西日本新聞

東アジア激動 「新冷戦」を乗り越える秩序を

2011年1月5日 10:47 カテゴリー:コラム > 社説

 ■年のはじめに考える■

 年が明け、さわやかな冷気の中で、今年の日本と世界を展望しようとしても、たちまち昨年後半に目にした「二つの映像」が頭に浮かび、新年の晴れ晴れした気分がそがれてしまう。

 一つは北朝鮮の砲撃を受け黒煙が上がる韓国・延坪島(ヨンピョンド)の姿、もう一つは尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりする場面である。いずれも、日本とそれを取り巻く東アジアの安全保障情勢が、いかに不安定かを思い知らされた光景だった。

 この二つの出来事は、通信社が選んだ昨年の十大ニュースの国際部門と国内部門でそれぞれ1位となった。2009年は国際部門でオバマ大統領始動、国内部門で民主党政権誕生がトップだ。未来への期待感と楽観主義はわずか1年で消え去り、いまや私たちは重苦しい現実を突きつけられている。

 新政権発足当初は、民主党が中国に大規模な議員団を送るなど、中国との関係強化を図る動きが目立った。

 しかし、尖閣諸島事件を機に、中国の海洋権益に関する膨張主義と、なりふり構わぬ外交攻勢を目の当たりにして、日本人の対中感情は急速に悪化した。中国の不透明な軍備増強も、あらためてクローズアップされた。

 内閣府が昨年末に発表した国民世論調査の結果によると、中国に「親しみを感じない」との回答は77・8%に上り、過去最高を記録した。

 ▼「2012年問題」

 中国への警戒感を強めているのは、米国も同じだ。オバマ政権は中国の西太平洋やインド洋への進出を抑止するため、日本やインドとの軍事的連携を強化する戦略を進める。

 この米中両国の対立構図は、北朝鮮の核開発や延坪島砲撃をめぐっても顕在化した。北朝鮮を断固非難する米国、韓国、日本に対し、中国はあくまで北朝鮮擁護の姿勢を崩さない。

 アジアで勢力拡大を目指す中国と、それを封じ込めようとする米国との対立がさらに激化すれば、かつての米ソ冷戦にも似た、米中の「新冷戦」に発展しかねない危うい岐路にある。

 さらに、東アジアは「2012年問題」と呼ばれる難しい時期が迫る。

 この年、韓国では大統領選、台湾では総統選が実施される。中国は共産党大会で胡錦濤国家主席から習近平副主席の新体制へ移行する見通しだ。北朝鮮は12年を「強盛大国の門を開く年」と位置付けており、健康不安を抱える金正日(キムジョンイル)総書記から息子の金正恩(キムジョンウン)氏へ、権力継承を進める可能性が高い。

 加えて、米国とロシアでも大統領選が行われる。つまり、東アジアの国・地域と、東アジアに強い影響力を持つ米ロ両国のほとんどすべてで、指導者の交代が予定されているか、または交代の可能性があるということだ。

 権力の交代期の前後には、国内統治の不安定化や外交方針の転換が起きることが多い。とくに北朝鮮は、過去の権力継承期に国際テロを起こしたこともあり、要注意である。

 アジアの安全保障環境は、ますます見通しが利かなくなる。今年から来年までを「魔の2年間」と呼ぶ論者もいるほどだ。この激動の時代を前にして、日本の政治に構えはあるのか。

 そこに思いが至るとき、もう一つ、昨年見たニュースを思い起こす。日中首脳会談の冒頭、胡錦濤主席を前に、手にしたメモを読み上げる菅直人首相の姿だ。あいさつぐらいメモなしで、とほとんどの国民が思っただろう。

 次々と現れる難題に振り回され、迷走の揚げ句に自信喪失した民主党外交を象徴するようなシーンだった。

 ▼「内向き」脱する時

 長い目で見れば、世界は米国を中心とした秩序が崩れ、新たな秩序の枠組みを模索する途上にある。冷戦終結後は圧倒的だった米国の国力は相対的に低下していき、中国が経済、軍事両面で台頭してくるだろう。

 中国以外の新興国も著しい経済成長を続けている。米欧先進国がすべてを決めていた時代は終わり、中国やインドなどの新興国へとパワーシフト(力の移動)が続く。世界は多極化が進みそうだ。パワーシフトの過程で、さまざまな摩擦や小競り合いが起こると予想される。危惧される「新冷戦」も、そういった現象の一つである。

 こうした中で、日本は不安定な東アジア情勢を切り抜け、「新冷戦」を乗り越えた新たな多国参加型の世界秩序づくりに加わらなくてはならない。

 気になるのは、この重要な時期に日本の社会や政治が「内向き」になっていることだ。菅首相の「メモ読み」も、言い落としがあればまた国内で批判される、との心理ではなかったか。

 外交では、国内政治や世論の表層を気にしすぎると、必要な決断のタイミングを逃しかねない。中長期的な国民の利益をしっかり踏まえたうえで、変化に即応する柔軟性が求められる。

 内向きになるのはよそう。世界を相手に、メモなしで語ろう。

 今年の終わりに発表される十大ニュースには、「東アジアの緊張緩和」を示す項目が入ってほしいものだ。そして、それが実現するように、日本は積極的に行動すべきである。


=2011/01/05付 西日本新聞朝刊=

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