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[25420] 【習作】 多重奏のパルティータ (リリカルなのは:複数転生オリ主)
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/01/15 14:56

 はじめまして、小説を書くのはド素人の作者です。
 二次創作を書くのも初めてなので、アドバイス・感想などありましたらよろしくお願いします。


《注意事項》

・転生オリ主が3人出てきます、各々チート能力持ち。

・原作メンバーの中で死亡するキャラがいます。

・原作ブレイク。というか原作キャラの出番が少ないです。



 以上のことを踏まえたうえで、問題無いという方はこの先の本編へどうぞ。
 サックリと読める程度の長さで終わる予定なので、しばしのお付き合いを……



※ 改訂部分について
・タイトルを「きっとつまらない物語」から「多重奏のパルティータ」に変更。
・想定より長くなりそうなので。各話のタイトルを前編、中編といった区分けから、ep.に変更。



[25420] ep.01
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/01/14 12:49


「俺は『SSSクラスの魔導師』になって、生まれ変わる!!」


 薄暗い。ぬるりと指先に絡みつくような闇に支配された空間に、その願望を沁み込ませた『言霊』が浸みこんでいく。
 それと共に高揚に彩られたトンデモ発言をした《者》が、影を揺らめかせながら空間から消えていく。

 その過程を斜め後方の位置から見据えていた《男》は、呆れを含む雑多な感情を飲み下し、これからのことを予測しながら……冷静に、冷えた思考を巡らせる。


 左斜め前方には先ほどの《者》と同じ、影一つ。


 足元の琥珀色の燐光に彩られたその影は、さきほどの《者》と同じように男性的な――肩幅の広い、肉厚的なフォルムの――薄暗い、灰色の影法師(シルエット)。
 その影から発せられる言葉はボソボソとした篭った音質で、こちらがどれだけ神経を鋭敏にし、針の音も逃さぬとばかりに聞き耳を立てても、その意味までは気取らせてくれない。

『なかなか……用心深い』

 先ほどの、喜色満面といった雰囲気を隠そうともせずに己の願望を絶叫し、さっさとこの空間を退出していった《者》よりは、よほど思慮深そうだ。
 そう目の前の影を評しながら、神算鬼謀を操る類でなければいいが―――などと《男》は冷や汗をかく。

 もっとも、その自分の額を流れる汗はイメージのモノでしかない。

 なぜなら《男》もまた、この空間では《影》の一つに過ぎないのだから。




◆ ◆ ◆ ◆




 突然の衝撃、肢をもぎ取られる痛み、息を吐けない苦しみ、じわじわと抜けていく気力―――そして、意識を埋め尽くす『死』への恐怖。


 その果てに《男》が辿り着いたのが、この闇色の空間だった。


 その場には同じく燐光に浮かび上がった影二つ……《男》を入れれば影三つ。
 突然の舞台変換に戸惑ったのは、目の前の影たちも同じだったのだろう。どこか所在なさげに辺りを見回してる、そんな風に読み取れる影たちのあたふたとしたコミカルな動きに《男》はようやく思考に余裕を持たせることができた。

 だから、気づくことができた。


『たぶん……俺は、死んだのだろうな……』


 リソースを記憶領域に回し、さかのぼった先にあったのは視界の九割以上を占めたトラックの姿。
 その後の衝撃、痛みを思い返し―――――思考停止。

 ………『死の恐怖』など、掘り起こすモノじゃないな。

 そう断定付け。脳内で目の届かない、しかし重要案件という矛盾したボードに《注意》という名のピンで止めておく。
『気がついたときに、警告程度になればいい』
 死を冠する一連の出来事を、記憶領域の端にそのように留め置き。さてここは……と周囲の把握に努めようとした時に……『ソレ』は来た。




《―――、―――――――、―――》




 影が三体――ビクンと揺れた。
 あまりの高圧、重圧……不可視の、圧倒的な厚みを持ったその思念に射すくめられ、《男》に恐怖が蘇る。


《―、――――――――――、―――――――、――――――》


 影らの動揺をよそに、巨圧な思念が淡々と伝わってくる。

 抑揚も何もない、無常のごとく、揺るがない思念の淡々とした歩調(リズム)。

 その様はきっと、道を歩く者と、道路わきの雑草のような有様なのだろう。

 だから彼のモノは躊躇しないし、雑草の恐怖には意味が無い。


《―――》


 ……ほどなく、思念の伝えることは終わり。
 彼のモノはすでに空間から去った。
 そして残されたのは―――道標。





「あの……さっ! お前ら、でいいんだよな。あの………お前らもアレ、聞いてたんだよな、なっ!?」

 上気した、浮かれたような声音で《右の》影が唐突に喚き出した―――足元の円形燐光からは出ることはできないようなので、位置関係から《男》は脳内で右の影をそう称することにした。

 《右の》にさっきまでの委縮した姿はすでに無い……意外とこやつ大物やもしれん、などとつらつらと思考を《男》は進めていく。
 《右の》のそれに対し冷静沈着に、しかし震えを残すような声色で《左の》影も声を上げる。

「ええ、確かに伝わってきましたねぇ……生まれ変わり……ですかぁ」

 男か女か判別しがたい低めの声……しかしたぶん男だろう。ならば自分も同じように聞こえるのだろうか? そう脇見しながら《男》はさらに考える。

 ふと左の影がこちらを見たような気がした。
 それに対し警戒しないよう、させないように。《男》は意識的に落ち着いた声質で返答する。

「ああ、俺たちは死んで、もう元には戻れない……だから、次の世界へ渡るしかない……だろ?」

 先ほどの思念が伝えてきたのはつまりそういうことだ。その内容は……



○ 自分たちの希望の世界への転生。

○ 現在の記憶は抹消・引き継ぎ、どちらでも選択可能。

○ 望んだ能力を1つ付与。



 ………ずいぶんと優遇された条件だ、と《男》は思う。

 しかし……それもきっと、あの思念には意味が無いことなのだろう。
 雑草がどんな花を咲かせようが、《アレ》は気に留めるような存在ではないのだから。きまぐれに水をかけてやった――コレは、その程度のことだろう。

 その花がたとえ、毒の華、だったとしても。



 そして3人で決めたのが……『魔法少女リリカルなのは』の世界への転生。



 ………これに関しては《右の》のディベートの勢いが凄すぎた。としか言えないだろう。
 もっとも《左の》の誘導も上手く働いてたような気もするが、別に《男》自身も明確な不満があるわけではないのでここは中立的賛成ということで、3人の話はまとまった。

 さらに短時間の話し合いの中で解ったのは、《影》らの名前はすでに『無い』ということだ。

 記憶はあるのに名前だけ消されている事に《男》は訝しんだが、存在自体が生まれ変わるというのなら、きっとそれは『そういうこと』なのだろうと納得した。

 アニメ・漫画に関しては《男》にとっても趣味の範疇ではあったのだが、『リリカルなのは』に関しては、あいにくと《男》は友達のところで深夜アニメのケーブル放送(解禁版)を見に行ったついでに見せられた……そんな程度の知識しか持っていない。
 その際の友との、ひんぬーきょぬー論争でのディベートの熱さをこの場に持ち込んでいたのなら、《男》は希望通りの世界に行けたかもしれないが………それはまた別の『物語』。


 行く世界が決まった後は各々の能力を考える作業に移った。このことに関しては一人で考える――《右の》が何か言いたげではあったが、意図的に無視する。
 《左の》も同様に押し黙っている。

 ……あまり慣れ合うべきじゃない。

 それは単なる予感だ。しかし他に寄る辺が無い今、その勘に従うことに、《男》は決めた。




◇ ◇ ◇ ◇




 すでにココには居ない《右の》が選んだ能力が、先ほど自分で宣言した通り『SSSクラスの魔力持ち』なのだろう、そう《男》は思考を続ける。
 あの様子では『記憶持ち』であることも間違いない。
 なんとなく、《右の》が『原作』に介入するだろうということは、その雰囲気……というか、あからさまに分かりやすかった。

 『原作』はハッピーエンドの物語だ。

 たとえその道程が厳しくて、少女たちが心身に傷を負ったとしても。
 その障害すら乗り越えて、笑顔で締めくくれる―――そんな、完結した『物語』だ。

 『物語』が日常のちょっとしたドラマを扱ったり、少女たちの恋愛物語が主体の話だったのなら、《異物》の混入はさして問題の無い範疇だ。


 せいぜいが結ばれる相手が変わるだけのことだろう………しかし『リリカルなのは』の世界はマズイ。


 ビームが飛び交い、次元を渡る戦艦が出てきては、世界そのものを危険にさらすモノまで出てくる。そんなヤバイ劇物を抱えた代物(世界)だ。

 ―――とはいえ『物語』自体はハッピーエンドに向けて収束する。
 そう言う風に、できている。そんな世界だ。

 だからこのまま生まれ変わるだけならば、さして不安を覚えることなくその世界で生きて行けただろう。
 しかし、そんな『物語』に一筆加えようとするやつが出てくると、さてどうなる?

 ハッピーエンドという向こう岸に、確実に細い紐で繋がっている綱渡りの世界。

 だがそこにトルネード級の嵐(能力)を持つヤツが介入したら……最悪、足を踏み外し、その影響で周囲が根こそぎ吹き飛ばされるという事態も想定できるだろう。
 この場合の周囲が、管理外世界という単位で済むとも限らないのが恐ろしいところだ。


 とはいえ、いまの《男》の考えは、結局のところ最悪を想定してのことだ。
 もしかしたら《右の》が上手く立ち回り、少女たちを助け、道を切り開き。真のハッピーエンドを迎える―――そんな可能性も否定はできない。なんせチート能力持ちだ。


『ああ、ほんとどうしようかな……結局どう転ぶかわからないのなら……悩むくらいなら、いっそ記憶を抹消したほうが……』

 《男》がそんな堂々巡りの考えに振り回されている間に、ふと《左の》の気配が消えた。
 いや、その影は薄っすらとだがその場に残滓を留めている。そのことに気づいた《男》が意識をそちらへ向ける……


 その視線の先で―――《左の》が、笑った、ような気がした―――


「っ!?」


 瞬間、思考に恐怖が蘇る。
 それは『死』の予見だ。
 理由など無い、理屈で説明などできない。だがそれは予測できる未来だ。
 千切れとんだ肉体の一部を幻視し、彼方へやった幻痛に苛まれる。

 およそ数瞬、だが途方もない負荷が《男》の体躯……影に圧し掛かる。


「っ……くそぉっ!!………死にたくねえぇ!……もう一度あんな目になんて、冗談じゃねぇんだよぉぉぉ!!!」


 激高したセリフを口から吐く、その言葉が《男》の不安を持って行ってくれるように。
 そうして思考を急速に回す。
 頭には冷却フィン、胸にはドクドクと加熱したモーターを回しながら、《男》の思考はさらに巡る。


『結局《左の》の能力は分からなかった……いや、意図的にこちらに伝わらないようにしていた。それは間違いない……なら共闘は、できる可能性は………低い?
 それに長々と話していたのも気になる……いったい何を……いや、今考えるのはそこじゃない。問題は俺がどうすれば良いか、どんな能力を持てば……生き延びられる?』


 大きな力を持てば、目をつけられるのは必定。
 味方になれる場合はまだ良い。だが敵対した場合、相手を圧倒できる能力がなければ、己の身は危ういまま。

 時間を止める能力は?……無理だ、《左の》がすでに得ていたのなら、なにも優位にはならない。
 それに、便利すぎる能力は自分の心では制御できない。きっと己が身を滅ぼすまで使いきることになるだろう。



「……………」



 長考することは無駄ではない。きっとこの空間はそのためのものなのだろう。

 だからようやく気付けた時は、拍子抜けなものだった。

 覚悟が決まった―――ワケではない。そんなモノは欠片もない。

 必要なのは自覚すること。死が怖い、ただそれだけ。

 後に残るのはエゴの押し付け、それだけで、事は足りる。




 だからこそ、宣言しよう。
 この先で奪うかもしれないものに、変えるものに―――


「俺は……!!」


 ―――「ごめんなさい」と、ただの一言。今だけの……ただの空言―――




◇ ◇ ◇ ◇



「おーい進、はやく食べ終わらないとお前キーパーだかんな!」
「ばっかやろ、お前待てって! 俺のドリブルがなきゃお前らに勝ち目はねーんだから!」
「うっせぇ! フォワードは俺だぁ!」「へへーっ、先行ってるぜ!」「お先!」「キックオフ前には来いよー」
「ちょっ! くそ! マジで行きやがったよアイツらっ、んぐっ、っう!」

 残ったご飯とオカズを口いっぱいに放り込み、心の中で「かーちゃんゴメン」と雑に片づけた弁当とそれを作ってくれた母に謝り、咀嚼しながらグラウンドに駆けだす元気な少年。


 私立聖祥大附属小学校3年生。
 それが転生者『鹿島 進 (かしま すすむ)』の現在の肩書きだ。


 我らがヒーロー。高町なのはとは謀られたように同い年で、同じクラスの現状に色々悩みも多き少年だ。
 家族は市役所勤めの父にスーパー勤務の母、そして2つ年下の可愛い妹の4人暮らし。
 前の人生で一人っ子だった彼は、妹の誕生に素直に喜んだ。

 その時。息子が無邪気に喜ぶ姿に……聡いけど、どこか気難しい息子の喜ぶ姿に、両親は安堵の頬笑みを浮かべた。

 進は両親のその頬笑みを見て、衝撃を受けた。
 この世界に生まれ落ちてからこれまで、両親に対して申し訳ない気持ちが、進の心に常に引っかかっていたから。



 ――俺は……両親(あなたたち)の子供を、奪ってしまったんじゃないか――と。

 子供らしく見せるための、最低限度の甘えしか、親には示せなかった。

 両親の手を煩わせるようなことはできなかった、それは進の心の枷だ。



 子供らしくない子供だと、自分でも理解していた。きっと息子にかまえなくて寂しい思いをさせている。そう自覚はしても大人の記憶がある進は無邪気に甘えることができない。

 だから―――申し訳ない。

 ……だが、それは進の見当違いの侮りだった。

 確かに寂しい思いはあっただろう。しかし両親はそんな自分たちの想いより、進を常に優先させていた。素直に感情表現のできない、不器用な、そんな我が子を心配して。
 だから妹を無邪気に愛でる進の姿に目を細める。

 良かったねぇお兄ちゃんになったんだよ。可愛がってあげてね。笑ってあげてね。

 愛してあげてね。




「俺は……愛されていた」

 この夜、ベッドの布団に包りながら進は一人つぶやいた。
 そんなことは知っていた、両親の自分に向ける姿に偽りなんて元より無い。
 ただ………今日ほど、そのことを自覚できた日がなかっただけだ。
 《鹿島進》という《自分》に自信が持てなかったから。

 自分だけが、よそよそしくも、気後れする、拒絶のベールを張っていただけなのだ。

 だが、進が経験していない、未知の『妹』という存在に、彼は素直に自分の感情を向けることができた。両親はそんな姿でも喜んでくれた。離れた場所からでも……兄妹を見守ってくれていたのだ。

 愛していいんだ、愛されていいんだ。

 そんな当たり前の家族なのだと、ここに至って進は認識できた。
 だからこの夜、枕を濡らしたのも当然のことだ。
 ようやく素直に出せる喜びの感情を、いまさら押しとどめることなんて、今の進にはできなかったのだから。
 この日、進が心の垣根を取り払い、鹿島家の家族の形が、ようやく整った。


 その後、兄の妹に対するあまりの猫可愛がりに母が嫉妬したり、兄に懐き過ぎた妹の姿に父が焦ったりと、トラブルは多少あったが、それも子供たちの成長の、鹿島家騒乱のちょっとした思い出にすぎない。
 たとえブラコン・シスコンと周りに心配されても、仲良し兄妹はお互いのスタンスを今更変えることはできないし。「むしろ変更不可の域に達しているだろう」という幼馴染のお墨付きに、兄妹そろって満面の笑みで返した時点で、すでにこの二人は手遅れだった。


 そんな兄妹だから。
 大切な妹の、舞の―――


「お兄ちゃん、今……『声』が聞こえなかった?」


 ―――その一言に、進の心は凍りついた。



 『魔法少女リリカルなのは』が、ついに、スタートした。




◇ ◇ ◇ ◇




[25420] ep.02
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/01/14 12:50


『力を貸して……力をっ』

「へぇ、あれが念話なのか」


 小学生の体には大きめの――成長期を考慮した――ふかふかベッドで、眠りから覚めた進は呟いた。
 頭に飛び込んできたユーノの思念の叫び。それを夢うつつながらに覚えていた。

「意外と……驚かないものだな」

 掛け布団を毛布と一緒に捲り上げ、部屋の隅の姿身で身だしなみを整える進。その作業をしながら思い起こすのは、あの薄闇の空間で遭遇した超大な思念のカタマリ。
 それに比べると……比べること自体が無意味ではあるが、ユーノからの念話は、進の心をわずかに震わしただけだった。

 ―――『魔法少女リリカルなのは』がはじまった―――それは予定調和のことだから。


「……あれ、でも声が聞こえるってことは……俺って、もしかして、リンカーコア持ち?」


 それだけは確かに、進にとっては予想外のことだった。自分があの闇の中で望んだ『能力』は、あいにくとソッチ方面では無かったのだから。

 おそらくこれは……《鹿島進》の肉体が生まれ持っていた才能なのだろう。

 その事実に少し頬が上気する。
 誰だって才能があると証明されるのは嬉しいことだ。それが付与されたもので無く、己自身に根付くものなら、進にとってはなおさら喜ぶべきことだった。

「リンカーコアがあるってことは……俺も空を飛べたりするのかな?」

 自分が自由に空を飛んでいるところを夢想する進。それは確かに気持ちよさそうだ。
 だが夢想の自分の足元に魔方陣が現れ、杖型のデバイスを構えた所で―――思考停止。

「………たとえそうでも、すでに俺は『決めて』いる」

 頭を軽く振り意識を切り替える。本であふれた学校の図書室の据えた匂いを思いだしながら、スクールバックに借りた2冊の本を突っ込む。

「俺は魔導師に関わらないし、傍観する立場を崩さない」

 それが《鹿島進》として生まれ変わった、自身に対する決意表明。
 改めて言葉にすることで、自分の立ち位置を再確認する。

 二階の自分の部屋を出る。少し支度に時間をかけ過ぎたようだ、待たせてる家族を思いながらリビングへと続く階段を下りる。
 そうしていつもと変わらない《鹿島進》の1日を送るのだと、脳内の掲示板に留め置きながら。進はテーブルに着く3人に微笑んだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 街はまだ平穏だ。
 高町なのはが無事に教室で話している姿を見とめ、進は人知れず安堵していた。

『ユーノの夢はちゃんと見たのかな?』

 気にする立場ではないが、無視するほど白状にはなりきれない小悪党。そう自嘲しながら視界から『4人』の姿を外す。
 別に同級生の不幸を望んでるワケでは無い、ただ……関わりたくない、それだけだ。

『願わくば、彼女たちが無事に事を収めますように』

 今更願いを叶えることは無いだろう《神》に、それでも心内で祈りを捧げ。目の前でサッカーの話に興じる友達らとの会話に相槌を打ちながら、割いた意識を彼女たちの方にも向ける。
 今日一日、無意識にでもそうしてしまうのは、仕方が無いことだろう。
 分割思考は自然とできるようになっていた……これも才能のうちだったのだろうか。

 同じ教室なら意図的に隠そうとしないかぎり、会話がよそに漏れるのも仕方がない。
 やましい気持ちは無いが、事の経緯を確かめたくて進は彼女たちの会話を聞きとっていく。

「…夢………じゃあ……偶然………」
「ああ~! だからぁ、あんたは――」
「ふふ……なのはちゃんは………」

 高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか。そして……


「だから、ほんと偶然だってばアリサ! 俺となのはがそういう《夢》をたまたま一緒に見たってだけの話……!」
「はぁっ、ぐ~う~ぜ~ん? 夢でェ? ……あるわけないでしょ! そんな偶然!! 二人でどっかに遊びに行ったのを思い出したとか、そういうのじゃないのっ!!?」


 同じクラスの男子―――《神宮 翔 (じんぐう かける)》。


 目線は決してアチラに向けないが、3人の少女たちと談笑してる少年の姿は容易に脳裏に思い描くことができる。それだけこのクラスでは、彼らが4人で居る姿が日常的な風景であったから。

「ねぇ~~ホラホラ、美優も翔くんに声をかけてきなよ。いっそあの輪の中に入っちゃう?」
「そんなっ、あ、あたしじゃ無理だよ! あの中に入るのは。そっ、そういう葵はどうなのよ」
「んーー翔くんもレベル高いと思うけどぉ、私の気になってる人は別だから」
「えーーっ!? ちょっと誰よ! あんたの目にかなうカッコイイ男子ってば。ホラ、教えなさいっ!」
「ちょっ……香織、顔近っ!」


 少し離れたところでは、そんな美形4人をエサに女子のグループがキャッキャッと騒いでいる。
 ………うん、彼女たちも見てる分には可愛いね、純粋に。子ザルの集団みたいで……あの中には入れないけど。


「かーーっ、相変わらず神宮のやつはモテてんなー!!」
「はいはい、妬まない妬まない」
「俺、アイツとなら付き合っても――」
「おまっ、瘴気に戻れ」
「いや冗談……って、なんか存在否定されたような……」
「マジイケメンネタマシー」

 俺が入ってる集団はこういう嫉妬団予備軍だ。いや……俺は愚痴らないよ、ホントだよ?
 とにかく、話題のネタにされるくらいに《神宮翔》は目立つ存在だ。
 だからと言って男子たちも表だって嫌ってるワケでは無い。少なくとも、明確な悪意を向けるような子供はこのクラスにはいない。

 そんな彼の容姿は……日本人なのに、なぜか銀髪、という仕様。

『…………まあ、髪の色に関しては俺も人のことは言えないし、気にしてるやつはこの世界にはいないんだけどさ』

 サラッとした髪を襟足で括り流し、背は同年代の中では頭一つ抜けた長身の、瞳はぱっちりとした二重まぶたで、実にサワヤカハンサムだ。


『うん、間違いなくアイツ――《右の》だよな………なのはと同じ夢を見た、ていう時点で確定だし』


 うすうす感づいていた……というかバレバレだったわけなのだが。


『なんかアイツ、なのはたちとばかりつるんで、男子とは関わり薄かったし。一般の小学生男子としては不自然で大人びた言動が多かったからな。
 でもなぁ………同級生で大人びてるって言っても。すでにリア充になってる奴やアリサたちと比べると、それが不自然に感じられなくなって、確信に至らなかったりもしたんだけど……』

 ――などと。進は今までのことを考える。
 それはとりとめもない確認作業。そこに不安や不満があるわけではない、そもそもそういう感情を放棄した側なのだ、こちらは。

『ま、だからって俺が何かするわけでもないってことだ……』

 関わりは薄いが《神宮翔》は悪い奴ではない。その判断はすでに決している。そもそも進が傍観を決め込んだのは、彼の立ち回りの上手さを見て納得したからだ。


 なのはたち3人の緩衝役となって、関係を強固なものにした。友情に厚い男だ。
 それ以外のクラスメートとの付き合いは悪いが、頼まれごと等は基本断らない。善人だ。
 物腰も話し方も落ち着いていて、同級生からは頼りにされる。中身…大人だ。
 成績優秀、運動神経抜群………でも何故か、月村の方が体力はあるっぽい。謎だ。


 そんな感じなので、神宮がわりかし上手く『物語』を回してくれるのではないか――そう、進は結論付け、己が『能力』の使用を止めた。




 色々眩しい存在となってしまった翔に対し、一方の進の評価は……見た目は悪くなく、将来性を感じさせる顔立ち、というところだ。
 ……そもそもこの世界は整った顔立ちの人が多すぎる。
 成人病予備軍と言われるような肥満体形のモブ仲間でも、愛嬌のある顔立ちだと、そんな評価を受けることができるくらいには。

『世界基準が違うんだろう』

 進はそう納得していた。
 幼児の頃から自分の藍色の髪とは鏡越しに毎朝付き合っているのだ、割り切るのも意外と早かった。大体、毎朝の食卓で顔を合わせる家族を否定することなど、進にできるはずがないではないか。
 そんな世界でも美形と称される神宮翔のレベルは、TVの画面越しに対面できるぐらいの、かけ離れたイケメン度数を持っているといって良いレベルだ。比較することに意味は無い……さあ忘れよう。

 進は学校の成績に関しては、両親に申し訳ないと思いつつも、ほどほどの点数で手を打っていた、全体の成績としては中の上といったところだろう。
 さすがに小学校のテストで満点以外を取るのは、進にとっては少なからず自尊心を傷つける結果となったが、今後のことを考えて、この程度で納めておこうと決めていた。

 ―――目をつけられるのを恐れたためのアリサ対策………というわけではない。

 単に、数学の公式や化学式などといった、良い点取れそうな記憶要素をさっぱり忘れていたからだ。
 このまま行けば間違いなく、中学でそこそこ、高校で赤印の点数を取れるだけの確信が進にはあった。子供の頃神童などともてはやされるのは、将来的に自分へのダメージとなって還ってくるだろうことは言うまでも無く予測できる。

 音楽や絵画といった、ソッチ方面の才能も前の生では磨くこともなかったので、こちらに期待もしていない、できやしない。

 運動能力は体力測定の結果、軒並み平均値。体の動かし方には熟知しているため、本気になればエース・ストライカー級の活躍もできるだろうが、本人にそこまでのやる気は無いので、クラスの男子の間ではそこそこ運動神経の良い、気の良い兄貴ポジションに納まっている。

 スポーツやゲームを友人らとワイワイ楽しむのも、さして抵抗感があるわけでもなく。
 妹の遊び相手で慣れているということもあり、見かけ同じだから子供の中に混じることは、進にとって苦痛でも恥ずかしいことでも無かった。むしろ自分から楽しんでいた「サッカー楽しーーっ」等とほざくくらいには。


 『自分は凡人である』と、どこぞのオレンジ色のツインツイン拳銃娘と同様の結論に達し、しかし彼女のように足掻く必要性を感じなかったため、第二の少年時代を実にエンジョイしてる進だった。


 そんな日々の中での、わずかな……拭い切れぬ不安が―――《左の》を見つけられないこと。



 自分の存在が神宮にバレている、とは思わない。
 ……そもそもアイツ、他の転生者を気にしてる素振りも無いし……

「分かったよ! 今度の休みはアリサに付き合うから、それで勘弁してくれよ」
「ふ、ふんっ。そういうことなら納得してあげる。あっ、べ、別にあんたと二人っきりが良いってワケじゃ……」
「にゃあぁぁー、ズルイよアリサちゃん! 昨日はほんっと偶然なだけで――べ、別にデートしたってわけじゃ……」
「ちょっとぉ! 台詞取るんじゃないわよなのはーーっ」

『…………楽しんでるなぁアイツら』

「ふふ、本当に楽しそうだね、みんな」

『!?』

 うおっ――別に目線を合わしてないのに、なぜか月村に見られてる気がした……

『………たまに怖いんだよなぁ……アイツ。
 おっとりしてるようでなんか鋭いし、女の勘というか……野生の勘というか。シックスセンスが半端ねぇよ、きっと』

 ――なぜか、紫色のトラに喉笛を咥えられた藍色のカモシカが見えた――
 そんなレッツハンティングな幻想を、脳内の異境に追いやる進。

 『《原作》では、特に変なキャラクターでも無かったはずなんだよなぁ月村って。確か……イメージとしては『温厚で猫好きなお嬢様』って、感じなんだけど………アレ、もしかして俺の方が彼女を気にし過ぎなのか……これって。いわゆる勘違い野郎? うはっ、そういうことですかー、まさか小学生相手にぃ!? うあーー痛いわぁ!!』

 なんだろう、この胸がドキドキする高鳴りは。これっていわゆるアレか――吊り橋効果、だったっけ?
 ………でもなぜだろう、腕に鳥肌立ってるんですけど………
 これ以上の思考は恥ずかしい領域に入ってしまう、というかヤバイ感覚がビンビンするので、進は思考のベクトルを転換する。頬が熱いのは気のせいだ。

 教室をざっと見渡す。
 なんということはない、平和の象徴のようなシーンがそこには広がっている。
 だが、そこに異物が混ざっているのだ。そう、確実に2粒は……

 やはり進には《右の》以外の異物(転生者)の存在は感じ取れない。上手く隠蔽しているのだろうか、だとしたらなぜ? 自分のように安寧たる日常を送るため?
 そもそも同じクラスとも限らない。自分と《右の》は同じクラスになってはいるが、クラスの編成は教員の仕事だ。偶然の作用する要素で断定などできはしない……ハズだ。

 これはいままでにも何百通りと反復した思考だ、結局はいつも通りの帰結に至る。『わからない』――そんな答えにもならない先送りに。

 それでも今までは良かった。
 棚上げしたままいつか忘れ去るような荷物なら、忘れてしまうことで気を病むことも無くなると……開き直ることもできたのだから。
 しかし『魔法少女リリカルなのは』という世界を舞台にした劇は、すでにはじまってしまった。今更幕を引き下げることはできないし、そんな力は進には無い。

 だからどうしても《左の》の動向が進には気になってしまう。

 明確に目の前に現れていたのなら、対処のしようも考慮できるが。地下に潜んだままの《何か》に、できるようなことは、なに一つ無いのだから………《左の》に対して、ではない。
 進が今現在《何か》に感じているもの。

 ―――人は、それを『恐怖』という。




◇ ◇ ◇ ◇




 その日、時間の経過と共に進の不安は増していった。お気楽に構えていた朝の自分を取り戻したいが、それはまるで前世の自分のように、取り戻せない過去でしかない。
 授業中落書きしてるアリサの姿。ベンチでランチを取るなのはたち。ドッチボールで活躍するすずか。予定調和な彼女たちの姿を見かけるたびに、言い知れぬ不安感が進の総身にまとわりつく。

 『物語』と同じ展開、しかしこれはすでに《鹿島進》も含まれる現実(物語)。
 その違和感、不純物の混じった不快感が進の精神に浸みこむように広がっていく。

 そして学校帰り、聞こえてきたあの言葉から逃げるように、文字通り脱兎のごとく。ユーノの『助けてっ』という叫びを振りきり、進は帰宅した。
 その先に、求めていた日常の象徴を見とめ―――

「あー、お兄ちゃんおかえりー……って、どうしたの? 汗びっしょり!」
「はぁっ……あ、あぁ…な、なんでもないよ舞。ちょっと、ね……みんなで、帰宅時間の記録更新ちゅ……てさぁ、はあぁぁぁっ。ちなみにジャスト10分フラットですよ、テキトーだけど」

 ストン。と、心がいつもの場所に納まったのを感じる。
 ケラケラ笑う妹の姿に、ホッと一息、ようやくのテンション。これが《鹿島進》の日常だ。

「なぁに、お兄ちゃん。またバカなことやらされてるのぉ? NOと言わなきゃダメだよ、そこは」
「それが、ん、んぅっ……はぁ。男の付き合いってもんですよ、妹よ」
「いや、そんなさわやかな笑顔で言われても……汗ふきなよ、おにいいちゃん。全然かっこよくないから」
「あっ、ひっでーー! ……実は兄上、舞殿に一刻も早く会いたくて、走って来たのでござるよ」
「イケ忍すぎる………別に、照れないよ? あ、プリン食べる?」

 そのはじまりの日の夕刻に、こんなたわいも無い会話で救われて―――そして夜闇に、絶望に落とされた。





「……お兄ちゃん、入ってもいい?」

 それは進が部屋で、事態の推移をまんじりと待っていた時のこと。

「舞? どうした、こんな時間に……」

 遠慮がちに、どこか挙動不審な妹がやって来て、『信じてほしい』と不安げに言い出した


 その一言が、進に再び不安を抱かせる――続いて、その桜色の唇から漏れた言葉。聞きたくなかった確信への一歩。

「えっと、なんかね、おかしいんだ……みんな聞こえないって言うんだけど。『これ』って、さっきも聞こえたし……あの…お兄ちゃんなら、信じてくれる、よね?」

 よせ、言うな! そう言って止めたかった………でもできない。不安げにこちらを見やる小さな妹を、怒鳴りつけることなどできはしない。
 だが、強い言葉以外で止めることができないのなら、あとは受け止めることしか進に残された術は無い。


「……お兄ちゃん、今……声が聞こえなかった?」


 ああ…………やっぱり『それ』か。ちくしょう……!!
 ―――その一言は、進の心を冷やすに足る十分な痛撃だった。


『……ユーノの念話を舞も聞いたのか!! なんで舞が……俺がリンカーコアを持ってるのなら、兄妹だから可能性もあるって!?……これってそういうことなのか?』

 得体のしれない現象に怯える妹を、兄として全面的に肯定してやりたい気持ちはある。
 幽霊を見たよ、UFOを見たよ、お兄ちゃん。―――そうか、そんな不思議なことがあってもおかしくはないよな、舞。
 そう返せたら、どれだけ妹の心は休まるだろう………

 しかしここで、『ああ、確かに声が聞こえたね』と頷いてしまったら、舞も…………《なのはのように》魔法使いたちの闘いに巻き込まれてしまうんじゃないのか!?

 自分のものではない分水嶺。自分のことより大事な相手の選択権。
 そんなものをいきなり目の前に突き出され、進の心は千路に乱れる。
 その様はまるで年相応の、迷子の子供のように……

 踏み出してしまえば取り返しのつかないところまで、妹の存在が遠くなってしまう………いつか見た《あの娘》のように、離れてしまったあの《兄妹》のように、なってしまうのか―――そんな既視感にも似た未来予測が、ジクジクと進の胸を締め付ける。



「お兄ちゃん?」

 これほどまでに眉間に皺を寄せる兄の姿を、舞は今まで見たことがなかった。
 いつも自分のワガママを笑って聞いてくれる、許容できない悪戯は悲しい顔をしながらも叱ってくれる。そんな頼もしい兄だったのに。
 そんな大好きな兄が今は、見たことも無い……苦しげな表情をしている。
 そして……そう言う風にしたのは、たぶん―――舞自身なのだ。

「おっ……お兄ちゃんぅ。ううぅ……っく、ひっく」
「舞っ!?」

 苦しくて、くやしくて。不安だった幼い心が更なる過重に耐えきれなくて、悲鳴を上げる。
 ボロボロと、抑える術を知らない雫の粒が、舞の双眼から溢れ出す。

 あわてて駆け寄り妹の手を取る進。しかし、未だ少女の不安をほぐす解を、見つけることは出来なかった。

『………いや待てよ、《本編》に『鹿島舞』なんて登場人物はいなかったはずなんだから、舞が関わることは………っ、いや違うだろ! そんな考えは意味が無いって分かってるハズだ、ごまかすなっ!!
 俺たちがこの世界に存在してるってことは、前提条件がすでに覆ってるんだろ!! 今頃、神宮もなのはにくっついて病院に行ってるはずだろうし………今更原作通りの展開なんて……止めることも、手伝うこともできる立場にはなれねえじゃねぇかっ!!
 ああっ、くそ!! もうどうすればいいか分からねぇよおぉっっ!!!』

 押し寄せてくる恐怖に押しつぶされぬよう、縋りつくように妹の体を抱きよせる。

「!!………お、お兄ちゃん!?」

 突然の兄からの抱擁に、一瞬で怯えの感情を忘れ去る舞。
 だがそれは刹那。その後に続くのは、今まで以上の不安感。襲いかかるのは兄すら恐れる、正体不明の《影》がもたらす暗がりだ。
 普段ならば嬉しい行為が今伝播するものは、兄が、《何か》に、怯えているという証でしかなかった。

「おにぃちゃぁん、ぐすっ、ねぇ…ひっく。ど、どうしたのぉ? どうし……うっぐ、あああぁぁぁんっ!!!」
「っ……舞……!」

 愛する家族が、守りたい妹が、どこにも行かぬよう必死に抱きとめる。
 温かい抱擁も、怯えで震えあがった、妹の冷えた心には届かない。

 ――これは転換、分水嶺。

 進の身を包んでいた――不安を塗り替える熱い感情。
 自分たちが置かれるであろう、可能性という理不尽に対する怒りの感情。
 それは対象の見えない、八つ当たりにも似た理不尽そのものな激情。

 ――それでは『対象』が居たら?



「おにぃ…おにいちゃぁぁん……! うぅっ、ウアアァアァァァン!!」
「舞! くそっ大丈夫だ!! 声なんか聞こえないからっ!! ちく…しょうっ……なんでこんな目にぃぃ!!!」

 幼い妹が得体のしれない『声』に怯えているのだろうと、震える体を必死に引き寄せ、その小さな矮躯をきつく抱く兄。
 いつもは落ち着いている兄が、普段見せぬ強張った顔に、伝わってくる言い知れぬ不安に。幼い少女はまとわりついてくるその得体の知れぬ不安を吹き飛ばすように、泣きじゃくった。

 結局……兄妹の叫びは「何事!?」と、両親が部屋に突入して来るまで続いていた。



◇ ◇ ◇ ◇



「やっぱり俺が悪いのか?……なんか納得いかねぇ……はぁ、でもなぁ」
「……………えへへ」

 幼い妹の手を引きながら学園の門をくぐる。朝、家を出てからブツブツと自問自答を繰り返す兄に、妹は何も言わない。軽く照れ笑いを返すのが、今の彼女の精一杯だ。

 昨夜、兄と抱きあったことは、少女にとって朝になって思い返すと『照れる』事柄に思えて仕方無かった。
 普段の彼女の、甘える行為に対する抱擁とは違う、許容範囲を超えたなにか。生の兄の感情に触れたことを、少女はなんとなく感じ取り『恥ずかしかった』のだ。

『……今度、泣いた《フリ》でもしたら……お兄ちゃん、また―――』
「ん? 何か言ったか、舞」
「えっ、う、ううん! 舞っ、なにも言ってないよ!」
「そ、そうか……」

 妹が密かに野望の欠片を抱き、女性として成長していることにも気づかぬまま、進は昨夜のことを思い返す。


 頭頂部の痛みはとっくに引いている。妹の体をきつく抱きしめていため、アザができていたことに怒った父から本気のゲンコツを頂いた箇所だ。その部分を空いた右手でそっとなぞる、M気質は無いがどこか嬉しい気持ちになれるから。

 ―――本気の愛情を感じ取れるから―――

 兄も妹も、二人とも愛してるから、両親は本気になれる。
 人知れず、心の内で父に感謝を―――痛みに呻く兄を見て、涙目で拳を突き出した妹に股間を痛打され、娘の前で土下座をするように震えていた―――そんな父に、感謝と………謝罪と同情を。
 あと回想の母よ、その見下すような目はやめて下さい。父が本気で号泣しそうだ。

「正直すまんかった」
「えっ? なに、お兄ちゃん」
「いや、なんでもないよ舞」
「そ、そっか………へへ、もう学校だね。あーあ、早いなぁ」

 繋いでる手を強調するように、大げさに振りながら唇を尖らせる、そんな妹の愛らしい姿に目を細める進。
 昨日はあわてふためいて、想定していた手段など何一つ行使する余裕などなかったが、結局は1家庭のトラブルだけの話で済んで、今はこうして、いつものごとく妹と登校している。

 ―――なんてことはない、結局のところ『物語』は上手く回ってくれるものだ。

 これは不幸話でも戦記物でもない、子供たちがハッピーになれる『魔法の物語』なのだから。
 



「ハァ………ほら、な」

 早朝の教室に入り、口の中で安堵の溜息一つ。
 進の目の前では、疲れを感じさせず機嫌良くはしゃぐ高町なのはの姿と、その言葉に笑顔で相槌を打っている神宮翔の姿があった。

「よっす、高町アンド神宮カップル。なんだよー、朝っぱらから二人揃って、見せつけてくれますにゃーー?」
「にゃにゃっ!? にゃに言ってるのぉ! 鹿島くーん!!」
「猫になってるぞお前ら……おはよう鹿島、あんまりなのはをからかうなよ」

 だから安心して、こんな子供っぽい、からかい口調も滑り出る。普段なら極力関わろうとする相手ではないが、今の進には軽口で挨拶する余裕もある。
 進の言葉に苦笑交じりの挨拶を返す神宮を見て、しこりのように残っていた不安も霧散する。

「へーい、野暮なことはしやせんぜぇダンナ方。カップリングなんざ、おいらにゃあ関わりのねえこってすにゃー」
「変な時代劇見たろお前……だからからかうと……」
「もー! 鹿島くんはあっち行ってーーっ!!」

 顔を真っ赤にしたなのはが、ブンブンと腕を振り回す。
 神宮は相変わらず苦笑を浮かべて、なのはを面白そうに見つめてる―――余裕があるじゃん色男。
 そんな二人にヒラヒラと手を振り、自分の席に着く。

『原作よりも上手く行ってるんじゃないか、あの二人の様子だと……』

 そう思うと自然と笑みが浮かんでくる。
 舞も自分も、魔導師の資質はあったようだが、それも『物語』には大して意味が無いことだったのだろう。
 モブキャラたちが日常を過ごすうちに、主人公たちは事態を収拾してくれる。
 2人の溌剌とした様子を見た後で、その考えは進の中で確信に変わっていった。




◆ ◆ ◆ ◆




 ………だからだろう、この不意打ちは………無様なまでの己を呪いたくなるほどに―――


「………なに、やってるんだよぉ……お前らは……っ」


 ―――どうしようもなく………心を切り刻んでくれた………


「なに…やってんだあぁぁ!! てめえらああぁぁぁァァァッッ!!!!」



 地を這う進の絶叫が届くはずもない、彼らの舞台は高度200メートルの青の下。

 崩壊していく街で――血を流し倒れる妹を抱えながら――見上げる果てに白光の輝跡を残し、空を割るように傲慢に突き進む、銀色の光に目を焼かれながら―――進は泣いた。
 離れた過去の、薄れた記憶を、今更ながらに掘り返す。
 犠牲はあった………あったのだ。

 ―――金髪の人形(ピノキオ)は、愛に狂った母がその殻ごと虚数空間に落ちることで、孵化し、人間になった。
 ―――復讐に囚われた足長おじさんは、そもそも犠牲を前提に行動していた。
 ―――闇の書の意志は実にシンプルだ、世界崩壊を防ぐために犠牲になった。
 ―――執務官の少年と補佐官の少女の成長は、身内の犠牲に促されたものだった。

 ああ、どんどん沸いてきてキリが無い……『優しい物語』なんて、どこにあるってんだ。
 あまりにもこの世界の温もりが嬉しくて、どこかで思考を停止していた自分に気づく。
 手を下すのが怖かったのだ。決めた意志が、その日常を壊す『恐怖』で身動きが取れなくなるほどに。


 だがしかし………腕に収まるこの小さな妹を失うほどの、《鹿島進》の『恐怖』では――無い。


 だから……血に濡れたこの手(意志)を伸ばす。
 白銀の砲撃を飛ばす《右の》子供に向けて。
 紅き翼を背に生やす《左の》子供に向けて。


 さあ――――摘み取ろう――――








+ + + + 

 いやぁ“妹”なんて存在、プロットの段階では欠片も出てなかったんですけどねぇ……書きはじめると変わるものなのですね、展開とか諸々。
 すずかに関しても「あらあら」くらいの一言で相槌を打つ、としか想定してなかったんですけど、3人娘の中では今のところ一番濃くなってしまった。謎だ。
 真の主人公、なのはさんの出番は増えるのか。フェイトの出番はそもそもあるのか。なんかあやしくなってきました(汗

 続きもできるだけ早く投稿したいと思いますので、お付き合いのほどお願いいたします。




[25420] ep.03
Name: 紅茶文◆f1bc9688 ID:35a40e26
Date: 2011/01/15 14:57


 なのははその光景を呆然と見ていた………見ている事しか、できなかった。


「なんで……どうして、翔くん、須藤さん…そんな、そんな…これじゃ………わたしは―――」


 ここ数日のなのはは、今までにないほどに上機嫌だった。これほど無邪気に喜び、感動したのは物心ついてから初めてだと、そう断言できるほどの至福の時間。
 きっと大人になって振りかえった時、「ここが私の出発点だよ!」と、間違いなく言えるほどの色鮮やかな日々。

 ユーノ・スクライアからの念話を受け、魔法に出会い。
 初恋の少年との共同作業、輝石の探索。
 空を翔ける、解放感。

 全てが、まるでなのはのために用意されていたような―――『物語』の主人公になったような……そんな―――錯覚。


「てめぇが! もう一人の《転生者》…だったってことかよ、須藤ぉぉぉーーっ!!!」

「ほんっと今更だよねぇぇ、神宮くん。くくっ……キミ、分かりやす過ぎぃーー」

「っ……テメェ!!」


 全身を白に染め上げたロングコート風のバリアジャケットを身にまとい。グレートソード・長剣型のデバイスを掲げた神宮翔の周囲空間の多重魔方陣から光が八閃。銀光を纏いし極大な砲撃が目の前の《少女》に目掛けて打ち出される。
 その一つ一つが、先ほどジュエルシード確保のために、なのはが全力を振り絞って巨木に打ち出したディバインバスターの、その直径を、二周りほど上回っていた。


 神宮翔はあの時言った―――「スゴイよなのは! 君はきっと、最高の魔導師になれるよ!!」―――と。

 では………ソレを軽く上回る彼は一体『何』だろう。





 彼も魔導師だと、告白してきた時は単純に嬉しかった。

 親友との秘密の共有。それが気にかけていた異性の相手なら尚更だ。アリサに申し訳ないと思いつつも、後ろ暗い優越感を密かに感じられるのも、今のなのはには新鮮な喜びだった。

 小学校に入学して、アリサとのケンカをすずかと一緒に止めてくれたのがきっかけとなり、神宮翔を含めた4人は親友になれた。
 その後も彼は常になのはたちを気遣い、優先してくれた。それが孤独を嫌ってたなのはにとっては、なによりも嬉しいことで。
 その感情がほのかな恋心へと変わっていくのを、止めることなどできなかった。

 そして今日、父がコーチをしているサッカーチームの応援に行った時。
 「嫌な予感がする」という翔と共に、キーパーとマネージャーの二人を追い、ジュエルシードの発動を確認。その際にもユーノに即座に封時結界を張らせ対応した翔には、頼もしさと募る思慕をなのはは抑えきれずにいた………それなのに。


 その彼が今―――見たことも無い形相で、隠していた巨大な力を奮い、数日前から学校に出てきていなかったクラスメートと、殺し合いの遊戯を演じていた―――その光景をなのはは、信じられない思いで見つめることしか……できなかった……


「翔くん? ううん、あれは………誰?」

「なのは? 何を言って―――くっ、なんて強力な……彼の力は、一体」


 ビルの屋上から彼方の闘いを見つめるなのはと、その肩に乗るフェレット……ユーノ・スクライアを余剰魔力の波動が襲う。
 ユーノの張った結界はすでに無い。
 結界を生成するよう指示した翔自身の手で、その強大な力で……破壊されたからだ。

 巨木のあった位置、その上空で繰り広げられる、なのはの級友同士の死闘は、離れた場所の2人のところにまでその激しさを伝えてきた。

「ダメだ、こんなの止められないよ! なのはっ、一旦ここから離脱して、念話で翔に呼びかけよう! このままじゃ街に被害が増えるばかりに………なのはっ?」
「………なんで…翔くん、こんなにスゴイのなら、なのはなんて……要らないじゃない。はは……もしかして、なのはに遠慮してたの? なのはが初心者だから? ……ふふ、ゴメンねぇ気を使わせちゃって。いいよもう、なのはは変に出しゃばるのを辞めるから……ふふ……」
「なのは!? 何を言ってるんだ! しっかりして!! まだ終わってなんか――っ!!」


 『ギィィィィンッ!!!』


 八の光状が、宙に出現した六角形の壁に阻まれる。

 硝子盤の引っ掻き音のような、甲高い異音が辺りに響き渡り。上空から漏れた余波が、壊れかけのビルをさらに崩していく。
 波紋のごとく広がる、その紅い六角形の波形が揺れる向こうに、背から紅き羽虫のような翼を六対十二枚生やした少女が一人居る。
 フェレット姿の長い首を、その波音の元へと向けるユーノ。

 その瞳にはなのはと同様、信じがたいものを見る困惑の色と………事態を見定める探求者としての、深層を覗く好奇の目が同居していた。

「翔も確かに凄い。本当に驚いたよ、まさか彼がこんな……これほど大きな魔力、僕は正直見たことが無い………でも」
「………………」

 なのはは最早語ることを止めていた、それも意味の無いことだと気付いたから。光を失った瞳だけが、ただ……彼岸の果ての戦場を、映し出しているだけだった。
 そのなのはの様子に気づくことも無く。ユーノが熱心に見つめる先には2人の子供、その焦点が定めるのは1人の少女。魔力を持たない可憐な乙女。


 腰まで届く、翠のロングヘアーを青の空へと扇ぎ広げ。バリアジャケットではない、紺のGパンに黒無地のTシャツ、その上に真っ赤に染まったジャンパーを羽織った、本当に普段着の少女。

 しかしその背からは、紅の―――異形の羽を空に広げる妖女。


「その翔の攻撃を、魔法じゃない手段で防げるあの女の子は……一体『何』なんだ?」




◇ ◇ ◇ ◇




「エヴァンゲリオンかよっ!!」

 思わず叫ぶ翔。叫ばずにはいられない。
 自分が大活躍するはずだった世界――『リリカルなのは』の舞台に、こともあろうに目の前のクラスメートは、違う色のペンキをブチまけやがったのだから。

「ふふ……絶対恐怖領域(Absolute Terror FIELD)だよ。ちなみに私は『覚醒済み』だから、簡単にこのA.T.フィールドを抜けるなんて思わないでよねぇ」
「空気読めよお前っ! 羽生やしてる映画版なんて、碌な結末じゃなかったろ!!」
「同じ土俵で闘う義理は無いよ。キミがトリプルSなんて頼むから、メニューに選択肢なんてほとんど残って無かったし、虹色の魔力光なんて趣味じゃないんだよねぇ私。」
「いいじゃねぇかよっ、無双は男の夢だろう!!」
「口調が荒いねぇ……普段の仮面はどうしたのさぁ? 化けの皮が剥がれてきてるよ、三下(トリプル)くん。それに、私は女なんだけどなぁ」
「ふざけろオカマ野郎! てめえも元は男だろ!? TS転生なんてリアルでやられたら気持ち悪いだけなんだよっ!!」
「………今の私は、心身共に乙女なんだけどなぁ……幼女相手に紳士きどってたロリコン野郎にだけは、言われたく、ないよねぇっ!!」



 前世男で現少女―――須藤 葵(すどう あおい)は嘲嗤う。



 目の前のバカが、あの時チート能力を宣言したのに危機感を覚えたのは、進と同じ。
 敵対した場合を想定して、確実に勝てる能力『時を止める』ことを考えたのも同様。
 しかし、彼女には不満があった。


「それじゃあ目立ちようが無いよねぇ」


 授かる能力は一つ。しかしこの能力行使で思いつくことは……悪戯、盗難、暴行、暗殺、等と言った、いわゆるアンダーグラウンドな行為ばかりだ。
 サブカルチャー内の『時間停止』能力者たちは、大抵その能力とは別に、人を超越した力を持っている登場人物ばかりだった。
 しかし自分がこの能力を持ち、使用したと仮定すると……全ての動きを禁じられた世界で、唯一人、汗水垂らしながら金庫を運んでいる自分―――――うん、ダサすぎ。却下。


「もっと見栄えのある能力で活躍しなきゃあ、フェイトちゃんにイイトコ見せられないってばぁ」


 そして、思いついたのが『エヴァンゲリオン』のA.T.フィールド。

 絶対防御の安心感はもちろん。この力は、レイやカヲルがしていたように、重力を拒絶することで空を飛ぶこともできるし、アスカのように拒絶の刃で攻撃に使用することもできる。

 想いは力だ。文字通り、須藤葵は思い描いた力を十全に得ることができた。

「それに紅い羽根は目立つし。HGS(高機能性遺伝子障害者)ぽくも見えるよね。マイノリティ同士は結びつきが強いから、フェイトちゃんもきっと気に入ってくれるよぉ」


 そうして転生後、刻が来るまで葵は身を潜める。



◆ ◆ ◆ ◆



 クラスを見渡す。須藤葵として、この少女の姿になってすでに9年、異性の体にも慣れ、違和感なく周りに溶け込めている。
 葵は習慣となっている確認をはじめると、自己の空間認識を拡張する、それに伴い分割する思考。
 スケジュールを組む。グループ内会話予測。『同じ存在』を観察する思考―――二つ。

 改めて確認。葵が欲しいのはフェイト・テスタロッサ唯一人だ、故に他のレギュラー陣と接触するつもりもないし、慣れ合うつもりは毛頭無い。むしろ高町なのはにしゃしゃり出てもらっては非常に困る。
 フェイトとイチャイチャするのは自分だけでいい。そんな百合百合しぃ妄想に浸っては脳内庭園で悦に耽る葵。

「しかし神宮………アイツとは、やっぱり相入れないよねぇ」

 クラスでも目立ちまくってるハーレム野郎に意識をやる。隙だらけだ。どれだけ馬鹿魔力を手に入れようと、アイツにだけは負ける気がしない。
 ああいう体面を気にする相手には、取れる手段など無数にある。『勝てば官軍』。それが意味するところなど、どこの世界の歴史でも証明されている。

 さらに外見の枠を取り払って神宮翔を観察してみれば。大人が子供集団でおべっかを使い、幼女の機嫌を取っている――よこしまな感情が透けている――そんな風に、中身を知っているだけに、アレが変態と言う名の紳士にしか、葵には見えない。

「まぁ、私も人のことは言えないけどさぁ………あとは…『彼』がどう出るかだよね」

 呟きながら《鹿島進》を、そっと見やる葵。
 そう、葵はとっくに進の正体に気づいてた。

「上手く潜り込んでるけどさ、子供の視線じゃないよぉ鹿島くぅん……その目は」

 たまに鹿島進が級友に見せる、大人びた、鋭い目付き。それを垣間見、葵は気づく。
 「ああ、きっと自分もああいう目をしている」、と―――だから『同類』だと分かった。

 一方的に気付けたのは、進が男子を中心に探っていたからだ。性転換した転生者がいることを発想の違いから見過ごした、女子グループを重要視していない結果だった。

「でもまぁ、彼は放置で良いかなぁ……あれは、トラブルは回避するタイプのようだし、下手に藪をつついて蛇出すようなことはしたくないからねぇ」

 観察した結果の進に対する行動規範。それはたぶん、間違いではない。しかし――

「彼の能力、分からないんだよねぇ。それについてはアッチも同様だと思うけどぉ。ああ……やっぱり触れない程度の距離で、気にかけておくしかないのかなぁ……はぁ、面倒くさい」

 イレギュラーの存在を危惧するのは葵も同じ。しかし彼女にはその身を縛るものが何も無い。
 両親――自分をこの世界に産み落とした手段にすぎない。『本物』はアッチに置いてきた。そしてこっちも同様にするだけの話。

「とりあえず、フェイトちゃんがこちらにやって来たら接触して行動開始。
 学校は………別にいいや、小学生やり直すなんてバカらしかったし。管理局に入れたら今からでも仕事にありつけそうだしねぇ」

 くふふ、と含みきれない笑みを漏らす。はじまりの時は迫っている。神宮ほど浮かれるつもりは無いし、鹿島ほど無関心には徹せないけど―――ああ、楽しみだ。



「フェイトちゃんには悪いけどぉ……プレシアに壊してもらうまでは辛抱してねぇ。ああ、ちゃあぁんとジュエルシード探しは手伝うしぃ、慰めてあげるからぁ………ふふ…くふふ、あはっ」

 プレシアが砕いた欠片を、自分が拾い集めて好みの形に作り上げるのだ。廃品回収。
 ハラオウン等と言う名はいらない。確固たる意志を持ち、自立稼働する? そんなことは許さない、それではただの―――《ヒト》ではないか。

 ちゃーーんと遊んであげるからぁ、一生傍に置いてあげるからぁ、許してねぇ。


「救いはあげないからねぇ、フェイトちゃん」


 欲しいのは人形――自分専用の、自分だけを見つめる、可愛い金髪のビスクドール。

 そのために、須藤葵はリリカルな世界で、異形の翼の花開く。



◇ ◇ ◇ ◇



 フェイトはその光景を憤りながら見ていた………見ている事しかできない、そんな自分に歯噛みしながら。

「力が……力が足りないんだ」

「フェイト?」

 横から漏れた呟きに、赤いたて髪を靡かせながら、主人を仰ぎ見るアルフ。

 同じように宙に浮きながら、しかし平行する彼方で行われている戦闘には加われない。そんな自分の今の状況を悔しく思い、バルディッシュを持つ手を、固く握りしめることしかできない。
 主人の持て余す感情を、視覚から、使い魔としてのラインから、十二分に感じるアルフは諌める役目を負っている。そう《彼女》にも頼まれたから。

「フェイト、分かってるだろうけど……あそこには行けないよ。あの戦闘に加わるなんて今のあたしたちや、ましてやあのプレシアにだって、できないことなんだから……無理に介入しても、アオイの足を引っ張るだけの……」
「分かってるよアルフ! でも……アオイががんばってるのに、なにもできないなんて……元々、これは母さんから私が頼まれたことだったのに……っ! くやしいよ! もっとがんばればよかった!! そうすればアオイと一緒に、私も戦えたのにっ!!」
「……フェイト……」

 街の外延部、離れた場所から見つめるフェイトたちでも分かる強大な魔力の持ち主。それが《親友》――須藤葵が闘ってる相手だ。




 フェイトたちが第97管理外世界に降り立ってすぐに、彼女からの接触があった。
当初は現地人の干渉を嫌い、威嚇だけに留め排除しようとしたが……結果は、圧倒的敗北。

 フェイトが行使する攻撃魔法が、アルフのバリアブレイクが、何一つ彼女の障壁――固有能力・A.T.フィールドを崩すことも、震わすことすらできず、1歩も後退させることも叶わずに帰結。結局魔力切れ寸前まで追い詰められたのは、こちら側であった。
 息も絶え絶えでありながらも、玉砕覚悟で最後の力を振り絞ろうとしたフェイトに向けて、彼女の取った行動――それは、苦笑交じりの笑顔を返すことだった。


『異質な力を感じたのよぉ、それで街を探ってたら、あなたたちに出会ったってわけ。その力……私と《同じ》で普通とは違うよね。状況についてはあなたたちの方がくわしそうだから、とりあえず………《お話》しましょう?』


 その一言で毒気を抜かれたアルフと共に、戦闘モードを解除したフェイト。
 そもそも相手にもなっていなかった、力量差が明確な相手と対話で事を進められるなら、フェイトが取るべき選択肢は一つだけだ。

 そして分かったことは、彼女――須藤葵が感じた異質な力がジュエルシードであること。 彼女の持つ力が、HGSと呼ばれる遺伝子の病気から発症しているということ。

 アオイは、フェイトたちが別世界の魔導師であると言うことに対して、さほど驚かなかった。むしろ興味深げにこちらの話を聞いてくれた。
 さらにジュエルシード探索にも協力すると言ってきたのには、さすがにフェイトたちの方が驚いた。

 異能持ちとして辛いだけの日々を送っていたアオイは、自分の力が役に立つことが嬉しいと……そうフェイトに告げてくれた。

『友達が、母親との関係を取り戻せるのなら、喜んで協力するよ』――と。まるでこちらの気持ちが《分かっている》ように、アオイは微笑んで、フェイトが欲する言葉をくれた。

 彼女が話す過酷な過去と、疎外される今の自分を共感させてしまうのは自然なことだったろう。
 出会ってからの時間は本当にわずかなのに、気を許してしまったのは、フェイトたちが後ろ暗い行為に身を染めてることを知りつつも、彼女が虐げられる側の《理解者》であろうと、そう歩み寄ってくれたからだった。


 そしてフェイトは―――初めての《親友》を得た。








+ + + + 

 この下衆が!!―――そう言って下されば本望です。そんな三番目の転生者は腹黒TSさんでした。
 思考は外道、でも外面はちょー良い子。ある意味神宮の策士スキル上級版みたいな娘です。

 ……そしてやはりというか、当初の予定より長くなりそうです。
 終わりは最初に決めたとおりなんですけど、その過程のエピソードが長くなってしまうんですよね、なんたる未熟……
 『闇の書編』まで書く予定だったんですけど、そっちはもういっそシナリオ風にサクッと終わらした方が良いのでしょうか?
 まぁほんとにザックリ終わる予定ですけどね、A's編は。


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