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三年生期
第五十一話 「つまらない考えですよ」と僕は言う
<九州離島 別荘地>

夏休みに入り、受験生であるハルヒ達は予備校の夏期講習に励む毎日を送っていた。
そんなハルヒ達の受験勉強の息抜きにイツキが企画したのが、海で思い切り遊ぶことのできるSSS団の夏合宿だった。
青い空と海が広がり、風も穏やかで絶好のサーフィン日和。
九州にある離島の1つであるこの島には、数多くの波乗りスポットがあるとパンフレットにも書かれていた。

「さあ、昼間は思いっきり遊ぶわよ!」
「あんまり体力を使いすぎると夜まで持たないんじゃないのか」
「夜は厳しい教官がついてみっちり指導するから」

キョンの質問に対してハルヒがミサトを指差しながらそう答えると、ミサトは自慢げに胸を張った。

「ミサトが?」
「ふふん、大学には首席で入ったんだから」
「うそっ、リツコより上だったの?」
「私の父は高名な博士だったからね、私も小さいころから理系には強かったのよ」

ミサトの実力を知らされても、アスカはまだ不安そうな顔を隠せなかった。

「ミサトにはね、SSS団のメンバー全員が課題を終了するまでビール禁止だって言ってあるの」
「それならミサトさんも厳しく指導しそうですね」

ハルヒの言葉を聞いて、シンジは苦笑した。

「課題を終了させるまで寝かさないからそのつもりでね」

ミサトは特にエツコを見つめて強く宣言した。

「ひええっ、こっちの母さんは怖いよ!」

エツコは頭を抱えてそう言うと、ハルヒが首をかしげる。

「エツコちゃんってミサトと似ている感じだと思っていたけど、やっぱり親子だったの?」
「いえ、本当の母さんはアワジランドに居るんですけど、ミサト叔母さんは日本での母さんみたいな存在ですから」
「そっか、親戚だったわね」

ヨシアキがあわててごまかすと、ハルヒは納得したようにうなずいた。
ハルヒ達が泊まる事になる別荘の持ち主はイツキの父親の会社の社員である多丸ケイイチと多丸ユタカ兄弟の所有する別荘だった。

「コンピ研の部長さんがせっかく涼宮さんをホンジュラスでのサーフィンに誘ってくれたのに、残念でしたね」
「日本から片道24時間かかってしまいますからね、とてもじゃないですが2泊3日と言うわけにはいかないんですよ」
「ええっ、この時代じゃそんなに時間が掛かってしまうんですか?」

ミチルはキョンの話を聞いて驚きの声をあげた。
コンピ研の元部長は高校を卒業した後、中米の国ホンジュラスで暮らす両親の元へ行っていた。
ゴメスのパワーレスリングダンス協会に入会してスポーツに興味を持つようになった元部長はハルヒをマヤ文明の遺跡とサーフィンの穴場として誘ったのだが、受験と言う時期が悪かった。
キョンが移動に時間が掛かりすぎると進言すると、ハルヒはそれを聞き入れて中米旅行への誘いは断る事になったのだ。

「古泉君にご紹介していただいた私が涼宮ハルヒです、この度はお世話になります」
「はっはっはっ、そんなに堅苦しくならずに、自分の家だと思ってくつろいでくれ」

礼儀正しくお辞儀をするハルヒに向かって別荘の主人、多丸ケイイチは気さくに笑った。

「ですが……」
「古泉君から聞いているよ、とてもフランクな少女だってね。君はアニメ『波乗りジョリィ』が好きで、サーフィンを楽しむために来たんだろう?」

ケイイチがそう言うと、ハルヒは表情を崩して笑顔になる。

「はい、犬でもサーフィンができるなら、あたし達もできそうだって思って」
「それなら新川君と森君がお役に立てると思うよ」

ケイイチは穏やかな笑顔でハルヒにそう言った。



<九州離島 サーフポイント>

別荘に荷物を置いたハルヒは時間がもったいないと言う事ですぐにサーフィンを始める事を宣言した。
そしてハルヒ達は3つのグループに分かれて別々のサーフィンポイントに行く事になった。

「サーフィンには『ワンマン・ワンウェイブ』と言うルールがあるのです。1つの波には1人しか乗ってはいけないのが礼儀となっています。波に乗ろうとした人の後から乗ろうとするのはドロップインと言うマナー違反になってしまいます」
「ふーん、だから人が集中しないようにばらけるわけね」

新川の説明に、ハルヒは納得した様子だった。
ハルヒ達は初心者なので、転んでも危険性の少ないビーチポイントへ案内された。
別れたグループの内容は、ハルヒ・キョン・新川、イツキ・ユキ・ミチル・森、アスカ・シンジ・エツコ・ヨシアキ・ミサトとなっていた。

「うわあ、古泉先輩も長門さんも、とても上手ですね」
「ええ、私が教える必要はほとんどなさそうです」

歓声をあげたミチルに森さんも同意した。
イツキはサーフィン経験者で、ユキはバランス感覚に優れていて、全く不安を感じさせなかった。
ミチルはほとんどギャラリーに専念していて、ユキとイツキが波に乗る姿を嬉しそうに見つめていた。
ユキとイツキは初心者向けの場所では物足りなくなったのか、上級者向けのロックポイントやリーフポイントに行く事を希望した。
そこで、ユキとイツキは別れて2人だけで他のポイントに向かった。
森さんとミチルはアスカ達の組からやって来たエツコとヨシアキと合流して、森さんの指導で初心者向けサーフィンを再開する事になった。

「シンジ、見て見て!」

波に乗れるようになったアスカは、嬉しそうに砂浜に居るシンジに声を掛けた。
シンジも手を振り返してそれに応えた。

「ハルヒちゃんもアスカも着いた日にサーフィンを楽しもうなんて、本当に元気ね」
「ミサトが歳なのよ、もうすっかりおばさんなんだから」

アスカとシンジにサーフィンの指導をした後、疲れて横になっているミサトにアスカはそう言い放った。

「何ですって、私はまだまだ女としてこれからよ」

ミサトはそう言ってアスカをにらみ返した。

「でもミサトさん、帰ってから僕達の勉強を指導するなんて大丈夫ですか?」
「ふっふっふっ、ビールを飲むためなら頑張れるわよ」
「自慢して言う事無いじゃない」

心配したシンジに向かって笑顔で答えるミサトに対して、アスカはあきれ顔でため息をついた。
夕方に戻ったハルヒ達は、夕食までの数時間でその日の課題を8割ほど消化した。
残りの2割は明日に回すという結論が出て、特にエツコは安心して夕食を迎えた。
ミサトもビールを飲めてとても満足気だ。

「今日はみんなサーフィンのコツをつかめただろうから、明日は伝説の波に乗る事を目標にするわよ!」
「伝説の波って、そんなのやって来るの?」
「アスカは、『ビッグウェンズディ』って映画は知らないの? 明日は水曜日だから絶対大きな波が来るわ」

自信満々の笑顔でそう言い放つハルヒ。
ハルヒが何の力も持たない平凡な女子高生だったらアスカ達も笑って聞き流していたが、そうも行かなかった。

「まさか涼宮さんの言うように大きな波が来たりしないよね」
「ハルヒの力が暴走して大津波とかが起こったら大変だぞ」
「気象衛星からの情報では、明日も海は穏やかなようですよ」

心配そうにつぶやくシンジとキョンに、イツキは衛星携帯電話を聞きながら安心させるように言った。
夕食を終えてお腹がいっぱいになったエツコとミチルとキョンとシンジは眠り込んでしまった。

「4人ともぐっすりと寝ちゃっているわね」
「全く、幸せそうな寝顔をしちゃって」

ハルヒの指示により、エツコとミチルは起こさないように部屋のベッドに運ばれた。

「こらキョン、こんなところで寝ると風邪を引いちゃうじゃない!」
「痛ててっ!」

キョンはハルヒにほおを思いっきりつねられて起こされた。

「寝るなら部屋に戻ってから寝なさい」
「だからと言ってこんな起こし方は無いだろう」
「エツコちゃんやミチルちゃんの寝顔は可愛かったけどね、キョンはただの間抜け面よ」

ハルヒとキョンが言い争っている隣で、アスカは笑顔でシンジのほおを人差し指で突いている。

「ほらほらシンジ、起きなさいってば」
「あ……僕は寝ちゃっていたんだ……」

シンジは目をこすりながらゆっくりと起き上がった。

「お前は良いよな、優しく起こしてもらえて」
「そんな事無いよ、アスカにはずいぶん荒っぽい起こされ方もしたし……」
「余計なこと言わないの!」

シンジの後頭部にアスカのかかと落としが命中した。
キョンはアスカの足が凶器だと思った事を忘れていた事を思い出した。
それからハルヒは別荘の地下の遊戯室で遊ぶ事を提案した。
すっかり目が覚めてしまったキョンとシンジも付き合う事になった。

「ハルヒ、卓球なら負けないぜ!」
「キョン、たいした自信じゃないの」
「俺は中学時代、卓球部だったからな」

卓球台を挟んでキョンはハルヒに対して堂々とした態度で向かい会っていた。
しかし、試合が開始されるとキョンは顔を青くして行った。

「それっ、キャッチ&リリース!」
「ハルヒ、それは禁断の技だぞ! 古泉、審判役のお前からも注意してくれ」

ハルヒはラケットでピンポン玉を受け止めて、その後自由に打ち放つ技を使っていた。

「まあ、正式な試合では無いから良いではありませんか」

イツキは首を横に振ってキョンの言い分を却下した。

「何だと?」

結局キョンは普通のラリーをさせてもらえず、ハルヒに負けてしまった。
卓球対決を終えた次は、ビリヤード。
これは経験者のイツキの1人勝ち状態だった。

「あら、雀卓があるじゃない」

ハルヒは遊戯室の中に雀卓が2セット置かれているのを見て目を輝かせた。

「でも、俺達は7人だから足りないぞ」

キョンにそう言われたハルヒは、夕食の食堂で酔っぱらって半分眠りこんでいたミサトを引っ張って連れて来た。

「どうしたのよ~ハルヒちゃん」

ミサトはだるそうな感じで尋ねた。

「4人×2グループで麻雀をやりたいんだけど、1人足りないのよ」
「そういうことならOKよ」

ミサトはそう言って空いていたユキ、イツキ、ヨシアキの雀卓の方へ座ると、いきなり上着を脱いでシャツをめくり上げた!

「ちょっとミサト、何やってるのよ!?」

アスカがあわてて席から立ち上がりミサトの両手首をつかんで止めに入った。

「何って、脱衣麻雀じゃないの~?」

酔っぱらって顔を赤くしたミサトはヘラヘラと笑いながらそう答えた。

「ミサト、アンタ先生なのに何を不純な事を生徒に勧めているのよ!」
「それに、葛城先生は負けてもいないのですが」

アスカは顔を赤くして怒鳴り、イツキは失笑をもらした。

「ミサトってばキチンとしている時とだらしない時のギャップが激しいのよね」
「そこが萌えるでしょ」
「自分で言わないでよ、それに萌えさせる相手はアタシじゃなくて加持さんじゃないの?」

アスカはミサトの言葉にあきれてため息をついた。
結局ミサトは酔い潰れてしまったので、森さんに付き添われて自分の部屋へ戻って寝る事になった。
イツキ達は麻雀はせず、ハルヒ達の戦いを観戦する事になった。

「あっ、それもポン!」
「シンジ、アンタ鳴きすぎよ。さっきも立直リーチのみとか安い役ばかりで上がって」
「だって、他の人に上がられるよりは良いじゃないか」
「ダメよ、そんなセコセコしないでアタシみたいに大三元とか大きい役を狙わなきゃ!」
「だからアスカは1回も上がれないんだよ」

アスカとハルヒは大きな役を狙うので、シンジにとっては戦いやすい相手だった。
シンジの調子が悪い時はキョンが着実に上がっていた。
そして、対局結果はシンジがわずかな点差で優勝した。

「脱衣麻雀だったら、今ごろアスカはブラもパンティも無かったのに、惜しいわね」
「ハルヒだって下着姿だったじゃないの」

ブービーのハルヒとビリのアスカはお互いに言い合っていた。

「妄想しちゃった……」
「俺もだ……」

シンジとキョンは気まずそうに顔を赤くしていた。
ハルヒは悔しそうに頭をかきむしる。

「ゲームの『麻雀戦士バーチャン・ロン』なら勝てるのに!」
「あのサイボーグの婆さんが雀荘で悪党と戦う格闘ゲームか」
「牌手裏剣! 立直棒百連突き!」
「おいよせハルヒ!」

ハルヒは麻雀での負けのうっぷんを晴らすようにキョンを追い回し始めた。
気が済むまでキョンに技を決めたハルヒはスッキリしたのか解散を宣言した。
そして、各自自分の部屋に戻って寝る事にした。



<九州離島 多丸兄弟の別荘 キョンの部屋>

「キョン君、起きて下さい」
「ん?」

自分の部屋に戻ってベッドの中でまどろんでいたキョンが目を開くと、目の前にパジャマ姿の女性が立っていた。

「俺をそう呼ぶのは、未来の朝比奈さんですね」
「はい、大学1年の朝比奈ミクルです」
「直接会うのは久しぶりですね」
「今はもう一人の私……ミチルの方は寝てしまっていますから」
「なるほど、いつも電話やメールが夜だったのはそんなわけなんですね」

ミクルの話を聞いて、キョンは納得したようにうなずいた。
ミチルは体より少し大きめのパジャマを着て寝ていたのだろうが、今のミクルにはちょうど良いか少しきつめのサイズになっている。
胸のあたりが圧迫されて息苦しそうで、お尻の方もきつそうだった。

「それで、今日はどうしたんですか? もしかして、遊びに来てくれたんですか?」
「遊びに来れたら良いんですけどね」

キョンに尋ねられたミクルは悲しそうな顔をした。
ミクルはミチルの前に直接姿を現す事は出来ないので、ハルヒに夏合宿に誘われた時も断らなければならなかった。
過去の自分、ミチルを欠席させるの気が進まなかった。

「私が今日ここに来たのは、キョン君に警告をするために来たんです」
「警告?」

キョンがミクルに尋ねると同時に、キョンの部屋のドアがノックされた。

「キョン、起きてる?」
「ハルヒ?」

ハルヒがドアの向こうに立っていると知ったキョンとミクルはパニックになる。

「どうしましょう、キョン君?」
「とりあえず、向こうのベッドの下に隠れてください!」
「は、はいっ」

ミクルがベッドの下へと駆け込んだ直後にハルヒがドアを開けて部屋へと入って来る。

「あれ、誰か居たの?」
「いや、誰も居ないぞ。お前こそ、どうしたんだ?」
「さっきは散々あんたを追い回しちゃったから、謝りに来たのよ」
「ハルヒにしてはしおらしいじゃないか」

キョンがからかうように言ってもハルヒは言い返さず、下を向いたまま、起き上がってベッドに腰掛けているキョンの隣に座った。

「どうした、元気が無いじゃないか」
「うん、何かあっという間に夏休みになっちゃったなって」

ハルヒの憂鬱な横顔を見て、キョンはハルヒの気持ちを察する。

「俺達は受験生なんだ、1、2年の時みたいに毎日遊ぶわけにはいかないだろう」
「それは分かっているけど……来年にはみんな卒業して、ミクルちゃんみたいに別の大学になったら会う事もほとんど無くなっちゃうかもしれないし」
「ああ、朝比奈さんが夏合宿に来れなかったのは残念だと思うけどな」

キョンはそう言ってミクルが隠れているベッドの影辺りにチラッと視線を送った。
ミクルも心から残念がっているのに違いない。

「でもな、まだ夏合宿も終わって居ないんだぞ、振り返っている場合か? 朝比奈さんにたっぷりと土産話をしてあげればいいじゃないか」

キョンはそういって、ハルヒの肩に手をかけて優しく微笑みかけた。
ハルヒも伏せていた顔をあげてキョンの事を見つめ返した。
もうひと押しだとキョンは確信する。

「そうだ、お前と惣流さんの対決はどうしたんだ? あれが無いとSSS団のイベントって感じがしないんだが」
「そうね、あたし達は悩んで立ち止まっている場合じゃないわね!」

ハルヒは大声でそう言うと、勢い良く立ちあがった。
そして吹っ切れたような笑顔をキョンに向ける。

「ありがとうキョン、あたし色々と考えてみる!」

ハルヒは元気いっぱいにそう言うと、キョンの部屋から飛び出して行った。

「しかし、ハルヒには驚かされましたね」
「ええ、涼宮さんに見つかったら大変な事になるところでした」

ベッドの下から姿を現したミクルはホッと一息吐いて胸を押さえた。

「朝比奈さんはハルヒが来るって事分かっていたんじゃないんですか?」
「いえ、私から見た未来の私は必要以上の事は教えてくれません、そして私も過去の私、朝比奈ミチルに必要最低限の事しか教えたくないんです」
「それは未来が変わってしまうからですか?」

キョンが尋ねると、ミクルはしっかりとうなずく。

「でも、もしかして未来の私はこの時間に涼宮さんとニアミスしそうになるなんて経験していないのかもしれませんし、許容範囲内のブレとして処理されたのかもしれません」
「それで、朝比奈さんが危険を冒してまでわざわざ俺に言いに来た警告ってなんですか?」
「明日は涼宮さんから目を離さないで欲しいんです」

ミクルはキョンの目を見つめて強く訴えた。
そして気まずそうに目を反らした後、顔を赤くしてもごもごとつぶやく。

「あの、できればずっと手を離さないようにして欲しいんですけど……」
「さすがにハルヒと手を繋ぎ続けるのは無理ですが、明日ハルヒの身に何かが起こると言うんですか?」
「はい」

ミクルがうなずくと、キョンは厳しい表情と口調でミクルに質問する。

「それなら、俺に頼まずに朝比奈さんがハルヒの側に居ても良いんじゃないですか? 去年の夏合宿の死海の遺跡で宇宙人の2人と戦った時も長門の泳ぎについて行ったそうですね」
「過去の私には泳ぎが得意な事を隠しておくように伝えてあるんです、そうしないと私達が夏合宿で死海に行く口実が失われてしまいますから」
「そういえば、朝比奈さんの誕生日の希望で死海に行く事になったんでしたっけね」

キョンはミクルの説明を聞いて少し考え込んだ。

「それにきっと涼宮さんはキョン君が助けてあげるべきだと思います! キョン君は自分の手で涼宮さんを助けたいと思わないんですか、それに涼宮さんもキョン君に助けてもらう事を望んでいるはずです、うっうっ」

感情が高ぶってしまったのか、ミクルは涙を流し始めた。
そんなミクルの姿を見てキョンは降参して優しい口調でミクルに話しかける。

「解りました、ハルヒを守るのは俺の役目です、明日はずっとハルヒから離れないでおきましょう」
「ありがとうございます!」

嬉しそうにお礼を言ったミクルは涙もふかずに万歳三唱をしていた。
そしてミクルはキョンにお礼を言いながらキョンの部屋を去っていった。
明日に関しての不安が芽生えて来たキョンは、ユキの部屋に内線電話をかける。
するとユキはミクルからすでに話を聞いていたようで、できるだけ手助けをするとキョンに話した。
ユキの話を聞いたキョンは安心して眠りに就くのだった。



<九州離島 多丸兄弟の別荘 食堂>

翌日の朝食でハルヒはサーフィンの予定を変更して、海に潜む伝説の巨大生物を捕獲すると宣言する。

「夏合宿に参加できなかったミクルちゃんをびっくりさせるような土産話を持って帰るのよ!」
「そんな巨大生物なんて簡単に見つからないし、捕まえられないんじゃないの?」

アスカはあきれ顔でため息をついた。

「テレビではタレントとかが「ゲットー!」とか言って捕まえているじゃない」
「あの『異議あり!黄金伝説。』って番組か」
「素手でサメを捕まえたり、グッチ・ハマーって人は凄いと思うけど、僕達はあんな怪力じゃないし……」

シンジは不安そうな顔でそうつぶやいた。

「まあせっかくの提案ですし、スキューバダイビングを楽しむのも良いかもしれません」
「そうね、スキューバダイビングならやってみたいかも……」

イツキが提案すると、アスカは、はにかみながらシンジと目を合わせた。
使徒との戦いで中学の修学旅行に行けなくなってから、いつかスキューバダイビングに行きたいと2人で話していたのだった。

「それでは、我々が皆様の道具の準備をさせて頂きましょう」
「よろしく頼むわね新川さん、モリは全員分用意しておいてね」
「ええっ、お魚さんを刺してしまうんですか? 見ているだけでかわいいのに」 

ミチルが悲しそうな顔をしてつぶやいた。

「じゃあミチルちゃんは肉や魚、野菜を食べずに生きて行く事はできる?」
「それは、無理です」
「そう、人間は他の生物の命を奪わないと生きていけない罪深い存在なのよ」

ハルヒはそう言ってミチルの手を強く握りしめた。

「言われてみればそうですね」

ミチルはハルヒの言葉を聞いて暗い顔になって下を向いた。

「だから、捕まえた魚はあたし達が命のありがたみを感謝しながらおいしく食べる事で、供養してあげるのよ」
「はい、解りました涼宮さん!」

ハルヒの言葉に感動したミチルは目をうるませてハルヒを見つめていた。

「良い話っぽいがごまかされた気がするのは俺だけか?」
「とりあえず朝比奈さんが元気になったからよろしいではありませんか」

ツッコミを入れるキョンに対して、イツキが苦笑して答えた。

「それじゃあ、スキューバダイビングの準備が整うまで勉強を少しでもやってしまいましょう」
「ええーっ、遊ぶ前からテンションが下がっちゃうよ」

ミサトが場をまとめるように提案すると、エツコが不満をもらした。
しかし、ハルヒ達ははやる気持ちを押さえながら昨日の残りと今日の課題をこなして行った。



<九州離島 海の中>

ハルヒ達が潜った海の中は、サンゴ礁が広がり、色とりどりの熱帯魚が泳ぐ楽園とも言うべき場所だった。

「まだまだここら辺にはサンゴ礁が残っているのね」
「サードインパクトが起こって、日本の気温はセカンドインパクト以前の水準に戻ったけど、上昇した海水温が戻るには数年かかるのよ」
「じゃあ、このサンゴ礁も何年かして水温が下がったら死んでしまうのね」

ミサトの説明を聞いたアスカは悲しそうな声でそう言った。

「アスカ、あそこに熱帯魚の群れが居るよ」
「シンジ、一緒に行こう」

アスカはシンジの手を引いて色鮮やかな熱帯魚の群れに向かって近づいて行った。
ハルヒは巨大生物をどちらが先に捕まえられるかの勝負をアスカに申し込んでいたが、それよりもアスカはシンジと2人でゆっくりと海の散歩を楽しみたかったのだ。
こうしてアスカとシンジが水中デートを楽しむ一方で、キョンは海中を自由奔放に泳いでいるハルヒをハラハラしながら見守っていた。

「やった、今度はタコをゲット!」

ハルヒは嬉しそうな声をあげて、キョンの持っている網に捕まえたタコを放り込んだ。
すでに網にはハルヒが獲った貝やモリでついた魚などが入れられていた。
そしてタコとの格闘の勝利ではしゃぐハルヒの横を、すごいスピードですり抜けて行く生物の影。

「今、赤いロケットみたいなイカが通り過ぎて行ったわ。あんたも見たでしょう?」
「俺には何だか分からなかったが」

ハルヒに尋ねられたキョンは首を振った。

「もう、動体視力が鈍いのね。あのイカを追いかけるわよ!」
「こんな重いボンベを背負っていちゃ無理だろ」

キョンが引き止めても、ハルヒはグングンと泳いで行ってしまった。
そのハルヒの姿を見たキョンに嫌な予感が走った。
ミクルの言葉を聞いていたキョンは、ハルヒから離れまいと、必死に追いかけて行った。
そしてハルヒに追い付いてハルヒの手をつかんだ時、キョンの視界が真っ暗に染まった。
次にやって来たのは息苦しいおぼれるような感覚。
キョンは何があってもハルヒの手を離さない、それだけを考えていた。
意識を失う前に最後にキョンが覚えていたのは握っていたハルヒの手の感触だけだった。



<九州離島 無人島の小屋>

「う……ここはどこだ?」

キョンが目を覚ますと、そこは古びた小屋のようだった。
床に怪しげな魔方陣が描かれ、海に入った時と同じようにウェットスーツ姿のハルヒが寝かされていた。

「私達が用があったのは涼宮さんだけでしたのに、余計な方まで招いてしまったようですね」
「お前達の仕業か……!」

キョンはやって来た橘キョウコ達をにらみつけた。

「せっかく涼宮さんが1人になるタイミングを狙ったのに、あなたがしつこく食らいついて来るなんて」
「朝比奈さんから警告を受けていたからな」
「あの未来人の人もいつも邪魔してくれますわね」

橘キョウコはウンザリしたようにため息をついた。

「でもちょうどよかったじゃないか。キョンも僕達に協力してくれるよね?」
「佐々木、お前までこいつらの企みに乗ってしまったのか!」

遅れて姿を現した佐々木に向かって、キョンは叫んだ。

「そんなに大声を出すと、涼宮さんが起きてしまいますよ」
「目を覚ましたら困るのは、手前だろうな」

橘キョウコと藤原に言われて、キョンは口をつぐんだ。

「もっとも、簡単には目を覚ましませんけどね」
「お前、ハルヒに何をしやがった!」

怒ったキョンは橘キョウコに向かって突進したが、見えない壁のようなものにぶち当たり、弾き飛ばされた。

「――私達は――第15使徒アラエルの細胞を使って涼宮ハルヒを睡眠状態に置いている――」

今まで黙っていたクヨウがそうつぶやいた。

「ですが、あの時みたいに涼宮さんが悪夢の世界に閉じ込められたままだと困りますので、使用量は抑えてますわ」
「あれはお前達の仕業だったのか?」

キョンは手で痛む鼻を押さえながら得意顔の橘キョウコに尋ねた。

「ネルフのロシア支部に提供したのは私達とは別のチームの人達ですけどね。実際に悪用していたのもネルフ支部の人達の考えですわよ」
「強い武器を与えれば、自分の利益のために安全性や被害も考えずに構わず使う。実に単純なやつらだ」

藤原は皮肉めいた口調でせせら笑った。

「聞けばあなた達も私利私欲のために涼宮さんの力を使ったそうじゃないですか。霧島マナさんでしたっけ、彼女は元気に高校に通っているそうですね」
「誰だって、苦しんでいる友達が居れば手を差し伸べたくなるだろう」
「この世の中には彼女の他にも大病で苦しんでいる人がいると言うのに、不公平じゃないですか?」
「言い掛かりだ」

キョンは橘キョウコをにらみつけた。

「――涼宮ハルヒは今まで――微量な力の発現しか行ってこなかった――だが――これからも同じとは限らない」
「いつもはダンマリなのに今日はずいぶんと話しているな」

クヨウの発言を聞いて、キョンは皮肉めいた口調で言い放った。

「佐々木さんなら、涼宮さんと違って力の発現を乱用しないでしょう」
「まさか、ハルヒをわざわざここまで呼び寄せたのは……」
「そう、涼宮さんから佐々木さんへ力の発現者を移すためですわ」

キョンの質問に答えた橘キョウコはそう言って小屋の床を指差した。
そこにはキョンにとって見覚えのある魔方陣のような図形が描かれていた。
それに気がついたキョンは驚いて目を丸くした。

「そう言えば、あなたも似たような図形を涼宮さんと一緒にあの七夕の日の夜に東中学校の校庭に描いたのでしたわね」
「これは……何だ?」
「――サモニング・サイン――プレゼンターの――」
「周防さん、しゃべりすぎですわよ」

キョンの質問に答えようとしたクヨウを橘キョウコが押し止めた。

「佐々木、お前も力を持つことは嫌がっていたじゃないか! それがどうして宇宙人達に協力することになったんだよ?」
「……僕が涼宮さんの力を持てば、橘さん達はずっと友達で居てくれるってさ」

つぶやく様に佐々木が話すと、キョンは怒り出して佐々木に向かって叫ぶ。

「何だと、そんな弱みを握られているような友情関係なんか止めちまえ!」
「中学も、そして高校でも友達に恵まれていたキョンには分からないんだよ」

佐々木は首を激しく横に振った後、悲しそうな表情で沈んだ口調で話した。

「佐々木さんの境遇には同情しますが、それはつまらない考えだと思いますよ」

何も無いと思われていた空間から、イツキ達が姿を現した。

「この場所に侵入を許すなんて、長門さんに対して手加減をしましたわね」

橘キョウコはそう言ってクヨウをにらみつけた。
クヨウはとぼけた感じで顔を反らした。

「僕も涼宮さんが発生させた閉鎖空間で神人と戦うと言う任務を課せられて、学校に通う事も許されなくなりました」

イツキは自分の中学時代の境遇を淡々と語り始めた。
佐々木は落ち着いてイツキの話を聞いていた。

「あのころは日記に毎日のように涼宮さんへの恨み事を書きました、僕と違って涼宮さんは自分勝手だと殺意まで抱いていましたよ」

そこまで話したイツキは自分の気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。
キョン以外のSSS団のメンバー達もイツキの心境を聞くのは初めてだったので息を飲んでイツキの姿を見守っていた。

「ですが、僕は新川さんや森さん達と出会う事ができて新たな関係を築く事が出来たのです。そして今はSSS団の一員として楽しい高校生活を送れるまでになりました」

イツキが笑顔で断言すると、アスカ達の顔がパッと明るくなった。
そして、イツキの言おうとしている事が分かったのか佐々木達は辛そうな表情になった。

「佐々木さん、今のあなたが自覚している通り、あなたが涼宮さんの力を受け継いでも使いこなせるとは思いません。自分の身を滅ぼしてしまうだけでしょう」
「……どうやら、その通りみたいだね」

イツキの言葉を聞いて、佐々木は納得したように深くうなずいた。
しばらくの間、室内に沈黙が流れた。
そして、顔を伏せたままの佐々木がゆっくりとした口調で尋ねる。

「でもどうして、涼宮さんは強大な力を持ちながら正気でいられるんだい?」
「涼宮さんは常識的な人間でありたいと願っている。世界が自分の思い通りに動かせると自覚しない事で、起こった事象の原因を自分では無いと安心させているのですよ」
「うーん、古泉先輩の言ってる事が難しすぎてピンと来ないんだけど……」

エツコが首をひねりながらイツキに対して尋ねた。

「簡単に言えば、ハルヒは自分の願い事を神様が叶えてくれたって思っているのよ」
「どんな宗教の神様かわかりませんけどね」

アスカの説明にイツキも同意した。

「涼宮さんは、世界を望むように改変する能力を手に入れたのと同時に、災厄を引き起こすリスクも背負ったんですね」

ミチルが悲しそうな顔をしてつぶやくと、辺りはまた重苦しい沈黙に包まれた。
その空気をなんとかしようと、キョンはうなだれている佐々木に声をかける。

「お前達がずっと一緒に居るにしてもバラバラになるにしてもな、高校3年の夏休みは一度きりしか無いんだよ」

佐々木が顔をあげてキョンを見つめると、キョンは小屋の窓から見える青い空と海を指差す。

「せっかく夏合宿に来たんだ、こんなくだらない事で時間を潰すより、1つでも多くの思い出を作るために楽しく遊び倒すべきじゃないのか?」
「ごめんよ、キョン」
「謝る相手は他にもいるだろう」

キョンがそう言うと、佐々木達は眠っているハルヒの元へと駆け寄っていく。

「涼宮さんごめんなさい、せっかくの夏休みを台無しにしてしまって」

橘キョウコは眠ったままのハルヒに向かって必死に謝った。

「それでハルヒはいつごろ目を覚ますんだ?」
「1時間後――」
「まだ海に潜れる時間帯だな」

クヨウの返事を聞いたキョンはそうつぶやいた。

「何か、私達が涼宮さんのためにしてあげられる事は無いんですか?」
「そうだな、ハルヒはインパクトのある巨大生物を捕まえるとか言っていたな……」

その後、クヨウとユキの手助けもあって、ハルヒ達は海で巨大タコ、巨大エイ、巨大ウミヘビなど何匹もの巨大生物を捕獲した。

「これでミクルちゃんも驚く事間違い無しよ!」

夕食の席でのハルヒは笑顔でそう言って、満足している様子だった。

「さすがにちょっとやりすぎじゃないか?」
「まあまあ、それだけ橘さん達も張り切ってくれたんですから」

キョンのツッコミに対し、イツキはそう笑って流すのだった。
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