小作品「救世主」
荘厳なる音色に彩られ、空から光が降ってくる。
世界中が嘆いている。
彼の死に悲痛な叫びを投げかけている。
「オレはお前が嫌いだ」
あらゆる人種が集まる平野の只中で、死んだ彼の前に立つ。
彼は偉大なのだと言われている。
世界を信仰の力で救い、多くの人間を救い、彼の旗の下に何億もの人が集まった。
正に救世主。
「お前が死んだ時は喜んだもんだ」
区切られた四方からは人々の罵声。
何をしている。
彼の前だぞ。
貴様は何だ。
そんな声。
世界最高のペテン師に傅く者達の声。
「だが、さすがにこれはやり過ぎたな」
彼は復活した。
彼は正に神。
現代の生きる神話。
「復讐か?」
目覚めた彼は確かにカリスマなのだろう。
一度死んだ者が目覚めるならば、それは神なのだろう。
だが、しかし。
人は神など無くとも生きていける。
「お前の救世主ごっこに付き合わされた連中は皆死んだよ。弔いぐらいにはなるだろう」
銃を向ければ、まったく面の皮も厚く彼は言う。
「私が死ねば、未だ不安定なこの世界は破滅に向かうだろう」
「もう神気どりか? ならもう一度蘇ってみろ」
撃った瞬間、割り込まれた。
弾丸は立て掛けられた棺桶の彼の心臓を射抜くよりも早く腕に遮られた。
それと同時に向けられる彼女の視線に気付いて彼の悪魔的な頭脳とやらに感心させられる。
「彼は世界の希望なのよ!? 貴方何のつもり!? 今、彼は蘇った。そう、彼は神なのよ!!」
まったくもってその通りだろうが撃つ。
またも腕に阻まれる。
「あぐ?!」
「いいのかね?」
何がいいのかね?なのか。
人の子供を浚い育てておいて、盾に使う屑が。
「彼を殺させはしない!?」
撃ち返されたが銃弾は脇腹を掠めただけに終わる。
「勘弁してくれよ」
嘆く間に彼女を蹴飛ばした。
「酷い父親だ。子供とその惚れた男を撃つとは」
近づいて一発殴る。
「ああ、酷い父親だ。一度も守れなかった。だから、これが最初で最後の父親の仕事だ」
軽い手応え。
完全に心臓を射抜いている。
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その声は誰のものか。
怒号と狂騒と悲鳴が連鎖する。
「私が・・死んでも・・・私の残した者達は・・・」
「残念だが一番上のシンパは今さっき地獄の団体旅行に出たばっかりだ」
「ふ・・・・ふふ・・・あっけない・・・もの・・だな・・・・・・・・」
「ああ、そんなもんだ。お前は神様らしいからこの地上で肉の塊になれ」
「・・・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
仕掛けておいた爆薬をリモコンで起爆させた。
「早くしないと辺り一帯火の海だぞぉう」
一瞬の沈黙・・・・・・・・そして、悲鳴。
その場から逃げだそうとする人の波。
殺到しようとしていた人塵はその場から遠ざかろうと引いていく。
その中でもハッキリと彼女の声が聞こえる。
流れに逆らおうとして人に流されていく。
「殺してやるぅうううううう!!? 殺してやるぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう」
「おうおう。元気でお父さんは安心だ。達者で暮らせ。後、悪い男に引っ掛からないようにな」
ブンブンと手を振れば、狂気半分の形相が人塵に消えていく。
聞こえていなくともいい。
それは最初で最後の父モドキの言葉なのだから。
聞こえていたら恥ずかしい。
「ったく。締まらねぇ終わり方だな」
その内に仕掛けておいた情報が流れるだろう。
全てが暴かれた時、自分の為に彼女は泣いてくれるだろうか。
泣かないかもしれない。
いや、泣いてくれても困る。
泣いた子供のあやし方など知らない。
「ま、それなりの人生だったさ」
起爆させた煙幕に巻かれながら、多くのレーザーポイントを自分の体に見た。
最後の瞬間、煙に見えたのはもう散っていった連中の笑顔だった。
全てが暴かれた日、世界中が途方に暮れた。
その日確かに現れた救世主は世界ではなくただ自らの家族を守り、死んだ。
fin