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[25025] 【ダンガンロンパ】全員脱出絶望学園【逆行ネタ?】
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/12 18:29
やっちまった感大。
とりあえず続くかわからないけど書く。
まずはプロローグ的なものです。

・ネタバレ
・ループ要素
・ご都合主義
・キャラ崩壊

以上の要素が含まれます。





















「ボクの話を聞いて!■■さん!
君は裏切られてるんだ!■■■さんに!
ここから脱出するにはもう■■さんに頼るしか…!」

「……」

どうやらボクの言葉は届かなかったようだ。
彼女は沈黙と同時にボクの声を掻き消した。
喉から燃え上がるような熱を感じ、空気が抜けた。
目の前に赤い液体が飛び散る。
視界がにごる。
最後に見た彼女は、一切汚れることなく、無表情でその場を去った。


 ああ……
 また、失敗した


 ボクは二回目の失敗を悟り、そのまま目を閉じた。



***************



ボクは閉じ込められている。
この学園に閉じ込められている。
一度は脱出した。脱出したのだが、その瞬間ボクは教室の机に伏せていた。
殺し合いの学園に。絶望の学園に。ボクは戻っていた。
当然夢だと思った。しかし、夢にまで見た彼女が目の前に現れ、
ボクを初めて見る人間であるかのような対応をした時、ボクは膝を落としかけた。
しかも、思い出したのだ。曖昧ながら、あの一年間を。
皆で過ごした学園の日々を。
ボクは死を繰り返したくなかった。
絶望を跳ね除けたかった。
だけど……やはり彼女は死んだ。
ボクがどれだけ説得しても無駄だった。
最初とは違い、殺して、処刑された。
拘束され、ステージの上で爆音に犯されながら。
彼女は最後まで叫んでいた。
”私はこんなことをしている暇はない”と。
そして次は、最初の時にボクの隣に居てくれた彼女が死んだ。
殺された。
クロはボクだ。投票の結果そうなった。
そしてボクはプレス機にかけられ、他の皆と同様に処刑された。
そして、ボクは死に、再び机に戻された。
そこからは冒頭のアレだ。
このふざけたゲームの切り札。
彼女の説得を試みた。
だけど、駄目だった。
…きっとピースが足りないのだ。
前に進むには曖昧では駄目なのだ。
あの一年を正確に思い出さないと、ボクはあのモノクロの絶望を撃退できない。
仲間全員が生き残るにはそれしかない。
ボクは四度目の目覚めと共に目を閉じた。
回想する。
あの一年を。
短いながらに紡いだ絆を。
ゆっくりと意識が沈んでいく。
僕の意識に、消された記憶に沈んでいく。
ボクは希望を捨てない。
だって…、それだけがボクの取得なのだから。





[25025] 舞園さやか
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/10 02:36
舞園さやか編









ボクは今、途轍もない危機に晒されている。
しかし、この危機は他の人から見てもわからない…、
いや、見ている他の人が危機である故にボクは助けを求めることも出来なかった。
ボクが今直面している危機、その原因は目の前にある。


「苗木くーん?
どうしたんですか? そんなに汗を浮かべて……、
もしかして熱があるんですか?」

「いや、大丈夫だよ舞園さん。
ちょっと…暑くてね……、ははは…」

「今12月なんですけど…」


ボクは渇いた笑いをあげる。
今は12月の後半。クリスマス間近だ。
街はイルミネーションで飾り付けられ、恋人同士が闊歩する。
ボクには特に縁のない季節である。
今も目の前の彼女…、舞園さやかさんと一緒に出歩いているが、
これはデートなどではなく、買い物の手伝いだ。
所謂荷物持ちとプレゼント選び。
今まで忙しすぎて男性と縁のなかったという彼女が、
男の喜ぶプレゼントと教えて欲しいとボクに頼んできたのだ。
ボクも思うところがなかったわけではないが、仲のいいクラスメイトであり、
憧れていた女の子の頼みを断れるはずもなく、こうしてご一緒させていただいているのである。
さて、ここで冒頭の危機についてだが、別に荷物が多くて死にそうとかではない。
というかまだ買い物の途中なので荷物なんてない。
危機とはつまり周りの人間…、限定すると男性であり、
分かりやすく言うと、嫉妬の視線だ。
目の前の彼女は国民的アイドルグループのセンター。
つまり、皆の憧れの女の子である。
ボクはただのクラスメートであり、それは彼女のファンには当たり前の事実だ。
その羨ましい凡人のボクが(ボクの通う学園で凡人は、今のところボクだけだ)、
彼女と歩いているという事実は、それはもう身の危険を感じるほどの嫉妬を受けるのである。
学園の性質上週刊誌などにスクープを受ける心配はないが、
それでもこの寒い季節に冷や汗を掻くくらいは嫌な視線を感じているのだ。
……か、帰りたい。
しかし、そんなボクの心情はなんのその。
舞園さんは、とろとろ歩くボクを先導して目的の店へと向かう。


「さあ行きましょう苗木君。
目的地までもうすぐですから!」

「う、うん……。
でもボクで大丈夫なの? プレゼント選び。
芸能界の友達の方がセンスがあるんじゃあ……」


そう、ボクはあくまで普通の高校生だ。
舞園さんが誰にプレゼントを贈るつもりなのかは知らないが、
ボクのように普通の人間ではないだろう。
人選ミスのような気がしないでもない……、というか最初からそう思ってる。


「もうっ、何度も言ったじゃないですか!
苗木君でいいんです。いえ、むしろ苗木君以外ありえません!
そう、苗木君は私のプレゼント選びを手伝うしかないんです!」

「そうなんだ……」


知らなかった。
どうやら謎の三段活用でボクの行動は決まってしまったらしい。
まあ、でもここまで頼られると悪い気はしない。
彼女の為にも慎重にプレゼントを選ばなくちゃ…!


「……流石朴念仁。
まったく気づいてる気配がありません……」

「……え? 何か言った?」

「いーえ、なんでもありませんよ、なんでも。
ほら、もっと早く歩くっ! こうみえても私は忙しいんですよ?」

「あ、ちょっ舞園さん!? 手! まずいってば!」


舞園さんがボクの手を引いて走り出す。
まるで目立つように、見せ付けるように人ごみの中を。
さっきまでは、視線って暴力になるんだなぁ、なんて感じてたが、とんでもない!
これは人を殺せる。
周りの人がほぼ全員ボク達を見ている。
あ、あそこの人たちカメラを撮って……


「ま、舞園さん!?
ほら、あそこの人たちカメラを撮ってるよ!?
流石にまずいんじゃあ……」

「…ふふふ」


ボクの必至の叫びも彼女は無視する。
ていうか笑顔だ。ボクの手を摑みながらカメラに手を振ってる。
流石にこれは週刊誌に載ったりするんじゃないか?
まずくない? 主にボクが。
彼女の人気は、男関係の報道で落ちる程度のものではない。
むしろ相手がボクのような一般人だったら人気が上がるかもしれない。
でも、多分それと同時にボクの元に怪文章が届くだろう。
そうなった場合のいい訳とか、昔の知り合いに会ったらなんて言おうか…、
なんてことを考えているうちに動きが止まった。


「ほら着きましたよ苗木君」

「…え?」


目の前にはそれなりに大きなデパートがあった。
都心によくあるタイプの物だが、舞園さんがここに来るなんて少し違和感を感じる。

「私だってこういうところで買い物をするんですよ?
忙しくてめったに来れませんけど」

「え、あっ…なんで、ボクの考えてたことが?」

「エスパーですから」


舞園さんの特技(?)にまた引っかかってしまった。
舞園さんはこんな感じでボクをからかうのが好きなのだ。
まあ楽しい会話のスパイスのような物なので文句はないが…、少し吃驚する。
……ボクってそんなにわかりやすいのかなぁ?


「それじゃあ行きましょう。
苗木君はどういうものが好きなんです?
お店も一杯ありますから、まずはジャンルから選ばないと……、
私としては、ずっと身につけている感じの物がいいですね」


口早にそう言う舞園さん。手は繋いだままである。
ボクとしてはそろそろ手を離してもらわないと世間的な意味で死んでしまう。


「えっと……、舞園さん?
そろそろ手を……」

「……苗木君は私と手を繋ぐのはいやなんですか?」


ボクの主張に対し、拗ねたような顔と口調で尋ねてくる舞園さん。
こういう顔の舞園さんはとても珍しい。
基本笑顔を絶やさない人なのだ。
そんな舞園さんにボクは怯んでしまう。
仕方ないじゃないか、ボクは普通なんだ。
つまり、普通にアイドルに憧れていたのだ。


「べ、別に嫌じゃないけど」


むしろ嬉しいくらいだし……、
と消え入るような声で呟いてしまったボクを誰が攻めれるのか、いや誰も攻めれまい。
さっきから周りの視線とか気にしていたが、それ以上に舞園さんが気になっていたのだ。
彼女から感じる体温や、手の柔らかさに先ほどからドキドキしっぱなしである。


「ふふふ…、それじゃあ許してあげます」

「……あ」


そういって舞園さんは満足そうに手を離した。
名残惜しそうな声を上げてしまったボクは少し恥ずかしくなり、目を伏せてしまう。
そんなボクを前にして、舞園さんは明後日の方向を向きながら小さく呟く。


「……大丈夫ですよ、これ以上はしません。
抜け駆けはなし、ですから」

「…?」

「…さて、行きますよ苗木君。
何度も言いますけど苗木君が一番欲しいものを選んでくれればいいですから」


そう言って、舞園さんはボクに笑顔を向けた。
テレビで見る舞園さんは本当に綺麗だけど、
こんなに可愛い顔を見れるのはきっと本当の彼女を知る人だけだろう。
ボクが彼女と知り合えたのは幸運以外の何物でもないが、
ボクは舞園さんのこの表情を見るたび、それに感謝するのだ。
いや、舞園さんだけじゃない。
クラスメートの皆と知り合えたことを感謝しなかった日はない。
ボクは自分の幸運に感謝しながらデパートの扉を潜った。
皆とならきっと明日も楽しい。そう確信して。









**********************






私が苗木君に好意を抱いたのはいつだったか。
鶴を助けた彼を見た時か。
普通の会話が苦手な私と居ても楽しいと言ってくれた時か。
落ち込んだ私を励ましてくれた時か。
どんなときも絶望しない前向きな彼を見た時か。
……きっと答えなんてない。
多分私は最初から彼が気になっていて、最後まで彼が好きだった。
彼といると楽しい。
彼といると立ち直れる。
彼といると希望を持てる。
特殊な学園で唯一接点のある彼の存在に安堵して、
そのまま彼そのものに惹かれてしまった。
もちろんそれは危険なことだ。
芸能界というのは特殊だ。
特にアイドルというのは人間関係一つ一つがとても重要なのだ。
よしんば苗木君と付き合ったとして、それが世間にバレたら、終わりである。
私の人気はゆっくりと下降していき、そして消える。あっさりと。
私は夢の為に大切なものを捨ててきた。
だから苗木君のことも捨てようと…、初恋を捨てようとした。
……でも、駄目だった。
恋という感情がこんなにやっかいだなんて知らなかった。
演じたことはあっても、実感したことはなかった。
だから私は開き直った。
どうせ捨てれないなら両方手に入れてやる、と。
まあ、その決意のおかげでアイドルとしての私の立場は固まったし、
苗木君を諦めなくても良くなった。あくまで結果論だが。
多分私が頑張れたのは苗木君のおかげだろう。
彼といると希望が見えてくる。前に進める。
……つまり、長々と私は自分の心情と言う名の惚気を暴露したわけだが、
残念ながら障害は残っている。
2人、下手したら4人だ。
つまり、競争相手がいるのだ。
これでも自分に自信はある。
そこらへんの娘に負ける気はしないが、残念ながら相手も一筋縄じゃない。
芸能界では後輩に、学園ではクラスメートに負けないように努力しなければならなくなった。
でも、それが苦痛だとは感じない。
だって…、楽しいから。
苗木君を好きでいることが楽しい。これが答えだ。
今日も苗木君をどうやって誘うかを考えながら仕事に向かう。
ああ、この学園に入ってよかった。
心から、そう思う。




 絶望的事件の一週間前
 舞園さやかの日記から抜粋
 





























こんな感じで全員分やる予定です
絶望事件の前の皆との関係を淡々と書いていきます。



[25025] 桑田怜恩
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/23 01:45
桑田怜恩編











「頼むぜ苗木!
このとーりっ!俺の頼みを聞いてくれ!」

「……はぁ」


ボクの目の前で桑田君が手を合わせて頭を下げている。
はてさて、どうするべきか。
ボクとしては桑田君の力になりたい。なりたいのだが……、
如何せんボクの力の及ぶ領域ではないと思う。
正直ボクじゃないほうが桑田君の為にもなると思うのだけど……


「他の人じゃ駄目なの?
えっと……十神君とか」

「あいつが来るわけないだろ!?
大体あいつに頼みごとできるのなんてお前くらいだっつーの!」

「じゃあ、えーと……、
大和田君とか」

「紋土はなぁ……、いい奴なんだがナリがアレだろ?
相手がびびっちゃうじゃん? それじゃあ駄目なんだよ、わかるだろ?」

「他にも、ほら。
石丸君とか葉隠君とか…」

「ありえねー、石丸が来るわけねーじゃん。
葉隠は本来の目的を忘れて商売始めそうだしな、論外だっつーの!」

「……………………山田君とか」

「あんなブーデー連れてけるかっ!
色物勝負じゃねぇんだよ! 今回は! わりとマジなんだって!
つまりお前しか居ないんだよ! 苗木!
頼む!俺の顔を立てると思ってさぁ……」


桑田君がそれなりに必至な表情でボクを見てくる。
でもなぁ……


「…でもボク、合コンなんて初めてだよ?」


女の子と付き合ったこともないし、初対面の子と仲良くなれる自信もない。
それなのに、女性に人気のある桑田君と一緒なんて……大丈夫なのかなぁ?


「だーいじょーぶだって!
お前ほら、舞園とか霧切とか…、あと戦刃とも仲いいだろ?
あいつらと話してる時みたいな感じでいいんだって!」

「まぁ…そういうことなら……」


彼女たちと居るときの僕は基本振り回されてるのだけど……、
つまり大人しくしていればいいのかな?


「よっしゃ! 言質は取ったぜ!
それじゃー明日の8時に学園の前に来いよ! 遅れんじゃねーぞっ!」


桑田君は上機嫌で去っていった。
そんな彼の後姿を見送りながら、ボクは静かにため息をついた。


「合コン…かぁ……」


ボクの言葉の中には、軽い倦怠感と強い不安、
そして隠しきれない期待があった。
まあ、普通のボクは普通にそういうのに興味があったというわけだ。
ボクはそのまま明日の夜のことを考えながら部屋に戻った。
初めての合コンがあんなことになるとは知らずに……。









*********************











「凄い施設だなぁ……」


ボクはプロ野球チームの施設に来ている。
県内の比較的小さな施設なのだろうが、こういった世界に詳しくないボクにはよくわからない。
よって思ったままを冒頭で口走ったのだ。
ボクはゆっくりと辺りを見渡す。
周りではプロになる前の原石と言われるべきだろう選手が練習をしており、
それを監督らしき人と偶にテレビで見る選手が見守っていた。
その中に1人。鬼気迫る表情でボールを投げている人物が居た。
今日のボクの探し人。桑田怜恩君だ。


「桑田君!」

「…な、苗木じゃん」


桑田君は少し焦ったような顔をする。
当然だ、あんなことがあったのだから……。
ボクも早く忘れたい。
でも、その前に彼に謝らないといけないんだ。


「その、なんというかボクのせいで……」

「…いや、お前は悪くねぇよ。
もちろん俺も悪くねぇっ! あの馬鹿が俺を騙しやがったんだ!」


桑田君は怒り心頭という顔をしてる。でも腰が引けてる。
よっぽど昨日のことが効いたようだ。
桑田君は怒りで赤くなった顔をゆっくりと青にしていき、縦線まで入れるという芸当をこなしていた。
うーん…、どうやら回想を挟む必要がありそうである。


ここでボクが昨日の合コンのことを、そこに至った経緯を含めて説明しよう。
三日前、桑田君は以前から狙ってた美容院の女の人(名前は知らない)に彼氏が居ることを知り、
軽く凹んでいたらしい。
そんな彼に声をかけた人が居た。江ノ島さんだ。
その時の会話が以下の通りである。


「あれれー? そんな所で何してるの桑田君?
もしかして腕に爆弾でも抱えちゃったー?
私としてはすぐに病院に行くことをお勧めします。
それか外を歩いて成功率1割の天才博士を探すべきでしょう。
……ごめんなさい、そんなことわかりきってますよね。
超高校級の野球選手に野暮なことを言ってしまって御免なさい……」

「いや、ちょっと女に振られちゃってさー。
俺としては遊びですらなかったつもりなんだけど……」

「へえ…、結構凹んでるんだ。意外だね、そういう人間だとは思ってなかったよ…。
そんなかわいそうな桑田君にはぁ、私からプレゼントをあげちゃおっかなー」

「プレゼント?
ああっ、盾子ちゃんがデートしてくれるなら俺すぐ元気になっちゃうよ!マジで!」

「私様があなたみたいなのと一緒に歩くわけないでしょ?
プレゼントと言うのは女の子のことよ」

「お、女の子?」

「うぷぷ…、紹介してあげるって言ってるのさ!
とびっきりの肉食系の女の子を3人程ね! みんな可愛いよー」

「ま、マジでっ!?」

「とーぜんじゃん、私は約束を破ったりはしないっての。
じゃあ私が合コンを組んでおいてあげるから明後日にこの店に行きなよ!」

「あ、ありがとう盾子ちゃん!
マジ嬉しいよっ! ギャルも好きなんだよ俺!」

「まあでも条件があるんだけどね…、
世の中そんなに甘くはないのさ、桑田君」

「…条件?」

「そうです。
条件の内容は1つ。苗木誠を連れて行くこと。
もう1人は私のほうで用意しますので2人の先ほど渡したメモのお店にいらして下さい」

「そんだけ?
よゆーよゆー、俺苗木とは仲いいからさっ!
それじゃあ頼んだぜ!」

「………うぷぷぷぷぷ」


と、まあそんなやり取りがあって、桑田君はボクを引き連れて待ち合わせ場所に行った。
そこで待っていたのは……。


「……まさか苗木君が本当に来るとは思いませんでした。
今日は何を期待してこのお店に来たんですか?」

「…見損なったわ苗木君。
私の助手として、これから女性の誘惑に耐える訓練を受ける必要があるわね」

「私としては別にどうでもよろしいのですが……、
苗木君には少しナイト候補としての心構えが足りないようですわね」


舞園さんと霧切さんとやす…セレスさんが居た。
その後ろでは江ノ島さんが絶望的な笑みを浮かべて、くつくつと笑っていた。
その瞬間すべてを悟った桑田君はボクを売った。
ボクがどうしても行きたいと言ったから仕方なく、といった感じに。
今その時のことを回想しても、まったく腹は立ってこない。
あの光景を見れば誰でも保身に走りたくなる。誰だってそうだ。桑田君だってそうだっただけだ。
しかし、江ノ島さんが居るのにそのいい訳は苦しすぎた。
結果、ボクをここに連れてきた桑田君は、その場に居た3人の女性と、
何処からともなく飛んできた謎の凶刃に倒れて保健室送りになった。
ボクは3人に説教をされ(曰く希望ケ崎学園の人間というだけで、異性には気をつけるべきだとか)、
日をまたいだ頃に開放されたのだ。
これらのことを経験したボクの口から出るのは一言だけである。
やりすぎ。
桑田君はすっかり怯えてしまっているではないか。
ボクはある程度慣れてるが、そうでない人には狂気の沙汰だ。
そんなこんなでボクはとりあえず桑田君に謝るべきだと思い、ここまで出向いたのだ。


「まあ、彼女たちもやりすぎたと思ってるみたいだしさ。
今回は許してあげてくれないかなあ?」

「ん、まあ、あいつらには怒ってねえよ。
江ノ島に騙されたってわかったとき俺のとこに謝りにきたしな……、セレス以外」

「あははは……」


思わず渇いた笑いが出る。
まあ、桑田君も怒ってないみたいでよかった。
まったく江ノ島さんのいたずらにも困ったものである。
……それにしても、


「…桑田君が練習してるなんて珍しいね」


というか初めて見た。
野球をしている彼は幾度となく見たが、練習しているのは初めてだ。
それも彼の才能が故なのだろうけど。


「ああ、これ?
まったくふざけた話だよな。
この俺がれんしゅーだぜ?ありえねーっつーの!
汗臭いのとかマジ勘弁なんですけど!」


そう言いながらも桑田君は硬球を投げ続ける。
不満を言いながら悪態をつきながら。


「そもそも練習なんてしなくてもプロの世界で生きていけるんだよな、俺。
なんつーの? 天才じゃん? やっぱりさ。
でも、生きていけるだけで、スターにはなれないんだとよ」


ボール受けのミットから桑田君が一瞬だけ眼を逸らす。
その先には先ほどの監督らしき人とテレビでよく見る選手が居た。


「…あのヤロー俺のボールを1打席で見抜きやがったんだ。
やっぱりさ、話題性じゃん? 大切なのって。じゃないとモテないだろ?
だからさ、そこらへんのプロくらい一蹴しなきゃいけないわけよ。
そんであのじじいに交渉したわけよ。
オメーのクソプログラムに従ってやるから、あのヤローをぶちのめさせろってな」


ブツブツ言いながら硬球を投げ続ける桑田君。
とても態度が悪い。だが、悪いのは態度だけだ。
その姿勢も、目線も、力の入り具合もすべてが真剣で、本気だった。


「ふざけやがってあのヤロー。
俺がどれだけ天才か思い知らせてやる!
そんでもってマスコミでも呼んで超プロ級の野球選手の誕生だ!
そしたら練習なんてしなくてもモテモテだぜ!」


……きっと桑田君は野球が好きなんだろう。
こんなに悔しそうで、こんなに一生懸命な桑田君は見たことがない。
文句を言いながら必至に硬球を投げ続ける彼を見ながら、ボクはそう思った。
どうやら謝りに来て正解だったようだ。
ボクは桑田君のことをまた1つ知れた気がした。


「練習しないでもスターでモテモテの俺マジかっけーっす!」


……たぶん。





[25025] セレスティア・ルーデンベルグ
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/24 00:55
安広多恵子編













「Fuck you……!
ぶち殺すぞ……! ゴミめら……!」

「セ、セレスさん……?」

「なんですの?」

「ここは何処なのかな?」

「船ですわ。
名前はエスポワール号といいます」

「甘えを捨てろ」

「……ボクとセレスさんは何しにここに来たんだっけ?」

「バカンスですわ」

「バカンスかぁ……」

「勝たなきゃゴミ……」


ボクは現在とある船に居る。
長期休暇の折に、セレスさんに旅行に誘われたのだ。
曰く、日帰りで面白いアトラクションがあるからナイト候補として一緒に来い、とのことだった。
ボクはセレスさんのことは好きだけれど(無論友人としてだ……今のところは)、
ナイトになるつもりはないし、そもそも2人で旅行に行くほど特別な関係でもなかった。
しかし、ほとんど強引に引っ張ってこられてしまったのだ。
その結果がこれだ。


「這っているのだ………
ゴキブリのように………」


目の前で高そうな服を着た男が、ボクを含めた皆に喝をいれている。
しかし、ボクはそれを真面目に聞けずにいた。
そりゃあボクだって十神君や石丸君のように努力を重ねて来たわけではないが、
それでも人並みには頑張ってきたつもりだ。
人並みのことしかしていない僕が、最高峰の学園に居ることに気まずい思いをしたこともあるが、
それでもゴミ呼ばわりされるほどではないと思っている。
もちろん周りの人を蔑んでいるわけではない。
ある程度話しを聞いて、ボクとセレスさんの周りの人達がどのような状態の人達かはわかった。
しかし、この場に居るということは返すつもりのない人達というわけではないのだろう。
だったらボクはそれを応援するだけである。それしかできないし、それ以上するつもりはない。
問題は周りの人間ではなく、ボク達である。
なんでここに居るん?
セレスさんはいつもの笑顔を張り付かせたままバカンスだと言ったが、
ありえんと言わざるを得ない。


「……なんか借金がどうのとか言ってるんだけど」

「ええ、どうしようもない底辺のクズ共の為のギャンブルですわ」

「バカンスじゃないじゃないか!」


ギャンブルだよねこれっ!
そりゃセレスさんにとっては楽勝だろうけれど、
ボクの場合は下手したら明日から債務者である。


「私にとってはバカンス同然ですわ。
稼ぎも少ないし、海の上ですし」

「バカンス=海の上なんだ……」

「ええ、無人島に向かうクルーザーみたいなものですわね。
…もっとも、目的地は無人島ではなく地獄のようですけど」


ニヤリといった笑いを溢すセレスさん。
ボク達の周りに小さな波紋がたつ。
元々セレスさんは吃驚するくらい目立つのだ。髪型的な意味で。
しかもこの場にはセレスさん以外の女性はいない。
その唯一の女性(しかも特徴的な髪型と美麗な顔立ち)が一番余裕そうな態度で、
しかも異様な雰囲気を出しながらクスクスと嗤っているのだ。
おもいっきり目立ってる。
場から浮く、という言葉をこれほどまでに目の当たりにしたのは初めてだ。


「さて、ステージのおじさまのご高説も終わったことですし……、
参りましょうか」


そう言ってセレスさんは歩き出す。
ボクはそれに無言で着いて行った。
その間に今回のゲームのおさらいをしておこう。
今回ボクたちがこの船で行うのはカードをジャンケンのようなものだ。
プレイヤーには3つの星と12枚のカードが配られる。
星はチップであり、カードはグー・チョキ・パーの三種類が4枚ずつだ。
プレイヤーはそれを使って文字通りジャンケンをするのだ。
カードは一度使ったら処分され、星がゼロになったらゲームオーバー。
勝利条件は制限時間以内に星を3つ持ち、かつカードをゼロにすること。
それ以外にこの船から生還する方法はない。
勝利すれば借金がチャラらしいが……、そもそも借金のないボクはどうなるの?


「苗木君と私の場合は星を3つ所持してゲームを終了すれば、
利息がチャラになり、かつ星1つにつき100万円の報奨金が渡されますわ」

「ひゃっ、ひゃくまんえんっ!?
というかなんでボクの考えてることが…」

「エスパーですから」

「……舞園さんのネタは万能だなぁ」


それともボクが単純なのか……。
…………いやいやいやいや問題はそこじゃないだろっ、ボク!


「百万円っていったい……!
それにボク借金なんて……」

「最初のアレですわ。
私が指示をしたでしょう? 1千万円借りるようにと。
それの4割、つまり400万の借金がチャラということです」

「……それって」


えっと、つまりボク達が勝てば……、


「星1つにつき100万で最低300万。
過剰分が出ればそれにつき100万が支給され、
なおかつ星の売買も許可されています。
1つにつき300万程度の値段はつくでしょうから……、
まあ、3100万が限界といったところでしょうね」

「……まあ、セレスさんにはそれぐらい余裕だよね」


超高校級のギャンブラーであるところの彼女が、負けるところがまったく想像できない。
しかし、ボクは違う。普通の高校生だ。
超高校級の幸運らしいが、そんなの入学の時以外感じたことはない。
勝てば300万……、しかし凡人故に負けたときのことばかり考えてしまう。
…ああ、不安だ。
不安ついでに気になったことをセレスに問いかける。


「でもどうしてそんな契約なんてできたの?
この船は債務者の人達に対しての救済みたいだけど……」


債務どころか当分遊んで暮らせるほどのお金持ちの彼女がここに招待された意味がわからない。
本人がバカンス感覚であるのは間違いないだろうが、それでも不思議である。
だってその条件でセレスさんが居る時点で主催者は損をするじゃないか。


「……苗木君、世の中には色々な人が居ます」

「まあ…、そうだね」


それはここ一年でひどく実感してる、……身に染みるほど。


「そう、若者の生血をすする怪物も居れば、
くだらないゲームの為に一億円をばら撒くような団体もあります」

「凄い世界だね……」


絶対に関わりたくない世界である。
まあ関わることもないだろうが。
ボクの反応を見たセレスさんは目を大きく開き、こちらを睨みつけるように見る。
うぅ、ボクはセレスさんのこの表情は苦手だ。
なんというか……、少し恐い。


「いいですか?
つまり崩壊し、絶望する人間と、その表情が好物だという妖怪爺も存在するのです」

「……つまり依頼されたんだね、この人達を叩き潰す為に」

「そういうことですわ。
苗木君はこんな物騒な世界に巻き込まれてはいけませんよ?」


セレスさんが巻き込んだんじゃないか!
ボクは内心で叫ぶ。
勘違いしないでよ? 決して反抗するのが恐いからじゃない。
無駄な反抗をして怒鳴られるのは無意味だと言っているんだ。


「まあ、取り敢えず良心の呵責を感じる必要はありませんわよ?
ここに居る人の殆どは自業自得で多額の借金を抱え、
地道に返すのを諦めて、身を投げるようにしてここに来たのですから」

「う、うん…そう、かもしれないね。
……そういえばボク達は負けたらどうなるの?」

「強制労働ですわ」

「なんてことしてくれるのっ!?」


少しだけ感じていた遠慮が吹き飛んだ。
本当にセレスさんのやることはとんでもないことばかりだ。
バカンスのつもりが自分の将来がかかっていた。
な、何をいって(ry


「それでは行動を開始しますわ。
30分ほど別行動をとりましょう。
苗木君はそこらへんで勝負してきてください。
カードと星をゼロにさえしなければどれだけ負けても結構ですわ」

「え、ちょっ、待ってよセレスさんっ!」


ボクの声が辺りに反響して周りの注目を浴びる。
しかし、セレスさんはそんなものはまったく気にせず歩いて行ってしまった。
彼女は目立つので追いかけることも出来たが、
30分と彼女が言ったのなら指定の刻限までは無視されるだろう。そういう人なのだ。
ボクは理不尽な現状にため息をつきながらもその場を後にした。
……まあ、ボクも聖人ではない。お金は欲しい。
しかし、セレスさんの言葉通りそこらへんで勝負したあげく、無様に負けるのだけは勘弁だ。
なんというか…、それは考えなしすぎるし、なにより格好悪い。
そこでボクはある作戦を立てた。
作戦と呼んでいいのかわからないほど稚拙なものだが、内容はこうだ。

・勝者を狙う。
勝って気が大きくなっているところを狙うのだ。
この際重要なのは表情を顔に出す人を狙い撃ちすることである。
・狙う相手の癖を見抜く。
言うのは簡単だが、実行するのは果てしなく難しい。
1人のプレイヤーが多くのゲームをプレイできる環境ではないので、
せいぜい最初に出しやすいカードを狙うくらいしか出来ないだろう。
しかも、狙えるのは多くて2人くらいだ。
・勝ったら逃げる
あくまでこれは不意打ちのような作戦だ。
深追いは勝負を運否天賦にしてしまう。
カードが余るが、処分する方法は2つほど思いついたので、特に問題ないだろう。

幸いボクはこの中でも異様に若い(……………………………背も低い)。
よって相手は油断して、パターン化したカード選びをするだろうと考えたのだ。
問題は観察しているのがバレたら終わりと言うことだが、幸いボクは身長が大きくないので、
その心配はしなくてもいいだろう。
隠れていれば見えないはずだ。……不本意ではあるが。


「さて、じゃあ実行するかな」


……それにしてもなんでボクはこんなに冷静なんだ?
何処でこんなクソ度胸を手に入れたのか……。
まあ、答えは複数あるだろうが、
主に霧切さんのおかげ(”せい”ともいう)であることは間違いない。
そんなことを考えながら、ボクは人ごみにまぎれていった。








*******************









「うーん……」


あれから20分弱。
ボクは首をかしげていた。
負けたわけではない、ないのだが……、


「こんなのでいいのかなあ?」


ボクの胸には5つの星が輝いていた。
消費したカードは2枚。
こんな簡単にいくとは思わなかった。
対戦した相手は恰幅のいい安藤とかいう男と、細めの古畑とかいう男だ。
その2人は勝って負けてを繰返していた。
ある程度癖を見抜いたあたりで声をかけ、仕掛けた。
結果勝った。
正直勝てるとは思っていなかった。
作戦だとか嘯いていたが、あんなのただの確率心理だ。
負けて星1つになっている可能性も十分にあった。
どうやら超高校級の幸運とかいうのも丸っきりの嘘ではないようだ。
まあ、セレスさんまでとはいかないだろうが。
余ったカードを処分する方法も既に考えてある。
あと一時間程すれば簡単に処分できるだろう。
星があってもカードがなくなった人間が多くなるはずだ。そのときに配り歩けばいい。
時間が経てば経つほど最初に借りたお金の利子はかさむが、ボク達の条件ではそれが免除される。
つまり、待てば勝ち…、なのだ、この勝負は。
もちろん雇われ者のセレスさんはそういうわけにもいかないだろうが、ボクは違う。
契約書にはその記載はなかった。
つまり、主催者にとって、ボクの存在はおまけでしかないのだろう。
超高校級のギャンブラー。
自分の夢の為に誰かを蹴落とすことを躊躇しない、完成されたギャンブラーの……おまけ。
思わず俯く。
別に適当な扱いに不満があるのではない。それにはもう慣れた。
それよりも……、セレスさんの人生を否定するわけではないが、彼女がそういった評価を受けており、
それを本人も認めているという事実が悲しかった。
だってセレスさん、いや安広多恵子さんは……、


「あら、随分暗い顔をしていますわね。
ひょっとしてカード、星共に1つなどという窮地にでも陥ってるのですか?
まったく情けない限りですわね、あの腐れラードにも劣る愚かさですわ。
私のナイト候補という誉れ高い立場をもう少し自覚して行動して欲しいですわ。
このままでは強制労働コースまっしぐらのどうしようもない苗木君には少しお仕置きが必要ですわね。
さあ、苗木君。今すぐ跪き、頭を垂れて私に助けを求めなさい。
『美しくお淑やかなセレス様、どうか無様な私めをお救い下さい』と。
足を舐めながらそう言って下さるのでしたら考えてさしあげなくもありませんわよ?」

「そこまでやっても考えてくれるだけなんだ……」


どうやら約束の刻限になったようだ。
嬉々として長い台詞をのたまった彼女は、そのままボクの胸に視線をやり、
「あら?」と戸惑ったような声を上げた後、これ見よがしに舌打ちをした。


「…チッ!
苗木君の癖に生意気ですわよ?」

「勝ったのに……」


どうやら足を舐めさせるつもりでボクを放置したらしい。
なんてセレスさんらしいんだ。勝って良かった……、
多分靴と素足両方舐める破目になっていただろう。
ボクには、特殊な性癖はないので、それは勘弁である。


「それにしても……凄いことになってるね、セレスさん」

「当然の結果ですわ。
とはいえ星10個では少ないと言わざるをえないですが……、
もう誰も勝負を受けてくれないのでしたら、私にはどうしようもないですわ」


そう、セレスさんの慎ましい胸には10の星が輝いていた。
ボクの2倍以上。
しかし、ボクとセレスさんの運は月と鼈以上の開きがあるだろう。
本来、語り部であるボクはここでセレスさんの行った作戦を聞きだし、懇切丁寧に説明するべきなのだろうが、
残念ながらそんなものは存在しない。
セレスさんに作戦は必要ない。
彼女は祝福され、愛されているのだ。
ギャンブルの神に、確率に。
そもそもセレスさんはそういった作戦や駆け引きがあまり得意ではない。
たしかに嘘をばら撒くのがうまいし、ポーカーフェイスも様になっている。
しかし、彼女を超高校級のギャンブラーにしたのは、その尋常ではない幸運なのだ。
目隠しして鹿児島から北海道まで自転車で到着してしまうような馬鹿げた幸運。
彼女は駆け引きを必要とするゲームでも、駆け引きなしに勝利をひろう。
ポーカーで相手がどれだけ表情を装い、揺さぶりをかけても、
自分の手札が毎回ロイヤルストレートフラッシュなら考える必要もない。ただ場に出すだけで勝ちなのだ。
しかも、彼女は自分の運を自覚している。正しく理解し、運用している。
つまり、ギャンブルである限り彼女に敗北は存在しない。
彼女の胸に輝く10の星を手に入れた方法だって簡単にわかる。
わざわざ細かく描写する必要もない。
ゲームして、勝ったのだ。
運で。


「苗木君?」

「…え? 何かな?」

「次に私の胸について考えたら処刑ですわ。
よろしいですか?」

「……はい」


忘れてた。彼女もエスパーだった。
セレスさんの恐い表情から眼を逸らし、ボクはカードの処分について切り出した。
ボクの予想ではもう少し時間が必要だと思っていたのだが、
トイレに進むその途上にある部屋にボクの求める人が沢山居るらしい。
その言葉を聞いたボクは早速その場から離れ、カードを処分しに行った。
……ああ、セレスさんはカードの余剰がなかった。
それもまた幸運の産物なのだろう。
その後、ボクは顎の尖った青年にカードをプレゼントし(驚いたことに全部持っていった。
何人かに分けて配らないといけないと思っていたので少し予想外である)、
ゲームを終了した。
結果はボクが星2つ、セレスさんが星8個余剰の勝ち。
まあ、それなりに楽しめた……、かな?













*************************














「面白かったですわね、あの男」

「ああ、顎の尖った彼のこと?
最後の方は凄かったね、なんか映画みたいな逆転劇だったよ」

「そうですわね。
苗木君の作戦()とは比べ物にならない物でしたわ。
あれでビジュアルが良かったら私のハーレム要員に入れてもよかったのですが……」


セレスさんはそもそも作戦すらなかったじゃないか……、とは言わない。
勘違いす(ry


「それはともかく、苗木君はどうしようもない甘ちゃんですわね。
あのような人間を甘やかしてもいいことなんてありませんわよ?」

「そうかな?
ボクには300万もあれば十分だったから……」

「あなたのお金なので文句はありませんが……、
いつか痛い目を見ますわよ?」


と、文句ありありの顔でボクを見てくるセレスさん。
別に、星2つを10万で売っただけだ。金を受け取ってる以上偽善ですらない。
手元に残った310万円を見る。
綺麗なお金では決してない。
だけど、少しだけ世界を見た気がした。無駄な経験ではなかっただろう。


「それで? 苗木君はそのお金を何に使うのですか?
私は夢の為に貯金ですが」

「うん、家族に半分渡して旅行にでも行ってもらうよ。
後は舞園さんと霧切さん、あとむくろさんにプレゼントでも買おうかな……。
所詮あぶく銭だし、さっさと使うよ」


150万もあればいいところに行けるだろうし、いいものが買えるだろう。
家族はもちろん、彼女たちには本当にお世話になっている。
ここらへんで恩を返しておくのも悪くない。


「……気が変わりましたわ。
ご家族の方にお金を送ってそのまま旅行に行きましょう」

「……へ?」


急にセレスさんが表情を変え、ボクの手を強く握り締め、引っ張る。


「私が150万円苗木君が150万円、合計300万円ですわね。悪くない旅行が出来ますわ。
ヨーロッパを観光した後、中国で食事を楽しみ栃木県の宇都宮で締めるというプランにしましょう。
ええ、悪くありませんわ……、それじゃあ苗木君? 行きましょうか」

「えっと、ちょ、急すぎるよ!
大体荷物や着替えが……」

「現地調達ですわ」

「それに空路も確保してないし……!」

「ヘリを呼んであります、空港に降ろしてもらいましょう」

「えっと…、というかなんで締めが宇都宮!?」

「あら、知りませんでしたの?」


ボクを引っ張っていたセレスさんが立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
長い髪が風になびき、月が彼女の黒い服を照らし、白い肌が闇夜に映える。
まるで映画のワンシーンのような光景にボクは見蕩れてしまった。


「宇都宮の餃子は、とてもおいしいのよ?」


少しだけいつもと違う口調で、表情で彼女は言う。
ボクは彼女と今まで以上に仲良くなれた、そんな気がした。













































くっついた2人の妄想という名の蛇足。
以前2chに投下した物のコピペです。
無論ifだし、出来は微妙です。ご容赦を。









「ねえセレスさん」

「あら、どうしましたの苗木君?」

「なんで僕は皿洗いなのかな?」

「苗木君の作った料理なんかで店が繁盛するはずないでしょう?
Cランクの苗木君は店長兼皿洗い、適材適所ですわ」

「うぅ……、でも2人でお店開こうって言ったのに……、
セレスさんなんて料理どころか接客もしないし……」

「当然でしょう?料理なんてしたら手が汚れてしまいますわ。
私はオーナーですから。それにちゃんと料理のチェックはしてますわよ?」

「まあ、確かにセレスさんが呼んできた料理人と試食のおかげで店は繁盛してるけどさ…」

「ええ、何の問題もありませんわ」

「(でもなぁ……)」

「俺の餃子は確実に勝ちを拾うぜ!カカカカカ!」

「料理は勝ち負けじゃないよ!料理は人を幸せにするんだ!」

「(ちょっとこの厨房は濃すぎるよなぁ……)」

「やっぱり私の目に狂いはありませんでしたわ…。
ああ、臭くて下品な、それでいて最高においしい餃子が食べ放題……」

「いや、料理はお客さんのだからね!?試食だけにしてよ!?」

「それぐらいわかってます。
それより、いつになったら苗木君は私のところに料理を持ってくるのですか?」

「え?でも今は営業中だから……」

「そうではなくて、試食の件です
あの2人を超えたらBランクに上げると約束しましたのに……、
苗木君ったら全然来ないんですもの……」

「ああ、そのこと?
いやぁ、流石に僕はプロを超える料理なんて作れないよ。
ほら、僕セレスさんと違って凡人だし」

「…チッ!」

「…え?ぼ、僕セレスさんを怒らせるようなこと言ったかな?」

「本当に苗木君は糞虫ですわ。
いいから明日までに私の所に餃子を持ってきなさい。
もちろん手作りで、心を込めて。
それが答えですわ」

「セ、セレスさんっ!?
……行っちゃったよ、どういうことなんだろう?
……とりあえず今日閉店後に作って持っていこう、
なんとなく僕が悪い気もするし……」




[25025] 山田一二三
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/25 09:21
山田一二三編












熱気、湿気、人並み。
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人!
ボクはこれほどまでの数の人間が密集しているのを見たことがない。
このイベントの存在は知っていたが、人が集まっているその光景は知っていたが、
実際に体感したことはなかった。
今のボクの心情を文章で分かりやすく説明すると、人がゲシュタルト崩壊した、って感じだ。
目の前の人ごみが文字通りゴミ…、障害にしか見えない。
これだけ人が居ると、人は人を人として認識できなくなるのか。
比較的人口密度の低い場所で育ったボクには新しい発見だった。


「苗木誠殿~!」


そんなことを考えていたボクの前に人が現れた。
何故それを人と認識できたかと言うと、それは知っている人だからだ。
山田一二三君。
ボクのクラスメートにして、超高校級の同人作家である。
その知名度は、この場に限ると絶大で、周りの人がざわめき、
山田君と、ボクを指差したりしながらヒソヒソと話を始める。
山田君は当然だが、ボクもそれなりに有名なのだ。
山田君とは違い何も特出すべきものがない普通のボクだが、
その普通さが希望ケ崎学園と言う異常の中ではありえない程に目立つ。
故に、道端で「あっ」とか声をあげられたり、知らない人に声をかけられる機会も多い。
未だにそういったことには慣れないが、まるっきり初めてというわけではないので、
ボクは周りの注目に対して冷静でいられた。


「いや~間に合ってよかったでござるよ~
安広多恵子殿と一緒に旅行に行ったなんて聞いた時は、すわ愛の逃避行か!?
と、思ってしまいましたぞ!」

「その名前で呼ぶのは良くないと思うけどね……」


セレスさんを本名で呼んではいけない。
ビチグソ呼ばわりされる。
ボクは特殊な性癖を持っていないのでそんなのは勘弁である。


「ふっふっふっ、それには及ばないのだよ苗木誠殿。
この間僕はかの女史のあくび写真を激写したのだ! 弱みがあるうちはこの身は安全!
護身完了といったところでしょうか」


グフフフといった笑いを浮かべる山田君。
しかし、なぜだろう?
ボクにはそれが死亡フラグ(最近知った言葉を使いたかった)にしか見えなかった。


「それでは苗木誠殿、さっそく着替えていただきましょう。
安広多恵子殿とのラブトラベルの後は僕との約束を果たしてもらいますぞ?」


そう言って山田君はボクに衣装を渡してくる。
山田君の好きなアニメ、鬼畜天使ぶー子(だっけ?)のキャラクターの物だ。
敵キャラの少年らしい。
不本意ながら(不本意ながら)ボクは身長的にそのキャラとマッチしているらしい。
てかラブトラベル言うな。


「まあ、約束だからね…、守るよ。
山田君のおかげでボクはあの危機を乗り越えれたわけだし」


ここで言う危機とは、霧切さんと共に、白いタキシードの怪盗に立ち向かった時のことだ。
色々あって怪盗とは別の犯人を捕まえるに至ったが、あの時下手したらボクは死んでた。
あの場に居ながらも、ボクが生き残れたのは霧切さんと山田君、それに小さな探偵君のおかげである。
あの推理小説でも書いてそうな名前の男の子は今何をしているのだろう? 元気だといいな。
まあ、そんな感じでボクは山田君に恩があるのだ。
……あ、ちなみに霧切さん編の時はこのエピソードを語る(思い出す)わけではないのであしからず。


「では早速この『外道天使 もちもちプリンセスぶー子』の怨敵、
『軟弱悪魔アナーキー』のコスプレをしてもらいますぞっ!」

「……すごい名前だね」


どうやらアニメの名前を間違って覚えていたみたいだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。問題はそのキャラである。
軟弱な悪魔ってのもアレだけど名前がもっとアレだ。
由来はバンド名のだよね? だといいな。
でも、ボクのそんな思いは届くはずもない。
だって目の前にソレがあるから。
その衣装はとてもアナーキーだった。無政府状態だった。
今の東京だったら漫画のついでに規制されかねない衣装だ。
男にエロスを求めてどうする。
そういうのは不二咲さんに任せておけばいいのだ。


「……」

「ふっふっふっ!
驚きの余り声が出ないといったところですな?
無理もない。僕もこれほどまでに精巧に再現されるとは思ってもいませんでしたからなぁ。
いやぁ高いお金出して上級生に頼んだかいがあったといったところですかな?」


山田君が得意げにその衣装と言う名のセクハラをひけらかす。
どうやらそれは山田君の私物らしい。なら遠慮の必要もないだろう。
ボクはそれに近寄り、手を下す。


「…えいっ」

「ぬあああああああああああああああああああっ!?」


衣装の一部が破れた。
簡単に直せる程度の破損だが、この場では無理だろう。
つまりボクの目的は完全に達せられたと言うことだ。


「な、何をする苗木誠殿!?
せっかくの衣装が! いくら友とはいえこれは許せませんぞ!!」

「山田君……、考えてもみるんだ。
その衣装を着た不二咲さんのことを……」

「………へ?」


一瞬で表情を変え、腕を組み、考え込む山田君。
まあ、早い話妄想のプロであるところの山田君のことだし、ネタを投げかければこうなると思った。
その、足とへそと脇が丸出しのアナーキーな服装を不二咲さんに当てはめているのだろう。
数秒経つ。ふと、山田君が顔を上げる。


「も、も、も、も、も………」

「……もずく?」

「く、クマー!
じゃなくてっ! 萌えーーーーーーーー!!」


山田君が雄たけびをあげる。周りがざわめく。
先ほどまでのやり取りで、かなり注目されていたが、ここに来てそれはいっそう増していた。
なんというか視線が痛い。痛々しい。


「キタコレーーーー!!
流石苗木誠殿! 僕が思いつかなかったことを簡単に提示してくる!
そこに痺れる憧れるぅーーー!!」

「……あはは」


山田君がその可能性に気づかないわけがない。
とある障害が脳裏をよぎり、身の安全の為、本能的に思考を停止したのだろう。
ボクがそれを呼び起こしてしまったが為に、後日大和田君と言う壁にぶち当たるのだろうが、
まあそれは仕方のないことである。
だってこんなの着たら死ぬ。なんというか男として、死ぬ。あと寒い。今は冬なのだ。
つまりこれは正当防衛である。


「なんか、キタ!
不二咲氏に頼んでこの衣装を着てもらえばコミケは荒れますぞ!
新規アイドルの誕生! しかも今流行りの男の娘!
不二咲氏に冬の寒さの中薄着させるわけにはいかないから夏に決まりですな!
楽しみすぎる! 僕のブースも今まで以上に繁盛間違いなし!
ファンも増える! つまりぶー子の魅力をもっと多くの人間に知ってもらえる!
つーか何より僕が見てぇーーーーーーっ!!」


ボクはいいのかよ、寒空での薄着。
まあいいや。いい感じにごまかせた。
このまま帰るのもアリだけど、流石にそれは悪い気がする。
販売の手伝いでもするかな。


「それじゃあ山田君。
ボクも少しだけ手伝うよ。
衣装のことを考えるのは今日を捌ききってからにしよう」


大和田君のことに気づく前にさっさと別の方向に思考を誘導しないと、
せっかく払った火の粉がボクに舞い戻ってきてしまう。
ボクは急かすようにして山田君に提案をした。


「うむ、そうですな!
オンリーイベントがメインの僕ですが、コミケは別!
今日は色々と周りたいところも多いから売り子の手伝いをしてくれると助かりますぞ!」

「うん、構わないよ」


実力はあれども高校生。年上の人のところには足を運ぶべきだ。
山田君はそこらへんの常識はしっかりしている。
色物なのにクラスの中心(トラブルメーカー的な意味で)なのも伊達じゃない。


「流石苗木誠殿!
では後は任せましたぞー!」


凄いスピードで準備をして、人の海に飛び込む山田君。
ボクはブースの中の人に改めて挨拶をして、売り子を始めた。
さて……、頑張って働きますかね。













**************************



















「あいつらは何もわかってない!
同人作家とは作品を愛している人間がなるものであり、金儲けの為ではないと言うのに!
金が欲しいならプロになれというのだ! 実力も愛もないなら書くな! 働け!
それなのに意志を曲げ、主張を曲げ、利益に走り、この神聖な場で出会いを求める!
いつからコミケはこうなってしまったのか!
そもそもオタク文化自体が一般的になってきた昨今、コミケの低年齢化に始まり、
ただ漫画好きアニメ好きな奴らの集まりからお祭り騒ぎへと……」

「……ふーん」


山田君の話を聞き流す。
さっき帰ってきたのだが、それからずっと愚痴ばっかりだ。
多分暑くて狭いこの環境で疲れているのだろう。
まあ、無理もない。
ボクは相槌を打ちながら周りを見渡す。
と、目線の先に知った姿の人が居た。
あれは……腐川さん?
おかしいなぁ……、腐川さんはこういうのが大嫌いだったはずなのに……。


「つまり国家が悪いっ!」

「ねえ山田君」

「……なんですかな苗木誠殿?
暑さと湿気に対する怒りを国にぶつけている僕に何の用で?」

「あれ……、腐川さんじゃないかな?」

「うん?」


しまった、つい指示語で、しかも人を指差してしまった。
人だらけの環境でもマナーは忘れないように気をつけないと。


「う~ん……、あれは確かに腐川冬子殿……。
ぐぬぬ、散々僕達の文化を否定しておきながらその祭典に来るとは……!
おーい! 腐川冬子殿ーーー!!」

「あ、ちょっ……」


呼ぶのは流石に不味いので止めようと思ったのだが……、遅かったようだ。
その言葉に腐川さんであろう人が反応し、こちらに向かって歩いてくる。


「あっれー? まこりんにひふみんじゃん?
ひふみんはともかくまこりんはこんな所で何してるのかしらぁ?
ひょっとして2人とも出来てるとか?
細太普醜カップル……そういうのもあるのか。
くっそ萌えるっ!!」

「えっと……」

「ふ、腐川冬子殿?」


えっと……誰?
姿形声などは腐川さんそっくりだが、中身が違いすぎた。
普段暗めの彼女が嫌にハイである。


「ん? あーそうだった、
アレよ、私は冬子の姉の翔子よーん!
よろぴくねー! なーんちゃって、古いっつーの!
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「……お、お姉さんかぁ……、知らなかったよ。
ね、山田君?」

「う、うむ。 世の中不思議が一杯ですからなっ!
そっくりの姉が居てもおかしくはないでしょう!」


本人からは1人っ子だと聞いていたが、姉が居るようだ。
うん、まあ家族のことって言いづらかったりすることもあるらしいからね、仕方ないね。


「それでそれで?
2人はどこまでイってるのかしらー?
A?B?C?それともZ?
この赤い糸だけはお前の自慢のマイハサミでも切れないっ!とか?
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「……僕はそっちには興味ないっす。
むしろ苗木誠殿は安広多恵子殿とラブトラベルを……」

「いやだからそんなんじゃ…」

「は? 何? ラヴクラフト?
ルルイエにでも行ったの?」


そんな冒涜的で唾棄すべき旅行は死んでも嫌だ。
というか変なネタを振らないで欲しい。
腐川さん本人じゃないなら挨拶してさくっと別れるべきだそうすべき。


「まぁいいわぁ。
続きはセルフ妄想で保管するからぁー。
それじゃあひふみん、友達…の姉のよしみで新刊は貰ってくわねー!
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「……あはは」


渇いた笑いが出る。
嵐のような人というのを文章以外で初めて見た。
今日は何かと初めてが多い日だが、一番衝撃が大きかったのは確実に彼女だろう。
腐川翔子……恐るべし。


「見事な腐女子……いや、すでに貴腐人の器か!
腐川翔子……一体何者なんだ」

「いや、腐川さんのお姉さんでしょ?
それより、女の人でも山田君の本を欲しがるんだね。
お客さんはほぼ男の人だったから少し驚いたよ」


ボクは少し気になっていたことを口にする。
中身は見てないが(見たら最後、弾丸が飛び、プライベートが犯され、賭けで全財産取られたあげく、
テレビでボクを批判する話題があがるのだ)、それでも男性向けであろうことは表紙と客層でわかる。


「……気づきましたか苗木誠殿。
う~ん、最後に教えようと思っていたのだが……、仕方ない」


そう言って山田君は本を開く。
そこには予想通りの内容があったが、彼はそれを飛ばして、最後の方のページをボクに見せた。


「オリジナル漫画を描いてみた、ってやつですな。
実は公式にその旨を宣伝してたので、彼女はそれを知っていたんじゃないかと…。
ほら、苗木誠殿が以前応援してくれたからすこーしだけやってみようかなと思った次第ですな」

「これは……」


そこには山田君オリジナルの漫画があった。
キャラも世界もオリジナル。
しかも、4コマではなく、本格的なものだ。
伝説と言われるだけあって絵が綺麗で丁寧なそれは、とても見やすく、
漫画は有名なのしか見ないボクでも、その世界に引き込まれていくような魅力を感じた。


「いやー、別に初めての試みなんで良い感想は期待してないですよ?
ただ、漫画? やればいいじゃんと言わんばかりに応援した苗木誠殿の意見も聞いておこうと…」

「これ凄く面白いよっ、山田君!」

「……へ?」

「展開が斬新っていうか、漫画を余り読まないボクでも凄く引き込まれたし、
なにより全部が丁寧で作りこまれてるっていうか……、とにかく凄いよ!」


こういう時に自分の語彙の少なさを痛感する。
この感動をもっと伝えたいのだが、いまいち言葉が出てこない。
とにかく面白いということだけは伝えたいのだが、うまくいっただろうか?


「……ふっふっふっ!」

「…?」

「まあ当然ですな!
僕の実力は同人だけに納まりきらないといったところでしょうか……。
このまま漫画家に転進! 若くしてミリオンヒットを達成し、
漫画を世に広め、文化の拡大に貢献する! 敵は都知事だ!
……あ、もちろんぶー子の同人誌は書くけどね」


小躍りしながら未来への展望を語る山田君。
しかし、手元にある漫画を見ればそれも夢ではないんじゃないかと思える。
山田君はそのテンションのまま振り返り、ボクを指差す。


「では苗木誠殿!
約束どおりアシスタントとして僕の栄光のロードをクリエイトする手伝いをしてもらいますぞ!」

「あはは、漫画家になったら、そうだね。
出来る限り手伝いに行くよ」


ボクが頷くと、山田君は驚いたような顔をして、動きを止める。
あれ? 何か変なこと言ったかな?


「……本気で手伝ってくれるんでしょうか?」

「あ、あれ? 迷惑だったかな?」


社交辞令的なアレだったのか。気づかなかった。
まあ、素人のボクに手伝えることもないだろうし当然といえば当然だろう。
……しかし、山田君の様子がおかしい。
なにか戸惑っているようにも見える。


「いえ、正直驚きを隠せない次第でして……」

「どうして? 友達だもん、それくらい手伝うよ」


山田君は大切な友達だ。
それはクラスメートの全員に言えることで、友達を助けるのも当然のことだ。
ボク言葉を聞いた山田君はゆっくりと2度頷き、ボクを見返す。


「友達……、そうですな! 確かに当然でした!
それでは苗木誠殿、近い将来は手伝い頼みましたぞ?
苗木誠殿もお困りのときは是非僕を頼ってくれて結構。
怪盗の時と同様に、華麗に助けてあげましょう!」


そう言って山田君はボクと握手した。
山田君と本当の意味で親しくなれた、そんな気がした。


























クリスマス? そんなの関係ねぇ!
探偵とのクリスマスネタが思い浮かばなかったわけじゃ決してないよ!本当だよ!
少し急ぎ足故雑なところが多いですが、ご容赦ください。



[25025] 不二咲千尋
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/27 11:13
不二咲千尋編










「うーん…、このパーツ安くなってるなぁ……。
僕のPCもパーツ変えちゃおっかなぁ……。
でも今のままでも別に問題はないし、でもでもぉ…速いに越したことはないし……。
悩むなぁ……」

「……すごいね。
ボクには何がなんだかわからないよ……」

「えへへ……、
むしろわかったらびっくりだよぉ……、
僕だって仕事で使わなかったら、こんなにハードに詳しくなかったと思うよ?」


ボクは今秋葉原に来ている。
そこは前回行っておけよ、と思われる人も多いだろうが、
今ボクが居るのは、アニメ絵の女の子が大量に存在するショップではなく、
よくわかない部品やモニターがずらりと並ぶショップだった。
つまりPCショップだ。
ボクは現在不二咲さんと一緒にここに来ている。だが、別に付き添いだとかではない。
むしろ不二咲さんがボクの付き添いみたいなものだ。
そう、ボクは今日PCを新調しに来たのだ。
しかし、ボクだけではよくわからない。なので不二咲さんに教えて貰おうと言う算段だ。
算段なのだが……、さっきからボクには不二咲さんが何を言ってるのかよくわからない。
ハードって何? ハードディスクのこと?
でも今不二咲さんが見ているのはCPUと書いてある。
CPUってなんだっけ? 数が多いと動作が軽くなる奴だっけ? ……あ、それはメモリか。


「……あ、ごめんね苗木くん。
僕ばっかり楽しんじゃって……、えっとぉ、苗木くんはどんなパソコンが欲しいんだっけ?
ノート? それともデスクトップ?」


いつもより少し元気な不二咲さんに癒される……。
……って、いやいやいやいやいやいやいやいや! 彼は男だ! 落ち着けボク!
えっと、デスクかノートだっけ?
ボクの場合はどっちがいいのかな?


「デスクトップって大きいやつだよね?
ボクは今までそのデスクトップってやつを使ってたけど……、ノートパソコンにも興味あるなぁ……。
大きさ以外に何が違うの?」

「そ、そうだなぁ……、
うーん……、そもそも苗木くんってパソコンで主に何をやるのかな?
それによってどっちが向いてるかある程度わかるけどぉ……」


質問に質問で返された。
だが、不二咲さんを怒鳴りつける気にはなれない。
いや、怒鳴りつけられて涙目になってる不二咲さんは見たいけれど、
それをボクがやるのは罪悪感があるというかなんというか……。
そう、ボクには特殊な性癖はないのだ。
不二咲さんを泣かせたいなんてそんな鬼畜なことを考える人は、大和田君に磔獄門の刑に処されればいいよ。
ボクはそれを横から見てるから。
さてと、真面目に質問の答えを考えるかな。
ボクが普段パソコンでやること……、


「まずはインターネットかな?
主にブログ見たり動画サイト周ったり……、
あとはipod(nano)の音楽を保存したり、写真を保存したり……、
あっ、DVDもパソコンで見るや」


思い出すと結構役割のあったボクのパソコン君。
Cドライブのデータは不二咲さんが救出してくれた為、実害は金銭以外ないのだが……、
しかし早めに買わないと不便に感じることが多いだろう。


「それくらいだったらノートでも出来るけどぉ……、
値段も結構しちゃうから、今までデスクトップで不満がなかったならデスクトップがお勧めかなぁ……」

「ふーん……、ちなみに不二咲さんは何を使ってるの?」

「え? 僕?
えっとぉ…、寮にはデスクトップ一台にワークが一台かな」

「ワーク?」

「ワークステーションの略だよぉ。
でも苗木くんは必要ないと思うよぉ? 僕は主に仕事で使ってるし……」

「そっかー……」


不二咲さんがそういうならそうなんだろう。
実際、デスクトップで不自由はなかったし、ノートパソコンにしたところで、
特別用途があるわけでもない。小さいのもいいかな? 程度の気持ちだったし。


「あっ!
大切なことを聞くの忘れてたよぉ……、
予算っていくら位なのかなぁ?」

「10万円かな、ぴったり位が理想だけど……」


実はセレスさんに拉致されたときから、ボクのパソコンは調子が悪かったのだ。
あの時星2つを10万円で売ったのは、そういう理由があったのである。複線(?)回収完了。
…ちなみにHDDを救出してもらった時にセレスさんとの旅行写真が不二咲さんに見られた。
苦笑いしたボクと満面の笑みのセレスさん(超レア)が宇都宮の餃子像の前に立っている写真である。
なんというか……、凄い恥ずかしかった。


「うんっ、それだけあればノートはともかく、デスクトップならそれなりのが買えるよぉ!
せっかくだから自作のPCにしちゃおう? そっちのほうが面白いよぉ!」


そう言って不二咲さんは、ひょいひょいとパーツのお買い上げカードを手に取る。迷いが一切ない。
マザーボード、CPU、メモリ、グラフィックボード、光学ドライブ、HDD、ケース、電源……、
そこでふと、彼の手が止まる。
そのまま少し迷ったような表情をしてOSを手に取った。
そして、近くに居た店員さんに声をかけて、なにやら質問をしているようだ。
流石にプロ。パソコンのことになると真剣そのものである。
好きなこととはいえ、ボクのPCの為にここまで真剣になってくれている事実がとてもうれしかった。
そんな感じでボクがときめいてると、話しが終わったのか不二咲さんがとことこと戻ってきた。


「選び終わったよ苗木くん」

「うん、本当にありがとう!
支払いをすませちゃおうよ、いくらかな?」

「10万円だよぉ」

「……え? ぴったり?」

「うん、OS加えると10万300円になっちゃうから少し迷ったんだけど……、
店員さんにお願いしたら値引きしてくれたんだっ」


えへへ、といった感じで笑う不二咲さん。
あの速さで暗算しながら10万円に合わせるとか……、凄すぎる。
数学云々ではなく算数の時点でここまで差があると、もういっそ清々しいくらいだ。
ボクはそのままレジでお会計をして、不二咲さんと店を出た。
しっかし、なんというか……視線が痛かった。
本日はパンツルック(というかスカートは学校でも穿かなくなったので、ずっとパンツルックだ)の彼だが、
周りの目線というかファンの目線というか……、
今も、この殺伐とした世界にちーたん出現! とか聞こえるし……。
不二咲さんってこういった場所だと知名度が凄いんだなぁ
ボクは買い物に来ただけで、クラスメートの凄さをいくつも実感してしまったのだった。














*************************
















「さてと……うん、問題なく完成したよぉ。
それにしても結構重かったなぁ……、これで少しは筋肉ついたかな?」

「あはは…、でも確かに重かった。
ありがとう、不二咲さん! おかげで良い買い物が出来たよ!」


どうやらパソコンは無事完成したようだ。
本当は組み立て終わった時に安心してしまっていたのだが、起動するまでが自作PCらしい。
とにかく、プロの不二咲さんがOKを出したなら問題ないだろう。
ボクは不二咲さんへの感謝を述べた。
しかし、不二咲さんはなにやら不満顔だ。


「もぅ……、苗木くん」

「…え? な、何かな?」


少し怒ったような顔でボクを上目遣いで見てくる。
クラスメートの中でボクに上目遣いが出来るのは不二咲さんだけなので、
ボクは少しだけ新鮮な気分になった。
というか、可愛いなぁ…、本当に。
思わず頭を撫で回したくなる。


「僕のことは君付けで呼んでよぉ!
僕は男なんだから、さん付けは変だよぉ!」

「あ、あはは……、
そうだね、ごめん不二咲…くん」


すっごい違和感。
でも、まあ男の子なわけだし当然なのだが…、なんだかなぁ。


「えへへっ、それじゃあ僕はもう帰るね!
今日はありがとう!」

「え!? いやいや、このまま帰らせれるわけないよっ!
こんなにお世話になったんだからご飯くらいは奢らせて!」

「え、でもぉ……」


遠慮しがちな不二咲さ…くんだが、今回ばかりは譲れない。
このままかえしたらボクが納得できない。
親しき仲にも…、いや、ボクに言わせれば親しき仲こそ礼儀あり、だ。
友達であるが故に、ここらへんはしっかりしないといけない。


「このまま不二咲君を帰したらボク、夜も寝れないよ!」

「で、でも僕はそんなに大したこと……」


よし、後一押しだ。


「それに…、もし何かあった時に最低限自分でなんとかできるようになりたいから、
ご飯を食べながらパソコンについて教えてよ! お願いだからさぁ」

「……そういうことなら……いいか、なぁ?」


と、まあそんな感じでボク達は外に出た。
今ボクの隣には不二咲くんが居て、あと数分でファミレスといったところなのだが……、
1つ気になっていたことがあったので聞いてみる。


「ねえ、不二咲くん、その服装なんだけど……」

「…え? な、なにか変かな?」

「いや、凄く似合ってるよ?
でも、なんとなく不二咲くんの趣味じゃないなぁ…なんて」


現在の不二咲くんの服装は、濃い目のスリムジーンズに茶色のショートブーツ、
ブーツに合わせた色のベルトに首周りの広い白のTシャツ、チャコールグレーのカーディガン、
そして学生ブレザーチックなネイビーのジャケットだ。
開いた首元から見える鎖骨がとてもキュートである。
いや、男の子だってのはわかってるんだよ?


「うん…、僕も最初はあんな感じの男らしい服がよかったんだけど……」


不二咲くんが指差す方向には、和柄のスカジャンとニット帽をキめた男の姿があった。
男らしいというか、あれじゃあただのチンピラだ。


「大和田君が『服装だけ変えても真の漢じゃねえ、先ずは体を鍛えてからだ!』
って言って僕に服を選んでくれたんだよ。これもその時買った服なんだ」


大和田君GJ。
マスコットである不二咲くんの魅力が減るところだった…。


「……大和田君の甥さんにパソコン教えたときもそんな顔されたよ……。
やっぱり僕には男らしい服装は似合わないのかなぁ……」

「甥さん?」

「あ、うん。
大和田君は甥の人の方が年上なんだよぉ、奇妙な話しだけど」


結構複雑そうである。
まあ、それは次回の大和田君の回まで置いておいて、
今は不二咲さんの悲しそうな顔をなんとかするべきだろう。
ボクはそれに対する答えを既に持っているはずだ。


「まあでも、実際に不二咲くんにはああいった服は似合わない…、かな?」

「そう…だよね。
ぐすっ…、僕が…弱いから……」

「違うよ、そうじゃない。
不二咲くんは確かに体格はあまり恵まれてないけれど、
それでも凄い勇気があるじゃないか!」

「ゆう…き…?」


そう、不二咲くんは自分でボク達に秘密を明かしたのだ。
入学したときから女装をしていたという秘密を……。
それは普通は明かせるような秘密ではない。下手したら社会から阻害されかねない秘密だ。
しかし、それを彼は皆に打ち明けたのだ。
自分の弱さと共に、すべてを吐露し、生まれ変わることを決意した。
それが強さでないと言うなら、何が強さか。
腕っ節の強さなんて関係ない。
彼はとても勇気があり、前向きな、強い男の子だ。
少なくとも、ボクはそう思う。
ボクの考えを聞いた不二咲くんは顔を上げてボクの方を見ながら、言った。


「…ありがとう苗木くん。
なんだか、凄く嬉しかったよ」

「あはは……、
不二咲くんはもう十分強い人だと思うから…、
体の方はゆっくりと鍛えていけば良いよ」


まあ、ボクとしてはそのままの彼で居て欲しいのだが……。
そんなボクの思惑はともかく、元気を取り戻した不二咲くんは早足で前に進み、
ボクを先導するかのようににこやかに振り返る。
曇りのない、自信の見え隠れするその笑顔は、可愛らしさとは別の魅力を持っていた。


「うんっ!
頑張って鍛えてああいうのが似合う漢になるよ!」


……やっぱり止めて欲しいなぁ…なんて思いつつも、ボクは早足で不二咲くんを追いかける。
彼と今まで以上に仲良くなれた。そんな気がした。














[25025] 大和田紋土
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/28 12:39
大和田紋土編











「大和田君っ!!
速いっ、速いよっ! もっとスピード落とさないと、じ、事故っちゃうってばっ!!」

「この程度、速いのうちにはいるかよ!
オラオラァ、とろとろ走ってんじゃねえぜぇ!」

「う、うわーーーっ!!
か、掠った! 足が車に掠ったってばっ!!」

「安心しろっ!
ぶつかるならともかく、落ちたくらいなら入院するだけですむっ!
俺が保障する! なんてったって落ちたことあるからなっ!」

「う、うわあああああああああああああ!!」


吹き飛ぶ景色。叩きつけるような風。
耳から聞こえる音が甲高くなり、肌で感じる世界に危険を覚える。
ジェットコースターのようなものだと思っていたが…、とんでもない!
ジェットコースターは事故しない設計になってるじゃないかっ!
そんなこんなで、ボクは後30分ほど単車の後ろで地獄を味わったのだ。
もう二度と乗るもんかっ、なんて言えばオチがつくが、残念ながらこれは行きなのだ。
つまり帰りもあるのだ。
……迎えに来てもらおうかなぁ。
両親は忙しいだろうから葉隠君に……いや、そっちのが恐いや。


「おーい、着いたぜ苗木」

「あぁ…、生を実感するよ。
ボク、今、物凄く、生きてる!」

「……あぁ、わりぃ。
少し飛ばし過ぎたわ」


まあ、そんなこんなで目的地に到着したボクと大和田君。
目的地といっても、観光地だったり誰かの家だったりではない。
峠のようなところだ。
ガードレールに阻まれた大森林がボク達を歓迎している。
そっと、ガードレールから下を覗くと、意外に高さがあった。
来るときはスピードのせいで気づかなかったが、どうやらそれなりに高い山らしい。
さて、そろそろ事故率の高いジェットコースターに乗ってここまで来た理由を話さなければいけないだろう。
その時のことを回想するのもいいが、そんなに複雑な会話や経緯はない。
大和田君が、暇だから付き合え、といってボクを部屋から引っ張り出し、ここまで連れてきたのだ。
これがボクじゃなくて女の子だったら誘拐騒ぎである。
……ああでもうちのクラスでむざむざ誘拐される女の子は居ないか。
不二咲さんは危ないけど、男の子だしね。


「それで? 結局なんだったの、大和田君?
ここに何かあるのかな?」

「いやな、ここ最近大人しく学校行ってたからよー……、
ふと、風を感じてなぁ…、って時にてめぇが居たから引っ張ってきたわけだ」

「……つまり意味はないんだね」


ボクは軽いため息をつくと、近くにある自販機にお金を入れて缶コーヒーとミルクティーを買う。
ミルクティーはボクのだ。セレスさんに付き合っているうちに、気づいたら好物になっていた。
ボクはコーヒーの方を大和田君に投げる。


「たしか炭酸ジュースよりコーヒー派だったよね?」

「おうよっ!
よく覚えてたな! 本当はビールがあれば最高なんだが……」


器用にコーヒーを受け取りながら笑う大和田君。
自販機では買えないよっ、とか未成年じゃんっ、とか色々突っ込みたいこともあるが……、
あれだけの恐怖を味わったボクとしては、この突っ込みだけは譲れないっ!!


「飲酒運転じゃないか……!」

「ははっ、冗談だよ!
ダチを危ない目に合わせる訳ねぇだろ?」


おい…、どの口が言うの!?
ボクは心に重症を負ったんだよ?
冗談とはいえ、酔っている状態のバイクに相乗りとか勘弁である。


「つっても今更あんなのでビビるとは思わなかったぜ。
お前、あの女とカーチェスみてぇなことしたんだろ?
だからあのくらい何でもねえと思ったんだがなあ……」

「……まあ、ほら、あれだよ。
霧切さんと居るのと大和田君と居るのじゃ違うって言うか……」

「俺じゃあ頼りねえってか? おいっ!」

「い、痛いよ大和田君!」


大和田君が笑いながら腕をボクの肩にまわして、軽く首を圧迫してくる。
無論冗談だ。
本気でやられたらボクなんて即ダウンしている。(そんな大和田君でも、
大神さんに指先1つでダウンさせられたらしい。大神さんすげぇ!)


「ったくよ…、てめぇのことは嫌いじゃねえし、その前向きな所は尊敬してるけどよ……、
それでも、てめぇだけがモテるのは納得いかねぇ!」

「べ、べつにモテてなんか……」


ボクは否定しようと言葉を発っするけど、大和田君はそれを途中で遮る。
……あ、ちょっと力が強くなった。


「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
苗木よぉ、それはないんじゃねえの? 主に俺に対しての配慮が。
日々連敗記録を更新しちまってる俺を泣かせてぇのか? おい!」

「い、いたたたた…、大和田君、痛いって!」


今度は頭をグリグリされる。
大和田君とボクは身長差が結構あるので、こう言う状態になると碌に抵抗もできない。
まあ、必死に抵抗するほど痛くはされてないけど。


「まずは舞園だろ? トップアイドルだ。
それだけでも羨ましいってのに、セレスに霧切、戦刃……4人もだぜ?
朝日奈もアレでお前のこと気に入ってるみたいだしよぉ……、
後はオーガだけって…、どんなデスレースだ! 俺の青春返しやがれ!」

「べ、べつに好かれてなんか……、
というか江ノ島さんと腐川さんのことを忘れてるし……」

「あいつらは地雷だ、間違いねえ。
それに、好かれてないっていい訳は通用しねえぞ?」


大和田君がボクから体を離し、バイクの上からコーヒーを手にとって栓を開ける。
そして、そのままガードレールに身を預けた。
やっと解放されたボクはミルクティーの栓を開けて、少しだけ流し込む。
うん、おいしい。
セレスさんはこれを雑な味だと罵るが、
ボクはこういった分かりやい味も好きなのだ。
おかげで大和田君の問題発言(無論ボクがモテるとかいうアレだ)のせいで赤くなっていた頬が正常に戻る。


「だってよぉ、舞園のやつ何かとお前と出かけたがるんだろ?
ちょっとした買い物でもお前の様子を見に行くって聞いたぞ?」

「…それは…ほら、中学校が一緒だったし……。
知り合いが居なくて心細いって……」

「もう1年以上経ってるだろうが、そんなの関係ねえよ。
それにセレスと2人で旅行に行ったみたいだし、霧切とお前は大抵セットだ。
戦刃に至っちゃあ露骨すぎるしな。
あ? なんか間違ってるか、コラァ」

「あ、あははは」


大和田君はガードレールにもたれたまま、ボクに問いかけてくる。
表情は笑ったままだが、目が真剣だ。
それに、まだ言い足りないことがあるらしい。


「しかもてめぇ…、最近千尋とも仲良いじゃねえか。
あん? コラァ? どういうつもりだ?」

「いやいやいやいやいやいやいや、不二咲くんは男の人じゃないか!?
何もないよ!!」


心外どころじゃない、
こんな所まで連れてこられて同性愛の疑いをかけられるとは思わなかった。
ボクは取りあえず弁解しようとするが、大和田君の様子が変だ。
なぜか、凄く驚いたような顔をしている。


「…ん? あれ、お前千尋のこと君付けで呼ぶようになったのか?」

「……え? ああ、うん。最近、ね」

「……もしかしてお前千尋狙いじゃねえの?」

「狙ってないよ! 何度も言ってるけど同姓じゃないかっ」


まったく、人をなんだと思っているのか。
確かに不二咲さんは、なんというか保護欲を抱く人だけど、恋愛対象にはなりえない。
不二咲さんが女の子だったら?
………………黙秘で。


「んじゃあなにか?
てめえはあれだけの女に群がられて、
別に好きな奴が居るわけでもねえのに誰ともくっつかず、学園生活をエンジョイしてるってのか?」

「……………まあ」

「ざけんじゃねええええぞコラァァアァァ!」


大和田君がキれた。
マジギレだった。
流石に殴りかかってはこなかったけれど、右手を握り締め、何かを堪えてるようだ。


「俺はよう…、別にお前がモテるのは良いんだ。いや、良くはねえが。
……それでも、お前が千尋のことが好きで、それが叶わず現状に甘んじているのだったら許せた!
でもよう…、ラブコメに甘んじてるだけで何時誰とくっつくことになるかわかんねぇ現状は気に食わねえ!
これじゃあ成立しないに賭けた俺は損するだろうし、何より俺に青春がないじゃねえか!
おい、苗木! 俺の青春を返しやがれ!」

「賭け?」

「お前のその前向きで素直なところがモテるのはわかる。
でもよぉ、4人はないだろ! どうなってんだよコラァッ!
俺なんて未だに怒鳴る癖が治らず15連敗中だぞ!?」

「賭け?」

「いや、だから……」

「賭け?」

「…………」

「賭けって何?」


大和田君が気まずそうに目を逸らす。
そのままコーヒーを一気に飲みほし、自販機の横のゴミ箱に向けて投げる。…外れた。
桑田君じゃああるまいし、5m以上離れたところからそう簡単に入るとは思えない。
大和田君は小さく悪態をつきながらソレを拾いあげて、捨てる。


「いや、まあお前が誰とくっつくか賭けをしてんだよ。
一番人気は霧切で次点が舞園、戦刃セレスときて朝日奈が最後だ。
俺は誰とも付き合わないに賭けてたわけなんだが……」

「……親は?」

「……葉隠」


碌でもねー。
葉隠くんを友人と思わないこともないこともないこともないけれど、最低の人間だとは思っている。
彼は周りの人間を金儲けに利用する癖があるのだ。
これはアレだな。罰が必要である。
このまま調子に乗らせると、また面倒なことをしでかすだろう。
後でむくろさんに頼んで彼のコレクションを1つ破壊してもらおう。
警告のメッセージでも残せば彼も反省するだろう。


「ふぅ…、まったく葉隠君は仕方ないなぁ」

「まあ、俺らも楽しんでるから共犯ではあるからな……、悪かったよ」


ボクはため息をついて大和田君に向き直る。
まあ葉隠君のことは置いておいて、今は大和田君だ。
確かに賭け事は好きだし、感情に任せて会話をする傾向にある大和田君だが、
今日は少し様子がおかしい。
恋愛関係の話を自分から振るタイプではないのだ、大和田君は。
つまりこれは、言いたいことはあるけど言い出せなくて、無理矢理会話を繋げていると言うことなのだろう。
まあ、霧切さんが以前そう言っていたのを、そのまま思考しただけなのだが……、正解だと思う。
だって、会話の流れ以上に、大和田君がボクから目を逸らすなんてありえない。
何かある、ということなのだろう。


「それで? こんな話をするためにここに来たわけじゃないんでしょ?
風を感じたいって言ってたけど、そんなわけがないし。
だってボクと2人で乗るより1人の方がスピードも出せるしね」

「あー……」


大和田君が腰に手を当てて俯く。
数秒そういった仕草をした後、吹っ切れたのか顔を上げて、再びガードレールにもたれかかった。


「……お前には兄貴の話はしたよな?」

「大亜さん…、だっけ?」

「おうよ、自慢の兄貴だったぜ。
俺のチームの名前…、暮威慈畏大亜紋土ってんだけどこれは兄貴が考えたのさ。
これは昔から俺と兄貴が2人で行動する時に使ってた名前でな。
今思うとちと恥ずかしいが、2人で高校に乗り込んでスプレーで落書きしたり、な」


懐かしそうに話す大和田君。
そのままポツリポツリと話し続ける。


「今のチームも兄貴から引き継いだものな、
一応総長は俺だが、兄貴の偉大さを実感するっていうかよお……、
どうしても俺は兄貴と比べちまうし、俺が兄貴にかなうわけがねえ」

「…………」


大和田君のお兄さんがどうなったかは知っている。
その原因も…、大和田君本人がボクに話してくれた。
だからボクは静かに話しを聞き続ける。


「なんつーんだろうなこの感じ。
居もしない兄貴に嫉妬してるっつーか、未だその影を追いかけてるっつーか……、
チームのやつらは俺について来てくれてるが…、兄貴の方がうまくやれるんじゃねえかって思うことが多いのも事実だ」


大和田君は空を見ながら少し黙る。
大和田君のこういった姿は初めて見る。
いったん今までの環境から離れ、学園で過ごしたからこそ、別の世界が見えてしまったのだろう。
我武者羅に進んでいた時は気づかなかったこと。喪失感。
お兄さんとの約束を守るために頑張ってきた彼は、少し余裕ができて寂しくなったのだと思う。
兄が、自分の片割れが居ないということに。
だけど……、


「お兄さんが居もしないなんて酷いよ。
ちゃんと居るじゃないか」

「……あ? なに言ってんだてめぇ…?
前に言っただろ? 俺の兄貴は……」


不機嫌そうにボクを睨む大和田君に近づく。
ミルクティーの缶を左手に持ち替えて、ボクは右手を握り、大和田君の胸を軽く叩く。


「ここにちゃんと居るよ。大和田君のお兄さんは」

「…………」


呆けたような顔でボクを見る大和田君。
ボクはそのまま言葉を続ける。


「だって、大和田君の話してくれたお兄さんの特徴って最近の大和田君そのままじゃないか。
大胆で、仲間思いで、喧嘩が強くて、義理や人情って言葉に弱くて、女の人にモテ…ないけれど」

「……おいおい、そこでそれはねーだろ」


大和田君が笑いながらボクを見る。
ボクは少しだけ笑って、大和田くんの胸から手を離す。


「お兄さんの…、大亜さんの意思は大和田君の中できっと生き続けるよ。
大和田紋土が大和田大亜に変わるんじゃなく、代わりを務めるでもなく、
きっと、大和田君がお兄さんの思いも意思も背負ってこれからも生き続けるんだ。
だってほら、ダイアモンドってとっても硬い宝石なんだよ?
1つになったらもう無敵さ。
大亜紋土は砕けない…、ってね」

「……ははっ!」


大和田君が大きな笑い声を上げて、ガードレールから体を離す。
今のボクの解釈で元気を取り戻してくれたのか、今日一番の笑顔である。
表情に気力が戻り、動き一つに力が入っているのがわかる。
大和田紋土復活、といったところか。


「くせーこと言うなぁ、苗木。
なんだか、お前がモテる理由を再認識した気分だ」

「えっと…、別にそんなことは……」

「…ほれ」


ボクの反応は聞かず、手を出す大和田君。
どうやらミルクティーの缶をよこせってことらしい。
ボクは少しだけ残ってた中身を飲み干し、大和田君に手渡す。


「………よっ!」


大和田君はソレを自販機の横のゴミ箱に向かって、投げた。
……入った。


「よっし!
帰るぞっ! 準備しろ!」

「え、ええ!?」


言いながらバイクに跨りエンジンをかける大和田君。
い、いくらなんでも急すぎる!
ボクは慌ててバイクに向かった。


「ま、待ってよ! 大和田君!」

「おうよっ! いくらでも待つぜ、兄弟?」

「……へ?」


ボクは急いでバイクに跨った、その姿勢ですこし呆ける。
えっと……、ここに石丸君はいないから……、ボクのこと…だよね?


「それじゃあ帰るぞっ!
しっかり摑まれよ?」

「う、うわぁ!」


ここに来るときの道中を思い出し、思いっきりしがみつくボク。
ギュッとめを閉じていたので前は見えなかった。
しかし、確かに前の方から小さな声が聞こえてきた。


「………………ありがとよ」


ボクは今日大和田君と本当の意味で認め合えた、そんな気がした。
あと、帰りは行きよりもスピードが速かったことだけ追記しておく。
……怖かったけど、もう一度乗ってもいいかなぁ、とそう思えた。





[25025] 石丸清多夏
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2010/12/30 13:27
石丸清多夏編














「おはようお兄ちゃん、久しぶりだね」


まどろんでいた意識が引き戻される。
心地の良い眠気に任せていた体が、謎の揺れで無理矢理覚醒へと導かれる。
ボクは少し躊躇いながらも目を開き、意識を覚醒へと誘導した。
そんなボクの目の前に、数ヶ月ぶりに見る、ボクの一番苦手な者があった。
妹だ。


「ねえ、お兄ちゃんの学校の話を聞かせてよ。お兄ちゃんが私の居ない所でどういう生活を送ってるか気になるなぁ……あっ、でもその前に私がお兄ちゃんの居ない間に学校でどんな生活を送っていたか教えた方が良いよね、そうした方がフェアだし、お兄ちゃんは私のことを知れて私はお兄ちゃんのことをもっと知れて一石二鳥だもんね。じゃあ、まず話すよ。私ね、この間の数学のテストで100点を取ったの、100点。中学生になってから取るのは初めてだから嬉しかったなぁ…、あのテストで100点を取れればお兄ちゃんが帰ってくるって願掛けしてたから、それが叶ったんだねっ!これからテストがあるたびに願掛けをするよっ。あ、あとね何だか知らないけどクラスの男の子に告白されたみたいなの。いつも私にくだらないちょっかいをかけてくるくだらない男の子なんだけど、周りの子が言うにはスポーツができて頭がいい人気の子なんだって。そんなので人気が出るなんて不思議だよね。人よりスポーツが出来て、人より頭がいいだけで好きになるなんて私からしたら信じられないなぁ。あ、もちろん断ったよ。わかるよね、話の流れで。お兄ちゃんと比べるのもおこがましいくだらない男のことなんてお兄ちゃんと楽しく会話する為の話しのネタの為に思い出しただけで、その存在は今の今まですっかり忘れてたんだもん。だから安心してね。私が好きなのはお兄ちゃんだけだから。じゃあ次はお兄ちゃんの番だね。私が正直に話したんだからお兄ちゃんも正直に話してよ?大丈夫、私の格好いいお兄ちゃんだって男の子なんだから誰か気になる人が居ても仕方ないと思うよ?嫌だけど…、それは仕方ないことだもんね。お兄ちゃんは格好良くて優しいから他の女に好かれることもあると思うの。でもだからって浮気は駄目だよ?私はずっと昔から他の誰も気にならないしお兄ちゃん一筋だけど、お兄ちゃんは年頃だからほんの少し誰かに惹かれることがあっても仕方ないよ?でも浮気は駄目。気になるのは良いけど好きになるのは駄目。お兄ちゃんが私を裏切るなんてそれこそ天地が引っくり返ってもありえないけど、念のため、ね。恋をしてるとどうしても疑心暗鬼になっちゃうの。でも仕方ないよね?だって好きなんだもん。お兄ちゃんのことが、誰よりも。これから先いろんな人と会うだろうけど私はお兄ちゃん以上に好きになる人は居ないだろうし、私以上にお兄ちゃんを好きになる人も居ないと思うの。周りの皆は私のことをお兄ちゃんを奪った高校にかけて超中学校級のブラコンだとか言うけれど、それもまったく的外れだよね?だって私たちは兄妹かぞく恋人かぞく夫婦かぞくだもの。兄妹きょうだいだという側面だけで私たちを判断して欲しくないよね?そういえばお兄ちゃんの通う学園って皆何らかの成功を収めてる超高校級の高校生なんだよね?私も来年はそっちに行く予定だから聞いておきけど、お兄ちゃんの会った中で最高の超高校級の高校生って誰なのかな?あ、勘違いしないでね?お兄ちゃん以外に興味があるわけじゃないの、でも少し気になるでしょ?それに、真剣に考えなくてもいいんだよ?能力に優越をつけるのは大変だもんね。適材適所。優れた能力はそれだけじゃあ優劣のつけようがないものね。お兄ちゃんは私の質問に軽い気持ちで答えてくれれば良いんだよ?今ジャンプで一番好きな漫画は何か、みたいな問題に答えるような軽い気持ちで答えてくれればいいの。だって本当はお兄ちゃん以外に興味なんてないもの。お兄ちゃんと楽しく会話できれば、私はそれでいいの。だから、ね?おしゃべりしよう?久しぶりに会ったんだもの、時間は有意義に使いたいわ。だから私は今日一日中お兄ちゃんと喋ることに決めたの。それじゃあ質問に答えてね?今の希望ケ崎学園の超高校級の高校生の中でもっとも優れた超高校級の高校生は誰なのかな?」

「……おはよう」

「うん、おはようお兄ちゃん!
それで、質問の答えは?」


ボクは現在実家に帰ってきている。
と、言っても別に特別な理由があるわけではなく、
なんとなく気まぐれを起こして土曜日に帰ってきて、そのまま泊まり日曜日を迎えただけだ。
……親には妹は居ないって聞いてたんだけどなぁ。
どうやら謀られたようだ。
今妹は眠っていたボクの上に跨っている。
つまり、ボクにしてみれば寝起きの瞬間から、あの物凄く長い台詞を聞かされたわけであり、
言葉をすべてを把握したわけでもないし、妹のあまりの変わらなさっぷりに少しうんざりしていた。
なにやら所々から聞こえてきた不穏な言葉をあえてスルーしてボクは質問について考える。


「えっと……、なんだっけ?
一番凄い人? それって喧嘩とかの話?」


それだったら大神さん以外ありえないけど…。
この間も地下最大トーナメントとやらで優勝したとか言ってたし……。
まあ、そんなわけないか。正直寝起きでよく聞いてなかったのだ。
ボクが聞き返すと、それでも笑顔な妹が、透き通ったような声で話し始める。


「……ごめんねお兄ちゃん。私が悪いの。
私の声が小さいから聞き取りにくかったんだよね? 私の声を無視したわけじゃないよね?
だったら…、こうすればよく聞こえるかな?」


そう言って妹は体を倒し、自分の口をボクの耳に近づける。
結果、ボクと妹は密着する形になった。
ふむ…、どうやら少しは成長しているようだった。
幼児体型…とまでは言わないが、年齢より幼く見られがちの妹に、こんなに胸があったとは……。
まあ、妹の胸なんて胸じゃないから、ボクは一切動揺しなかったが。
そうして、妹はボクの耳元で先ほど言ったことと同じことを繰返す。


「なんだ、つまりボクが超高校級の高校生として誰が一番優れていると思ってるか知りたいってわけか?」

「うん、そうだよ。そう言ってるじゃん」


ニコニコと笑いながらボクを見る妹。
いい加減暑いし重いしで降りて欲しいのだが……、
そんなことを言うと、何をされるかわからないのでやめておく。


「それだったら十神君だと思うよ」

「十神? 確か…、超高校級の御曹司だっけ?」

「そう、十神白夜君。
他の人達もボクにとっては雲の上の人だけど……、十神君は格が違う。
皆一様に規格外だけど、彼は規格外を従える規格外だ。
最初学園に来たときは、奢りと狭い価値観のせいで未完成だったけれど、
学園生活の中で彼は完全に完璧に完成した。
つまり超高校級の高校生最優は十神白夜君だと思うよ」


まあ、これは霧切さんの受け売りなんだけれども。
妹はボクの口から出た言葉に対して、キョトンとした表情をしている。
む、何か気に食わないことでもあったのか?


「んっ、んー…、なんだかお兄ちゃんっぽくない発言だったけど、
そういう感じもクールで格好いいと思うよ。
私はてっきり、『皆凄すぎて優劣なんてつけられないよ』とでも言うと思ってたから……」

「……つまり答えられないと思って質問したのかよ」


なんてやつだ。
確かに霧切さんとクラスメートについて会話してなかったら、
妹の言ったとおりに答えていた可能性が高い。
妹に思考を把握されてるとか……、かなり複雑な気分だ。


「それじゃあさっ、逆に誰が一番凄くない超高校級の高校生なのか教えてよ。
あ、もちろんお兄ちゃんは抜きだよ? お兄ちゃんは超高校級の私の家族だけれど、
それを実感できるのも観測できるもの私だけだから、フェアじゃないものね。
だからお兄ちゃんは抜きで考えて?」

「その答えはお前も知ってるだろ?
皆凄すぎて優劣なんてつけられないよ、つまりそういうことだ」

「もう、お兄ちゃんは堅物だなぁ…。
お兄ちゃんのそういうところは、思わずちゅーしたくなるくらい好きだけど、
それじゃあ楽しい会話が進まないよ!
でも、お兄ちゃんは決してそこは譲歩しないだろうから、しょうがないから私の方が譲歩してあげる。
お兄ちゃんのクラスメートの中で一番天才じゃないのは…、誰かな?」


相変わらずニコニコしながら問いかけてくる妹。
ボクの反応が分かっていて質問したのだろう。そういう奴だ。
さて、結局変わってないじゃないかっ、と思われる方も多いかもしれないが、
この質問の答えはボクのクラスメートなら皆知っている。本人も含めて…だ。
ボクを含めた数人は彼をある種の天才であると考えているが、彼がそれを頑として否定するのだ。
本人に否定されては仕方ないので、ボクは、彼の名前を妹に教えてあげることにした。


「……石丸清多夏君」

「へぇ…、その人について教えてよ、お兄ちゃん。
私はこのままお兄ちゃんに跨りながら一日を過ごすから、お兄ちゃんは私にその人のことや、
お兄ちゃん自身のことを話しながら一日を過ごそうよ」

「……取りあえず降りろ。話はそれからだ」

「えー」


まったく、こいつは本当に相変わらずだ。
石丸君のことも事前に調べて質問したに違いない。
だって、天才というワードは彼が一番嫌いなものだったから……。
ボクは妹を無理矢理どかしながら、彼のことを回想した。













*******************************















ペンを動かす音があたりに響く。
それは他の音をすべて打ち消して、この空間を息苦しいものに変えていた。
ボクはこの空間を抜け出したくて、必死にペンを走らせる。
と、取りあえず1つのページが終わった。
ボクはなんだか開放されたような気がして、溜めていた息を吐き出す。


「苗木君! 勉強は終わったのかね?」

「い、いや…、未だだよ。
あと2,3ページかな?」

「そうかね! 分からないところがあったらボクに聞きたまえ!
何故ならその為に君はここに来たのだからなっ」


はははっ、と笑いながら机を挟んで正面の人物が言う。
彼は石丸清多夏君。ボクのクラスメートだ。
ここは彼の部屋であり、何故ボクがここに居るかと言うと、霧切さんと舞園さんが外出してるからだ。
前もって言わせて貰うと、ボクは別に彼が嫌いなわけではない。
ただ彼には勉強、と言うか努力に対しての妥協がないのだ。
今日も、ボクは宿題の分からないところだけ聞くのが目的だったのだが、
彼のところに来た以上それで済むはずがなかった。
宿題をすべて終わらせるのは勿論、先月の授業の復習、来月の授業範囲であろうところの予習までやらされたのだ。
彼はボクの為を思っているのだろうが、正直辛い。
元々好きではない勉強が、さらに嫌いになりそうだ。
ボクはチラリと正面を見る。


「………」


石丸君は真剣にペンを動かしている。
ボクなんかとは集中の度合いが……、いや意味合いが違う。
彼にとっての努力は人生の一部なのだ。
一に努力、二に努力、三、四も努力で五に努力。
彼は才能をすべて努力で否定してきた。それが生きがいであったのだろう。
と、いっても学園に来てから事情が少し変わったようだが……。


「あ、終わった……」


気づいたら終わっていた。
うーむ、よそ事を考えながらやっていたので効果は微妙だろうが、
作業としては捗っていたようだ。


「……うむ、どうやらそのようだな!
やるではないかっ! 学生の本分は勉学、何時の世もそれは変わらないぞ。
苗木君も学生としてまた一つ成長したと言うわけだな!」

「あ、あはははは……。
ありがとう石丸君、おかげで助かったよ」

「ふはははは、当然だ!
学生の本分は勉学っ! 僕の使命は皆にその権利を平等に与えることにある!
……もっとも、この学園においてはその必要はない様だがな……」


寂しそうに目を背ける石丸君。
この学園、希望ケ崎学園には優秀な人間だけが入学する(ボクを除いて…だが)。
よって、以前の学校で石丸君の行っていた環境管理はとてもやり辛いのだ。
学ぶべきことは自分で学ぶ。教師に当たる人物はそれを補佐する。
普通の学校とは違い、超一流を完成させることに主体をおいたこの学園は、
既に学園側によって環境が完備されている。
個々の学ぶ内容についての理解が薄い石丸君では、学園以上の補佐が出来ないのだ。


「まったく……、僕が勉強を教えれるのは苗木君と兄弟だけだ!
他の皆は進むべき道に向かって努力しているし、僕はそれを補佐できない。
無論、自分が何をやるべきか知っていて、それを切磋琢磨するのに文句などない、大変素晴らしいことだ。
だが、少し寂しいと感じるのも事実だ……。
どうやら、不公平をなくす為に頑張った行いが、
いつのまにか僕にとって重要な物になっていたようだ……」


石丸君は最初この学園に喧嘩を売るつもりで来た。全員が敵だと思っていたようだ。
これを聞けば石丸君の天才に対する感情がわかるだろう。
しかし、この学園に来た天才たちは彼の考えていたような人ではなかった。
いや、彼の天才に対する視線は偏見が多かったし、この学園で天才たちが変わったと言うのもある。
確かな目的を持ち、彼と同等か、それ以上の努力をする天才たちを見て、彼は考えを改めた。
よって、今の石村君は宙に浮いた状態なのだ。
なので、次に石丸君の口から出る言葉は、予想はできなかったが、当然かもしれなかった。


「苗木君…、いや先生!
友達との付き合いとはどうすれば良いのか教えてくれないか?」

「……あー」


ボクはその言葉が来たことに大きな驚きは感じなかった(少し驚いた)。
そう、石丸君は以前友達というものが居なかったようだ。
彼自身に問題があり、今まで勉強しかしていなく友達と話すことがない、とのことだった。
しかし、もうボクがあれこれ言う必要はないと思うんだけど……、


「そうは言っても……、石丸君は大和田君と仲良いじゃないか。
十分友達として付き合ってると思うんだけど……」

「いや、駄目なのだ!
兄弟は確かに親友だが……、それ以外の人とは相変わらずうまく話せないのだ。
それに…、兄弟ともテレビ会話とかは出来ないのだ。まったく…勉強不足の自分が恥かしい……」


テレビは娯楽だから勉強っていう表現はどうかと思うけど……。
まあ、それでも石丸君が教えて欲しいというなら、ボクなりの回答を提示するべきだろう。


「別に努力する必要はないと思うよ。
だって大和田君と居るとき話すネタがなくても、つまらないとは感じないでしょ?」

「まあ、それはそうだが……」

「ボクだって、石丸君とテレビの会話は出来ないけど、それをつまらないと感じたことはないよ。
石丸君と話してると勉強になることが多いし、こうしている時も楽しいと思ってるよ」

「苗木君……」

「石丸君は自分なりにやりたいこととかを見つけて、それを調べればいいと思うよ。
その過程で趣味みたいなものも見つかると思うし、それを通して友人も増えるんじゃないかな?」


石丸君の欠点、というか治すべきところは趣味がない、というところだろう。
それは人間味が薄いと周りに写ってしまう。
お爺さんの件で勉強にすべてを注いでいるのは理解できたが、
それでは石丸君の望む友人というのが増えるのは難しいと、ボクは思う。


「趣味……か。
しかし、学生が本分であるところの勉学を疎かにしてもいいのだろうか?」

「趣味っていうのは自分の娯楽として以外にも、人と人とを繋ぐものでもあると思うんだ。
社会の縮図である学校で、人間関係を学ぶのも勉学だと思うよ?
先生はあまり教えてくれないけど」

「ふむ……」


石丸君は納得したように頷く。
頭が固いと思われがちだが、自分で納得できたことは素直に飲み込むところもあるのだ。
ボクはあくまで自分の意見であることに念を押しながら、石丸君に講釈をたれる。


「学生は社会に出る準備期間らしいから、そういうのも大切なんじゃないかな?
最初は無理矢理でもいい、本や映画とか、スポーツ、将棋、なんなら盆栽とかでもいい。
自分が好きなものを持つことによって、人の好きなものを理解できて、
それに興味を持てるんじゃないかな?」

「うむ…、なるほど。
やはり苗木君は多くの女子に好かれるだけのことがあるなっ!
言葉に説得力があるぞ!」

「いや、別に好かれてなんか……」

「謙遜はいい。
人に好かれるということはそれだけで尊敬に値する人物だということだ!
苗木君を信じ、趣味でも探すとしよう! これもまた勉学だ!」


そう言って立ち上がる石丸君。
多分大和田君辺りと連絡をとって趣味探しを始めるのだろう。
そんな石丸君を見ながら、ボクは思う。
あれだけ信頼できる友人が居るなら、これから友人作りに困ることはないだろう、と。
沢山の友人を作るより、一人の親友を作るほうが大変なのだから。














********************************














「……あれ? お兄ちゃんオチてないよ?」

「ボクの存在がオチてないみたいに言うな」


というか地の文はこいつに話してないんだけど?
また対ボク限定の読心術でも使ったのか? まったく、嫌な妹である。


「まあ私としてはお兄ちゃんが多くの女の子に好かれてるってのが気になるところだけど、
それは取りあえず置いておいて、その人ってお兄ちゃんの友達なのかな?」

「うん、そうだよ」


石丸君はボクの大事な友達だ。
大和田君にとってもそうだし、他のクラスメートも多かれ少なかれ友情を感じているだろう。


「ふーん……、友達を作れないなんて、趣味がないなんて一番天才みたいな人だけど、
その人が一番天才じゃないなんて私は少し疑問を感じるなぁ」

「いや、石丸君は天才だと思うよ。
本人は否定してるけどね」


ボクは得意げに石丸君の才能を話そうと思ったけど、
妹はそれを知ってか知らずかボクが言う前に言いたいことを言ってしまった。


「へえ? もしかして努力の天才とでも言うのかな?
それだったらわかりやすいね。希望ケ崎学園の中でも一番の才能と熱意を持った『努力の天才』が、
一番人間らしくないと言うのも面白い話だね」

「いや……」

「それとも人間らしく友人付き合いがしたいと願う時点でそれは普通なのかな?
だとしたらただの人付き合いが苦手な凡人と言うことになるね。
まあ私はその人がどんな人でも関係ないけどね。お兄ちゃんと会話したくて聞いただけだし。
その人が友達を作れたか作れなかったかは、どうでもいいの。
お兄ちゃんがすべての私にとって友達が出来ないなんてものは悩みですらないもの。
私もその人同じで人付き合いは苦手だけど、お兄ちゃんが居るからそれを苦痛に感じたことはないよ?
私はお兄ちゃんの存在だけで完成してるもの。お兄ちゃんがすべてだもん」


……まったく、妹に比べれば石丸君は全然普通の人だ。
人付き合いが苦手なだけで、友人は居るし増やしたいとも思ってる。
石丸君は努力家で、少し世間ずれしてて、友達思いの良い人だ。
ボクは石丸君と仲良くなれて、本当に良かったと思ってる。


「あれ? お兄ちゃん私のこと人間らしくないとか思ってる?
ひどいなぁ……、それじゃあ私のことは何だと思ってるのかな?」


もうボクの思考を読んだことにはいちいち突っ込まない。
ボクは軽くため息をついて、相変わらずニコニコしてる妹に向けて、言う。


「可愛い妹だよ」


まあ、石丸君のことを思い出しただけでも収穫はあった。
明日の学校で趣味が見つかったのか聞いてみよう。
それまでは、憎らしくも愛らしい妹と、一日中喋り続けるのであった。





[25025] 大神さくら
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/02 02:13
大神さくら編










突き刺すような晴天の下、2人の男女が向き合っていた。
辺りは草原のようで、緩やかな風が吹き、とても情緒ある光景であったが、
2人から出る緊張感のようなもので、癒しとは正反対の空間となっていた。
と、空に散っていた一枚の葉が地面に触れたとき、男が動き出した。
それが開始の合図になっていたのかは当人たちにしか分からぬが、しかし既に戦闘が開始されていた。
一呼吸にも満たない一瞬で男が女に接近し、拳を繰り出す。
男の拳が空を切り、相手の懐へ蛇のように滑り込む。
しかし、女は半身を逸らしてそれをかわし、その姿勢のままカウンターの蹴りを叩き込まんとする。
初撃を外された男は、それでも動揺せず攻撃に冷静に対処する。
飛んでかわしたのだ。蹴りを。
相手の蹴りは上段蹴り。そのままいけば頭を打ち抜くものであった。
しかし、男を上に跳ね、蹴り上げた足に手を置き、それを支えにして、さらに跳躍する。
男はそのまま女の背後に回り、着地と共にその反動を使い拳を繰り出す!


「あたぁッ!!」


男の攻撃は完璧であった。
動作は最小限、威力は最大。そこいらの一流や達人ならここで倒れていただろう。
しかし相手は地上最強の生物とまで言われる武道家。
この程度の攻撃では倒せない!


「ふんっ!」


女は男が自らの足を踏み台にした瞬間、軸足を曲げ、片足で飛び上がった。
そのまま女は前に飛び、拳をすれすれでかわし、男から距離をとる。
結果男の拳は女には当たらず、事態はまた拮抗する…、と思われた。
しかし……


「ぐはっ……!」


男が腕を抑えて膝をつく。
あの攻防の瞬間女は男に重症を負わせていたのだ、ほんの一秒以下の攻防で!


「……やるな大神。
どうやら俺はお前に負けたらしい」


男は腕を押さえながら言う。
女はその言葉に不快感を覚えたのか、明らかに機嫌を悪くしたようだった。


「……本調子でないお前に勝っても我は満足できん。
リハビリを兼ねてと言われたから受けた勝負だ。
これを我とお前の戦歴に加えることは許さんぞ!」

「……ふっ、律儀な女だ。
よかろう、俺は完治したとき、もう一度貴様に挑もう」

「ふんっ…、さっさと治せ」


女は男から顔を背けると、後ろに居る男に声をかけた。
今まで戦っていた男女は両方体格が良く長身だが、そこに居た男は平均より少々小さめであった。


「苗木、看護士を呼んできてくれないか?
ケンイチロウを病室に戻す。何時までもここに居ては良くないだろう…」

「う、うん。すぐ呼んでくるよ!」


小さめの男は一瞬驚いたように反応し、そのまま病院の方に駆けていく。
これは、とある休みの日の出来事であった。















*****************************
















「何だか凄いことになっちゃったね。
ボク達お見舞いに来ただけなのに……」

「武道家同士が向き合えば拳を交える他なし。
奴は病に身を犯せれていたが、それも大分回復した。
闘えるようになった奴を見たら、我も我慢できなくてな……」

「大神さん…、楽しそうだったね」

「……ふっ、否定はせん」


今ボクと大神さんは病院の外のベンチに座っている。
ケンイチロウさんの検診があるので、外で待っているのだ。
終わり次第もう一度挨拶をしに行き、大神さんが残り、ボクは帰るというプランである。
そう、ボクと大神さんは週末を使って、一子相伝の暗殺券伝承者であるケンイチロウさんのお見舞いに来たのだ。
本当は大神さんに付き添って好奇心を満たす為だけの行為だったのだが、
思ったより病状が良かったので、その場で一戦交わしたというわけだ。


「それにしても、ケンイチロウさん元気そうだったね!
大神さんの話では結構危ないそうだったから…、なんだか安心したよ」

「行方不明だった奴の兄が現れて治したらしい。
完全回復とはいかないが……、ケンイチロウほどの男なら、ある程度持ち直せば病になど負けないだろう」


そう言う大神さんはどことなく嬉しそうだ。
まあ、当然だろう。大神さんはケンイチロウさんに好意を寄せているのだ。
さっきのぶっきら棒な態度も、照れ隠しのようなものだろう。
ほら、ツンデレってやつ。


「ん?」


メールが来た。
病院の中では切っていたので静かだったが、今は元気そうに音を出している。
ボクは誰から送られたのか確認し、顔を顰めつつも本文を読む。


『お兄ちゃん、私はお兄ちゃんのこと好きだけど、何でもかんでもツンデレと表記するのは感心しないな。
ツンツンしてる子がだんだんデレて行くのをツンデレと言うわけであって、その人はツンデレじゃないよ?
それに、ブームになったきっかけの素直になれない子も、その女の人とは違うもの。
つまり私がなにを言いたいかというと、知ったばかりの言葉をむやみに使うと恥をかくよ、ってことなの。
お兄ちゃんのこと嫌いだから言ってるんじゃないんだよ?好きだから言ってるの。
だから今度からは気をつけてね?知ったばかりの言葉は、ちゃんと調べてから使ってね?
それじゃあ宿題をだすね? シスターコンプレックスについて調べて、今度の週末に私に報告を』


削除した。
使ってねーし、思っただけだし。
妹がボクの心を読むのはいつものことだが、大神さんに気配を悟らせないとか人じゃないだろ。
いつからボクの妹は怪物になったのか……。


「あれが苗木の妹か。
霧切が『可愛い妹さんとよろしくやってるのが気に食わないわね』みたいなことを言っておったぞ?
後でフォローしておけ」


バレテーラ。両方の意味で。
妹が怪物でないことに安心すれば良いのか、霧切さんが拗ねてしまったのを嘆けば良いのか……。
とりあえず妹はほかっておいて、霧切さんに弁解する為にメールを入れておこう。
『今度食事に行かない? 食事代はボクが持つよ、霧切さんと一緒に話したいだけだから』…と。


「……苗木よ、我は以前からお前に言いたいことがあったのだが……」

「え? 何かな?」


なんだろう? 大神さんは神妙な顔つきでボクを見ている。
ボク何かやった?


「お前のそれはわざとなのか?」

「……? それって?」


何のことだろう? 身長が低いのは宿命であってわざとってわけじゃ……。


「女にずぼらなところだ。
お前は幾人もの女子と関係を持っていると聞いた。
今の世で、一人の女を一生愛せとは言わないが、余りに愛が多いのは関心しない」

「……………いやいやいや」


大神さんの台詞を考えて、噛み締めて、理解した結果、『いやいやいや』が出た。
女にずぼらとか……今まで生きてきて言われたことがない。
というか彼女が出来たこともないのに、幾人もの人と関係って…、どういうことなの?


「仲のいい子はいるけど別に恋人とかじゃ……」

「……そうなのか?」

「そうだよ。
大体ボク今まで女の子と付き合ったことないし……」

「うむ……」


ボクの言葉を聞き、考え込むように俯く大神さん。
今言ったことは本当のことだし、考えることはないと思うけど……。


「しかし、舞園は我に愚痴をこぼしたぞ?
曰く『苗木君はいつも他の女の子と一緒に居て、私が会いに行っても留守なんです』とな」

「うっ……、いやでも、それは偶々……」

「それに、セレスも珍しく愚痴を言っていたぞ?
確か……、『一緒に旅行に行っても何もしないチキンはナイトに相応しくありませんわ。後日私が教育してあげましょう』だったか」

「いや、旅行先で友達に手を出すわけないじゃないか……」


というかセレスさんに手を出すなんて恐ろしすぎて出来ない。
なんかの奇跡で受け入れられない限り、海の底とか地下強制労働施設とかにぶち込められる気がする。


「……ふむ、これが朴念仁と言うのか。
戦刃があれだけ熱心に口説いても、まったく動じない理由がわかった気がするな」

「むくろさんのアレは芸風だって本人が……」

「それを信じるのが問題なのだ。
それに霧切も言っていたぞ? 『最近苗木君は説教臭すぎるわ。幻想殺しの人みたいにハーレムを創るつもりなのかしら』とな」

「ぐはっ!!」


せ、説教臭い……。
最近悩みを聞いたりすることが多かったけど……、説教臭いって……。
しかも霧切さんに言われるとか……、あ、やばい、かなりショック……。
……って、うん? なんで霧切さんが最近のボクの動向を知ってるの?
探偵だから?


「………」


メールが来た。嫌な予感がする。
送信者は………、妹だ。
正直開きたくない。でもあいつはボクの知らない所(大神さんは知ってる)からボクを見ている。
無視すると後が怖いので、ボクはため息をついて、メールを確認した。


『危ないよお兄ちゃん、その霧切とかいう人は危険だよ! だってストーカーだよ?
何をする時も見られてるんだよ? 私とお兄ちゃんが一緒に居れるのは家だけなんだよ?
それを知ってるってことは、その女は常にお兄ちゃんを監視してるってことじゃない!
そんなの危険だよ、危ないよ。お兄ちゃんがストーカーに狙われてるなんて、私不安で夜も寝れないよ!
でも安心してお兄ちゃん。私が夜も朝も見守ってるから。ストーカーから守る為にずっと見守ってるから。
お兄ちゃんは私が守るから。………だから次の週末に私と遊園地に』

「ストーカーはお前だよっ!!」


メールを削除した。
週末の遊園地は考えてやってもいいが、取りあえずお前は大人しくしてろ。
キャラが濃すぎるんだよ。ボクが目立たないだろうが。


「なかなか可愛らしい妹ではないか。
余程好かれているようだな」

「……家族愛が重いよ」


大神さんの言葉に疲れたように相槌を打つ。
というか疲れた。
何であいつは登場二回目でこんなに強烈なんだ?
さっきからメールが何通か届いているが、確認する気になれない。
もういいや、来週遊園地に連れて行ってやれば機嫌治るだろうし。
そんな感じで、ボクは来週まで妹のことを考えるのをやめた。
そんなこれ見よがしに俯いてため息をついているボクに、大神さんが声をかけてくる。
まだ言い足りないことがあるらしい。


「話は変わるが、苗木が石丸に趣味を持てと言ったらしいな」

「本当に変わったね。
えっと、うん。何か趣味を作れば、そこから人間関係が広がるよ、とは言ったけど……」


もしかしてこれなのか? 霧切さんに説教臭いと言われる所以は。
……まあ、いいけど。ボクはボクだし。無理矢理キャラを変えるのはよくないだろう。


「おそらくそれのおかげだな。
我と石丸は以前より少し仲良くなったぞ。
釣りという趣味を通してな」

「……大神さんって釣りが趣味なんだ」


似合わなそうで、実に似合う趣味だった。
なんか山篭りとかしそうだし。その時の精神修行で釣りとかしそうだ。漫画知識だけど。
ボクは釣りをする大神さんをシミュレートする。
……黄金の大きな魚に昇竜拳を決めてる描写が思い浮かんだ。ていうか水泳の授業の光景だった。
釣りって拳を使うのもアリなのかな?


「……苗木よ、お前が何を想像しているか大体分かる。
だが安心しろ。我は釣竿を使い湖などで普通に釣りをするのが好きなのだ」

「あ、あはははは」


顔を背けて渇いた笑いを浮かべる。
別に悪意があったわけではないが、なんとなく気まずくなる想像をしてしまった。
しかし、なんだ…、石丸君が友達を増やしていると言う事実は実に喜ばしいことだった。
彼はちょっと空気が読めないけど、凄く良い人なのだ。
ボクは、自分のつたない助言が実を結んだことを嬉しく感じた。


「お前の優しさはどことなくケンイチロウに似ている。
奴はこの世界で最強の暗殺拳を振るうが、同時に誰より優しく誠実だ。
だからこそ、我を含めて多くの者がお前に惹かれるのだろうな」

「あはは、ありがとう。
お世辞でも嬉しいよ」

「我は世辞など言わぬ」


2人で笑いあう。
大神さんは見た目が少し怖いが、誰よりも優しく、強い人だ。
彼女と居ると、多くの勇気をもらえる。それは、少しだけ会ったケンイチロウさんにも通じるものがあった。
まったく、ケンイチロウさんと大神さんは良いコンビだ。
ボクは少し暖かな気分になり、ベンチに身を任せ空を見上げる。
ああ、有意義な休日だった。


「ところで苗木よ」

「…ん? 何かな、大神さん?」

「朝日奈に手を出すのは許さんぞ、あれはとても純粋なのだ。わかったか?」


すっごい真剣な表情だった。
せっかく綺麗に終われそうだったのに、台無しである。
ボクは、まずは女好きであるというところから否定する為に、大神さんに釈明を始めるのだった。
それは結局、ケンイチロウさんの検診が終わるまで続き、ボクを疲労の淵に追い込むのだった。
……有意義だったけど、疲れた。
ボクは先ほどまでの苦労と、メールを受信し続ける携帯を思い、深いため息をつくのだった。































あけおめ?そんなのどうでもいい。
問題なのは知り合いに頼んだモノクマぬいぐるみ(限定)が入手できなかったことだ。
ああ、めっちゃ悔しい!仕事がなかったら自分で行ったのに!



[25025] 朝日奈葵
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/10 02:35
朝日奈葵編










水飛沫が撥ね、熱気が辺りを覆う。
人を魚に例えることが褒め言葉であることは少ないが、今に限ればそれは最上級の賛辞であった。
まるで海の生物かの様に泳ぎ、水面を撥ねる。
ボクは自然に、まったく意識せず、言葉を発していた。


「まるで人魚みたいだ……」


眼前にはプールのコートがあり、泳ぐ為にすべてを賭けた人達が水中を駆け巡っている。
その中でも異才を放つのが、ボクのクラスメイトである、朝日奈葵さんだ。
素人目にフォームの違いなどは分からないが、それでも雰囲気というか、明らかに違うものを感じる。
そしてボクの感覚が正しかったのか、朝日奈さんは周りに大きな差をつけて1位で表彰台に登ったのだった。















***************************
















「優勝おめでとう! 朝日奈さん!」

「うんっ、ありがとね苗木!」


ボク達は大会の終えた朝日奈さんを近くのミスドで待っていた。
選手には色々やることがあるのか、結構な時間を待つことになったが、一人で待っていたわけではないので、
特に暇ということはなかった。
ちなみに面子は、


「綺麗なフォームだったぞ、朝日奈。
我も泳ぎは得意だが、この先もお前に及ぶことはないだろう」

「えへへー、まあこれだけが取得ですから」


まずは大神さん。
とても嬉しそうな顔をしながら朝日奈さんと会話している。
この2人はクラスの中でも一番の仲良しだ。


「当然の結果だな。
犬にも劣る脳みその朝日奈から泳ぎをとったら何も残らん」

「もうっ、嫌味を言わないと褒められないの!?」

「ふっ、性分だ。許せ」


次に十神くん。
入学当初の彼なら本音の台詞だろうが、今の彼にとっては冗談だ。
最近では、彼の前に並べられたドーナッツに違和感を感じることもなくなってきた。


「ぜ、絶対におかしいわ! どうしてそんなに大きな胸で速く泳げるのよ!
私は鉄板なのに……、泳ぐの遅いのに……ふ、不公平だわっ!」

「そんなの知らないよ!」

そして腐川さん。
セクシャルな質問に、顔を赤くしながら朝日奈さんが反応する。
下ネタ嫌いは治ってないようだ。


「いやー、それにしても大したもんだべ!
記念に俺が朝日奈っちの将来について占ってやるべ!
本当は高いけど、今回は特別に5割引で…」

「そこは無料にしときなさいよ! ……じゃなくてっ、いい、占わないで!」


最後に葉隠くん。クラスの問題児だ。
何かとお金を採取しようとしてボケをかます。
さっきまでボクが突っ込み役だったので、朝日奈さんが代わってくれて正直ほっとしてる。


「でも凄いよ! これって全国大会なんでしょ?
朝日奈さんならオリンピックに出れるんじゃないの?」

「うんっ、今はそれを視野に入れて練習を組んでるよ。
次のオリンピックには出てるかなー、出れるといいなー」


流石は希望ケ崎の生徒。
既にオリンピックは射程内だったようだ。
彼女の座右の銘(?)『馬鹿でも金』が叶うのもそう遠くはないだろう。


「朝日奈なら問題あるまい。
タイムも日本新は塗り替えておる。あと数年もあれば世界の頂点を狙えるだろう」

「ありがとうさくらちゃん! 頑張るよ!」


そんな朝日奈さんを応援する大神さん。本当に仲が良い。
朝日奈さんもドーナッツを頬張りながら嬉しそうに返事をする。
ドーナッツで頬を膨らませ、リスのようになった彼女の姿は、先ほどまでの勇姿を忘れさせかねなかった。
どれだけドーナッツが好きなんだ。朝日奈さんの会計が十神くんの奢りじゃなかったら慌てて止めていただろう。


「あまり慌てて食べるなよ。
喉に詰まらせても俺は知らんぞ」


十神くんが朝日奈さんを気遣うような助言をする。
相変わらず眼光は鋭いが、言葉には相手を慮る優しさが感じられた。


「大丈夫っ! ドーナッツ大好きだもん!」

「お前がドーナッツのことが好きでも、ドーナッツがお前のことが好きとは限らんだろうが」

「何それひどいよっ! ドーナッツが私のこと嫌いなわけないじゃん!」

「……今のは俺が悪いのか?」


朝日奈さんと軽い言い合いになる十神くん。
多分どっちも悪くない。むしろ朝日奈さんの頭が悪い。


「苗木よ」

「…え? 何かな、大神さん」

「朝日奈は純粋なのだ。わかったか?」


ボクは静かに頷いた。
妹に続き、大神さんも地の文を完全に把握している節がある。
何なの? ボクの思考は全部読まれてるの? ボクはさとられなの?


「よし、占えたべ!
朝日奈っちの将来は……」

「ちょっと、何勝手に占ってるの!?」


葉隠君が水晶玉を見ながら自らの占いを披露しようとする。
葉隠君の占いは、的中率のこともあるが、それ以上に悲惨な結果が多いのだ。
しかも、葉隠君のことだから後で値段を請求するに違いない。
結果大神さんに制裁を食らうのだ。
まったく、成長しない人である。


「ふむふむ……、どうやら朝日奈っちは将来3人の子供をもうけるようだべ」

「あれ、結構普通……?」

「そ、それだけ大きなおっぱいがあれば3人位余裕でしょ?
今更驚かないわよ!」

「胸は関係ないでしょ!」


意外に普通だ。
ボクなんてゴミ捨て場に放置されるという反応しづらい占いをされたのに。


「しかも……、全員違う男の子どもだべ!」

「…えっ!?」

「ほ、ほらみなさいっ!
そのおっぱいでしょ!? 私にもよこしなさいよ!」


葉隠君が続けて言葉を発すると、朝日奈さんが衝撃を受けたように立ち上がる。
そこで鬼の首を取ったかのように腐川さんが立ち上がり、朝日奈さんを糾弾する。
普段は温厚(というか暗い)な腐川さんがかなり興奮している。
正直周りの視線が恥ずかしいが、腐川さんの胸を見れば仕方ないような気がしてくる。
神は平等ではないのだ。


「……うるさいぞ、少し静かにしろ」

「は、はい」


そんな腐川さんも、十神くんが叱ればおとなしくなる。
腐川さんは十神君が苦手なのだろうか?


「ちょ、私そんな女じゃないよっ!」

「俺の占いを疑うだべか!?
俺の占いは3割の確率でぴったり的中だべ!」


今度は葉隠君がいきり立つ。
占いは彼のアイデンティティだ、これだけは譲れない!


「葉隠よ…、朝日奈はそんな女ではないぞ」

「当たり前だべ!
朝日奈っちはお淑やかな女の子だべ! 苗木っちはひどいべ!」

「…当然のように責任を押し付けないでよ」


あっさりアイデンティティを放棄した。
しかもボクに責任を押し付けた。相変わらず最低である。


「ま、待ってよ!
私男の友達なんて苗木達しか居ないんだよ!?
だったら私の将来の相手って……」


朝日奈さんが青ざめながら後ずさり、ボク達3人を凝視する。
どうしてそうなるの? としか言いようがない。
ボクの携帯が振動する。
どうせあいつが変な勘違いをしたのだろう。放置安定である。


「そ、そうなの!?」

「そんなわけねーべ! ひどい言いがかりだべ!」


腐川さんも驚いたような声をあげる。
朝日奈さんとは違い、目線は十神君を向いてるが。
葉隠君は無視。妹と同じ扱いくらいが調度良い。
ボクと十神君は顔を合わせてお互いの考えを目で伝えた後、それを発表する。


「確かに朝日奈さんは魅力的な女性だし……」

「朝日奈ならば子を生む条件は満たしているな」

「それに十神君ならそういうことがあってもおかしくないけど……」

「苗木は女に好かれるからな、朝日奈が落ちても不思議はない…、が…」


ボクと十神君はそれぞれの考えを上げていく。
そして、最後に声を合わせて、言った。


「葉隠君はないかな」

「葉隠はないな」

「ひどいべっ!?」


当然の結果だった。
ボクと十神君が笑いあう。
本当に、彼とここまで仲良くなるのに苦労したけど…、今では一番の友達なんじゃないだろうか。
良い人とは言わない(言うと怒る)けど、芯の通った立派な人だとボクは思う。


「朝日奈よ、安心しろ。
葉隠の占いは7割の確率で外れるのだ。あまり気にするな」

「そ、そうだべ。
お金を払えば気にしなくても……あ、払わないでいいです、はい」


そんな会話をしながらボク達は時間を消費していく。
友達と過ごす時間は楽しい。
ボクはそれをドーナッツ屋で実感したのであった。
















*********************************

















「ドルだった気がするけどなー」

「いいや、クレジットだったべ!」


あれからも会話が続いていた。
葉隠君と朝日奈さんは天然トークを繰り広げ、大神さんは十神君に先ほどのことを聞いている。


「十神、先ほど言っていた子を産む条件とは何だ?」

「別に、大したことではない」


十神君はその質問になんでもないように答える。
大神さんは多くを追及しないが、その話題に朝日奈さんが食いついてきた。


「あ、それ気になる! 私にも教えてよ!」

「俺はドーナッツおかわりしてくるべ」


葉隠君は興味がないようで、カウンターに向かっていった。
十神君は小さなため息をついて、理由を話し始めた。


「俺の家系は優秀な子を得る為に世界中に子供をつくる。
交配者の条件は優秀な異性だ。朝日奈はそれなりに優秀と言えなくもないから資格ありとしただけだ」

「へー、世界を代表する財閥はそんなことをしてるんだね」

「家を守る為に最善をつくす、か。
我もその気持ちは分からなくもない」


ボクはその話は知っていたが、ふと気になることが出来たので、質問してみる。


「十神君がうちのクラスで子供を作るとしたら誰なのかな?」

「……なんだと?」

「いや、ちょっと気になって」


うちのクラスはみんな優秀だから、十神君が選ぶとしたら誰なのか気になったのだ。
霧切さんが言うには、クラス最優は十神君らしいので、彼が誰を優秀だと思っているかは結構重要なんじゃな

いだろうか?


「な、苗木……その質問はちょっと」

「ふむ……確かに気になるな」

「さくらちゃん!?」


大神さんはボクに賛成なようだ。
朝日奈さんがそっち方面の会話が苦手なのはいつものことなので華麗にスルー。
ボクは十神くんに答えを急かした。


「……まあいいだろう。俺が損をするわけではないからな」


言いながら、十神君が話し始める。
ボクは静かに耳を傾けた。


「そうだな、候補としては霧切、江ノ島、セレス、朝日奈、大神といったところだ。
その中では朝日奈は少々霞むだろう。セレスの豪運もあいつ限りの可能性が高い。
そして江ノ島は……、文句なしに優秀だが、なんとなく危険な香がする。身内に置きたくないな。
そうなると残りは霧切と大神になるが……、霧切はどこかの誰かにぞっこんだからな、望みがない。
よって大神を選ぶことになる」

「我も心に決めた男がいるぞ」

「…ふっ、だったらクラスには居ないということになるな」


十神くんはこれで話は終わりだという顔をしてコーヒーを煽る。
実に不味そうに飲むが、まあ彼なりに慣れようとしているのだろう。
最初は『なんだこの泥水は?』とまで言ったのだ。随分変わったと言える。
と、そこで先ほどから感じていた違和感が心をよぎる。


「あれ? 腐川さんは?」

「あ、そういえば……何処に行ったのかな?」

「我はトイレに行くと聞いたぞ。
30分ほど前だがな」


大神さんの話を聞いて、ついトイレに目を向ける。
そこには腐川さんに良く似た人影があった。
ボクは思わず『あっ』と声をあげた。
その声に反応した十神君が、トイレの方を向く。
そして、そのままコーヒーを吐き出した。


「きゃっ! な、なにするの!?」

「……苗木、俺は帰る。
会計は置いていくぞ」

「と、十神くん!?」


十神君はテーブルに1万円札を置き(驚いたことに調度良いくらいだった。朝日奈さん食べすぎ)、
飲みかけのコーヒーと、服を汚され怒り心頭の朝日奈さんはほかって店の外にダッシュする。
と、その後ろを腐川さんらしき人影が凄いスピードで追いかける。


「待ってよー白夜様ー!
私と一緒にラーンデブーしましょー!
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

「………」

「………」


あれは腐川翔さん?
腐川さんのお姉さん……だっけ?
なんとなく彼女は触れてはいけない存在の気がする。
トイレから帰ってこない腐川さんも気になるが、とりあえず放置。


「それにしても葉隠君は遅いね。何してるのかなあ?」


話を逸らしてみた。
本来ならここから葉隠君の話が進み、本人が帰ってきて和気藹々となるのだが、
問題児の葉隠君は格が違った。


「おーーーーたーーーーーすーーーーけーーーーべーーーー!!」

「お待ちなさいっ! この駄犬めが!」


なんと店の外には金髪の美少女に追い回される葉隠君の姿がっ!
昔騙したお金持ちのお嬢様が金髪だと聞いたが……、実は結構ピンチ?


「……仕方あるまい、我が助けるとしよう。
朝日奈と苗木はこのまま帰ると良い。今日はこれで解散だ」


逃げる葉隠君を追いかけて大神さんまでもが退場してしまった。
ボクと朝日奈さんは席を挟んで向かい合い、苦笑いを浮かべた。


「……なんだか、変なことになっちゃったね」

「そうだねー、あははは」

「でも……、楽しかったね」


まったく、本当に退屈しない。
今までの人生がつまらないものであったとは決して言わないが、
学園に入ってからの日常は実に退屈とは無縁のものであった。
単純によかったとは言えないが、この学園とクラスメートが大好きだ、とは言える。


「えへへー、退屈はしないね。
でも試合の後だし、ちょっと疲れたかな。
新しいドーナッツ取ってくるね!」

「うん、ここで待ってるよ」


ボクは賑やかだった席で1人で待つ。
そして、これまでの賑やかな暮らしと、これからの賑やかな暮らしを思いうかべ、こっそりと笑うのだった。
と、落ち着いたところであることに気づいた。


「あ、ドーナッツ代足りないや」


朝日奈さんが追加すると十神君から貰った一万円では足りなくなる。
ボクお金あったっけ?
ポケットの財布を探ろうとすると、目の前にもう一枚一万円札が置いてあった。
ボクは辺りを見渡すが、人影はない。
と、そのときにケータイが振動する。
着信音は一番よく聞く音だった。
ボクは親切なやつの正体を知り、それに感謝した後、呟いた。


「来週にでも遊園地に連れてかないとな」


ボクはそのまま朝日奈さんを待つ。
うん、楽しかったな。



















大変お待たせしました。
生意気にも正月休みをとってました。
出来が微妙になってしまいましたが、これからもよろしくお願いいたします。



[25025] 腐川冬子
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/10 23:37
腐川冬子編


















「それで? 相談したいことって何かな、腐川さん」

「………」


現在教室の中。
向かい合うのはボクと腐川さん。
こうした形で相談事を持ちかけられるのは、良くあることなのだが……、腐川さんに関しては初めてである。
一体何の相談なのだろう…?


「ふ………いのよ」

「…え? ごめん、ちょっと聞こえないよ」


少し暗いけど声の大きな腐川さんにしては、凄く小さな声だった。
声が小さくなると言うことは、他の誰かに聞かれたくない内容なのだろう。
ボクは少しだけ腐川さんに近寄り、耳を澄ます。
と、そのとき、


「服がないのよぉぉぉぉぉぉおおぉおぉ!!」

「うわぁっ!」


耳が、耳が痛い!
いつものボクなら『いや、着てるじゃん』とクール()に突っ込みをするのだが、
いかんせん腐川さんの声が大きすぎた。
ボクは耳を押さえて悶絶する。
しかし、腐川さんはお構いなしに話し続ける。


「サイン会なのよ! 新しい本のサイン会なのよ!
あ、あんたが書けっていったんでしょ! だったら責任取りなさいよ!
今までサイン会なんてしたことないのにっ! 新しいジャンルだからファンがふ、増えちゃって!
私サイン会に出れるような服なんてないのに! ゆ、許さないからっ!
優しくしておいて、その後は放置するなんて許さないからっ!」


えっと、つまり腐川さんの書いた本(暗いのに読むのをやめられないくらい面白い本、ボクが太鼓判を押した)が売れて、
新しい購買層の人達がサイン会を希望して、OKしたけどサイン会に行く服がないというわけか。
……制服でいいじゃん、学生なんだから。
でもまあ、風呂に入るようになった彼女は、おしゃれをほんの少し気にするようになったのだろう。
サイン会で綺麗な格好をしたいのだ。


「えっと……、つまりボクは腐川さんに似合う服を持って来ればいいのかな?」

「当たり前でしょ!!
わ、わかってるわよ! 馬子にも衣装って言いたいんでしょ!? そうに決まってるわ!
ぐぎぎ…、どうせ私は不細工よっ! 私が不細工であんたになにか苦労を強いたかしら!? してないでしょ!
だったら放っておいてよ! 私に関わらないで!」

「それじゃあ服が選べないよ……」


かなり興奮している。
言ってることが滅茶苦茶だ。
……それにしても腐川さんの服選び…、か。
ボクに服のセンス(しかも女物)なんてないので、誰かに相談することになる。
そうなると候補者は4人……か?
舞園さん、セレスさん、朝日奈さんに………江ノ島さん。
うーん、最後の人はなんとなく苦手なので、出来ればそれまでに服選びが終われば良いなあ…。
ボクは興奮する腐川さんをなだめ、一人目の舞園さんに電話をかけることにした。
……まあ、ボクが本を出した方が良いって言ったんだから、責任は取らないとね、うん。

















***************************

















「苗木君が『舞園さんが必要なんだー』とか言うから来てみれば……、
よもやショップ店員の真似事をさせられるとは思いませんでした。
もしかして苗木君は私のことが嫌いなんですか?
それとも釣った魚をバケツに入れたまま放置する趣味でもあるんですか?」

「…えっと」


それはどんな趣味なんだ?
電話をかけた時はかなり上機嫌だったのに、今は頬を膨らませて怒っている。
なんというか、凄く可愛い……、けど…うん、今は腐川さんの服選びを優先しよう。
ボクはなぜ腐川さんに服が必要なのかを懇切丁寧に説明した。
主にボクに責任があることを強調して。
ちなみに腐川さんはボクの後ろの方で俯いてる。
人見知りをする人なのだ。それはクラスメイトでも例外ではない。


「なるほど、そういうことですか」

「うん、だから協力してくれないかなぁ? もちろんお礼はするから。
……と言っても食事をご馳走するくらいしか出来ないけど…」


今はお金に余裕がないので大したお礼ができない。
しかも舞園さんが喜んでくれるところとなると……センスが必要か? ボクにはそんなのないぞ。
ボクの言葉を聞いた舞園さんは、表情の喜怒哀楽を一通り巡回した後、ボクの質問の答えを出す。


「うーん……その提案は凄く…、すっごーく魅力的なんですけど……、
残念ながら私この後仕事が入ってるんです」

「え? そうなの?」

「はい。短時間でサクッと選ぶことは出来ますけど、それだと雑になってしまいますし……。
それに、腐川さんに似合うファッションは綺麗系だと思うんですよ。
私の服はどちらかというと可愛いのが多いので、あまり向いてないと思います」

「そうなんだ……」


服の方向性までは考えてなかった。
そうするとセレスさんも厳しいか? あの人は自分の趣味の服以外は興味ないとか言ってたし。
腐川さんに、あのファッションが似合わないとは言わないが、キャラ被りは良くないと思う。
それにどんな対価を要求されるかわかんないし。
今までセレスさんに呼び出された回数は数多いが、呼び出したことは一度もないのだ。
と、そんな感じで自分にいいわけをして、次に朝比奈さんを頼ろうと決めた。
セレスさんにビビッてなんかないよ? 本当だよ?


「……苗木君」

「……え?」


ボクが一人でうんうん唸ってると、舞園さんが話しかけてきた。
しまった、この後忙しいと言ってたのに引き止めてしまってた。
取りあえず御礼だけ言って開放してあげないと仕事に間に合わないじゃないか!


「ご、ごめん舞園さん! えっと、もう大丈夫だから今日はこれで……」

「いえ、流石にそこまで切羽詰ってません。仮にそうだとしたら、そもそも来れませんから」

「……あ、そうだね」


ボク焦りすぎ。
ゆっくり服を選ぶほど時間はないが、ボクと話す程度の時間はあるから来てくれたのだろう。
ボクは一度深呼吸をして自分を落ち着かせる。
そして、ある程度落ち着いた頃、舞園さんがボクに問いかける。


「苗木君は何か理由がないと、私と食事をしてくれないんですか?」

「そんなことないよ!
舞園さんといるのは楽しいし、出来ることなら定期的に食事をしたいくらいだよ!」


舞園さんはおいしいレストランを一杯知ってるし、何より一緒にいて楽しい。
財政的な問題で頻繁には無理だけど、ボクは舞園さんと居れる時間を大切にしたいし、もっと一緒に居たいと思っている。
これが恋だとか愛だとかの感情かどうかは分からないが、少なくとも彼女のことが好きなのは確かだ。
……まあ、問題なのはそういった女性が数人居ることなんだけどね。


「……そうですか。
その言葉が聞けただけで満足です。それでは私は仕事に行きますね!」

「うん、行ってらっしゃい、また学校で」

「はい、また学校で」


舞園さんはテレビでは見せない笑顔を見せて、その場を去った。
うーん、舞園さんには悪いことをしたなあ。急に呼び出して、そのままUターンなんて……。
今度なにかお返しをしないと……、何がいいかなぁ?


「わ、私の前でラブコメなんて……! い、良い度胸じゃない!
ネタにするわよ! 次の小説のネタにするわ! そして悲恋を書いてやるんだから!」

「………」


物凄い形相でボクを睨む腐川さんを見て、ボクの気持ちが一瞬萎える。
……いけないいけない、このまま帰っちゃおっかなとか思っちゃいけない!
頑張れボク!
ボクは荒ぶる腐川さんに愛想笑いを浮かべながら朝日奈さんにコンタクトを取った。
……ファッション関係の話しなのに朝日奈さんはおかしいって?
そんなことないんだよね、これが。
彼女もこの学園生活で大きく変わったのだ。女らしくなったのだ。
そんな朝日奈さんならこの窮地を超えられる! いや、一緒に超えてみせる!

















****************************



















「え? 無理だよ」


無理らしかった。
あれだけ意気込んでたのに無理だと一瞬で断言された。
簡単に回想をすると、あれから電話をかけ、朝日奈さんを呼んだところ、偶々同じデパートに大神さんと居たらしく、
ものの数分で現れて、ボクの話を聞いた瞬間に、無理だと断言したのだった。


「えっと……なんで?」


理由を聞いてみる。
今日の朝日奈さんはお世辞抜きに可愛く仕上がっていた。
化粧は薄いが、服が大分こっている。それが流行なのかどうか、ボクにはわからないが、うまくまとまっているのは確かだ。
そんな彼女なら、多少のジャンルの違いは問題ないと思うのだが……。


「だって私が服とか興味持ったのって最近なんだよ?
それなのに他人のコーディネートなんて出来るわけないじゃん」

「え、でもかなり良い感じに決まってると思うけど……」

「これは一張羅だよ」


一張羅らしかった。
うーむ……、これは想定外だ。
どうやら彼女はファッション関係は勉強中らしかった。
確かにそれでは他人の世話までは出来ないだろう。うーむ……。


「苗木よ、朝日奈は衣服関連に興味を持つようになってから日が浅い。
もともとお前の影響で目覚めた趣味ゆえ、力になりたい気持ちはあるのだろうが、
如何せん時期がはや」

「きゃあああああああ!!」


大神さんの台詞を遮るように朝日奈さんが大声を上げる。
……今何かおかしなこと言った?


「べ、別に苗木は関係ないでしょ!?
いや、なくはないけど……、でも女らしさの足りない私にちょっと協力してもらっただけで、
あの時は少し勘違いしそうになったし…、色々と揺らいだけど…、結果少し変わったけど…、
それがすべて苗木の影響ってわけじゃないの! わかった!? さくらちゃん!!」

「ふっ……、そうだな。すまなかった」


かつてない剣幕で吼える朝日奈さんを大神さんが冷静になだめる。
えっと、よくわからないけど、とりあえず大丈夫らしかった。
朝日奈さんは、息を荒くしながらも徐々に落ち着いてきた。
そして、未だに頬から赤みが消えないうちに、ボクを睨みつける。


「苗木も…、わかった!?」

「う、うん」


何が? とは聞かない。曖昧に頷いておく。
後で朝日奈さんが冷静になってから聞くとしよう。
取りあえず朝日奈さんにドーナッツを奢り、プリプリ怒った朝日奈さんを大神さんと一緒になだめ、
2人と別れたのだった。それにしても、疲れたなあ……。
……あ、腐川さん忘れてた。


「ぐぎぎぎぎ……、あんた主人公にでもなるつもり!?
ゆ、許さないわよ! 何人もの女と関係を持つなんて不潔よ!
見損なったわ! 悲恋の小説なんかじゃ許さない! 情愛の末に串刺しにさせてやるっ!」


……頑張れボクっ!!
廊下の角から、ボクに怨念を送る腐川さんに負けないように、ボクは気合を入れたのだった。

















**********************************


















「うーん、困ったなあ……」


現状は厳しかった。
最後の手段である江ノ島さんに頼めばおそらく解決する。
多分彼女はボクの頼みを断らないだろう。何かと文句を言って、対価を求めた後、協力してくれるはずだ。
しかし、彼女とは相性が悪いと言うか……希望的観測の元言っても絶望的に最悪だった。
なんとなく彼女と居ると安定しない。足元が揺らぐ気がする。
彼女とボクの間の不和が、周りにも及び、世界が不安定になるような感覚だ。
しかし、背に腹は変えられない。腐川さんと約束したし、この際ボクの苦手意識は置いておこう。
ボクは若干躊躇いながらも、アドレス帳のクラスメートの欄を開き、あ行を探る。
……と、その時。


「あれあれ? お兄ちゃん、奇遇だね」


もっと相性が悪い奴が現れた。
江ノ島さんを絶望的相性としたが、こいつはもう、そんな次元じゃない。
凄く苦手で、会いたくないのに、可愛い妹で、それなりに好きなのだ。
もう、なんというか……会っただけで物凄い疲れる。
なのに、こいつは物凄い良く喋る。
つまり、疲労が天元突破するのだ。


「こんな所で会うなんて本来は運命を感じるところだけど、私とお兄ちゃんに限ってはちがうよね?
だって運命なんて常に感じてるんだもん。私とお兄ちゃんが同じ家に生まれたことは奇跡だけど、それから先は必然だもんね。
私とお兄ちゃんは血のような真っ赤な糸と、絡まる糸のような血縁によって結ばれているもん。これくらいの偶然は当然だよね。
それで? こんなところで何をしてるの? デートじゃないよね? いいえ、言わなくていいの。当たり前だよね。
お兄ちゃんが私を裏切るはずがないもの。それにその女の人とお兄ちゃんは相性が悪そうだしね。
あ、勘違いしないでね? 別にどちらが劣ってるとかそういう話じゃないの。お兄ちゃんそういうの嫌いだもんね。
私にとってお兄ちゃんは最高に最上で最適だけど、人によってはそうじゃない可能性もあるもんね。それが価値観だもの。
私が言いたいのは、2人は寄り添うにはソリが合わないということ。確かに私とお兄ちゃんみたいに絶対の運命なんて少ないわ。
でも、あの人とお兄ちゃんはそれ以前の問題。だからお兄ちゃんはデートじゃなくて、その人を助けてるんでしょ?
うん、わかってる。お兄ちゃんの小さな頃の夢は正義の味方だったもんね。私にとってお兄ちゃんは、
ヒロインにあてがわれる主人公だけど、その人にとっては救世主なんだね。うん、だったら私も協力するよ。
その人が吊橋の上に居るなら、私がそこから逃してあげる。お兄ちゃんは見てるだけで良いよ? むしろそれ以上はしちゃ駄目。
私に任せていいよ。お兄ちゃんは大人しくしてて。いえ、お兄ちゃんは大人しくするしかないんだよ!
その人は私が助けるから、お兄ちゃんは何もしちゃ駄目だよ? わかったら私を遊園地に連れてく約束を忘れちゃ駄目だよ!」

「……ああ、奇遇だな」

「うん、偶然で必然の出会いに感謝だね、お兄ちゃん!」


ああ、頭が痛い。
これだけ言われてるので、来週こいつと遊園地に行くのだが、先が思いやられるって感じだ。
しかし、今回は本当に偶然の出会いだったようだ。
あいつは手に荷物を抱えている。袋についてる店名から察するに服屋だろう。
普通に買い物に来て偶々ボクを見つけたらしい。
ボクは妹の手から袋を奪い、頼みがあるんだが、と前置きをして今回の件について話した。
妹は過度に相槌を打ちながらボクの話を聞く。お兄ちゃんお兄ちゃん五月蝿いので周りの視線がアレだが、もう慣れた。


「つまり私はその人の服を選べばいいの? お安い御用だよ!
お兄ちゃんが私の荷物持ちをやってくれたのが嬉しすぎて、今ならどんなお願いにも頷いちゃいそう!
あ、でもえっちなのは駄目だよ? そういうのは家で2人きりの時に言ってくれれば……」

「じゃあさっそく行くぞ!」

「…………」


誤解を招くようなことをいう妹を無理矢理引きずって行く。
腐川さんは珍しく一言も文句を言わずに着いてきた。
でもメモをとってた。
多分こいつのことネタにするつもりだ。
……家族の恥ってやべえ、めっちゃ恥ずかしい。
そんなボクの気持ちを知るはずもなく、妹は次々とまくしたてる。


「ねえお兄ちゃん遊園地で何に乗りたい? 私は観覧車に乗りたいなぁ。狭い空間で外を見下ろしながらお兄ちゃんと2人になりたいもの。
それとプールがいいな、プール! ねえ知ってる? 来週行く遊園地には室内の温水プールがあるんだって!
今は寒いけど、室内なら泳げるね! 今日はその為の水着を買ったんだよ? 結構大胆なやつ。お兄ちゃんが気に入ってくれるといいなぁ。
あ、そうだ。お兄ちゃんの好きな食べ物って前から変わってないよね? なんでそんなこと聞くかって?
私がお弁当を作るからに決まってるじゃない! レストランでの食事も悪くないけど、シートを広げてお弁当を食べるのも良いよね!
だから帰りに食材を買いにスーパーに行こうね! 好みが変わってるなら早く言ってくれないとお弁当がおいしく感じれないよ?
それとそれと! やっぱり帰りはプレゼントを買いにデパートに寄って、2人でヨーロッパに旅行に行った後、探偵ごっこをしようね!
私はお兄ちゃんが誰かと居るのを咎める気はないの、本当だよ? でも他の人とやったことは私ともやらないと駄目なの。
だってお兄ちゃんの伴侶かぞくは私だけだもの。私以外はありえないの、あってはいけないの!
だから私と遊園地に行ったら今まで誰ともしたことないことを、いっぱいしようね!
その後は、お兄ちゃんの特別だと思ってる人が、実は全然特別じゃないって思い知らせなきゃね!
だって勘違いは悲しみしか生まないもの。これは私の為と同じくらい、お兄ちゃんと周りの人の為なんだから!」


……こいつはもう、なんというか本当に駄目だ。
満面の笑みで言っちゃうところが特に駄目だ。
ボクは何のためにここに居るのかをもう一度を思い出させた。
そして、それに対する回答は、予想に反し実に頼もしいものだった。


「え? そこの女の人の服?
それなら既に選び終わってるよ」

「……そうなのか?」


いくらなんでも速すぎる。
服を見るどころか、こいつさっきから喋ってるだけだぞ?
しかし、どうやらそれは嘘でないらしく、妹はいきなり足を止め、腐川さんの手を摑む。


「え? な、なにするのよ! 離しなさいよ!
わ、わかったわ! このままトイレに連れて行くんでしょう!?
そこで覚えのない罵倒を受けるんだわ! あああああああ! また深いトラウマがぁー!」

「えっとぉ……これとこれとこれと、それにこれを合わせて……、
さあ試着するよ!」

「ひぃっ! 個室は嫌よ! 狭い個室は嫌ぁぁぁぁぁぁ!」


……うるせぇ。
妹が、騒ぐ腐川さんを連れて試着室に駆け込む。
中からギャーギャーと腐川さんの声が聞こえるが、順調に物事は進んでるらしい。
……あのやろう剥ぎ取った服をわざわざ試着室の外に出しやがった。
なんという面倒くさい事を……、下着がないのが救いか、ボクはそれを拾い上げ、カゴに入れる。
大騒ぎを聞いた店員さんに説明をし、破損したら買い取ると説得し、戻ってもらう。
まったく、いくつになっても手のかかる妹だ。
こちらの頼み事とはいえ、少しは手段を選べというのだ。
……まあ、手のかかる妹だから、あんなのでも可愛く感じてしまうのだろうが。
と、そんなことを考えてたら試着室のカーテンが開いた。
終わったらしい。


「ジャッジャッジャーン! 超高校生級の文学少女が、見事美しく生まれ変わりましたぁー!
そう! それは正に天使のように美しくっ! 惚れたら承知しないよっ! お兄ちゃん!」

「これが……私……?」

「こ、これは……」


試着室から現れた腐川さんは美しく、可憐で、それはもう別人のように……、
そうそれを映像で表すと……、『沢城みゆきの画像を妄想してねっ』こんな感じ。


「別人じゃないか!!」

「何を言ってるのお兄ちゃん?
女はおしゃれをすることで別人になるんだよ? お兄ちゃんはすっぴんを許容できないような男じゃないよね?
お兄ちゃんはそんな心の狭い男じゃないよね?」

「それ以前の問題だろ!?
完全に別人だよ! 似ても似つかないよ!
そもそも次元が違うじゃないか! 声しか同じじゃないよ!」

「待ってお兄ちゃん! それ以上はいけないわ。
それに考えてもみて? 人の魂の有り所とはどこなのかしら?
心臓? 頭? 人によって色々解釈はあると思うの。
そう、私はこう思うわ。魂とはきっと中の人の……」

「中の人など居ないっ!!」


駄目だこいつ! こいつ駄目だよ!
こいつが登場してから明らかにおかしい! 最初の方は真面目にやってたのに! なんだこのカオス!?
ボクは腐川さんに声をかけようとする。
あの姿じゃサイン会どころじゃない。『関係者以外は立ち入り禁止です』って言われちゃう。だって別人だもん。
それなのに……、それなのに、彼女の姿は消えていた。


「……腐川さん?」

「ああ、あの女の人なら『これでサイン会に行けるわっ! 私は生まれ変わったのよ!』って言いながら走り出したよ」

「腐川さーーーーん!!」


……結局、腐川さんは探せず、ボクは妹と買い物をして帰った。
そして翌日、学校で顔を合わせた腐川さんはいつも通りの腐川さんだった。
いや、一箇所だけいつもと違っていた。


「お、おはよう腐川さん」

「ぐぎぎぎぎぎ……」

「あ、あははははは」


いつも以上に怒ってた。
というか嫌われた。
仲良くなるイベントのはずだったのだが、流石に一筋縄ではいかない人だ。
でも、まあ、彼女とは以前より話すようになったし、悪いことばかりではなかっただろう。
ボクは腐川さんのことをまた一つ多く知れた。とりあえず…そう思うことにした。

















URLが書き込めない仕様なんて初めて知りました。
みゆきちの画像が貼れなくてごめんなさい。



[25025] ???
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/14 10:25
ぜつぼう















「早く戻って来てね、お兄ちゃん!」

「いや、トイレに行くだけだからすぐ戻るよ。
あんまりうろうろするなよ」



そう言って、お兄ちゃんは私をベンチに置いて、走っていった。
現在私はお兄ちゃんと2人で遊園地に来ている。今は昼食を食べ終わったところだ。
次は観覧車が良いなあ、などと私が言おうとした時、お兄ちゃんはトイレに行くと言って、私から離れてしまったのだ。
まあ、そんなに待つはずもないし、ゆっくり陽の恵みを感じるのも悪くない。
そう、思って座っていたら、それが現れた。


「あらあら、こんな所で私様と同じ物を見るなんて思わなかったわ。
いえ…、同じだった物、同じであったはずの物かしら?
まあ、そんな前置きはともかく……、初めまして、お久しぶりです、また会ったわね」

「……初めまして」


私はそれを知っていた。
別にそれの言う同じ物とかいう意味ではなく、雑誌で見たことがあるという意味だ。
江ノ島盾子。超高校生級のギャル。そして、超高校生級の完璧。
以前お兄ちゃんの言っていた、十神白夜に並ぶ超人。希望の高校生。
しかしその女は、私の目から見ると、絶望的に終わっていた。希望なんて、存在しない。
女はそのまま私の座るベンチに腰掛け、体をこちらに向ける。


「あなたの名前を聞いてもよろしいですか?
……いえ、先ほどの人影から推測できます。
おそらく私のクラスメート、苗木誠の妹さんですね」

「……そうだとしたら、あなたに何か良い事でもあるんですか?
ないのだったらほかっておいて下さい。あなたと居ると不愉快です」

「おやおや……、私の見ていたあなたと随分違うね。
猫を被っていたのかい?」

「あなたには関係ありません」


私は拒絶の言葉を口にする。
これでも大人しい方だ。まったく、自分を偽るのは面倒くさくて、つまらない。
お兄ちゃん、早く帰ってこないかなぁ……。
お兄ちゃんと居ない時など、私の人生に必要な時間ではない。
お兄ちゃんと居るときの私は私だが、それ以外の時は私ではない。
目前の彼女の目に、私はどう写っているのか? 決まってる、人形だ。自覚している。
お兄ちゃんが居ない時の私に魂は存在しない。唯の肉の器だ。


「なるほどぉ、そうやって私たちを拒絶しているのねぇ。
でもぉ、あなたからひしひしと伝わってくるわよぉ? 心地良い絶望がぁ」

「……」

「いえ、あなたではなく、苗木君と居ない時のあなたでした……。
すいません、勘違いしてました。絶望的なのは今のあなたですね」

「……その言葉は嫌い」


腹立たしい。
実に腹立たしい。
こんなに嫌な奴は初めて…、いや2人目だ。
そう、平日の朝に鏡に写る人間と同じくらい嫌いだ。


「声がちっさくて聞こえねえんだよっ!
もっと腹に力を込めて言いな!」


……ああ、うっとおしい。
もう、いいか。お兄ちゃんはしばらく戻って来なさそうだし、何よりこのままだと、この女に引っ張られる。
お兄ちゃんを認識する前の私に戻ってしまう。
それは嫌だ。目の前の女と話すより嫌だ。
私は少しだけ自分を偽るのをやめた。


「黙れよ。臟引きずり出して魚の餌にするぞ」

「……いいわぁ、その絶望的表情。
そして、今正に殺されそうな殺気を向けられてる私も絶望的で素敵!」


さっきから絶望絶望五月蝿い奴だ。
そんなに絶望したければ冬の海でダイビングでもすればいい。
私を…、私のお兄ちゃんを巻き込むことは許さない。
しかし、江ノ島盾子。情報としては知っていたが、まさかこんな物だったとは……。
これがお兄ちゃんと同じ教室に居たなんて信じたくない。
お兄ちゃんがこれに伝染しなくてよかった。
お兄ちゃんは私を変えれたけど、目の前の女を変えれるなんて保障はない。


「……へえ、君は変わっちゃったんだね。
心地良い絶望から離れ、息苦しい希望に寄り添っている。それは何故だい?」

「何の話? 私とお前が似ているというのは認めるがそれ以上は……」

「似ているんじゃないわ、同じなのよ。
そこを勘違いするんじゃないわ。私様と同じなんて滅多にないのよ?
もっと感謝なさい!」

「はぁ……」


思わずため息が出る。
こいつ、さっきから同じ事しか言ってない。
何を言いに来たのか……、いやただ通りかかって私を見つけただけで、
実は言いたいことなどないのかもしれない。


「いや、言いたいことがあるんだよね、これが!」

「……」


急に、雰囲気が変わる。
今までも急に話し方と態度が変わる、変な奴だったが、ここに来て空気が重苦しくなる。
まるで何かが乗り移ったような、何かに乗り移られたかのような。


「あなたは兄と接触して変わられたのでしょうか?
だとしたら私にとっては大問題ですね。
私も愛してやまない姉がいるのですが、あの残念な姉は最近あなたの兄にべったりなんです。
わたしってー、すっごく可愛いけどぉ、お姉ちゃんはそうでもないのよねぇ。
だから今まで男と近づいても放っておいたんだけどぉ、今回はちょっとまずいかなぁ…、って」


女は私との距離を詰め、顔を近づける。
端から見たら女同士のカップルみたいで、実に不快だ。
しかも、この女の近くにいるとむらむらする。ざわざわする。何かを思い出しそうだ。
……ああ、昔の自分ってこんな感じだったなぁ、すっかり忘れてた。いや、忘れようとしていた、か。
お兄ちゃんに感謝してないタイミングなんてないけれど、よりいっそう感謝しなくちゃいけないな。


「私としては今すぐあなたのお兄さんを消し去りたいんだけど…」


その時歴史が…、じゃない。私の手が動いた。
目の前の女をぶん殴った。
拳を目の玉に当てて、ぶち抜いてやった。
だが……、どうやら逃げられたようだ
あの女は既にベンチに居なく、私の斜め前に陣取っていた。


「……こうなっちゃうんだよね。
あなたは根本が私と同じだけど、スペックが違うから問題ない。
でも、鬼とお姉ちゃんが問題だ。単純な暴力は嫌いなんだよ、私」

「……お兄ちゃんに手を出したら……、殺す」

「ふふふ……、冗談だとは思わないわ。
だから厄介なのよね。お姉ちゃんもそのうち向こう側に傾いちゃうだろうし、計画を早めるべきかしら?」


言いながら、女は私から離れる。
私から離れて、人にまぎれる。あんなモノでも人ごみにまぎれれることに、私は驚きを隠せない。


「ありがとうございました。
あなたのおかげでお姉ちゃんがピンチだと分かりました。
ご協力感謝します」


最後にそれだけ残して、女は消えた。


「……ああ、それと」


否、消えていなかった。
声だけ聞こえる、姿は見えない。
しかし、確かにあの不快な雰囲気を感じる。


「あなたを希望側と言いましたけど、それは間違いでした。
だって、あなたと苗木君は血の繋がった兄妹ですから、結ばれることなどありえません。
それでも、なお彼を慕うあなたは、叶わぬ恋に絶望し、その絶望に惹かれています。
よって、私は危険だと認識すると同時に安心できました。
あなたは根本的には変わっていない。よってお姉ちゃんも最終的には戻ってくる。
ならば何も問題はない。計画は早めますが、それだけです。
私の安心と計画の確実性を証明してくれてありがとうございました」


言葉が終わると同時にお兄ちゃんがトイレから戻ってくる。
どうやら並んでいたようだ。ため息をつきながら、トイレの惨状を私に話す。
本来の私なら、お兄ちゃんの話に割ってはいるなんてありえないのだが、今はどうしても確認したいことがあった。


「お兄ちゃん」

「……ん?」


不思議そうな顔をするお兄ちゃん。
そりゃそうだ。今の私はお兄ちゃんと居る時の本当の私ではない。
お兄ちゃんが居ない時の人形のままだ。
未だにあの女に引っ張られている。
まるで、感染したかのように。伝染したかのように。


「私はお兄ちゃんのこと好きだけど、お兄ちゃんは私のこと好きかな?」


ああ、この質問の答えは決まってる。
お兄ちゃんはいつも私のことが嫌いって言うのだ。
……まったく、お兄ちゃんの前で何をやってるんだ私は。
あんな奴のことはさっさと忘れてお兄ちゃんと楽しい時を……


「当たり前だろ? ボクはお前の兄だぞ。
大好きに決まってる」

「…………え?」


……あれ? いま、すきって。


「そんな当たり前のことを真顔で聞くなよ。
今日は2人で遊びに来たんだろ? だったらもっと楽しもう」

「……あはは」


……ああ、あんな物を忘れようと努力していたこと自体が馬鹿馬鹿しい。
お兄ちゃんに会えば、話せば、それだけで私は希望に満ち溢れる。
あいつが十数分かけて私に刷り込んだ絶望は、お兄ちゃんの一言であっけなく消滅した。
あいつの言う計画とやらが具体的に何かは分からないけれど、それを阻止しないといけない。
昔私はあいつだった。その私だったものの考えは私にも少しだけわかる。取りあえずお兄ちゃんが危ないということは、確実。
お兄ちゃんは私の一番大切な人だ。勿論私より大切だ。
だったらお兄ちゃんを助けなきゃ。お兄ちゃんのために計画を潰さなくちゃ。
私はお兄ちゃんとの時間を楽しんだ。
この遊園地が終わったら私は家を出る。
だから、それまで、お兄ちゃんと一緒の時間を楽しもう。


「何してるのお兄ちゃん! さっそく観覧車に行こう!
その後はフリーフォールがいいなっ、もう一回ジェットコースター乗りたいかも!
お化け屋敷でくっついても良い? 童心に返ってゴーカートもありかな?
お兄ちゃんはウォータースライダーが好きだったよね?」

「おい、引っ張るなって! 全部付き合ってやるから!」

「……えへへ」


いっぱい遊んで、いっぱい楽しんで、いっぱい希望して……、私は家を出た。
行って来ますお兄ちゃん。また会おうね。
























妹ちゃん退場。



[25025] 十神白夜
Name: 桜井君verKa◆a2e1d8cc ID:3019f9fd
Date: 2011/01/14 23:57
十神白夜編



















今回はボクのクラスで最高の、いや希望ケ崎学園で最高の高校生。
超高校級の御曹司こと十神白夜君を語ろうと思う。
今までと同様、彼との仲良しエピソードを語りたいところだが、残念ながら今回はその話ではない。
これから始まるのは彼の認識が変わった出来事。彼の価値観を僅かにでも変えた出来事の回想だ。
入学当初の彼はボク自身を、一般人自体を否定した。
なんの目的もなく、努力もせず、何も成さず、ただ生きる家畜同然だと否定した。
そんな彼がいかにして変わったのか……。
良くある話だ。お金持ちの子息には付き物といってもいい。
誘拐だ。
そう、十神君は誘拐をされたのである。
そんな彼の救出劇をこれから語ろう。














******************************

















「……は?
霧切さん、今なんて?」

「十神君が誘拐されたわ、どうやら営利誘拐のようね。
十神財閥が各所に捜索依頼を飛ばしてるわ」


いきなり霧切さんに呼び出されて、何事かと思ってきてみれば……、なんと誘拐である。
流石十神の御曹司、スケールが違う。そういえば彼は護衛を引き連れていなかった。
今思えば無用心であるともいえる。


「ただの犯罪グループなら十神君を誘拐なんて出来ないでしょうね。
でも、彼が希望ケ崎学園の外で、偶々一人で居る時に、10人以上のプロの集団ならば、可能と見てもいいわ。
緻密な計画が必要だけどね」

「じゅ、10人以上……、随分多いんだね」

「ただの10人じゃあ駄目よ? 10人以上のプロの集団。
それくらいの規模でないと彼を誘拐なんて出来ない。
いえ、それでも怪しいわ。彼を影ながら護衛するSPは必ず存在しただろうから……、
下手したら20人以上かもしれないわね」


なんという大掛かりな……。
それだけの数の人間を集めて、確実とは言えない誘拐をするなんて……、採算はとれるのか?
世界を代表する財閥を敵に回してでも得たい金額とは、果たしてどれ程なのか? まったく見当がつかない。
しかし、十神君の身が危ないのは確実だろう。
霧切さんに依頼が入っているということは、十神君の居場所も把握できてないということだ。


「あら、苗木君。
何をしているの?」

「メールだよ。十神君を助けるのにはボクだけじゃあ足りないからね」


霧切さんの仕事は十神君を探し出すこと。
それが依頼の内容なのだろう。だったらボク達で十神君を救出しないと……。
助けになるだろう人は少ない。ボク達は高校生なので荒事に慣れているわけではないのだ。
よって、助けになるのは大神さん、むくろさん……、この2人だけだ。
大和田君あたりなら助けになるかもしれないが、これは義理や人情がまかり通る件ではない。
二次災害を引き起こさない為にも、現場慣れしている人以外は呼ぶべきではないだろう。


「ひょっとして苗木君は十神君を助けるつもりかしら?」

「……? 当たり前じゃないか」

「どうして当たり前なの?
今回はあなたの出る幕じゃないわ。私をはじめとした専門家が片付けるべき問題よ。
それに十神君とは特別仲良いわけではないでしょう?」


まるでボクが十神君を助けに行くことを否定しているような言い回しだ。
だけど、それはありえない。
だって、霧切さんはボクをここに呼んで、誘拐の件をわざわざ話したのだ。
つまり……、これはボクを試しているのだろう。相変わらず、ボクの保護者みたいな人だ。
霧切さんほど一緒に居て安心できる人は居ない。つまり彼女の隣は、ボクにとって世界一安全だということ。
よって、霧切さんがこの話をボクに持ってきたということは、ボクに解決可能だということだ!


「そんなの関係ないよ。十神君はボクのクラスメートだ。つまり、仲間だ。
ボクは仲間を信じるし、可能な限り助ける。絶対に。」

「……そう、なら勝手にしなさい」


霧切さんは、いつものようにふっ、と笑い、ボクにA3サイズの紙を渡す。
これは……地図? 中央に目印のようなものがついている。
流石霧切さん。既に場所は把握済のようだ。
でも、あれ? だとしたら十神君はなんでまだ救出されてないんだ?


「十神君はそこに居るわ。
十神財閥には報告済みだけど、未だに誰も突撃していない。
そして、犯人の要求である『明日までに現金5000億円』も用意していない」

「ご……、ごせんおくえん……」


ス、スケールが違いすぎる。
そんなの払えるわけがない…、いや払えるかもしれないが、用意出来るはずがない。
それでは十神財閥は後継者を失ってしまうんじゃあ……。


「その代わり、元後継者候補の一人にコンタクトを取ったそうよ」

「……もしかして」

「そう、十神財閥は十神君を見捨てたわ。
いえ、救うつもりはあるでしょうけど、結果死んでも仕方ないと考えている。
言ってみれば誘拐されること自体、彼の不注意だもの。自業自得と思われてるかもしれないわね」

「……はぁ」


思わずため息が零れる。
家庭の事情に関わるつもりはないが、随分と冷たいものだ。まるで十神君が駒みたいではないか。
まあ、十神君のプライベート的な問題はこの際どうでもいい。問題は彼の身が思いのほか危険だということだ。
ボクは地図を携帯電話の内蔵カメラで撮影し、2人に送る。
大神さんからは、すぐに返信があった。『現場に向かう』と実に分かりやすい文章だ。
一方むくろさんからは返信がない。
気づいてないのかな? まあいいや。
そのうち気づいてくれるだろう事を期待して、ボクは現場に向かう。


「霧切さん、ちょっとドライブしない?」

「あら、素敵なお誘いね。
偶然車が用意してあるわ。何処に行きたい?」


まったく……、霧切さんはボクをいつも危険な目に合わせるくせに、それに見合うほど過保護だ。
今も、どこから用意したのか、フルスモークの防弾ガラスが埋め込まれた高級車(車種は知らない。高そうだからそう思っただけだ)が目の前にある。
好きにしろって言ったくせに、最後までボクに付き合う気だ。
まあ、霧切さんから振ってきた話だし、彼女はそれを当然と言うのだろう。だったらボクはそれに甘えるしかない。
クラスメートを、仲間を救える確率は1%でも高い方がいいに決まってる。
霧切さんはドアを開け、後部座席に乗り込む。ボクもそれに続く。


「行き先はどちらかな? 未来の息子よ」

「この地図の目印の地点です。学園長」


さて、いっちょ救出劇と洒落込みますか。




















*******************************






















「……む、苗木か。遅かったな」


目的の場所には既に大神さんがいた。
ボクと霧切さんを降ろした車は、その場から去っていく。
迎えに来るまでは止まるべきではない。当然である。
物語的には、ここからボク達が門番的なものを倒し、敵陣に押し入って十神君を颯爽と救い出す、
……ってのが筋だろうが、残念ながらそうはならない。
だって既に目的地であるビルの入り口は木っ端微塵になってる。
確実に大神さんの仕業だ。
人質の身に何かあったらどうするつもりなんだ?


「我とて十神の危険を考えなかったわけではない。
しかし、奴らは金目的なのだろう? ならばそう易々と危害を加えまい。
それに……、このビルからは殺気を感じぬ。最初、我は苗木に騙されたか、さもなくば狂言誘拐かと思ったぞ?」

「殺気……、ねえ……」


不確かな物だが、大神さんが言うなら間違いはないだろう。
霧切さんが場所を間違えるはずがないので、今のところ十神は無事だということだ。
さて、どうするべきか……。
霧切さんと居るのでボクは安全だし、探偵の助手としてもある程度役に立てるだろう。
しかし、ここにはむくろさんが居ない。つまりボクは戦力に成りえない。
ここは大神さんに単独で乗り込んでもらい、ボクと霧切さんでサポートするべきか?
うーん、足手まといにはなりたくないが……。


「なにをやってるの、苗木君。
行くわよ、男の子でしょう?」

「いや、確かにそうだけど……。
今はむくろさんが居ないから、ボクは唯の足手まといにしか……」

「……奴は居るぞ。気配を感じる」

「……え?」


ボクは慌てて携帯電話をチェックする。
メールが来てた。しまった…、マナーモードにしてた。
内容をチェックすると、これはまた簡潔に、『諒解』とだけあった。
彼女がこういったメールを送り、ボクに姿を見せていないということは……、
つまりあの戦略でいくことを決め、準備は済んでいるということだろう。
確かに、この状況ならあの戦略はボクにとって一番安全だ。
……まったく、霧切さんもむくろさんも過保護すぎる。
十神君の心配をするべきなのに、ボクが一番心配されてどうするんだ。


「苗木よ、これからどうするのだ?
我は強行突破をするつもりだが……、霧切が居るなら何か案がないか聞くべきだな。
我は考え事に向かぬ。霧切なら別のいい案が浮かぶかもしれん」

「……残念ながら特別な作戦はないわ。
私は地形を把握しているから、大神さんに無線で指示を出すつもりよ。
でも最終的には強行突破になるから、作戦とは呼べないわね」


大神さんの提案に、霧切さんが渋い顔をする。
まあ、確かに霧切さんが乗り込んで、その結果やられることはありえないが、大神さんの助けになるかは微妙だ。
霧切さんは自分の能力を見誤らない。彼女は『死神の足音』を感じることが出来るが、それは自分限定だ。
よって、彼女の作戦は必然的にこうなる。


「霧切さんは安全なところに身を隠して、自分の安全を確保しつつ状況を把握し、大神さんに指示を飛ばす。
ボクはむくろさんのサポートを受けながら十神君の救出に向かう……、これで良いかな?」

「……そうね、問題ないわ。
私より戦刃さんの方が頼りになるでしょうし」


霧切さんが機嫌の悪そうな顔でそっぽを向く。
……うぅ、だって今回はむくろさん向きの戦場なのだから仕方ないじゃないか。
事件の後なら霧切さんのフィールドだが、事件の最中はむくろさんのフィールドだ。
適材適所。
霧切さんを邪険にすると後が怖いが、今は十神君最優先だ。


「……名前で呼ばれるにはどうすればいいのかしら?」

「……え? 今何か言ったかな?」


霧切さんが考えるような仕草をしながら俯く。
ボクは、その時霧切さんが発した言葉が聞き取れず、聞き返す。
だが、それが答えられることはなかった。


「なんでもないわ。
それより、作戦を開始するわよ」

「……我は十神の救出には向かわなくていいのか?」

「ええ、大神さんは陽動よ。
大神さんほどの知名度のあるプレイヤーを陽動だなんて思わないでしょ? だからそれを逆手に取るの。
古典的だけれど……、確実に通じるわ」

「そうか……、ならば我は指示通りに動こう。
受信機を貰ってもいいか?」

「ええ、これよ」


霧切さんと大神さんが簡単なやり取りを進める。
大神さんは既に入り口を破壊している。つまり、侵入者は大神さんだというのが向こうの認識だ。
そこを利用して、ボクが侵入し、むくろさんがサポートする。
さて、何故むくろさんはボク達の目の前に姿を現さないのか……、それをそろそろ明かそうと思う。
まず、霧切さんと居る時のボクとむくろさんと居るときのボクは、似ているようで、決定的に違う。
霧切さんと居る時は助手になると言ったが、それは霧切さんがボクにヒントをくれるからだ。
霧切さんがヒントをくれ、ボクが考える。それにより、ボクはゲームに参加できるのだ。
ゲームに参加できれば、霧切さんとは違う意見が出てくるし、違う証拠を見つけられる可能性もある。
よって、ボクは霧切さんの助手足りえるのだ。
むくろさんの場合は、これの逆と言っても良い。
むくろさんはボクを守る。ボクはむくろさんに守られる。それだけだ。
本来、例えプロの傭兵でも、護衛をしながらの作戦は難易度を上げる以外の作用は働かない。
自分と護衛の両方を守りながら敵を倒し、目的を達しなければならない。
漫画や小説のように、守るものがあると強い、とはならないのだ。
しかし、むくろさんは違う。彼女はプロの傭兵ではない。超高校級の傭兵なのだ。
彼女は自分を守る必要がない。幾多の戦場がそれを証明している。
むくろさんは敵に捕捉されない。戦争で傷を負わないとは、そういうことなのだ。
よって、普通の兵士が自分を守る代わりに、彼女はボクを守るのだ。
ボクを見つけた敵兵を狙い、仕留める。
それなら、彼女単独で潜入した方が良いのでは? と考える人も居るだろうが、それでは駄目なのだ。
むくろさんは人の影、気配に潜む。よって単独ではなく、仲間が居るときの方が隠れやすい。
それがボクみたいな気配の潜め方も知らない素人なら、なおさらだ。
よって彼女は、守るものがあったほうが、強い。
今もむくろさんはボクをしっかりと守ってくれているだろう。
おそらく、スコープ越しに……。


「1人目か。
まったく気づかなかった……」


ターン、という空気を切り裂くような音が聞こえた。
音が聞こえたということは、既に着弾しているということだ。
むくろさんが狙いを外すなんてありえない。撃ったら当たるそれが彼女だ。
風の向きだとか強さだとか窓ガラスの強度とかは関係ない。
彼女の前には、防弾ガラスどころかコンクリートですら、ないも同然!


「本当に……、戦闘関係の人はファンタジーだよね。
大神さんも、むくろさんもぶっとびすぎ。理屈が通じる気がしないよ」


あ、セレスさんもファンタジーか――なんて独り言を言いながら早足で先を進む。
本来、この作戦は2人対少数の時に、しかも敵が分散していて初めて有効なものだ。
むくろさんとて、ボクが3人以上に囲まれては守れない。
だからなるべく足音を立てずに、近くの敵に悟られ、遠くの敵に気づかれないように慎重に、歩く。
敵の間でコミュニケーションを取っていたらアウトだが、そこは大神さんがフォロー。
彼女が居る時点で、ボクに眼を向ける者なんて少数だ。
敵としては大神さんを足止めして、その隙に十神君を移動させたいのだろう。
その隙を、突く。


「あ、2人…、3人目。
多いなあ……てっきり15人以上は大神さんの方に行くと思ったんだけど……」


ひょっとして20人どころか30人位居るのか?
大掛かりすぎだろ。人数が多ければ多いほど、自首などによる危険は増えるのに……。
疑問に思いながらもボクは目的地を目指す。
向かう場所は地下駐車場。
霧切さんが言うには、逃走経路はそこかららしい。
まあ色々調べた結果だろうから、まず間違いないだろう。
そして、むくろさんの非殺傷ライフル(原理は不明)の犠牲者を5人ほど追加した時に、ボクは目的地へ到達した。


「……十神君」

「…………」


霧切さんの推理は本当に外れない。
地下駐車場に入った瞬間、十神君と、妙な覆面(全体的に黒色で、頬まで裂けた白い歯と赤いマークが特徴的だ)を被った2人組みを発見した。
十神君は、猿轡のようなもので口を閉ざされている。
しかし、表情が十神君の言葉を代弁していた。『どうしてここに居る』だ。
十神君は多くの価値観を認知しているが、それは自分の価値観から派生したものだ。
だから彼は、彼が理解できないことに対して、最初から想定できない。
ボクは傲慢にも、それを彼の欠点として認識していたが……、どうやら正解だったようだ。
彼のような人間は、この瞬間、ボクの姿を見た時に、ボクがここに居る理由なんて考えるべきじゃない。
『さっさと助けろ』と考えるべきなのだ。理由は後で聞けばいい。
まあ、ボクはそれを実行する為にここに来たのだから、彼が何を考えようが結果は変わらないけどね。


「知ってると思うけど……、上には大神さくら地上最強の生物が居る。
それに、ボクがここまで来たということは、君達で最後だということだ。
意味はわかるよね?
今十神君を解放すれば、ボク達は君達を追跡しないと誓おう」


ボクはそのまま彼らに近づく。
覆面の男は無言で懐から拳銃を取り出す。
交渉は決裂らしい。
ボクは犯人を興奮させないように足を止める。
うーん……、表情が見えないのはやり辛いなぁ。


「わかった、もう少し妥協した案を出そう。
十神君を解放して、ボクを人質にすればいい。
ここまで1人で来たボクを拘束すれば、こっちの戦力は減るし……、なにより十神君誘拐も既に失敗したということは分かるだろう?
だったら人質交換して、安全に逃げるべきじゃないかな?
ボクの任務は十神君の解放だから、彼さえ解放されれば、ボクはどうなっても構わないんだよ」


ボクは離れた位置から彼らと交渉する。
彼らは向かい合い、少し相談した後、擦れた声でボクに命令してきた。


「手を上げたまま、ゆっくり歩いて来い。
不審な動作をした瞬間撃ち殺す」


ボクは言われた通りに、誘拐犯の方に歩いていく。
もちろん、彼らが約束を守るなんて思ってない。
無防備なボクが近づいた時に射殺して、そのまま十神君を連れ去ればいいのだ。
それを知りながらも、ボクは彼らの方に歩いていく。
後10歩。…9歩、8歩、7歩。
彼らは2人ともボクに銃口を向けている。未だ早いな。
6歩、5歩、4歩……。
彼らが十神君の拘束を緩める。あと少し、ボクはポーカーフェイスを貫く。
……3歩、2歩、1歩。彼らのうちの1人がボクを掴む。
結果、ボクに向いていた銃口が一つ減り、十神君が一時的に解放される。
そう、今彼らは、1人がボクに銃口を向け、十神君を離している。そしてもう1人は、ボクを掴み、周りに銃口を向けている。
十神君はしゃがんだような状態で前に放り出される。
つまり、十神君は斜線上から外れ、彼より背の低いボクが彼らの前に立っている。
彼らの頭は、今スコープの前にむき出しである。


「……チェック」


ボクの呟きに、誘拐犯は一瞬動揺する。
そしてその瞬間、空気を裂く音が2回、鳴り響いた。
十神君が人質である時、1人はともかく、もう1人が完全に十神君によって隠れていたのだ。
そうでなければ2人の前にボクが姿を現した瞬間、2人は今みたいに地べたを這いずり回っていただろう。
だから人質交換をした。
ボクがあえて、1人である、と口にすることで、こちらが多人数だと錯覚させ、
すぐにボクを殺さず、周りを警戒させる。そして、ボクが一瞬だけ彼らの気を惹き、その隙に仕留める。
即興だがうまくいったようだ。
下手したら撃たれていたかな?
ああ、怖い。もう二度とやりたくないよ。
仲間の危機以外では、ね。


「おはよう十神君、災難だったね」


ボクは十神君の猿轡等の拘束を解き、開放する。
まあ、予想通り好意的な態度はとられなかった。


「苗木……何故俺を助けた?
この後俺の私設部隊が来る予定だった、お前の行動は無駄に等しいぞ。
それに、お前が俺を助ける理由はないはずだ。
……ああ、報酬が望みなのか?」


私設部隊とか……、彼が一番ファンタジーだった。
まあ、それでもうまくいくが微妙だったのだろう。彼の額の汗がそれを物語っている。
しかし、十神君の価値観は思ったより狭いようだ。
彼は人が自分の為以外に動かないと信仰している。
それは間違いではないが『仲間を助けたいという自分のエゴを叶える』という自分の為の行為を認めないのはどうかと思う。
別にいいけどね。


「十神君はボクのクラスメートでしょ?
だったらそれは助ける理由になるよ。
というか、今はそんなことより早く帰らない? 寒くて死にそうだよ……」


ボクは携帯電話で霧切さんに作戦完了と旨を伝える。
すぐに迎えが来るそうだ。
ないとは思うが、増援を警戒して、さっさと立ち去るべきだろう。
しかし、十神君は未だに納得できないようだ。ボクのことを睨みつけるように見ている。


「……苗木、俺はお前が理解できない。
どうして俺を助けた? 利益などないはずなのに……。
俺に取り入ろうとした? いや、俺がこの程度で誰かを優遇する人間ではないことくらい知っているだろう。
誰かを助ける為に自分の身を危険に晒せるのか? しかも、親しい誰かではなく、殆ど交流のない誰かの為に、だ。
お前のような庶民を俺は支配するのに、お前らを理解できないようでは支配者として2流だ。
だから俺はお前を理解する為に、しばらくお前と行動を共にする。
拒否は許さんぞ」


それが彼の哲学のようだ。
しかしなんというか……、ツンデレってやつ?
ボクの好きなドラゴンボールにこんなキャラ居なかったっけ?
そのうち、『お前を倒すのは俺だけだ』とか言いそうである。
まあ、十神君とは深い親交はなかったし、これを機会に仲良くなれるといいな。
ボクは、新しく出来た友達と一緒に迎えを待った。
この後、ボク達は周りから親友と呼ばれる関係にまでなれたのだ。
世の中何があるかわからないね。





























突っ込み所満載の十神回。
というか苗木君イケメンすぎね? キャラ崩壊乙。


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