チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25034] 毎度有難うございます。総合商社パンドラ剣装部です!【ガテン系 近未来発掘ファンタジー】
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2010/12/27 20:38


 ジリリリリリリリリリン、と電話のベルが事務所に響く。
 いつの時代も電話の呼び出し音の癇に障る感じは変わらない。
 出て欲しいなら、もっと耳障りのいい音にしたらどうなんだと思わないでもない。

 「はい。お電話有難うございます。パンドラ剣装部です…って、あれ、社長すか?」

 ガチャっと受話器を上げると、電話先からは見知ったよく響くアルトの声がした。

 『あ、タケちゃん?悪いんだけど、今からトラックで現場来てくれる?ちょっと部材足りなそうでさぁ』
 「またっすか。先月もそんなこと言ってませんでしたっけ?」
 『いーじゃん。ウチとタケちゃんの仲じゃーん』
 「いや、意味わかんないし」
 『いーから来てよー。来てくんないと来月の納品分他社に回しちゃうかもー』
 「わかりましたよ。今、現場どこなんですか?」
 『だからタケちゃん好きー。ええっと、DRK0034地区の第5層』
 「はいはい・・・ってそこ公共じゃなかったですっけ?」
 『1時間以内に来てねー』
 「いや、流石に無理・・・って、社長!うわ、電話切りやがった」

 ツーツーと言う音を立てる受話器に俺が悪態をついていると、隣の席の同僚が同情染みた表情を浮かべて曖昧に笑う。
 何だって俺の客はジコチューな奴が多いのだろう。俺がそう考えて溜息をついてると、同僚がぽつりと呟いた。
 
 「客は営業に似るっていうけどな」
 「うるせー」

 

第一話 (有)鈴木攻務店

  
 大急ぎでトラックに荷物を積んだ俺は、高速を飛ばしてDRK0034地区の、採掘場入り口にジャスト1時間後にたどり着いた。
 
 「あ、材料屋のパンドラです」
 「はいはい。ここ、認証して貰えますか?」
 
 門衛のおっちゃんがタブレット型PCを出してきたので、俺は社員証をそこにかざす。ピと音がして、おっちゃんがどうぞーと言って俺のトラックを見送ってくれた。
 俺はそのままトラックを直進させ、搬送用の大型エレベーターに乗り入れる。
 車から降りて「第五層」のボタンを押すと、俺はゆっくりと地階に降ろされて行った。

 パンドラは武装系商社の中では一応トップ企業だ。客先は中小から大手までのゼネコンと幅広く、営業が受け持つ客層もまた幅広い。
 俺に電話を掛けてきたのは鈴木攻務店の鈴木社長。女手一つで会社を切り盛りする敏腕社長だが、やや性格に難がある。
 まぁ、うちの社長含めて、社長なんてやってる人間は、どこか性格がおかしいものであるが。

 「お、来た来た。悪いな、タケちゃん」
 
 トラックを止めて現場事務所に顔を出すと、図面を広げたテーブルの周りに、数人の男女が集まって何事かを話していた。
 ゼネコン(ゼネラル・コントラクター;総合請負業)の仕事の幅は矢鱈と広い。目的物の採掘から地層の調査、判定、神話考証や分類などと多岐にわたる。おまけに常に危険と隣り合わせの現場では一瞬の油断が死を招く。
 こんなご時世であるから、発掘関係の従事者は多いが、殉職率もハンパないので給料もそれなりにもらえる。どうにも未だ一攫千金のイメージが強い業界である。

 鈴木レイコ社長はウチの上得意の一人で、俺の売り上げの30%くらいはこの人で成り立っている。肩口でばっさりと切り揃えられた黒髪の美人で、年は確か26。俺の一つ上だ。ちなみに巨乳。俺の推定ではEかF。作業着の胸が、今日もいい感じに盛り上がっている。
 俺は胸を見ていることがばれないように、でもしっかり見てから、声を張り上げて挨拶した。現場では大きな声が大事である。

 「ちわー。どうすか、新しい現場は・・・ってか、ここ公共ですよね」
 「そうそう。色々厳しいんだわ」
 「よく落札出来ましたね」
 「あぁ、たまたま担当者がウチのよく知ってる奴でさ」
 「滅茶苦茶談合じゃないですか」
 
 そんな微笑ましい(?)会話をしている間でも、後ろではプロジェクターで映し出された映像を、所員が真剣に検討している。

 「地層はどうですか?」
 「うーん、難しいね。まだ大したもんは出てきてないけど、北欧3、インド4、南米1、他2ってとこかな」
 「うわぁ。絵に書いたような複合神話層ですね」
 「そんなだからお役所が手出すんだけどさ。持ってきたもん見るから、ちょっと見せてよ」
 「はいはい」

 俺は社長を伴ってトラックまで戻っていき、どでかい鉄の扉を開く。

 「何、持ってきた?」
 「ええっと、銃弾2000ダースに短銃20、装剣が100ですね。装剣は、ちょっと面白いやつを3つだけ持ってきました」
 「へー。新作?」
 「えぇ。この前、旧ドイツ地区で神剣フラガラッハが出たでしょ?」
 「あぁ、状態がいいって奴?」
 「そうそう。あれのレプリカをGE社が今度出すんですけど、それの試作が会社に回ってきたんで、持ってきました」
 「ほほう」
 「社長、ケルト系好きでしょ?」
 「分かってるねぇ、タケちゃんは」

 俺はトラックの荷台から1.8メートルのどでかい黒いケースを取り出して地面に降ろした。厳重な封を外してケースを開くと、鈴木社長が興味津々と言った感じで覗き込んで来る。

 「おおー。格好いいねー」
 「でしょ?」
 「換装して見ていい?」
 「どうぞ」

 言うなりケースの中から装剣を取り出した社長はそれをびゅんびゅんと2、3度宙で振るう。銀色の金属をベースに作られた片刃の刀身は、どこか航空機のような先鋭されたデザインである。

 「換装」

 社長がキーワード(起動語)を口にすると、フラガラッハレプリカver.4.0の刀身が淡く光る。次いで社長の全身が光に覆われ、次の瞬間には、社長の豊満な肉体を、銀色の鎧が包み込んでいた。

 「へー。軽いじゃん」

 社長の作業着は、神理学的置換作用によって、煌く銀色の鎧に取って代わられていた。原理はよく分からん。神理学は専攻じゃなかったんで。

 装剣の換装は現場に入るものには必ず義務付けられている。現場の危険度によってその等級はことなるが、この現場の様な難易度の高そうな現場には少なくとも2級以上の装備が必要となるだろう。装剣を持たずに現場に入っているところを見つかったら出入り禁止になっても文句は言えない。
 裸でサバンナを闊歩するようなもので、使用者の安全管理が問われるからである。

 社長の足の先から膝までは銀色のブーツに覆われ、指先から肘までが同じく金属の篭手に覆われている。
 胸元はばっくりと開いて白い胸の谷間を見せつけ、スカート上に広がった鎧とブーツの隙間の白い肌がまた目にまぶしい。
 ガテン系の職業とは言え、力仕事は人工筋肉が神力学的補ってくれるので、ムキムキマッチョはかえって少ない。寧ろ、女性は美しく魅力的でなくてはいけないので、かえって美容には気を遣うと聞いている。俺の知ってる現場の人の中にはモデル並の美人が何人もいる。鈴木社長もその一人である。

 ところで、どうしても神通値は男性よりも女性が高いので、装剣での武装が必須な発掘現場では女性の比率が高くなる。神様も美人にはエコヒイキするというわけだ。
 そして、神力学的作用により女性的魅力と防御力が相関関係にある女性の装備では、どうしても露出度が高くなりがちである。
 我々にとってはとてつもない眼福であるが。ごちそうさまです。

 「でしょ。並の使い手だと神力学的恩寵より装甲の強度が勝って動きにくいですけど、社長なら取り回しも問題ないでしょ?」
 「うん、ぜんぜん違和感無いね。人工筋肉(サイバーマッスル)の反応も全然いい。これ、市場に出回ったらうちに500くらい下ろしてよ」
 「毎度です」
 
 鈴木社長はいいものには相応の金を払うタイプの経営者である。そうすることで、営業が優先的に出来のいい新作を持ってくることを知っているのだ。
 誰でも高く買ってくれる人のところに、いいものを真っ先に持っていくに決まっているのである。

 「丁度いいや。今新規の発掘箇所にデモンが湧き出て作業が止まってたんだよね。タケちゃん、息抜きにちょっと暴れていきなよ」
 「ええー。今日はいいっすよ。仕事放っぽりだして着ちゃったし」
 「いいから、行こうよ。ウチ、タケちゃんと狩りするの好きなんだ」

 そう言ってびゅんと剣を振るう鈴木社長。
 その振動でぷるるっと巨乳が揺れる。一緒に狩りをするってことは、あのチチ揺れを間近で鑑賞できるってことで。
 神力学的効果によってポロリも期待できるわけで。

 「お供します」
 「よろしい」

 本当は作業員以外がデモンが湧き出た現場に立ち入るなどご法度もいいとこだが、社長はよく俺とデモン狩りに行きたがる。
 神話的埋設物を採掘するときには、デモンと呼ばれる種々の攻撃性擬似生物に作業を邪魔されることが常であり、現場作業員にはだから、一定レベル以上の戦闘能力が要求される。
 俺は助手席に積んでる使い慣れた装剣を換装すると、社長の後に続いて現場の奥に入る。よく鍛えられた形のいい尻が左右に揺れているのが実に眼福である。
 まぁこうして遊んで帰った俺のデスクには、たまった書類が雪崩をおこしているわけであるが。

 
 神話的埋設物の恩恵がお茶の間から最先端のテクノロジーまで浸透して早百年。旧日本地区に構える総合商社に勤めるタケちゃんこと武村トモキという俺の日常は、大体こんな感じで続くのである。

-------------------------------------------------------------------------------------------------
 
頭に振って沸いた電波を元に勢いで書いた読み切り的実験作です。やっと肉屋が終わってLOS書き始めたと思ったらもう新作かよ、と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、ガテン系近未来ファンタジーという需要があるのかどうかさっぱり分からない分野にチャレンジしてみたくなりました。
勢いとは言いながらプロットは5話分くらい書いてみたので、反響がよければ連載して行きたいと思います。イロモノ過ぎるので評価低いかもしれないと覚悟はしていますが・・・。
皆さんの忌憚なきご意見をお待ちしております。



[25034] 第二話 アルバイト
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2010/12/25 10:13
 サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ、という様な歌詞の歌が20世紀にはあったらしい。20世紀映像資料マニアの俺は、CM(コマーシャル放送のことを言う。20世紀には大衆向けの放送局というものが存在し、企業のコマーシャル放送を『番組』と呼ばれる企画映像の合間に放送することで収益を得ていた)でそれを見たことがあった。

 どの面下げてそんなことが言えるのかと俺は作詞家を問い詰めたい。これが気楽な職業なら本当にどんなによかったことか。
 まぁ、何が言いたいのかと言うと現在夜中の12時10分。
 鈴木社長のところではしゃいで帰ってきたら、仕事がさっぱり終わらなかったわけで…。
 フロアには流石に俺しかいない。
 確認してないが、もう全社挙げてもガードマンくらいしか残ってないだろう。
 明日が土曜で本当によかった。バイトがあるけど。

 欠伸をしながら伸びをしていると、不意に携帯がけたたましく鳴り出した。おいおい、流石に今日は店じまいだぞ、と思いながら携帯を開くと、そこには明日お世話になる予定のバイト先の社長の名前が。 
 なんだ、こんな時間に?
 よもや明日のバイトが中止になったのだろうか。
 嬉しいような財布の中身が乏しいような気持ちで、俺は電話に出るのだった。

 「どうしました?」
 『あ、武村?』

 自分で電話しといて確認するのもどうかと思うが、まぁ、確かに俺は武村トモキだ。電話の向こうからは40くらいのおっさんの声の様なものが聞こえるが、真実その通りの声である。社長が皆鈴木社長の様な美人で巨乳な姉ちゃんばかりではない。現実は非情である。

 「明日のバイトの件ですか?」
 『バイト?なんだっけ?』

 おい。

 『まぁいいや。お前今どこ?家?』
 「会社ですよ。真面目な企業戦士なんで」
 『嘘付け、ボケ。またぞろ鈴木の巨乳娘のところで鼻の下でも伸ばしてたんだろうが』
 
 エスパーかあんたは。

 『まぁ、いいや。いいから今すぐ新銀座まで来いよ。今出ろ、ほら出ろ、何してる』
 「いや、わけわかりませんよ。今どこにいるんです?」
 『キャバクラ』
 「電話切っていいですか?」

 死ね。本当に死ね。人がやっとこさ仕事終わらせてる間貴様はキャバクラででれでれしてたのか?まぁ、それは社長の勝手だが、流石にこの時間から飲みに繰り出す元気は無い。明日も朝が早いのである。

 『今テーブルついてるシェリーちゃんって娘、お前好みの巨乳ちゃんだけど?え?そう?うわぁ、Gカップだってよ。肌白ー、ぷるぷるー』
 「新銀座のどこでしたっけ?」
 
 男は本当に悲しい生き物である。
 
 

第二話 アルバイト



 「お早うっす」
 「おー、タケちゃん。うわ、どうしたの?」

 翌日、バイト先に現れた俺に、研究主任の江藤さんが目を丸くした。いつも元気なタケちゃんが、げっそりとした目に隈状態でよれよれのスーツ来て現れたからである。

 「朝まで飲んで、寝てないんす」
 「えー、困るよ。モニターなんだからしっかり体調整えて来てくれないと」
 「お宅の社長にキャバクラ3件梯子させられたんですけど?」
 「さぁ、仕事だ、仕事。ほら、タケちゃんシャワー浴びておいで」

 スルーかよ、と突っ込む元気もなく、ぼふ、という音がして俺の顔面に柔らかなタオルがぶつけられた。それは、昨日の姉ちゃんのおっぱいくらいには確かにやわらかかった。


 * * *


 「はい、息整えてー。吸ってー。吐いてー」
 
 俺は江藤さんこと、低身長眼鏡三つ編みといういまどき貴重な白衣女性の指示の元、深呼吸を繰り返した。
 シャワーを浴びて上半身裸の俺に照れのひとつも見せない江藤さんは生粋の研究者だが、俺は隠れ巨乳ではないかと見ている。
 いつもしっかり襟元を正したスーツを着て、しかもその上から白衣を羽織っているせいで確信までは至っていない。あと、多分眼鏡を外したらけっこう美人だ。
 
 「じゃあ、いいよ。換装して見て」
 「換装」

 俺が起動語を呟くと、右手に持っていた装剣が鈍く光を発した。
 すると神理的置換作用が働き、俺の身体が紅い甲虫の殻のような鎧で覆われる。

 「海老?」
 「まぁ、イメージは」
 「海幸彦の釣り針でしたっけ?元になったのは」
 「そそ。海幸彦(ホデリ)は火明命(ホデリ)とも書くわ。海の神でありながら、火の神でもあるわけね。コノハナノタクヤヒメが火の中で産み落とした子の一人よ」
 「なんで海老?しかも火通してあるし」
 「さぁ?意匠設計の子に聞いてくれる?で、どう?動きやすさとか」
 「えーっと・・・」

 これが俺のバイトであった。装剣の新作のモニター。つまりはここは大手装剣メーカー「カグヅチ」の極東研究所であるわけだ。金がもらえる上に最新の装剣の知識を得られるので、営業の人間としては一石二鳥である。どの現場も、より性能の良い装剣を常に欲しているからだ。
 
 「人工筋肉の反応は悪くないっすね。ただ、他を大きく突き放すレスポンスってほどでもないっす。やっぱり装甲が厚い分動きにくいし」
 「うーん。相変わらず率直ねぇ」
 「それが仕事なんで。そっちはどうです?」
 「うーんとね。数字はそこそこいいわ。神通値はタケちゃんの平常値通りだし、神力の通りもいい。防御力の数値はプラ45よ」
 「そりゃすごい」
 「その代わり精密動作性がマイ28」
 「作業員にはきついですね」
 「だよねー」

 率直に言って駄作である。まぁ仕方ない。成功は多くの失敗の上に成り立つものだから。

 「あと10分くらいデータ取ったら上がっていいわよ」
 「うーい」

 助かった。
 正直眠くて仕方がなかったのである。
 江藤さんがかわいい眼鏡女子じゃなかったら確実に寝ていた。

 「おい、武村、いる?」

 その時、スーツ姿の元凶が乱暴に扉を開けて現れやがった。
 若い頃は発掘の前線にいたという社長は確かにガタイがよく、顔立ちもどこか気品があるので女にモテるとよく自慢される。嘘か本当かは知らない。キャバクラでモテるのは金があるからだろうし。

 「お。いたいた。お前これ終わったら社長室寄れよ。いいな?」
 「ちょ、え?」

 ばたん、と扉が閉じられる。
 江藤さんはモニターを見て俺の目を見ない振りをする。
 あの・・・。

 「俺、上がっていいんすよね?」

 俺の呟きに、江藤さんは曖昧に笑った。


 
 「眠いです」
 「知らん。五月蝿い」

 よれよれのスーツに着替え直して社長室に行くと、巨大装剣メーカー、カグヅチ現CEO石川レイモンドがふかふかの椅子にふんぞり返ってそう言った。
 朝少し寝たのか。はたまた別の理由か。妙につやつやした肌をしていやがる。
 石川社長の祖父は、初めて装剣の商品化に成功したとある企業の研究チームの一人で、後に資本金1000万ほどの小さな製造メーカー、カグヅチを立ち上げた。
 それがいまや年商500兆円とも言われる超巨大メーカーにまでなったわけだ。旧世紀で言えば、国が2、3個買える金額である。
 それだけ、発掘関係のビジネスが巨万の富を生み出しているわけであるが。

 「お前、いつまであの会社にいるつもりだ?」
 「はぁ」

 社長の要件は分かっていた。だからここには来たくなかったのだ。個人的には社長は好きだし、キャバクラに付き合うのも嫌いじゃないし、女の趣味も近いので話も合うわけだが、それとその話は別である。

 「俺の会社に来い。お前ならすぐに取締役にしてやる」
 「興味ありません」
 「おい。ちょっとは悩め。カグヅチの取締役って言ったら、年収5000万越えだぞ?お前の好きな装剣にだっていくらでも触れるぞ?」
 「プラモデルに喜ぶ子どもですか、俺は!」
 「パンドラとは言え、商社の一部門のトップセールスで終わらせとくにはお前は惜しい。悪いことは言わんから、こっちに来い」
 「今の仕事が好きなんですよ」
 「はぁ…。まぁいい。一度や二度で口説けるとは思っていない」
 
 いや、もう10回くらい口説かれてるけど?

 「昼飯でも食いに行くか?奢ってやるぞ」
 「いや、うち帰って寝ます」
 「そうか。最近見つけたんだが、2丁目の角に、ウェイトレスに胸元が際どい制服着せる店があってな。そこのアヤちゃんって子が推定Fカップの膨らみの持ち主で…」
 「そう言えば腹が減って死にそうなんです。ほら行きましょう。すぐ行きましょう」

 俺が早口にそう言うと、社長はにやりと笑って、行くか、と立ち上がった。
 俺は、この人が嫌いではない。

 

--------------------------------------------------------------------------------------------------
 
思わず多くの反響を頂き、有難いような恐ろしいような、割合で言うと前者が40後者が60という感じで、要は戦々恐々としています(ガクブル
 多くのご感想で今後の展開を期待していただいたのですが、今のところ今回みたいな感じでまったりしたペースで話を進めて行きたいと思います。
 劇的熱血展開とか、犯人はあいつだとか、これは国家の陰謀だ!(そもそも国家はないが)とか言う展開はあまりないかと。
 とりあえず5話分のプロットは作ったことだし、少なくともその分は更新して行こうと思います。
 何分、隙間な作品過ぎて皆様の反応が非常に気になります。
 ご意見をどしどしお聞かせください。



[25034] 第三話 匣崎総帥
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2010/12/26 09:39
 その日、珍しく現場からの呼び出しを受けなかった俺の仕事は順調に終わろうとしていた。なんと現在午後6時半。
 この段階ですでに終りが見えているのである。
 あとは、この書類に部長の判子をもらうだけ。
 どうせ部長はめくら判である。

 「部長、これお願いしまっす」
 「はぁい」

 うちの部の部長は女性だ。その名も斑鳩クララと言う。だが初めて会う人は皆彼女のことを少女だと言ってはばからないであろう。
 身長135、体重秘密、スリーサイズ?なにそれ?おいしいの?といった合法ロリぼでぃを誇る我らが部長様は、そのご尊顔も愛らしく、にぱっといった笑顔が似合う。口調もどこか舌足らずで、一緒に営業に行くと飴をもらえる始末である。
 その手の趣味の奴には堪えきれない一品であろう。ごめん。そっちに俺いないんだ。
 これで36歳だというのだから世も末である。

 「武村くん、今失礼なこと考えなかったー?」
 「まったくもって気のせいです。ほら、しゃきしゃき判子押してください」
 「しゃきしゃき?」

 部長がそう言って小首を傾げると長い黒髪がふわさっと揺れた。髪を伸ばさないとバランスがとれないらしい。
 ともかく、これで俺は解放される。
 今日の俺の仕事終了の福音を告げる判子がぽん、という音を立てる前に、しかしデスクの電話がぷるるるるるる、とけたたましく鳴った。
 
 「内線?誰かしらぁ?」

 部長はがちゃっと電話を取ると、大きな受話器を小さな両手を使って苦労して耳に当てる。誰だこの幼女採用した面接官は。
 電話の先の人物に、笑顔ではい、はいと答えながら部長はこくりこくりと頷く。やがて1分ほど話した後、部長はお疲れ様です、と電話を切った。

 「ささ、部長。電話終わったなら、判子を」

 俺がそう言ってずい、と書類を突き出すと、部長はそれを受け取ってひらりと取り上げた。

 「これじっくり読むから、武村くんはお仕事しててくれるー?」

 おい。お前いつもめくら判だろうが。ときどき漢字の読み方が分からなくて俺たちに聞いてくるだろうが。まじめに誰だこいつ採用したの。
 
 「社長が呼んでるからー。今すぐ社長室に来いってー」
 「は?」
 
 俺を開放するはずの白い紙が、部長の手の中でふわふわと踊った。
 

 第三話 匣崎総帥



 「剣装営業部 主任 武村トモキただいま参りました」
 「うむ」

 でかい部屋である。
 それもそのはず。
 128階という階高を誇る我がパンドラ本社ビルの最上階は、ワンフロア丸ごと社長室なのだ。とてつもなくどでかいガラス張りの部屋の中にひとつだけぽつんと置かれた社長のデスクという絵はシュール以外の何物でもない。
 たぶんこれ、遠まわしの嫌がらせだと思う。

 「それで、何の御用ですか。匣崎社長」

 俺はたった一つのデスクに肘を突いて座る妙齢の女性にそう声を掛けた。この女性こそが世界最大資本を誇るパンドラグループの現総帥にして、総合商社パンドラのCEO。
 本来であれば俺の様なヒラ社員が会うことなど年始の社長訓示くらいだろうという財界の怪物の一人。
 アヤコ代表取締役であった。

 「…ひとつだけ言っておく」

 低い、不機嫌な声で社長はそう言った。流石に世界経済の一角を似合う人物の迫力は違う。カグヅチの石川社長もそうだが、有無を言わせぬカリスマのようなものを感じる。
 俺が思わずごくりと唾を飲み込むと、社長はすっと俺の目を睨むように射抜いた。

 「二人きりの時にはアヤ姉と呼べと何度言ったら分かる!他人行儀は止めろ!べ、別に傷ついてるわけじゃないからなっ」
 「普通逆じゃね?」
 「うるさいな」

 そう言って社長ことアヤ姉は胸の前で腕を組んで椅子にふんぞり返る。ちなみに鈴木社長が巨乳ならアヤ姉は魔乳である。
 両腕によって持ち上げられたその双球が、スーツ越しにも俺に存在感を見せ付ける。そもそも俺のおっぱい属性はこの人によって与えられたのだから仕方ない。10歳くらいですでにDカップあったことを、幼馴染の俺は知っているのである。

 「まぁいいや。アヤ姉、何の用?俺今日は早く帰って寝たいんだけど」
 「ふん。べ、別に大した用事ではない」
 「あ、そ。じゃあ」
 「おい!帰るな。そこに座れ」

 俺はしぶしぶアヤ姉が指差した応接セットに腰掛ける。アヤ姉もまた、デスクから立って俺の前に座る。
 しかしすごい身体だ。
 身長172。体重は秘密。スリーサイズは上から98、56、88と言うモデルもびっくりの引き締まった27歳。これで剣の腕も俺と互角と言うのだからパーフェクト人間と言うのは存在するものである。あ、情報元は企業秘密で。
 長い黒髪をポニーテールにしてまとめた切れ長の目をした怜悧な美女は、俺の前にどっかり座り、揺れる乳でひとしきり俺の目を楽しませてから口を開いた。

 「貴様、一昨日。またカグヅチにバイトに行ってきたらしいな?」
 「え?まぁ」

 まぁ会社員として褒められたことではないが、一年も前からあそこでバイトしてることをアヤ姉は知ってるのだから、今更である。
 何を言いたいのかいぶかしがる俺に、アヤ姉は暑いのかやや頬を赤くする。

 「その、また石川社長にスカウトされたのだろう?カグヅチに来い、と」
 「え?あぁ、まぁ。何で知ってんの?」
 「石川から電話があった。武村を寄越せって」

 あの親父…。

 「その、あのな。その…何て答えたのかな、て思って…」

 そのまま俯いてしまう匣崎パンドラグループ総帥。俺ははぁ、と溜息をついて、ぐったりとふかふかの椅子にもたれた。

 「謹んでお受けしますと、答えた」
 「うそ!」
 「うそ」
 「タケちゃん!」

 そのまま物凄い勢いで立ち上がるアヤ姉。やべ、流石に怒られる、とか思っていると、怒声の代わりにひく、ひくとしゃくりあげる音が聞こえてきた。

 「そ、そういう、そういうことは、ひくっ、いっちゃ、ひく、だめだよぉ、ひっく…」
 「ごめん!ごめんなさい!俺が悪かった!だから泣き止もうね。もう27だからね!アヤ姉、ほら~。タケちゃんだよー。どこにも行かないよー」
 「タケちゃんが、タケちゃんがいじわる言うからー」
 「ごめん!本当ごめんなさい!まさか泣くとは思わなかったんだよ」
 「だって、ひっく、だってタケちゃんがぁ」
 「悪かった、どこにも行かないから。ね?泣き止んで?ね?」
 「本当?本当にどこにも行かない?」
 「行かない行かない。路頭に迷う」
 「本当の本当の本当に?」
 「本当の本当の本当に」
 
 ブラックスーツでばしっと決めた年上のキャリアウーマンが、目に一杯涙をためて上目遣いに俺の顔色をうかがう様は確かにぐっとくるものがある。あるのだがしかし。
 (めんどくさ…)

 俺はアヤ姉には間違っても聞こえない様に、心の中でそう呟いた。

 アヤ姉は昔からそうだった。姉御肌で男勝りでしっかり者で、でもいつも背伸びして影で頑張っていた。本当は弱虫で泣き虫なのに。
 5年前、匣崎の親父さんが死んで突然任されたCEO。巨大コンツェルンをこれを機に解体しようと動く政府や、少しでも美味い肉を切り取ろうとするハゲタカの様な世界中の企業と、若干22歳の小娘が渡り合わなくてはならなかった。
 
 「ありがとう…」

 ひとしきり泣いて落ち着いたアヤ姉が椅子に座り直すと、俺も安堵の溜息をついてぼふっと椅子に倒れこむ。
 匣崎アヤコは優秀だった。今も厳然と世界最大の企業体としてパンドラが存在することが何よりの証拠だ。この5年、心休まる暇もなかったに違いない。俺の様なアホのお調子者が、必要なこともあるのだろう。

 「…すまん。いつも、その、苦労をかける」
 「いいよ。アヤ姉を守るって、親父さんと約束したからな」

 折角の切れ長の目を赤く晴らした幼馴染が「馬鹿…」と言って俯くのを見ながら、さっき心の中で面倒くさいと言ったのを、やはり心の中で謝ったのだった。






[25034] 第四話 神話的埋設物
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2011/01/01 23:36
 「ここ。この層と次の層の境を見てください。うっすらと赤茶けて見えるでしょう?これはヒンドゥ神話系の地層の特徴で、非常にわかりやすい。だから、地層を見極める時にはまずこの赤茶けた層があるかどうかを真っ先に確認します。そうすることでまず最初の絞込みが出来る」
 「はぁ…」

 平日の発掘現場。だが、俺は配送の為にここに来たわけではない。そもそもこのご時世、基本的に私用車を持つことは恐ろしく金がかかる。今は20世紀の様に膨大なエネルギーを燃焼しながら、個人が好き勝手に移動できる時代ではないのだ。

 完全なる多次元神理コンピューティングによって管理された在庫や受発注、あるいはラプラス理論的な受発注予知によって、本来物資の配送に漏れがあることなどあり得ない。
 だが時たま鈴木社長の様な神通値の高い人間の考えることはシステムの予知の上を行くから性質が悪い。

 まぁいい。それより俺こと武村トモキが、こうして作業事務所の一室に陣取り、スーツを来た数人の男女に神話的埋設物考証学―俗に言う埋神学(まいしんがく)の授業を即興でやっているのは、どちらにせよ俺本来の業務ではない。

 自慢ではないが、会社に帰れば山の様な書類が俺を歓待してくれるのである。とっととおさらばして俺の終業時間を一秒でも縮めたい気持ちで一杯である。

 俺が内心そう思いながらもにこにこしながら映し出された地層の立体映像を指しながら教鞭を振るっていると、受講者の一人がはい、と手を上げた。
 大学出立ての化粧ばっかり気合入ったすっかりスーツに着られたそのねーちゃんは、俺がどうぞと言うと立ち上がって、舌足らずの口調で質問をのたまった。

 「ヒンドゥ神話って何ですかぁ?」

 俺、もう帰っていいですか?



第四話 神話的埋設物



 「おい、お疲れ」
 「あー、お疲れっす」

 俺が休憩室でぐったりしてると、現場所長が缶コーヒーを奢ってくれた。40絡みのしぶいおっさんは、じぶんもプシとプルタブを空けると俺の隣に腰掛けた。

 「タケちゃんも大変だなぁ。事業主さまのお守とは」
 「まぁ、これも仕事っすよー」

 給料出ないけどな!
 パンドラは超巨大コングロマリット企業であり、俺が従事する超末端の剣装部を初めとする、多岐にわたる事業部門を持つ。
 その数多ある顔の一つが発掘事業主。
 つまり、発掘会社が発掘するための開発資金を提供する会社で、デベロッパーなどと呼ばれる。彼らも当然ボランティアでそんなことやってるわけではなく、そこから得られた神話的埋設物を研究したり、転売したりして事業利益を得るのである。
 
 ちなみにパンドラには巨大研究機関が別会社として存在し、ここで得られた発掘物は無条件でそこが買い取ることになる。グループ内でぐるぐる金が回るわけだ。
 本来のデベロッパーは如何に高く発掘物を売り捌くかを考えてなくてはいけないので、当然社員の埋神学の造詣も軒並み深い。
 それがうちのパンドラとなると、値段つけるのも調べるのも買い取るのも身内だから、こんな厚化粧しか取り得の無い新卒を現場に寄越したりするのである。

 もう、本当勘弁して欲しい。
 ということで、事業主説明会を開いても一向に要領を得ないことを知っているうちのグループは、現場所長とも顔見知りで、かつ装剣が使えるので現場に入れて、かつ埋神学にも精通しているという都合のいい人間―つまり俺を、現場に派遣したのであった。

 おい部長。たまには断ったらどうなんだ。「わかりましたー、武村くんいってらっしゃーい」とか言って見送ってんじゃない。俺の仕事あんたがやってくれるのか?
 あー。愚問でしたね。すみません。

 まぁ実際、神話的埋設物に関わる作業は専門性が高い。正直、素人が現場来て独学できる内容ではないのだ。
 
 まず地層の分析から始まり、コンピュータで埋設物のラプラス的事前予知を掛ける。これを前予知と言い、情報が少ないのでまだ精度は粗い。だが大体の工程はこれで立つので、前予知に沿って発掘作業を進める。

 神話的埋設物が発生する理屈については諸説あるがここでは割愛する。分かっているのは、それらが兎に角地面に埋まっていると言う現実である。
 工事はほとんどがAIを備えた作業機械によって行われるが、その際に湧き出てくるデモンには人の神通値が付与された装剣しか通用しないので、その掃討は人間が行わなくてはならない。

 だがいつ出てくるかもしれないデモンの為に、大量の人員を常に抱えておくのでは予算がいくらあっても採算が合わない。だから必然的に人にしか出来ないもうひとつの作業、考証を行う現場作業員が、それらの掃討も担当することになる。
  
 作業員は高給取りだがそれだけの専門知識と、そして戦闘能力が求められる。加えて殉職率は未だに圧倒的であるのだ。 
 陰では人類最後の3K職と言われている。
 
 さて作業が進み埋設物が発掘されるとごとにそれを考証し、ラプラスの予知をやり直す。これを追予知と言い、ここからが発掘業者の腕の見せ所となる。

 ところで埋設物は大抵の場合粉々に粉砕されているケースが多い。
 パズルのピースの様に発掘されるそれを、作業者はひとつひとつ慎重に発掘し、ラベリングし、組み合わせ、予知との適合性を元に本来の姿を見出そうとする。

 工芸品や武具などは本来の材質と石化状態と半々であるが、これは割合本来の形の予想が付きやすい。
 問題は神そのものが埋まっているケースである。
 埋設神は100%石化状態で発掘される。だからもともとこれは石像であると主張する学派もあるが、俺はこれを支持していない。
 それも大抵は小指の先とか、歯とか、どこかの肉片とかという形で出てくるものだから、そこから予知で再現を試みてもほとんどの場合失敗するケースが相次ぐ。

 そこを何とか辛抱強く、時には大胆な想像力を働かせて再現を試みるのである。神とかいう奴らは三面六臂とか当たり前にいるので、事態をさらに複雑にする。

 この工程を如何にスピーディに、そして正確に行うかで、発掘物の精度、価値、そして発掘後の研究効率が全然違ってくるのである。
 駄目な現場はぐだぐだになって時間ばかりかかるのに仕様も無いものばかり掘ることになるし、いい現場は予知もどんどん精度を上げていくので、加速度的に成果が上がっていく。
 何事も最後にものを言うのは、丁寧で誠実な仕事と、人の直観力である。

 「タケちゃん、デベの方行けばいいんじゃないの?」

 所長が俺にそう言うので、俺は曖昧な笑みを返した。
 パンドラのデベロッパー部門、「パンドラデベロップメント」という会社は、パンドラのデベとか、デベの方のパンドラとか呼ばれる。
 総じて前述した人材不足に悩む会社である。と言うか他グループで使えない人間の受け皿であるのだが、これを他のデベロッパーが聞いたら血の涙を流して恨まれると思う。
 本来デベロッパーは過酷なエリートの職業なのである。

 「柄じゃないんですよ」
 「まぁ、そうかもな。おっと悪い。考証検討会あるからそろそろ事務所戻るわ」
 「俺もそろそろ会社戻ります」
 「おう。お疲れ。今日はありがとうな」

 そう言って所長は俺に頭を下げていく。
 その様に少しばかり魂が報われた気がする。
 優しいのはいつも他社の人間ばかりなのは、いつの時代も変わらぬ真理だと思う。


* * *


 「おわった…」

 会社に戻ると、薄情な部長はとっくに姿を消していた。今頃お気に入りの舞台でも見に行っているのであろう。
 エンターテイメントが肥大化した昨今、どんな分野でもライブ性があるものが持て囃される。
 ライブ感たっぷりの俺の現実を何とかして欲しいものであるが。

 その時、プルルルルルと俺の携帯が鳴った。
 メールの着信である。
 発信者は石川社長。
 とてつもなく嫌な予感がする。

 『今、キャバクラ。すぐ来れる?(。-ω-。)ノ☆・゚:*:゚ 』

 いい親父が顔文字なんぞ使うな、大体なんだその妙に凝った顔文字はとか思いながら、俺は即効そのメールを削除した。

 すると、プルルルルと再びメールが着信する。
 発信者は石川社長。
 問答無用で削除しようとすると添付ファイルがある。
 何だ?
 表示するとそれは…、アップで撮影された巨乳の谷間の写真だった。

 『キャサリンのおっぱいだぞ(о´∀`о)ノ 』

 とりあえず写真を保存してメールを削除する。
 さすがに今日は疲れた。
 いい加減帰って寝たい。
 そう毎度毎度おっぱいに釣られると思ったら大間違いである。
  
 すると三度携帯がプルルルルと鳴る。
 いい加減にしろよという気持ち半分。写真に期待する気持ち半分で携帯を見ると、発信者はアヤ姉だった。

 『肉じゃが作りすぎたから食べに来る?べ、別にタケちゃんの為に作ったんじゃないからなっ』

 ピ、ピ、ピッ、ピッ、ピッ。
 メッセージを送信しました。

 『今から行きます』

 言っておくが俺が釣られたのは肉じゃがだ。おっぱいに釣られたわけではない。



[25034] 第五話 希望という名の少女(前編)
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2011/01/01 23:33


 「タケちゃ――武村主任。あの文様は何だ?」
 「え?あぁ、オルメカ文明の祭器、みたいですね。あるいはマヤ系の地層から出てきたから、オルメカの何かを参考にして復元したのかもしれません」
 「ふぅん。あっちの盾みたいのは?」
 「お。アテナ神のイージスの盾ですね。ヴァージョン12.0まで出てる超人気商品ですが、色んなメーカーが次のヴァージョンをこぞって開発してます。イージスの盾はそれでも、現在の予想復元率が実験室レベルで20%切ってますから、まだまだいいのが出る可能性はありますよね」
 「へー。タケちゃ、ごほん。武村主任は博識だな」
 「恐れ入ります」

 ブラックスーツをびしっと着こなした絶世の美女を案内しながら、俺は研究棟の廊下を進む。月に一度の総帥視察とあって、目に付く所に彼らの研究成果が所狭しと置かれている。
 ここは巨大企業グループパンドラの花形部署でもある神話的埋設物研究会社、その名も「パンドラ埋設神話総合研究所」、通称パン研旧日本本社研究棟である。

 世界中で発掘された神話的埋設物は、デベロッパーや政府によりこうした研究会社に調査依頼されるか、あるいは販売されることになる。
 手切れの良さを重視する民間デベは売っぱらって終りにすることが多いし、逆に公関係の仕事だと共同研究を持ちかけられることが多いらしい。実際には政府お抱えの大学の先生がこの研究所に出向してくることになる。
 
 今や電球一つから政府の要人警護システム、果ては最先端の医療技術に至るまで、神話系埋設物に由来する技術の恩恵を受けていないものはない。であるからこそ、神話的埋設物の研究、及び技術開発が、今世の中でもっとも金になるホットな産業なのである。
 
 パンドラは研究から商品開発、販売、流通までを一手に管理する巨大な商圏を押さえており、俺が所属する武装系商社のパンドラなどその末端に過ぎない。だから本来俺の様なヒラ社員が、こうしてグループの総帥様を連れて歩いているなど言語道断なわけであるが、俺ことタケちゃんの便利貧乏さがここでも発揮されるわけである。

 まず現CEO、匣崎アヤコ総帥は神話的埋設物に関する造詣があまり深くない。これはもともと総帥がグループを継ぐ気などさらさらなかったことに起因する。
 前CEO、つまり総帥――アヤ姉の親父さんが急死したのは、彼女が穀物生産に関わる研究をやりたくて旧北米地区の大学院に進学した矢先だった。

 そのまま会社の経営権を売っ払い、株主として配当だけもらっておくという選択肢もあったに違いない。だがアヤ姉は親父さんが大事にしていた会社が、見知らぬ誰かの良くまみれの指でばらばらに解体されていくのが耐え切れなかった。

 アヤ姉は大学を止め、帰国し、そして門外漢だった神話的埋設物について猛勉強したのである。その熱意と知識欲は驚愕に値する。そのアヤ姉に助言を請われて色々教えていたのが、当時旧日本地区のしがない大学で埋神学を専攻していた俺だったと言うわけである。
 だからアヤ姉にとって神話的埋設物に関しては俺が先生のようなもので、今でも色々聞いてくる。それともう一つ、アヤ姉がここに俺を連れてくる理由が存在する。



第五話 希望という名の少女(前編)



 「おおー、トモキ。何だ、来るなら連絡くらいしろ」
 「あ、二階堂のおっちゃん、久しぶり」

 ダミ声が廊下を響かせながら俺を呼び止める。俺は旧知のその人にひらひらと手を振った。
 がはははと豪快に笑うこの人の名は二階堂セイタ。伸び放題のぼさぼさの髪にまばらで不潔な無精ひげ。鷲鼻に丸眼鏡をちょこんと乗せたどてっぱらの、どこからどう見ても恥ずかしくないおっさんである。
 これで白衣着て社員証ぶら下げてなかったら今すぐガードマンにしょっ引いてもらうところだ。

 「ん?あぁ、アヤちゃんも一緒か。相変わらず仲いいなぁお前ら」
 「い、いえ!そそそ、そんなことは…」
 「総帥。二階堂特別技術顧問の仰る相変わらずは、俺たちが幼稚園だかの頃の事だと思いますよ」
 
 そう。俺とアヤ姉をちっちゃい頃から知るこのおっさんにとって俺たちは小さな餓鬼のままなのだ。アヤ姉と違ってその後もここに入り浸っていた俺にいたっては、おっさんにとっては子供の様なものかもしれない。
 俺の親父はこのおっちゃんの元同僚で、飲み仲間で喧嘩友達だった。だから今でもこうして仲がいいわけだが、小さい頃のアヤ姉にとっては怖いおじさんだったらしく未だ苦手意識がある。それが、俺を連れてくる理由のもう一つである。
 所長という人は別に存在するが、実質的にこの研究所を仕切ってるのはこのおっさんだ。ただ役職が付くのをいやがって、特別技術顧問だとか言う偉いのかそうでないのか良くわからん肩書きがついている。
 
 「また徹夜?」
 「ん?まぁな。2、3日ってとこか。この間掘り出されてきたギリシア系地層からほぼ完全な状態の筐体が見つかったんだが、これがうんともすんとも言わない。神話測定法にも全然反応せんし、いやぁ弱った弱った」
 「うれしそうだな、おっちゃん」

 ぼりぼりと頭の後ろを掻くおっちゃん。この人は昔から無理難題に立ち向かうのが大好きな人だった。だから俺の親父なんかと気があったんだろうが。

 「あれ?うわっ。おっちゃん、それ何?」

 俺はおっちゃんがその手に無造作に持っていた二本の装剣を見て目を丸くする。おっちゃんはその俺の反応を見て、やっと気付いたかとでもいう風ににやりと笑った。

 「ふふん。トモキでも見たこと無いだろ?そりゃあそうだ。出来立てほやほやの新作だからな」
 「何でそんなもんおっちゃんが持ってるんだよ」
 「基本設計は俺がやったから」
 「相変わらず何でもやってんなぁ」
 「あの、それは…?」

 遠慮がちに訊ねる、一応このグループの総帥さまに向かって、おっちゃんはえへんと胸を張って、手に持つ二本の美しい装剣の説明をし始めた。おっちゃん。あんたの給料払ってるのその人だから。

 「恐らくはハルパーだと思われる発掘物を俺が基本設計し、意匠にデザインさせてメーカーで上げてもらった装剣だ」
 「へー。ハルパーは知名度の割りに出てないから、これという装剣はまだないんだよな。それが成功したらパンドラがハルパーのver.1を作ることになるのか」
 
 ハルパーとはギリシャ神話の半神半人の英雄ペルセウスが、蛇髪の邪神メドゥーサの首を刈る為にアテナ神から与えられた武器の名である。
 装剣は神話的技術で作られた武装のことだから、別段元となる発掘物が剣である必要は無い。だが武器系の発掘物のほうが愛称がいいのと、また人気も高いので自然と武器系発掘物由来の装剣が多い。
 以前俺がモニターした海幸彦(ホデリ)の針の様に、武器かどうか微妙なものから装剣を作る試みもあるが、成功したという話はあまり聞かない。

 「へー、手に持ってみていい?」
 「いいけど、換装はするなよ。まだ試運転してないんだからな」
 「総帥もどうぞ。お手に取ってみてください」
 「う、うん」
 「トモキ。俺の前でもその気持ち悪い敬語で通すのか?」
 「誰が聞いてるか分からないだろ?」
 「ふん」
 
 おっちゃんが鼻を鳴らし、アヤ姉がハルパーを手に取った瞬間。
 研究所の中ではあるまじき轟音が轟き、俺は思わず手に持った剣を取り落としそうになった。

 「何だ!」
 
 おっちゃんがダミ声で怒鳴り散らす。 
 爆発は以外に近いところで怒っていた。
 目と鼻の先。確かあそこは・・・。

 「おっちゃんの研究室じゃねぇか!」

 俺が指摘すると、おっちゃんは「うーん」と頭を掻いた。

 「今日はそんな危険な実験はやっとらんかったと思ったがなぁ」
 
 やってる時もあるのか。そうか。そうですか。
 正直アヤ姉の前でそこのところを問い詰めたかったが今は事故の原因究明が先である。
 そう思って俺たちが事故現場に足早に向かおうとすると、研究室からは白衣の人間が何人か這うように転がるようにして出てきた。

 「おい!お前らどうした!」
 「あ!親方!」

 誰が親方だ、誰が。
 おっちゃんは研究員に親方と呼ばれている。それ絶対研究者の呼ばれ方と違う。

 「早く逃げてください!あ、あの筐体、筐体から!」
 「ああん?あの箱がどうした?」
 「筐体から、デモンが!」

 ばん、と音を立ててコンクリの壁が破壊される。
 開いた穴からは黒い足がにょきりと延びていた。影の様なその黒さには見覚えがある。俺たちがデモンと呼ぶ、神話的埋設物のガーディアン。

 「馬鹿な!?神域以外でデモンが湧くってのか!」

 確かに現場以外でデモンが湧いたなんて話は初めて聞いた。そしてそれは非常にまずい事態だ。奇跡的にまだ怪我人は出ていないようだが、こんなのが外に出たらえらい騒ぎになるに違いない。

 「おっちゃん、剣、使っていいな?」
 「トモキ…」
 「私も付き合おう」
 「アヤちゃんまで!」

 そう言ってアヤ姉まですうっと剣を抜刀した。水のように美しい流れるような刀身だった。

 「止めても無駄?」
 「無駄だな。時間の無駄だ」

 はぁ、と俺は大げさに一つ溜息をついた。

 「いくぜ、アヤ姉」
 「ちょ、急に名前呼ぶの反則!…ふん。いいだろう。換装」
 「換装」

 起動語によって俺とアヤ姉の体が金色の光に包まれる。
 黒い影は、壁をこじ開けるようにして俺たちの前にその巨体を曝そうとしていた。





[25034] 第六話 希望という名の少女(後編)
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2011/01/06 23:57
 アヤ姉の身体を包んでいた光が消え去り、ティタン殺しの剣ハルパーの剣装がその全容を見せる。
 隙なく着こなされていたブラックスーツは神理学的置換作用によって、銀色に輝く真新しい鎧へと変貌していた。

 因みに、意匠の設計者が打ち込める装剣のデザインはあくまで剣の段階でのそれにすぎない。
 換装後にどういう外観を持つかは、神理理論が密接に絡んでくるので、出来上がるまでどういう外観になるかはわからない。
 もちろんある程度の予想はラプラス型の多次元神理コンピューティングによって可能ではある。
 だが多くの場合、換装の結果はやはり神のみぞ知るなのだ。

 だから、これから俺がいう言葉は設計者と言うより神に向けられた言葉と思ってもらって構わない。俺は神に対して心から賛美とともにこの言葉を送りたいと思う。
グッジョブ、と。



 第六話 希望という名の少女(後編)



 ハルパーの鎧はどうやら神話のペガサスやペルセウスに意匠的インスピレーションを得ているらしい。
 肘から手の甲までを覆う手甲や、白く形のいいアヤ姉の足指の魅力を十分に引き立てるサンダルのような脚半にも、翼を模した飾りが設えられている。
 そしてなによりその胸部装甲。
 アヤ姉のGカップの魔乳を覆うその装甲は、ちょうど乙女が恥らうような感じで、一対の翼が両側から乳房を包み込んでいた。
 しかしその翼の大きさが、アヤ姉にはいささか申し訳過ぎる。
背甲から伸びてきているらしいその一対の翼は、本当にアヤ姉の女性の手くらいの大きさしかないわけであるが、アヤ姉の魔乳を侮ってはいけない。
 とてもではないが、自分の手で覆いきれる大きさではないのである。

 翼によって持ち上げられる格好になった双球は無防備で、それでいてどこまでも続くほどに深い谷間を惜しみなく見せつけ、その頂だけを隠された乳房の輪郭は丸見えで、裸よりもエロいと言えるかもしれない。
 翼が支えるだけのその柔からかなミルクタンクはほんの少しの動きにも敏感に反応してふるると揺れる。
 思わず拝みたくなるほどの荘厳さである。
 そのまま視線を下に移せば、白い腹部はその美しいラインを存分に鑑賞させるわ、銀のチェーンで結わえられただけの布の前掛けが足元までたなびいてその向こう側にあるであろう女性の神秘に思いを馳せさせるわで、どこの踊り子ですか。どこに行ったら次見れますか、と言った具合の完璧な調和を見せている。
 普段はポニーテールに結わえられた長い黒髪が、アップに纏められ、これまた翼を設えた髪飾りで止められているのもポイントが高い。
 神様、アンタすげーよ。 

「ふむ」

 そう言ってアヤ姉は、自分のその魅力的な肢体を包む銀の鎧を見まわし、その場でくるりと回って見せた。
 
 「な!?」

 俺はまだ侮っていたらしい。神理学的効果というものを。つまり神様の趣味という奴を。
 くるりと背を向けたアヤ姉の背にはやはり翼を模した背甲があり、丸見えのうなじやほっそりとした丸い肩が情欲を掻き立ててくるわけであるがそれより何より。
 アヤ姉の安産型のよく鍛えられたヒップ。
 それは布製のTバックによって持ち上げられていた。白い布は銀のチェーンを引っ張るようにしてその豊かな丸みを強調している。
 これは、つまり…。
 ふんどしというわけか。
 侮りがたし、神理学的恩寵。
 こんな格好で激しく運動したら、色々と危ういものがぽろりしてしまうではないか。
 俺は密かに、絶対鈴木社長にもこの鎧を卸そうと心に決めた。

 「気に入った。動きやすいし、追随性もいい。それでいて神力の通りがいいせいか、神力で守られている感じがすごく分かる。これは久しぶりのヒットだな。どうだ、タケ――」
 
 そこで初めて、アヤ姉は俺の血走った視線に気付いたのであった。

 「ちょっ。馬鹿!やらしい目で見ないでよっ」
 「これはまた。立派になったなぁ、アヤちゃん」 
 「二階堂博士までっ」

 これを見せられて、男に見るなと言う方が無理である。俺を初め、二階堂のおっちゃんとその部下達はそろって前かがみにならざるを得ないくらいである。
 っていうか鎧に当たって痛い。

 え?俺の鎧がどうなってるかって?いたって普通の軽鎧だけど何か?男の格好に興味が無いのは、俺も神様も同じである。

 「さて…」

 ようやく気持ちと何かが落ち着いた頃には、研究室の壁を完全にぶち抜いて、黒いデモンがその全体像を俺に見せていた。
 
 うーん。何だろう、これは。
 普通デモンはその発掘現場の神話層に似つかわしい存在として現れる。仏教系であれば邪鬼の様な姿で出るし、ヒンドゥー系であれば蛇が多い。
 ギリシャ系の発掘物であるはずの件の筐体から出てきたこれは、だからギリシャ系の何かだと思うのだが、はて…?
 
 それは俺とアヤ姉に醜悪な姿を悠然と見せていた。その身体の基本は6メートルもありそうな巨大な狗であるのだが、黒い毛に覆われたその体のあちこちから眼や牙や指などが生え出して、メインの首の眼孔の中にもいくつかの眼が犇き、口の中にも二つの下が延びだしていた。

 キメラ、だと言われればそれまでであるが、この禍々しい感じはそれだけでは形容しきれない。
 まるでこれは、災いそのものの様な。

 『ぐぅううおおおおおおおお!」

 その時突然。
 ソレが大口を開けて俺たちに踊りかかってきた。

 「おっちゃん!下がってくれ!」
 「分かった。とりあえず警備を呼んでくる!」

 そう言っておっちゃんと部下達が廊下を走り去るのを横目で見ながら、俺は装剣を正眼に構える。
 
 「疾っ!」

 先手はアヤ姉だった。
 豊かな乳房がこぼれだしそうに震えるのも構わず、流麗な無駄の無い動作から発揮された斬撃がソレの肩口をすれ違い様に切り裂く。

 『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅるるるるるるるる!』
 
 黒い霧のようなものを傷口から撒き散らしながら、警戒するように距離を置こうとするソレ。
 しかしその後ろ足を、こっそりと近寄った俺の一撃が切りつける。

 『ぎぃぃあああああああああああおおおおおおおん!』

 「姑息だな、相変わらず」
 「頭使ってるって言ってくれる?」

 アヤ姉が呆れたようにそう言うが、真剣勝負卑怯も何も無い。現場では所員が生き残ることが第一である。
 
 「流石に一匹じゃ大したこと無いな」
 「油断するな。悪い癖だ」
 「へいへい」
 
 俺たちはソレを取り囲むように少しづつその黒い身体を削っていく。だが、揺れる乳とか震える尻とか躍動する太ももとかを鑑賞する余裕すら俺にはある。

 「腕を上げたな、タケちゃん」
 「まぁ、ね」

 たまに現場に出てるから、とは口が裂けても言えないが。
 ここでは鈴木社長に感謝と言ったところだろうか。

 「そろそろ、か?」
 「たぶん」

 次が最後の一撃か、とお互いに渾身の神力を剣に込めていた時、二回りは小さくなったそれがソレが、突如爆砕するように弾けとんだ。

 「やばっ。瘴気か。あ、アヤ姉!」

 「ほらな。油断するからこうなるっ」

 ソレの身体は黒い霧となって猛スピードで俺たちに迫ってくる。瘴気と呼ばれる人体にとっての猛毒だ。
 あれを吸えば肺から爛れて死ぬしかない。

 「アドミニストレイター権限により”パンドラボックス”にアクセス。IDは”アヤコ”。圧縮ファイル”六面結界”の解凍、即時実行を命ずる」

 アヤ姉が早口でパンドラのスーパーコンピューターを呼び出す。アヤ姉の社長権限と、装剣で増幅された女性特有の出鱈目な神力があって始めて可能な高速呪法ダウンロード。俺が権限持ってても絶対出来ないと断言できる。

 「”六面結界”!」

 間一髪。
 俺とアヤ姉とが光の壁によって外界から隔離される。瘴気はその壁を境に内側に侵入することは出来ない。

 「なんつー再現率。さすがはアヤ姉…」
 「いいから、もっとこっちに来い。結界に触れるのは人体にあまりよくない」

 そう言ってアヤ姉と密着できたのは、確かに役得であった。

 やがて数分で霧は跡形も無く消えた。
 施設内の自動浄化装置が働き、瘴気を無害化したのである。

 「これが…そうか?」
 「どうやらそうらしいけど…?」

 霧が消えた後、そこには一つの大きな筐体が横たわっていた。箱からデモンが出てきたのではなく、箱を包むようにデモンが存在していたらしい。

 「迂闊に触るなよ」
 「わかって―――」

 アヤ姉の言葉に答えようとした時、なんとひとりでに箱の蓋が持ち上がった。
 
 「なんだとっ!」
 「げ、どうしよう?閉じる?」

 俺たちがあたふたとしている間に蓋はすっかり開いてしまい、中から何かがのろのろと起き上がった。
 すわデモンか、と俺たちが装剣を握る手に力を込めると、予想に反し、中から出てきたのは無害と思える存在だった。
 つまり、長い銀髪で裸の肌を覆う、10歳くらいに見える美少女であったのだ。

 「こ、これは、ど、どういう…」

 「わからない…」

 すがりつくように俺の腕をとるアヤ姉。あ、おっぱい気持ちいい、じゃなくて、神話的埋設物から人が出て来るだと?いや、神理学的置換作用なのか?
 少女は寝ぼけた様子でもなく、大きなぱっちりとした眼で俺とアヤ姉を見ている。澄んだ群青の色をしていた。

 「き、君は…?」

 何人かは分からないので共通語で話しかけてみる。
 その言葉の意味を解したのかどうなのか。
 少女は自分を指し、そして短くその名を答えた。

 「…エルピス…」

 それは、希望という意味の言葉である。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------

ということで第六話をお送りいたします。
エルピスはレギュラーとなる予定ですのでどうぞご贔屓に(笑)

さて…。

感想掲示板の件ですが、作者は今後一切のレス返しをしないようにします。
激励のお言葉や数々の(恐らく作品を思っての)ご指摘、また私を慮ってのコメントなど頂きましたが、感想板が荒れるのは私の本意ではありません。
ですから今後も感想板の意見は貴重な意見として読ませていただきますし、応援のお言葉は有難くいただきたいと思いますが、私は一切書き込みをしません。

それでも感想板がマナー違反、横レスなどが横行する状態が続きましたら、管理人様の手を煩わせるのも本意ではありませんので、本作、並びに私が投稿する全ての作品を削除したいと思います。

特に規約で禁じられている以上、横レスは絶対にしないでください。義憤を感じていただくのは心情として大変有難いのですが、それとこれとは話が別です。

どんな意見も飲み込むべき貴重なご意見です。書き込みの内容によって私のモチベーションが下がることはありません。

拙作をお読みいただく方々の中には私の対応が不当と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、現状最善の方策として、実行したいと思います。

皆様の応援や感想のお言葉は本当に執筆の励みとなります。
レス返ししないというご無礼をどうかお許しください。

何卒ご理解の程、よろしくお願いいたします。



[25034] 第七話 武村家へようこそ!(前編)
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2011/01/08 19:51
 翌日。
 手早く仕事を終わらせた俺はパン研を訪れていた。
 時刻は夜8時。
 当然の様に煌々と灯がともった研究所に溜息を吐くと、俺は気持ちに急かされるままに、研究所内に足を踏み入れた。

 「おお。来たか」

 研究室ではおっちゃんが昨日と同じ白衣姿で一人の少女に向き合っていた。これは同じ白衣を何着ももっているとかいうことでは断じてない。
 昨日とまったく同じ格好をしてここにいるということだ。

 「風呂くらい入ったら?」
 「入ったわい」

 心外な、とでも言うようにおっちゃんが肩をいからせる。
 風呂入って同じ服着てたら世話無いわ。

 「アヤ姉は?」
 「朝顔を出したがな。流石に忙しいらしい」

 それはそうだろう。アヤ姉は世界最大企業の一角、パンドラグループのトップである。それも財界やら政界やらから虎視眈々とその失脚を狙われ続ける新参者に過ぎない。
 懸念事項は山ほどあり、日々その処理に忙殺される。
 そして、目の前に新たな、そして巨大な懸案事項が一つ。

 「エルピス…」

 俺の呟きに、銀髪の少女はこくりと頷いた。

 

 第七話 武村家へようこそ!(前編)


 
 「髪を少しだけもらってDNA鑑定にかけたが、現生人類のどの段階とも似ていない。それどころか、700万年遡っても、彼女と同じ塩基配列の人類は多分存在しないぞ」
 「人間じゃない、のか?」
 「それが、物理的にも神理的にも完全に人間なのさ。我々と同じに呼吸し、飯を食い、成長し老いて死ぬ。ただ、まるで何も無いところから造られたみたいに、進化の痕跡のないDNAを持っているというだけだ」
 「神理的辻褄合せってことなの?」
 「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。はっきり言ってお手上げだな。彼女が話す言語は唯一自分の名前らしき言葉だけ」
 「エルピス…か」

 俺がもう一度その言葉を呟くと、少女は俺の方を振り返ってこっくりと頷いた。どうやら自分の名前が呼ばれていることは分かるらしい。
 流石に裸のままでは不憫と、スタッフが急遽買ってきた膝までの白いスカートとレースで飾られたブラウスは、彼女のどこか神秘的な雰囲気に良く似合っている。
 愛らしい美少女だ。
 表情と言う表情が、まったくないのが残念ではあるが。

 俺は思わず少女の頭に手を置くと、その銀の髪を撫でてみた。
 意外にも、少女は気持ちよさそうに眼を細め、されるがままになっている。

 「おい。埋設物に気軽に触れるなよ?」
 「埋設物かどうか、分かんないでしょ?」

 二階堂のおっちゃんが見咎めたように言った言葉に、俺は肩を竦めて見せた。

 「完全に人間なんだろ?危険はないっしょ」
 「まぁ、多分な。しかし、しっかり懐かれたな、トモキ」
 「子どもには好かれるんだよ、昔から」
 「女に、の間違いだろ?」

 と、ニヤニヤしながら言う眼鏡のおっさん。何を言う。人聞きの悪い。

 「まぁ何にしろ、俺が調べて分からんのだから誰が調べてもわからんだろう。アヤちゃんはこの子を当分の間秘匿することに決定した。世間には公表せず、パンドラで身元を預かる」
 「秘匿ったって、どうすんの?まさか、ここで育てんの?」

 俺は少女のやわらかい髪を撫でながら大げさにそう言ってやった。こんなおっさんと一緒に暮らしていたら、教育上悪すぎる。

 「それこそまさかだ。スタッフが順番に家につれて帰るという案もあったんだがな」
 「犬猫じゃないんだからさ」
 「そう。それに、皆帰りが遅いからなぁ」
 
 それはそうだろう。かと言って俺もアヤ姉も帰りは遅い。下手したら午前様の時もある。とても子ども一人養える環境ではない。
 
 「と、言うことでだ。トモキ。俺と匣崎代表は一致した、一つの論理的帰結に達した。もうこれ以上ないと言うくらい理想的な案だ」

 ぶるっと俺の背中が震える。何今の寒気?滅茶苦茶嫌な予感しかしないんだけど?
 そして俺の予感は的中する。こんなときだけ俺の直感は、多次元コンピューティングのラプラス予知並である。

 「この子、お前のとこで面倒みろ」

 おっちゃんの言葉に、俺は心底から絶句した。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 
 次の日は土曜日。俺はバイトをキャンセルして東京タウンのはずれ、いまだ緑がうっそうと残るジャングルみたいな所に来ていた。
 目の前にあるのは無駄にでかい家だ。初心者は遭難すること間違いなしのうっそうとした林を抜けた向こうには、近所の子どもからお化け屋敷認定間違いなしのでかい洋館が聳えている。
 内装も期待を裏切らない旧世紀前半ばりばりのレトロ趣味だ。
 この家の主の懐古趣味にも困ったものである。
 ここに来るのは半年振りか?もっとか?よく覚えていない。
 あまり来たい所ではないので、自然足が遠のくのである。
 
 「久しぶりだが、相変わらず大きな家だな」

 俺の隣には珍しく私服姿のアヤ姉がいた。タートルネックのセーターにタイトなスカートを白いロングコートで包んだその姿は、俺の着衣萌え魂に火をつける素晴らしい格好だ。
 セーターというのがいい。セーターというのが。
 盛り上がる二つの膨らみが一層強調されて目の保養になるからである。
 
 訪問者は俺とアヤ姉だけではない。
 俺の手をしっかりと握って、とてとて付いて来る、小さな銀髪の少女も一緒である。
 余所行きの白いワンピースに身を包んだその姿は、さながら森の妖精といった風情である。 

 「エルピス…。大丈夫か?もう少しだからな」

 俺がそう言うと、少女はこっくりと頷いた。

 ピンポーン

 『はーい。どちら様でしょうか?』

 旧世紀から変わらないレトロなベルを鳴らすと、インターフォンから妙に丁寧な女の声が聞こえる。
 相変わらずか。
 俺は溜息とついてからインターフォンに向かって言葉を発した。
 
 「俺だよ。開けてくれ」
 『あら、お兄様ですか?どうされたんです。一年ぶりでございますねぇ』

 どうやら一年ぶりだったらしい。思ったよりも家を空けていたようだ。

 「いろいろあってな。通信じゃ話しにくいから直接来た。いいからとっとと開けろ」
 『ご事情は分かりかねますが、ひとまず分かりましたわ』

 突然の訪問で留守だったらどうするのかって?
 大丈夫。この家の住人が家を出ることは隕石でも降ってこない限りはあり得ない。
 …ひょっとしたら降ってきてもないかもしれない。
 恐ろしいほどのものぐさ人間たちなのである。

 がちゃ、と門が開いて、俺たちは林の中をひたすら歩かされる。今時自動歩道もない石畳の上を、しかも全然手入れされていないために木々が張り出し放題の中を進まなくていけない。
 俺はエルピスの手を握る力を強める。エルピスもしっかりと握り返してきた。しゃべらないし、表情が乏しいので何を考えているのかは分からないが、遭難されるわけにはいかない。

 やがてようやく俺たちは洋館の前にたどり着いた。
 そこには頭にカチューシャを付け、白いフリルとアクセントにした黒のエプロンドレスを着た女が、妙に綺麗な姿勢で一礼していた。
 人は多分あれをメイド服と呼ぶのだろう。
 ふわりと広がったスカート。
 きゅっと絞られた細い腰。
 そして大きな胸を強調する胸元が開いたデザイン。
 それでいて首からはネクタイが下がっているので、それは当然胸の谷間に落ち込むことになる。
 そしてカチューシャが乗っかるのはぱっちりとした青い目に、豪奢な絹糸のような金髪に白い美形の子顔である。
 これでもかと言うくらいに萌要素を搭載した様なこの女の姿に、俺としたことが全然萌えない。
 それもそのはずである。
 この明らかにコンセプトを間違えたメイドの格好をした頭の可愛そうな女。恥ずかしながらこの女こそ、俺の実の妹、武村クリスなのである。

 「は?」

 クリスは俺を見るなり、そう言って絶句した。そしてアヤ姉とエルピスを交互に見た後、もう一度俺を見て、そしてふるふると震えだした。
 
 「クリス…?」

 俺が眉をしかめて妹を呼ぶと、クリスはそのまま突然に洋館の中に引き返し、そしてキンキンと耳にやかましいそのでかい声で喧伝するように叫びながら走るのだった。

 「お、お父様!お兄様が!お兄様がついにアヤコ様と子どもをお作りになりましたーーーーー!」 
 「ちょっ、ククククククク、クリスちゃん!違う!それは違うぞ!」
 「…馬鹿妹が」

 俺は思わず頭を抱えて頭痛に耐える。
 あり得ない勘違いにアヤ姉は口をぱくぱくと開けたり閉めたりしている。
 ただ俺の手を握るエルピスだけが、きょとんとした顔で首を傾げていた。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 ということで第七話をお送りします。
 タケちゃんの妹登場。
 かなり頭が可愛そうな女の子です。
 次回は父親登場の予定です。

 コメントもお返ししていないのに応援のお言葉を頂きましてありがとうございます。
 やはりコメントをいただけると筆が進みますw
 今後とも本作をどうかよろしくお願いいたします。

 



[25034] 第八話 武村家へようこそ!(後編)
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2011/01/10 09:07
 「ほう…。なるほどな」

 おっさんが、さっきから遠慮も呵責も無い目で俺たちを見ている。
 馬鹿妹の誤解を解き(もちろんまったく解けなかった。もうお兄さんは色々諦めました)、何とか客間まで侵入することが出来た俺たちを待っていたのは、無駄に立派な髪を蓄えたおっさんだった。
 白髪が混じり始めた金髪を手櫛で後ろに梳いただけの気取らない風貌は、気に入らないが決まっていてむかつく。
 大きく張った肩に高い身長は、ただの開襟シャツを着ているだけなのにこのおっさんをワイルドに見せるし、鋭い眼光が妙に知的に見えるから不思議だ。
 認めたくはないがこの男こそ俺の父親。
 その名を武村レイモンドと言う。
 何もしゃべらなければ、旧世紀のハリウッド映画俳優の様な風貌であるが。

 「いい乳に育ったな。アヤコさん」
 「な…!?」
 
 突然の親父の言葉に絶句するアヤ姉。
 おい、何を感心してると思ったら、エルピスじゃなくてそっちかよ、と言う突っ込みを入れる気力も湧かない。
 この男こそ俺の父親。
 俺とちっとも似ていない、気に入らないおっさんである。



 第8話 武村家へようこそ!(後編)



 「お茶を、どうぞ」
 「あ、ありがとうクリスちゃん」

 アヤ姉がそう言って給仕をする妹に礼を言う。その様子が妙に様になっていて呆れる。この妹は本格的に頭がおかしいと思う。
 「私、自分の進む道を見つけましたわ」と言って、13の時にメイド服の着用を始めたこの妹は、だからそれから5年もの間、ひたすら我が家のメイドをやっている。
 わからない。6つも年が離れてるせいか、お兄さんにはお前がさっぱりわからないよ。

 「どうですか、お兄様、この衣裳は?」
 「ひとつ聞いておくが、何でお前のメイド服はいつも露出度がそんなに高いんだ?」

 具体的にはおっぱい出しすぎである。

 「あぁ、そんなことですか。決まってますわ。お父様とお兄様が女性の乳房に異常な執着を持っておいででしょう?ですから胸部の露出は武村家のメイドとして当然のことなのです」

 そう言ってむき出しの白い谷間に手をあてて、にっこりと笑うクリス。
 横からアヤ姉がじと目で俺を見ている。
 違うよ!妹とかぜんっぜん萌えねぇよっ!
 この頭のイタイ子がメイドってもんをカン違いしてるだけだよっ。

 クリスは旧世紀の映像資料を参考にメイドというものを解釈している節がある。そう言えばいつか俺に「お兄様の資料を拝見させていただきました。大変参考になりました」と赤い顔して言っていたような…。
 俺の資料って、まさかあの、ベッドの下に隠していたアレじゃないよね?
 え?これってひょっとして俺のせい?
 
 エルピスはと言えば興味深そうに陶器のカップから立ち上る湯気を見つめている。
 うーん。研究所では紙コップにインスタントコーヒーだったからなぁ。
 つくづく教育によくない場所だった。

 「話は大体分かった。しかし、トモキ、お前、いつもこんなに美人で巨乳に育ったアヤコさんと一緒にいるのか?羨ましい。羨ましすぎるぞ。もういいからお前、とっとと帰れ」
 「巨…、えっと、その…」

 ほら、アヤ姉が困ってもじもじしてるじゃねぇか。女性の前で巨乳とか言ってんじゃない。照れて真っ赤にあってるじゃないか。
 っていうか可愛いなぁ。あとおっぱい大きいなぁ、って違う。そういうことじゃなかった。 
 
 「いつも一緒にいるわけじゃねぇよっ!あと恐ろしく認めたくないことだが、帰るも何もここは俺の生家だ!」
 「ふふん。マンションに住みつきちっとも顔を出さないドラ息子がよく言う。お前もクリスを見習って私の研究を手伝ったらどうなんだ?」
 
 そう。今年18になるはずの俺の馬鹿妹はすっかり親父に洗脳されて、メイド兼このおっさんの助手という色気のない職業に色気満点の格好で青春を費やしているのである。
 美人で胸がでかく気立てもよく、惜しくも頭がかわいそうなことを隠せば世の哀れな男どもならいくらでもどうにでも出来る女であると言うのに、心底残念な奴である。

 「まぁいい。本題に入っていいか?」
 「まぁ、いいだろう。うちでその子を養うと言う話だね、アヤコさん」
 「え、えぇ。武村博士のお手元であれば安心してお任せできると。勿論養育費用に関してはパンドラが十分なものをお支払いします」
 「そんな気遣いは無用だよ、お嬢さん。私がアヤコさんからお金をせびる狭量な老人に見えるかね」
 「い、いえ。その、お気分を害されたのであれば申し訳ありませんっ」
 「いやいや、そういうわけではない」

 仮にも世界に名だたるパンドラグループ総帥たるアヤ姉が、へりくだった態度を取るのには理由がある。
 パン研の二階堂のおっちゃんは人並み外れた才能を持ちながら、誰かと競うとか、権力を得るとか、そう言ったことにまったく興味を持たない残念な天才だが、おっちゃんと同期のこの男は言ってみればおっちゃんの真逆である。

 「私としてもその子はとても興味深い。主に将来がとても楽しみだと言う意味で。見てみろ、トモキ。この子はかなりの美人に育つぞ」
 「お前、一回死ねよ」

 前言撤回。残念な人間と言う意味ではまったく一緒だった。

 「エルピス。君はどうだ?ここで暮らすのに異存は無いかな?」
 
 親父はエルピスの目を正面から見つめてそう言った。エルピスはその言葉に小首を傾げる。

 「エルピス。この言葉ではどうだ?」

 親父が共通語ではない別の言語でエルピスに話し掛けた。俺も少しはかじっている。ギリシア語のようだがそれにもエルピスは反応しない。

 「ではこれでは?これはどうだろう?これでは?」
 「おい、親父…」
 「これならどうだろう?」
 「あんたが博識なのは分かったからいい加減に…」

 矢継ぎ早にいくつかの言語で話し掛ける親父をどなりつけようとした俺に、しかしエルピスはぴくりと反応して、何とその名前以外の言葉を始めて口にした。

 「*********、******?」
 「え、エルピス!」

 俺が驚いて思わずその名を呼ぶと、エルピスはちょこんと首を傾げる。別に喋れないと言った覚えはない。そんな具合にきょとんとしている。

 「なるほど。**********、*********?こんな感じかな?」
 「!? *******、********、************」
 「*****、***************」
 「**********、***********」
 「うんうん。気にするな。私は天才だからな」
 「おい、親父。俺たちにも分かる様に通訳しろよ」
 「ん?この子が『何故あなたがその言葉を?』と言うから、『驚くには値しない。君の美しさに比べたら少しもね』と返した」
 「…で、エルピスは何て?」
 「『ごめんなさい。今度は何て言われたか分からない』と」

 言葉が通じて話が通じないというのは、エルピスにとって初めての体験に違いない。

 「ふん。二階堂の奴め。初めからこれを狙っていたな。私が神語理論の研究でやっていることを、あいつだけは正確に理解しているからな」
 「どういうことでしょうか?」

 アヤ姉が不思議そうに首を傾げるのを見て、親父がにっこりと笑う。
 なるほどね。俺にもようやく二階堂のおっちゃんの考えが読めた。

 「神話的埋設物を利用したアーティファクトを起動するあらゆるプログラムは、神語と呼ばれる超言語に翻訳することで始めて機能する。超言語とは、あらゆる言語の原型たる言語、という神理学上の仮想言語だ。神話段階によってその形が様々に違うから、旧来はそれを一つの統一したプログラムに統合する作業など不可能だと言われていたのだよ。この、私以外にはね」

 そう言って親父がにやりと笑う。そうなのだ。悔しいがこの男は希代の天才だ。二階堂のおっちゃんがハード面の天才なら、この男はソフト面のそれ。
 現在稼動するすべての神話的アーティファクト、つまり世界に存在するほとんどあらゆる工業品は、この男の発明なくしてはあり得ない。
 毎年数兆円とも言われる特許料をその懐に収めるこの男に逆らえば、最悪特許使用停止を命じられる可能性もある。
 だからパンドラの様な企業は決してこの男に逆らうことは出来ないのだ。

 「その理論を応用して、エルピスに複数の神話段階の言葉を試した。ちょうどギリシアと北欧に、ほんの少し西アジアが混じったくらいの複層神話言語だな。統一神語を作り出した私からしたら、まだまだ優しい部類だ」

 とんでもないことを言ってのける男である。あの僅かな間にエルピスにそれらを試し、あれだけのやりとりで神話層を特定したというのか。
 だから嫌いなんだ。この親父は。親父は…昔から何でも出来すぎる。

 「それは、まぁいいとして。エルピス、どうだ?ここで暮らしてみるか?」

 とわざわざ共通語で言ってから、親父はエルピスの言葉でそれを尋ねた。すると彼女は数瞬考えた後、首を横に振った。

 「何故?…ほう。うんうん。なるほど。ははぁ…」
 「ははぁじゃねぇよ。エルピスは何て?」
 「私にはまったく理解できん心境ではあるが、トモキ。この子はお前と離れたくないそうだ」
 「はぁ?」
 
 俺が驚いてエルピスに視線を向けると、無表情の少女が心なしか上目遣いで俺の目を見つめている。

 「私としても大変不本意ではあるが、この子の意向と言うなら仕方ない。トモキ、この子はお前が預かれ」
 「いやいやいや。俺も仕事とかあるから。一日家で一人にはしておけないし、託児所に預けるわけにもいかないし」
 「それには及ばん。クリス」
 「はい、お父様」
 「お前、しばらくトモキのところでこの子のお世話をしなさい」
 「まぁ!私がお兄様の落し種を?」
 「違うし、その妙に生々しい言い方を止めろ!親父も、勝手に決めるな!勝手に」
 「何だお前。自分でつれてきた小さな女の子を放り出す気か?お前が7歳の時に犬を拾ってきた時、最後まできちんと面倒を見るようにあれだけ言っただろう?」
 「エルピスは犬じゃねぇ!」
 「尚更だ。可愛い女の子を忙しいからとかそんな理由で感知外に遠ざけるか。はっ。誰だこいつ。絶対俺の息子じゃないな。こんな卑劣感を身内に持った覚えは無い」
 「て、てめーな…」
 「でも、お父様はどうされるのです?私がいなくなってはお父様のお世話をするものがいなくなりますが?」

 クリスがそう言って唇に指をあてて小首を傾げる。奴曰く、殿方の心を癒す仕草を研究しているとのことだ。こんな奴と暮らすとか胃に穴が開きそうなんだが。

 「心配無用だ。私もしばらく家を空けることにする」
 「はぁ?どんな風の吹き回しだ?」

 三度の飯より研究が好き。用がある?はぁ?てめーが来いよ、というどんな相手にも上から目線ばりばりの親父が外出?
 俺が首をひねっていると、いつの間にかエルピスが俺の服の袖をきゅっとつまんでいた。

 「どうした?」

 何も言わない。それに無表情。なのにどこかその目は、捨てられた子犬を連想させた。

 「ということだからクリス。早速支度を始めなさい。アヤコさんもそれでいいかね?」
 「え、えぇ。その…タケちゃんさえ良ければですが…」

 俺さえ良ければね。はいはい。俺さえよければいいんでしょうが。
 
 「はぁ…いいよ。クリス。あんまり荷物を持ち込むなよ」
 「本当ですか!まぁ、良かった。新しいご奉仕のバリエーションを研究したいと思ってたところなんです!」

 いいよ、現状維持で。寧ろ後退しろ。その無駄な向上心は何なんだ。

 「良かったな。小さなお嬢さん」

 親父がまた不思議な言葉で何事かを呟くと、エルピスは目を丸くして、そして俺を見た。

 「ま。ここに来て俺は知らんっていうわけにも行かないしな。これからよろしくな、エルピス」

 俺はそう言って彼女の頭を撫でてやる。
 無表情な少女は、気持ちがよさそうに目を細めた。

 「善は急げだな。クリス。私の荷造りも頼む。一ヶ月ほど家を空けるからその準備もな」
 「一ヶ月?どこに行くつもりだよ、親父」
 「ん?あぁその子のこととか、色々なことを討議したい。二階堂は現場主義だから討論には向かん。やはり私が対当にものを話せる人間はこの世に一人しかしないということだ」
 「母さんに会いに行くのか」
 
 なるほど合点が言った。この男が唯一頭が上がらない存在こそ俺の母親武村トーコ。研究人間の親父がべたぼれして結婚してもらったと言う親父の上を行く傲岸不遜人間である。

 「そう言えばおば様の姿が見えないな。今どちらにいらっしゃるのだ?」

 アヤ姉が俺にそう尋ねる。うーん。言っていいものかどうなのか。…びっくりしないだろうか。
 俺はアヤ姉の言葉にとりあえず人差し指を上に向けた。
 
 「ん?二階?じゃないよな。すると…、あぁ、飛行機の中か」
 「違う違う。もっと上」
 「は?上ってタケちゃん…、どういうこと?」

 アヤ姉がいぶかしげに眉を寄せると、親父がそこから先を引き継いだ。

 「我が細君は今、月の宇宙ステーションで神理理論が月面上でも組み立て得るか、その場合どのような影響を受けるかと言う政府のプロジェクトに参加していてね」

 参加というか仕切っているらしい。っていうか政府に金出させたの母さんだし。ちなみに親父が学会の裏の顔役だとすると、母さんは面の大御所である。
 二人揃って人に迷惑をかけることを厭わない、非常に迷惑な夫婦なのだ。

 「つ、月?」
 「そうだ。だから通信も出来ないし、往復するだけでも時間がかかって仕方ない。だがトーコさんに会うためだ。多少の労力は仕方あるまい」

 俺も4年くらい会ってないと思う。クリス産んだのも日本じゃなかったしな。

 「月とか、一般人が行けるものなんですか」
 「大丈夫。金にモノを言わせる」

 そうですか。所詮この世は金ですか。ありがとうございました。
 ぽかんと口を開けるアヤ姉に、親父は場を仕切るように、楽しそうに声を張り上げた。

 「さぁ、久しぶりに面白くなるな」

 それ、俺にとって、ちっとも面白そうでないのは気のせいか?


----------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 ということで第八話をお送りしました。
 父親を越えられない主人公。王道ですね。
 妹は親が親なので優秀なのですが、頭が可愛そうな人なのです。
 メイドというものを兄が秘蔵していた20世紀の映像資料や貴重な紙製冊子などを見て学んだため、色々とカン違いしています。
 タケちゃん。そういうものはハードディスクの中にちゃんと偽装しておけよ(生ぬるい目)

 たくさんの応援とご感想を頂きまして本当に有難うございます。
 この場でお礼を述べる無礼をお許しください。

 今のところ大体プロットどおりに進んでいるのですが、折角ここまで来たので話数延長を念頭にプロットを書き直そうかな、と思います。
 もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
 
 ではこれからも本作をよろしくお願いいたします。





[25034] 第九話 メイドと黒歴史と恐喝と
Name: ダイス◆af8d3fcb ID:a8042ed8
Date: 2011/01/12 21:22
 冬の早朝。
 時刻は5時30分。
 けたたましい目覚ましの音で俺は叩き起こされた。
 
 飛び起きて枕元を見ると、そこには異様に目玉がぎょろついた、時計を抱える兎を模した目覚まし時計があり、爆音を轟かせている。
 
 『お早う!起きやがれ寝ぼすけ野郎!さっさと布団から出て、十秒以内に支度を済ませろ!』

 どこの軍隊だ、どこの。
 俺は不機嫌極まりない動作で、叩き壊さんばかりの勢いをつけて、そのむかつく目覚まし時計の頭を思い切りはたいた。

 『残念!そのスイッチはダミーだ!本当のスイッチがどこか、その足りない脳みそをたまには使ってみたらどうだ!』

 うるせー!何で朝から器物に馬鹿にされなくちゃいけないんだ。
 俺は目覚まし時計を掴み上げると裏を覗いたり、頭にもうひとつスイッチがないか見たりしてみたがそれらしいものはない。

 『お早う!起きやがれ寝ぼすけ野郎!さっさと布団から出て、十秒以内に支度を済ませろ!』
 「うるせー!もう起きてんだろうが!とっとと止まりやが―――」
 「目玉でございますわ、お兄様」
 「は?」

 俺が突然の声の方を振り返ると、そこには朝からかんっぺきなメイド服姿をした妹の姿があった。およそ早朝とは思えぬくらいに、長い金糸の髪は滑らかに棚引き、青い大きな瞳が慎ましやかに伏せられている。
 そして、あいも変わらずの大きな柔乳の谷間が、ふるふるとむき出しになっていた。
 妹でなければ是が非でもフラグを立てたいところであるが、あいにく俺にそんな属性は無い。
 第一―――。

 「その目玉を思い切り指で突くのでございます。眼底を叩き破らん勢いで」
 
 そもそも頭が可愛そうな女に欲情する趣味は俺にはない。
 言われた通り、目玉に痛烈な目つきを叩き込むと、『この卑劣漢の外道めが!』と最後に罵倒してから目覚ましはようやく止まった。
 どこのメーカーだ。こんな不快な目覚まし時計を作ったのは。

 「私の手製でございます」
 「おまえかよ!大体、昨日寝る時はこんなものなかったぞ!」
 「当然でございます。先ほどこっそり置かせていただきました」
 「なんでだよ!普通に起こせよ!」
 「武村家の殿方は皆様寝起きが悪すぎます。すっきり起きて頂くための私なりの気遣いでございます」
 「いらないいらない。そんな気遣いいらないから」
 「左様でございますか…。あと私が考え付くのは、朝から身も心もすっきりしていただく身体を使ったご奉仕くらいしか…」
 「お前の頭の中はどうなってるんだ!」
 「『ちょ、朝からなにしてるの?』『ふふふ。クリスにすべてお任せください。この猛り狂った立派なご子息を、すぐに静めてご覧に―――』」
 「言わんでいいわ!」


 第九話 メイドと黒歴史と恐喝と

 
 俺ははぁはぁと肩で息をしながらクリスに怒鳴りつける。なんで朝から全力で突っ込みを入れなくてはいかんのだ。

 「もう朝食は出来てございます。エルピス様などは既にナプキンまでつけて席についてらっしゃいます。お兄様もお早くお越しください」
 「その前にクリス、一つ言っていいか?」
 「何でしょう?」
 「朝の5時半は早すぎるわ!俺は9時に会社に行けばいい上に、会社はここから5分で着くんだよ!」
 「何事も早め早めの行動を心掛けくださいませ」
 
 もうだめだ。この妹に何を言っても通用しない。俺は溜息をつきながらクリスに続いて居間の方へ歩いていく。
 
 「本日はイギリス風でご用意してみました。お兄様の食指が動けばいいのですが」
 「ふぅん」

 旧英国風の朝食か。よく分からんがパン食に揚げた魚とかだろうか。

 「こちらでございます」
 「知ってる知ってる」

 ここは俺の家だ。

 ガチャと扉を開けて居間に入る。
 すると味気もそっけもなかったテーブルに白いクロスが掛けられ、燭台に蝋燭が灯され、銀食器が所狭しとならんでいる。
 うん。俺言ったよな?あんまり荷物持ち込むなって言ったよな?
 
 「お兄様は私に言っても無駄という事をそろそろ学習してもよい頃かと」

 確信犯かよ!
 何で朝からこんなに疲れなくちゃいけないんだ…。

 ともあれ朝飯をしっかり食べられるのは嬉しくもある。
 俺は椅子を引いて腰掛けながら、前に座るエルピスに「おはよう」と挨拶して。
 そして硬直を余儀なくされたのだった。

 「え、エルピス…?」

 銀髪の美少女はきょとんとしながら俺に首を傾げて見せる。その様は何とも愛らしくはあるのだが、それよりも異常な光景が先立って俺に平静な思考をさせない。
 何だこのゴスロリ衣裳は…。
 エルピスはふんだんにフリルをあしらった黒い豪奢なドレスの中に埋没していた。エルピス本人よりも衣裳のボリュームの方が大きいのでどうしてもそう言う表現になる。
 例えるなら毛刈り前の羊みたいな。
 ごってりしたカチューシャにごってりしたドレスにごってりしたブーツにごってりしたロンググローブ。おい。色々突っ込みたいが少なくともブーツはいらねーだろ、ブーツは。
 我が家は土禁だぞ。

 「イギリス風と申し上げましたでしょ?」
 
 エルピスがかよ!
 おかしいだろ!

 「お兄様の食指が動けばいいのですが…」

 動かねー!
 動いてたまるか!

 「まぁ。どうか冷めないうちにお召し上がりくださいませ」
 「…いただきます」

 俺はげっそりした気持ちで朝食を頂くことにした。


 「ところでお兄様」

 朝飯は普通に焼き魚と味噌汁と白ご飯だった。お前この銀食器は何に使うつもりだったんだ?
 という今更な突っ込みごと朝飯をもぐもぐ飲み込んでいると、クリスが俺に話し掛けた。

 「何だ?」
 「このおうち、いささか殿方の一人暮らしには広すぎる気がするのですが?」

 やはり来たかその突込みが・・・。
 因みにこの家は3LDKで一人暮らしの俺には確かに広すぎるわけだが、どうしてこんな部屋に一人で住んでるかは禁則事項です。

 「朝から家捜ししました所、どうにも女性物のコートやらバッグやら化粧道具などを発見しまして、もしやお兄様に女装のご趣味が、とも思いましたが、極め付けにぎっしり写真が入ったアルバムなども出て参りまして…」

 いやいやいやいやいや!
 
 「お前、朝から人の家で何やってるんだ!」
 「流石にアルバムに『二人の愛のメモリー』というタイトルはベタを通り越して薄ら寒いと存じますが…」
 「やめろー!」
 
 いいじゃないか。別にいいじゃないか。

 「いい加減別れた女に未練たらたらなのもどうかと思いますが」

 てめー、知ってて人の傷を抉ってきやがったな!
 俺が彼女と付き合っていたのは半年前までだ。
 上手く行っていた。上手く行っていたはずだった。趣味も合ったし会話も弾むようだったし、二人は相性ぴったりだったはずなのだ。
 
 なのに、突然の手紙。
 消えた彼女。
 捜さないでください、という走り書き。

 だからこれは未練では断じて無い。ただ、彼女が消えたことを上手く理解できて無いだけだ。

 「人はそれを駄目男と呼ぶのでございます」

 ほっとけ!あと心を読むんじゃない!

 ピンポーン

 その時、インターホンの音が室内に鳴り響く。
 時刻は未だ6時を少し回ったくらい。
 こんな非常識な時間に一体誰が…?
 朝帰りで家に帰るのが面倒になった石川社長という線が最有力ではあるが…。

 「はて?どなたでございましょう?」
 「おい。当然の様に玄関に出ようとするな」
 
 お前の格好見たら知り合いでも家間違えたと思うわ。
 俺は気だるい身体を立ち上がらせて、玄関に向かう。
 
 「はーい?」

 鍵を開けて扉を開く。
 そこに立っていた人物を見て、俺は完全に思考を停止させた。

 日本民族らしい美しい黒髪は絹の様に滑らかで、雪の様に白い肌は今は少し紅潮している。黒いロングコートは、彼女の豊満な体つきをなぞるようにして浮き立たせる。
 
 「ユキ…」
 「帰ってきちゃった」

 苦笑しながら舌を出す女性は今際ユキ。
 半年前に俺の前から消えた、儚い雪の様な女性だった。

 「おやおやおやおやおやぁ…?」

 帰ってきてくれたのは本当に嬉しい。嬉しいがしかし。
 今日このタイミングというのはなかった。

 「これはこれは申し訳ありません。いささか複雑な場面に居合わせたようで」

 ちっとも申し訳なくなさそうなにやつき顔で現れたクリスに、俺の硬直した顔がぴくぴくと動きを取り戻した。

 「…どちら様?」

 突然あらわれたクリスにユキが些か不機嫌そうに形のいい弓なりの眉を顰める。
 やはり好きだと自覚する。
 指の一本一本まで。
 髪の毛の一房に至るまで俺はユキを愛していた。

 「妹だよ。気にしないでくれ。寒かっただろう。上がる?」
 「いもうと…?」

 俺の言葉に今度は怪訝そうに眉を顰め、そしてクリスの足の先から頭の先までを見上げるユキ。
 うん、ごめん。気持ちは分かるけど、本当に妹なんだ、それ。

 「左様でございます。『肉隷奴』と書いて『いもうと』とお読みください」
 「おい!」
 「か、変わった妹さんね…」

 ユキは引きつった笑顔で微笑んだ。お願いだからせめて昨日うちを尋ねて欲しかった。そしたら絶対にクリスを家に上げなかったのだが。

 「まぁ、上がってよ。立ち話もなんだし…」
 「お待ちください、お兄様」
 
 何なんだお前は。いい加減にしたらどうなんだ。
 せっかく。せっかくユキが。

 「お兄様にはもっと聞かなくてはいけないことがあるのではないですか?」
 「…何を言ってるんだ、クリス」
 「例えば、なぜ今になって戻ってきたのか、とか。こんな朝早い時間に何故来たのか、とか。そしてこうもタイミングが良過ぎるのはどうしてなのか、とかでございますね」
 「それは、俺は仕事があるから。仕事の前に会いに来てくれた…?」
 「後でもよろしいでしょう?事前に電話をしてもよろしいかと」
 「クリス、お前、何を…」
 「トモくん」

 俺の言葉をユキが遮った。昔そうしてくれたのと同じに俺の名を呼んで。相変わらずの笑顔を俺に向けて…。
 いや違う。何かが違う。それは注意深く見なくては分からないほどの小さな変化。しかしそうと気付いてしまえば決して見逃すことなどできぬ決定的な変化。
 そこにあるのは、俺が見たこともない表情だった。
 美しく、可憐で、儚げなのに…。

 「エルピスを返して貰いたいの。もし返してもらえないと、ちょっと強引にお願いしないといけなくなるわ」

 ぞっとするほど悪意に満ちた笑顔だった。
 
 
---------------------------------------------------------------------------------------------
 
 ということで第9話をお送りします。
 プロットをいじくりまして、15話まで作ってみました。
 いつかの後書きで劇的な展開はあり得ないと言ったような気がしますが、忘れてください汗

 ここに来て何とタケちゃんの元カノ登場!
 あれ、アヤコさんいるじゃん、とか皆様言いたいことはあると思うのですが、まぁ男には色々あるのです。
 一見無駄に見える遠回りをするのが男というものです(ドーン

 今回ほのぼの路線からややハードアクション路線への方向転換を考えております。
 皆様のご意見をいただけましたら幸いです。

 いただいたご感想にはすべて目を通させていただいております。
 
 今後とも本作をよろしくお願いいたします。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.186251878738