滋賀県・近江神宮。
今ここで、女の戦いが始まろうとしていた。
決して遊びではない。
目指すのは頂点。
かるたの日本一、「クイーン」を争う決定戦だ。
<クィーン>
「いや、触ってます。先に触ってます」
<挑戦者>
「いや、私が触ってます」
激しく、そして美しく戦うクイーン6連覇中の強者。
かるた界、最強の女。
楠木早紀(21)。
<楠木さん>
「『心技体』すべての戦い」
現役女子大生の彼女が所属するのは、立命館大学かるた会。
去年の夏には、大学選手権の全国優勝を果たすなど数々の実績を残している。
しかし、そんな彼女を友人は…
<友人>
「優しくてホワンって感じ」
「早紀ちゃん… ぱっと見て、かるたしそうに見えないけど… でもちょっと勝てる気がする。2対1でやってら勝ちそうじゃない?」
「ムリやって」
クイーン戦を前に最終調整に向かう先は出身の大分。
<楠木さん>
「今はマンションに住んでて、マンションでは練習できないので、実家に帰って最後の仕上げをきちんとしたいと思ってて」
実家での特訓。
そこには驚くべき秘密練習が待ち受けていた。
<楠木さん>
「位置はぴったりやったね」
かるた界の「若き女王」、楠木早紀。
クイーン戦直前に実家に帰るそのわけは、やはりかるたの練習だ。
<楠木さん>
「クイーン戦に向けての合宿に行ってるようなもんですかね」
奇しくもこの日はクリスマスイヴ。
年頃の女の子には、楽しいこともいっぱいあるのでは?
<楠木さん>
「イルミネーション見に行きたいなとか思ったり、CMでユニバ(USJ)のが流れると切なくなんですけど」
「もし仮に遊びに行って楽しい思い出ができてクイーンを失ってしまったら、遊んでしまったことを絶対後悔すると思うし」
「浮つきたい年頃なんですけど、自分はそれよりもクイーンであることを重視してます」
電車を乗り継いで片道およそ3時間。
駅で待っていたのは、父親の信さん(55)だ。
<父 信さん>
「すごい荷物だね」
<早紀さん>
「おみやげ持って帰ってきた」
彼女の故郷は大分県中津市。
実家にお邪魔するとそこには…
数え切れないほどのトロフィーがずらり。
「勉強に役立てば」と母親に連れられて、初めてかるた教室に来たのは小学3年生。
すぐに頭角を現した。
しかし、やっぱりかるたクィーンの称号を勝ち取ったのは、両親のお陰だった。
<母 芳子さん>
「彼女に一人に背負わすんじゃなくて、クイーンというのを3人で分担して彼女の力になれればというのがありますから」
<父 信さん>
「家族3人の絆は、かるた中心」
信さんは子どもの頃から変わらない彼女の練習相手。
<父 信さん>
「ふすまが穴だらけなんですよ。ぽーんと札が飛んで。いろんなとこ穴が空いてます」
競技かるた未経験の信さんは、独自の練習法を編み出した。
<父 信さん>
「身体にしみこませるため。それがアイマスクの効果なんです」
アイマスク!
札の位置を完全に暗記し、目隠しで札を取る楠木家、秘伝の練習法だ。
スローモーションで見てみると、彼女の手は確実に札を捕らえている。
ジャスト・ミート!
「競技かるた」は、小倉百人一首の下の句のうち50枚を取り合う。
自分の陣地と相手の陣地25枚ずつ、いずれの札も取ることができるが相手の札を取った場合は自分の札を相手に渡す。
そして先に自分の札を無くした方が勝ちとなる。
奥が深い競技がゆえ、札の取り方も重要な戦術だ。
最も基本的な取り方のひとつ「払い手」。
札までの最短距離を狙う「突き手」。
札を守りながら取る高度な戦術「囲い手」。
<楠木さん>
「スピードだったり、払い方だったり、技術的な部分の勝負にもなりますし」
―試合当日―
<楠木さん>
「今日のために1年間頑張ってきたので。勝って祝杯を挙げれたらいいなという気持ちです」
すべては、クイーンを守るために。
―1回戦―
今年の対戦相手は、山下恵令(25)、六段。
3年前、決勝で敗れた山下は、リベンジでクイーン奪回を狙う。
2戦先取した方が勝利となるクイーン戦。
迷いなく手を伸ばす完璧な「取り」。
技も冷静に使いこなす。
出た… あの「囲い手」だ。
しかし、時には女のプライドがぶつかることも。
<楠木クイーン>
「先、触ってます」
<山下六段>
「いやいやいやいや…」
「それだったら札が縦に飛ぶんじゃないですか?」
<楠木クイーン>
「でも先に恵令さんが払ってるから到達してるのは…」
<山下六段>
「失礼しました…」
同時にも見えるが、わずかながら挑戦者の札に。
百分の一秒を争う戦いにすべてをかける。
しかし、冷静さを取り戻して確実な「取り」をし、1回戦をものにした。
―2回戦―
王手をかけた2回戦。
わずか2枚差の1回戦とは対照的に、クイーンの実力を見せつけ挑戦者を圧倒する。
かるたでつながった両親との絆。
最後の一枚に神経を研ぎ澄ます。
最後は、相手の最も深い位置の札を取り見事勝利。
2回戦のストレート勝ちで、第55期クイーン防衛を達成した。
<楠木さん>
「やっと終わったとホッとした安心感でいっぱいです」
「精神力がついてきて、一人で立ち向かうというか、堂々とできるようになってきたかなと思います」
己のすべてをかるたに賭けるクイーンにとってのその称号とは…
(Q.“かるたクィーン”という座は楠木さんにとってどういうもの?)
<楠木さん>
「私を最大限に輝かせてくれるものです」
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