記者の目

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記者の目:失敗に学んで再挑戦しよう=山田大輔

 日本初の金星探査機「あかつき」が軌道投入に失敗して1カ月が経過した。原因は内径3ミリの細い配管の弁の作動不良。98年の火星探査機「のぞみ」に続く失敗にやるせない思いだ。探査の科学的意義とその波及効果の大きさを考えると、ぜひ再投入を成功させてほしいし、代替機も検討すべきだと思う。しかし、膨大な費用を伴う。失敗に学ぶ体制強化と情報公開の徹底で、国民の理解を得る取り組みを求めたい。

 金星は地球と大きさがほぼ同じ「兄弟惑星」で、地表は90気圧、気温約460度の灼熱(しゃくねつ)地獄だ。米国と旧ソ連が最初の探査先に選び、冷戦時代に失敗を重ねながら「探査合戦」を繰り広げた。その結果、温暖化をもたらす大気の温室効果が解明され、今も欧州の探査機が観測を続けている。「あかつき」は、厚い硫酸の雲に隠れた気象や地表を上空から観測。現在の気象学では説明がつかない現象を解明し、気象観測技術で世界に貢献する計画だった。

 打ち上げ200日後の昨年12月7日、金星近くに到達。しかし、エンジンの逆噴射が中断し、金星の軌道に入れなかった。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は燃料を押し出す高圧ガス配管の逆流防止弁がふさがったことが原因と結論付けた。逆流を防ぐ“念のため”の設計が裏目に出た。

 ◇技術情報非開示、原因究明に限界

 「また弁か」。昨年末開かれた文部科学省の調査部会で報告を受けた委員からため息が漏れた。「のぞみ」も安全のため追加した別の型の弁の作動不良で投入に失敗したからだ。当然、「のぞみ」でも再発防止が課題になったが、当時の文科省の報告書を読み返すと、積み残しがあったことが分かる。

 一つは「のぞみ」「あかつき」ともに「急所」の弁が米国製であることだ。これらの宇宙用部品は少数生産のため国産化できず米国頼み。このため「機微な技術情報」を理由に設計図など詳しいデータが開示されない。分解も禁じられ、「のぞみ」失敗時も原因究明には限界があった。

 「あかつき」は「のぞみ」同様、三菱重工業が製作。JAXAは今回も、同社と部品メーカーの契約を理由に、解明に欠かせないデータやメーカー名さえ開示に及び腰だ。しかし、成功した月探査機「かぐや」は、製造元のIHIエアロスペースが各部品のメーカー名を公表している。国費を投じる以上、少なくとも専門家には情報を開示して検討できるようにすべきだ。

 第二に、輸入品を使うとしても自前の試験で信頼性を確保する対策が不可欠だが、失敗の教訓を十分生かせていない。「のぞみ」の報告書は、試験方法の再検討など取り組みの強化を指摘していたが、「あかつき」で改善したか否か、文科省も確認をしていない。徹底した検証なしに「三度目の正直」はない。政府は将来、有人宇宙船の開発を検討しているが、品質管理体制の見直しは、リスクを減らすため絶対に欠かせない。

 ◇開かれた議論で国民の理解得よ

 そもそも日本の宇宙開発は1機で技術的飛躍を目指す。何機も打ち上げ、試行錯誤を重ねていく米露などの宇宙先進国とは異なる。予算の制約と政策に左右されながら「一発勝負」を求められてきた。

 「あかつき」は、新開発のセラミック製エンジンを初めて搭載したが、燃焼異常がエンジン本体を損傷したか、確認が難航している。計画当初は小型ロケットで打ち上げる予定で、重量制限からカメラなど確認用機材を積む余裕がなかったのだ。07年、大型のH2Aロケットでの打ち上げに変更したが、予算の制約で設計変更できなかった。

 開発チームは数年後に、金星周回軌道に再投入する方針だ。エンジン故障など数々の危機を克服した小惑星探査機「はやぶさ」に続けと、機器の点検に全力を挙げている。しかし、その間の空白は若手研究者育成を停滞させ、惑星探査を先細りさせかねない。代替機を打ち上げ、再投入がうまくいけば2機で同時観測するといった挽回策検討の余地はないか。

 もちろん、「あかつき」開発費250億円(打ち上げ費用を含む)に加え、さらに巨費が必要だから、国民の理解が大前提だ。「膨大な国費を使ってまでやる必要があるのか」といった投書を私もしばしば受け取る。政府の宇宙開発戦略本部(本部長=菅直人首相)は、政権交代後の宇宙計画の見直しを「専門家が効率的に議論する」という理由で自民党政権時代と同様、非公開で進めようとしている。日本が今後も宇宙への「挑戦権」を持ち続けるには、何より国民の理解と支持が不可欠だ。それを忘れてはならない。

毎日新聞 2011年1月12日 0時24分

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