科学技術分野の大きな指標の一つであるノーベル賞で、日本はアジアの中で優位に立ってきました。しかし、ノーベル賞は過去の実績の評価でしかありません。日本は、経済でも中国に抜かれそうな状況ですし、科学技術分野の現在の業績を見れば、中国などアジア各国が非常に頑張っています。日本はかなり頑張らなければ、アジア1位を維持できなくなると思います。
日本発のiPS細胞(人工多能性幹細胞)研究ですら油断できません。研究費や研究者数はいずれも米国が10倍も多い。1人と10人で綱引きをしたら10人が勝つのは当然。僕は、すべてで勝つことは無理なので日本は綱引きの綱を作るべきだと考えます。日本がいなければ綱引きすらできないよう一番大切なところを押さえ、存在感を示すのです。僕たちの分野では、安全なiPS細胞の作成法と評価法が「綱」にあたります。
今、心配しているのは、皆が下を向き、自信を失っているように見えることです。日ごろのニュースは暗い話題ばかり。教育でも、日本の長所があまり伝えられていない。元気を取り戻すには、まず日本という国に対して、国民の僕たちが誇りを持つことが一番必要だと思います。
僕は日米両国で研究し、米国ではさまざまな国の人と出会いました。研究環境など海外の方が素晴らしい面はありますが、日本には美しい国民性があります。コツコツと努力する、互いを思いやる、自我を張らず控えめ……。そんな日本の素晴らしさを見直し、政治のリーダー、教育者、報道はアピールしてほしいのです。
科学技術分野には、国の借金の大きさを考えれば、(菅直人首相の肝煎りで来年度予算案の科学技術関連分が増額となるなど)相当な支援をいただいています。科学技術が日本の将来を支える大きな柱であることは間違いないですが、研究者は研究室に閉じこもっていればいいわけではありません。一歩外へ出て、取り組む研究の意味を社会へ発信する努力をしなければなりません。それは、研究者の社会的地位の向上にもつながり、若い研究者の減少(内閣府によると05年度からの4年間で37歳以下の研究者が7・4%減)の歯止めにもなるはずです。
では、僕自身はどんな貢献ができるか。僕に課されているのは、まずiPS細胞研究の実用化です。さらに、イノベーションを生む研究環境整備を訴えたい。任期付きのポストが増えて将来の展望が見えにくく、「小さな論文を一つ書けばいい」と大きなことに挑む雰囲気が薄れているようです。海外へ出る若者も減っています。
大きな発見には頭を真っ白にして考えにふける余裕や、研究を支えるスタッフの充実が必要です。そんな挑戦を後押しする仕組みを、強く訴えていきたいと考えています。【聞き手・永山悦子、写真・望月亮一】=つづく
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■人物略歴
1962年東大阪市生まれ。87年神戸大医学部卒。大阪市立大助手、奈良先端科学技術大学院大助教授などを経て、2004年京都大教授。10年から同大iPS細胞研究所長。06年に世界初となるマウスのiPS細胞作成を発表し、翌年、ヒトでも成功。ラスカー賞、ガードナー国際賞、京都賞など数々の賞を受賞。
毎日新聞 2011年1月10日 東京朝刊