なぜいま新党ですか
朝日新聞:2010年4月7日 掲載
政策通で知られ、官房長官や財務相を歴任した与謝野馨さんが自民党を離党、無所属の平沼赳夫元経済産業相らと10日、新党を立ち上げる。民主党打倒を掲げるが、「旗印」はあいまいで清新さもいま一つ。成算はあるのか。知性派らしからぬ大胆な行動に込めた思いは。(聞き手・吉田貴文)
増税ありの財政再建 自民も民主も「逃げ」
思いもかけない新党結成。なぜ、今だったのですか。
与謝野 : 人びとの生活、経済状況、世界における日本の地位、社会秩序。政治にかかわるあらゆるものが今、質的に低下しています。なのに民主党はいいことずくめの話をするばかりで、きちんと対応しようとしない。石原慎太郎(東京都知事)さんと会ったとき、「このままで日本をほっとけない。こんな政治をやっていたら、日本がどんどん落っこちていく感じがする」と言っておられたが、私も同感です。
日本の社会は数学でいう複雑系になっています。非常に難しい方程式なので、民主党の掲げる『政治主導』とか『コンクリートから人へ』というようなスローガンでは解けない。利害や立場が様々に対立し、深刻な財政問題を抱える複雑な社会で、単純に割り切って物事が解決できると思っている民主党は、幼いとしかいえません。
このまま放っておいて夏の参院選で民主党が勝ったらどうなるか。衆議院にくわえて参議院でも与党が過半数を得たら、民主党のやりたい放題になる。参議院で野党が過半数をもち、批判勢力として機能しなければ、健全な民主主義にならないと考えたのです。
参院選で民主党を勝たせないための新党というわけですね。
与謝野 : 政権発足から半年、鳩山由紀夫内閣の支持率は下がり、不支持率が50%を超えました。民主党の支持率も落ちています。では、自民党の支持率は上がったかというと、そうではない。参院選に向けポイントが二つありました。「自民党だけで民主党に対抗できるか」と、「自民党も嫌だけど民主党も嫌だという民意をどうやって吸収するか」です。考えた末、もうひとつの政治集団をつくるという結論になりました。
自民党だけではダメなわけは。
与謝野 : 3日に谷垣禎一・自民党総裁に離党届を出した際、次のようなことを申し上げました。世界的にみれば保守系の政党が政権を失うのは議会制民主主義の国では不思議ではない。例えば、カナダ、ニュージーランド、イギリスはいずれも1990年代に保守政党が政権を失っている。だが、彼らはその後、血のにじむような努力をした。第一に非常に若い、あっというような人を党首に選んだ。第二に野党に徹して非常に厳しく政府・与党を監視した。第三に新しいパラダイム、国の位置づけを見いだす努力をした。カナダ、ニュージーランドは政権に復帰。イギリスも5月の総選挙で労働党が負け、保守党が政権に返り咲くだろうといわれています。
その点、自民党は。
与謝野 : いま挙げた三つの努力がいずれも足りない。ダイナミックに党首を若返らせず、無難なリーダーを選んだ。国会での追及が手ぬるい。新しいパラダイムを追求する姿勢も弱い。
自民党が昨年の総選挙で惨敗した背景には、飽きられていた、新しい時代のニーズに応えきれていなかった、国民の目から見て政治のレベルが低すぎた、の三つがありました。私は選挙が終わってすぐ、盟友の園田博之(前自民党幹事長代理)さんに「自民党の看板じゃ、もう戦えないぞ」と言ったのです。だが、園田さんは「慌てるな。じっくりと状況の変化をみないといけない」と。
たしかに各国の保守政党も10年前後の年月をかけて政権に復帰している。三つの努力をきちんとすれば、国民の期待に応える政党に再生すると思い、半年間、じっと自民党の動きを見ました。でも、結局は「民主党のだらしのない政権を続けさせるわけにはいかない。でも、自民党にも野党としての自覚、責任がない」と痛感するに至った。このままだと日本の政治、国柄はどんどん悪くなる。新党に踏み切ったのはそんな危機感からです。
ただ、新党の政治的な立場は分かりにくい。
与謝野 : 自民党も民主党も、これまで肝心なことをやらず、「逃げの政治」に終始してきた。逃げの政治はやらないというのが、われわれの立ち位置です。
肝心なこととは。
与謝野 : 苦しくなった国の台所への対応です。財政がパンクしそうなとき、対処法は三つある。ひとつは歳出削減。二つ目は経済成長。三つ目は国民による負担。逃げの政治はまず、歳出削減をやろうという。要は時間稼ぎです。それからできるはずもない経済成長を語る。増税は一番最後で「いずれは」になる。本来、三つは同時にできるのにそうしなかった。
年金や医療は国民にとって欠かせない。だが、持続するには財源が必要。そのために税制改正をやらないといけない。そのなかに消費税も含まれます。消費税について「まず無駄を排除してから」というのも逃げの政治。同時並行でできるのです。
選挙向け政治に限界 次世代への捨て石に
なぜ、逃げるのでしょうか。
与謝野 : 選挙のための政治だからです。選挙には人気投票的な要素があるから、酸っぱい話ばかりはできない。でも、甘い話をして、結果的に国民にウソをつくのは好ましくない。典型が米軍普天間飛行場の移設問題。選挙の最中、鳩山さんは見通しもないのに、「県外にもっていく」と演説した。そのときは票をとるための正しい選択だったかもしれないが、今になると厳しい事態に追い込まれている。選挙のための政治には限界がある。国民のための政治という考え方が大切です。
民主党の元凶もそこにあると。
与謝野 : 民主党は『政権交代』という言葉だけで政権を奪取しましたが、6カ月たって政策の軸がますます分からなくなった。選挙のための政策を追求したからです。それだけではありません。党内民主主義や政権の政治主導のあり方についても、疑念があります。
党内民主主義への疑念ですか。
与謝野 : 国会議員は国民のための政策を実現するため、国会に来ているわけです。ところが民主党の新人は政策に触らせてもらえない。「お前らは政策は関係ない。ただの一票だ」と言わんばかりです。これは民主主義に対する一大脅威です。
小沢一郎(民主党幹事長)さんの話になると声を潜める民主常議員もいます。
与謝野 : 大政翼賛会的になっている。物言えば唇寒し。民主党議員はそう思っているんじゃないですか。
政治主導の問題とは。
与謝野 : 大きな方向性を示し、それに責任を持つ。発した言葉には責任をとる。それこそが政治主導だと私は思っている。鳩山政権の政務三役はそれができていない。
自民党や民主党から今後、議員が入党する可能性はありますか。
与謝野 : おそらく現職議員は参院選の結果をみたいと思っているのでしょう。1人の国会議員が誕生するにあたっては、非常に多くの人が応援するわけだから、自由に行動できる人は意外と少ない。だから私も園田さんもあえて誘ってはいないのです。後藤田正純(自民党衆院議員)さんは親しいのだけど、この件は一回も話していない。
ともあれ、ベテラン議員5人でのスタートとなりそうです。
与謝野 : 比例区の候補者をできるだけ早くそろえる。選挙区もどこが可能かを考えたい。1人区、2人区は難しいけど。
参院選後の展望は。
与謝野 : いずれにせよ民主党は衆議院で300議席以上をもっている。まずは良識ある批判勢力を参議院に構築するのが第一の目標です。
野党の立場で。
与謝野 : もちろん野党。打倒、民主党です。
それは鳩山代表、小沢幹事長が代わっても同じですか。
与謝野 : われわれは鳩山さんや小沢さんが好き、嫌いではなく、民主党全体の政策とか政治手法とか官僚の使い方とかに対して疑問を感じています。民主党ほど政治の決定過程が不透明な政党は、民主主義国家では珍しいですよ。
小沢さんをどうみていますか。
与謝野 : 小沢さんとは囲碁はするが、政治の話をしたことはない。裏でつながっているのではと言われるんだけど、それはありません。
碁には人柄が出るでしょう。
与謝野 : 出ます。碁をうっている限りではとてもいい人で、嫌な感じは受けません。あの人は肝心なところになると長考していますよ。
同じ野党として「みんなの党」とは連携できますか。
与謝野 : 「みんなの党」も逃げの政治です。ポピュリズム的で本当のことを言っていません。
新党でツートップになる平沼さんとは憲法観や国家観、郵政民営化への姿勢で隔たりがありますが。
与謝野 : 憲法観について、平沼さんは例えば天皇を『元首』にしろと言う。だけど、憲法をよく読むと、現行でも国事行為において事実上、元首と同じことをやっている。彼の言っていることは本質ではなく、条文の書き方の問題。大きな違いはありません。郵政民営化についても重要なのは民営か公営かではなく、全国で同じサービスが受けられるかどうかです。
二人の頭の中は。
与謝野 : まったく異ならない。麻布高校の同級生ですから。
メンバーが70歳前後と高齢なのが気掛かりです。「シルバーシート」と言う人もいます。
与謝野 : たしかに結党メンバーに若い人はいません。しかし、候補者には将来を託するに足りる有為の人材をなるだけ発掘したいと思っています。私も園田さんもそんなに長い間、政治家をやっていくわけではない。いずれ政界を去るときに、いい政治を残したいと考えているだけです。平沼さんもおそらく捨て石になる覚悟でしょう。党はスタートするけれど、すぐ次の世代にバトンタッチです。
(朝日新聞 2010年4月7日 掲載)