失業率が10%の大台に乗り、職探しはますます厳しくなっている。そんな過去最悪の雇用情勢のなか、かつてないほど念入りに行われるようになったのが求職者に対する身上調査だ。
このため、自分が過去に犯した罪の履歴を法的に消し去ろうとする人が急増している。
ミシガン州の警察では、今年の犯罪消去数は前年比46%増とみている。オレゴン州では33%増の見込みで、フロリダ州では6月末までの1年間で前年比43%増となった。シカゴを含む一帯では、昨年の倍のペースで申請件数が増えている。
ウォーリー・カミス氏(41)もそんな申請を出したアメリカ人の1人だ。昔、ヘアブラシで2人の男を脅した罪を消し去りたいのだという。
昨秋、カミス氏は 応募書類の「逮捕歴なし」の欄に丸をつけ、オレゴン州の契約社員の職に応募した。
だが、結果は不採用。1986年に有罪判決を出されているというのだ。驚いたカミス氏は当時の記憶を呼び起こしてみた。18歳のある夜、イリノイ州の映画館を出たところ2人の男が自分を脅してきたのでズボンのポケットから鉄製のブラシを取り出し、ナイフだと言ってみせた。後で警察を呼んだところ、凶器を使ったカミス氏の過剰暴行だとして有罪にされてしまったという。結局、軽罪として氏は60ドルの罰金を払わされた。
「それで終わりだと思っていた」というカミス氏だが、22年たった今、その逮捕歴を消す必要にかられている。同じように、いま多くのアメリカ人が就職難のなか少しでも有利に職を探すため、自分の犯罪歴を消そうとしている。この流れに乗って犯罪歴消去サービスを手がける会社が現れ、地方自治体は消去プロセスを早めるべく法案を通したりしている。
身上調査は、9・11のテロ事件以降一般化がすすみ値段も手頃になった。1998年に身上調査を行った企業は全体の50%以下だったが、2006年には80%にのぼったという。
犯罪歴消去の定義や方法は州によって違いがあるが、概してこのプロセスにより求職者は逮捕・犯罪歴を問われた時に「いいえ」と答えられるようになる。性犯罪や武装強盗などの重罪を除けば、軽犯罪はうまくいけば公式書類から抹殺されて警察や学校以外は誰も確認が出来なくなる。
法的リスクが高くなった昨今、企業にとって身上調査は重要なテストでもある。昨年職場での盗難により小売業界が被った被害額は155億ドルに及び、職務中の暴力による法的費用と喪失勤務時間も巨額の損失につながるという。
「逮捕歴4回と借金にまみれた人と、一生何の問題も起こしていない人がいればどっちを採用するかは明らかだ」とある企業の担当者は言う。
だが、過去の軽犯罪の影に悩むアメリカ人は非常に多い。1967年には逮捕歴のあるアメリカ人男性は50%だったが、家庭内暴力や非合法薬物関連の逮捕のためその率は60%に増加したとみられている。米司法省によると、マリワナ所持での年間逮捕件数は1980年から2007年までの間に3倍となり、180万件に達したという。
カミス氏は1986年の一夜の負の遺産を抹消するのに、数カ月を費やした。
あの夜の事件など忘れていたカミス氏だったが、不採用通知を出されたオレゴン州の派遣会社には犯罪歴を偽ったとして非難されたという。
派遣会社の担当者マイク・リーマン氏は「犯罪歴はあっても可だが、あるのにないと嘘をつくのは邪悪だ」と述べた。
数週間後、カミス氏は犯罪歴消去を手がける会社に嘆願書の作成を委託。4月にはオレゴン州からイリノイ州へ飛び、巡回裁判官による5分間の聴取を受けたあと犯罪歴の封印を許可してもらった。
9月8日、該当地域の警察の担当官は事件番号86CM4967「イリノイ州住民対ウォレス・カミス」に関する証拠書類の一切を破棄したという宣誓供述書に署名した。
カミス氏はいま、イリノイ州に戻って介護施設でフルタイムの職に就きながら、教育関係の勉強に励んでいる。ゆくゆくは教師になりたいというカミス氏は警察の記録が「永久に消えてくれることを願う」と語った。