高町なのはは朝が弱い。正確に言えば早起きが苦手だ。だが、最近はそれをせざるを得ない状況に陥っている。原因は、同じ部屋で過ごしている双子の妹。
「……起きたのですか?」
「……起こされたの間違いだよ、ほのか」
高町ほのか。なのはの双子の妹で、口調は丁寧なのだが、どこか配慮に欠ける部分が見える少女。そして、性格は一言で言えば……
「そうですか。では、私は母さんの手伝いをしますので」
冷酷。優しさがない訳ではない。だが、冷酷。誰が相手でもそれは変わる事がない。士郎や恭也はそれさえも可愛いと溺愛しているのだが、なのはにはその可愛さがいまいち理解出来なかったりする。
ほのかは、小学三年になったのをキッカケに家の手伝いを活発にするようになった。なのはもしない訳ではないが、どうしてもほのかには負ける。何せ、こうして早起きをして、母である桃子の手伝いさえするのだから。
着替えを終えて部屋を出て行くほのかを見つめ、なのはは仕方なく眠い目を擦りながら伸びをした。そう、こうしてなのはも早起きを半ば強制的にさせられているのだ。なのはとほのかは同じベッドで寝ている。そのため、どちらかが起きると否応無く目が覚める。
最近、二段ベッドにしようと案も出たのだが、それをほのかは拒否したのだ。理由は簡単。なのはと共に寝られないのは、ほのかにとって寂しい事なのだからだ。無論、それをほのかは正直に告げた。
―――それでは、朝が苦手ななのはを不可抗力で起こしてしまうという楽しみが無くなってしまいます。なので、それは困ります。
こう言って。それに士郎達は素直じゃないと笑って済ませたが、なのははそれが本音だと知っている。でも、ちゃんとその根底にあるほのかの気持ちも分かっているので、なのはも特に何か文句は言わなかった。
(ほのかは嫌なんだよね。私と別々に過ごすのが)
学校に行く事になった時、いつも落ち着いているほのかが、一度だけ大きくうろたえた事があった。それは、クラス分けを見た時。なのはと別のクラスになると知った瞬間、ほのかは無表情で職員室へ乗り込み、なのはと同じクラスにしろと直談判しに行ったのだ。
それをなのはは聞いて、苦笑いすると同時に嬉しくなったのだ。普段、ほのかはなのはをあまり大事に思っていないような節がある。だが、その奥底では自分と同じように愛する家族と考え、離れたくないと思ってくれているのだと分かったから。
そんな事を思い出し、なのははふと携帯を見つめる。その電源を入れ、メールの受信をチェック。すると、予想通りいつもの三つ子からメールが一件ずつ入っていた。
「アリシアちゃんに、フェイトちゃんと……ライカちゃん、また漢字間違えてる。どこ燃やすつもりかな……」
テスタロッサ家の末娘。ライカ・テスタロッサからのおやすみメールを見ながら、なのはは苦笑。その文面はこう。
―――じゃ、また明日学校で。おやすみなのは。あ、明日の放火後ゲームやろ。
その誤字を気付かないライカの駄目さ加減に、なのはは苦笑しつつ着替えを始める。自分もほのかのように母の手伝いをしなければ。そう思いながら、なのははパジャマを脱ぎ出すのだった……
同時刻、テスタロッサ家。フェイトは、まだ日が昇ってそう時間は経ってないだろう空を見つめて頷いた。この時間なら、まだアルフもプレシアも寝ているだろうと。父を物心つく前に亡くし、以来母であるプレシアと助手のリニスが二人でフェイト達三人を育ててきたのだ。
幼いフェイト達の相手はリニスの妹であるアルフがし、三人はすくすくと育った。若干、長女と三女が天然で頭の出来が少しと言われるようになってしまったが。
「リニスはもう……起きてるや。着替えてランニング行ってくるって伝えないと」
フェイトは運動が得意。中でも速さを競う競技が好きだった。このままいけば、オリンピックにも出られるかもしれないと、なのはの父である士郎に言われた程だ。そのため、フェイトはこうして毎朝士郎達のランニングに付き合う事にした。
だが、プレシアとアルフはそれに猛反対。いくら何でも時間が早すぎる。大人のペースに合わせるなんて無茶だ。そんな事を言われたのだ。故に、フェイトは二人が寝ている時間に動き出し、阻止されないようにする事にしたのだ。
素早く出来るだけ音を立てずに着替えを終え、フェイトは部屋を出ようとする。その途中、ライカの布団がはだけていたので、掛け直してやるのも忘れずに。アリシアも寝乱れてはいたが、そのままにした。アリシアは意外と感覚が鋭く、下手に何かするとそれで目を覚ましてしまうのだ。
故に、フェイトは申し訳なく思い、小さくゴメンと呟いた。部屋のドアを開け、キッチンで朝食の支度をしているリニスに向かってフェイトは小さい声で挨拶した。それにリニスは気付き、その手を止め振り向いた。
「おはようございますフェイト。ランニングですか?」
「うん。いつもと同じで母さん達には内緒にして」
「ふふっ、分かってます。気をつけて」
「うん。じゃあ、行ってきます」
リニスへ手を振り、フェイトは玄関へ向かった。その背に軽く手を振りながら、リニスは見送る。そして、その姿が完全に見えなくなったのを確認し、小さくため息を吐いた。
そのままの表情で、リニスは隠れてそれを見ていたプレシアへ視線を向けた。そう、プレシアはフェイトが自分に隠れて早朝ランニングをしている事を知っているのだ。にも関らず、こうしてフェイトを止める事なく見つめるのみ。
「……いい加減、面と向かって許してあげたらどうです?」
「駄目よ。そうなったら、フェイトは無茶し始めるもの。今は何かあったら、私達に怒られると思って加減してるだけだから」
プレシアはそう言って、ベランダへ向かう。その背を見つめ、リニスは苦笑。何故なら、その行動はフェイトを見るためなのだ。プレシアはベランダに出ると、下の様子を見つめる。そこには、マンションから出て高町家を目指して走り出すフェイトがいた。こうやって、毎朝フェイトをベランダから見送るのが、最近のプレシアの日課。
その表情はどう見ても微笑ましい母親のもの。リニスはそれを見つめ、笑みを浮かべつつ支度を再開。研究者であるプレシアは、機械工学の隠れた天才と名高い月村忍と共同研究をするため、この海鳴を訪れた。それがキッカケで三人娘が友達を得る事になり、リニスとアルフも、忍や美由希を始めとする同年代ぐらいの友人知人を得る事が出来たのだ。
(……あ、そういえば今度の日曜は、シャマルさん達と買い物に行く約束がありました。着る物を選んでおかないと……)
そう考えながら、リニスはハムを人数分切り分ける。それを焼く匂いでアルフが目を覚まして、キッチンへフラフラと現れるのだった……
「……今日は少し遅いな、シグナム」
「ああ」
「……おはよう」
「おはようふうか。今日は早いな」
リビングで眠そうな目を擦りながら、朝の国営放送を見つめている少女へ、シグナムはそう答えた。はやての双子の妹であるふうか。彼女は、実はこの八神家の表向きの最高権力者である。
性格は唯我独尊といった印象が強いが、自分よりも年下の者や格下と感じた相手には慈悲(と言う名の優しさ)を見せる。逆に格上と感じた相手には反骨心を見せ、何とか負かしてやろうとする傾向がある。
だが、姉のはやて曰く「ふうかはただ不器用で素直になれへんだけや」という結論に達しているので、全員がそう思っているためそこまでどうこう言われる事はない。
シグナムとふうかが話すのを聞きながら、ナハトは顔を上げた冷蔵庫へ再び視線を戻す。そして、シグナムは周囲を見回し、本来ならいるであろう者の姿を捜した。
「ザフィーラはどうした?」
「今日は走ってくると言っていた。おそらく町外れまで行っているのだろう」
「そうか」
「飽きぬものよ。何が楽しいのやら」
そう会話しながら、ナハトは再び冷蔵庫の中身と睨めっこ。シグナムはその傍へ近付き、牛乳を取り出した。ふうかはアナウンサーがいつ原稿を噛むか待っている。噛んだ瞬間、それみろと嘲笑うつもりなのだろうか。ともあれ、これも八神家の朝の光景。だが、ここ八神家では意外な光景だ。
ここにふうかがおらず、ザフィーラがいて、普段の朝の光景は完成するのだから。ザフィーラがいない今、これは地味に珍しいものだと言える。後、ここに稀にシャマルかはやてがいる事もあるのだが、その場合は確実に朝食準備へシャマルを加えないよう、シグナムかザフィーラが奮戦する事になる。
「今日は和食か?」
「ん? 洋食ではないのか」
「……決めかねている。どちらがいい?」
そう言いながら、ナハトは冷蔵庫の中から味噌を取り出す。それは、早目に言わないと和食にするぞと言う無言の発言。それにシグナムは苦笑しながら、和食がいいと返す。ふうかもそれに異論はないと答え、それにナハトは頷いて、献立を決めようと考え出したのだが、そこへシグナムがどこか楽しそうに告げた。
―――ああ、それと澄ましが飲みたいな。
それが、味噌汁を作る気でいたナハトに対する軽い悪戯だと分かり、味噌を手にしていたナハトが少しだけ笑みを見せるが、シグナムはその視線を何処吹く風とばかりに庭へと向かって歩き出す。そして、愛用の竹刀を片手に日課の素振りを開始するのだった、
それを眺め、ナハトは気を取り直して味噌をしまう。そして、シグナムの要望を叶えるべく再び考え出す。ふうかはそんな中、ようやくアナウンサーが噛んだのを聞き、嬉そうに口元を歪める。そんな八神家の朝の一幕だった……
聖祥大付属小学校。なのは達が通う学校である。下駄箱まで大勢で歩くなのは達。それは当然と言えた。なのはとほのかの双子と、アリシア、フェイト、ライカの三つ子。はやてとふうかの双子とヴィータとリインの四姉妹に、すずかとアリサを加えた十一人で歩いているのだから。
やがて、それも分かれる事になる。なのは、フェイト、はやて、すずか、アリサの五人が同じクラス。ほのか、ライカ、ふうかの三人で別のクラス。アリシアは一人と孤独だが、クラスにいけば友達は多いので関係ない。ヴィータは二年生でリインは一年生のため階自体が違うのだ。
「じゃあなはやて、ふうか……それとその他大勢」
「ヴィータちゃん、その言い方はどうかと思うですよ」
まずヴィータとリインがなのは達と別れて歩き出す。それを見送り、なのは達も動き出した。話題としてなのはが朝見たメールを話し出すと、アリサとほのかが呆れた表情を見せ、すずかとフェイトが苦笑。ふうかはライカを見てどこか哀れむような視線を送る。
アリシアとはやてはそれに素直に笑い、なのははライカへ、もう一度文字を読み直す癖つけた方がいいとアドバイス。それにライカは頷くも、笑っているはやて達二人に怒りを見せる。そんな楽しげな雰囲気のまま、少女達は歩く。今日、この日常に加わる事となる者と出会うとは知らずに。
「あ、じゃ私はここで」
「アリシア、今日の帰りは一緒で大丈夫?」
「う~……今日は止めとく」
フェイトの問いかけにそう答え、アリシアは自分のクラスへと入っていく。その瞬間、聞こえる多くの朝の挨拶の応酬。アリシアが人気者だと良く分かるというものだ。それを聞いて、なのは達はまた少し歩き、今度はほのか達が……
「では、私達はここで」
「うん。じゃ、放課後迎えに来るね、ほのか」
「なのは、今日の放課後に僕とゲーム対決だ!」
「廊下で騒ぐな馬鹿者。ほら、行くぞ」
「何を! バカって言った方がバカなんだ。や~い、バ~カバ~カ!」
「貴様も言っておるではないかっ!」
ライカとふうかが喧嘩しながら教室へ入って行くのを見送り、フェイトとはやてが、ほのかの手をそれぞれ掴みながら告げる。
「ほのか、今日もライカを頼むね」
「ほのかちゃん、今日もふうかを頼むな」
「……いつもの事ですが、私ばかり負担が大きいですね」
二人のやや疲れた顔にほのかはそう不満そうに答える。それになのはとすずかが揃って苦笑。アリサは諦めなさいとばかりにその肩に手を置いた。それにほのかも頷き、教室へと入っていく。
そこから聞こえるライカとふうかの漫才のような会話。それに的確且つ鋭い突っ込みを入れるほのか。それに五人は困ったような表情を浮かべて歩き出す。
「何だかんだで仲良いわよね、あの三人」
「わたしらと同じ顔しとるけど、性格全然違うのにな。何でやろ?」
「でも、結構見てると似てる時もあるよ。特にフェイトちゃん達」
すすかの言葉にフェイトが不思議そうに首を傾げるが、なのは達は何となく分かるのか頷いていた。そう、ライカとフェイト、そしてアリシアは基本的に素直。言われた事を鵜呑みにする傾向が強いのだ。
そのため、よくアリサとはやてのからかいの被害を受けている。まぁ、フェイトとアリシアは少しずつ学習しているので、最近はそうでもないが、ライカだけは一向に変化がなく、未だにやれば必ず引っかかるのだから。
その後も教室で五人は話し続ける。話題は今日の放課後の事。なのはとライカはゲーム対決をする事となっているので、おそらくそこにほのかも加わって、ライカが高町姉妹にボロボロにされるのは確定している。
問題は、そこにフェイトが援軍として参加するか否かだ。アリサはすずかと共にバイオリン教室。はやてはふうかと家で読書をする事に決めていて、アリシアは多分クラスの友人達と遊ぶだろうと判断された。
正直、フェイトもそこまでゲームが得意ではない。超必殺技や逆転ばかり狙うライカよりは強いぐらいだ。それでも、たまにそれがはまるとライカは無類の強さを発揮するのだが。
そんな事を考えながら、フェイトは仕方なく後で助けを求める事にした。それは、近所に住む年上の中学生と高校生。クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタだ。クロノは真面目な少年で、将来は父親のような立派な警察官になるために、勉強に励んでいる。エイミィはそのクロノの父であるクライドの知り合いの娘で、国際交流で海外に行く事になってしまった両親が、高校受験を控えたエイミィを託したのだ。
以来、クロノの事を弟のように思い、よくからかっていた。そして、現在も高校卒業までハラオウン家で過ごす事になっていて、フェイトもたまに会った時には色々と話す事もある相手である。
「……クロノ達を誘ってもいいかな?」
「クロノ君かぁ……ほのかがいるけどいいの?」
クロノはほのかに苦手意識を持っている。それは、ほのかのスタンスがどこかエイミィに通じるものがあるから。人をからかって楽しむというその一点において、ほのかとエイミィは意気投合するのだ。
実際、フェイトを通じて初めて会った際、二人はほんの少し会話しただけで同志と呼び合ったのだから。それを思い出して、なのはは苦笑い。フェイトもそれを思い出したのか、軽く悩んでいた。
そんな時、チャイムが鳴った。それを聞き、クラス中が慌しく動き出す。それぞれの席に戻る中、なのははぼんやりと考える。いつか大人になった時、自分は何をしてるのかと。翠屋を継ぐのもいいし、まったく別の道を行くのも悪くない。
ゲームが好きだし、理数には自信がある。プログラマーとかも楽しいかもしれない。そんな風に考えていると、教室のドアが開き、担任の教師が現れた。ただ、その横には見慣れない少年がいた。
(……転校生、かな?)
色白の肌。金色の髪。顔立ちは中世的で、どちらか分からない。なのはと同じようにざわつく教室。それを教師が鎮め、黒板にその少年のものと思われる名前を書いていく。
「ユーノ……スクライア?」
その文字を見て、なのはは変わった苗字だと感じていた。フェイト達に続いて、外国人の同級生がまた増える事になるのかと考え、なのはは話す事を少し楽しみにした。外国の話は色々と楽しい事が多いのだ。
風習、文化、マナー等どれを取っても興味深い事だらけ。唯一の例外は、フェイト経由で知り合ったハラオウン家だけだろう。クロノ曰く妙な日本かぶれをしているため、日本に対しおかしな知識を持っていたのだ。その家の中に在るリンディの部屋は、混沌としていたのをなのはは今でも鮮明に思い出せるのだから。
「はい、静かに。今日から、皆さんと勉強する事になったお友達を紹介します」
「ユーノ・スクライアです。好きなものは考古学や遺跡調査。とは言っても、想像したりするだけですけど。あ、オカルトは守備範囲外です。よろしくお願いします」
それに男子が興味深そうな声を上げ、女子は意外と大人っぽいユーノの喋り方に軽くざわつく。それを聞きながら、教師はユーノを空いている席へと向かわせようと教室を見回し……
「じゃ、高町さんの隣に座ってくれるかな」
「はい」
指差された席を目指し、歩き出すユーノ。そして、なのはの隣へ座り、ユーノは視線を向けて止まった。顔に赤みが差し、なのはの方を見て戸惑っているのだ。なのははそれに疑問を感じながらも、初対面で緊張しているのだろうと思い、笑顔で挨拶をしようと決意。
「初めまして。私、高町なのは。なのはって呼んでくれていいよ」
「……え、あ、ぼ、僕はユーノ・スクライア。ユーノでいいから」
これが、ユーノとなのはの出会い。まさか、これが将来を決める出会いだったとは、この時誰も予想しなかった……
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タイトル通り、マジカルはないです。リリカル要素もなし。ただ、なのは達を使っての平和な話を書きたかっただけです。超不定期に更新するかもしれません。
……気紛れに書きたくなったんです。許してください。