61回目。
「ブリミル様、わたしは心を入れ替えました。毎日毎晩毎食とにかくたくさんお祈りをします。だからマトモな使い魔下さい。本当、切実に。いっそネズミでもいいです。いえいえ、ネズミがいいです。ネズミにしてください、ネズミネズミ」

 にゅ

 85回目。
「出て来い責任者ああぁああぁああ!

 にゅ

「つかい……ま……」

 にゅ

 99回目にして、ルイズは地面に倒れ付した。その頭上で、何を考えているのかまったくわからない顔をしたブサ猫が、ぶーらぶーらと揺れている。

 現実は非情である。

 ひとしきり虚ろな目で笑ってから、あきらめて、コントラクト・サーヴァントをしようと、ゲートから引っ張り出した猫と言えなくもない生き物に口付けしようとしたとき、初めて相手に動きがあった。

 んなぁー

 表情の読めない猫の口から、長い長い鳴き声が響き渡り、それきりルイズの意識は途切れてしまった。否、途切れたというのは正しくないかもしれない、ただ、何もかもやる気がなくなってしまったのだ。
 コントラクト・サーヴァント? いい、いい、そんなものどーでもいい。明日の授業? あー、そんなことよりここでぐーたらしてる方がいいじゃない。土の上? 汚れる? 気にしなーい。

 長い胴体と長い声を持つ猫にまぶれるように、ルイズはその場に長い間転がっていた。具体的には、まだ中空からすごし過ぎただけだった太陽が、夕日にかわるくらいまで。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる3
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/10 21:16

 ずるっ
 ぺたり

 ずるっ
 ぺたり

 ずるっ
 ぺたり

 ルイズは学院の廊下を歩いていた。
 ちなみに最初の「ずるっ」が、使い魔を引きずる音、次の「ぺたり」が、朝っぱらからやる気というものを根こそぎ奪われたルイズ自身の足音である。音だけを聞くと、どこの恐怖演劇かという感じであった。
 ブサ猫を小脇に抱えて廊下を無駄に掃除しながら、ルイズは、もしかして今、全学院生徒可哀想競技会なるものが存在したならば、自分はぶっちぎりの一位よね、などと考えていた。

 昨日、やっと正気に返ったのは日が暮れる寸前だった。これが使い魔の能力? しかしなんていう微妙な能力、私にぴったりねーうふふあはは……ンなわけねぇだろ!! と、暴走しそうになるノリツッコミ思考をとりあえず置いておいて、コントラクト・サーヴァントをしようとする。

 できなかった。

 何度口付けしても、ルーンは刻まれない。周りはどんどん暗くなってくる、これ以上ここにいると、学院から捜索隊が派遣されてしまいそうだった。目の幅で涙を流しつつ、ああでもないこうでもないと散々苦悩して、とうとうルイズはあきらめた。
 色々なことをあきらめて、透明な笑みを保ったまま、猫の顔を己の尻にくっつけた。
 これがもし、召還されたのが人間でしかも男だったりしたら、わたし、修道院に入る……一生、外なんか出ない……
 幸いなことに、ルイズの愛らしくも適度に鍛えられた尻を顔面に押し付けられた猫は、さしたる意見もない顔のままで、コントラクト・サーヴァントを受け入れた。

 現実は非情を通り越して無情である。

 だくだくと血涙を流しながら、学院に帰ると門限寸前で、本調子ではない(ということになっている)ルイズのために、今しも捜索隊が組織されてしまうところだった。しかも、隠すこともできない、引きずって帰ったために土ぼこりまみれになっていた使い魔ブサ猫を見て、みんなドン引き。

「長い」
「長いな……」
「とりあえず、長いな……」
「ああ……ありえない感じに、長いぞ」
「すごく……長いです」
 ちいねえさま、人体って不思議、涙って意外にかれないものなのね。可哀想なものを見る目の集中砲火を浴びて、ルイズの心はガリガリと削れた。最後に残ったプライドをかき集めて、なんとかミスタ・コルベールとオールド・オスマンに、思わず使い魔召還してしまいました、の報告をして、自室に帰った時点で完全に心が折れた。
 思わず猫を、ぶん投げてしまったが、ぼたりと床に落ちて、そのままだった。ルイズもそのまま着替えもせずに眠ってしまった。

 まあ、そんなこんなで、今日は久しぶりに授業である。
 一晩ぐっすり眠って、少しだけ建設的方向へ思考を振ることができたルイズは、学院の使用人に、猫入れ袋を作らせることにした。頭だけだして全身つっこんで、背負えば、ほら、あんまり(当社比)変じゃない。
 そんな、「我らが聖女」の依頼を、満面の笑みで快諾したのは、珍しい髪の色をしたメイドだった。名前は、確かシエスタとかいっただろうか。
 本当なら部屋に放置しておきたいところだが、使い魔をつれてくるように、といわれている。

「何か変な音がすると思ったら……ヴァリエール?」
 部屋から出てきたルイズの因縁のライバルも、ブサ猫にドン引きしていた。キュルケのその顔を見られただけで、少し鬱屈が晴れる。相手も痛いが自分も痛い攻撃だというのは、熟知していたが。
「それ、あなたの使い魔?」
「そうよ、ほらルーンもあるわ……って、召還した時は左前足にあったんだけど……えーと、起きたときは右前足で、水で洗った時は額に……今は、どこかしら」
「ちょ、ちょっと待って。それって、ルーンが移動するってこと? いいの? そんなので?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
 別の所が、大問題だらけよ。
 思わずキュルケの傍らにいるサラマンダーを、猫を振り回してドつきたい衝動にかられてしまった。
「そ、そう……私の使い魔はもう知っているわよね、さ、フレイム、ご挨拶しなさい」
「ヒッポロ系、ニャポーンよ」
「……、……、……悪いけど、もう一度お願い」
「ヒッポロ系、ニャポーン」
「私が言うのも何だけど、ヴァリエール、あなた疲れてるのよ」
「何言ってるのよ、夏はウザくて、冬は生暖かい、暖暖房完備の優れモノの使い魔よ」
「それ夏は役にたってない……っ」
「ほら」
 ルイズは、ニャポーンをキュルケの首に巻いてやった。
「やっ、これ本当にぬいぐるみじゃなくてナマモノ? 変に生暖かいわよヴァリエール! ちょっ、なんかすごく気持ち悪いんだけどっ!」
 首巻にされたはいいが、外すために触るのも気味が悪いらしく、焦りまくるキュルケを見て、ルイズの溜飲がかなり下がった。風でも土でも火でも水でもない、もちろん伝説の虚無でもない、ヒッポロ系。適当に思いついたにしては、どうでもいい感じにどうでもよかった。
 人はそれをヤケというが、まあそれもどうでもいい。
「さ、それくらいにしましょうか、ニャポーン、食堂に行くわよ」
 鳥肌をたてているキュルケをその場に置き去りにし、ルイズは再び、ずるっぺたりと歩き始めた。

 結論からいこう、ニャポーンは何でも食べる。
 比ゆではなく、本当に何でも食べる。
 ただし、口の前まで持っていってやったら、である。お前どんだけ、やる気がないのかというほど、動かない使い魔は、ルイズが自分の食事に専念しているその隙に、むっしむっしと置いてあった目の前のスプーンを食べてしまった。気づくのがもう少し遅ければ、隣にあったフォークも食べられていたことだろう。
 それを見てしまったルイズの反応は、顕著だった。

「ぶぐはっ」

 スープ類を口にしていなかったのは、まさに不幸中の幸い。そうでなかったら、瞬時に淑女終了宣言である。
 ブサ猫から視線を外し、ルイズは息を吐いて吸って吐いて吸ってを三回繰り返した。そして、震えるフォークの上に、肉の切り身をのせて、ゆっくりと使い魔の口に持っていく。
 むっしむっしと食べた。
 普通の食物も大丈夫らしい。
 安心して、それから焦った。それでなくても変態な使い魔の変態食事を、誰かに見られてしまったとか?
 あわてて、周りを見るが、ちょうどよくルイズの体で影になっていたせいなのか、ちらちらとこちらを伺っている者は多かったが、「ああ! 学院の什器が大変なことに!」 に、気づいた者はいないようだった。

 悪食にもほどがある。

 しかし、もしも口の前に何もなかったら、この使い魔はどうするのだろう……なんだか何も食べないような気がする……そしてそのままやせ細り……ルイズは怖い考えになりそうだったのでやめた。
 思わず食欲がなくなってしまったので、そのまま立ち上がり、ニャポーンを脇に抱え直す。実は見かけほど重くはない、ただひたすらかさばるだけなのだ。
 ずるっぺたりをしながらゆっくりと食堂を横断していく。とんでもない数の視線を浴びたが、無視することには慣れている。
 逆に、誰も「ゼロのルイズ」とか言い出さないのが不思議だった。今までの経験からして「ゼロのルイズがとうとう、とち狂って、ぬいぐるみを使い魔だと言い張っている」くらい言われると思ったのだが。

 入り口付近で、男子生徒が数人立ち話をしていた。
 中の一人のイカれた杖のデザインに、ルイズは見覚えがあった。確かグラモン元帥の四男だか三男だかの、ギーシュとかいう生徒だ。本人はモテ男を気取っているが、ルイズの評価では残念な部類に速攻で入っている。近くを通れば、聞くでもなく耳に入ってしまう内容は、誰が本命だとか、可愛い下級生だとか、ありがちなアレであった。

 くだらない。

 心の中で一刀のもとに切り捨てて、横を通り過ぎていく。
 と、何のきっかけをとらえてしまったものか、ギーシュが振り向いた。

「うわっ!!」

 背後にずるずるが続くブサ猫に驚いて体勢を崩し、そのまま猫の体につまづいて、派手にずっこけた。
 同時にカシャンというすんだ音が響き、なかなかに上質な香りが一気に広がった。
「おい、これ、まさか」
「そうだ、これモンモランシーの香水じゃないのか?」
「どうしてギーシュが、モンモランシーの香水なんか持ってるんだよ」
「そうか、お前の本命ってやっぱり……」
「いや、そのっ」
 その間、ニャポーンはギーシュの下敷きになったままだった。ちなみに、痛くはなさそうである。引っ張っても抜けないので、ルイズは話題終了するのを待った。
「ひどいっ! ギーシュ様……やっぱりミス・モンモランシと……」
「違うんだ、ケティ! これは……!」
「何が違うというの? ギーシュ?」
「モ、モンモランシー、だからその、あの」
 痴話げんかは、自称色男が両頬をひっぱたかれて終了。ギーシュの友人達も、バカだな、しょうがないな、自業自得ってやつ? などなど言っている。誰もフォローしようとしない。当たり前だが。
「そろそろどいてくれる? わたしの使い魔下敷きにしてるんだけど」
「……っだ!」
「は?」
「決闘だと言ったんだ!」
「ニャポーンと?」
 ルイズは、相変わらず下敷きにされたままだが、無表情な使い魔を、てれんてれんとギーシュの前で振って見せた。面白いほどに赤かった顔が、どす黒くなる。
「そんなわけないだろう! 君とだ! 使い魔の罪はその主の罪。この不気味な使い魔がこんなところにいなければ、僕はつまづいたりしなかったんだよ! つまづかなければこけることもなく、香水瓶も割らなかった! すなわちっ! 二人のレディを傷つけることもなかった!」
「何よ、その言いがかりは! そもそもあんたが、二股してたのがよくないんじゃないの!」
 頭に血が上った相手に、正論は通じない。売り言葉に買い言葉で、いつの間にか放課後ヴェストリ広場で決闘ということになってしまった。
 ルイズ的に、顔に出さないまま、うっわしまった、と思わないでもなかったが、使い魔の存在が強気を後押ししてくれた。
 ニャポーンのたった一つの特殊能力、長い声で鳴いて相手のやる気を根こそぎ奪う。これさえ決まれば、あとは歩いていって、ギーシュの杖を奪い取れば勝ちである。
 コントラクト・サーヴァントがなされた今、ルイズ自身にはやる気のない声は効果がでないことはわかっていた。

 ふっ、計画通りっ!

 ニヤリ笑いをするルイズの顔が、次の瞬間凍りついた。ギーシュが立ち上がり、歩き去った後、押しつぶされていたニャポーンの体の一部が、ぺったんこになってひらひらと風に舞っていた……

「中身ドコ……」

 まだまだ謎の多い使い魔。
 だがその謎が解けることは永遠にないだろう、根拠はないが、ルイズはそう思った。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 ガリア王宮のプチ・トロワである。
 厳重に人払いをされた王女の居室に、二人の王族がいた。今現在のガリア王、ジョゼフと、その娘イザベラである。無能王と無能王の娘、とりあわせとしては、そこはかとなく不穏だった。時間は夜。魔法の明かりが、室内を静かに照らしている。
「イザベラ、わかっているな」
 秀でた額の美しい王女は、一度だけ目を見開き、唇をかんで俯いた。
「もう……やめましょう父上」
「何を言う、私はお前の才能に期待しているのだ」
「こんな……こんなっ!」
「やるのだ、イザベラ!」
 ほぼ条件反射で、父王から強く言われた彼女は、右手を差し出した。

「バーニングフィンガァァアァアタァック!」

 しびしびしびしび

「おー、効くぞイザベラ。いつもながらお前のその魔法は最高だな。どうした、何故落涙しながら椅子の背もたれを叩いている」

 ク ソ オ ヤ ジ シ ネ。

 いまだかつてなく、心の内をどす黒いもので染め上げながら、イザベラは呟いた。もしかしたら「しりからでる」を選択した方がよかったのかもしれない、しかしその勇気が自分にはなかった。その結果だ、受け入れる……べきなのだろう。
 先住魔法にしては間抜けすぎ、ある意味役に立ちすぎる魔法。見せびらかすために使ったら、予想外に賞賛を受けまくってしまい、ついつい調子にのった結果がコレ。

「あとで私のミューズにもしてやってくれ」
「嫌です」

 青髪の乙女にとっても、現実は非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる4
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/12 21:59
 一万歩ゆずって、香水瓶を割ってしまう原因になってしまったことに対しては、少しは悪かったかな、とは思う。小遣いの範囲なら、弁償しないこともない、とも考える。
 しかし、その後の展開は絶対関係なかった。どこをどう見ても、ギーシュの八つ当たりだ、言いがかりだ。
 ルイズは、右手に杖、左手にニャポーンを握って立った。時は来たれり。

 いつもならば人気のないヴェストリの広場は、いまや見物客たる生徒達でいっぱいだった。本来ならば、規則で決闘は禁じられているので、誰かが教師に言いつけたならば、あっけなく両者処分されてしまうのだが、この「決闘」を、面白い出し物と考える生徒達ばかりなのか、教師が駆け込んでくる様子はない。
 それどころか、商魂たくましく果汁を売る水メイジの生徒、機を見るに聡い賭けをする生徒までいる。自分への賭け倍率はどれくらいなのだろう? ふと考えてから、きっと高いのだろうとルイズは思った。しかし、そんな屈辱も今日までだ。

 勝算は、ある。

 相手がドットだろうとラインだろうと、はたまたスクウェアだろうと、使い魔の鳴き声を聞いてしまったが最後、単なる丸太になりさがる。昨日、今日と悲惨な思いしかしなかったが、もしかしたらある意味この使い魔は大当たりなのかもしれない。
 ミスタ・コルベールも言っていたではないか、これは珍しいルーンですね、書き写させてください、と。

「はっ、逃げずに来たようだね、ゼロのルイズ」
「逃げる必要性を認めないわ、二股のギーシュ」
「……君は本当に人を怒らせるのが上手だな」
「悪かったわね、正直者で。ああ、気に入らないのならば言いかえてもよくってよ、フラれ男のギーシュ。それとも、お漏らしみたいなギーシュ? 香水の染みはズボンからとれたのかしら?」
「……」
 もはや無言になってしまった彼は、真っ青になり真っ赤になり、ぶるぶると震えていた。そもそも口で女の子に勝とうというのが間違っている。
「……僕はメイジだ、だからもちろん魔法で戦うよ、かまわないだろうね、ゼロのルイズ」
 嫌みったらしくゼロ部分に、やけに力をいれてギーシュは言った。
「もちろん、わたしもメイジよ、魔法で戦うわ。そして使い魔は主人と一心同体、一緒に戦ってもかまわないわよね?」
「元はといえばそいつが原因だ、かまわないよ。僕のヴェルダンデは戦闘向きじゃないから出さないけどね!」

 よろしい。
 ギーシュの使い魔はジャイアントモールだと聞いた。そいつに落とし穴でも掘られたら困るが、その気がないのならば問題ない。
 決闘開始を告げる役にされてしまったマリコルヌが、二人の中間地点に杖を振り上げて、立った。

「えーと……はじめ」

 ルイズは、ギーシュが呪文を詠唱してワルキューレなる青銅のゴーレムを1体作り出すのを横目で見ながら、ニャポーンの首を掴んで胸の前で振った。

「さ、鳴くのよ」
 返事がない。
 ゴーレムが2体になった。
 ギーシュは、本気だ。

「鳴きなさいってば!」
 反応がない。
 ゴーレムが3体になった。
 ギーシュは、かなり本気だ。

「ちょっとおぉおぉぉ、お前やる気あんのぉぉぉおお!」
 すぴー
 目をあけて寝ていた。
 ゴーレムは4体になった。
 ギーシュは、恐ろしく本気だ。

 地響きをたてて、ゴーレムが迫ってくる。計画外の事態にルイズはパニックになった。
 振り回そうが引っ張ろうが、ニャポーンは起きない。お腹の一部分は、相変わらずぺったんこだ。これって、お尻の穴からストローを差し込んで、ぷーってしたら膨らまないかしら……って、そんなこと考えてる場合じゃないのよ、ルイズっ!
 どうする? どうする? どうしよう。

 その、時。

 閃光とともに、誰かがゴーレムとルイズの間に飛び込んできた。

「我らが聖女! 無粋な真似をお許しくださいっ! あのメイジは未だ小物、聖女様のお力を発揮するには及びません! そう、今こそ私の真の力を見せる時ッ!」

 ルイズを庇うようにゴーレムの前に立ちはだかるその少女は、トリステインでは珍しい黒髪を、急に吹き始めた風になびかせていた。なんか知らないが、太陽が必要以上に輝いている。それっぽい音楽は幻聴だろうか。

「シ エ ス タ?」

 呆然とする観客と二人の前で、学院のメイドは微笑んで、空高く飛び上がる。

「秘技・カッコいいポーズ!」

 くるくると意味もなく七色の光をまとって回転後、ビシィッと、凛々しく彼方を指差したまま、ありえない感じに空中に静止。
 確かにカッコいい。すごくカッコいい。およそ、カッコいいポーズといわれて、つい想像してしまうようなカッコよさが目の前に展開。
 だから、全員が見ていた。見ていたどころか見つめていた。
 目がそらせない。
「さあ、聖女様、私が抑えているうちに、あの不埒なメイジを成敗してくださいませ!」
「いや……その、ね?」
 もちろんルイズ自身も例外ではない、メイドから目が離せない。動けない。

「無理」

「えええええええっ!」

 カッコいいポーズを、広場の真ん中でカッコよくキめたまま、黒髪メイドは叫んだ。
 そして、集まった全員が常ならぬメイド鑑賞会をしていたが、眠りの鐘が使用されたらしく、全てがうやむやのまま眠ってしまうことになってしまった。


 気がついてすぐ目に入ったのは、床に額をこすりつけているあのシエスタというメイドだった。ここにもし某平民の少年が居たのならば、それは土下座だと言っただろう。
「聖女様! ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません! ここはこの腹かっさばいてお詫びをーっ!」
「やめてーっ!」
 どこからともなくナイフを取り出して、服をたくしあげ、腹部に突き刺そうとするメイドを、手近にあった使い魔を振り回してぶつけて止める。その騒ぎを聞きつけたものか、扉の向こうが急にうるさくなって、ミスタ・コルベールが姿を現した。とんでもないことに、その後ろにはオールド・オスマンまで居る。
 シエスタが、何事もなかったかのように、さっと立ち上がって場所をあけた。
 医務室だった。
 眠りの鐘を使用されて、どれほど寝こけていたのか疲れがたまっていたのか、かなり時間がたっているようである。カーテンの外が暗い。他の生徒達は、皆すぐに気がついたのだろう。
「気がつきましたか、ミス・ヴァリエール、心配しましたよ」
「オールド・オスマン、ミスタ・コルベール。勝手に決闘などをして、本当に申し訳ありませんでした」
 とりあえず決闘をしたことを謝罪する。これに関しては、大事にならなかったこともあり、ギーシュともども追加のレポート3つと次の虚無の曜日の自室謹慎で片がついた。
「これからが本題なのだがね」
「わたしの、秘技のことでございますね」
「ああ。ミス・ヴァリエールが目覚めてから、全てを話すと君は言っただろう」
 いつの間にそんな展開に。
「さっきのポーズのこと?」
「はい、全てといいましても、大したことはお話できないのですけれど……ずっと以前に村にやってきた不思議なご老人に教えていただきました」
「ちょ、ちょっと待って。そうすると、あなたの出身村では皆、アレをするの?」
「いいえ、私だけしか「てきせい」がなかったようで、私一人しかできないのです」
 ルイズは、心の底からよかった! と、思ってしまった。一つの村の住人が全部アレをやっているところなど、想像するだけでカッコいい怖すぎる。
 すぐに村を出て行ったというその老人は、別に耳がとがっていたわけでもなく、魔法自体が、先住魔法にしては微妙、生活の役に立つのかという点においてもやっぱり微妙という代物で、ずっとシエスタ自身忘れていたも同然だったという。

「なるほどのう……」
 医務室に入って、初めてオールド・オスマンが言葉を口にした。
「アカデミーに伝えるにしても、微妙ですね」
「そうじゃのう。研究しようにも、見てしまった全員が動きを止めてしまっては意味がないじゃろ」
「ではこの件は不問ということでよろしいですか?」
「それでいいじゃろ、眠りの鐘に準ずるマジックアイテムが発動してしまった、とでも言っておけばよろしい」
「ありがとうございます」
 シエスタは、深く頭を下げた。

 病み上がりだから様子を見るということで、一晩またも医務室のお世話になることになってしまったルイズを残して、教師二人は出て行ってしまった。
 メイドの仕事があるシエスタも一緒に出て行くと思ったのだが、当然といった顔で、傍らに立っている。
 今日はさんざんだった、まさかニャポーンが、目を開けたままキモく寝こけているなんて。この、目の前のメイドがいなかったら、危なかった。守るべき平民に助けられるなんて情けないとルイズは思ったが、事実を認められないほど狭量でもない。
 そうよ、私は平民に助けられたんじゃないわ、あの技に助けられたのよ。そうよそうよ。それに対して礼をするのよ。だから大丈夫、問題なし。

「……シエスタ、だったかしら、あの、さっきの事だけど、礼を言……」
「聖……女っ様がっ! 私の名前を覚えてくださったぁあぁぁぁっぁああ!」

 ズダアァアァァアアンと、音をたてて、黒髪メイドは床に倒れた。

「五体投地いらない! 五体投地いらないからっ!!」

 感極まって、すすり泣いているシエスタ。かなり思い込み激しいタイプらしい。
「私の村には言い伝えがあるんです。そのもの、長き胴の猫を抱いて、ヴェストリの広場に降り立つべし……」
「何そのピンポイントッ!」
「今作りました」

 やりとげた表情だ。

「今作ったんかいッ!」
「お気に召しませんでしたか聖女様! ああもう、この罪は万死に値しますっ! シエスタ今この場で腹かっさばいてお詫びをーっ!」
「だから、やめてーっ!!」


 後日、黒髪メイド謹製の猫袋が完成した。金糸銀糸で縁取られ、祖父から伝わったという意匠を真っ赤に、でかでかと真ん中にすえたそれは、とてもとても目立っていた。不必要に目立っていた。
 思わずルイズが、もっと地味なのがよかったのに……と口にしたら、またしても、腹かっさばいて……と、やり始めたのであわててとめた(セップクという由緒正しい謝罪の方法だという。ロバ・アル・カリイエ恐ろしい)。そして、あきらめた。
 もしここに某平民がいたとしたら、その意匠が漢字で「尻」だとわかっただろう。元は悲壮感漂う「屍」だったのだが、意味がわからず、長い年月のうちに適当に省略されてしまっていた……というのは、ルイズにもシエスタにも知る由もない話である。

つづく



[22826] ただしまほうはしりからでる5
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/18 21:25
 見知らぬ天井だわ……

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは思った。
 本当は天井と言うか、空と表現した方が正しいような気がするし、微妙に記憶にあるような気がするのだが、認めたくない、思い出したくない。
 ちょうど良く横たわっているし、下は変に生暖かいし、このまま目を閉じて眠ってしまおうそうしよう。
 彼方に見える、彼方から彼方に張り巡らせた綱の上を後ろ向きに歩きつつ、右人差し指を左の鼻の穴につっこみ、左手で白パンをお手玉し、尻で乗馬鞭を挟みながら「命を大事に!」と、叫んでいる熊に酷似した変な物体は幻覚よ、無視しましょう。

「やあ、こんにちはー、くまたいようだよ!」
「わ、わたしは何も見てない聞いてないあれは幻、そう、夢よ夢」
「そうだよー、今、ぼくは、君の夢の中に入ってるんだー」
 くまたいようはルイズの視界に強引に入り込み、にっこりと笑った。無性に腹が立つ。
「いったい何しに来たのよッ! これ以上わたしを追い詰めるつもりなのっ?! そうっ?! そうなのね! きっとそう! ああもうわたしってば、なんて可哀想な星のもとに生まれたのかしらっ!」
「君……なんだかすさんだねー」
「あんたに言われたくないわっ!」
 乙女は、尻で埋め尽くされた屈辱の記憶を思い出し、目の幅涙を流して叫んだ。
「魔法のことなんだけどねー」
 ルイズの苦悩などものともせず、ひたすら自分都合でくまたいようが話し始める。系統魔法はスクウェアレベルになるかわり、尻から出る、それはわかっている、身をもって体験している。そこにコモンも追加された、それもいい、ロックの魔法ででわかっていたから、それほど驚かなかった。ならば、このくまたいようは何が言いたいのだろう。
「虚無の魔法なんだけど、これだけ違うんだよねー」
「え?! 何?! 何なの? それ伝説じゃない? なんでわたしに関係あるの? いや、突っ込むところはそこじゃないわね。虚無魔法はお尻関係ないのっ?! 杖から出ちゃうの?! だったら死んだ気で虚無魔法探すわよ! ああ! ブリミル様くまたいよう様、わたし生きててよかった!」

「虚無の魔法は鼻から出るよー」

「は?」

「角度を調節するなら、ブタ鼻がオススメー」

「……」

 夢の中も非情である。

 ルイズの何もかもが、停止した。

「フザけんなゴルァアアァアァ!」
 ルイズ・フランソワーズは貴族である。すさみつつあるが、清楚で可憐な乙女である。だが、あっさりと我慢の限界を超えて、やはり右拳を、くまたいようの顔面中央に全力で叩き込んだ

 そんなこんなで、せっかくの虚無の曜日にもかかわらず最悪の目覚めだった。
 オールド・オスマンから謹慎を申し渡されていて、どこにも出かけることはできない。学院内も、あまり出歩かないように言われているので、遅めの朝食を取った(聖女様は厨房の平民に優遇されているのだ)ルイズは、自室に帰り、ため息をついた。
 座学の予習でもしようかと、教科書をめくるが、さっぱり頭に入ってこない。
 ニャポーンは、相変わらず何も考えてない顔で、干草の上にでろれんと伸びていた。不思議なことにギーシュに踏まれてぺったんこになった体は翌日には戻っていた。突っ込む気力もなかったが。
 こんな日に限って、嫌味なくらい外がいい天気だ。

「ヴァリエール、居るの? 開けるわよ」
「何よ、ツェルプストー、謹慎中でどこにも行けない私を笑いに来たの?」
 文句を言いつつも、ルイズは入ってくるキュルケを止めることはなかった、さすがにひまだった。今はツェルプストーでもいいから、退屈しのぎの話し相手が欲しい。
 唯一つ驚いたことは、褐色の乳女の後ろから、青い髪の少女がついてきたことだ。確かガリアからの留学生で、タバサという、いかにも偽名くさい偽名の子だ。
「あなたの使い魔が見たいっていうから、つれてきたの。いいでしょ?」
「まあ、いいけど」
 小さく一度だけ頭を下げたタバサは、すぐにニャポーンに近寄り、もふもふとし始めた。
 お互いがお互い、感情の見えない顔で、ただもふもふしている。わかりにくいが、なんか、こう、恍惚としているようだ。時折「可愛い……」とか呟いている。自分の使い魔ではあるが、悪趣味ではないかとルイズは思った。
 その、心に抱いた感想はキュルケも同じだったようで、微かに引きつった顔をしていた。
 あの子は放っておきましょう! と、目と目で会話。

「そういえば、ヴァリエールが意識不明になっている間に、学院に盗賊が入ったのよ」
 勧められる前にさっさと椅子を引いてきて座る。さすが野蛮なゲルマニアだ。心の広い優雅なトリステイン貴族たるルイズは、それくらいでは、まあ、怒らない。ヒマだし。
「土くれのフーケ、あなたも知ってるでしょ」
「ああ、金持ちや貴族だけを狙う盗賊ね。義賊とも呼ばれてるんだったわよね」
 巨大なゴーレムを使い障害物を破壊して、目的の品を奪うという、まことに大胆で大雑把な盗み方をする盗賊で、下々の者にはやけに人気があったと記憶している。
 ゴーレムを作ることから、貴族崩れの土メイジと言われているが、仲間がいるのか、いないのか、男か女かということもわかっていないらしい。
「ふふっ、きっと陽気で情熱的……だけれども細心の注意力を持った野性味溢れるすてきな男よ」
「そんなことないわ、金髪に冷たくも寂しげな蒼い瞳をもった美青年という可能性もあるでしょ」
「それもいいわね、両親を無実の罪で殺されて復讐を誓った美青年。昼は優しい眼鏡の書記で、夜は盗賊のフーケ! 白磁の肌に映える黒いマントとフード! いいわ、それすごく燃えちゃうわ!」
 ルイズは想像した。ちょっと、ときめいた。
 フーケは男だと断定しているが、乙女の夢だ、これくらいはいいだろう。
 ひとしきり、わたしの考える格好いいフーケ様談義で思わず盛り上がってしまった二人。しかも、キュルケが自室から美味しいと評判の果汁の瓶を持ってきたので、さらに話し込むことに。
「そんな男に見つめられて、「お前だけだ」とか言われたら、微熱が高熱になってしまうわ」
「一生守ってやる……とか、耳元で囁かれたり」
「乙女ね、ヴァリエール」
「意外なことにあんたもね、ツェルプストー」
 しばし二人して乙女夢時間突入。

「そういえば、何を盗まれたの?」
「それがね、破壊の杖という名称のついたオリーブの首飾りだって」
「なんで、首飾りが破壊の杖なのよ」
「そうやって宝物庫保管庫録に登録されてたんだから、しょうがないじゃない」
 どうやら、破壊の杖という名前の、オリーブ製の首飾りらしい。
 まったくややこしいが、がそういうことなのだから、そういうことなのだろう。しかも、それは学院長の私物で、マジックアイテムなことは、マジックアイテムだが、大したものではなかったというから泣ける。
 それでも、宝物庫を破られて宝物を盗まれたことは間違いないため、学院は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。被害届を出すか?! いや、それでは学院の面目丸つぶれだ! 大したマジックアイテムじゃないんじゃし、今後の警備を厳しくすればいいんじゃろ? そんな問題ではありません学院長! などなどなど。
 そこへ、逃げ出すフーケらしき人影を見たとミス・ロングビルが言い出したため、急遽フーケ討伐隊が組まれることになった。
 討伐隊として、発見者であるミス・ロングビルは当然として、なんとオールド・オスマン御自ら、そして事件当日の当直ということでミセス・シュヴルーズ、さらになぜかミスタ・ギトーまでもが選ばれた。
 こうして、どこをどう見ても盗賊より怪しげなデコボコ隊は早速フーケ討伐に出かけたのだが、隠れ家だという空き家に着いても肝心のフーケはおらず、ただ、戦利品であるはずの首飾りだけがぽつんと置かれていたという。
「破壊の杖っていうから、てっきり杖だと皆思っていたそうだけど」
 オールド・オスマンが、あー、これは破壊の杖という名前の首飾りじゃ、と、言って終わり。

「実はひどかったのはそれからなのよ、ヴァリエール」
 意外に情報通なキュルケは、生徒達にはおおやけにされていない情報を話し始めた。

 学院へ帰る途中、つい出来心で、オリーブの首飾りをかけてしまったミス・ロングビル。そのマジックアイテムの悲惨なマジックアイテムっぷりを身をもって体験する羽目になってしまったのだ。
 杖を振れば、ぱんぱかぱーんという音と共に、花と紙ふぶきが舞い。ポケットを探れば、ボールがごろんごろんと飛び出してくる。でっかくなった耳の穴からコインが転がりだして、何故だか知らないがミスタ・コルベールにカードを見せて番号とマークを覚えさせる始末。食事をすればフォークを曲げ、スプーンを引きちぎり、口を開けば色とりどりの紙と金魚が連続して落下、酒の色を変化させ、鳥をナプキンの中から取り出す。うん、ちょっと年を考えようか、という感じの際どくもケヴァい格好にマント一振りで生着替え、そのままマリコルヌを浮かせて回転させて、箱の中からどこかへと移動。わけわからんポージングつきで、スモークの中から華麗に再登場。
「折れたはずの杖が、まあ不思議、はい元通り~をやったとき、ミス・ロングビル泣いてたわ」
「まさに色々なものが破壊の杖ね……」
「まさに色々なものが破壊の杖よ……」
 そんな呪われアイテムが数多くあるという学院宝物庫、なんて恐ろしい。
「フーケ様が被害にあわなくてよかったわよね」
「まったくね」

 かくして、可哀想なミス・ロングビルは、そのまま宝物庫の明細を作るはめになってしまったという。今のままではどれがどういう機能があって、どう役に立つかわからない。下手に手を出すと、オリーブの首飾り再びである。それに、管理が行き届いていなくて、何が盗まれたのかわからないというのは、確かに大問題だ。
「気の毒に、このまえ前を通ったら、背中丸めてぶつぶつ言ってたわよ、ミス・ロングビル「終わったイベントを見張るって最悪じゃないかい……」とかなんとか」
「そんなことがあったのね」
「あったのよ」

 ルイズは、ちらりと扉を見て、天上を見て、キュルケの肩あたりを見た。いい時間だ、結構長く話し込んでいたらしい。息を吸って、吐いて、吸って。
「あの、ね、これからシエスタがクックベリーパイを持ってくるのよ、それで、いつも多めにつくってるそうだから、その、あの、別に、あんた達もヒマならここで食べていってもよくってよ!」
 最後の言葉を一気に言い放つと、キュルケは微笑んで、タバサは未だ飽きもせずにもふもふしながら頷いて答えた。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 王都トリスタニアにある、武器屋である。
 虚無の曜日にも開いているそこは、実直な主人が堅実に経営していた。このところアルビオン方面が何やらきな臭いせいか、それとも単に本当に貴族が平民に剣を持たせるのがはやりなのか、ぼちぼちの商いである。
 この店には、異名を持つ伝説の剣があった。
 デルフリンガーという立派な名をもつその剣は、インテリジェンスソードで、華美ではないが質実剛健そのままの、年代ものの立派な鞘を持っていた。
 その、素晴らしい鞘に引かれて、客はまずデルフリンガーを手に取る。どんなに隠していても何故だか探し当ててしまう。そして、店主が止めるのもきかず、鞘から引き抜いてしまうのだ。

 鞘から引き抜くとおよそ3サントの刃がコンニチワー。

「短ッ!」
「使えねぇっ!」
「がっかりだ!」
「本当にがっかりだ!」
「ないわー!」

 ついた異名が、「がっかりの剣」。
 できた伝説が、「がっかり伝説」。
 今日も今日とて、つい手にとって鞘を抜いてしまった人が、がっかりしている。

「大丈夫、いつか絶対現れるぜ、デルフ、お前を作った人と同じシャレ心を持った、陽気で愉快な白馬を背中に乗せたひょうきん王子様がな……」
「よせやい、そんな優しい目で見るなよ親父ィ……俺っちには実は真の姿が……」
「わかってる、わかってるさ、無理するなデルフっ!」
「……ち、刀身に心の汗が滲むぜ」

 伝説の剣の現実もまた、非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる6
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2010/11/30 21:36
 その悲劇は、オールド・オスマン不在時におこった。

 学院長は、盗賊フーケの後始末報告兼、姫殿下の魔法学院への御幸打ち合わせなどなどで、王都へ出かけて朝から不在だった。そのせいで、とは言わない、ただ、まさか、こんなことになってしまうなんて……ルイズは自室で、ベッドの端に腰かけ、ニャポーンの胴体を無駄に引っ張りながら、がっくりと落ち込んだ。
 ここに立てこもりを初めて、もうどれだけになったのだろう。このままでは、昼食もとれないし、お手洗いも行けそうにない。前者はともかく、後者は悲惨だ。
 くまたいように出会ってからというもの、何かしら不幸に見舞われている気のするルイズである。
 廊下から聞こえる音が、ひたすらうるさい。スクエアレベルのロックがかかっているから、まさか開けられることはないだろう、そう、思いたい、そうなるはずだ、そうであって欲しい。
 だが、次の瞬間、ルイズの淡い希望はそのまま儚く消え去った。

 扉、消滅。

 恐るべき魔法の炎による高温で、一気に炭化したのだ。
 そして、もくもくと広がる煙と、吹き込む熱波の向こうで、男二人が、イッちゃった目で羽ばたく鳥のポーズを決めていた。

「ウニョラーァァァァアァアアァアアァ!」

 頭が寂しい男性教師は、なにやら籠を持っている。

「キロキロオオォオォォオオオオオオォ!」

 風を妄信する男性教師は、杖を振ろうとしている。

「トッピロケエエェエェエエェエェッ!!」

 寸分の狂いもなくセリフを全うした満ち足りた二人。

 元は教師だった物体を前に、乙女らしい悲鳴をあげることすらせずルイズは思いっきり使い魔を振り回して叩きつけ、相手が体勢を崩したその間をすり抜けて部屋から走り出た。
 あの、温和なミスタ・コルベールが、なぜ? どうして、こんなことにっ?!
 ミスタ・ギトーもそうだ、性格は悪いが、こんな奇声をあげながら、変則スキップで追いかけてくるような変態ではなかったはずだ。
 使い魔を引きずりながら、廊下を全力で駆け抜けつつ、ルイズは、自分が自室に立てこもった時よりも、事態がさらにひどくなっていることを知った。

 見知った者のほとんどが、「ウニョラー!」「キロキローッ!」と、叫びあいながら、走り回っている。例えば、ギーシュが「ウニョラー!」と言うと、モンモランシーが「キロキロー!」と叫びながら、互いに鼻に指を突っ込みあうという状態だ。あちらでは、シャーッ! と、腹を片手で掴んで揺らすという意味不明の威嚇をしたマリコルヌが、やっぱり変則スキップをしながら、パンをレオナールの耳にねじ込んでいる。

「何がおこったの? 何がおこったのよ……」

 ルイズが無事だったのは、単に教室の扉が開かれ何かがおこったその時、ニャポーンが鳴いたという偶然に助けられただけにすぎない。
 幾度目かの角を曲がった時、不意にルイズの服の袖を誰かが引っ張った。

「ひっ!」
「声を出さないで」

 見れば、ちょうどニャポーンが鳴いて、周りを無気力に落とし込んだルイズの教室の前だった。その教室の扉を少しだけあけて、タバサが唇に人差し指をあてていた。こちらへと促す言葉に従い、そっと室内に入ると、彼女が飛び出した時そのままに、全員がやる気をなくして、ぐんなりと床に倒れていた。キュルケもいる。
 もしも、ギーシュやモンモランシーと一緒に、さっさと教室を出ていたら、ヴァリエールのライバルも、今頃は、ウニョキロな変態になって颯爽と走り回っていたかと思うと、なんだか知らないがルイズは目頭が熱くなった。

「タバサ……よね、原因、知ってるの?」

 こくりと小さく頷く。この短時間で原因を突き止めることができたとは、シュヴァリエの称号を持っているという話は本当のようだ。今現在、恍惚とした顔で、もっふもっふとニャポーンの毛皮を触りまくっている姿からは想像がつかないが。
 言葉少ない彼女の説明を、脳内で補いつつ聞いて、ルイズは呆れた。
 ことのおこりは、風が最強と言い張るミスタ・ギトーがミスタ・コルベールに絡んだことらしい。いつもならば、どっちもどっちだとオールド・オスマンが、なんとなく丸く治めてしまうところなのだが、本日は不在。
 調子にのったミスタ・ギトーが、ミスタ・コルベールが火の有効活用研究同盟を結んでいた厨房の料理長マルトーを馬鹿にしたことで、沸点突破。もちろん爆発したのはミスタ・コルベールではなくマルトーの方だ。
 ブチ切れた料理長は、東方原産だというアオトウガラスィなる野菜が満載された籠を、ミスタ・ギトーにぶつけた。

「ちょっと、それって大変なんじゃない?! 平民が……」
「そう、大変。だからぶつかる直前にミスタ・コルベールが籠を受け止めた」
「それがどうして、こんなことにつながるの?」
「アオトウガラスィを、食べた。ミスタ・ギトーが」
「よくわからないんだけど?」
「辛かった。とても辛かった……の……ウニョッ!!」
「ひいぃいぃっ!」

 ルイズは、悲鳴をあげて逃げようとして、派手に尻餅をついた。
 今まで落ち着いて話をしていたはずのタバサが、アレな感じのアレになって、スベスベマンジュウガニの威嚇のポーズになりそうだったのだ。だが、タバサは最大限の意志力を働かせて、ゆっくり両手を下ろした。こめかみに汗が滲んでいる。

「ウニョ……ニョ……だ、大丈夫、私は耐性があるから」
「耐性っ?」
「ハシバミ草」
「ハシバミ草は苦いでしょ? あれは辛いんでしょ?」
「口の中の刺激物に」
「微妙だけど納得してみたわ!」
「でも、それだけ……ウニョラアアァアアアアアァアアッ!」
「うひいぃぃいいぃっ!」

 ルイズは、悲鳴をあげて両手を振り回したが、当然のことながら使い魔は目を開けて寝ていた。

「だ、大丈夫ウニョ」
「嘘だッ!」
「……私はまだ戦えるウニョ。私のために散った、オサール太郎のためにも、ここで負けるわけにはいか……ない」

 タバサに新しい設定がついた!

「とりあえず私がウニョラーと言い出したら、キロキローと答えてくれたら大丈夫。呼応の合図というか合いの手みたいなものだと観察していてわかったから」

 そんなもの観察したくないし、わかりたくもなかったが、ルイズにとってのマトモな味方は今はタバサだけしかいない。ああ、どうしよう、足元でいい感じでダラけている褐色乳女の顔を踏みたい。

「これを、ウニョキロの法則と名づけた」
「つけんなッ!」

 ああ、ブリミル様、ちいねえさま、私どんどん荒んでいっているような気がします。こんなの、乙女の、レディの言葉遣いじゃありません。これは私のせいですか? せいなんですか? 教えてくださいブリミル様、ちいねえさま。

「本当に大丈夫、まだトッピロケーまではいってないから」

 基準がわかりません。

「泣いていい? ねえ、私泣いていい?」

 まとめると、最初に出来心でアオトウガラスィを食べたミスタ・ギトーがウニョラーになった。それを止めようとしたミスタ・コルベールも、アオトウガラスィを食べさせられて、キロキローになってしまった。
 結果、ミスタ・キロキローがアオトウガラスィを投げつつ炎で相手を足止めし、ミスタ・ウニョラーが投げ上げられたアオトウガラスィを、風の魔法で人々の口につっこんでいくという、嬉しくもない見事なコンビネーションが炸裂することになったというわけである。

「これからどうするの?」
「あなたの使い魔が鳴けばすべて解決する」
「無理。寝てるわ」
「……」

 目を開けたまま気持ち悪く熟睡中。相変わらず、ここぞという時に役にたたない使い魔である。シエスタの秘儀ならどうかとも考えたが、アオトウガラスィ効果が切れるまでずっとその場で硬直しているというのも、無理があるだろう。
 シエスタ自身が、まず、敵コードネーム[二人はウニョキロ]にやられていないという保証もない。
 言うべき事は全て言ったとばかりに、再び無言でもっふもっふと使い魔をもふり始めたタバサを見て、ルイズはため息をつきながら膝を抱えた。

 すると、遠くからガランガランという鐘の音が聞こえてきた。
 涼やかな鈴の音ではない、バケツに石を放り込んだような、耳障りな音である。なのに、ルイズは急な眠気に襲われて、一瞬意識を飛ばしかけた。

「ベルー、ベルはいらないかい? ベルだよー! あら、あなたたちも無事だったんですか?」
「ミス・ロングビル?!」
「ええ」

 大小5つのベルを首と肩にぶら下げた学院秘書は、廊下に立ったまま、綺麗に微笑んだ。

「ベルはいりませんか? 宝物庫で見つけた、効果保証済み、眠りの鐘[小]。今なら貸出料1日10エキュー。先着4名様」
「金貨取るのっ?!」
「学院の物」
「変なマジックアイテムを発動させて地獄を見たり、上司にセクハラされたり、血反吐はきつつ涙にくれたりしながら頑張って宝物庫目録を作っている私への寄付金だと思われると気分が楽ですよ」

 やはり美しい微笑だ。だから、瞳の奥が妙にドス黒いのは、ルイズの気のせいなのだろう。

「払う。でも今はないから後払いで」
「しょうがないから、私も払ってもいいわよ。ここにはないから後払いになるけど」
「はい、どうぞ。使い方は、これを振りながら、眠れを繰り返してください。当然ですが、持ち主には眠り効果はありませんから。では、代金は後ほどということで、失礼いたします」

 ベルを売り売り歩くミス・ロングビルの後ろ姿を見送った後、ルイズはタバサと視線を交わし、頷きあった。これで当面の身の安全は保証されたわけだ。眠れ眠れねーむれーと言いながら、ベルを振るのは間抜けだが、背に腹はかえられない。
 ちょうどよくあそこにウニョラー化した生徒がいる、鐘をためすのも悪くないとルイズは思った。

「眠れねーむれーねーむれーねむれー!」
「眠れ眠れ眠………………あ」

 ガランガランガランガラ……

 途中で何かに気づいたらしい棒読みタバサの声と、やる気満々のルイズの声、そしてドラのようなベルの音が途切れるのは同時だった。二人同時に床にばたりと倒れ伏す。
 つまり、ルイズの眠りの鐘[小]がタバサを眠らせ、タバサの眠りの鐘[小]がルイズを眠らせたのだ。確かに鐘は、その持ち主には効果を及ぼさない、その、持ち主、には。タバサは気づいたらしいのだが、もう遅かった。
 薄れゆく意識の中で最後にルイズが見たものは、鼻風船を出す熟睡使い魔の姿だった。

つづく



多分どうでもいいおまけ。

 ガリア王宮のプチ・トロワである。

 厳重に人払いをされた王女の居室に、一人の王族がいた。今現在のガリア王、ジョゼフの一人娘イザベラである。無能王の娘と、何かしかにかけて謗られる王女は、眉間に深いしわを寄せて、それを見つめていた。
 それ、とは一つの鉢植えである。つい先日、いつもの魔法の礼に珍しい花を取り寄せた、と、ドヤ顔で父王が置いていったのだ。
 珍しい人面花は、とにかく濃い顔(人面)の周りに、花びらがびっしり取りまいているかのような外見を持つ、お世辞にも美しいとは言い難い花である。そもそもコレを花と言っていいのだろうか。そうであるなら、世の他の花が気の毒すぎだ。
 というよりも、あのクソオヤジのことだ、絶対にこの奇怪な花には裏があると、王女は思った。

 現に、手に入れたその瞬間、花はイザベラの杖を奪い取ったのだ!

 だが、すぐに返した。しかもツルでリボンがしてあった。

 この間は、何かを話しかけようとしてきた……

 だが、昼過ぎから夕暮れまで待っても何も話さなかった。昼食を食べ損ねた。

 先日は飛んでいる虫に、ツルを伸ばしていた。まさか食虫植物?!

 と、思ったら、ツルを伸ばしただけだった。じっと待っていたら、虫にかまれた。

 あんまり腹が立ったので、むしりとったら、手の平が痛くなった。

 まさか毒草? ええい、わたしだって水メイジなんだよっ! と、治そうとしたら、すぐ治った。振り上げたまま行き場をなくした杖で、そのまま花をぶん殴ろうとしたら、鼻(推定)で笑われた。

 どうにでもなれ! という気分で、踏みつけて、火をつけた。

 翌朝には何事もなかったように、復活していた。気味悪がって、誰ももう水遣りどころか近寄ることすらしなくなった。自分も同じ目で見られている。色々と納得がいかない。

 アカデミーに匿名で寄贈した。

 すぐに返品された。

 これはもう単に、ク ソ オ ヤ ジ の、新しい嫌がらせではないだろうか。

 相変わらず青髪の乙女にとって、現実はとてつもなく非情であった。



[22826] ただしまほうはしりからでる7
Name: MNT◆809690c0 ID:e3975a1c
Date: 2011/01/15 14:32

 ルイズは、新品になった自室のドアを開けて廊下に一歩出たところで、そのまま固まった。

 爽やかな朝の光の中、見慣れた学院の廊下に、見慣れたモンモランシーと見慣れたギーシュのワルキューレが存在していた。
 そして、見慣れないミスタ・コルベールが、ルイズのはるか頭上からこの上もなく優しい微笑みを、投げかけていた。暖かく、慈愛に満ち溢れ、何もしてないのに「ごめんなさいっ!」と、叫びつつすがりつきたくなるような、笑みだ。

「おはよう、ミス・ヴァリエール」
「おおお、おは、おはようございます。ミスタ・コルベー……ル?」

 思わず語尾が上がってしまった彼女を誰も責めることはできないだろう。
 学院内でも、出来た先生と評判の高い、でもちょっぴり変人なコルベール教師は、ルイズのはるか上、廊下の天井にこぶし三つ分ほど余裕を残しつつ、ぷかぷかと浮いていた。
 いや、普通に浮いているだけなら、何か理由があってレビテーションをかけているのだと思えただろう、だが、ミスタ・コルベールは、いつもとかなり違っていた。

 何がって、その頭が。

 額部分鋭意拡大中のそれはいつものことなので、それでいいとして、その他の部分が、爆発していた。
 もしもここにニホンの平民少年がいれば、それはアフロだ! と、言い切ったことだろう。しかし、もちろんいないので、なんか知らないが、ミスタ・コルベールの頭髪が爆発している、としかルイズは表現しようがなかった。

 しかも、腰部分に綱が巻いてあって、その先をギーシュのワルキューレが握っている。言い方は悪いが、どこをどう見ても、犬の散歩です怪しすぎます変態すぎますありがとうございます。[このモンモランシーがヒドい]ぶっちぎり年間一位です。

「これは夢ね、おやすみなさい」

 ためらいもなくきびすを返し、自室に戻ろうとしたルイズだが、腕をモンモランシー掴まれてしまった。
「いやっ! 私を一人にしないでっ!! 一緒に教室へ行きましょう! 一緒に! 一緒に!」
「嫌よッ!」
「そう言わずにっ! お願いっ!!」
「変態は一人で十分よっ!」
「変態言わないでっ!」

 モンモランシーもルイズも必死だ、腕の引っ張り合いを続けていると、隣の部屋からキュルケが出てきた。
 すべての動きが停止する。ルイズの腕をがっちり掴んだまま、モンモランシーはぎこちなく笑った。
「あ、あのね、キュルケ、これは……」
 聞いているのか、聞いていないのか、ゲルマニアの留学生は、とてつもなく穏やかな表情を浮かべている教師を見て、ワルキューレを見て、モンモランシーを見た。その瞳には、ルイズが浮かべることができなかった、理解と、ある種の好奇心が浮かんでいる。

「大丈夫。わかってるわ、、モンモランシー」
「そ、そう?! わかってくれる? わかってくれるの?!」

 褐色の肌の乙女は、ゆっくりと頷いた。香水の異名を持つ少女の顔が輝く。

「で、何のプレイ?」
「……」

「わかってねえだろっ!!」

 倒れるように廊下につっぷして泣き出すモンモランシーの代わりに、ルイズは力いっぱい裏拳で突っ込んでいた。ああ、ブリミル様ちいねえさま、わたしは淑女です、乙女です。ヴァリエールの娘です。
 だから、これはきっと私を貶めるためのツェルプストーの罠なんです。胸の無駄な弾力に阻まれてダメージ足りてない、うぜぇ、今度は別の所狙おう、とか思っているのは、わたしじゃないんです。

「泣いてはいけませんよ、ミス・モンモランシ。これは、罪、そして罰なのです。ああ、ダングルテールの罪がこんな形で……」
 どこまでも優しいミスタ・コルベールであるが、目がかなりイッちゃってる。
 教師の言う、ダングルテールが何かはルイズにはわからないが、髪を爆発させて、ぷかぷか浮きながら、乙女に先導されたゴーレムにペットよろしく引っ張られることが罰だなんて、どんなに恐ろしい罪だったのだろう。きっと考えるだにとんでもない罪に決まっている。

 そうこうしている間に、逃げそこなったルイズは、モンモランシーから聞きたくも無いことの顛末をキュルケと一緒に聞くはめになってしまった。
「発毛剤を作る研究をしていたのよ」
 てかてかと頭部を部分的に光らせたミスタ・コルベールが頷いている。
 モンモランシーがたまたま提出したレポートを見て、コルベール教師が興味を持ったのが初めだという。頭皮には、毛の生える元があり、それを水の魔法で活性化すれば、再び頭髪が生えるのではないかという、香水よりもある意味成功したら売れに売れそうな商品の発想である。
 モンモランシ印の発毛育毛養毛剤で、頭部から世界征服! と、モンモランシーが思ったかどうかはさだかではないが、彼女は俄然やる気いっぱいの教師と供に、実用化に励んだ。
 寝る間もおしんで頑張った。
 それでも失敗続きで、最後に頼ったのが、実家にあった残り少ない水の精霊の涙を使うことだった。

 結果が、これ。

 確かに見ようによっては増えている。間違いなく体積も容積も飛躍的に増大している水魔法万歳。
 だが、元からなかったところはそのままで、逆に悪目立ちしていた。しかも、レビテーションもフライもかけてないのに、ふわふわと浮いているのだ。
 どんどんと遠いお空に去っていくミスタ・コルベールを、レビテーションをかけてあわてて追いかけて、手をつかんだのはいいのだが、そこは体重差で、重石になることもできず、自身もふわふわと浮かんでいく。
「ギーシュがいなかったら、危ないところだったわ」
「つまり、この、ワルキューレは重石ってわけね」
「そのギーシュはどうしてるのよ」
「オールド・オスマンに相談しにいってもらってるわ」
 モンモランシーは、長い長いため息をついた。それはそうだろう、貴重な材料を無駄にしたあげく、停学させられても文句のいえないアレな仕打ちを教師にしてしまったのだから。しかも、こんな変態プレイと同然の公開処刑つきで、これで人生イヤにならなければおかしいというものである。
 ああ、モンモランシー、今なら私、あなたを友人と思えるような気がす……

「あのギーシュが、何があっても君を守ってみせるって……」

「……」

 あんた達、いつの間にヨリ戻してんのよ。

 前言撤回、背中の猫袋から使い魔を取り出したルイズは、無言でニャポーンの尻を、モンモランシーの顔に押し付けた。
「何? フザけたことを言っている口はこの口なの?! この口なのっ?!」
「いやあぁあぁぁ、お尻やめてぇぇぇ!」
 セリフだけだとひどくアレな感じだが、乙女二人は気づいていない。
「気持ちはわかるけど、まあ、落ち着きなさいよヴァリエール、で、どうするの? これは治るの?」
「もう一度水の精霊の涙で薬を作ったら、もしかしたら……」
「いいのですよ、ミス・モンモランシ。私のためにそんな高価な薬をこれ以上使わせるわけにはいきません」
 モンモランシーの良心を、ざくざく切り裂くような悟りきった表情で、ミスタ・コルベールは言った。
「コルベール先生……」
 涙でぐしゃぐしゃな顔で、モンモランシーはミスタ・コルベールを見上げた。本来なら教師と生徒の心の交流という感動の場面のはずなのだが、いかんせん猫尻を顔に押し付けられた生徒と、空中浮遊するアフロ教師である、お笑いにしかなってない。我慢できなかったキュルケが、壁に両手をあてて肩を震わせていた。

「ちょっと待ってもらおうかッ!」

 声を聞いて振り返ったルイズは、本日二度目の思考停止に陥った。
 頭髪を爆発させたミスタ・ギトーが、天井に両手をついて、体勢を保っている。
 数多くの高名なメイジを輩出した伝統と格式あるこの魔法学院に、いったい何が起ころうとしているのだろうか。スクウェアレベルの風の才能を誇る教師は、器用にフライをかけながら、ルイズ達の眼前までやってきた。最後に着天井に失敗して、頭を強打していたようだが、見なかったことにする。
 ついこの間まで、色々な理由で非常に仲の悪かった二人ではあるが、アオトウガラスィ事件以来、変なところでかみ合ったらしく、食堂で一緒に食事をとったり、コルベールの怪しげな実験室で二人で実験していたりしていた、のだが。

「一人は二人のためにっ! 二人は一人のためにっ!」

 意味がわかりません。

「共に、ちょい悪へびくんを完成させようと誓った仲ではないかっ!」
「……ミスタ・ギトー……」
「一緒に水の精霊の涙とやらを取りにいくぞ」

 見つめあう瞳と瞳。
 繋がりあう心と心(多分)。
 ほほえみと、頷き。

[あの強敵がなんと仲間に!]
[前回のファンなら思わずニヤリ!]

 そう、ふたりはアフロ Splash Starの誕生だった。

「いえ、その、ミスタ・コルベール、ミスタ・ギトー? 実はわたしの家は水の精霊とちょっと、その、疎遠になってまして、えーと、聞いてらっしゃいますか? というかミスタ・ギトーあの薬使っちゃったんですかー? 確かアレは私の部屋にロックをかけて……学院でアンロック使うの禁止で、いやそれよりもレディの部屋に無断で入るのはどうかと思うんですかどうかとか、そんなことを思わないでもなかったりするんですけど?」

 間違いなく聞いてない。
 周りをドン引きさせつつ二人は、肩を抱きあって自作自演「負けないちょい悪へびくん闘魂のテーマ」を歌っていた。柱の影から、マルトーが、目頭を押さえつつ見つめているのを、二人だけが知らずに。


 数日後、ルイズとキュルケは食堂で、タバサから、モンモランシーの実家であった事の顛末らしきものを聞いていた。
 何故ガリアの留学生がそんな所にいたのかという部分はつっこまないで欲しいと、最初に言われたので聞いてはいない。
 本当は、ふたりはアフロとギーシュ、モンモランシーがどうなってしまったのかも言いたくない様子だったが、ニャポーンもふもふ権で釣って話させた。
 時系列にそった、ほとんど主語述語のみの短文会話から推測したところ、なんとか水の精霊の涙を手に入れることは出来たらしい。それと交換条件で、アンドバリの指輪というアイテムを見つけ出して持って来いという話になり、色々あって二人は夜空の彼方に飛んでいった。

「ちょっと待って、その色々あってという部分が一番大事なところじゃないの?!」
「飛んでいった……って、二人ともナニゴトもなかったみたいに、普通に授業してるんだけどっ?!」

「わたしは生き残らなくちゃならないの……見ていて、ライオン師匠」

 タバサはシメに入っている!

 もはや突っ込む気力もなくしたルイズは、喜々としながら五体投地で登場するシエスタを見てただひたすらげんなりした。

つづく


多分どうでもいいおまけ。

 ロマリア教国である。
 本日は、教皇聖エイジス32世自らが祭事を行うということで、限界な警備体制が大神殿にひかれていた。
 もちろん、大聖堂には聖職者が隙間なく佇み、針の落ちる音すら聞こえそうなほどの静けさの中で、最高位の神の代理人の言葉を待っている。
 虚無の使い魔ヴィンダールヴたるジュリオもその一人で、司祭達に紛れるように聖なる主のお出ましを待っていた。
 赤い毛氈がしかれた上を、確かな足取りで進んでくる若き教皇。
 壇上に、立つ。



「おならぷぅ」


 ジュリオは吹いた。

「おお、始祖ブリミルは、おならぷぅをもたらされたぞ!」
「いったいどういう意味なのだ、ありがたやありがたや!」
「素晴らしきかな、おならぷぅ! ブリミルの威光は永遠なり!」
「おならぷぅ、素晴らしい、おお、な、涙が溢れてくる!」



「さらにぷぅ」


 ジュリオは倒れた。

「おならぷぅだけではなく、さらにぷぅとは!」
「奇跡だ!」
「私はこの日を忘れない!」

 イイ感じに今日もロマリアは迷走していた。


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