2011/1/15

基調講演 これからの図書館が目指す道

ーネットもリアルも同じ利用者ー
講師:江草由佳

講師プロフィール

江草由佳(えぐさ・ゆか)
国立教育政策研究所 教育研究情報センター
1998 年に図書館情報大学卒業,2000 年に図書館情報大学大学院図書館情報学研究科修士課程修了の後,2004 年に筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程を修了。博士(情報学)。修了後,2005 年4 月から現在にいたるまで,国立教育政策研究所教育研究情報センターにおいて,教育図書館担当の研究員として従事する。図書館とシステムの関わりにも興味があり,Project Next-LやCode4Lib JAPAN などでも活動している。

少し長めの自己紹介

今回、ちょっと大仰なタイトルをつけてしまったんですが、このタイトル通りにできないかもしれません。その点、あらかじめご了承ください。それから先に、簡単にご紹介していただいたんですが、もう少し長めの自己紹介をしてみたいと思います。
まず私は、図書館情報大学という「図書館」と「情報」がついてる大学で、図書館情報学を学びました。実際のところは、どちらかというと図書館関係の科目は苦手で、コンピュータ系の科目ばっかりやってました。ですから図書館関係はほとんどやってない……そういう人なんだなぁと思っておいてください。
その後の大学院では、情報検索システムを開発する開発研究をやっていました。具体的には、データベースや情報資源がいっぱいある中から、どうやって上手に選べばいいかとか、それをシステム側から支援できないか、というような研究をやっていました。
今は国立教育政策研究所の教育図書館担当の研究員ということで、いろんなことをやっています。ちょっとイメージがつかみにくいと思うので、主な仕事を紹介してみます。

普段の仕事で何をやっているのか?

例えば、図書館サービスの向上に関係する情報を収集したり、いろんな人と情報交換したり、イベントに行って新しい情報を仕入れたりして、それを図書館に還元するという仕事をしています。
また、図書館自身が作成しているデータベースの制作支援もしています。公共図書館にはそれぞれが持っている本の情報があるんですが、それ以外にも論文のデータベースなどがあるんです。その作り方や、情報やサービスを提供する場合のアドバイスなども行っています。
それから、次のシステムのために「こういう新しいシステムもありなんじゃないか」ということで、プロトタイプシステムを作ることもあります。世の中にある新しいサービスを、研究レベルや実用レベルから見つけてきて、次のシステムに活かしてはどうかという提案もしています。
もちろん研究員ですので、研究がメインです。研究としては、例えば最近は、一般の利用者の方がウェブ上で情報がほしいなと思ったときに、どんなことをやっているのか、なにを理解しながらやっているのか、ということに着目した研究をやっています。
大学で非常勤講師もやっています。教えているのは「情報検索演習」や「レファレンスサービス演習」などです。

ぜひとも伝えたいと思っていること

今日は、ぜひとも伝えたいメッセージがあります。特に、公共図書館の図書館員の方に伝えたいと思っています。それは「図書館のウェブサイトの利用者も図書館利用者ですよ」ということです。
とにかくそのことを、大きな意識として頭の中に持っていただきたいと思って、20分間の講演内容を考えてきました。ですから基調講演では"Librahack事件"のことには、ほとんどふれません。こちらについては、パネルの方でお話ししたいと思っています。
さて、図書館の利用者のイメージというと、図書館に歩いてやってきて利用する人……という感じになると思います。でも図書館のウェブサイトを使う人も図書館の利用者なんです。その違いは単に、図書館に来るか来ないかだけです。たとえ図書館が持ってる本を使わなくても、そこに利用者はいるのです。このことを、ちょっと法律も出してお話してみたいと思います。

法律が定める図書館の目的とは

日本には、図書館法という法律があります。この法律の「図書館の目的」に関する定義を紹介してみたいと思います。
まず一番最初のところに「この法律は、社会教育法 (昭和二十四年法律第二百七号)の精神に基き、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつて国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」とあります。
そして「この法律において「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーショ ン等に資することを目的とする」とも書かれています。これが、法律で定められた図書館の目的なんです。

図書館の原点をおさらいする

それから法律ではないのですが、司書資格を取る人はなら必ず一回は聴いたことがあるはずの、有名な言葉があります。これは、インドの図書館学者であるランガナータンという人の「図書館学の5法則」というものです。
インドの方なので、オリジナルは英語です。それを私の方で日本語にしてみました。並べてみます。
・図書は利用するためにある。
・すべての人に求める図書を。
・すべての図書に読者を。
・図書を求める人の時間を節約せよ。
・図書館は成長する有機体である。

一番最後のは「なんじゃこりゃ?」という感じですが、ここでも強調したいのは図書館の目的です。ランガナータンの言葉を借りれば「すべての人に求める図書を」ということです。古い人なので、図書と言ってますが、これを今の言葉で表現すれば、いわゆる情報です。つまり「すべての人に求める情報を」です。そして「情報を求める人の時間を節約せよ」ということです。これが図書館の目的なんですね。
法律で定めている図書館の目的は「国民の教育と文化の発展に寄与すること」にあります。「教養、調査研究、レクリエーション等に資する」ことですね。これらが図書館の目的なんです。ここを皆さんに認識してほしいと思います。
つまり、図書館が所蔵している本を使ったり、借りてもらうことは、図書館の目的そのものじゃないんです。求める図書情報を届ける手助けができればいいんです。くどいようですが、私は今回、そこを強調したいと思っています。

「館」としての図書館以外の利用

現実に図書館の利用と言ったとき、まず出てくるのは「館」としての利用でしょう。館としての利用というのは、物理的に来て、座って、くつろいで本を読むということですね。本を借りるのもそうだし、「あの、これ教えてください」って教えてもらって借りて読むってこともあると思います。
逆に、対立するものとして、ウェブの図書館サービスがあります。建物は使わないけれど図書館としては利用しているというものです。例えば、図書館に本があるかないかなって調べるとか、お薦めの本のレビューがあるらしいからそれを見るとか……そういうものがいろいろあります。
そして、どちらもこれは図書館の利用って言えるんじゃないか……というか、むしろ「言いましょう」というのが、私の考えです。つまり「館」にしろ「ウェブ」にしろ、図書館が提供しているサービスを利用しているわけで、実際に利用している人たちは等しく図書館の利用者なんですから、それについては差別しないということが大切だと思うんですよね。特に重要なのは意識だと思います。今はその意識が欠けてることが多いんじゃないかというのが、日々、私が懸念していることなんです。

非来館型の図書館サービス

具体的に、ウェブなどのいわゆる図書館に来て使わない図書館サービスとして、どんなものがあるのかを思いつくままあげてみましょう。
まず、ウェブでの蔵書検索です。本の所蔵確認をウェブで検索するわけです。キーワードでの検索もありますね。それから、先ほどから何度か出ていますが、こういう本が入りましたよと教えてくれる新着図書情報。また、あるテーマに沿ってとか、注目もののレビューを載せるということもあります。
あとはレファレンスといって、わからないことがあることを図書館の人に調べてもらうサービスの事例紹介などもあります。レファレンスについては、別に物理的に館に来なくても、電話であるとかメールであるとか、日本ではちょっとないんですけれど、アメリカなどではチャット形式で教えてもらうこともできるんです。
こういうサービスを利用するのが「非来館型」の、つまり館としての図書館には来ないけれど、図書館サービスを使っているという状態なんですね。

図書館自身が情報源になっていく

こうして言葉で並べられてもピンと来ないと思うので、具体的に日本の公共図書館がウェブで行っている図書館サービスの例を紹介してみましょう。ご紹介するのは、特に代表的なサイトというわけではなく、たまたま私の目についたものです。
では一つ目。「新着雑誌記事速報」というのを、ゆうき図書館が出してます。この図書館が定期的に購読している雑誌の記事の目次が、定期的に更新されて見られるようになっているサイトです。購読している雑誌のリストをクリックすると、目次が見えるようになっています。なので「なんか新しいの来たんだへぇ」とか、分類やジャンルからのリンクもあるので、いつも気になってるやつを見て「おもしろいのがあるから借りに行こうかな」みたいなことができちゃうわけです。
それから市川市立図書館は「情報源リンク集」というものを作成しています。私はこれ、すごいなって思っています。この図書館では、調べものに役立つサイトやレファレンス業務に活用できるサイトを収集して、インターネットの情報資源として整理して提供しています。例えば「園芸」をクリックすると、関連サイトのタイトルが並んだページが表示されます。そこにはちょっとした説明もついています。ここでタイトルをクリックすると、目的のサイトに飛ぶようになっています。それこそこのサイト自体は、図書館自身は持っていません。でも図書館らしく本と同様に図書分類からサイトにたどれるようになっていて、とても便利です。
横芝光図書館では、毎日数社の新聞をチェックして、その新聞に出てくるすべての本をサイトにあげて、所蔵しているものにはマークをつけています。新聞読んでいて「この本いいな」と思ったら、ここ行ってすぐに借りることができるわけです。サイトの中には、利用者IDを入れるだけで予約できる仕組みもあります。もちろん、本を買いたい人は自分で買えばいいわけで、別に本を借りなくても見ているだけで役に立つものです。

図書館だからできるウェブサービス

福井県立図書館には「レファレンス事例集」があります。レファレンスというのは、要は図書館の人に「これがわからないんですけど」とか「こういう本がほしいんですけどどこにありますか」と聞いて答えてもらうサービスのことです。ときには同じことを尋ねられることもありますから、それを集めて、最新のレファレンス事例として提供しているわけです。
同じく福井県立図書館で、私はこれ、結構好きなんですけど「覚え間違いタイトル集」というのがあります。よく図書館では「いやぁあの、この間のテレビに出てた、えーとなんだったかな……白い大地の伝説っていうんだけど。たしかシベリアが舞台の」なんて質問をされたものの、実は『不毛地帯』全然違うタイトルだった……なんていうことがよくあるそうです。それどんどんためて公開をしてるんですね。
さいたま市立図書館では、先ほどから紹介しているような、物理的に図書館に行かなくてもよいリファレンスサービスを提供しています。ウェブ上にフォームがあって、そこに必要な情報を入れたら答えてくれます。もちろん図書館に行って質問するのもいいんですが、行かなくても対応してくれるところが実際にあるんですね。
最後にもう一つ。山中湖情報創造館という名前がついている図書館が、所蔵する古い写真をデジタル化して公開しています。これなどまさに図書館に行かなくて良いサービスです。サイトを開いて、ポチポチっとやって見ていればいいわけです。
例としては以上です。図書館の目的は、教養・調査・研究に資することですから、求める方の手助けになれば、こんなふうにウェブで完結するサービスもいいじゃないかと思うんですよね。もちろん「館」としての図書館サービスは大切です。これは昔から伝統的にやってきたことだし、今ある紙の本がなくなるのは、当分先のことになるはずです。だけども同様に、ウェブサービスも大事なんじゃないかと思ってます。
図書館を訪れても、訪れなくても、どちらもおんなじ図書館の利用者。ということです。

図書館のデジタル化支援への取り組み

続いて少し宣伝をさせてください。もちろん今までにお話しした内容に続く内容です。
私は「Code4Lib JAPAN(コードフォーリブ・ジャパン)」という活動をやっています。今お話ししたような、図書館のウェブサービスを活性化できたらいいな、ということや、今回のような事件が起きないようにするための布石になるかな、という思いを持ってやっています。ICTに明るい図書館作りを全国に広めたいとも思っています。ICTというのは、インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジーの略です。ちょっと前までITと呼ばれていたものに、最近はコミュニケーションの頭文字であるCが加えられるようになりました。その活動の中から、いくつか具体的なものを紹介します。
まず、ICTを担う人材づくりをやりましょうということで、図書館関係者に向けてICT研修をやってます。例えば、ウェブのログファイルを読んで解析するというテーマで、ログの見方などを学んでいただきました。
それから図書館ICTについてのネットワークの構築ということもやっています。ここでいうネットワークとは、人のネットワークのことです。私たちCode4Lib JAPANが支援することで、気軽に相談できる仲間や、専門家に相談できる環境づくりが作れるといいな、と考えて取り組んでいます。
それから図書館ICT関連の提言も行っています。図書館共通のAPIの提言などを通じて、ウェブの発展に柔軟に対応するとともに、図書館システムの環境構築が支援できたらいいなと思っています。

図書館員による図書館システム作り

それからもう一つ。「Next-L(ネクストエル)」というプロジェクトにも関わっています。ちょっとかっこいい名前なんですが、要は次世代図書館システムのプロジェクトです。
実は、現実の世界では、図書館システムというものは、図書館員の手が届くところにはないんです。なにか遠い雲の上にあるような存在なんですね。それを図書館員の手に取り戻したいんです。
今回の話にも関連するんですが「やっぱ図書館システムってちょっとひどいよね。これなんとかしたいよね」と思っている人はいるんです。そういう有志が集まって「とにかくまともな図書館システムを図書館員、まぁ図書館関係者の手でつくろうじゃないか」ということで動いています。
はじめは、全国の図書館員や図書館関係者の有志が集まって、理想の……まともな図書館システムの仕様書を作成しようというプロジェクトでした。でも仕様書だけを書くというのは、けっこうつらいもので、今は『Enju(エンジュ)」というオープンソースの図書館システムの開発につながっています。これはすでにある程度動くものができていて、いくつか導入館が出てきはじめています。

まず意識を改めることが第一歩

最後にあらためて、私からのメッセージを繰り返しておきます。私が言いたいのは「館での図書館サービスも大事だけれど、同様にウェブのサービスも大事である」ということ。そして「館を訪れる利用者だけじゃなく、ウェブサイトを訪れる利用者もいて、どちらも等しく図書館利用者であるという、この意識が重要なんじゃないか」といことです。もしこの意識がちゃんとしていれば、ひょっとしたら今回の事件は起きなかったんじゃないかとも思います。もちろん意識だけじゃだめなんですが、まずはそれが第一歩なんじゃないかな、と考えています。

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