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[24644] 小作品「救世主」
Name: アナクレトゥス◆43fc0296 ID:bbfd5a42
Date: 2011/01/13 07:34
小作品「救世主」

荘厳なる音色に彩られ、空から光が降ってくる。

世界中が嘆いている。

彼の死に悲痛な叫びを投げかけている。

「オレはお前が嫌いだ」

あらゆる人種が集まる平野の只中で、死んだ彼の前に立つ。

彼は偉大なのだと言われている。

世界を信仰の力で救い、多くの人間を救い、彼の旗の下に何億もの人が集まった。

正に救世主。

「お前が死んだ時は喜んだもんだ」

区切られた四方からは人々の罵声。

何をしている。

彼の前だぞ。

貴様は何だ。

そんな声。

世界最高のペテン師に傅く者達の声。

「だが、さすがにこれはやり過ぎたな」

彼は復活した。

彼は正に神。

現代の生きる神話。

「復讐か?」

目覚めた彼は確かにカリスマなのだろう。

一度死んだ者が目覚めるならば、それは神なのだろう。

だが、しかし。

人は神など無くとも生きていける。

「お前の救世主ごっこに付き合わされた連中は皆死んだよ。弔いぐらいにはなるだろう」

銃を向ければ、まったく面の皮も厚く彼は言う。

「私が死ねば、未だ不安定なこの世界は破滅に向かうだろう」

「もう神気どりか? ならもう一度蘇ってみろ」

撃った瞬間、割り込まれた。

弾丸は立て掛けられた棺桶の彼の心臓を射抜くよりも早く腕に遮られた。

それと同時に向けられる彼女の視線に気付いて彼の悪魔的な頭脳とやらに感心させられる。

「彼は世界の希望なのよ!? 貴方何のつもり!? 今、彼は蘇った。そう、彼は神なのよ!!」

まったくもってその通りだろうが撃つ。

またも腕に阻まれる。

「あぐ?!」

「いいのかね?」

何がいいのかね?なのか。

人の子供を浚い育てておいて、盾に使う屑が。

「彼を殺させはしない!?」

撃ち返されたが銃弾は脇腹を掠めただけに終わる。

「勘弁してくれよ」

嘆く間に彼女を蹴飛ばした。

「酷い父親だ。子供とその惚れた男を撃つとは」

近づいて一発殴る。

「ああ、酷い父親だ。一度も守れなかった。だから、これが最初で最後の父親の仕事だ」


軽い手応え。

完全に心臓を射抜いている。

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

その声は誰のものか。

怒号と狂騒と悲鳴が連鎖する。

「私が・・死んでも・・・私の残した者達は・・・」

「残念だが一番上のシンパは今さっき地獄の団体旅行に出たばっかりだ」

「ふ・・・・ふふ・・・あっけない・・・もの・・だな・・・・・・・・」

「ああ、そんなもんだ。お前は神様らしいからこの地上で肉の塊になれ」

「・・・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

仕掛けておいた爆薬をリモコンで起爆させた。

「早くしないと辺り一帯火の海だぞぉう」

一瞬の沈黙・・・・・・・・そして、悲鳴。

その場から逃げだそうとする人の波。

殺到しようとしていた人塵はその場から遠ざかろうと引いていく。

その中でもハッキリと彼女の声が聞こえる。

流れに逆らおうとして人に流されていく。

「殺してやるぅうううううう!!? 殺してやるぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう」

「おうおう。元気でお父さんは安心だ。達者で暮らせ。後、悪い男に引っ掛からないようにな」

ブンブンと手を振れば、狂気半分の形相が人塵に消えていく。

聞こえていなくともいい。

それは最初で最後の父モドキの言葉なのだから。

聞こえていたら恥ずかしい。

「ったく。締まらねぇ終わり方だな」

その内に仕掛けておいた情報が流れるだろう。

全てが暴かれた時、自分の為に彼女は泣いてくれるだろうか。

泣かないかもしれない。

いや、泣いてくれても困る。

泣いた子供のあやし方など知らない。

「ま、それなりの人生だったさ」

起爆させた煙幕に巻かれながら、多くのレーザーポイントを自分の体に見た。

最後の瞬間、煙に見えたのはもう散っていった連中の笑顔だった。


全てが暴かれた日、世界中が途方に暮れた。

その日確かに現れた救世主は世界ではなくただ自らの家族を守り、死んだ。
                                 fin



[24644] 小作品「天恵」
Name: アナクレトゥス◆d0dd02fd ID:bbfd5a42
Date: 2010/12/21 10:21
小作品「天恵」

荒野に立つ教会なんて悪い冗談か悪霊の巣と相場は決まっている。

冗談混じりに取り憑かれたと騒ぐ馬鹿もいる。

荒野の教会には誰かが住んでいるとの噂。

勿論、往かないわけにはいかない。

名誉と金が掛っているのだ。

仲間内の賭け事は簡単だ。

教会に行ってその場にある物を取って戻ってくる。

できれば勝ち。

できなければ名誉と金を失う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

刈られていない枯葦は道がない事を示している。

不気味な気配が漂う教会に誰が入るわけもなく入口まで道無き道を進んだ。

教会の入り口は錆びた鉄製。

晴れやかな空と比して色は紅。

まったく血の色とも見える扉を開け放った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

言葉を失うとはこういう事を言うのかもしれない。

教会は荒れ果て、悪霊が住み着き、入った者を生きて返さない。

そんな噂を鵜呑みにしていたというのに・・・・・・・・・・教会の内部は美しかった。

全てが石製の世界は光に満たされていた。

光の通り道には薄く金色の埃が舞い、磨き上げられた壁は光を乱反射させては温かな世界を生み出している。

何よりも目を引くのは巨大な教会の内部の装飾だった。

大理石を彫り込んだらしき彫刻は緻密で繊細。

天井のみならず床、椅子、壁、ありとあらゆる場に存在した。

彫刻そのものが教会内部を形作っているというのが正解なのかもしれない。

あらゆるモティーフが用いられ、神も人も獣も植物も渾然一体となって其処には在った。

一番奥にある物に目を奪われる。

その場までそっと歩いた。

二つの棺桶が並んで置かれていた。

片方は蓋が閉まっていたが片方は開いたままだった。

空いた方を覗きこめば、老人が横たわっていた。

叫ぶ事も恐怖に慄き逃げ出す事もできなかった。

その老人の顔はあまりにも安らかだった。

そして、何より顔にはまだ生きているようなハリがあった。

死んだのはそう長い事前ではないのかもしれない。

たぶん教会に住み付いた悪霊というのはこの老人なのだろう。

死者への礼として帽子を取り黙祷する。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

不意に目に付いたのは老人の手だった。

老人の片手には黒炭が握られ、片方には紙の束が握られていた。

ゴツゴツとささくれ立った指はタコだらけで何かの職人だったのかもしれない。

そっと紙を手から取る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

文面はとても丁寧な文字で綴られていた。

その文字を最後まで読み切って、紙をそっと戻す。

石製の棺桶の蓋が棺桶の横に落ちていた。

渾身の力でそれを老人の棺桶へと被せる。

老人は最後まで穏やかな顔のまま棺桶へと収まった。

それから教会内部を当たると老人が生活していたらしき場所が見つかった。

老人の人柄が分かるような静かな部屋だった。

教会の裏手には畑、井戸など。


自給自足の生活をしていたのか。

一人で暮らしていたのは間違いないようだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貰っていくぞ。じいさん」

畑の端にあった木から檸檬を一つ取って上着に入れ、教会を後にした。

教会から遠ざかりながら手紙の内容を思い出す。

とても簡素に其処には一人の男の生き様が綴られていた。

我、我が妻の墓標を彫り生涯を捧げん。
訪れる人よ。
願わくば、この身に最後の音を落とさん。

それはつまりそういう事だ。

たった一人の伴侶の為に残りの生涯を掛けて墓標を彫った石工の話だ。

妻の為に設えられた墓標は同時に自らの終焉の場でもあったのだ。

「・・・・・・・・・・・?」

地面がグラリと揺れた。


振り向けば、荒野の教会が・・・・・・・・老石工が命の灯を削りながら彫った精粋は脆くも崩れ去っていく。

揺れが収まった頃、その場所には石屑だけが残った。

「・・・・・・・・・・お幸せに・・・・・・」

もはや形無き墓標は確かにその役割を全うした。

其処に込められた精粋は確かに最高のものだった。

それは芸術でも残るべき遺産でもない。

ただ、成し遂げられた、偉大な結果だった。

それだけで十分な気がした。


そうして私は名誉と金を失い・・・・・・・・・・自らの生涯に勝る宝を手にした。

それはとても酸く、しかし爽やかな一つの成果だったと言えるだろう
                                                    fin



[24644] 小作品「遠国」
Name: アナクレトゥス◆70bbb7e4 ID:bbfd5a42
Date: 2010/12/21 10:19
小作品「遠国」

戦いとは始まりが見えなくなる頃に終結するものだ。

自らの始まりがどんなものだったかを失念する軍人のように。

「さぁ、諸君。出撃だ」

今日も大尉殿は意気軒昂に言い放つ。

朝方のランニングに出かけるような心持なのかもしれない。

小隊は走る。

猟犬のように地を這い蹲って密林を駆け抜ける。

誰よりも早く偵察任務をこなし、誰よりも早く接敵し、誰よりも早く戦場を駆け抜ける。

昨日、大尉殿は珍しくヘルメットに銃弾を食らった。

脳震盪を起こした。

それなのにピンピンしている。

一昨日は軍曹殿が片腕を吹き飛ばされた。


しかし、大尉殿は片腕が吹き飛んだ軍曹殿にこう言い放った。

「片腕が吹っ飛んでいたら痛くて死んでいるだろう。大丈夫だ」

軍曹殿は血が足りないはずだが抗生物質と食料、増血剤、専用義手という天恵を経て復活した。復活は四日目の朝。後方の病院から呼び戻されたらしい。

決め手は軍曹殿に大尉殿が電話越しにこう言ったからだ。

「十分に休暇は取れたか。さぁ、明日から出撃だ」

軍医は匙を投げて知らんぷり。

軍曹殿はサーイエッサー以外の言葉を持たない。

大尉殿は未だ前線で戦い続けている怪物だ。

ランボーとターミネーターとラインバックを足して三を掛けたようなお人だ。

大尉という上級仕官に上り詰めたにもかかわらず常に最前線の小さな小隊を希望する変人だ。強運と言うのだろうか? 絶対生還するとの噂は常に絶えない。

陸軍の無謀な作戦へ常時従軍。

十字砲火を潜り抜け、ブッシュの中を走り抜け、軍用犬を素手で殴り倒し、正面から敵基地に突撃を掛け、何故か銃弾が当たらず、敵トーチカを爆破し、奪った無線で敵を混乱させ、地雷原を十秒ジャストで逃げ仰せ、敵だけが何故か吹き飛ぶ。

ああ、この人は神様に祝福されているんだ。

そう思わずにはいられない。

どうして突撃を一日十五回も掛けられるのだろう?

敵基地の連中は涙目だ。

もう来るな。

来ないでお願いだから。

そんな目で見られる。

小さな基地とはいえ、総勢五十人の兵隊が一日で五人に減るのは魔法だ。

そうして、小さな基地を制圧し終えると大尉は次の任務を本部に催促する。

命令が下るのではないのだ。

どちらかというと本部は命令を催促される方なのだ。

英雄を戦死させたくない本部にしてみれば堪ったものではない。

本部から作戦を伝えるオペレーターの声が投げやりなのは周辺でもう作戦を展開する場所が無くなった事を意味する。

戦争は終わらない。

だから、大尉殿も止まらない。

別の地域に物資の荷物と一緒に届けられるのは最悪な戦場へのアクセス手段の一つだ。

大型ヘリの隅っこで皆がバケツリレーをしているのに大尉はウキウキしている。

次の戦場に思いを馳せている。

そうして航空爆撃で更地になった戦場の端っこにピクニック気分で降り立つ。

「さぁ、突撃だ」

チューン。

頭の上を弾丸が掠めていくが僕は諦めの境地に達しているので動じない。

どうせ待ち伏せのゲリラとか何かだ。

「あの・・・大尉殿」

投げやりな感じで大尉殿に諫言する。

「何かね。上等兵」

「このミッションは極秘ミッションですからバレたなら帰るべきなのではないでしょうか」

「む、そうなのか。まぁ、細かい事は気にするな。さぁ、突撃だ!」

極秘ミッションだって言ってるのに・・・・。

大尉殿は決して自分のやり方を曲げないお方だ。

敵の宗教的指導者とその一党があからさまに潰滅して、戦争は【また】長引くだろう。

誰も大尉殿を暗殺に来ないのは軍の七不思議の一つである。

誰の視点でもこの戦争は遠く嘆きに満ちた道程で報いは少ない。

報いを受けて嬉しそうにしている人が一人だけいるけれど・・・・・。

「諸君。次は砂漠だ」

今日も人と武器が宙を飛ぶ。

                                 fin



[24644] 小作品「炎獄の淵」
Name: アナクレトゥス◆70bbb7e4 ID:bbfd5a42
Date: 2010/12/21 10:20
小作品「炎獄の淵」

永久に美しくあろう、とは誰の言葉だっただろう。

女ならば人生一度は思うこともあろう話だ。

もしも若さが永遠ならばと古から多くの権力者は望む。

目の前にいる彼女もその類なのかもしれない。

「早く殺しなさいよ・・・・・・・・」

若い彼女は魔女といわれる者だ。

黒い瞳に黒い髪。

黒い外套に黒い爪。

黒い衣装に黒い靴。

若く美しい。

しかし、幸せそうには見えない。

「あっけないもんよね。老いなくても不死じゃない。その剣で心臓か頭を潰されればおしまい。あ~~あ、つまんない最後」

饒舌なのは死の恐怖故。

汗が浮く頬を皮肉げに吊り上げて彼女は嘲笑する。

最後の抵抗。

精一杯の侮蔑を込めて、彼女は唇の端を曲げる。

「早くしなさいよ。それとも女なんて殺さない口? ああ、魔女の肉は不老の妙薬ですものね。どうやって解体するか考え中? あるいは女は殺す前に犯す方が好みかしら?」

クスクスと誘う姿は魔女らしく。

彼女はやはり魔女でしかない。

「何か喋りなさいよ。それとも汚らわしい魔女とは口も利けないっての」

めまぐるしく変わる彼女の表情は見ていて飽きない。

それは彼女の資質故か。

それともただの演技の類か。

「こんななよなよした馬鹿に殺されるなんて。あたしも焼きが回ったかしらね」
彼女は何もかも諦めたように体を晒した。

大の字になって瞳を閉じる。

「大嫌い。世界なんて滅べばいいのよ」

彼女はやはり魔女らしい。

もしも助かったなら悪の限りを尽くすのだろう。


不適な笑みがよく似合う。

そっと剣を振り上げた。

「ッ・・・・」

彼女は剣を感じて固くなる。

振り下ろせば彼女は死ぬ。

悪い魔女は死ぬ。

それは正しい行いだ。

正しいからこそ神も力を貸してくださる。

多くの人間が協力してくれた。

死んでこそ魔女の罪は幾分か贖われる。

だから、そっと剣を振り下ろした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして殺さないの・・・・・」

瞳を閉じたままの彼女は聞いてくる。

その脳裏にはこれから行われるかもしれないおぞましい行為が溢れているのかもしれない。
決して警戒も諦観も解けてはいない。

何か言うのは躊躇われた。

何を言えばいいのかなんて解らなかった。

「裸に剥いて好きな事したらいいじゃない。どうせ死ぬんだから。何してもいいのよ? 途中で呪いに掛かって死ぬかもしれないけどね」

地面に振り下ろした剣は彼女の髪を数本切り取っただけ。

そっと髪を取った。

「いい加減にして!! あんた何なのよ!!!」

背を向けて、遥か遠方まで続く炎の海に視線を投げた。

ここまで追い詰めるまでに一昼夜。

夜を照らす炎獄の中で一晩。

ここで去れば彼女はまた悪事を働くかもしれない。

「あんなに殺しあってこのあたしの髪が欲しかっただけなんて話じゃないでしょう! 勝った方が何だって取れる奪える! あんたは勝者なんでしょ! なら、全部あたしから毟り取っていけばいいじゃない!!」

彼女の言う通りだ。

勝者でなければ何も成せはしない。

勝った以上、それは当然の権利だ。

「何とか言え!!」

彼女が後ろから襲い掛かってくる。

その手にはきっと何もない。

杖も薬も何もない。

それでも誰かを殺す呪いくらいは使えるのかもしれない。

「―――――」

振り向いて彼女の体を正面から受け止めた。

結局、剣を振り上げることはできなかった。

「何・・・なのよ・・・・何なのよッ、殺しなさいよッッ」

彼女は哭いている。

魔女は偽りでできている。

だから、涙を流さない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そっと片手で顔を上げさせた。

その顔は魔女だろうか。

ただの人間にしか見えない。

それもただの年頃の少女だ。

きっと、悪い魔法で騙されているに違いない。

「魔女は屈服した。聖なる騎士に跪いて命乞いをした。魔女は殺すよりも使うべきだと教会は判断するだろう。だから、僕は殺さない」

何かを言う前にそっと目前の口を塞ぐ。

左手は剣で塞がっている。

右手は彼女の顔を上げているので使えない。

しょうがない。

彼女は邪悪な魔女なのだから、魔法の言葉で虜にされかねないのだから。

だから、そっと使える物で口を塞いだ。

「ッッ?!」

胸を突き飛ばす事は許さない。

そのまましばらくして彼女は大人しくなった。

そっと彼女を放す。

「魔女に権利はない。教会はそれを認めない。君は負けた。だから、何かもを失う。魔女は魔女である限り、死ぬまで赦される事はない。故に君は聖なる騎士が所有する事になる【モノ】だ。モノは口を利かない。モノは主人の言に口を挟まない。モノは使われるまま、持ち主のものであれ」

彼女は固まっている。

どれだけ生きたかも分からない彼女は驚愕している。

しかし、すぐに彼女は狡猾で妖艶な笑みを浮かべた。

「あたし高いのよ?」

何も言わず歩き出せば炎獄の海はすぐ。

後ろには物言わぬ彼女が一人。

「火を消せ」

それが最初の命令。

「――――」

彼女は何も言わず邪悪で妖艶なまま聖なる騎士のものとなった。



運命は回る。

騎士と魔女が舞台を降りない限り。

それを人は時に恋と呼ぶのかもしれない。
                                  fin



[24644] 小作品「一ポンドの肉に労する者より」
Name: アナクレトゥス◆43fc0296 ID:bbfd5a42
Date: 2010/12/17 08:45
小作品「一ポンドの肉に労する者より」

磨り減った足に力を込めるのは何も戦場の中だけとは限らない。

企業戦士という言葉が廃れてからどれだけの年月が経っただろう。

如何に世界が変わろうと如何に企業が変わろうと名も無き者達が残してきた英蹟は変わる事がない。

我々はそう・・・・異国で言うところの悪い商人だった。

しかし、悪かろうとも誰かに感謝される事を目指した商人だった。

国の為、家族の為、会社の為、自らと取引を行う者の為、あるいは取引により救われるだろう何千何万・・・・いや、その国の民に報いる為、悪い商人となり日夜戦っていた。

銃弾を受けた事がある。民衆に取り囲まれた事もある。独裁者に物資を売りつけた事も、貧しい国で使い方も分からないだろう鉱物を掘らせた事もある。

長い年月を掛けた商談が終わる度に何処かの誰かの幸福を作ってきた。

その大半は甘い汁を吸う化け物のような資本に喰い取られてはいたが、その何千分の一は確かに誰かの為にあった利益だ。

暗い夜道に一人で歩く事ができるようになった国が一つ。

軍用でも人と物資の流れを、豊かさを作る道が一つ。

人々の未来を乗せていく決して落ちない橋を一つ。

小さな何もない村が長く食べていける鉱山を一つ。

我が家に待っていた嫁と娘にプレゼントを一つ。

悪くない人生だったと思う。

悪い商人であろうとも、人の不幸を作ろうとも、何倍もの幸福を作ったと誇れる仕事だったと思う。

薄暗さの無い仕事など利益は出ない足元は見られる人が来ないの三重苦。

それでも成功させているのは並々ならない努力と人々の尽力の賜物。

しかし、そんなもので成功するのは一握りだ。

本当に真っ当な商売というものはそもそも誰かの損失無しには有り得ない。

損失が出ないのは一次産業・・・・つまりは資源を持つ者達の特権だ。

あのアフリカが未だに貧乏暮らしで戦争に明け暮れているのは当たり前の話。

商売というものが浸透していないからだろう。

ソ連の武器と引き換えに持つ者達は資源を売り過ぎた。

豊かさではなく武器を買った愚か者が多過ぎた。

そして、そんな商売の分からない人間を食い物にする人間が多過ぎた。

水と食料を奪い合う時代。

戦争で儲ける事は難しい。

安易な金は安易に消える。

真っ当な金が延々と残り続けるのとは正反対に。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

天国も地獄もお断りな身の上と最後の戦いに赴くには少し歳が行き過ぎたかもしれない。

最後に見えるのは雄大な景色と一輪の名も無き華。

悪い商人はそうして最後を迎えるのが相応しい。



後進国の経済に献身したサラリーマンの訃報はお国では小さく、亡くなった地では大きく取り上げられた。

彼が最後に買い付けたのは未だ市場に出回っていない小さな一輪の花。


その国の国花が決められたのはその年末の事だった。

                                   fin



[24644] 小作品「灰色の衣に身を包み」
Name: アナクレトゥス◆14ce7c98 ID:7edb349e
Date: 2010/12/15 13:42
小作品「灰色の衣に身を包み」

「ねぇ」というのが日本語において女性の口説き文句の一つである。

しなを作って「ねぇ」と女性に囁かれれば大概の男性は不快感を持つまい。

相手にもよるだろうがこの場合は美しいあるいは好みの女性と仮定してほしい。

「ねぇねぇ」と言われたならば、どう対処するべきであろうか。

鼻の下を伸ばすもよし。

顔をにやけさせるもよし。

あるいはシャイな草食系の如く恥じらうもいい。

ただ、そんな反応をする前に一つ確かめねばならない事もある。

それは・・・・・・・・・・・・・・・・。

「あんたねぇ。この時代に美人局なんて。いつの時代から来たの?」

小さな交番の椅子に座って私は世の無常に身を浸していた。

「そもそも、あんたの方が怪しいって分かってる? 路上の酔っ払いがそんな事言ってる時点で援助交際したんじゃないかって疑われるわけだよ。ええ、分かる?」

鞄はボロボロ。
頬は腫れあがり。
眼鏡は割れ。
財布はない。

「それで被害届出すの、出さないの?」

警官が暗に言いたいのは何かされたと逆に訴えられるかもしれないという事だろう。

分かりやすい話だ。

何も無かったとしても、相手が見かけ通り以上に若かった場合、社会的な自爆スイッチが入る事にもなりかねない。

「それでさぁ。こっちも忙しいわけだよ。家の人に連絡するからどうにかならない?」
どうにかならない?とはどういう話か。

いや、簡単な話だ。

家の人間を呼んで速やかにお引取り願うのが最上。

そう公僕は言っているのだ。

私はケータイが壊れている旨を説明した。

「はぁ? しょうがないな・・・・それじゃあ此処の電話使っていいから家に連絡して」

遥か遠方の実家から新幹線に乗りついでやってこいとでも言うのだろうか。

公僕の質の低さに私は納税者の怒りを禁じえず、ありのままの事実を言った。

「はぁ・・・・・」

溜息を吐かれた。

「分かった。それじゃあ、近くのATMとかでお金を下ろしてきたらどう」

財布が無い。

最初にそう説明したはずではなかったか。

「じゃあ、家まで送っていくから。後はそっちで何とかして」

明らかに不平を感じる横柄さで公僕は私を連れ出した。

パトカーに乗せられて家まで連れて行かれるというのか。
そんな、そんな近所に噂される帰宅方法を選べとういのか。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

公僕に文句など言えるはずも無く。

車に乗った。

「パパ~~~~」

「―――――――――!!!」

「おお? こんな時間にどうした?」

「ママから差し入れ♪ お仕事頑張ってね!」

「ママによろしく言っておいてくれ。これからこっちは酔っ払いの連行だ。はは」

おどけてみせたのだろうか。

被害者に対していつから公僕は鞭打つ存在になり下がったのか。

分からない。

ただ、その場で何も言える立場にない事だけは理解できた。

スタスタと去っていく公僕の娘の背中を見つめているとミラー越しに冷たい視線に気付いた。

その視線はまるで犯罪者を見るような目つきだった。

「それじゃ、住所教えて」

あくまで横柄に公僕は聞いてくる。

私は・・・・・・・・・・・・・・・住所を教えた。


公僕の家庭が崩壊するだろう事を踏まえ、私はケータイから吸い出した写メを画像化、匿名でネットカフェから即日曝し上げた。

近頃、あの交番にあの公僕を見ない。
                                  fin



[24644] 小作品「比翼」
Name: アナクレトゥス◆14ce7c98 ID:7edb349e
Date: 2010/12/08 11:34
小作品「比翼」

君の話をするにはあまり時間は懸けられぬ。

「?」

過ぎた話をするのも野暮というものだろう。

だが、君は知らねばならぬ。

君の全てが無為で無かったと君自信が分かる為に。

では、始めから話そうか。

「・・・・・」

昔々、あるところに一人の忌子〈いみご〉が棲んでいた。

村人達から酷く嫌われていた忌子はある日の夕暮れ森の奥に置去りにされた。

道に迷った忌子は其処で一冊の本に出会う。

その本が実は大昔の魔法使いの残した遺産だとも知らずに。

あらゆる万能へ至る知恵を身に付けた忌子は村を焼き滅ぼし、教会から追われる身となった。

教会と敵対するようになった忌子は魔女の烙印を押され、何百年も戦い続け、終には教会の上層部

を完全に消滅させるに至った。

魔法使いの叡智に教会は負けた。

そうして、忌子は偉大で邪悪なる者の称号を得たが、一人の騎士と戦い破れる事となった。

騎士は忌子に手を懸けなかった。

腐敗した上層部がいなくなった事で新たな教会を打ち立てる事ができたからだ。

蔑まれ憎まれ恐怖されながらも忌子のやった事には罰が下る事は無かった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

君には未だ分からぬかもしれぬ。

だが、確かにその胸にしまっておいてほしい。

必ずいつか分かる日がくるだろう。

「何処に行くの?」

戦いに行かねばならぬ。

戦い抜き、もはや叡智と自己を失った君はただ其処で見ているがいい。


天幕が開く。
足音が響く。
鬨の声が上がる。
戦場は今正に其処だった。


君は新たなる教会の冠となるだろう。

邪悪なる者を打倒した新たな聖女は君だ。

「死ぬ・・・・の?」

違う。君と闘い切った数十年。私は最初から死んでいた。ただの狗に成り下がっていた。だから、

私の人生は此処から始まる。短いか長いかは分からぬ。だが。それでも。君を守る為に戦える事を

誇りに思う。

『邪悪なる魔女を打ち滅ぼせぇええええええええええええええええええええええ!!』

怒声に怯える幼子を背に騎士は剣を抜き放ち、高らかに告げる。

否!!
此処に坐すは新たなる聖女なり!!
自らの利権に目の眩んだ者達よ!! 
亡者と成り果てる前に新たなる威光を知るがいい!!



戦場はその日その場を持って閉じられた。

騎士を倒した者はなく。

その背は力尽きて尚そのたった一つの天幕を背に巌の如く在った。


凱歌よりも強く一人の騎士に哀歌を歌う者がいた事を誰も知らない。

                                     fin



[24644] 小作品「聖なる夜に」
Name: アナクレトゥス◆43fc0296 ID:bbfd5a42
Date: 2010/11/30 14:59
小作品「聖なる夜に」

雪の降る晩に子猫が一匹足元に擦り寄ってきました。
貴方の選択は?

1無視して歩く。
2拾い上げて連れて行く。

子猫が実はもう助からない命でした。
貴方の選択は?

1埋葬の準備をする。
2病院に連れて行く。

動物病院で多額の医療費が掛かると知らされました。
貴方の選択は?

1それでも見てもらう。
2静かに見守る。

自問自答した挙句、結局のところ僕は亡くなった子猫を埋葬している。
真冬の真夜中丑の刻

「・・・・・・・・・・・・・・」

正しい選択などない。
簡単な話ではある。

たった数万円を消えかけた命に使うのは善行だが、それでは今月の生活費が払えない。
住所があるだけマシな僕が子猫を飼えるわけもない。

猫など一年で何万匹も処分されている。
だが、人間は処分されていないと言えるのか?

社会は自動的に機械的に不適格なモノを洗いざらい弾き出す遠心分離機のようなもので、最下層に近い暮らしをしている人間は漫然と行き詰るようにできている、とも思える。

緩慢で合理的で容疑者のいない殺人など立件できない。
そうなってしまうだけ、なのだから。

どうしようもない。

悪の組織が「お前らを皆殺しにしてやるぜ。ぐへへへへ」とでも存在しているならばどれだけ楽だろうか。

フラストレーションの行き場が出来てきっと悪の組織は誰からも感謝される事だろう。
何時だろうと何処だろうと本当に重要なものは誰にも見え難い場所にある。

社会が悪いというお約束のフレーズは的外れだが、いつの間にか大切なものを見えなくしてしまう社会の巨大さへの当てつけのようにも感じる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

子猫は天に召される事もなく、暖かい食事にありつく事もなく、母を見たかも定かではなく、ただ道端で出会った見知らぬ人間に見捨てられて、冷えた肉の塊となって埋葬される。

人間味がない言い方だろうか?

真実はいつだって人間の数だけある。
現実はいつだって自分の前に広がっている。
事実はたった一つだが見方は無数に存在する。

どれだけの真実を現実を事実を積み上げても、子猫を救う術は自分に無かった。
そう思うだけの虚偽ならいいと思う。

子猫と自分を天秤に掛けて明日の空腹が勝った人間。

そんな自分を恥じはしない。
事実を知って見下される事を恐れ、こうして埋葬している事を恥じはしない。

ただ、余裕無き容赦無き今を生きていく事だけが重要で、それ以外が無いだけだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

そっと横たえれば、まだ微かに柔らかい。

子猫を一度だけ撫でる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

裕福な家庭の子供にでも拾われれば良かったのだろうが、僕はそんな者ではない。
だから、ただ名も無い子猫に土を被せてそこら辺の石を上に置く事しかできない。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

大切なものは見え難い。

子猫を見つける視線は結局こんなみすぼらしい偽善者しかいなかった。

そんな今が悪いと言うだけの権利も力も地位も無く。

ただ、夜が明けるまでそうしていた。



大きな大きな社会の中で、今日もただ磨り減らされながら、野良猫を見つめる。



もしも、今一度機会があるならば、その時僕はきっと野良猫を飼うだろう。
                                       fin


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