過激な性描写がある漫画やアニメの販売規制を強化する東京都の改正青少年健全育成条例が成立した。今年7月から、18歳未満への販売が禁じられる漫画・アニメの範囲が拡大されることになった。出版社が集中し、多くの漫画家が拠点を構える東京での規制強化に「表現の自由が侵害されかねない」と業界関係者や全国の漫画ファンは強く反発。大手出版10社は今年3月の東京国際アニメフェアへの参加をボイコットする方針を表明した。議論は今後も尾を引きそうだ。
「日本人の良識だ。子供にあんなものを見せられるのか」。可決直後、石原慎太郎知事は記者団に囲まれると、規制強化の必要性を強調した。
条例改正は10年1月の都青少年問題協議会の答申に基づき、販売規制の対象を追加する内容だ。これまでは、読み手に強い性的興奮を与えるもののみが成人マーク(18歳以上対象)や不健全指定の対象だった。具体的には、性交シーンや性器の描写が極めてリアルだったり、性交の擬音や体液の描写が激しかったりするものだ。
改正の狙いは、そこまで露骨ではなくても「強姦などを肯定的に取り上げ、子供に悪影響を与えかねない漫画は成人コーナーに置かせよう」だった。
都はまず昨年の都議会2月定例会に提案した。この時点の案は、18歳未満として描かれたキャラクターを「非実在青少年」との造語で定義し、非実在青少年が関わる性的行為のうち、強姦など「社会規範に反する行為」を過度に肯定的に描いた漫画の18歳未満への販売を禁止する--との条文だった。
都は当初、すんなり可決されると見込んでいた。ところが3月半ば、ちばてつやさん、里中満智子さんら著名な漫画家が「日本の漫画文化に大きな副作用をもたらす」と記者会見で反対を表明。報道やインターネットで大きく取り上げられ、潮目が変わった。都議会では共産が反対し、民主内部でも慎重論が相次いだため、自民と公明との協議で継続審議となった。
再度の議論の場となった6月定例会。開会直前の5月下旬、石原知事自らが「役人が文章を作るとこういうばかなものになっちゃう」と改正案の分かりにくさを批判し、波紋が広がった。民主は3月以降、会派内のプロジェクトチームが書店を視察したり、出版団体と意見交換するうち、「規定があいまい過ぎる」と改正を疑問視する声が強まっていた。そのタイミングでの知事発言だったことから、民主は反対の方針を固めた。民主、共産、生活者ネットワークの反対多数で、石原都政の条例案としては初の否決となった。
石原知事は否決直後から再提案に意欲を見せたが、修正作業には時間を要した。都議会定数127(欠員1)のうち、52議席を握る民主の賛同を得られなければ、再度否決されるからだ。都側は民主幹部との調整を続ける一方、PTAや地域団体を対象に説明会を計81回も実施。改正前の基準では対象外とされる性的な漫画を担当職員が持参し、理解を求めたという。
練り直された新たな改正案は、12月定例会の開会1週間前に公表された。キャラクターが「18歳未満」かどうかを判断基準としていた前回案が修正され、新たに「刑罰法規に触れる」性的行為と、民法が婚姻を禁じる近親者間の性交などを描いた漫画が規制対象となった。
具体的には、強姦や児童買春など特に反社会的な性的行為や近親相姦について「極めて当然なこと」のように描いたり、全編のほぼ全てをこうしたシーンに費やした漫画が規制対象に追加された。出版社は「成人マーク」を付け、書店はビニールなどで包装したまま成人コーナーで販売するよう、努力義務が課せられる。マークを付けずに対象の漫画を一般書棚で販売すると、不健全指定の検討対象になる。
今回も漫画家たちは、反対の意思を記者会見で表明した。ちばさんらが加盟する漫画家団体の反対声明は、「年齢規定がなくなったため前回案より規制範囲が拡大し、要件もあいまい」と批判し、「18歳未満とのみだらな性交を禁じた都条例なども刑罰法規に含まれるため、前回案以上に登場人物の年齢が恣意的に判断される懸念がある」と指摘した。
改正に賛成する都内のPTA団体も動きを見せた。都小学校PTA協議会(都小P)など5団体が成立を求める要望書を石原知事に提出。新谷珠恵都小P会長は「児童を性的対象にすることが野放し状態。社会の力を借りたい」と訴えた。
最大会派ゆえに改正の可否を左右する立場にあった民主は、議員総会で賛否を論じた。反対を強く主張する議員もいた一方、「妥協せざるを得ない」といった消極的賛成の意見が相次ぎ、結論は固まった。6月定例会で否決されて以降の都側との協議で一部規定が削除、修正された点の評価に加え、「執行部は統一地方選挙で『民主はあんな漫画を擁護するのか』と有権者から指摘される事態を懸念していた」(若手都議)との事情もあった。民主、自民、公明の賛成3会派は「作者が表現した芸術性などを酌み取り、慎重な運用を」との付帯決議で都に配慮を求めた。
条例は改正されたが、都は「表現規制ではないので、どんな漫画も描くのは自由」と強調している。だが、成人漫画でデビューした漫画家、野上武志さん(37)は反論する。「私たちのほとんどが個人事業者。面倒な規制ができると、引っかかるのが怖くて規制よりずっと手前で描けなくなってしまう」。新たな規制の網がどこまで及ぶのか分かりにくく、不安が拭いきれないという。野上さんは「とりわけ収入が少なく立場が不安定な新人は、(不健全図書指定など)一度のトラブルが命取り。挑戦の場が狭まってしまう」と危惧している。
出版業界の反発はいっそう大きく、今年3月に開催される予定の石原知事が実行委員長を務める東京国際アニメフェアに、大手出版10社がボイコットを表明した。石原知事は「来なくて結構だ」と突き放すが、都のアニメ産業振興政策には出版社の協力が欠かせない。
都は出版社との関係修復という重い課題を背負ったのは間違いない。さらに、改正条例の運用に行き過ぎがないか、表現の自由に不当に干渉していないか、漫画家のみならず社会が厳しく注目していることも忘れてはならない。
2011年1月14日