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[17080] 【ネタ】フリーターと写本の仲間達のリリックな日々【リリなの×オリ】
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/06 22:02

初めまして。スピークです。
当作品は魔法少女リリカルなのはにオリジナル主人公と独自設定の介入です。
見切り発進ではないですが、いろいろ矛盾があるかもしれません。

その他、注意書きとして───


・男主人公

・無印途中から開始

・非シリアス

・戦闘描写少なし


駄文ですが、よろしければ見てやってください。





[17080] ゼロ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/06 22:04


それは、当時俺がまだ小学校低学年、歳で言う9歳の頃だった。

日々、楽しく友達と遊びまわり、悩みや嫌なことと言えば学校から出された宿題といった程度のもので、一日一日を何の憂いもなく過ごしていた。

その日は連休だった。その連休中は家族と旅行に行く予定で、その休みの始まる前日から俺は期待に胸を膨らませていた。子供らしく、あまり寝付けなかったのを覚えている。
だが、結局旅行は中止となった。親の勤めている会社でトラブルがあったらしく、急遽両親は休日出勤を命じられたためだ。
もちろん、俺はひどく落胆した。行くな、とわがままを言っていたような気もする。だた、頭の片隅では「無理なものは無理だろう」と、子供なりにきちんと理解はしていた。事実、無理だった。

予定がなくなった俺は、両親が会社へと向かったすぐ後、一人公園へと向かった。そこはもっぱら俺が友達とよく遊ぶ場所で、そこならこの沈んだ気持ちも晴れるだろうと思ったからだ。
公園にはブランコやジャングルジムや砂場、また誰かが忘れて帰ったのだろうサッカーボールがあった。しかし、そこに友達はおろか人一人いない。
世は連休の始まりの最初の日。朝から公園に向かう奴などいない。皆、家族で出かけるか、まだ家で寝ているのだろう。

俺は世界に一人取り残されたような感覚になり、1分も経たず公園を後にした。

しかしながら、だからといって他に行く当てなどない。
俺の行動範囲は今の公園と学校と家。
休日、学校に行くと言う選択肢はなし、その考えすら浮かばない。家に戻っても、取り残されたという感じが余計大きくなるだけ。

俺は歩いた。どこへとは決めず、何かを求めるつもりもなく、歩いた。反面、何分かおきに誰かが周りにいるか確認していたので、きっと自分以外の人が居る場所を求め、歩き続けていたのだろう。
歩いて、人通りの多い道に出て、それでもまだ足りず人混みの中に入るように歩き。

どれくらい歩いただろう。数分か、数時間か、明確な時間は覚えていないが、所詮子供の足だ。遠くまでいける事も、長時間歩く事も叶う筈がない。
町内の中で人通りに多いところをぐるぐると歩き回っていただけだと思う。

俺は空しさを感じ始め、足にも疲れが見え始めたので、もう家に帰ってふて寝でもしようかと思い始めた───その時。

ふと、目が一つの建物に釘付けとなった。

それは何処にでもある平凡普通な木造建築の建物。取り分け、何か目を引く所もない。
入り口の脇に字の書かれた立て看板が置いてあるので、そこは何かしらのお店だろう事は察せたが、それだけ。何を取り扱っているのかも外からでは分からない。

普通なら滅多に誰もが目に留めないだろうお店。その証拠に、自分以外の道行く人々は一瞥もしていない。まるでそんなところには何もないように。
だと言うのに、俺はいつの間にかそのお店の門をくぐっていた。何故かは分からないが、入らなければならないような、ある種の強制力のようなものが襲ったからだ。
理由は不明だし、その強制力云々自体がただの勘違いかもしれないが、もうお店の中に入ったので今更すぐには出れない。

果たして、お店は何屋でもなかった。強いて言うなら『なんでも屋』。
用途不明の機械。日用雑貨。宝石のような珠の数々。あまり見慣れない形の家具。

もしかしたらお店ですらないのかもしれない。


「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか。いらっしゃい」


そんな声と共に、大きなテーブルの向こうから一人の男性が出てきた。

知的な眼鏡が印象の、20代後半から30代前半の男性。服装は一見してバーテンダーだが、部屋の中にお酒の類は見えないので、まさかここバーというわけではないはず。


「なにがご入用ですか?」


その男性の言い方から、やはりここは何かを取り扱っているお店なのだというのは分かった。
しかし、俺は言葉を返せなかった。それは特に要る物もないし、ましてやここには目的があって入った訳でもないからだ。

男性に「ここはなんのお店なんですか?」と、そう返すのがやっとだった。


「ここですか?ここは、あなたの求めるものがあるお店です」


そんな訳も分からない言われ方をされれば、9歳児の俺としては漠然と『はあ、そうですか』と頷くしかない。
いや、今言われてもきっとそう返すだろう。


「しかし…う~ん、妙ですね。君くらいの年齢でここに入れるなんて。何かすっごい欲しいものでもあるんですか?」


そう言われ、頭の中に浮かぶのは子供として当然の物。玩具などの遊戯物だった。


「玩具ですか?う~ん、ない事もないですが……さて」


何故か困った様子の店員(もしくは店主)。
俺はそんな店員をよそに店内を見回す。

本当に色々なものが置いてある。理科室なんかでよく見るフラスコやビーカー、服屋なんかでよく見るマネキン、その他動物の剥製や数台のテレビなどなど、この店は本当に一貫性がない。

そんな中、先ほど男性がいたテーブルの向こう側。そのさらに奥に一つのガラスケースが置いてあった。
そしてその中に何か入っている。目を凝らしてみれば、それは───一冊の本。

別段俺は読書かではないし、純粋に興味を引かれたというわけでもないのに、足は自然とそちらに向かっていた。
操られているように一歩を踏み出す足は我ながら何とも不気味であったが、何故か止まれとは思わなかった。

程なく、ガラスケースから30センチも離れていない位置で足が止まった。
さきほどは遠目だったため、それがただの本だとしか分からないかったが、近くで見たらそれは何とも異様な本だった。

電話帳なみの大きな本で、全体的にどこか古めかしい。だが、とても綺麗に装飾が施されており、特に表紙のど真ん中で自己主張している剣十字が存在感抜群だ。


「良い本でしょう?」


いつの間にか俺の背後に立っていた男性がそう言った。

続けて。


「それはですね、魔法の本なんですよ」


その男性の言葉に俺は笑った。同時に呆れた。いい大人が魔法などと、いくら相手が子供だからってそれはないだろう。そう思った。

しかし、男性はこちらが呆れているのも承知の上でまだ続けた。


「正確には魔法の本の写本なんですが。写本って分かります?ええっと、いわゆるコピー品というやつですね。私が正本を写したんですが、中身はほぼ同じです。まあ、私なりに付け足した所もありますがね」


そう言われ、俺は感心した。『魔法の本と偽るがために、ただの本一つにそんな設定をつけるなんて』と。我ながら素直に物事を捉えない奴だった。

男性は此方の胸中を分かっているのか、いないのか、判断のつかない笑みを浮かべ、しかし、次の瞬間には真剣な顔を見せた。


「しかし驚きましたね。まさか、君がここに何かを求めて入ったわけじゃなく、この子が君を求めてここに入れたとは」


また何か訳の分からん事言ってるよ、と思いながらも口には出さず。
そして男性は無造作にガラスケースを持ち上げ、中の古本を取り出した。次いで、その本を俺の前に差し出してきた。


「はい、どうぞ」


当然とばかりに男性が本を出してきたので、俺も自然と手を出し取ってしまった。その後、俺は適当にパラパラと中身を見て返そうとしたが何故か断られた。


「それ、上げます。もう既にその子があなたを持ち主と決めちゃったみたいですから」


本を『この子』呼ばわりするのはいいとして、持ち主をこの本が決めるというのは本気で言ったのだろうかう?これ、無機物なんだけど?

胸中でそんな事を思いながら、取り合えず俺は「お金を持ってません」と言った。


「いいですよ。もともと商売でここをやってるわけじゃありませんからね。お金なんていりません」


本当にいいのだろうかと思いながらも、俺は「そうですか」と曖昧な調子で頷いた。
貰えるなら、何でも貰うのが俺の小さい頃からの性分だった。

結局、俺はその古本を一つ貰って店を出た。


「またお会いしましょう」


そんな言葉が聞こえ、後ろを振り返ってみたが、扉はもう閉まっていた。
俺は立て看板に書いてある店名を一瞥すると、その場を後にした。

────翌日、店は姿を消していた。









次にその店を見つけたのが、俺が高校の修学旅行で京都に行った時だった。

古い町並みの中を友達と自由時間を使い散策していた時、偶然にも発見。俺は少し驚きつつも、友達に断りを入れ、一人店の中へと入った。


「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか。いらっしゃい」


そんな数年前とまったく同じ言葉と共に、あの男性が姿を見せた。その姿も数年前とまったく同じで、まるで歳を取ったように見えなかった。また、店内の様子もまったく変わりなく何屋か分からない。

何もかもが変わっていなかった。


「おやおや?誰かと思えば、君はいつぞやの。本は大事にされてますか?」


そう言うと男性は笑顔になり、片や俺はとても驚いた。

男性はともかく、俺は成長期を経てあの頃とはかなり見た目が違う。また、俺がこの店に入るのはまだ2度目。それなのに初見で俺と気づくなんて。

この店は客がほとんど来ないのだろうな、と思った。


「今日は何かご入用……と言うわけではなさそうですね。だと言うのにまたこの店を見つけるとは、よほど縁があるらしい。今は修学旅行中ですか?」


また訳の分からない言い回しが混じったが、俺は最後の言葉にだけ頷き返す。


「やはりそうでしたか。いやはや、初めて会ったときはあんなに小さかったのに。時の流れと言うのは、本当に不思議ですね」


感慨深げに一人頷く男性。


「ところであの魔法の本の事ですが……」


そう言いながら、男性はこちらを観察するような目で見る。

なんだろう、気持ち悪い人だな。失礼ながらそう思った。


「ふむ、どうやらまだ目覚めてはいないようですね。まあ、それはそれでいいでしょう」


一人何かを納得しているようだが、それが俺に関係しているだろう事は明白なので、出来れば俺にもその内容を教えて欲しい。

そう目で訴えてみたが、曖昧に笑って誤魔化された。


「なに。いずれ、もしその時が来たら分かりますよ。運命とは時に残酷でもありますが、君なら大丈夫。なんせあの子が選んだ主ですから」


ここまで要領の得ない、というより訳の分からないことを言われたらもう笑うしかない。

それから男性はまた少し取りとめのなく、訳の分からないことを話していたが最後に。


「また君に会えて嬉しかったですよ。修学旅行、楽しんでくださいね。では、いずれ、またお会いしましょう」


そして俺は店から出て、近くのお寺にいるであろう友達と合流すべく足を進めた。
最後にもう一度だけ振り返ってみれば、やはりそこには数年前と変わらず入り口の脇に立て看板。
そこに書かれてある文字も変わらない事から、店名もそのままなのだろう。

俺はなんでも屋(?)『アルハザード』を後にした。








そして現在。俺は22歳となり、2流大学を卒業。しがない…本当にしがないフリーター生活を送っている。

あの京都以降、例の店『アルハザード』は一度も見ていない。まあ、もう本当に用なんてないので、次見つけても果たして入るかどうかは分からないが。

そしてあの、男性曰く『魔法の本の写本』だが、未だに俺は持っている。持ってはいるが、多分、かなりホコリを被っていることだろう。
それもその筈。俺はあの本をまったく読んでいないのだから。理由は字が読めないからという、単純なもの。
日本語でも英語でも中国語でもフランス語でもイタリア語でもない、変な文字書かれた本。少しドイツ語に似てはいるが、経済学部卒のフリーターに翻訳できるわけがない。
よって、今は誰に読まれる事もなく棚の奥で眠っている。

さて、そんな就職も出来ず、日々をアルバイトのお金だけで過ごしている俺。鈴木 隼(すずき はやぶさ)。
平均的な一般人の人生の、少し下の人生を歩んでいるであろう自分だが、別に不満はない。将来が少し不安だが、現状には不満はない。

家賃3万5千のボロアパートで、時給1200円のパチンコ店員のバイト。空いた時間で職探し。時たま居酒屋に飲みに行く。
典型的なフリーターの生活だと思う。
これがずっと続いて欲しいとはいくらなんでも思わないが、今のこんな生活が心地よいのも事実。だから、もう少しだけ続いて欲しいと思ったし、続けるつもりでもあったのだ。こんな平凡な生活を。

────だと言うのに。


「大丈夫ですか?我が主」


只今、俺は見知らぬ女性にお姫様抱っこされるなんて行為を体験中だ。しかも、そんな見知らぬ奴が俺を囲むように、まだ4人もいる。さらに、周りを見渡せば何か知らんが街中木の根っこだらけ。

ハァ、もう訳分かんねーんだが?



[17080] イチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/20 20:56

本日は日曜日。
世間は休日で、俺もバイトのシフトが入っておらず一日休みだった。こんな日は本来なら職安に行くか、バイト先のパチンコ店に戦いに行くかするのだが、今日の俺は何を思ったのか家で読書。
朝10時に起き、近くのパン屋で大量購入しておいたパンの耳を朝食にし、11時頃から読み出したのだった。
小難しい本を読んでいるわけじゃない。主に漫画本、たまに就職についての教本をパラパラめくる程度。

そんな調子で時間を潰していたが、肩の凝りや目の疲れを感じた始めた午後2時頃に読書終了。
それから遅い昼飯を取り(パンの耳の卵とじ)、そのあとは……ああ、そうだ。何を思い立ってか掃除を始めたのだ。掃除機かけて、窓拭いて、溜まっていた洗い物を片付けて───そこで見つけたんだ。あのアルハザードとかいう店の人に貰った古本を。

本棚の中ではなく、その上に無造作に置いてあったそれ。尋常じゃないほどのホコリを被っている。
俺はぱんぱんと叩き、そのホコリを取ると、そこにはあの自己主張全開の剣十字が見て取れた。ただタバコのヤニによるせいか、全体的に黄色くなってしまっていた。

俺はタオルをぬらし、よく絞った後本の拭いた。見る見る内にタオルは汚れ、片や本は面白いように綺麗になった。まるで古本に見えない。

俺は綺麗になった古本を棚の中に戻す───ことはなく、それを鞄にいれた。また、もう読まなくなった漫画本も数冊入れていく。
向かう先は古本屋。売りに行こう。そう思った。
どうせ置いてても読まない本だし、本棚もすっきりする。さらに僅だろうけど金も出来る。まさに一石二鳥。

と言うわけで、古本屋に向かう道を自転車で走っていたのが大体3時すぎ。そして──街が木の根に覆われたのは丁度その時だった。








「………ふぅ~~」


それは突然のことだった。
俺が自転車を押して横断歩道を渡っていたとき、いきなり大きな木の根が道の下から一気にせり出してきたのだ。
俺はなすすべなどなく、運と位置が悪かったのか、その出てきた根っこの上に乗ってしまい地上から約30~40mくらいの所まで来てしまった。
周りを見渡せばこれまた木。木。木。
下を見下ろせば唖然としたり、泣いたり、逃げ惑う人々。そして突如出てきた木によって壊れた道や建物。

取り合えず俺はポケットに入れていたタバコを取り出し一服。空が近けぇなぁオイ。


「なんてしてるバヤイじゃねぇだろ!」


悠長に余裕ぶっこいてモク吹かしてる場合じゃない。ナニコレ?


「なんでコンクリートジャングルがいきなりマジモンのジャングルに様変わりすんだよ!?地球はそこまで酸素不足か!?」


なんなんだマジで?


「そういや俺の自転車は……うぉ!?木と融合してんぞ……」


古本が入った鞄は肩にかけていたので無事だったが、自転車はタイヤがとれて近くの木と融合していた。
最悪だ。まだ買ったばかりの新品だったのに。1万2000円もしたんだぞ。本を売りに行こうとしてこれか?古本たちがどれくらいの値段で買い取って貰えるかは分からんけど、絶対に損だ。

俺はため息一つを大きく溢し、改めて周りを見る。
街は文字通りコンクリートジャングルといった様変わりを遂げ、下々の人は慌てふためいている。唯一、この青い空だけが嫌味なほどいつも通り。


「ハァ……本当に何がどうなってるんだ。もう訳が分からん。取り合えず地面が恋しいので降りたいが……これは一人じゃ無理だな」


梯子も縄も階段もない木を降りられるほど、俺は田舎育ちではない。
ここは消防機関にでも電話して助けを呼ぶほかない。幸い、携帯がジャケットのポケットに入っている。

俺は携帯を取り出し119を押そうとし、そこで遠くの方で消防車のサイレンの音が鳴っているのが耳に入った。


「まあ、街がこんな有様になったら呼ばなくても出てくるよな。そんじゃ俺は落ちないよう気をつけながらこのまま待つか」


ロック(ウッド?)クライミングの経験なんてない俺が、こんな高い所から一人で降りられるわけもない。なら下手に動かないのが吉。
レスキューは先に大きな被害のある所に行くだろうが、数時間くらいしたら来てくれるだろう。また、もしかしたら下にいる一般人も何かしらの手段を講じてくれるかもしれないし。


(10時間経っても助けが来そうにない場合はこっちから動かないといけないだろうけど、それまでは気長に────ああ?)


と、俺が悠長に事を構えていたその時。視界の隅に桃色の細い光が何本か横切った。
信号弾?花火?発炎筒?それともただの見間違い?
そう思った瞬間、次は先ほどと同色ながら一回り以上図太くなった光の線が空を横切っていった。その光線は真っ直ぐ進み、少し遠くに見える一番太い木にぶち当たった。


(植物異常発生の次はスペシウム光線か?今日は一体どこまでふざけた日───)


次の瞬間、そんな余裕な感想を抱いている場合ではなくなった。
何か知らんが、いきなり根っこが動き出しやがった。見れば辺りの根っこもウネウネと動いている。───て言うか、消えていってる!?


「お、おい、待て待て待て!なんでそうなる!?それは不味いだろう!」


何故いきなり消え始めてしまったのかは分からんし、この際どうでもいい。問題は別のところにある。
ここは地上から30~40m地点。
もしこの木の根っこが消えたら、その上に乗っている俺はどうなる?


「ッ!?が、頑張ってくれ根っこ!お前は強い子だろう?出来る出来る、頑張れば出来るって!自分を信じろ。消えるな!」


そうやって根っこにエールを送ってやるが効くわけもなく。
数十秒の応援の末、なんの頑張りも見せず足元の根っこは消滅してしまった。自然、空中に投げ出されてしまった俺。
そうなった場合、人が何の補助もなしに浮遊できるわけがないのは誰もが知っていることなので、俺も順当な未来を辿った。
つまり落下。


「どぅおういやあああああああッ!?」


景色が流れていく。下から上へ。
近くの景色は素早く流れ、遠くの景色はほとんど動かない。
人は死に瀕すると走馬灯を見ると言うが、どうやら俺にそれを観賞する権利はなかったようだ。ただ、現実の景色が流れていくだけ。


(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬダーーーーイ!?)


死にたくない。重傷も御免被りたいが、やっぱり一番は死にたくない。

俺はまだ就職もしてないし、結婚もしてないんだぞ。遊び足りないし、両親への孝行だって碌にしていない。親より先に死ぬなど、最低の子供だ。せめて孫を両親に抱かせるまでは死ぬつもりはなかったんだがなぁ。ていうか俺が抱きたい!孫ではなく女性を!童貞で終わりたくねーぞ!

───ああ、もう!本当になんでこうなる!訳分からん!……死にたくないな。


《起動》


どこからか、そんな声が聞こえた気がした。







来たる地面への衝撃に歯を食いしばり、その怖さに目を瞑った俺。
しかし、根っこが消えてから数十秒の時が流れたはずだが、未だその衝撃が身体を襲わない。もう十分に落ちきる程の時間は経ったはずなのに。

なぜだ?案外死ぬほどの痛みってのは痛くないのか?それとも記憶が飛んで、もう俺は死後の世界に足を踏み入れた?……そうなのかも知れない。
きっと俺は呆気なく死んでしまったのだろう。せめて重傷でも生きたかったが、まあ、痛みがなかったのは僥倖だ。

それにしてもなんだ?この誰かに抱きかかえられているような感覚は?もしや、これがあの世に渡る船に乗った時の感覚なのだろうか?だとしたら何とも乗り心地に良い船だ。渡し賃を六文以上あげられる快適さだ。


「大丈夫ですか?我が主」


ふと、そんな声が俺の鼓膜を叩いた。俺は『は?』と思い、閉じていた目をおっ広げた。

───眼前に女性の顔があった。


「よかった、ご無事のようで。中々目を開けられないので心配しました」


俺はこの現状をどう理解すればいいのだろうか。

落下して死んだと思われた俺の目の前には、何故かこちらを気づかう眼差しで見つめる女性がいる。その女性は俺の首の後ろと膝の裏に腕を回し、俺はいわゆるお姫様抱っこをされた状態。さらに俺の脇腹に女性のお胸様が当たってらっしゃる。

どうなってる?俺、あの世へと船で向かってたんじゃ……。でもこの女性の温かさは凄く現実味がある。


「……もしかして、俺、生きてんのか?」

「はい。主の御身体も一切の無傷です」

「生きてる?ザ・生存?……そうか──そうか!」


初対面の女性の言葉を信じるのは普通なら危ないだろうが、今は別。死んだと思ったのに生きてると言われたんだ。この現実を信じないはずがない。
それに何故か……本当に何故かだが、この女性は俺には絶対に嘘を言わないと思った。


「ああ、生きてるってスンバらしいなー。よォ、あんたもそう思わないか?」

「はい。本当に御身がご無事でなによりです」


いやいや、ほんとーに死ななくてよかった。やり残した事なんて一杯あるし、ヤリたいこともあるんだからな。
ひとまず、命の危機は回避できた事に喜ぶ。───で、次だ。


「んで、あんた誰だ?そしてなんで俺抱えている?いやまあ、綺麗な姉ちゃんにボディタッチされんのは嬉しい限りだけど、流石にお姫様抱っこはなぁ……取り合えず降ろしてくれっか?」

「それは……あ!動かないで、どうかこのままで。落ちてしまいます!」

「は?」

そこで俺はようやく自分の現状を改めて把握した。

浮いてるのだ。この俺が。いや、正確に言えば浮いているのは俺を抱えたこの女性。
地上から約20m付近で俺共々この女性は浮いているのだ。なんの補助も支えもなしに。


(なんじゃこりゃあああああ!?)

「失礼」


胸中で叫び、混乱の極みに置かれる俺の耳にまたも女性の声が聞こえた。ただ、その声は俺の抱えている女性のものではない。聞いた事もない、第三者のもの。

俺はその声が聞こえた方に視線を向け、そこでまた図らずもまた頭が混乱してしまった。


(浮いてる人がまだ他に4人もいるぞ……人間びっくりショーか?)


そう。浮いているのは俺を抱えた女性だけでなく、なんとその周りにも成人女性2人、幼女1人、成人男性1人が宙に浮いていた。
もう本当に訳が分からない。て言うか、まずあんたら誰だ?


「主。いろいろとご質問はおありでしょうが、それは後ほど。今はこの場を離れるべきです」


そう言うと、その女性は先ほどスペシウム光線が発射された方向を睨みつけた。瞳には明らかな警戒の色が窺える。また、他の4人も同様に表情が険しい。

俺にはその5人の心情など分かる筈もないが、今すぐこの場を離れたほうが良いというのは賛成。なにせ、下の人々から驚きの目やどよめきが此方に向けられているから。


「行くぞ、お前達。主、しっかりと彼女につかまっていてください」


そう言って皆は俺の意見は聞かず、空を駆けていく。
俺は訳が分からなかったが、取り合えず言われたとおり、俺を抱えている女性の体にしがみ付いた。その際、いろいろと柔らかいものが当たったが、まあ、不可抗力だ。いちおう、ご馳走様と言っておこう。









俺はまず最初に礼が言いたかったのだ。銀髪の女性に。
あの地上3~40m地点からの落下。それも頭から。まず五体満足で助かる未来はなかった。だから俺もあの時、死ぬ事が目に見えていたから『死にたくない』と心の底から願ったのだ。そしてその願いを聞き届けてくれたのが件の銀髪の女性。

人として礼をするのは然るべき。それが例え空飛ぼうが、背中に人類ではありえないモノが付いていようが、ヘンテコな服着てようがまずは礼を───出来る訳がねーだろ!


「で、あんたら一体何モンだ?」


人気のない森の中、その開けた場所に降り立った俺たち。
そこで俺は降ろして貰い、礼を言うよりもまず開口一番にそう言った。そして初対面にも関わらず敬語もなし。こんな訳の分からない状況で言葉遣いに気を使えるほど、俺の適応能力は高くない。


「我ら夜天の写されし意思とその騎士──主を護りし徒花。此度、主の願いを聞き届けるためここに参上仕りました」


片膝つき頭を下げる5人。
訳の分からん言葉を言われ顔を顰める俺だが、続く言葉にさらに俺は混乱した。

曰く、魔法の本の写本の正式名称はデバイス・『夜天の写本』。機能はありとあらゆる魔法を蒐集し、保存する、いわゆる資料本。
曰く、5人はその本から出来た魔法生命体であり、守護騎士。うち一人、銀髪の女性は本自体の意思。
曰く、5人の目的は本の守護、及びその持ち主(つまり俺)に仕え、護る事。魔法の蒐集。
曰く、5人の総称は守護騎士『ブルーメ・リッター』
曰く、俺、魔導師(魔法使い)になっちゃった。

曰く曰く曰く曰く───。

5人による30分の事情説明を聞いた俺の感想は以下のものだった。


「いや、ふざけろよ」


なんだそれは?魔法、デバイス、騎士……どこの御伽噺だ?今は21世紀だぞ。
てか、主?魔導師?俺がいつそんな職業に就いた。履歴書なんて送ってないぞ?


「いえ、ふざけてなど。主が13年前、夜天の写本を手に取ったその時から、もうすでに契約は成っていたのです。そして今回の件でリンカーコアが覚醒し、正式に魔導師になられました」


13年前、あの店で本を手に取った?……正確にはあの男に持たされたんだ!
まあ、結局俺はそれを持って帰ってしまったので何とも言えないが、それにしたって滅茶苦茶だ。そこに俺の意思はないのか。


「……確かに俺はフリーターだ。仕事も今探している。だからって主とか魔導師とか、そんな訳の分からん職業に就く気はねー」

「は、はあ……いえ、別に主や魔導師が職種と言うわけでは」

「兎も角、俺はそんなものに就職する気はない。誰か他を当たってくれ」

「申し訳ありませんが、それは出来ません」


は?出来ない?なんでさ……ああ、そうか。口頭だけでは駄目という事か。


「後日、改めて辞表を出す。それでいいか?」

「そうではありません!」


じゃあ、何だと言うんだ。


「この契約はそう簡単に辞めることは出来ないのです。また他者への譲渡も然り。唯一の手段は主、もしくは書の消滅のみです」

「……文字通りの終身雇用というわけか」


なんて事だ。普通の会社ならその雇用は歓迎なんだが、この場合は死ぬまでと来たもんだ。
まさか俺が知らぬうちにそんなモノに就職してるなんてな。
職業・魔法使いでご主人様、てか?───頭いてー。


「だけどなぁ……仮に俺がその役職につく事を認めても、現実はそう簡単にはいかねーぞ?」


まず頭に浮かぶのはこいつらを置く場所。
俺の1DKのアパートは一部屋10畳くらい。そんな中で俺含め6人住むって……無理ではないが、少々無茶だ。こいつらが他の場所で住むと言ってくれるなら問題ないが、この様子じゃそれもない。5人から『ずっとお傍に』って感じの雰囲気が溢れている。
よしんば一緒に住むとなっても、次に挙がる問題は金。
しがないフリーターである俺の経済力など高が知れている。とても5人を養えるモンじゃない。

魔法とか主とか、正直そんな事はもうどうでもいい。結局、そんな非現実的な問題より現実の問題の方が大きいのだ。


(反面、利点もしっかりあるんだよな)


まず一つは女性と同棲出来る。
うん、これ、かなりデッケェよな?しかも女4人のうち3人は極上と来たもんだ。しかも俺を(義務だろうがなんだろうが)主と言って慕っている………ヤバくねーか?いろいろと。他2人は野生系細マッチョ風な美男子とちんちくりんなガキだが、この2人以外との同棲は正直惹かれる。……訂正、臓物の底から至極惹かれる。

で、次に金だ。
上で金がないと言ったが、それは俺だけの収入源しかないからだ。ガキは兎も角ほかは見た目成人。その4人にも働いて貰えばけっこう懐が潤うんじゃねーか?
俺合わせて5人でバイトするとして、一人頭月に最低10万。うち、もし誰か就職したらさらに増し。家賃3万5千で光熱費、食費、その他諸々合わせても5人でしっかり働けば…………おい、結構いけんじゃねーか?


(つーか、今よりいい暮らし出来んじゃねーか?)


魔法とか、騎士とか、主とか、そんな訳の分からんものはもう考えないで、この際単純に働き手が増えると考えよう。しかも、俺に従順なご様子。いろいろと拒否しないだろう。

ふ~ん……問題はいろいろあるだろうけど、まあ……。


「主。現実の問題やご自身の気持ちの問題もあるとは思いますが、どうか我々を……」


あまり感情の出ていない顔を俯かせ、片膝をついて俺に恭しく頭を垂れている5人。

俺はポケットからタバコ取り出すと火をつけ肺に思いっきり入れ、煙を吹き出す。赤毛のガキが眉をすぼめるのが見えたが、俺は全く構わない。
ワリーけど、ガキの前でも吸わせて貰う。こっちももう一応覚悟決めたんでね。こいつらとの間でもう遠慮はしない。


「オッケー、オーライ、了解、了承、ばっちこい。夜天の主だっけか?それに就職してやんよ」

「!主……ッ」

「もちろん、いろいろと条件はあっけど、それさえ呑んでくれりゃあ取り合えずはドンと来いだ。ああ、そうそう。知ってっかもしんねーけど、俺の名前は鈴木隼な。鈴木でも隼でもハヤちゃんでも、好きに呼んでくれ」

「はっ。主ハヤちゃん」

「………よし、隼と呼べ」


てな訳で。
どこかの桃園で義兄弟の誓いした人々よろしく、俺たちもこの辺鄙な森の中で偽家族の誓いを果たしたとさ。

さってと、今後どうなることやら。





[17080] ニ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/23 21:32

一週間が経った。何からかと言うと、言わずもがなあの古本娘たち(1名男だが)との出会いから。
当初の予定通り、あいつら5人は俺と共に1DKのクソ狭い部屋で寝食をしている。
ここで1人ずつ改めて紹介しておこう。

シグナム。
桃色の長い髪をポニーテールにしているメロン娘。性格は質実剛健、昔いたとされる武士のような女だ。若干堅苦しい奴だがメロンなので許す。5人のリーダー的存在で、故に一番従順。くどいようだが、それとメロンだ。

夜天。
俺を助けてくれた銀髪の女性。シグナム程ではないが彼女もメロン。そして形のいい桃の持ち主だ。性格はとても優しく、いつも一歩引いた所に立っているような感じ。あと時々羽が生えている。

シャマル。
淡い金髪の女性。彼女は……金柑くらいだな。性格はおっとりって感じで悪くない。あと料理が滅茶苦茶上手い。和洋仏中、なんでもござれの料理人だ。

ザフィーラ。
犬耳尻尾を有した細マッチョ。あまり喋らないが、無口というわけではなく、どっしりとした兄貴のような奴。守護獣というものみたいで、狼にもなれる不思議君。ちなみに彼には頻繁に獣形態で俺の枕になってもらっている。

ヴィータ。
クソガキ。

以上が俺の同居人の概要だ。

最初、こいつらには名前がついていなかった。なんでも、『正本の騎士にはきちんと名が付いていますが、我らは写本。やはり同じ名を名乗るのは憚られます。ですので、宜しければ名前を頂ければ……』との事。
それに対する俺の返答は『ああ?別にいいだろ。どうせオリジナルと合う事なんてないだろうし。気にせんで名乗れ名乗れ』と温かい言葉をかけた。……ぶっちゃけ、考えるのが面倒だったのよ。
しかしながら、夜天だけはオリジナルにも名前がないらしく、結局俺が名づけ親になった。名前の由来は言わなくても分かっだろ?

それで、次にこの同居に関しての条件だが。
1.クソガキ以外はバイトすること。
2.家事は毎日交代制。
3.貧しくても文句たれんな。
と、こんな感じ。本当は『4.俺の夜の相手をしろ』も付けたい所だが………言える筈がない。もし言えてたら俺はとっくに脱童貞している。

この上の条件でちょっと厳しかったのが1のバイトだ。当初は誰か一人くらいは就職でもさせてやろうかと思っていたが、それが確実に無理なことが判明。戸籍がないのだ。よって住民票などの標本が貰えない。まったく世知辛い世の中だ。
そんな訳で4人の金策手段はアルバイトのみ。これなら履歴書の提出のみなので問題なし。多分に私文書偽造になってしまうかも知れないが、そこまで詳しく身元を調査するはずもなし。ただのアルバイト希望なら、面接でいい顔してたら大抵合格するもんだ。そしてその証拠に全員もうバイト先が決まった。シャマル以外は俺と同じパチンコ店、シャマルは翠屋という近くの人気喫茶店だ。

そんな感じで同居生活がスタートしてから1週間。なんとも慌しい1週間だった。
まずはアパートの管理人やご近所さんに大所帯になる事の報告。こいつらの服、及び日用品の調達………正直、かなり滅入った。特に服や日用品の調達だ。なにせ金がない。こいつらにバイトさせると言っても、それですぐ金が入るわけじゃない。故に当面の金は俺が出すしかない。
……ああ、そうさ、俺が出したさ、貯金崩したさ!お陰でこの前パチンコでの大勝6万発……約13万が一気に消えたよ!ハァ……なんで女物の服や下着ってあんな高いんだ?

俺は結構早まったかなーとも思ったが、もうここまでくれば腹を括った。
部屋がいくら手狭になろうが、貯金が少なくなろうが、なんでも来いだ。もうデメリットは考えん。メリットだけ見てれば幸せになれるんだから、もうこの際他のもんには目を瞑る。耳も閉じる。あーあー、見えない聞こえない。

ああ、それと俺が魔法使いになった事や魔法の蒐集の件はガン無視を決め込んだ。『ワリーけど、ほかの事に目ェ向けてる余裕ねーんだわ。あんたらもバイトにだけ集中しろ』、そう云っておいた。
それに対し5人は『はあ、まあ、主がそれでいいなら』という、何とも適当なものだったのでまあ良し。

まだまだ問題は山積みだが、まあ適当にやっていけば大丈夫だろう。









日曜日、朝。
ああ、あれからもう1週間かーと思いながら俺はベランダでタバコをふかしていた。
あいつらと同居して早一週間。最初は『女性と寝食共に出来るなんて、俺の人生キタねこれ』と思っていたが、そう単純なものではなかったと気づくまでそう時間は掛からなかった。
狭く感じる部屋。寝る場所は約10帖の洋室からDKに。食料や日用品の消費の早さ。ご近所の目。
唯一の救いとしては綺麗な女性に囲まれての生活なのだが、それも中々どうして、ハプニングが起こらない。例えばお風呂で、例えばトイレで、例えば寝室で……びっくりどっきりお色気イベント皆無だ。


(まあ、退屈しねーのはいいことだけどよ)


そう。退屈だけはしない。そりゃもう、ウザってーほどだ。特に───


「おい、いつまでタバコ吸ってんだよ。朝飯出来たっつってんだろ。早く来いよ、このクソ主」


これだよ、こいつだよ、このクソガキだよ!
長い赤毛をたなびかせてベランダに姿を見せたと思ったら、開口一番にこの毒舌。こいつは同居初日からこんな感じだった。なにかと俺に突っかかってきやがる。他の奴らは程度の差はあれ、俺に対してある種の敬意のようなものを出しているのに、このクソガキときたら!
別に主として敬えとは言わないが、それでもこうまでガンつけられたら俺の怒りメーターもMAXですよ?


「おうおう、わーったよ。つうか朝からぴーちくぱーちく喧しいんだよ、クソガキ。それとガンくれてんじゃねーぞ、超クソガキ」

「へッ、そりゃ悪かったな。どこかの誰かは耳が遠いのか、呼んでも中々来ねーからよ。なあ、ド級クソ主?」


お互い、子供のように汚い言葉を交わす。そしてお互いの口角がひくひく。
いつものやりとり。そしていつもの生意気なクソガキだ。


「ああ、シグナムか夜天かシャマルかザフィーラの声ならよく聞こえんだけどなぁ。どうにもどっかの誰かの声だけは中々聞こえねーんだわ。不思議だろ?」

「あ、ああ、そうだな。一度病院行った方がいいんじゃねーか?耳じゃなく頭の。で、手術して貰え。ショッカーの改造手術」

「「……………」」


沈黙が場を満たす。しかし、次の瞬間には不愉快な事に全く同じ言葉がお互いの口から発せられた。


「「上等だ!コラ!」」

「今日と言う今日は頭キたぞ、クサレロリータ!てめーの鉄槌を痛デバイスにしてやんよぉ!」

「こいてんじゃねーぞ、ろくでなしフリーター主がぁ!てめぇの血でアイゼンを新色に模様替えしてやっからよぉ!」


俺はベランダに置いてあった植木鉢を、ヴィータは首から提げていた待機状態のデバイスを手にそれぞれ構えた。

一気に場は緊張し、近くの電線にとまっていた小鳥がピーピー鳴きながら飛んでいった。そしてお互いが見つめ合い数分、俺の咥えているタバコの灰が下に落ちたその時─────。


「またですか、主」

「ヴィータもいい加減にしろ」


部屋の中で成り行きを見ていたシグナムと夜天がとうとう痺れを切らしてやってきた。
俺とヴィータが争って、主にこの2人が仲裁に入る。
もうパターンになりつつある流れだ。


「夜天、ワリーのはこのクソガキだ。だから文句ならヴィータに───」

「シグナム、ワリーのはこのクソ主だ。だから文句は隼に───」

「「ンだとコラ!?ヤんのか、てめぇ!」」

「「………ハァ」」


俺の朝起きてから朝食までの時間はだいたいいつもこうやって過ぎていく。

正直、ヴィータに腹は滅茶苦茶立つが…………まあ、嫌いなやつではない。不思議な事にな。







「ああ、やっぱうめーな、シャマルの料理は」

「ふふ、ありがとうございます」


日課となりつつある朝のヴィータとのやり取りから少し、今は朝食の最中。
今日はシャマルが料理当番という事で、より一層食が進む。もちろん、他の皆も料理は出来るがシャマルだけは最初から別格だった。ホント、美味いんだよ。


「シャマルはあれだな、料理の騎士だな。ホント、料理で癒される。ああ、やっぱ主になって良かったわ」


実は本当に一番主になって良かったと思ったのはこの料理を食べれた事だった。
適当なスーパーで、適当な材料を使い、適当な器具を使ってこの美味さ。ハッキリ言って、そこいらの店の料理など霞んで見えるぞ?て言うか、どうやって俺んちのお袋の味まで再現してるんだろうか?いや、ホント凄い。

ただ……聞いた話では正本のシャマルはどうやら料理が下手らしい。それも破滅的に。
それで、そのままでは不味いと思い、生みの親(あのアルハザードの店主)が写す時にいろいろと調整したとの事。
いや、いい仕事したよ店主。もし今度また会えたらお礼を言っておこうと心に誓ったくらいだ。


「おかわり~」

「わっ、もう食べちゃったんですか?ちょっと待っててくださいね」


そう言って俺の手から小鉢を取り、おかわりを入れてきてくれるシャマル。

ああ、何かこういうのいいなぁ。やべ、なんか夫婦って感じじゃね?……いや、どちらかと言うと親子?いやいや、そこは夫婦にしとこうぜ!
なんて事を思いながらおかわりを待っていると、ふと横から視線を感じた。そちらに目を向けてみればヴィータがジト目でこちらを見ていた。


「ンだよ?」

「………別に」


そう言ってそっぽを向くヴィータ。
一体なんなんだと思い、追求しようと思ったらヴィータが何かぶつぶつ言っているのに気づいた。


「んだよ……あたしの料理当番の時はそんなにガツガツ食べねーくせに、シャマルの時だけあんな一杯食べてさ……ふん」


………ったく、これだから嫌いになれねーんだよな、このお子様は。


「おい、ヴィータ。口開けろ」

「あん?───むぐ!?」


俺は食べかけの卵焼きをヴィータの口に突っ込んだ。


「い、いきなりなにすん───」

「これくらい美味いの作れ。ならガツガツ食べてやんよ」

「お、おおおまっ…、人の独り言聞いてんじゃねーよ!」

「声がでけーんだよ、アホたれ」


ホント、こいつってあれだな、ツンデレだな。いや、デレてはねぇか。けど素直な奴じゃない事は確か。それに喧嘩もよくする…てか、毎日するが、こいつも俺をきちんの主として認めてはくれてんだよな。……まるで敬意はないが。
けど、だからって俺はこいつが好きじゃない。嫌いじゃないのは確かだが、好きでもない。てか、ムカつく!いくら素直じゃないっつっても限度があんだろ?こいつ、毎日最低でも2回は俺にアイゼン向けてくんだもんな。


「べ、べべ別にお前にガツガツ食って欲しい訳じゃねーかんな!ただの純粋な感想で、だから変な勘違いすんなよ!」


……まっ、やっぱ嫌いにはなれねーな。ナイチチは嫌いだけどツンデレは好きだし。








朝飯を食い終わって一段落後、それぞれが行動を開始した。
シグナムとザフィーラはバイト先であるパチンコ屋へ勤労へ。シャマルもバイト先である喫茶店へ。ヴィータはゲームをしている。で、残った俺はと言うと───。


「そう、その調子です。そのまま魔力を維持して」


今日はバイトがオフの夜天に魔法を習っている。


「もう飛行と浮遊の魔法はかなりモノにしましたね」

「当然だ。俺を誰だと───いでっ!?」


言った傍から魔力の制御を誤り、頭が天井に激突。かなりの勢いで思いっきりぶつけてしまった。これ、頭が変形したんじゃね?ってほどだ。


「おおおおおおおおおおっっっ!?」

「あ、主!?ご無事ですか!」

「ぎっっのおおおおおおお!?」

「で、ですから、外で練習しましょうとあれほど言ったのに……」


そう。何を隠そう、俺は部屋の中で魔法の練習をしている。何故って?ンなの、万一にも人目についたらまじぃだろ。多少……いや、かなり狭いがこれはしょうがない処置だ。

最初に言ったように、当初は本当に魔法の事なんてどうでもよかった。別に魔法使いになりたいわけでもないし、魔法が使えるからっていい会社に就職出来るわけでもない。趣味でやってもいいが、そんな事に時間割いている余裕があるならバイトする。
そう思っていたし、今も思っている。
だが、何事にも例外はある。そう、ある2つの魔法に関しては例外的に練習する事に決めたのだ。
そのまず1つが『飛行』の魔法。その理由は……って、説明いる?空飛べるんだぞ?舞空術だぞ?生身でブーンだぞ?練習しないわけねーじゃんよ。
で、2つ目の魔法は『手から魔力弾を出す』魔法。その理由は……って、これも説明いる?俺、男の子よ?DBZとストリートファイター大好きよ?ガキん頃、一度はあのポーズ取って何か出そうとしなかった?それのマジモンが出来るんだぞ?やらいでか。


「魔法の構築はほぼ問題なく行われていますが、緻密な制御がまだ不十分のようです。けれど、ただ空を飛ぶだけなら、なんら問題はありません」


ようやく痛みが納まり、脇に抱えていた夜天の写本を壁に投げて八つ当たりした後、時を見計らって夜天がそう言った。


「お、マジ?練習開始たった5日で夜天のお墨付き?」

「はい。これもひとえに主の修練、努力、才能の賜物です」

「よせよせ。全部夜天のお陰だ。いや、ホント、ありがとな」


ギャルゲならここで俺が撫で撫ででもしてやる場面なんだろうが、生憎とここ現実。
以前、ためしに赤毛の獰猛なクソガキを『ニコポするかな~』って感じで頭を撫でたところ、アイゼンの一振りが返ってきたのは記憶に新しい。


「よし、これで今日からバイトの行き帰りが楽になった!」


今までチャリで行ってたかんなぁ。今日もバイトに行ったシグナム達が当初は羨ましかったもんだ。あいつら、バイト行くときは超高度超スピードで空飛んで行ってたかんな。片や俺はチャリで地道にえっさほいさだ。


「おい、ヴィータヴィータ。ほら見てみ?秘技・空中犬神家」


飛行許可が降りてテンション上がった俺。そんな俺を見てテレビゲームをしていたヴィータが此方を振り向いて一言───。


「死ねば?」

「よしその喧嘩買った」


本日2回目の衝突は夜天が仲裁に入るよりも早く、クソガキのアイゼンと俺の飛鳥文化アタックが激突した。










「やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべーーーーーー!」


俺は今、空をモノスゴイ速度で翔けている。その速度たるや、風圧で目が開けられないほどだ。これも練習の成果………つうか目痛ぇ!今度ゴーグル買っておこう。

で、何がヤバイのかというと時間。で、何の時間かと言うとバイトのシフトの時間。
そう、俺今遅刻しそうなんよ。
シグナムたちは午前中からだったが、俺は午後からのシフト。それをすっかり忘れていた俺はのん気に昼飯を食べ、その後一服。気づいた時には5分前。


「クソ!1分でも遅れると次長の奴うっせーってのに……もっとだ、もっと羽ばたけ俺の翼!」


俺の背には夜天と同じ漆黒の翼が付いている。ただ彼女は2対4枚に対し、俺は平凡な1対。第一印象は『うわ、カラスじゃねーか』だ。また、騎士甲冑なんて専用のコスチュームもあるらしいが、形を考えるのが面倒なため作っていない。よって、今の俺の格好はジャージに翼という超アンバランスなもの。


「メロスになるんだ自分!セリヌンティウスが待ってんぞ!」


俺はまだシグナムたちのように雲の上なんていう超高度を飛べないため、街の景色が流れるのがよく見て取れる。そこには1週間前のあの木の根による被害はもう窺えない。


(そういや何でああなったんだろうな?それにあのスペシウム光線も結局分からずじまいだし)


まあ、別にどうでもいいか。街はもうほぼ元通りだし、あの光線も詮索したってだからどうするって話だ。それにあの事件のお陰で俺は今なんちゃってハーレム体験中だし。
結果だけみれば、まあ良い方の割合が高い。


「今の状況は極悪だがな!こんな事なら飛行より瞬間移動とかワープ教えてもらやぁ良かったな。あるか知んねーけど────」

「ニャーーー」

「猫ひろし!?」


んなわけもなく。
いきなり大音量で猫の鳴き声が鼓膜を叩いた。それの発生源だろう方角を見てみれば、なんとそこには猫がいた。いや、普通の猫じゃねーよ?なんていうか……ああ、でけぇ。
その猫のいる場所は確かどっかの金持ちの森の中。なんだ?金持ちの道楽で遺伝子組み換え実験でもしたのか?
つうか、先週に引き続きまたびっくりどっきりかよ。ここ最近訳の分からん事づくしだったから、ただのデカ猫くらいじゃ驚かねぇぞ?……鳴き声を聞いて魔力制御を誤り落ちかけたが、決して驚いたわけじゃねぇ。


「一体全体なにがなんだか……取り合えず写メっとこ」


カシャカシャっと……うし。帰って皆に自慢しよう。あ、ついでにムービーも撮っとくか。

携帯の画面越しにあの巨体を見る。と、そこでようやくく気づいたが足元に何かあるのか、猫はずっと下を向いて前足を動かしている。


「ンだぁ?一体なにが……まさか人じゃねーだろうな……」


肯定する要素もないが、否定する要素もない。ここからでは何も見えないのだ。しかし、もし人だった場合かなりヤバくね?あの大きさの猫にじゃれ付かれて無事ですむ人なんて、たぶんムツゴロウさんくらいのもんだぞ。

正義の心を持って様子を見に行くか、大半の一般人がよくする見て見ぬ振りを決め込むか。
さて、どうしよう?
と、悩んでいたらまた状況は変な展開を見せた。なんか幾つかの変な黄色い光が猫にぶち当たった。その衝撃で猫が断末魔の叫びを上げながらぶっ倒れた。


「オイオイオイオイ!?ありゃ死んだんじゃねーか?」


少なくとも無傷ですむモンじゃないような気がする。なんか爆発してたし。煙出てるし。
動物愛護法って知ってっか?俺は言葉だけなら知ってる。
ともあれ、もうムービー撮影は止めとこう。こんな動物虐待シーンを撮るために撮影していたわけじゃない。ついでにショッキングシーンのデータも消しておこう。


「ハァ、やれやれ。面白可笑しいモンが撮れたと思ったんだけどな。まっ、写メだけでも十分にあいつらに自慢でき─────ああ?」


携帯を操作し終わり、顔を上げてもう一度猫が居た所に目を向けてみると、なんといつの間にかあのデカ猫は忽然と姿を消していた。
何故?え、もしかして白昼夢?……しかし、片手に持った携帯のフォトフォルダを見ればしっかりと画像が。

また訳の分からん事に、と頭を捻る俺の視界にまたも変な物が入った。それが今度は近づいてくる。そしてそれは俺の目の前でびたっと止まり、5mくらい間を空けて対峙する形となった。
それは物ではなく者だった。
金髪をツインテールにし、レオタードみたいな変な服にマント。年の頃は10歳前後とヴィータくらい。そして右手にはこれまた変な棒。

まあ、格好で言えばこちらも右手に古本持った羽根付きジャージ男だが。


(なんだ、このガキ?つうか、なんかガンつけてねぇか?)


めっちゃ睨まれてんだけど。てか、なんで初対面のガキにこんな警戒されてんだ俺?
会った事……ねーよな?こんなガイジンで可愛らしい顔のガキなら、一度見たら忘れんと思うし。…………あれ?ちょっと待て。


(なんでこのガキも浮いてんの?)


今更ながら気づいた衝撃の真実。俺と同じように浮いてる。てか、ここまで飛んできたよ?
────ああ、まさか?


「また魔導師……なんで管理外世界に2人も……」


少女、初発言。そしてその発言で俺の予想は的中。
こいつ、魔法使いだわ。
でなければ、こんなガキの口から魔導師なんて言葉でないし、なにより浮いてるし………間違いないっつうか、もう決め付けた。こいつは魔法使い!はい、決定。
て訳でまずは第一コンタクト。


「よう。いやぁ、今日はあちぃなー。最近調子はどうよ?あ、はじめまして。おれぁ鈴木隼な」

「……へ?」


同じ魔導師同士なのでフランクに接してみたが、なんかガキの方は拍子抜けしたような顔になった。
何故だろうか?おかしな事は言ってないはずだが。


「お前も魔法使い……ああ、魔導師っつうんだっけ?俺んとこの奴以外の魔導師って初めて見たわ。よろしくな」

「え、あ、あの……」

「いやぁ、いきなりガンつけてきやがったから喧嘩売ってんのかと思ったけど、まあ、初対面だしガキだからな。今回は見逃してやるわ。あ、ところでお前って魔導師歴どんくらい?ちなみに俺はまだ若葉マークな1週間だ」

「え、えっと、その……」


こちらの矢継ぎ早な言葉について来れないのか、狼狽しているガキ。
対して俺は初めてシグナムたち以外の魔導師に会えたので興味深々だ。テンションあげあげ。


「なんかよぉ、いきなり訳の分からん内に夜天の主なんてモンになってたわけよ。ところで、お前のデバイスってその杖?杖型デバイス?」

「ええっと……杖じゃなて戦斧で……あ、でも鎌にもなります」

「斧に鎌?おいおい、イカすじゃねーか。俺なんてこんな古本だぞ?シグナムもゴツイ剣だし。……なあ、これとそのデバイス交換しね?」

「そ、それはちょっと……」

「だよなー。でも男といったら剣とかだろ?それが本って……まあ、別に魔法にそこまで執着はないからいいけどよぉ」

「はぁ……」

「ああ、それから聞いてくれよ。うちにさ、ヴィータっつうクサレ赤毛がいんだけど─────」

「あ、あの!」


人が話している最中にいきなり大声を出して割って入るガキ。その顔からはかなりの戸惑いの色が見て取れた。


「あの……あなたは魔導師ですよね?ジュエルシードを狙った……」

「ああ?ンだよ、そりゃ?」

「え?ち、違うの?」


じゅえるしーど?察するにこのガキはそれを求めているらしいが、その言葉自体初耳な俺が求めているはずもない。
もしかして魔導師ってそのじゅえるしーどを求める義務があるのか?初心者魔導師の俺にそんな事知るはずもないが……まあ、たとえ義務でも求めるつもりはない。
俺が魔導師やってるのは、極論すれば自分の欲のため。こうやって空飛んでみたり、かめはめ波や波動拳撃ってみたりしたいだけ。それ以外はノーサンキュー。


「全然ちげぇよ。ジョイフルシードだかアップルシードだか知らんが、そんなモン狙ってねぇ」

「そ、そうなんだ」

「ンなことより、まあ聞けよ。ええっと、どこまで話したっけ?……ああ、そうそう。あのどクサレ赤毛。あいつがさぁ────」


と、そんな感じで。
このガキが聞き上手なのか、それとも俺の愚痴やストレスが溜まりに溜まっていたからなのか、それからかなりの長い間空中でガキと駄弁っていた。
ガキも最初の方は狼狽するばかりでつまらん反応だったが、途中から普通に笑うようになった。その笑みがまた子供らしくて可愛いこと。俺に幼女趣味はないので今はどうも思わないが、あと5年したらこのガキはやべぇな。モテまくるぞ。俺もアタックするぞ。

と、そんな事を思いながら楽しく談笑していた。出会ってまだ1時間も経っていないが、中々いいガキだ。少なくともヴィータよりは平和的な空気が築ける。

しかし、そんな楽しいひと時を邪魔するように、俺の携帯が音を出して振るえた。


「ンだよ……わりぃ、ちょっとタイムな」

「うん」


俺は空気を読まない携帯をポケットから出した。このまま電話に出ずに切ったろうかと思い────液晶画面を見て血の気が引いた。
画面にはバイト先のパチンコ店の電話番号。


「へあーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」


や、やべぇ!すっかり忘れてたバイト!いや、これマジで冗談抜きでやべぇ!
時計を見れば軽く1時間の遅刻。


「ど、どうしたの?」

「やべぇよ、どうしたもこうしたもねーよ!ただでさえ勤務態度がわりぃのにこれじゃあ……ッ」


俺の頭からガキに構っている余裕はなくなった。俺は反転すると、まだ何か言っているガキはガン無視してバイト先まで最高速で飛んだ。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!セリヌンティウスーーーーーー!!」


結局、俺は次長にしこたま怒られたがクビだけは何とか回避することが出来たのだった。





[17080] サン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/25 21:23

現在時刻は夜の12時。バイトが終わり、疲れた身体をどざえもんの様に漂わせながら帰ってきたのが今から約30分前。
そして今、俺は風呂にも入らず10畳の狭い部屋で同居人共と顔を合わせて座っている。


「えー、んじゃあ今から第5兆2回鈴木家魔法会議を始める」

「そんなに回数やってねーだろ!てか、初めてだ!」

「ノリだよノリ。あ~あ、空気読めねぇガキはこれだから」

「て、てめ……!」


事の発端は俺が昼撮ったあのデカ猫の写メだ。それを帰ってきてそうそう皆に自慢げに見せたまでは良かったが、そのあとあの金髪のガキ魔導師に会った事まで喋ったのがいけなかった。
『なにかされなかったか』『怪我は無いか』『具合は悪くないか』などなど、うざってぇほど心配されたあげく、こんな話し合いの場まで設ける羽目になった。風呂、入らせろよ。


「つまり、その魔導師はジュエルシードなるモノを求めていたわけですね」

「ああ、確かンなこと言ってた気がする」


リーダー格のシグナムが質問や確認を一手に行い、俺がそれに答える形で話し合いが進んでいる。


「そのジュエルシードってどんなのか知ってっか?デカ猫もだが、先週のあのでっかい木。あれもジュエルシードってモンに関係してんじゃねーのか?」


完全に推測だが、あながち読み違えてもないような気がする。ほら、2つとも『異常にデカい』って共通点もあるし。
もしかしてジュエルシードって物をデカくするモンなんじゃ?で、あのガキはそれを求めてるっつう事はきっと大きくなりてぇんだよ。でも、ガキなんだからそんな焦って大きくなる必要ねぇと思うんだけどな。まあ、確かにシグナム並みのメロンを目指すなら必要かも知んねーけど。


「どうでしょうか……関連性はあるかも知れませんが。しかし、主からの情報を聞く限りでは、その金髪の魔導師は管理局員ではないでしょう。犯罪者でもないようですが、どちらにしろはぐれの魔導師。そのような者が求めているものとなれば、あまり良いモノではないでしょう」

「あん?ちょい待て。その管理局員ってなんだよ?」


なんだその単語。俺、聞いたことねぇぞ?それに何か俺にとってあまり良い響きを感じない。


「管理局員とは時空管理局に所属する魔導師で……そうですね、この世界で言うところの警察でしょうか」

「ああ、警察ね………サツだああぁぁぁ?!」


はあ!?なにそれ、聞いてねぇぞ!そんな組織があんのかよ。
………いや、まあ、考えてみりゃああっても不思議じゃねーがよ。ふ~ん、管理局ねぇ。


「ちなみに聞くんだが、俺、しょっぴかれねーよな?」

「ええ。ここは管理外世界といって、滅多に管理局員の来ない所です。悪事を働かず、ただ暮らしているだけなら問題ないです。……………………たぶん」

「うぉい!?たぶんってなんだよ!ブタ箱にぶち込まれんのは勘弁だぞ!」

「大丈夫です。…………………きっと」

「だからいちいち最後に不穏な言葉くっ付けんなよ!」


……ったく、ホント大丈夫だろうな?果てしなく怖ぇんだけど。こちとら善良な一般市民だぞ?


「ハァ…まあいい。なるようになるか。で、話を戻すけどよぉ、そのジュエルシードってのが何か知らねーの?この夜天の写本に載ってねーわけ?資料本なんだしさ」


俺は本を呼び出し適当にパラパラめくる。そこにはやはり変な文字がびっしりと書かれており、俺には一文字も読めない。


「書の中には残念ながら」


答えたのはシグナムではなく夜天だった。


「そもそも書は魔法の蒐集に限るもので、ジュエルシードというものがマジックアイテムだった場合は記載できないのです。もしもジュエルシードが魔法のプログラム名だったとしても、それが最近作られた魔法だった場合はほぼ100%載っていません」

「あん?なんでよ?」

「正本から写されたのが遥か昔だからです。そして初めて目覚め、主を持ったのがつい先週の事」


つまり俺が初主っつう訳か。てか、写されたのが遥か昔?確かあの店の男は自分が書いたっつってたよな……え?店長、何歳っすか?

ともあれ、情報はなしか。


「……お役に立てず申し訳ありません、主」

「ん?ああ、いいよ別に。んな悲しそうな顔すんなって。ほれ、ビール飲むか?」


夜天は騎士ん中で一番優しいんだが、どうも繊細すぎなんだよな。ヴィータくらいバカタレでもいいのに。……いや、それは嫌だな。


「まっ、魔法関係は飛行とかめはめ波以外は無視するって決めたし、どうでもいいよ。あの金髪のガキにしても無害そうな奴だったし、向こうから何かしてくる事もねーだろ」


楽観視が過ぎるかも知んねーけど、俺ぁいちいち何かに警戒して日々を過ごすなんて嫌だかんな。てけとーにやるさ。
結局、話し合おうが何かを知ろうが今まで通り過ごしていくだけだ。


「ンじゃ、俺は風呂入ってくるわ。ザフィーラ、わりぃけど布団敷いといて。あと今日も枕な」

「……主、いい加減私を抱き枕にするのはやめて頂きたいのですが」

「いや、だってよ、お前ふかふかのもふもふで気持ちいいだわ。今日で最後にすっから」

「……御意」


そんなやり取りを挿み、ようやく風呂へと向かう俺。時刻はもう1時近い。明日は朝からバイトだってーのにやれやれだ。

俺はよっこらしょっと立ち上がり、狭い部屋を出る────その数歩手前で呼び止められた。


「主、最後によろしいでしょうか?知らせておきたい事が」

「知らせる事?どうしたよ、夜天」


少し神妙な顔つきで俺を見上げている夜天。
彼女はもうすでに風呂に入っており、その服装はパジャマだ。そのパジャマはつい先日俺が買ってあげた物だが、少しサイズが合っていなかったようで、胸元のボタンを上から2つほど開けている。
つまり上から見下ろす格好になっている俺の目には、夜天のシグナム以下シャマル以上のお胸様の谷間が!


(ありがたや、ありがたや)


胸中でついつい拝んでしまう。
そんな俺の視線に気づいた風もなく、夜天は言葉を続けた。


「私の融合型デバイス、融合騎としての能力です」

「あん?融合騎?」

「はい。主は極力魔法に関わりなく、普通に過ごす事がお望みのようでしたので知らせる必要なしと思っていましたが、今回の件で事情が変わりました。……万一、主にもしもの事があれば……」


万一、もしも……それはつまり、魔法関係のいざこざに本格的に巻き込まれた場合の事を指しているのだろう。
それが具体的には何なのか……漫画やラノベを参考にすっなら『戦い』ってところだろうな。ホントのとこはどうだか知んねーけど。


「万一、ね……まっ、んな事にゃあならねーとは思うが、備えあれば憂いなしっつうしな。で、その融合騎ってのはなんなんだ?どんな事が出来んだ?」

「はい。簡単に言えば私と主が融合し、魔導師としての強さを底上げする術です。主の力が最高で10、私を5とした時、融合すればその力が15……いえ、それ以上になります。また───」


と、まだ夜天のやつはまだ何か説明しているが、生憎と俺と耳には入ってこない。最初の言葉だけが頭の中をリフレインしている。

───私と主が融合し───


(私と主が融合……私は夜天、主は俺……夜天は女で俺は男……そんな2人が融合って、それつまり?)


フェ…フェ…フェ…フェ…ッ


「フェェェェェェド・イン!」

「あ、主?」


オイオイオイオイオイ!マジかよ!?融合型!?なに、夜天ってそんな存在だったのかよ!やべぇ、主と融合って……え?それつまりアレだよな、合体って事だよな?えーっと、確か財布の中に大切に温めておいたコンドーさんが。


「なんだよ、それならそうと早く言ってくれれば。夜天ってダッチワイフ型デバイ──じゃなくて、融合型デバイスだったのか」

「は、はあ……ええっと主、正しく理解されていますか?」

「勿論だ。抜かりはない。時に夜天よ、俺が初主って事はやっぱり合体も初めて?」

「合体ではなく融合ですが……はい、恥ずかしながら私も初体験です」


頬を染め、恥ずかしがる夜天。レアな表情だ。


「だが、それがいい。その恥じらいこそが、何よりの馳走です」

「は、はあ…」


まさかそんなデバイスがあったとは。てっきりデバイスっつうモンはただの武器なのかと思ってたわ。
合体して強くなるってのはある意味お約束だが、こりゃたまんねぇな。
夜天の写本、恐るべし!
初めての相手が人じゃないっつうのは少し考えモンだが、夜天ならオールOK!ばっち来いや!

……いや、待てよ?俺は勿論OKなんだが、夜天の方はホントにいいのか?そういう存在なんだとは言え、それを仕方なく渋々行われるなんて俺ぁイヤだぞ。愛はいるぞ、愛は。


「よぉ、夜天。俺は全然構わないっつうか、むしろカマーンなんだがお前はいいわけ?俺が初めての相手で」

「私も構いません。……いえ、この言い方は適切ではありませんね。……主が良いのです。初めても、そしてこれからもただ一人の相手です」

「ッ!」


ここまで言われて、男として引き下がれるか?ノン!ありえねぇ!漢ならイクっきゃねーだろ!全・速・前・進だ!


「散れ、テメーら!金やるから今晩はどこか行ってろ!しっしっ!」

「は?いきなり何言ってんだよ?」


はッ!今の会話を聞いてて分からんとは、これだからお子ちゃまは!

と思っていたが、どうやら分かっていないのはヴィータだけではない様子。てか、当人である夜天も疑問顔だ。


「あの、主隼。今日はもう遅いのでユニゾンを試すなら明日でも遅くはないかと」

「なに!シグナム、なにをそんな悠長な………いや、確かにそうかもな」


考えてみれば明日は朝からバイト。それに今日はいろいろあって疲れたからな。
これからもたっぷり時間はあるし、急いては事を仕損じるとも言う。

男は余裕を持ってこそカッコイイ。


「ンじゃ、明日の夜だ!夜天、延期も中止もなしだかんな!絶対だぞ!もしやっぱ止めなんて言ったら俺泣くかんな!」


……童貞に余裕なんてあっかよ!
俺は鼻息を荒くし、風呂に入ったあとすぐに床に就いた。明日が待ち遠しい!


────翌日、改めて融合の真意を聞かされた俺は絶望したのだった。








《あ、あの、主?どうかされたのですか?》


俺の頭の中に声が響く。その声は紛れもなく夜天のそれで、彼女の存在も自分の内側に感じ取ることが出来る。

姿見の前に立てば、そこにはいつもの俺とは違う俺が映っている。
V系アーティストのような灰色の髪の毛と赤茶色の瞳。ちょっと美白な肌。2枚増えて4対になった羽。スウェット……これは一緒か。

これが俺と夜天のユニゾンした姿だった。……こんなモンが融合の真実だった!


「ハァ……確かによ、俺が勝手に早とちりして勘違いしただけさ。だからって融合が手を繋いで「ユニゾン・イン!」って言うだけって……ガッカリだ」

《えっと、よく分からないのですが……申し訳ありません》

「よせ、夜天は謝るな。余計俺が滑稽だ」


昨日の俺、馬鹿じゃね?なに舞い上がっちゃってたわけ?あー、恥ずかしい。……マジで恥ずかしいよ!


「よぉ、ヴィータ。一発アイゼンで殴ってくれや。横っ面をガツンとよ?」

「は?な、なに言ってんだよっ」

「いやよ、馬鹿な自分にオシオキみないな?さあ、遠慮なく来いや!」

「で、出来っかよ!」


ンだよ。いつもは景気良く振り回してくるくせに。あー、もういいや。


「じゃ、シグナムでもシャマルでもザフィーラでも誰でもいい。ちょっと現実見てなかった馬鹿に一発かましてくれ」

「いえ、主を殴るなど私にはとても……」

「い、いくらハヤちゃんの頼みでもそれはちょっと……」

「………」


ヴィータと同じく渋る3人。
その主を大切にする心は素晴らしいが、今はむしょうに誰かに叩いて欲しいだが。


《あの、主はなにをどう勘違いなされていたのですか?》


そんな夜天の疑問に答えられるわけがない。もし馬鹿正直に答えてみろ。いくら主と言えどぜってぇ軽蔑されんぞ。


「ハァ……もういい。後で空気椅子30分の刑を自分に科そう。しっかし、これがユニゾンねぇ……なんか変な感じだな」

《私もです。………ですが、主に包まれているようで凄く心地いいです》

「………夜天、そういう物言いは反則な。また馬鹿な俺が勘違いすっから」

《?》


右手を動かしてみる。……普通に動くけど、なんかもう1本内側に腕があるような感じで違和感がある。同じく左手、右足、左足も動かしてみるがやはり違和感。ただ何故か羽だけ違和感なく動かせる。パタパタっと。
まっ、初めてのユニゾンなんだ。違和感があって当然なんだろう。


「それでこれが俺の、いわゆる魔法の杖か」


左手に持っている杖を掲げてみる。本の表紙にある剣十字と形が似ていて、そしてとても軽い。ためしにヴィータの頭をコンコン叩いてみたが強度もバッチリのようで、鈍器としても使えるようだ。


「喧嘩売ったんだよな?そうだよな?買ってやんよぉ!表に出ろや!」


ぎゃあぎゃあ喚く赤毛は無視し、今度は飛行の魔法を試してみる。
問題なく浮いた。


「お?なんかいつもより簡単に浮いた。しかもスイスイ飛べんぞ?」

《それは私とユニゾンしたことにより、主の魔導師としての質があがったからかと。私も補助してますし》


おお、そりゃ便利だ。今度から夜天と同じシフトん時はユニゾンしてバイトに行こう。


「おい、ヴィータヴィータ」

「あ゛あ゛?」

「お前の真似───らけーてん・はんま~。ぐるぐるぐる~」

「よし殺す」


本日の締めの衝突は俺in夜天のシュツルム・ウント・ドランクとヴィータの本家ラケーテン・ハンマーの回転対決だった。
もちろん、シグナムとザフィーラに仲裁に入られたのは言うまでもない。









数日後には連休が控えている平日の午後。
今日はバイトもオフだったので朝から遠見市にあるパチンコ店に行っていた。いつもは海鳴市内にあるバイト先に打ちに行くのだが、今日はそこが新代入替の日だったのでわざわざ赴いたのだ。
他のやつらはバイトのため一緒には来なかった。ヴィータはバイトはしてないが、流石にパチンコ店には連れて入れねーし。
昼の3時くらいまで打って戦果はプラスマイナス0。
まっ、遊べたからいいかぁと思い、俺は店を出るとすぐに家には帰らず、近くのファミレスで遅い昼食を取った。その後、人気のない所から飛び立って帰るかと思ってぶらぶら歩いていた時、意外な人物に出会った。


「お?」

「あっ」


横断歩道を渡ろうとした時、こっち側と向こう側で視線が合い、お互いが少し驚き顔で立ち止まった。程なく、どちらがともなく歩み寄る。


「よう。奇遇だな」

「あ、あの、こんにちわ」


以前はツインテールにしていた金髪を降ろし、ハイグレアーマーではなく黒のワンピースに身を包んだ少女。
あのかっけぇデバイスを持っていた魔導師のガキだ。


「今日は魔導師してねぇんだな。買い物か?」

「はい。ええっと、鈴木さんは……」

「俺ぁ今戦ってきたとこだ。つうか隼でいいし敬語もいらん。ガキが畏まんなよ、気持ち悪ぃ」

「う、うん」


そう言いながら俺はガキと並んで歩く。行き先はガキの向かう方。どうせ暇だし、適当について行く。


「えっと、今戦ってきたって言ったけど……」

「あ?ああ、約6時間にも及ぶ激闘をな」

「6時間!?そ、そんなに戦い続けてたの?」

「おうよ!まっ、ホントはもっとやるつもりだったんだけどな。当初の予定では帰る時間は9時くらいだった」

「9時!?わぁ~、すごいね隼。そんなに魔力持ってるんだ?」

「あん?魔力?……なんの話だ?」

「え?何ってだから戦ってたんだよね?」


なーんか話が噛み合ってねーな。いや、まあ、こいつがどう勘違いしてんのかは何となく分かるけどよ。
俺がいう戦いはパチンコ。こいつのいう戦いは純粋に戦闘行為。
馬鹿?てか、戦いっつうのを一つの表現じゃなくて文字通りの意味に捉えるか、フツー?このガキ、どんな人生歩んでんだよ。それともただの天然なアホの子か?

………まっ、おもしれーからこのまま話しを進めちまおう。


「そうそう。千切っては投げ、千切っては投げでもう俺大活躍よ!ただな、途中から分が悪くなっちまってよぉ。諭吉っつう隊長さんや一葉副隊長、それに漱石上等兵が何人も敵に捕まっちまったんだよ」

「えっ……そんな……」

「だがそこで諦める俺じゃねえ!なんと4人目の諭吉を前線に投入してすぐに大爆発!一気に戦況がひっくり返ったわけだ。そして捕虜だった仲間達が次々に戻ってきたわけよ」

「すごい!」

「けど、こっちも被害が大きくてな。これ以上の深追いは危険と判断し、撤退。最終的には痛み分けで今日の戦いは終わったんだ」


そう言い終わりガキの様子を窺うと、ガキはまるで英雄譚を聞かされた時ような興奮した顔でこちらを見ていた。しかも、その英雄譚の主役はどうやら俺らしい。『隼、すごい!』と顔に書いてある。

純粋というか、馬鹿というか……何か将来が心配になるな。
おもしれーからネタバレはしねぇけどよ。


「お、そうだ。お前にこれやんよ」


そう言って俺はポケットからお菓子を2~3個取り出した。
これはパチンコの玉が換金には僅かに足らず、よってお菓子と交換したのだが……ちょっと面白おかしく脚色して渡す。


「え、これ、貰っていいの…?」

「ああ、だが大事に食べてくれよ?これはな、散っていった仲間の遺留品なんだ」

「え!?」

「本当はな、もう一人漱石上等兵が帰ってくるはずだったんだよ。けど物資が僅かに足らず、結局こんな形でしか………」

「そんな……」

「だからせめてお前がそれを食べてやってくれ。お前みてぇな可愛い子に食べて貰えれば、帰ってこなかった漱石上等兵もきっと浮かばれるだろうさ」

「うん……うんっ!」


なんか涙ぐんでいるガキ。
純度100%の天然ミネラル水か、お前は。どれだけ心が綺麗なんだよ。やべぇ、流石に罪悪感が…………まあ、いいか。


「おっと、もうこんな時間か。わりぃけど、次のミッションの時間が迫ってっからここでお別れだ!」

「あ、うん。頑張ってね、隼!」

「おうよ!」


いやぁ、なかなか愉快な時間を過ごせたな。さて、次は帰ってヴィータで遊ぶとするか。

……あ、そういやあのガキの名前まだ聞いてねーや。



[17080] ヨン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/26 21:05


「シャ~マ~ル~ちゃ~ん、今なんて言いました~?」

「ええっと…ね?」


3日後から始まる連休を前に、今日、この日。俺はバイトから帰ってきて早々怒りメーターがフルスロットルしてしまう自体に陥った。
その原因はシャマルの一言。


「皆で旅行に行きたいな~……なんて」

「シャ~マルッ、今なにをほざいた~?」

「あう……」


一体全体なにを思ったかシャマル、今朝まではそんな事微塵も言ってなかったのにバイトから帰ってきてみればこれだ。
普段からあまり要望という要望が出ないこいつらに対して(ヴィータ以外)、それはあまりにも意外な要望、お願い。
俺だっていつも美味い飯を作ってくれるシャマルの願いとくれば無下にはしたくない。叶えてやりたいさ。

だが物には限度っつうもんがあんだろ!


「シャマル?あんま調子ぶっこいてっと、クラールヴィントで亀甲縛りしてベランダから吊るすぞ?」

「うわ~んっ、だってぇ!」

「だってもクソもあっか!うちの経済状況知ってんだろ!エンゲル係数の跳ね上がり方知ってんだろ!寝言は布団の中か俺の腕の中で言え!」

「うぅ~っ……」


ったく、そんな恨めしそうな目で見んなよ。マジでどうした?シャマルってこんな我が侭な子だったっけ?

そんな俺とシャマルのやり取りを横で見ていた他の騎士たち。その中で見かねたシグナムがシャマルに注意した。


「シャマル、主隼が困っているだろう。無理を言うな」

「だってだって!高町さんが家族で今度の連休に温泉旅行行くっていうんだもん!それを凄く楽しみにしてるみたいで。私もどんなのだろうって、パンフレット見せて貰ったり話を聞かせてもらったりしたら行きたくなって、それで………」


高町さんとはシャマルがバイトをしている喫茶翠屋の店長夫婦。シャマルがバイトを始める際に一度ご挨拶に行ったのだが、すごく人の良い夫妻だったのを覚えている。しかも、俺くらいの息子さんがいるらしいが見た目が異様に若い。普通に20代で通るくらいだ。
まあ、それはさておき。
シャマルの弁は分かったが、だがそれだけの理由にしては今回強情すぎるような気がする。そしてそれは他の者も思ったのか、今度は夜天が口を挿んだ。


「シャマル、理由は本当にそれだけなのか?」

「…………そういう経験がないから」


あん?


「私達、ずっと本の中で眠ってたでしょ?そしてついこの前起きたばかりで……だから、家族で遊ぶとかそういうの経験してみたくて……そんな中でハヤちゃんも楽しんでくれたらなーって……最近夜と朝しか一緒にいられないし……」

「……………」


ンだよ、それ。……あークソッ、めんどくせぇな!理由なんて聞くんじゃなかった!自分勝手な我が侭だって事で済ませとくんだった!
ハァ……こんな事言われたら頭ごなしに駄目とは言えねーじゃんよ。

俺は頭をガシガシ搔くとシャマルを見る。彼女は俯いてシュンとなっていた。


「あー…シャマル?お前の気持ちは分かるし、俺の事も考えてくれてんのは嬉しいけどよ……やっぱ現実問題として旅行は厳しいわ。な?分かんだろ?」

「はい……」

「………ワリーな」


俺は立ち上がるとベランダに向かい、そこでタバコをふかした。部屋の中を見れば未だ俯いているシャマルが見える。
……タバコ、あんま美味くねぇな。


(旅行ね……まっ、確かに行けるなら行きてぇけどさ)


だが現実はなかなかに厳しい。その証拠に未だにお色気ハプニングの一つも起こっていないんだからな。お風呂入ってたらとか、トイレの扉開けたらとか、お着替えシーンとか!

連休は3日後から始まる。温泉旅館の1泊の料金は安くても一人2万くらいだろう。交通費は飛んでいけば掛からねーけど、諸々の雑費含めれば3~4万。6人で20万前後。
俺の現在の全財産が約5万。
仮に旅行に行くなら、あと約15万を連休が終わるまでの数日の間に作らにゃならん。


(無茶、無謀、厳しすぎ。どだい叶うはずない望みだ)


だと言うのに、そんな俺の意思に反するように手がポケットの携帯に伸びるのだった。










時間は流れて世間は連休入り。高町家も予定では今日旅行へと出発したはずだ。

世間が連休ならうちも例に洩れず連休……とはいかず、連休初日の今日もばっちりとバイトが入っていた。俺、シグナム、夜天、ザフィーラがパチンコ屋に。シャマルは高町さんのいない翠屋へ。ヴィータは最近マイブームらしい野球をしに。

連休だろうと鈴木家はいつもと変わりない1日が過ぎていった。シャマルも次の日にはもういつもの彼女に戻っていた。我が侭、文句を言わず美味い料理を作り、笑顔でバイトへ。
旅行はきっと今でも行きたいと思っているだろう。だが、主の俺に強硬な姿勢をいつまでも取れる彼女じゃない。それに家の懐事情も分かっている。だから、旅行なんて考えは忘れようとしている。
それが賢明だ。
望んでも手に入らないものなんて、素直に諦めるか忘れるかするしかない。

よく言うだろう?人間、諦めが肝心ってな。

だから俺はこの日の晩、飯を食い終わった皆の前で高らかと宣言した。


「明日から1泊2日で海鳴温泉に行っからな。各々準備しとけや」


はッ!人間、諦めが肝心?わりぃけど、俺そんな物分り良くねーんだわ。それに無茶で無謀で厳しいけど、無理じゃあなかった。
学生時代の友人、バイト先の先輩・同輩・後輩に金を借りまくったんだよ。バイト終わりにあっちへ飛んでこっちへ飛んで。時には頭を下げ、時には脅し。

いや、マジ苦労したわ。15万だぞ、15万!フリーターに15万は大金だ。それ持ってパチンコに行きたい衝動抑えるのに苦労したぜ。

あ~あ、ホントこいつらと住むようになってから金がアホのように消えていく。


「旅館は4人部屋でちっとばかし狭いけど、それくらい我慢しろよ?ああ、それとバイトのシフトは俺が勝手に電話して変えといたから心配すんな」


ホント、めんどかった。金借りたついでに後輩にはさらに代わりにシフトに入って貰ったり、シャマルが世話んなってる翠屋にも無理言って休みのお願いしたし。旅館も4人部屋とはいえ、そこが取れただけで奇跡なんだぞ?


「いいか?こんな贅沢すんのもこれが最後だかんな?もうマジで金が───って、おい、お前らなんか反応しろよ」


見れば5人は口や目を見開いてポカンと固まっている。誰も一言も発しない。

ンだよ、反応わりぃなー。今回、俺結構がんばったんだぞ?労いの言葉とか、せめて嬉しがるとかしろよ。


「おいおい、何よそのリアクション?もっとさ、ヒャッホーイって感じで嬉しがるとかしねぇ?それか主に対してお褒めの言葉とかさ。いや、まあ頑張ったっつってもダチから金借りただけだけどよぉ」


皆の喜ぶ反応を期待してただけにちょっと拍子抜けだった。……まっ、別にいいけどよ。

俺は一つため息をつくと、ビールを取りに行くため立ち上がった────その時。


「ハヤちゃんっっ!」

「ぐべぇ!?」


いきなりシャマルに抱きつかれ、俺は突然の事だったため支えきれずシャマル諸共後ろに倒れた。しかもその際、後頭部に机の脚の鋭角な部分がクリーンヒット。


「うわ~ん、ありがとうございます~っ」

「あ、おおおおああああっっ!?」


喜びを体全体で表現してきてくれた事はとても嬉しい。こういう反応が欲しかったのは事実だ。そして、さらにシャマルの体の柔っこさを味わえるのもGOOD。いい匂いもするしよ。

ただそれ以上に頭の痛さが尋常じゃねー!!


「ハヤちゃんハヤちゃんハヤちゃん!!」


俺の名を連呼しハグしてくれるのは大変嬉しいが、こちとらそれを楽しむ余裕のある状況じゃねー!頭がぁぁぁぁ!!


「シャマル、落ち着け。……このっ、いつまでも主に引っ付くな!!」


シグナムの一喝とその行動により、ようやく俺の上からシャマルが退いてくれた。そうなった事で俺も余裕を取り戻し、改めて後頭部を確認。
……よかった、血ぃ出てねーや。


「おーイテ。ぱっくりザクロになってっかと思ったぜ」

「うぅ~、ごめんなさい、ハヤちゃん……」


シャマルも落ち着きを取り戻したようで、とても申し訳なさそうな顔で謝って来た。


「ああ、気にすんな。部分的に気持ちいい所もあったしよ。それよか旅行だよ旅行。改めて聞くけど、嬉しいか?」

「はい!」


ん、そりゃ良かった。そんな花の咲いたような笑顔を貰えりゃ、俺も頑張った甲斐があるってもんだ。


「うし!ンじゃあ、明日は朝の8時に出発だ。って訳で今日はもう全員風呂入って寝ろ。明日7時までに起きなかった奴ぁシバキまわすぞ!」


あ~あ、それにしても借金が15万か……ガッツリバイトしても返済は軽く1月以上かかるな。あ、いや来月にはシグナムたちのバイト代も入るから何とかなるか?……なったらいいなぁ。
取り合えず今は笑っとけ。わははははははははははははははははは~~~ん!!









翌日、空は快晴の一言。天にはサンサンと輝く太陽、眼下にはクソ虫のような群集や建物。
ここは地上数百メートル地点の空。時刻は朝の7時過ぎ。

今日は朝の6時に起きた俺。流石に早く起きすぎたかと思っていたら、なんと他の者はもうすでに着替えを済ませ、いつでも行ける状態になっていた。
そして意外だったのはシグナムが特に行く気マンマンだったのには驚いた。昨夜、温泉に入った事のない皆に俺が「温泉は気持ちいいぞ?うちの小っせぇ風呂なんて水溜りに等しい。生きて極楽味わえんぞ」なんて事を言ったのだが、それでかなり楽しみになったらしい。シグナムの奴、今日の起床時間は午前4時とのこと。どんだけ楽しみにしてんだよ。

また、シグナムほどじゃねーけど皆もかなり楽しみにしていたらしい。
早く行こうとせがまれた為、朝飯もそこそこに家を出たのが7時と予定より1時間も早まってしまった。


「はい、ちゅうもーく。こっちガン見しろー。いいか、今から俺たちの行く旅館はここ。で、今俺たちのいる場所はこの辺りだ。頭ん入れたか?」


俺は持ってきていた地図を広げ、皆に見えるように掲げながら場所を指す。


「そんな確認なんてどうでもいいから早く行こうぜ!」


逸るなよヴィータ。話はここからだ。


「ただ飛んで行くだけじゃおもしんねーだろ?だからここは一つ、競争でもしようじゃねーか。誰が一番早く着くかってな」


俺、勝負事って好きなんだよな。……特に勝ちの見えてる勝負が!


「へっ、おもしれぇ」


やはりノッてきたヴィータ。他の者もやれやれという顔だが、別段イヤそうではない。


「よし、ンじゃあ一列に並べ。いいか?俺が『よーい、どん!』って言ったらスタートだかんな」

「ハヤちゃん、1番になったら何か賞品って出るんですか?」


お、シャマルものりのり?いいね~。

賞品ねぇ、まっ、俺が勝つからなんでもいいんだけど……よし。


「1番じゃなくても俺に勝つことが出来たら、その勝った奴の言う事を何でも一つだけ聞いてやんよ」

「「「!!」」」


俺がある種お約束な賞品を言った瞬間、シグナムとヴィータとシャマルの目の色が変わった。超やる気マンマンだ。

おいおい、いいのかよ、騎士がそんな欲だして?
まっ、こいつらがどれだけ頑張ろうが俺にはぜってぇ勝てねーけどな!我に秘策あり、だ。


「位置についたか?ンじゃ、行くぜ───」


…………………ッ!


「よどん!」

「よどんって何だよテメーーーーーーーー!!」


スタートの合図と同時に飛び出した俺。後方でヴィータがなんか叫んでいる。

よどんってのは『よーい、どん!』の略だよ略。え、ずるいって?ンなの知ったこっちゃねーよ。


「まてやコラーーーーー!!」


怒声を上げながら追走してくるヴィータ。たぶん、他の奴らも少なからず怒っているだろう。だがな、勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ!

それに俺のターンはまだ終わっちゃいねえ!


《夜天、やれ!》


俺が夜天に念話を送る。それと同時にまたも後ろからヴィータ達の声が俺の耳に届いた。


「なっ、バインド!?」

「これはっ……夜天、あなた!?」

「夜天、テメーこのやろう!お前、隼とグルだったか!」

「ぐぬっ…!」

「すまない、お前達。主にお願いされて……」


はははっ、馬鹿め!俺は勝ちに行くためなら何でもすんだよ!夜天には事前に裏工作済みだ!
そしてさらにそこから夜天とユニゾンすることで飛行速度を向上。他を突き放す!


《主、心が痛いのですが……》

「気にすんな!俺は気にしない!」


あとはこのまま速度を維持しつつ、ゴール直前でユニゾンを解除。俺が一番にゴール。

───そんな未来が俺には見えたのだが、どうやら世の中は……てか、あの騎士共はそんなに甘ぇ奴らじゃなかった。


「んごっっハァァアア!!??」

《ぐッ!?》


突如、何か大きな衝撃が背中を襲った。まるでゴルフボールが3~4発ぶち当たった時のような衝撃と痛さが背中に奔り、おもわず空中でもんどりうってしまった俺。
何かが飛んできたであろう後ろを見てみれば、バインドを解いたヴィータがアイゼンを構えていた。その手には鉄球。


「あ、あ、あんのクサレロリータァァァアアア!」

《ま、まさかシュワルベフリーゲンを撃ってくるなんて…それにいつの間にか結界まで》


今までアイゼンで殴ってくる事はあっても魔法までは使ってなかったヴィータ。それをとうとう使いやがったよ!

やってくれんじゃねーか、どちくしょうが!あとで覚えて──────オイ?


「なあ、夜天。なんか隣にいるシグナムも物騒な構えとってねぇか?」

《さらに言うならシャマルも鏡を出しています……》


次の瞬間、シグナムが空牙を放ち、顔の横からはシャマルの綺麗な手が出てきた。それを間一髪で避けるも、今度はまたヴィータから鉄球が。
どの攻撃も本気ではないようだが、それでも当たったら確実にイテーぞ!

唯一、ザフィーラだけが疲れたような顔をして傍観している。ただ止める気はさらさらないようだ。


「主隼。私としてもとても遺憾ではありますが、少しばかりお灸を据えさせて頂きます」

「夜天もちょっとヤンチャが過ぎますよ?」

「隼も夜天も一回グチャグチャにしてやんよ!」


どうやら相当怒っているらしい。まあ、確かに主らしくない行いだったからな。騎士のあいつらにとっては卑怯な行為というのは騎士道精神に反するんだろう。

だがな?だからって大人しく攻撃される俺じゃねーぞ!その喧嘩、買ってやんよ!


「下僕の分際で上等くれてんじゃねーぞコラァ!全員まとめて相手してやんよぉ!かかって来いやオラァ!!」

《ああ、もう、また主は……》


右手に杖を持ち、ブンブン振って挑発。
左手にエネルギー弾もとい魔力弾を作り出して相手に突き出すように向ける。

相手も攻撃の構えを取った。


「ビックバン──」

「飛龍──」

「シュワルベ──」

「脳漿を──」


………いっぺん死にさらせや!


「アタック!」

「一閃!」

「フリーゲン!」

「ブチ撒けろ!」


結局、競争は無効となり旅館への到着は軽く昼過ぎとなった。










「あ~~~、疲れたぁぁぁぁ」


旅館にチェックインした俺たちは部屋に案内してもらい、中ですぐさまぶっ倒れた俺。
その原因はさっきまでどんぱちやってたせいだ。この精神から来るような疲れがきっと魔力がなくなったということなんだろう。

そう、俺の魔力は先の喧嘩で空っぽになった。夜天とユニゾンしていたとは言え、魔力の制御が下手糞な事には変わりがない。夜天の忠告も聞かず、ムキになって魔力弾撃ちまくったらこのザマだ。魔法戦なんてやったことがなかったとは言え、情けねぇ限りだ。
一方、俺の喧嘩相手の3人はというと……。


「主隼、大丈夫ですか…?」

「ごめんなさい、ハヤちゃん。私もおふざけがすぎました」

「………ふん、自業自得だ」


と、疲れを全く見せず、逆に俺が気づかわれる始末。
流石はブルーメリッターとかいう騎士だ。結構な戦闘行為だったはずなんだが、まるで平気なご様子。伊達で騎士名乗ってんじゃねーんだなと関心。


「ああ、気にすんなよ。ちょっと癪だがヴィータの言う通り自業自得。俺に構わず温泉入って来いよ」


そう言ってみたが3人はまだ心配顔で此方を見てきたので、俺は再度行けと強く言うと渋々ながらようやく温泉に向かって行った。また夜天とザフィーラも俺の傍を離れるのを渋ったが、これも俺が半ば命令で温泉に行かせた。
残った俺はというと旅館の冷蔵庫に入っている高いビールを飲み、一服したあと温泉街へと繰り出した。精神は疲れているが肉体はそうでもないので歩くのは苦ではなかった。

温泉街はよくも悪くもありきたりなものだった。
饅頭、お茶、キーホルダーといった定番な土産を置くお店とお食事処。宿泊客らしい浴衣を着た人も数名窺えた。
結局、俺はアイスクリームを一つ買っただけで温泉街を後にすることにした。やっぱり俺も温泉入っときゃあ良かったと思いながら踵を返し、旅館へと戻る道を歩いた。

────その店を見つけたのはそんな時だった。


「あれから何年ぶりだぁ?前は京都にあったのに今度はこんな所に……相変わらず神出鬼没な店だなぁオイ」


変わらず古めかしい木造建築。人の寄り付きそうにない店構え。扉の横には申し訳なさそうに立ててある店名が書かれた看板。


「さて、見つけちまったからには入らねぇわけにはいかねーな。あんな古本渡しやがったんだ、文句の一つも言わねぇとよォ!」


なんでも屋『アルハザード』。

数年ぶりに見たその店はやはり不気味なほど変わり映えしていなかった。





[17080] ゴ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/04/13 03:44

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」


数年前とまったく変わらない言葉と共に店の奥から姿を見せた男性は、案の定その容姿も数年前と変わりがなかった。
知的な眼鏡とバーテンダー風な服装の男性。皺のまったくない潤いを持っている顔は20代後半に見え、やはりそれも数年前と変わりない。

本当に気持ち悪いほど変わっていない。数年前から……いや、初めて会った時からか。


「おやおや?……ふふ、またまた君ですか。どうもお久しぶりです」


数年前と同じようにやはり俺の事は覚えていたようだ。

男性は笑顔で近寄ってくるとまたいつかの観察するような目つきになり、少しして眼鏡をクイっと押し上げてその笑みをより濃くした。


「どうやらあの子は起きたようですね。お疲れ様です」

「……あんた、ホントに一体何モンなんだよ?」


男は小さく声に出して笑うと奥へと引っ込み、やがて二つのティーカップを持って戻ってきた。


「どうぞ、そこの椅子に掛けて下さい」


そう言うと男は勧めた椅子の対面に位置する椅子に座り、それぞれの前に紅茶の入ったカップを置いた。


「まずはお礼を言っておきましょうか。あの子たちを受け入れてくれてありがとうございます」

「よく言うよ。ガキん頃の無垢な俺にあんな得体の知れん古本を寄こしといて」


俺の言葉に可笑しそうな笑みを浮かべる男性。
以前から思ってたが、ホントなに考えてんのか分かりずれぇ奴だ。


「あんた、何モンだ?」


先ほど答えが返ってこなかった問いをもう一度ぶつける。しかし、また男性は口を意味深な笑みの形にするだけ。

やりずれー……。


「魔導師、なんだろ?夜天の写本なんてモンを作れるくらいなんだから」

「そうですね、間違ってはいません」

「あん?合ってもねぇのか?それとも何か足りない?」

「ふふ。さて、どうでしょう?」


こ、こいつ、マジでやりずれー!飄々としてのらりくらりと言及をかわしやがる。

男性の言動に少しイラっとなる俺。気を落ち着かせるため紅茶に手を伸ばそうとした時、また図ったように男性が唐突に言葉を発した。


「アルハザード」

「?」

「それが答えです」

「は?」


いや、答えって……それここの店名じゃん。それともその言葉自体になんか意味あんのか?
どっちにしろわかんねーよ。

もう俺は本や男性についての追求はやめる。知ったところでどうなるってわけじゃねーし、今更写本も返すつもりはねぇからな。ありゃあ、もう俺のモンだ。
というわけで、今からはレッツ愚痴&文句タイム!


「よぉ、店長さん。あんたなら察してるかもしんねーけど、かなり大変だったんだぜ?つうか現在進行形で大変なんだよ。金が馬鹿みたいにかかるし、一人クソ生意気なガキはいるし」

「ふふ。ええ、お察ししますよ。でも、実はそれ以上に嬉しいでしょう?美人の女性3人や幼女と同棲出来て」

「まぁな……って、そうじゃねーよ!苦労してんだよ!」


いや、実際はあんたの言う通りなんだけどよ!でもここでその流れは違くねぇか?てか、店長もやっぱ男だなオイ!


「良かったじゃないですか。苦労は苦労でも原因が女性なら、男としては本望でしょう。それで不満の声をあげるなんて贅沢ですよ?」

「あんたのその考え方に不満の声をあげる!」

「とっても大きな子、大きな子、ほどよく大きな子、ぺったんこな子、よりどりみどりじゃないですか。さらに獣耳な男の子まで……どんな趣味でもばっち来いじゃないですか」

「あ、あんたなぁ……」


この人、こんなキャラだったか?数年前はもっとミステリアスな印象だったぞ?


「魔法生命体とはいえ身体の作りは人間のそれ。しかも皆君を慕っているでしょう?一体何が不満……あ、もしかして不能ですか?」

「全開だよ!」

「では一体なにが……」

「だからっ……あークソ!」


ホントに調子狂うな。なにをどう言って、どこから突っ込めばいいか……。

頭を抱える俺を他所に男性は何かを考え込み、少ししてポンっと手を打った。その顔は人が何かを閃いた時のそれだ。
………なんか嫌な予感が。


「不能ではなく全開…つまり絶倫!なるほど、不満だったのは数ですね!」

「オイ、ちょっと待てやコラ」

「女性の守護騎士4人では足りないと、なるほど。いいですね~、若いって。しかし、それが分かれば解決は簡単!女性の数が足りないなら増やせばいい!ちょっと待っててくださいね」

「待てっつってんだろうがぁぁ!」


俺の訴えも空しく、男性は俺を色魔か何かと勘違いして奥に引っ込んでいった。
つうか、増やすってなんだよ?数を増やす?おいおいおい、あんまいい予感がしねーぞコラ!まさか女性をつれて戻ってくるなんて事は……。

しかし、その予感は外れ。
程なく戻ってきた男性の手には薄っぺらの紙が1枚だけ。女性はいない。………少しだけがっかりしたのは秘密だ。


「ンだよ、それ」

「これはですね、君にあげた写本の1ページです。写本を作る時、安全装置代わりに予め数枚抜き取っておいたんです」

「安全装置?」

「はい。私の書いた写本が悪用されて害を及ぼすものになったら嫌ですからね。この抜き取ったページを燃やせば、写本本体も消滅するようにしておいたんです」


おいおい……過激っつうか、用意周到っつうか。てか、そんな心配すんならハナっから渡すなよ。それも今更だけどよぉ!


「それで?なんで今そんなモン出すんだよ」

「ところで君は『王様みたいな傍若無人な子』『天然でアホのボクっ子』『丁寧で落ち着いた物腰だけど、ちょっと物騒な子』、この3つの中で選ぶならどんな子がいいですか?」


人の質問には答えず、逆にそんな事をいきなり質問された。

聞けよ俺の言葉。それにあんたの質問は意味も意図も分からん。


「おい、いきなり何を──」

「どれです?」

「………なんだっつうの。ンじゃ、3番目」


訳分からんが答えにゃ先に進みそうにないので、特に考えず適当にそう言った。

俺の言葉を聞くと男性は一つ頷き、持ってきた紙に懐から出した変な形のペンであのまったく解読不能な文字をサラサラと書き出した。


「なに書いてんだ?つうか、それってどこの文字?」

「…………」


返事なし。集中しているようで、俺の声などまったく耳に入っていない様子。ホントなんなんだ?
手持ち無沙汰になった俺は紅茶を飲みながら待つこととにした。

それから約10分後、いい加減もう帰ろうかと思っていた時ようやく男性に反応が見られた。


「───うん、完成。どうです?」


そう言って紙を俺に見せてくる男性。しかしながら、その書いてある文字の読めない俺。どうだい、と聞かれても答えられるはずがない。よって適当に返す。


「ふーん。で、結局それはなんなんだよ?」

「さっきも言ったようにこれは夜天の写本の1ページ。白紙のまま抜き取ったとはいえ、その在り方は変わりません。そこに私がまた新たに魔導を書き込んだんですよ。だから、そうですね……いわばこれは夜天の写本の断章」

「はあ、断章ね」


正直よく分からん。数を増やすとかなんとか言っていたけど、まさかそれはその断章を写本にくっつけてページ数を増やすって事か?


「で、その断章をどうすんだよ?」

「もちろん、改めて写本に入れてきちんとした章にします。ああ、ちなみにこの章は『理』を司ってます」


ああ、やっぱページ数を増やすだけか。女性を増やすとかどうのこうの言ってたけど、それはどうやら俺の勘違いだったようだ。
つうかさ、もうそうしたら写本じゃなくね?その断章って完璧オリジナルだろ?それとも正本にもちゃんと理の断章ってのがあんの?………まっ、どうでもいいけどよぉ。

俺はその断章についての詳しい説明も聞かず、写本を呼び出しさっさと新しいページを入れた。そして一言挨拶すると踵を返して出口に向かう。
もういい加減帰りてぇんだ、本当にこの男性の相手は疲れるから。


「ンじゃ、もう行くわ。茶ァありがと。もうこの店見つけても入らねーからよ」


そう言って出て行く俺は、しかしドアを開けたところで男性に呼び止められた。続けて言われた言葉はやっぱり訳が分かんねーモンだった。


「近いうちに写本に魔力を与えてみてください。面白いことがおきますから。あ、でも与える魔力は君や騎士たち以外じゃないとダメですからね。それとその魔力の持ち主は女性の方がいいですよ?───では、またお会いしましょう」


俺はもう会いたくねーよ。つうか会わねー。
男性の存在を背中の向こうに感じながら、俺はなんでも屋『アルハザード』後にした。


───俺はこの時取り返しのつかない間違いを犯していたのだ。

───その断章はなんなのか?その能力は?……きちんと詳細を聞いておくべきだった。そして決して断章を写本に追加するべきではなかったのだ。

───後悔先に立たずという言葉を俺は後に体験することとなる。









アルハザードを出て温泉街を抜け、旅館に戻ってきた俺。この後は温泉に入った後、夕食までビール片手に部屋でゆっくりするかと考えていた。
シグナムたちはまだ温泉に入っているのか、それとも散歩にでも行ったのか、部屋には誰もいなかった。俺は鞄から着替えを取り出そうとしてここの浴衣があるのを思い出し、どっちを着ようか少し悩んだ後やっぱり浴衣を手に取った。
『やっぱ温泉と言えば浴衣か』、そう思いながら部屋を出て大浴場に向かおうとした時、ちょうどシグナムたちが帰ってきた。


「あ、ハヤちゃん、まだ温泉に行ってなかったんですか?とても気持ちよかったですよ」

「主の言う通り、温泉とはとても素晴らしいものでした。はい、もう本当に」

「ふふ、将は何度も露天と中の風呂を行ったり来たりしていたな」

「うちの小っせぇ風呂もいいけど、デカいのはやっぱいいな!泳げるし」

「風呂上りの牛乳が格別だった」


上からシャマル、シグナム、夜天、ヴィータ、ザフィーラの弁。
どうやら5人は温泉をいたく気に入った様子。顔を火照らせ満足げに笑っている。いつもは寡黙なザフィーラも小さく微笑んでいる。

俺もそんな皆の嬉しそうな様子を見て、温泉に来て良かったと改めて思った。


(浴衣姿万歳!!)


本当に来て良かった!

まずはシグナム。あの浴衣を押し上げているメガデス級メロン!浴衣という薄い生地な上、さらに胸部のみサイズが合っていないのでそこだけパッツンパッツンのピッタリフィット。お胸様の形が手に取るように分かる!───ああ、実に素晴らしい!!

次に夜天。いつもはリボンもなにも着けず、ただ降ろしているだけのストレートな髪形の彼女。それが今はどうだ!長い髪をアップにし、いつもはその髪で隠れている可愛い耳がちょこんと出ている。極めつけは儚げな色気を放っているう・な・じ!───ああ、むしゃぶりつきてぇ!!

3人目シャマル。健康的な白い肌が今はほんのり赤くなり、ホゥと吐息を吐く様はまさに艶の一言!さらに髪が数本僅かに顔に張り付いており、その色っぽさは倍率ドン、さらに倍!───ああ、めちゃくちゃにしてぇ!

4人目ザフィーラ。胸板!

5人目ヴィータ。特に見るとこ無し!


「いい……いいよ、お前ら!最高だ!俺の最高の騎士たちだ!!」


眼福すぎるぞコノヤロウ!しかも風呂上りだからいい香り付きだしよぉ!VIVA、VIVA、VIVA!!


「あの、主にそう言っていただけるのは光栄の至りですが、いきなりどうしたのですか?」

「なんでもねぇ、なんでもねぇぞ夜天。ただ俺の迸るハートと高ぶるビートのままに叫んでみただけだ」

「なに言ってんだか、コイツは」


ぺったんこのガキが呆れた目で見てくるが、どうぞ好きなだけ呆れろって話だ。今の俺はいろいろMAXだ!


「気持ち悪ぃな、へらへらして。さっさと風呂入って来いよ。……そんでゆっくり身体休めろ」


OK、ツンデレ。確かにそろそろ気を落ち着かせねぇと風呂入る前にのぼせちまう。

俺は最後に今一度3人を見た後、興奮冷めやらぬまま大浴場へと向かった。







大浴場にはおおよそ10名の男たちがいた。それが多いのか少ないのかは分からないが、温泉は広いのであと10名増えても狭くは感じないだろう。
俺は桶で湯をかけ、タオルが湯に浸からないよう温泉に入った。この温泉の効能がどんなものかは知らないが、やはり大きな風呂というのはそれだけで気持ちいい。外には露天も見えるので後で行ってみよう。


「おや?……もしかして鈴木さんですか?」


肩まで温泉に浸かり目を瞑っていた時、ふと俺を呼ぶ声が聞こえた。そちらに目を向けてみればそこには古傷だらけの引き締まった体をもつ男性が一人。

シャマルのバイト先の喫茶店の店長、高町士郎さんがそこにいた。


「あ、高町さん。どうもこんにちは」

「どうも。いやぁ、どこかで見た顔だと思いましたがやっぱり。今日はどうしてここに?」


言いながら高町さんは俺の隣に入ってきた。


「ええ、ちょっとシャマルのやつに旅行に行きたいとせがまれて……あ、シャマルがいつもお世話になっています」

「いえいえ。シャマルさんは人当たりがいい上料理も上手ですからね、こちらも助かっていますよ」

「それは何よりです。どんどんこき使ってやってください」


一度挨拶に行ってそれっきりなのに、まさか俺の事を覚えているとは驚きだ。それにガキの俺に対しても丁寧な物腰で……こういう人がきっとデキた大人というやつなんだろうな。俺にはなれそうにない。


「それにしてもいいですねぇ、彼女と旅行なんて。俺もたまには家内とふたりっきりで旅行にいきたいですよ」

「はは、いいじゃないですか、家族で旅行も。それとシャマルは彼女じゃないですよ。姉…いや、妹?まあ、家族のようなモンです」

「家族……?あ、いや、そうですか、彼女さんじゃなかったんですか。これは失礼」


高町さんは俺とシャマルが家族だというのを少しだけ訝しんだようだ。まあ、そりゃそうだな。明らかに血が繋がっているように見えないし。ただそこで詮索してこない高町さんはやっぱり大人だ。


「そちらは今日はご家族で?」

「ええ。うちとうちの息子の彼女の家族と娘の友達で」

「はあ…それはなんとまぁ大人数ですね。お疲れ様です」

「ハハ、いや疲れている暇もありませんよ」


日ごろは喫茶店の経営に休日はこうやって家族サービス。お父さんという立場は中々大変だよな。

それから俺と高町さんは雑談しながら一緒に風呂に入り一緒にあがった。

俺はシャマルがお世話になっているお礼とお疲れ様の意を込めて、売店で瓶ビール2本とおつまみを買い、近くの休憩スペースにある椅子に座って高町さんと軽く飲み合うことにした。


「フリーターか。いや、でもこのご時勢それもしょうがないさ。どこでもいいから就職したいっていうならともかく、隼君はきちんとした企業に就きたいんだろう?ならゆっくり時間をかければいいさ」

「そう言ってもらえるとありがたいッス。うちの親は早く仕事に就けの一点張りで」

「ハハ。それも君を思っての事、親心さ」


軽い酒宴に入って1時間。俺と高町さんの口調は少し砕けたものとなり、お互い酔いが回ってきたのか歳の差を気にしないで話し合っている。

ちなみにテーブルの上を見れば空のビール瓶がすでに5本。……あ、これで6本目。
あん?軽い酒宴じゃないって?気にすんなよ。


「あれ?もうねぇや。ちょっと買ってきますね」

「ああ、いいよいいよ、俺が買ってこよう」

「いえいえ、俺が」

「まてまて、俺が」

「それじゃあ俺は待ってますよ」

「いや、やっぱり俺が待とう」

「ンじゃあ、俺が──」

「それじゃあ、俺が──」


財布片手にお互いが行く・待つを交互に譲り合い。俺ら一体なにしてんだろうね?この場が3人ならダチョウさんのお家芸が出来んのに。
つうか俺も高町さんも結構酔ってんな。

そんな調子で10回くらいやり取りを繰り返していた時、いつまでも続くんじゃないかと思われていたコントは一人の少女の登場によって唐突に終わりを迎えた。


「お父さん、なにしてるの?」


歳は10歳前後、少し湿った茶色い髪と浴衣姿からどうやら風呂上りの様子。高町さんのほうを向いて「お父さん」といった事から、どうやらこのガキは高町さんの娘さんのようだ。その証拠に高町さんがそのガキの姿を見てだらしない笑顔になった。


「ん?おお、愛しのマイドーターなのは!」

「うっ…お酒臭い…」


高町さん、酒が相当キてんな。テンションが明らかにおかしい。


「隼君、これが俺の末の娘のなのはだ。で、なのは、この人は鈴木隼君。立派なフリーターだ」

「あ、えっと、高町なのはです!」


ちょこんと頭を下げたなのは。その顔からは若干の緊張が見て取れるが、それでもきちんと目をみて元気良く挨拶してきた。
流石は高町さんの娘、デキたガキだ。ヴィータにも見習わせてぇよ。


「おう、よろしくな。高町さんのガ──娘さんだ、親愛を込めてなのはと呼ぼせてもらう。なのはも俺んことは好きに呼べや。そうだな…『ハヤさん』なんかがオススメだぞ」

「ハヤさん?」

「おうよ。で、敬語とかもいらねぇからな。ガキはガキらしくだ!わぁったか?」

「えっと…うん。よろしくね、ハヤさん」


なんとも素直な奴だ。ガキらしい無垢な奴。

俺はなのはの頭をガシガシと大根を摩り下ろす感じで撫でる。それを受けたなのはは「きゃ~~」とか言って喜んでる。
いいね~、こういうガキらしいガキは大好きだ。


「突然だがなのは。これでビール1本買ってきてくんねーか?釣りはやっからよ?」

「隼君、なのはじゃ売ってもらえないよ」

「んあ?ああ、確かにそうっすね。……よし、ンじゃ一緒に行こうぜ、なのは!」

「え、でも飲みすぎなんじゃ……」

「ダイジョブ、ダイジョブ。ついでに菓子も買ってやっから、ほら行くぞぅ!」

「わわっ…!」


俺は渋るなのはの背を押し、おぼつかない足取りで売店へと向かった。そこでビール数本となのはのお菓子を買ってすぐに戻り、また酒宴開始。


「ほら、なのは。隼君に注いであげなさい」

「お?ワリーね!よし、お兄さんがお小遣いをあげよう!」


と、そんな感じで飲み続けることさらに30分。酒によりテンションあげあげ状態。気づけば何か知らんガキが2名増えていたが、それも特に気にせず俺と高町さんはさらに飲み続けた。


「お、お父さん、飲みすぎだよ」

「は、隼さんももう止めた方が……」

「ちょっと隼!臭い息吹きかけんじゃないわよ!」


なのはとその友達らしき少女A・Bに注意されるも、アルコールが回り完全にデキあがった俺と高町さんが聞くはずがない。ぐらぐらと揺れる視界をもって「ダイジョブダイジョブ」と答えた。

てか、少女A・Bはなんで俺の名前知ってんだぁ?つうか誰?いつの間に友好を築いたっけ?それより何よりいつからここにいる?………どうでもいっか!酒も美味いし。


「はい、ちゅうも~く!いきなりだけどここで一つ手品をしま~す!」

「お、いいね~。やっぱり酒の席には余興がなくちゃな!やれやれ!」

「………この酔いどれ共め」

「ア、アリサちゃんっ!」

「にゃはは……」


俺は持っていたコップを置き、椅子から立つと柏手を一つ。……その拍手に特に意味はねー。強いて言えば今からやりますよー的な?


「今、俺はなにも持ってませんよね?もちろん浴衣の中にも何もありませ~ん」


俺は手をぷらぷらし、浴衣の中にも何も隠し持っていないと証明するため上半身だけ浴衣を脱ぐ。そこで高町さんから「よっ、ナイス筋肉!」なんて言葉を貰ったので、調子づいた俺はポーズまでとってみた。


「えー、では今から俺が何をするかと言うと。何もない所から一冊の本を取り出してみたいと思いま~す!」

「よぉっ!待ってました!」

「「あ、あははは……」」

「ハァ……」


テンションMAXな俺と高町さんを尻目に苦笑しているなのはと少女B、少女Aは呆れているようだ。

まあ、見てろやお前ら。その苦笑や呆れを感嘆の吐息に変えてやっからよぉ!


「では、刮目せよ!んんんんんん…………はい!」


俺は4人の目の前に夜天の写本を呼び出した。──そう、これが俺の手品。

もちろん、これを見ている観客が魔導師なら写本を呼び出す時の魔力の発生でタネが分かるだろう。それ魔法じゃねーか!ってね。
でも今目の前にいるのは喫茶店経営者とそのお子さん、そして名も知らぬ少女A・B。俺が魔導師なんて事が分かるはずがねぇ。


「おお!隼君、すごいじゃないか!てっきりチャチなものだろうと思っていたが、なかなか本格的!」

「ふはははは!でしょでしょ?」


いい反応をしてくれるな、高町さんは。なのはも先ほどまで浮かべていた苦笑いが消え、そこには驚きの表情しかない。少女A・Bもなのはほどじゃねーけど驚いている。

いいね~、そういう反応期待してました!


「よし、ノッてきた!次は魔法の杖を出しましょう!んんんんんん…………はぁいい!」

「おお!!」


今度はあの剣十字をデカくしたような杖を出した。それを見て高町さんは拍手喝采。少女Bからも小さくパチパチと可愛らしい拍手が。少女Aからは『なかなかやるじゃない』的な雰囲気が。なのはに至っては驚きで声も出ていない様子。

やっべ、たっのし!そういう反応されるとやりがいあんぜ!
4人は魔法ではなくちゃんとタネのある手品と思ってるし、もうこうなりゃやるとこまでやってやんよぉ!


「次!空中浮遊します!んんんんんん…………とぅりゃああ!」

「うおおお!!」


酒をしこたま飲んだため、あまり上手く魔力の制御が出来ず1メートルくらいしか浮けなかったが、それでも拍手喝采な高町さん。少女Aもさきほどと同じような反応で、少女Bの方は「すごい、すごい!」と先ほど以上に喜んでいる。なのはなんて驚き通り越してただただ呆然としてるようだ。

やべぇよ、注目されるのって気分いいじゃねーか。もう止まんねーぞ?みんなの驚く顔がもっと見てぇ!


「よーし!ンじゃ、次はとっておきのかめはめ波を────」


そう言いながら構えを取ろうとしたその時……。


「おのれは何やってんだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

「ぐぼアっっ!?!?」


いきなり横っ腹にでっかい衝撃が襲い、浮遊していたその場から数メートル吹っ飛ばされた。

俺は咳き込みながらも気力をもって立ち上がると、アルコールと今の衝撃で尋常じゃないほど視界が揺れているのも気にせず殴った犯人に詰め寄る。


「テメェこの残念まな板!なにいきなりアイゼンを横っ腹にブチかましてくれてんだ!?あやうく飲んだ酒リバースするとこだったじゃねーか、このタコ!」

「タコはテメーだ!中々帰ってこねぇと思ったら、なにこんなトコでデバイス出して魔法使ってんだよ!」

「違う!手品だ!!」

「意味わかんねーよ!」


結局、このクサレとぎゃあぎゃあ騒いでたら旅館の人に注意され(つうか注意してくんの遅くねーか?)、俺はクサレに引きずられながら部屋へと戻っていった。

戻り際、高町さんとはまた飲む約束をしておき、ガキ達にもまた手品見せてやるからと言っておいた。ただその時のなのはの表情が少しぎこちない笑みだったのはどうしてだ?




[17080] ロク話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/04/25 01:12


「うヴぉえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」


訳分からん奇声から始まってわりーな。今、どんな状況かというと部屋で盛大にゲロってんのよ。原因は言わずもがな先ほどまでやってた高町さんとの酒宴───だけではない。あの後、部屋に戻ってからもシグナムたちの静止の声も聞かず、一人で飲んだのだ。焼酎をロックで。

いんや~、まいったね。ちょい飲みすぎたわ。


「主、大丈夫ですか?」


そう言って俺の身を安じてくれているのはやっぱり優しい夜天。ちょっと前から俺の背中をさすってくれている。その優しい手つきは秘め事中の愛撫にも似て(経験はないが何となく)、艶かしささえ漂っているようだ。
そんな手つきで撫でられれば、いつもの俺なら狂喜乱舞でもしているだろうが、生憎と状態が状態。気持ち悪さで死ねる。


「ああ、私が代わってあげられたら……」

「夜、天……、お前は……本当に……、優し───う゛ッ!?」


言い終わらないうちにまたリバース。もう胃液しか出ない。

辛すぎる。二日酔いした時の朝に比べればまだ幾分マシだが、それでもこりゃ地獄だ。ホント、飲みすぎたわ。

仮家族での初めての旅行、高町さんとの語らい、可愛いなのはとの出会い……羽目外すのには十分な要因だ。


「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ~。少し落ち着いた」

「主、お水飲みますか?」

「いい。……今はなにを胃に入れても吐く自信がある」


俺はガンガンする頭を抱え、背中を夜天にさすられながら洗面所を出た。が、すぐまた洗面所に戻りたくなった。洗面所の扉を開けたら部屋に充満している食い物の匂い。
テーブルにはいつの間にか運ばれていた料理がずらりと並んでいた。


「大丈夫ですか、主隼」


そう言って近寄ってきた心配顔のシグナムに、しかし俺は笑みを持って答えられなかった。

料理の匂いでまたリバースしそうだ……。


「ったく。だからあれほどもう飲むなっていったじゃねーかよ」

「主はもう少し加減というものを覚えるべきかと」


耳が痛いヴィータとザフィーラの言葉。夜天とシグナムからの「おいたわしい」という視線もなかなか堪える。
ただそんな騎士たちの中で唯一、こちらに声を掛けることはおろか視線も寄こさない者がいる。


「……よォ、シャマル、生きてっか?」

「ハヤちゃんのばか~~……」


そんな唯一の者……シャマルは今現在うつ伏せでぶっ倒れている。
声に元気がなく、ここからじゃ窺えないが、たぶん顔を見れば俺のように血の気もないことだろう。

シャマルがなぜそんな状態なのか……それは最初、夜天ではなく彼女が俺の背中をさすってくれていたから。……いや、その言い方は正確じゃない。正しくは俺の背中をさすりながら俺の嘔吐する様を見ていたから。

簡単に言おう。彼女は所謂『もらいゲロ』をしたのだ。数分前まで仲良く並んでゲロってたぜ!


「いや~、なんつうか悪ぃな。でも主のゲロ見て気持ち悪くなる騎士もどうかと思うぞ。あれだ、俺のゲロは聖水だと思え」

「絶対無理ですっ!」

「ンじゃ、もんじゃ焼きあたりで」

「ゲロももんじゃ焼きも一緒です!」

「いや、ちげーよ」


もんじゃ焼きマニアに謝れ。まあ、確かに見た目は似てっけどよ。

それは兎も角、守護騎士がゲロ如きでいつまでもダウンしてんじゃねーよ。


「おら、全員席に着け。飯食うぞ」

「……あの、ハヤちゃん、私は今はあまりいらない───」

「うるせえ。多少気分が悪かろうが食え。こちとら相応の金払ってんだよ」


俺だってまだ気分は最悪だ。頭痛いし咽喉はヒリヒリするしな。しかし食う!残すなんて言語道断だ!吐くにしても一度は味わう!使った金無駄にはせん。


「いいか、全部平らげろよ。米粒一つ残すな。特にヴィータ、野菜残すんじゃねーぞ!」

「……わかってんよ」

「ザフィーラにあげるのも無しだかんな。テメェの分はテメェで食えよ」

「う゛っ……」


やはりいらない物はザフィーラにあげる心算だったようだ。ったく、これだからお子ちゃまは。そんなんじゃシグナムみたいになれねーぞ?………果たして人間のように成長すんのかは知んねーけど。


「そんじゃ手ぇ合わせて────いただきます!」

「「「「「いただきます」」」」」









人とは学習する生き物なんだが、それ以上に欲求にはかなり忠実。特に俺は。
例えばパチンコ。いくら負けても「次こそは」といって次の日にまた勝負に行く。
例えばタバコ。体に悪いと知っているがどうしても止められない。禁煙なんて1日続かない。

で、あるからして。

夕食に付いてきた酒を俺が飲まないはずがない。いくらさっきまでゲロっていて気分最悪の身でも「飲まない」という選択肢はなかった。
で、飲んだ結果が──


「気持ち悪ぃぃぃ、頭痛ぇぇぇ……」

「馬鹿だろ、お前」


頭を押さえ、だるい体を畳の上に横たえてる俺。ヴィータの言葉に反論する気力も起きん。
飯食ったらもう1回温泉入りたかったんだが、今はあまり動きたくない。


「なあ、シャマルよぉ。お前回復魔法って得意だったよな?この飲みすぎ、頭痛、胃のもたれ、吐き気って治せねぇ?」

「ええっと、体の負傷とか体力回復なら出来るけど内面はちょっと難しいです。ていうか、それが出来れば自分に使ってます」

「そうか……まあ、魔法も万能じゃ───うっ!?」


─────ごくん。

あ、あぶねぇ…もう少しでブチ撒けるところだった。……ハァ、だりー。


「主隼、もう寝たほうが良いのでは?」

「んあ?ああ、そうだなぁ……」


シグナムの言う通りにするか……いや、でも温泉にも入りてーしな。気分も良くなりそうだし。


「シャマル、旅の鏡とかいうやつで俺を温泉まで転送出来ね?」

「それもちょっと………。腕一本くらいなら兎も角、体全部は多分無理です。それにあれは元々対象を『取り寄せる』魔法ですから」


そうかよ。ハァ、儘ならないねーな。しゃあねぇ、テメーの足で行くか。

俺はゆっくりと起き上がりタオルなどを手に取る。その際シグナムが体を支えてくれ、さらにその際メロンが体に密着したのでちょっと気分が楽になった。


「ンじゃ、ちょい行って来るわ。お前らはどうする?」


そう聞いた俺にまずはシグナムと夜天が「お供します」と反応、次にヴィータとシャマルは「ここでゆっくりテレビを見ている」と言い、最後にザフィーラは「散歩に行く」と。
出来れば話し相手としてザフィーラと一緒に風呂に入りたかったが折角の旅行だ、各々自由でいいだろう。
取り合えず1時間後にはこの部屋に戻っているように皆に言い、俺達はそれぞれの行動を開始した。

俺はシグナム、夜天を連れ立って大浴場へ。その道中、2人から簡単な魔法講座のような物を聞かされたのだが、俺はそれを右から左だった。だって興味ねーし。
しかし、ただ1点。とてもとても良いことを聞いた。


「ユニゾンは主である者の肉体が表に出るのが通常ですが、反対に融合騎である私が表に出る事も可能です。ただ主の負担は通常のそれに比べて大きくなってしまいますが」


との事。

これ、使えね?夜天の体に入る、つまり極論すれば俺は女の体になるってことだろ?……女風呂、覗き放題じゃね?
流石にそんな考えは言えないのでまだ実行できないが、これはきちんと覚えておく必要があんな。

と、そんな不埒な考えをしながらつつがなく大浴場に到着。


「では主、私たちはこちらですので」

「多分長居すると思うので、主は先に戻っておいてください」


そう言って女風呂の方へと姿を消した2人。いつかあの先を見てみたいもんだ。つうかシグナムの奴は相当温泉が気に入ったらしいな。あの目の輝きを見るに多分1時間たっぷり入浴するつもりだ。


「ンじゃ俺もむさ苦しい男だらけの風呂に入るとしますかね」


そういやヴィータくらいの見かけの歳って男湯OKだっけ?チッ、あいつ連れてくるんだったな。あいつのロリ体系に興味は微塵もないが、一緒に入れば話し相手になって暇潰せただろうし。

そんな事を考えながら男と書かれた暖簾を潜ろうとした時、視界の隅にちっこい影が映った。まさかヴィータかと思ってそちらを向いて見れば、そこにいたのはつい数時間前に知り合ったばかりのガキがいた。そのガキは俺を見ると驚き顔で立ち止まり、少ししてこちらに歩いて来た。その顔は何故か緊張気味。


「……こ、こんばんわ、ハヤさん」

「よぉ、お前も今から風呂か?なのは」


そのガキ、高町なのはは、しかし俺の質問には答えず何か戸惑っている様子。

おいおい、何よそのどう接していいか分からないって感じは?俺ぁ結構コイツの事は気に入ってんのに、そんな奴からそういう反応されんのは寂しいぞ?


「んだよ?どうした、なんか言いたい事でもあんのか?」


その言葉を聞いたなのはは何か覚悟を決めたような顔になり、少し身を乗り出すように口を開いた。


「ハ、ハヤさんっ、あの手品って言って見せた本や杖だけど───」

「ああ?何かと思えば手品の事かよ。教えて欲しいのか?」


こんな神妙な顔つきして出てきた言葉がそれとは……拍子抜けというか何というか。
まっ、なのはくらいの歳ならあんな魔法みないな手品(事実、魔法なんだが)には興味が湧くんだろうな。すっげぇ驚いてたし。可愛いやつだ。


「けどな、俺の手品は生憎と教えられるモンじゃねーんだわ。選ばれた者にしか出来ねぇ技法だかんな」

「え?あ、えっと手品を教えて欲しいんじゃなくて───」

「まっ、でもなのはの頼みだかんなぁ……よし、代わりと言っちゃなんだがまた今から違う手品見せてやんよ」


そう言って俺はなのはの肩を押して歩みを促す。進む先は男湯。


「いやぁ、ちょうど風呂入ってる間の暇つぶしの相手が欲しかった所だ。行こうぜ」

「にゃ!?い、一緒に入るの!?男湯の方に!!?」


先ほどの神妙な顔つきはどこへやら、あわあわと狼狽し赤くなるなのは。ヴィータにゃ期待出来ない反応だ。


「なーにガキが一丁前に恥ずかしがってんだよ。なのはくらいの歳の奴なら男湯でも普通に入れんだから。超絶手品も見せてやっから、オラ行くぞー」

「にゃあああ!?」


しかし結局なのはは俺との混浴を断り、女風呂へ逃走してしまった。今度会った時少しイジメてやろうと心に決めつつ、俺はヴィータを念話で呼び出したのだった。理由は言わずもがな。
もちろんヴィータは嫌がったが主権限を発動して無理やり入れた。











家族で来た旅行の夜というのは中々やる事がないモンだ。テレビ見るか、ただ駄弁るかくらいしかない。これが友達と来た場合だったなら温泉街に繰り出したりして遊んだろするだろう。

そしてそれは俺たちも例に洩れず暇を持て余していた。先ほど1度だけヴィータとど突き合ったくらいで他には何もイベントなし。
こうなるともうやることなど限られてくる。


「寝るか」


これしかない。
時間はまだ早いが今日は色々あって疲れたので俺はすぐにでも寝られる。そしてそれは皆も同じだったのか、俺の提案に特に異を唱えず就寝の準備に取り掛かった。


「明日の朝飯は8時だかんな。7時には起きろよ」


そう言いながら俺は部屋の電気を消した。そして布団に潜り込みさっさと眠りに就く………わけねーだろ。

先ほども言ったように確かに家族での旅行の夜というのはやる事がない。その考えは間違っていない。間違っているのは『家族』の部分。
俺たちは本当の意味で家族ではない。血のつながりのない、ぶっちゃけ他人だ。だが、だからこそなのだ!つまり………他人=欲情OK!


(夜天とシグナムとシャマルの寝顔がついに拝めんぞ!しかも運が良ければ浴衣が捲くれ上がったあられもない姿も!?)


家では当たり前に別室で男女別れて寝ているが今日は違う。皆同じ部屋に雑魚寝。
このまま俺は静かに起き続け、皆が寝静まった頃合を見計らって行動。寝顔覗きみたり、写メ撮ったり、その他いろいろ見たり!もしかしたら何かの拍子に触っちゃたりなんかりしちゃったりして!?


(さらに寝息や寝言も聞き放題!今夜はフィーバーだッッ!!)


……待て待て、落ち着け俺。夜は長いんだ。1時間、いや30分の辛抱だ。30分もすれば皆寝るだろう。そうなれば後は俺のターン!思う存分視姦してやんぜ!


──────しかし、そんな俺のささやかな夢の叶う時は訪れなかった。


「「「「「ッ!!」」」」」


それは突然だった。
皆が布団に入って10分くらい経った頃、突然なんの前触れもなく5人が布団から上半身を起こしたのだ。その視線は5人ともが同じ方角を見つめている。
対して俺はただただ驚いていた。何せ俺は来る眼福の時を夢見て興奮していたのだ。その対象がいきなりこんな反応を見せたので、そんな訳ないのにまさか俺の思惑がバレたんじゃないかとドキドキ。


「どどどうしたよお前ら。俺ぁまだ何もしてねーぞ!ほら、早くおやすみしろ」

「この反応は……」

「魔力?いや、しかし…」

「魔導師、って感じじゃない……」

「なんだよ、これ?」

「………」


俺の言葉をガン無視で何か思案している5人。

一体なんなんだよ?何でそんな険しい表情してるわけ?ンな事より早くオネムしろよ。そんで俺にあられもない姿を見せてくれ!


「お~い、お前らマジでどした?」

「……主はお気づきになりませんか?」


シグナムがとても険しい表情で見てくる。しかし俺の方はそんな彼女に付いていけない。

は?気づくって何によ?そんな重大な事あった?


「詳しい位置は分かりませんが、ここからそんなに離れていない所に魔力反応があります」

「あん?魔力反応?………魔導師でもいんのか?」


俺ら以外の魔導師で思い浮かぶのはあの金髪のガキ。あいつが近くにいんのか?それともまた別の奴?
てか、俺魔力反応なんて感じねぇんだけど?アルコール入ってっからそういう感覚が鈍ってんのか?


「いえ、多分魔導師ではありません。何というか、もっと純粋で無機質な感じがします」


いや、意味分かんねーよ。つまりどういう事だよ?

頭を捻る俺に今度はいつの間にかクラールヴィントを出しているシャマルが険しい顔で言葉を発した。


「小さいけどまた魔力反応、……こっちは魔導師だわ」


マジで一体全体どうなってんだよ?展開が急過ぎて付いていけねーんだけど。つうかさ、ンな事より俺の視姦タイムは?お前ら早く寝ろや。

一人今の状況に付いていけず呆然と布団の中で寝そべっている俺。そんな俺を他所に5人はこれまた突然立ち上がり、それぞれが部屋にある窓の方へ。


「って、オイオイ待て待て!どこ行く気よ!?」

「主隼は先にお休みになられて下さい。我らは少し様子を見てきます。──ザフィーラはここに残って主の守護を」

「ああ、了解した」


そういうとシグナムを先頭に今にも窓から飛び出さん勢いだ。もちろん俺はこいつ等を行かす気はない。折角の視姦タイムが無くなっちまうからな!


「ストップストップ、行かなくていいって!ンな反応ほっといてもう寝ようぜ!」

「いえ、そういう訳にもいきません。魔法関係は無視する主の意向には賛成ですが、情報収集や事態の把握はしておいて損はありません。後々危機回避の役に立つかもしれませんから」


そうかも知んねーけどよぉ!………俺の視姦タイムがああああぁぁぁぁぁ!!


「マジで行くの?」

「はい」


………ガッデム!!俺の夜のお楽しみがぁぁぁ!?

あああっ、もうどこのクソッタレだ!俺のお楽しみを邪魔してくれやがってよぉぉ!!あの金髪のクソガキか!?それとも管理局員とかいう奴らか!?

許せねぇ……。


「───ろして来い」

「はい?」

「行くならきっちりぶち殺して来い!中に金髪のガキが居たらそいつは5分の1殺し、後の奴らは証拠も残さず全殺しだ!ついでに蒐集とかいうのもしろ!見敵必殺ッ!!」

「ハ、ハヤちゃん、いきなりどうしたの!?」

「あと数十分で訪れたであろう、俺の至福の時間を奪った奴らなど生かすべからず!」


豹変した俺の態度に戸惑い気味の5人。そんな5人に俺は夜天の写本を渡して布団に潜り込んだ。
不貞寝だ不貞寝!やってられっかよクソ!


「あ、あの主、時空管理局の事を考えると様子見だけで済ませ、戦闘行為は避けるべきかと……」

「管理局?ハッ!管理局だァ!?ンなの知るか!なんなら魔法使わずその辺の鉄パイプで撲殺しろ!なら管理局もチャチャ入れねぇだろうよ」

「……お前、なんでそんな怒ってんだよ?」


怒る?俺が?たかが至福の時間を邪魔されたくらいで?ハハハ───ぶちギレだよ!!

確かに「殺すなんてやり過ぎなんじゃ?」なんて思われても仕方ないかもしれない。だが今一度よく考えろ。夜天、シグナム、シャマルの寝顔だぞ?その辺の女優なんて鼻クソに見えるくらいの美女の寝顔、それを見れる機会を失ったんだぞ?いち男として、こんな大事はねぇぞ!
想像してみ?彼女たちの寝顔を、───想像したか?それが見れなくなったんだ!だから邪魔した奴は死んで当然!!否、死ぬ義務がある!!!


「いいから、行くんならさっさと行って来いや!おらザフィーラ寝るぞ、枕になれ」


俺は無理やりザフィーラに獣形態を取らせ、彼の腹を枕に不貞寝を決め込んだ。
……主である俺は行かねぇのかって?行かねぇよ、めんどくせぇ。

騎士たちはそんな主を見てどうしようか少し悩んだようだが、結局窓から出て空の彼方へと消えていった。


「あ~あ……ザフィーラ、せめてお前が女性体だったらなぁ」

「……無理を言わないで頂きたいです」

「ハァ……俺の計画が」


本当にどこのどいつだ?やっぱ管理局か?うざってぇ。シグナムたちには殺せと言ったが、俺も流石に本気でそう言った訳じゃない。そんな事すれば普通にサツに捕まっちまうしな。でもそれくらい怒っているのは確か。

───ああ、でもやっぱ死んでくんねーかなぁ。

そんな事を考え、さらにそれからも思考の紆余曲折があり、最後は「せめてエロい夢が見れますように」と考えながら眠りに就いた。






[17080] ナナ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/02 22:33

日が変わってすぐの時間。深夜、丑三つ時。

現在、そんな真夜中にも関わらず俺こと鈴木隼は部屋でタバコを吹かしている。

何故?と思われるかも知れない。なにせ約1時間前にザフィーラを枕に床に就いたばかりなのだから。
寝付けなかったのか?急にタバコが吸いたくなったのか?シグナムたちが帰ってくるのを起きて待っていたのか?ただの気まぐれ?………どれも違う。

答え───帰ってきたシグナム達に叩き起こされた。

では何故叩き起こされたのか?それを話す前にもう一つ知ってもらおう。今の俺の心境、気分を。
タバコはこの数分で既に何本も吸っている。足は残像が見えるほど貧乏揺すり。眉間には皺が刻まれている。
つまり今の気分は最低最悪。イライラ全開。

別にこれは睡眠を妨害されたからイラついている訳ではない。そんな些細なことじゃない。原因は起こされた内容によるもの。

さて、では話そう。何故叩き起こされたのか、その理由を、その内容を。
と言っても俺も訳が分からん状態なので、取り合えず一言で要約すると……。


「もう一度言うぞ?───なに幼女誘拐して来てんだよ!!」

「だからこれは違うのです!」

「なにがどう違うっつうんだよ!じゃあそこに居る黒いガキはなんなんだよ、あぁん!?」

「そ、それは……」


出て行った時の人数4人、戻ってきた時の人数5人。

そう。起こされてみれば何故か一人増えてたのだ。これがボインで綺麗なお姉さまならオールOKなんだが、生憎と正反対。絶望的にクソガキ。
そのガキはヒラヒラがいっぱい付いている黒い服を着、顔は一見してあの高町なのはにそっくりなのだが、それは顔だけ。髪の長さや纏う雰囲気がまるで違う。無表情だし。瞳に光ないし。

そんな高町なのは似のガキは先ほどから一言も喋らず、俺たちのやり取りを黙って窺っている。


「俺は全殺しにしろって言ったがお前らはしないだろう事は分かってた。偵察くらいで済ますだろうと思ってた。なのに蓋を開けてみればよりにもよって誘拐かよ!?管理局じゃなくて普通にサツにしょっぴかれんじゃねーか!」

「ですからこれは誘拐では……、どう説明すればいいのか我々もよく分からないのですが……」


どうもガキを連れてきたこいつら自身も混乱している様子。しかしだからと言って「ならしょうがない」で済むはずがない。
兎に角1から話して貰わない事には何も進まないようだ。

そう思い、取り合えず俺は再度説明の要求をしようとし、しかしその前に別の所から声が上がった。


「誘拐ではありません」


冷たい……いや、無機質なただ文章を読んだかのような口調。感情の乗っていない声。
そんな声を発したのが今まで沈黙していた黒いガキと分かるのに少し時間を要した。


「誘拐ではありません。私は自分の意思でここにいます」


意思の感じない声でそんな事を言われても信じられないが、取り合えずシグナム達に詰問するよりこのガキ自身から聞いたほうが早そうだ。


「じゃあ聞く。お前は何モンだ?」


一応俺も20数年生きてんだ。人を見る目はある程度持っていると思う。だから分かる………こいつぁ絶対カタギじゃねぇ。


「申し遅れました。私は夜天の書、その中の理の章から発生した魔導生命体です」


そう言った黒いガキに次の瞬間待ったの声を掛けたのは夜天だった。


「ちょっと待て、それはおかしい。騎士は我ら5人しか存在しないはずだ」

「私は自分が騎士だとは一言も言っていませんが?」

「むっ。では一体……」

「ですから理の章の魔導生命体です。それ以上でもそれ以下でもありません」

「……つまりお前は騎士としての役割は無いと」

「はい。ですが戦闘は行えます。その辺に転がっている有象無象の魔導師なら数瞬で灰燼に出来ます。そしてあなた達にとって鈴木隼が主のように、私にとっても鈴木隼は主です。そこは変わりません」


なんか淡々とした奴だな。見かけはなのはそっくりなのに、実にガキらしくない。可愛げがまるでない奴。俺、ガキらしくないガキってあんま好きじゃねーんだよなぁ。

そんな事を思いながらこいつらの会話を聞いていたが、ちょーっと聞き逃せない所があったな。出来れば聞き間違いであって欲しいが……。


「小難しい話してるとこ悪ぃがちょい待てや。黒ロリ、今お前何つった?」

「?その辺に湧いているクソ虫程度の魔導師なら一瞬で消し飛ばせます、と」

「ちっげぇよ!そうじゃなくて誰が誰の主だって?」

「あなたが、わたしの」


…………まぁよ、実はだいたい最初から予想は付いてたさ。シグナムたちが黒ロリを俺の下へ連れて来た時からさ。シグナムたちが正体不明の奴を主である俺に近づけるとは思えねぇから、きっと本能的(プログラム的?)にこのガキは夜天の写本の同志だって思ってたってことだろう?事実、同じような存在らしいし。て事はシグナムたちの主である俺は、そんな彼女達と同存在である黒ロリの主でもあると?なるほどな………。

────ふざけんな!


「ダメ、断る、無理、却下、不可、拒否!」

「何故です」


俺の否の言葉にいささか眉をしかめる黒ロリ。それはこいつが示した初めての人間らしい感情だが、問題はそこじゃない。

何故?何故と聞くか?


「金だよ金!金金マネー!世の中な、99%金なんだよ!金あっての人生なんだよ!金がなきゃ生きていけねぇんだ。そしてうちにはお前を養えるほどの貯えはねぇ」

「………世知辛いですね。ただそれが事実であれ、その様な『金が全て』といった物言いは止めた方がいいです。人としての、主としての、男としての価値を下げてしまいます」

「ハン!そんな目に見えねぇ価値なんていらねーよ」


現実の厳しさを知った黒ロリ。表情はあまり変化がなくほぼ無表情だが、それでも幾分かその瞳に悲しみの色が宿ったような気がする。
いや、それは気がするではなく、本当に悲しいらしい事が次の発言で分かった。


「私としては主の御傍で生を謳歌し、時々気晴らしに戦闘を行う事が望みですが、それのせいで主の迷惑になるのはとても不本意であり、大変心苦しい事です。……はい、分かりました。至極残念ではありますが、望まれぬ者は消えるが定め。追加したページを切り取って下さい。そうすれば私は消えますから」

「…………」


さてここで問題です。
見た目10歳前後のガキにこんな事を言われた22歳男性。果たしてここでこのガキを消した場合、俺は善い人?それとも悪い人?

答え。極悪人。


「あのよぉ、そういう言い方は卑怯じゃね?つうかさ、やっぱお前ってあのなんちゃらって断章から生まれたわけ?て事は極論すれば俺がお前を生んだって事?」

「そうなります。主が私を勝手に生み、また勝手に殺すのです」

「だからそういう言い方すんなやボケ」


確かに俺は店主から碌な説明も聞かず勝手に写本の中に断章を追加したがよ?なんも知らなかったんだって……って、それはそれで罪か。まさに無知は罪。
諸悪の根源はあの店主なんだろうけど、結局それも責任転換といえばそうだしなぁ。


「あの主、その断章とは一体……?」

「ん?ああ、そういや説明してなかったな」


よく考えれば俺はシグナムたちにあの店主にあった事をまだ喋っていなかったので、今更ながら簡単に説明しておいた。
その説明を聞いた皆は俺の軽率な行動に若干の呆れを見せたが、そんな反応も事が起こっては今更だ。


「しかしな、現実問題厳しいんだよな。お前の見た目じゃバイトなんて出来ねぇだろうしよ」


今でさえ結構ギリギリの生活だかんな。せめて数ヵ月後に出てきてくれりゃあ、ちったぁ生活も安定してギリ養えたかもしれんが。


「まあ住むだけなら何とかならん事もない。ガキ一人くらいならまだ何とか置けるだろうし、服とか日用品は使い回せばいい。しかし肝心の食費がもう無理。ホント無理」


今も俺が一日に飲む酒、タバコを抑え、さらに本の購入を止めてやっと6人が食える状態だからな。そんな中でさらに一人増えるとなると……うぅむ、インターネット解約すっかな─────って、待て俺。なに黒ロリを住まわせる方向で考えてんだよ?そうじゃないだろう!ここは断固として拒否の姿勢を………


「食費なら問題ありません」


………あん?どういう事よ?


「この世界の野生動物、また他次元の野生動物や魔法生物をハントしてそれを食せば食費は0です。また魔法生物の素材などは魔法世界の商人にでも売れば多少の金になると思われます」


またも見かけに反したアグレッシヴな事言ってんぞコイツ?物騒っつうよりぶっ飛んでんな。だが、そういう考えもアリっちゃアリだな。
しかし、それだって一時の凌ぎだろう。当面はいけるかも知んねぇけど、先の事を考えるとな………。


「……主」


無表情な、しかしどこか期待している顔をしている黒ロリ。そんなガキを見て俺の頭を過ぎるのは甘々な思考。


───先の事を考えて過ぎて、今目の前にいるガキの存在を疎かにすんのかよ俺?本当にそれでいいのか?


(それでいい、と簡単に言えれば俺はとうの昔に童貞捨てれてんな)


……え?関連性が分からないって?なんとなくだよ、なんとなく。


「ハァ………」


俺はため息を一つ零し、沈黙を保っているほかの奴らに視線を向ける。俺と目が合った5人はそれだけで俺の言いたい事を察せたのか、それぞれが一つの意思の下喋り出す。


「主の今思われている通りにすれば良いかと」

「こいつも我らと同じ夜天より生まれし存在。出来れば同じ道を歩ませたいです」

「ハヤちゃんならきっと大丈夫ですよ」

「なるようになんだろ」

「主の御心のままに」


………OKOK。もういい、もう分かった。俺は誇り高き日本人だ!義理、人情、仁義、友愛の精神を溢れさせてやんよォ!男ならやってやれだ!!


「チッ!……わぁったよ。今更ガキが一人二人増えたとこでなんも変わらん……わけねぇが、それでもお前が生まれたのは半分くらいはテメェの不始末だ。ハイハイ、面倒見てやんよ。せいぜい感謝し、敬い、崇めろや」

「………主」


俺の言葉に感動と尊敬の目で今にも『ご立派です』と言いかねない雰囲気を醸し出している夜天たち。黒ロリも少し目を見開いた後、小さく微笑みまで浮かべやがった。

俺も流石にそんな反応をされるのは恥ずかしい。


「べ、別にあんた達のためじゃないんだからね!」


恥ずかしさを紛らわすためツンデレを装ってみたが、シグナム達はそれでも『ええ、ええ、分かってますよ』的な視線を送ってくる。ただ、その中で唯一……いや二つ、正直な反応を示した奴がいた。


「おえ、キモッ。死ねばいいのに」

「壊滅的に主に女言葉は似合いませんね。端的に言うと気持ち悪いです。劣悪です」

「よぉし、ヴィータ、黒ロリ、表ん出ろや。てめぇらの口をもっと気持ち悪いもので塞いで調教してやんよ!」


本日、家族と喧嘩相手が一人増えましたとさ。







さて、紆余曲折あったがまたも家族が一人増えてしまった。それが良い事なのか悪い事なのかはこの先暮らしていかなければ正確には分からないだろうが、今の俺の気持ち的には最悪だ。
この黒ガキがもしシグナム級のメロンの持ち主のお姉さんだったならキタコレなんだが、生憎と現実はヴィータレベルの残念さ。さらにガキらしくない言動なのもマイナスだ。

それにしてもこれからはあの狭いアパートで総勢7人暮らしか。ハァ……また管理人に報告しなくちゃな。それにご近所さんにも。ああ、また変な噂が立つぞ。つうか、もし親が来たらこいつらの事どう説明するよ?フリーターの身で同棲してますって正直に?ハハ……親父は微妙だが、クソババアには確実に殺されるな。

これから先の事を考えると本当に憂鬱になってしまう。俺は本当に平凡な人生を歩んでたんだけどな、もうこりゃ軌道修正は無理だ。せめてもうこの先は厄介事が無いよう祈るばかり。

────しかしそんな祈りもすぐに絶たれてしまった。


「高町なのはは魔導師だったと。で、なのはの魔力を写本が取り込んで結果生まれたのがコイツと」


翌朝の朝飯時、昨晩の詳しい経緯を聞いた俺は頭を抱えた。

曰く、昨晩偵察に行ったところ金髪のガキとなのはが魔法戦をしていた。離れて様子を窺っていたシグナム達だが、なのはの魔法が運悪く流れ弾のように向かってきた。避けるのは間に合わず、魔法を使って防げばこちらの存在がバレるので咄嗟に写本で流れ弾を叩き落そうとした所、写本がその魔法を吸収。結果、黒ガキ爆誕!


「マジかよ……そりゃまじぃな。俺、なのはの前で普通に魔法使っちまったぞ?」


昨日の手品を披露した時を思い出す。
そう言えばなのはの反応だけ他とちょっと違ったような?


「……何をしてらっしゃるのですか、主隼」

「いや、だってよ、やっぱ酒の席には何か芸が必要だろ?手品代わりにモノホンのマジック披露ってすげぇじゃん?」

「……断章の件もそうでしたが、次からは軽率な行動は控えてください」


むっ、シグナムに怒られてしまった。ンだよ、ホント真面目な奴だなぁ。たかだか魔法の一つや二つ、ぶっちゃけてもいいだろ。それに相手はあのなのはなんだ、そんな大事にゃならねーよ。

俺は適当に「あいよ」と返事をし、呆れているシグナムを尻目に次は黒ロリを見た。彼女はポリポリと沢庵を齧っていた。


「よぉ、黒ロリ、ちょっといいか?」

「ポリッ───はい、なんでしょう?」

「お前ってさ、なのはのコピー、偽者みたいなモンだろ?……それにしちゃあ随分と感じが違うが」


顔の作りや体系はなのはとまんま同じなんだが、それ以外は全然違う。髪短ぇし、声はちょっと低いし、物騒だし、ムカつくし。


「………主には配慮というものが足りないですね」

「あぁん?配慮だァ?」

「普通、面と向かって人に偽者と言いますか?確かに事実ですが………プログラムの魔法生命体とはいえ傷つきますよ?」

「傷つく?お前が?………ぶわはははははははははははははははははははははははははッッッッ!!!!」

「……カチ~ン」


わざわざ声に出してご立腹を表す黒ロリ。こう素直に反応するところはガキっぽくていいな。


「はははは、はぁ~腹イテ。お前、中々ユーモアのセンスあんじゃねーか」

「半分ほど殺していいですか?」

「まあ落ち着け。そもそもコピーと言われて傷つく意味が分からん。お前は人間でもねぇんだから、それくらい別に聞いてもいいだろ」

「………面と向かって人間も否定しますか。そこは『真実はどうあれお前は人間と同じだ』とでも言うのが人としての優しさでは?事実私は作りは人間のそれで、意志もあります」

「何言ってんだか。お前プログラム、俺人間、これが事実。お前は決して人間じゃねーし、決してなれもしねぇ」


それを聞いた黒ロリは憮然とした顔になった。それに目も冷たい。
そんな目を見て思い出した。シグナムたちとも出会った当初にこういうデリケートな話をし、そして同じような冷たい反応が返ってきたもんだ。

やれやれ、どうしてこう魔法生命体ってのは人間扱いされたいのかね?


「ったく………誤解無きように言っとくがな、俺はお前の存在が人間より格下とは思っちゃいねーぞ」

「……え?」

「人間じゃない?魔法生命体?プログラム?コピー?それになんか問題でもあんのかよ?どういう存在だとか関係ねぇだろ。そんなモンに重きを置くなよ。そんな面倒臭ぇ生き方しようとすんな。あのな、俺が思うにいっちゃん重要なのはよぉ、テメェはテメェだと胸を張って生きる事が出来るかどうかだ」

「………傲慢ですね」

「それが俺だ」


胸を張る。

そんな俺を黒ロリは呆然と見、そんな黒ロリを見て夜天が苦笑しながら声をかけた。


「お前も分かっただろう?主は素晴らしいお方だ。主は今まで一度も我らをプログラム``風情``などと言う言い回しをしたりして見下したりはしなかった。人ではない私でも、きちんと一人の『私』として見て下さる」


相変わらず夜天は俺に対して優しいというか過保護というか。
それにだ……きちんと見るに決まってんだろ!寧ろガン見だ!!こんな美人でボインな夜天を人間じゃないからといって見ないなんて選択肢はない!顔が良くて、スタイル良くて、男女の営みが出来る相手ならどんな存在でもバッチ来いやぁぁぁ!!

とまぁ、そんな俺の溢れる情熱は置いといて。


「ンで?お前はなのはのコピーなんだろ?」


話を戻した俺に黒ロリは先ほどのように突っかかる事もなく、普通に答えた。


「確かに高町なのはの魔力情報からこの身体が作られましたが………ええ、ただそれだけです。『私は私』なのですから」

「ハッ!ガキが一丁前に言う」


小さく胸を張る黒ロリ。いつもならガキのクセに生意気なとでも思うが……まあ、今回に限って言えば上々な態度だ。

と、黒ロリの私は私という言葉ででピンと来たが、そう言えばまだコイツに名前付けてなかったな。


「お前、確か理の章から生まれたんだよな?」

「はあ、そうですが……?」


俺の藪から棒な言葉に怪訝な顔をする黒ロリ。


「ンじゃ、今日からお前は『理』だ。そう名乗れ」


夜天の時と同じくそのままストレートにした。いちいち考えんのメンドーだしな。

そんな超適当な名づけに、しかし黒ロリ───理は意外な反応を見せた。


「ことわり……私の名……、主、ありがとうございます」


そう言って淡く微笑む理。

夜天の奴もそうだったが、どうやら主である俺から名前を貰える事は相当嬉しい事らしい。微笑とは言え、まさかコイツが笑顔になるとは驚きだ。そしてやっぱりなのはコピー、その笑顔は中々可愛らしい。


「………ハァ、せめてお前がシャマルくらいあればな」

「身長ですか?それは現状如何ともし難いです」


俺は胸の事を言ったんだが、まあ確かに身長もだな。理が同年代ならなとしみじみ思う。


「あの主、よろしいですか?」

「あん?どうしたよシグナム。そんな真面目くさった顔して?おら、スマイルスマイル」


難しい顔をしながら声を掛けてきたシグナム。それじゃあ折角の美顔が台無しだ。

俺はシグナムの顔に手をやり、両端の口角を『むにっ』と掴み上げた。


「ふぁ、ふぁるふぃ!?」

「いいか、シグナムよぉ?お前の生真面目さは俺ぁ嫌いじゃねーが、もっと表情崩そうぜ?女のしかめっ面ほど見ててうぜぇモンはねーかんな」


まっ、シグナムみてぇな美人はどんな顔してもそそるモンがあるけどよ?


「ンで?なんか話でもあんのか?長くなるようなら聞かねぇぞ」


俺はシグナムの顔から手を離し、ポケットに入れていたタバコに手を伸ばす。

シグナムは今の俺の言葉を受けて少し改まったようで、その顔が若干柔らかい表情になった。ただどこか呆れの色も含まれているが。


「あのですね……高町なのはの件はどうなさるのですか?十中八九、主が魔導師だというのはバレているかと」


………あ、忘れてた。そうだよなぁ、なのはの前で思いっきり魔法使っちまったからな。あいつの様子も今思えば変だったし……。
確実に俺が魔導師だってバレて────ん?いや待てよ……。


「どうかなされたのですか?」


いきなり俯き、考えに没頭しだした俺を訝しむ5人。理は相も変わらず無表情だが、黙って俺を見ている。

そんな6人を尻目に俺は少しばかり考え込み、程なく一つの結論を出した。


「俺は魔導師じゃない」

「は?」

「だから俺は魔導師じゃない」

「頭は大丈夫ですか?」


なんとも不敬な理の発言だが、他騎士5名も同じように「いきなり何言っちゃってんだ?」という感じを醸し出している。

まあ、話は最後まで聞けよ。


「いいか?俺は確かになのはの前で魔法を使った。だがしかし、俺は自分が魔導師だと言った訳じゃない。なのはは俺を魔導師だと疑っているだろうが、俺はそんな事一言も言ってはいない。つまりなのはは俺を勝手に魔導師だと思い込み、決め付けているだけ。そこに証拠はない。なにせそれは言ってしまえばなのはの推測だからな」

「………それは、」

「俺は魔導師だと公言していない。故に俺は魔導師じゃない。つまり───」


そこまでの俺の言葉に驚きと呆れの顔を半々に浮かべている6人。この様子だと俺の続く言葉も予想が付いていることだろう。ならばその予想通りの言葉を送ろう!


「一言で要約すると……………白を切る!!」

「「「「「無理です(無理があります)!!」」」」」


無理じゃねーよ。
なのはが俺を魔導師だと思い込んだのは、俺がデバイスを出した時や空中浮遊する時生じた魔力が原因だろ?けれど、それだって何かしらの媒体に記録として残っているわけじゃない。ただ自分が『魔力が発生した』と感じただけ。ンな自己申告、大きな証拠にはならない。


「なのははな、きっと勘違いしたんだよ。俺から魔力が発生した、ってな。そりゃ妄想だ。ただ俺は手品をやっただけなんだから。魔導師?ナニソレ、美味しいの?」

「ほ、本気でそれで通すつもりかよ……」

「犯罪も証拠がなけりゃ無罪、それと同じ」


仮になのはが「この人、魔法使いです!」なんて周りに言った所でどれだけの人がそれを信じる?そんなガキ特有の戯言、誰も信じねぇよ。なら後は俺がばっくれればいいだけ。

これ以上、魔法関係でゴタゴタに巻き込まれんのは御免だからな。無理がある?ハンッ!無理を通して道理を蹴っ飛ばす!ってどっかのアニキが言ってた。成せば成る!!

そんな俺の滅茶苦茶な考えに、しかし意外にも一人だけ肯定の声を上げた。


「良いのではないですか?」


そう言ったのは憮然とした顔をしている理。


「主の考えの全てに是と言うわけではないですが、しかし結局の所最後は主の決定一つです。それにもし高町なのはや管理局が主の前に立ち塞がろうとも、その時は我が力を持って掃討すればいいだけの話」


物騒だが頼もしいことを事も無げに言い放つ理。そんな理に他の騎士たちは渋い顔をするが、それでもその言い分に真っ向から反対しないのは皆根底では同じ考えだからか。


「鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。理(わたし)の理、ここに在り。です」

「流石にそこまでいくと物騒すぎるぞ?しかしそうなると対する管理局の方は『世に鬼あらば鬼を断つ、世に悪あらば悪を断つ』って感じなのか?」

「言い得て妙ですね」

「うわぁお、正義~」


まっ、それは兎も角。
そんな物騒な事態にはならねぇだろ。なのはに白を切り通せなかったとしても別に不都合がある訳でもなし、管理局にバレたとしても別に魔法使ってワリーことをしてる訳じゃねぇから堂々としてりゃいい。

結局の所何も変わらない。……考えが甘いって?俺、酒飲みのクセに甘党なんだわ。




[17080] ハチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/09 00:34

頭上に目を向ける。そこには雲一つない青空とサンサンと光を発する暑苦しい太陽。正に快晴と呼ぶに相応しい空だ。
目を前へと戻す。そこには太陽の光を反射し、煌びやかに波打つ大海。正に母なる海と呼ぶに相応しい光景だ。
頭を傾け目を下に向ける。そこにはきめ細かい砂粒や小さな貝殻が敷き詰められた砂浜。正に…………思いつかねぇからもう砂でいいや。

つまりだ、俺が今どこにいるかと言うと察する通り海辺だ。

ただ生憎とここは地球ではない。そう、地球ではないのだ。ならば何処なのかと言うと、第……えー……ウン十管理外世界。
て訳で、頭上に輝くあの太陽もこの海も砂浜も、果たして本当に地球のそれと一緒なのかは知らん。ただ見た目がクリソツなので取り合えず地球のと一緒の名称で観察した次第。

まあ、それはどうでもいいな。重要なのはそんな事じゃねぇのは分かってっから。『俺が何故こんな所にいるのか?』、これが重要なんだろ?悪ぃが別に面白い訳もなけりゃ小難しい訳もない。ただの一言で言い表せられる。

───狩り。

んな?簡単だろ?狩りだぜ、狩り!現代っ子の俺が、原人のようにその日の飯を確保するため狩りを行いにこんなとこまで来たんだよ。豊かな日本に住んでる俺がよ?娯楽じゃなく生活のためによ?ウケるだろ?笑えよ、うわははははははははははは!!!


「集え、明け星」


ははははははははは………


「全てを焼き消す焔となれ」


…………ははははは。


「ルシフェリオン・ブレイカー!!」


ハァ~~………。


「はいはい、ぶれいか~ぶれいか~。ったく、なんとも嬉しそうに景気よくぶっ放してんな。てか、なんだあの出鱈目な砲撃は?俺のかめはめ波の何十倍威力あんだ?しかも、あのナリで戦闘狂ってのも厄介だよな。シグナムの奴も結構戦いが好きなようだけどよォ、あいつぁ確実にシグナム以上だわ」


一定以上の年齢に達した奴が言えば、即哀れみの視線を向けられるであろうイタい言葉(詠唱?呪文?)を紡ぎながらデッカい光を撃ち出す理。
そんな理に矛先を向けられたのは『蛸』だ。しかしただの蛸じゃない。怪獣といっても差し支えないほどの巨体を有している蛸。


「魔法世界っつうのは本当ファンタジーだ。なんだあの蛸?あれでたこ焼き作ったら何人前になんだ?つうかあんなモンしとめても食い終わる前に腐るぞ。理の奴はその辺分かってんのか?分かってねぇんだろうなー、あのクールロリは戦闘になるとクレイジーロリになるかんなぁ」


思い出すのは数日前、初めて狩りに出た時のこと。あの時の獲物は熊だった。4、5メートルはありそうな化け物熊。四肢は丸太のように太く、額の部分に角があり、グルオアアアアアなんて雄たけびを上げていたな…………熊か?

まぁ、兎も角よ。そんな熊(?)と対面したときは流石の俺もビビったね。平凡な都会育ちの俺は熊なんて動物園でしか見たことねぇし、さらにそんな化け物級ともなれば皆無。
俺は飛んだね、ソッコーで空に避難したよ。人間相手なら多少の体格差でもヤリ合えるが、ありゃあ無理ってもんだ。俺、まだ死にたくねーし。

けれど、そんな俺を尻目に理はいつものようにどこまでも冷静だったな。「ルベライト」とか呟くと光の輪みたいなので熊をあっちゅう間に拘束だ。熊はもがくもそのルベライトはビクともしない。俺のバインドとは大違いだ。
まぁ、それはいい。問題はそこからだ。


『主、今夜は熊鍋です』


そう言うと理はおもむろに熊に近づいて行った。しかし、いくら身動きの取れねぇとは言え相手は凶暴な熊。流石に俺は理を止めようとしたよ。いくらあのガキの事があまり好きじゃないとはいえ、怪我でもされちゃ俺もすごく心苦しい。紳士だかんな。


『おいガキ、あんま不用意に近づ───』


俺は言葉を最後まで言えなかったね。何故かって?俺が止める前にあいつが先に行動に移ったからだ。
何をしたと思う?こうな、自分のデバイスを右斜め上から左下に振り下ろしたのよ。で、その通過点には熊の頭。

そう、つまりあのクレイジーちゃんは自分のデバイスで熊の頭をぶん殴ったんだよ。


『ガァ!?』

『小うるさい下等生物ですね。精精光栄に思う事です、我が主の糧となれる事を。それがあなたの生まれた来た意味であり、最初で最後の幸せです』


そこからは何つうか凄惨だったな。殴るわ撃つわの大盤振る舞い。周囲は熊の呻き声と攻撃の音と血の臭いで満たされたね。

俺はそんな光景を呆然と見ながら自然と口が動いてた。


「女って歳に因らず怖ぇな……」

「失礼ですね。先日も言いましたが、私のどこが怖いと言うのですか?」


回想に耽っていた俺の目の前にいつの間にか理が。その遥か背後の海の上には身を浮かべた哀れな蛸の姿が。


「ああ、終わったのか」

「はい。今ひとつ、燃えたりませんが」

「ったく、お前って奴は。帰ったらシグナムにでも相手して貰え」

「ええ、そのつもりです」


俺ぁこのガキの将来が心配だよ。

一応俺も大人と呼ばれる歳の人間だ。したがってこんなクレイジーちゃんでも、ガキにはきちんとした道を歩ませたいという心はある………と思うけれどもやっぱりないように見せかけてあるような気がする。
まあ、兎も角。
何が言いたいのかと言うと、ガキはガキらしく在れって事だ。ガキらしくってのは人によって捉え方が違うだろうが、少なくとも俺は血を浴びながら熊を撲殺するような奴をガキらしいとは思わない。


「理よぉ、お前もうちょっとガキらしくなんねぇ?こんな狩りに参加しなくていいから、ゲームしたり外に遊びに行ったりしろよ。なんなら友達とか作ったりしてよぉ」

「非生産的です。時間は有限なので無駄には出来ません」

「有限?お前プログラムなんだから、写本本体さえどうかならなけりゃ半不老不死だろ?少なくとも俺よりは長生き出来んじゃねーか、羨ましい。………なぁ、俺もプログラムになれねぇかな?」


長生き出来るって事はそれだけ楽しむ機会が増えるって事だ。しかもプログラムってんなら老いにも負けずいつまでも色々元気!!


「相変わらず主はご自分に正直ですね。普通の人間だったら………と、それは今更ですね」


そう言って困ったような笑みを浮かべる理。それは小さな表情の変化だが、それでも最近は普通に感情を表に出すようになったのでいい事だ。


「まっ、取り合えず今は俺の事はいいか。問題はお前。なんかよ、ガキらしい趣味を持とうとか思わねぇのか?」

「そう言われましても……ああ、一つだけ。映画というのは中々面白いものでしたね」

「お、映画か」


そう言えばシャマルと一緒にDVDレンタルしてたな。シャマルの奴は韓流ばっか見てるが、こいつは一体なにを見てんだろうか?アニメ……は絶望的に似合わねぇな。


「特にSAWと言うのは目を見張るものがありました。実に参考になる」

「シャマルの奴はガキに何てモン借りさせてんだぁぁぁ!」


つうか参考になるってなんだよ!SAWの中で日常生活の参考になる所なんてねぇぞ!!


「ハァ………もういい、もうわぁーったよ。そうだよな、テメェはテメェだよな。俺が胸張れって言ったしよ。例えお前がクレイジーのイカれポンチのどクサレ鬼畜黒ロリだったとしても、いや事実そうだけれども、お前はお前だ。成長の望めない、涙を誘う程の無い胸を張れ」

「………カチ~ン」


チャキッ、とルシフェリオンを構える理。
沸点の低い奴だ。ほんの少しだけの悪口でこれだ。こういうとこだけガキなんだからタチが悪ぃ。


「お前って冷静で理知的で合理的なキャラじゃなかったっけ?」

「どこからの情報かは知りませんが安心してください。こんな直情的な姿を見せるのは主の前だけですから」

「時と場合に因ればかなりクる台詞だな。つっても相手がロリのお前じゃ時も場合も関係なく萎えるが」

「ことごとく失礼な主ですね」

「ことごとく残念なガキだ」


結局、そこからは魔法訓練と言う名のガチ喧嘩が始まったのだった。









波乱万丈の初旅行から帰ってきたのが数日前。振り返れば本当にいろいろあった。
3度目のアルハザード入店、魔導師高町なのはとの出会い、クレイジーロリ理の誕生、シグナム・夜天・シャマルの浴衣姿。良い事もあれば悪い事もあり、比率としては後者の方が多かったが、それでもかねがね良い旅行だったと言える………とは正直言えないが、もう過去の事なのでどうしようもないし、どうでもいい。

さて、そんなやるせない旅行だったが、最後に後日談として語っておかなければならない事がある。
高町なのはの事だ。
知っての通り、なのはには俺が魔導師だという事がバレた。それに対し、俺のとった対策は『白を切る』という何とも稚拙なもの。理意外の奴らには「絶対無理がある」と太鼓判を押された案。しかし俺はマジで白を切り通すつもりだったし、その自信もあった。
で、結果はどうなったと思う?まぁ、語るまでもないだろう。なんせ俺はやると言ったらやる男だからな、ハハハハハ!…………

────世の中そんなに甘く無かったよ!!!

なのはのデバイス、レイジングハートつったか?そのデバイスがよォ、あの手品の時、魔力を発した俺の事をガッツリ映像に保存してやがったのよ!優秀なデバイスなこって。流石に物証があっちゃあ白を切り通せねぇ。


『ハヤさん、やっぱり魔導師だったんですね』


映像を突きつけられ、真剣な顔でそんな事言われちゃあもうこれは首を縦に振るしかない。

まっ、ぶっちゃける事になる可能性も考えてたかんな。そこまではいい、問題はその後のなのはの言葉だった。


『一緒にジュエルシードを探してください!』


調子ぶっこくなよ?俺に頼みごとなんて11年早ぇ。成人してナイスバディになってから出直して来いや!………と言いたかったが、相手は可愛いなのはだ。流石の俺もそんな正直に言い返せなかった。

あの時は参ったね。俺はなのはの事は好きだが、魔法関係にもうこれ以上関わるなんてゼッテェ御免だからな。
だから俺は一つの可愛い嘘をつかせて貰った。


『すまん、なのは。手伝ってやりたいのは山々なんだけどよぉ………実は俺の体はボロボロなんだ』

『え……』

『魔法を使うとよ、頭痛がして鼻血やら耳血やら……えーと……その他、穴と言う穴から何か変な液体がドゥヴァって出んだよ。そう、拒絶反応ってやつ?』

『そ、そんな……あれ?でもあの時は手品って言って魔法を──』

『あのくらいなら問題ないんだ。それにあれはなのはを楽しませたかったという思いがあったかんな。多少の無茶は出来た。けど、それ以上となると…………すまん』

『う、ううん、ハヤさんは悪くないよ!私の方こそ、いきなり自分勝手な頼みしちゃって……』


普通、こんな嘘はある程度人生歩んでる奴か賢い奴なら通じない。けどそこはガキで純情ななのは、あっさりと信じちまってやんの。
さらに俺はついでとばかりに自分の事を誰にも喋らないよう口止めしておいた。

汚ぇ利己的な大人なら兎も角、なのはは良いガキだ。ここまで言っとけば俺を魔導師として頼ることもないだろうし、他言もしないだろう。
出来れば俺だってなのはを手伝ってやりたいとは毛ほどくらいなら思っている。ただなぁ、手伝う内容が魔法関係とあっちゃあ、その毛も遥か彼方に飛んで行くってもんだ。

それにだ、よく考えれば俺は今回の件は手伝わない方がいいと思うんだよな。

その理由はあの金髪のガキ魔導師。あいつも確かジュエルシードってのを探してたよな?そしてシグナムたちの弁を自分なりに解釈するば、どうやら2人はそれを賭けてぶつかっていた様子。そんな2人は多分同い年くらい。
これが何を意味するか分かるだろ?ファンタジーとかよ、アニメとかの物語でお約束。

そう───ライバルだ!

なのはと金髪、あの2人は一つのものを巡って争っている。そんな争いを経てお互い成長し、終には友情が芽生え、最終的には仲間になってラスボスに挑む!これ正に王道!!
さて、そんな王道に俺やシグナム達のような濃いキャラが突然乱入したらどうなる?面白くねぇだろ?空気読めって話だろ?だからな、ひっそりと見守ってやんのがいいんだよ。

まっ、一番の理由は厄介事と面倒臭ぇ事が嫌いなだけだけどよ。

兎も角、何度も言うように俺はもうこれ以上厄介事には首を突っ込まん。俺自身に直接被害があるか、もしくは喧嘩を売られた場合は考えるが、それ以外の要因で俺が魔法関係のゴタゴタに介入するなどあり得ん事をここに宣言する!!












「ちょっと待て、今何つった?」


理との異世界ハンティングを終え、地球にある我が家に戻ってきた俺たち。向こうの世界はまだ昼と呼べるような明るさだったが、地球はすでに真っ暗な夜。
取り合えず俺と理は持てるだけの蛸の足(つうか肉片?)を持ち、今日は蛸料理だ~と揚々と帰宅したのだが、そこで待っていたのは何とも頭の痛くなる言葉だった。


「あのね、ハヤちゃんと理が帰ってくる少し前に旅行の時の同じいくつかの魔力反応があってね、それでそのぅ………情報収集してくるってシグナムが飛び出して行っちゃった」

「あんのメロンはああああ!!」


俺が非介入宣言したと思ったらこれか!旅行の時と同じ魔力って事はジュエルシードとなのはと金髪か?つうか情報収集?あの理に次いで戦闘好きのシグナムがそれだけで終わっかよ!
旅行の時はストッパーの夜天やシャマルも一緒に行ったが、今回はどうやら一人で戦地に向かった様子。やべぇぞ、6割強くらいの確率で参戦しそうだ。


「なんで止めねぇ!今更情報収集とか要らんだろ!てか、あいつが一人で情報収集?カチコミの間違いだろ!」

「あ、主、落ち着いてください。将も主の為を思っての行動ですから」

「だからって、だからってなぁ!………ああ、もう!!」


せめて夜天かシャマルがついて行ってたらまだ安心してたよ?けど、シグナム一人じゃ果てしなく不安だ!!


「主、私が連れ戻して来ましょうか?」

「理、テメxは絶対ここを動くな。ミイラ取りがミイラになる事は目に見えてんだよ」


このクレイジーロリまで行かせて見ろ、喜び勇んで戦場に躍り出る様が容易く思い浮かぶ。
第一、今から行っても間に合うかどうか。既にヤり合ってても不思議じゃない。

取り合えず俺は今出来る事で最速の手段、念話をシグナムに飛ばす。


《シグナァァァァァァァァァムッッッ!!!》

《ひゃっ!?あ、主隼!?》


いきなりの大音量の俺からの念話に驚いた様子のシグナム。しかしそんな反応が出来るという事はどうやら見つからないよう大人しく観戦していたらしい。最悪の事態になってはいなかったが、それでもまだ現地にいるのは危ない。


《テメェは何しくさっとんじゃ!今すぐ、可及的速やかに戻ってこいや!さもねぇと卑猥な地獄に叩き落とすぞ!!》

《あ、主、しかし……》

《しかしも犯しもねぇ!いいか、10秒以内に戻って来なけりゃテメェは今日から烈火の将改め焚き火の将だかんな!》

《た、焚き火!?い、いえ、しかし10秒は流石に無理が……》

《つべこべ言ってる暇があるなら今すぐカムバック!ハリー、ハリー、ハリー、ハリィィィイイイ》

《わ、分かりました!今す──────》


と、そこでシグマムの言葉が不自然に途絶えた。
俺は最初シグナムが慌てるあまり念話を途中で切ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。回線はきちんと繋がっている。

……………まさか?


《オイ……オイオイオイ、何よその不気味な沈黙は!?止めろよオイ。待て、それはやっぱりもしかしてなのか………もしかしてなのか!?》

《────すみません、10分程帰宅が遅れそうです》

《もしかしちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!》


つまりなのはか金髪に見つかったと、そういう事だろう。

あの2人に顔が割れてんのは俺とヴィータとシャマルくらいだから、例えシグナムが2人と対峙しても俺との関係性は知られる事はない。そこだけは不幸中の幸いだが………でも、やっぱ最悪だ!


「なぁ、夜天。シグナムと言いロリーズと言い何で大人しくしてくんねぇんだろうな?お前だけだよ、いつも俺の傍にいてくれんのは」

「将たちも主を思ってこその行いです、どうか多めに見てあげてください。それに………はい、私はいつでも主のお傍にいます」


何このお母さんのような妻のような慈愛キャラ?もうさ、俺ガチで夜天を彼女にしたいわ。

本当に優しい夜天、その優しさを見習って俺も少しシグナムに優しい言葉を送っとくか。


《おい、シグナム》

《────はい》


もう既に戦闘をしているのだろう、返事が遅かった。


《見つかったモンはしゃあねぇ。だがいいか、絶対無傷で帰って来いや。今お前の前にいる奴がどんな奴かは知らん。なのはかも知れん、金髪かも知れん、管理局かも知れん、その他の誰かかも知れん。だがな?俺はそんな有象無象よりはお前の方が大切な存在だ》


これは事実、俺の本心だ。
確かに俺はなのはは好きだし、金髪のガキも嫌いじゃない。けどそれは見ず知らずの他人と比べてだ。シグナムと天秤にかけた時、そんなモンは比べられるレベルじゃない。仮に全くの他人1億人とシグナム、助けるならどっちと言われたら勿論……………訂正、100人くらいとシグナムだったら勿論シグナムを取る!


《女だろうがガキだろうが老人だろうが、お前の柔肌メロンを傷つようとする奴がいたら逆に傷つけろ。それでも傷つけられそうなら迷わず逃げろ。騎士のプライドとかあっかもしんねぇけどよ、そんな不確かなモンより俺ぁお前の体のほうが何十倍も大切だかんな?もう一度言うぞ────無傷で帰って来い》

《………はいっ!》


ああ、なんて優しい俺。けれどこれがロリーズやザフィーラだったらこんな言葉も出なかっただろう。ひとえにシグナムのメロンの成せる業だな。


《あっ、訂正。やっぱ一番大事なのは俺との繋がりがバレないようにする事だな。その為なら多少傷つくことになっても構わねぇや》

《あ、主………》


いや、当たり前だろ?何だかんだ言って人間一番大切なのはテメェなんだ。自分とシグナムを天秤にかけたら……否、そんな前提無く無条件で俺の方が大切だ。


《まっ、取り合えず五体満足で帰って来いや。多少怪我しても俺が舐めて治してやっからよ?》

《それはとても魅力的ではありますが、心配御無用です。私は主隼の騎士───烈火の将シグナム。完全勝利意外あり得ません》

《そうかよ。ンじゃ、怪我一つでも負って帰ってきたら問答無用で焚き火の将な》

《……………翔けよ、隼ッッ!!!》


翔けよ、俺?

とまぁ、そんな台詞を最後にシグナムからの念話が途絶えた。その言葉の意味は知らんが、気合の入りようから見て魔法か何かだろう。相当改名が嫌なようだ。


(それにしても結局戦闘か……まぁ、喧嘩売られたなら落とし前は付けるべきだがよぉ……)


なんか最近頻繁に魔法関係に関わってねぇか?あれかね、よく言う「一度魔に触れたら惹かれ易くなる」とかそんな感じ?小説とかアニメなら兎も角、まさか現実でそれを体感するとはな。

しかし、もうこれっきり願いたい。願いたいが………ハァ、なんかドツボに嵌りそうな予感が……。


(だが……だが!それでも俺は俺の未来を薔薇色にするッ!!)


日々を平穏無事に過ごし、就職し、いっぱい金を稼ぎ、彼女を作り、童貞を卒業し、妻を迎え、子を抱き、家族に看取られて逝く。そこに魔法という厄介な存在はいらん!
…………まぁ、例外として夜天たちだけなら俺の未来に加わってもいい。お世辞にも長いとは言えない付き合いだが、それでも一緒に生活していれば米粒くらいの情は湧く。それに総合的に見てもこいつらの事は嫌いじゃねぇしな。

と、なんとも優しさ溢れる俺。しかし、そんな俺に降ってきた言葉はなんとも腹の立つものだった。


「どうしたのでしょう?主が気持ち悪い顔をなさっています」

「ん?……うげっ、なんだあの慈愛に満ちた顔。また変な妄想でもしてんじゃねーの?あ~あ、キモ」

「なぁ、夜天。あのロリーズ殺していいか?いいよな?よし、そうしよう。ぐちゃぐちゃにして下水溝に流そう」

「お、落ち着いてください主。2人も主になんて事を……!」


理が1回、ヴィータが1回、2人合わせて1回。計3回。
それが俺の1日の平均喧嘩回数だ。







[17080] キュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/17 01:56

鈴木家居間、約10畳の部屋に7人の男と女と犬が輪になって座っている。浮かべている表情は皆それぞれだが、どこか気まずい空気が流れているのは多分俺のせいだ。

俺は先ほどまでロリーズと喧嘩をしていた。髪を引っ張ったり合ったり、頬を捻り上げ合ったり、鼻の穴に指を突っ込み合ったり等など、地味な喧嘩を狭い部屋の中で繰り広げていた。夜天の静止の声は勿論無視。シャマル、ザフィーラに到ってはもう既に仲裁は諦めているようで何も言ってこなかった。

そんな楽しい一時の終わりを告げたのはシグナムの帰還。情報収集という名のカチコミを終え、ようやく帰ってきたシグナムに俺は取り合えず拳骨をかまし、もう勝手な行動をしないよう厳重注意しておいた。
しかし、そんな注意もシグナムが持って帰った『ある物』を見せられた時に手遅れな事に気づいた。


「さてテメェら、今更確認する必要もねぇだろうがよぉ、俺ぁな、女とは付き合いたいが魔法関係のゴタゴタとは付き合いたくねーんだわ」


片手でタバコをふかし、残った片手でザフィーラを撫でながら全員を見回す。ロリーズはどうでもいいような顔をし、夜天とシャマルは苦笑い、シグナムは申し訳なさそうな顔をしている。

俺はタバコをもみ消すと、シグナムが持って帰った『ある物』を手に取る。


「それなのによ?世の中ってのはどうも俺にはあんま優しくねぇんだわ。もう一度言うぞ?俺は、魔法関係には、関わりたくない。………さぁ、それを踏まえてザフィーラ、これ何だか分かるか?」

「………青く輝く石、です」

「然り。けどそれだけじゃねぇだろ?なに、遠慮することは無い。ぶっちゃけてみ?」

「はい………ジュエルシードかと。主の言うところの魔法関係です」

「だよな。俺が、関わりたくない、魔法関係の物。それが何故かここにあんだよな~」


ピンっと指でジュエルシードを弾く。電気の光を浴びてキラキラ輝くそれは一見したらただの宝石。しかし真実は魔法の産物。


「不思議だよなぁ。なんでこんなモンをシグナムが持って帰んだ?確か情報収集が目的だったよな?結果的にカチコミになっちまったけどよぉ」

「あ、あの、ですからですね……」

「あぁん?」

「……申し訳ありませんっ」

「ハァ……」


シグナムが金髪の使い魔らしき奴に見つかってやむなく戦闘。実力さは圧倒的で戦況は有利だったが、封印処理されていたジュエルシードが突然次元震を起こすほどのエネルギーを発し、暴走。なのはと金髪が急いで抑えようとしたが結果は失敗、双方のデバイスが中破。よって唯一デバイスを所持しているシグナムが再封印。で、そのまま持って帰っちゃいました。

と、それが帰ってきたシグナムに聞かされた簡単な事の顛末だ。


「どうすんだよ、これ。ガキ共が集めてる理由は知らんが、どう考えても良さげなモンじゃねーぞ」


もう怒る気にもならん。いや、怒って事態が好転するならぶちギレるが、生憎とそんなことじゃどうにもならない。


「どうするんです?ハヤちゃんとシグナムの関係性は知られてないと思うけど、それでもこのままジュエルシードを持ってたらいづれは……」


だよなぁ。
でもどうすりゃいいんだ?つうか、結局の所ジュエルシードってのは一体どんなモンなんだ?


「こんな訳分かんねーモンを手元に置いとくのもあれだしな………質屋にでも持ってくか?」

「さ、流石にそれはやめた方が……」


じゃあどうすんだよ。なのはか金髪に渡す?それもなぁ、自分のモンを誰かにタダでやるのってのは癪なんだよな。仮に物々交換するとなっても相手はガキだ、期待できねぇ。


「ジュエルシードねぇ……一体なんなんだろうな、コレ」


詳細が分かれば使い方も分かるだろうけど、現段階じゃ分かってるのはせいぜい名前だけ。
マジでどうするよ?いっその事捨てちまうか……でもそれも勿体無ぇな。

ジュエルシードを手の中でコロコロと転がして悩む。そんな時にロリーズの片方、生意気ツン子がポツリと呟いた。


「もしかしてあれじゃね?それって7つ揃えれば龍が出て願いを叶えてくれる、みたいな」


なん……だと……


「あはは。ヴィータちゃん、それは漫画の中だけで現実じゃ─────ハヤちゃん?」


そう、あれは漫画の世界。『何でも願いを叶えてくれる』なんてのはフィクションの特産物だ。現実にはあるわけがねぇ。
しかし、しかしだ!
ならば魔法はどうなる?プログラムの生命体はどうなる?どちらも空想ではなく、現実に確固として在るんだぞ?なら神龍だって居ても不思議じゃねぇ!


「ヴィータ、よく気づいた!ナイス発想!!流石は鉄槌の騎士、的確に物事の急所を付いてくんな。俺ぁ今日ほどお前を可愛く思った事はねぇぞ」

「な、なんだよ突然!?お、お前にそんな事言われても嬉しくねーっつうの!」


とか何とか言って頬が緩んでんぞ、このツンデレ。

それにしても願い事か~。やっぱまず最初の願いは『願い事の回数を無制限にしろ』だよな。そんで次が『世界一の金持ちにしろ』だろ?さらに『極上の女性をくれ』で、さらにさらに『イケメンにしろ』で………おお、夢と欲が広がるぜ!!


「ふははははっ、こりゃ未来は薔薇色だな!よし、今日は飲むぞ。俺の素晴らしき人生とヴィータに乾杯!!」


─────と、そんな感じで酒を飲み続けたのが昨晩の事。

夜が明けた翌日。俺は早速ジュエルシードの捜索に入った……………訳がねぇ。一晩経って冷静になれたよ。

神龍?願いが何でも叶う?
ハッ、いくら何でもそりゃねーよ。ご都合過ぎ。魔法が存在するからって=何でも存在するってのは間違ってんよ。第一、もしそんなモンがあるならなのはや金髪のガキだけじゃなくて、他の魔導師も躍起になって求めるだろ。欲深ぇ大人は特によ?
ああ、やっぱねぇわ。そんなマジックアイテム。

つう訳で、結局俺はジュエルシード探索などは行わず、この日は職安へと赴いた。胡散臭いマジックアイテム探しより何とも現実的で、それ故に実りある行動だろう。

ちなみにシグナムが持って帰ったジュエルシードはデバイスの中に入れて保管している。持ってると色々と危険かもしれんが、もしかしたら後々使えるかもしれん。………それに本当に本物の願望機という可能性もあるしな。








「あんのクソオヤジが!人が折角楽しく打ってるときに呼び出しやがってッ!」


俺は今、悪態をつきながら夕日が沈む空をかッ飛んでいる。


「やっと2確引いたってのに……ああ、クソッ!豚ダルマめ!!」


職安に行き、その後パチ屋で戦っていた居た時、バイト先の次長からTELがあった。内容は『人手が足りないから来い』というふざけたもの。
勿論、俺は断った。だが、俺が断ることは予測していたのだろう。次長の次の言葉がこうだった。


『来ないと借金5割増しで返して貰うよ?』


………ファック!!


「いつか見てろよ、あのクソ野郎。いづれ肥溜めに突き落としてやる!」


先日の旅行、その旅費として次長から借りた金額は5万。………是非も無く、もう行くしかなかった。
シグナムやザフィーラを代わりに行かせるという手段は使えない。なぜなら2人とも今日は元からシフトで入っているから。


「ったく、最近厄介事ばかりだ。なんかここいらで一発良い事でも──────あん?」


愚痴を言いながらもバイト先へと急いで飛んでいた時、その飛行経路、つまりは俺の眼前に人の姿が見えた。人数は2人。どちらも女で、一人がもう一人の体を支えるようにふわふわと飛んでいる。


「つうか片方はあの金髪のガキじゃねぇか」


まだハッキリと顔を確認出来る距離じゃねぇが、それでもマントを棚引かせて空飛んでる金髪とくればあのガキしかいないだろう。

案の定、顔が視認出来る距離まで来たらやっぱりあのガキだ。………と同時に俺は眉を顰めた。


(なんだ、あいつ具合でも悪ぃのか?)


一人がもう一人を支えるように飛んでいるように見えたのは間違いなく、さらに言うと支えられている金髪のガキの顔色が優れない。

そんな金髪のガキも漸く俺に気づいたようで、苦しげに顔を上げた。
てか、顔色が優れない所じゃねぇぞ?ぶっちゃけ土色だ。しかも服も所々汚れてるし、この前会った時には手に包帯も巻いてなかったはず。


「はや、ぶさ……?」

「よぉ、久々だな。どうした、具合悪そうじゃねぇか?いや、そんな事たぁどうでもいいな。それよりそのお姉さんを紹介願えねぇか?」


満身創痍って感じのガキから視線を少し横にずらせば、そこには素晴らしいモノを胸部に備えた女性が。おお、実に結構なお手前で。

………ん?ガキの心配はしないのかって?ははは、常識的(俺的)に考えてンな事よりまずは隣の女性だろ!
少し釣り上がった目と整った顔は間違いなく美人な部類。さらに少し覗いている八重歯がまた何ともGOOD!胸部がたわわに実っているのも良し!犬耳尻尾が生えているので、多分昨夜シグナムが戦ったという使い魔なんだろうけど、美顔でボインだったら人間じゃなくても一向に構わねぇ!!

そんな女性は最初俺を警戒しているような目で睨んでいたが、ガキと顔見知りと分かると今度は訝しんだ目で見てきた。


「あんた、何モンだい?それになんでフェイトの事を………」


これはまた、喋り方も声もいいねぇ~。今まで周りにいないタイプだ。つうか何よ、その服装?いろいろやべぇぞ?

なんて事を頭の片隅で考えながらも俺はきちんと返答する。第一印象は大事だかんな。


「ああ、俺は鈴木隼ってもんだ。そのガキとは以前話し相手に付き合ってもらってな。言うなれば………ダチ公?いや、それも何か違ぇが、まぁ、心配するような関係じゃない」

「ダチって……あんた魔導師だろ?………ほんとかい、フェイト?」

「えっと、よく分からないけど、でも隼は善い人────っ!」

「フェイト!?」


顔を顰めて苦痛を示すガキ。それを見て慌てる美人さん。
どうやらガキは具合が悪いのではなく、どこか怪我をしているらしい。それもこの痛がり様から見て浅いとは思えない。


「おい、ガキ。一体なにがあったよ?大丈夫か?」


美人さんにだけ注目していた俺も、流石にガキの苦しそうな顔と声を聞いたら心配の一つもしてしまう。
しかし、そんな俺の心配を遠慮するように、もしくは心配させないようにガキは小さく笑い、次いで「大丈夫です」と小さく呟いた。
その何ともガキらしくない対応に少しムッとしていまう俺。


「ンの馬鹿ガキが。まったく大丈夫そうに見えねぇん────ちょいタイム」


文句を言う前にポケットに入っている携帯が震えた。

ンだよ、話の腰を折りやがって……そう思いながら携帯を取り出すのだが、なんか前にもこんな感じでガキの前で携帯取り出さなかったか?デジャヴ?

手に取った携帯の画面を見れば────『次長』。

デジャヴじゃなかった。


「セリヌンティウス!?やべぇ、バイトォォォォォォォォォォ!!!」


いつかの焼き増しのように、俺はガキと美人から踵を返して翔けた。向かうはバイト先。


「お、おい、ちょっと……!?」


背後で美人さんの声が聞こえる。いつもの俺ならすぐにでも急停止し、応答するんだがこっちもやる事があっからな。応えてる場合じゃない。……ただ、一方でガキの声が聞こえなかったのは気になった。


(あのガキ、怪我相当酷ぇんじゃねーか?)


辛そうな、てかモロ辛いですって顔してたしな。出血はなかったように見えたけど、黒い服着てたからそれも果たしてどうだか─────って、どうでもいい事だな。


(俺にゃあ関係のねぇ事だ)


あの服は多分バリアジャケットだ。という事は怪我を負った原因は魔法絡みだろう。なら俺は関わりたくない。下手な情見せて厄介事に首突っ込むのは御免だ。
もし魔法絡みじゃなくても、俺はこれからバイトがある。よって何も出来ないし、やらねぇ。俺は他人より自分の事情の方を大事にする男だ。自分優先!


(………ハッ、関係ねぇよ)


ガキの痛みに歪んだ顔が脳裏を過ぎる中、俺はバイト先に真っ直ぐ飛んだ。









「クソッ、クソッ、クソッ、ドチクチョウが!なんで……ああ、もう!!クソッタレの大ヴォケのイカれ野郎が!!救いようがねぇ、てかいっそ死ね!!!」


俺は今、悪態をつきながら夕日が沈んだ空をカッ飛んでいる。

ただ今回悪態をつく対象は次長じゃない。それはおろか他人でもない。………自分だ。


「あ、あの、隼、やっぱり戻った方が……」

「うるせぇ、黙れ、喋るな、舌引っこ抜くぞ」

「あんた、フェイトの言う通り良い奴だね」

「うるせぇ、、黙れ、喋るな、揉みしだくぞ」


そう……俺はあろう事かバイトをサボり、ガキの元まで戻って来たのだ。その理由は単純明快、心配だったから。

ハハハッ、笑えるだろ?この俺が、たかがガキが怪我したってだけで、自分の事を後回しとは。
確かに俺ぁガキや女には優しいよ?ガキらしいガキや美人な姉ちゃんだったら特にな。けど、だからって今回のこれは過剰な優しさだ。このガキの面倒見てなんか俺に得があるわけでもなし。

自分の事ながらあり得ない。自分らしくない。確かに俺は紳士で優しいと自称しているが、これは完璧に馬鹿のする事だ。対価もなしに人助けなど。


「ああ、クソ!ホントにツいてねぇ。厄介事のバーゲンセールだ!しかも半ば押し売り状態!」

「あの、ごめんなさい……」

「謝るくらいなら怪我すんな!」

「あぅ……」


背中に背負ったガキから申し訳なさそうな雰囲気が漂っているが、もう俺はこれ以上優しさをあげるつもりはない。俺の半分は厳しさで出来てんだよ。


「隼って変な奴だね。優しいのか乱暴なのか」

「うるせぇよ」

「でも良い奴だね」

「だから、うっせぇっつってんだろ」


つうかこの獣娘は態度変わりすぎだ。俺が戻ってくる前までは敵意までは無かったとしても警戒はしてたはずなのに、俺がガキの身を按じて戻ったらコレだ。
それほどまでにガキが大事なのかね。使い魔とその主ってのは、俺と夜天たちみたいな関係なのか?

それからも俺たちは適当に会話しながら、それでも飛ぶ速さは最速でガキの治療が出来る場所へと向かった。


「おいおい」


飛ぶ事十数分。俺たちは一つのマンションの屋上へと降り立った。一体何階建てかは知らんが、部屋は確実に俺のアパートより広いだろう。外観だけ見てもリッチ感が漂っている。
そんな高級マンションだが、この中の一部屋がガキの治療をする場所…………つまりガキの家だ。


「マジかよ……お前ら、こんないいとこに住んでんのか?」


外から見た印象もさることながら、中に入った時の驚きはさらに上をいった。


「リビングにダイニングにキッチンが完備!?おおい、ロフトまであんぞ!?部屋数は4……5か!?それにあっちは全面ガラス張り!こっちはトイレ……ってトイレ広ぇなオイ!お前ら、こんなとこをマジで2人だけで使ってんのか?」

「そうだよ」


獣娘がガキをソファに寝かせながら事も無げに答えた。

道中でこいつらが2人だけでここに住んでいるというのは聞いた。ガキの母親はきちんと生きているが一緒には住んでいないらしい。どのような事情があるかは知らんが、詮索する気はない。厄介事や面倒事に巻き込まれたくねぇのは元より、今回のその原因となったこのガキの事情なんてこれ以上知りたくもねぇ。

だから、もう目の前のガキの怪我の治療という事だけに専念することにした。


「ええっと、包帯にティッシュに消毒液……お、赤チン」


怪我の治療なんてまともにしたことねぇけど、まっ、なんとかなんだろ。本当はきちんとした病院に行ったほうがいいんだが、ガキはそれはどうしてもダメだと抜かしやがるからな。その理由を聞いても何故か話さねぇし。


「よし、ンじゃ適当に治療すっからよ。そんじゃ、まずは服脱げ」

「え……ええええぇぇぇ!?」


喧しいんだよ。いきなりデケェ声だすなや。


「怪我してんのは主に背中だろ?しかも察するに一部じゃなく全域だ。なら治療すんのに服は邪魔。分かったなら、オラ、脱げや」

「あ、ああの、でも、その……」


ガキはソファの上に寝そべりながら、赤い顔でこちらを見てくる。

チッ、ガキがなに一丁前に恥ずかしがってんだか。……いや、もしかしたらこれが普通なのか?ん~、そう言えば旅行でもなのはを風呂に誘った時、あいつ恥ずかしがってたしな。……ん?でも理のやつは普通に俺と一緒に風呂に……って、あいつは見た目どおりの歳じゃねぇのか?生まれたばっかだし。


「わーったよ。ンじゃ、脱がなくていいから、せめて捲り上げろ」

「で、でも……あ、ならアルフにやってもら───」

「彼女には晩飯買いに行かせた。よって今居ない。て訳で、おら、いい加減観念しろや。これじゃいつまでたっても手当てが出来ねぇよ」


俺は半ば無理やりガキの服を捲った。いや、無理やりという程でもないが……それでも第三者から見たらちっとばかしヤバイ光景だろう。まぁ、室内には俺とガキだけなんでそんな心配もいらんけどよ。


「ったく、いらん手間取らせん───────」


ガキの体を見た瞬間、俺はそこから先の言葉が紡げなかった。
断っておくが、別に俺はガキの体に情欲が湧いたわけじゃねぇ。こんなちんちくりんな体みて誰が欲情するかよ。問題はその体についている傷だ。


「………おい、ガキ。お前、確か管理局の魔導師にやられたって言ったよな?」

「…………」


返答はないが、ここに来るまでに俺は確かにそう聞いた。管理局の魔導師に魔法で背中を撃たれたと。撃たれた、という事は魔法弾か砲撃が当たったという事のはず。

それなのに。


「確かにそれらしい傷もある。けどよ……それだけにしちゃあ、傷の種類が多い」


ガキの体には痣、擦り傷、切り傷、さらには裂傷にまで至っていたであろう傷跡もある。

そう、傷跡だ。明らかに以前から何かしらの暴力を受けている証。それも非殺傷設定のある魔法ではなく、凶器による悪意のある力でやられているのは確実だ。でなければ、背中なんかにそう簡単にここまで傷跡や生傷はつかない。
事故と言う可能性もあるが、俺は別の可能性を口にした。


「ガキ、お前、虐待受けてんな?」


そう考えると合点がいく。
母親の事を喋った時のガキと獣娘の反応も、治療するにも病院には行かないと言ったのも、俺に体を見せるのを渋るのも。


「ち、違う!虐待なんかじゃ……!私が母さんの期待に応えられなくて、それで……」


必死の顔で母を擁護するガキ。相当母親の事が好きなのだろう。しかし、その慌てようと傷ついた体を見れば真実はどうなのかなど一目瞭然。

俺はさらに追及しようとして、後ろから聞こえてきた声でその必要がなくなった。


「そうだよ。あいつはフェイトを虐待してるんだ」

「ア、アルフ!」


いつの間にか帰ってきた獣娘。その顔には怒りと悲しみが窺える。どちらの感情がどちらに向けられているかは言うまでもないだろう。


「別にフェイトは悪くないのに、あいつは自分の思い通りにならないとすぐにフェイトに手を上げるんだ!叩いたり、蹴ったり、今じゃ鞭なんてものまで使って……ッ!」

「アルフ……それは違うよ?悪いのは私。隼も誤解しないで。母さんはホントはとても優しいんだ」

「フェイト……」


ガキを見る獣娘の目には悲しみと、少しばかりの哀れみがある。


「………取り合えず話は後だ。今は怪我の手当てをする」


厄介事には関わりたくない。ガキの事情なんて知りたくは無い。

しかし、流石にこれは「どうでもいい」と言って見過ごせない。人として、大人として、何より俺として。







全てを聞いた、のだと思う。少なくともフェイトとアルフは『自分の知っている事を全て話した』と言った。

俺がフェイトの傷の手当をしたので信用し、自分達の事を話したのか。それとも俺が魔法には極力関わらない、ある種中立の立場だと言うのを聞いて安心して話したのか。
どうであれ、俺は2人の事情を知った。そこには勿論、フェイトの母親である『プレシア・テスタロッサ』という奴の事も入っている。

プレシア・テスタロッサ……フェイトの母親で、自身もかなり凄い魔導師。ジュエルシードを求めている理由は知らないが、アルフの弁によればその執念には鬼気迫るものがあるらしい。それどころかフェイトへの虐待(フェイト自身は最後まで否定)を考えれば、狂気さえ孕んでいるだろう。

正直に言って俺は聞かされたプレシアの人物像だけを見れば、決して嫌いな奴じゃない。寧ろ好感さえ持てた。特にその手段を選ばない、独善とさえ言える性格は素晴らしい。さらに大そうな美人らしいのも良し。
きっと俺とフェイトの母親は仲良くなれるだろうし、仲良くなりたい。

───ある一点さえ除けばな。


「気に入らねぇな」


手段を選ばないってのはいいさ。俺もそれは大いに賛成だ。……けどよ?超えちゃいけねぇ一線ってのは何にでもあんだろ。
その一線ってのは人によって各々違うだろうけどよ、少なくとも俺が俺の中で定めているそれをフェイトの母親は踏み越えている。

───それが気に入らない。


「なぁ、お前んちによ、木刀かバット、もしくはチャリのチェーンはあるか?」

「え?えっと……無い、かな。何に使うの?」


フェイトの母親が許せない、なんていうつもりは無い。元よりそんな気持ちを抱くことなんてお門違いだ。許す、許さないなんてのは当事者同士が決めることであって、部外者である俺が決める事じゃない。

───ただ気に入らない。


「何にって、決まってんだろ。カチコミにだよ」

「「かちこみ?」」

「あーっと、魔法世界出身じゃ分からねぇか。簡単に言やぁ────」


これは別にフェイトの為にする訳じゃない。これは誰の為でもない、自分の為に。ただの自己満足。理由を挙げるとしたら、そう───


「殴り込みだよ。お前の母親んとこによ?」


───気に入らねぇからだ!!





[17080] ジュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/26 20:55

フェイトが住んでいるマンション、その屋上に今俺はいる。
隣にはフェイトがおり、目を瞑ってデバイス片手に先ほどから延々と訳の分からん言葉を紡いでいる。その言葉に呼応しているのか、足元のでっかい魔方陣が黄色い輝きを見せている。
またガキの使い魔アルフも俺の隣にいるが、彼女は特に何もせず佇んでいる。それでも強いて言うなら……ああ、素敵なパイパイだ。

ンで、最後に俺だが、そんな2人に挟まれる形で立っている。
ただ格好が少々特殊だ。服装は半袖のカットソーとデニムという至って普通のモンだが、持ちモンがヤバげ。
街外れにある廃工場から拝借して来た鉄パイプと鎖。手には石を握りこんで包帯を巻き巻きなど。

あまり時間もなかったから用意も満足に出来なかったが、まあ、これだけでも十分喧嘩は出来るな。


(マトイでもありゃあ、もうちっと気合入るんだがな)


まっ、無いもんねだりしても始まんねぇし。それに知らねぇ奴との喧嘩は久しぶりだかんな、それだけでワクワクだ。

そんな男独自の高揚感に包まれている俺に、隣のアルフが面白そうに声をかけてきた。


「隼ってやっぱり変な奴だよね」

「何回も聞いた。そしてその都度言ってっけど、俺は変じゃない。至ってマトモで、至って誠実な紳士君。これほどの真面目人間、どこを探したっていねぇぞ?」

「よく言うよ。ただ自分が喧嘩したいだけで、持ってたジュエルシードを手放すなんて」


そう、俺はジュエルシードを手放した。正確にはフェイトにやった。その理由は単純明快で、いわゆる交換条件ってやつだ。

俺はフェイトの母親がいる場所を知らない。だから手段はフェイトに案内してもらうしかない。………だが、フェイトは猛反発。
まあ、当たり前だな。誰が好き好んで自分の母親の所に殴りこみに行くっていう男を案内する?さらに言うと虐待されているだろうフェイトだが、それでも母親は大好きらしい。そんなマザコンが暴力男を案内する事なんてまず無い。

だが、俺は一度やると決めたらやる男だ!
確かにジュエルシードを手放すのは少々惜しいが、持ってても使い道わかんねぇ。なら俺の欲を満たすために有効活用するべきだ。

案内してもらう代わりに、俺の持っているジュエルシードを渡す。

最初フェイトは俺がジュエルシードを持っていた事に驚き、次にどうするか悩んだ。
母親に危害を加えようとする男を連れて行っていいものか、でも隼だし、それにジュエルシードは欲しいし─────ってな具合に。
最終的には、こうやって屋上で転移魔法を発動させようとしている事からも分かる通り許可が降りた。


『分かった分かった。ンじゃ、話し合いだけにすっから』


といって最後に納得させた訳だが、勿論そんなのは嘘。カチコミする気満々。持ち物がそれを証明しているだろ?
ガキは俺の持ち物を訝しんでいたが、俺は「護身用だよ。世の中物騒だからな」と言って無理やり納得させた。これで納得するガキもガキだな。

ともあれ、これですべては整った。あとは…………


「開け、誘いの扉。テスタロッサの主の下へ!」


喧嘩だ、喧嘩!
ガキの親だからって加減しねぇ。最低でも1発、最高でグチャグチャにしてやる!管理局とか魔法関係とかバイトとかその他諸々とか、今は知った事か!

俺は俺のやりたいようにやる!自分の欲を満たす事が最優先だ!!











周りに広がる景色は一言で言うと暗い。黒ってか紫ってかそんな感じで。空間っつうの?それもなんか歪んでんしよ。
しかし、そんなクソ辛気臭ぇ景色も目の前の建物を見て眼中に入らなくなった。


「…………なんちゅう豪邸だよ、オイ」


つうか、もうこれ城?俺みたいな貧乏人への当て付けか?
また喧嘩する理由が増えた。


「金持ちは死ねばいい」


フェイトのマンションといい、この実家といい………もうなんかね、やるせねぇよ。ホント、死ねよ。あ~あ、この世にいる金持ち全員死なねぇかな。ついでにイケメンも絶滅しねぇかな。……後者は特に。


「あの、隼………」

「ん?なんだよ?」

「………ホントに母さんに暴力振るわないよね?」


不安そうな顔でそう言うフェイト。
ここに来る前にあれだけ「危害は加えない」と言っておいたのに。心配性というか、優しすぎるというか。


「大丈夫っつたろ?お前の母親なんだ、話せば分かってくれるだろ。マジで暴力沙汰にはならねぇよ。俺を信用しろ」


俺は鉄パイクを素振りしながら言う。


「そっか……そうだよね。隼は優しいもんね」


分かった。こいつ馬鹿なんだ。
今の俺の姿を見てそんな言葉が出せるのは、多分このガキだけだな。

まあ、いい。馬鹿だろうが素直だろうが、良い印象を持たれる事に越したことは無いしな。

そんな思い共に体操のお兄さん顔負けのナイススマイルを浮かべて、俺はフェイトに案内を促した。
フェイトは今度こそ安心したのか、しっかりとした足取りで家に向かって進んだ。その背後に続く形で俺は黒い笑みを、アルフは複雑な表情を浮かべながら歩いていった。









「隼、どうしたの?」

「なんで機嫌悪いのさ?」


フェイトとアルフが疑問顔でそう言う通り、俺の機嫌はこのデッカイ家に入ってから加速的に急降下している。

上に目を向けてみれば、なんか高そうな電灯(シャンデリア?)。
下に目を向けてみれば、なんか高そうな絨毯(ペルシャ?)。
周りに目を向けてみれば、なんかよく分からん絵画やら壷やら。

ザ・金持ち。


「ちっ……忌々しい」


金持ちってのはどうしてこう自己顕示欲ってのが強いのかね?
帰る時、なんかその辺にある高そうな物ガメて帰ろ。

さて、それから歩く事数分、…………つうか数分ってなんだよ!?家の中歩くのになんで分単位かかるんだ!ああっ、ホント忌々しい!!
………話が逸れたな。兎に角、数分後、俺たちは一つの扉の前で立ち止まった。
俺がフェイトに頼んだ案内先は母親の部屋……つまりはこの扉の奥の部屋にバイオレンス・ママが居るって訳だ。


「さて、じゃあお前のママと『お話』してくるわ」


と、俺が部屋に入ろうとすると、後からフェイトが付いて来ようとしたので軽くチョップして止める。


「い、いたいよ、隼……」

「ココから先はR18のディ~プな世界だ。お子ちゃまはここまで。犬も入っちゃ駄目な。下手すると発情期に移行しちまうからよ?」

「R18?」

「ハツジョーキ?」

「分からなくていいから、さっさと消えろ。自室に戻っとけ。そうだな……15分くらいで『お話』は終わるだろうから、それくらいたったらまたココに来いや」


そう言って二人の背中を押し、どこかに行くよう促す俺。
それに対しフェイトもアルフも渋々ながら背を向けて廊下の先へと消えていった。

それを見届けた後、俺はポケットからタバコを取り出し火をつけ一吸い。そして………


「ちわ~、カチコミでーす。────拳をお届けに参りましたぁぁああ!!!」


俺は扉を蹴り破り中へと入った。









その部屋もまた大きなモノだった。まるで俺のアパートの一室が豚小屋に成り下がるくらいの、それくらい大きな部屋。
一方でとても殺風景な部屋だ。まず目に入ったのが大きな机と大きな椅子。そしてその椅子にこちらに背を向けて座る女性。………それだけ。
『まず』とは言ったが、もうそれ以上目に入るものが無い。それほどの殺風景さだ。


(辛気臭ぇ部屋だな。……見たとこあれがフェイトの母親か)


この広い部屋に人は女性が一人。間違いなくあれがフェイトの母親だろう。
俺が部屋に入ったのは分かっているだろうに、その人は未だ無関心にこちらに背を向け椅子に座っている。

つうかシカトこいてんじゃねぇぞ?フェイトママ、第一印象は最悪な女性だな。


「よォ、人様が訪ねて来てんのになにシカトぶっこいて─────」


俺は文句をいいながら一歩踏み出し、2歩目を踏み出そうとした所で、その歩みと文句の言葉が止まった。
ふいに俺の視界の隅に紫色の光が入ったからだ。

─────同時に俺の視界がブレ、また次の瞬間には体だ吹き飛んだ。


「んどぅヴァッッ!?!?」


一回転、二回転、三回転。
景色が流れ、体が床に叩き付けられ痛みが襲い、頭はそれを上回る激痛が奔っている。

これつまり。


(俺、攻撃された?)


それに思い立った瞬間、俺の体は壁に叩き付けられた。そしてそのまま壁際で体を横たえる羽目になった。


「あの出来損ないはどういうつもりなのかしら。満足に仕事もこなせないどころか、こんなゴミをこの庭園に招き入れるなんて」


そんな淡々として冷たい声が、床に身を横たえた俺の耳に入ってきた。その声の聞こえる方に何とか目を向けてみれば、そこには先ほどまで椅子に座りこちらに背を向けていたはずの女性が立ち、俺を無様とでも言いたげに見下していた。

俺はその態度が気に入らず、すぐさま立ち上がり────またすぐ床に倒れ伏した。

体イテェ!頭イテェ!つうかなんか頭から血がダクダク出ちまってんじゃねーか!?


「ふん、今ので逝かないのね。ゴミというより虫ね」


そう言ってまた一つの魔力弾を浮かべた。その目には慈悲も何もなく、ただ文字通りゴミか虫を処理するような、そんな無感情さが窺えた。

そんな視線を向けられ、今にも魔力弾を撃ってきそうな女性に俺は身が震えた────訳がねぇ。


「………あ゛ぁん?今、なんつったよ」


この俺をゴミ?虫?……上等だよ、このクソババァ。

俺は痛む体と滴り落ちる血を無視し、立ち上がった。ここで立たなかったら俺じゃねぇ!


「まだ立てる元気もあるのね」


ババァは少し意外だったのか、眉を寄せ不快感を示した。


「ハッ!あんなちょっせぇ攻撃が効くかよ」


勿論、効いていない訳がない。だが、ここで弱みを見せてたまっかよ。未だに頭から流血してっけど無視。

俺は余裕を表すようにタバコを出し、ババァの目の前でぷはぁ~と景気良く吹かす。
それを見てまたババァの眉間に皺が寄った。


「………不愉快ね」

「おいおい、そりゃ俺の台詞だ」


こっちからカチコミしといてこのザマだ。まさかいきなりこんなジョートーかまされるとは思いもしなかったかんな。
不愉快っつうより無様だ。


「ハァ、俺もヤキが回ったかな。最近、本気喧嘩なんてしてなかったかんなぁ。しかも、その相手が女って事でどこか油断も────」


と、そこで俺はある重大な事に気づいた。いつもは一目見て気づくであろうくらいの重大な事に。


(あれ?このババァ、極上じゃね?)


何が、と言うまでも無いとは思う。特にどこが、と言うまでもないとは思う。


(そうだよなぁ。ガキがあんなに可愛いんだ、だったら親も結構美人………ってか、実際美人だ)


ちっとばっかし化粧がエグくて服装にセンスねぇが、それでもこの顔とお胸さまですべてが帳消しになるほどのレベル。

……んん~。


「喜べ、ババァ。俺ぁ少しだけ愉快になったぞ。これであんたにグチャグチャな未来は訪れない。ぶん殴ってはやるがな」

「……威勢のいい虫ね。でも賢くない」


そう言うとババァは浮かべていた魔力弾を俺に向けて放った。

俺も日頃伊達でヴィータと喧嘩している訳ではない。不意打ちなら兎も角、ただ真っ直ぐ飛んでくる魔力弾など避けるのは容易い。

そう思っていたんだが……


「ぎょべッ!?」


現実は厳しい。
俺の腹に魔力弾が当たり、めり込み、爆ぜた。そしてまた壁に激突。咥えていたタバコが落ち、滴った血で火が消えた。


「ゴホッ……あ~あ、タバコが。勿体無ぇ、いつもは根元まで吸うっつうのに」


見当違いの事を呟きながらも、心中ではちょっと焦っていた。

出鱈目な魔力弾だ。
威力は耐えられないほどじゃない。ヴィータのアイゼンに比べたら屁だ。しかし問題はその速度。とても放たれてから避けられるモンじゃない。200kmくらい出てんじゃね?


「美人に責められるってのも悪かぁないが、俺もどっちかってとSだかんな。いや、たとえSじゃなくても今回はダメだ。言いたい事分かるか?」

「虫の言いたい事が分かるとでも?」

「さらに上等だよ。いいか?俺ぁな、キてんだよ。それも相当。そもそもここに来る前から………フェイトにお前が何をしているか聞いた時からよぉ」

「……ふふ、そういう事。虫かと思っていたけど、どうやら正義のヒーロー気取りの偽善者だったようね」


ババァの顔に笑みが浮かぶ。ただそれは見ていて気持ちいいモンじゃない。なんとも腹の立つ笑みだ。

俺も同じように笑って返す。
ついでにここに来て3本目のタバコに着火。あ~あ、節約してんのによ。でもしゃあねーわな、ムカつくとどうもすぐ手が伸びちまう。


「そんな大層なモンじゃねぇが……まぁ、似たようなモンだよな。こっちとしてはただ気に入らねぇってのが理由だけど、周りから見たら『善い奴』に映るんだろうよ」


周りの奴には正義を行ってる奴の動機はいらない。純粋でも不純でもいい。結局最後に残るのは行ったあとの結果とそれがどう見られるか。
つまり今回は、虐待されているガキのために怒る正義感溢れる男。

うえっ……自分的には反吐が出る。


「ただ気に入らない?」

「『子供は子供らしく在れ』、それをあんたはさせてやれていない」


これは子供だけの問題じゃない。子供らしく振舞えるようにさせてやるのは親の義務。

虐待されているガキがガキらしいとは思えない。よしんば今はガキらしくても、いずれどこかで歪んでしまう。


「子供が自分の意思で子供らしくしないのは……まあ、それも気に食わねぇがまだいいさ。だがな、親の行いでそう在れないのは俺は気に入らん」

「それで?」


ババァは鼻で笑い、関心があるのかないのかの顔で先を促す。


「それだけ」

「………なに?」

「それだけだよ、あんたが気に入らない理由は。つうか、その理由も正直あまり重大じゃなくなったよ。ここに来てな」


ふはぁ~とタバコを吐き出し、正面のババァを見つめる。


「誤算だった。あんたがあまりに美人だったからな。フェイトに対する態度は気に入らねぇが、あとは
パーペキなんだよ」


性格から見た目まで俺的にはかなり好印象。
俺はガキにも優しいが美人にも優しいからな。気に入らない理由に気に入る理由が合わさって、天秤の傾きがかなり平行になっちまった。………虐待と美人で天秤が平行になる俺も俺だがよ。


「だからな、問題はそこじゃねぇ」


だが、最終的に俺の天秤は決して均衡を保たない。


「俺があんたに喧嘩を売った。そしてあんたはそれに応えて上等くれた。今、この場ではそれが全てだ」


結局の所コレだよ。
確かにここには義憤紛いの感情を持ってきた。
確かに俺はババァを見て好感を抱いた。

だが、そんなモンはどうでもいい。優先順位として言うなら『子供には優しく』は3番、『美人には優しく』が2番。

そして1番は───


「俺に喧嘩売った奴は殺す。俺が喧嘩売った奴は殺す。ヤられたら俺の気の済むまでヤり返す。───つまり自分が1番って事だ。だから俺はあんたをブチのめす」

「………………」


ババァは誰でも見て分かるくらいの大きな変化を顔に浮かべた。それが呆れなのか、驚きなのか、惚れた、それともその全部なのかまでは分からんが。…………3つ目はねぇか。


「本気、で言ってるようね。何の恥も外聞もなく、後ろめたさもない。………自分の欲を優先し、意思を優先し、望みを優先する」

「世間ではそんな奴らを利己主義、エゴイズムなんて言ってやがるが、人間一皮剥けば誰もがそんなモンだ。だが大抵の奴は人目や常識を気にし、一生を皮被りの包茎で過ごす。……ハッ!俺ぁそんなの御免だ。俺が俺として生きて何が悪い?言うなれば俺は究極の正直者なんだよ」


なんて似非カッコイイ事言ってみるが、俺だって突き詰めていけばただの人。人の目を気にする事もあれば常識でモノを考えることだってある。
だが、それでもその他大勢と比べたらとびきりの独善者だろう。


「……普通なら聞いて呆れるわね」

「普通なら、だろ?あんたはどうだ?」


俺には分かる。こいつも俺と同じ、極上の独善者だと。その証拠にババァから返ってきたのは意味深な笑み。


「面白い男ね。あなた、名前は?」

「鈴木隼。ハヤブサ・スズキって言った方がいいか?」

「そう。……ハヤブサ、今すぐこの庭園を出て行くなら殺さないであげるわ」

「人様の顔を血まみれにしておいて調子ぶっこいてんじゃねぇぞ?テメェこそ今すぐ泣いて詫び入れりゃあ、鼻エンピツは勘弁してやんよ。もしくはこの豪邸か金寄こせ」


俺とババァはそこでお互い小さく声を出して笑った。さも愉快そうに、さも不愉快そうに。


「そう、じゃあ────」

「ンじゃ、やっぱ────」


ババァは持っていた杖を構え、背後に数えるのが面倒な程の魔力弾を出した。
俺はタバコを投げ捨て、杖を出した。どっかいった鉄パイプの代わりだ。もう一方の手には鎖を。

そして………


「「死ね!」」


お互いがSだと結局こうなるんだよな。






[17080] ジュウイチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/06/06 00:42

目の前に映る光景は今まで見た事もないものだった。

黒い弾、弾、弾、弾、弾─────弾幕。

俺ぁいつから幻想郷に足を踏み入れたんだ?弾幕ごっこなんてする気はねぇぞ。………圧倒とはまさにこういう事を言うんだろうよ。なんかよ、こう肌にビシビシくる感じ?あれ全部当たったら痛ぇだろうな。
でも俺に退く気はない。それはなぜか?

目の前で、サディスティックで余裕の笑みを浮かべているババァが癪に障るからだ!!

とまぁ、憤慨はするものの、現実は厳しいもんだ。それはもう常日頃から感じているようにな。
キレて潜在能力が開花、戦いに勝利………なんてのはフィクションの中だけでありえるご都合だ。実力が明白なら、結果も当然分かりきったものになるのは必然。怒った程度で喧嘩に勝てるなら苦労しない。

────ああ、そうだよ。つまり俺ぁボコボコにされちまったんだよ!クソッタレ!!

避けても当たる、避けないでも当たる。
あの魔法弾の物量と速度はありえない。避ける場所も時間もない。それに防御魔法も無理。夜天から習ってねぇし。

まさか俺が『フルボッコ』という状態を味わう事になるとは思いもしなかったぜ。壁にぶち当たるわ、床に叩き付けられるわ、天井まで打ち上げられるわ、もう散々。結局最後は廊下にぶっ飛ばされ、そこで俺の意識は断ち切れたんだよなぁ。


(………で、ここ何処よ?)


目覚めれば俺は殺風景な部屋、そこにあるベッドの上にいた。
現状がよく分からないが、取り合えずここは定番の「知らない天井だ……」という台詞を言う絶好の機会だろう。
では────


「知───ハがッ!?」


言おうとして失敗した。口の中に激痛が奔ったからだ。確実に切れてる。それも相当に。
つうかよく見りゃ体も包帯だらけで、鈍痛を感じる。

頭の上から足の先まで至る所が痛い。正直、泣き叫びたいほどに。

だが、生憎とそんな事はしない。この傷が事故かなんかで出来たモノだったなら、迷わず泣き喚いていただろうが、コレはそうじゃない。


(……あんのクソババァ)


俺に上等かまし、俺にこんな傷を作りやがったババァ。プレシア・テスタロッサ。

自分の傷の具合なんかよりも、まず俺はあいつに完膚なきまでにヤられた事に腹が立った。そして見逃されたことにも。


(あの年増がぁっ!ああ、むかつく!!)


何がむかつくって、一番むかつくのは女にここまでヤられた自分自身がむかつく!つうか情けない。……………俺、こんなに弱かったか?


(────ハッ!ふざけろよ)


俺が弱い?そりゃ在り得ねぇよ。いくら何でもそりゃあ無ぇ。

確かに俺はババァにヤられた。だが、誰かにヤられたってのは今回だけに限ったことじゃねぇ。今までだって何度かヤられたことはある。だが、最終的に勝ったのはいつも俺だ。
そう、喧嘩ってのは最後に勝てばいいんだよ。どれだけヤられてもそこで折れず、最後の最後でグゥの音も出さないほど叩きのめしゃあいい。諦めた時が本当の負けだ。


(俺はそんなヘタレじゃねぇ!)


ヤられたら気の済むまでヤり返す!それが俺だ!!

このままじゃ終わらねぇぞ?










さて、そんなババァへの迸る情熱で胸の内が一杯だった俺だが、ふと我に帰ればまだここがどこだか分からない事に今更ながら気づいた。


「俺んちじゃねぇな。さらに今まで一度も入った事なし」


口の中の痛みに慣れるため、俺は声に出して現状を確認。

だいたい6畳の小さな部屋。あるのは俺が今横たわっているベッドと机、そしてその上にスタンドライト一つ。
酷く寂しい部屋。

ただその中でも一つだけ、俺の心を刺激する要素がある。


「ここ、女の部屋じゃねぇか?」


それに思い当たった理由はただ一つ───俺の入っているベッドから女特有の良い匂いが漂っているから。


「………よし」


一人で一度頷き、布団の中に潜り込む。体の痛みは無視だ。
そして俺は肺一杯にその良い空気を吸い込む。

つまりベッドに残っている女性の残り香を嗅ぐ。


「う~ん、マンダム」


あん?変態?違ぇよ。言ったろ?正直者なんだよ!主に欲望にな!!………まぁ、流石にやっちゃならねぇ事はしねぇよ?無理ヤりとかさ。でもこんくらいは誰でもやるだろ?寧ろ俺は積極的に嗅ぐ!!

と、そんな男の下品な本心丸出しな俺の耳に扉の開く音が聞こえた。それに反応し、潜っていた布団の中から顔を出せば、扉の傍には俺の見知ったガキの顔が。


「あ?フェイト?」

「は、隼……」


呆然と、まるで幽霊でも見たかのように呆けているフェイト。

なるほど、フェイトがいるって事はここはフェイトの実家かマンションだろう。そして部屋の作りから見てここは多分後者。…………そして、もしそうだった場合、ここで一つの問題が挙がる。


(ま、ましゃか、このベッドはフェイトの?って事は、この匂いも…………)


………なんてこったぁぁぁぁ!
つまり俺ぁ乳臭ぇガキの匂いに興奮しちまったって事か!?痛ぇ、いろいろ痛ぇぞ俺!


「最悪……。お前な、ちゃんと毎日洗濯しろよ。ならこんな乳臭ぇ残り香なんて嗅がずに────」

「隼ッ!」


ガキは人の話を最後まで聞かず、俺の名を叫びながらゆっくりと駆けて来やがった。瞳が潤み、顔が微笑みな事からガキがどういう心境なのかが手に取るように分かる。
要は嬉しいのだろう。大怪我して気を失っていた俺が目覚めた事が。

相変わらずなんとも純粋なガキだ。ここまで来ると微笑ましくさえある。
だがな?俺ぁ凹凸もないガキに抱きつかれて喜ぶ趣味はねぇんだよ。第一、俺は今全身怪我だらけ。そんな状態で抱きつかれた日にゃあお前、ガキだろうと思わずマジで殴り倒しちまうぞ?

て訳で、俺は突っ込んでくるフェイトの顔に枕を投げ、その暴挙を止めた。


「わぷっ!?」

「落ち着け、馬鹿ガキ。なに怪我人に飛びつこうとしてんだよ」

「あぅ……だって隼苦しそうに寝てて、でもやっと目が覚めて、それで嬉しくて……」

「心配だったってか?ふん、ガキはテメェの心配だけしてりゃいいんだよ。ましてや俺を心配するなんて何様だ?俺ぁ誰かに心配されるような弱いタマじゃねぇぞ」

「…………」


怪我の痛みによるせいか、それともババァにヤられた為のフラストレーションによるせいか、はたまたガキの匂いに興奮しちまった情けなさからか、俺の言葉は少し辛らつなものになってしまった。その為、ガキは落ち着きはしたが今度は目に見えて落ち込んじまった。
そんなガキを見て流石の俺も自分の大人気なさを自覚。

俺はなにガキに八つ当たりをしてんだ?しかもこの状況を察せば、俺の体の治療をしてくれたのはガキだ。さらに自分のベッドにまで寝かせ、看病までしてくれたのだろう。

そんな恩人とも言えるガキに八つ当たりしていい身分じゃねぇよなぁ。元よりガキには優しい俺だ。…………ちっ、面倒臭ぇ。


「………フェイト」

「?」

「しょげた顔すんな、ガキはガキらしく笑ってろ。それが俺には一番の薬になる。それとこの怪我の手当て、サンキューな」

「!う、うんっ!」


つっても、本心を言えば一番の薬は美女か金なんだけどよ。

兎も角、このままいつまでも寝ている訳にはいかない。目が覚めて、意思があり、体が動くなら後は行動────俺を虚仮にしくさったクソババァへのリベンジあるのみだ!












さてババァへのリベンジを決め込もうと意気込む俺だが、そう簡単にいかないのが世の中の常。
まず最初に噛み付いてきたのがフェイト。
俺を今すぐまた実家連れて行けつったら猛反発。

『隼、母さんに暴力振らないって言ったのに!』とか『こんな大怪我してるのに動いちゃダメだよ!』とか。

兎に角、ぎゃあぎゃあと喧しいのなんのって。

俺も最初は穏便に説得しようとしたさ。直球で『頼む、もう一度連れて行ってくれ』とか、搦め手で『お前の母さんに御呼ばれされたんだ』とか言ってよ?
けど、それでもガキは首を縦に振らなかった。この俺が下手に出てるってのにだぞ?つう訳で、結局最後は『連れてかなきゃ管理局にお前の居場所チクる。ついでに怪我しない程度にイジメてやるぞ?』つって半ば脅す形でなんとか了承を得た。

そんで一難去ってまた一難。次に噛み付いてきたのが夜天以下6名の偽家族。

ガキに聞いた所によると、何でも俺がババァの所に行ってから、このガキのマンションに戻ってくるまで丸一日掛かったらしい。つまり俺は無断外泊したことになる。
ロリーズは兎も角、過保護とも言える夜天やシグナムは確実に心配していることだろう。彼女らの事だから昨日たぶん念話もしてきたんだろうが、生憎とガキの実家は圏外。こっちに帰ってきてからは寝てたし。

俺も喧嘩が出来る事に夢中で、昨日はあいつらに連絡すんの忘れてた。なので俺は改めて夜天たち全員に念話を繋いだんだが、そこからが色々と凄かった。


『主、今何処にいるのですか!?』とか『局に捕まったのですか!?』とか『御身体は大丈夫ですか!?』とか『バイト、クビになっちゃいましたよ!?』とか。


バイトの件はまぁ予想通りだったが、彼女らの心配振りは俺の予想以上だった。その余りの慌てぶりに俺も思わず正直に自分の状態を皆に伝えた………伝えてしまったんだ。喧嘩の事も、結構な怪我をしてしまった事も。


『そ、そんなっ!?いいいい今、今すぐ御傍に行きます!!』とは夜天。

『申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりにッ……ああ、なんて事!!』とはシグナム。

『ハ、ハヤちゃん、今何処にいるの!?す、すぐに治しますから!それまで死なないで!!』とはシャマル。

『御傍に居なかったとはいえ、主に怪我を負わせてしまうとは………くっ、なにが守護獣だ!』とはザフィーラ。


もう何つうかよ、こうまで心配されると逆に恥ずい。俺、もう22よ?……ああ、いや、それはいい。心配してくれるだけならまだいい。
俺のさらに予想外だったのがロリーズの反応だ。てっきりいつもの毒舌や罵詈雑言が返ってくると思っていたが、ところがドッコイだった。
どのようだったかというと────


『お前に怪我負わせた奴、お前に痛い思いさせた奴、ソイツどこに居んだ?………ぶっ殺してやるから。お前を傷つける奴なんて、あたしがキッチリぶっ殺してやっからよ?』とはヴィータ。

『斬死、轢死、圧死、爆死、頓死……主に害を成したモノにそんな選択権すら与えません。爪を一つずつ剥がし、指を一本ずつ折り、四肢を切り抜き、耳を切り取り、鼻を削ぎ、歯を砕き、髪を毟り、目を抉り、臓物を搔き出し、首を捻じ切り────殺し尽くします』とは理。


とまぁ、このように2人はブチギレだった。これが冗談で言ってるなら笑い話で済むが、2人の口調から見て大真面目。俺の心配するなんて、この2人にしちゃあ意外な反応だな~、なんて悠長な事言ってられなかったよ。


『まぁ、落ち着けよお前ら。怪我したつっても動けないほどじゃねぇしよ。それにこれは俺の喧嘩だ。外野が手ェ出すなんて、そんな無粋な事すんなよ?て訳で、そっちにはまだ帰れねぇから。今からまたリベンジかますんでな。お前らは家で大人しくしてろ』


夜天たちは勿論大反対したが、俺はここぞとばかりに主権を行使して無理やり言う事を聞かせた。
帰ったらうるさそうだが、それもしょうがない。

しかし、さてこれでガキと夜天たちには話が付いた。という訳で、俺はさっそくリベンジに行こうとしたわけだが………その直前、またしてもそこで一つの問題が挙がった。いや、それは問題が挙がったというより、大変な事に気づいたというのが正確か。

何が大変なのか………それは俺の持ち物だ。俺はババァに喧嘩売ったとき、ポケットの中にある物を入れていた。そして俺はその状態で喧嘩をし、フルボッコにされた。体はボロボロなのは今更言うまでもないが、ならポケットの中に入れていた物はどうなる?
無傷で済むはずがなかった。


「お、おおおおお俺の携帯とiPodがぁぁぁぁぁあああああっっっ!?!?」


機種変してまだ数ヶ月しか経っていない最新の携帯。何千曲も入っていたiPod。それがコナゴナ。
見るも無残とはこの事だ。普通に泣ける。


「あ、あの隼?」

「どうしたのさ?」


事の重大さが分かっておらず、ただ俺の様子を訝しんでいるガキと犬。まぁ、妥当な反応だとは思う。俺だってこれが他人の事なら同情するどころか笑い飛ばしているだろう。だが、今回は生憎と自分事。
笑う?……無理。
泣く?……涙出ない。
怒る?……これしかない。


「…………おい、フェイト」

「は、はい!」


俺のドスの効いた声と怒り心頭な表情にびびるフェイト。
ガキを無闇に怯えさすのは趣味じゃねぇが、今はそんな些細な事をいちいち気に出来るほどの余裕が無い。
こちとら、もうすでに軽く沸点超えてんだよ。


「さっさとお前んち行くぞ」

「え、あ、でも、もう少し……せめて後1日ゆっくり休んで───」

「あ゛ぁん!?」

「や、やっぱりすぐに行った方がいいよね!」


厄介事覚悟で喧嘩ふっかけたっつうのにボコられ、さらには物的被害。俺のプライドと体と懐が大打撃だ。
こりゃもう一発殴るだけじゃ済ませねぇぞ。








そうして漸くやってきた約1日ぶりのフェイトの実家。そこは相変わらずの豪邸ぶりだった。

これはもう貧乏人に喧嘩売ってるレベルだな。いっその事俺の全力魔法で吹っ飛ばしてやろうかとさえ思ってくる。てかマジで破壊してやろうか?勿論、その前に金目の物は頂いて。


(って、俺ぁなにガチ犯罪者な考えしてんだ………)


我ながらあまりにも思考が物騒過ぎる。怒りがヒートし過ぎて冷静な判断が出来ていないのだろうか?
確かに悪い考えじゃないが、そりゃ流石に実行出来ない。いくら俺がちょっとだけ悪い奴なのだとしても、家を破壊したり、人様の物を盗むなんてそんな……………


「隼、壷なんて布に包んでどうするの?」

「ん?いや、こりゃ磨いてんだよ」

「じゃ、なんでそれを背負うのさ?」

「帰ってもっと綺麗にしてやろうと思ってな」


壷と……お、あの絵もなんか高そうだな。あっちのちっさい絨毯も中々良さそうだ。

そんな風に物を吟味する俺をガキは『?』な顔で見つめている。一方アルフは呆れ顔で俺の傍に寄り、ガキに聞こえないよう耳打ちしていきた。


「あんた、盗む気マンマンじゃないか」

「慰謝料だ」

「はぁ………、どうでもいいけど、フェイトの前で悪い事して幻滅させないでおくれよ?フェイト、隼の事尊敬っていうか、気に入ってるみたいだから」

「はァ?ンだよ、そりゃ?」


俺を尊敬?気に入る?
確かに俺ぁガキには優しいが、フェイトにそんな面はあんま見せてないと思うんだが?母親に喧嘩売ったし、キツイ言葉も投げかけたし………どう転んでも尊敬されたり気に入られたりされる俺じゃないと思う。


「そんな訳ねーだろ?お前の思い違いだ」

「そうかね?少なくともフェイトはよく笑うようになったよ?隼の事を話している時は特に」

「ハッ!ガキなんてほっといても笑うもんさ」

「他の子なんて知らない。────フェイトはほとんど笑わなかった」

「…………」


まぁ、確かに親から虐待されてたらそうなっちまうかも知んねぇけど、だからってそこで俺が持ち上げられてもな。
俺はそんな上等な男じゃない。少なくともガキの心のケアなんて、そんな繊細な事は出来ない。それでもアルフが感じたように、フェイトがよく笑うようになったと言うなら、それは良い事だ。そうなった理由はどうでもいい。ガキは笑ってナンボだ。


「まっ、お前がどう思おうと勝手だ。そしてガキがどう思っていようと勝手だ。ただ俺は俺の思うようにやる、それだけ。そこに他の奴の思いなんていらんし、関係ない」

「………ははっ!どこまでも自分勝手な男だね、隼は。でも、大きな男だ。─────あんたみたいな雄と番になったら毎日飽きないだろうね」


そう言うとアルフはまたフェイトの傍へと帰って行った。

まったく、ガキを幻滅させるなだの、自分勝手などと好き放題ぬかしやがって。もしアルフがボインで美人な奴じゃなかったらぶっ飛ばしてるとこだぞ?しかも人様を雄とか言いやがっ───────ん?


(『あんたみたいな雄と番になったら』って………あれ?これ、もしかして遠まわしな告白じゃないでせうか?)


え、嘘、俺、さっき告白された?え、だってそう取れる文句だよなコレ?………………イエア゛ァァァァァアアアアア!!!!

俺の時代キタコレ!!


「おーい、そこの素敵な獣お嬢さん。暗がりでベッドがある部屋で、ちょっと2人っきりで話さ────」


と、そこまで言ってハッとなった。前にもこんな期待した事なかったか?、と。

頭を過ぎったのはいつかの夜天とのユニゾンの一件。あの時も俺は『キタ、脱童貞!!』とハイパー期待して、蓋を開けてみればただの情けない自分の勘違い。

あの時の絶望と羞恥はよく覚えている。


(そうだよなぁ~、そんな上手い話がそうそうある訳ねぇよな。第一、アルフとは会ってまだ全然時間経ってねぇんだもんな)


一目惚れ、恋するのに時間は関係ない、とはよく言うが、それは対象がイケメンに限る。俺のような平凡なツラの奴にはまず在り得ない事だ。
で、あるからして、さきほどのアルフの言葉も告白ではなく、ただの一般的な意見なのだろう。もしくはお世辞。

ハァ……喧嘩する前だってのにテンションがた落ちだ。


「どうしたの、隼?」

「どうしたんだい、隼?」


現実の厳しさを再認識し、絶望する俺に2人から向けられる無垢で綺麗な瞳。
居た堪れない。何がどうと言うわけじゃないが、もう何か居た堪れない。


「………俺は、俺たちは(非イケメン)、お前らのような美人には分からない苦悩を日々抱えて生きてんだよ」

「「?」」


童貞よ、お前とは長い付き合いになりそうだ。

自分の股間に優しい眼差しを向けながら、俺は痛む体でババァの元へと静かに歩みを進めるのだった。




[17080] ジュウニ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/06/27 20:54

薄暗い廊下を粛々と歩く事数分、俺たちはババァへの部屋へと繋がっている扉へとやってきた。

こんな短時間でまたこの大きな扉を見ることになるとは思わなかった。1度目の時に蹴破って入ったそれだが、今はまた重圧感バツグンでそこにある。魔法で直したのか、手作業で直したのか、初めて見たときの綺麗なままだ。

まぁ、そんな事はどうでもいい。重要なのはこの扉の先に喧嘩相手がいるという事。


「さってと、これから楽しい楽しいパーティータイムなわけだが…………お前、マジで着いて来んの?」

「うん」


そう言って頑なに首を縦に振るのはガキ。

ここに来るまでに、俺はガキに今回もまた部屋に戻っているよう言ったのだが、ガキの答えはNO。母親が心配だ、俺が心配だとか言ってずっと傍にいるとかぬかしやがったのだ。
俺は何回か説得したのだが、もう聞きやしねぇ。それなら口で言っても分からねぇなら行動、軽く拳骨をくれてやったんだが、それでも答えはNO。

ガキの聞き分けの無さは知ってるが、中でもフェイトは取り分け頑固モンのようだ。


「ちっ………もう勝手にしろ。けど一つだけ言っとくぞ?手出しすんな、口出しすんな、大人しく黙って見てろ。仮にお前が口出ししても無視するし、手出しして邪魔しようモンなら例えお前でも容赦しねぇかんな」

「……私は──」

「返答はいらん。お前の意見は関係ない。ただ、今の忠告を覚えときゃあいい」


道中、俺はガキに事の経緯……つまり俺が何故こんなに怪我を負ったのかを教えておいた。そして今回またここに来た理由も。
ガキは全てを聞き、驚き、怒り、悲しんだが、だからと言って俺の意思は変わらん。喧嘩あるのみ。
そんな俺の意思を察したのか、ガキはいろいろ言っては来たが止めはしなかった。ただ、上記のように頑なに『ついて行く』という意思を示しただけ。


「さてと、ンじゃそろそろヤっか」


何か言いたそうなガキは無視し、俺は写本と杖を出した。

いつもの俺ならここで扉をぶち破って突貫するんだが、それじゃあ前回の焼き増しで面白くない。それにこのままいけば、この後の展開までも前回の焼き増しになってしまうだろう。それじゃあダメだ。もうフルボッコは御免だ。

てな訳で、俺は一つの手段を講じる。


「俺──」


前回、俺がフルボッコにされてしまったのは一重に自分の頑丈さの無さだ、きっと。要は防御力ってのが足りなかったんだよ。
例え魔力弾が当たろうと、そこで止まらず、退かず、前進出来ていれば絶対に殴れた。だから今回はそれを踏まえ、自身の防御力を上げる。その一番手っ取り早い方法はバリアジャケットと呼ばれる防御服の装着だ。


「──セットアップ!!」


今までバリアジャケットなんて作ってなかったが、作り方だけは聞いていた。頭の中でそれをイメージすればいいだけ。後は勝手にデバイスがやってくれるらしい。
なので、俺は頭の中でデザイン思い浮かべ、そう宣言した。

果たして。

自分が白い光に包まれて数秒後、俺の姿は様変わりしていた。
靴はつま先が鉄製になっているモノに。ズボンは黒いデニムから少し大きめの白い学生ズボンのようなモノに。上半身は服が無くなり裸だが腹周りにだけサラシが巻かれ、その上から裾が長く白いコートのような上着を。

─────古き良き日本の伝統……特攻服。暴走族ファッション。


「ん~、やっぱマトイはいいわぁ。気合が入んぜ!!」


マトイの背中部分、その中央には大きな剣十字の文様。腕の部分には片方に『天上天下唯我独尊』、もう一方には『無双の徒花咲かせてみせよう。我、夜天の主也』の文字。そして長く棚引く裾部分には夜天達騎士の名前が刺繍されている。ついでに言うと今は魔導師状態なので、背中にはチャーミングな黒い翼が一対。

まさしく俺の思い描いた通りのデキだった。もう負ける気がしねぇ!


「うわっ、なんだかスゴイね」

「派手なバリアジャケットだね~」


驚く二人を尻目に俺は至って満足顔。やっぱ本気喧嘩する時はこうじゃねぇとな。マトイの有無で気合の入りようが違う。

………まぁ、でも少しだけ考えてしまう事もある。それはこの歳になってマトイを着て喧嘩しようとしている俺自身。
22歳のいい大人が何してんだ、と思わなくもない。


(まっ、それもどうでもいい事か)


気持ち高ぶる格好が出来て、心躍る喧嘩が出来る。

男にとって『女』と『金』と『喧嘩』ってのは、いくら年食っても欲するモンだ。少なくとも俺は。


「うっし、準備万全。ンじゃ、まずは─────ド派手な挨拶かましてやっか?」


杖を天に掲げ目を瞑り、書から魔力を引き出し、さらに自分の中の魔力を練り上げる。放つは自身が使える中でも最強の魔法。
と言っても、夜天とユニゾンしていない状態では完全なモンなんて出来ない。さらに言うと、例えユニゾンしていたとしても威力は理の『ルシフェリオン・ブレイカー』の数分の一だろう。

魔導師としては俺ぁヘッポコだかんな。


「ちょっ、隼!?」

「い、いきなり何しようと……!?」

「うっせぇぞ?集中してんだから話しかけんな」


ただ、いくらヘッポコだろうと俺の中での最強魔法。目の前の扉はおろか、その先の部屋までぶち抜く自信はある。魔力はかなり持ってかれるだろうけど、喧嘩は拳でやるから無問題!!


「こん前は部屋に入った早々上等かまされたかんなぁ………今度ぁこっちの番だ!」

「ま、待って、隼────」


今回は俺から上等くれてやんよォ!!!


「響け、終焉の笛─────ラグナロクッ(極弱)!!!」


前面に展開された大きな三角形の魔方陣、そこから放たれる白い魔砲撃。それに伴う衝撃と光が周囲を包み、そして次の瞬間には大きな破壊音が木霊す。

すべてが収まった時、俺の眼前の光景は一変していた。扉はコナゴナ、破片が散らばりホコリが舞う。フェイトとアルフは目を回していた。


「おお、派手に模様替えしてしまった。流石の俺もここまで人んち壊したのは初めてだなぁ」


少しやりすぎた感はあるが、いい先制パンチにはなっただろう。











「ハヤ、ブサ……まさか……」

「よぅ、プレシア・テスタロッサ。超会いたかったぜ、オイ。会いたくて会いたくて仕方ねぇからよ、勝手に来ちまったぜ?ああ、ちゃんと手土産もある。文字通り『手』土産……いや、この場合『拳』土産か?遠慮せず受け取ってくれや」


一歩足を踏み入れた部屋は先の砲撃によりこれまた凄惨な有様になっていた。特に酷いのはラグナロクが通ったその直線上。床がひび割れ、抉れ、吹き飛んでいる。さらに向こう側の壁にはデッカイ大穴。

この部屋で唯一無事なのは、部屋の主であるババァのみ。咄嗟に防御魔法でも使ったか?
ただそのババァも呆然自失。まぁ、そりゃそうだろう。いきなり部屋が吹き飛び、さらにそれを行ったのは昨日立てない程痛めつけた相手とくれば呆けない方がおかしい。


「───驚いた、本当に驚いたわ。あなたの性格ならいづれはまた来るだろうとは思ってたけど、まさか翌日とはね。……その体でよく動けるものね、骨の1本くらいイッてるはずよ?」


忌々しさと愉快さと可笑しさ驚きを会わせた顔でババァは俺を見て言った。その様子からどうやら大怪我負った俺が即日ここに来たのが本当に意外だったのだろう。その証拠に俺の奇襲やそれによる部屋の有様はまるで気にしている様子が無い。ついでに言うと俺の隣にいるフェイトとアルフの事もガン無視だ。

………あれ?てか、俺骨折してんのか?………そう言えばさっきくしゃみした時はやたら胸部が痛かったような?ついでに何か呼吸もし難いんだよなぁ。


「え!?隼、骨折してるの!?」

「ホントかい!?」


そう言って声を上げたのは隣にいるフェイトとアルフ。

喧しいな。だから俺を心配すんなっつうの。たかだか骨の1本や2本どうって事……あるけど、今は気にしている時じゃない。

俺は2人を無視し、ババァへと言葉を返す。


「なんだ、心配してくれんのか?だったら10発ほど殴らせてくれ。なら大人しく帰ってやっからよ?」

「それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫ね。………でも、そうね、あまり動かない方が身のためよ?」

「あん?」


なんだ、その優しさを僅かに醸し出している言は?顔も心配してるって感じじゃないが、どこか渋面。
らしくないってか、気持ち悪いな。ババァのキャラじゃねぇよ。

オロオロしているガキ、心配顔のアルフ、なんかよく分からんが難しい顔をしているババァ。

喧嘩の空気じゃない。調子が狂う。
いやいや、これは不味いですよ?俺は喧嘩をしたくてしたくて堪らねぇんだ。それなのに……………うし!

俺はこの場違いな空気を払拭すべく、一つの行動に出る。片足を上げ、右手に持っている杖を振りかぶり───


「うらぁっ!!」

「っ!?」


ババアに向かってぶん投げた。

ババアは俺の突然な行動に驚きはしたが、冷静に防御魔法を展開。難なく防いだ。
まぁ、俺も当たるとは思っていない。ただこれは今から喧嘩するぞっていう、いわば切欠だ。


「俺ぁここにくっちゃべりに来たわけじゃねぇんだぞ?やる事は一つ……喧嘩だ!!」


そう言って俺は威嚇するように指の骨をポキポキと鳴らす。
それに応えるようにババアの顔も一転した。


「懲りない男ね。それに魔導師のクセにデバイスを投げるなんて、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでとはね」

「いらねぇよ、そんな棒。俺はこの拳と、そしてコレがあれば十分」


拳を掲げ、次いでマトイをトントンと叩いた。


「前回との違いはバリアジャケット一つ。それだけでどうにかなるとでも思っているの?だとしたら本当の馬鹿よ?」


ババアは侮蔑の笑みを浮かべた。それはそうだろう。バリアジャケットといっても、それは防御力が少しだけ上がる程度の性能。相手との力の差が実力伯仲なら兎も角、ババアと俺の実力差は明白。たとえバリアジャケットを纏っても、それだけで勝敗が変わるほどじゃない。

────俺がそこいらにいる普通の魔導師だったらな。


「分かっちゃねぇな。前とは決定的な違いがあんだよ」

「なに?」


俺は身を翻し、ババアに背を向けた。マトイに刻まれている文字を見せるため。


「───背負ってんだよ。俺は夜天に咲き誇る花をよ。これで負けられるか?無様晒せるか?もしそうなったら下のモンに示しつかねぇだろ。『覚悟』………マトイを着るってのはな、そういう事なんだよ」


あいつらの事は今でも好きじゃない。嫌いってわけでもないが、それでも厄介な奴らだ。でも俺は一度あいつらに『夜天の主になる』と言った。なら、やっぱ背負ってやんねぇとな。


「ついでにあんたは勘違いしてる」

「勘違い?」

「そっ。俺はここに『魔法戦』をしに来たわけじゃねぇし、ましてや『魔導師』でもねぇ」


バリアジャケットによる防御アップはただの付加価値。ただ、マトイであればいい。それによる『覚悟』と、この『拳』があれば十全。

だって俺は────


「俺はな、『喧嘩』をしに来た『鈴木隼』なんだよ!」


言い終わらぬうちに俺は駆けた。目指すは勿論ババア、その横っ面をぶん殴る!

さあ、喧嘩だ喧嘩ァ!!











『戦い』という行為に関して、日本人はどれほどの知識を持っているだろう?そして、その知識をどれほど実践出来るだろう?
知識なら、結構の奴らが持っているかと思う。テレビ、漫画、映画……今のご時勢、『戦闘物』『アクション』というジャンルなど腐るほど溢れているのだから。
しかし、それを実践出来る奴がいるかというとまず居ない。魔法戦というフィクション特有の戦闘は勿論、白兵戦と呼ばれる肉弾戦だって、出来る奴など日本ではそうそう居ない。自衛隊員や武道に携わっている人だって怪しいもんだ。ましてや一般人なら皆無と言っていいだろう。
俺とて例外ではない。
戦争も経験していない、ただのフリーターの俺が戦闘行為?その場の空気で臨機応変に対応?戦略を立てる?
ハッ!出来る訳ねーじゃん。一般人の俺がいくら背伸びして『戦い』をしようたって、そう成るわけがない。

で、あるからして。

俺は俺のやり方でやるしかない。今まで何度も行ってきて慣れ親しんでいた、俺を含め多くの一般人が経験しているであろう、日常的戦闘行為……『喧嘩』。
それには知識もいらない。考えもいらない。戦略もいらない。経験さえ、もしかしたらいらないのかもしれない。
ただ、敵に向かって進み、相手を打ち倒す体と、それを成せる根性があればいい。

だから、俺は愚直に駆けた。なんの策も無く、ただ一直線に最短の距離を。一刻も早くババアを殴り倒したいから。


「前と同じね。馬鹿のように、ただ真っ直ぐ突っ込んで来るなんて。学習する知能もないのかしら?………ああ、そう言えばあなたは馬鹿だったわね」


何とも腹のたつババアの言葉。
奴はため息を一つ吐くと、なんの動作もなく人の頭2つ分くらいの大きさの魔法弾を5つ出した。明らかに前の時より大きい。俺のバリアジャケットの防御力を考慮したのだろう。その辺が、やはり俺とは違い『戦闘者』だ。


「『覚悟』なんてご大層な事を言った所で、現実は変わらない事を知るがいいわ」


その言葉が引き金になって放たれた5つの魔法弾。次の瞬間にはもう視界にはその魔法弾しか見えなくなった。
狙われた場所は顔、両肩、両足。
避けるという考え、防御するという考えが浮かぶ前に被弾。


「本当に馬鹿な男。一体なにを考えて────」

「ナンボのもんぢゃぁぁぁああああ!!!」

「!?」


ババアが驚きの表情を浮かべた。そりゃそうだろう。前は魔法弾5つも食らえばぶっ倒れていた俺だ。今回もまた、そうなるだろうと思っていたんだろう。
だが、結果は真逆。
両肩はふざける程痛ぇし、両足も今すぐ座りたいほど痛ぇ。顔なんて、バリアジャケットの無い部分なので豪快に血だらけ。額は割れ、口は切れ、鼻血がドバドバ。

それでも今回は止まらなかった。

激痛には心の中で大泣きし、表面上では歯を食いしばって耐える。
結果、驚きで硬直したババアとの距離は約4mまで縮まった。そして3mまで来た時、漸くババア迎撃の動きを見せたがもう遅い。
俺は走る勢いそのままに前方に跳躍。ライダーキックも真っ青なとび蹴りをかます。


「くっ!」


ババアは迎撃は間に合わないと正しく判断、杖を盾にしるように前に掲げた。
俺はその盾代わりの杖ごとババアの胸を蹴った。足の裏に硬い杖とその向こう側にある柔らかい胸の感触が伝わる。


「ぐ、はっ……!!」


藁のように数m転がるババア。それを心配するようにガキが「お母さん!!」とか叫んでいるが、俺はそんな声をBGMに爽快感を感じていた。
ようやく一矢報えた!


「おら、どうしたよ。大魔導師様がそんな無様に転がっちゃってよ?油断大敵って言葉しってか?」

「う、くっ……やってくれるわね。まさかアレで止まらないなんて」


ババアがよろよろと立ち上がるのを、俺はポケットからタバコを出して火をつけながら、余裕綽々の態度で見ている。



「俺の覚悟を甘く見すぎなんだよ。人間な、強い想いがあると痛みなんてのは無視出来んだよ」

「………そう、正しくそうね。目的の為なら、自分の体など二の次。ええ、本当にそう。…………でも、何故かしらね、ハヤブサ、あなたを見てると凄く腹立たしいわ」


ババアは忌々しそうな顔で魔法を発動させた。しかし、今度は魔力弾ではない。形状はもっと攻撃的な、さしずめ剣のような形をしている。数も優に20は下らない。

「おいおい、そんな事も出来んのかよ?器用な奴」なんて胸中でため息を吐きながらも、焦りは皆無だった。それはもう覚悟を決めていたから。
なので、俺はそれよりも今のババアの言葉と態度を訝しんだ。


「な~んか妙な言い草だなぁ。まるで同属嫌悪してるように聞こえんぞ?あんたにも、何か大層な目的でも今あんのか?」


と、そう言えばジュエルシードを集めてんだったな。それだったら納得はいく………ん?でも、自分の体は二の次ってことは、ババア、怪我でもしてんのか?いや、そもそもジュエルシードは目的じゃなく手段って可能性も……。

そんな思考の渦からババアの声を聞いて抜け出した。


「同属嫌悪……確かにそうかもしれないわね。差し詰め、私が私を邪魔しているようで気に食わないといった所かしら」

「なるほど、哲学だな」

「………やっぱりあなた馬鹿ね」

「馬鹿って言う奴が馬鹿なんだよ、バ~カバ~カ」

「それじゃあ、今言ってるあなたもそうじゃない?………ふふ、バ~カ」

「あ、また言いやがったな!へっ、バ~カ!」


お互い「バ~カバ~カ」言い合っている俺たち。そこには喧嘩しているとは思えない空気が漂っている。
そんな俺たちを、特にババアのほうを見て驚きの顔を浮かべているガキ。なんか『え?あれ、誰?』って感じの表情だ。

ババアはふと我に返ったのか、らしくない自分を戒めるように咳払いを一つして雰囲気を戻そうとした。


「ゴホン……、今日はもう早々と終わらせる────」


ふいに、ババアの言葉が途切れた。次の瞬間、顔をしかめ、咳払いを何度も繰り返した。何度も、何度も。
その咳払いは、先ほどの空気を変えようとする技とらしい咳ではなく、深く、体の中の全てを吐き出すような咳き込みようだ。


(あれ?これ、殴り倒せる絶好のチャンスじゃね?)


体をくの字に折って咳き込むババアの姿は素人見でも隙だらけ。
こりゃ今の内に……。

俺はタバコを放り投げ、激しく痛む体で慎重にババアに近づいていく。迎撃の気配、無し。
ついに手の届く距離。
苦しそうに咳き込むババアだが、構うこたぁねー。せめて一発、ババアの顔に入れなきゃ気が収まんねぇかんな。


「息止めて歯ぁ食いしばれや!」


拳を振り上げる。
ここまでくればもうどんな事をしようとも俺の拳の方が速い。
拳を振り下ろす。────────その瞬間、俺は目を驚きで見開いた。

ババアの咳を抑えようと口を塞いでいた手、それが真っ赤に染まっていた。


「……………は?」


どうみてもそれは血だ。
ババアが咳をする度に、手は血に染まり、手の中に収まり切らなかった血が床にポツポツと滴っている。

先ほどのババアの言葉が脳裏を過ぎる───────『目的の為なら、自分の体など二の次』

今のババアの状態とその言葉を照らし合わせれば、ババアが何故こうなっているのかがある程度予想できた。


「お母さんっっ!!」


ガキが必死な様子で駆け寄って来るが、俺はその場で何もせず呆然と佇んでいた。
胸の内を占めるのは……苛立ち。


(ふざ……けんなっ!)


ババアの苦しむ姿を見たかったという気持ちはあった。けど、なんだよこりゃ?
ガキでも、アルフでも、ましてや俺の手で苦しんでるわけじゃねぇ。
病(予想だけど)なんていうクソふざけたもんに膝を折った。そんなカスが俺の喧嘩に水を差した。


「隼、お母さんが……っ!」

「うっせぇ。見りゃ分かってんよ」


……仕方ねぇ。この喧嘩はまた次に見送りだ。
結果的にはババアの苦しく姿が見れたけど、しかし、いくら結果を大事にする俺でも、自分の手でババアをこんなザマにしなけりゃ意味が無いかんな。


「取り合えず横になれるとこまで運ぶぞ」

「お母さん!お母さんっ!!」

「落ち着け、フェイト!あと、うざってぇから泣くな!大丈夫、ババアはすぐに良くなる」

「で、でも……」

「俺んちに自称『風の癒し手』っつう胡散臭いお医者さん魔導師がいっからよ、ソイツに診せれば一発よ」


実際はどうなっか分かんねぇけどな。つうか、シャマルの事だから多分応急処置くらしか出来ねぇだろうな。まっ、無いよりマシって程度に考えとくのが正解だな。
ああ、あとついでに俺の体も診て貰うか。そろそろ痩せ我慢も限界なほど胸部の痛みが凄い事になってきてっからな。


(ハァ………厄介事のオンパレードだ)


どんどん深みに嵌って行ってるような?
どこで選択を間違えたのだろうか…………ああ、考えるまでも無く、写本を手に取った時からだな。




[17080] ジュウサン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/07/16 00:58

今、俺の目の前のベッドで静かな寝息を立てているババア、プレシア・テスタロッサ。
その小さく可愛い寝息と歳のわりにあどけない寝顔だけ見れば写真の一枚でも撮りたくなってしまう。てか、襲っちまうぞ。………童貞にそんな度胸ねぇけど。

今でこそこのように大人しく寝てはいるが、僅か一時間前まではベッドの上でもがいていた。
苦しそうに胸を押さえ、血を口から撒き散らし、そして滝のように湧き出る汗。
俺は思ったね。こいつ、死ぬんじゃね?ってよ。
まぁ、その後なんとか容態も安定してくれたんだが、あれは流石に焦ったね。目の前で人が死んでいく様なんて見たことねぇかんな。しかも、それが喧嘩相手となっちゃあ、「あれ?これって殺人になんの?」とか思ってマジびびったよ。
流石の俺も人を殺すなんて覚悟までは持てない。人殺しとか、マジ怖ぇっての。

しかし、さて、ババアは結局病またはそれに類するものなんだろうけど、生憎と俺に医療の心得なんてもんは無いので、本当のところババアの今の詳しい容態は分からない。
またガキや犬もババアの体のことについては何も知らなかった。ガキはただただ涙を流し、犬は戸惑いの表情をあらわにするだけだった。


(あ~あ。ホント、参ったね)


ババアとその傍で心配そうな顔をしているガキと犬を残し、俺はその部屋を後にした。そして適当な部屋へと一人で入り、俺は自分の怪我の応急処置を始めた。


「つうか、こんな見るからに使われてなさそうな部屋もやっぱ豪華なんだな。こういうとこに一度でいいから住んでみてぇもんだ」


俺はベッドの上に腰掛け、そのベッドのシーツを剥ぐと適当な大きさに引き裂き、自分の胸に巻きつける。
胸部骨折の応急処置、簡易のバストバンド。医療の心得がなくとも、これくらいの知識は持ってる。
上手くいけば、胸部・肋骨の骨折ならこれで自然治癒するらしい。


「いだだだだだっっ!おー、痛。クソ、今度この痛みを不可思議倍にして返しちゃる!」


それにはまず自分の傷を治し、ババアの病(暫定)を治さにゃならん。全快のあいつをぶっ飛ばさなきゃ意味がねぇかんな。


「ふぅ、取り合えず一回帰ってシャマルを連れて来っか」


俺は上着を着直し、部屋から出てまたババアやガキのいる部屋へと向かう。自分一人じゃ転移なんて出来ねぇからよ。ガキに頼んで連れてってもらうしかない。

しかし、部屋へと向かう途中、そこでふと人間の本能というか男の悪い癖というか、一つの欲求が生まれた。
簡単に言えば、所謂探検心。
冒険、探検の類はどんな世代も心クるものがあるだろう?しかも、場所がこんな豪邸とくれば、そりゃあ探検したくなって当たり前だろう。


(ババアの容態も安定してっし、ちっとばかしシャマル連れ来るのが遅れても大丈夫だろ)


てか、例え容態が悪化したとしても、それが命に別状なさそうなら俺は探検を優先する。自分の欲望最優先。


「ンじゃ、レッツ探検!!」


小さくて高級そうで無くなっても気づかねぇモンはどこかな~?










探検開始して10分。俺は格差社会の現実を体験した。
部屋数の多さ、調度品の品の良さ、高級感………怒り、呆れ、驚きを通り越して、もう疲れさえ感じてきたよ。


「しかも、やたら広いもんだから現在地が曖昧だ」


右から来たのは分かるが、その後どっちから来たかがもう分からん。家で迷うってすげぇレアな体験だよな。俺んちなんて目ぇ瞑ってでも歩けるぞ?


「ここが地下ってのは分かってんだが……」


階段、何回も降りたしな。………自宅に地下って。
いざとなったら腹いせに天井ぶち抜いてやる!!


「取り合えず適当に歩いて階段を探──────お?」


そこで、ふと目に入った一つの扉。
今まで入った部屋のそれと違い、どこか威圧感があり、とても頑丈そう。『あの扉の奥には裏ボスがいる』『伝説の剣がある』と言われても信じてしまいそうな、そんな雰囲気ばっちりの扉。

開ける?開けない?


「勿論、開・け・る、ってね」


開けない、なんて選択をするわけがない。仮に、俺にとって善からぬモノが扉の奥にあるとあると分かっていても、絶対に開ける。それこそが探検の醍醐味だろ。

俺はトントンっとリズム良く扉に近寄ると、何の躊躇いもなく扉に手をかける。鍵は掛かっていないようで、少し重くはあったが、少しずつ確実に扉は開いていった。
果たして。
開けた先には細い通路と、それを挟むようにゴチャゴチャと敷き詰められた意味不な機械。天井を見上げれば電気もなく、唯一の光源は部屋の奥にあるでっかいガラスの筒から発せられている緑の光。


「こりゃまた、暗~いトコだな。機械室かなんかか?」


家に機械室ってのもおかしいが、何にしろ、期待はずれだ。こんな狭く、暗い部屋に高級なモンが置いてあるとは思えない。
それでも、俺は一縷の望みをかけて、ガラスの筒が置いてある奥へと足を進める。

──────そして足を進める毎に、そのガラスの筒に近寄る毎に、俺の顔は驚きに染まっていた。

最初に分かったのは、そのでかいガラスの筒は何かの液体に満たされているという事。
次に分かったのは、その中に『何か』が入っているという事。
次に分かったのは、その『何か』が『人間』だという事。
次に分かったのは、その『人間』が『何も身に纏っていない金髪の少女』だという事。

そして最後に分かったのは………


「………フェイト?」


変な液体の中、目を閉じて漂っている素っ裸の少女……紛れも無く、フェイト・テスタロッサだった。
間違いない、間違いようが無い。どう見てもガキだ。
しかし、反面ガキである筈が無い。あいつは今、ババアの傍にいる。あの優しいガキが、あんな状態のババアの傍を離れるとは思えない。仮にアルフに任せて離れたとしても、ここに居る理由はないはず。
訳が分からねぇ。ガキで間違いないのに、ガキである筈が無い。
酷い矛盾だ。


「つうか、酸素ボンベもなんもつけてねぇのに息は大丈夫なのか?………お~い、大丈夫か~?」


コンコン、と俺はそのガラスの筒を叩く。
反応なし。
ま、まさか死体……


「いやいや、ねーよ。大方蝋人形かなんかだろ」


もしくはフェイトのクローン、なんてな。ほら、あのエヴァの綾波レイみたいな?で、この液体はさしずめLCL?…………在り得ねぇー。
確かに魔法なんてふざけたモンは存在したが、いくら何でも人間、命の創造までは出来ねぇだろ。………あ、いや、でも夜天たちはどうなんだ?『魔法生命体』って言うくらいだから、ちゃんと命があんだよな。なら、魔法ってのは命も創り出せるのか?それとも夜天たち、ひいてはあいつらのオリジナルが特別なのか?


「だとしたら、それをコピーできるあのアルハザードの店主はどんだけ~」


話が逸れたが、さて、未だ疑問は氷解していない。
この目の前のフェイトそっくりさんはなんなのか?
普通に考えるなら双子ってのが妥当だが、それじゃあ何でこんな液体の中に?やっぱり蝋人形?クローン?………………やっぱ死体?もしかして、この変な液体で満たされたガラスの筒って、魔法世界の棺桶なんじゃねーの?

改めて俺は目の前のフェイトそっくりさんへと目を向ける。
金髪に幼い顔立ちとぺったんボディ。どこからどう見てもフェイトくりそつ……………ん?いや、良く見ると一つ決定的に違うとこがあった。


「………幼すぎる」


フェイトもガキなのはガキなんだが、それ以上に目の前のそっくりさんは幼い。フェイトは十歳手前くらいだろうけど、このそっくりさんは5歳前後くらいの体型だ。

ますます分からん。


「ハァ………戻るか」


考えたところで分かんねぇし、それに何か今にも動き出しそうで気味悪ぃ。
ババアが起きたら聞きゃあいいや。

フェイトそっくりさんに多大の興味はあるものの、俺はそれを一時保留にし部屋を出た。

結局宝はなかった。なら、さっさと戻ってフェイトに頼んで家に帰ろう。まあ、あのガキが寝込んでるババアを置いて素直に転移してくれっかは分かんねぇけど、そん時は無理やり転移させよ。ンで、シャマル連れて来てババアを治して、それで色々と吐いて貰おう。ンで、喧嘩の続きして、それが済んだら…………


「アルハザードに行って、一度あの店主をぶん殴っとくか?」


俺の厄介事の始まりの地、俺を厄介事に放り込んだ張本人。
ああ、やっぱ殴っとくべきだな。まだあの温泉街に店を構えてるかは分からんが。


「………あ、その前にバイト探さにゃ」


ああ、それに携帯も新しいのを買わにゃならんな。

うわぁ……だるっ。









地下から何とか元いた部屋へと戻り、「母さんの傍に居たい」と我が侭ぬかすガキを半ば無理やり連れ出し地球へと転移させた。
地球へと戻ってきた俺達は休む間もなく、その足で俺の自宅へと向った。
フェイトとアルフの二人にはマンションで待ってろと言ったんだが、終ぞ首を縦に振る事無く、強情なまでに「着いて行く」の一点張り。理由を聞けば、曰く「大怪我してるのに1人で歩くなんて危険」だそうだ。少し前まで我が侭言ってたくせに、いざ地球についたらこれだ。
まあ、その気持ちは嬉しいし、ガキの優しさってのも悪くはないが、それ以上にちっとばかしウザったい。それにフェイト本人も結構な怪我してんだから、出来ればマンションで大人しくさせてやりたかったってのもある。無理やり連れて着きといてあれだがな。
そして何より、俺、人から心配されんのって嫌いだし。

しかし、結局最後にはフェイトとアルフの同伴を許した俺。我ながらなんて優しいんだ。女性の気持ちを無碍にしない男、鈴木隼とは俺のこと。
紳士と呼んでくれ。


「ちょっと隼、そんなに引っ付くなって……っ!」

「しゃ~ねぇだろ?しがみつかなきゃ落っこちちまうんだから」

「そりゃそうだけどさ……う゛~~、なんか変な感じだね」

「こっちは素敵な感触だ」


いいか?俺は怪我人だ。歩くのも一苦労な程のな。さらに魔力切れで空も飛べない。
とすれば、残る手段は他の奴の手を借りての移動。つまり、この場合はアルフにおんぶしてもらって自宅へ続く空を飛んでいる訳よ。
で、そうすると勿論俺はアルフにしがみ付かなければならない。落ちたら大変だからな。そして、その結果アルフとの接着面に性欲そそられる感触が生まれても不思議ではない、謂わば不可抗力という奴だろう?


「ひゃわ!?ちょ、み、耳に息を吹きかけるな!」

「ああ、悪ぃ、くしゃみ出た」

「そんな、くすぐる様な甘い微風のくしゃみがあるかい!」

「なら、欠伸」

「『なら』ってなんだい!そんなに眠いなら寝てな!ならこっちもやりやすい」

「……………中々積極的だな」

「何をどう解釈したのさ!?」


改めて言うが、俺は変態じゃない。紳士だ。
であるからして、同伴を許した真の理由が決して『アルフの体を背後から思う存分弄れ、堪能出来る』なんて、そんな邪なモンじゃねぇからな?

まあ、仮に変態だとしても、変態という名の紳士だ。


「二人とも、仲良いね」

「お?なんだ、フェイトも交ざりたいか?しかし残念。俺ぁガキには欠片も興味ねぇからよ、お前入れてアルフと3Pすんなら最低でも後10年は必要だな。さらに、その時メロン級に成長してたら尚良し!」

「?」


さて、そんな楽しい会話と素敵な感触を味わえる空の旅ももう終わり、体感時間にすればものの数十秒だったように思う。
自宅、現着。
当たり前だが、数日前最後に見たボロアパートと寸分変わらない姿でそこにある。フェイトの実家の、あの豪邸ぶりを見た後だと本当にやるせねぇ。


(久々……って程でもねぇが、それでも数日振りの我が家か)


以前は1日や2日家に帰らない時などザラにあった。友人宅、公園、その辺の路地裏などなど、寝る場所を選り好みしない俺にとって「帰宅」というのは行為は、日常生活においてさほど重要なことじゃなかった。バイトに行くにしろ、遊びにいくにしろ、少しばかり街外れにある俺んちから目的の場所への移動を考えると、むしろそれは面倒ですらあった
それが今はどうだ?
家に帰ることが当たり前の日常になり、ある種家主としての義務感まで出て来ている始末だ。
昔からの俺を知っている奴が今の俺を見たら、どのような反応をするだろう?笑い飛ばすか、はたまた呆れ返るか……。どちらにしろ、俺は明らかに丸くなった。それが良い事なのか、悪い事なのかは知らんが……いや、世間からみたらこういうのを『大人になった』というのかもしれない。なら、少なくとも悪くはないのだろう。


(思えば、あいつらと暮らし始めて、顔を合わせなかった日はなかったな)


数日振りの帰宅に対して、あいつらはどんな顔をするだろう?ガキんちに行く前の念話での様子から、たぶん心配はしてんだろうな。夜天の奴なんて泣くんじゃねぇか?もしかしたら、あの物騒ロリーズも泣いて俺の帰宅を喜ぶかもしれん。


(あいつら、俺がいなくてもちゃんと生活出来てんだろうな?)


こういう心配まで出来る程、俺はいつの間にか大人になっていたようだ。
我ながら怖いほどの成長とそれに伴う紳士ぶりだ。


(そうだよな。もう俺も成人はとうに過ぎてんだ。そろそろ落ちつかねぇとよ)


喧嘩とか言ってる場合じゃないのかもしれない。ド腐れ生意気ロリーズに対しても、寛大な心で大人としての対応を見せるべきだろう。

俺は仏も真っ青な澄んだ顔で、微笑みさえ浮かべながら自宅の扉を開けた。


「ただいま、皆!心機一転、大人の階段踏破中、NEW俺が帰って来たぞー!」


爽やかに、ニコやかに、俺は自らの帰宅を大きな声で伝えた。
さあ、ブッダな俺の帰還だ。暖かく迎えろ、そして俺もお前らを暖かく包み込んでやる!


──────────そんな俺に返って来たのは暖かい家族愛ではなく、冷たい2つのデバイスだった。


「ぶげらっっ!!??」

「「隼ーーーッ!?」」


フェイトとアルフの声を聞きながら、俺は10mくらいぶっ飛ばされた。

いやぁ~、俺んちがアパートの1階にあって良かったぜ。もし、これが2階とか3階だったら落ちて死んでんぞ?まぁ、既に大怪我してっから瀕死には変わりねぇけどよ。アハハハハハ…………………。


俺はこの瞬間もって、大人への階段を駆け降りた。


「何しくさっとんじゃ、ええゴラァァアア!?殊勝な気持ちで帰ってきた主様に対してジョートーで返すたぁいい度胸じゃねぇか!ぶっ殺されてぇのか、クソロリども!!!」


俺は頭からの流血を拭いながら起き上がり、いきなり魔法を放ってきた、扉の先にいる二人、ヴィータと理を睨み付けた。
2人は玄関の前でデバイスを持ち、怒髪天な感じの顔で仁王立ちしている。目つきも俺に負けず劣らず凶悪。


「るっせぇ、このウスラボケ主が!人の気も知らねぇで陽気に帰ってきやがって!」

「此度ばかりは、流石に腹が立ちました」


そう言ってデバイスを構える二人からは並ならぬ怒気。


「大怪我してる主を気づかえねぇテメェの気なんて知った事か!」


視界が不自然に揺れる中、俺も負けじと激昂する。


「何が大怪我してるだ、ピンピンしてんじゃねぇか!しかも、なんでその金髪がいんだよ!それも、仲良さげによぉ!」

「どこをほっつき歩いてたかは知りませんが、人を心配させるだけさせといて、戻って来たと思ったら女連れですか?いいご身分ですね?死にたいのですか?」


ヴィータと理は視線を俺からフェイトとアルフへと向けた。そんな、視線だけで人が殺せそうな目を向けられた二人は訳が分からなくも、恐怖で自然と体が一歩後ろに下がっていた。


「ああ!?意味分かんねー事ほざいてんじゃねぇぞ!どこで何しようと俺の勝手だろうが!つうか、フェイト連れて来て何が悪ぃ!?テメェらよかよっぽど可愛いガキだぜ!アルフにしたって文句の付け所もねぇしよ!」

「あぅ……っ」

「て、照れるね」


俺の言葉にフェイトとアルフは素直に照れを見せ、逆にその言葉と二人の反応を見たヴィータと理の顔には多量の青筋が。


「いいご身分?ハッ!テメェらこそ俺に意見するなんて何様だァ!?家族だからってちょづいてんじゃねーぞ!夜天やシグナムなら兎も角、ちんちくりんでぺったんこで態度デケェお子ちゃまな奴の意見なんて誰が聞くか!心配?クソほども可愛くねぇガキに心配されても1ミリも嬉しくねーんだよ。そのぱーぷりんなオツム治して出直して来いや!」


最後に俺は右手を前に突き出し、その中指だけをおっ立てた。


「…………カチ~ン」

「…………潰す」


それから俺達はマンションの前でド突き合った。ご近所さんの目が気になりだしたら、次は場所を移動して家の中でド突き合った。
その間、フェイトとアルフはただただ呆然としていたように思うが、あまりそっちに気が回らなかったので正確な所は知らん。ただ、1度フェイトが仲裁に入ってきたのは覚えてるが、「「「引っ込んでろ!」」」という俺達3人の容赦ない言葉を受け、半ベソ掻きながらあっけなく退場していった。


「誰が上なのか、テメェらの頭かち割って直接叩き込んでやんよぉ!!」

「テメェなんかの為に六銭払うのも勿体無ぇ!すり潰して直接三途の川に流してやる!」

「綺麗に殺してあげましょう。汚く殺してあげましょう。美しく殺してあげましょう。醜く殺してあげましょう。─────一切合財、殺し尽くしてあげましょう」

「「「…………上等ッッ!!」」」


久々のロリーズとの喧嘩は数時間、夜天たちがバイトから帰ってくるまで続いたのだった。





[17080] ジュウヨン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/07/24 20:51
雷が落ちた。それも特大の。

勿論、これは比喩であり、実際にそんな特大雷が落ちてきたわけじゃない。今日も空は晴天だ、青々と輝いている。ついでに俺の顔も血が足りず青々だ。
さて、少し逸れたが、では俺が何を持ってそう比喩したのか……たぶん、多くの人々はもう分かっている事だろう。『雷が落ちる』なんて表現する時なんて限られてるだろう?───そう、つまり怒られたわけよ。誰にかっつうと、夜天に。
まあ、それもしょうがねーわな。
主である俺と短い間とは言え顔を合わせず、さらにその間、自分の与り知らぬ所で主が喧嘩をし怪我をした。
心配したことだろう。優しい夜天は殊更。
なのに、バイトから帰って来てみれば、当の俺は何食わぬ顔で帰って来ていて、さらにロリーズと威勢よく喧嘩している始末。それも怪我しているのにも関わらずにだ。しかも、自分と同じ、主を守らなければならない立場のはずのロリーズは、俺が怪我しているのもお構いなしにヴィータは腕十字固め、理は頭にガジガジと齧り付き。

いつもだったら、この程度の喧嘩くらい呆れるか笑って仲裁に入る夜天なんだが、今回は俺への心配や苛立ち、怪我など様々な要因が絡んだんだろうな。
俺、初めて夜天に本気で怒られちゃいました。
いんやぁ~、まいったね。これがロリーズとかだったら「何様じゃ、ボケ。晒すぞ」とでも言って反論するんだが、相手が夜天じゃあんま強く出れねぇ。しかも、それが俺を心配していた為の怒りで、さらに普段は菩薩のような夜天が怒るなんて、よほど心配だったのだろう。
これじゃあ、言い返せねーわ。

まあ、でも、夜天が思いっきし怒りを露わにした分、他の騎士たちからのお咎めの言葉が少なくなったのは僥倖だった。夜天のあまりの形相にあのシグナムさえもびびってたし。そして、そんな形相を向けられた俺とロリーズはガクブル状態。ちびりそうだった。

ホント、普段怒らないような奴を怒らせると怖いね。それが女だと特に。
以後は夜天だけは怒らせないようにしよう。



────────しかしこの時、俺はまだ夜天の事をキチンと理解していなかったのだ。彼女の本気ぶちギレ状態の半端無さをこの数時間後知る事となる。











「それで、ハヤちゃんは私達の心配を他所に、その子、テスタロッサちゃんの母親と楽しくキャッキャウフフしてたんですか」

「まあな。正確には喧嘩だけどよ?」

「同じ事です!!」

「いや、違ぇよ」


シャマルに俺とガキの怪我の治療をしてもらう傍ら、皆に俺が居ない間の、その経緯を話したんだが、それぞれの反応は辛辣なものだった。特にシャマルっこは唾を飛ばす勢いでガーっと吠えた。てか、実際唾飛んでるし!ばっちぃな、おい。


「そのうえ、その母親の病を私に治せって………なにそれ、当て付けですか!?」

「意味分かんねー事ぶっこいてんじゃねーよ」

「ふんだ!どちらにしろ、私は気が乗りませんもん」


ンだぁ?シャマルの奴、いつになく頑固だな?まあ、こいつがどれだけゴネようと無視して連れて行くがよ。

しかし、そんな俺の思いとは裏腹にまたも別のところから異を唱える声が上がった。


「主隼、私もそれには賛同致しかねます」

「シグナム?」


それもシグナムだけではなかった。見れば他の騎士たち全員が渋い顔をしている。
どういう事だ?こいつら、そんなに非情なやつらだったっけ?


「………そのババア、このままじゃもしかしたらおッ死ぬかも知んねーんだぞ?」


俺がそう言った時のフェイトの悲しそうな顔、世の絶望を一身に受けたような顔を見ても、しかし、シグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、無情な一言を放った。


「敵に情けは無用です」

「敵?」

「シグナムの言う通りだよ。敵を助けて何の意味があんだよ?それに魔法関係には関わりたくねーんだろうが。だったら、ほっとくに越した事はねぇ。寧ろ、その金髪と犬も口封じでここで潰しとくべきだ」


スチャッとデバイスの切っ先をフェイトに向けるヴィータ。その瞳に冗談の色は無く、俺の命令一つでマジでここでヤるだろう。
対して、いつの間にか軽く命の危機に晒されたフェイトとアルフだが、アルフの方は牙を剥き出しにして警戒の様子を見せたが、フェイトのほうは意気消沈の様子。まあ、「母を救わない」と言われたようなモンだからな。それもしょうがないか。
だが、その「母を救わない」という意見はあくまで騎士どもの意見。俺の意見じゃねぇ。だから、そこまで気落ちすることもねーわけだけど、フェイトは俺たちの上下関係を知らないから、まあ当然の反応か。多数決での採決なら大差だからな。

取り合えず、俺は血気盛んなロリに拳骨を落とした。


「イだっ!?テメッ、何すんだ!」

「アホんだら、デバイスしまえや。それとガンつけんな。見ろ、フェイトがあまりの恐ろしさで小便ぶち撒けちまったじゃんか」

「し、してないよ!!」

「冗談だよ。おら、お前もあんま心配すんなや。大丈夫、ババアは必ず治してやっから」


俺はフェイトの頭をポンポン叩き、口角を上げて強気の笑みを見せて安心を促す。その効果かは知らんが、一転してフェイトの表情に笑みが戻った。一方でそれを見ていた騎士共の視線は何故かさらに禍々しいモンになったが。


「主………!!」

「うっせぇ!黙れ!死ね!そして聞け!いいか、ババアを治すってのはもうすでに決定事項だ。お前らの意見なんて関係ねぇんだよ。俺がそうしたいと思ったその時が全ての決定であり、つまりは実行されなければならない事なんだよ!俺の意思がなによりも最・優・先ッッ!!歯向かうな、文句垂れんな、さもなきゃヤっちまうぞゴラァ!」

「相変わらずの自己中心的思考ですね。素敵過ぎて涙が出ます」


なんて理は言うが、その顔には『面白い』とでも言いたげな笑みを浮かべている。
ただ、そんな反応を見せたのは理だけで、他のやつらは相変わらずの渋面。


「人の命が掛かっているのは分かりますが、しかし……」

「主隼を害した者を救済するのは……」

「……あまり気が進みません」

「むぅ……」


ハァ…………自分で言うのもアレだが、結局、こいつらは俺中心なんだな。個々で善し悪しの意見は持ってるものの、それが全部俺を基点にしている。いや、どちらかと言うと、俺が基点になればその善し悪しの境界が無くなるといったほうが正しいか?

俺を傷つけた者は死んでいい、むしろ殺す。その行為が悪い事と分かっていても、俺を害する者はそれ以上の悪。
極論すればこうか。…………ヤンデレ?

そんな中、先ほどの拳骨が効いたのか、意外にもヴィータが冷静な意見を見せた。


「おい、隼。仮にその金髪の親の病を治したとして、お前は何か得するのか?そんな怪我を負った事をさっ引いても御釣りが来るくらいの得がよ?」


得?おいおい、そりゃ今更だろ?


「ヴィータ、お前、俺を誰だと思ってやがる?俺が何の利益もなく人助けをするとでも?慈善事業大好き君に見えんのか?あんま馬鹿な事ぬかすと、その節穴な目ェ抉って目玉焼きにすんぞ?」

「……く、くくく、あははは!そりゃそうだよな!愚問だった」


愉快愉快とでも言いたげに笑うヴィータ。
それに続くように理が言った。


「そう、結局このような問答など最初から無用なのです。いくら私達が気に食わないと言っても、それによって主に益が齎されるのなら、私達は己が最大力を持ってそれを叶えるだけなのですから」


その言葉を聞いた他の者達は一つため息を吐くと、『困ったものです』と言った感じで疲れたように小さく笑みを浮かべた。
たぶん、こいつら全員最初から分かってはいたはずだ。どう意見しようとも、結局最後は首を縦に振ることになるだろう事を。ただ、分かってはいても今回はそう簡単に折れる事は出来なかったのだろう。なにせ、相手が主である俺に大怪我させたという要素があったのだから。


(そうだな……まっ、今回だけはちゃんと礼の一つでもしとくか)


自分の身勝手さや我が侭を悔いるなんて事ぁしねーけど、たまにゃあ礼の言葉でも言っといた方がいいだろう。愛想尽かされちゃ堪んねぇかんな。特に夜天、シグナムからはよ?


(っと、その前にもう一つ)


俺はフェイトの方を向きコツンと彼女の頭を叩き、顎をしゃくって合図した。しかし、フェイトはいきなりな事で目を瞬かせ、ただ疑問顔を見せるのみ。


「なにボサっとしてやがる。テメェの事なんだから、最後くらいケジメつけろや」

「え、あ、ケジメ?」

「ここにいる全員に頭下げて『お願いします』ってよ?確かにババアを治すのは決定事項だけどよ、それでも改めてちゃんと頼むのが礼儀ってモンだぜ?」

「あっ………」


そして、それが叶ったら『ありがとうございます』と、これ当然だ。
ガキのうちからこうやって礼節を重んじる奴にならねーとよ?


「礼儀知らずの主がよく言いますね。その、死んでも治らないであろう厚顔無恥さ加減、まさに脱帽です。いやはや、呆れ通り越して感服至極」

「コイツがカッコイイこと言っても中身がないよな。寧ろ、恥ずい。たぶん、1億回生まれ変わってもコイツの言葉は和紙並みにペラペラだろうなぁ」

「よし、お前ら表に出ろ?帽子被れないような頭にした上でロードローラーで和紙並みにペラペラにしてやっからよォォォオオオ!!!」


本日2度目の家族喧嘩に突入。

この分だと1日の平均喧嘩回数が近いうちにもう1~2回は増えるだろうな。










「守護騎士……」

「ブルーメ・リッターねぇ……」


転移が出来る広い場所へと移動しているその道中、こうまでフェイトと関わりを持ってしまっては色々とバレる事もある訳で、だったらもういっそこっちからぶち撒けようと思い、俺は自分の事を洗いざらい吐いた。俺が夜天の主というモンだという事、守護騎士や理の正体などなど。


「そうそう。まったくはた迷惑な話だと思わね?俺ァ平凡平和な日々を満喫してたのにコレだ。魔導師?主?クソ食らえって感じなんだけどよ、もう腹ァ括っちまった。男ならやってやれって感じでここまで惰性で来ちまったわけよ」


飛ぶのもダリぃ俺は獣姿のザフィーラの背中に寝っ転んだ状態で飛行中。ホントはアルフの背中を所望なんだが、それはカス騎士どもが邪魔しやがったお陰でおじゃん。
結果、悲しい事に野郎の背中だ。まあ、寝心地は相変わらず最高だがよ。


「悩みも尽きねーの。今だってこのボケども、家で待ってろっつったのにこうやって着いてくる始末だろ?馬鹿なの?死ぬの?殺すぞ?って話だ。特にそこのロリーズなんて最悪も最悪、極悪でも足りねぇ程のイカレちゃんだ。あ~あ、マジ死ね」


本当はシャマルだけを連れてくつもりだったが、他の騎士どもも俺の事が心配なようでババアのとこまで一緒に行く事になった。待ってろっつっても聞きやしねぇ。バイトも店長に言って手際よくシフト変えやがったし。


「しかも、こいつらは人間じゃねぇんよ?魔法生命体っつうモンなんだぜ?不死じゃねぇみてーだけどよ、不老なんだとさ。は?ナニソレ?ちょー羨ましいんですけど!?老いないって、万人の願いの上位にくる欲望だろ?それをコイツらはデフォで持ってんだと。詐欺だろ、詐欺!うらめしや!!」

「……主、私達の説明からただの愚痴になってます」

「愚痴にもなんだろ。まあ、悪い事ばっかしじゃねーけどな。特に夜天とシグナム(のお胸様とお尻様)に会えたのは俺の人生の中でも最高にハッピーな事だ」


あのメロンと桃は最高の眼福だ。あれが毎日拝めるだけで全て帳消しに出来る!


「私も……私も主が貴方で本当に良かったと思っています」

「勿体無き御言葉」


俺の言葉をスレートに解釈したのだろう、感動を露わにする夜天とシグナム。そんな単純な所もGOOD!
ただ、一方で名前を挙げなかった他の騎士共は膨れっ面だ。同じ騎士としての対抗意識だったり、嫉妬だったりだろう。あのザフィーラでさえ不機嫌そうに唸り声をあげた。可愛い奴だ。………女だったら特に、だがよ。


「それにしてもフェイトの言う通り、隼ってやっぱり凄い魔導師だったんだね。この前そっちの女とちょっとだけやり合ったけど、とんでもなかったよ。そんな奴を従えるなんてさ」


アルフがシグナムのほうを見ながら言ったその言葉で、ああそう言えばと思い出した。
以前シグナムがジュエルシードを持って帰った時、その際戦闘になった事があったが、その時の相手がアルフだったのだろう。

俺は当然だと言わんばかりに頷こうとしたが、その前にシグナムが答えた。


「それは少し違うぞ、アルフ。主は魔導師として素晴らしいだけではない。否、むしろ主の魔導師の素質など私達にとっては些細な事なのだ」


誇らしげに言うシグナムに夜天が続く。


「そうだ。私たちは主の人間性に惹かれたのだ。その強い心に」


さらにロリーズにシャマル、ザフィーラが続く。


「ぶれず、曲がらず、我を通す。自分を最上位としつつ、しかし私達を非人間だからといって奴隷のように見下さない。いい年なのに子供のように我が侭で、自分勝手でクサレ外道な面に辟易する時も多々ありますが、それも合わせて好意に値します。」

「馬鹿でムカつくけど………その在り方はあたしは嫌いじゃねぇ。死ねばいいのに、と思う事はしょっちゅうだけどよ。まあ、一度でいいから『生まれてきてゴメンなさい』って言っては欲しいな」

「ハヤちゃんはハヤちゃんだから良いのであって、それ以外の、例えば綺麗なハヤちゃんはハヤちゃんじゃありません。汚いハヤちゃんが私は大好きです!」

「四の五の言うつもりは無いが…………ただ一つ。後にも先にも俺が守護する者は主ただ一人。それ以外は死んでも御免だ」


………なんだかな~。コイツら、俺を過大評価しすぎじゃね?俺、そこまで凄い奴か?たぶん、百人中百人が『腐った奴』と太鼓判押すぞ?てか、シャマルも結構言うようになったなぁ。そしてロリーズはやっぱり殺す!


「慕われてるね、隼」

「愛されてるね~」


フェイトとアルフが微笑ましそうに言う。俺はそれに不敵に鼻で笑って答えた。『そうだろう?まっ、当然だけどな』ってな感じで。
ただ、胸中では『出来ればその愛で童貞を捨てたい!』と叫んでんだけどよ。


「だから─────」


ポツリと、どこからか小さな声が聞こえた。


「大切な主に怪我を負わせた者を、私は決して許さない………」




─────夜天ぶちギレまで、あと数十分。









海鳴公園の中の人気のない場所で転移した俺たち。
瞬きすれば、次の瞬間には違う光景が広がっているこの感じは何度体験しても慣れねぇ。青々とした木々の中にいたのに、一転してどんよりとした空間に佇んでいれば尚更。眼前には相変わらずのお城。


「でっけー。壊してー」

「我が家とは大違いですね。忌々しい」


ロリーズは奇しくも俺と同じような感想を持ったようだ。片や夜天やシグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、特に大きな反応は無い。


「それで、テスタロッサちゃん。お母さんはどこです?」

「あ、こっちです!」


フェイトはシャマルの手を引っ張ると足早に家の中に入っていく。俺たちは置いてけぼり。
まったく、ホントお母さん大好きっこだな。
やれやれと思いながらも、その姿はやはり微笑ましい。親を想わない子はいないって事だな。

残る俺たちもすぐさまフェイトたちの後を追い、程なく大きな扉の前で合流した。そこはあのババアとガチンコした部屋へと繋がる扉。それが今は開いており、その前で先に行っていたシャマルとフェイトが佇んでいた。


「どうしたよ、こんなトコで立ち止まって?ババアの寝てる部屋はもうちょい向こう────」


俺の言葉は、開いている扉の先の部屋を見て止まった。なぜなら、別の部屋で寝ているはずのババアがその部屋にいたからだ。
ババアは机に向かい何かの作業をしているようだが、その顔は遠目に見ても良いものじゃない。


「お母さん!」


フェイトが大きな声をあげてババアを心配するが、ババアはそんなフェイトを一瞥するだけで、俺の方へと視線を寄こした。


「私に敵わないから今度は味方でも連れてきたの?」

「テメェ、そこで何してやがる……」


あの血を吐いていた時の苦しみ一色の顔、寝ている時の悶絶していた様………とてもじゃない、起き上がれる状態じゃなかったはずだ。少なくとも、数時間で何か作業を出来るようになれるとは思えん。


「私に寝ている暇はないのよ。それにあなたと喧嘩している暇もね。邪魔だから、そこに居る奴ら共々消えなさい。さもなくば、今度こそ本当に殺すわよ?」


苦しそうに汗を垂らしながらも凄みのある笑みを浮かべて此方を威嚇するババア。
腹立たしい物言いだが、それ以上に同情を誘う姿だ。気丈に振舞ってはいるが、なんら張りぼてと変わりない。
やっぱり、こんな状態のババアをぶちのめしても面白くなさそうだ。


「落ち着けクソババア。お前、なんかの病気なんだろ?このシャマルって奴、治療魔法が使えっからよ、それでお前を治してやんよ。有り難く思えや」


そう言うとババアは少し驚きの表情を見せたが、次の瞬間には愉快そうに笑みを浮かべた。


「どういうつもりかは知らないけど、余計なお世話よ。そんな気持ち悪い事言ってる暇があるなら早々に出て行きなさい」

「お前な、そんな強情張ってる場合じゃなくね?素人目に見ても、血ぃ吐いてるお前は相当ヤバかったぞ?………あんまフェイト心配させんなよ」

実際、人に死なれちゃあ嫌だかんな。俺もらしくなく、説得に必死になる。
しかし、俺がフェイトの名を出した瞬間、ババアの笑みが歪んだ。


「ふふ……アハハハ!そんな人形が何を心配すると言うの!?いえ、それ以前に人形風情に心配されたくもないわ!………腹立たしい、本当にあなたもフェイトも腹立たしいわ」


ババアは歪んだ笑みを携えたまま立ち上がり、杖を出すとこちらに突きつけた。


「お、お母さん……」

「『お母さん』、ね……何も知らない、哀れな子。可哀想な人形」

「え……」

「ふん、コレが最後よ。……フェイト、あなたはさっさとジュエルシードを持ってきなさい。一つ残らず全て!隼、あなたは無言で消えなさい。そして二度とここに来るな!」


ガツンとババアが杖を床に叩き付けた。その音を聞き、身を震えさすフェイト。また、シグナムやロリーズはそんなババアの態度に怒りを、シャマルとザフィーラはフェイトに同情の視線を向けた。
勿論、俺も………


「テメェ、人が下手に出てりゃいい気になりゃあがってよォ………ぶち殺すぞコラァッ!!」


そうだよ、考えが甘かった。俺が甘々だった!丁寧に説得なんて、本当に俺らしくねー。もう、ババアの意思なぞ知った事か!死なねぇ程度にボコボコにして、身動き取れなくしたあと治してやる!

俺はデバイスを顕現させ、ババアに向かって一歩足を進める。


「ぶち殺しましょう」


だが、俺の足はその言葉で止まった。


「は?」


ツっと、その声の主のほうを向いたが、そこには誰もいなかった。つい先ほどまで居たはずの彼女が忽然と姿を消していた。
はて、どこに?と呑気に考えたが、次の瞬間にはそんな思考もぶっ飛んだ。
彼女の場所はすぐに分かった。ただ、そこにはいつもの優しい彼女はいなかったのだった。


「がッ!?」


突如、長く黒い髪を振りまきながら床を転がるババア。元居た場所から数m先まで転がったババアの左頬は赤くなり、口からは一筋の血。吐血ではなく、あれは多分切った為に流れたのだろう。

そしてババアを無様に転がさせた奴、つまり殴り飛ばした彼女───夜天はいつの間にか2対の翼を出し、拳を突き出した形でババアの元居た場所に悠然と佇んでいた。


「主に怪我を負わせただけでも万死に値するというのに、さらには主の心優しき恩情をも吐き捨てるようなその言動─────」


夜天は優しい。それが俺と他の騎士たちの周知の事実だった。

俺を見て淡い笑みを浮かる夜天。ロリータとの喧嘩を困ったような笑みを浮かべて仲裁する夜天。
確かに怒る時は怒るし、今日も今まで見ないほどの怒りを見たが、それでも『夜天は優しい』という事に変わりなかった。

それが今、目の前の彼女はどうだろう?能面というのも生温いほどの無表情。黒い板金を打ち込んだような瞳とセメントで固めたような顔。

恥も外聞もなくぶっちゃけようか?……………超怖ェッ!!なんですか、アレ!?いつの間にババアの傍に移動して、いつ殴り飛ばした?あいつ、接近戦も出来んの?見ろよ、他の騎士共も夜天の豹変ぶりにポカンとしてんじゃねーか!つうか、ドン引きだよ!


「────跪いて頭を垂れてもまるで足りない。ぶち殺すぞ、売女」


夜天、ぶちギレの時。




[17080] ジュウゴ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/08/26 19:53
耳に入ってくるのは金属と金属のぶつかり合う甲高い音。
と言っても、別にここは剣と剣が鬩ぎ合う、大平原の戦場ではない。かといって、ここは金物を生産する工場でもない。────ただの部屋だ。一般家庭にあるそれと比べれば何倍も広い事は広いが、それでもただの部屋には変わりない。であるからして、普通そんな部屋に絶え間なくこんな金属音が響き渡る事など有り得ないだろう。
しかし、現実問題、俺の耳にそんなフザケタ金属音が叩き込まれてくる。………まあ、それはいいさ。それだけならいいさ。百歩譲ってその騒音だけは無視しよう。無視できる。
だが、次から挙がるものはちょっち無視出来そうにない。


「調子に乗るんじゃないわよ、小娘ェ!!」

「小娘?フフ、………吠えるな、ヒューマンッ!!」


さて、どこから突っ込むべきか……。そうさね、まずは……てか、一番の突っ込み所だけ押さえときゃいいか。
んじゃ一言。


「夜天、お前の中で何があった?ていうか、既に『あんた誰?』ってレベルだぞ?キャラ崩壊も甚だしい」


黒い髪を陽炎のようにたなびかせ、迅雷のように己がデバイスを元気良く相手に叩きつけているババア……プレシア・テスタロッサ。
銀色の髪を暴風のようにたなびかせながら、轟炎のようにヴィータのデバイスを元気良く相手に叩きつけている元優しい女性……夜天。

二人の美鬼の持つデバイスがぶつかり合う度に発せられる件の甲高い音。ともすれば、肉を殴り抜く音や骨が軋み上がる音まで聞こえてきそうだ。


(女はやっぱ怖ェな~。いつもはあんなに優しい夜天がこうも変わるとは………いや、俺の為に怒ってくれてんだから、やっぱ優しいままなのか?まっ、どちらにしろ激怖だけどよ)


しかし、夜天が肉弾戦が出来るなんてのは以外だったな。しかも、これが強ぇの何のって。今はデバイスでの殴り合いになってっけど、ついさっきまでは拳と拳でヤり合ってたかんなぁ。特に見ものだったのは頭突き、地獄突きからのワンハンド・バックブリーカー。あれ、確実に背骨イッてんじゃね?ってくらいだったもんなぁ。
っと、そんな元気ハツラツな夜天だが、それと互角に渡り合うプレシアも到底病持ちとは思えない元気さだよな。フリッカーで中距離から攻めてたと思ったら、いきなり飛び込んでジョルトかましてやがんだもんなぁ。身体強化してんだろうけど、ジョルト食らった夜天の奴、軽く10mはぶっ飛んでたぞ?
んで、今度はいつの間にかデバイスを出して、現在進行形で殴り合いだ。プレシアは自前の、夜天はヴィータから無理やり奪い取って使っている。

そんな彼女達を見て、特にババアを見て、最初はフェイトも心配でオロオロしていたが、今じゃ目の前の凄惨な光景を目の当たりにして怯え切っている。アルフも耳が垂れ、股の間に尻尾が隠れてるし。
そして俺も、多少の恐怖は感じるが、それ以上に思うところがあった。


(ったく、一体何しに来たんだか)


喧嘩すんのはいいけどよ、まずは目的を達成してからじゃね?それなのに、夜天の奴ぁ一人勝手に怒り狂って喧嘩しやがって…………あんな笑顔浮かべて喧嘩しやがって………ああ、クソ!


「楽しそうだなぁオイ!俺も混ぜろや!!」

「テメェまでいったらマジで収拾付かなくなんだろ!?」


嬉々として混沌の渦中へと入って行こうとする俺を、その間際で何とか阻止するロリータ以下騎士ども。


「邪魔すんな!あんな楽しそうな喧嘩を目の前にお預けなんて、そんな勿体無ェこと出来っか!もとより、あのババアは俺んのだぞ!」


そう、結局一番無視出来ない事柄は、喧嘩を目の前にして何もせず黙っている事。
俺を差し置いて楽しく喧嘩、それも人の獲物を横取りたぁ、主に対してこれほどの不敬はねぇぞ!


「どぅぉおけええぇぇ!俺もッ、喧嘩をッ、するッ!理、今日は無礼講だ!お前も続けや!」

「その言葉、待っていました。────星光の殲滅者、大手を振って罷り通る!」

「「行ってきまーーーーす!!!」」


俺と理は足を揃え、今、喧嘩場へと足を踏み入れ──────


「行かすかボケーーーー!」

「「ぬっ!?」」


られなかった。

シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラによるカルテットバインドによって、俺達は1ミリも動けなくされてしまった。
ちょこざいな!


「離せやコラーーー!」

「抜かりました。目の前の桃源郷に気を取られ、周囲の把握を怠るとは……不覚ッ!」


俺と理はジタバタと身を動かして脱出を図ろうとするが、そんなモンでバインドが解けりゃぁ苦労は無い。しかし、体は喧嘩を求めて自然と悪あがきをしていしまう。理も同じようだ。

そんな喧嘩狂と戦闘狂を見て呆れの表情を見せる騎士たち。


「あ、主、ここに来た目的を思い出してください!」

「そ、そうよ、ハヤちゃん!テスタロッサちゃんのお母さんの治療でしょ!?」

「あのまま夜天の奴ほっといたら、確実に全殺ししちまうぞ」

「どうあれ、あのままだと少々まずいのは確かです」


騎士たちの忠告、それは的を射ているだろう。あの夜天が簡単に人殺しをするとは思えないが、ババアの方は確実に今よりさらに重体になること必須。
しかし、それでも一度火のついたこの昂ぶりを抑えるのは容易ではない。理など、『邪魔するな!』といった風な殺気混じりの視線までシグナムたちに向ける始末。俺もそんな理に続いて文句の一つでも言おうとしたが、そこでふと、フェイトの悲しそうな顔が目に入ってしまった。


「………ちっ、分ぁったよ。抑えりゃいいんだろクソ」


あ~あ、卑怯だっつうの。
金や女が絡んでんなら俺もガキに心配りなんてしねぇが、今回はただの喧嘩。優先順位としてならギリでガキが上。つまり、ガキにあんな顔させてまで張る意地じゃねぇのよ。


「おら、理も落ち着け。目付きのヤバさがヴィータくらいになってんぞ?」

「………それは気持ち悪いほど嫌ですね」

「うぉい、理テメェ!?」


バインドが解かれ、騒ぎ出すロリーズを尻目に俺はフェイトに近寄り、その頭を軽く小突いた。


「心配すんな……つっても無理な話かもしんねぇけどよ、それでもそんな顔すんな。大丈夫、今すぐあのバカどもを止めてやっから」


不敵に笑う俺に、しかしフェイトの顔にはまだ心配の色が見える。ただ、それはさっきまでの母に対する心配とは違い、今回は俺の対する心配ってのが明らかだった。『あの二人を止めるの?危ないよ?近づくだけで軽く3回は死んじゃいそうだよ?』とでも言いたげな顔だ。
しかし、そんな心配は不要だ。俺を誰だと思ってやがる?あんなヒステリックを止めるなど造作も無い!

俺は身を翻し、二人に向って一歩足を踏み出す。そして…………


「ザフィーラ、行って来い!!」

「なんですとっ!?」


俺のあまりのキラーパスに慄くザッフィー。
いや、だってあの二人の仲裁に入るなんてマジ無理だし。喧嘩をしにあの中に入って行くならいくらでも覚悟キメられるが、仲裁役で入るとかどれだけチャレンジャー?


「フェイト、待ってろ?すぐにこの勇ましい守護獣殿がアレを止めてくれっから」

「む、無茶を言わないで下さい!アレの中に飛び込めなどと………まだ、オリジナルシャマルの料理を食ったほうがマシです!」

「………ほう」

「あ、いえ、それは言いすぎでしたが……兎も角、それほど嫌です!」


首をイヤイヤと横に何度も振って拒否を示すザフィーラ。
おいおい?それでも守護獣かよ。


「ハァ……そうかよ。いや、こりゃガッカリだ。ああ、ガッカリだ。守護獣の名が聞いて呆れるな」

「な、なにを……」

「口では俺を護るだの何だのぶっこいてんのに、いざ戦いを前にすると逃げ腰か?情けねぇな。なるほど、結局お前はただの愛玩動物だったわけか。まっ、それもいいんじゃね?戦いは他の立派な騎士に任せて、自分は後ろで丸まってりゃあよ?」


何とかザフィーラに仲裁役をやらせたく、俺はあからさまに軽く挑発してみた。それほど俺もあの中に飛び込みたくねーんだわ。命がいくつあっても足りやしねぇ。悪いがザッフィーには犠牲になってもらう。


「………いくら主の言葉でも、中には許容出来ない事もあります。訂正していただきたい。私は誇り高き騎士であり守護獣!この牙と爪を持ってすれば、恐れるものなどありません!」


クククッ、容易くノりやがった!これだから犬っころは単純でいい。
んじゃ、最後の一押しっと。


「よくぞ言った!それでこそ俺の騎士、最上の守護獣!魂を奮わせろ!誇りを抱け!漢を魅せろ!さあ、目標は目の前だ!」

「応ッ!!」


勇ましく叫び声を上げるとザフィーラは獣形態から人型になり、夜天とババアに向かい力強く一歩を踏み出した。

頑張ってな~。


「さて、部屋出ようぜ」

「え゛っ……ザ、ザフィーラの雄姿を見届けないのですか?」

「どうでもいいし。おら、全員出るぞ。ここに居てもやることねぇしよ。夜天とババアも、一通りヤり合ったら気が収まるだろ。その時が来るまで俺たちゃ出てようぜ。行きてぇとこもあるし」

「一通りヤり合ったらって……じゃ、じゃあ何でハヤちゃんはザフィーラを向かわせたんですか?」

「あいつ、今まで見せ場が少なかったからよ。わざわざ作ってやったわけ。ああ、なんて心優しい主なんでしょ。まっ、結果は見えてっけど」

「え、えげつねぇな………」

「相変わらずの鬼畜ぶりですね」


そんな会話をしながら俺は騎士達、それからフェイトとアルフを連れ立ってこの喧嘩場を後にした。


「うおおおおおおおお!鋼のくび────────アッーーーーーーー!?!?!?」


はぁ~、今日もタバコが美味ぇ。










頭上から凄まじい音が聞こえてくる中、俺たちは長い長い廊下を歩いている。
頭上の音は言うまでも無く夜天とババアの喧嘩によるもの。その音がずっと絶え間なく続いている事から、どうやらザフィーラは無残に散ったようだ。

そんな騒音をBGMに俺たちはあっち向いてホイやしりとりをしながら歩いてんだが、そんな中、ただ一人会話にすら参加せず、ちらちらと理の事を見続けている者がいた。フェイトだ。
いつからだったかは知らんが、それに気付いてからこの10分間フェイトを観察していたが、かなりの頻度で理に視線を投げていた。ジッと見続けているわけではないが、それでも5秒間隔で視線が前方と理を行ったり来たり。眼球が忙しなく動いてる様は見てて気持ち悪い事この上ねぇな。


(なにキョどってんだ、こいつ?)


これが理が男で、視線を送っているフェイトの頬が赤く染まっていれば『ああ、そういうこと』と合点もいくが、生憎と理はちんちくりんな幼女で、フェイトの頬は変わらず真っ白なもち肌。
ふむ、さて、これはどう推理しよう?
フェイトが理を気に掛けているのは明白だが、ならばその理由はなんだろうか。

理。魔道生命体。女性型。幼女。身長体重は不明、たぶんフェイトと同じくらい。実年齢はまだ数週間。クールロリ。クレイジーロリ。残念。ガッカリ。生意気。カス。

この中になにかフェイトの気に掛る項目でもあるのだろうか?


(まさか単純に「死なないかな~」なんて事を思ってるとか?……いやいや、俺じゃあるまいし、フェイトがそんな事思うわけねぇか)


でも、だとしたら何で?

そう思っていた矢先、その視線を向けられていた当の本人である理から声があがった。


「先ほどから、いえ、詳しく言えば会った時から私の事を見つめていましたが何か?」

「え!?あ、その……」


まあ、見られてる本人が気づかない訳がないわな。それにしてもまさか会った時からだとは、いよいよもって訳が分からん。


「まさか私に惚れたのですか?レズビアン?」


え、ウソ、マジ?フェイトってそっちの気があったの?その歳で?いや、まあ、レズの良さは否定しねーけどよ……てか、むしろ見てる分には大好物だけどよ、それでもまさかフェイトがねぇ。もう数年もすれば飛び切りの美人になりそうな程の素材なのに、男から見れば勿体無ぇな。

と、一人思考が先走るが、まさかフェイトがそんな訳も無く。


「そ、そんなんじゃないです!………れずびあんって何ですか?」

「うっ、なんて純粋無垢な瞳……やめて下さい!そんな目で私を見ないでください!」


純粋な子供心に当てられて慄き、眩しそうなモノから目を背けるような仕草をする理。
そりゃそうだよな~。見かけはフェイトと同年代でも、その心は邪悪で醜悪だからな~。


「……オホン、失礼。取り乱しました。兎も角、残念ですが、その想いはそうそうに絶つべきです。私の体も心も余すところ無く主のモノなのですから。むしろ足りないくらいです」

「キモイ事言ってんじゃねーよ。てか、フェイトは違うっつってんだろ」

「ツれないですね。真実の弁を一蹴されるのは、いくら私でも傷つきます?涙の大洪水です」

「ハッ、なに言ってんだか。テメーの体も心もテメーだけのモンだろ、普通に考えて。ドラマ見すぎ。そういう言い回し、うぜぇ」


と言っても、それは理が言ったからであって、もし仮に夜天やシグナムに言われたなら俺はテンションMAXになること間違いなし!


「夢のない主ですね」

「バンザイ現実だ。夢とか未来だけ見て生きててもつまらん」

「先を見ないといつか痛い目見ますよ?」

「未来があるから今を生きてるんじゃねぇ。今、俺の生きてる現実の先で勝手に未来が待ってんだ。勝手に待ってるモンにいちいち関心持つか。好きなだけ勝手に待たせる。それで何かしてこようもんなら、万倍にして返してやるだけだ」

「意味が分かりませんよ」

「ノリで理解しろ。あ~ゆ~OK?」

「あいあむOK」

「お前ら2人で変なコントしてんじゃねーよ!てか、話の内容飛びすぎだ!」


と、ヴィータから注意が入った事もあり、そろそろおふざけは御終いにしておこう。ちなみにどの辺からふざけていたのかというと、理の「まさか私に惚れた~」あたりから。まっ、要は最初からだな。

俺と理ハイタッチ。


「「イエ~イ」」

「仲良さげにしてんじゃねーよ!!」


さて、そろそろホントに真面目モードにならんとロリータが噛み付いてきそうなので。


「で、フェイトよぉ。ホントの所は何で理の事見てたんだ?ほら、怒らないから言ってみ?」


と、漸く本題に入ろうとした時、今度はシグナムから横槍が入った。


「………主隼、テスタロッサには妙に優しくありませんか?」


一向に話が進まね~。てか何その恨めしそうな顔。なんか悪いもんでも食ったかよ?


「あん?そうか?そうでもねーだろ。てか俺は万人に優しい!ザ・博愛!」

「ヴィータちゃんと理ちゃんには?」

「108回ほど死んでくれ」

「上等だコラァ!」

「109回ほど殺してあげましょうか?」


さて、そろそろこんなコントも終いにしないとマジで終わりが来ねぇな。
取り合えず、フェイトに関してはそうだな……確かに優しいのかもな。


「俺ぁ本来ガキは好きだかんな。特にガキらしいガキが。その点でフェイトは殆ど文句の付け所がねぇ。今日日こんなガキは珍しいからよ、ついつい可愛がりたくなるもんだ」

「あぅ………」


そうそう、そういう素直に照れる所が特に。ロリーズじゃ天地がひっくり返っても期待できない反応だ。
俺はフェイトの頭をわしゃわしゃと撫で繰り回す。


「いいか、どうかそのまま無垢な心で育っていくんだぞ?まかり間違ってもあんな性格にはなるなよ?」


『あんな』呼ばわりされたロリーズは怒り心頭といった様子で今にも殴りかかってきそうだ。そんなだからお前らはダメなんだよ。腐れなんだよ。
もっとも、ロリーズがフェイトのように良い子になったらなったでキモイんだが。


「そして、性格もそうだが外見も今のまま、いや今まで以上に綺麗になるんだぞ。メロンを実らせれば尚良し!さらに可愛い女友達をいっぱい作って、そして10年後くらいに俺の為に合コンを開いてくれ!!!」


欲望駄々漏れの発言に対し、フェイトはあまりよく分かっていない様子。
まあ、今はそれでいい。いつかは絶対に分かる時が来るからな。その時になって改めて頼もう。『合コンを開いてくれ!』と。メンバーに関してならフェイトなら大丈夫という自信がある。将来、フェイトは絶対に美人になっている事だろう。ならば、自ずと周りに集まる友達も美人になってくるはず!類は智を呼ぶっていうし。
………え?それなら将来美人確定のフェイト自身に今のうちに唾をつけとけ?青田買いだって?
そりゃねーよ。
ガキの頃から知ってる奴とどうこうなるってのはさ………なんか萎える。目の保養くらいが精々だ。

また話が大きく逸れてしまった。

俺は一つ咳払いをすると、再度ガキに質問した。今度は誰からも横槍を入れられることなくそれが通り、漸くフェイトからの返答が来たのだった。


「えっと、その……理があの子に似てるから」


あの子?なのはの事か?………ああ、ね。そういやそれについては何も言ってなかったわな。そうだよな、なのはの事知ってんなら当然その疑問は湧くよな。中身は絶望的に似てないが外見はクリソツだかんな。

そんな絶望ロリだが、フェイトの言葉で少し憮然な感じの顔つきになった。いや、まあ、傍目に見たら殆ど変化したように見えねーけどよ、その辺は付き合いの長さと濃さで手に取るように分かるようになった。悲しい事にな。
まあ、それは兎も角。
理のやつ、あんまなのはの事好きじゃないっぽいんだよなぁ。以前その辺の事聞いた時は「さて、どうでしょうか。……そうですね、もしかしたらある種の同属嫌悪的な物があるかもしれません」なんて言ってた。「同属嫌悪?おいおい、お前、なのはと同属のつもり?あっちの方が万倍は可愛いぞ」って言葉を返したのを覚えている。もちろん、その後喧嘩になったのは言うまでも無い。


「誰が何時名で呼ぶ事を許可しました?馴れ馴れしい方ですね。身の程を弁えて下さい。私の名を呼んでいいのは主だけです。……まあ、他はギリ許容範囲で騎士の面々ですね」

「お前はどこまで上から目線なんだよ」


どうやらなのはと似てると言われた事ではなく、名を呼ばれたのが気に食わなかったらしい。ただ、理の言動を鑑みるにそこまでじゃないようだ。本気で嫌な時の理の口の悪さは苛烈で容赦ねぇからな。ともすれば手の方が先に出る時もある。
しかし、まあ、これも身内である俺だから分かるのであって、他の奴は額面通りに受け取ってしまうだろう。
例に漏れずフェイトも、


「ご、ごめんなさい……」


なんて言ってしょんぼり顔だ。見ろ、後ろで保護者代わりの獣耳の姉ちゃんがスゲェ睨んでんじゃねーか。
しゃあねーな、ガキの面倒は大人が見るもんだ。


「フェイト、この馬鹿の言葉は真に受けるな。一種の挨拶だと思っとけ。でだ、このガキとなのはとの関係だけどよ、似てんのは当然なのよ。理含めコイツラが人間じゃねーてのは言ったよな?加えて、全員オリジナルがおり、コイツラはそれを元にしたコピー体ってわけだ。分かるかコピーって?分からなきゃクローンでもいいし、偽モンと解釈してもOK」

「え、そうなの!?」


驚いた顔で全員の顔を見渡すフェイトとアルフ。
それに対し別段臆することなく、普通に『ああ、そうだが?』といった様子のコピー体面々。シャマルなど「あはは~」と朗らかに笑っている。


「あ、あの、そういうのって………」

「『気にならないのか』だろ?そうだよな、普通は気にするもんらしい。事実、こいつらも当初は悩んでたしな。ハァ………なんてぇか、ホント馬鹿じゃね?って話だよ。よく漫画や映画とかでよ、クローンとかコピーとかってそういうキャラが葛藤したりすんじゃん?ほら、「なんで自分は普通の人間じゃないんだ!」的に?ハッ、下らねー。人間じゃなかったら何だってんだよ。別にいいじゃんよなぁ、コピーでも。世界にゃどれだけ人間以外の動物がいると思ってんだ?なら、それならそれで、そういう種族だと思っちまえって話だ。だってぇのにウザったい自虐しやがって。いっそ死ねよ。世の中にゃあよ、人に生まれても『普通』の人扱いされないやつも居んだぜ?中でもキツイのはあれだ、奇形児とか顔に火傷とかの傷跡を持ってる奴ら。そんな奴等を「可哀相」とか言ってるカスがいるけどよ、あれ、ぜってぇ本心じゃねーよな。胸中じゃ確実に「気持悪い」「醜い」って考えてんぜ。女子高生とか、普通に怖がって泣いてるとこ見たことあるしよ。加えて、人間はそんな外見だけじゃなく中身にも色々あるからな。知的障害者とか。てか、もう挙げていったらキリがねーよ。で、そういう奴でも存在はちゃんと『普通』の人間なのに、世間からはそれとなく差別されて、もしくは区別か?まあ、どっちにしろ普通の人扱いされてねーのが現実。どんなに綺麗な言葉や優しい言葉で言い繕っても、結局そうなんだよな。きったねー世界だかんよ」


偏見、差別、建前────それらは人が生きていく上で絶対必要な要素だろうけど、もう少し正直に人は生きていいと思う。思うが侭に。
まあ、それが無理なのが現実なんだけどよ。あまり思いの丈をぶっちゃけすぎると、今度は自分が社会からハブられる事になる。だから人は偽善を纏う。
ある種、処世術だな。


「それで、なんだ、コピーなのを気にする?人間じゃないのが気になる?はん!ケツの穴のちっせぇ事ぬかしてんじゃねーよ。そういう奴ぁじゃあよ、身的・知的障害者の目の前で『五体満足で健康体、精神面も至って正常、見た目人間と変わりません。でも、人間じゃないから人間になりたいです』って言ってみ。どれだけ自分がちっせーか分かっから」


と、そこまで言って、なんか思いのほか多弁しちまった事に気付いた。しかも、話の内容が内容だったもんだから、さっきまでの朗らかな空気はどこへやら。皆のテンションがガタ落ちしちまった。あのロリーズでさえ、なんか気落ちしてるし。

こ、こりゃあ流石に俺も後味悪ぃな。


「ま、まあ、あれだ。前からも言ってるように、要は『テメェはテメェ』って事だ。他の誰でもなく、他の何にでもなく、ただ一人の自分として生きたいように生きりゃいいんだよ。そうやって胸張ってりゃ世は全て事も無し。てか、寧ろこんな世などクソ喰らえってな。葛藤とか悩む暇があるなら遊び倒そうぜ」


そう前向きに締めくくってみたものの、皆の顔は以前晴れない。
参ったね、こりゃ。そこまで真剣に考えることでもねぇのに。そもそも、これは俺の持論で、しかもかなり穿った理論だかんな。全てを全て真面目に受け止めてもらっても困る。
………よし、ここは無理やりイイ話だー的な展開に持っていこう。


「あー……であるけれども、そう簡単には人は強くなれねーわな。テメェはテメェっつっても、世界は勿論テメェだけで成り立ってる訳じゃねーしよ。で、だ。そういう時どうすればいいか、自分一人の強さで生きてーように生きられない時はどうすればいいか。フェイト、分かっか?」

「え?えっと………」

「なに、難しく考えんな。思いついたこと言ってみ?」


フェイトは先ほどの難しい思案顔から、小首をちょこんと傾げた可愛い思案顔になった。そして間もなく、おずおずと答えた。


「他の人と一緒に頑張る?」

「正~解~!」


俺は褒美としてフェイトの頭をガシガシと撫でつけてやった。
言葉だけではなく、こんな肉体的接触での温かみある行いは重要なのだ。褒める時や、労をねぎらう時はな。その相手が子供の場合は尚更。


「テメェが強くなるのが一番だけどよ、それでも足りねぇなら他から持ってくりゃいいだけの話だ。ただな、そこで大事な事が一つある」

「大事な事?」

「ああ。それはな、相手が信頼または信用できる人物だって事だ。俺ぁ使えるモンは使う主義だけどよ、それでもここぞという時はやっぱそこに重きを置くな」

「信頼………隼もそんな人がいるの?」


そのフェイトからの質問に俺は力強く首を縦に振った。


「そりゃあ俺だって無敵じゃねぇ。まあ、一時期は『俺は何でも出来る!』なんて調子ぶっこいてた時期もあったけどよ。それでも、そんな頃でも傍には信頼出来る奴ら─────ダチがいたかんな」

「ダチ?」

「ああ、友達な。それも心底信頼できる奴なら、何年経っても、どれだけの時間会わなくてもその繋がりは絶対薄くはならん」


その証拠に、ついこの間の旅費にその頃のダチから借りた分もあるし。
今の御時世、何年も会ってない奴なんかに何万も金が貸せる訳がねーってのが普通だろうけど、金の切れ目が縁の切れ目とは言うけれど、俺とダチの築いた信頼関係はそんな軟なモンじゃない。快く貸してくれ………あー、いや、ぶつぶつ文句は言ってたな。


「ダチは一生の財産とも言うし……………ンだよ、お前ら」


ふと気付けば、フェイトとアルフを除いた奴ら、つまりは騎士共が何故か不満げで不安げなご様子。
なんだ?なんか、俺変な事言った?まあ、ちょっと臭いかな~とは自分でも思ってっけどよ。でも、それもこれから未来あるフェイトへの後学の為にだな………


「私達は………」


シグナムが不安げな顔で言葉を発した。


「私達は、どうなのでしょうか?」

「あん?なにが?」

「ですから、その……主からの御信頼の程は……」


え、なにそれ?もしかして、その不満や不安顔ってのはあれか、騎士として主には一番に信頼を寄せられたいとかそんな感じの……ある種嫉妬してんの?俺のダチ公に?
こいつら、どんだけ騎士としての誇りが高ェんだよ。
まっ、それは兎も角として。
こいつらに対する信頼ねぇ……ぶっちゃけ言えば、そんなになんだよな~。少なくともダチの方が信頼度は上だ。付き合ってきた年期が違うしよ。


(だが、しかし!)


俺はシグナムの、そのたわわに実ったモノをさりげなく見る。
俺はシャマルの、その慎ましくもつい手が伸びそうになるモノをチラ見する。
俺は夜天の、あの儚くも完成されたモノを思い返す。
ロリーズはどうでもいい。

───────ここに結果は見えた。見えていた。


「ハッ!何を今更。お前ら(のお胸様)を信頼しなくて何を信頼する!お前ら(のお尻様)を大切に思わなくて何を大切にする!」


野郎同士の友情は確かに尊いものだ。だが、シグナムたちの『美乳』『美尻』はその尚上をいく。国宝と呼ばれて然るべきモノだ!!


「そもそも、じゃなきゃ誰が好き好んでうちに住まわせるかよ。お前たち(のような体の持ち主)じゃなかったら、すぐに追い出してるっつうの」

「あ、主、そこまで私達の事を……っ!」


感動で目をキラキラさせているシグナム他騎士たち。単純って幸せな事なんだな~と今更ながら実感。

………って、また話が逸れてんじゃねーか!


「兎も角、いいかフェイト?ダチだよ、ダチ。特にお前くらいの歳なら必要不可欠!分かるか?」

「え、ええっと……」

「今は一人もいねーかも知んねぇけどよ、まっ、心配すんな。お前くらい性格良し、見た目良しならこれから嫌でも出来てくっから……………いや、待てよ」


よく考えればフェイトだけじゃねーじゃんよ。フェイトくらいの年頃で、ダチが一人もいねぇのって。

俺はフェイトから視線を横にずらし、ある2人を見つめる。


「何ですか?」

「ンだよ?」


言わずもがな、我が騎士ロリーズのお二方。

俺は訝しむ2人の手を取ると、フェイトに向かって差し出す。


「丁度イイ。ほらフェイト、喜べ。同年代の友達一号・2号だ」


それを聞いてフェイトは目を見開き、「え、あの」とか言って狼狽した。片や俺の独断で友達候補にされたロリーズは意味が分からないといった顔。


「はァ?!」

「何故私が………」

「お前らもダチいねぇだろうが。思えばさっきフェイトに言った言葉、まんまお前達にも当てはまるからな。なら、これはいい機会だ。ほら、お互い握手握手」


本来ダチになるためにこんな形式ばった握手はもとより「友達になりましょう」なんて言葉もいらねーんだろうけど、まあ、お互い初心者だ。こうやって形作るやり方のほうが分かりやすいだろう。

そんな俺の優しい心使いだが、しかしロリーズの反応は薄い。


「あたしはシグナムたち仲間がいるし、それにお、お前も居るし……だから別にダチなんて─────」


ふいにヴィータの言葉が途切れ、その表情は驚きになった。もう一方のロリも顔には出てないが戸惑っている様子。
その理由は、フェイトが2人に近寄り手を差し出しかたら。


「と、友達に……」

「「………………」」

「その、良かったら、二人と友達になりたいです」


………俺は確信したね。これから先、どれだけ世間の波に揉まれても、フェイトは捻くれる事も無く素直に育っていくだろうって。中身も外見も美しくなるだろうって。
勿体ねぇなー。もう十年くらい遅く出会ってりゃ、たぶん猛アタックしてたんだけどよぉ……………チキンな童貞に結果が付いて来るかは兎も角として!


「ぷははは!こりゃフェイトの方がよっぽど大人だな。子供らしい素直さを持ったよ!で、ヴィータに理よぉ、フェイトにここまで言わせといて、まさか誇り高き騎士様が捻くれた断わりや強情なだんまりなんてしねーよな?お前らの器の見せ所だぜ?」

「………はン!ジョートーだよ!」

「………まぁ、聞いた限り友達といいのは作っておいて損はありませんね」


順にガシっと手を取り改めてお互い名乗りあう3人。フェイトは勿論の事、あのクソロリーズも心なしか照れている。そして、そんな光景を見て他騎士たちは微笑みを浮かべ、アルフは感動で涙ぐんでいた。

いいね~、微笑ましいね~。やっぱガキの在り方はこうでなくっちゃな。













さて、紆余曲折ってか、女の会話みたいに話が飛び飛びで訳分かんねーって感じだったが、なんとか良い所に着地してくれた。イイ話だー、てな。

ただ、忘れちゃなんねー今の状況。

俺たちは夜天、プレシア、亡きザッフィーのいる部屋から出て通路を歩いている途中だったわけよ。その間で上記のような会話が繰り広げられてのであって、会話をするために歩いていた訳じゃないんだ。
つまりそう、俺たちにはちゃんと目的地があったわけよ。
それがどこなのかは説明する必要は無い。てか、フェイトたち3人が『友達宣言』してる間に丁度着いたんよ。


「さて、友情を育んでるとこ悪ぃけどさ、目的地に到着しちまったんで一端休題な。ただ、最後にフェイト、ここに入る前に一つ質問がある」


俺たちの目の前には『裏ボスでも居そうな』扉が一つ。


「お前さ、姉妹っている?」


この返答次第によってこれからの展開が変わってくるが、さて。ただ、どちらにしろ、あまり面白い展開にはなんねーだろうなぁ。

ハァ……、これが最後の面倒事であってほしい。




[17080] ジュウロク話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/09/05 21:54

フェイト・テスタロッサ。
金髪のロリ魔導師。若干9歳にしてその戦闘能力、魔導師ランクなるものは管理局の戦闘員にも遅れを取らないらしい(騎士共の見解)。得物は鎌にも斧にもなるかっけーデバイス、バルディッシュ。さらに見た目ばっちグーな使い魔も使役している。性格は大人しく、天然で純粋、そして母親思い。見た目は9歳児相応の凹凸のない溜息ボディ。ただ、どこぞのロリーズとは違いきちんと成長していくので、そこは今後に十分期待が持てる。というか、プレシアを見る限りでは遺伝子的には約束されているようなもんだ。もし、フェイトが俺と同年代であれば、たぶん純粋に女性として好意を抱くことになっていただろう。シグナムや夜天と同レベルの容姿にあの性格が合わされば…………ああ、無敵で素敵だ。けれど、それはどうしたってifの話であり、現実にフェイトはちんちくりんのガキ。どうこうなりたいとは思わないし、なりたくもない。てか、9歳児とどうかなりたいと思う22歳男性がいたら、そいつは変態以外の何物でもない。そして俺は変態じゃあない………少なくともその類のな。
と、最後の辺りは少し話が逸れたが、つまり何が言いたいのかというと、これが俺が知っているフェイトの大まかなパーソナルデータってことを言いたいのよ。これにまだ付け加える事があるとすれば………まあ、良い子だって事と、あとは俺が気に入っているって事くらいか?
とまあ、そんなガキなんだがよ、つい先ほど、このパーソナルデータが更新されたわけよ。

姉妹なし。一人っ子。

それが、フェイトの俺の質問に対する答えだった。

───────さて、となると。

あの変な液体に満たされた入れもんの中で漂っているモノは、少なくともフェイトの姉妹ではないということだ。これで、候補の一つとして挙げていた『フェイトの妹または姉の死体』という一番エグい可能性は消えたわけだが、それでもまだ正体が分かったわけじゃない。
人形?クローン?ドッペルゲンガー?はたまた騎士共よろしくコピー体?
さきにも言ったように、現実的に一番可能性の高いのは『人形』だろうけどよ、魔法という非現実的要因が絡んだ場合はその限りじゃなくなる。

結局アレは何なのか。

俺一人じゃ判断付かない訳で、真実を知っているだろうババアは喧嘩中で、ならばという事で俺は残った騎士とフェイトを連れて例の部屋に来た訳よ。他の奴の見解を聞くためにな。
ただ、フェイトにアレを見せていいかどうかは一応最後まで迷ったね。ほら、いくら死体じゃねーっつっても、見た目自分とクリソツなモンが変な液体の中に漂ってんだぜ?本人にとっちゃ気分は良くねぇだろうよ。下手すりゃトラウマもんだ。
けど、結局俺はフェイトも連れ立ってアレがある部屋の中へと入った。何故かってーと、まあ…………ぶっちゃけ気に掛けるのが面倒になったのよ。だってよ、アレを見て気分悪くなっても時が過ぎればそんなモン回復するし、それにトラウマっつってもよく考えりゃそこまでのモンじゃねーよな。その、あれだ、鏡だと思やぁなんてことねーだろ的な感じ?

まっ、何のかんの言ったが、つまり俺たちはあのフェイト似の人形(?)のいる部屋に皆でやって来たって事。OK?
で、彼女らのアレを見ての感想だが……まあ、別に取り立てて面白いリアクションはなかった。ただ普通に驚いたり、険しい表情を見せるだけだった。


「は、隼、これは何なんだい!……なんでフェイトが……」

「ああ、やっぱアルフにもフェイトに見える?だよな~。背丈以外は気持ち悪いほどクリソツだよな。で、フェイトよぉ、お前はどうだ?」


この中で、これを見て一番驚いているであろう奴に目を向ける。
案の定、目をコレでもかと見開き、筒の中の自分を見ていた。次いで俺の言葉に反応して此方に顔を向けたが、そこには困惑と少しの恐怖の色が見える。


「は、隼……こ、これ、何で私が」

「落ち着けって。どうせ人形か何かだろ。驚きこそすれ、別にびびるモンじゃねーし、お前が怯える程でもねーよ」


ポンポンとフェイトの頭を叩いてやる。それでも安心仕切れない様子のフェイトだが、そこでさらにフェイトを不安にさせる言葉がシャマルから出た。


「ハヤちゃん、これ、人形なんかじゃありません」

「あん?」


シャマルを見れば、そこには今まで見たことないほど険しい顔つきをしている彼女がいた。


「ハヤちゃんと同じ、肉や骨で形作られたモノです。唯一違うのは、そこに生命活動が見られないだけ」

「お、おい、待て。それって………」

「この子、人間です。いえ、詳しく言えば死体です」


…………おい、おいおいおいおいおい!?ウソ!?マジ!?いや、でも腐ってねーし……この液体のお陰?


「で、でもよ、なんで一目見てそんな断定出来んだ?確かに人間にしか見えねーけど……」

「分かるんです。私自身死体なんて見たことないですけど、オリジナルの記憶が記録としてあるのか、それともまた別の要因なのかは分かりませんが………でも、分かるんです。だから、コレは……」

淡々というシャマル。その顔はとても嘘をついているもんじゃない。
確かに騎士共の見解を知りたいとは思ってたけど、まさかビンゴした結果が一番エグイやつって………つうか、じゃあこれってマジで………って、驚いてるバヤイじゃねーー!


「よいしょーーーー!!!」

「きゃっ!?」


俺は事態を把握するや否や、自分似の死体を見ていたフェイトを抱え上げた。そして顔を此方に向けさせ、俺の顔しか視界に入らないようにする。


「ちょ、ちょっと隼、いきなり何してんだい!?」


アルフを始め、皆がその俺のいきなりの奇行に目を見張ったり怒声の声を上げてるが、そんなモン気にしている場合じゃない。

俺はコレが死体じゃないだろうと思ってフェイトを連れてきた。しかし、目の前のコレは最悪な事に死体だった。なら、そんなモンをいつまでもガキに見せる訳にはいかない。


「あ、ああの、隼、ち、近い……っ」

「うるせぇ、これでいいんだよ。お前は俺だけ見てろ」


さきほどの様子から一転、頬を赤くしあわあわと狼狽するフェイト。恥ずかしいのか嫌なのか、俺の胸板を弱弱しくドンドンと叩くが、俺だってこんな重いガキを抱えたくない。しかし、ガキに死体を見せるくらいなら俺の腕がダルくなる方が万倍マシだ。
いくらガキには色んな経験させた方がいいからって、経験させていい事と悪い事があるかんな。死体を見る経験なんてしない方がいい。かく言う俺も、死体を見るなんて今回が初だ。


(しっかし、あれがマジで死体だったとは……)


フェイトの顔の向こう側に依然と液体の中で漂っているフェイト似の死体。これがグロければ簡単に目を背けられるが、なまじ人の形のまま、それも今にも目を開けそうなほどの無傷っぷりとくれば、初めて見る死体とあって興味が強い。

それに………。


(なんで、フェイトにクリソツなんだ?)


最後の最後、行き着く果ての、結局な疑問。

背丈以外は全く同じと言っても過言じゃねぇこの死体。フェイトの双子、と言えば納得もいくが彼女に姉妹はいない。なら、この死体は一体何者なのか。
これがフェイトに全く似ていない、どこぞの見知らぬ死体だったらここまで気にはならねーんだろうけどなぁ。それか、目も背けたくなるようなグロい死体だったら。てか、これってホント死体なのか?マジでただ寝てるみてーだよ。

と、俺がフェイトに死体を見せないようにしながら自分はじっくり観察していた時、


「主、私は思いました」


服の裾が引っ張られる共にそんな声が掛けられた。視線を少し下に向ければ、そこには理がいつの間にかいた。それも、その顔は結構真剣だ。
この死体を見て、何か気づくことでもあったのだろうか?
そう期待した俺だったが、しかし、所詮期待は期待だった。


「やはり主はフェイトに優しい」

「はあ?」

「え?」


理の馬鹿発言に思わず阿呆な声が出ちまった。フェイトもフェイトで目をぱちくりさせて驚いている様子。

なんなのコイツは?俺、ついさっき言ったよな?俺はただガキが好きなんだって。なに、こいつやっぱ馬鹿なの?それとも痴呆?プログラムのバグ?てか、時と場所を考えて発言するという事が出来んのかこいつは。空気ガン無視だな。


「ええ、分かってます。主は子供が好きな事は。しかし、それを加味してもフェイトには一段上の優しさを見せています。確実に。それが、私には業腹でなりません」


業腹って……いや、まあ、理の心情などどうでもいいが、俺ってそんなにフェイトには優しいか?


「つうか、お前、俺がフェイト以外のガキと接してるとこ見た事ねーだろうが。なら、俺のそれぞれのガキへの紳士度なんて分かんねーだろ」

「少なくとも、私には優しくありませんよ?」

「いや、だってお前は極上に可愛くねーからよ、そんな奴に優しくなれねーわ」


そう言った俺に理は何か言い返そうとして、しかし、何故か黙り込んだ。その顔はいつもの無表情なのだが、心なしか何かを考え込んでいるようにも見える。そして程なく、理は言葉を返してきたのだが………。


「………………………そう、ですか」


あ、あれ?
俺の見間違い、聞き間違いじゃなければ、理の奴、すげー暗い顔になった上に超元気の無い声を発したんですけど?え、その反応、なんかいつもと違くない?いつもなら「………カチ~ン」とか「他に類を見ない可愛さの私になんて言い草」とか、そんな言葉が返ってくるはずなんだけど………。
見てみろ、シグナムやあのヴィータでさえ、今の理の反応みて目を剥いて驚いてんじゃねーか。


「そうですよね。所詮私はプログラムであり、人間の可愛さなど身に付くであろうはずもありません。いえ、別に自分自身を卑下するつもりはありませんが………でも、やはり、主に可愛くないと思われているのは悲しいですね」


なんからしくない、儚げな笑みを浮かべて落ち込んでるんですけどーー!?しかも、うっすらと涙まで!?俺、なんか地雷踏んだ!?うおっ、なんかシグナムたちからすげぇ凶悪な視線向けられてんだけど!?『最低~』とか、そんな感じの心の声まで聞こえるぅぅぅ!?

おかしい!何がおかしいって、理の反応も、それを見て自分が何故か慌てていることも、全てがおかしい!


「う、嘘嘘嘘!さっきのマジ嘘!理は可愛いって!テメェを可愛くねーって奴がいたら俺がぶっ殺してやるってほど可愛い!ああ、ホント、罪なガキだ」

「………ホントですか?」


そこで上目使い!?こいつはホントにどうしたーー!!


「マ、マジマジ!!」

「じゃ、抱っこして下さい」

「応よ!」

「次にそのまま抱きしめてください」

「応よ!」


俺はフェイトをすぐさま降ろし、代わりに理を抱き上げ、抱きしめた……………………………って、応じておいて何だが、これは流石におかしくね?なぜ理を抱き上げて、抱きしめなきゃならん?


「なるほど。こういう反応をすれば主は優しくして下さるのですね」


落ち着いて、ふと抱き上げた理の顔を見れば、そこにはいつもの無表情なロリガキの顔。儚げな雰囲気も、瞳に溜まっていた涙もどこかに消えていた。

こ、こいつ、まさか……!


「先ほどの主の言葉、そしてこの腕の中の何と甘露な事。ゲロ臭い演技をした甲斐がありました」

「て、てめっ………!」

「しかし……いやはや、『可愛い』とは難しいものですね」

「こんのド腐れロリータァァァァァ!!!」


俺はあらんばかりの力を使い、腕の中に収めていた理をぶん投げた。しかし、小癪にも理は宙で一回転した後、華麗にストンと着地。


「危ないじゃないですか。それとも、これは主なりの愛ある行動ですか?だったらもう一度投げてください」

「そこに直れぇい!お前がッ、泣くまで、殴るのをやめない!!」


なんて奴だ、この畜生ロリが!この俺の紳士魂に付け込むとはふてぇ野郎だ!マジで一回折檻してやる!

俺は拳を握り、余裕綽々御満悦な感じの理へと歩み寄ろうとし────────しかし、その前にある一人の人物が理の肩にポンと手を置いた。


「?なんですか、シグナ……………皆さん、どうされました?」


見れば理はいつの間にか囲まれていた。シグナムとシャマルとヴィータに。さらに3人ともが寒気を誘う笑顔浮かべている。シグナムなど、なぜかレヴァンティン装備。


「選べ、理。直剣か蛇腹剣か弓か。なに、心配はいらん。洩れなく『死』はつけてやろう」

「………シグナムでも冗談を言うのですね」


いや、シグナムの奴、ありゃマジだな。それは理の奴も分かっているのか、その頬からツゥと汗が流れ落ちた。


「私達を差し置いて一人良い思いをするとはいい度胸だ。せめてもの情けで、その思いを黄泉への土産にさせてやろう」

「理ちゃん、ちょーーっと調子乗りすぎましたね?」

「理ぃ、覚悟は出来てんだろうな?出来てなくても関係ねーけどよ」

「…………是非もなし、ですね」


今回初。理vsシグナム・シャマル・ヴィータの大喧嘩が勃発したのだった。
しかし、シグナムたちは俺を置いてキレすぎだろ。主として敬愛されんのは嬉しいっちゃあ嬉しいが…………やっぱ男として愛して欲しい!

それにしても………


「お~い、一応仏様の前なんだけど~?その辺分かってっか~?」


先ほどまで理と馬鹿やってた俺が言うのもアレだが。


「ありゃ聞こえちゃいないね」


俺はアルフと共にため息を一つ。唯一フェイトだけが俺と向こうの喧嘩組を交互に見ておろおろしていた。

ああ、もうあいつらは!


「こちとらいろいろとまだ疑問があんのによぉ。なんでこう喧嘩っぱやい奴が多いのかね?」

「隼、あんたがそれを言っちゃあお終いだよ」

「あ、やっぱり?」

「うん。やっぱり」

「ふ、2人とも何でそんなに落ち着いてるの!?」


人間、諦めが肝心ってな。まぁ、アルフは人間じゃねーが気持ちは同じらしい。
んじゃ、俺はあいつらが落ち着くまでモクでもふかして───────


「ここで何をしている!!!」


なんの前触れも無く、なんの予告もなく、突然部屋の中に怒声が響き渡った。それはシグナムたちが喧嘩の手を止めるのほど、それほどの怒気を伴っていた。
しかし、俺はそれに臆することなく、むしろここはフレンドリーに手を挙げて応じるべきだろう。


「おっはー」

「夕方よ!」


なぜ魔法世界出身であるプレシアがこんな古い挨拶を知っている?
それは兎も角。
俺は挨拶を返した後、まずフェイトを傍に手繰り寄せ、その目を手で覆った。それは何故かって?だってよ、今のババアの姿はとてもじゃない、子であるフェイトに見させていいもんじゃないからな。


「隼、み、見えない」

「見ない方がいい。それりゃもう、あの筒の中に入ってる自分似の死体以上に見ないほうがいい」


ババアの姿は凄惨なものだった。夜天との喧嘩によるもんだろう、髪はこれでもかと言うほど四方に乱れ、顔は青あざと切り傷と血で醜くなり、服も袖が千切れてスカート部にはセクシーなスリットが出来ていた。

そんなババアを見て俺は思った。


「さぞ楽しい喧嘩だったんだろうな。羨ましい。ところで夜天とザフィーラは?」


しかし、そんな俺の言葉は無視して、ババアは俺から視線を逸らすとシグナムたちに視線を向けた…………と思ったら、次の瞬間にはあいつらに向けて魔力弾を数発放った。


「くっ!?貴様、いきなり何を──────」

「アリシアから離れなさい!!!」


鬼か悪魔か阿修羅か大魔神か、それほどの形相で声を張り上げたババア。


「アリシア?」


何だ、その固有名詞は?
シグナムたちに向けて言ったっつうことはあいつらの傍にその『アリシア』てのがあるんだよな?ええっと、あいつらの傍にあるのっつったら…………まさか?

と、どうやらそのまさかだったらしく。
ババアは怪我によってか、ふらつく足取りで歩き始めた。向かってる先はその『まさか』が在る場所。


「ああ、アリシア………」


そして、ババアはそれに縋り付く様に凭れかかった。フェイト似の死体が入った入れ物に。そして、その中のものを見つめるババアの顔はとても、とても優しげだ。

───────知ってる。

俺は、この顔を知っている。いや、俺だけでなく、親を持つ子なら誰でも知っていることだろう。そして、きっと一度は自身に向けられたことがあるはずだ。


(だけど、何故……)


何故、その死体に向かってそんな顔をする?何故、フェイトにはその顔を向けてやらない?


「か、母さん……」


思考の渦に巻き込まれてしまっていたようで、ふと気づけば俺はフェイトから手を離していた。そして、自由になったフェイトはババアの方へと歩み寄っていく。
しかし、その歩みもババアに睨みつけられたため、その場に縫い付けられたように止まった。


「この子の前で、アリシアの前で私を母と呼ぶな!私はアリシアだけの母…………そして、私の子はアリシアだけ」

「………え?」

「お前が私の子?失敗作の分際で……反吐が出るわ」


ええっと………なんか今ババアの奴スゲェことぶっちゃけなかった?いや、まさか事実じゃねーだろ。あれだろ?ただ気持ち的に、フェイトは自分の子じゃないっていう的な?


「ふ、ふふ、あははははははっ!もういいわ、ジュエルシードは自分で集める。だから、もう限界よ、こんな『人形』に母と呼ばれる事は!…………真実を話してあげる」


あー……ちょい待とうぜ。こういうパターンって漫画とかで知ってんぜ。やめてくれ。ヒートすんのは勝手だけどよ、そのネタが仮想の世界でありふれてるからって現実にまで持ってくんなよ。そういうのは、夜天たちだけで十分間に合ってんだよ。


「アリシアの容姿とテスタロッサの姓持った紛い物、出来損ないの────クローン」


あ~あ、なんでパチンコじゃあ連チャンしねーのに、こういう厄介事は連チャンするかねぇ。これこそ業腹!

ハァ、めんどくせぇ。





[17080] ジュウナナ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/10/03 19:25
さて、プレシアが暴走し、『聞け、これが衝撃の真実だ』とばかりにぶっちゃけた事実。
フェイトはアリシアというプレシアの実子のクローン体。
一見すれば(この場合は一聞き?)、なるほど、それはとんでもねぇ事に聞こえる。フェイトが驚きすぎて口を阿呆の様におっ広げ、硬直しちまうのも無理ねーのかもしんねぇ。
けどよ?よーく考えりゃ、そりゃあ別段ぶったまげる程の事じゃなくね?
クローン………ああ、確かに聞こえはすげぇさ。でもよ、そんなもんその辺にゴロゴロしてんぞ?ほら、なんつったっけ、あのちっこい単細胞生物。あれの細胞分裂だってようはクローンって事だろ?それにどっかで聞いたけど、あの竹林も一種のクローンらしいし。あとさ、ずっと前テレビでネコだか豚だかのクローンに成功したっつう話も聞いたぜ?たぶん、他にも探せばゴロゴロとあんだろうよ。

確かによ、人間のクローンなんて前例はない。そして、それがまさか自分だなんて言われた日にゃあ驚きもするだろうさ。
だがな、だからなんだ?って話なんだよ。
クローンにはオリジナルがいるのは当たり前。けど、オリジナル=クローンじゃねぇ。これがもし夜天たちのような『コピー体』だったら=で結べる。心は兎も角、身体はオリジナルと寸分違わないだろう。けれど、『クローン体』は違う。例えば、先に挙げた猫のクローン。そのオリジナルとクローン体を比較した結果、若干の違いが出てきたらしい。詳しくは知らんが、毛とか。
そして、決定的なのが、人間のクローンを作った場合、なんと指紋はオリジナルと同一しねぇんだとさ。個人その人を最も特定させやすい要素の一つであろう指紋、それがオリジナルとクローンとでは違うっつう事ぁこれはもう別人って事だろ。
別人。
そう、アリシアってやつとフェイトは別人なんだよ。どこぞにもよく居るお節介な近所のおばさんからも「あら可愛い!よく似てるわね~。双子?」程度の言葉で流してもらえるだろうさ。
結局その程度の、取り立てて騒ぐような事じゃない。一瞬の驚きはあるだろうが、ずっと引きずるような事じゃない。もし仮にこの世に俺にもオリジナルがいて、俺がクローン体だったとしても、俺は俺であってオリジナルなど関係ないと一蹴できる。当然だろう?オリジナルの自分がいたからって、クローンの自分になんの関係がある?「オリジナル?ふ~ん。あ、そう。で、だから?」ってな。まずは、自分で自分を認めてやんなきゃよ。…………………例外的に、もし俺のオリジナルが非童貞だった場合は、そん時は全力全開でぶち殺してやっけどな!

と、まあ、これが俺の意見なんだが、知っての通り、俺の思考は一般のそれから少しずれているらしい。周りの奴等に言わせれば、俺は『自己中』『独善者』『自分至上主義』『暴走機関車トーマス』『紳士の皮を無理やり被っている変態』『鬼畜ロリコン』『ヘタレ童貞』だそうだ。………………最後の3つは誰が言ったんだっけか?今度殺しとかなきゃな。
兎も角、だから、今回の様なプライベートでデリケートな案件が挙がった場合、普通の思考回路を持つ一般人ならきっとフェイトを同情するんだろうよ。そして、プレシアには怒りを抱くだろうさ。そうだ。人間ってのはか弱い者には優しく、非道な者には厳しい。特に今のババアを普通の感性を持って第3者の視点で見れば、極悪非道もいいとこだ。今も何か言ってるようだが、さっきまでのヒス気味に叫んでいる内容を抜粋して要約すると、

『アリシアを生き返らせようとして出来たのは記憶を持たない駄作!なのに、顔と声だけがアリシアと同じだなんて……ああ、怖気が奔る!その顔で笑っていいのは、その声を響かせていいのはアリシアだけ!失敗作、廃棄品、模造、紛い物、汚物、無価値、寄生虫、塵、ゴミ、バーカ、バーカ、バーカ!お前なんか死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!!』

一部不適切な言葉ならびにアレンジが加わってしまったが、まあ、おおよそこんな感じ。
な?ひでぇ事言ってると思うだろ?でもよ、俺はそれを聞いてもフェイトに同情心なんて湧かねぇし、ババアに対しての怒りも出て来ねぇのよ。いや、まあ、流石にババアが俺の目の前でフェイトに手まで出そうもんならこっちも黙っちゃいねーけど、こん程度の罵詈雑言くらいならなぁ……好きなだけ鳴いてろって感じ?
それによぉ、ババアの奴、俺の見る限りじゃフェイトに向ける言葉──────本気じゃない。
あ、いや、それじゃちっとばかし語弊があんな。本気は本気なんだろうよ?けど、なんてぇか………実がない。
言ってる事と、やってる事が矛盾している。
ん?どう矛盾してっかって?それはよぉ────────あ、ちょい待ち。煙草煙草。


「…………げっ、ライターの石がなくなってやがんじゃねーか!?ちっ、これだから安物は!シグナム、火ぃ出してくれや」

「お前、フェイトがあんななってんのに何でお気楽極楽マイペースなんだよ!?シグナムも言うとおりに火出すな!」

「いいよな、その火。魔力変換資質つったっけ?俺もそんな便利な超能力欲しかった。出来れば雷。でよ、刀持ってこう言うんだよ。『人呼んで──────紫電掌』てな。やっべ、かっけくね?」

「き・い・て・ん・の・か、おのれは~~!悠長に座ってんじゃねぇよ!」


相変わらずうるせークズロリだな。誰がお前に鳴けっつった?クラールヴィントでその口縫い付けんぞ。


「ぷはああぁぁぁ………あー、うめ。で、あんだって?」

「けほっ!んのっ………だから!フェイトだよフェイト!見て、見ろ!」

「見て」でヴィータの両手で顔を挟まれ、「見ろ」で思いっきりフェイトがいる方角へと頭を向けさせられた。
てか、首が今グギッつったぞ!?グギッて!


「なにしてくれとんじゃボケ!」

「っせぇ!ンな事よりちゃんと見ろ!」


等比社3倍くらいの凶悪な目つきで睨みつけてくるヴィータ。そのあまりの怖さと真剣さについつい俺もその言葉に素直に従っちまった。
まあ、従う前に髪の毛を一房ばかり力の限り鷲掴みしてやったが。
さて、ヴィータの「痛゛!?」「なにすんだコラァ!」という言葉をBGMにフェイトに目を向けてみたが…………。


「うわぁお。ちょっと見ねぇ内に(煙草4本と上記のような思考を駆け巡らせている内に)予想以上にひでぇ事になっちゃってんな」


俺的にはプレシアのアレはちょっせぇ罵詈雑言くらいに思ってたんだけど、どうやらフェイトは違ったらしく。
精神崩壊モード、突入!
て感じ?
眼に生気ってか覇気ってか光がねぇし、そんな眼から一筋だけ涙流してるモンだからある種ホラーだ。参ったね、こりゃ。


「ど、どうにかしてやれよ!あれじゃあフェイトが………」

「俺も適当なとこで割って入ろうとは思ってたんだが………いやぁ~、ババアのドSさとフェイトのもやしっ子さを忘れてたわ」

「いいから、なら今すぐ早く……!」


心配顔で少し慌てているヴィータ。
コイツのこういう様子は中々珍しい。基本、なんだかんだ言ってコイツも主至上主義だかんな。だから、他人の事でここまで素をみせるのは…………ふぅん、これも友達効果か?だったら善哉、善哉。対して、もう一人のフェイトの友達であるはずのクールロリはどこまでもクールなようで、特にフェイトを按じるような発言はない。…………ただ、俺の気のせいでなければ、ババアに向って尋常じゃない程の殺気を飛ばしているような?
しかし、だったら。


「俺に頼むより、てめぇらで止めればいいんじゃね?」


それに答えたのは、こちらも難しい顔をしているシグナム、シャマル、理。


「……力で止めるには造作ありませんけど、それは一時の凌ぎにすぎません」

「そして、私達じゃあその凌ぎの時しか与えられません。テスタロッサちゃんを救ってあげられません」

「なにせこちらはプログラムでコピー体ですからね。何を言った所で、同類相憐れむ、という形になるかと」


そして、4人から期待の視線が注がれる。さらに心の声まで聞こえてきそうだ。『私達を受け入れてくれた心を持って、フェイトを救ってくれ』とか何とかそんな感じで。
正直、勘弁して欲しい。いいじゃんよ、力で解決してさ。それで一切合財御破算が一番楽ちんだ。なのに『救う』とか、いやいや無理ですから。そんな大層な事出来る訳ねーじゃん。


「そういやアルフはどうした?あのフェイトLOVEがえらい大人しいじゃねーか」


ふと気付いた。
アルフならイの一番にプレシアに突っかかって行きそうなものを、何故か声すら聞こえて来ねぇぞ?


「ああ、あの馬鹿犬ですか。キャンキャン吠えて猪突猛進して行きそうだったんで、ガツンと眠ってもらいました。今はあそこに」

「ガツン?」


理の指差す方向に眼を向ける。そこにはうつ伏せで大の字になって眠っているモノが一匹。
なるほど、『ガツン』ね。
 
しかし、さて、となると間に割って入るのはいよいよ持って俺しか居ない。めんどくせぇが、やんねぇと話が進まねぇので仕方が無い。


「はいはい、ちょっとごめんよ~」


パンパンと手を叩きながらババアとフェイトの間に入る俺。それにやぶ睨みで返すババアと無反応なフェイト。
ババアの反応は予想通りなので兎も角、こりゃあフェイトは相当重傷だな。先にフェイトの方から当たるか。いつまでもこんな痛々しいガキの姿なんて見たくねぇし。

俺はまずフェイトに近づき、咥えていたタバコをそのままフェイトの口に咥えさせた。脱力してたが、下顎を押さえることで無理やり成した。


「───っ!?けほけほ……はや、ぶさ」

「よう、目ぇ覚めたかよ。どうだ現実の味は?美味ぇだろ」


フェイトの口元からタバコを取り上げ、また自分で咥え直す。
ああ、やっぱ美味ぇな。


「あ、今のは特別だかんな?魔法世界ではどうか知んねぇけど、地球じゃタバコは20歳になってからだかんよ」

「はや、ぶさ……わたし、わたし………」

「おう、どうしたよ。フェイト・ザ・クローン」

「っ!!」


ぶわっと涙を溢れさすフェイト。

あー………ちっとばかし性急で直球過ぎたようだ。


「おいおい、そんなクローンってだけでショック受けんなよ。いいじゃんか、クローンでも。今を生きてんならよ?」

「でも、でも……私は、人間じゃ……」


ハァ、どいつもこいつも結局そこかよ。てか、何で俺の周りでこの手の問題が多発すんだよ。もう同じような説明すんのもめんどくせぇ。
まあ、けど、投げやりには出来ねぇよなー。まだこいつはガキだし。


「人間じゃないからなんだよ。まさか、オリジナルがいるからクローンの自分は生きてる意味ねぇとかそういう事も思っちまうわけ?または何で生まれてきたんだろう的な?」

「……………」

「ちっ!ガキじゃなかったらぶん殴ってるとこだけど………」


デコピンで済ませてやる。


「ンじゃ質問すっけどよぉ。例えば、クローンだけど母親大好き天然純粋超可愛なガキと、人を快楽で殺したり幼児誘拐したりする犯罪者、どっちが生きてる価値があると思う?」

「な、なにを……」

「断然、前者だろ?つまりよ、人間とかクローンとか関係なく、生きてる価値ってのが大事なんだよ。で、その価値を高めるには『自分は自分だ』つって胸張って生きる事だ。まあ、自分は自分つって人を殺しちゃあダメだけどよ?」

「……でも、私にはその価値がない。クローンだから自分じゃなくて、母さんに嫌われて……人間じゃないから、隼にも気味悪がられて……っ」


いつ、どこで俺がフェイトを気味悪がったよ?てか、今の俺の話聞いてた?あーあー、泣くな泣くな。………ダメだこいつ。思った以上に相当にヘコんでやがる。
………………。
ハァ、言葉で言いくるめるのって苦手なんだけどなぁ。拳での解決が一番楽で面白いし。

俺は足でタバコをもみ消した後、ウンコ座りして下からフェイトを見上げた。


「この俺が人種差別するとでも思ってんのか?キモイとかキショイとかは普通に言うけどよ、だからって接し方までは変わんねぇぜ?………まあ、野郎とかブサイクには優しくねぇがよ。で、なんだって?気味悪がる?被害妄想ぶっこいてんじゃねーよ。芋虫人間でもない限り俺が気味悪がるかよ。世の中にゃあな、魔導生命体なんてもんも居るし、獣っ娘なんてもんもいんだぞ?なのに今更クローンとか言われてもなぁ。ぶっちゃけ、ホントにだから何?見かけよければ全て良しだ!だからお前は十二分に良し」

「─────────」


ンだよ、そんな目ぇパチクリさせて。なんかもっといい反応しろよ。てか、シグナムらも俺に丸投げしといて呑気に笑ってんじゃねぇぞコラ。


「なんだ、もしかしてまだ不安で不満なんかよ?俺が肯定してやってんのに満足しねーとか………ああ、やっぱババアの肯定もいんのか?それだったら心配すんなや。あいつもお前の事好きだから」

「─────え?」


まさか、という表情で大いに驚いているフェイト。
まあ、そりゃそうだよな。あれだけの事やられて、さらにはオリジナルの代わり、ゴミ発言かまされたんだ。どうやったって簡単にゃあ信じらんねーよなぁ。
………そして、勿論。
俺のそんな発言を聞いて黙っていられない奴がもう一人。「はあ?こいつ何言ってんの?ボケたの?」てな顔でこちらを睨みつけている四十路(くらい?)の淑女が一人。


「死にたいの?」

「いきなりトばして来んなぁ。死にたいのって、見た目お前の方が今にもポックリだろうが」

「うるさい。いいから答えなさい。今すぐ死ぬか、それとも前言撤回するか」

「あー、はいはい。お前はフェイトが好き好き大好き超ラブ一万年と2千年前からあ・い・し・て・るぅ」

「誰が前言強化しろって言ったの!!」


アリシアの入った容器に縋りながらやっと立ってるような奴のくせに、相変わらず口だけは達者だなぁ。


「ほら見ろフェイト。ああやってムキになんのはよ、裏返って好きって事なんだよ。イヤよイヤよも好きの内ってな」

「戯れるな!」


おお怖っ。あまりの声量にフェイトが小動物みたいに『ビクッ』ってなったじゃんよ。


「別に戯れちゃねーよ。それに、口から出任せでもねーし、慰めで適当ぶっこいてる訳でもねーぞ?」


当てずっぽうと偏見ではあるがよ?まっ、一応論拠してやろうか。さっき言いかけた『矛盾』てのがこれなんだがね。


「お前よぉ、なんでまだフェイトを生かしてんだ?」

「………なに?」

「だから。アリシアを生き返らせようとして出来たのは出来損ないのフェイトなんだろう?一見して同じなのに全然違うフェイトが胸糞悪ぃんだろ?ゴミとかなんとか言っといて、それなのに何で捨てない?なんで殺さない?お前の性格ならよ、まずそうすんじゃね?俺と違って『殺す』ってのに抵抗なんてないようだしな」


今まで俺にやってきたあの攻撃の数々を見るに、こいつは絶対にナニカを殺す事に躊躇いはないはず。そしてこいつのフェイトに向ける言葉をそのまま信じるなら、フェイトを殺さない理由はない。もし、俺にそんな憎い奴が居て、さらに殺す覚悟もあったなら100%ぶっ殺してる。


「………ふん。生かしているのは、ただ利用する為。今回のジュエルシードも────」

「それは違ぇな」

「………………」

「嫌な事に俺とお前はちっとばかし似てる。そして、俺だったらそんなクソむかつく奴は一時でさえ眼中に入れたくねぇ。すぐぶっ殺す。それに、利用する?だったら、別にフェイトじゃなくてもいいだろ。アルフみたいな使い魔でも創ればいいし、ジュエルシード集めだってどこぞの便利屋やら何でも屋に金積んで頼みゃあいい話だろ?魔法世界にだってそんくらいあんだろうし。なのに、お前はあえてフェイトを生かして使ってる。いや、それも違うか………フェイトを生かしたいから、あえて使ってる」


つまり素直になれねーってこったな。
ババアがまさかツンデレ属性まで持ち合わせているとは……ますますストライク!ちなみに俺のストライクゾーンはツンデレ・クーデレ・ヤンデレなんでもOK!ボール無し!アウトはガキと不細工!


「だいたい、どだい無理な話なんだよな。自分が大好きだった、自分を大好きで居てくれた子供と見た目同じ奴を嫌いになるなんて。中身が違うからって完全に別人だって考えられるのは、フィクションの世界に住むご都合思考を持つキャラだけ。普通、割り切れる訳がねーのよ」

「私は違う!アリシアとフェイトを別人と做し、その人形を心底憎んでる!」

「『憎い』と『嫌い』はイコールじゃ結ばれねーよ?例えば、俺だってあのクソ生意気なロリーズが腸が煮えくり返る程憎たらしい。いっそ死ねと思わなくもない程によぉ」


ついでにロリーズに向け親指だけを下に突き出した状態で拳を向ける。所謂『地獄に落ちろ』ポーズ。


「テメェをいっそ三途の川に流してやろうかぁぁああ!」

「お腹の中が煮えるのはさぞ苦痛でしょう。では、その煮えている腸を搔き出して差し上げましょうか?」

「────でも、嫌いじゃない………ああ、嫌いじゃねーんだわ」

「「……………」」


それは出会ったときからそうだった。なぜだか、嫌いにはなれない。本当に憎たらしいが、なぜか。勿論、ロリーズのみならずシグナムたちもそう…………なんだから、そんな『私は嫌いなのですか?』って感じの切なそうな目を向けんなや。


「表面じゃどうこう言おうとも心の中じゃ別人と見做そうとして、けどお前もやっぱ出来なかったんだよ。フェイトとアリシアを重ね、そしてフェイトを好きになった。当然の帰結だな。大好きな我が子を重ねるって事は好きになった、好きになりたいって事だ。男で独り身の俺にゃあ分かんねーけど、それが『母性』ってもんだろ?けど、その母性が大きくなる前に表面の偽りの憎しみが凝り固まっちまった」


愛と憎しみ同居し、鬩ぎ合った結果、折衷案をとった。

自分の愛は全て亡き我が子に。我が子の写し身である子には憎しみを。

殺すなんて選択は出来なかった。アリシアとフェイトを重ねたんだ、それつまりフェイトを殺すという事はアリシアを殺すという事。


「フェイトの事を無視するって事も出来ただろうに、お前はどんな形であれフェイトに関心を持ちたかった。『想って』やりたかった。アリシアを生き返らせるなんていう行き過ぎた愛ゆえに、フェイトには行き過ぎた憎しみを。は~あ、なんて不器用、てか馬鹿?」

「………御託を」

「そりゃ自分勝手な言い分にもなんよ。人の本心なんて誰彼に容易く読み解かれる訳ねーんだからよ。自分でさえ怪しいもんだ。だから、これは俺の独断と偏見と少しの悪意による見解。けどよ、全てが全て的外れとは思えねーんじゃねぇの?」


ババアは俺の御託を聞いて、さきの喧嘩で負った傷の痛み以外の要因で顔を歪ませた。それは、俺が馬鹿なことを言ったことが忌々しいからか、それとも図星だからか。
真意は当人にしか分からないが…………いや、たぶん当人にも分かっていないだろうな。


「さて、と。俺の見解はまあそんなトコだ。それを是とすんのも否とすんのもテメェの勝手だがよ、少なくとも俺ぁそう見んぜ?」

「………ふん。勝手にそう思い込んでおけばいいわ。けど、どう言われ様と否は否!その人形を想うですって?馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、あなた何時その馬鹿をも通り越したの?」


ひっでぇ言いようだ。綺麗な女じゃなかったら、整形でも効かないくらい顔グチャグチャにしてやんぞ?

少し呆れながらそう思った次の瞬間、俺は自分の言動を顧みてハッとなった。


(……………あん?待て待て俺。その言い方じゃあ、まるで俺はプレシアをグチャグチャにしないように聞こえんじゃねーか。あんなボコボコにされて、こんな暴言吐かれて?)


さらには自分のロリーズに対する胸の内をぶっちゃけてまでババアを諭そううとするなんて…………。
わぁ~お。こっりゃあヒデェや。おいおい俺ちゃんよぉ、何時からそんな丸くなった?いつの間に無駄な優しさを身に付けた?ウケるし。

俺は思わず笑い声を上げた。


「最ッ高だ。ああ、お前の言う通りだよババア。俺ぁ何やってんだ?ホント、いつの間にか馬鹿をも通り越してたみてぇだわ。紳士気取りすぎた。何一丁前にご高説垂れてんだろうな俺は。しかも、『是とすんのも否とすんのも勝手』?くはっ!我ながらなんだその甘っちょろい考え。相手が否と言おうが、俺が是と言やぁ是。それが聞けねぇようなら力ずくでそうさせてきたってのに」


勿論、気に入った奴の意見なら俺もきちんと受け入れる。だが、気に入らねぇ奴の意見など聞く耳持たんかった。それが今回はどうだ?ガキの為とはいえ、ババアに対してこの柔らかい対応。俺に上等ぶっこいた奴なのに、その体に負っているのは俺が傷つけたモンじゃない。

俺は何やってんだ?

そうじゃないだろう?俺は────


「言葉無用、拳上等!話し合い不要、喧嘩歓迎!」


こうだろう!

徐にバリアジャケットを身に纏い、右手に杖を出した。


「俺ぁフリーターで、大学出だけど頭悪ぃかんよぉ。結局最後に残んのは……いや、最初からこれしかねーのよ。言葉で人情に訴えるとか無理。拳で体に分からせる方が楽で性にあってんぜ。さっきまでの言葉なしな。この拳で言う事聞かせてやる」

「…………はぁ、どうやら元の忌々しい馬鹿が帰ってきたようね」


やれやれとため息を付くプレシアだが、その顔は少しだけ笑っていた。だが、やはり体は思うように動かないようで、俺が戦闘態勢に入ったのにも関わらず向こうは立っているので精一杯のようだ。

けど、俺はもうンな事ぁ知ったこっちゃねー。ぶん殴って、あいつの中にある母性を認めさせてやる!
そんな手段で本当に出来るのか、と言われれば、出来る、と答えよう。つうか、俺がやると言えばやる!力で救ってやろうじゃねーの!

さて、喧嘩だ喧


「あ、主、いつバリアジャケットを作られたのですか!?」

「人がこれから景気良くパーティーかまそうって時に何ぶっこいてんだ!?」


ここぞという場面。誰もが今から心躍る喧嘩が待っていると期待するこの場面で!シグナムッ!なんてノンエアリーダー!場の空気を全く読まないその発言はとても騎士じゃねーぞ!

俺は思わず喧嘩相手のプレシアから目を背け、シグナムの方に目をやった。


「果てしなくどうでもいい質問を今する奴があるか!」

「ずりーぞ!あたしにも作れよ!」

「まさかのロリータも!?」


しかし、2人のみならず理とシャマルも驚きと不機嫌な顔でこちらを見ていた。
一体なんなんだ?


「ウザってぇ!知ったことかよ!てか、テメェで勝手に好きなように作りゃいいだろ」

「ハヤちゃんにデザインして欲しいという騎士心を分かってくださいよぉ」


分かっかよそんな心。犬にでも食わせとけ。

俺は呆れかえり、もう無視しちまおうと思ったが、次の理の発言でそうは問屋が卸さなくなった。


「まあ、主の事ですから、どうせ挙がる候補は見当が付きますけど。『ナース』『体操着』『制服』『メイド』、そんなところでしょう。で、差し詰め私は『ランドセル背負った小学生コス』あたりですか?ホント、好きですね」


理のその発言は俺の逆鱗に触れた。それはもう、プレシアに向ける怒りなど比ではない。
今、この場がどこかなども忘れて俺は理をにらめ付けた。


「理、よぉ理ぃ。今なんつった?なんつったよコラ。オイ、てめぇそれ本気で言ってんのか?それともおふざけか?どっちにしろ殺すぞ?マジで殺しちまうぞええオイ!?」

「へ………あ、す、すみません」


俺のその返答が予想外だったのか、理はただただ呆けた。だが、その俺の表情がマジで怒ってる事を悟ったのか、コイツは初めて普通に謝った。
また、他の騎士共も同じように大きく驚いている。


「ナース?メイド?…………けっ、不愉快だ。次、そんな事ぬかしたらヤキ入れてやっからな」

「ど、どうしたんですハヤちゃん?なんからしくないですよ?」

「そ、そうだぜ。お前ってそういうの好きなんじゃねぇの?」

「今までの言動を顧みるに、私もてっきりそのような趣味も持っているものかと………」


コスプレ。
はん!ふざけるな。誰がそんなもんを好きになるか。反吐が出る!


「あんな詐欺を俺は断じて認めん!何度、騙された事か!」

「詐欺?騙された?」

「応よ。高校生とか銘打ってるクセに、出てくるやつは明らかに30手前の中途半端ババア。ナース、メイドにしたって、結局最後は全部脱ぎやがって題材台無し。体操着?ブルマ?年増がそんなもん着るな!それか、せめて童顔の奴使え!そして、愚の極みは『くの一』!馬鹿か。意味分からん。萎える。つうかなにより、なんでコスプレ物には可愛い奴が少ない!そこが一番不満だ。衣装で不細工ヅラ誤魔化そうとすんな!」

「「「「「………………」」」」」


俺の熱き主張は、しかし、皆には通じなかったようだ。フェイトは訳が分からないようで首を傾げ、他の奴らからは壮絶に冷たい視線が突き刺さってくる。
だが、そんな視線など、俺の中学生の苦い1ページに比べたら蚊ほども効かん!その1ページのお陰で、今でもコスプレ物は見れねぇんだよ。


「ええっと、なんと言うか………うん、やっぱりハヤちゃんらしいです」

「この場合、その正直さやこだわりを褒めるべきなのだろうか………」

「シグナム、これは普通に軽蔑していい」

「ですね。女性に向けて主張するべき事ではありません。謝って損しました」


どうでもいいけど、フェイトやプレシアは兎も角、何でお前らも俺の言った事が分かんだよ。俺の居ない間、一体どこでどんなどれだけの情報を仕入れてんだ?つか、意外に冷静に受け止めてんなぁ。

まあ、ンな事ぁどうでもいいか。こいつらに人間の法律が適用する訳ねぇし。18禁情報をどれだけ仕入れたとしても、自己責任で俺の知ったこっちゃねー。スナッフでもスカトロでも何でも見てろ……………いや、流石にそれは俺も止めるか。


「何とでも言えや。兎に角、俺ぁそんなクソッタレデザインなBJは作らねーよ。仮に作るなら、デザインはそうだな────────」


ふと、そんな時だった。

『ドサッ』と、何か大きな物が地に倒れ付すような音が聞こえた。
『母さん』と、悲痛な少女の叫びが聞こえた。

思わずその音の発生源に目を向ければ、そこには床に倒れているババアと、そのババアに寄り添っている涙目のガキが一人。

大方の予想はつく。
流石のババアも限界だったのだろう。


「はぁ………また、喧嘩はお預けか」



───────しかし、今思えば。これが、ババアと喧嘩する最後の機会だったのだ。この先、未来、俺はババアと2度と喧嘩をする事はないのだった。















あ、勿論、ババアは生きてるよ?ついでに口喧嘩ならしょっちゅうするよ?でも、ステゴロはしなくなったのよ。まっ、それが分かってくるのはもうちょい未来の話だな。









[17080] ジュウハチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:eb8e1891
Date: 2010/10/26 21:32

ババアが倒れたのは、まあ極めて自然な流れだろう。
病気によってボロボロになっている体と、何かしらの研究(?)の為の不眠不休にも等しい活動。さらに、そんな状態での夜天とのエンジョイ喧嘩。
心身ともに疲労困憊だったはずだ。にも関わらず、ババアは立ち上がり、俺に上等までくれやがった。
女性差別など毛頭するつもりは無いが、その根性はとても女とは思えない。野郎でさえ、果たしてそれだけ気張れる根性を持ってる奴がどれだけいるだろうか?

女、強いては母というのは本当に強い。たぶん、プレシアなら俺のババアと普通にタメ張れるだろう。
本当、母っつうのはおっかねぇ。

そんなプレシアだが、今はあのアリシアっつう死体がある地下(墓地?)から場所を移し、ベッドのある部屋で寝ている。傍には俺とシグナム以外の全員がついており、治療だったり護衛だったりでそれぞれの役目を全うしている。
何時目を覚ますか分からないが、シャマルの見解では怪我自体はそこまで酷くはないらしい。骨折も無ければ大きな裂傷もなく、頭から出血はしているが、それは見た目が派手なだけで傷自体は深くないらしい。気絶した原因は単純な疲労との事。逆に、俺のほうが重傷だと怒られちまった。
それを聞いたフェイトは大きく安堵したようだが、その顔は未だ晴れやかじゃない。それは母の容態の他にも原因があるだろう。まあ、悩めばいいさ。ガキは悩んで大きくなるもんだ。その悩みが大きければ大きいほど、それが解決した暁にはどんな形であれ人は変わる。それが成長ってもんだ。それに、今のフェイトなら悩みに潰される事もないだろう。傍にはアルフは勿論、ダチが2人も付いてんだからな。

そんな訳で、俺はプレシアとフェイトを他の面々に任せ、シグナムを連れ立って部屋を出た。行き先はラブホ………なんていう未だ入れぬ夢見る地ではない。シグナムとならさぞ、さぞ楽しい一晩を送れるだろうが、生憎とこっちがばっちOKでも向こうは俺に恋愛感情なんてもんがさらさら無いのは丸分かり。主として敬愛されてんのはひしひしと感じんだけど、それが余計キツイ。


「主、どうかされたのですか?………はっ!まさかお体の具合が悪化されたのですか!?」


シグナムと2人、ある場所へと向かい廊下を歩いている途中、俺が少し考え込んで黙っているだけでこれだ。
なんて騎士精神。これが主とかそういうの抜きで、単純に男と見て俺を心配してくれてんなら嬉しいんだがよ。
まあ、とは言っても。
男は単純なもんで、どんな形であれ女から心配されるのは嬉しいもんだ。ガキとかクサレ野郎とかに心配されるのは腹立つがな。


「なんでもねーよ。ちっとばっかし考え込んでただけだ」

「そうですか…………ですが、どうか御自愛下さい。あなたは私にとって大事な………いえ、私たちにとって唯一人の主なのです」


…………これは喜べばいいの?それとも悲しめばいいの?………複雑すぎるが素直に喜んどこ。

は~あ、コレが漫画とかだったら騎士精神がふとした時に恋愛感情に変わったりするもんなんだけどなぁ。それか、最初からそれ込みだったり。
けれど、俺もシグナムもこの世界も現実であって、どうやったってそんな上手く物事は転がらない。人の感情なんてのは特に。


「なあ、シグナム」

「は」

「あのよぉ、お前って…………や、何でもねーわ」


『俺の事、好きか?』なんて聞けるはずがねー。俺はそこまでナルじゃねぇし。…………ヘタレやチキンでもねーぞ?第一、仮に聞いたとしても返ってくる言葉なんて予想が付く。特に恥じらいもなく、寧ろ誇り高く『好きです』なんて言うだろうさ。なんせシグナムは騎士の鏡みたいなもんだからな。

てか、俺は何考えてんだろうね?ババアもフェイトもそれぞれが大変な時にこんな事。もしかして、俺ぁシグナム以上に空気読めてねーんじゃね?
まあ、周りの状況に流されないのが俺であり、きっと他の奴も『らしい』と言ってはくれんだろけど…………時々、こんな独善的な自分に嫌気が差す。いや、ホント時々だけどよ。1年に1回くらい?でも、思っちまうんだよなぁ。
もし、もし俺がこんな奴じゃなく、嘘と世辞で身を繕い、場に流され、媚び諂い、無難な世渡りをしていたらと。
きっと、とても幸せな日常を過ごせたことだろう。少なくとも、面接官を殴り倒すことも無く就職くらいは出来ていたはずだ。そして、今まで彼女の一人くらいは出来てたハズだ…………出来てたよな?

そんな、そんな楽な生き方がきっと出来たはずだし、世の中の殆どの人がそうしてんだろうよ。


(………けど、やっぱ俺には無理か)


そんな空っぽな幸せなんてゴメンだ。面白くない日常なんてゴメンだ。満たされない生活なんてゴメンだ。
俺は、俺のやりたいようにやる。
何度嫌気が差しても、俺はそんな答えにたどり着き、そしてきっと、そんな答えを出すこの性格は死んでも治らない。


(はぁ、こりゃ当分の間は就職なんて出来ねぇだろうなー)


年取ったら、治らないにはしろ、少しはこの性格も丸くはなるんだろうか。でなきゃ、この先碌な就職先はねぇぞ。


「主隼?」


またボウっと考え事をしていた俺に、心配げな顔を向けるシグナム。そんなシグナムを見て思う。


(………諦めた方がいいのかもしんねぇな)


何がかというと、これまた最初に戻るがシグナムの事。
俺は、もし向こうに気があるなら今すぐにでもシグナムとそういう仲になりたいと思ってる。当たり前だろう?性格良し、体超良しな女がいつも傍にいれば、誰でも彼女にしたいと思うはずだ。
けど、それもそろそろ終いにした方がいいかもな。だってよ、脈がねぇんだもんよ。今、もし告白してもきっと『主としてはお慕い申しておりますが、男としてはちょっと………』なんて言葉が返ってくんじゃね?友達でいましょ的な?そして、それはシグナムのみならず夜天もシャマルもそうだろうよ。

そんな分かりきった答えが返ってくるのに告白すんのも想い続けんのも馬鹿じゃね?…………え?当たってみなきゃ分からない?分かるんだよ。それに、それで砕けてみ?これから先も顔合わせて一緒に生活してくってのに、気まず過ぎるだろ。喧嘩なら玉砕覚悟もそれはそれで面白ぇけど、この場合は全然面白ぇ事にはなんねーぞ。だから、告白とか無理無理。

……………ヘタレとかチキンとか思った奴はそれがたとえ真実だろうともぶっ殺すぞ?

兎も角。
シグナムたちに対しては目の保養や主としての敬愛を受け取るだけで、そういう期待をすんのはそろそろ諦め時か。こいつらが俺の彼女になるとか未来永劫無い事だろう。それに、こいつらもこれから生きてく内に好きな奴の一人や二人できるはずだ。それを家族として温かく見守るのも面白い。シグナムやシャマル、夜天の彼氏になる奴はちっとばかし………めちゃくちゃ妬ましいし、もし『この人が私の彼氏です』なんて紹介された暁にゃあ、ソイツがどんなに良い奴でも殺意を抑えられそうにないが。…………ロリーズ?ああ、勝手にどこへでも行ってくれ。よほどのクサレ野郎にでも捕まらない限り、誰とくっつこうが知った事か。


(………あれ?なんか俺、思った以上の最低野郎?)


シグナムたちの心を勝手に思い付け、決め付け、そして勝手に諦め、けどいざその彼女たちに彼氏が出来たと未来予想すれば腹を立てる。

ん~、我ながら中々の身勝手ぶりだ。けど、それも今更か。俺だし。
まあ、言い訳させて貰えるなら、複雑なんだよ『男心』ってやつは。


「主隼」

「あん?」


いきなり、シグナムが少し強めの声を発した。しかも、その顔は怒っているのか、心なしか眉が少し釣り上がっているような?

な、なんだ?俺、なんかしたっけ?んなはずねーよな。ただ考え込んでただけだし。


「諦めないでください」

「!?」


え、なに、嘘、俺声に出してた!?いや、そんなまさか。


「そんな、何かを諦めたような顔は止めて下さい。そのような顔は主には似合いませんし、私もそんな弱い主は見たくありません」


どうやらシグナムは俺の考え込む表情だけで、こちらの心情をも読み取ったようだ。洞察力つうか、女の感つうか………凄いねぇ。しかも、それを確信して言ってんだからまた凄い。


「何を諦めようとしているのかは分かりませんが、きっとそれは早計です。大丈夫です。主隼ならそれがどんな事でも成せる事が出来ます。他の誰もが信じなくても、例え主御自身が信じなくても、私だけは信じます」

「────────」


言葉が出ねぇてのはこれかね。ホント、いい女だなぁ………………こりゃ、確かに早計だわ。こんないい女、早々に諦めてたら天罰が下んぜ。

諦める諦めると連呼しといて早い心変わりだなと言われそうだが、こんないい女にそんな事言われちゃあ『男心も秋の空』だ。


「シグナム」

「はい」

「俺の事、好きか?」


かなりのナルな台詞で、ちっとばかしハズかったが、これもこれからの俺の心を決める一つの確認だ。

果たして、返ってきた反応は………。


「っっっ!?ええっと、そのあの、好きとか嫌いとか勿論大好きででも立場上あれでだから私もやきもきでしかしながら」


ああ、やっぱ諦めなくて良かった。見ろ、シグナムのこの様子。俯いた顔は耳まで真っ赤で、両手を前で合わせてモジモジしているこの大混乱ぶり。
俺の予想など大ハズレ。
そうだよな。予想なんて出来るはずねーんだよ。人の心なんてどう転がるか分からないって、自分でもさっき思ったばっかじゃねーかよ。

この反応が俺の予想とは違うからって必ずしも恋愛感情じゃないし、むしろ主にそんな事言われてただ単純に照れてるだけの可能性の方が高いが、それでもこれからの希望が持てる反応だ。


「なあ、シグナム」

「は、ははははいぃぃっっ!」


いや、流石に照れすぎだろ。そう照れられたらまた馬鹿な勘違いしちまう。それだけは避けなければならない事だ。
勘違い野郎ほど滑稽なもんはない。


「あのよ、今から言う事はさっき考え込んでた事とは別件で、そっちの方は諦めないと決めたんだけどよ────────」


俺は視線を前に向ける。そこには開け放たれた扉があり、その奥の部屋には大きな部屋が広がっている。
何を隠そう、そこが俺たちの目的地。いつのまにやら到着目前だったようなのだが………。


「あの部屋の中に入るのは諦めていいか?」


部屋から大きな音が響き渡ってくる。そして、その音をも超える雄叫びまで。

そう。あの部屋はここに来て最初、夜天とプレシアが喧嘩し、ザフィーラが仲裁していた場所。だが、今ババアは別の部屋に。よって、あの部屋には夜天とザフィーラしかいない。
2人の声が、あの部屋から聞こえてくる。2人の………怒声が。


「なんであいつらが喧嘩してんだよ!?」

「…………私も、これは諦めたい気持ちです」














おかしいと思ったんだよなぁ。ババアがあの地下に来れた事が。だってよ、ババアも夜天もブチギレで喧嘩してたんだぜ?普通、ああなったら、絶対途中じゃ止まれねぇ。どっちかがぶっ倒れるまでとことんド突き合うはずだ。
で、その理屈でいきゃあ地下に現れたババアが夜天をノしたって事なんだろうけどよ、俺はそれが信じられんかったんよ。あの夜天だぜ?確かにババアは強ぇが、だからって夜天がやられるとはとても思えねぇ。そして、仲裁役で犬を一匹置いていったが、あいつが鬼と悪魔を止められるとはハナから微塵にも思ってねぇ。
よって、俺の予想は2人仲良くWKOだった。
だが、結果は俺の予想の斜め上。まさかの身内での仲違い。その隙にババアは地下に降りて来たんだろう。

何をどう経て夜天とザフィーラがやり合う事になったのかは知らんが…………いや、大方考えるのも馬鹿らしい事が切欠だろうよ。


「主の寝顔を知らんだろう!主の腕の温かみを知らんだろ!俺は知っている!それが時には枕、時には抱き枕になる俺だけの特権!そして、それがそのまま俺とお前の主から賜る寵愛の差だ!」

「驕るな駄犬!そんなものは主の愛のホンの一片!だが、私は全てを知っている!なにせ、主と融合出来るのは私のみ!そこに他者の介入出来る余地無し!一心一体、重なる我らに敵う者無し!」


と、ンな事ほざきながら殴り合ってるんだから、切欠なんて馬鹿らしいモンだろう。てかどうでもいい。
ついでに言うと、果てしなくキモい事言ってるザフィーラを心ゆくまで殴り倒したい。


「ったく、あいつらは。俺らが部屋に入った事も気づいてねぇでやんの。しかも……あ~あ、ザフィーラの奴、俺がくれてやった服ボロボロにしやがって」


ただでさえ俺だって自分の服が少ないのに、その中なからザフィーラに似合う奴見繕ってやったのに。いっそ人型禁止命令出してやろうか。

一方、そんなザフィーラの相手をしている夜天の方も当然服はボロボロなわけで………なんだよ、あのパンクなファッションは。胸部とか股間部が破れてるのなら寧ろ大歓迎だが、ボロボロになってんのは腕とか足の部分の生地だけ。それでも色気漂わせるのは流石夜天って所だが、その姿はあんまあいつらしくない。夜天に対して、ああいう乱暴な色気はいらん。


「さて、こりゃどうしたもんか。俺も喜び勇んで意気揚々と乱入したい衝動に駆られるが、流石にそりゃ不味いよなぁ。色々な意味で収拾が付かなくなる」


俺はどうしようかと悩み、隣に居るシグナムに目を向けた。彼女は眉間に皺を寄せ、ほとほと呆れ果てたと言わんばかりに大きなため息を一つ。


「まったく、あの2人は………。将として頭が痛い限りです。主、少々お待ち下さい。あのような乱痴気騒ぎ、すぐに終わらせます」


そう言うとシグナムは片手にレヴァンティンを携え、さらにカートリッジを一発ロードして膨大な魔力を迸らせた。そして、レヴァンティンの切っ先を地に付け、まるで引きずるようにしながらゆっくりと2人のもとへと歩いていく。
気のせいか、その姿は幽鬼のように揺らいでおり、体に黒い瘴気が纏わりついている。

あれ?なんかシグナムが怖い。なんて思って見てた俺の耳にドスの効いた声が飛び込んだ。


「やつら……なにが寵愛だ、なにが一心一体だ。自惚れ、自意識過剰の愚者が。ああ、本音か?それがお前らの本音なのか?愚かな。ならば言おう、高らかと宣言しよう─────────主の一番は私だ!」


みんな、最近ストレス溜まってたのかなぁ。すべてのゴタゴタが終わったら、慰安旅行にでも行くか?

そんな事を半ば本気で考え始めた時にはもう三つ巴をおっぱじめやがってた。気の早ぇこって。てか、なんで俺が他人の喧嘩で悩まにゃならんねーんだよ。将来、ハゲねぇ事を祈るぜアーメンハレルヤマリアさま。神さんなんて信じてねーけど。


「むっ、来るかシグナム!大人しく将という座で胡坐を搔いていればいいものを!」

「ここで起たなくて何が将か!以前に、私は主の騎士だ!主がさえおれば、そもそも座などいらん!!」

「それでこそ私達の将。だが、だからといって私も退くつもりは無い!こと主に関しては、私は退かぬ媚びぬ顧みぬ!」

「「「我こそは主が一の騎士!いざ、推して参るッッッ!!」」」


なにヒートアップしてんだか。台詞まで芝居かかってんぞ。ヤクでもキめたのか?それとも脳内麻薬でラリったか?
どっちにしてもさらに混沌となっちまってんじゃねーか!


「おいテメエら!!いい加減にしとけやぶっ殺されてーかア゛ア゛!?人の目の前でゴキゲンぶっこいてんじゃねーぞ!夜天、テメーはさっさと正気に戻れ!シグナム、テメーは何がしてぇんだ!ザフィーラ、ハウス!!」


踵落としをするように右足を高らかと上げ、床を踏み抜かんばかりに降ろす。ガンッという音が部屋に響き渡る。
その音と俺の怒声は3人の喧騒にも劣らない大きさで、これなら否が応にも喧嘩を一時ではあるかもしれんが止まるはず。そして、止まったらソッコーで拳によるお説教タイムだ。俺を差し置いて3人でハッピーカーニバルするなんざ100年早ぇ!


「こちとらやる事がいろいろあんだよ!ケツカッチンなんだよ!ババア病気問題、フェイトとアリシアのクローン戦争、次のバイト先ってか就職先、彼女はいつ出来るのか!そして、金金金金金金金金金金金ッっ!」


言っててだんだん腹立ってきた。クソっ!どうにかして何もかんも一気に解決してくんねーかよ。特に彼女と金!少なくとも金!金がありゃあ俺の人生万々歳!出来ねー事なし!心だって金がありゃあ買える!世界さえ思いのまま!金、降って来ねーかなぁなんてのは常々思ってる!…………………それなのに現実に降って来た、てか湧いたのは魔法で騎士な面々。
別によ、それが悪いってわけじゃねーのよ。寧ろ、良いと言える。これまでの生活でそう思えた。けど、だからって全部が全部良いなんて口が裂けても言えん。
見ろよこの惨状。この有様。最初はメリットだけ見てりゃ幸せんなれるとか気楽に考えてたけどよ、ここんとこメリットよりデメリットの方が大きくね?比率が明らかにおかしい。


「せいっ!」

「であっ!」

「はあっ!」


で、今現在のデメリット発生源の3人は俺の言葉などまるで耳に入っていなかったようで、さらに白熱したバトルを繰り広げている。てか、夜天もザフィーラもすげぇな。シグナムのレヴァンティン相手に素手でやりあってんぞ。流石の俺もナイフとかバットなら兎も角、あの大きさの刃物が相手だったらマジびびるぜ。


「つうかボクちゃんの言葉無視ですか?主ですよ?素敵な度胸ですね、人様無視して自分らはヨロシクしけ込むんですか?泣いちゃいそうだ。あはははは………………………上等だ、ド畜生ども」


……………いやいやいや、待とうか俺。落ち着こうぜ俺。ここで俺まで乱交パーティーへの参加を希望してみろ、目も当てられない現実がやってくんぞ。こちとらもう勘弁なんだよ、こんな厄介事は。早く終わらせてぇんだ。
ここは自制してでも巻いてくぞ。目の前の喧嘩には涎が出るほど参加したいが、そこを抑えてこそ男の見せ所。


「すー、はー。すー、はー…………ふぅ。OK、落ち着いた。実際の所欠片も落ち着いちゃねーが、とりあえず言葉だけでもそういっとこう。ああ、なんて健気な俺。さて………」


俺は目の前のご馳走から目を背け、踵を返して部屋を出て行く。出した答えは現状無視。
しかし、こんな後ろ髪引かれる思いするんだったら来なきゃよかった。まあ、夜天とザフィーラの無事が確認出来ただけで良しとしとこう。全然物足りねーが、良しとしとこう。…………ちっ、なんで俺が重ね重ね譲歩しなきゃなんねーんだよ。はぁ。


「あいつら、帰ったらオシオキだ!」


俺はもう一度だけ3人を羨ましげに、憎々しげに見やった後部屋を出た。










3人がドンチャカ騒ぎしている部屋から出て、「とんだ無駄足だった」と一人愚痴りながらまたババアを寝かしている部屋へと戻る。その道中、俺はあの3人の事はもう考えず、今後のことだけを考えていた。


(まずはババアの体の治療だな。フェイトにも心配すんなっていっちまったし。んで、その後はジュエルシードで何しようとしてんのかとか、アリシアの事とか吐かせて、最後のお楽しみとして一発ぶん殴りっと)


ホントはまだババアに言いたい事とかあんだけどよ、あんま長くし過ぎるのは駄目なんだと。SEKKYOっつって、あんまウケがよくないらしいんだよ。誰からのかってぇと…………世界?神?

俺の体験からしてみれば、説教っつうのは長いもんだとばっか思ってたんだけどな。それもガキの頃なんて正座させられて1時間は軽くされてたぞ。しかも、正座させられる理由も理不尽でよ。『お前は俺より背が高い。立ったままじゃ見下されているようだ。だから地べたに座れ』だぞ?いや、これマジで。そんで、そっから説教開始。しかも、それがガッコーとかだった場合は教室の黒板の前、つまり大勢の生徒の前でされんだぞ?どんな恥辱プレイで、どんだけドSなセンコーだよ。
それになんだ、最近じゃ親とか教師とか、そういう上の立場の奴は子供に手ェあげなくなったんだろ?モンスターペアレントや保身優先の教師ってやつ?はぁ、今の時代のガキが羨ましいねぇ。俺なんて何度親や教師にド突かれた事か。親からは普通に殴られ、教師からはでっかい定規で叩かれ放題だったな。まあ、相手も本気じゃなかったし、そこにはある種の愛情もあったんだろうからまだ救われたけどよ。
けど、今のガキは叩かれもせず、説教もされない。精々が注意かお小言程度。
そんなんでよくガキを全うに育てようと思うよな。つうか実際育ってねーんだよ。最近のガキはハナ垂れのカスばっか。ゆとりだのなんだの言われんのも無理ねーわ。勿論、全員が全員そんなゆとりちゃんばっかじゃねーんだろうけどさ。

と、まあ話が逸れたっつうか蛇足みたいな感じになったが、つまり説教はあんましねー方がいいんだよって事だ。特に現実じゃなく、こうやって文字で表すとなるとクドくなりやすいし(そういうメタな発言はよせ?知った事か)。
まっ、俺も元々説教なんて嫌いだし、そもそもその説教自体もいつも途中でブン投げてるし。何より拳で解決ってのがシンプル・イズ・ベ~ストって説に俺は悪しき一票入れてるし。
俺ぁ、そこいらにいるモンスターな親でも3年B組保身先生でもねーからよ、体罰にゃあ何の抵抗もナッシング!言って効かないような奴なら、言う前からぶん殴れってな。


(我ながら、PTAとかから苦情が来そうな暴論だな)


さて、胸中でそんな事を考えてたらあら不思議。いつの間にかババアの眠る部屋が視界の中に。


「やめやめ。俺なんかがこんな益体も無い事考えた所でしゃあねーべ。クソッ、俺の一言で世界が動いてくれりゃあなぁ。そうすりゃ、今まで以上に考えるより先に行動すんのに。まっ、取り合えずは目先の問題から……………お?」


愚痴りながらその辺の壁に八つ当たりしてたので気づくのが遅れたが、ババアの部屋の扉の前に一人の女がいる。その女は見るからに気落ちしており、今にも自殺してしまいそうな儚さまで携えている。

…………嫌な予感MAXだ。こりゃ、まだ快速急行厄介事行きは止まってくれそうにない。


「うぃ~す。どうしたよシャマル?そんな、『今から私、中絶手術しなきゃならないんです』みたいな顔しやがって」

「ハヤちゃん………」

「…………………」


こりゃ、ちっとばかし冗談ひねてる場合じゃねーか?ここまで『悲痛』という言葉が似合う顔をしてる奴なんて見たことねぇぞ。


「なにがあった?」

「…………なんで、世界はこんなに優しくないんでしょう?」


え?なにその今から宗教勧誘が始まりますよ的な言葉は。


「湖の癒し手なんて言っても、所詮はただの騎士。それも、生まれたのはここ最近で、経験もなく────────」

「チョイ待ち。それ、長くなる?」

「─────はい?」


俺はおもむろにシャマルの話しにストップをかけた。


「いやよ、前置きはめんどくせぇから飛ばさね?シリアスぶっこいても息詰まるだけだし。巻きでいこうぜ巻きで。ハリーハリーハリー」


言ってんだろ?けつカッチンだって。やる事たくさんあるし、さっさと終わらせてぇのに、その上で誰が長話を聞きてぇよ?


「あ、あはははは…………はぁ。ハヤちゃん、少しは空気読んでくださいよぉ。人には落ち込みたい時があるんですよ?」


お前の心情なんて知った事か。自分の苦悩を吐露する暇があったら現在の状況を説明しろ。


「あっそ。で、何があった?」

「………クスン。もういいです、分かりましたよ。巻き巻きでいけばいいんでしょ!」


時間は有限、時は金なり。時間を掛けていいのは、金を嫁ぐ時と女との逢瀬の時のみってな。

つう訳で、シャマルには淡々と語って貰いました。時々俺に対しての愚痴を挟みながらも、要約するとこんなことがありましたとさ。

1,当初の目的通りババアを検診した結果、デス決定なほど体の中がボロボロ。シャマルでも治すの無理。
2,その結果をフェイトに話してしまい、フェイトは大泣き&乱心。
3,そのフェイトをヴィータと理が別の部屋へと連れて行き、そこで現在精魂込めて慰めている。
4,ババアは部屋でおねんね。シャマルは自分の不甲斐無さに意気消沈。


「へぇ。ロリーズめ、結構まともにトモダチやってんじゃねーか。けど、な~るほどね。つう事はある意味、これで全て終わったな」

「え?終わった?」

「だってそうだろう?ババアはお前でも治せない。つまり、今回の厄介事の元凶であるババアが近いうちおっ死ぬんだ。一番、あっさりした答えだな。あのアリシアとかいう死体、ジュエルシード集めの意味、その他諸々がババアの死で解決。いや、お蔵入りか?どっちにしろ、これも一つの終わり方だ。俺らはまたうざってぇ日常に戻り、フェイトもババアに縛られる事なく自分の道を生きる。完」

「そんな………」


俺のあっさりとした言葉に、シャマルの顔は当然晴れない。だが、結局世の中そんなもんだ。どう足掻いたところで、人には限界がある。逆に、限界があるから人なんだ。その限界を超えようとする奴はただの馬鹿で、その末路は滑稽なモンしかない。分不相応な夢を見ちゃいけねぇ。


「シャマル。お前は人じゃねーけど限界がある。助けられる命もあれば助けられない命もある。そこを分かれ」

「で、でもまだ……!」

「まだ?『まだ』なんだよ?お前はババアを治すのは無理だと自分で答えを出したはずだ。一度そんな答えを出して、『まだ』何かするつもりなら止めろ。お前の限界はここだ。お前は、もう、何も出来ない」

「……………」


俺はキツくシャマルに言う。
限界を超えようとすれば、それ相応の代償が要る。あり得んと思うが、もし『命』なんてのがそれに挙がれば始末に終えん。ババアの為にシャマルが命を掛ける事は俺は許せねぇ。
確かにババアの事は嫌いじゃねーが、それでも俺はババアの命よりシャマルのほうが大事だからな。シャマルが死ぬくらいならババアを先に殺す。


「う、あ、……うく、ああ…ふっ……」


自分の力の無さにだろう、悔し涙を流すシャマル。
俺はそれを見て大きくため息を零すと、懐からタバコを取り出し咥え、しかし火が無い事を思い出してガシガシと頭を搔く。そしてまた一つため息。


「泣くなよ。確かにこれも一つの終わり方つったけどよ、誰がここで終わらせるつった?」

「ふえ?」


俺は泣いているシャマルの頭を撫でてニヤリと笑った。


「そんなクソ面白くもねぇ無難な終わり方で俺が満足するとでも思ってんのか?冗談。それによぉ、お前の限界はここだけど、俺の限界はここじゃねーんだよ。…………ババアは必ず治す」

「ハヤちゃん!」

「ふん…………それにフェイトにもババアの事は任せろって約束しちまったしな。約束は破るためにあるが、ガキとの約束まで破るようじゃあ野郎が廃る。今が男の魅せ時ってな」


俺はおもむろに懐に入っているタバコではなく小さなビンを取り出す。ラベルが張ってあるが、そこに書かれてある文字は日本語どころか地球圏内でもないようで、きっと魔法世界の文字なのだろう。ただ唯一、ラベルの片隅に数字で『85』と書かれている。


「なんですか、それ?」


目をごしごしと擦って涙を拭いながら訊ねてくるシャマルに、俺はビンの蓋をとって臭いを嗅がす。


「うっ、お、お酒じゃないですか!」

「イエスッ!ここに来る途中、金目のもの………じゃなくて、一休みしようと入った部屋で偶然な。異世界の酒ってうめぇんかな?」

「な、なんでお酒?」

「なんでって、話し聞くには必要なモンだろ?腹ァ割って話し合う時には特にな」


全部ぶち撒けてもらうぜプレシア?まずはそこからだ。そっから体治して、フェイト安心させて、ぶん殴って、携帯とか弁償して貰って、そしてエンディングだ。


俺は酒を片手に意気揚々とババアの寝てる部屋へと入っていく。


(どんな手を使っても、俺は俺が満足する未来予想図を現実にしてやる!)


全ては自分の為によぉ。





[17080] ジュウキュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2010/11/08 21:00

似合わねーかもしんねぇけど、俺は物語りはハッピーエンド、大団円ってのが好きだ。ご都合主義でもいい、無理やりでもいい。最後よければ全て良してのが好きだ。意外か?ほら、俺って基本お気楽思考ですから。辛いのとか痛いのとかヤだし(喧嘩は除く)。
けど、だからと言ってそれ以外は見るのも嫌いなのかと言われればそういう訳でもない。例を挙げれば『僕の生きる道』、あれはいい。ドラマしか知らねぇけど。最後は結局死に別れちまって悲しいけど、でもそれを抜きにしても面白いと諸手をあげて言える。感動の極みだ。他にもそんなのは沢山ある。

面白い………そう。『面白い』んだ。───────それが、ある種いけない。

確かに面白いってのは大事だ。面白いってのは人が幸せになれる。人が生きてく上で必要な要素だ。俺もそれに重きを置く。

けど、その『面白い』ってのも種類がある。必要な時と不必要な時がある。

つまり、俺が言いたいのは。
この現実で、『僕の生きる道』で得るような面白さはいらない。だってそうだろう?この現実で、誰が人が死んで面白くなれる?結婚までしたような想い人が死んで、誰が面白がれる?………まあ、当然面白くないだろう。当事者なら尚更な。
なら、当事者じゃなければ人死には面白いのか?まさか。
ダチが死んだ。近所の人が死んだ。テレビでよく見る俳優が死んだ。この世界のどこかで赤の他人が死んだ。………………どうよ、面白がれっか?普通は悲しむか、少なくとも無関心だろう。面白がるなんて事は出来ない。
面白がる事ができるのは、それがフィクションだからだ。現実じゃなく作り物だから、面白いと悲しいが同居出来る。でも、現実はそうじゃない。悲しみしか残らない。

だから、俺はハッピーエンドを望む。それは誰の為でもなく、自分の為に。自分が幸せな気持ちになれるから。自分が心温まるから。

自己満足。

俺は自分の為なら何でもする。どんなものでも使う。例えご都合だろうが無理やりだろうが、俺の望むようになるならそれすらも使ってやる。
俺を誰だと思ってやがる?独善者であり、自分至上主義者だぞ(それ以前に史上稀に見る紳士だが)。だから、俺が成すと決めたなら、使われるモンは逆に大人しく使われてりゃいいんだよ。仮に俺に使えないもんがあっても、なら使える奴に使わせて成してやる。他力本願じゃあない。他の奴の力も俺の力だ。

だから。詰まるところ、自己満足が為だけに。
俺は、プレシアを助ける。知ってる奴が死ぬのは寝覚めが悪いから。
俺は、フェイトに笑顔をくれてやる。ガキは笑ってるのが一番だから。

全ては俺が満たされるため。相手の想いとか関係ねぇ。自然の摂理も関係ねぇ。現実の厳しさも知ったことか。世界の都合でさえガン無視してやる。
自分良ければ、世は事も無し。

ただ、そこで勘違いしてこんな意見も出てくるだろう。曰く『何だかんだ言っても、やっぱり最後は相手の為なんだろう?』とか『自分の為とか言って誰かを助ける姿カッコイイんじゃね?的に思っちゃってる自惚れ偽善者なんだろ?』とか『ツンデレ?キモッ』とか『何だかんだ言い訳こいた挙句、結局は一周して善い奴なんだろ?』とか。
もし以上のような意見を抱いている奴、ハッ!バ~カでぇすかぁ?ってのは言いすぎだが、その考えは今すぐ改める事だ。俺に変な期待はしないほうがいい。
俺はどこまで行っても自分の為にしか動かない。今回の件だってそうだ。フェイトもババアも俺は少なからず気に入っている。そんな奴がもし死んだり笑わなくなったりすんのは俺の気分が悪くなるので、わざわざ助けてやるんだよ(超上から目線)。もしこの2人が話しもしない赤の他人だったら、ここまで世話焼かん。精精が『あそう。頑張ってね。応援しているよ』と声に出さず心の中で思うくらいだ。
そして、これは偽善でもない。偽善ならもっと自分の利を追求する。偽善を出す場面は弁えてるつもりだ。

いいか?念を押すぞ?俺が誰かを助ける時は、俺の為の、俺の為による、俺の為だけの事しか考えちゃいねえんだよ。助けられる側のことなど知らん。勝手に助かってろ。
それでもまだ俺に何かしらの思いを抱くやつ。
期待したいならしてもいい。侮蔑するならしてもいい。嘲るのも構わない。嫌悪感を抱くのも結構。
だが、俺はそのすべてを『関係ねーし』と斬って捨てる。他の奴の感情など俺の感情の前では、地球の未来を心配する事以下の優先度だ。…………まあ、もしそんな感情を綺麗なネェちゃんが抱いたなら色々考慮するが。

なんか話が二転三転してる上に分かり難かったろうが、つもりどういう事かというと………つうか、あれ?俺ってなんでこんな説明してんだっけ?


「おいプレシア。俺、なんでこんな話────って、寝てやがんし」


ちっ、気持ち良さそうな顔しやがって。まあ、あれだけ飲んで、ぶっちゃけ話したんだから疲れもするわな。つうかプレシアって酒飲ますとああなるんだな。
まあ、それは兎も角。ええと、なんだっけ…………ああ、そうだ、なんで俺がこんな事喋ってんのかって疑問だった。え~っと、確かいろいろ話して、時折暴走して、で最後に『あなたは一体何がしたいの?』とかなんとか、そんな事をプレシアが言ってきたんだ。それで、俺は長々と思いのたけをしんみり気分で語り聞かせたと。


「───なのに聞いた本人が寝るとか、何様だコノヤロウ犯すぞ」


俺は寝ているプレシアのおデコに強めのチョップを一つ。『ん………ふっ、あ………』なんて色っぽい寝言(寝息?)が返ってきたが、起きる気配なし。

まあ、それだけ心身ともに疲れてんだろう。酒も入ってるし。かくいう俺もプレシアが寝たことに気づかないで喋ってたんだから、あんま人のこと言えねぇけど。つうか酒がいけねぇんだよな。くすねてきた酒、かなりアルコール度数が高く、俺もプレシアもかなり酔った。つうか、プレシアはキャラ崩壊するほど飲んでた。その崩壊たるや、某作品の戦場ヶ原ひたぎの変わりようにさえ引けを取らない。


(つうか、なに話してたっけ?結構、重要な事話してた記憶が………ああ、頭回んねぇ。てかクラクラするぅ~)


思い出せ。アルコールで腹を割らせるっていう俺の目論見どおりにいったはずだ。…………クソ、出て来ねぇ。

よし。こういう時はお約束、最初から順を辿っていこう。

え~、まず部屋の前でシャマルとちょい話して、で酒持って部屋の中入って─────────。







□■□■□■□■□







「起きろコラ」


俺は部屋に入って早々、プレシアが寝ているベッドへと近づき声を掛けた。が、当たり前といえば当たり前だが返事は無い。これでもかってくらい寝ている。ともすれば死んでんじゃねーのってほど寝ている。
顔色は真っ青で、傷だらけで、額には珠の汗が浮かんでおり、それでいて表情は穏やかと言えるほど普通。
正直、女の寝顔なんて母親のそれしかしらない俺にとって、このババアの寝顔はなかなかクるものがある。顔色が悪かろうと、傷や痣があろうと、汗を掻いていようと………………うん、生唾ゴクリだ。


(情欲を感じぜずにはいられないッッ!!)


このまま一匹の獣になりそうな高ぶりを感じつつも、そこは紳士な俺、けっして手は出さない。匂い嗅いで視姦するだけに抑えておく。
…………………………………。
ふぅ………よし、堪能した。


「なに目瞑って鼻の穴大きくして悦に入ってるのよ」

「………ほ?」


気づけば、先ほどまで普通に寝ていたはずのプレシアの目はおっ開いており、その目つきは精肉処理寸前の豚でも見ているかのように冷めていた。


「お、おまっ、起きてたのかよ!」

「あなたの鼻息の五月蝿さで目が覚めたのよ。まったく、近年稀に見る不快な目覚めよ」


やれやれと言いながらベッドから上体を起こした。ただ、やはり体の痛みは誤魔化せないようで、たったそれだけの動作でも苦悶の表情を浮かべた。
まあ、それでも変わらず挨拶のように毒舌が吐けるだけまだマシなんだろう。


「それで、何の用………て言うのは愚問かしらね。さっきの続きをやるつもりなんでしょう?」


そう言ってベッドから出ようとするババアの脇腹をつんつんと2、3度突いた。


「ひゃっ!?い、いきなり何するの!?」

「ぷくくっ、いい年こいて『ひゃっ!?』だってさ!ぶはっ、ウケるし」

「っっ!?」

「だから、年考えた反応見せろって。ババアが乙女の様に頬染めても残念なだけだぞ?」


顔の色を羞恥の赤から怒りの赤に変え、ワナワナと震えだすババア。どうやら俺の言葉を受け流せない程、精神的にも疲れているようだ。
そして、いよいよもって魔法でも飛んできそうな雰囲気になる寸前、俺はババアの目の前にくすねてきた酒を突き付けた。


「落ち着けって。別に続きをしに来たわけじゃねーし、新しく喧嘩を売りに来たわけでもねー。…………50万くらいで買ってくれるなら話は別だが。まあ、なんだ、ようは腹ぁ割って話し合おうって事よ」


俺の言葉に従ったわけじゃねーだろうけど、怒りに震えていたババアは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻し、最後に俺を嘲る様に鼻で笑った。


「話し合う?話し合うですって?この期に及んで何を話し合うっていうの?私とあなたでどんな事を話し合うっていうの?そもそも、『話し合い不要、喧嘩歓迎』とかほざいてたのはどこの馬鹿だったかしら?」

「話し合い不要なんて言ったっけ?わり、全然覚えてねぇわ。まっ、昔は昔、今は今。話し合い必要。ヘーワにいこう」

「…………相変わらずの身勝手さね」

「んでだ、何を話し合うかってぇと………気の向くまま、心のままに駄弁ればいいんじゃね?取り合えず全部ぶっちゃけろ。な~に、愚痴でも文句でも好きなだけ吐け。全部聞いてやっから。その為の酒だし」


キュッと酒の蓋を取り、俺はババアにそれを手渡そうとした。しかし、ババアはまたもう一度『ふんっ』と鼻で笑うと、酒を持ってる俺の手を払いのけた。


「ハヤブサ、あなたが身勝手なのは構わないけど、いつもそれが通るとは思わない事ね。死にたくないなら今すぐ出て行きなさい。そして、二度と私の前にその不愉快な顔を見せないでちょうだい」


そう言うとババアはベッドに潜り込もうとし、その前に「ああ」といって言葉を続けた。


「ついでにあの人形も連れて行けば?あなた、アレが気に入ってるようだし。それに、アレも美的感覚が崩壊してるのか、どう言う訳かあなたを───────」

「巻いてるっつってんだろ?」


聴く耳持たんとはまさにこれ。問答無用の模範例。
俺はババアの言葉などガン無視で、そのぴーちくぱーちく囀ってる口に酒のビンの口を無理やり突っ込んだ。


「がもっ!?」

「飲め」

「~~~~~~っっっ!?」


おお、どんどん顔が赤くなっていく。


「ぷはっ!ごほっごほっ!」

「よっ、ナイス飲みっぷり!」


ババアの口からビンを引き抜き、ゴホゴホと咽ている姿を肴に俺も続いて飲む…………つもりだったが、そこでグラスが無い事に気づく。辺り見回してもそれらしい物も代用が効きそうな物もない。
仕方なく俺もババアにやったように、そのままラッパ飲みした。回し飲みになっちまうが、まっ、別に構やしねぇだろ。


「ぐおっ!?の、咽喉が、胃が焼ける!!」


ラベルに表記されている『88』って数字、こりゃやっぱ度数だったか。流石の俺もこのレベルのアルコールは初体験だ。美味いとか不味いとかも分かんねぇぞ。


「お前、よくこんな強ぇ酒がぶ飲み出来たな。下手すりゃ死んでんじゃね?」

「あなたが無理やり飲ませたんでしょ!」

「忘れた」

「………数秒前の自分の行いを忘れるなんて、どこまで身勝手で出来の悪い頭してるのよ。かち割って見てみたいわ」


都合のいい頭と言ってくれ。
ともあれ、こりゃあちびっとずつ飲んでった方がいいな。急アルになっちまう。


「悪りかったな。ほれ、今度は自分のペースで飲めや」

「飲むのは前提なのね。私、一応病人なんだけど?」

「地球じゃな、酒ってのは百薬の長って言って、謂わば万能薬なんだよ」

「へぇ、これがね」


勿論、大嘘なんだけど、ババアの奴普通に感心しやがった。なんかこの純粋さはどっかの誰かに通ずるもんがあるな。

ババアは酒をしげしげと眺め、それからビンを自分の口へと持っていこうとして、何故か途中で留まった。


「ん?飲まねぇの?」


ババアはビンの飲み口をジッと見て、それから俺の顔(口元あたり)を見て、それからまたビンの飲み口に視線を向けた。そして、その顔は『これはどうすればいいんだろう?』という思案顔だ。

その様子を見せられたら、流石の俺も何を考えてるのか分かる。


「お前さ、意識しすぎ」

「な、何がよ!」

「たかが回し飲み、どうこうなるわけでもあるめぇに。それともばっちぃとか思うわけ?ばい菌の心配とか?それだったら流石の俺もヘコむぞ………」

「べ、別に私は………ふん!」


意を決してってのは大げさかも知んねぇが、ババアは顔を赤くしながら酒をあおった。
ったく、一体いくつだって話だ。あれだろ?間接キスってのが恥ずかしかったクチだろ?そんな、中学生じゃねーんだからよ、間接チューの一つや二つなぁ。俺だって、それくらいなら今まで何度もやってきてんぞ。男女問わず。回し飲みとか罰ゲームとかで。


「さて、かけつけ3杯じゃねーが、お互い酒も入ったところで内緒のトークでもしようや」


この部屋には誰も入れないよう事前に全員に言っておいた。聞き耳も立てるなと強く言っておいた。もしこれを破れば、生まれてきたことを後悔させる辱めをしてやると脅しといたし。


「何も話すことはないわよ」

「まあまあ、そう言うなよ」


酒が入ったばっかじゃまだ口が柔らかいはずもなく。頑なな態度のババア。しかし、いつまでも喋ってくれないのはこちらも対処しようがない。
よって、まずここは俺から話す。自分の事を。そうすれば、相手もこちらの口上に乗ってくっちゃべてくれるはず。あわよくば、隠れている本音もぶっちゃけてくれるだろう。

自分の身の上の事を喋るなんてガラじゃねーけど、しょうがねぇか。


「ンじゃ、俺の事をお前に教えてやろう。さて、何からいくか。俺という空前絶後な存在の誕生の瞬間から語るか、それとも学生時代のいちご100パーな青春物語を語るか、はたまたあのアルハザードなんてトコのクソ野郎のせいでこんな事になっちまった愚痴を──────」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「決めた!まずは俺が初めて人の死を実感した感動話から。題して『最初で最後の涙~その向こうに~』!あれは丁度1年前だった、俺の大好きだった婆ちゃんが─────」

「待てって言ってるでしょ!!」


ハタかれた。


「なにすんじゃボケ!これからお前の同情心を煽るため、どれだけ人の命が尊いか語り聞かせるところなのに!そして、それに感銘を受けたお前は本音を語るっていうそんな流れだろ今のは!空気読めよ!つうか、マジで感動話なんだって!俺だって今思い返しただけで…………うぅ、婆ちゃん」

「どうでもいいわよ、そんな話なんて!それより、あなたさっきアルハザードって………」


あん?アルハザード?おいおい、そんなトコに反応したわけ?それで俺の感動話を無視しやがったと?なんだそれ。いらんとこに反応すんなよ。しかも早々と、こんな時だけ無駄なく。不要な巻き巻きだ。うわぁ、なんか冷めた。酒飲も。


「んん、一度飲んだからこの強さに慣れたか?すんなり飲めたな。それに、中々美味い」

「人の、話を、聞きなさい!」


バッと酒を取り上げられた。さらに俺の胸ぐらを掴み上げ、こちらにずいっと顔を近づけてきた。


「どういう事なの!なぜ魔法世界出身でもないのに『アルハザード』を知ってる!それに、その言い草じゃまるでソコに行った様な…………」


なんだろう、このババアの顔は?戸惑っているような、何かを期待しているような。


「離せコラ。つうか顔近ぇよ」

「……………」


ダメだこりゃ。俺が何か話すまでこいつはずっと、この鼻と鼻がくっつきそうな至近距離でガンつけ続けるだろう。
いったい何なんだ?アルハザードだろ?なんでそんなにリアクション強ぇんだよ。


「分かった、わぁーったよ。話しゃいいんだろ。で、アルハザードがどうしたよ?」

「どうしたよじゃないわよ!ハヤブサ、なんであなたみたいな奴がアルハザードを知ってるの!」

「知ってちゃ悪ぃんかよ。つうかご推察の通り、行った事もあんよ。………ちっ、今思い返すだけでも忌々しい!あそこに行かなきゃこんな魔導師なんてモンにもならなくてすんだし、せめて2度までにしときゃ理なんてクソも生まれて来なかったろうし。ハァ、あの男、やっぱ今度絶対一発ぶん殴ってやる」


出来るならガキの頃の俺も殴りてぇ。いくら今と変わらないほどの純情少年だったからって、なんの危機感もなしにあんな店入るかフツー?てか、タダだからって本を貰うなよ。今考えりゃ怪しさMAXだ。


「魔導師に、なった……?」

「そそ。なんかよ、魔導書?それの主になったわけ。えーっと、何つったっけ………ああ、夜天だ、夜天の書。まあ、俺が貰ったのはオリジナルの贋作らしくてさ、そのアルハザードの店主?みたいな奴がコピったんだと。いやよ、別にそれだけなら増刷ってことでおかしくねぇだろうけど、ご丁寧に守護騎士っつう魔導生命体までコピるんだからタチ悪ぃ」

「ほ、ほんとなの?」

「マジだって。俺が連れてきた奴らがそう。ホラ、お前とガチンコした奴、あいつも魔導生命体だぜ?確か融合騎つってたな、融合型デバイス。まったく、びっくりだ。魔導師ってのは命までコピれるのか?いや、、その能力もコピってるんだから、命っつうより存在そのものをコピーか。どっちにしろ、すげぇのな、魔導師って」


一つの意思を持つ存在を肉体付きでコピーって、驚嘆に値するなんてレベルじゃない。どう考えても、地球の科学力じゃ無理だな。

俺は一息つくため酒をクイッと呷り、次いで懐のタバコに手を伸ばそうとした所でババアの呟く声が耳に入った。


「………不可能よ」

「あン?」

「確かにデバイスを大量生産する事は可能よ。けど、融合型デバイスとなると話は別。いくら元があろうともそう簡単に複製なんて出来ない。しかも、5人の魔導生命体付きですって?今の魔法世界の技術力でもそんな事出来ないわ」

「ん?あれ?でも、それだったらアルフはどうなるんだよ。あいつって、フェイトに創られたんだろ?」

「確かに根本は同じね、どちらもいわば命の創造。けど、この場合その根本への成り立ちがまるで違う。そうね………アルフが『材料を使って作った料理』なら、あなたの騎士たちは『料理から料理を作った』って所からしら。それも、味、形、大きさ、食感、匂い、後味、果てはそれを食べた後の感想まで寸分違わず基と同じ料理。───────そんなの在り得ない。成し得るハズがない。ともすれば、それは無から有を生み出す事より難しいわよ」


さっぱり分からん。何言ってんだこのおばさん?いや、何となくすごいんだってことはニュアンスで伝わったけど…………ふーん、やっぱあの男ってすげぇんだ。ちょっと感心。殴るけど。


「それに夜天の書ですって?私の記憶違いで無いなら、ロストロギア指定されてたはず。そんな物を複製出来るなんて…………」


ババアはぶつぶつ何か言ってる。だが、先ほどまで暗かった顔は内からふつふつと喜びがこみ上げてくるかのように変化していく。


「やっぱりあったのね、アルハザードは………ああ、アリシア。やっと過去を取り戻せるのね………」


一体なんなわけ?てか、いい加減手ぇ離せや鬱陶しい。酒が飲みにくいんだよ。


「ハヤブサ!!」


美女に、至近距離で、酒の混じった唾を飛ばされながら、酒臭い息を吹き付けられ、大声で名を呼ばれるという体験は初めてだな。


「教えなさい!アルハザードの場所を──────ガボッ!?」


俺は再度、おもむろにババアの口に酒を突っ込んだ。


「喧しい、離れろ、そして飲め」

「んー!んー!んー!」

「たく、一人訳も分からずハイになりやがって。こちとら欠片も意味が分からねぇっての」

「んー!んー!………」

「これだから自己中は嫌なんだよ。あ、俺はいいんだよ?けど、他人の自己中なのは見てて腹立つんだよなぁ。ぶっちゃけ死んでほしいくらい」

「んー………」

「いいか、もちっと事を順序だててだなぁ…………ん?どした?」

「…………」


返事が無い、ただの屍のようだ……………て、やばっ、ビンを口に突っ込んだまま喋ってたわ。

俺は慌ててババアの口からビンを抜く。


「あ~あ、こんなに飲みやがって。一気に少なくなっちまったじゃんよ」

「ごほっ、……わ、私の、心配を、しなさいよ!ごほごほっ……」

「ダイジョウブデスカー?」

「大丈夫ひゃない!」


でしょうね。顔がマグマのように赤いぞ?局所的な紅葉の季節か?てか、なんか最後のほう言葉がおかしくね?


「私をアルハザードりひゅれていひなひゃい!」


舌が回っていない、ただの酔いどれのようだ………………て、もう酔ったのかよ!いくら強い酒っつっても回るの早すぎねぇか?下戸っつうか、即効性体質?
しかし、こりゃいい。当初の思惑通りだ。酔いってのは人を饒舌にするからな。ある種、酔ってる状態ってのは『無意識』に近い。そして、その無意識こそが人間の真実を出す。

俺はここぞとばかりに質問を投げかける。


「なんでそんなにアルハザードに行きたいんだ?」

「うるひゃいわね。あ、あなたは大人しく私のいう事に従えばいいにょよ」

「まだ足りんか」


もう1回酒を突っ込んだ。


「なんでそんなにアルハザードに行きたいんだ?」

「ごほっ、うぃ、う~………アリひアを生き返らせりゅのよ!」


今度は素直に答えてくれた。重畳だ。


「生き返らせる?あそこでそんな事出来んのか?まあ、確かに生命体は簡単に作り出してたけど。ああ、だからあんな液体の中で死体を安置させてたわけか。…………ふ~ん、まあいいや。じゃさ、ジュエルシードだっけ?あれを集めてた目的は?」

「アルハじゃ~どに行くためよ!」

「は?あそこに行くのにあんな訳も分からねぇ石っころ必要ねーだろ。俺、普通に入れたぜ?」

「そんなの知りゃにゃいわよ。アルハじゃ~どにちゅいては文献しか残ってにゃいんだから。伝説にょ地、失われた秘術が眠る地って言われてりゅ」

「ふ~ん、あの店がねぇ……」

「店?なにイッてるのバカなの死ぬの死ねば?」


人を罵倒する言葉だけはちゃんと言えるのな。

ともあれ、ここに来て漸くこいつの執念の根源が分かった。
死者蘇生。
ゲームとかだったら1コマンドでポチっとするだけで出来るそれだが、現実じゃそうもいかず。リアル魔導師でさえ、どうやら例外ではないらしい。こいつが、そんな文献にしかないような伝説を頼るくらいだからな。

伝説を追い求める、死者を蘇らせる……いいねぇ。そういう馬鹿、俺も嫌いじゃねぇ。現実思考な俺だけど、何も男の浪漫を持ってないわけじゃない。


「私はーアリシアをー蘇らせりゅー!!」


うがーと無意味に大声を上げながら、さらに酒を飲むババア。

ゴキゲンだね。うん、でも、そろそろその舌足らずな口調も可愛さ通り越して殴り倒したい気分だぞ?てか、『酒を飲んだらキャラが変わる』なんて、そんな安易に簡素にありがちなキャラ設定すんなよ。夜天とかシグナムなら兎も角、ババア相手じゃ全然萌えん。逆にそれがいいって奴もいそうだけど。
ともあれ、ちっとばかし飲ませ過ぎたか。
まっ、次で聞きたいことは最後だ。このまま上機嫌のまま全部ぶちまけて貰おう。─────と、その前に。


《よぉ、ロリーズ、聞こえっか?》

《ん?この気持ち悪い念話はやっぱ隼か?やべ、吐き気が》

《はて?この気色悪い念話はやはり主?うわぁ、鳥肌が》

《………今は俺も酒が入って多少なりともゴキゲンだから聞き逃してやる》


久しぶりの登場にも関わらずかましてくるロリーズ。
このクソガキどもとも一度はっきり白黒つけといた方がいいな。大人をナメすぎだ。


《それで、ヘタレチキン地球代表が今更何用ですか?》

《まったくだ。フェイトが大泣きしたってのに、肝心な時に居やがらねぇし。死ねよ、役立たず》


落ち着け俺。奥歯に力を入れて耐えろ。いちいち反応せず、こちらの言いたい事だけ伝えようぜ俺。


《そのフェイトだ。いいか、今すぐババアの部屋の前に連れて来い。入っては来んな。ドア越しに中の声を盗み聞きさせろ》


俺は向こうの返答を待たず、念話をブツ切りした。これ以上あいつらの声聞いてっと自分が抑えられなくなりそうだから。

気を落ち着かせるため2、3度深呼吸し、改めて目の前にいるババアへと向き直る。
ババアは………なぜか泣いていた。


「うう、アリシア、何で死んじゃったの………」

「………うざ」


と、そんな正直な感想を言ってる場合じゃない。フェイトが来る前までに、こいつの本心を吐かせるとこまで持っていかなきゃな。


「おい、ババア、ちょっと聞─────」

「誰がババアなにょよ!プレシアって呼んで!」

「ハァ…………OK、プレシア。ちょっと酒置こうか?これが最後の質問だかんよ」


俺はババアから酒を取り上げる………て、うわぁお、もう1杯分もねーじゃんか!?ハァ、最悪。

結局俺はあんま酔えなかったが、まあ、話を聞く分にはいい感じだ。そう納得しとこう。

少ない最後の一口を飲んでしょげている俺だったが、ふと裾が引っ張られる感覚で顔を上げた。
目の前には、何故かこちらもしょげた表情のプレシア。………いや、なんでよ?もしかして、最後の一口を俺が飲んだから?


「最後なの?」

「あン?」

「私とお話してくれるの、最後なの?」


…………えーっと、とりあえずまずは『お話が最後じゃなくて、質問が最後』と突っ込んでおこう。次に『お前誰よ?』と突っ込んでおこう。

いい年こいたババアが上目遣いするな。目を潤ますな。酒のせいかも知んねぇけど、頬を染めるな。さらにこれも酒のせいかも知んねぇけど、幼児退行したような口調はやめろ。
こいつも結構ストレス溜まってんだろうなぁ。どうやら男もいねぇようだし。ストレス以外のモンもいろいろ溜まってんだろうよ。寂しさとか。性欲とか。

俺はババアを少しでも正気に戻すべく、先ほど空になった酒ビンで頭を殴った。


「づっっ~~~!?い、いきなり何するの!それはシャレにならないわよ!」

「ふむ、少しはマトモになったか」


少し惜しい気もしたが、流石にあんな状態じゃ真面目な話が出来ねぇ。てか、調子狂う。


「改めて質問だ。プレシア、お前はフェイトの事をどう思ってる」


やっと言えたよ、この質問。
あの地下でも一応こいつの心情は聞いたが、今は酒が入ってっからな。それに今は俺と2人っきり。もしかしたら、本人の前じゃ言えなかった事も今なら言ってくれるんじゃないかという期待がある。隠された本心ってやつ?実はフェイトの事も実子と同程度くらい大好きって事も─────


「忌々しくて憎い子よ」


まっ、そうだろうね。そう簡単にはいかねぇよな。けど………ふん、まああの地下での反応よりはマシだな。怒り狂ってるわけでもなく、表情もさっぱりとしたもの。なによりモノ扱いせず、ちゃんと『子』と言ってるし。

けど、やっぱ根源はそうそう変わらないだろうな。嫌ってはいなくても、憎い対象だろう。あの地下でも言ったように、凝り固まっちまった気持ちはそれが偽物であっても真実と誤解させちまう。だから、きっと俺がどうこう言おうとこいつの気持ちは変わらない。

──────今の前提のままでいけば、の話だけど。


「じゃあよ、少し見方を変えようか。お前は過去を取り戻すっつったよな?それってつまり、アリシアが生きてた頃の生活をしたいってことでいいわけ?それとも、文字通り過去に戻りたいわけ?」

「どっちでもいいわよ。アリシアがいるなら……………う゛っ」


待て待て。この流れで吐きそうになんなよ。一応シリアス調なんだ、もちっと我慢しろ。


「そっか。なら、まずはその前提を一回白紙にしようぜ。『過去』じゃなく『今』、そして『未来』を見据えようぜ」

「…………なにが言いたいの?」

「今、この現実で、アリシアを生き返らせて、お前の病気も治して、さらにフェイトをアリシアの姉妹にして、さらにさらにアルフをペットにして、こんな辛気臭ぇとこは売っ払ってどっかに一軒家でも建てて、そして家族4人で幸せな未来を築く。最ッ高なハッピーエンドじゃねーかよ」

「───────」


プレシアはまるで無垢な少女のように目を数度パチクリし、しかし次の瞬間には世の中の辛い部分ばかり見てきた老婆のような渋い顔になった。


「そんなものが、それこそ現実で叶うわけが─────」

「黙れ。叶う叶わないはお前が考えることじゃねーんだよ。お前が考えなきゃなんねぇのはよ、その現実がやってきた時、ちゃんとフェイトも幸せに出来るかって事だ」

「む、無理に決まってる!この憎しみはそんな簡単に拭いされるものじゃない!」

「本当にそうか?何も憂う事のない現実で、大好きなアリシアとそっくりな子が幸せそうに笑うんだぜ?なら、想像してみろ!アリシアとフェイトが2人並んで上目遣いで『ママぁ』って言ってる姿を!」


プレシアは少しの間何かを考えるようにボゥと上の空になったが、程なく真っ赤な顔を両手で包み込んだ。見間違いか、鼻から鼻血まで出てたような?


「…………イイ」


こいつはどこまでアリシアが好きなんだろうか。まあ、こういう正直な反応を見せるのは酒のお陰だろうな。素面じゃ絶対ありえんだろうよ。キャラ崩壊万歳。

プレシアはそのまま数秒だらしなくニヤけていたが(手で隠しているつもりのようだが、まるで隠れていない)、ハッと我に返り、ゴホンと一つ咳払い。


「妄想の世界からお帰り」

「う、うるさいわね!」

「で、どうだったよ。お前の妄想の世界でフェイトは笑えてたか?お前と一緒に幸せそうによ」

「……………………」


プレシアは先ほどまでの酔いどれ変態ちゃんのような表情から一転、冷め切ったような表情になった。


「──────叶わない現実よ」

「てめぇが決める事じゃねぇ」

「──────憎しみは消えない」

「てめぇ程度が持つ憎しみなんて時が解決する。いや、それより先にお前のガキ2人が吹き飛ばしてくれるだろうよ」

「──────私は、」


だんだんと沈み込んでいく表情と声色。それを聞き俺は─────


「だぁああああ!うだうだうだうだ、うるっせえよ!」


プレシアの胸ぐらを掴み引き寄せた。ガツンとお互いのおでこがぶつかる音を聞きながら睨み付けた。


「人がてめぇの気持ちをちゃんと確認してやろうとわざわざ我慢してやってんのに長々と!もう知るか!てめぇは黙って幸せになれ!そして、なんも考えずにただフェイトを幸せにしてろ!てめぇの意見、気持ち、そのた諸々却下!それでもまだ何かぬかすようならいっそ死んじまえ!それも俺が許さねぇけどなあ!」


もう無理。もう限界。酒の効果も相まって頭痛ぇ。これだから年寄りの話は嫌いなんだよ!ぐだぐだぐだぐだと!


「な、何を…………そう簡単に人が幸せになれるわけない!だから、私は今、」

「なれる!つうか、してやる!──────俺が、お前を、一生幸せにしてやるよ!!」

「─────────」


……………………あ~れ~?なんか俺、今、男として一世一代の言葉をぶちかましちまったような?酒の勢い?その場の勢い?どっちにしろハズいよ!!


「いや、よ。今のはあれだ、深い意味はねーよ?そのまま言葉通りの意味で………いやいや、それもマズイな。つまりな、お前が幸せになって、フェイトが笑って、だから俺が満たされるのであって、」


らしくなく、結構テンパってます俺。

そんな俺をプレシアはジーッと凝視し、ポツリと言った。


「ハヤブサ………あなたは一体なにを求めてるの?なぜ、あなたがそんなに私とフェイトの事を気に掛けるの?ねぇ、ハヤブサ、なんで─────」






□■□■□■□■□






回想終了。そして冒頭に戻る、と。……………俺、自分で思ってる以上にホンキ馬鹿?

いや、こりゃねーわ。なんだよこのやり取りは?突っ込みどころ満載過ぎる。矛盾点もちらほら。支離滅裂。
いくら酒に酔ってたからって、これはあまりに酷い。これなら思い出さないほうがよかった。


「まっ、凡そ言いたい事は言えたし、聞きたいことも聞けたからいいんだけどな。明確にやることも定まったし」


一部、言わなくてもいいようなハズい台詞を言ったような気もするが、その辺は大丈夫だろう。酒のお陰で記憶が飛ぶってのはお約束だ………現実じゃあ確立は3割くらいだけど。
まあ、取り合えずまずは自分自身が忘れよう。現実逃避だ。


(さて、今日は疲れたし、俺もプレシアのようにそろそろ惰眠を貪るか)


てか、もうこのままプレシアの横で寝ちまおうかなぁ。うまい具合にこのベッド、セミダブルだし。
言っておくが、決して下心はないよ?あーんな事やこーんな事をプレシアが寝てる間にしようなんて、そんな非紳士な事をまさか俺が、ねえ?

むくむくと湧き上がるナニカをギリギリの所で抑えながら、イヤらしい笑みを携えてプレシアの横に入る──────その時になって気づいた。

プレシアの口元にある『モノ』が。それは………


「寝ゲロしてるぅぅううう!?!?」


ダメだろ!それは致命的だろ!そのビジュアルで、その穏やかな寝顔で、その汚物は完全にアウト!百年の恋も冷める状態だぞ!!


「………………別の部屋で寝よ」


流石にそんな有様のプレシアの横で寝るなんて事は出来ず、俺は粛々と部屋を出た。

けど、まあ、結果的にはそれが良かった。俺はある事をすっかり忘れていたのだ。

扉を開けて目の前に金髪少女の姿。


「あ、フェイト」


そうだった。中の会話を聞くよう言ってたんだ。まるっと忘れてたZE☆
しかも、そこにいたのはフェイトだけじゃなく、ロリーズにシャマルにアルフ、さらに喧嘩していたはずの夜天、シグナム、ザフィーラの姿も。


「よう、御揃いで出迎えご苦労。つうか、シグナムと夜天とザフィーラはひっでぇ格好だな。さぞ楽しかったんだろうな。こちとら馬鹿みたいに長~い話を─────」


ドンッと腹にタックルされたお陰で言葉を最後まで言えなかった。


「ぐほっ!?あ、あのなぁフェイト、抱きついて来るのは構わねーが、その勢いはよせ。特に今は酒入ってっからキツいんだよ。危うく、」

「─────ありがとう」

「……………ふん、意味分かんねーよ」


何に対してのお礼だよ。それに、その泣いてんのに笑ってる顔はなんなんだよ。気持ち悪ぃな。俺はなんもしてないっつうの。

俺はただプレシアと秘密のお話をしてただけで、お前が勝手に盗み聞きしたんだろうが。


「たく、まだ泣くのも笑うのは早ぇっての」


そう、まだなんだよ。
やることは定まってる。訪れるハッピーエンドも決まってる、てか成す。けど、その為にはまず見つけなきゃなんねーんだよなぁ…………『あの店』を。
けど、まあ、一応の一段落か?終わりは見えたし。

俺は腹の辺りにある綺麗な金髪を優しく撫でた。

さて、俺が笑えるハッピーエンドはもう間近だ!








「ところで主」







あれ?終わらない?








「ちょっと聞きたい事があります」


なんで騎士の皆々様は殺気だってらっしゃるのでしょうか?


「大丈夫です、ハヤちゃん。時間は取らせません」


その笑顔がかなり怖ぇぞシャマル?


「先ほど小耳に挟んだ事で問いたい所があります。特に『俺が、お前を、一生幸せにしてやるよ!!』という部分に」


なるほど。盗み聞きしてたのはフェイトだけじゃないわけね。つうか、なんでそんくらいで怒るかな?たかが一つの言葉だろう?


「あんな終わってる糞ババアの何処に惹かれる要素があんだよ?この熟女マニアが」

「あんな垂れ乳で枯れ乳のどこがいいんだか。よろしい、ロリの良さを判らせてあげましょう」

「ヴィータ、理、母さんはすっごく若いよ!私なんかより全然!」


クソロリーズ、お前ら、プレシアに聞かれてたらぶち殺されてっぞ?
それとフェイト、そのフォローはちょ~っと苦しいぞ?涙を誘う程に。


「う~ん………なんだろう、なんかこう、ムッとするっていうかイラってするっていうか………。取り合えず隼、一発殴らせてよ」


いやいやいや、アルフよぉ、お前が一番意味分かんねーよ。なんだよ、その『取り合えずビールな』的なノリは?お前、きっと場の流れに乗っかって言っただけだろ。皆がするなら私も、みたいな?一番タチ悪ぃぞ。

もうこいつらの考えてる事が分からない。分かりたいとも思わないけど。あれか?つまりは喧嘩売ってるって事?ちょっと今は買いたくないかなぁ。頭痛いし。


(ハァ………………たまには綺麗に終わっとこうぜ)


腹減ったなぁ。そういえば最後に飯食ったのいつだっけ?てか、風呂も入ってねーよな?頭、痒ぃ。風呂入りてぇな。そういやこの家の風呂ってデカいんかな?入りてぇな、風呂。風呂っていいよな~。風呂風呂風呂。

と、次回お風呂イベント発生への期待を込めて、あからさまな伏線(もはや伏せられているのかも怪しいが)を張る俺だった。

どうやっても綺麗に終わらねぇな。






[17080] ニジュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2010/11/14 00:43


「お風呂っていいよね。超いいよね。そう思わね?」


お風呂イベントを夢見る俺は、今回初っ端この一言から入らせてもらう。ただ、声に出して言ったにも関わらず周りには誰もいない状態、完全な独り言。それでも俺はあえて声に出す。あたかも、世界に訴えかけるように。


「生まれてこの方、俺は一度もお風呂イベント………率直に言えば『エロイベント』に遭遇した事が無い」


まあ、普通に生活していればそれも仕方が無いと言える。姉もいない、妹もいない、幼馴染もいない俺に、この世知辛い現実で、そんな極上のイベントが発生するわけが無い。いや、俺に限らず、そのような境遇の男性はエロイベント発生率が極端に少ないはずだ。だから、俺もその中の一人、五万と居る者の中の一人として、そんな夢幻イベントとの邂逅など半ば諦めていた。
だが、しかし────だか、しかしッ!
今の俺は違う!そんな、空しい境遇の元に生まれた有象無象の男の中の一人ではない!町人Aではないのだ!
今の俺の周りを見てみろ。夜天、シグナム、シャマル、プレシア、アルフ──────この5人の女性を見てみろ!こんなべらぼうな女性が5人も俺の周りにいる。しかも、お互いの関係は良好と言える(プレシアについては疑問だが)。こんな境遇になった俺は確実に、エロイベント体験者になってもおかしくない。否、体験しないはずがない!


「なのに!何故!未だにその手のイベントが発生しねーんだよ!どぉぉお考えてもおかしいだろ!」


マジでよぉ、おかしくね!?確かにライトな感じのイベントなら今まで少なからずあったよ?けどよ、ディープなやつとかモロな感じのやつは一度もなし!


「ふざけんなよクソ!ふざけんなよクソ!!こんな恵まれた環境になったのに、なんでその特性を遺憾なく発揮しねーんだよ!間違ってる、何かが間違ってる!」


誰かに聞かれたら『お前の思考が一番間違ってる。てか手遅れ』なんて言葉が返ってきそうな心情を一人叫ぶ俺。


「………まっ、ンなこと言ってもどうにもならねーなんて事は分かってンだけどな」


いくら叫んだって、いくら伏線張ったって、ここは現実の世界。誰も聞いてくれないし、回収してくれない。
そんな事は分かってる。だから、今まであまり考えないようにしてきた。だけど、なのに今になって……………ハァ、これも酒のせいだな。

プレシアと飲んだのが3時間前。何故か皆と口喧嘩をする事になったのが2時間前。皆と別れてそれぞれがそれぞれの場所で休息を取る事になったのが1時間前。
そして、今。
俺は適当な部屋に入り、明日に備えて寝ようとしてたら上記のような情熱が湧き上がってしまい、まだ抜けないアルコールも相まって叫んでいた次第。


「あ~あ、何だってんだよ。これはあれですか?モテねぇやつはどうなろうと絶対モテないと?そんなやつにエロイベントなんて来るわきゃねーだろって?そんな奴ぁAVでマスかい虚無感を抱いて寝てろって?──────クソぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」


ああ、やべ、なんか酒が今になって変なとこに入ったみてぇだ。タバコが吸えない事もこのイライラの要因だろうけど。火がねぇんだよ火が。


「…………風呂入るか」


先ほどのテンションがまるで嘘のように、俺は静かに呟く。
もう諦めた。エロイベントなんて、所詮この現実で起きるはずねーんだよ。都市伝説だ。負け組みは負け組らしく淡々と物事をこなしていくよ。

俺は悟りでも開いたかのような僧侶の顔で、部屋を出て風呂場へと向かった。場所はフェイトに事前に聞いていたので特に迷うことなくたどり着いた。勿論、その間も特にイベントなし。淡々だ。
まあ、別にいいんだけどね。何もなくてさ。それに、何もなくても風呂に入りたかったのは事実だ。頭をボリボリ掻けばフケが落ちてくる今の状態からいい加減脱出したい。

脱衣所に入ると俺はすぐさますっぽんぽんになり、風呂場へと続く戸を開けた。


「うお!?でっけーなぁオイ。いつか行った温泉レベルじゃねーかよ」


なんかでっけぇ岩があるし、蛇口いっぱいあるし、湯は常に出続けてるし。
金持ちは死ねばいいとは思うが、今だけは感謝だな。

俺はルンルン気分で局部をブンブンさせながら湯気の向こうに見える湯船へと足を進めた。
が、しかし。
その湯気の向こうの湯船、その中に一つの人影がある事に気づいた。


(へ?うそ?ひ、人が入ってるぅぅぅううう!?)


え、ちょ、ま、まずいだろ!?俺、すっぽんぽんよ!?勿論相手もすっぽんぽんだろ?!いやいや、ちょっと、これはやべぇって!まさかの不意打ち!エロイベントなんて諦めてたのに、それが突然舞い降りるなよ!
確かに夢見てた展開ではあるが、実際にこの状況に立ったら冷や汗モンだった。あの湯気の向こうには女の裸、モザイクなしの本物が…………ど、どうすりゃいいんだ?

口ではあれだけ威勢のいいこと言っておいて、望んだ展開になったらこの有様。てんぱる俺。『チキン』『ヘタレ』という単語が真っ白な頭の中で思い浮かぶ。


(で、出よう!)


チキンで結構!ヘタレで結構!
実際こんな場面に直面したら、そのままレッツゴーなんて出来ねぇよ!回れ右!

しかし、現実残酷。俺が退場するよりも先に、相手が此方に気づき振り向いた。さらに図ったように霞掛かった湯気までサヨナラバイバイ。その相手の姿を明確に俺の目に映した。


「これは主。主も今風呂ですか?」

「てめぇかよザフィーラァァァァッッッ!!!」


現実はどこまで残酷なんだろう。

だが結局、俺はザフィーラと2人肩を並べて風呂に入った。正直、男2人で風呂に入りたくなかったのでザフィーラには出て行って貰いたかったが、


「理とヴィータとは一緒に入るのに、私は駄目というのはどういう事ですか?」


なんていうキモい言葉を大の男が悔しそうに言うのを見たら、何か悲しくなって結局一緒に入ることにした。
思えばザフィーラと風呂に入るのはこれが初めてで、そのせいもあってかお互い背中を流しっこしたり、お互いの筋肉やアレの大きさを褒め称えたりして終始じゃれ合った。

確かに楽しいお風呂タイムであり、これも一つのお風呂イベントだろうけど…………なんだろう、何かが違う気がする。何だかBでLな臭いが仄かに漂っているのは気のせいだろうか?

ともあれ、お風呂イベントはこうして幕を閉じた。

ちなみに─────。
ザフィーラは犬(狼?)のクセして馬並みだった。黒王号だった。いっちょ前に生意気な奴だ。まあ、そういう俺もザフィーラ曰く、


『なっ!?ガ、ガメラですと!?』


だそうだ。

…………果てしなくどうでもいいな。








翌日……………時間の流れがよく分からないので日を跨いだかどうか定かではないが、取り合えず寝て起きた日。

俺、騎士全員、プレシア、フェイト、アルフは地球にいた。以上。


「主、いくら何でも端折りすぎです」


やれやれ、面倒くせぇな。

えーっと、つまりだ。今朝起きたら目の前にプレシアがいた。そっ、起こされたわけよ。で、そん時の第一声が「アルハザードに今すぐ行くわよ!ついでに昨日の私は忘れなさい!」だと。「おはようございます」だろ朝はよぉ。まあ、アルハザードに行くことに関しては別に俺は異論ねぇからいいけど、何の見返りもなしにホイホイと言う通りにするわけもねぇ。
以下の条件を突きつけた。

1.行く前に、出来る限りシャマルに怪我を治してもらえ。
2.俺が今まで被った損害分の金を寄こせ。
3.フェイトに優しくしろ。家族になれ。
4.昨日のお前は一生忘れない。

こんな感じ。
プレシアは案の定この条件を渋った。特に3番は絶対無理とかぬかしやがった。けれど、これは条件という名の命令であって拒否を許すつもりなんてない。


『うるさい。何も本当に優しくしなくていいし、今すぐ家族になれとも言わん。ハナっからそれじゃあお前もフェイトも潰れちまう。最初は嘘の優しさでいい、偽の家族でいいんだよ。けど、だからって手ぇ抜くなよ?心を込めて嘘の優しさを与え、偽の関係を作り上げろ。それがいづれ本当のモンになり、果ては本当のモンすら越えちまうようになる。OK?よし、じゃあまず手始めにフェイトを優しく起こしてこい』


と、まあそんな感じで。

しかし、そんな俺の優しさ溢れる言葉を聞いても頑なな態度を取るプレシア。もともと強情な奴であり、加えて今までの態度や心情を急に覆す事など出来るはずもないというのは俺も理解できるが、ンな事ぁ関係ないってか関係無視。


『あれ?いいのかな~そんな態度で?アルハザード連れてって欲しくないの?んん?ねぇ、行きたくないの?どうなの?ぼかぁ別にどっちでもいいんだけどぉ、どうしよっかな~。ん?あれれ?どうしたのかなプレシアちゃん、顔真っ赤にしながら体震わせちゃって?まさか怒ってるの?な訳ないよね~。まさかだよね~。だって連れてって欲しいならそれなりのさぁ、態度ってあるじゃん?人に物を頼む時のた・い・ど。別にさ~、土下座して頭下げろとは言わねぇけど~、そんくらいの誠意はよ~、見せるってのが筋じゃね~?』

『ぐ、ぐぐぐっ………』


うざっ!!

と言われそうな態度でプレシアの態度に物申す俺。それに対し、なんとも素直に歯軋りするプレシア。
なんの反論もせず、素直に。
アルハザードの、ひいてはアリシアの事となるとこいつでも我慢を覚えるんだな。らしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくないが、どっちにしろ俺にとっては都合がいい。
無理難題を押し付けるには都合がいい。

ともあれ、そんな訳で今朝はフェイトにプチ寝起きドッキリを仕掛け(フェイト本人にはメガ級のドッキリだったろうけど)、そしてその仕掛け人であるプレシアはドッキリ後、苦虫を噛み潰したような顔をほんのりと赤くし、俺にアルハザードへの案内を改めて頼んだ。


「なのに、何故私はこんな所にいるのかしら?………いるのかしら!!」

「怒んなよ」


プレシアの『こんな所』と言うのはデパート。海鳴にある大型複合デパート。ノン・アルハザード。
地球に転移し、皆で向かったのはアルハザードではなく、まずここだった。

ちなみに、ザフィーラとアルフは中に入れないので外で待たせている。


「ハヤブサ、あなた言ったわよね?誠意を見せたら頼みを聞くって。だから、私は恥も外聞も過去も投げ捨てて、あなたの言う事に従ってあんなコトをしたのよ!」

「大げさな」

「『添い寝した後、優しく揺り起こす』っていう行いはどこをとっても大げさよ!」


そうなのだ。プレシアはただフェイトを起こした訳ではなく、そうやって起こした。科せられた無理難題を見事果たした。

傍から見たら『あんた、ホントにフェイトに虐待してたの?』って感想が浮かんだな。てか、面と向かって遠慮なく言った。配慮なく言った。
それに対しプレシアはバツが悪そうに、フェイトは『虐待されてない』と断固現実否定。
まっ、フェイトがいいならいいけどな。
そもそも、虐待を受けてるガキってのはそれを認めないもんらしい。そんなガキを保護した場合、一番大変なのが『虐待の事実をガキに認めさせる事』だとどこかで聞いた事がある。
けど、まあ俺は別に認めなくてもいいと思う。認めなくて、目を逸らして、逃げていいと思う。いつも言ってるように、過去を見てもつまらんからな。今が楽しけりゃそれでいい、でいいと思う。てか『過去を乗り越える』とか、そういうノリはいちいちウザったくてメンドクサイ。

話が逸れた。

最初の疑問に戻ろう。
何故、俺達はデパートにいるのか、という疑問。
もっとも、これまでの俺の言動を顧みれば自ずと答えは明らか。


「これも条件の中の一つ、項目2だ。アルハザードに行く前に、まずお前には弁償してもらう。そう、俺のiPodと携帯をな!」

「うわぁ、細かいっつうか小っせぇつうかみみっちぃつうかセコイ奴」


黙れロリータ。無視していい事じゃない。死活問題だ。


「それが嫌なら………まあ、是が非でも弁償させるが、仮に嫌とぬかすなら、そうだな………これから俺が『良し』と言うまでフェイトと手を繋いで歩け。親子のようにな」

「なっ……」

「えっ……」


あのドッキリから今現在、プレシアとフェイトは俺らと一緒に行動してはいるものの、無視し合っている。………いや、と言うより、お互いどうしていいか分からんのだろうよ。

プレシアはまったくもって自分らしくない事をしてしまって。
フェイトはいきなり母にあんな事をされてしまって。

お互いがお互いどう接していいか分からない。近づくには勇気が足らず、離れるには今更不自然で。

俺の言葉にプレシアとフェイトは一瞬だけ目を合わせ、しかしすぐに気まずそうに目を逸らした。


「ったく。あーはいはい、まだ時間がいるわけね。まっ、ゆっくり行けばいいさね。けど、止まる事は許さねぇぞ。なんたって、この俺がこれから先の幸せな未来をお膳立てしてやるんだ。だから、ゆっくりでもいいから幸せになんなきゃぶっ殺すぞ?」

「ふふ、プレシアさんもフェイトちゃんも早めに観念した方がいいですよ?あまりゆっくり過ぎると、ハヤちゃんシビレを切らしてきっと滅茶苦茶な手段を講じて来ますから」


シャマルも言うようになったねぇ。そして、俺の事をよく分かってる。


「何はともあれ、アルハザードに行く前にまずは俺の用事が最優先。OK?」

「─────はぁ。思わぬ所でアルハザードへの道が開けたのは幸運の極みだったけど、その幸運を与えてくれたのがハヤブサだったのが運の尽きだったわ」

「おいおい、ひっでぇ言い草だな。ちゃんと連れて行くって言ってんだろ?約束は守るよ、『最終的には』って言葉がつくけどな」

「………好きにしたらいいわ。願いの成就が時間の問題になっただけでも、以前に比べたら大きな進歩。だから………うん、まあ、そうね、あなたの好きにしたらいいわよ」


プレシアはひどく疲れたような顔で俺を見て溜息を吐き、最後に何故か笑みを浮かべた。
ふん?うーん、もう少し突っかかって来るかと思ったけど意外とあっさり退いたな。まあ、そっちの方が面倒臭くなくていいけど。


「ンじゃ、話も纏まった所で行くぞお前ら」


そう言って俺は先頭を歩き出して、しかしそこですぐ待ったが掛かった。


「主、どこに行くのですか?電子機器の販売フロアは確か向こうの方では?」


このデパートには以前から俺のみならず騎士たちも何度か訪れており、従ってどこに何があるかも皆分かっている。だから、俺の歩き出した先とは真反対の方向を指しながら首を傾げている夜天の言ってる事は正確。
そして、そんな仕草だけでもいちいち色気が漂っているコイツはやっぱり素晴らしい。周りの男共がチラチラ此方を見てくる気持ちも分かる。まあ、その視線の全てを夜天が独占しているのかと言えばそうでもなく、トリプルロリーズ意外の女性陣全員にも注がれているんだが。……………訂正、一部ロリーズにも注がれている。なんとも犯罪くさい視線だ。


「まずは服を買おうと思ってな」

「服、ですか?」

「ああ、プレシアのな」

「え、私?」


いきなり名指しされて呆けるプレシアだが、当然の回答だろ?
今のプレシアの服はあの辛気臭い黒のドレスみたいなやつ。しかも、夜天との喧嘩による被害でボロボロ。シャマルによってある程度修繕されてはいるが、どっちにしろ場違い甚だしい。その服装も周りから注目される要因の一つになってるのは間違いない。
当の本人は先の反応から見て分かるように、てかそんな服装でここにいる時点で分かるだろうけど、服装や周りの視線には無頓着のようだ。


「も、もしかしてハヤブサが服を買ってくれるの?そのぅ、私の為に………」

「はァ?頭腐った事言ってんじゃねーぞ。テメェで買え」


馬鹿かよ。常時極貧の俺が、何で金持ちに服買ってやらなきゃなんねーんだよ。日本円もたんまり持ってんだろ?フェイトが住んでるマンションがいい証拠だ。


「マンション買える金があるクセに俺にタカるとか。お前も結構セコいんだな。だが、俺はビタ一文払う気はない!」

「………………………」


ンだよ、その不機嫌そうなツラは。そうまで俺に金を払わせたかったのか?この金の亡者め!

ともあれ、さっさと移動しよう。この場に留まる時間が延びる程、周りの視線が倍々で増えていってる。幸いにして俺にガンつけて来る馬鹿野郎は居ねぇけど…………あ、いや、一人いるし。しかも超見てるし。これでもかってくらい見てるし!


(まあ、別にガンくれてるって感じじゃないし。つうか、何よりただのガキだし)


何で俺をそんなに見つめてくるのか分からんが、まあ別にどうでもいいか。野郎だったら容赦なく睨み返すが、年端もいかないガキに無意味にそんな事する俺じゃない。
基本ガキに優しい紳士隼なので、俺はニッコリと笑いを返した。


「何一人でニヤけてんだよ。キショイこと極まりねぇな」

「主の半分は下卑で出来てますからね。残りの半分は下劣。………ああ、すみません、同じ意味でした」

「こ、理にヴィータっ!隼はそんな人じゃないよ!隼は、えっと………上品極まりないよ!」


毒舌ロリーズ2人、貴様らはいずれグチャグチャにしてやる。
フェイト、その優しさは嬉しいが流石に持ち上げ過ぎ。


『────────フッ』

「ん?」


どこからか、笑い声とも溜息ともつかない声が聞こえたような気がしたが…………気のせいか?


「主、どうかされました?」

「ん?んにゃ、何でもねーよ」


別段気にする事でもないし、気に留めることでもない。
俺は改めて服を売っているフロアへと足を進めた。

だが最後に、ふと。
俺を、『俺だけ』を何故か見つめていたあのガキの方に視線を向ければ、そこにはあのガキに加えもう一人、先ほどまでいなかったガキがいた。友達かと思ったが、お互いの顔立ちを見ればそれが否だとすぐ分かる。

まあ、別にそれがどうしたって話だけどよ。

俺を見つめていたガキと、そのガキとクリソツな顔をしている車椅子に乗ったガキは、程なく人ごみの中に消えていった。












デパートでの用事を終え、ついでに飯も食った後、漸くここに到ってアルハザードへと進路を向けた俺たち。
移動は俺とプレシアの体力を考え、魔法での飛行ではなく電車になった。ここでも周りの視線がウザかったが、半ば無視。ただ、一度だけブ男がシグナムにナンパして来やがったので、そこは丁寧な暴力で追い払っておいた。つうか身の程を弁えろって話なんだよ。シグナムをナンパするとか、マジむかつくし!
ああ、それとちなみにっていうか余談だが、この電車賃は全てプレシア持ち。さらに言うなら昼飯もプレシア持ちだ。金は持ってる奴が払うべきだろ?デートじゃないんだし(…………デート、したことないけど)。

それはさておき。

しかしながら、というか今更ながら、俺はここに来て少し心配になっていた。
それは、アルハザードの所在地。
なにせ過去3回あの店に入った事があるが、その全てが違う場所だ。一応最後に見た場所、つまりあの温泉街に今向かっているが、果たしてまだそこにあるだろうか?当初は『無いなら無いで、また探しゃあいいじゃん』とか気楽に思っていたが、今のプレシアの期待に満ちた表情を前に、そんな適当トークなんて出来そうにない。
まあ、別にプレシアの期待を裏切るのは心苦しくない。が、問題はフェイトだ。俺の予想だが、たぶんフェイトもプレシアと同じくらいアルハザードに行きたがっているだろう。なにせ、それを転機に母との関係がより良くなるかも知れねぇんだからよ。だから、フェイトもフェイトで期待してるはずだ。……………これはちょっとマズイ。

プレシアを裏切るのは何とも無いが、フェイトを、ガキを裏切るのは俺的にあまり気持ちのいいもんじゃない。

だけど、それは何とも拍子抜けする勢いで杞憂だった。ご都合的臭いがプンプンとしないでもないが、それでも。

その店は、それが当然だというように、以前見た時と同じくあの温泉街にあった。むしろ、待ってましたと言わんばかりの雰囲気まで漂っているのは気のせいだろうか。

まあ、こちらとしては好都合であり、ある種どうでもいい。
どんな理由や要因があったにせよ、今ここにこの店がある事が全てだ。この現実がある以上、過去の例とか『もしここに無かったら』とかいうifの話は不必要。

現実は残酷とよく言うが、俺もいつも思ってるが、反面良いこともあるわけで。
それも全部ひっくるめて『現実』だ。


「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」


この、相変わらずなテンプレートな最初の言葉も、これから先悠久に変わらないであろう一つの現実。

取り合えず、俺は以前から宣言していたように、挨拶の意味も込めて一発殴ったのだった。




[17080] ニジュウイチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2010/11/26 23:22

いきなりだが、話を前後させる。

いやよぉ、ここ最近巻いてく巻いてくつってたけどさ、前回はぶっちゃけ巻きすぎたわけよ。特に、デパートからいきなりアルハザードっていう展開のぶっ飛びよう。途中の過程を説明文で構成するってのは味気ないってのが改めて分かったんよ。
つうわけで、ちょっちやり直そう。全部ってわけにはいかねぇけど、せめてデパートでの買い物場面くらいから。
物語を前話の後半辺りからリスタートだ!……………ん?あんまメタな発言すんなって?いや、これくらいならギリだろ。まあ、気持は分からんでもないが………よし、じゃあ、言い方を変えて『回想シーン』、どうぞ!


───────────────────

───────────────

────────────

────────

─────

───




「なんて気分屋で自分勝手な俺だ」

「どうしたの、隼?」

「いや………さあ?ええっと、どうしたんだろうな?」

「?」


なんだか急に『自分自身の行いに呆れる果てる』、そんな衝動が来た。なんだろう、変な電波でも受信したか?まあ、そんなヘンテコなもん受信BOXには保存せずゴミ箱に即ポイだ。

そんなことより聞け、今の俺は大変気分がいい!それは何故かと問われれば勇んで答えよう!

右手にはiPodシャッフルとiPadが入った袋を持ち、左手には数着の服とアクセ類が入った袋。懐にはおNEWの携帯。

全部プレシアに買ってもらいました!


「………ハヤブサ、確かあなたが弁償しろとか言ってたのはiPodっていうのと携帯電話じゃなかったかしら?なのに、何故あなたはさも当然のように次から次へと色んな物をレジへと持っていくわけ?」

「ふふん」

「そこで『どや顔』する意味が分からないわよ…………ハァ」


iPodは知らないくせにどや顔は知ってんだな。


「まあまあ、いいじゃねーかよ。ほら、笑顔笑顔。溜息つくとその数だけ幸せが逃げてくぞ?」

「ええ、そうかもね。でも、諸悪の根源であるあなたが言っていい言葉じゃないわ」

「はん。なんだよ、たかが20万くらいの出費でガタガタぬかすなよな。それに、もしヴィータや理がこの場にいたらもっと出費かさんでたぞ?あいつらを別行動させた俺に、むしろ感謝してほしいくらいだ」


今この場には俺とテスタロッサ親子しかいないが、もし第3者の他人が聞いたら、どんな目に合わされるか分かったもんじゃない、とんでもなく理不尽な事を言ってる俺。
でもよ、プレシアの通帳の残高を知ってる奴がいたら、きっと俺の言葉に賛同してくれるだろうよ。

実はさ、買い物をはじめる前に一応聞いておいたのよ、いくら持ってるのかって。その手持ち次第じゃ、今日は買い物出来ない恐れがあるからな。で、そしたらプレシアの奴、『こっちのお金は現金で持ってないけど、通帳は持ってきてるわよ』なんて言いながら、徐に袖の中からむき出しの通帳とカードを取り出しやがった。

…………いや、無用心すぎるだろ。

そんな当たり前の感想が浮かび、それをそのままプレシアに告げたら『じゃ、ハヤブサ持ってて』と、気軽な感じで渡された。
信用されてるのか、はたまたプレシア自身がやっぱり無用心すぎるのか。

好奇心で俺はプレシアに『結構入ってんの?』と聞いたところ、『さあ?この世界の物価はよく分からないから、その中に入ってる日本円も多いのか少ないのか判断付かないわ』だとさ。よくそれでマンションが買えたもんだ。当然、そう言われちゃあこの通帳の残高が尚更気になってしょうがない。そして、気になったら追求するのが俺だ。
何のためらいも、後ろめたさも、遠慮もなく、無許可で俺はプレシアの通帳を開いた。

次の瞬間に俺はこう言ったね。


『俺と(援助を前提に)付き合ってくれ。いや、むしろもう結婚しよう』


絶望と羨望をただの数字が如実に表したものがそこにはあったのだった。


『フェイト、今日から遠慮なく俺の事をパパと呼ぶがいい。さあ、何でも買ってあげるよ。それともお小遣いあげようか?遊園地行く?遠慮なく言ってごらん…………て、それじゃあ別の意味のパパだな』


今までの奥手、慎重ぶり(チキン、ヘタレに非ず)を一新するかのような俺の言葉。もろプロポーズ。

桁外れの金は人を容易く変える………否、買えるのだ。俺が上記の言葉を決して冗談や戯言ではなく、マジのマジで言ったのがいい証拠だ。
それほどの威力が、あの通帳にはあったのだ。

しかし。

いくら俺が真剣になろうと、いくら虚実の無い言葉を重ねても、だからって現実が応えてくれる保証はない。むしろ絶対に応えないとさえ断言できる。だって、現実に俺は進行形で童貞だから。
故に、プレシアの反応も………


『この世の中、どこの世界に経済力のない大馬鹿な坊やと結婚する人がいるのかしら?せめて就職してから出直しなさいな』


ばっさり一刀両断。嘲るような視線付き。
俺のヒモ生活への第一歩は、踏み出した一歩目で早くも終わりを告げた。

て訳で、結婚して楽々生活の夢が頓挫した今、せめて零れる甘い汁だけでも吸い尽くそうとこうやってタカっている次第。


「それによぉ、お前にも買ってやったじゃん、その服。俺のなけなしの小遣い叩いたんだぞ?」


そうなのだ。結局俺は自腹でプレシアに服を買ってやったのだ。
今の彼女の服装はあの辛気臭い服から一転、上は白のタートルネックに茶色の革ジャンを羽織り、下は紺のハーフパンツに黒のレギンスと黒のロングブーツ。頭の上に白のは斜に被ったハンチングキャップ。
コレ全て俺のチョイス。ちょっと若者向けにしすぎたかなと思ったが、これが中々どうして似合っている。もとの素材が良い上に若作りだからな。

とまあ、夜天たちと家族になって現在、俺は無駄に女性のファッションについて詳しくなっていたのだ。彼女もいないのに。……………彼女もいないのに!


「そ、それは確かに嬉しかったけど………でも、こんな格好私には………」

「似合ってないとかふざけた事ぬかすなよ?俺が選んで金出してやったんだからよ。なあ、フェイト、お前も似合ってると思うだろ?」

「う、うん!か、母さんにすごく似合ってると思う」

「…………………ふん」


まだまだ気まずい雰囲気は漂っているものの、それでも積極的にフェイトはプレシアに話しかけ、プレシアも返答はしないもののそこまでキツイ反応を示さない。

2人の距離は未だ大きなままだが、それでもフェイトが歩み寄り、プレシアが立ち止まっているなら、いづれは手を繋げる距離になるだろうよ。
ちなみに今フェイトと手を繋いでいるのは何故か俺だったりする。ベビーシッター代を徴収したい気分だ。


「おら、ツンデレにマザコン、そろそろ次行くぞ」

「誰がツンデレよ!ハァ………、で、どこに行こうって言うの?ていうか、次は何を買わせるつもりよ」


何だかんだで大人しく俺のパトロンになっている辺り、プレシアは本当にアルハザードの件に関して俺に感謝しているようだ。


「安心しな。次で最後にすっから」


そして、プレシアとフェイトを連れてやってきたのは時計ショップ。数々の腕時計が時を刻んでいる場所。


「時計、ね………最後の最後で高級感溢れるものを強請ってきたわね」


どうやら魔法世界でも時計は一つの高級品らしい。勿論、時計には安物もあるが、ここにあるのは所謂ブランド時計。総じて、高し!


「で、色々種類があるみたいだけど、もう買いたいものは目星ついてるの?」

「んにゃ。てか、俺は選らばねーし」

「は?」


訝しむプレシアを尻目に、俺は右手に繋がる先の人物を見た。


「フェイト、こん中でどれがいい?」

「え、わ、私が選ぶの?」

「そ。お前が選んでくれや」

「で、でも………」


チラッとプレシアを窺い見るフェイト。今までは俺が勝手に買っていたが、今回は自分が選ぶって事でどこか遠慮しているのだろう。

そんなフェイトの心情を知ってか知らずか、プレシアは明後日の方に顔を向けた。つまり『好きなようにすれば?』の意である。たぶん。


「ほら、選んだ選んだ。なに、金額とか気にしねぇで『コレだ!』てのを選べ。遠慮すんな」


決して俺が言っていいセリフではないが気にしない。


「ええっと………うん」


フェイトは最後にプレシアを見て、それから俺の手を離しおずおずとガラスケースの中の時計を見て回った。それから程なくして、ある一つのガラスケースの前で止まり中をジッと見始めた。
俺はフェイトの後ろにつき、その頭上越しに中を覗き見る。


「ふ~ん、なかなか可愛らしいデザインだな」


ベルトは白のエナメルレザー、文字盤は淡いピンクで銀の指針。本来数字がある場所にはそのブランド名(あるヨーグルトの名前の前4文字)のアルファベットが一文字ずつ刻印されている。


「だ、だめかな?」

「いいんじゃね?てか、お前はこれが気に入ったんだろ?」

「うん。でも、あんまり隼には似合わないと思うけど………」


確かにな。どう見てもレディースだ。でも、今回はそれでいい。

俺はさっそく店員を呼び、この時計を買う旨を伝えた。数は………4つ。


「ちょ、ハヤブサ、4つも必要あるの!?」

「必要ある。まあ、俺は一つもいらんが」

「はあ!?」


そんな睨むなよ。


「この時計はお前ら2人とアルフとアリシアのだ。これから先、家族で同じ時計をつけて同じ時を刻んで生きろってな」

「「────────」」


ちっとばかし臭かったか?まあ、つまりは俺はそんだけお前ら家族の件に関してマジって事だ。他人の事で俺がここまでするなんて滅多にねぇぞ?
まっ、それでも俺の根底にあるのは『情けは人の為ならず』だけどよ?


「ハヤブサ………」

「隼………」


プレシアはどこか嬉しそうに、フェイトははっきりと嬉しそうに、俺を見てくる。
その2人に俺はどや顔を返すとレジへと向かった。そして………、


「おいプレシア、金~」


先ほどの嬉しそうな顔から一転、疲れたような顔で溜息をつくプレシアの姿がそこにはあった。












時計を買い終え、その後夜天たちと合流した俺はそのまま飯を食った。昼食の場面については特に語ることもない。ただ普通に飯を食って、普通に駄弁っただけ。
そう毎回毎回イベントはねぇっての。
けど、どうやら世界は俺を飽きさせないらしい。確かに毎回毎回ではないが、それでもここ最近のイベント発生率の高さは異常だ。

それは、温泉街へと向かう為の電車の中。


「ねえねえ、キミぃ、今暇?どこ行くの?俺と遊ばない?」


突然、一人の男がそう言ってシグナムに言い寄ってきた。
どう見てもナンパ。
まあ、シグナムのルックスならナンパされて当然だろう。俺だってシグナムみたいな女がその辺歩いてたら、ナンパまでするかどうか分からないが軽く視姦くらいはするだろう。

それにしてもこの男、よくそのツラでシグナムをナンパするよ。ブサメンはブサメンらしく、その辺に五万といる阿婆擦れ女とでもヨロシクやってろよ。てか、胸見すぎなんだよ、巨乳好きめ。でも、まあ、傍にいる夜天やシャマルには一瞥もせず、シグナムだけに(もっと言えばそのメロンだけに)狙いを定めている点だけは評価しよう。


「なんだお前は?」


シグナムは胡散臭そうに男を見てそう言った。てか、シグナムも律儀に反応しなくても、無視してりゃあいいのに。


「ひゅ~、いいねぇ、その強気な顔と声。ますます好み~」


そこから男は次々と言葉を紡いでいった。シグナムの事を褒めたり、自分自慢したり、と。片やシグナムも煩わしそうな様子だが、どう対処すればいいか分からないのだろう、今の所聞かされるがまま聞いている。

そして、そんな様子をシグナムを除いた騎士たちとテスタロッサ組は我関せず。まあ、俺はちっとばかしムカついてるし、騎士たちはシグナムの困っている様子を見て楽しんでるようだし、テスタロッサ組はナンパという光景に物珍しさを感じているようだが。

しかし、そんなある種凪のような静かな状態がいつまでも続くはずがない。それに、男のほうもシグナムの態度に少し焦れてきたのだろう。


「いいとこ知ってんだよ、マジでぇ。お、ほらあそこ席空いたからさ、一緒に座ろうぜ?」


男はシグナムの手首を掴むと空いた席に向かおうとし……………


「あ?おい、ババア、そこ俺らの予約席なんですけど?どけよ」


先に座ろうとしていた老婆を押しのけた。そして老婆が押された勢いを殺しきれる訳も無く、呻き声を上げながら倒れた。


「っ、貴様!」


シグナムも男同様焦れていた、というより我慢していたんだろう。きっと張っ倒したい気持ちだったはずだ。けれど、主である俺に迷惑が掛かるかもしれない大衆の面前で、そのような愚行を犯せなかった。
だが、ここにきて、男が老婆を無碍に扱った事で、その我慢が限界に達したようだ。

シグナムは掴まれていた手を払いのけ、その手で男に殴りかかる────────


「おい、テメェ、あんま調子こいてんじゃねーぞ?」


───────その前に、俺が男の胸ぐらを掴みあげた。


「な、なんだよお前!なにしやがる!」

「そりゃこっちのセリフだ、このどてチン野郎。先人には敬意を払うって教わんなかったんかよコラ。婆さんになんて事しくさってんだよ、ええオイ」

「ぐえ!?」

「あまつさえ、イカ臭ぇ手でシグナムに触れやがってよぉ!!ぶっ殺されてぇのか、あ゛あ゛!?エグんぞゴラァァアア!!」

「ひぃっ!?」


男は俺の形相に完全にビビリ入り、何とか俺の手を振りほどいて逃げようとするが、生憎とそんなモヤシのような貧弱な手で如何にか出来るほど俺は弱くないし、逃がすほど甘くもない。


「おいおい祖チン野郎、俺の前であんな調子ぶっこいといてトンズラ決め込むってか?どこまで舐めくさっとんじゃオイ」

「テ、テテテテテメェ、お、俺に手ェ出すと仲間が黙っちゃ、」

「おう、上等じゃねーか。いくらでも好きなだけ兵隊連れて来いや。そいつらもまとめて全殺しにしてやっからよ?いや、それもメンドイからやっぱお前今死んどくか?後腐れなくよぉ」


しょっ引かれるのを覚悟で、俺はこの男をボコろうかと真剣に考えていた。どうやら俺は、自分が思っていたよりこの男の行いに腹が立っているようだ。

そんな俺を見て流石にやりすぎと感じたのか、騎士たちやフェイトが止めにかかって来た。ただ2人、プレシアと理だけが俺を応援してきたが。


「ちっ………おい、インポ野郎、今日は見逃してやる。けど、肝に銘じとけや。老人は敬え、そしてナンパすんなら身の程を弁えた相手選びしな」


そして俺が手を離すと、男は血相を掻いて怯えるように別の車両へと逃げていった。それを見送った俺はシグナムに向き直る。


「悪かったなシグナム、お前の獲物取っちまって」

「い、いえ、別に獲物って訳では」

「そもそも、周りの奴も周りの奴だよなぁ。こんな美人がナンパされてて、しかも嫌そうにしてるの丸分かりなのに、み~んな見て見ぬ振りだからなぁ」


俺は自分の周囲を睥睨した。そんな俺の視線を避けるように、車内の見ず知らずの皆は一様に下を向いたりしている。
まっ、今のご時勢、誰も厄介事には関わりたくないもんな。その反応は当然だ。かくいう俺だって、厄介事は大嫌いだし、前半は見て見ぬ振りしてたんだからよ。

けど、やっぱりその反応が腹立つってのは正直な俺の感想。自分の事を思いっきり棚に上げた感想。
この辺りが皆に自分勝手だと言われる所以であり、俺らしいと言われる所でもある。

まあ、取り合えず………


「おい、そこのクソガキ、なに補助席に悠々と座ってやがんだボケ!周りに立ってる婆さん爺さんが見えねぇのか?そんなに席に座りてぇか?なら俺がその足使い物にならなくしてやろうか、あ゛あ゛ン!?嫌なら今すぐ老人共に席譲れや!!」

「は、はい、すみません!」


俺は男をボコれなかった鬱憤を、見も知らないどこぞの中坊へと向けるのだった。

その背後で、


「ねえ、ちょっと夜天」

「なんですか、プレシア」

「ハヤブサって、もしかして結構良い奴なの?」

「何を今更。主は最高で最強で最良の人間ですよ?」

「おいおい、夜天にプレシア、そりゃ違ぇよ。あいつはただ馬鹿なんだ」

「ヴィータの言う通りです。主は自分が自分の定規に照らし合わせ、その結果の『気に入る』『気に入らない』で判断しているだけです。ようは我儘なんです」

「そうですね、ハヤちゃんは自分勝手に、自分だけの満足感を得たいだけなんです。その結果他の人が幸せになろうが不幸になろうが知ったことじゃないんですよ。ただ、自分が幸せになれればいいんです」

「主隼は時に傍若無人ではあるが、それ以上にとても純粋で人間臭い。それが我ら魔導生命体には心地よく、だから主の為に剣を振る事に厭う気持ちはない」

「難しい事はよく分からないけど、でもこれだけは分かる。隼は、とっても優しい人」


ちなみに、この会話に参加していないザフィーラとアルフは今頃電車のはるか上空を飛んでいるのだった。


──

────

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─────────────────────


「それで、そんなこんなはあったものの無事この店を発見。君はドアを蹴破る勢いで入って来たのち、流れ作業のように私の人中をぶん殴り、倒れた私に向かい『ウェ~イ、お久~。取り合えず茶ぁ出せや』と半ば強盗のような形で茶菓子を要求─────ここまでは合ってますね?」

「うむ、相違ないぞ」


店主の言葉に、俺は椅子にふんぞり返った状態で偉そうに頷く。


「そして現在、君と愉快な仲間たちは我が物顔で店のど真ん中にテーブルと椅子を引っ張り出し、私が出したお茶を悠々と飲んでいると。…………何か間違ってません?」

「客をもてなすのは店側として当然だろう?何言ってんだ」

「あれ?私が悪いんですか?」

「少なくとも俺は悪くない」

「そこまで真顔で断言されると本当に私が悪いみたいですね」

「悪いだろ。いろいろと」


男の言う通り、現在俺達はアルハザードの店内のど真ん中に置いた円卓につき、出された茶と菓子に舌太鼓を打っていた。今この店が構えているのは温泉街の只中、その為か出された茶は梅昆布茶で菓子は温泉饅頭。


「な~んか爺臭いなぁ。紅茶とかねぇの?あとクッキー。おら、出せよ」

「やれやれ、タチの悪いお客さんですね。私、『お客様は神様』なんていう、そんなマゾな気持ちは生憎と持ち合わせていませんよ?」

「じゃあ、客じゃなくて俺を神と思え」

「………………本気で言ってます?」

「………………流してくれ」


流石にイタ過ぎる発言だった。


「まあ、どうであれ、お客さんを歓迎する気持ちは持ち合わせていますよ。しかも、それが君達ならば大歓迎です」


男は隣りから座っている順に見つめていく。

ちなみに席順としては男・ザフィーラ・アルフ・ヴィータ・フェイト・理・プレシア・俺・シグナム・夜天・シャマル・戻って男、てな感じ。

ぐるっとゆっくり席見回した男は、最後に俺へと視線を戻し、とても嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべた。


そして一言。


「──────ありがとう」


その言葉を男がどういった心情で言ったのかは分からない。ただ、その一言には万感の想いが込められているといっても過言ではない程の重みがあり、想いがあるのは誰が聞いても明らかで、もちろん俺も容易に汲み取れたし、何を指しての感謝の言葉なのかも何となく分かるが…………


「いきなり何見当違いな事ぬかしてんだよ。意味分かんねー」


俺は自分のしたいように生きてきたんだ。自分が満たされるためだけに生きてるんだ。自分の幸せのためだけに生きていくんだ。
過去も現在も未来も、全ての行動において基点は俺自身。
仮にその行動の結果、他の奴もが利益を得ても、結果を出し終えた俺には関係ない事だ。故に関係ない事で礼を言われても意味が分からないだけ。

俺は藪から棒な男からの礼の言葉に顔を顰めてそう吐き捨てたが、それでも男の顔からは笑みが消えない。むしろより深くなった。


「ここだけの話、私は本当に君に感謝してるんですよ?その子たち写本の騎士を受け入れ、さらには幸せにしてくれて」


ここだけの話って、そもそも他に話し場所なんてねーだろ。しかも、こいつらを『幸せに』って、ンなの当人にしか分かんねー事だろう。
と胸中で突っ込むが、その間にも男の独白は止まらない。


「私はね、正直その子を外に出すつもりなんてなかったんですよ。いえ、正確にいうと誰にも渡すつもりはなかった。そもそも世間に広めるために写本を作ったのではなく、万が一正本である貴重な夜天の魔導書が失してしまった場合のいわば代替品なんです。それ以上でもそれ以下でもなく、だから外に出してしまってもし写本まで無くなってしまったら本末転倒でしょう?」


男は口を潤す程度の茶を飲み、少し気落ちした調子で言葉を続けた。


「当初の思惑通り、というか目論見通りというか、案の定想定していた事態になりました。オリジナルの夜天の魔導書がある時、ゲスな主によって致命的なほど改悪されたんです。それ以降、美しかった夜天はただのどす黒い闇へと変わり、今現在も無為な旅を続けているようです」

「ふ~ん」


オリジナルの夜天の魔導書が今どういう状態なのか、俺は勿論、写本である夜天たちも初めて聞いたらしい。一様に驚き、悲しみに暮れる顔付きになった。自分達はコピーとはいえ、同じ存在がそんな状態になっているのは遣る瀬無いのだろう。

そんな騎士たちの顔を見て男は優しく微笑んだ。


「そんな顔が出来るようになったのですね…………隼君、やはりキミにこの子たちを託して良かった。大丈夫ですよ、心配しないでください。オリジナルに関しては今まで放置プレイしていたんですが、隼君が写本の主になったその時から事情が変わりましたからね。ふふ、きちんと手は打ちましたよ」


そう言って笑みを濃くする男だが、気のせいだろうか、その笑みの中にホンの僅か悪戯小僧特有の憎たらしい笑みが見え隠れしているような?


「少し話が逸れましたね。兎も角、私はあなたに多大な感謝の念を持っていると、それを忘れないでください。ところで………」


男は俺から視線を僅かに逸らし、隣にいるプレシアを見て一言。


「奥様ですか?」

「ちっっげーーよ!!」

「そしてそちらの金髪の子は娘さんですか?隼君に似ず可愛い子ですね」

「プレシアの娘なのは確かだし、可愛いのも否定しないが、そこに俺を絡ませるな!」

「それに女性型の獣っ子まで侍らせるとは……やはりキミは只者ではありませんね」

「お前は俺をどういう目で見ている!!」


さっきまでちょっと真面目な感じだったのに、なんですぐこうコメディチックになんだよ!まあ、俺はこっちのほうがやりやすいけどさ!

俺が肩を落とし溜息を吐いた時、隣に座るプレシアが俺の袖を引っ張って小声で話しかけてきた。
思えばプレシアのやつ、ここに入ってから一言も喋らず黙ったままだったな。こいつの事だから、いの一番に自分の要求を通すため男に詰め寄っていくと思っていたんだが。意外と言うか、らしくないと言うか、どうしたんだ?


「ちょっと、ハヤブサ。まさか、ここがアルハザードなの?喫茶店じゃなくて?」


その言葉には戸惑いと怒りの色があった。


「はあ?どっからどう見てもアルハザードじゃん、何を今更。表にも看板あっただろ」

「あのね、文献にはアルハザードは『次元の狭間にある地』って載ってるのよ。なのにここは地球の、それもどう見てもただの店じゃない!」


え、そうなの?いや、だってお前がアルハザードに連れてけって言ったんだぞ?なら俺としては、俺の知ってるアルハザードにしか連れて行けないわけで、そんな次元の狭間なんて行った事はおろか、そんな言葉自体初耳だ。


「今更そんな事言われてもなぁ………俺、このアルハザード以外は知らねーよ?」

「…………………終わった」


うわぁ、なんかすっげぇ絶望してるよ。つうか確か最初に俺は『店』だって事言ったよな?酒飲みながらさり気なくだけど。プレシアのやつもちゃんと聞いてたはず…………そういや滅茶苦茶酔ってたっけ?

これはどうしたもんかと悩んでいると、目の前の男が声を掛けてきた。


「奥様、少しよろしいですか?」

「………なによ駄男」

「うわぁ、初対面の相手に遠慮無し。似たもの夫婦ですね」


男は苦笑するとコホンと一つ咳払いをして、


「何を求めているのかは分かりませんが、少なくともここは奥様が探していた地で合っていると思いますよ」

「…………え?」

「奥様も魔導師ですよね?そして、そんな方が『アルハザード』という場所を探しているなら、それは間違いなくここです」

「ほ、本当にここはアルハザードなの!?」


テーブルに乗り出して男の胸ぐらを掴むのではないかという勢いで食いつくプレシア。それに対して男はまた苦笑の笑みを浮かべる。


「で、でも、文献には………」

「ええ、確かにその文献も合ってますよ。でも、実際にここも紛れも無いアルハザードです。そうですねぇ、いわばここは『アルハザード第36世界支店』といった所でしょうか。あなたの言う『次元の狭間』にあるのが本店ですね」

「は?し、支店?」


プレシアは驚き、俺は呆れた。
アルハザードって文献まである伝説的に凄い所らしいけど、実際の所はえらく現実臭いな。


「勿論、支店だからって本店になんら見劣りはしませんよ?科学、魔導、その他様々な物を取り扱ってます。実現不可能と言われてるものから、未知のものや何世代も後の技術までね」


そう言って男が腕を横に振ると、空中にいくつかの映像が出てきた。なんともSFチックだ。
そこには銀十字の本やら銃剣のような武器(ディバイドっていう名前らしい。説明文がわざわざ日本語変換されている)、そして厨坊が喜びそうな覇王とか冥王とか聖王とかって単語もちらほら。

総じて、俺には意味が分からないがプレシアには分かるようで、言葉を失くしている程驚いている。

取り合えず男の自慢話を俺は無視し、こっちの要望を伝える。


「じゃあよ、死者蘇生なんてのも出来るわけ?」

「出来ますよ」

「ほ、本当に出来るの!?」

「ええ。ちょちょいのちょいです」


プレシアの驚きの声に対して、男はあっさりと、何の苦もなく、「お湯沸かせますよ」的な軽い感じでそんな言葉が返した。
つうかそんな簡単でいいの?もっとこう厳かに凄みを効かせてさ、雰囲気ってあるじゃん?そもそもそういうのって禁忌ってやつじゃねーわけ?常識的に考えて、お約束的に考えて。


「別に禁忌でも何でもないですよ?ただ誰もやらないだけ、いえ、やろうとしないだけです。やっちゃいけない理由なんてないですよ」


あっけらかんと言う男に対し、俺は取り合えず反論しておく。


「でもよ、普通に考えて人を生き返らせるのってマズイんじゃね?ほら、よく『世界が許さない』とかいうじゃん?なんか問題出るんじゃね?」

「なんですか『世界が許さない』って?漫画見すぎですよ。そんなモンがあるわけないじゃないですか、現実的に考えて。出来る事を実行するだけですよ?いわば料理を作る知識があるから実際作るって事と変わりありません。そんな日常的な事に一々問題なんて出ますか?」

「いや、料理と死者蘇生は全然違うだろ」

「同じですよ。出来る事をするんですから。禁忌っていうのはね、『やっちゃいけない事』じゃなくて『誰もやれない事』なんですよ」

「うっわ、無理やり~。じゃあ、人道とか常識とかは?」

「そんなのは他人に説かれるものじゃなく、自分自身で計って決めるものですよ。キミだってそうでしょう?」


その通りだ。誰に言われようとも、俺はアリシアを生き返らせると決めた。なら、それをやるだけだ。
ただ、後でその結果何かしらの問題が出たら面倒だから、その辺の確認の意味も込めて『取り合えず』反論してみたんだ。


「しかし、死者蘇生ですか………という事は、今日ここに来た目的は────」


横にいるプレシアが深々と頭を下げた。


「アリシアを生き返らせて」


漸く本題へと入ったのだった。










プレシアは男に語った。
アリシアが生まれた時の喜びを、アリシアと共に生活していた時の幸せを、アリシアが死んだ時の悲しみを。
プレシアがどれほどアリシアを想っているのか、どれほど生き返らせて欲しいか、その気持ちを全て吐露した。恥も外聞もなく涙を見せる場面もあった。
アリシアの為なら何でもするし、何でも捨てられる。どのような辱めも受けるし、どのような誉れも捨てられる。

改めて語られるその覚悟の大きさは凄まじいもので、必死な訴えを聞いている男のみならず騎士たちも時には涙ぐむ場面があり、今ではプレシアと一緒になって男に頼み込んでいる始末だ。

そして、勿論俺は…………


「ハートのフラッシュ!」

「残念。こちらはスペードのフラッシュです」


理とポーカーを興じていた。

いや、だってプレシアの話とか想いとか興味ねーし。そもそも、どんなに語ったところで生き返らせる事は決定事項であって、仮に男が断ったとしても無理やりやらせるつもりだし。
だから、プレシアや夜天たちの今の訴えなんてほぼ無意味な事なんだが………まあ、好きなようにやらせるさ。


「まだやりますか?」

「当然だろ!コォォオオッッル!!

「Good。レイズです」


ちなみに賭けているのは明日の晩飯のおかず。チップ3枚につき1品。
ただいま3品負けてます。


「フルハウス!」

「貰いました、ストフラです」


4品献上が確定した。


「だああああ!やってられっか!終わりだクソッタレ!」

「心滾る、良き戦いでした」


トランプをその辺にばら撒き、席を立つ俺。ポケットかたタバコを取り出し火を付けイライラを収めようとした時、先ほどまで向こうで話し合っていたはずの皆がこちらを見ていた。


「なに見てやがんだよ。見せもんじゃねーぞ」

「テメーは何してやがんだ!つうか理も!」

「「ポーカー」」

「そういう意味じゃねーよ馬鹿!」


ンダよ、やっかましいロリだな。なに、語らいは終わったわけ?だったらさっさと生き返らせろよ。こちとらさっさと終わらせてフツーの生活に戻りたいんだよ。


「ハヤちゃん、生き返らせる事が出来ると分かった途端、考えがすごく適当になっちゃってますよ」

「そりゃ適当にもなるさ。で、いつ生き返らせんの?アリシアの死体がいるなら明日くらい?どうでもいいけど、もう俺帰っていい?」

「ハ、ハヤちゃん………」


だってさ、もう目的は半ば達成じゃん?ならもう俺の出番はないわけじゃん?だったら帰りたいわけよ。それにまだ事後処理が残ってっし。持ってるジュエルシードの後始末とか。

俺はやる気なさげに椅子に座りタバコをふかしていると、目の前に男が歩み寄って来た。それもニヤニヤしながら。


「それがね、隼君。まだ帰ってもらうには早いんですよ」


…………嫌な予感が果てしねー。


「お代はいかほどいただけるんで………?」


少し猫背になり、右手の親指と人差し指で綺麗なマルを作ってそういう男。
お前、日本の漫画見たことあるだろ?サーカス的なやつ。………あ、思い出したら思わず涙が。このごたごたが終わったら、じっくり読み返そう。うん、まずそうしよう。


「奥様の気持ちは分かりました。騎士たちの懇願も心に響きました。でもね、実際問題それだけで通るほど世の中甘くありませんよ?なにせ人一人生き返らせるんですからね」

「金の相談ならプレシアにしろ。たんまり持ってっから。な?」


俺はプレシアの方を向きそう言ったが、何故か彼女は申し訳ないような、気まずそうな顔を浮かべていた。

嫌な予感が止まらない。


「お金はいりません。そういうのは間に合ってますから。私はね隼君、キミの誠意を見せて欲しいんですよ」

「誠意だァ?ざけた事ぬかすなよ」

「いいんですか?生き返らせませんよ?皆には先ほど言いましたが、私の結論としましては『生き返らせるなら後は隼君次第です』という事です」


……………コイツ。

俺は男を睨め付け、実力行使すべく掴みかかろうとしたが、それより早くプレシアが俺の手を取った。
プレシアはいつもの強気な態度はどこへやら、弱弱しい目をしていた。


「ハヤブサ………」


おいおい何だよその目は………忌々しい。ああ、忌々しいなぁオイ!!クソッタレ、なんだよこれ!最後にコレかよ!ふざけやがって!なんで俺が!

俺はプレシアの手を振り払い、このイライラのまま男に言葉をぶつける。


「……………土下座でもすりゃあいいのかよ」


意に反して、口から出た言葉はそんな負け犬っぽい言葉だった。そして、そんな俺の言葉を聞いて皆は目を丸くして驚く。

クソッ!だってしょうがねーだろ?ここまで来てご破算なんて、そんな結末は誰も望んじゃねーんだよ。ここまでの俺の苦労を無にしてたまるかよ。


「ふふ………あははは。キミは本当に面白い子ですね」


男は愉快そうに笑い声を上げ、しかしすぐに優しく微笑んだ。


「キミの土下座なんて、そんな高価なものは頂けません」


そう言って微笑み続ける男だが………なぜだろう、土下座を回避したのに未だ嫌な予感は止まらない。


「キミの誠意は別の形で見せてもらいます」


男はどこからか、本当にどこからでさらにいつの間にか、一枚の紙を取り出していた。
それはとてもとても見覚えのある紙だった。


「お、おい、それはましゃか………」

「死んだ命を生き返らせる、その代償として別の命を貰うというのは定番ですが、そこを逆転の発想にしましょう。つまり死んだ命を生き返らせる代償として、生まれて来ないはずだった命も一緒に背負う。これもある種、命には命をって事ですね」


ここに来て、嫌な予感は確信へと変わった。


「夜天の断章、その『最後』の一人。貰い受けてくれますよね?」


………マジかよ。


「……マジかよ」


驚きは無く、呆れもなく、ただただ疲れた。なんか疲れた。何故か疲れた。しかも、夜天たちはそれを予め聞かされていたのか、何の反対の声も上がらない。俺とポーカーしていた理だけが驚いた顔をしているが、それでも反対の声は上げていない。
つまり、皆はあの狭っ苦しい部屋に同居人が一人増える事を良しとしているということ。

無援孤立とはこの事か。全員が全員、俺に期待の眼差しを向けている。


「あー………ちなみに他の条件は?」

「ありません♪」


キモい笑顔ありがとよクソ野郎。

ハァ………なんでかな~。せっかく厄介事が終わると思ったのに、最後の最後でキレの悪い糞のような展開になっちまった。
こりゃあマジで就職しなきゃやべぇな。それかプレシアに援助して貰うか?……………うわぁ、もうなんかこんな事考えてる時点でいろいろ駄目だろ俺。ここまで来ると俺は本当に何がしたいのか分からない。

……………もういいや。


「フェイト」

「なに?」

「取り合えずお前の魔力くれ」


ポイっとフェイトに断章を渡す俺だった。













結局最後は超投げやりになり、もうどうにでもしろよ的な感じで周りの奴に進行を任せ、俺は項垂れながら一人タバコをふかしていた。今ほど酒に溺れたいと思った瞬間はない。

俺は一体何してんだろう?何がしたかったんだろう?ホントにこれで良かったんだろうか?何が良かったんだろうか?

そんな自問自答の言葉が脳裏に出ては消えの繰り返し。
幸せになりたかっただけなのに、何だか可及的速やかな勢いで不幸を背負っていってるような気がする。

幸せになるってのは難しい。現実は厳しい。ていうか絶望しかないような気がする。後悔しかないような気がする。

プレシアはアリシア蘇生の夢が叶って喜んでいるけれど。
フェイトはこれから訪れる新しい生活を夢見て喜んでいるけれど。
アルフはそんな嬉しそうなフェイトを見て喜んでいるけれど。
騎士たちは新たな仲間が出来るといって喜んでいるけれど。(まだフェイトの魔力は断章に注がれていない)

俺だけが喜べない。人を幸せにしといて、肝心の自分が幸せになれていなかった。

こんなはずじゃなかった。もうね、あれだ、神は死んだ。つうか、こんな仕打ちをした神が存命してるならぶち殺してやる。


(あ~あ、皆楽しそうだなぁオイ)


俺を除いた皆はテーブルを囲み、優雅にお茶会の真っ最中。プレシアなんて普通に笑ってやがる。まあ、そりゃそうだよな~。アリシアが生き返るだけじゃなく、さらに自分の病気まで治して貰えるんだ。

そう、結局プレシアの病気も男に治して貰う手はずとなった。アリシアの件と同じく、男は意図も簡単そうに『出来ますが、なにか?』って感じで言い放った。
そりゃ死者蘇生出来る位だから病気なんてそれこそ朝飯前だろうけどよ。そして、ご都合主義だろうが何だろうが大団円になるならそれが一番だとは以前言ったけどよ。

なんだかな~。


(唯一の救いはフェイトのホンキ笑顔が見れた事だな)


微笑とかじゃなく、本当の満面の笑顔を浮かべたフェイトの何とまあ可愛い事。マジでそれだけが今回の…………………あれ?


(笑ってない?)


皆がテーブルを囲み談笑してる中、気づけば先ほどまでスマイリーだったフェイトの顔は今何故か曇っていた。いや、あれは何か考え事をしている?

どうしたのかと思いフェイトを眺めていると、程なくフェイトが席から立ち上がり声を上げた。


「あ、あの!」


その視線の先、言葉を向けた先にいるのは、プレシアの望みを叶え、俺に絶望をくれたクソ野郎。


「どうされました?」

「えっと、その………」


談笑中にいきなり立ち上がったフェイトに皆が注目する。その皆の視線を受け、緊張して口をもごもごさせるフェイトだったが意を決して口を開いた。


「あ、あなたは死んだ人なら誰でも生き返らせる事が出来ますか………?」

「ふむ、これはまた唐突な質問ですね」


確かにそうだ。それにそんな質問をするって事は、フェイトにも誰か生き返らせたい奴がいるという事だよな?けど、アリシア以外に誰が?

俺を含め皆がフェイトの言動を訝しむ中、プレシアだけがハッとした顔をしてフェイトを見ていた。


「どう、なんでしょうか?」

「そうですね………ただ生き返らせるなら誰でも可能です。けど、その故人が持っていた経験や知識、思い出などは難しいです。この度のアリシアさんの場合は本人の体があるので、そこからそれらを汲み上げる事が出来るのですが、体そのものから復元させるとなると厳しいものがあります。性格は同じに出来ても、それが同一人物なのかと言われると………」

「………そう、ですか」


フェイトはぺたっと力なく座り、俯いてしまった。

いきなりテンションがた落ち、悲しみ一直線なフェイト。皆がそんなフェイトを見て戸惑い、プレシアまでも悲しそうに視線をフェイトに固定してる。


(………ったく、世話の焼けるガキだ)


今回の唯一の救いがそんな顔してちゃ駄目だろ。

俺はため息を吐くとフェイトではなく、プレシアへと近づき耳打ちする。


「おい、プレシア。フェイトは一体なに言ってんだ?」

「…………きっとリニスの事よ」


リニス?誰よそれ?名前の響きからして女の子っぽいが。


「私の使い魔だった子よ。そして、フェイトの教育係りだった子」

「ふ~ん。てぇと、その子は死んだの?」

「………………まあね」


なんか歯切れの悪いプレシアの弁だが…………そっか、そんな奴がいたんだな。
フェイトの様子を見れば、フェイトがどれだけそのリニスって子の事が大切だったか分かる。けど、まあ世の中厳しいってのは分かり切ってる事だ。誰も彼も簡単にゃあ生き返らねーよ。
フェイトには悪ぃが、アリシアが生き返るってだけで満足してくれや。

……………………。


「ちなみにプレシア」

「なによ?」

「そのリニスって子の歳、顔、性格、身体つきはどんなだ?」

「はあ?なによいきなり」

「いいから答えろ」

「………見た目の歳はあなたくらいの女性体。身体つきも別に普通だけど、素体が山猫だったから尻尾と猫耳があるくらいね。顔は、まあ可愛らしいわね。性格は真面目で優しいわ」

「──────美人か?」

「まあ、この世界の街頭テレビに映ってたアイドルよりは………」


…………………キターーーーーーーーーーー!!!神はまだ存命だった!それも優しい神が!!

俺はソッコーで男に詰め寄り、その胸ぐらを掴んで立たせると顔を突きつけて言った。


「追加だ」

「はい?」

「蘇生者追加だ。名前はリニス。是が非でも生き返らせろ!!」


がくがくと男を揺さぶり必死に訴えかける俺。


「い、いきなり何です?まあ、先ほども言った通り本人の体さえあれば可能ですよ?」

「体は!!」


バッ音が聞こえそうなほどの勢いで首ごと男からプレシアに視線を移す。プレシアは呆然とした顔で首を横に振った。


「無い!生き返らせろ!」

「いやいや、隼君、さきほどの私の話聞いてました?」

「聞いてた!生き返らせろ!」

「………滅茶苦茶言ってる事自覚してます?」


知るか!これは、俺が幸せになれるかなれないかの最後の希望なんだ!

リニス。ああ、リニス。なんて美しい響きだ。名前だけその美しい姿が脳裏に浮かび上がっていく。
ここにきてとうとう俺にもツキが回ってきたようだ。

フェイトはそのリニスの事が大好きだった事は容易に想像出来るが、一方でそのリニスもまたフェイトの事が好きだったはずだ(てか、フェイトを嫌いな奴なんていねぇだろ)。
そこで彼女も生き返らせてやり、また大好きだったフェイトと生活できるようにしてやったら?しかも、フェイトが今まで以上に幸せになっていると知ったら?
当然リニスは嬉しく思うだろうし、そうしてくれた人に感謝するはずだ。つまり俺に好印象を抱く事間違い無し!そして、その好印象が好意に移行する可能性も無きにしも非ずで、ゆくゆくはリニスが俺の彼女になる可能性も無きにしも非ずでっ!?

つまり脱・童貞!


「あんたなら出来る!」

「ですから───」

「あんたは『難しい』とか『厳しい』とは言ったが『無理』とは言ってねぇ。つまり出来るってことだ!つうか無理でもやれ!!」

「………まったく、耳ざといですね。確かに無理じゃあありませんが、無茶な事に変わりはありません。出来るか出来ないかで言われたら出来ますが、成功する確率は5分もないですよ?」

「構わん!」

「ハァ………やれやれですね」


男は俺の勢いと必死さと顔の形相に押される形で了承したのだった。そして一部始終を呆然と見ていたフェイトは最後、漸く事態が飲み込めた時、俺に満面の笑みを浮かべて抱きついてきたのだった。

どうやらプレシアに買わせる時計がもう1個増えそうだ。


(いや、俺とリニスだけお揃いのペアウォッチってのもありだな)


俺のこの長い一日は、皮算用もいい所なキモくて空しい妄想を抱きながら終わりを告げたのだった。










空に広がるは満天の星空。
ここ海鳴は自然も多く残っているが、どちらかと言うと都会の部類に入る。そんな中で、このような綺麗な星空を眺める事が出来るのはとても良い事だと、タバコを片手に大気を汚しながら思う。いけしゃあしゃあと思う。


「お疲れ様、俺」


プシュとタブを上げ、ビールを思いっきり呷る。この苦味が今までの俺の苦労を表しているようで、俺は思いっきり咽喉を鳴らして飲み込む。

ここは自宅。プレシアの家でもなく、アルハザードでもない、あの狭っ苦しい自宅。


「まだ終わっちゃねーけど、でも大きな一段落だな」


アルハザードを出たのが今から数時間前。アリシアとリニスの件に関してはまた後日って事になった。男にもいろいろと準備があるらしいし、こっちもアリシアの死体を持っていってなかったからな。
て事で、俺たちはいったんそれぞれ自分の家へと帰った。
俺と騎士たちはここに。プレシアは庭園、フェイトとアルフはあのマンションに…………はなく、2人もプレシアと共に庭園に。


「これで、厄介事とはもうおさらばだ」


まだジュエルシードとか手元に残っちゃいるが、そんなもんどうにでも処理のしようはある。なのはにシグナムの姿がバレちゃいるが、それだってどうにでもなる。今までの問題に比べたら些細なもんだ。


「ああ、でももう一人偽家族が増えるんだっけか」


フェイトに断章を渡したが、まだ魔力は注いでいない。それは先送りしているだけで時間の問題なのは百も承知だが、それでも嫌な事は延ばせるだけ延ばしたいのが人間だ。


「まっ、最後の最後に希望が見出せたし、いっか」


リニスって子が生き返るのか、それはまだ分からないが。それでも希望が有るのと無いのとじゃ心持ちが全然違うしな。
彼女彼女~。


「取り合えず、プレシアたちは前より幸せになれるだろうし、夜天たちも仲間が増えて嬉しそうだし」


そして俺も、まあ満たされたから。

だから総じて、四捨五入して、これはハッピーエンドに分類していいんじゃないだろうか?ご都合展開をふんだんに盛り込んだ大団円。

エンディング、物語の終わり。

勿論、俺の生活は続くし、知り合いも増えたので今まで通りの生活が戻ってくるわけはないのだが。
でも、まあこれが小説なら物語の最終話だな。

ただ、先も言ったように俺の生活は今まで通り当たり前に続く。俺の、俺による、俺の為だけの、幸せを求める物語は続いていく。

だから、これはやっぱり一段落であり…………え~と、つまり何が言いたいのかと言うと。


「次回、エピローグ!後日談!」


いきなりすぎるだろって?物事の終わりなんざ得てしてそんなもんさ。いつまでもぐだぐだ続いたところで楽しくもねぇだろ。


「ベランダで奇声上げてんじゃねーよ、うっせぇな!近所迷惑考えろよ!てか、お前の存在自体が迷惑だよ!存在自重しろ!」

「ヴィータ、それはあまりに酷すぎます。慈悲の心を持ちましょう。せめて『お前の顔が迷惑だ』くらいにしておいてあげるべきでしょう」


………………取り合えず、どうやっても綺麗に終わらないのはこれからもずっと変わらないだろう。


(あ、そういやあの男の名前まだ知らねーや)


まぁ、野郎の名前なんざ欠片も興味ねーから別にいいんだけど。

ハァ~ア、何か疲れた。こいつらとの喧嘩が終わったら漫画読も。そして、あのハイパーMAX特上素敵笑顔に癒されよ。あんな彼女が欲しいもんだ。


「上等だ、このガッカリ無価値胸寸胴永遠お子ちゃま共。かかった来いやオラ!」

「ぶっ殺す!」

「カチ~ン」


10分後、管理人さんに怒られたのだった。





[17080] 無印の終わり
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2010/12/17 23:17
いやいや、お疲れさん。ホント、マジで。よく頑張ったよ、俺。俺、サイコー。

……………ホント、疲れた。

あのアルハザードに皆で訪れた日から約2週間後の今、俺の肉体および精神の疲労は限界に達しつつあった。てか、すでに限界突破してるっぽい。むしろ、してなきゃおかしい。最近よく思い浮かぶ言葉が『過労死』だ。
俺さ、あの2週間前の夜に「これはハッピーエンドだろ」的な言葉言ったじゃん?「もう最終話だ」的なさ。

違ったよ。

確かによ、あの時点で終わっとけばハッピーエンドだったろうさ。これからは俺もテスタロッサ家も幸せな未来が待ってるぜ!《完》、な感じで終われただろうよ。小説だったら、そこから作者のあとがきに入ってもいいところだ。

けれど、俺の物語には終わりもなく、ましてや打ち切りすらない厄介な話であり、仮にあの夜が最終話だったとしても、何故かまだまだ話は続いていっている。…………最終なのに続くとかどんな矛盾だ、ふざけんなと言いたい。まあ、それが人生なんだけどさ。
つまり、何が言いたいのかというと。
あの似非最終話のから今日までの2週間、俺の厄介な人生物語は続いていたのだ。そうだな、言うなれば……………





────────────後日談。






ああ、なんて忌々しい響きだ。最終話の後の話、後日談。まだまだ続くよ、後日談。

やってらんねー。もう過ぎ去っちまった2週間だが、やってられなかった後日談だ。はっきり言って、夜天たちが本から出てきてから2週間前までの1ヶ月間と同じくらいの濃度の後日談だった……………てか、いきなりだけど、今思えば夜天たちと出会ってまだ1ヶ月くらいしか経ってないんだよなぁ。なんかもう軽く半年くらい過ぎてるような感じだ。
夜天、シグナム、シャマル、ザフィーラ、他2名の騎士たちとの偽家族生活もだんだん慣れてきちまったよ。よくあの狭っ苦しい部屋で俺合わせ7人の人間が生活出来るもんだ。ギリギリだけどな。あと1人でも増えれば絶対アウトだ。てか、実際増えそうになったんだけどさ。………………うん?誰がかって?まあ、それは後にすぐ分かるさ。つうか、察しの悪い奴でも分かるだろ。俺と暮らそうなんて物好き、それこそ忠誠心でもなけりゃするはずがねーし………………自分で言ってちょっとヘコんじまった。
まあ、あれだ、それでも分からない奴の為に、そいつを一言で言うなら『アホの娘』だ。OK?

ちっと話が逸れたな。ええっと、後日談だっけ?じゃ、まずは何から話すかねぇ。さっきも言ったように、ホント濃い2週間だったからなぁ。いろんな事がありすぎたんよ。つうか、GWがいつの間にか過ぎ去っちまってたからな~。もしこの話がハーレム物だったらいついつまでも続いて欲しくて後日談もバッチコ~イなんだけどよ、生憎とうざったいだけの人生物語だ。

ともあれ、そうだな…………じゃ、最初は当たり障り無く軽い話から。てか、どうでもいい話から。

えーと、アレあったじゃん?アレだよ、アレ。なんつったけ、あの石だよ。青いやつ。ん~…………あ、そうそう、ジュエルシード!まずはあのジュエルシードの話からしよう。

で、そのジュルシードなんだが、シグナムがぶん盗ってきたやつとフェイトが取って来たやつ合わせて数個が手元にあったわけよ。無論、このまま持ち続けるのはあまりよろしくない。また厄介事の火種にでもなられたら事だかんよ?

て訳で、さあ、これはどうしようと皆で頭を捻った結果、まず最初に浮かんだ考えは『管理局に持っていこう』という真っ当な案。
けれど、俺はそれを却下した。何故かって?サツが嫌いだから。
管理局って魔法世界のサツみたなモンなんだろ?やだやだ、そんなトコに顔出したくねーし。もしかしたら報酬とか貰えんのかも知んねーけど、それでも嫌だね。ましてや俺は夜天の写本やテスタロッサ一家の件でいろいろ動き回ったんだ、どんなイチャモンつけられるか分かったもんじゃない。
もうクソ面倒な事になるのはゴメンだ。

で、次の案。
『魔法世界で足がつかないように秘密裏に競売にかけようぜ!』というもの。勿論、俺の考えだ。
1秒で却下された。

次に出たのは『海に放流しちまおう』というもの。勿論、これも俺の考え。
ただこれは無茶苦茶言ってるように聞こえるかも知んねーけど、ところがどっこい、実際は中々良い案なだぜ?広大な海に指紋をふき取ったジョエルシードをバラバラの位置に撒くんだ、犯人の特定なんてそうそう出来っこねぇよ。
しかし、結果的にこの案も却下された。
唯一、フェイトが反対したのだ。


「隼、あの白い魔導師の子の事、忘れてない?」

「白い魔導師の子?……………ああ、なのはか」

「…………そのなのはって子、多分管理局と繋がってる」


らしんよ。まあ、確かになのはがこの石を集めていた事は知ってたけどさ。あいつ、局とも繋がってるわけ?


「私とその子が戦おうとした時、管理局の執務官が割って入ったんだ。私はすぐ逃げちゃったから本当の所は分からないけど、でもきっとその子は局と一緒に行動してる」


だとさ。
そして、そう言っていたフェイトの隣でアルフが何故か怒りの顔を見せていたので、どうしたのかと聞けば、


「あの局員、フェイトを攻撃して怪我を負わせたんだよ!隼もフェイトの背中見ただろ?」


ああ、あの時か。そんな事もあったな、すっかり忘れてた。そういやあれでフェイトが虐待されてるってのも判明したんだっけ?まあ、そう考えれば怪我の功名だが……………


「はいはい、アルフもそう怒んなって。どうせもう会う事もねーんだろうしよ。まあ、でも、もしまた会う事があったら、そん時は───────フェイトをあんな目に負わせたクソには、俺がきっちりオトシマエつけさせてやる」


まあ、それは兎も角。

しかし、これはちょっと不味い事になった。なったっつうか、なってたのに気づいた。

なのはには俺が魔導師って事がバレている。さらにシグナムの面まで割れていて、そのシグナムが最低でも1個はジョエルシードを持っているってのが知られている。加えてフェイトもいくつかのジョエルシードを持っている事も知っている。
つう事はなのはがその事を管理局に伝えている可能性は大だ。俺が魔導師って事は口止めはしておいたので大丈夫だろうけど、少なくともシグナムの事は局にチクったはず。幸い俺とシグナムの関係性まではバレてないだろうけど………うわ~、ホントにこれはちょっとどうしよう?

俺は無い知恵を絞り、皆からの意見も取り入れた結果………


「こんちゃ~、鈴木宅配便で~す。なのは居る~?」


高町家訪問と相成った。
じゃ、回想ってか後日談、そのままいってみようか。


「ハ、ハヤさん!?え、何でハヤさんがここに?あ、もしかしてお父さんに会いに来たの?」

「いや、その士朗さんにここの場所聞いてやってきたんだよ。なのはにちょい用事があってさ」

「え、私?」

「そそ。まあ、立ち話もなんだ、中に入ろうぜ。遠慮なくどうぞ、なのは」

「あ、うん、そうだね。お邪魔します…………って、それはハヤさんのセリフじゃなくてなのはが言うべきセリフ!」


ドングリを口の中に入れたリスみたいに小さく頬を膨らませて怒りを表現するなのは。

久しぶりに会ったけど、なんつうか、相変わらず激可愛?
いや、もう、ホント可愛いガキだなぁ。ロリーズにもこれくらい可愛げがあれば俺もちったぁ優しくなれんだけどよ。あいつら、マジ性格腐ってっからなぁ。まあ、ロリーズにはもう何も期待してないが。今の俺の中の一番の期待のガキはあの『三姉妹』だし。特に長女と次女。


「ところで、ハヤさん」

「あん?どうしたよ」

「その頭はどうし───────」

「なのは」


ガシっと俺はなのはの両肩を掴むと、しゃがんで目線を合わせる。
ビクっとなのはが少し怯えたが、今回ばかりは無視だ。


「いいか、なのは。世の中にゃあな、触れちゃなんねー事があんだよ。そこを超えちまうと後はもう命のやり取りしか残らねーんだ。俺は、なのはとそんな事はしたくない。分かるか?」

「…………た、立ち話もなんだし、あがって!」

「おじゃましま~す」


俺となのはは何事もなかったかのように家へとあがった。そしてリビングへと通され、そこでなのはがお茶を用意してくれ、それを飲んで一息ついた。


「ええっと、それで今日はどうしたの?私に用事があるって言ってたけど………」

「ああ、まあな。その前によ、なのはって管理局って知ってる?」


フェイトの言葉通りなら、勿論なのはは局を知ってる所かツルんでさえいるのだが、俺は何も知らない風を装う。


「え、うん、知ってるよ。ほら、温泉の時言ったジュエルシード、あれを今管理局の人と一緒に探してるんだ」


やっぱりビンゴか。めんどくせぇな~。まあ、何とかならぁな。


「今この家にその管理局の奴っている?もしくは監視カメラチックなモンで監視されてたりとか」

「?ううん」


それを聞いたあと、徐に俺はポケットからジョエルシードを取り出した。


「なのは、コレやる」

「わぁ~、綺麗な石……………………………………………………………え゛」


なのはらしからぬ濁音付きの呟き声を発すると、俺の手から恐る恐るジョエルシードを受け取り、それをしげしげと見回す。
そして、こう言った。


「ジュエルシードーーーーーー!?」


叫び声も可愛いとか、なのはは無敵だなぁ。


「ちょ、え、嘘!?な、なんでハヤさんがこれを!?それに封印処理もすでにされてる!?」

「ガチャポンで当てた。すぐそこのデパートで1800円くらい使ったかな」

「微妙にリアリティを持たせた嘘を堂々とつかないで下さい!!」

「バレたか。ホントは3000円使った」

「ガチャポンは嘘じゃない!?」


やっべ、なのはって超素直ってかイジリ甲斐があるんですけど。可愛くて素直でイジられ役って、もうこれ最強じゃん。ちょっと士朗さんに頼んで理となのは交換してもらおうかな。
やっぱさ、ガキってなぁこうでないとよ。

思った事を喋って、感情を顔に出して、全ての物事に大げさに一喜一憂する。俺の知ってるガキん中でそれが素直に出せているのは、このなのはを除外して二人。

あの三姉妹、その『長女』と『三女』くらいだろう。

『長女』はもう文句の付けようも無いほど可愛く、『三女』はちょっとアホだけど、そこがまたガキらしくて可愛い。『次女』も中々いい線いってんだけど、あいつはホンの少しだけ大人びてるとこがあるからなぁ。まっ、それを補ってあり余るほどの可愛さをあいつは有してんだけどよ。

ああ、後は残りのガキ、つまりクサレロリーズに関してだが、もうあいつらは死んだほうがいいな。可愛さの欠片どころかその痕跡すらないような奴らだし。


「ほらほら、ちょい落ち着けって。嘘だよ嘘、ぜ~んぶ嘘。ホント、なのはは可愛いやつだなぁ」

「…………むぅ~、ハヤさんの馬鹿!」


なのはの罵倒は、しかし俺にはまるで意味をなさない。

本来なら俺に『馬鹿』とかぬかす奴は、それが例えガキだろうとある程度のオシオキをするんだが、どうしてかなのはからの罵倒の言葉はただただ微笑ましくなるだけ。もしこれが仮にロリーズだった場合は容赦せずぶっ殺してんのにな。

まっ、世の中可愛いやつは得をするってこった。

と、そうやってなのはを可愛がってた時、突然俺たちのいるリビングに一つの影が飛び込んできた。


「あ、ユーノ君」

「あん?ユーノクン?」


その影は素早い動きでリビングに入ってきて、そのまま脇目も振らず座っているなのはの太ももの上へと乗っかった。


「へ~、なのはンちは動物飼ってんだな」


そう、その影の正体は動物。種類としては………フェレット?まあ、そんな感じの奴。

そんなフェレット(?)だが、なのはの太ももの上にちょこんと座り、俺の方に少しだけ顔を向けた後すぐになのはの顔を見た。それはあたかも『こいつ誰だ?』となのはに問うているような仕草だった。そして、そのなのは本人もそう思ったのだろう、フェレットに俺の事を紹介しだした。


「ほら、ちょっと前温泉に行った時、ハヤさんって男の人の魔導師に会ったって言ったよね?それがこの人」


ただの動物相手に友達のように喋りかけるなんて、ホント、なのははガキらしい可愛いさを持ってるなぁ。
なんて、ニコニコしながらなのはを見ていたその時、


「ああ、この人がそうなんだ。はじめまして、ユーノ・スクライヤです」

「あン?」


今、確かなのはでも俺でもない第3者の声が聞こえたような?てか、確実に聞こえたんだが?

俺がキョロキョロと辺りを見回していると、そこで含み笑いをしているなのはの顔が目に入った。次いで、なのはが指で自分の太ももを指す。しかし、もちろんそこには人語を喋るわけがないフェレットが一匹いるだけで……………


「ええと、こんにちわ」

「……………………」

「あはは、やっぱり最初は驚くよね。いきなりフェレットが喋れば」


………………………。


「おう、こんちわ」

「「順応が早いっ!?」」


はん!伊達にザフィーラやアルフや『あいつ』を傍で見てねぇっつうの。流石に今回のはいきなりだったんで少し固まっちまったが、だからって喋るフェレット自体には何の驚きもない。

そういやなのはは魔導師だったな。なら、そいつは使い魔?ふ~ん、すごいね。

こんな感じで、余裕で流せる。だから、重要なのはもっと別の所だ。


「突然だが、なあ、ユーノ。もしかしてお前、人間の姿にもなれたりする?」

「あ、はい、勿論です。というか、この姿は変身魔法によるもので、もともと僕も魔導師なんです」


ンな補足事項なんぞどうでもいいが………そうか、やっぱ人の姿になれるのか。だったら、次の問いが極めて重要だ。その結果如何ではここ高町家での滞在時間が大きく違ってくる。


「ちなみにユーノ、お前は女性?それとも男性?」

「?えっと、男ですけど………」

「──────ちっ」

「何故か本気で舌打ちされた!?」


淡い期待を抱いた俺が馬鹿だったよ。なんだよ、野郎かよ。しけてやがんなぁ。あ~あ、テンションがた落ちだ。


「野郎はお呼びじゃねーんだよ。なのはとの逢瀬を邪魔スンナ、どっかいってろ」

「ひ、ひどい」


しかも、幼女の太ももの上に平気で乗るとか、どれだけ変態なんだよ。いい歳こいた野郎が、気持ち悪い………………いや、待てよ?

俺はなのはの太ももの上で邪魔虫扱いされて悲しんでいるフェレットを見て、こう訊ねた。


「最後にもう1個。お前って何歳?」


変身魔法とか、そんな凄そうな魔法使ってるから俺はユーノの事を少なくとも『成人くらいしてんだろ』的に自然と思ってたけど…………まだ希望は残されていたようだ。

果たして。


「…………歳ですか?9歳ですけど」


次の瞬間俺はなのはの太ももからユーノを抱き上げ、自分の太ももの上に乗せる。そして、撫で回した。


「わわわわわわわわっっ!?」

「ンだよ、それを早く言えよな。無碍にして悪かったよ、いやマジで」

「ちょ、ちょっと…………もう!」


このままでは不味いとユーノは思ったのか、いきなり体が光ると次の瞬間には俺の太ももの上には一人のガキが。

なるほど、こいつが真・ユーノか。
大方、人間の姿に戻り俺の手から脱しようと考えたのだろうが………甘い!


「あ、あの、鈴木さん、いい加減撫でるのはやめて離して下さい!」

「おいおい、『鈴木さん』とかそんな他人行儀やめろや。それにガキが一丁前に敬語なんて使うなよな」

「わ、分かった、分かったから。隼、離してよ!」

「嫌だね」


思えば俺の周りにいるガキって皆女の子だかんなぁ。こうやって膝の上で抱いたりって事は中々出来ない。フェイトは恥ずかしがってやらせてくんないし、三女は『そんな体を密着させるなんてハレンチな行為は例え主からと言えど嫌だ!』なんていう言葉を俺に肩車されながら言うアホっ子だし。唯一、長女だけがガキらしく無垢に甘えてきてくれる。……………あん?ロリーズ?仮にせがまれてもやんねーよ。
まあ、だから、ユーノみたいな同姓のガキってのは貴重なんだ。


「いいな~、ユーノ君。楽しそう」

「なのは、この状態の僕のどこに楽しさを見出したの!?」


線が細く、男の子のクセして顔の作りが女の子っぽく、さらに声まで女の子っぽいユーノ。

こいつは将来、きっとイケメンになるな。綺麗に髪伸ばしてそれを後ろで縛って、さらに知的メガネかけてそう。そんで、その中性的な顔と声で女性にモテモテ。
………………。


「あ、あれ、あの隼、ちょっと力が………え?し、絞まってきてる!?ちょ、ハグの力がベア級になってきてるよ!?」

「あ、わりぃ、つい癪に障って」

「突然、何が!?」


年端もいかないガキに真剣に嫉妬する大人の姿が、そこにはあった。
というか、俺だった。


「まあ、おふざけはここまでとしとこう。取り合えず、それはなのはとユーノにやるよ」

「それ?………って、ジュエルシード!?」


ユーノ、気付くの遅ぇよ。


「な、なんで隼が」

「いやぁ~、実はUFOキャッチャーで─────」

「「嘘つかないでよ!」」


は~い。
じゃ、ホントに真面目に話しますか。真面目な作り話をよ?


「お前らさ、俺以外の魔導師見たことある?二人なんだけど………一人は金髪のガキ魔導師で、もう一人はかっけぇ剣持った美女魔導師」


その言葉に二人は即答に近い早さで頷いた。まあ、そりゃ簡単には忘れられない容姿してっからなぁ、あの二人は。
勿論、二人とはフェイトとシグナムの事だ。

さて、ここからがでっちあげトークだ。


「で、どうやらそいつらもお前らと同じようにその石を探してたみたいでさ。つい先日、外歩いてたらいきなり結界の中に入っちまって、しかも、中でその二人がお互いの石賭けてガチバトルしてるじゃねーか。こりゃ巻き込まれる前に逃げねーとと思った所で二人に見つかっちまってよ。いきなり……いきなりだぜ?二人が斬りかかって来やがんの。魔導師だから敵だと思ったのかどうか知んねーけど、俺、頭キてさ、軽くオシオキにしてやったんだよ。ならさ、泣いて詫び入れてきて、さらにその石も差し出してきたわけ。でもさ、俺別にそんな石欲しくもねーからそのままイジメ続けてやろうかなーなんて思ってた時、『ああ、そう言えばなのはがこんな石欲しがってたな』とか思い出して、じゃあこれで許してやるって事でその二人に貰ったんだよ。あの二人、最後は『もうこんな怖い魔導師がいる管理外世界なんて来たくない!』とかベソ掻いて飛んでったな。で、そんな事があって俺がこの石を持ってるわけ」


と、まあ、つまりはこういう事だ。これが、無い知恵を絞り、皆の意見を取り入れた結果。

どうだ、すげぇだろ?俺との関係をボカシつつ、ジュエルシードを手に入れた経緯、その後のフェイトとシグナムの動向までも網羅。無理やりで、シンプルで、テキトーで、力任せな弁論。でも、実は話しを作るときはこういうやり方が意外と効くんだよ。大胆で、破天荒で、でもどこか現実臭い話がよ?


「あ、でも管理局には内緒な?石は全部なのはが自力で見つけたって報告してくれや。俺、そういう組織とかって嫌いだかんよ、詮索されたくねーんだわ。秘密のハヤさんで一つよろしく」


まあ、なんだかんだ言っても所詮は嘘っぱちの作り話。とてもじゃない、管理局は欠片も信じてくれないだろう。目の前のなのはとユーノだって心の底から今の俺の話を信じているわけがない。実際、何か言いたそうな顔をしている。

けれども、俺はそれ以上何か付け加えようとは思わないし、当然真実も話すつもりはない。よって、なのはとユーノには無理やりにでも納得してもらう。


「そんな可愛らしく変な顔すんなよ。俺だってイマイチ分かってねーんだ。けど、お前らはこの石が欲しかったんだろ?ならそれでいいじゃん。さらに、石を狙ってた謎の魔導師二人もあの様子じゃもう諦めたようだしよ。万事解決ってやつだ」

「うん………でも、何かしっくりこないっていうか、あまりにも都合がいいような」

「おいおい、ユーノよぉ。お前、ガキなんだからもうちょっと素直に物事を見ろよ。ここにジュエルシードがあって、残りのジュエルシードは邪魔者もなくゆっくり探す事が出来る。しっくりこなくても都合がよくてもそれが事実だ」

「まあ、そうなんだけど………」


頭の固ぇガキだ。思慮深いってのはいいことだが、ガキでそういうのは俺は嫌いだな。

ユーノはまだ釈然としないようで、俺の膝の上でウ~ンと唸っていた。しかし、そんなユーノとは反対になのはどこかスッキリした顔をしていた。


「ユーノくん、ハヤさんはきっと、ていうか絶対何か隠してるだろうけど、でも私はそれでいいと思う。だって、こうやって手元に探してたジュエルシードがあって、それに………もうフェイトちゃんと戦わなくていいし」


なのはも結構言うな。てか、なのはってフェイトの名前知ってたんだな。しかも、何か思うところがあるのか少しだけ寂しそうだ。

そして、俺がそんなガキの顔を見て放っておけるはずもなく、ついつい詮索言葉をかけた。


「なんだよ、なのは。そのフェイトって奴がどうかしたのか?」

「うん、あの子のこと、もっとよく知りたかったなぁって。戦いとかじゃなくて、もっと普通にお話したりして、お互い分かり合って………そう、友達になりたかったんだ」

「………………」


どうしてこう、なのはは良い子なんだろうか?ちょっとマジで理と交換してほしいんだけど。今ならヴィータもつけるからさ。

まあ、それは兎も角、参ったね、こりゃ。

フェイト本人からなのはとは何度かやり合ったってのは聞いてたが、まさかなのはがそんな感情を抱いてるとは思いもしなかった。フェイトの奴なんて、なのはの事なんて殆ど関心がない様子だってぇのに。まっ、けどそれもしょうがねーわな。今フェイトは自分の事で手一杯だかんよ。なんせ、姉と妹が同時に出来た上に、笑顔の母親と育てのお姉さんが帰ってきたんだからな。そりゃあ、他人なんてどうでもよくなるさ。

しっかし、友達になりたいねぇ………そう思ってくれるのは俺としても嬉しい事だ。なのはもフェイトもすっげぇいい子だし、ソリも合うだろうから絶対ぇいい関係が築けんだろうよ。でもな、だからって「はい、そうですか」ってわけにもいかねーのよ。

なのはのバックにいる管理局、俺が今までしてきた事、フェイトが今までしてきた事、俺とフェイトの関係………そんな諸々の事情がどうしてもネックになってくる。ガキの為に尽力したい気持ちもあるが、生憎と俺は自身の保身の方が大事だからよ、やっぱなのはとフェイトを合わせるわけにはいかねーや。


(…………まあ、でも)


ガキの寂しそうな顔を見るのは苦手でね。特になのはのそんな顔は見たくねぇ。

俺はポケットから携帯を取り出した。


「なのは、お前携帯持ってる?」

「え?うん、持ってるけど」

「よし、じゃあよ、アド交換しようぜ」

「いいけど、いきなりどうしたの?」

「いいから、いいから」


俺は携帯の赤外線機能を受信にし、なのはにアドレスを送ってもらった。その後、俺は赤外線ではなく直接そのアドにメールを送った。


「あ、きた……あれ、これは?」


なのはが首を傾げながら携帯の画面を見ている。たぶん、そこに写っているのは俺からのメールで、その本文には一つのアドレスが書かれているはずだ。


「お前を笑顔にするアドレスだ。暇なときメールでも送ってみろよ。でも、他の奴等には秘密だかんな?もしバレたら即着拒されちまうと思え」


?顔のなのはをよそに、俺は携帯をポケットに仕舞い、膝の上からユーノを降ろして立ち上がる。

さて、そろそろ帰るとしますかね。言いたい事も言えたし、石も渡せたしな。それに、長居するとボロが出ちまいそうだし。まあ、本音は全然別のところにあるんだけど。


「あ、ハヤさん、もう帰っちゃうの?」


件のアドレスにメールを送ろうか悩んでいたなのはだったが、俺の動作に反応してそう言ってきた。


「おう。まだお前らと一緒に居て癒されたい気持ちはあるんだが、それと同等くらいにこの癒しも摂取しときたいんでね」


俺は煙草の箱を取り出し、中から1本抜き取って口に咥えた。
コレが本音。
流石に人ん家で、そこの家主の許可も無く吸えないからな。そもそも、たぶん高町家の人は誰も煙草を吸っていない。カーテンとか壁とか、全然黄ばんでないし。
俺がいくら自分勝手の自己中野郎でもそれくらいのマナーは守るさ。
路上喫煙はするけど。


「ハヤさんって煙草吸う人だったんだ。あ、じゃあ、ちょっと待ってて!」

「あん?」


なのははトコトコと小走りでキッチンの方へ行くと、そこから一つのガラス皿を持ってきた。
てか、あれはどうみても灰皿だ。高町家の人は誰も吸わないだろうと思ってたけど、俺の見当違いか?


「灰皿あんだな。士郎さんが吸うの?」

「ううん、うちは誰も吸わないよ。これはお客さん専用」


ほ~、何とも用意のいいこって。それだけ、高町家には客が多いって事か?確かに、自分んちで商売やってりゃ交友関係は広そうだ。
ともあれ、これ有難い限りだ。

俺はなのはから灰皿を受け取ると、そのまま庭へと出た。


「別に部屋の中で吸っていいよ?」


とは、なのはの弁だが、生憎とそういうわけにはいかない。一緒に住んでるロリーズとか、親と本人公認のフェイトとかの前なら兎も角、相手はなのはとユーノだ。士朗さんの居ない間にあんま好き勝手するわけにもいかんだろ。
禁煙は無理だけど、せめてなのはに受動喫煙させないようにするくらいはしないとな。

俺はなのはとユーノを部屋の中に居させると、一人庭で思いっきりモクを肺に入れる。


(あ~、ニコチン美味ぇ~)


満足げにぷかぷかと煙を漂わせながら吸っていると、ふと視線を感じた。見れば、なのはがジッとこっちを見ている。


「どした?」

「うん、何だか凄く美味しそうだなぁって。それに、ちょっとカッコイイ」

「はァ?」


美味しそうってのは兎も角、カッコイイってなぁ何だよ?…………まさか、俺が?もしかして、なのはの奴、いきなり俺の魅力に気付いたのか?こりゃ参ったね。俺ぁガキには欠片も興味ないんだけど~。いやぁ、でも小学3年生の純粋無垢な美少女を虜にするたぁ、俺も中々捨てたもんじゃねーな。悪いね、なのはに片思い中の男子生徒諸君。すっぱり諦めてくれや。ああ、でも、なのはよぉ、告白なら10年後頼むぜ?イヤッハ~、モテる男は辛いねぇ。

……………………。


(アホらし)


ンなわけあるかっての。ガキからとは言え、生まれてこの方異性から『カッコイイ』なんて言葉ほとんど言われた事ねーんで舞い上がっちゃいました。はいはい、調子コいてすみませんね。


「で、一体何を指してカッコイイってんだよ?」

「ハヤさんの煙草吸ってる姿が」


はぁ?あんですか、それは?


「何だか凄く大人っぽくてカッコイイな~って」


ああ、な~る。あれか、簡単にいうと大人への羨望とか憧れってやつをなのはは感じたわけか。

確かに、煙草はある種大人のアイテムだしな。それに、ガキってのは背伸びして1日でも早く大人になりたいって思いをどこかに持ってるもんだ。俺だって、そもそも煙草始めた切欠はそんな感じだし。


「ホント、お前は素直だねぇ。つうか、大人っぽいじゃなくて、俺はマジ大人だっての。なのはとユーノって今9歳だろ?一周りも違ぇじゃんか」

「あはは、そうだね」


まあ、一部大人になっていない部分があるが。


「大人なんてなぁ生きてりゃ誰でもなれるさ。そこに優劣は付くけど、まあ心配すんな。なのはは完全に優になれる素材だからよ。勿論、ユーノもな」

「そうだね。ユーノ君、将来はハヤさん以上にカッコイイ人になると思うよ」


なのはやなのはや、お前さん、何気に俺に喧嘩売っちゃってますよ。お気づき?


「あ、ありがとう。なのはも将来、絶対き、綺麗になるよ。ああっ、も、勿論、今も凄く可愛いよ?」

「にゃは。ありがと、ユーノくん」


おんや~?ユーノや、中々面白い反応してんじゃねーのよ。そんな顔真っ赤にしちゃってさぁ。きみ、もしかしてなのはにアレですか?アレなんですか?おいおい、いいネタ提供してくれるじゃんよ。
ちょっとこりゃ見過ごせないな。いち大人としてよ?


「ユーノ、ちょっとカムヒア~。なのははそこでストップな」

「「?」」


俺は煙草をもみ消してウンコ座りすると、寄ってきたユーノの首に腕を回してお互いの顔を近づけた。


「は、隼、いきなりどうしたの?」

「どうしたもこうしたもねーよ、このマセガキが。稼げる所はきっちりポイント稼ぎか?大人しそうな顔して、この策士が」

「な、何を………」

「で、なのはのどういう所が好きなんよ?」

「!?!?」


おいおい、そんな『何で隼がそれを!?』みたいなテンプレな顔はやめろよ。俺ぁ、これでも人の感情には聡い方だぜ(………たぶん、おおよそ)。しかも、それがガキなら手に取るように分かるっての。


「べ、べべべ別に僕はなのはの事なんて何とも………!」

「そんな女顔で恥ずかしそうに頬染めるなっての。言動と相まって女々しさMAXだっつうの。まあ、それは措いといて。いいか、ユーノ、自分を騙すのも勝手だし待ちに徹するのも勝手だけどよ、それじゃあいつまで経ってもある一定の線は越えないぞ?」

「だ、だから僕は別に…………」


たく、世話の焼けるガキだ。


「いいから、俺の独り言だと思って聞け。確かにお前は良い奴だし、中々利発そうな奴でもある。魔導師としての力も多分俺なんかよりずっと上だろうよ。けどな、今まで生きてきた年数と女性絡みのイザコザの経験だけ見れば俺の方が上だ。で、そんな俺から言わせて貰うが、もし本気でなのはとそういう仲になりたいならまずは自分の気持ちを肯定しろ!そして、ウダウダ考えず突っ走れ!さもなきゃ行く末に待っているのは─────────────俺(童貞)だ」


俺も、ガキの頃からそれが分かっていれば、今頃は彼女の一人や二人出来てただろう。けれど、それに気付かず俺はいつの間にか恋愛に臆病になっていた、思うばかりで行動には移せなくなっていた(決して鳥じゃない)。


「最後はちょっとよく分からないけど…………うん、何故か隼にはなりたくないって思う」

「自分で言っておいて何だが、うるせぇよ特大級なお世話だ」


俺はフンと鼻で溜息を吐くと、ユーノの頭を軽く撫でて立ち上がりながら言う。


「兎に角、四の五の考えずもうちっと素直になれや。じゃなきゃ、見も知らぬ野郎になのは持ってかれちまうぞ?鳶に油揚げってな」

「ハヤさ~ん、お話終わった~?」


見計らっていたのだろう。なのははそう言いながらこちらにトコトコと歩いてきた。
だから、お前はどうしてそう一々可愛いんだ?

俺は傍に寄ってきたなのはの頭をついつい撫で回した。


「うれうれうれ!」

「にゃ~~~っ!」


楽しそうに頭を撫でる俺と、楽しそうに頭を撫でられるなのはだった。


「……………『鳶』に油揚げっていうか、『隼』に油揚げ?」


そんなユーノの呟きが聞こえたような聞こえなかったような。














と、まあこれが後日談のある一幕だ。あくまで一幕、ほんの一部で、取り分けほのぼのとした後日談だな。いろいろ気になる点もあるだろうけど、それはまた次の機会の後日談でな。

まあなんだ、いろいろとありはしたが、今現在は結局なるようになったって事だ。
俺は今まで通り、騎士たちとクソ狭いアパートで暮らして。
テスタロッサ家は家族6人、今は地球に移り住み、あのマンションで騒がしい毎日を送っている。

ああ、そうそう、ジュエルシードの件のその後なんだが、結局なのはが管理局と協力して残りの全てを回収した。その後、管理局は特に何事もなくこの世界を去ったとの事。また、なのははそのまま魔導師として、管理局に所属する事にしたらしい。といっても、こっちの生活もあるので、正式に入るのは義務教育を終了してからになるらしい………………というのを、フェイトがメールを見ながら教えてくれた。
ともあれ、なのはは俺たちの事は完全に秘密にしてくれた事はおろか、その為にユーノと一緒になっていろいろと誤魔化してくれたようだ。感謝感謝。

それから、後は何かあったかなぁ………ええと─────


「あ、コラ、フェイト!それはボクのボクだけのボクにのみ許された鉛筆だぞー!つまり、ボクだらけ鉛筆だー!」

「あ、ご、ごめんね?」


ええと─────


「えっと、これがこうなってこうなるから…………あれぇ?うぅ、分かんないよ~」

「アリシアは馬鹿だなー。ボクなんてもう最後までやったゾ!」

「………ライト、数式の答えが四文字熟語には絶対ならないと思うよ?」


…………………。


「うが~、分っかんないーー!こんな物こうしてやる!極光─────」

「ド阿呆!!」

「痛っ!?」


俺はアホの頭にチョップを見舞わした。


「今、いろいろと今までの経緯とか事後処理の出来事とかを皆さんに説明─────もとい、思い返してんだよ!アリシアとフェイトを見習え、大人しく勉強してろ!」

「酷いぞ、横暴だぞ、かっこ悪い!」


言い忘れてたな。パチンコ屋をクビになった俺の新しいバイト先をよ。


「後1時間でその範囲が終わらなかったら、お前だけ漢字ドリルも追加だかんな」

「うえーー」

「ほらライト、がんばろ?もうちょっとだからさ。私も少し教えてあげるから」


テスタロッサ姉妹の家庭教師やってます。
自給1500円。

ついでに説明すると、生き返ったアリシアと新しく生まれた断章のガキとフェイトで目出度く三姉妹となって、テスタロッサ家の一員となっている。


「わたし終わった~。隼、遊ぼ!」

「もうちっと待ってな、アリシア。フェイトとアホがまだ終わってねぇからよ」

「むぅ~~!ライト、フェイト、早くー!」


肉体年齢の一番低い長女アリシアがぶーぶー言いながら、精神的長女な次女フェイト、アホ代表三女ライトニングを急かす。
ここ最近お決まりの光景だ。時と場合によってはそこにヴィータと理も入る日がある。


(やれやれ、ホント、騒がしいガキどもだ)


けれど、それは全然悪くない。この日常に俺は幸せを感じている。厄介事が終わった後は、こんな何でもない日常が本当に貴重に思えてくる。


(まあ、あいつは俺以上に幸せを感じてるだろうけどな)


俺は騒いでいる三姉妹の傍から離れ、その光景をキッチンの方から見ている一人の女性に近づいた。


「なに一人でニヤニヤしてんだよ、きもい奴だな」

「ふん、うるさいわね」


勉強が終わった後出そうと思っているのだろう、ホットケーキを作りながら微笑んでいるプレシア。
その微笑は誰が見ても綺麗に映るほどのもので、つい最近になってよく出すようになった表情の一つ。

俺はそんな顔のプレシアを見て少し笑うと、ポケットからタバコを取り出し火をつけた。


「タバコ、やめたら?」

「いくら金欠になろうとコレだけは手放せん」


言いながら、吐く煙で綺麗なマルを作る。
こういう小技、前はあんまやってなかったが、一度アリシアの前でやってウケが良かったから最近では見られてもないのについやっちまうようになった。


「…………体には気をつけなさいよ」

「テメェに心配される筋合いはねーよ」

「あるわよ。もしあなたが病気にでもなったら、悲しむ子が一杯いるでしょ」


母親の顔をしながらそう言うプレシアの視線の先には三姉妹。しかし、次の瞬間一転して頬を染めながらこう言った。



「………わ、私も心配するし」

「は?」

「す、少しだけよ!」


あれ?その顔も母親の顔?なんかフツーに乙女のような顔に見えるンですけど?

プレシアはぷいっと横を向くと、恥ずかしそうな声の調子で言った。


「あなたには、感謝してると言ったでしょ」


それはアリシアが蘇った次の日だった。プレシアから庭に呼び出された俺は、着いてすぐ私室に通され、そこでプレシアの想いを聞いた。


『私はアリシアが全てと思い込み、それ以外はどうでもよかった。特にフェイトなんて、アリシアの記憶をやったのにアリシアになれなかった不完全モノと思ってた。…………思ってたはずだった』


それは懺悔だった。


『昔ね、アリシアが言ってたのよ、「妹が欲しい」って』


プレシアは涙を溜めながら吐いた。


『いつもそうなの。私は、いつも、気づくのが遅すぎた』


馬鹿なやつだ。


「あの時も言ったけどよ、俺に感謝すんのは筋違いだ」


感謝するとすれば、それはアルハザードのあの男かフェイトにだ。


『気づくのが遅すぎたって、結局気づいたんだろ?だから、今こうやって望んだ以上の未来が来たんだ』

『………あなたがいたから気づけたのよ。私だけじゃ、きっと………だから、感謝してるわ』

『俺は俺のやりたいようにやっただけで、その過程でお前が勝手に気づいたんだろ?なら、俺に感謝なんて筋違いだ。アリシアを蘇らせたあの男か、もしくはいつでも傍にいたフェイトにしろ。つうか、俺に感謝するなら金をくれ』


そういうやり取りもあって、俺は今こうやって家庭教師をやっている。感謝の代わりにバイト先の紹介ってよ。


「それでも、あなたへの感謝の心は消えないわ。そうね、隼風に言うなら、あなたがどう思おうと私は勝手にあなたに感謝するわ」

「…………へっ、そうかい」


ああ言えばこう言う奴だ。これだから年増には敵わん。

俺は頭をガシガシと掻くと、タバコを咥えたまままた家庭教師の任に着くべく姉妹の下に戻る。
ただその前に二言。


「おい、プレシア。今、幸せか?」


プレシアは目を丸くしたあと、笑みを濃くした。


「─────ええ」


だったら、よし。
それともう一つ。


「それとな」

「?」

「ホットケーキ、けっこうファイヤーしてんぞ?」

「え?あーーーー!」













さて、長々と語ったが、もうこの辺で終わったこうか。
まあ、まだまだ気になる事もあるだろう。

時の庭園はどうなったのか、とか。
生き返ったもう一人はどうなったのか、とか。
俺の頭がどうした、とか。
そもそも2週間の間に一体なにがあったのか、とか。
その他もろもろ。

知りたい気持ちは分かる。でもよ、言っただろ?
俺ぁ疲れてんだよ。
それによ、何を語った所でそれは過去の話だ。ぶっちゃけ、どうでもいいだろ?俺はどうでもいい。

俺は、今、この時、この現在が良ければ全て良しだかんよ。

だから、俺の人生物語はここでお終い。
これから先は、きっと平々凡々な生活が続いていくだけだろうからさ。少なくとも、もう今回の件と同等かそれ以上の厄介事には直面する事はないだろう。

まあ、もしかしたらこの2週間の出来事くらいは語る日も来るかも知れんが、だが断言しよう!




これから先の事は俺は語らん!なぜなら、もう厄介事に巻き込まれないからだ!




…………マジでもう厄介事はゴメンだっての。俺は普通に暮らしてーんだよ。俺は無難な人生をこれから歩むとするよ。

て、訳で。
湿っぽいのは嫌いでね。ただ一言。





ンじゃ、あばよ!!!














【終わり】








































~???~



体が疼く。

奴を見た時から。

否、我がこの常世に生れ落ちたその瞬間から、心も体も切望しているのだ。

しかし、まだ我慢しなければならない。

まだ、その時ではないのだ。

なんという拷問か。

我がこれほど求めているというのに、奴はそ知らぬ顔で我を見る。

あまつさえ、あのような下郎共を傍に置いておるとは。そして、あの下郎共も得意げな顔で奴の傍にいる。

ふざけるな。

奴は我のモノであり、奴のモノは我だけだ。

下郎が、糞虫が、塵屑が、雑種が。

奴の傍に居ていいのは我だけだ。奴の声を聞いていいのは我だけだ。奴の視界に入っていいのは我だけだ。奴に触れていいのは我だけだ。

…………………だが、まあいいだろう。

今だけは、このホンの僅かな時だけ、せいぜい身に余る幸福を噛み締めておくがいい。

その時が来れば、我が手ずから引導を渡してやる。

奴の傍にいる者ども全てを掃滅してやる。


「くくくくっ、あははははははははははは!!」


待っていろ、下郎共。そして、主よ。

ああ、主隼よ。


「ふははははははははは─────」

「なに、大声で笑っとるんや!今何時やと思うとるんや!近所迷惑やろ!」


ぐっ、小烏!?


「小烏、今、我は未来に思いを馳せて喜びを─────」

「デレッとした顔して何それらしい事言うとるんや」

「デレてなどおらん!勇ましく高笑いを────」

「どうでもええけど、それ以上大声出すなら晩御飯抜きやで?しかも、今日は八神特性のから揚げやよ?」


なっ、兵糧攻めとは卑怯な!しかも、から揚げだと!?


「…………分かった、からあげ10個で手を打とう」

「はいはい、じゃあ手伝ってや」

「ふん、いいだろう。から揚げの為なら我も立ち上がろう」


から揚げ…………ふふふふふふふふふふ────!?

コ、コホン。

兎に角、主との逢瀬まで時間の問題だ。それまでは、この小烏の下で羽を休ませておく。

小烏がこの世に生れ落ちたその日まで、な。










【厄介事は終わらない?】



[17080] ~後日談~そのイチ 前編
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/01/14 23:54

とは言うものの、さて何から語るべきか。

後日談。

後の日の談話。

あまりに多くて、濃くて、苦々しい話になる事間違いない。
つうか、そもそもな話、後日談は本当にいるのだろうか?なにせ、結果は既に語り終えてんだ。
アリシアは蘇って、今ではテスタロッサ姉妹の長女として元気よく生を謳歌している。
フェイトはアリシアの妹として、母の笑顔と共に満面の笑みを浮かべている。
プレシアは二人の娘+断章娘の三女、加えてアルフともう一人の蘇った獣っ子の計6人の家族と共に地球で幸せを噛み締めている。

総じて俺も満たされた。自己を満足させることが出来た。

これでよくね?

重ね重ね言うが果たしているのだろうか、後日談は。
後日談とはこの場合つまり過去の話であり、そんなモンを語ったところで今更なにが変わるわけでもない。仮にこの場で後日談────あの忌まわしき2週間────を語れば、それが無かった事になるなら、俺は喉が潰れるまで謳ってやる。けれど、当然そんな事は起こりえない訳で、なら俺的には語る理由もない訳だが。

けど、まあそれでもやっぱ語っとかなきゃなんねーんだろうな。

アリシアが蘇った時の事を。
獣娘が蘇った時の事を。
アホの娘が生まれた時の事を。
地球で暮らす事になった際の経緯を。
………………俺の、頭の事を。

確かに良い事もありはしたが、比率的には悪い方が絶望的に圧倒的で、だから忘れたい2週間なんだが。
それでもケジメは着けなきゃなんねーんだよな。なぁなぁで終わりたいところではあるが、それではあまりに勝手すぎるよな。ご都合主義を味方に付け何とか今までやって来たが、流石にこれだけはてめぇで語るしかない。

嫌だけど。

本当に嫌だけど。

けれど、今までみたく『まっ、そういう事だから。理解してくれ。分からなきゃテメェらで好きなように思い描いて補完してくれ』なんて、そんな調子で流していい所じゃない。ご都合主義の使いどころは心得ている。こんなモンに使っちゃなんねーのも分かってる。つうか、この場面でそれやったらご都合つうより手抜きだ。どっちもどっちかも知んねーけど、言い方ってもんがある。手抜きよりご都合の方がまだ理解を得るだろう。
つうわけで。
なにが『つうわけ』なのか定かではないほど支離滅裂になっちまったが、それこそ今更なので、だから敢えて『つうわけで』。

語ってやろう後日談を。ビシッとよ?

何から聞きたい?どこから聞きたい?なに、安心しな。どこから聞いても、何から聞いても、きっと誰もが満足してくれるだろうよ。よく言うだろ?『他人の不幸は蜜の味』ってよ。

さて、ンじゃ取り合えず時系列順にいきますか。その方が分かりやすいだろ?それに俺もそっちの方がいい。最初の方はまだあんま不幸じゃなかったかんよ。
……………それでも気が重いんだけどな。

ああ、でも後日談に入る前にこれだけは言っておきたい。いきなり何だって思われるだろうけど、それでも俺は言っておきたい。なに、たった二言だ、時間は取らせんよ。

えー、ゴホン。





アリシア超絶無双可愛い!

リニスちゃんマジ天使!!













後日談その1~語り部・童貞~ 前編












皆と共にアルハザードを訪れた日の翌日。つまりベランダで煙草ふかしながら「ハッピーエンドじゃね?」とカッコイイ風なセリフをキメたのち、ロリーズと喧嘩した晩の次の日。

俺こと鈴木隼は朝から時の庭園にいた。もっと詳しく言うならアリシアの遺体が入ったカプセル(魔法世界の棺おけ?)の前にいた。

この場にいるのは俺だけではない。右隣りにはフェイトがおり、そのフェイトのさらに右隣にはプレシアがおり、左隣にはアルフがいる。右から順にプレシア、フェイト、俺、アルフ………と、まあそんな説明しておいてなんだが、そんな並び順なんてどうでもいいんだけどな、ぶっちゃけ。
確かにさっきここに来るまではこの並びにフェイトは緊張の面持ちでプレシアをチラ見してたし、プレシアもどこか気まずそうなテレた様な表情でフェイトをチラ見してはいたが、しかし、それはつい先ほどまでの話だ。

だとしたら今は?

今はそう、俺もプレシアもフェイトも困ったような悩んだような表情をただただしているだけ。唯一、左隣にいるアルフだけが能天気に俺のテジカメ(資金提供者・プレシア)をいじくっている。
アルフはさておき。
じゃあ何で俺らがそんな顔をしているのかというと、その原因は他でもない、目の前にあるこの死体。

アリシア・テスタロッサ。

フェイトによく似たガキで、それもそのはず、このガキはフェイトのオリジナルでフェイトはアリシアのクローン体。過去プレシアが携わっていた研究のその事故で巻き添えを食らい、弱冠5歳という若さでこの世を去った。しかしプレシアはその現実を応とせず、アリシア復活を試みた。その過程というか当初は目的でフェイトが生まれたものの、「やっぱコイツなんか違~う」という理由で以後はフェイトを人形のゴミくず扱い。改めてアリシアの蘇生を試み、その希望をアルハザードという伝説の地に託した。────と、まあ以上が俺がこいつらの事情に巻き込まれる前の事情のその簡単な説明な。

プレシアの独善っぷりがよく分かるだろ?いっそ清々しいだろ?つうか俺的には大好きだ。
だからだろう。
本来はフェイトみたいな超可愛いガキを虐待してるとあっちゃあ、そりゃあもうぶっ殺してやるところだけど、その自分良しな考え方に共感をもった俺はコスモも真っ青な心の広さで慈悲をくれてやった。俺がやられた分はやり返したけど、それでもお相子で済ませてんだから俺も紳士になったもんだ………………まあ一番の理由が『プレシアが美人だったから』だけど、それが何か?

さておき、さあ話が逸れ始めたので速やかに戻そう。てか、いつまでも過去バナは嫌なんで、戻って早送りで進もう………ややこしいな。
えー、まあそんなある日俺がテスタロッサ家の事情に巻き込まれて、そっから紆余曲折あって最後にとうとうアリシア蘇生の目処が立って、つまりそれが今日この日だってことだ。

ふぅ、ようやく現実に戻ってきたよ。あ、いやまだか。まだ何故俺らがアリシアの死体の前で頭抱えてんのか言ってなかったな。
まあ、そんな難しいことじゃない。
アリシアを蘇生させるためにはアルハザードの技術がいる。件の場所は分かってるけど、勿論向こうから出張してくれるはずもなく、だから俺たちが行かなきゃならない。俺たちとはつまりこの場に居ない騎士たち(皆、バイトだったり遊びだったり)を除いた、俺とプレシアとフェイトとアルフとアリシアが。

どうだよ、頭抱えたくなるだろ?………え、分からねぇって?もっとハッキリ言ってくれ?世話が焼けるな。じゃあ声に出して言うぞ?


「まっぱで幼女な死体とカラフリーな水の入ったどデカいカプセルをどうやってアルハザードまで運べっつうんだよ!職質とかそんなレベルぶっ飛んで即署に連行されるわ!!」


俺はカプセルをダンダンと叩きながら高らかと文句垂れた。


「ちょ、ハヤブサ!アリシアに何て事するの!」

「カプセル叩いてるだけだ!それ以前にまだただの死体だ肉袋だ!つうか死体がこれ以上どうこうなるか!叩いても陵辱しても死体は死体!ザ・肉!」

「人間として最低の発言をさらりとするんじゃないわよ!」

「はん!知った事か」


とか言いながらも、俺はフェイトの両耳を手で塞ぐのだった。『???』と小首を傾げる仕草がなんとも愛らしいフェイトだが、今はそれは割愛。愛だけに。


「まあ冗談はさておき、これはホントにどうすんだよ」

「『冗談でも、言っていい冗談と悪い冗談がある』という言葉をあなたは真摯に受け止め本気で考えなければいけないわよというのはさておき、本当にどうしようかしらね」


プレシアは何とも疲れたといった溜息を吐きカプセルを見ている。対して俺もフェイトの耳たぶをぷにぷにと触りながらカプセルを見る。
それはそうだろう、まさか最後にこんなしょうもない事で悩まなきゃならんとはよ。


「カプセルを運ぶのも無理。カプセルから出して死体だけ持っていくのも無理。アルハザードに転移するのも無理。あー無理無理無理~」


1つ目の案は重さ的に無理。いくら空飛んで多少は楽っつっても腕の負担が半端ないだろ。4人じゃ無理とまでは言わんけどダルすぎ。重労働無理で~す。虚弱体質で~す。
2つ目の案は死体の保存的に無理。あの水から出すとすぐアリシア・腐乱・テスタロッサになっちまうんだとさ。
3つ目の案は魔法的に無理。なんでもアルハザードはそこに在ってそこに無く、つまり座標が固定しないんだとさ。意味わからん。

『やれやれ』と俺はフェイトの綺麗な金髪の髪を弄くりながら溜息を吐く。
耳たぶはアルフに譲った。


「さて、どうしたもんかね」

「あの……」


おずおずといった風に、慎ましく声を発したのは髪がぐちゃぐちゃになりかけているフェイトだった。


「私もあんまり得意じゃないけど身体強化とかして頑張るから、早くアリシア連れてってあげよ?アリシアに教えてあげたいんだ。こんな冷たい水じゃなく、母さんと隼がいる温かい世界を。みんな優しいよって」

「「…………」」


虐待されてたのによくまあここまで素直に育ったもんだと、フェイトを改めて感心。ガキの大人びた物言いは俺の好きなトコじゃねーけど、フェイトに関して言えば嫌いじゃない。勿論、好きでもねーけど。


「───違うわよ」


と、プレシアがそっぽを向いて言った。そっぽを向いて、フェイトに向けて言った。


「………あなたとアルフとリニスも、この世界にはいるわ」

「……母さん」

「………プレシア」


どうやら感心しなきゃならんのはフェイトだけじゃないらしい。プレシアも中々どうして、素直じゃんか。フェイトもそんなプレシアに感動してる。アルフも以前はかなり毛嫌いしてたが今ではそれほどでもないらしい。何かしら自分の中で折り合いをつけたのだろう。
彼女たちは皆成長し、また家族になっていってるってこった。超ドラマ。

俺はそんな家族の暖かいやりとりを目を細めて眺め、そして少し間を置いて言う。


「でもやっぱこれ運ぶのダルくね?」

「「「……………」」」


初めて俺はフェイトから冷たい眼差しを貰いました。
ヤんのかコラ。


「………いい、もういいわよ。私達3人で運ぶから、ハヤブサはどっか行ってなさい」

「ひっでぇ、俺だけハブ?いじめかっこ悪い」

「~~~~っ、あなたは一体どうしたいのよ!」


どうしたいのかと問われれば、家に帰って寝たいのだが。
しかし、ここまで来たなら最後まで見届けにゃあまりにもどかしい。クソの切れが悪いのは尻心地が悪いのと一緒。


「慌てんなよ、そう簡単に見切りつけんな。妙案があんだよ。俺は運びたくないが、その代わりにもう一人いれば人数は帳尻合うだろ?しかも、そいつが身体強化も出来る魔導師なら尚」


ちなみに俺は夜天がいなけりゃ身体強化なんて器用なことは出来ん。


「シグナムやザフィーラでも呼ぶのかい?でも、あいつら今日はバイトってやつじゃ」

「違-よ、あいつらじゃない。けど、魔導師としての格ならフェイトと同等ってか全く一緒だろうよ」

「フェイトと?」

「この子と同格の魔導師なんてそうはいないわよ?」


どうやらまるで心当たりがないアルフとプレシア。てか、さりげにプレシアの奴娘自慢入ってねーか?お前、やっぱフェイトの事結構好きだろ。

そんなおとぼけ保護者たちを尻目にフェイトはハっとした顔になった。流石はフェイト、察しの良さも可愛いな(?)。


「あの白い魔導師の子?」

「全力全開で『違う』と否定しておく」

「あぅ」


親も親なら子も子だった。てか、いい加減なのはの名前くらい覚えろよ。


「ンだよ、お前ら分かんねーの?ほら、昨日フェイトに一枚の紙渡しただろ?アレだよ。あん時もちょっと説明したけど、あの紙に魔力ぶっ込めばあら不思議、騎士の出来上がりってな」


そう。昨日アルハザードの男に渡された夜天の断章。どうせ生まなきゃならんなら役に立つ時に生み出そう。


「ああ、そう言えば………え、あれ正気で言ってたの?てっきりオツムが飛んでるのかと」


いろいろ抱え込んでいたモンが無くなって少し丸くなってきているプレシアだが、俺に対する態度だけは超とんがり。正気ってお前、飛んでるってお前……なに、喧嘩売ってんの?


「マジだよ。うちに理っつう超毒舌イカれ糞ボケ頼むから死んで下さいなガキが居んじゃん?あいつもそうやってダイオキシンのように発生したんだからな」

「………ハヤブサ、あなたが人の毒舌云々を言える筋じゃないわよ」

「ふん、そりゃお互い様だ」

「わ、私はそんなに口悪くないわよ。……………なによ、その人類が初めてミトコンドリアを発見した時のような驚き極まった顔は」

「すまん。なんていうか………すまん、言葉が見つからん」

「なんで哀れんだ目をして謝るのよ!」


と。
そんな漫才している場合ではない。漫才のつもりなんて微塵もないが、それでもそんな場合じゃない。

俺は顔を真っ赤にして吠えるプレシアを無視し、フェイトに歩み寄る。


「フェイト、昨日渡した紙貸してみ」

「あ、うん。ちょっと待って」


フェイトは持っていた手提げのハンドバックから折りたたまれた一枚の紙を取り出した。それを受け取り広げると、あの何語か分からない文字がびっしり書いてある。
ホント、何て書いてあんだろうねコレ。見た目凄く厳かそうだが、案外しょうもない事だったりな。『17時より100g99円!』とか。


「それにしても不思議だね」


アルフが眉間に皺を寄せながら、紙を見るため俺の手元を覗き込んできた。
その急接近に純情ハート所有者の俺はどぎまぎ…………なんてしねぇよ。アルフ、お前朝から餃子チックなモン食ったろ?息臭ぇぞ。それともまさか獣特有の素の臭さ?だったらちょっと引くな。ブレスケアを薦める。


「なにがよ?」

「だってさ、隼の言う通りならそんな紙から魔導師が生まれるんだろ?それも供給された魔力の持ち主とまったく同じやつが」

「だから?」

「だからって、これって凄い事だろ?」

「まあ、生命を生み出すってのは凄いだろうけど……やっぱ魔法世界の常識的に見てもそうなのか?」


俺はまだ若干高揚気分なプレシアへと話をふった。

プレシアは軽く深呼吸すると胸の下で腕を組み、まるで物分りの悪い生徒に教え聞かすような口調で喋り出した。


「凄いも何もないわよ。常識的なんてモンじゃないし、非常識でも過不足だわ。いえ、そもそもそんな事を考える事自体時間の無駄よ。その断章、ひいては夜天の写本なんていうロストロギア・コピーからして出鱈目なんですもの。アルハザードが絡んだ時点で理解も納得も無意味、ただ『そう在る』から『そう在る』のよ」


バアさん先生、意味が分かりませ~ん。

まあ、別にどうでもいいんだけどな。俺的にも、それでいいならそれでいいし。ぶっちゃけ、論議したところで何がどうなるわけでもないからな。


「純粋に魔導生命体を生み出すならともかく、ただの魔力だけで身体情報まで写すなんて今の魔導や科学じゃどうやったって─────」

「あ、プレシア、もういい。うるさいからちょっと黙ってて」

「あなたから聞いてきておいてそれ!?」


顔を赤くし、ジト目で睨みつけてくるプレシア。

やっぱプレシアも少しは俺に対しても丸くなったかな。ちょい前なら問答無用で手とか足とか魔法とかが飛んで来てただろうに、今じゃ多少のツッコミとそんな顔だけときたモンだ。俺としてはちょっと張り合いに欠けるが、その年不相応の可愛らしい怒り顔と張りのある胸でオールOK!


「てわけで、話は聞いてた通りだフェイト。これにお前の魔力をぶっ込んでくれ」

「え。あの、私でいいの?」

「俺はお前がいいんだよ。フェイトのコピーならさぞ可愛い奴が生まれてくんだろうしな。あ、それともやっぱコピーされんのって嫌?まあ、自分がもう一人存在するようなモンだし、気持ち悪いか……………ん?でも、フェイトならそれ関係ねぇか?もともとフェイトもオリジナルがいるクローンだし。なら二人も三人も変わんねーだろ。それに生まれて来る奴はコピーっつってもまったく同じっつう訳じゃねーから大丈夫!可愛いフェイトはフェイトだけ!」


遠慮も配慮もあったもんじゃない俺のフォローとも言えぬデリカシーの欠片もない言葉に、しかしフェイトは少しだけ呆然とした後困ったように小さく笑みを浮かべ、それが程なく純粋に嬉しそうな笑みへと変わった。


「うし、その笑顔は了承の意と取るぞ。つう訳だからプレシア、よろしくな」

「は?何が?」

「生まれてくるフェイト・コピーの世話」

「はァ!?」

「だって、もう俺んちじゃ面倒見切れねーし。物理的に」

「だからって……」

「別にいいだろ、金だってしこたまあんだし。それに見た目フェイトに激似の奴が生まれるんだぞ?アリシアも蘇ってくれば三人の娘的な?三姉妹的な?そんな三人に囲まれて『ママ』とか『母さん』とか言われた日にゃあお前………どうよ?」


─────プレシア妄想中。


「しょ、しょうがないわね。まぁ、確かに後一人くらい子供が増えたからってなんて事はないわ」


落ちた。飲んだ後のお茶漬けくらいアッサリだった。
なんとまぁ、つい先日までのバイオレンスなプレシアからキャラ変更しすぎだろ。これ、ツンデレのデレ期なんてもんじゃねーぞ?

まっ、デレ期だろうがジュラ期だろうが俺の面倒が少なくすむなら何でもいいけど。


「あ、ついでに理とヴィータも預かってくんね?半永久的に。金払ってもいいぜ」

「いくら金を積まれようとも、それだけは絶対に嫌!あんな子たちと暮らすなんて考えただけでも過労死するわ。いえ、きっと3分後には殺し合いになってるわね」


だよな~。
てか、プレシアにここまで言わせるロリーズはある意味で最強だな。

まあいいや。取りあえず話もこれでまとまった事だし、そうそうと済ませちまおう。


「ほれ、フェイト。いっちょお前の魔力をドバッとこれに入れてくれや」

「う、うん。分かった」


俺はフェイトの眼前に紙を持っていき、それに向かいフェイトが魔力を注ぎ込むため手を差し出そうとして、しかし途中でその手が止まった。


「あの、隼。どれくらい魔力あげればいいの?」

「ん?」


そう言えばそうだな。ええっとどれくらいなんだ?小さじ一杯程度?それとも大さじ一杯くらい?
理の時は確か……って、あん時は俺その場にいなかったっけ。でも、確かシグナム達が言うには魔力弾を吸収したっつってたっけ?魔力弾、つまり攻撃魔法って事だから、なら結構多目に魔力がいんのか?
いや、でもフェイトくらいの凄い魔導師なら少量の魔力でも足りる……………ん?てか、そもそもフェイトって魔導師として凄いやつなの?思えば俺、フェイトの魔導師としての強さなんて見たことねぇな。まあ、自称大魔導師(笑)のプレシアが娘自慢するくらいだから、それなりだとは思うけど。あ、でも確か局の魔導師に後れを取って怪我してたしなぁ………実際どうなんだ?

ここは念を入れとくべきか。


「よし、お前の全力魔法を撃って来い」

「え?」


何事も少ないより多い方がいいだろ。

俺はフェイトから距離を取り、そこで紙を前面に構えた。そんな俺をアルフとプレシアが驚きと呆れを表していた。


「は、隼、いくらあんたでも危ないよ!フェイトの全力って凄いんだよ?」

「………馬鹿がいるわ」


大丈夫だっての。この紙が魔法吸収してくれんだから俺の被害はどうせゼロだろうし、仮に吸収しきれず余波的なモンがあってもこの俺がガキと魔法で膝を付くわけがあるめぇよ。


「心配無用!フェイトのちょっせぇ魔法くらいで俺がどうにかなるかよ。プレシアの弾幕魔法にも耐えた男だぞ?マタドールのように華麗に捌いてやんよ」

「いやいやいや!?隼あんた魔法舐めすぎだって!止したほうがいいよ!」

「そもそも私の時だって、結構ギリギリだったじゃない」

「つべこべうるせぇな。ほれフェイト、気にせずやれ。俺を信じな」


フェイトはどうしようかおろおろとしていたが、そこで「いいわフェイト、言う通りにやってやりなさい。馬鹿に何言っても無駄。部屋の被害とかも気にしないでいいわ」というプレシアの言葉で心を決め、セットアップしてデバイスを構えた。


「隼、ホントに全力でいくよ?」

「おいおい、フェイトまで何言ってんだよ?てか、お前程度の魔法でどうにかなる俺じゃねーの。ガキは無用な心配なんてしてねぇで、どんと来い!それを受け止めてやるのが大人だ!」

「う、うん!そうだよね、なんたって隼なんだから!私なんかの魔法が通用するわけないし………それじゃあいくね」

「応よ、ばっち来ーーい!!」


俺はポケットからタバコを取り出し、余裕綽々で一服つく。

やれやれだ、まったく。だいたいお前ら心配性なんだよな~。


「アルタス・クルタス・エイギアス」


俺が今までどれだけの修羅場をくぐって来てると思ってんだよ。それに比べたらガキの魔法なんてお前、児戯にも等しいだろ。


「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」


プレシアもフェイトもアルフもその辺が分かっちゃいねぇ。それにいくら全力魔法つったって理のルシフェリオンの何十分の一か、もしくはせいぜいが俺のラグナロク(極弱)くらいだろ?

余裕だっての。


「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」


俺は適当にさ迷わせていた視線をフェイトに戻した。

さてさて、いい加減大仰な詠唱は終わったかよ。こちとら待ちくたびれ………………────────


「フォトンランサー・ファランクスシフト」


────────ふぅ~。

最近ちょっと色んな事があったからなぁ、疲れてんのかな俺?なんか黄色く輝く光球が尋常じゃないほどフェイトの後ろに控えてんだけど。あ、プレシアとアルフがさらにその後ろにいるなぁ。


「って、ンじゃこりゃーーーーーーーー!?ちょ、フェイトそれ何!?」

「リニスの教えてもらった私の最大魔法だよ。リニスは『命中すればまず防ぎきれないし、耐える事も難しい』って言ってたけど隼なら全然大丈夫だよね」


イヤッハーーー!?
確かに信用しろとは言ったけど!受け止めてやるとは言ったけど!全力で来いとは言ったけど!


「いくよ隼!」

「ちょい待て!タンマ!せめてマトイを───────」

「撃ち砕け、ファイアー!!!」

「ヤる気マンマン!?撃ち砕いちゃらめええぇぇぇぇぇぇ!!??」


時遅く。

フェイトの言葉とともに撃ちだされる怒涛の槍のような魔力弾。数なんて数える余裕もなく、せめてもの救いは何とか甲冑の展開が間に合ったくらいで、けれどそんなもんが果たしてどれくらいの救いになったのか。

あ、俺死んだ。

と、初めて思った。


「どぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」


人とは窮地に陥れば藁をも掴むというが、まさしく俺は今その状態。盾にもならない紙を両手でしっかりと前面に構えて凌ぐ。それでも必然に抑えきれる訳も無く、体に当たるは当たる。

なんだよこの物量は!前プレシアからもえらい数の魔法弾を貰ったけど、それに遜色ないってかそれ以上だ!この弾幕親子が!!


(足が!肩が!頭が!ぬわぁぁああ、痛ぇ!!!)


死ぬ死ぬ死ぬ死ぬデスる!!
体中が痛ぇ!さらに着弾音も凄まじいから鼓膜も破れるぅ!


(ドチクショウーーー!!!)


それでもフェイトにあんだけ調子ぶっこいた手前無様を晒すわけにはいかず、俺は踏ん張ってその猛攻を耐える。なによりこのマトイを着ている限り、あいつらの名前を背負っている限り、俺は情けない姿を絶対に見せられない。


(だからってキツイものはキツイんだけどなあああああああ!)


そんな拷問とも思しき我慢時間が一体どれだけ続いたか。多分ほんの数十秒だけれど軽く死ねる時間が漸く終わったようで、銃弾のように俺に突き刺さってきていた魔法弾の嵐がやんだ。


(お、終わったか……)


辺りは魔法の余波で瓦礫が飛び散り、砂埃で視界が遮られているのでフェイトの姿が見えない。そして俺も足腰ガクガク、声も出ねぇ。


(信頼され過ぎるのも問題だな)


俺は膝を突きそうになる足に力を入れ、堂々とした立ち姿でこの砂塵が晴れるのを待った。あたかも『はん!余裕!』という事を主張するかのように。
つうか途中の爆風で紙がどっか飛んでっちまったしよぉ。ちゃんと吸収出来てっか?ここまで頑張って無駄でしたじゃ最悪過ぎんぞ?

──────と、あたかも終わったかのように安堵していたのだが、しかし、世界はどこまでも俺に厳しいらしい。


「スパーク────」


あん?


「───エンドッッ!!!!」


完璧に完全に無防備な俺の下に、目の前の砂塵を切り開きながら一つの黄色い光が飛び込んできた。

予想外のラスト一撃だ。


(止めはキッチリってか?ははは、ガキのクセに徹底してやがんなぁ~)


客観的にそんな感想が浮かんだ。

いや、もうなんか色々無理。これ当たったら俺死ぬんじゃね?非殺傷設定とか無関係なレベルじゃね?甲冑ももうボロボロだしよ。
いやぁ、フェイトの事ちょっと舐めてたわ。まさかこんな強ぇとは。これはどうしたもんかねぇ。当たったらやべぇのは分かるけど、とてもじゃない避ける事はこんな体じゃ無理だし。シールドも夜天がいなけりゃ儘ならないし。


(はいはい、分かりましたよ。諦めて清くもらえばいいんだろ?こうなりゃどこまでも耐えてやんよぉ!!これで俺がMに目覚めたら責任取ってもらうからなフェイトーー!!)


と。
俺は歯を食いしばり、足を床の中に埋没させるかのごとく踏ん張って、今まさに来る衝撃へと覚悟を決めた────────その時。


「主はボクが守る!!」


そんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には俺に向かって来ていた黄色い槍を横から伸びてきた同色の光が飲み込んだ。さらにその光はフェイトの槍を飲み込む事はおろか、辺りの砂塵を全て撒き散らして塞いでいた視界を晴れやかにした。


「な、なにが……」


いきなりの事で呆然とする俺だが、それは俺だけに非ず。見ればフェイトもプレシアもアルフも現状になにが起こったのか分かっていないようだ。だが、俺とは違い三人の視線は一箇所を向いていた。

なんだと思い、俺も三人に倣いそちらの方を向いてみれば、なんとそこには一人の少女。
先ほどまで俺たち4人しかいなかったはずのこの場所に、あたかも最初からいましたよ的に佇んでいる少女が一人。

─────フェイトに激似の少女が一人。


「てか、あの2Pカラーなフェイトはどう見ても断章のガキだな」


青い髪と紫色の瞳を有したフェイトと瓜二つの少女。違うところを挙げるなら、それは先に言ったように青い髪と紫色の瞳、そして右手に持っているデバイスが斧でも鎌でもなく大きな剣だという事。てか、あれ?確かフェイトのデバイスは剣にはならないんじゃ?

そんな少女はデバイスを器用にくるくると頭上で回した後、登場第2声を上げた。


「凄いぞ強いぞカッコイイ~!」

「まさかの自画自賛だァ!?って、ぐはっ、痛ぇ!自分の声が傷に響く!?」

「あ、主~~」


少女はデバイスを持っていないほうの手を俺に向かってブンブンと振る。『えへへ~』とでも言いたげなその無邪気で無考えな顔は、やっぱりフェイトであってフェイトじゃない。そして、その行動の意図も分からない。

だが、少女の意図の分からない行動はさらに続いた。


「そこのボクによく似た偽者!よくもボクの主を攻撃したな!」

「え?え?」

「成敗!」


少女はデバイスを剣から鎌に変形させフェイトに切りかかろうと飛び掛っていった。そのスピードには目を見張るものがあり、その気迫も『我が進行を妨げる者なし!』みたいな雰囲気も窺えた。

しかし、そんなモンはなんのその。ある一人の女性の行動により、その目的は叶わなかった。


「むっ」

「いきなり出てきたと思ったら武器を振り上げるなんて元気な子ね。でも、とても賢い行動とは言えなくてよ?」


少女とフェイトの間に割って入ったプレシアが意図も容易く少女の攻撃を止めた。


「なんだお前は!」


少女はプレシアからばっと距離を取り、今度はフェイトからプレシアに武器を向けた。
てか、理に似てこいつも怖いもの知らずだなぁ。


「………言動はともかく、見た目は本当にそっくりね。まあ、それはいいわ。隼、これ以上大事になる前にさっさとこの子に説明なさい」

「お、お前は、俺のこの瀕死っぷりが、見えねーのか」

「「あ、隼!」」


というか、プレシアのみならずフェイトもアルフも俺の事を完全に忘れていたようで、今気づいて急いで駆け寄ってきた。


「は、隼!」

「大丈夫かい?」

「これが大丈夫に見えるならアルフ、お前は一度獣医に行った方がいい。フェイトも景気よくやってくれたな」

「ごめんね隼、私………」

「ったく、嘘嘘。こんくれぇなんてこたぁねーよ」


俺はアルフに肩を貸してもらいながら涙目のフェイトの頭をくしゃりと撫でてやる。そんな俺を見てプレシアがふんと鼻で笑った。


「いいザマね、隼。あれだけ息巻いててそれ?アルフに肩を貸してもらわないと立てないなんて。一人で立てもしないわけ?」


あん?へんなトコに突っかかってくんなぁプレシアの奴。訳分かんねーけど、生意気だぞコノヤロウ。
ついでにフェイト・コピーもぷくぅ~と頬を膨らませながら今にもアルフに飛び掛っていきそうだ。それをしないのは目前のプレシアを警戒しているからだろう。


「おいコラ、あんま上等なクチ聞いてんじゃねーぞ?誰に向かってモノ言ってんのか、よく考えてから口開けや」


俺はプレシアを睨みながらアルフを振り払った。その後、その勢いのまま断章のガキに叫ぶ。
あークソ、傷に響く!


「そこのクソガキもだ!てめぇ、出てきてそうそう愉快な事しれくれてんじゃねーぞ!」

「ボ、ボクは主の為に……」

「独断専行してなにが主の為だ!いいからこっち来いや!」


ガキは先ほどの笑顔はどこへやら、まるで飼い主に叱られた犬のようにショボ~ンとなりながらとぼとぼと俺の方へと歩いてきた。
そして手の届く距離までやってきたガキに言う。


「目ぇ瞑れ」

「え、あの、ボクは主の為と思って、だって主はボクの大切な人だから、それでえっと」


ガキは殴られるとでも思ったのか、拙い言い訳を始めた。
なんともガキらしい反応だ。


「目ぇ瞑れっつってんだ」

「うぅ……」


再度俺が言うと観念したのか、ギュっとその小さく可愛らしい瞳を目蓋の奥へと隠した。

やれやれ、流石はフェイトのコピーだよ。反応の一々が可愛いな。

そんなフェイト・コピーに俺は、


「ありがとよ」


フェイトにやったように、くしゃっと頭を撫でた。


「え?」

「正直さっきは助かった。あれ貰ってたらこうやってまともに話す事も出来なかったろうしよ。でも、次からは俺がいいって言うまで助けんなよ?ガキに助けられるほど惨めなモンはねーかんな」


撫でた手で次はそのままぺシッと叩いた。


「てことで俺がお前以下数名の騎士の主、鈴木隼だ。よろしくな」

「────主~!」

「ちょ、痛ぇ!飛びつくな!」


体全部を使って抱きついてくるガキ。それはどこか必死さまで漂っており、こいつは俺を命綱か何かと勘違いしてんじゃねーのかとさえ思う。

そんなガキも少し経って落ち着きを取り戻し、俺から少し離れて佇まいを正した。そしてデバイスを掲げ、騎士らしく宣言した。


「夜天の写本・力の断章、雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)、今御前に。この身この心はもとより生涯すべてを捧げます」


理や他の騎士どもに比べてかなりガキらしいガキだけど、こういう時だけはやっぱ堅苦しいのな。

つうか早速最新情報を使って来たな(2011.1月某日現在)。そういやさっき見たコイツの魔力光はフェイトと同じ黄色だったけど、必ず近いうちに変わるだろうな。
というメタ発言は措いといて。


「おいおい、そんな重ぇ言葉はいらねぇよ。生まれたからにはテメェはテメェの好きなように胸張って生きろ。捧げられてもウゼェ」

「うん!だから、ボクは好きでいつまでも主の傍にいたいんだ!」

「………そうかよ。まっ、勝手にしな」


時々こいつらのこういう所が怖くなるよ。無償のモンほど怖いモンはねー。


「それとフェイトとプレシアに詫び入れとけよ?これからいろいろと世話ンなんだからよ」

「?よく分からないけど分かったー!」


元気よく返事した後、まずはフェイトに向かってペコリ。


「偽者、ゴメン!」

「え?あ、うん、別に気にしてないよ。……………本当にそっくり」


ガキよ、偽者か本物かで言ったらお前の方が偽者だぞ?まっ、どっちもどっちだけど。

次にプレシアの傍に行ってペコリ。


「おばちゃん、ゴメン!」

「お、おばちゃん!?」


ホント、いい根性してんなぁ。まあ、本人に他意はないんだろうけど。

しかしまあ、これでまた俺の周りは賑やかになっちまったな。さらにここからアリシアとリニスだっけ?この2人も加わったら、一体どんだけグダグダになる事やら。今回だって1話で終わる予定がまさかの前後編になっちまったし。

あ~あ、面倒臭ぇ。


「は、隼大丈夫?何か疲れた顔して……あ、やっぱり体痛むの?ご、ごめんね!」

「主大丈夫か!?痛いのか!?死んじゃヤだぞ!?ボ、ボクそんな事になったら………ぐすっ、ううぅぅ~」


………まっ、悪いはしねぇからいっか。

そんな微笑ましい気持ちになってると、どこからかブツブツと声が聞こえてきた。


「おばちゃん……やっぱり私ってもうそういう域なのかしら……確かに最近シワが増えたけど、でもまだ全然肌に張りもあるし……見た目だってその辺の若い子には負けない自信も……」


なんか事の他プレシアがダメージ受けてるし。でも、そんな気にする事でもねぇだろ。性格抜きにすれば超いい女だし、見た目もともすれば20代でも通用するし。


「女ってのはそういうとこが気になるんだねぇ。男の俺にゃ分からん」

「そういうとこ?」


ひとり言で呟いたつもりが、耳聡くアルフが拾った。


「ああ。年齢とか見た目とか」

「そうでもないだろ。私は全然気にしないよ?」

「それはお前が半分くらい獣だからだ」

「そっか。まあ、私の場合この体を形作る魔力を調整すれば子供の姿にもなれるから、だから尚更なのかもね」

「え、アルフそんな事も出来んの?へ~、ちびアルフかぁ」

「なんだい、見てみたいのかい?変身しようか?」

「いや、いい。俺はどっちかってぇとその姿のアルフ(の胸とお尻とヘソ)が好きだし」

「そ、そっか……」

「あ、すまん、訂正。超大好きだし」

「う、うんっ。へへ、照れるね」


と、何時までもそんな下らん会話してるから1話で纏まらねぇんだよなぁ。じゃ、今回はこの辺りで引いとくか。

つうか体痛ぇえ!!










後日談その1~語り部・童貞~後編に続く






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