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[22012] 白き英雄の異世界譚(ブレイブルー→リリカルなのはsts)
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2011/01/12 22:54
一度消したにも関わらず戻ってきました。
更新は不定期ですが、三度目の正直のつもりで完結目指して頑張ります。


尚、この小説には独自設定が多々含まれております。
苦手、あるいは受け付けないという方はご注意を。

独自設定等がおかしいと思われた方は遠慮なく仰って下さい。
検討し、直せるのであれば直していきたいと思っています。



[22012] 英雄出現
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/09/22 02:30
何処とも知れぬ世界の何処とも知れぬ薄暗い不気味な研究所。
其処に一人の科学者の姿があった。


「ふっ、ふふふふふふ!! 遂に、遂に見つけたぞ!! “ ”を!!」


薄暗い研究所内に笑い声が木霊する。
科学者は笑う。
自身の理論が間違っていなかった事に歓喜し。
科学者は笑う。
玩具を見つけた子供のように。
ただひたすら笑い続ける。


曰く、犯罪者でなければ歴史に名を残すような科学者。
曰く、変態医師。
曰く、マ○ド。
曰く、キチ○イ。


数多の異名を数多の次元で轟かせる男。
人は彼を広域次元犯罪者ジェイル=スカリエッティと呼ぶ。
そんな彼が声をあげて笑っていた。

その原因は彼の目の前に広がる、宙に浮かびし巨大な空間モニターに映るソレ。
闇そのものとも云うべき穴の中にポツンと浮かぶソレ。


そこには“白いナニカ”が映っていた。


時は新暦72年某月某日。
本来の歴史、StrikerSが始まる3年前のことである。







スカリエッティはウキウキしながら実験の準備を進めていた。
そして思う。
そう、すべては三年前のあの日、あの時、あの瞬間から始まったのだ、と。

三年前のある日、スカリエッティはあまりにも部屋が汚いという理由でなれない片付けをウーノと共にしていた。
当時は、なんで私が? と不満に思いつつ、怠けると後から五月蝿いのでてきぱきと掃除したものだ。
すると四年前“エースオブエース”こと、高町なのはが関わった『ジュエルシード事件』
又の名を『PT事件』と呼ばれている事件の資料を発掘した。
ついつい懐かしい気持ちになったスカリエッティは、その発掘した資料を読み返していった。

空を翔る幼き魔導師二人。
両者が賭けるは、願いを叶えし数多の『宝石の種』。
放たれる雷の槍衾と星の光。
自身と同じ狂気に侵された科学者。
そして・・・プロジェクト<F.A.T.E>。

掃除なんぞそっちのけで、スカリエッティはそれらの資料に見入った。
その内、奇妙な写真を見つける。

それは、今は亡きプレシア=テスタロッサの本拠地『時の庭園』

その内部で発生した『虚数空間』の写る写真であった。


「・・・? 何だ、コレは?」


この時、スカリエッティの目にはその写真に写る『虚数空間』の中にポツンと“白いナニカ”が見えた。
無論、最初は画面に付いたゴミだと思った・・・・・・けど違った。

目をこすって見直してみた。
焼き増しして見直してもみた。
画像解析して見直してもみた。

だが、何度見直しても“白いナニカ”は変わらずスカリエッティの目には見えた。
さすがのスカリエッティも不思議に思い、ウーノやドゥーエにも尋ねてみたが答えは等しく「何も見えない」の一言。
それだけならまだしも「熱でもあるのか?」と言われ、あまつさえ可哀想な人を見る目で見られたのだから堪ったものではない。

それからの三年、スカリエッティはウーノの説教を右から左へと聞き流しつつ並行して研究を進めた。
そして今、遂に「虚数空間」内に漂う“白いナニカ”を発見したのだ。
その瞬間、この3年間は決して無駄では無かった事を実感し、喜びの念が沸々と湧き上がる。

そう、私は間違っていなかったのだと、そう感じて。

そして、居ると分かった以上、回収して解剖して実験体にしてみたいと思うのが科学者の逃れられぬ“性”だ。
ましてやスカリエッティは『アンリミテッドデザイア』なんてコードネームまであるジェイル=スカリエッティなのだ。
その探求欲たるや凡俗の科学者達を遥かに上回る。
と云っても今回に限って云えば、そもそも上回って当然なのだ。

あらゆる魔法の行使を無力化する『虚数空間』。

その場については未だに謎な点が多い。
ましてやそんな『虚数空間』の中で漂っているモノなど、御伽噺でしか聞いた事が無いくらいだ。
その謎を解明できる可能性。
それが目の前に転がっていながら手を出さないなど科学者ではないとすら、スカリエッティは思っていた。


生物か、それとも機械か?
生物なら生きているのか、それとも死んでいるのか?
もし生きているのなら、『虚数空間』内において最低でも三年以上の生命活動を維持できる、その秘密は何か?
何故私だけに見えるのか?
そもそも何故そこ(『虚数空間』内)にいるのか?


etc.と疑問は尽きない。
姿格好から“白いナニカ”は“侍”と呼ばれる管理外97世界における絶滅人種に“酷似”する 存在であると推測し、スカリエッティは以後、彼を暫定的に“白い侍”と呼称することにした。
そしてスカリエッティは着々と回収作業の準備を整え、満を期してガジェットを『虚数空間』内への突入兼回収実験を始める。







「・・・さて、始めようか・・・ではウーノ、実験中の瑣末事への対処は任せるよ?」
『・・・かしこまりましたドクター、健闘をお祈ります・・・・・・では』


はぁ、と溜め息を吐きながら一礼するウーノを見届け、スカリエッティは通信モニターを閉じた。
唯一の光を失い暗くなった部屋の中でスカリエッティは少しの間、眼を閉じる。
再び眼を開いた時、意識は既に切り替わっていた。


―――世紀の大実験開始。


「PHASE-1、“ジュエルシード”共鳴作用による『虚数空間』の展開を開始」


流れるような速さでスカリエッティの指は動き、キーボードを撫でる。
その様は、さながら音楽を奏でているかの如く。
次々と文字を文へ、記号を数式へと変化させ、ガジェットに搭載したオリジナルの“ジュエルシード”を暴走させる事無く起動させていった。
それに比例して青い輝きが部屋を照らす。
その光景はどこか神秘的ですらあった。
そして“ジュエルシード”による共鳴反応を利用し『虚数空間』への道が開かれていく。


「―――完了。 続けてPHASE-2、開かれた空間の維持を開始・・・以後実験終了まで継続。
このままPHASE-3、回収作業に移行する」


作業は何の問題も無く順調に進んだ。
世話しなくスカリエッティの手は動いているが実験も終盤へ突入し、開かれた『虚数空間』へアンカーで繋いだガジェットを送り込む段階となっていた。
ふぅ、とそこで漸くスカリエッティは一息吐いた。


―――実験に焦りは禁物。


今更それを理解していないスカリエッティではなかったが、三年にも及ぶ研究の成果がもうすぐ出るのだと思えば心は逸るもの。
とはいえ、焦りが失敗を生んでは元も子もない事も理解していた。
息を大きく吸って、吐く深呼吸を繰り返し、スカリエッティは気を引き締めなおす。


―――万が一にも失敗することの無いように。


「―――突入までのカウント五秒前! 四・三・二・一・突入!!」


号令の下、アンカーで繋がれたガジェットが『虚数空間』への突入を開始した。
スカリエッティは突入したガジェットから送られてくる映像を見つめる。
軌道がずれていないか随時チェックしながらガジェットを遠隔操作し、どんどん“白い侍”へ近づかせていった。
そして遂に、カジェットが“白い侍”を回収すべく接触しようとした瞬間




―――研究所が揺れた。




「何事だ!」


突然の異常な揺れ。
スカリエッティは驚きつつ、急いで通信モニターを展開してウーノに状況の説明を求めるべく通信モニターを開く。
モニターに映るウーノも突然の事態に混乱していた。
だが、すぐに通信モニターに映るスカリエッティに気が付き、端的に謝罪と状況を説明する。


『も、申し訳ありませんドクター!! 次元震が発生しました!!』
「次元震だって!? そんな馬鹿な!!」


ウーノから齎された情報。
それはスカリエッティにとって想定外の事態であった。
スカリエッティとて今回の実験の危険性を考えていなかった訳ではない。

下手に出力計算をしくじれば、自分も『虚数空間』に呑み込まれてしまうかもしれない実験なのだ。

当然、そうならない為にも次元震が起こることも想定し、何度も対策をシミュレートしてきた。
その結果、次元震が起こる可能性は限りなく零にしたという自負があったのだ。

ギリッとスカリエッティは歯を噛み締める。
そうでもしないと自身を抑えられそうに無かったからだ。


「一時実験を中断!! 次元震への対処を最優先に・・・・・・!?」
『ドクター・・・・・・!?』


即座に次元震の発生を抑え込むようスカリエッティはウーノに指示を出そうとした瞬間、膨大な光が発生し全てを覆う。
光が収まったその時、その場に“ソレ”はいた。







深く暗い闇の中、ハクメンは思う。
一体、どれほどの月日が流れたのであろうか?と。
幾百、幾千年の長き時であろうか?
はたまた、ほんの数秒、ほんの一瞬といった短き時であろうか?
意識を散逸させぬよう、ただ只管にハクメンは考え続けた。

だが・・・・・・今もそれは分からない。

無限にも等しい時間が流れる、一切の光なき場『狭間』。
そこは並の者では耐えられず気が狂ってしまう様な場所だ。
その中で、ハクメンは何時もの様に『化け猫』に回収されるのを待っていた。
そんな最中、ハクメンは何者かが空間を抉じ開けて自分に近づいて来るのに気づく。
とはいえ、この時は“何時も”とは違う回収の仕方に呆れていた。
長い間『虚数空間』にいたハクメンを『現世』に“定着”するためにはハクメンという存在に“事象干渉”する必要があり、直接回収しようとしても意味が無いのだ。
なら“事象干渉”すればいいのかと言えばそうでもない。
たとえ“事象干渉”・・・刹那の間であるが神になれる術を以ってしてもハクメンという存在への干渉は難しいのだ。

伸ばした手は届かず・・・ただ空を切るのみ。
今までハクメンが幾度と無く経験してきた事であった。


(・・・ふんっ、『化け猫』め。 この調子では此度は随分な“ズレ”が出ているようだな)


ハクメンハは忌々しい感傷を振り払う。
その間に、見た事の無い機械がハクメンに接触しようとしていた。


(無意味な事を・・・)


掠りもせずすり抜けるというのにと、ハクメンはふとそう思った。
だがそう思った次の瞬間、ハクメンは圧倒的な光の奔流に呑み込まれていた。

そして気がつけばハクメンは『現世』に“定着”していた。







いつの間にかスカリエッティは拍手をしていた。


“白い侍”


その一言で表せる程『虚数空間』より出てきた(と思われる)彼は『白』かった。
白き長髪を九本に束ね、仮面のついた白い甲冑に身を包み、静かに佇むその姿。
その姿はまるで一本の名刀の如く美しく・・・・・・


そして“恐ろしかった”。


“恐怖”


言葉にすればたった二文字の感情。
だがそれはスカリエッティに理解できないものであった。
信じられない事であった。
この世に生まれてからこれまで、感じたことの無いモノであった。

―――故に

ジェイル=スカリエッティは歓喜する。
生まれて初めて“恐怖”という感情を知った事を。
それを教えてくれた相手と出会えた事を。
ただ只管に歓喜する。
そして確信する。
ただ目の前に立っているだけの存在・・・“白い侍”こそ、自身の“敵”であるのだと。
“敵”足りえるのだと。


「“白い侍”君」


気がつけば、スカリエッティの口は勝手に開いていた。

知りたいと。
この感情を・・・“恐怖”という名の『未知』を教えてくれた彼の事を。
自身の“敵”の事を。
もっと知りたいと、そう思ったのだ。

それは好奇心が恐怖という名の未知を上回った瞬間である。


「私の名はジェイル=スカリエッティ。 君の名を聞かせて貰えないかな?」


それが“彼”とスカリエッティ“達”の最初の会話であった。







「“白い侍”君。 私の名はジェイル=スカリエッティ。 君の名を聞かせて貰えないかな?」


ハクメンは聞こえてきた声の方へと振り向く。
そこには如何にも科学者と思わしき“見た事の無い”男がいた。
同時に男から世界に災いもたらす者が持つ『マガト』
それに繋がる“線”もハクメンには見えた。
男は、自らの名をジェイル=スカリエッティと名乗る。
嘘名か真名か、どちらにせよハクメンにとって聞いた事の無い名であった。


だが“線”が見えた以上、目の前にいる男が『世界』へ災いを呼ぶ存在であるという事。


それだけは確かな事であるとハクメンは思う。
故に本来であれば、脆弱なる人間に向けて振るう事なきハクメンが刃。
振るう理由となりえる。

―――何にせよ、再び『現世』に戻ってきた以上、やるべき事は一つ。


(その前に後顧の憂いを断つとしよう!!)


ハクメンは背より太刀を抜き放ち、正眼に構える。
何時ものように、誓いを立てたあの日のように。


―――私は“私”を否定する。







「我は空!」


研究所に凛とした声が木霊する。


「我は鋼!」


それは全ての悪を滅すると誓う、英雄の儀式。


「我は刃!」


声に呼応するかの如く。


「我は一振りの剣にして全ての罪を刈り取り、悪を滅す!」


場は清められ、空気は幾度となく震えた。


「我が名は『ハクメン』!」


九本に束ねし髪が一瞬舞い上がり。


「推して参る!!」


闘いは始まる。





時は新暦七十二年某月某日。
本来の歴史、StrikerSが始まる三年前の事。
この日、異世界最強の剣士は姿を現し・・・・・
“無限の欲望”ジェイル=スカリエッティ“達”生涯唯一無二の“宿敵”となるのであった。











あとがき

更新不定期ですが、完結目指して頑張ります。



[22012] 激突! 英雄vs科学者
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:4a784f4f
Date: 2010/09/21 23:57
何処とも知れぬ世界の、何処とも知れぬ研究所。
その中で対峙する二人の男がいた。


ハクメンとスカリエッティ。


如何なる運命の悪戯か、本来出会わぬ二人は出会い、互いを倒すべき“敵”と認識した。
故に闘いは避けられるはずも無く。
激突は必然の理であった。







スカリエッティは思う。
『ハクメン』・・・なんていい名なのだろうか、と。
これで一つ彼の事を知れたのだと、何処までもずれた思考の中でスカリエッティは『ハクメン』という名前を反芻する。
そして、そんな“敵”と対峙する自身を省みた。

部屋に満ちる重い空気と圧迫感。
けれどそれに少しの動揺も感じてはいない。
感じるのは良い意味での緊張感のみ。

いける、とスカリエッティは思った。
今の自分なら誰にも負けはしない、とそう思った。
脳裏に描くは無様に這い蹲るハクメンとそれを踏みつけて笑う自身。
そんな光景であった。
その光景を実現すべく、スカリエッティは腕に装着するデバイスを相手に気付かれぬようひっそりと起動させる。
そして気付かれぬよう慎重に魔法の構成を始めた。
前後左右上下三百六十度全方位に構成した魔法を仕込み終えたその時。
―――ハクメンが動いた。


「シッ!」
「はっ!」


ハクメンはまるで地を這うかの如く。
体を低くし、一歩で間合いを詰めんとせんが如き速さで踏み込んだ。
そしてその勢いを利用して地を蹴って駆けた。
それに対応し、スカリエッティも構成していた魔法、魔力糸の檻を解き放つ。
一瞬で発動した魔力の糸が檻を形成するかのように、一直線に突っ込んでくるハクメンへと多角的に襲い掛かった。
とった、とスカリエッティは思った。
前後左右上下三百六十度全方位から迫る魔力の糸。
糸が檻を完成させた時、並みの剣士や魔導師・・・否、高位の剣士や魔導師であっても逃れる事は適わない。
コンマ数秒の差で檻に捕らわれる方が早いと、スカリエッティはそう思ったのだ。
勝利を確信したスカリエッティの顔に笑みが浮かぶ。
しかし現実とは非情なモノ。
スカリエッティの計算が通用するのは“あくまで”相手の実力が自分の想定内であった場合のみ。

―――ハクメンには無意味であった。

とった、と思ったスカリエッティの思考は。

―――“轟”という音に掻き消された。







ハクメンは地面を蹴って駆ける中、自身に迫る魔力の糸を十六の眼で冷静に見ていた。
前後左右上下三百六十度全方位から迫る魔力の糸。
邪魔だなとハクメンは思った。
自分の道を遮る障害。
ハクメンは糸をそう認識した。
ハクメンにとって障害など幾度も破壊する事で乗り越えてきたものでしかない。
故にハクメンは今回も障害を排除すべく、低くした体勢から捻りを加えた拳を天へと向けて突き上げた。
それは地を這うが如き歩法“鬼蹴”から続く派生技。
その名も!


「―――“閻魔”!!」
「なにっ!?」


瞬間、ハクメンの突き上げた拳によって生まれた人為的上昇風が研究所内に荒れ狂う。
ハクメンが繰り出したのは、スカリエッティには当てていない空振りの一撃。
その空振りの一撃を以って、前後左右上下三百六十度全方位から多角的に迫る魔力の糸すべてをまとめて吹き飛ばしたのだ。
そんな光景に、さしものスカリエッティも驚きで思考が一瞬停止したかのように呆けていた。

その一瞬は―――ハクメンが隙を突くのに十二分であった。


「でぇあ!!」


一瞬の隙を突いてスカリエッティの懐へ潜り込んだハクメンが繰り出すは、横薙ぎの一閃。
閃光の如きその一閃が閃きし時、隙を突かれたスカリエッティに対抗手段などある筈も無く。
まるで豆腐でも斬るかのように、驚く表情のスカリエッティを胴から両断した。


「・・・・・・ゴ・・・・・・ポ・・・」


一瞬の後、ズルリとスカリエッティの胴はズレ、鮮血を噴水のように噴き出した。
床に落ちたスカリエッティは何が起きたか分からない、といった表情をしていたが、やがて笑い出す。

楽しそうに。
嬉しそうに。
それでこそだと。
それでこそなのだと。

ただ只管にワライ続け、そして逝った。
噴き出る血が床を真紅に染めていく。
その様は一人の命の終わりを指し示すかの如く。
勝者と敗者、両者の立場を明らかにしていた。







「・・・・・・生まれ変わって出直せ」


死体に語りかけた後、ハクメンは愛刀“斬魔・鳴神”に付いた血を払い落とし、鞘に収めた。

“悪”は滅した。

これで心置きなく“黒き獣”を追う事が出来るとハクメンは思う。
そこで改めて周囲を見渡してみるハクメンであったが、在るのは見覚えの無い研究所の姿のみ。
その事の意味をハクメンは考えた。

今まで通りであれば、ハクメンを『狭間』よりサルベージするのは『化け猫』であった。
けれど、此度はスカリエッティと言う聞いた事の無い科学者だ。


(・・・・・・やれやれ、どうやら此度の“ズレ”は相当のモノのようだな)


今までとは何か違う事が起きようとしている。
漠然とした、けれども何故か納得のいく考えがハクメンの脳裏を過ぎった。


・・・・・・が何にせよ、ハクメンが“カグツチ”を目差す事に変わりは無い。
永遠に続く“災厄の引き金”に終止符を討つ。
その為に、ハクメンは『現世』にいるのだから。


その為、早急に“カグツチ”へ行く為の“足”を用意する必要がハクメンにはあった。

ならば止まってなどいられない。

そう思い、ハクメンは地を蹴った。
こうして、ハクメンは自爆モードに入った見知らぬ研究所の外を目指して進み始めた。


―――『マガト』に繋がる“線”が未だに消えていない事にも気づかずに。







ズルリと崩れ落ちるスカリエッティの姿を見てウーノは眼を疑った。

胴から両断されたスカリエッティ。
生きている筈が無い。
というより、生きていたら人間ではない。

ウーノの機械としての部分は冷静に状況をそう判断した。
だがそんな判断の出来る自分はどこか故障しているのではないかと、ウーノは自身を疑う。
自己検索機能を使い、故障箇所を検索するウーノであったが、もとより故障など存在していない。
存在していないものを見つける事など到底不可能であった。
それでも尚、ウーノの検索は続く。

まず、幻覚ではないことをウーノは理解した。
次に、夢でもないことをウーノは理解した。

そこまでして漸く、本当にあっさりとスカリエッティは殺されたのだと、ウーノは認識した。
スカリエッティを殺した犯人。
その顔にウーノは見覚えが無かった。
故に今、その顔を記憶する。
二度と忘れる事の無い様に。

三年前のあの日、掃除をしていたスカリエッティがウーノ達には見えない“何か”を写真に見たのは覚えていた。
その日から以来三年、スカリエッティが“何か”を捜し続け、遂に見つけたのを先日祝ったのはウーノの記憶層に新しい。
だがウーノにはそれが遥か彼方の日の出来事のように感じた。
そして今日、『虚数空間』に漂う“何か”をサルベージする事に成功し。

―――現れたハクメンと言う名の“敵”によって殺された。


憎しみで人を殺せたのなら、私は何度奴を殺せたのだろうか?


本来、排除すべき“感情”がウーノの中で荒れ狂う。
“理性”すらも押し退け、憎しみという名の“感情”がウーノの思考を支配しかけた其の時


―――ウーノの腹部に激痛が奔った。


あまりの激痛にウーノは膝を尽く。
同時に悟った。


―――自分達戦闘機人に仕込まれているドクターのクローンが産まれようとしている事に。


そこからのウーノの決断は早かった。

守らなければならないと。
復讐よりもドクターの“再誕”を優先すると。
優先しなければならないと。
それこそがドクターより創られし我ら戦闘機人の務めであると。
その最優先事項であると。

必死に自分に言い聞かせ、また妹達にもそれを徹底させた。


(これで良いのですよね、ドクター・・・・・・)


と思いながら。
こうして、ウーノは未だにどこか呆けている妹達に指示を飛ばし、研究所の自爆コードを入れた。
途端に研究所は赤い光に満たされた。
脱出するまでの間、ウーノは自分の頬に目から熱い水滴が流れるのを感じた。
不思議に思ったウーノは手で水滴を掬う。
けれど拭っても拭っても限が無く。
水滴は止まることなく目から出続けた。
ウーノは試しに舐めてみる。
その味は塩辛かった。


(・・・いやな汗)


ウーノはそう思った。
思うことにした。
そう、これは汗なのだと。
たとえ目から出ていようとも、汗に違いないのだと。
そう思い続けた。
ウーノは水滴を手で拭いさり、妹達と共に研究所を後にする。


―――その水滴が涙というものであると気付かないふりをして。





この日、狂気の科学者は倒れ、白き英雄は旅立つ。
本来の歴史において、ありえぬ科学者の“死”。
この日より、運命の歯車は狂いだす。
狂いだした運命の歯車が如何なる物語を刻むのか?


―――知る者はまだ誰もいない。














[22012] 英雄 少女を救出す
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/09/23 04:45
自爆シークエンスにはいった研究所を後にしたハクメン。
背に感じる熱と爆風を他所にハクメンは歩みを止めない。
目指すは“カグツチ”。
まずは “足”を手にいれる為にハクメンは空港の格納庫に侵入していた。
侵入後、情報を手に入れる為に近くにあった端末にアクセスし始めるハクメン。
しかしそんな中、ハクメンは思わぬ情報を目にする。







『該当する都市は存在しません。該当する都市は存在しませ・・・』


ハクメンは思わず、何度繰り返し検索しても同じ答えしか返さない端末を殴りつけた。
一体全体、何がどうなっているのだろうか?
ハクメンは首を捻りながら、得た情報を纏めた。

アクセス出来たのは良いものの、出てくる情報は現在地からして聞いたことがない名ばかり。
それどころか、“カグツチ”やその他の“階層都市”が存在しない。
更に「世界虚空情報統制機構」通称「統制機構」が存在しない。
代わりに「時空管理局」と言う組織が存在する事も分かった。

何か何時もとは違う事が起こる気がする。
そう予感したハクメンではあったが、まさかコレほどまで厄介な状況になるとは予想だにしていなかった。
正直、何がどうなっているのか。
何処かにいる忌々しい『道化』に頭を下げてでも知りたいとさえ思ってしまった。
・・・がすぐにそんな脆弱な思考を切り捨てる。


(・・・もしかすればこの空港の端末に載っていないだけかもしれん)


そんな事はありえない。
そう思いつつも一縷の望みを賭け、ハクメンは別の空港へ向かうと決めた。
そんな時である。

―――空港が揺れた。

一瞬の後、爆音の如き警報が鳴り響く。
どうやら火災が発生したようだ。


「・・・何やら面倒な事態になったようだな」


ハクメンは、はぁ、と溜め息を吐きながら呟く。
即座にその場から撤退しようとしたが、周りは既に火の海。
火災程度の炎なんぞハクメンにとってはそよ風であり、何の苦も無く撤退できる。

・・・・・・はずだったのだが、その時かすかに泣き声がハクメンの耳に響いた。

その声が聞こえた瞬間、ハクメンの体は自然と泣き声のする方へ駆け出していた。


「・・・ちっ、私は何をしているのだ! 逃げ遅れた奴らなど、管理局とやらにまかせておけばいいものを!」


思わず舌打ちするハクメン。
自分の事を罵りながらも、ハクメンは意識を切り替え、泣き声のする方へ一直線に駆けた。







燃え盛る炎の中、少女は泣きじゃくりながら必死に家族を捜していた。


「おとうさ~ん、おねえちゃ~ん、こわいよ~」


一人でいるのが怖くて。
一人でいるのが寂しくて。

少女は必死に捜した。
けれど見つからない。
捜しても見つからず、周囲を見回せば辺り一面に広がる炎。
それはまるで少女を閉じ込める牢獄が如く。

―――何時しか少女は、疲れて足を止めてしまった。

そんな時、ふと上を見上げた少女の目には自分に向かって落ちてくる瓦礫が見えた。
少女は思った。
思ってしまった。
もう・・・・だめだ・・・・と。
迫りくる“死”を覚悟した次の瞬間、


―――そこに、まっしろなかみさまを見た。







燃える盛る炎の中、ハクメンは駆けていた。
聞こえた、聞こえてしまった声の主を探す為に。
ハクメンは燃え盛る炎の中を駆けていた。
やがてハクメンは一つの場面に出くわす。

その時、ハクメンの目に映ったのは少女に迫る瓦礫。

ハクメンは迷わず跳んだ。

少女に迫る障害(瓦礫)。
それを打ち砕かんが為に。

空中で体を水平に傾け、真上へ回し蹴りを放つ。
それはハクメンが誇る空中技。
その名も!


「“火蛍”!」


その一撃は宛ら空に舞い輝く蛍が如く。
少女に迫る瓦礫を一撃の名の下に粉砕し、空を彩った。
同時にハクメンが着地する。
後に残ったのは塵芥のみ。

―――少女は助かったのだ。

ハクメンは助けた少女に問う。
無事か、と。
少女はハクメンに答える。


「・・・はっ、はい! だ、だ、だ、大丈夫です!」


だが、それが強がりであることはハクメンの・・・否、誰の目から見ても明らかであった。
それも当然の事だとハクメンは思う。

突然発生した火災。
子供が混乱し、何時もなら出来ていた火災対策が出来ず、煙を吸ってしまっても無理は無い。
大量の煙を吸ってしまえば、大人であってもまともに動けなくなるのだ。

ハクメンは考えた。
自分が今、何をすべきかを。
答えはすぐに出た。

・・・・・・が、ハクメンにとってそれは自らの捨てた『過去』を呼び覚ます忌むべき事。
だからと言って、目の前にいる少女をこのまま見捨てるなど、それこそハクメンの“正義”に反する事であった。

刻一刻と時間が経つ中・・・ハクメンは決断を下す。


―――今、目の前にある命を救うことを。


背より太刀を抜き、胸の前で水平にして構えを取った。
そのまま意識を極限にまで研ぎ澄ます。

瞬間、ハクメンの耳から音が消えた。

現れるは、無音なる世界。

全てが白で彩られたその世界で、ハクメンは唱える。

己の中に取り込んだ『過去』を。
嘗ての己を翻弄し続けたソレを。

今なら正しく使えると確信して。

―――その名を!


「『氷剣・ユキアネサ』」


次の瞬間、空港内で燃え盛る全ての炎が凍りついた。
人を一切凍らせず、炎のみ凍らせた絶技。
後に残ったのは美しくも残酷な氷の世界。
それを成した本人は忌々しそうにしながらも。


「去らばだ、少女よ。 息災であれ」


自分が助けた少女にそう言い残し、その場を去った。


―――その背中を少女がずっと見続けていたとも知らずに。







少女は食いつく様に去りゆくかみさまの背を見ていた。
やがてその姿が見えなくっても、ただ見続けていた。


「・・・行っちゃった」


暫くした後、少女は呟く。
そして思った。
スゴイ、と。
ゆっくりと立ち上がり、少女は周りを見渡した。

―――美しき氷の世界。

かみさまが創り出したその世界を見て、少女は悟った。

コレが魔法なのだと。
母の言っていた人を助ける力なのだと。
自分が恐れていた“力”はこんな事も出来るのだと。

そう悟ったのだ。
同時に少女の中で“夢”が生まれる。

自分もかみさまのようになりたい。
自分もかみさまのように人を助けたい。
自分が助けられたように、自分も誰かを助けたい。

そんな“夢”が。
一生を懸けて追い続けたいと思える“夢”が今、生まれた。

少女は涙を拭い歩き出す。
姉を探す為に。
家に帰る為に。
そしてなにより、泣いている自分と、泣き虫な自分と決別する為に。


―――少女、スバル=ナカジマは歩き出した。





本来エースオブエースに憧れるはずだった少女は、異世界の英雄に出会い、そして憧れた。
この事が未来においてどのような結果を生むのか?


―――知る者はまだ誰もいない。











あとがき

タイトルセンスのなさに悩みます。



[22012] 激突! 英雄vs守護獣
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/09/26 16:55
第一管理世界ミッドチルダ。
その首都クラナガンの表通りから少しはずれた路地裏の奥。
知る者の少ない開けたスペース。
空港から離脱したハクメンは人目を避けて、そこにいた。







薄暗い闇の中、ハクメンはコンクリートの壁に背を預け佇む。
空港の火災を鎮火して離脱したハクメンは悩んでいた。
その原因は空港の端末で目にした驚愕の真実の数々。

ミッドチルダという“世界名”。
管理外97世界とされている“地球”と自分の知る“地球”の“ズレ”。
存在しない“階層都市”や『統制機構』。
そしてなにより“時空管理局”。

そのどれもが“今まで”には無かった事だ。
何故この様な事になったのか?
ハクメンは考えた。
だが原因が分からない。

事態の元凶であると思わしき“悪”を滅した事。

その事についてハクメンに後悔は無い。
だが、とも思う。


「・・・いささか性急過ぎたのかもしれんな」


ぼそっとハクメンは呟いた。

―――『現世』に戻った以上、やる事は一つ。

それだけを考え、碌に周りの状況を把握せぬままハクメンは行動した。
その結果、悪を討てはしたがこのザマだ。
余りにも無様であるとハクメンは思う。
ハクメンは想像した。
こんな事が『道化』に知られたら、と。
想像しかけたところで首を横に振る。
大笑いしながら此方を馬鹿にしてくる姿が想像せずとも分かったからだ。
しかし、済んだ事を悔やんでも仕方が無いとハクメンは気を持ち直す。

問題は如何にして元の『世界』に帰還するのか?
その方法を探しだす事だ。


「・・・ならば、手始めに“時空管理局”とやらにあたってみるか」


ポツリと呟く、ハクメン。

『統制機構』と“時空管理局”。

似た管理組織であるならば、色々情報があるだろうと思っての判断だ。

―――目的は、元の“世界”に帰る為の情報。

その情報を求めて、ハクメンは歩き出す。
・・・がその時、後ろから声をかけられた。


「・・・貴様、何者だ?」


ハクメンは無言で驚き、無言で己に苛立った。
これほど接近されているのに気付かけなかった己の鈍さに。
意識を研ぎ澄まし、周囲の気配を探る。
探知は一瞬ですんだ。

―――数は一。周囲に伏兵なし。

そこまでして漸く、ハクメンは声のした方へと振り向く。
するとそこには、犬耳を生やした獣人が立っていた。







“夜天の王”八神はやてに仕えし“ヴォルケンリッター”が盾の守護獣ザフィーラは一人歩いていた。
今宵、はやては突如発生した空港火災の救助活動に向かった為、自分の食事を自分で調達しなければならなくなったからだ。
最近お忙しい主に手間はかけさせられんなと、ザフィーラは思う。
他の守護騎士達もいれば話が違うのだが、生憎と全員忙しいらしく、ザフィーラは男一人、寂しく食料の買出しに向かう。
その道中、ザフィーラはふと妙な“臭い”を嗅ぎ取った。
異質とでも言うべきか。

―――そこに“命”を感じない。

そんな臭いだ。
そんな臭いが、なぜかこの時のザフィーラには気に掛かった。
買出しに向かう足を止め、ザフィーラは“臭い”のする方へと進路を変える。
表通りを外れ、裏道に入り、薄暗い路地裏を進んでいく。
やがて路地裏を抜け、開けた場所に辿り着いた。
同時にザフィーラの足も止まる。
そこが臭いの“もと”だと分かったからだ。
軽く周囲を見渡し、ザフィーラは目を見張る。


―――そこにはまっしろなけんしがいた。


危険危険危険危険危険!!!


瞬時にザフィーラは後退し、戦闘体勢をとった。
ザフィーラの本能が、長き時を経た騎士としての経験が、警鐘を鳴らす。

目の前の存在は危険だと。
倒せ!倒せ!!倒せ!!!と。


「・・・貴様、何者だ?」


ザフィーラは油断せず、いつでも動けるように構え、尋ねた。
一挙一動すら見逃すまいとザフィーラは相手を見詰める。
ゆっくりと相手が振り向いてきた。
そして


「・・・人に尋ねる前に、自らが先に名乗るべきではないか? “狗”よ」


なんて返事が返ってきた。

“狗”

その一言がザフィーラの胸に突き刺さった。
思いもよらぬ返答に、思わずカッとなってザフィーラは吠える。


「誰が“狗”だ!? 我は“狼”だ!! 勘違いするでないわ!!」


烈火の如き反論がザフィーラの口から飛び出た。
それでもまだ言い足りないのか、この、とザフィーラは続ける。


「“お面野郎”が!!!」


その瞬間―――空気が凍った。


「・・・・・・ほう? 今、何と言った?“狗”よ」


途端に空気が重くなる。
路地裏に潜んでいたネズミ達が一斉逃げ出した。
たがザフィーラも負けてはいない。


「聞こえなかったのか? この“お面野郎”と言ったのだ!! 後、我は“狼”だ!!」


互いに、言ってはならない“禁句”を発すると共に。


「「・・・・・・・・死ね!!」」


―――仁義なき闘いは始まる。







「お、おぉおおおおおおお!!」


ザフィーラは必殺の意思を籠めた剛拳を放つ。
それは幾多の魔導士を沈めてきた必殺の一撃。
ただでは済ます気のない剛拳がハクメンに迫る。
直撃しかけた次の瞬間。


「甘い」


その言葉と共に。

―――天と地が逆転する。

突然逆さまになった視界。
ザフィーラは一瞬混乱し・・・地面に叩きつけられた。


「ぐはっ!?」


ザフィーラの全身に頭から衝撃が奔る。
何がおこったのか?
ザフィーラには理解できなかった。
殴りかかったはずの己が先であったのにもかかわらず。
地に伏しているのは自分という現状。
なぜだ!?とザフィーラは思う。
それはあまりにも異様だ。
一瞬意識が飛んだが、即座に起き上がる。
そして再び目の前の無礼者に殴り掛かった。
・・・が結果は変わらず。


「軽い」


その言葉と共に再び。

―――天と地が逆転する。

再度逆転した視界の中、ザフィーラは悟る。

―――相手の技・・・その正体を。

だが時既に遅く。
気付いたと同時に、ザフィーラは頭から地面に叩き付けられていた。


「ぐっ!?」


再びザフィーラの全身に頭から衝撃が奔る。
それを堪え、何とか起き上がろうとするが、二度も起き上がるのを許す程、相手が甘い筈も無く。
起き上がろうとするザフィーラの目が、己に迫る足の裏を捉えた時。


「遅い」
「―――――!?」


その言葉と共に。

―――勝敗は決した。

容赦なく顔面を踏み抜かれたザフィーラの体全体が地面にめり込む。
人型に出来た小規模のクレーター。
それは宛ら墓標が如く。
ザフィーラは薄れゆく意識の中


「さらばだ“狗”よ。二度目は無いと知れ」


そう言って、去って行く者の声を聞き。

―――再戦を誓う。







所変わって、“元”空港火災現場。
少女と従者は驚いていた。


「・・・これはいったいどうなっとるんや?」
「カッチンカチンです~」


少女・八神はやてとその従者・リインフォースⅡが空港火災の現場で目にしたのはとんでもない光景であった。
空港丸ごと一つが凍りついたのだ。
しかも、一瞬で、目の前で。

ありえない。

ふと、そんな考えがはやての脳裏を過ぎる。


その後、空港火災に巻き込まれた人達全員の救助を終え、はやては比較的軽症の人達に事情聴取をしていた。
その目的はただ一つ。
あれほどの火災を一瞬にして鎮火してしまった魔導士のことを調べる為だ。

あれほどの火災を一瞬にして止める。

言うは容易いが、実際には無理難題である。
そんなことが出来た、出来る可能性があったのは、あの時に現場にいた管理局員の中では、はやてのみ。

そのことを踏まえてはやてはマルチタスクを使い、話を聞きながら思考する。


(つまり、あの火災を止めた魔導士は最低でもユニゾンした私と同等以上の力を持ち、管理局に所属してない違法魔導士、ちゅう事やな)


それはある意味最悪の事態であり、それも当然だろうとはやては思う。
管理局員による救助活動の遅れ。
これだけでも厄介なのに、逃げ遅れた人達を救ったのは違法魔導士による火災に対する氷結魔法(と思われる)だったのだから。
この事を隠蔽する為、管理局は今回の空港火災において、偶々休暇中だったはやてが救助活動に加わり火災を止めた、というでっち上げをつくった。
不満を逸らす為にも、つくらなければならなかったのだ。
無論、火災に巻き込まれた人達には口止めをして・・・・・・。


(しかし、誰もそんな怪しい人見てないどころか声も聞いてないなんて・・・そんなことありえるんか?)


はやては内心で首を捻る。
それは魔導士なら誰もが疑問に思うことだった。
あれほどの火災を一瞬で止める為には、儀式レベルの魔法を使わなければならない。
当然、儀式レベルの魔法使用には、長い詠唱と膨大な魔力が必要となる。
にもかかわらず、今回の火災を止めた氷結魔法(と思われるモノ)には、そのどちらも観測することはなかった。

―――いきなり全てが凍り付いたとしか言いようがない。

それが現場にいた管理局員並びに火災に巻き込まれた人達の偽れざる本音。
それを見て、聞いて、でも、とはやては思う。


(だからこそ、そんな危険な力を持った魔導士を見逃すわけにはいかん!)


例え、その魔導士が“SSS”クラスであろうと。
絶対に捕らえてみせると、はやては自身に誓いを立てる。

想いを新たに、はやては事情聴取を続けようとしたが


「しょ、職務中失礼いたします」


そんな時、慌ただしい様子で管理局員が入ってきた。
いきなり入ってきた管理局員に驚きつつも、はやては冷静に聞き返す。


「まずは落ち着ついてください。何が起こったんですか?」
「は、はい! そ、そのー・・・」


はっきりと言わない局員に苛立つはやてであったが、その視線が被害者に向いていた事に気づき、この場で話す事ではないと理解し、被害者に一礼して退出する。
その後、部屋から少し離れ、そこで話を聞く事にした。


「それで? 話とはいったい?」
「はっ! さ、先ほど入った情報なのですが、八神捜査官の御家族の八神ザフィーラさんが何者かと争い、重症を負われたそうであります!」


はやては耳を疑った。
ザフィーラは仮にもAAランクを誇る古代ベルカ式の騎士にして、“ヴォルケンリッター”が盾の守護獣だ。
そんなザフィーラが重症を負わされたと聞き、はやては居ても立ってもいられなくなった。
不安で胸が一杯になりながら、事情聴取を別の者に任せてはやては病院へと足を向ける。





この時、はやては知らなかった。
ザフィーラに重症を負わせた人物と火災を止めた魔導士とは同一人物であることを。
そしてそれが、この後、幾度となく戦う事になるだろう英雄の仕業である事を。


―――知る者はまだ誰もいない。













あとがき

ザフィーラ強化フラグですよっと。



[22012] 潜入! 英雄 地上本部へ!!
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/10/04 01:57
事情聴取をしていたはやてに齎された、ザフィーラ重傷の報せ。
その報せを受け、はやてはすぐさま別の人に事情聴取を任せ、駆け足で病院に向かう。
一方その頃、ハクメンは地上本部へ真正面からの侵入を始めていた。
“認識阻害”の術式を発動し、門番の目をすり抜け、一気に地上本部へと迫る。
そこまで来たハクメンの行く手を遮る最後の難関は、魔力障壁と物理隔壁による二重の侵入妨害システム。
侵入は困難に思われたが・・・所詮は二重。
一秒ごとに解除プロテクトがランダムで変わるなんていう『化け猫』製“多重拘束陣”に比べれば、どうということも無かったようだ。
結果は語るまでもない。
そして今、情報を探し求め、ハクメンは動きだす。






地上本部内部。
廊下は静まり返っていた。
夜遅くという事もあってか、明かりは最低限。
光と光の間に薄暗い闇が覗く。
そんな中、息を潜め、気配を殺し、足音を立てずにハクメンは進む。
だがその心中には、ある疑問が浮かんでいた。

―――何故こうもたやすく侵入できたのか?

ハクメンは内心、首を捻る。

この『世界』の法と秩序を司る“時空管理局”。

それはハクメンの『世界』にある『統制機構』と瓜二つだ。
その地上本部なる所であるからには、侵入するのにもさぞかし骨が折れるだろうとハクメンは予想していた。
それだけに、あまりにもアッサリと侵入できた事に、ハクメンは驚きを隠せない。
この手の場所は通常よりも侵入するのに骨が折れるもの。
それが、ハクメンにとっては常だった。
一瞬、罠の可能性を疑うハクメンであったが、すぐさま首を横に振ってその可能性を否定する。

―――此方の存在に気付いているような視線や気配を感じない。

それがもっとも大きな理由であった。
単純な理由に思えるが、ハクメンほどの者になれば、たとえ機械越しであったとしても気配を感知する事ができる。
その気配を感じない以上、罠の可能性は極めて低いとハクメンは結論付けた。
そんなこんなで、不思議に思いながらもハクメンは管理局の端末を探す。

―――元の『世界』に帰える為の手掛かり。

それが有るか無いかを知る為に。
そんな時、無人の廊下に音が木霊する。

瞬時にハクメンは意識を研ぎ澄まし、気配を探った。

数は一。
誰か歩いて此方に向かって来ている。

一瞬、ハクメンは侵入した事に気付かれたのではあるまいかと勘ぐった。
もしかすれば気付いていないのかもしれないが、万が一の可能性も有る。


(・・・やむをえん。ここは一つ、朝まで眠ってもらうとしよう)


近付いて来た人影の背後に廻る。
そのまま無防備な首筋に手刀を叩き込んだ。
人影は悲鳴を上げる間も無く気絶する。
それを確認した後、手足の関節を外し、持っていたIDを拝借してハクメンはその場を後にした。
その後、端末を見つけたハクメンは調べ事を始める。
しかし、ここで問題が発生した。
調べようとすれば調べようとするほど、アクセス権限が低いせいで情報を閲覧する事が出来なかったのだ。


「チッ・・・この情報“も”Sクラスの機密に属するだと!?」


Sクラス機密。
それは管理局の保有する技術等を含んだ情報。
閲覧には提督、又は各部署の長レベルのIDか許可が必要とされる模様。

それを悟り、思わず舌打ちするハクメン。
無理も無い話である。
自分の奪ったIDではこれ以上の情報を手に入れられないとわかったのだから。
しかし、ハクメンが元の『世界』に帰還する為に、情報は必要不可欠だ。
だが、自分の奪ったIDでは無理であると分かった以上、こうなっては新しいIDが必要となる。
それも、地位の高い人が持つIDが、だ。


(やれやれ、面倒な事だ・・・・・・ん?)


内心で溜め息を吐くハクメン。
そんな時、地位の高い者達のリストの中に一人だけ、殊更に若い年齢の人物がいる事に気付く。
申し訳ないと思いつつ、ハクメンは写真に写る一人の少年を次なるターゲットに定めるのであった。







“ソレ”は時空管理局本局内にある、管理局による管理を受けている世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベース。

気の遠くなる程の規模で本棚が並び。
縦に長く伸びた円筒の形をなし。
通路と思われる部分がその内部を縦横に走り。
おまけに内部は無重力状態。

あまりにも広く、巨大な“ソレ”を人々は畏敬の念を込めて、こう呼んでいる。


『Infinity Library』
『無限書庫』


と。
そんな『無限書庫』において一人の少年が偉そうな将官と激しく口論していた。


「ですから、これ以上の労働は司書全員に悪影響だから明日依頼しなおして下さいって言っているんです!!」


書庫らしく静かな空間に、まだ声変わりも終わりきってない少年の怒声が響き渡る。
少年は目の前の通信モニターに映る将校を睨んでいた。
憎しみで人が殺せていれば、既に何十回も殺しているような目で、だ。
だが、相手も然る者。
そんな視線に多少怯みつつも、すぐさま言い返す。


「な、何を言うか! 態々貴様等のような資料を捜すしか能の無い者に仕事を廻してやっとるんだ! 文句を言わず、とっとと捜さんか!!」


次の瞬間、ブチッ!と何かがキレる音が少年から聞こえた。
普段は温厚で知られ、その熱心な働き振りから年上の司書達にも慕われる少年。
そんな少年でも堪忍の尾が切れることはある。
そう思わずにはいられないくらい、少年の顔には怒気が宿っていた。


「・・・・・・話になりませんね」


淡々とした声。


「いいでしょう、今後、貴官からの依頼は一切拒否させていただきます!」


そこにあるのは。


「後、僕達の事に対する暴言についても後ほど抗議させていただきますので!!」


―――紛れも無い拒絶の意思であった。







少年の言葉を聞き、途端に画面向こう側の将校の顔が青ざめた。
口ではなんやかんやと文句を言いながらも、将校とて書庫に眠る情報の重要性は理解している。

数年前までは、ほとんどゴミ溜めであったと言っても過言ではなかった書庫。

当然、そんな場所から廻ってくる情報など有る筈が無い。
無論、なくても事件への対処は出来てはいたのだが、犯罪者に対して後手に回る事が多かった。
その状況を一変させたのが、現司書長による書庫の整理。

『探せばどんなことでもちゃんと出てくる』をモットーに進められた書庫内整理計画である。

けれど当時、一部を除いた高官達は鼻で笑って馬鹿にし、相手にしなかった。
その理由は、書庫のあまりにも巨大であるが故の弊害。
中身のほぼ全てが未整理のままであり、本来ならチームを組んで年単位での調査をする場所を整理するなど時間の無駄だと認識していたからだ。

しかしその整理が一度軌道に乗り始めると、状況は一変する。
今まで使われていなかったのが不思議に思うぐらい出るわ、出るわ。
様々な事件に対して役に立つ情報が出るようになり、後手に回っていた犯罪者への対応が格段に楽になったのだ。

これには鼻で笑って馬鹿にしていた高官達も焦りを覚え始めたが、時既に遅く。
仕事を頼もうにも“笑顔”で断られ、周りが書庫を利用し成功していくのを歯噛みしながら見送る羽目になった。
しかも上司の不幸に巻き込まれた部下達からの冷たい視線つきで、だ。
結果、書庫は今や管理局に無くてはならない存在となったと言っても過言ではなくなった。


そんな部署を作り上げた長からの仕事拒否宣言。
それはこれから仕事をしていく上でとんでもなく厳しい条件を背負ったも同然であり、教導隊にデバイス無しで放り込まれるのにも等しい。


沈黙が両者の間に流れる。
先程まで騒がしかった書庫が、今では静まり返っていた。


ここで素直に謝罪の意を示していれば、まだ間に合っただろう。
しかし、将校も現場から叩き上げで昇格していった身。
長年積み上げてきたプライドと年下の、しかも子供に頭を下げたくないという意地があった。

その意地が、素直に謝罪し、仲が拗れるのに待ったをかける事を将校に躊躇させた。
させてしまった。

沈黙が続く。


―――気付いたときにはもう、手遅れであった。







少年は内心で溜め息を吐いた。
正直、謝ってくれれば許そうと少年は思っていた。

仮にも同じ組織に属している身。
足を引っ張り合うより手を取り合う方が何倍も良い。

少年は常々そう思っていた。
だからこそ、敢えて沈黙し相手から謝罪する機会を作った。
それでも将校は謝ろうとはしない。
その態度に少年は遂に、あるボタンに手を伸ばす。
それに気付いた将校が慌てて止めようとするが無視。


「なっ!? お・・・・・・」


二の句も告げさせず、会話は途切れた。
少年の方が聞く耳を持たず、通信回線を強制的に切ったのだ。
途端に先程の将校から司書長へ通信を求める連絡が鳴り響くが、少年はそれを無視して仕事に戻る。
後に残されたのは無限に広がる本の世界と先程の会話をびくびくしながら聞いていた司書達だけであった。







「まったく、やったことも無いくせに無茶な事を要求してる自覚が無いなんて最悪じゃないか・・・・・・」


夜遅く、誰もいない廊下に疲れきった声と足音が響く。
少年の名はユーノ、ユーノ=スクライア。

時空管理局本局。
巨大データベース『無限書庫』司書長。

それがユーノの肩書きである。
将校との口論の後、ユーノは残っていた司書達には解散命令を出し帰宅させた。
その後、残った仕事を一人で片付け、その書類を届けに地上本部へ来たのだ。
その途中、先程の将官との口論を思い出し、ユーノは再び腹が立ち始めていた。
たが・・・
途端にユーノの全身に鳥肌がたつ。
ユーノは慌てて周囲を見まわした。

何も異常な所は無い。
何時もの管理局の廊下だ。

―――でも“ナニカ”いる。

遺跡発掘家としてのユーノの勘が、そう告げていた。
今この場に不気味な“ナニカ”がいる、と。
思わず恐怖と疲れのあまり倒れそうになるが、何とか踏みとどまった。
そこでふと、以前、司書達が話していた“管理局怪談”の話の一つを思い出した。

曰く、管理局には夜な夜な嘗ての犯罪者の幽霊が出て、地獄に引きずり込む。

途端に血の気が退き、ユーノは先程とは別の意味で鳥肌たった。
即座にエリアサーチを展開するが・・・・・・何の反応も無い。
魔力反応、ましてや生命反応すらない。

―――益々、話に真実味が増してきたような気がユーノにはした。


(・・・まっ、まあ、大丈夫だよね! お化けなんている訳無いよね!?)


少しばかり混乱しながらも、自己暗示し、気を入れ直すため、ユーノは一瞬とはいえ気を緩めた。
緩めてしまった。
その刹那にも等しき一瞬の隙をユーノは突かれ、意識を刈り取られるのであった。







ハクメンは気絶して倒れる少年を支えた。


「・・・・・・許せとは言わん。 少年よ、もう二度と会うことも無いだろうが息災であれ」


ハクメンはそう謝罪しながら、気絶させた少年を横たわらせ、その場を後にする。
・・・つもりだったのだが、年端もいかない少年を気絶させたまま放置しておくのは流石に忍びないので布をかけておいた。
その後、再び端末へアクセスして情報を引き出すハクメンであったが・・・役に立ちそうな情報は少ない。
けれど、僅かな情報を得て、ハクメンは再び真正面から地上本部を脱出する。


―――何とも後味の悪い結果を残して。





こうして、ハクメンの火事場泥棒は終わった。
満足のいく結果(情報)は得られなかったが、それでも無いよりかはマシである。
因みにこの翌日、目を覚ましたユーノは見事に風邪を引き、休暇を取る事を余儀なくされた。

ユーノは知らない。

日頃から何かと若い司書長を心配していた年配の方々は司書長が休みを取ったことに安堵したことを。
それも束の間、某頭の黒い、年がら年中BJを纏う執務官による大量の依頼が発生し、頼りの綱である司書長抜きでの司書たちの地獄のような日々が始まったことを。
その結果、無限書庫の作業は20%以上落ち込み、事に関わった司書達全員の怒りが爆発し、とある執務官の部屋が壊滅した事を。


―――知る者は皆、口を閉ざす。











あとがき

独自設定ありって前書きに書いたほうが良いでしょうか?



[22012] 激突! 英雄vs黒竜 その後・・・
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:4a784f4f
Date: 2010/10/11 17:39
見事、地上本部から情報をかっぱらい、脱出したハクメン。
幾らかの罪悪感を胸に秘めつつハクメンは進む。

―――全ては元の『世界』に帰る為に。







ハクメンはある場所を目指し、人目を避ける為、森の中を歩いていた。
目的地は手に入れた情報の中にあった“真竜”なる“竜”を崇めし地“アルザス”
その“アルザス”に住まう召喚士に会う為だ。

“召喚士”

それは、この『世界』とは違う『異世界』に住まうモノを召喚し、使役する存在。

であるならば、その又逆も然り。

―――元の『世界』に召還する方法。

それも心得ている筈。
ならばそれを応用して己の『世界』に帰還できるかもしれない、と考えたのだ。
尤も、出来るかどうかは分からないがな、とハクメンは思う。
いくら『異世界』のモノを呼び出す事ができるとはいえ、『狭間』を挟んだ向こう側からの召喚など、聞いた事も無いのだから。


(だが、試してみる価値はある・・・か)


ハクメンはそう思った。
そう思ったからこそ、こうして“アルザス”を目差す事にしたのだ。


「・・・しかし、この世界にも“竜”はいるのだな」


ボソッと呟くハクメン。
その胸中は、過去に幾度となく戦かった“古き強敵”との事を思い出していた。

・・・が、その時。


「誰か・・・誰か助けてーーーーーー!!!」


大声の悲鳴が静かな森に響き渡る。
同時に、膨大な魔力と天まで伸びる火柱が現れた。
思い出に耽っていたハクメンも、突然聞こえた悲鳴と変化した空気を感じ取り我に返る。

膨大すぎる魔力と悲鳴。

早足で声のした方へと駆ける。
そこでハクメンが目にしたのは、倒れている少女と小白竜。
そして。


―――炎を背にして仁王立ちする黒竜の姿であった。




【THE WHEEL OF FATE IS TURNING】


「竜だと!? 何故このような場所に!?」
シギャアァアアアス!!!


【REBEL1】


シィイイイイイイイイ!!!
「ちぃ・・・問答無用と言う事か! ならば!!」


【ACTION!】


「行くぞ! この『世界』の竜よ!! 我が名は『ハクメン』!! 推してまいる!!!」
シャアァアアアアアア!!!




黙々と天へと昇る黒煙。
森に住まう数多の動物達の焼け焦げた臭い。
天災に巻き込まれたかの様に伐採された木々。

それらを尻目に、轟音が響き、衝撃波が周囲に奔る。
その衝撃波を宙に浮かび上がる幾つもの封魔陣が結界の様に遮った。
それでも森の一部は灰燼と化し、焼け焦げた黒い大地が顔を覗かせる。

ぶつかり合うは炎と風。
黒と白。
竜と人の織り成す戦場がそこにはあった。
それは現代に蘇る神話が如く。
周囲を躊躇無く破壊し、蹂躙し、更地に返している。
ぶつかり合う両者の体格差は凡そ五倍以上。
重量に至っては言うまでもない。
であるにもかかわらず。


―――両者は互角であった。


竜が吼える。
荒々しき力を以って、いと小さき人を潰さんが為に。

人が構える。
その荒ぶる力、そっくりそのまま返さんが為に。


―――剛拳を振り下ろした。
―――虚空に陣を描いた。







倒れていた少女は顔を上げ、その闘いに魅入っていた。
少女の名はキャロ、キャロ=ル=ルシエ。

アルザスの竜召喚士にして、“真竜”ヴォルテールの加護を受けし“竜の巫女”。
齢四にして白き竜を従えさせた天才児。
本来であれば、祝福をされる名を“忌み名”に変えるほどの才を持つ少女。

それがキャロに付けられた“忌み名”。
それがキャロ=ル=ルシエの持つ才。

その才を里の長老達は恐れた。

『強すぎる力は争いを呼ぶ』

その事を良く知っていた長老達は周囲から恐れられ、迫害される事を恐れた。
彼等はキャロに僅かな路銀と食料を持たせ、フリードと一緒に里を追い出したのだ。


―――故に。

キャロは憎む。
―――自分を放り出した部族を。

憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで。
憎しみが一周した後。

キャロは嘆く。
―――そんな“才”を持っている自分を。

嘆いて嘆いて嘆いて嘆いて嘆いて。
嘆きが一周した後。

キャロは悲しむ。
―――“力”を制御できない己の未熟さを。

悲しみ悲しみ悲しみ悲しみ悲しみ。
また最初に戻る。


(どうして私がこんな目に?)


こんな力さえ、才さえなければ、と。
里を追い出されたキャロは幾度となくそう思った。
思わずにはいられなかった。

―――そう思っていたからこそ、キャロは目の前の光景に魅入る。

そこには闘いがあった。
キャロの知る限り最強の存在たるヴォルテールと剣?一本で渡り合う人間の闘い。
そう、自分でもコントロール出来ないほどの“力”を持つヴォルテールとの、だ。

すごい、とキャロは思った。

“力”に振り回される“偽者”の自分とは違う。
これが“本物”の持つ“力”なのだ、と。

そう思った。
だから続けて、こうも思った。


―――学びたい。
―――“本物”になりたい。


と。
崩れ落ちるヴォルテールを尻目にキャロは思うのであった。







「―――“斬神”」


ポツリとハクメンは呟く。
それがお前を倒した技だと言わんばかりに。
背後には頭から地面に付き刺さり気絶する竜が一匹いるのみ。
その姿もやがて陽炎のように消え失せていった。
完全に消え失せるのを見届け、ハクメンは刃を納める。
その後、ふぅ、と一息ついて、首を倒れている少女の方へ向けた。
少女は呆然とした顔で此方を見ている。
そんな少女の前にしゃがみこみ、ゆっくりと抱き起こし尋ねた。

大丈夫か、と。

返事は返ってこない。


(無理も無い・・・か)


呆然としている少女を尻目にハクメンはそう思った。
何故このような場所に少女がいるのかは一先ずあっちに置いといて、竜との戦いは周りに被害を及ぼしすぎた。
ましてや子供には些か刺激が強すぎたのかもしれない。
時間があれば町まで送るのも吝かではなかったが、生憎ハクメンも今は忙しい身。
これ以上時間をとられるわけには行かなかった。
どうしたものかと悩んでいたその時、先程まで呆けていた少女が口を開く。

お願いがあります、と。

突然の申し出にハクメンは仮面の下で眉を顰める。
少女の意図がつかめなかったからだ。
どういう意味か聞こうとしたその時。


―――少女の腹の音が鳴った。


くぅくぅと可愛らしい音が響く。
その音が空腹であるのを切実に訴えていた。
それに反比例するかのように。


―――空気は凍りついていた。


突然の事態(腹の音)に少女は顔を赤くしたり、青くしたりと大忙し。
そんな少女の様子をハクメンは呆然と見ていた。
どこかほのぼのとした空気が流れる。
しかしそれも束の間、ハクメンは遠方から迫りくる気配に気づいた。

恐らくは管理局。
数は二十。
接触まで凡そ三分そこそこといったところ。
それくらい時間があれば、この場を去るくらいは容易い。

今、現地組織たる管理局に目を付けられるのを厭ったハクメンは少女をゆっくりと横たわらせ、その場を後にしようとしたのだが。

―――少女の手はしっかりとハクメンの手を握りしめていた。

振りほどくのは容易い。
けれど無理に振りほどけば少女が傷つくのは必死である。
ならば、とハクメンは少女に尋ねた。

一先ず、共に来るか、と。

少女は迷わず答えた。

はい、と。

その返事を受け、ハクメンは急いで少女と小白竜を担ぎ、地を蹴るのであった。




ハクメンが地を蹴ってから早数分。
やがて二人と一匹は落ち着いた場所に着いた。
周囲の気配を探り、追っ手が無い事を確認したハクメンは少女と小白竜を地面に優しく下ろす。
下ろされた少女は深々と礼をしながら改めて口を開いた。


「私に力を・・・力を制御する術を・・・教えてください」


ハクメンは問うた。
何故?と。

少女はただ一言、こう答えた。
“本物”になりたいと思ったからです、と。


ハクメンはまた問うた。
今度は軽い威圧を込めて。
“本物”とは何だ?と。

少女はまた一言、こう答えた。
感じる威圧を必死に耐えながら。
それでも揺るがず。
“力”に振り回されない人の事です、と。


ハクメンは三度目の問いを問うた。
それを最後の問いにするつもりで。
名前は?と。

少女は三度目の問いも一言、こう答えた。
それが最後の問いだと悟って。
その顔に次元世界最高の笑顔を浮かべて。


―――キャロ=ル=ルシエです、と。




かくして、キャロはハクメンの弟子となった。
その後、キャロはハクメンを“先生”と呼ぶ様になる。
ハクメンもその呼称をくすぐったく感じながらも了承した。
この出会いが、キャロの人生に深く関わる事になることを。


―――知る者は誰もいない。












あとがき

なんか変わりました。



[22012] 幕間 修行の風景
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/10/18 07:20
『異世界』初の竜との戦闘を終えたハクメンは一人の少女と御供の小白竜を弟子にした。
少女の名はキャロ、キャロ=ル=ルシエ。
御供の小白竜の名はフリード、フリードリヒ。
一気に三人に増えた旅路も何のその。

コレより始まるは、珍妙なるトリオの修行の風景。
語らずとも良い幕間。


―――どうぞ気軽に御覧あれ。







未だ日も昇りきらぬ早朝、冷たい風が吹いた。
丸まって温もりに身を包んでいたキャロは冷たい風を感じて思わず飛び起きる。
そして辺りを見渡した。
あったのは暗闇に薄い光が差しこむ光景と。

―――その薄い光を後光に、ハクメンが一人佇む姿があった。

その姿にキャロはぼんやりとしながらも息を呑んで魅入る。


(相変わらず・・・綺麗だなぁ)


キャロはそう思った。

―――光を弾いているかの如き佇まい。

ハクメンが何かしているわけではない。
寧ろその逆。
何もしていないのに。
ただ立っているだけなのに。

―――そこには一本の名刀の如き美しさがあった。

これに魅入らずして何に魅入ろうか。

キャロが強くそう思っていると、顔を面で隠しているにも関わらず、ハクメンはキャロが起きた事に気づき、顔をキャロの方へ向けた。
途端に赤い紅い十六の瞳がキャロを捉える。


「・・・起きたか、おはよう、キャロ」


どこか扱いに困っているような低く冷たい声が響いた。
でもその中に、幾ばくかの優しさが込められているのを、キャロは知っている。
何はともあれ、朝の挨拶をするためにキャロは口を開くが。


「ふぁい・・・おはようございましゅ“先生”」


出てきたのはとても眠そうな声であった。
その声に、ハクメンは少しばかり肩を落とす。
やれやれとでも言いたそうな態度に、仕方が無いじゃないかとキャロは思うが口には出さない。
ハクメンは行儀についても中々、下手をすれば修行よりも厳しい。
その点から言って挨拶はとても重要なのだ。
キャロはふらふらしながら川まで歩き、顔を洗う。
冷たい水のおかげでキャロの意識は覚醒するのであった。







場所を移し、準備運動を終え、修行は始まる。
ハクメンの修行は常に実戦的だ。

―――只管組み手を行う古式武術修行法。

それは、筋トレ等を排除し、組み手を繰り返すことで肉体を闘う事に特化したものとする修行法。
早い話、筋トレが不要になるくらい組み手をし続けるといったものだ。
それがハクメン式修行法である。


「えいっ!」


キャロは先手必勝といわんばかりに間合いを詰め、“左手”を真っ直ぐに突き出した。
ハクメンから始めに習った型、正拳突き。
習ったばかりでまだまだではあるが、その年齢から考えれば十分すぎるほど見事。


「ふっ」


ハクメンは一息で後ろに下がり、間合いを開けることで避けた。
キャロとて当たるとは今までの修行からこれっぽっちも思っていなかったので冷静にその様子を見ている。

―――故に一撃目は囮と決めていたのだから。

本命は・・・。


「―――こっちです!!」


キャロは地面を蹴って加速した。
始めの時より当社比二倍くらいの速度に上げて間合い詰める。
これにはハクメンも多少驚いたのか、酷くあっさりとキャロは懐に潜り込んだ。
そこから放つは、利き手こと“右手”による正拳突き。
先に放った利き手とは逆の“左手”による一撃とは速度、威力ともに圧倒する“右手”による二撃目。
より懐に潜り込んでから放たれたそれは、ハクメンとキャロの身長差も相俟ってとても対処しづらい。

―――相手がハクメンでなければ・・・だが。


「・・・甘い」
「なっ・・・!?」

―――“斬神”


一言で断じ、ハクメンはキャロの正拳突きを捌き、腕を掴んだ。
そこからキャロを背負って半回転。
キャロの迫る勢いを利用して砲弾の如き勢いで投げ飛ばした。
投げ飛ばされたキャロが地面に着弾し、転がっていくが、やがて転がるのを止めて立ち上がった。
そこに、ハクメンが思ったほど、投げ飛ばされたダメージを負った様子はほとんどない。
どうやら地面に着弾する際、地面に叩きつけられて負うダメージを、転がる事で和らげたのだろう。
ハクメンはそう推測した。
咄嗟の機転なのかは分からないが、うまい対処法にハクメンは仮面の下で笑みを浮かべる。
弟子の成長を喜んだのと。

―――もう少し力を込めても大丈夫なのだと悟って。

ハクメンは地を蹴って追撃をかけた。


「ふんっ!」
「わっ・・・!?」


今度はハクメンが“左手”で正拳突きを繰り出す。
それは拳圧だけでも吹き飛ばされかねない一撃。
キャロの正拳突きとはレベルが違った。


(性質が悪いですよぉ!?)


キャロは心の中で思う。
ハクメンとの修行を始めてから驚かされてばかりだと。

―――此方の力など微風と言わんばかりの暴風。

それがキャロのハクメンに対して感じる力の差だ。
これでもまだ背中にある太刀を抜いていないというのだから、本気なら気付く暇すら与えてもらえないだろうとキャロは思う。
転がることでダメージを軽減したとはいえ、体の彼方此方が既に悲鳴を上げているのがキャロの正直なところなのだ。
何はともあれ、迫る一撃をキャロはしゃがみこむ事で避け、足と手を使い踏ん張る事で堪えた。
だがその所為で次への動作に遅れ、後が続かなかったのは失敗だったと言えるだろう。


「終わりだ」
「あっ・・・!?」


ハクメンが告げる。
その意味にキャロが気付いた時は時既に遅く。

―――ハクメンの“右手”による手刀が首下に突きつけられていた。

先程キャロのしてみせた戦法。
ハクメンはそれをそっくりそのまま返したのだ。
そこにどのようなメッセージが込められていたのかは分からない。
しかし、組み手はキャロの敗北。
それは僅か三十秒足らずの出来事。
何時もの事であった。




それから朝食の時間までの凡そ三時間、キャロとハクメンは組み手を繰り返し続けた。
途中からフリードも混ぜての二対一による組み手(当然、キャロ・フリードvsハクメン)になったが結果は変わらず。
只管にキャロ達が敗北を重ね続けるのみであった。
それでも得るものが無かった訳ではない。

―――戦闘中に硬直する事の危うさ。

キャロはその事をしっかりと学んだ。
というか、その身に叩き込むのであった。












あとがき

幕間追加。



[22012] 英雄 弟子と別れる
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/10/20 04:49
キャロがハクメンに弟子入りしてから早一年。
当初の目的、アルザスへ向かおうとしていたハクメンであったが、道中キャロから

「元の『世界』に召還する方法はない」

と聞き、予定を変更して次なる目的地、管理局の“次元干渉系ロストロギア”なる物を保管してある所へ向かう事にした。

その道中、移動しながら修行は行われる。
ハクメンによる稽古、並びに様々な出来事により、キャロは一年前とは見違える程の成長を果たした。
“力”を使いこなすとまではいかなくとも、制御する“力”は身につけたのだ。
けれどそれは、キャロの望みが叶ったという事でもある。

―――出会いがあれば、別れもある。

その言葉の意味する通り、別れの時は訪れた。







とある別れ道。
右は街へ、左はとある保管庫へ続く道があった。


(ああコレで終わりなんだ・・・)


キャロは思う。

いつかは来ると分かっていた。
だから覚悟もしていた。
それでも、この時がもう少しだけ続くと、続いてほしいと思っていたのに、と。

キャロは思うのだった。
まあ来てしまったものはしょうがないと割り切れない気持ちを押し殺し、キャロは別れの挨拶をするべくハクメンの方へ振り向く。


「“先生”、今までありがとうございました」
キュクルー


そしてハクメンを見上げながら、キャロとフリードはゆっくりと頭を下げた。

―――声は震えてないだろうか?
―――挙動不審になってないだろうか?
ちゃんと―――笑顔でいれているだろうか?

ハクメンに心配をかけてないかと、色々考えすぎて、キャロは頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
そんな中、キャロはこの一年間の出来事を思い返す。


“先生”との組み手と座学。

―――心身を鍛え、知識を養った。
教えは常に厳しく、実戦形式で、中々褒めてはもらう事は少なかった。
それでも、知らない事をたくさん学べたのは嬉しかったし、未だに一撃も当てられないのは悔しい限りだ。


襲い来る獣の撃退。

―――鍛えた技を試し、更なる磨きをかけ、料理の仕方を学んだ。
自分の得た力が簡単に命を刈り取れてしまう事に悩んだし、料理をおいしく作るのにも苦労した。
もっとも・・・三分で立ち直り“先生”の方が料理上手だと知って地味にへこんだ。


道中で出くわした密猟者との闘い。

―――知識を応用し、闘う事を覚えた。
罠にかけられ危機に陥れられたのは屈辱の極みだ。
後で殲滅して晴らしたが。


そのどれもが、良い思い出だった訳ではない。
だが、“先生”と私とフリードの三人ですごした大切な思い出だと、キャロは思う。

―――けれどこれから先、ハクメンはいない。

キャロにとって師であると同時に最高の守護者でもあったハクメンは、元の『世界』に帰る為にこれから危険な橋を渡る。
それは今のキャロでも足手まといに成りかねないほどのこと。
“力”を身につけたのなら、これ以上巻き込まない為に、ハクメンは別れる事を決めたのだとキャロにも分かっていた。

―――ならば、私達にできるせめてもの恩返しは、“先生”に余計な心配をかけない事。

キャロは、そう信じていた。

―――なのに。


「無理に笑う必要は無い。 泣きたくば、存分に泣くがいい」


ハクメンの手がキャロとフリードの頭を優しく撫でる。
まるで壊れ物を扱うかのように。

それは何時も厳しく稽古を付けてくれた手だ。
時々頭を撫でて褒めてくれた手だ。


(ずるいですよ“先生”・・・泣かないって決めたのに、守れないじゃないですか)
キュクル~


キャロの涙腺が緩む。
それをフリードは心配そうに見ていた。

思わず涙が零れそうになるのを、泣きそうなのを必死に堪えて、キャロは顔をあげた。


「大丈夫ですよ“先生”」
キュクキュク!


必死に偽りの笑顔を作った。
フリードも頷く。
その顔に騙されてくれたのかどうかはキャロには分からなかったが。


「ふっ、まあそういう事にしておくとしよう」


ハクメンはそう言って、それ以上追求することはしなかった。


「では、キャロ!」
「はっ、はい!」


ハクメンの声に、思わずキャロの背筋が伸びる。
そして、問いかけは始まった。


ハクメンは問う。
これからどうするつもりだ?と。

キャロはただ一言、こう答えた。
もっと・・・強くなりたいです、と。


ハクメンはまた問うた。
少し意外に思いながら。
何時もより威圧をこめながら。
どれほど強くなるつもりだ?と。

キャロはまた一言、こう答えた。
何時もより強い威圧に耐えながら。
それでも揺るがず。
“先生”くらいです、と。


ハクメンは三度目の問いを問うた。
キャロの答えに呆気に取られながらも。
虚偽は許さんとばかりに威圧を更に強めて。
なれると思っているのか?と。

キャロは三度目の問いも一言、こう答えた。
更なる威圧にも揺るがず。
その瞳に一転の曇りも灯さず。
力強く頷きながら。
はい!と。







それは宣誓。
必ず叶えてみせると、諦めはしないと誓うキャロの・・・否、キャロ達の誓いであるのだと、ハクメンは悟った。
フリードも横で共に吼えているのだから間違いない。
その光景にハクメンは仮面の下で笑みを隠せなかった。

まだ、十にも満たぬ小娘と幼き白竜が、“英雄”に・・・“ハクメン”に追いついてみせると、そう言ったのだ。

あまりにも子供の発想。
取るに足らない戯言。
不遜極まりないはずのそれは、何故かひどくハクメンに響いた。


(ならばその思いに応えない訳にはいかぬ・・・か)


ハクメンはそう考え、キャロとの組み手では一度も抜かなかった愛刀“斬魔・鳴神”を抜き放ち、正眼に構えた。
突然のハクメンの行動にキャロは目を丸くしていたが一先ず無視。


(これが“猫”ならば、こんな事はしないのだろうな・・・)


ハクメンは思う。
“あの男”の師であった“猫”なら、もっと別のやり方を思いついていたのではないか?と。
だが、生憎自分には“コレ”しか考えられなかったのだ、と。

ハクメンは、此度はまだ見ぬ“友”に、届かぬ言い訳をして。


「餞別だ。 一度だけ“本気”をだすが・・・どうする?」


―――闘いの挑戦権をキャロに告げた。

一瞬呆けたキャロであったがすぐに正気に戻り。


「えっ? ・・・は、はい! やります! いえ、やらせて下さい!!」
キュクルー!!


―――闘いの挑戦権を躊躇することなく受け取る。

その態度にハクメンは益々仮面の下で笑みを深めた。


「いい返事だ。 では・・・構えろ!」
「はい!」
キュクー!


キャロはすぐさまフリードと共に構えた。
準備が整ったようだ。



【THE WHEEL OF FATE IS TURNING】


「行くぞ!」
「はい!」
キュクキュク!


【REBEL1】


「我が“本気”、その身に刻め!!」
「全力で・・・参ります!!」
キュクルー!!


【ACTION!】


「「シッ!!」」
キュクアァアア!!


こうして、ハクメンはキャロとフリードに、自分なりの餞別を渡して別れた。

―――願はくば何時の日か、また出会う事を夢見て。






ハクメンからの餞別を受け取ったキャロは、疲れて暫くの間寝転んでいた。
結果はキャロの惨敗。

―――正に圧倒的という他ない。

それがキャロの素直な感想であった。
あの頃より強くなったつもりでいたキャロであったが、まだまだということなのだろう。
想像した通り・・・否、想像以上の実力の差があったのだと、キャロはその身を以って知った。
それでも、一つも得られるモノが無かった訳ではない。
一つ、とても素晴らしい収穫があった。


「・・・一撃、一撃いれたんだよね、フリード!!」
キュクルー!!


ポツリと呟きながら喜ぶキャロにフリードは頷く。

―――そう、一撃いれたのだ。

あのハクメンに。

偶然とはいえ、迫り来るハクメン太刀を逸らす為に繰り出した拳。
その拳が、ハクメンの誇る“斬神”をすり抜けて、一撃をいれる形になった。
あの瞬間、キャロは思わず思考が停止してしまったくらいだ。


(嬉しい!!)


キャロは思う。

今まで、一撃もいれる事の出来なかったハクメンに。
“先生”に、最後の最後で一撃をいれる事ができたのが、どうしようもなく嬉しい、と。

キャロは思うのであった。

けれど、そこで動きを止めてしまったのは失敗だったと言えるだろう。
喜びに浸る間も無く、動きを止めてしまったキャロ達はハクメンに容赦なく叩き伏せられたのだ。
戦場において、意識をコンマ数秒でも逸らしてはならない、という良い例である。


「ふふっ、本当に・・・・・・“先生”は強いね、フリード?」
キュクキュク!


それでもキャロは笑い、フリードも頷く。
けれどそれは、まだまだ先が長いという事を意味することを、キャロは知っていた。

影すら踏めていない現状。
強くなればなるほど分かるハクメンの強さ。

だが、この程度で諦めはしない。
諦められなんてしないのだと、キャロは思う。
だから、キャロは改めて胸に刻むのだ。

―――もっともっと強くなって、何時か“先生”の隣に立てるくらい強くなる、と。

決意を新たに、キャロは立ち上がる。
すると何時の間にか、キャロは“夕飯”という名の獣の群れに囲まれていた。

数は二十と上々。
陣形は円陣。
対処・・・可能!!

そこまで思考し、大方ハクメンに怯えて隠れていた連中なのだろうとキャロは適当に見当付ける。
その見当は実際に当たっていたのだが、今のキャロにはどうでも良かった。


「ふふっ、随分大量だね。疲れている今なら・・・ってところかな?」
キュクキュク!


怖い笑みを浮かべながら呟くキャロに頷くフリード。
その笑みとやりとりを見て、獣達は僅かばかり後ろに下がった。
空気の読めない獣達であったが、キャロとフリードが腹を立てているであろう事は理解したようだ。
そんな後ろに下がった獣達をキャロは笑みを崩さず、右腕を横に一振り。


―――それが始まりの合図。


“第零・第六刻印陣起動”


軽やかなる声が響く。


“竜魂召喚・錬刃召喚―――顕現”


―――それが滅びへの誘いであったのだと獣達が気づいた時には時既に遅く。


「お腹も空いたし、悪いけど速攻で逝かせてあげるね?」
シギャアァアアアアア!!


キャロはそう言って笑みを浮かべたまま、真の姿を現した白竜と白銀に光る刃の軍団を傍らに。


―――食料調達という名の殺戮の幕を上げた。







一方、管理外世界のとある研究所。
その奥深く、人の羊水によく似たモノに満たされたシリンダーの中。

―――人の形をした“闇”はいた。

シリンダーの中に浮かぶ“闇”はワラウ。

嬉しそうに腹ただしそうに悲しそうに楽しそうに怨めしそうに。
生まれてきた事に歓喜し絶望し嫌悪し恐怖し驚き。

―――笑い嗤い哂いわらいワラウ。

純粋なる狂気がそこにはあった。

その頭は周りを混沌に陥れる為に使われるだろう。
その声は周りを惑わす為に語られるだろう。
その腕は周りを掻きまわす為に振るわれるだろう。
その足は周りを混沌に陥れ惑わし掻きまわした後、逃げる為に動くだろう。

その存在は―――世界に狂気をばら撒くだろう。


そんな狂気に侵されている“闇”を人はこう呼んでいる。


『Unlimited Desire』
『無限の欲望』
『ジェイル=スカリエッティ』


と。




かくして、ハクメンとキャロ、フリードは別れ、殺されたはずのスカリエッティは再びこの世に生を受けた。
この時、次元世界を揺るがす激動の時が迫っている事を。


―――知る者はまだ、ほんの一握りであった。












あとがき

ヴァイス = テルミの声
クロノ  = ラグナの声
はやて  = レイチェルの声

スバル   }
ノーヴェ  }= タオカカの声
クアットロ }


ラッド=カルタス}
        }=ジン・ハクメンの声
ベルカデバイス }


のようですね。



[22012] 弟子 運命と出会う
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/10/24 19:37
“夕飯”という名の獣の群れを片付け、おいしくいただき、残ったのは塩漬けにして、キャロはフリードとの二人旅に戻った。
暫くの間、別れたハクメンの事を思い、枕を涙で濡らす日々が続く。
そんな涙を流す事も少なくなってきたある日、キャロは大きな街に辿り着いた。

街の名は『クラナガン』

その街で、キャロは“運命”に出会う。






ハクメンと別れ、歩きに歩き続けて早数日。
キャロ達はミッドチルダの首都“クラナガン”に来ていた。

―――溢れかえるような人、人、人。

今まで生きてきた人生の中で見た人々よりも沢山の人を一日で目にしたキャロ。
さすがに気分が悪くなったのか、公園のベンチに座って休んでいる。


「はあ~、都会ってこんなに人がいたんだね。 “先生”との稽古程じゃないけど、疲れちゃったよ」
キュクキュク


ベンチに座り愚痴るキャロにフリードも同感なのか、頷く。
キャロは体を伸ばしながら、じっ、と空を見上げる。
青く蒼い、どこまでも澄んだ雲一つない空が、そこにはあった。


(いい天気・・・“先生”、今頃どうしてるだろう?)


餞別に“本気”を出してやる。

ハクメンはキャロにそう言った。
言ってくれたが、今思い返してみれば、“本気”でなかった事は明らかだとキャロは思う。

何せ、太刀に殺意が込められていなかった無論のこと。
自分達が五体満足でいるのだから。


(でも・・・“先生”に一時でも殺意を向けられなかったからいいよね?)


キャロはそう思い直して、安堵することにした。

“本気”のハクメン。

一度もハクメンの実力に“底”を感じたことがないキャロとしては、その“底”を見てみたかった。
が、だからと言ってそんな事で自分達に殺意を向けて欲しくはないとも思う。


(・・・難しいなぁ)


キャロは顔には出さずに悩んだ。
そんな時、突然辺りが騒がしくなった。
同時に、キャロの耳にも叫び声が響く。


「捕まえてー!! 引っ手繰りよー!!」


キャロが声のした方を向くと、逃走する男とそれを追う女性が、こちらに向かって来ているのが見えた。
その時、嫌な予感がキャロの脳裏を過ぎる。

外れていて欲しいものだが、恐らく、自分を人質にしようとしているのではないだろうか?

キャロは予想する。
しかしそれは時間が経つ毎に確信に繋がっていった。


「はあ~、都会ではこういうことが日常茶飯事って“先生”は言ってたけど・・・本当だったんだね」


都会に来て早々、面倒事に巻き込まれる事になった自分の不幸を、キャロは呪う。
こうしてキャロは束の間の休息を終え、溜息を吐きながら立ち上がるのであった。






男は人混みの中を掻き分けるように逃げる。
そこに魔法の使用は見られない。
にも関わらず、男はすいすいと人混みを抜けていく。


男は引っ手繰りの常習犯である。
勿論、管理局員ではない。
魔導師ではあるものの、男にとって引っ手繰りは一種の憂さ晴らしであった。
とはいえ、男とて馬鹿ではないので高ランクの魔導師に引っ手繰りを挑むなんて馬鹿なマネはしない。
魔導師ではない一般人をターゲットにするぐらいの知恵はあった。


そんなこんなで男は何時もの様に引っ手繰りをした後に逃走を開始。
引っ手繰った後は人混みに紛れ込み、追ってから逃げ切る。
人混みの中では、迂闊に魔法を使えない。
管理局法でそう決めているからだ。

そこを利用した、男の何時もの手口であった。


「へへっ、チョロイもんだぜ!」


男は走りながら引っ手繰ったバッグの中から財布を取り出す。
見ると中には結構な額が入っていた。


(こりゃ暫くは遊んで暮らせるぜ!)


男は自らの幸運を喜ぶ。
暫くは顔のにやけが止まりそうになかった。

―――だがそんな喜びに水を指すかの如く。

後ろから誰かが猛スピードで追いかけて来ているのに男は気づいた。
何時もの展開に、ハンッ!と男は鼻で笑う。


(無駄無駄! 人混みで俺の足に敵う奴はいねぇよ!!)


男にとって、それはもはや常識と化していた。
それが決して虚勢ともいえないくらい、男は今まで追っ手を振り切ってきたのだ。

―――だが、偶にはそんな間抜けな奴の顔を見てやるのも悪くない。

男がそう思って振り返って見る。
すると男は、顎が外れるほど驚いた。

追っ手は女だったのだ。

無論、ただの女であれば、男とて驚きはしなかっただろう。
しかし男は驚いた。
驚かざるを得なかった。
何故なら、自分を追いかけて来ている女に、男は見覚えがあったからだ。


―――その女の名は、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。

管理局執務官にして、かの“エースオブエース”や“夜天の王”の友人。
更には、彼女自身もオーバーSランクの魔導士だ。

―――そんな有名人が自分を追って来ている。

男は自分が逃げ切れないことを悟った。
だが、それでも引っ手繰りとしての意地がある。
そんな中、公園のベンチに座っている可弱そうな少女を見つけた。

―――それは一筋の光明。

男の脳に電撃が奔る。
即座に男は方向転換し、その少女に向かって突っ込んだ。
それは宛ら。

―――地獄に吊るされた蜘蛛の糸に縋る罪人が如く。

少女が立ち上がったにも関わらず、逃げようとしていないのにも気付かず。
男が少女を掴もうとした瞬間、男は“男”として死んだ。







必死の形相で男が突っ込んでくる。
キャロは冷静にそれを眺めていた。
やはりというべきか、キャロを人質にしようとしているようだ。
外れていてほしかったが、火の粉は払わなければならない。
面倒くさいなぁとキャロは思いつつ。


(まあ、狙った相手が悪かったと思って大人しくしてくださいね?)


男を追いかけている女が何か叫んでいるのを。
敢えて無視し、キャロは心の中で謝罪しながら。


―――両足の靴と両手のグローブに魔力を流した。


声には出さずキャロは紡ぐ。
男にとっての滅びを招く調べを。

―――第一・第二・第三“刻印陣”起動。

声なき調べに呼応し、魔力を流された両手のグローブと靴に刻まれた魔法陣が淡く桃色に輝く。
優しき色。
その色に嫌な予感を男が感じた時

―――“トリプルブースト”顕現。

三種ブースト魔法は発動し、その効果を顕す。
この間、僅か一秒足らず。
驚異的な速さで力・速さ・硬さをブーストしたキャロは迫りくる手を捌き、男の懐に踏み込む。
そのまま踏み込んだ勢い利用して右脚の爪先で股間を蹴り上げた。
確かな手応えと共に、男は白目になってうつ伏せに倒れていく。
それをキャロが避けると、男は顔面から地面に接吻した。
気絶している間に、“アルケミックチェーン”で縛りあげておくのも忘れない。

尚、余談ではあるがこの靴の靴底には鉄板を仕込んである。
それに、ブースト魔法による強化が加わった結果、何か“二つ程”潰したような手応えがあった。
だが、それが何なのかキャロには分からない。
しかし、この技は『男専用』だとハクメンから教わった。
そこに、何かヒントがあるのかもしれないとキャロは思う。

そんな事を考えている内に、追いついた女が近づいてきた。
一瞬、警戒を強めるが、それはすぐに杞憂で終わる。


「だ、だ、だ、大丈夫!? 怪我はない!?」


女が怒涛の勢いでキャロに質問してきたからだ。
どうやら、純粋に心配してくれていたのだとキャロは悟る。
ハクメンが心配するそぶりを見せてくれなかった為か、女の心配はキャロには新鮮に感じられた。
大丈夫だという事を伝えると、女性はようやく安心したようだ。


「そ、そっか。 怪我してないみたいで安心したよ。 でも今度からこんな危ない事しちゃ駄目だよ? 後それから・・・・・・」


安心してくれたのは良いものの、今度は女が何やら頓珍漢な事を言い始めた。
どうやら御説教のようだとキャロは悟り、右から左に素通りさせて、後からやって来た男達に犯人を渡す。
その際、男達全員が、顔を青ざめ内股になり、何やら恐ろしいモノを見るような目で女を見ながら去っていった。
なんなんだろう?と去っていく男達を見ながら首を捻るキャロであったが、未だに何か喋っている女に声をかける。


「だから今後は一切、ああいう危険なことは・・・」
「あの~、皆さん帰っちゃってますけど、いいんですか?」
「・・・へっ? い、何時の間に!?」


キャロの言葉で今更気づいたのか、女はかなり落ち込んだ。
だが、気を取り直したのか、キャロと同じ視線にまで身を屈めて自己紹介してきた。


「自己紹介が遅れたね。 私はフェイト、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。 貴女の名前はなんていうのかな?」


本来ならば、名乗る義理は無い。
たが、名乗られたからには、名乗り返すのが礼儀。
それがハクメンの教え。


「キャロ、キャロ=ル=ルシエと申します。 こっちが、相棒のフリードです」
キュクルー♪


素っ気無く自分の自己紹介をすると、キャロの肩に乗るフリードも顔を見せる。
それを見て女、もといフェイトは何か呟き、一瞬眉を顰めた。


「それじゃあ、ハラオウンさん、失礼します」


そう言ってキャロはこの場を去ろうとしたが、そうするよりも早くフェイトに引き留められた。


「ま、待って! 今日はもう遅いし、家まで送って行くよ!!」


まだ明るいのに何言ってんだろうこの人?とか思いつつ、今夜の宿を早く取りたいキャロは断る事にした。


「いえ、それはありがたいですが、今日はまだ宿をとって無いので結構です」
「や、宿?どうしてそんなのを?」


言いにくい事をずけずけと聞いて来るので、キャロは少し困った。
そんなキャロの態度に気付いたのか、フェイトは何やら真剣な顔をして暫らく考え事をし始める。
だが次の瞬間、突然とんでもない事を申し出てきた。


「ねえ、キャロちゃん? 泊る所を捜してるんだったら私の家に来ない?」


突然の申し出に、さしものキャロも唖然とするが、すぐに気を取り直して断る事にした。


「えっ・・・と、ハラオウンさんの申し出はありがたいのですが、さすがに今日初めてお会いした方の所に・・・」
「そっか、OKなんだね!? それじゃあすぐに行こう!!」
「・・・って聞いて無い!?」
キュク!?


フリードも驚いている。
キャロはこんな人、始めて見た。
そんな時、キャロは謎の電波を受信する。


キャロはフェイトに出会った。
フェイトはキャロを仲間に誘った。
キャロはフェイトの仲間になるのを断った。
フェイトは特技“話をスルー”を発動。
キャロの言葉はスルーされてしまった。
キャロの逃げ場は無くなった。
キャロは敗北した。

めでたし、めでたし。


「って、めでたい訳無いじゃないですか!」
キュク!?


突然受信した謎の電波を退け、キャロは逃走を開始。
フリードも驚いているが無視。


「あっ!ちょっと待ってよ~」
「待てと言われて待つ馬鹿はいません!」


こうして、「チキチキ第一回キャロとフェイトの鬼ごっこ」は始まったのであった。




この後、一晩中鬼ごっこを続けたが、朝になった時点でフェイトの方は仕事に行かなければならなくなったので、鬼ごっこはキャロの勝利に終わった。
脱げば脱ぐほど縮められる差に恐怖を覚えたキャロと悔しそうにその場を後にしたフェイト。
二人はそれからというもの、町中で会う度に鬼ごっこを繰り広げる事になる。
あまりのしつこさにキャロが根負けして降参し、フェイトに保護される事になるその日まで。

頑張れキャロ!


めでたし、めでたし。

―――完。


「めでたくなーーい!!」


夜空にキャロの心からの叫びが響き渡る。
お月様とお星様、ついでにフリードは、そんなキャロを優しく見守るのであった。











あとがき

友達に聞いたらGGは知っててもBBは知らないと言われた。
やはりブレイブルーはマイナーなのだろうか?



[22012] 邂逅! 現れる“少年” 英雄の退場
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/10/31 21:49
キャロがフェイトと壮絶な鬼ごっこを繰り広げていた頃、ハクメンは管理局の保有する“次元干渉系ロストロギア”の保管庫へ向かっていた。
しかしその道中、幾度となく“見覚えのある”機械の襲撃を受ける。

―――機械の名を“ガジェットドローン”

希代の天才科学者“ジェイル=スカリエッティ”の作り上げた“ガラクタ”。
無論、そんな“ガラクタ”程度にハクメンが遅れを取る訳もなく。

あるモノは斬り裂き、縦に横に斜めに両断。
またあるモノは蹴り砕き、粉々に粉砕。

次々と文字通りのガラクタにしていった。

そうして戦闘は早々と終わりを告げる。
ハクメンは、自らが築いたガラクタの山の傍で太刀を鞘に納め、一人佇む。
そんなハクメンの耳に、突如拍手の音が響いた。
振り向くとそこには、一年程前に殺したはずの男によく似た“少年”の姿。


―――この時、この瞬間より、新たなる闘いの幕が静かに上がる。







「いや~、お見事、お見事。 相変わらずの強さですね。 “ガラクタ”なんぞでは話にもならないようだ」


“少年”は拍手を止め、ひどく感心しているかのように喋りだす。
その顔に、その喋り方に、ハクメンは覚えがあった。

ほんの一年前、ハクメンをこの“世界”に連れて来た元凶。

その顔に瓜二つであったのだ。
たが、元凶は確かに滅した。
ならこの“少年”はいったい何者なのか?

ハクメンは内心では首を捻りながらも、油断せずに問う。


「貴様・・・・・・何者だ?」


相手が不審な動きをすれば即座に動けるよう構え直す。

―――「マガト」が見えた以上、この“少年”はまごう事無き“悪”。

そうだと分かる以上、ハクメンが隙を見せるはずもなかった。


「おお~、恐い、恐い・・・・・・んっ? もしかして“僕”の事分からないんですか?」
「・・・・・・・・・」

ハクメンは無言を以って同意する。
“少年”は少し困ったような顔になるが、何か閃き、口を開く。


「・・・ならこう言えば分かるかな?」


次の瞬間、“少年”の口調が。


「“私”だよ、君に殺された“ジェイル=スカリエッティ”さ」


―――変わった。


“少年”のモノから一年前に聞いた覚えのある“ソレ”への変化。
同時に、返ってきた答えに、ハクメンは思わず唖然とする。

―――あの時滅したはずの“悪”。

それが、何の因果か目の前にいるのだから。


「なん・・・だと!? だが貴様は確かにあの時・・・!!」


ハクメンは断ずる。

確かにあの時滅したのだ、と。
生きている筈がない、と。

けれどハクメンは、こうも思う。

―――なのに何故生きて、小さくなっている?

ハクメンの目に映る“少年”の身長は凡そ百三十センチ程。
対して中身はまるで大人の様で。

はっきり言って、見た目と中身が不釣合いなのだ。

まあ、口を開けば罵倒が飛び出す『道化』やマッドな『化け猫』の例があるとはいえ“少年”からは子供が背伸びをしているようには見えない。
そんなハクメンの疑問を他所に、“少年”はその言葉を待ってましたと言わんばかりに飄々と答える。


「そう、確かに“私”は君に殺された。 だからこうして“僕”が生まれたのさ」


ハクメンには意味が分からなかった。
殺されたから生まれるとはどう意味なのか?


「それはいったいどういう意味だ!」


堪らずハクメンは問うた。
すると、“少年”の今まで飄々としていた顔が不機嫌そうに歪む。


「簡単な事だよ。 “僕”は“私”の記憶をダウンロードした“クローン”っていうだけのことさ」


淡々と、忌々しそうに、“大人”の口調で“少年”は言った。
“少年”は尚も語る。


「・・・けどね、どうにもおかしいんだよ。 これが“私”の記憶であるのは確かだ。 なら“僕”は“私”になっているはずなんだが・・・どうにも“僕”には他人事に思える。 所謂自分が、自分であるという実感がないという感じだね。 どうしてだと思う?」


ため息を吐きながら、“少年”は一息つく。

嘗ての記憶を持っていても、それが他人事にしか思えないのだ、と。
自分は確かに“ジェイル=スカリエッティ”であるというのに、と。

“大人”の口調を以って“少年”は語る。

その姿を見て、聞いて、ハクメンも目の前にいるのは“別人”であると、危険であると判断した。

この手のタイプは、自分の分からない事があったりすると、周りの迷惑を考えずに行動する傾向がある。
その結果が、大惨事につながると分かっていたとしても、だ。

そう、あの―――『化け猫』のように。

ハクメンの危惧を他所に“少年”はまた、口を開く。


「そこで考えてみたんだ。 どうしてなんだろう?ってね。 そしたらね、意外とあっさり答えは出たんだよ。
要するに、“僕”は生まれて来たばかりの赤子も同然で、何も知らないし、何も得ていない。
本来、様々な経験によって得るはずの感情や知識は、すでに“私”の記憶として持っている。
だが“僕”はそれを実体験してはいない。
例え再び実体験したとしてもすでに識っている事。
そこに感動も生きている実感も得られないのさ。
つまり何が言いたいかって言うとね・・・」


“少年”はそこで一拍の間を取った。

より発言を印象付けるために。
より自分という存在をハクメンに印象付けるために。

“少年”は言い放つ。
その一言を。


―――“私”を殺した責任取ってもらいます。


と。
“少年”言い放つのであった。
これにはハクメンもすぐに反応を返す。


「知らん!」


何とも人聞きの悪い事を、ハクメンも一言で断ずる。
しかし、“少年”が今更その程度で引く筈も無く。
“少年”はしつこく食い下がった。


「え~、そんなの酷いですよ~。 貴方が“私”を殺さなかったらこんな事にはならなかったのに~」


“大人”の口調ではない。
まるで駄々を捏ねる子供のような“少年”。
そこに先程までの飄々とした顔はなかった。
その態度に、細くなった糸が切れるかのように、ハクメンの中のナニカがキレる。


「だからどうした! そのような事、私の知った事ではない!」


一瞬でハクメンは背から“斬魔・鳴神”を抜き放ち、正眼に構える。
それを見た“少年”も表情を引き締め、右腕に装着するデバイスを起動させた。



【THE WHEEL OF FATE IS TURNING】


「やれやれ、やっぱりこうなるんですか」
「我は空、我は鋼、我は刃!」


【REBEL1】


「でもまあ、二度も殺されてあげる程“僕”は優しくないので・・・」
「我は一振りの剣にして全ての罪を刈り取り、悪を滅す!!」


【ACTION!】


「―――やるからには、負けはしませんよ?」
「我が名は『ハクメン』! 推して参る!!」



両者は同時に動いた。
こうして、闘いは始まる・・・・・・と言いたいところであったが、決着は一瞬でついた。


「ポチッとな♪」


ハクメンが切りかかるよりも速く、“少年”が隠し持っていた謎のスイッチを押したのだ。
瞬間、ガラクタの山が消し飛び、ハクメンの周囲に十一個の蒼き宝玉が現れ、輝きだす。
同時に、ハクメンをこの『世界』に“定着”させていた“ナニカ”と共鳴し、全てを呑み込む次元震が発生した。


「くっ! これはいったい・・・何をした!!」


何とか呑み込まれないようハクメンは踏ん張ろうとするが全身に力が入らない。
たまらずハクメンは膝を突いた。

―――自分の内側からのナニカによる干渉。

その感覚にハクメンは覚えがあった。


(この感覚・・・・・・まさか“事象干渉”か!?)


ハクメンは戦慄する。
刹那の間ではあるが神にも等しき力を行使できる術『事象干渉』
それを一度は滅した悪が使うとは予想していなかったからだ。


「ふふんっ♪ こんな事も、こんな事もあろうかと! オリジナルの“ジュエルシード”を全部持ってきたんです! “僕”はまだ死にたくありませんから」


やはりこのセリフはロマンですぇ、などと呟きながらも。

―――“少年”の口は止まらない。


「でも、貴方には“私”を殺した責任があります。 だから、“ジュエルシード”にお願いしたんです。 貴方を未来に跳ばしてほしい、ってね!」


まるで始めての実験の成功を喜ぶ子供が如く。


「感謝してくださいよ? 態々そんな事の為に、オリジナルの“ジュエルシード”を全部使ったんですから」


平然と恩着せがましく得意げに“少年”は語る。
その顔をハクメンは殴りたかった。
だが、今となってはそれも叶わない。

―――ハクメンの体がどんどん薄れていく。

『現世』から乖離し始めているのだ。
もはや、もって数十秒といったところだろう。


「決着は未来でつける事にしましょう。 今の“僕”では貴方に勝てませんから。 それじゃあ、今度は未来で御待ちしていますよ? “僕”の“宿敵”さん?」
「・・・いいだろう。何度でも滅するまでだ。 精々首を洗って待っているがいい!」


こうして、捨てゼリフ、否、嵌められた今となっては負け犬の遠吠えにすぎない言葉を残し、ハクメンは一年ぶりとなる暗闇に身を落とした。


―――必ずその首を叩き落すと心に誓って。







次元震が閉じていく。
“私”を殺した“宿敵”を呑み込んで。
静かに、何事もなかったかのように閉じていく。

“少年”は黙ってそれを見ていた。

―――不思議な気分とでもいうのだろうか。

“少年”は思う。
“少年”は再びこの世に産まれてから生きている実感をもてないでいた。
やる事と言えば、嘗ての“私”らしい行動を繰り返すだけ。
理由は至って単純。

―――そうすれば、“僕”は“私”になれるかもしれない。

そう思ったからだ。

ウーノもドゥーエもトーレもクアットロもチンクもゼストも。
“僕”ではなく“私”を見ていることを“少年”は知っていた。

たからこそ、“僕”は“私”になりたかったのだ。
けれど、本当は分かっている。

―――“僕”と“私”は別人である、と。

しかし周りは“僕”ではなく“私”を求めている。

―――なら“僕”はいったい何なんだろう?

“少年”は疑問に思った。
疑問に思ってしまった。
疑問が出来たら、後の話は早い。

―――知りたい! 知りたい!! 知りたい!!!

無限というべき知識欲が“少年”から溢れる。

何処までも純粋で何処までも狂気的なりし“欲”。
食欲性欲睡眠欲なんぞを遥かに上回る“知識欲”。
それに果ては無く、終わりは存在し得ない。
故の無限、故の欲望。
故の。

―――『Unlimited Desire』


くつくつと、“少年”は笑う。
―――例えこの身は“クローン”であったとしても、この思いだけは“僕”のモノであると信じて。

“少年”は笑い嗤い哂いわらいワラウ。

幕は上がったのだ。
後は、どちらかが死ぬまで踊り続けるのみ。
その時まで。


「管理局“で”遊ぶとしますか♪」


“少年”はワライ、ウキウキしながら、案を練る。

―――“私”ではなく、“僕”を始める為の戦いの準備を。


因みにその後、“少年”がトーレに追いつかれて研究所に連れ戻され、ウーノにたっぷりと説教をされる事になるのは余談である。




かくして、英雄は『現世』を離れ、幼き狂気の科学者は戦いの準備を始めた。
ここより、物語は未知の領域へと踏み込んでいく。
物語が如何なる終焉を迎えるのか?


―――知る者は誰もいない。











あとがき
本作人気?キャラの登場の巻でした。



[22012] 幕間 ザフィーラ
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:4a784f4f
Date: 2010/12/05 02:48
これは本編の始まる二年ほど前の話。
ハクメンに敗れたザフィーラが強くならんとするお話。
この日、蒼き狼は目覚める。









訓練場に轟音が響く。
ぶつかり合うは三つの影。

一つは八神はやてが誇る“ヴォルケンリッター”が盾の守護獣『ザフーラ』
もう二つはギル=グレアムが誇る使い間『リーゼアリア』・『リーゼロッテ』

蒼き狼と双子猫。
三者が幾度と無く激突する音であった。


「ふんっ!!」
「させない・・・!!」
「―――しつこいんだよ!!」


ザフィーラが剛拳を振るう。
リーゼアリアがバインドを発動させザフィーラを縛る。
リーゼロッテがカウンターを繰り出しザフィーラを殴り飛ばす。

それをもう何度繰り返したのだろうか?

ある日突然、ザフィーラが地球のグレアム宅を訪れたところから始まった模擬戦。
二対一による不利な状況下で、ザフィーラは格上の相手を打倒する術を編み出すべくグレアム宅を訪れたのだ。
生憎アルフは地球のハラオウン家で育児の手伝いをしているので、ザフィーラとしても癪ではあったのだがグレアムを頼らざるを得なかった。
当然の事ながら、リーゼ姉妹はこれを拒否。
仮にも昔は永久に封印しようとした相手を強くする為に協力するなど、彼女達からすれば死んでも御免だった。
そんな彼女達が何故今ザフィーラと戦っているのかといえば答えは単純明快。

主、ギル=グレアムに命じられて仕方なく、である。

さしもの彼女達も主の命とあっては否とは言えなかった。
故に彼女達は手加減抜きの全力且つ殺す気でザフィーラとの模擬戦に臨んでいる。

その結果、一方的に傷を負うザフィーラ。
傷一つないリーゼアリアとリーゼロッテ。
であるにもかかわらず・・・

―――ザフィーラよりも二人の方が疲弊していた。

無論、肉体的にではない。
精神的に、だ。

いくら殴ろうと蹴ろうと投げようと縛ろうと撃とうとザフィーラは怯まない。
否、怯もうとしない。
野生の獣の勘、或いは長年蓄積されてきた守護獣としての経験とでも言うべきか。
どんな攻撃も致命傷になることだけは避けている
それどころか更に動きのキレを上げてさえいるのだ。
そのキレの上がり様は正に天井知らず。
このままキレが上がり続ければ二人でも対処できなくなるほどのもの。
これで傷だらけというのだからありえない。

そのありえない現実が姉妹の精神を疲弊させていた。


「はぁ・・・はぁ・・・・・・いい・・・加減・・・」
「あきらめ・・・・・・なさいよ・・・・・・」


アリアとロッテは息も絶え絶えになりながらも口を開く。
優位に立っているのは、勝っているのは自分達であるにもかかわらず・・・

―――彼女達はその男の意思に気圧されている。


「できぬ」


一言。
ザフィーラはただ一言、淡々と答えた。

その目に迷いは無く。
その言葉に偽りは無い。

答えた後再びザフィーラは、もう何度目になるか忘れるくらい再び二人に向かって突撃し、剛拳を振るう。


「こ・・・んの・・・・!!」
「クソ狼がぁ・・・・・!!」


剛拳に対応すべく二人もまた、もう何度目になるか忘れるくらい再び迎撃行動に出た。
一瞬の後、三者は訓練場の中央の空にて激突する。


「真正面から・・・打ち砕く!!!!」
「真正面から・・・!!」
「―――迎撃する!!」


剛拳が唸る。
バインドが捕らんと動く。
捕らえた所を殴り飛ばさんと翔ける。

結果、ザフィーラの剛拳はバインドに絡み捕られ、動きが止まった所を殴り飛ばされる。

先程までなら、そうなる筈だった
そう・・・

―――先程までならば。

バインドによって拘束される寸前、ザフィーラの体に変化が生じる。
人型から狼型への強制変化。
それはいくら肉体の疲労を無視し、精神力で補おうとも限界はあることの証。
限界を超えたツケが、人型から素となった素体、即ち狼の形態へと肉体を強制的に戻そうとしているのだ。
ザフィーラの限界。
守護騎士として、プログラム生命体として生み出された存在の限界。


(ここまで、ここまでなのか!?)


肉体が人のものから狼のソレへ変わり行く中、ザフィーラは歯噛みしながら思いだす。

あの日、己を一蹴した男の背中を。
己を“狗”呼ばわりしたあの男の背中を。

屈辱だった。
―――名乗らせる事さえ出来ずに一蹴された己が。

情けなかった。
―――一蹴される程に弱い己が。

だから誓ったのだ。


「盾の守護獣ザフィーラを・・・」


主を守る盾の守護獣として、“夜天の王”八神はやてに仕えしヴォルケンリッターの一人として・・・


「―――なめるなぁああああああああ!!!!!!」


―――二度と負けないくらい強くなってみせると。


雄叫びが訓練場に木霊する。
全ては変化を、獣としての本能を、守護獣としての防衛機能を・・・

―――意地でも止めんが為に。

結果、変化は止まり、中途半端に肉体を変化させるに留まらせた。
人の腕ではなく、狼の爪を備えるソレへの変化。
突然の変化に、剛拳は剛拳足りえず、その機動を変化させる。

点から線へ、とでも言うべきか。

相手に叩きつける拳を点とするならば、今のザフィーラの攻撃の軌道はまさしく線のソレ。
剛拳を叩きつける打突から、狼の持つ爪による引き裂き攻撃へと変化したのだ。
その引き裂き攻撃は・・・

―――拳を絡め捕る寸前であったバインドを紙切れの様に引き裂く。


「んなっ・・・!?」
「―――馬鹿な!?」


これにはさしものアリアとロッテも驚きを隠せない。
ザフィーラの実力をアリアとロッテはよーく知っている。

前述の通り、過去、彼女達はザフィーラと幾度となく戦った。
初めて戦ったのは約十八年前。
クライド=ハラオウンを犠牲に闇の書をアルカンシェルで消滅させた事件の時のこと。
それから再び闇の書が起動するまでの十年間、彼女達は闇の書について研究を怠ることはなかった。

あの事件の後、弟子を自らの判断で殺してしまったことを悔やんでいる主を知っているから。
弟子が死んでしまった事を悲しんでいる自分達を知っているから。
夫が死んだのを、子供の前だからと嘆く事を懸命に我慢していた女を知っているから。

彼女達は最後の時まで主に応え様と奮闘したのだ。
組織の中で築いた信用も、師としての信用も全て切り捨て、ただ主の願いを叶えんが為に。

結果は彼女達の目論見を遥かに超えてのハッピーエンド。
その結果に納得した訳ではない。
それでも納得しなければ主に重き咎が課せられる。
だからこそ、彼女達は甘んじて怨敵の命を見逃した。

ともかく、彼女達はヴォルケンリッターの実力を知り尽くしている。
にもかかわらず・・・

―――今の様なザフィーラを彼女達は知らない。

否、理解できない。
彼女達はヴォルケンリッターをヒトとして見ていなかった。

所詮はプログラムなのだと。
何人もの主を死なせてきた最悪の魔道書の生み出す仮想生命体にすぎないのだと。

―――思い続けていた。

だからこそ驚きを隠せない。
今まで引き千切る事すら敵わなかったバインド。
爪を備えた程度で容易く引き裂かれるとは思いもしなかった。

何はともあれ、バインドが引き裂かれた時点で連携は失敗。
それどころか、ここぞと言わんばかりにザフィーラから怒涛の反撃が来るであろう事を彼女達は悟る。
反撃を警戒して攻撃から防御に態勢を変更しようと動く。
しかし今まで一方的に攻撃してばかりであった所為か、何時もならすぐにできる攻守の変更を、変更の際一瞬体を硬直させてしまう。
それは紛れも無く・・・

―――ザフィーラが次の攻撃を仕掛けるのに十分な隙となりえた。


「うおぉおおおおおおおおお!!!」


腹の底から雄叫びを上げながら、ザフィーラは宙を蹴って翔ける。
戦術もなにもあったものではない。
ただ只管に無我夢中で、ザフィーラは動いていた。
ザフィーラは思う。

体が軽い、と。
全身に今までに無いくらい力が漲る、と。
今なら・・・今なら誰にも・・・・・・

―――負ける気がしないと!!!


「お・・・」


ザフィーラが両拳を組んで振り上げる。
位置は二人よりやや上。
叩きつけ攻撃をするには絶好の位置取り。
ザフィーラはそのまま迷うことなく・・・


「―――おぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


―――組んだ両拳を振り下ろした。


組んだ両拳による鉄槌の如き一撃。
その一撃は二人を纏めて地面に砲弾の如き勢いで叩き落す。
そのまま地面に着弾していれば大ダメージは必至。
ザフィーラはそれを許さなかった。
今までのお返しと言わんばかりに、二人が地面に叩きつけられるよりも速く、二人と地面の間に回り込み・・・


「ぬぅううううううううんっ!!」


―――今度は組んだ両拳を振り上げ、空へと打ち返した。

ザフィーラは止まらない。


「はあぁああああああああっ!!」


二人が再度空へと行けば、再び回り込んで地へと叩き落し・・・


「とおぉおおおりゃあぁああああああ!!!!」


―――二人が再度地へと墜ちるならば、再び回り込んで空へと打ち返した。

何度も何度も何度も何度も何度も。
繰り返し繰り返し叩き落し、打ち返し続けた。
この時既に、二人が意識を失っているのにも気付かずに。

そんな悪夢のような所業も漸く終わりを告げる。
何度目かの叩き落しの際、ザフィーラの回り込むよりも先に、二人が地面に着弾したのだ。


「テオァアアアアアアア!!!」


止めと言わんばかりにザフィーラが吼える。
同時に、アリアとロッテの周囲の地面に正三角形の魔方陣が浮かび上がり、そこから幾重もの拘束条が飛び出した。

―――“鋼の軛”

盾の守護獣ザフィーラが得意とする拘束魔法。
地から出で、如何なる者をも貫き、地へと繋ぐ拘束魔法。
それにより、二人は纏めて地から出でし軛に繋がれる羽目になった。

もっとも、既に意識を失っているのであまり関係は無いのだが。

ザフィーラはそれを見届け、地面に着地。
同時に意識を失うのであった。




この後、驚異的な速さで傷を癒したザフィーラとリーゼ姉妹は幾度と無く壮絶な模擬戦を繰り広げお互いを高めていく事になる。
その頻度たるや、週に一回は必ず繰り広げるほど。
その所為でザフィーラは一時アルフから浮気を疑われる羽目になったのは余談である。











あとがき

ザフィーラの修行風景?です。
こんなもんですが如何でしょう?



[22012] 開幕 リリカルなのはsts 異なる歴史
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/11/07 20:41
“少年”の罠に嵌められたハクメンが次元震に呑まれてから早三年。
時は新暦75年某月某日。
これより、本来とは違う歴史が始まる。






早朝。
まだ起きている人の少ない時間帯。
公園に十数人の大人達がギャラリーとして円を成していた。
その中心で二人の子供が対峙している。

片や槍を持った赤髪の少年・エリオ。
片や何も持たぬ桃髪の少女・キャロ。

一触即発の一歩寸前といったところであろうか?
両者の間に緊迫した空気が漂う。
その張り詰めた空気に、ギャラリーも唾を呑み込みながら見守る。
そして、両者の間にいる白竜・フリードが羽ばたくと同時に開始の合図を告げた。


キュクルー!


フリードの声が公園内を木霊する。
瞬間、両者は同時に動いた。
エリオはバリアジャケットを纏い、掛け声と共に地面を蹴って前に出る。
対するキャロはバリアジャケットを纏わずに地面を蹴って前に出た。

先手を取ったのはエリオ。
リーチの長さに物を言わせての先制攻撃だ。


「はあぁぁぁぁぁぁ!!」


エリオは槍を上段から下段へと一直線に打ち込む。
柄を短く持ちながらの振り下ろしに前進する力を加えることで、打撃力を増加させる一撃。
それでも子供のエリオでも骨を折るくらいは容易く出来る一撃だ。
当たれば只ではすまないだろう。

―――そう・・・当たれば。


「はっ・・・・・・!!」


キャロは鼻を鳴らして左手の甲を相手に向け、対刃物用の構えで捌いた。
捌かれた槍は無残にも空を切る。
捌いた後は更に踏み込んで懐に入り、右正拳突きを叩き込もうとするキャロ。
しかしそれよりも速く、捌かれた槍が地面に直撃し土煙を起こす。
その際生じた衝撃波は予想外だったのか、キャロは僅かばかり体勢を崩し、隙を見せる。
エリオはそれを見逃さなかった。


「ふっ!」


初撃を捌かれたエリオはすぐさま一旦距離を取るべく土煙に紛れ、一息で後ろに跳んだ。
超接近戦で槍は不利だと判断したのだろう。
仕切り直しを狙っているのだ。


「逃がさない!」


一歩出遅れ、キャロも後を追って更に前へ出るが、エリオの方が一歩分早く着地。
そこからエリオは柄を長く持ち変え、キャロを近づけさせまいと刺突の連撃を繰り出す。


「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」


その連撃、正に槍衾が如く。
近づくのを許さぬ槍の結界と化していた。

そんな連撃を・・・


「フッ! シッ! いや! つあ! でぇい! せいあ! とぉりゃあ!!」


―――キャロは両手を使いながら対刃物用の構えで尽く捌いていく。


「くっ!」


止まらない。
どれだけの連撃を放とうとも、キャロは止まらないのだ。

そんなキャロの相変わらず見事な捌きに、エリオは歯軋りする。
初めて闘った時から、捌きに更なる磨きがかかっているのをエリオは改めて悟った。
エリオとて成長していない訳ではない。
寧ろキャロと出会ってからの三年間、エリオなりにキャロに追いつこうと努力してきた。
にもかかわらず、何時まで経っても埋まらない。
それどころか、益々広がっていく“差”にエリオは苛立ちを隠せなかった。


「このっ!!」


それでも近づけさせまいと、エリオは刺突の連撃から槍の柄による足払いに切り替え、キャロの態勢崩しを狙う。
だが・・・


「残念・・・・・・みえみえだよ!!」


―――キャロはそれを読んでいた。

キャロは足をひっかけられる前に地面を蹴り、半身になってエリオの懐に跳びこむ。
そのまま遠心力に物を言わせ、右飛び回し蹴りをエリオの脇腹に向かって放った。


「シッ!!」
「ぐうっ・・・!!」


右飛び回し蹴りがエリオの右脇腹に突き刺さる。
激痛と共に今度はエリオがたたらを踏んだ。

バリアジャケットを纏っていなければ、間違いなく肋骨がへし折れていたであろう一撃。
靴底に仕込んである鉄板による威力の増幅もさる事ながら、キャロ自身の蹴りの威力も半端ではない。
しかも衝撃が“徹る”というのだから始末が悪いのだ。


(同い年なのに・・・この“差”はいったい何なんだ!?)


激痛に身を捩りながら、毎度の疑問が一瞬、エリオの頭を過ぎる。
だが戦闘において、一瞬でも他事に気を取られたエリオをキャロは見逃さない。
キャロはすかさず左足一本で着地すると同時に、勢いを殺さず一回転。


「“蓮”・・・」
「しまっ・・・!?」


奥歯を噛み締めながら、更に回転の速度と勢いを上げ、右足による足払いを繰り出す。
反応が遅れたエリオに避けられる筈も無く。
あっさりと足を刈られて宙を舞い、地面に尻をつく羽目になった。
それでもエリオはすぐに立ち上がろうとするが、そうするよりも早くキャロは更に一回転。


「―――“華”!!」


益々速度と勢いを増しての中段右回し蹴りが放っていた。
そう、見た目と練度に差異はあれど、キャロが繰り出したのは紛れも無くハクメンの得意技。

“蓮華”

そのものである。


「くそっ・・・!!」


汚い言葉を吐き捨て、エリオは目を瞑った。
痛みに備えるためだ。
だが、何時まで経っても痛みはこない。
不思議に思ったエリオは目をうっすらと明ける。
すると当たるぎりぎりところでキャロの足は止まっていた。

―――あと少しで顔面に突き刺さっていたであろう足。

冷や汗がエリオの額を伝い、頬を流れる。


キュクー!


その時、それまで!といわんばかりに、フリードの鳴き声が響いた。
同時に、喝采と悲鳴がギャラリーから漏れ、空にはトトカルチョの紙が舞う。
こうして、第三十一回「キャロとエリオの朝稽古」は終わるのであった。




「すげえなぁキャロちゃん!」
「相変わらず強いねぇ~!」
「是非、うちの子供の嫁に・・・!!」


朝稽古の最後にする組み手を終えると、キャロはギャラリーの人達に声をかけられた。
その後、一人一人に挨拶を終え、ふらふらしているエリオに肩を貸してフリードと一緒に三人で公園を後にする。
キャロがフェイトに“保護”されてから早三年。
色々な事があった。

掃除・洗濯・食事の準備。
居候の身として当たり前の事をしつつ、それに平行して心身の鍛錬・魔法の研究・開発・改良・“刻印陣”の追加。
「ハラオウンさん」と呼ぶ度に、今にも泣き出しそうな顔になるフェイトの為「フェイトさん」と呼ぶようになったり・・・

自分と同じく、フェイトに保護されたエリオと出会い。
軽く組み手をしてみると、あっさり倒してしまった為、対抗意識を燃やされるようになり、以後何度かフェイトには秘密で組み手をするようになったりと・・・

―――本当に色々な事があった。

こうした日々を楽しいと思いつつも、キャロはハクメンと自分とフリードの三人で過ごした、厳しくも暖かい日々を決して忘れること無く、自らの“牙”を研ぎ澄ますのも忘れない。
エリオには何度か一緒に管理局に入らないかと誘われているが、キャロは全て断っている。

―――何時の日かハクメンの『世界』を見つける為にも、無駄な時間を過ごしている暇はない。

そう考えているからだ。
確かにあの日、キャロはハクメンと別れた。

ハクメンは違う『世界』の住人。
もう二度と会うことが出来ないであろう事も理解している。

それでもと、キャロは思うのだ。

―――会いたい。

と。
その思いが恋か、それとも父親に向ける様なモノなのかはキャロにも分からない。
それでも、会って話して見て聞いて怒られて褒められて慰められてまた三人一緒でいたいと、そう思うのだ。

そんなある日、キャロの下に一人の女性が訪ねて来た。
その女性との出会いが、キャロにとって新たなる転換期を迎える。






はやては未だ揃わぬ<ライトニング分隊>最後の一人を捜す為に、奔走していた。
たが、中々「これだ!」と思えるような人材は見つからない。
そんな時、既に<ライトニング分隊>への配属の決まっているエリオが悔しそうに、フェイトにとある少女の話をしているのを耳にした。


曰く、バリアジャケットを纏っている自分が、魔法無しでぼこぼこにされる。
曰く、魔法ありの戦闘になったら、これまた手も足も出ずにぼこぼこにされる。
曰く、竜召喚士である。
曰く、尊敬している人がいる。


あとは、どうして自分を見てくれないとかなんとかという思春期特有の甘酸っぱいモノになったので聞き流す。
フェイトはその話の少女について驚きつつも、悔しそうにするエリオを慰めていた。
その光景を見て、ぴんっと、はやての脳内に電流が奔る。
急いでその場を離れ、管理局に登録されてある召喚士のデータを調べてみると、ビンゴ。



キャロ=ル=ルシエ

年齢:10歳
出身:第六管理世界 アルザス地方少数民族「ル=ルシエ」
生年月日:新暦65年XX月YY日
魔導ランク:C
レアスキル:竜使役(固体名:フリードリヒ)
保護者:フェイト=T=ハラオウン



何故気付かなかったのだろうか?
こんな近くに“使えそうな”人材が埋まっていた事に。

はやては問題が一気に片付く事を喜んだ。
たとえ相手が何だろうと、自慢の口説き文句で引っ張り込んでみせると、心に誓って。


「まっとれよ~! 必ずゲットしたる!! ・・・とその前に、フェイトちゃ~ん」


スカウトに行く前に、彼女の保護者であるフェイトに話をつけておく事にした。
子供好きなフェイトの事だ。
話もせずに“保護”している子をスカウトしましたなんて言ったら怒るのは目に見えている。

こうして、はやてはキャロをスカウトすべく動き出すのであった。






キャロは困っていた。
フェイトの友達を名乗る八神はやてという人が、突然自分を訪ねて来て「新設される部隊のフォワードとしてスカウトしたい」と言ってきたからだ。

尚、この際自分の事は「はやてさん」と呼んで欲しいと言われたのは余談である。

しかし、キャロはこのスカウトに乗ることには少し抵抗があった。
今まで何度もエリオの誘いを断ってきたのも理由の一つだが、目の前にいる人がどうにも胡散臭く感じたからだ。

とはいえ、聞けば少数精鋭の実戦的な部隊なのだとか。
ハクメンも「実戦に勝る鍛練無し」と教わっていたキャロは更に困ってしまった。

故に、キャロは意を決して提案する。


「すいません・・・条件があるんですが、ダメでしょうか?」
「条件・・・? えっと、どういう条件か説明してくれる?」


はやての表情が少し変化した。
所謂、腹黒狸っぽい顔に。


「はい、管理局には属さない外部協力者と形にして欲しいんです」
「・・・理由を聞かせてくれる?」


キャロの言う条件に疑問を感じたのか。
はやてはどういう意味で言ったのか尋ね返す。


「私は“人”を探しています・・・もし管理局で働く事になれば、その“人”を探しに行く時間が無くなるかもしれません。
だから・・・外部協力者という形でいいなら、この話、受けさせていただきます」


キャロは真っ直ぐはやての目を見ながら言った。
はやてはすぐさま管理局が捜すのを協力すると代案を出すが、キャロはこれを拒否。
自分だけの力で捜したいのだとキャロは言う。
その真剣な目を、揺るがぬ目を見て、はやては無駄だと悟ったのか、渋々とではあるがキャロの提案を受け入れた。
ただし、条件付で。


「・・・話はわかった。キャロちゃんの言う通りにするわ。
ただし、そんだけ大口叩くからには、どれだけの実力があるか試させてもらうで?」


―――お前のような子供(ガキ)に出来るのか?

なんて言っているかの如き挑発。
見え透いた挑発ではあるが、キャロは敢えてのる事にした。


「・・・わかりました。 納得していただけるよう頑張ります」
キュクルー!


フリードも頷く。
すると、はやては少し楽しそうな顔に表情を変えた。


「なら、話は早いな。 一週間後、特別に陸戦魔導士Bランク昇格試験を受けれるよう手配しとくから、これを受けて一発で合格できたらOKや。 それじゃあ・・・」


―――楽しみにしとるで?


そう言い残し、はやてはフェイトの家を後にした。
その後、自分の選択が正しかったのかどうかに迷いつつも、キャロは一週間後に備えるのであった。






一週間後、試験会場のビルの上。
スタート地点に到着したキャロは、自分の装備の確認をしていた。


(“刻印陣”―――問題なし。 ダガー・ナイフ―――研ぎ済み。 フリード―――体調良好、っと)


少し緊張しているのか、何時もより装備等の確認時間が長い。
一方、そんなキャロの姿を他所に、上空から試験を見守る筈のフェイトとはやては喧嘩をしていた。


「はやて! どうしてキャロの出した条件を呑んだの!? 別に無理にキャロじゃなくてもいいはずだよ!?」
「だから~それは部隊長である私が決めることやって、って何回も言いよるやろ!!」

「はやて! 私真面目に聞いてるんだよ!!」
「やかましい! 文句あるんやったら止めてみせえ!!」

「「・・・・・・・・・・」」
「「表に出ろ(え)!!」」


ヘリのパイロットの冷や汗を他所に喧嘩は続く。
どうやら、もう暫くかかりそうだ。

そんな上空で起こっている事など知らないキャロは思考を戦闘態勢に移行していた。
何時でも動けるように構えなおし、開始の合図を待つ。

程なくして、レースが始まるかのように試験は始まりを告げた。

開始の合図と同時に、キャロは一瞬で片靴の“刻印陣”を起動させ、三種の自己ブースト魔法をかけて地面を蹴る。
その瞬間、キャロは一陣の風となった。

スフィアから打ち出される魔法を時には避け、時には弾き、強化した拳や足でスフィアを直接殴り壊し。
撃ちもらしや手の届かない所にあるスフィアはフリードの“ブラストフレア”で確実に落としていく。

順調に課題をこなして進むキャロとフリードであったが、最後に現れた大型スフィアによって足止めされた。


「位置は分かるけど距離がありすぎて近づく前に撃ち落とされる可能性が高い、か」


キャロは冷静に状況を分析する。
無理矢理突破するのも出来ない訳ではない。
しかし、だからといって無茶をする気も無かった。


「仕方ない・・・」


―――“やる”よ、フリード!
キュクー!


フリードが頷く。
それを受けて、キャロはマントを翻した。

―――第零“刻印陣”起動。

声無き調べと共に、マントに刻まれた“刻印陣”に魔力が流れる。
その魔力に魔法陣が呼応し、桃色に淡く輝かしき時。

―――“竜魂召喚”顕現。
シギャアァアアアアア!!!

雄叫びと共に、全長10メートルを超す白銀の“竜”が世界に降臨した。
キャロは真なる姿を現したフリードに飛び乗り、更なる“刻印陣”を起動させる。


「第四“刻印陣”起動“―――カルテットブースト”顕現!!」


新たに一つ加わった四種目のブースト魔法。
それをキャロは今まで自身の強化に回していた三種のブースト魔法と併せて真の姿になったフリードに叩きつけた。
一瞬にして攻撃力・防御力・機動力をブーストし、も一つオマケにフィールド貫通能力までも付加。


「フリード!!」


キャロはフリードの名を呼んだ。

他に何も言わない。
何かしろと、言わなくとも命じなくとも只一言。

―――名を呼ぶ。

それだけあれば十分なのだと言わんばかりに。
有りっ丈の信頼を込めて、キャロはフリードの名を呼んだ。


シギャアァアアアス!!


フリードが吼える。
それは主の命に応える従者の如く。
何かしろと、言われずとも命じられずとも只一言。

―――名を呼んでくれるのなら。

主の信頼に応えて当たり前だと言わんばかりに。
全身全霊全力全開を以って応えるべく、フリードは“魔法”を唱えた。

唱え、紡ぎ、顕現するは“高速飛翔”の魔法。
ただ速く、只管に速く動く為“だけ”の魔法。

その魔法を以って・・・


「我らが疾走、何人にも止められはしません!!」


―――“白竜”フリードリヒは一条の流星となりて翔ける。


「竜星疾走!! “シューティングスター”!!」


瞬間、フリードはキャロを背に乗せたまま、ゴールに向かって一直線に翔け抜けた。
それはさながら、夜空に流れる一条の流星が如く。

―――目の前に立ち塞がるモノ全てを破壊し、消滅させた。

フリードの駆け抜けた後に残りしモノは、大地に刻まれた巨大な爪痕のみ。
喧嘩していたはやてとフェイトも思わず目を疑う。
そのあまりの威力の出鱈目さに、危険行為と見なされかけたが、こんな魔法を使う者をCランクに留めておく方が危険という事で、キャロは見事?試験合格になるのであった。




かくして、更なる成長を遂げた竜の巫女は表舞台に姿を現した。
本来の歴史とは異なる彼女の参戦が、如何なる物語を紡ぐのか?


―――知る者は誰もいない。











あとがき

漸く本編スタート。
暫くはハクメン抜きで進めますのでご容赦を。



[22012] 初訓練 機動六課始動
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:4a784f4f
Date: 2010/11/13 18:55
見事?試験に合格したキャロ。
本来の歴史とは違う強さを持つ彼女は、新設部隊「遺失物管理部機動六課」に所属する事になった。

時は新暦75年某月某日。

ミッドチルダという名の舞台で物語は始まる。






機動六課隊舎近くに位置する海岸。
その近くに隣接する訓練スペースで、今まさに第一回模擬戦訓練が始まろうとしていた。

開会式終了後、すぐに連れてこられたフォワード陣は、まずは軽く走らされた。

尚この際、四人による軽いデッドヒートが繰り広げられ、暇人共のトトカルチョの対象になったとかならなかったとか。

それはさて置き、走り終え集合すると手元に戻ってきたデバイスの調子を確かめている。
もっとも、キャロはデバイスを持っていなかったので、軽く呼吸を整える程度であったが。

因みにキャロがデバイスを持っていない事を知った際、既に知っていたフォワード陣を除いた二人。
高町なのはとシャリオ=フィニーノはかなり驚いていたのは余談である。

それもさて置き、訓練スペースに移るとなのはが説明を始めた。


「私達の仕事は、捜索指定ロストロギアの保守管理」


なのはの説明が訓練場に響く。
それに呼応するかのように、地面に水色の魔方陣が浮かび上がった。
魔方陣・・・それも召喚陣だ。
フォワード陣は各々警戒を強め、何時でも動けるように構える。


「その目的の為に、私達が戦う事になる相手は・・・これ!」


なのはがそう言うと、魔方陣から円筒形の何かが出てきた。
驚くフォワード陣であったが、すぐに落ち着き、現れたソレを観察する。
続いてシャリオこと、シャーリーによるターゲットの説明が始まった。


「自立行動型の魔導機械・・・これは近づくと攻撃してくるタイプね」


―――攻撃は結構鋭いよ?


シャーリーは軽く笑いながら、場の緊張を解すかのように告げる。
最後になのはがミッション目的を説明して締め括った。


「じゃあ、第一回模擬戦訓練、ミッション目的―――逃走するターゲット八体を破壊、または捕獲、十五分以内!」
「「「「はい!」」」」


空気を引き締めるかのように、なのはの声が響く。
フォワード陣は元気よく返事した。


「それでは・・・」
「ミッション・・・」

「「―――スタート!!」」


なのはとシャーリーの声が訓練スペースに響き渡る。
同時に、ターゲットは逃走し始めた。

こうして、第一回模擬戦訓練は始まる。







開始直後、スバルは二手に分かれたターゲットの片方四体を追うべく前に出た。

今回のパートナーはエリオ。
前衛二人での共同作業だ。

スバルは愛用のローラーブーツで風を切りながら地面を滑る様に駆ける。
徐々に速度を上げ、視界に逃走中のターゲットを納める。


「はあぁぁあああああ・・・」


スバルは気合を入れながら地面を蹴って跳んだ。

―――高く高く、何処までも高く遠くへ飛んでいける鳥のように。

今度は空から逃げ惑うターゲットを視界に納める。
そこからスバルは空中で構えを取った。

左手を前に出し、右手を引く正拳突きの構え。

同時に、右手のナックルスピナーが高速で回転を始める。
あまりにも高速回転に、周囲の空気と魔力が混合。
回転するナックルスピナーの中心、即ち右拳の前に魔弾は形成された。


「―――はっ!!」


そのまま小手調べと言わんばかりに、スバルは右正拳突きを振り下ろすように繰り出す。
分厚い壁をも打ち抜きそうな拳に押され、魔弾は射出された。
これぞスバルオリジナル射撃魔法。
ナックルスピナーの回転よって生まれる衝撃波を撃ち出す魔法。

―――“リボルバーシュート”。

放たれた“リボルバーシュート”が逃走するターゲット四体に迫る。
謀らずしも偶然、一網打尽にするようなタイミング。


(ありゃ・・・・・・四体撃墜かな?)


タイミング的にかわせるはずが無いと、スバルは地面へと落下しながらそう思った。
たが、その予想はあっさりと覆される。
当たる直前でターゲット達は素早く散開する事で回避。

“リボルバーシュート”はあっけなく空を切る羽目となったのだ。

スバルは落下しながらそれを見て着地する。
その顔には僅かばかりの驚きがあった。
あのタイミングでかわされた事に少し驚いたようだ。


「へえ~、結構早いんだ?」


しかしすぐに不敵な笑みへと変えながらスバルは呟く。
小手調べのつもりだったとはいえ、あっさりと回避できるくらいの機動力はあるようだと、スバルはターゲットの評価を改めた。
攻撃をかわしたターゲット達は、そのまま逃げて行く。

―――ティアナの作戦通りに。

相方の狙い通りに事を進めているのを喜びつつ、スバルはこの先で待ち伏せしているであろうエリオと挟み撃ちすべく、再度走り出す。




その光景とターゲット四体がやって来るのをエリオは橋梁上から視認していた。
どうやらスバルがうまく追い込んだのだとエリオは察する。


「ストラーダ・・・うまくいくかな?」


徐々に近づいて来ているターゲットを前に、エリオは“相棒”に尋ねた。

仮にも初めての訓練。
顔合わせも済んだばかりの見知らぬ人と一緒の訓練に緊張しないほど彼は大人びてはいない。
ましてや負けたくない、何時も気にしている相手が近くにいるのだ。
緊張するのも無理は無い話である。

答えはすぐに返ってきた。


《No,problem》


微塵の迷いも無く、コアを輝かせながらストラーダは答えた。
まるで、それが当たり前の事であるかのように。

エリオは顔が緩むのを自覚した。
キャロに負けてばかりの情けないエリオを、いつもストラーダは信じてくれている。
その度に、エリオは救われていたのだから。

―――ならば、その信頼に応えない訳にはいかない。


「うん、そうだね・・・じゃあ行くよ、ストラーダ!!」
《All right》


気合を入れなおし、エリオはストラーダを構えて橋梁上から軽く飛び降りた。
落下してからすぐに壁へと足を着ける。
同時にエリオは叫んだ。


「カートリッジロード!!」
《Lord cartridge》


無機質な声が響くと同時に、ストラーダから高密度の魔力を圧縮していた薬莢が排出される。
瞬間、エリオの魔力は一気に高まった。
続けてエリオは壁へと着けた足に力を込める。


「ソニック・・・」
《Sonic》


エリオの足元に黄色い三角形の魔方陣が発生すると同時に・・・


「―――ムーブ!!」
《movie》


―――魔法は発動し、エリオは一条の閃光となって駆けた。

とんでもない速さでターゲット達に迫るエリオ。
ターゲット達がエリオを感知した時には時既に遅く。

―――一体のターゲットをストラーダで貫いていた。

爆散するターゲット一体。
そこで漸く残りのターゲット達も行動を開始。
射撃魔法を展開してエリオを引き離そうとするが・・・

―――エリオの加速には着いて行けず、無駄に終わる。

エリオは思う。
確かに素早い、と。

エリオの取るであろう次の行動を読んでいるかのような動き。
機械という事も相俟って完璧な連携を執って弾幕を張ってくる。
だけど、とエリオは思う。

―――この程度の弾幕など、キャロの“アレ”に比べれば・・・!!


「ぬるいよ!!」


裂帛の気合を込めてエリオは横っ飛びで弾幕を回避しながら一回転。
そこから繰り出すは、複数の敵を倒す為の薙ぎ払い。
遠心力を味方につけながら両手でストラーダを勢いよく振り回した。

その一閃でエリオは残るターゲット三体をまとめて元来た道の方へ押し戻す。
途中、何かに阻まれ、力が抜けかけたが、そこら辺は気合と根性で振りぬく。
そこに、後ろから猛スピードで追いかけてきたスバルが追いついて来た。

瞬間、挟み撃ちは成功し、エリオとスバルの二人でターゲット四体を、それぞれ二体ずつ破壊するのであった。







ターゲット四体のマーカーが消える。
前衛二人が作戦通り挟み撃ちに成功し、ターゲット四体の破壊に成功したのをティアナは察した。
開始してからすぐに決めた事だったのでうまくいくかどうか不安だったが、どうやら杞憂であったようだと、ティアナは微笑する。

―――なら、今度は私達の番。

ティアナは気合を入れなおして、ビルの上から眼下で逃走するターゲット四体を見据える。


「キャロ、仕掛けるわ。 威力強化お願い」


ティアナはそれだけ言って、銃型デバイスを目の前で水平に構えた。
キャロは何も問わずに右腕を横に一振り。
それだけでブースト魔法は発動し、効果を顕した。
途端にティアナの全身に力が漲る。

―――今のティアナが制御できるギリギリを見切ったかのようなブースト。

正に、職人技とも言えるものであった。
ティアナは内心で苦笑する。
また可愛くない(才能持ち)が増えた、と。
そんな事を考えながら・・・

―――デバイスの引き金を引いた。


「シュート!!」


一発、二発、三発、四発。
引き金を引く度、カートリッジ二発分の魔力とキャロに強化された魔力が混合する魔弾が放たれた。
不発を起こさずカートリッジ二発分の魔力が炸裂したこともあってか、会心の出来であろう魔弾がターゲットに迫る。


(もらった!!)


ターゲットの破壊をティアナは確信した。
しかしその確信は次の瞬間、魔弾が何かに阻まれ消えることで覆される。


「バリア!?」


ティアナは思わず声を上げて驚いた。
まさかキャロに威力強化してもらった一撃が、いともたやすく防がれてしまうとは思わなかったからだ。
だがそこへ、先程まで黙っていたキャロの訂正が入る。


「違います、あれは・・・フィールド系。 おそらく、AMFです」
「AMF? ・・・って、まさか!?」


あまり聞いた事のない単語ではあったが、珍しい魔法だったのでティアナはすぐに思い出せた。


“AMF”

正式名称“アンチ・マギリク・フィールド”
魔力結合・魔力効果発生を無効化するAAAランクのフィールド系上位魔法。
フィールド内では攻撃魔法はもちろん、飛行や防御、機動や移動に関する魔法も妨害。
正に、低ランク魔導士にとって天敵ともいえる魔法。


確かに驚くべき事態だとティアナは思う。
下ではスバルとエリオも見ていたのか、驚いている。
しかし・・・


「そうだと分かれば遣り様はあるわ! キャロ、数秒足止めできる?」
「無論です、フリード!」
キュクー!


すぐにティアナは頭の中で対抗策を練り上げ、その中から現在もっともベターなものを弾き出す。
キャロは不適な笑みを浮かべながらフリードに命じる。

その間に、ティアナは奥の手の一つを準備するのであった。




ティアナの要請に応えるべく、キャロはフリードに命じながらもキャロは思う。

“AMF”

確かに厄介な魔法ではあるが、正直それほどでもない、と。
自分がフィールド貫通系のブーストを持っているからというのもある。
だが、AMFが防ぐのはあくまで魔力によって構成されたモノのみであって無機物に対しては効果が無いというのがもっも大きな理由だ。
それならば“錬刃召喚”で殲滅は可能。

故にキャロにってはAMFなど有って無いようなものだと言える。

しかし、とキャロは思う。
今回はあくまでも初訓練。
味方の実力を測り、協力行動を取る訓練とするのが目的であって、一人で殲滅して実力をみせろという訳では無い。

ならば御手並み拝見と、キャロはそう思うのだ。
それに、どうやらティアナにはティアナなりの遣り方、方法があるのをキャロは察する。
なので、キャロは余計な事は言わずティアナに任せる事にした。


キュクルー!!


そんな事を考えているキャロの隣でフリードは吼える。
傍目から見れば、ただ吼えているだけにしか見えない。
しかしこの時、フリードは呪文を詠唱していたのだ。


“竜魔法”

読んで字の如く。
文字通り、“竜”の使う魔法である。
そもそも“竜”と言う生き物は人間とは比べ物にならないほど長命であり、知能の高い生き物。
それ故、“竜”は人間には使えない高度な魔法の行使を可能とするのだ。

キャロがデバイスを持たない理由は此処にある。
それも当然の事だろう。
最高の“相棒”は常に隣にいるのだから。


フリードが発動させし“魔法”は炎の束縛(バインド)。
フリードの“魔法”はAMFに無効化される事無く一斉にターゲット達の動きを止めた。
炎の束縛は相手の動きを封じると共にじわじわと焼く。
それに気付いているのか、必死にAMFを発動して無効化しようとしているが―――無駄だ。


「燃え盛る“炎”の束縛・・・容易く消せはしませんよ?」


キャロの呟いた通り、ターゲット達は無効化しようと必死になっているが炎の束縛はビクともしない。
その隙を逃さず、キャロは更なる足止めする為に詠唱を始める。
本来であれば、何時もの服にある“刻印陣”を使うところではある。
だが、生憎とキャロが今着ているのは別の服。
なので、普段は詠唱無しで発動可能な魔法も詠唱しなければならない。

とはいえ、グローブと靴は何時も通りのやつなので、接近戦への問題は無い。
なにより“刻印陣”が有ろうと無かろうと、キャロはデバイス無しでも特定の魔法は高速展開できる。
というより、出来るように努力しているのだ。


「来たれ、鋼鉄の縛鎖!」


―――錬鉄召喚・・・“アルケミックチェーン”!!


途端にターゲット達周囲の空間が歪む。
歪みからは四対の先端が三角形の角鎖と先端が円形の円鎖が飛び出した。
四対の鎖はフリードの“魔法”により動けなくなっていたターゲット達を次々と縛り上げていく。
同時に、ティアナも止めの一撃の準備を終えていた。


「“ヴァリアブルシュート”!!」


ティアナの放った魔弾がターゲットに迫る。
先程のモノとは分が違う、ランクAAの射撃魔法。

―――“ヴァリアブルシュート”

魔弾の外殻を膜状バリアでくるんだ多重弾殻射撃。
「射撃型最初の奥義」とも称される魔法。

ターゲットもAMFを全開にして必死に抵抗していたが、一体、また一体と次々に打ち抜かれていった。
最後の一体が撃ち抜かれると同時に全機爆散する。

こうして、機動六課最初の訓練は幕を下ろすのであった。






一方、それを監視していた二人はというと。


「な、な、なのはさん!あの子達、AMFを意にも介さず倒しちゃってますよ!?」


シャーリーは思わぬ事態に驚きっぱなしであった。
新人達が何の苦も無く、あっさりとAMFに対応していたからだ。
これでは、驚くなと言う方が無理な話である。
それだけ、AMFとは厄介なものなのだ。
いくら擬似的であり、デバイスに仕込みをすることで再現しているとはいえ・・・

―――これはないでしょう!?

声にこそ出さないものの、シャーリーは心の中で絶叫した。
たが・・・


「う~ん・・・そうみたいだね。 でも、前衛と後衛が別行動するなんて、見てて冷や冷やするなぁ・・・・・・後で注意しないと」
「はあ、確かにそうですね・・・って違いますよ!」


思わずノリツッコミするシャーリー。
対するなのははツッコミをスルーし、才能あふれる新人達に期待を膨らませ、笑みを浮かべるのであった。






夜。
一日中行われた訓練にへとへとになりながら隊舎に帰る道中、キャロとフリードはぴんぴんしていた。
そんなキャロにティアナとエリオは対抗意識を燃やし、スバルは純粋に驚いていた。


「・・・・・・キャロってすごいね。私も結構体力ある方だけど、さすがに疲れちゃったよ。 それも“先生”のおかげ?」

「はいっ!」
キュクルー!


嬉しそうに頷くキャロとフリード。
そんな一人と一匹をスバルは微笑ましそうに見ていた。


「それからスバルさん、時々でいいですから組み手の相手になってくれませんか?」
「うん、いいよ」


キャロの申し出に、スバルは一も二も無く頷く。
そこへティアナも参加を希望してきた。


「キャロ、私も混ぜてもらってもいい? 射撃型とはいえ、少しは接近戦も鍛えときたいし・・・」
「もちろん構いませんが・・・訓練に支障が出ない程度にしかしませんよ?」


キャロはティアナに、訓練に支障をきたすようなマネはしない事を予め忠告しておいた。


「それでいいわ・・・っていうより、ぜひその程度に抑えて欲しいわ」
「分かりました。 お手伝いさせてもらいますね。 エリオ君もそれでいい?」


そうと決まれば話が早い。
キャロは、今まで一緒にしてきたエリオにも了解を取るべく尋ねた。


「・・・・・・・・・・」


しかし、返事は返ってこない。
それどころか、エリオはどこかぼうっとしていた。


「エリオ君?」


不思議に思ったキャロが顔を覗き込む。
ぼうっとしていたエリオであったが、すぐに正気に戻った。


「あっ、うん・・・それでいいよ、キャロ」


そんなエリオの様子を見ていたスバルが小悪魔化する。


「あれれ~? もしかしてエリオ、キャロを取られて寂しいの~?」


茶化すような小悪魔巣馬流の“口撃”にエリオは動揺した。


「ななななななな! そそそそ、そんな訳ないですよ!! 何言ってるんですか、スバルさん!?」


明らかにどもり、動揺しているのがまるわかりなエリオ。
そんなエリオに待っていたのは、雪風よりも尚鋭いキャロの反撃(死の宣告)であった。


「そうですよ、スバルさん。 だいたい、私はエリオ君のものじゃありませんし、なる気もありません!」


キャロの反撃(死の宣告)がエリオを両断する。
エリオは一瞬にして氷付けになった。
そりゃあもう、見事なくらい立派な氷像に・・・

―――どうやら、雪風は雪風でも虚空“刃”の方だったようだ。


「・・・あっ、うん。そうだね! ごめんごめん(あ、哀れ、頑張れエリオ!)」
「ほら馬鹿言ってないで! さっさと寝る!! 明日も早いんだから!!(さすがに同情するわ)」
「「それじゃあ、お休み」」


未だに凍り付いているエリオを尻目に、スバルとティアナはそう言い残して去って行く。


「????? ・・・はい、お休みなさい」


元凶の少女は首を捻りながら、未だに氷付けになっているエリオを引きずって隊舎に戻って行くのであった。


キュクー(ため息)


フリードの呆れたようなため息をBGMとして聞きながら・・・




かくして、ミッドチルダという名の舞台で異なる歴史は新たなる時を刻み始めた。
様々な者達の思惑を孕んだ部隊、機動六課に集う踊り手達。
舞台に部隊が上がる時、異なる歴史は如何なる結果を見せるのか?


―――知る者は誰も居ない。













あとがき
ハクメン無しですいません。
後三話ぐらいは出てきませんのでご容赦を。



[22012] 鳴り響く警報 機動六課出動せよ!
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/11/20 16:14
第一回模擬戦訓練を終えてから早数日。
この日、始まりの警鐘は高らかに鳴り響く。






朝早くから始まる早朝訓練。
今、その場は戦場と化していた。
空に浮かぶは幾多の桃色の魔弾。
平均的な魔導師の出せるレベルのソレではない。
間違いなくエース、ストライカークラスのソレ。

―――ソレを指揮するは不屈の魔導士“エースオブエース(高町なのは)”。


「シュート!」
《All right.Accel Shooter》


厳かな号令の下、魔弾は飛翔する。
蒼天から地に這う者共へ迫る、桃色に彩られし幾多の魔弾。
それらを迎撃すべく、スバルの拳とエリオの槍が唸る。


「うおぉおおりゃあぁああ!!」
「はあぁあああ!!」


拳が粉砕し、槍が貫く。
幾多の魔弾を打ち消す。
それは魔の法に非ず。
純粋な人の技にて候。

故にその光景は美しく・・・

―――宛ら舞踏の如く、二人は踊る。

二人は次々と魔弾を迎撃していった。
だが、何度迎撃してもすぐに次が迫る。


「うっとうしいね!」
「同感です!」


軽口を叩きながらも、スバルとエリオは何度も迎撃していく。
しかし、数の暴力は容赦なく二人に迫る。
次第に二人の迎撃が追いつかなくなり始めた。


「ちょっ!? これはまずいって!?」
「ちいっ・・・!!」


焦りから、二人の動きにだんだんとキレが失われていく。
そんな二人の僅かな隙を、魔弾の指揮者は見逃さない。


((マズイ!!))


迎撃を掻い潜ってきた魔弾が二人に直撃しかけたその時。


「シュート!!」
「“アルケミックチェーン”!!」
キュクー!!


そんな二人を援護するかの如く。
ティアナの魔力弾とキャロの鎖。
そしてフリードの放つ炎が奔り、魔弾を撃ち落とす。
ホッと息を吐くスバルとエリオ。
そこへティアナとキャロの渇が入る。


「前衛二人焦りすぎ! ちゃんと援護するからもうちょっと落ち着きなさい!!」
「ぼんやりしている暇は無いですよ?」
「「はっ、はい」」


ティアナとキャロの渇が効いたのか、スバルとエリオは気を入れなおした。
見れば、まだまだ次の魔力弾が迫って来る。
だが、今度は焦らない。
焦る筈も無い。

―――信頼できる後衛がいる事を再認識したのだから。


「いっくぞおぉおお!!」
「いきます!!」


腹の底から声を上げ、スバルとエリオは再び迎撃行動に移るのであった。






早朝訓練の最後に行われる“シュートインベンション”
目標は五分間の被弾無しでの回避、又は・・・

―――なのはにクリーンヒットを当てる事。

目標を達成する事を考えるのならクリーンヒットを当てる方を選択する方が正しいといえる。
なにせ、訓練で疲れきっているのだから。

しかし、彼らは敢えて厳しい道を選んだ。

即ち、五分間の被弾無しでの回避という困難な道を。
彼らには自信があった、余裕があった。
もっときつい訓練を課しても構わないと言う無言の合図。

無論、こんな蛮勇ともとれる選択をなのはが見過ごすはずも無い。


なのはにとって、一番大切な事。
それは無茶をしない事だ。

今でこそ“エースオブエース”などと呼ばれている。
だが今から八年前ほど昔、なのはは一度空から墜ちた。
当時はまだ安定した技術でなかったカートリッジ。
それを九歳の頃から使い続け、幼い身で管理局の仕事をこなしていた結果の事だった。

暗かった。
世界の全てが真っ黒に思えた。
あの空から、果てしなき自由が広がる青空からの墜落。
一度は魔導師人生の終わりを告げられた。
それでも諦められなかったのはきっと・・・

―――ユーノ・フェイト・クロノ・リンディ・エイミィ・はやて・ヴィータ・シグナム・シャマル・ザフィーラ・リインフォースとの出会いがあったから。

魔法が在ったから出会えた人達。
魔法が無ければ出会えなかった人達。
出会い、紡いだ縁を捨てたくなかったのだ。
そこから再び飛べるようになるまでの必死のリハビリを経て、なのはは今ここにいる。

その事は今もなのはの記憶に影を落としている。
たからこそ、新人達には同じ思いをしてほしくない。
なのははそう思うのだ。


思いを胸に秘め、お灸をすえる名目の元、なのはは普段の倍以上の魔弾を展開する。
途端に空を埋め尽くすかの如き魔弾の軍勢が展開。
号令に従い、新人達に躊躇無く軍勢は降り注いだ。

多勢に無勢、絶体絶命。
状況を分かりやすく説明するとすればそんな所であろうか。

そんな状況であるにもかかわらず、新人達は揺るがない。
互いを支えあうかのように動き、まるで一個の生物と成っているかの如く。
なのはの指揮する軍勢を次々と迎撃していく。
ローラーが火を噴こうが、アンカーガンが誤作動を起こそうが、それは変わらなかった。


「ウソっ! これって現実!?」


その日、訓練を見ていたシャーリーは、思わず驚きの声をあげる。
それ程シャーリーにとっては目の前の光景が信じがたいものであるのだ。

―――あの“エースオブエース”が攻めあぐねている。

如何に使っている魔法が“アクセルシューター”のみとはいえ驚かずにいられない。
そうこうしている間にも、時間は刻一刻と流れていく。
次第に、今度はなのはの方が焦り始めた。


「くっ・・・! シュート!!」
《Accel》


加速する魔弾。
しかし加速すれば加速するほど、逆に制御は難しくなるモノ。
その代償として魔弾の数を明らかに減らしていた。

目的を忘れ、意固地になってしまっているのだろうか?
完璧に手段と目的が反対になっている。

そんなもので今や鉄壁とも言える防御陣を敷く新人達を崩せるはずも無く。
五分という短くも長い時間は終了した。


―――新人達の粘り勝ちという、驚愕の結果を残して。







早朝訓練を終えた新人達は、ひとまず汗を流す為にシャワー室に来てシャワーを浴びていた。
シャワーで汗を洗い落としている最中、ティアナは訓練を終えた後、苦々しそうな顔をしていた隊長の顔を思い出す。


「ふふ・・・ふふふふふふ!!」


思い出しただけでも、ティアナは顔のにやけが止まらなかった。
横でスバルとキャロが変な顔をしているが、ティアナは気にしない。

“エースオブエース”

もはや管理局において知らぬ者はいないとさえ言われているほどの猛者。
そんな人に、皆の力を合わせてとはいえ一泡吹かせて遣れた事が、ティアナはとても嬉しかったのだ。

疲れこそしたものの、得られた満足感は今までの比ではない。
それもこれも、キャロに頼んで混ぜてもらった組み手の成果が大きいとティアナは思う。
まだ少ししか遣っていないが、以前とは比較にならないほど体が軽く感じるのだ。

これを三年前から欠かさずにやっていたのならば成る程、キャロの出鱈目なほどの接近戦闘能力にも頷けるというもの。
なにせ、接近戦でスバルを倒す程なのだから。
しかし、キャロをそれ程のレベルにまで仕立て上げる基礎を叩き込んだ“先生”とやらもすさまじいとティアナは思う。
エリオには悪いが、勝ち目は無さそうだと思ったのはティアナだけの秘密である。

なんて事を考えている内に、悩み事でもあるのか、横からスバルが呻っているのがティアナの耳に響く。
こういう声を出している時のスバルは結構どうでもいい事を悩んでいる事が多いので、ティアナは後腐れの無いよう早急に悩みを解決するため率直に尋ねた。


「ちょっとスバル、どうしたのよ?」
「うん? えっ・・・とね、新型のデバイスなんてもらっちゃっていいのかなぁ・・・・・・なんて思っちゃって」


苦笑しながらスバルはそう言った。
そういえばと、この後、新型デバイスを受け取りに行く予定であるのをティアナは思い出す。
成る程、言われてみれば確かにその通りだとティアナも思った。

通常、デバイスとは個人の物を使うか、管理局から支給される汎用デバイスを使うかに限られる。
要するに個人用にカスタマイズされた専用品を使うか、性能を均一化して大量生産されている汎用品を使うかの違いだ。
管理局のデバイスマイスターに頼めば専用のデバイスを作ってくれない事はない。
だが恐ろしい程の費用と、それに見合っただけの功績が必要とされるのが一般的だ。

今回、費用は隊の予算で支払ってくれているのだろう。
寧ろそうでなければ困る。
だが、私達は未だに何の功績も立てていない。
にもかかわらず、新型のデバイスを受け取ってもいいのだろうか?

スバルはそれを気にしているようだ。
新型デバイスは非常に高価な物。
部隊の予算にかなりの負荷をかけているであろう事は疑いようが無い。
一部隊の長を父親に持つスバルらしい悩みだと、ティアナは思う。
そこへ、キャロが気楽そうに混ざる。


「いいじゃないですか。 貰える物は貰っておいて損は無いと思いますよ?」
「そりゃそうだけどさ・・・・・・ってキャロはデバイス貰わないから言えるんじゃ!?」


キャロの言葉に流されかけていたスバルであったが、キャロがデバイスを貰わないからこその気楽な発言である事に気づいたようだ。
だが確かにキャロの言う通り、騙し騙しで使ってきたデバイスを新しいのに変えてくれるのは、とてもありがたいことだとティアナは思う。
しかし、何の問題が無いわけではない。


(このデバイスでやっていきたいっていう気持ち、新しいデバイスに慣れる時間・・・・・・どっちも惜しいわ)


今まで使ってきたデバイスに愛着が無い訳がない。
それに新型に慣れるまでの時間のロスは無くし難いものである。
いっそ、キャロのようにデバイスを持たないタイプの魔導士であれば、それ程悩まずにすんだのであろうが、ティアナの場合はそうもいかない。
兄の意思を継ぐ為に、役立たずでは無い事を証明する為に、ティアナは六課にいるのだから。

今回の訓練。
確かに役立たずにはならなかったが、騙し騙しで使っているデバイスとはいえ、誤作動を起こすなんてメンテ不足もいいところ。
あれが実戦であれば、ああはいかなかっただろうとティアナは反省する。


(だからこそ、今度は一人ででも、隊長の繰り出す魔力弾を凌げる様になってみせる!!)


仲間に頼らなくも、迷惑をかけなくても済むぐらいの、自分だけの“力”をティアナは盲目的に追い求めるのであった。
隣で未だに騒いでいるスバルと、それをスルーしているキャロを尻目に・・・


―――取り返しのつかない事態が起こる、あの日まで。






シャワーを浴びて汗を流した新人達は、“デバイスマイスター”シャーリーの待つ第二工作室へ向かう。
今朝の訓練中、デバイスに無理をさせすぎたスバルと動作不良を起こしたティアナのワイヤーガン。
それを見て、なのはは彼女達に自作ではなく管理局謹製の正式なインテリジェントデバイスを渡そうと思ったらしい。

各自、本格的な戦力として考えなくてはならない時期に差し掛かっていたというのもあったそうな。

だがそれ以上に、実戦において今まで愛用してきたデバイスでは少々心許ないと考え、専用のデバイスの作成を技術部に頼んでいた、という訳である。
もっとも、外部協力者のキャロには「要らない」と一言。
それを聞いた某技術班主任が暴走状態になり、意地でも作り上げようと色々なサンプルを見せたが、どれもこれも却下され、自信を喪失しかけたのは些細な話である。



以下、話の一部を抜粋


「えーと・・・・・・つまり?
切れ味は常に最高状態を維持しつつ、欠けない、折れない、曲がらない、なんていうふざけたナイフorダガー型のデバイスゥ!?
無理無理、そんなの出来る訳無いって!! というか、そんなあるなら今すぐにでもデバイスマイスターの名を返上して家庭にでも入るって!!」
「・・・・・・そうですか。なら要りません(やっぱり“先生”の太刀みたいなのは無理かぁ・・・作れるなら欲しいんだけど)」
「えっ!? ま、まさか本当にそんな出鱈目デバイスが在るの!? ・・・ってちょっと待って! 詳しくその話を~~~~」



まあ、某白い人の持つ太刀なみのデバイスを作れと言われれば無理もない話である。
そんなこんなで新人達が第二工作室に着くと、如何にシャーリー達が新型デバイスに熱意を注いでいるかについての説明を聞かされた。

尚この際、なのはが実は隊長陣に対してデバイスと個人の双方にリミッターを掛けられている事を話し、キャロとフリードは呆れ、ティアナは不愉快そうにし、スバルとエリオは闘争心を燃え上がらせていたのは余談である。

それはさておき、新型デバイスを貰わないどころか「要らない」とまで言うキャロは退屈そうであった。
そんなキャロの“相棒”であるフリードも暇なのか、リインフォースⅡと空中戦を繰り広げている。


キュクー♪


狭い室内を羽ばたき、飛び交いながら楽しそうに“玩具(獲物)”追うフリード。
対するリインフォースⅡは、半泣き状態になりながらも必死に逃げまわっていた。
魔法を使えば逃げ切れるかもしれない。
だが、基本的に隊舎内での魔法の使用は御法度、管理局法違反である。
そんな訳で、リインフォースは魔法が使えず、窮地に追いやられていた。


「こ、この! あっち行けです!! というかキャロ、さっさと止めるです・・・!!」


リインフォースは逃げ回りながらも、フリードの“主人(飼い主)”であるキャロに助けを求める。
たが、返ってきた答えは無情なものであった。


「こらフリード! ご飯までには帰ってこなきゃ駄目だよ?」
「―――そうじゃねぇえええです!!」


天然を思わせるキャロの言葉に思わず叫ぶリインフォースⅡ。
周りは微笑ましそうにそれを眺めている。
リインフォースⅡにとっては、“フリードとの鬼ごっこ”という名の捕食行為であったのだが、周りから見れば仲良くじゃれあっている様にしか見えない。
なので、当然誰も止めはしなかった。
結局、途中で鬼ごっこにフリードが飽きてしまい、それで鬼ごっこは終了した。


「この恨み、晴らさずしておくべきかあぁああです!!」


―――一人の復讐騎の誕生と共に。


それもさて置き、話はシャーリーの説明に戻る。
今はエリオに、ストラーダが余り変化していないが、かなり強化されたものである事を説明していた。


「という訳で、見た目は変わってないけど、中身は別物だよ」
「は、はあ・・・・・・そうなんですか(そんなに違うのかなぁ?)」


あまり機械に詳しくないエリオは不思議に思いながらも、専門家の言葉なのだからと頷く。
その時、突如施設内に警報が鳴り響く。


「・・・・・・え、あ、これって」
「警報・・・・・・ね」
「一級警戒態勢ですよ!」
「やっとお仕事かぁ・・・楽しみだね、フリード」
キュクルー♪


スバルは驚き、ティアナは来るべき時が来た事を悟り、エリオはどんな事態が起こっているのか気にし、キャロとフリードはまるで遠足に行くかのようにのんびりしていた。
まるでちぐはぐな新人達。
そんな新人達に苦笑しつつも、赤く明滅するランプと緊急事態と五月蝿いばかりに表示されるウィンドウの中の一つに対して、なのはは叫んだ。


「グリフィス君!」
『はい! 教会本部から出動要請です!』






『なのは隊長、フェイト隊長、グリフィス君、こちらはやて』
「状況は?」


フェイトは愛車の中で六課からのアラートを受け取っていた。
首都を円状に結ぶ環状線を愛車で走る中、フェイトは現状報告を待つ。


『教会騎士団の調査部で追ってたレリックらしきものが見つかった。
場所はエイリム山岳丘陵地区・・・対象は山岳リニアレールで移動中』
「移動中って・・・・・・!!」
『まさか・・・・・・!?』


はやてからの報告に、なのはとフェイトは思わず驚きの声を上げる。
そんな二人の反応に頷きつつも、はやては報告を続けた。


『リニアレールに侵入したガジェットの所為で車両の制御が奪われとる。
リニアレール車内のガジェットは最低でも三十体・・・大型や飛行型、未確認タイプもおるかも知れへん』


この場合、列車が暴走している事が災いしている。
内部のスキャンにしても、高速で移動する列車を詳細にスキャンすることは難しい。
更に、知っての通りガジェットにはAMFが搭載されているのも理由の一つ。
その所為で、透析魔法が正常に作動してくれないのだ。
辛うじて拾えた反応が三十であるというだけ。
実際のところ、詳細な数は判明していない。


『いきなりハードな初出動やけど・・・・・なのはちゃん、フェイトちゃん、行けるか?』
「私はいつでも」
『私も』


はやての心配そうな声に、なのはとフェイトは力強く頷く。
だが、状況は切迫している。
暴走して爆走するリニア。
このまま大人しく貨物駅に停まってくれるなんて都合のいい事などありえない。
たとえ停まってくれたとしても、停まったリニアからガジェットが溢れ、人を襲わないと誰が言えるだろう。
よって、早急にリニアを停める必要があるのだ。


『スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、皆もオッケーか?』
「「「「はい!」」」」
キュクー♪


はやての問いに、新人達もまた元気良く返事をする。
その返事にはやても少し安心したのか、次の指示をとばす。


『よし、いいお返事や。 シフトはA-3・・・グリフィス君は隊舎で指揮・・・リインは現場管制・・・なのはちゃんフェイトちゃんは現場指揮!!』
『「うん!」』
『それじゃあ機動六課・・・』


---出動せよ!!




かくして、始まりを告げる警報は鳴り響く。
部隊長の号令の下、部隊は舞台に上がる。
その影で、狂気の科学者は笑う。

―――全ては主菜の前の前菜を味わう為に。

科学者は“駒”を進めた。
盤上(戦場)に広がるはチェスの駒。
科学者が進めるはポーン(ガジェット)。
相対する盤上にはクイーン二つ・ナイト一つ・ポーン四つ。


―――これより、異説StrikerSにおける六課と“少年”の第一戦が始まる。











あとがき

すいません、ファーストアラートの一歩手前までしか行けませんでした。
ところで、いずむさんにはばれてましたがザフィーラの修行話って要りますか?
考えてもみたらあまり需要が無いかなと思えてきまして。



[22012] 激突! “少年”vs機動六課 第一戦 前編
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/11/26 13:49
警報は高らかに鳴り響き、戦いの到来を告げた。
それぞれの想いを胸に、戦場へ向かう新設部隊機動六課。
これより、運命の第一戦が始まる。






突然の出動により、新型デバイスの起動テストも出来ぬまま出撃する羽目になったフォワード陣。
だが泣き言を言っている暇もなく、ヘリに乗り込んで戦場へ向かう。
結果、戦場に着くまでの間に起動テストを行わざるをえなかった。

ぶっつけ本番で起動させようとして、万が一にでも起動しなくてやられた、なんていう事態を防ぐ為である。

尚この際、バリアジャケットが各分隊の隊長二人の“それ”に酷似したデザインに変更されていたのをフォワード陣は初めて知り、隊長達に見えないように微妙な顔になった。


「これって・・・」
「隊長達のと・・・」
「似てますね・・・」
「・・・・・・」


隊長とお揃いというのは三人の趣味に合わなかったようだ。
それが如何に、服装を統一する事で仲間意識を育み、仲間と認識し易くする為だと分かっていても、である。
特にエリオにとっては大変複雑であった。

確かにエリオはフェイトのことを尊敬している。
助けてもらった恩を返したいとも思っている。

だからと言って、服装を同じにしたいとまでは思わない。
なぜなら率直に言って、エリオが“それ”を纏うという事は女装しているに等しいのだから。
関係のないキャロに至っては、どう反応すべきか分からず、沈黙を貫く。

新人達の間に微妙な空気が流れた。

なのはとリインフォースⅡはそんな新人達の様子には気付かずに褒める。


「うん、似合ってる似合ってる」
「です~!」

「そ、そうですか・・・?」
「ありがとうございます・・・?」
「う、嬉しいです・・・?」


褒められて悪い気はしない。
だが、あまり褒められても嬉しくない事を褒められただけに、三人はばれない程度に引きつった顔で返事せざるをえなかった。
そんな三人をキャロは哀れみの目で見つめる。
その後偶然にも、そのバリアジャケットのデザイン元を知ったキャロは、心の底からデバイスを貰わなくて良かったと思ったそうな。
無理も無い話である。
なにせ、1○にもなって未だに○学生時代の制服をモデルにしているというのを知ってしまったのだから。

この話を知ってしまったキャロは、ティアナ達の精神の為にも、決して教えなかったという。
知れば、羞恥心のあまり暴走するのが目に見えていたからだそうな。
しかしその甲斐もなく、後日ティアナ達はとあるビデオを見た事が切欠で知ってしまい、大事に発展する事になろうとは今は誰も知らない事であった。






そんなこんなで、ヘリが山岳地帯にたどり着いた時、突如としてロングアーチから通信が入る。
敵のお出ましだ。


『ガジェット反応!? 空からです! 航空型、現地観測!』


同時に映し出されるスクリーンには大量の航空型ガジェットが映し出された。
その通信を愛車の中から聞いていたフェイトはすぐさまグリフィスに飛行許可を要請する。


『こちらフェイト。 グリフィス、こっちは今パーキングに到着。 車止めて現場に向かうから飛行許可をお願い』


フェイトの要請は即座に許可された。
この通信を聞いていたなのはも又、自身も出撃すべくヴァイスに要請する。


「ヴァイス君。私も出るよ!フェイト隊長と2人で空を抑える!」
「うっす!なのはさん、お願いします!」
《Main Hatch open》


ヴァイスが親指を立てながら了解すると同時に、ヘリのハッチが開く。
途端に突風がヘリの中に流れ込む。
なのはは出撃するためにハッチに近づいていった。
そして飛び降りる前に、なのはは新人達に振り返る。


「じゃあちょっと出てくるけど、皆も頑張ってズバッとやっつけちゃおう!
でも、訓練と実戦は別物だから、油断しないようにね?」


激励と忠告。
そこには訓練では熱くなり過ぎた事を反省している様子が窺える。


「「「「はいっ!」」」」


元気よく返事をする新人達。
そこに一抹の不安を感じつつも、一先ず安心したなのははハッチから勢いよく飛び降りた。
その最中、デバイスを起動させ、バリアジャケットを身に纏い・・・

―――不屈のエースは飛翔する。


「スターズ1、高町なのは・・・行きます!!」


戦場にて“星”と“雷”は集う。







なのはが飛び立った後、新人達はリインフォースⅡ空曹長から作戦の説明を聞いていた。

この時キャロは内心、非常にどうでもいい事ではあるが、激励と忠告をしてくれるわりに何の指示も出さず、他人に指揮を任せて出撃するのは現場指揮を任された分隊長として如何なものなのだろうか?
部隊長から現場指揮を命じられていたような気がしたが聞き間違いだったのかもしれないなどと、割とどうでもいい事にマルチタスクを使いながら説明を聞いていたのは余談である。

それはさて置き、リインフォースⅡの説明は続く。


「二分隊は車両前後からレリックが安置されている重要貨物室のある七車両目を目指します。
ライトニング分隊は、先に列車のコントロールを取り戻してください。 最悪レリックを取り逃しても、列車は停めないといけませんからね」


その説明に、キャロは疑問を感じた。
キャロにとって、なにやら聞き捨てならぬ事が聞こえたような、そんな気がしたのだ。


「それじゃあ、行く・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください」


気がつけば、キャロの口は自然と開いていた。
この作戦が時間との勝負である事も重々承知の上。
だが、それでもキャロは問わずにはいられなかった。
その場にいる全員から訝しげな顔を向けられるが、一先ず無視。
ライトニング分隊は、とリインフォースⅡは言った。
つまりそれは・・・


「―――フルバックの私も降りるんですか?」


キャロの問いにティアナだけは質問の意図に気付いたようだ。
だが、他の人達は呆気にとられたかのような顔になって驚いていた。


「あ、当たり前です! 何言ってるですか!?」


すぐに正気を取り戻したリインフォースⅡは、信じられないような者を見る目でキャロを見ながら言った。
そこには、時間が無いのに何を言っているのか、という呆れと怒りの様子が窺える。
だがキャロから言わせてもらえば、この作戦ははっきり言って悪手。

本来、後方支援担当のポジションであるフルバックの定位置は敵の手の届かぬ味方の後方。
わざわざ敵の密集している所(罠の張り巡らされている可能性大)へ行かせるのは非常に効率が悪い。
その理由として、このポジションに着く人は、接近戦の苦手な人が多いというのもある。
だがそれ以上に、接近戦の苦手な者がガジェットのようなAMFを使う魔導機械との接近戦は、他のフォワードの足を引っ張る可能性が非常に高いのだ。
確かにキャロは接近戦も得意だからその心配は無い。
だが、キャロは六課に入って以来、少なくとも接近戦の技能を隊長達の前で見せてはいない。
実際のところは隊長陣もキャロの接近戦の強さについてはある程、度試験の時に見て知っているのだが、キャロはそれを知らない。
故にキャロはこの作戦はおかしいと断ずる。

―――明らかに、ポジションを無視した配置であるからだ。

ボジション通りの配置をするならば、フルバックのキャロは接近戦を避け、他のフォワード陣の援護に専念させる為にヘリに残す。
センターガードのティアナは、列車上又はヘリからの援護射撃。
ガードウイング・フロントアタッカーのエリオとスバルは列車内部に侵入し敵の殲滅。

といった様な配置がポジション通りの配置であると言えるだろう。
確かに何事も型通りに事を進めれば良いと言うものでもない。
だが、基本的に新人達には奇抜な事は教えず、型通りに事を進めることを覚えさせる事こそ一番重要なのだ。
奇抜な事というのは正攻法を熟知していればこそ、役に立つものなのだから。

ついでにキャロとしては口にこそ出さないでいるが、何故副隊長達がいないのかも気になっていた。
初陣である自分達新人の事を考えるなら、副隊長達を自分達のサポートに充てるのが正しい選択のはずだからだ。
その辺は新人の実力を見るためなのだろう、という事で納得出来なくも無い。
だがそれが無くともキャロにはもう一つの懸念があった。


「ヘリの守りはどうするんですか?」


二度目のキャロの問いに、今度はその場にいた全員が質問の意図を読み取れたようだ。
そう、作戦通りにいくならば、ヘリの守り手がいないのである。
現在、なのはとフェイトが航空型との戦闘を開始している。
だが、数の差は歴然。
もしも、多勢に無勢の利を生かされて二人が突破されでもすれば、無防備のヘリが危ないのだ。
故にキャロは代案を告げる。


「ここは、誰かをヘリの防衛に回すべきだと思います」
「で、でも・・・」


回すのは当然自分だと、キャロは無言で語っていた。
キャロの代案にリインフォースⅡは途惑う。
無理も無い話である。
時間との勝負である今回の事件。
それに対してキャロはあろう事か、戦力を削ってでもヘリに守りをつけるべきだと言っているのだから。

キャロとてリインフォースⅡの執ろうとしている作戦の意味が分からないでもない。
新人四人と自身を含めた五人による電撃作戦。
全戦力を投入し、速攻で事件を解決するつもりなのだろう。
それくらいはキャロも理解している。
だからと言って、自ら如何にも罠の在りそうな場所に飛び込むのは愚の骨頂だとキャロは思う。


(やりにくいなぁ・・・)


キャロは内心で不安を感じ始めていた。
今まではフリードと二人で作戦を立てて実行していた

成功も失敗も二人にそのまま返って来る。
それは自分のした行動に責任を持つという事。

言うならば自由だったのだ。
しかし今では一時の事とはいえ管理局に所属する身。
自分の意思ではなく、他人の指示通りに動かなければならない。
それがたとえ、嫌な予感のする命令であったとしても、だ。
まるで―――首輪を着けられた狗の如き現状。
そんな自身の現状に言いようの無い不安がキャロの胸中を渦巻くのであった。

答えが出ぬまま、時間が経っていく。
それほど時間は経っていないが、異様に長く感じた。
だがそこへ、他ならぬヘリのパイロットであるヴァイスが口を挟む。


「おいおいキャロ、お前さんみたいな新人が俺みたいなベテランの事を心配してくれるのはありがたいぜ。 でもな・・・年 上 舐 め ん な ! !
こちとらベテランだ。 どんな事があってもおまえ等が帰ってくるまで落とされてはやらねぇよ!!」


それはベテランとしての意地か。
はたまた年長の男としての意地か。
どちらなのかは分からない。
だが、恐らく両方なのだろう。


「だから・・・ごちゃごちゃ人の心配をするよりおまえ等はさっさとあの列車取り戻して来い!!」


本人が気にしなくていいと言っている以上、キャロからは何も言うことは無くなっていた。
ならばこれ以上の時間の浪費は致命傷になりかねないとキャロは察する。


「すいません、リイン空曹長。 変な事言ったりして・・・」


キャロは時間を無駄に浪費してしまった事を詫びる。
だが、そんなキャロの詫びにリインフォースⅡは静かに首を振った。


「いいんです、キャロの言う事ももっともです。 リインはそんな大事な事を考えるのを忘れちゃってました。
・・・・・・・指揮官失格です。ヴァイス、ごめんなさいです」


逆に、自らの不明を詫びるかの様に頭を下げるリインフォースⅡ。
ヴァイスは気にしていないかのような素振りで茶化す。


「へへっ、でしたら詫びの印に今度姐さんとのデートを取り持っていただくということで・・・」
「むう・・・リインは真面目に謝っているですよ!!」


リインフォースⅡも、茶化されていることに気付いたのか、今度は一転して怒り出した。
どこかほのぼのとした空気が流れる。
いきなり変わった空気に、新人達は呆気に取られた。
ヴァイスはそれをスルーし、呆気に取られている新人達に目的地に着いた事を告げる。


「・・・ったく、ごちゃごちゃ言ってる間にご到着だ! 暇なく任務の始まりだぞ!!
なのは隊長とフェイト隊長が空を抑えてくれてるおかげで安全無事に降下ポイントだ! 全員、準備は良いか!!」


その言葉で新人達は正気に戻り、元気よく返事をする。


「いつでもどうぞ!」
「行けます!」

「おーし、初陣、派手に飾れよ!!」

「はい!」
「了解!」


そう言って、降下する為に新人達がハッチに近づいていく。
その時、慌てた声でリインフォースⅡが待ったをかけた。


「あっ! 忘れちゃいけない事が一つあります!!」


土壇場でのリインフォースⅡの言葉に、四人は疑問符を浮かべた。
他に何か重要なことがあるのだろうか、と。


「みんな怪我をせずに帰りましょう。 勿論、デバイスたちも、ですよ?」
「「「「了解!!」」」」
キュクルー!!


得心の行った顔を見せて、四人と一匹は力強く頷いた。


「良いお返事です! では・・・いくですよ!!」


そう言い残し、新人達を押しのけ、リインフォースⅡは先陣をきって降下した。


「あっ!先を越されちゃったよティア!!」
「ったく、行くわよスバル!!」


先を越された事を悔しがるスバルとそれに呆れるティアナであったが、気を取り直してデバイスを起動させる。


「マッハキャリバー!!」
「クロスミラージュ!!」
《《Set Up》》


何の問題も無く両デバイスは起動し、バリアジャケットを身に纏う。
そして、降下体勢に入った。


「スターズ03、スバル=ナカジマ!」
「スターズ04、ティアナ=ランスター!」

「「降下します!!」」


そう言い残し、スバルとティアナも降下していった。
最後はエリオとキャロ、そしてフリードの二人と一匹である。


「ストラーダ!!」
《Set Up》


エリオはデバイスを起動させ、バリアジャケットを身に纏う。
その時既に、キャロは準備を終えていた。
後は降下するのみ。


「行こうキャロ!!」
「うんっ!!」

「ライトニング03、エリオ=モンディアル!」
「ライトニング04、キャロ=ル=ルシエとフリード!」

「「行きます!!」」
キュクルー!!


若き騎士と竜の巫女とその相棒もまた降下した。
他に誰もいなくなったヘリの中で、ヴァイスは人しれず激励を飛ばす。


「頑張れよ、ルーキー共」


その声はどこか空しく戦場に響くのであった。







一方、制空権を確保する為に闘っていたなのはとフェイト。
久々のコンビであるにも拘らず、そのコンビネーションには些かの衰えも感じさせない。
航空型の素早さに見事に対応し、次々と撃墜していっていた。

そんな二人を、モニター越しで見詰めていた“少年”は楽しげにチェスの駒を動かしいく。
始めは“少年”の方が優勢であった盤上。
それも最早覆せないほど劣勢に回っていた。
にもかかわらず、“少年”は楽しげに笑う。


「さすがはクイーン二人・・・ポーン(ガジェット)如きが幾らいても歯が立ちませんか。 はてさて、どうしましょうか・・・?」


困った風な事を言ってはいるが、“少年”にとって既にこの戦闘の意味は失っている。
“少年”にとって警戒すべき要注意人物二人。
なのはとフェイトの戦闘を、リミッターを掛けられている状態であるとはいえ“なま”の戦闘を知る事が出来たのだから。
加えていえば、フェイトはともかくとして、なのはは元々戦技教導隊所属。
戦技教導隊のデータを得て、それらを元にシミュレートしていけば、リミッターを解除した時の大まかな実力を知る事も可能だ。
そしてそれは、なのはと同ランクであるフェイトの実力を図ることにも繋がる。

―――まさにこれ以上の戦果は無いだろう。

負けとはいえ、それは次に繋がる大きな実りある敗北。
だが、この少年は心底“遊び”においては負けず嫌いであった。


「・・・まっ、イタチのすかしっぺぐらいはさせてもらいますか」


ポツリと呟き、“少年”は目の前に空間モニターを展開。
ガジェット達の行動プログラムを次々と高速で書き換えていった。







順調に進んでいた、なのはとフェイトによる航空型ガジェットの迎撃。
一機、また一機と撃墜していく。
この調子であれば、全機撃墜もすぐの事になりそうだ。
そう考えていたその時、突如としてガジェット達の動きに変化が伴った。


「えっ!?」
「これは!?」


なのはだけでなく、フェイトも驚きを隠せない。
無理もない話である。
何故なら、残りの航空型ガジェット全機が全武装をパージし、AMFを全開にしてなのはとフェイトに向かって爆発的な速さで突撃してきたのだから。
それは宛ら、なのはの故郷たる日本に嘗て存在した神風特攻隊の如く。
魔導兵器らしい、迷いの無い突撃であった。

言うまでも無い事ではあるが、AMFを全開にした状態で全速力の突撃に直撃するような事があれば、リミッターを掛けている現状では、幾らなのはがシールドを張ったとしてもAMFに食いちぎられるだろう。
これは、防御の最後の要であるバリアジャケットでも同じ事。
いわんや、なのはよりも防御力の低いフェイトであれば尚更である。

―――良くて骨折、最悪の場合、待つのは死だ。

本来であれば、回避行動を取るのが正しい。
だが、生憎なのはとフェイトの後ろには無防備のヘリがある。
ヴァイスとてこの事態には気付いているのか、ヘリを旋回させ、回避しようとしているようだ。

―――だが遅い、遥かに遅い。

もはやヘリの回避は不可能。
仮令、なのはとフェイトが回避に成功したところで、待つのは確実なヴァイスの死。
そんな事を、なのはとフェイトは許す訳にはいかなかった。


「「落ちろ!!」」


なのはとフェイトは必死になって、迫り来るガジェットを撃ち落とそうと数多の誘導弾を放つ。
だが、ガジェットの急激な加速になのはとフェイトの誘導弾は尽く空を切った。
全武装をパージした分軽くなった為、なのはとフェイトの想定した速さを上回っていたのだ。
無論、ガジェットとて無傷ではない。
その性能の限界を超えた加速に、ガジェットの装甲も一部は剥がれ、軋みを上げ、今にも空中で爆散しそうな勢いではあった。
それでも機械たるガジェットは怯まず、恐れず、とんでもないスピードでなのはとフェイト迫る。
今度はなのはとフェイトが回避行動をとっても激突は免れなくなった。

―――訓練と実戦は別物だから、油断しないようにね?

激突する寸前、なのはは出撃前に己が言った事を思い出す。
よくもまあ新人達の前でほざけたものだとなのはは思う。
己のほざいた言葉に失笑したくなったが、そんな暇も無く逃れようのない死が迫る。
その瞬間、なのはとフェイトの目の前は光で覆われるのであった。












あとがき

「BLAZBLUE CONTINUUM SHIFT II」のオープニングアニメーション公開。
マジすごかったです。
こっちをゲームのオープニングにしてほしかったよ!!!



[22012] 激突! “少年”vs機動六課 第一戦 後編
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/12/11 17:24
負けず嫌いな“少年”が繰り出した特攻戦法。
それはさながら、“死”への片道切符の押し売りが如く。

相手に“死”を強制する、必殺の一手であった。

それでも後ろにいる仲間を守る為、必死に防ごうとするなのはとフェイト。
しかし無情にも、想いが届きはしなかった。

空を切る誘導弾。
爆発的な勢いで迫る新型のガジェット。

“少年”は勝利の笑みを、二人は絶望に浸りかけたその時・・・


―――意外なところから救いの手は伸ばされたのであった。







戦場に響き渡る爆音。
それは、“少年”の逆転勝利を告げる残酷な音色。
同時に、負けず嫌いな“少年”の打った起死回生の一手が“遊び相手”を落とした合図でもあった。
正直、ここまでうまくいくとは思っていなかった“少年”としては少し拍子抜けの結果とも言える。
“少年”としては、嫌がらせぐらいにはなるだろうと、軽い気持ちで打った一手であったが・・・


「―――案外使えるかもしれませんね、コレ・・・」


ふむっ、と軽く頷きながら呟く。
感心しつつ爆発の煙のせいで見えなくなっているモニターの回復を、“少年”は今か今かと待っていた。

そんな最中、ふと“少年”は違和感を感じる。
大した事ではない、と“少年”は思う。
だが、何か引っ掛かったのだ。

時間にして数秒後、徐々に煙がはれていく。
しかしモニターに映っているソレを見た瞬間、“少年”は思わず目を疑った。


「なっ・・・!? そんな馬鹿な!?」


モニターに映っていたのモノ。
それは、傷だらけではあったが何故か“生きている”二人の姿であった。
そこで“少年”は先程感じた違和感について思い返す。

激突するガジェット。
戦場に響き渡る爆音。
そう・・・

―――爆音。

そこで“少年”は違和感の正体に気付いた。

なのはとフェイトに激突したガジェットは二機。
AMFを全開にして全速力で空を飛んでいたガジェット二機。
そう・・・

―――たった二機なのだ。

確かに、限界を超えた速度で突撃するガジェットの破壊力は凄まじい。
それでも、幾ら限界を超えた速度を出している所為で装甲が剥がれているとはいえ、たかが人一人と激突したぐらいで戦場全域に響き渡るほどの爆音などありえないのだ。

―――ならば爆音の原因は何か?

その答えを知るべく“少年”は目の前の空間モニターに指を滑らせる。
数秒後、モニターに映し出されたデータにより、答えは分かった。
なのはとフェイトにガジェットが激突する寸前、戦場にいた“全”ガジェットの自爆装置が作動していたのだ。


(成る程、これならば確かに戦場全域に爆音が響き渡るのも頷けますね・・・)


だが、と“少年”は思う。

それはいかなる奇跡の賜物か?
否、奇跡などではない。
所詮は何者かの介入による結果であるはず。
でなければ、こうもタイミング良く自爆装置が作動する訳が無いのだから。

そこまで思考を進めたその時、“少年”の類まれなる頭脳は目の前で起こっている不可解な現象に対する回答を弾き出した。
同時に、犯人の正体も。
しかし、“少年”には犯人がそうする理由が分からない。

“少年”の遊びを邪魔する為。
彼女達を生かしておくよう“クライアント”から依頼があった為。

色々理由は考えられるが、どれも違う気がすると“少年”は思う。


(悩んでいても仕方が無い・・・)


答えを得るべく“少年”は何時の間にか後ろにいる女性の方へと向き直った。
そう、“私”が最も信頼し、“僕”が最も信用している存在。


―――戦闘機人No.1ウーノに。


「―――どういうつもりですかウーノ?」


“少年”は“私”が作り上げた最初の戦闘機人ウーノの持つスイッチを見ながら尋ねた。

―――ウーノの持っている謎のスイッチ。

それはガジェットが捕獲された時の事を想定して、念の為に作っておいた自爆装置。
新型たるⅡ型やⅢ型を解析されようものなら解析している場所ごと吹き飛ばす。
これにより、解析を失敗させ、管理局施設へのダメージも見込めるという一石二鳥のシロモノなのだ。

もっとも、というのは建前で・・・

―――実際の所、単なる“少年”の趣味である。

恐らく、ガジェットと衝突する直前に自爆させたのだろうと、検討をつける。
それならば、“生きている”二人にも納得がいくというものだったからだ。

とはいえ、タイミング的にもギリギリであった感はいなめないと“少年”は思う。

後少しでも自爆させるのが遅ければ、衝突した上に自爆という涙目の事態になっていたかもしれない。
後少しでも自爆させるのが早ければ、衝突もしない上に自爆も防がれるという情けない事態になっていたかもしれない。

正に絶妙ともいえるタイミングで起爆させたのだ。
加えて言うなら、“少年”としては何故それをウーノが持っているのかも疑問であった。
恐らく、他人が聞けばなんて事は無い問題なのだろう。
しかし、“少年”にとっては実に難問であった。

自らの忠実なしも・・・もとい“姉”・・・否、“母”の様に感じていたウーノのとった勝手な行動。
それに対して、自分がどのような態度で挑めばいいのか分からないのだ。

人のように成長している事を喜ぶべきか。
勝手な行動をした事を怒るべきか。
“遊び”の邪魔をされた事を哀しむべきか。
この状況を無視して“遊び”を楽しむべきか。

どのような態度をとるべきか分からない。
これはひとえに、“私”と“少年”に対する周りの対応の変化が原因であったと言える。

“私”から記憶や知識をそのまま引き継いだとはいえ、“少年”はまだ四歳。
“経験”というものが圧倒的に不足していた。
“私”とは違う“僕”になるべく“経験”を積もうと、“少年”次から次へと勝手気ままに行動した。

それによって得た“経験”が、“僕”を形作るものになると信じて。
しかし、その度にナンバーズの誰かしらに怒られていった。
その結果、どうにも年上の女性=“自分を説教する存在”という妙な “経験”を手に入れてしまったのだ。
それは、四年前から今に至るまで変わっていない。

そして今、“少年”は生まれて始めて、年上の女性に怒られる立場から怒ってもいい立場という反対の立場に回ったのである。
今まで“経験”した事のなかった事だけに、引き継いだ記憶や知識を無駄にフル活動しながら、“少年”は何を言えばいいのか悩んでいた。
そんなこんなで、あれこれやと悩んでいる“少年”を、ウーノが微笑ましそうに見詰めているのには気付かず。
ウーノはゆっくりと一礼しながら、謝罪の言葉を告げた。


「申し訳ありませんドクター」


淡々と、しかしどこか暖かさを感じさせる謝罪の声が研究所内を木霊する。
まだ自分は理由しか聞いていないのにもかかわらず、返ってきたのは謝罪の言葉。
これにより、“少年”は更に悩みを深めてしまった。


(これはつまり・・・これ以上聞かないでくださいって言う事なの?)


それほどまでに言いたくない事なのだろうか?と“少年”は内心、首を捻る。
いくら考えようと、“少年”の誇る類まれな頭脳を以ってしても、答えは出ない。
そんな“少年”であったが、あれやこれやと悩んでいくうちに、ついには知恵熱を出して倒れそうになった。
しかし、何とか踏みとどまる。

―――これ以上悩んでも仕方が無い。

そう結論をだし、“少年”は思い切った決断を下した。
即ち、怒る事はせずに理由だけを再度尋ねる事を・・・

―――人それを逃避と言う。

何やら妙な電波が聞こえてくるが無視。
そして、返ってきた答えはとても意外なものであった。
“少年”は思わず目を点にして驚き、そして笑った。

無論、腹の底から大笑いである。
まさか、くそ真面目なウーノがそんな事を言うとは思ってもみなかったからだ。
そして、それならば仕方が無いと納得して“遊び”を再開しようとしたその時、妙な事になっているのに気付いたのであった。







一方、至近距離で自爆をくらったなのはとフェイト。
二人は幸運にもバリアジャケットのおかげで半死半生といった風では有ったが、何とか生きて空に浮いていた。


「・・・ごほっごほっ!!だ、大丈夫?フェイトちゃん?」
「・・・げほっげほっ!!う、うん、大丈夫。そっちは?」
「だ、大丈・・・っっっっ!!!」
「な、なのは!?・・・ぐっ!?」
《Master/Sir!?》


咳き込み、吐血し、それでも何とかして浮き続けるなのはとフェイト。
そんな主を気遣うそれぞれの相棒達。
何時もであればなんて事は無い筈の浮遊が、半死半生の身になった今となっては浮いている事さえ危うくなっているのだ。
それでもなのはとフェィトは“まだ”落ちる訳にはいかなかった。

―――確かめなければならない事があるからだ。

急ぎなのはは後方支援分隊“ロングアーチ”への通信回線を開く。


「・・・こちらスターズ01及びライトニング01、ロングアーチ、新人達は無事?」


そう、何故か煙を上げて大破している列車の事。
そして何より、新人達の安否を確かめるまでは、何があっても“今”落ちる訳にはいかないのだ。


『・・・・・・・・・・・・』


しかし、返事は返ってこない。
慌てて通信妨害をされているのかを確認するなのはであったが、そんなことはなかった。
にもかかわらず、返事が返ってこない。
その異常性に、なのはは焦り、フェイトは見る見る顔色が悪くなっていく。
焦れったくなったなのはは、ロングアーチを怒鳴りつけた。


「ロングアーチ!! いったい何して・・・ごほっごほっ!?」
《Master!? Please Wait!!》


半死半生の身で大声を出した反動で、再び咳き込み、吐血するなのはをレイジングハートは諌める。
これ以上の無茶は命の危険に関わると判断したからだ。
ただ、怒声の効果があったのか。
沈黙していたロングアーチから言いづらそうに返答が返ってきた。


『は、はい! し、新人達はその・・・』


言いづらそうに言葉を濁すロングアーチ。
たったそれだけの事ではあった。
たったそれだけの事ではあったが、なのはに代わって聞いていたフェイトの脳裏に最悪の事態の光景が過ぎる。

血の海に沈む新人達。
何も出来なかったと泣き叫ぶ己。
それはまるで、八年前の・・・


「―――っ! その・・・何!?」


そこまで思考が進みかけたところで嫌な予感を振り払うべく、再度フェイトは聞き返した。
信じたくない、外れていて欲しいという思いと共に、鬼気迫る勢いで問う。
そんなフェイトの思いを裏切るかのように・・・


『れ、列車内のガジェットの自爆によって発生した爆風に巻き込まれて・・・落ちています!!』


―――ロングアーチは残酷な事実を告げた。

体の奥底でガラスに皹が入るかのような音をフェイトは聞こえた気がした。


「あは・・・・・・あはは・・・あはははははははははははははははははは!!!!!」


フェイトはワラウ。
ワラウしかなかった。

―――また守れなかった。

八年前のあの日のように。
大切な友達が空から墜ちたあの日のように。

ただただ己の無力さを感じながら・・・


―――必死に呼びかける相棒となのはの声も届かず、フェイトの意識は闇に落ちていった。







話は少し前に遡る。
無事リニア上に着地したスバルとティアナ、リインフォースⅡを追って降下するキャロとエリオとフリード。
どんどん迫るリニアに向けて、三者が着地体勢を取ろうとしたその時・・・

―――三者の背筋に悪寒が奔った。

キャロとフリードは悟る。

―――“死”の気配。

まだハクメンと三人で旅をしていた頃、罠に嵌められ、危うく命を落としかけた時のものである、と。
同様に、エリオも何かを察していた。
キャロやフリードのモノとは違う。
毎度毎度キャロにぼこぼこにされていたエリオだからこそ察せた気配。

―――“敗北”の気配。

いつも負ける直前に感じるものである、と。
感じ方は違えど、感じた気配の意味するところはただ一つ。

―――まずい。

それだけだ。
瞬間、三者はほぼ同時に動いていた。

エリオが声を張り上げて危険を叫ぶ。
キャロが“陣”を起動させて先に下りた三人へと鎖を伸ばす。
フリードが吼えて全員を包むかのように防御魔法を展開する。

先に降り立った三人がエリオの声に気付いて振り向く。
次に伸びた鎖が三人を縛り投げ飛ばす。
最後に集った全員を囲む様に防御魔法が展開される。

同時に・・・


―――列車から光が爆ぜた。


膨大な魔力。
それは魔力の暴走現象に似ていた。

指向性のない純粋な魔力。

純粋であるが故に、指向性を持たない膨大な魔力が爆発という形となって発現したのだ。
爆風がフリードの張った防御魔法を貫く。
至近距離での爆発には即席で作った防御など意味を成さず・・・


―――新人達の視界は暗転した。







墜ちていく。
風を切り裂きながら・・・

―――空から地へと墜ちていく。


全身に激痛を感じながらキャロは思う。
意識が混濁していたにもかかわらず、意識を思考の海に漂わせながら必死に考え事をしていた。


―――『油断大敵』

ハクメンから常に気をつけるように注意されていた事だ。
にもかかわらず、油断していた。

―――ガジェットによる自爆戦法。

そんな事ありえないなどと誰が決めた?
ロストロギアのある場所で自爆しないなどと誰が決めた?
ヘリから降りてくるのを待ち伏せして、着地した瞬間を狙って自爆するなんていう戦術を使わないなどと誰が決めた?


―――どれもこれも、ガジェットを甘く見ていた私自身だ。


情けないと、キャロは思う。
不甲斐無いと、キャロは思う。
“先生”の弟子として、これ程無様なことは無いと、キャロは思うのであった。


・・・クー! キュクー!!


そんなキャロの耳に鳴き声が響く。
そこでキャロは、意識を思考の海から現実へと引き戻した。
隣では、フリードが必死に呼びかけている。
どうやら、思考に耽るあまり意識が飛んでいたようだと悟る。
その後、キャロはすぐに体の各部の損傷具合をチェックした。
幸いにもフリードの防御魔法により、ダメージ自体は軽減できていたようだ。

キャロとしては少々体が重く感じられたが、他の者達がどうなっているか確認する。
ざっとキャロが周囲を見回してみるが、他の者達は意識を失っているようであった。
そうしている内にも、どんどん地面が近づいてくる。
地面に激突するまでの時間は後僅か。

―――最早、一刻の猶予も無い。

そう判断したキャロは落ちていく中、今出来る最速を以ってマントに刻む“刻印陣”を起動させた。


間に合うかどうかは分からない。
けれど、そんなのはどうでもいいのだ。
出来る、出来ないの問題ではない。

―――やるのだ。

故に・・・


「―――絶対に諦めません!!」


―――第零“刻印陣”起動。


声無き詠唱が始まる。
そんな声鳴きキャロの声に応えるかの如く。

マントは桃色に淡く輝く。
その色が魔方陣を模りし時・・・


―――“竜魂召喚”・・・顕現!!


―――詠唱は完成した。


シギャアァアアアアア!!


詠唱の完成を受けて、真なる姿を取り戻したフリードは再度、天高く吼える。

その瞬間、眩い光が墜ちていく五人を包み込んだ。
光に包み込まれた五人は、落下速度が僅かばかりではあるが下がる。

どうやら、フリードが何かしたようだ。

何も言わなくてもこちらの意図を察してくれるとは、さすがであるとキャロは思う。
おかげで間に合うのだから。

光がはれた時、五人は真の姿を現したフリードの背中に乗って、地面すれすれの所を浮いていた。
そこから無事地面にゆっくりと着地する。
それを最後に、キャロは張り詰めていた糸が切れ・・・


―――意識をゆっくりと闇に落とすのであった。







賑やかそうな空気は何処へ行ったのか?
ロングアーチに悲壮な空気が漂っていた。
隊長二人は重症を負い、未来ある新人達は落ちていくさまを見ている事しかできていない自身を省みての事である。

―――そこへ齎された一つの奇跡。


「りゅ、竜の召喚を確認!! リカバリーに、リカバリーに成功しました!! 全員無事です!!」

『―――――――――――――――――!!!!!!』


その瞬間、隊舎中に歓喜の声が響き渡った。

―――奇跡。

まさにそうとしか言いようの無いことが起こったからだ。
なにはともあれ、全員無事である事にほっとしてロングアーチは気を抜いた。
だがそこへ、はやてからの叱咤の声が響く。


「・・・ってこんな事しとる場合やない!! ヴァイス君に怪我人の救助を指示!! 後、レリック反応の追跡!! 急げ!!」
『りょ、了解!!』


叱咤の声に気を入れなおしたロングアーチは行動を再開するのであった。




かくして、機動六課設立して初めての任務は幕を閉じた。

―――結果は大失敗。

新人達は負傷、隊長二人も大怪我を負い、列車にいたってはは大破する始末。
肝心のレリックにしても消滅したのか反応無し。
これにより、機動六課に非難の声が寄せられ、一時は部隊の存続すら危ぶまれた。
けれどそれは、これから始まる苦難の数々のほんの一端。


―――今はただ、傷ついた体を癒すべく戦士達は暫しの休息を取るのであった。











あとがき

フェイトが壊れた・・・かな?
sts初期でキャロたち生死不明ですなんて報告くらったらこうなるかと思われ。
しばらく退場してもらうからいっかなどと酷い事いってみます。



[22012] 苦難の道 機動六課模擬戦訓練 前編
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/12/18 14:55
古代遺失物管理部機動六課。

予てから危惧されていた地上本部の事件への対応の遅さを何とかすべく、小回りの利く少数精鋭による迅速な事件の解決を“名目”として試験的に設立された部隊。

そのモデルケースである。
中心メンバーは、管理局“本局”出身の最高峰とも言える高ランク魔導士達で構成されており、戦力として・・・

“SS”一名、“S+”二名、“S-”一名。
“AAA+”一名、“AA+”一名、“AA”一名、“A+”一名。
“B”四名

計十二名を保有する。
無論、リミッターを付けてランク保有制限を守るという裏技を使っての事である。

そんな部隊の初任務。
当然の事ながら、多くの人々が注目していた。

―――だが、結果は無残にも“大”失敗。

分隊長二人と空曹長は暫くの戦線離脱を余儀なくされ、リニアレールは大破。
あまつさえ、目標ロストロギアも見失うという散々な結果である。
その知らせはあっという間に管理局全体に広まり、管理局を震撼させるのであった。








会議室は静まり返っていた。
現管理局最高峰の高ランク魔導士達による少数精鋭のエキスパート部隊。

“機動六課”

その初任務における失敗の原因究明並びに対策手段考案のために開かれた会議。
―――のはずだったのだが、会議が始まってからというもの、誰もが口を閉ざしていた。

それもそのはずである。
会議室内は中央を境に意見が真っ二つに分かれていたからだ。

―――“地上”と“本局”。

それはそのまま、機動六課の存続反対と賛成の立場を明確にしていた。

―――“地上”に“強引”に設立された“本局”の犬。

それが“地上”上層部(ほぼ大半)における機動六課の認識。
対して“本局”上層部(一部を除いた)からすれば・・・

―――ノロマな“地上”事を思って“わざわざ”設立“してやった”部隊。

といったものであった。

片や自分達がミッドチルダを守っているという誇りと高ランク魔導士を引き抜かれている事もあって、“本局”から介入される事を嫌っている “地上”。

片や広大なる次元世界を守るという崇高な信念の下、日々人材不足に悩まされているにもかかわらず、わざわざ高ランク魔導士を“地上”なんぞに派遣してやったと思っている“本局”。

立場が違えば認識の仕方も異なるといういい見本である。
どちらかが正しく、どちらかが間違っているわけではない。

それはさて置き、どちらが先に切り出すかによって、この会議を有利に進めることが出来るのだ。
故に、どちらも先に口を開く機会を窺って、沈黙していたのであった。
こうして、互いを牽制し合ったまま無駄に時間が過ぎていく中、遂に“陸の長(ドン)”事、レジアス=ゲイズ中将が口を開く。


「・・・八神“三等”空佐、説明を」


重い・・・重い声であった。

レジアスが一体どれほど怒りを、悔しさを、悲しさを、情けなさを堪えているのか。
堪えていて尚よく分かる、そんな声であった。
その場にいる全員が本日付で“降格”処分となったはやての方へと向く。
突然の指名と視線の集中にはやては少しうろたえながらも立ち上がった。


「は、はいっ! 先日未明、リニアレールを占拠した魔導兵器“ガジェットドローン”の撃破に向かったところ・・・」


はやては一旦そこで一息ついた。
そこから先の言葉を口にする覚悟を決める為だ。
一呼吸はさんで、覚悟が出来たのか。
はやては意を決して言った。


「―――敵魔導兵器の反撃に遭い、隊長二人と空曹長が重傷、リニアレールは大破、目標ロストロギア“レリック”を見失いました!!」


『・・・・・・・・・・』


沈黙が会議室に流れる。
誰も何も言わない。
否、言えなかったのだ。

低ランク魔導士ならいざ知らず、高ランク魔導士、それも管理局が誇る有能な若手の魔導師の魔導兵器への敗北。

それは、時空管理局を支える“魔法”という技術への不信感を各管理世界の人々に与えかねないほどの重大な失態である。
魔導士と非魔導士の戦力差。
それはあまりにも大きい。
AAAランク以上にもなれば、ものの数分で都市一つを滅ぼせるのだ。
その差が魔導兵器という“質量兵器”すれすれのもので埋められると知られれば、それが後々どれほどの影響が及ぼすのかを想像するだけで頭が痛い。

その場にいた者達(一部を除く)の脳裏に最悪の事態が脳裏を過ぎる。
管理世界への魔導兵器の普及による管理体制の崩壊。
それは即ち・・・

―――質量兵器復活による暗黒の時代の再来。


『・・・・・・・・・・・』


沈黙が会議室に流れ続ける。
その時、遂にナニカが切れる音が会議室に響く。
それは“地上”側の堪忍袋の緒が切れる音であった。

―――曰く、


「ふざけるな!! あんな出鱈目な戦力掻き集めといて何たるザマだ!!!」
「“海”の連中が、“陸”に出しゃばるからだ!!!」
「聖王教会の占い師、貴様もだ!!!」
「列車とレールの修復とダイヤルの乱れ!! それらを元通りにするのに幾らかかると思っていやがる!!!」
「とんだ疫病神部隊ではないか!!!」
「少数精鋭部隊? ヘッポコ部隊の間違いであろう!!!」
「機動六課の即時解散を要求する!!!」
「てか、フォワード陣誰か一人寄越せ!!!」
「そうだ、そうだ!!!」
「予算~~~~!!!」




それからは、呆気に取られていた“海”が“空”も巻き込んでの、見るに堪えず、聞くに堪えない罵倒の押収となり、会議は中断された。
結局、議題である「機動六課初任務における“大”失敗の原因究明並びに対策手段考案」についての話は何の進展も無いまま終わりを告げたのであった。
後日、再び会議が開かれ、議論は更に熾烈を極めたが決着はつかず、もう一度だけ機会を与えるという落とし所となる。

―――二度目は無い。

案にそう言われているのを自覚し、はやては自らの戦場に舞い戻るべく歩きだすのであった。







(・・・早く終わんないかなぁ?)


暗く静かな研究所に響く声を耳にしながら、“少年”は今日何度目になるか数えるのも馬鹿らしくなるほど繰り返した溜息を再び心の中で吐いた。
目の前で何度も同じ“説教”を繰り返し話してくる“クライアント”共への暇つぶしとして始めてはみたのだが・・・

―――ものの三秒で飽きてしまっていた

それでも、“少年”の都合など知ったこっちゃないと言わんばかりに“説教”は続く。
いい加減我慢の限界になりそうだったその時、漸くながーいながーい“説教”は終わりを告げた。


『・・・では、努々忘れるでないぞ、ジェイルよ』
『作用』
『全ては』
『『『次元世界の平和の為に』』』
「承知しております」


恭しく“私”のふりをした“少年”は一礼する。
管理局が騒がしかったのと同様に、こちらも騒がしくなっていた。
管理局と違って、こちらの理由は至って単純。
口やかましい“クライアント”が今回の件に口を挟んできたからだ。
おかげで“少年”はしたくもない幻術魔法で、嘗ての“私”を演じる羽目になり、とても心を痛めていた。
内心では、馬鹿馬鹿しくてやってられない、と叫びたくなる“少年”であったが、そんな事をすれば後が恐ろしいので口を慎んでいる。

いつの間にか、三つの空間モニターは消えていた。
後に残ったのは暗く、静かな世界。

幻影魔法で“私”のふりをしていた“少年”は魔法を解除し、元の姿に戻った。
流石に長時間立ったまま“説教”を聞いていた性か体の彼方此方がギクシャクしていたので、軽く伸びをする。


「お疲れ様ですドクター」


そこへ、今まで背後で控えていたウーノから労いの声をかけられた。
まるで、出来の良い子供を褒めるかの様な暖かい言葉。
それ事態は嬉しいのだが・・・


「―――逃げた君に言われてもなぁ」


小さな声で呟き、聞こえないように溜息を吐く。
たがそこら辺は流石というべきか。
戦闘機人であるウーノの耳にはしっかりと聞こえていたようであった。


「・・・ドクター?」


美しき薔薇の如き笑顔でウーノがずいっと顔を近づける。
笑顔は笑顔なのだが、目が笑っていない。


(・・・ああ、これがコロス笑みって言う奴なんですかねぇ?)


冷や汗を流しながら、よく分からない真理を“少年”は悟った。
この後数時間、ウーノ達が満足するまで着せ替え人形を勤めるハメになり、口は災いの元だと実感するのは余談である。







一方、そんな事が起こっているとは露知らず、フリードが咄嗟に展開したシールド魔法のおかげで運よく軽傷ですんだ新人達は、早速訓練を再開していた。
今回の任務において、何も出来ないまま失敗に終わってしまったのを悔しがっての事である。
尚、前述した通り、なのはとフェイト、そしてリインフォースⅡは大怪我を負った為、暫く入院する事になった。
これにより、隊長二人が復帰するまでの間、副隊長二人が代理の隊長を務める事になる。
それは当然、訓練についても同様であった。




「“シュワルベフリーゲン”!!」


訓練場に“鉄槌の騎士”ヴィータの声が響き渡る。
同時に、空に幾つもの鉄球が浮かび上がる。
ヴィータはそれらを掛け声と共に“グラーフアイゼン”で打ち出した。


―――“シュワルベフリーゲン”

それは鉄球に魔力をコーティングして打ち出す、古代ベルカ式にしては珍しい中距離誘導型射撃魔法。
たとえAMFにより魔力のコーティングを剥がされようと、打ち出され、加速して飛来する鉄球が有無を言わさず敵を貫く。
簡単に言うならベルカ式“ヴァリアブルシュート”である。


この時、ヴィータが打ち出した鉄球の数は八発。

当たればただでは済まないであろう鉄球が八発、容赦なくスバルとティアナに襲い掛かる。
対するスバルとティアナの選択は回避でもなく、防御でもなく迎撃であった。


「どぉおおおりゃっせぇえええい!!!!」
「シューーーーーート!!!!」


殴り、穿ち、粉砕しながら前へ出ようとするスバル。
打ち抜き、相殺し、スバルが前へ出るのを援護するティアナ。

二人が全ての“シュワルベフリーゲン”を叩き落としたその時、二人の前に勢いよく回転しながら飛んでくるナニカがあった。
ヴィータだ。
“シュワルベフリーゲン”を放った後、すぐに間合いを詰めてきていたのだ。

“シュワルベフリーゲン”は囮。
本命はフロントアタッカーの真骨頂たる接近戦。

グラーフアイゼン・ラケーテンフォルムで使う大技。
魔力噴射による加速で勢いよく回転し、更に遠心力を利用することで有無を言わさず敵を打ち砕く、文字通り鉄槌の一撃。
それは砕けぬモノ無しと謳われし鉄槌の騎士と鉄の伯爵の得意技。
その名も・・・


「―――“ラケーテンハンマー”!!」


ヴィータは掛け声と共に、手加減をした、それでも当たれば痛い攻撃を繰り出した。
“シュワルベフリーゲン”を迎撃するのに夢中になって、ヴィータの接近に気付かなかったスバルとティアナの二人に“ラケーテンハンマー”が迫る。

タイミングは絶妙、これ以上ないくらい完璧。
もはや回避することは愚か、防ぐ事すら叶わない、そんな一撃であった。

直撃するまでの少しの間、今更ながらヴィータは、何故自分がなのはの代わりに訓練をしてやっているのかを思い返すのであった。


主、はやてが長年抱いて来た夢が遂に叶った場所“機動六課”
その最初の任務での出来事だった。

突如変化したガジェットの動き。
戦場に響く轟音と絶叫。

なのはとフェイト、そして我が家のリインフォースⅡが重傷を負わされ、入院を余儀なくされたのだ。

ヴィータは嘗ての誓いを思い出す。
八年前のあの日、近くにいながら救えなかったなのはを、今度こそ守ってやると、誓ったことを。

にもかかわらず、最初の任務のあったあの日、守るどころか共に戦場に立つ事さえしていなかった。
あの程度の事件ならば、副隊長二人まで出る必要は無いと判断しての事ではあった。
無論、新人達の事は心配ではあったが、なのはとフェイトとリインがサポートに就いているのだ。
何も問題は無いと、何かあってもあの三人なら対処できると、そう思っていた。

―――戦場で絶対など有りはしないと、分かっていたのに・・・


そこまで思い返していると、ヴィータは何時の間にか、確かな手応えと共にスバルとティアナの二人をまとめて吹き飛ばしていた。

いかんいかんとぼやきつつ、ヴィータは首を振って集中しなおす。

なのは達が暫くの戦線離脱を余儀なくされた以上、今は新人達を一刻も早く強くすることが急務。
手っ取り早く強くするにはどうするか?
答えは簡単だ。

全力でぶつかり合って勝敗を決める実戦形式の模擬戦を繰り返す。

それに尽きる。
ヴィータとて、この訓練法になのはが納得しないのは分かっていた。
あの日以来、他人にも自分のようになってほしくないからと、他人の無茶に厳しいなのはのこと。
このような訓練は到底認められないだろう。
それでも、なのはには悪いが、今の六課を取り巻く状況を前にしては四の五を言って、手段を選んでいられる場合ではない。
無茶な訓練をした報いが新人達に出るかもしれないと分かっていても、やるしかないのだ。


(・・・だからワリィ!!)


優しいなのはの嘆く顔を思い浮かべながら、グラーフアイゼンを一層強く握り締め、ヴィータは心の中で謝罪した。
そんなヴィータを他所に、スバルとティアナを吹き飛ばした際の衝撃で土煙が立ち上っていく。

―――手応えはあった。

今まで数多の猛者達を沈めてきたヴィータ自慢の一撃。
あのなのはですら、初めての時にはなす術も与えずに沈めた一撃なのだ。
例えリミッターを掛けられていようが、手加減をしていようが、新人ふぜいに防げる筈がない。

そう思っていた。
そう信じていた。

だが・・・土煙が晴れた瞬間、ヴィータはその思いに僅かな亀裂の入る音を聞いた気がした。


「なっ・・・に!?」


ヴィータは自身の目を疑う。
土煙が晴れたその先に、二人の姿がなかったのだ。

手応えがあった以上、避けられた可能性はない。
吹き飛ばされた後、起き上がって高速移動をして消えたのでもない。

まるで、最初からいなかったかのように・・・


「まさか・・・」
(―――幻影魔法!?)


そこまで考えが及んだ時、ヴィータは背筋にぞくりとした感覚が奔るのを察した。


「ちいぃいいい!!」


自らの本能に従って、ヴィータは全力で横へ跳んだ。
すると先程まで自分がいた空間に、一本の橙色に光る鞭のようなものが奔る。

鞭のようなものがなんなのか、ヴィータには分からない。
だが一瞬見えた橙色の魔力光。
それは・・・


「―――ティアナか!!」
「当たりです! ヴィータ副隊長!!」


ヴィータは咄嗟に、声のした方へ振り向きながらグラーフアイゼンを振り回す。
咄嗟に繰り出した一撃は、偶然にも迫り来る何かを弾いた。

その後、ヴィータが目にしたのは、一人で飛び出してくるティアナの姿であった。







ティアナは問いに答えながら飛び出し、魔力で作ったアンカーを振るう。
途端にアンカーは鞭の様に撓り、音の壁を叩きながらヴィータに襲い掛かった。。

以前は移動手段にしか使っていなかったアンカー。
それを鞭の様に使う攻撃を、キャロと接近戦の訓練をしていた際に偶然思いついたのだ。
以来、懐に飛び込ませないようにする時などにちょくちょく使うようになった。

瞬間的に音速の域にまで達する鞭の速さ。
威力こそ低いものの、出鼻を挫くかのように襲い掛かる鞭は非常に厄介だ。
流石のヴィータもやりずらそうに足を止め、ティアナとの間合いを計っている。

たがそれはティアナの思惑通り。

元々足止めと距離を保つ為に使うようになった鞭だ。
時間稼ぎにはうってつけの手段である。

―――懐に飛び込ませなければ、どんな凄いフロントアタッカーであろうとその真骨頂を発揮できない。

そのことをスバルの相棒たるティアナは熟知していた。


(作戦第一段階クリア! スバル準備は良い?)


もう暫く足止めするべく、ティアナは“片手で”鞭を振るいながら念話でスバルに確認を取る。
スバルの“とっておき”は下手をすればティアナ自身も巻き込まれかねないからだ。


(こっちは何時でもいいよ、ティア!!)


力強く返事を返すスバル。
その言葉に、ティアナは笑みを浮かべた。

今のところ、ヴィータの動きは実戦形式の模擬戦を始める前にスバルと打ち合わせし、想定していた動きを超えるものでは無い事。
それどころか、どこか心ここにあらずといった風にも見えた事。

二つの要素がティアナに作戦の成功を確信させたのだ。


(アンタがどんだけ強いのか知らないけどね! 甘く見んじゃないわよAAA+!!)
「スバル・・・・・・GO!!」


合図を送ると同時に、ティアナは全力で後ろへ飛んだ。
その際、使っていなかった“もう一方のクロスミラージュ”が構成していたバインド魔法を発動。
ヴィータをコンマ何秒でもその場に拘束しておくのも忘れない。

同時に猛スピードで疾走するスバルの姿が見えた。
スバルはスピードを殺さぬまま勢いよく飛び上がる。
そのまま空中で足を鞭のように撓らせ横薙ぎに振るった瞬間・・・

―――大気は裂け、巨大な“牙”は生まれた。

“道”を塞ぐ者、遮る者、邪魔する者。
幾多の者共を薙ぎ払う為にスバルが作り上げた、もう一つの“道”
果て無き空を駆ける為に作られた“翼の道(ウイングロード)”とは違う、もう一つの“道”
その名も・・・


「―――“牙の道(ファングロード)”!!」


大気を切り裂きながら、巨大なる“牙”がヴィータを引き裂かんと迫る。

バインドを掛けられたヴィータも迫り来る気配に気付いたのか。
無理矢理バインドを解こうとするが時すでに遅く・・・


―――スバルの放った巨大な“牙”の奔流に呑み込まれるのであった。











あとがき
プラチナさん、使いにくいです。
後、まだ起動してから短いのにもうプラチナ使いが存在していたのには笑った。
はやいって!!



[22012] 苦難の道 機動六課模擬戦訓練 後編
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:4a784f4f
Date: 2010/12/18 14:55
訓練場に轟音が響き渡る。
スバルが手に入れていたもう一つ“道”

―――“牙の道(ファングロード)”

それは、スバルが四年前のあの日から磨き上げてきた“牙”

自らの前に立ち塞がるありとあらゆるモノを薙ぎ払う為に作られし巨大な“牙”がヴィータに喰らいつく。
その瞬間、一つの模擬戦に決着がついた。

フロントアタッカーとセンターガードのポジションチェンジ。
低い攻撃力を時間稼ぎに利用し、フロントアタッカーの誇る最高攻撃力を以ってのヴィータの打倒。

少しでもヴィータに気付かれていれば成功しなかったであろう作戦。
それを成功させたのは間違いなくスバルとティアナ、両者の成長であったといえるだろう。

一方その頃、ヴィータ達と反対側の模擬戦場においても激しい戦闘が繰り広げられているのであった。







「はあぁあああああ!!」
「ふっ・・・・・・!!」


突き出される槍と振り下ろす剣が激突し、周りに軽い衝撃波が奔る。
愚直なまでに突撃を繰り返すエリオと、それを受け止めるシグナム。

模擬戦が始まって以来、何度も繰り返し行われている光景であった。
キャロとフリードはそんな二人を少し離れたビルの上から見学している。
理由は至って単純。

―――エリオが一人で挑んでみたいと言い出したからだ。

キャロとしては別に一人でやろうが二人でやろうがどちらでも構わなかった。
だが、自分の手札を切らずに済ませたかった事。
労せずしてシグナムの情報を得られるという事もあってエリオの要求を呑んのだ。

それから早数分。

両者は未だ互いに有効打撃を当てられずにいた。


「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」
「あぁああああああああああああ!!!」


突撃を受け止められたエリオは再び距離を取って刺突の連撃を繰り出す。
対するシグナムは右手には剣を左手には鞘を持つ変則的な二刀流でそれを捌ききっていた。
攻撃を捌くシグナムは顔に楽しそうな笑みを浮かべている。
シグナムは古い騎士だ。

―――小細工を嫌い、正々堂々を好み、正面から敵を討つ事に意味を見出す、古い騎士なのだ。

そんなシグナムにとって、エリオは久しぶりとも言える己と同じ気性を持っていると感じた騎士。
それがエリオだ。
そんな騎士との闘い。
シグナムにとって嬉しくないはずがなかった。


「は、はははははは! いいぞエリオ!! もっとだ!! もっと楽しませてみせろ!!」


シグナムは剣撃を加速させ、笑みを浮かべたまま楽しそうに闘う。
その様は、まるで狂戦士が如く。
戦闘狂の異名が伊達ではない事をこれ以上無いほど雄弁に示していた。


「くぅうううう!?」


更に加速したシグナムの猛撃を前に徐々に追い込まれていくエリオ。
最早決着は時間の問題と言っても過言ではないだろう。
だが、キャロはそれでも動こうとはしない。
それどころか、この戦闘を一瞬も見逃すまいと目を皿のようにしてジッと見ているのであった。







(ったく・・・・・・強いなぁ)


エリオは内心で毒づきながら迫り来る刃をかわし、時には受け止めた。
エリオの想像以上にシグナムの剣撃は一撃一撃が重く、ストラーダが軋みという名の悲鳴をあげている。
正直、エリオとしては本当に女なのか疑いたくなる程の馬鹿力であった。


―――一人で挑んでみたい。


エリオはキャロにそう言って頼み込んだ。
シグナムは強い。
経験、実力共にエリオよりもシグナムの方が遥かに上をいっているのだ。

―――未熟な僕が勝てるわけが無い。

胸を借りるつもりで頑張ろうと、エリオは素直にそう思っていた。
模擬戦が始まる前にキャロの目を見るまでは・・・




「模擬戦? もちろん勝つよ?」
キュクルー!


至極あっさりとした、さも当然の事のようにキャロは言った。
エリオは一瞬、耳がおかしくなったのではないかと思い聞き返す。


「勝つよ・・・って模擬戦だよ!? シグナム副隊長との!!」
「だから?」
キュクー?


エリオは声が思いもよらず荒くなっているのを悟った。
だが止まらない、止まれない。

キャロは確かに強い。
新人フォワード陣の中では恐らく最も強いだろうということはエリオにだって分かる。
だがそれは、あくまで新人の中での話。

訓練ではリミッターを付けているなのはにさえ四人がかりで漸く互角に持ち込んでいたのだ。
隊長陣との実力差は明らか。
それでもあのシグナムにキャロは負ける気は無いと、そう言っているのだ。


「分かってるの!? リミッターを付けているとはいえシグナム副隊長の元々のランクはS-なんだよ!?」


勝てるわけが無いと、エリオが続けようとした時、キャロは冷たい声で言った。


「なら負ける?」
キュクー?
「えっ?」


何時もとは違うキャロの冷たい声に、エリオは思わず怯んだ。


「負けて、悔しがって、次は頑張ろう、って言う?」
「で・・・でも!」


何か言い返したかった。
けれど何も言い返せず、エリオは言葉を詰まらせてしまう。
そんなエリオの反応に、キャロは微笑しながら空を見上げた。

―――蒼く透き通ったとても綺麗な空を。


「うん、そうだね。 確かにシグナム副隊長は強いよ。 たぶん、今の私達よりかは・・・ね。 でも・・・」
「でも・・・?」
「“先生”はもっと強い。 だからもう・・・負けたくないの」
キュクルー!


そう言ったキャロはどこまでも澄んだ瞳で遠くを見詰めていた。
その瞳は・・・

―――今まで見た何よりも綺麗だと思ったのだ。




「ぐはっ・・・!?」


シグナムの猛撃をエリオが受け止め続けてから早数分。
遂にエリオの腕が限界に達したのか。
攻撃を受け止める事ができずエリオの体は宙を舞った。
一転、二転、三転と地面を転がっていき、ビルの壁に当たって漸く止まる。

エリオも何とか起き上がろうとするが、その度に激痛が体を駆け抜けていった。
正直、このまま倒れてしまいたいと、エリオは思う。

それでも、エリオはこのまま倒れてはいられなかった。

シグナムがゆっくりととはいえ近づいてきている事もある。
だが何よりも、エリオはキャロの見ている前で、これ以上無様な姿を晒したくは無かったのだ。


(痛いなぁ・・・・・・)


今にして思えば、柄にも無く自信を失っていたのだろうとエリオは思う。
初任務のあったあの日、列車に着地しようとした瞬間、敵の仕掛けていた罠が発動し、何も出来ないまま気を失ってしまった。
戦いすらせずに負けてしまった事で、今まで築き上げてきた自信を圧し折られてしまった気分になったのだ。

―――なんて浅はかで、傲慢な思いであっただろう?

たかが数年しか生きていない未熟者の分際でよくもまあ、あんなくだらない自信など持てたものだとエリオは思う。

―――自信を失うなんて言うのはもっと強くなってからほざけ。

エリオはキャロから暗にそう言われた気がした。

確かに何も出来ずに敗れた。
だが、生きている、生きているのだ。

ならばより一層強くなろう、エリオ=モンディアル。
所詮この身は未熟者。
強くなりたいのならば、恐れている暇など無い!!


「―――だから!!」
「ぬっ!?」


エリオは痛みを堪えて立ち上がり、今出来る渾身の力を振り絞ってシグナムの攻撃を弾き、距離を取った。


「貴方に勝ちます! シグナム副隊長!!」
「来い! エリオ!!」


―――今よりもっと強くなる。

そして・・・

―――何時かはキャロに・・・

それが、エリオの望みなのだから。







宣誓はここになされた。
互いの全力を込めた一撃をぶつけ合い、立っていた者が勝者(すべて)である。


「ストラーダ!」
「レヴァンティン!」


両者は己のデバイスに命じる。
両者のデバイスもまた、主の命に全力で応えた。

―――目の前にいる存在を倒す為に必要な最善の一手を打たんが為に!


「「カートリッジロード!!」」
《《Explosion!!》》


その瞬間、両者のデバイスから薬莢が飛び出すと同時に膨大な魔力が放出される。
両者はその膨大な魔力を雷、あるいは炎に変えてデバイスの刀身に付加させ、大技を放つ体勢を取った。

―――全てはその一撃を以って決着をつけんが為に。


「スピーア・・・」
「紫電・・・」


時間にしてほんの一瞬。
最早両者は互いの事しか目にはいっていない。

そうして両者の全力を込めた一撃は放たれる。


「―――アングリフ!!」
「―――一閃!!」


次の瞬間、全てを打ち抜かんとする雷槍と全てを断ち切らんとする炎剣は激突した。
激突した際、今までの比ではない衝撃波が周囲を奔りまわる。


「「おぉおおおおおおおおおお!!!」」


けれど二人はそんな衝撃波など意にも介しはしなかった。
今二人が考えている事は唯一つ。

―――この人(こいつ)に勝つ!!

ただそれだけなのだ。







(よもやこれ程とは・・・・・・!!)


剣と槍を鍔ぜり合いさせながら、見縊りすぎていたのかもしれないと、シグナムは素直にそう思った。
なのはやフェイト、リインフォースⅡが重傷を負ってからというもの、その穴埋めをする為に毎日が忙しくて忙しくて嫌になりそうであったのだ。
大量の被害報告をまとめ、新人達の訓練メニューをヴィータと一緒に作り、挙句の果てには苦手な訓練まで押し付けられる始末と大忙しであった。
故に、シグナムはヴィータが実戦形式の模擬戦を提案してくれた時、即座に頷いたのだ。
正直、シグナムにとっては渡りに船というべきだったのだろう。
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、剣の騎士は模擬戦を受けたのだ。

―――新人達には悪いが鬱憤晴らしに付き合ってもらおう。

模擬戦が始まるまで、シグナムはそう考えていた。
たが模擬戦が始まると、何時の間にかそんな思いは消え去っていた。

―――楽しい。

逆にそう思った。

―――如何にリミッターを付けているとはいえ、新人が一対一で私と互角に渡り合える筈がない。

シグナムはそう思っていた。
にもかかわらず愚直なまでに突撃を繰り返し、敵わぬと知っていながら尚諦めずに向かってくる。
そんなエリオは紛れも無く“騎士”と呼ぶに相応しい者だと、シグナムは思う。
気が付けば、シグナムはレヴァンティンの柄をこれ以上なく強く握り締めていた。

―――血が滾る。

十年前以来久しくなった懐かしい真剣勝負にどうしようもなく血が滾るのだ。


(そういえば・・・テスタロッサと初めて戦った時も、あのくらいの年だったな)


ふとシグナムは、そんな懐かしい事を思い出す。
そう、まるであの時を再現するかの如く。

シグナムはフェイトと同じ雷の変換資質を持つ騎士と闘っている。

その事が、シグナムにはとてもおかしく思えた。

時代が動こうとしているのかもしれない、と。
私達のような古い騎士を超えていく次代の騎士が生まれ様としている、と。
いずれエリオはそんな騎士達の筆頭となるかもしれない、と。

ならばそんな次代の騎士に対してシグナムが言えるのはソレしかなかった。


「楽しかったぞ、エリオ・・・だが・・・」
《Explosion!!》


魔法使用中にもかかわらず、シグナムはもう一発カートリッジを激発させた。
燃え盛る炎が更に勢いを増し、拮抗していた雷を呑み込んで拮抗状態を崩す。


「なっ、もう一発!?」
《What!?》


エリオとストラーダが驚いていた。
慌ててエリオも更にカートリッジを激発させようとするが、それを見逃すシグナムではない。


「―――ベルカの騎士に挑むには、まだ足りん!!」
《Sieg!!》


―――気合一閃。


そしてそれは成された。
剣を振りぬくシグナムと空を舞うエリオ。

―――勝者と敗者。

そんな二人の立場の差を明らかにするかの如く。
弾かれて宙を舞っていた敗者の槍が地面に突き刺さった。

空を暫く舞った後、落ちていくエリオの下へ突然空間から鎖が現れる。
鎖はエリオを空中で絡め取り、ゆっくりと地面へ降ろしていった。
着地地点には何時の間にかビルから降りてきていたキャロとフリードの姿がある。


「お疲れ様」
キュルー


エリオを地面に下ろすと、キャロは微笑を浮かべながら簡易的な回復魔法を掛けた。
その間、フリードは気絶しているエリオの頬を心配そうに舐めている。
負けてしまったけれど、その健闘を称えてのことだ。

そこには温かい空気が流れ、三人だけの世界が何時の間にか出来ていた。

シグナムはそれを呆気に取られながら見ている。
その後頭部には漫画の如き、大きな冷や汗が流れていた。

どうやらシグナムはエリオとの闘いに夢中になって、キャロの事を完全に忘れてしまっていたようだ。
やがて応急処置を終えたキャロがゆっくりと立ち上がる。


「それじゃあ、始めますか?」
キュクー?


まるで、明日の天気を聞いているかの如く。
穏やかな声でありながら、先程までの暖かい空気を出していた張本人とは思えないほど、何かが違っていた。


「ああ・・・・・・」


シグナムもその事に気付いたのか。
声を硬くし、油断せずに剣を構えなおす。
その瞬間、“雨”が降り注ぐのであった。

―――数百もの“刃”という名の“雨”が・・・




かくして、闘いはあっさりと決着が付いた。

突然現れた“雨”を前に、エリオとの闘いで疲れていたのか。
反応が遅れ“雨”に討たれ倒れるシグナム。
それを残念そうに見ているキャロとフリード。

その瞬間、二つの模擬戦は終了し、リミッターを付けているとはいえスターズ・ライトニング共に新人達が勝利すると言う異例の事態で幕を閉じたのであった。












あとがき
感想ください(泣)



[22012] 英雄再臨 前編
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2011/01/02 21:41
初の実戦形式による模擬戦を勝利で飾った新人達。
一時とはいえ格上の者に勝てた喜びに浸る暇もなく、機動六課は新たなる戦場へ向かう。

―――その戦場の名はアグスタ。

キャロ、スバル、ザフィーラ、ユーノ、そして“少年”。

奇しくもこの地に、彼の者と縁を結びし者がこの地に集う。
彼等が集いし時、アグスタに何を齎すのか。


―――この時、知る者は誰もいない。







クラナガン南東に位置する自然再現区。
その一画、周囲の木々に埋もれる間際に、今回機動六課が護衛に就くホテルがあった。

ホテルで行われるオークションの護衛。
それは何事も起こらなければ、あっさりと成功するであろう任務。

そんな任務を先日の一件で落ち目の機動六課に任されたのには当然の事ながら理由があった。
理由は至って単純。

機動六課に何としてでも功績を挙げさせるべく“海”の上層部が強引に捻じ込んだのだ。

暫くは任務から遠ざかる事になると予想していたはやてにとっては正に寝耳に水の話である。
なのは・フェイト・リインフォースⅡの穴は、たとえはやての想像以上の実力を持ち始めている新人達を以ってしても埋めるの容易ではない。
はやてはそう思っていた。

何はともあれ、任されたからにはしっかりと遣り遂げる、やり遂げてみせる。

そう判断したはやては今回の任務に対して、隊長二人が復帰するまでの臨時としてザフィーラとヴァイスの二人をフォワード陣に編入させる事を決定。

この人事により、ザフィーラはライトニング、ヴァイスはスターズ分隊への配属となった。
しかし敵がガジェットであった際、特攻戦法に対する対処法。
その件について語られる事はなかった。

これは、少人数に対する特攻戦法を仕掛けられた際における“現機動六課唯一の対処法”
それが実行できない事に起因する。
因みに、現機動六課唯一の対処法。

それは近づかれる前に遠距離からまとめて吹き飛ばす、という力任せの方法である。

けれど悲しい事に、その方法を実行可能な広域型魔導士であり、部隊長であるはやては“海”の強引さに怒り狂った“陸”の上層部によってホテル内部の護衛に付かされるハメになっていた。

これもまた、はやてにとっては寝耳に水の話である。

結果、ホテルの外を防衛するのはいずれも広域を守るのに適していない近接主体の魔導士を主軸としたメンバーとなる。
無論、近接主体のメンバーで広域を守る事の難しさは言うまでもない。
余程の高速戦闘を得意とし、常に全速で戦場を駆け巡れるような高機動型の魔導師でなければ不可能である。

当然、この人事にははやても抗議した。
しかし、元々“海”の上層部が無理矢理捻じ込んだ任務である。

抗議が聞き入られる事は無く、逆に「部隊長一人いないだけで駄目になる部隊なのか?」と皮肉を以って返される始末となった。
その上、失敗は許されないのだという。
あまりの崖っぷちぶりに各々が歯軋りをする中、時間は流れていくのであった。







「はぁ・・・・・・」


ホテル内の警備をしながらはやては溜息を吐いた。

―――長年の夢であった部隊“機動六課”。

それを設立出来たは良いものの、初っ端から問題がこうも山積みになるとは思っていなかったからだ。
無論、何の問題も起こらないとは思ってはいなかった。
けれど・・・


(―――やっぱり、早過ぎたんかなぁ?)


正直、これ程に成るとは予想外だったとはやては思う。

―――今まで色々な人達に迷惑を掛けてきた分、少しでも恩返しをしたい。

機動六課を設立した“本当”の理由以外に、そんな思いがあった。
だが、今の状況はその逆。
恩返しの筈が逆に迷惑を掛けてしまっている。
今も後見人として色々動いてくれている人達の顔が目に浮かぶ。
これでは本末転倒と言うものだ。


「あ~あ、まったくやんなるで・・・・・・」


天井を見上げながらはやては独り言をぼやいた。
周りには誰も居らず、一人であったせいか、独り言であったにも関わらず声が響く。
気にせず軽く伸びをすると突然横から声が聞こえた。


「あの~お姉さん?」
「へっ・・・・・・!?」


はやて思わず素っ頓狂な声を上げ驚いてしまう。
すぐさまはやてが声のした方へ向き直ると、そこには何時の間にかちょっと困った顔をした紫髪の少年がいた。


(今日のオークション参加者にこんな子おったっけ?)


見覚えの無い少年を前に首を傾げながら、はやては顔には出さず疑問に思う。
けれどすぐに参加者の子供なのだろうと当たりをつけ、疑問を打ち切った。
そんな事を考えていると、少年は少し気恥ずかしそうにしながらはやてに尋ねてくる。


「すいません、御手洗いって何処にあるかしりませんか? 此処広いから迷子になっちゃいまして」


どうやら少年はトイレを探しているらしい。
確かにこのホテルは大きいので迷うのも無理は無いのかもしれない。
だが、とはやては再び疑問に思った。

―――幾らドレスを着ているとはいえ、それを私に聞くだろうか?と。

はやては現在“色んな意味”で有名である。
その手の事は、普通そこら辺にいる従業員をに聞くのではないだろうか?

そんな何時もであればどうでもいい事が、何故かこの時はやてには引っかかった。
だがホテル内の護衛をしている以上、御客と揉め事を起こすのは得策ではない。
何より、ただトイレの場所を聞いているだけの子を疑うというのはおかしな話だと、はやては再び疑問を打ち切った。


(こりゃあ、予想以上に疲れとるんかもしれんなぁ)


はやては顔には出さず、内心で頭を悩ませる。
なのはとフェイト、そしてリインフォースⅡの三人が抜けてから今まで以上に仕事は忙しくなった。

ただでさえ設立以前から反対の声が大きかった部隊。
それを押し切る形で設立したは良いものの、先日の任務における“大”失敗。

ここぞと言わんばかりに様々な人の文句や苦情が殺到したのだ。


(とはいえ、今は関係ない話やな)


はやては気を取り直して、トイレの場所を説明する。


「それでしたら、この廊下をまっすぐ行って右に曲がった所にありますよ」
「そうなんですか、ありがとうございます」


少年は笑顔で御辞儀しながらはやてにお礼を言ってくれた。
そう大した事はしていないのに礼を言われたので少しくすぐったいなと、はやては思う。


「どういたしまして」


笑顔には笑顔で返答するはやて。
そして少年がはやての横を走って通り過ぎようとしたその時。


「お仕事頑張ってくださいね“八神はやてさん”」


“少年”の声が変わっていた。


「なっ・・・・・・!?」


慌てて振り向くはやてであったがそこには誰もいない。
自分以外誰も存在していない、無人の廊下に戻っていた。
そう、後から思い返してみれば、これが最初の接触だったのだとはやては思う。

しかしその事に気付くのはまだ先の事であった。







「お仕事頑張ってくださいね“八神はやてさん”」


そう言い残し、“少年”は光学迷彩で姿を消し、悠々とホテルから離脱した。
ホテルに来た目的は二つ。

先日の件でがみがみ文句を言われたので、次からどの程度手加減するか自分の目で確かめる為の敵情視察。
とあるロストロギアの強奪。

以上である。
だが、あっさりと両方の目的を達成できた為、たまたまそこにいたはやてを暇潰しにからかってみる事にしたのだ。
因みに、“少年”はこの事はウーノ達には内緒にしていた。

こんな事をしたいと言っても許可されないのは目に見えているからだ。
確かに、“少年”自らがそんな事をする必要性は無い。

―――けれど何故か、“今日、此処へ来なければならない”

そんな気がしたのだ。
勘、あるいは虫の知らせとでも言うべきか。
そんなある種の“予感” 、内なる衝動と言い換えてもいいモノ。
その“予感”の正体が何なのかは分からない。

けれど、その“予感”に突き動かされ、“少年”は今此処にいる。

とまあ何はともあれ、ウーノ達は今頃“少年”の作った「ミガワーリ君Mk-Ⅱ」に搭載してある幻影魔法発生器によりアジトに“少年”がいるものと勘違いしている筈である。

故に、ばれる前に帰還するのがベストだと“少年”は考えた。
そんな訳で、偶々近くに来ていた“知り合い”の片割れに長距離転送を頼むべく、“少年”は待ち合わせ場所に向かう。
暫く森の中を歩くと、“少年”の目には、待ち合わせの場所に早くも到着している二人の姿が見えた。


「お久しぶりですね、ゼストさん、ルーさん」
「・・・・・・」
「・・・久しぶり、コカ」


暑い日差しを森の木々が遮る中、“少年”ことコカリエッティは久しぶりに会った知り合いの二人に挨拶する。
二人の反応は当然の事ながらバラバラ。

挨拶をしているのにぶすっとした仏頂面のまま沈黙しているゼスト。
対して、何時の間にか定着している“少年”への愛称を呼びながら返事をしてくれるルーテシア。

対応の差こそあれ、コカリエッティにとっては久しぶりの再会。
ゆっくりと話をする時間が無いのが実に残念であるとコカリエッティは思う。
だがこの時コカリエッティは、もう一つの再会が近づいていようとは知る由もなかった。

それこそが、コカリエッティがアグスタに来なければならないという気がした元凶であり・・・。


―――“宿敵”の再臨であるという事を。







午後四時四十七分。
警報が高らかに鳴り響く。
同時に緊急通信が機動六課各隊員の耳に届いた。


『報告! レーダーに反応!!』
『クラールヴィントも感知したわ!!』


―――ガジェット出現。


出現に真っ先に反応したのは、現在指揮を任されているシャマルと後方支援分隊のロングアーチ。
前回の事件の際、何も援護できなかった事もあってかなりの意気込みを持っての対応。
その成果を存分に発揮していた。
因みに、シャマルが戦場に出ている理由は至って単純なもの。

―――崖っぷちに追いやられている今の機動六課にAAランクの魔導士を遊ばせておく余裕はない。

部隊長であるはやてがそう判断したからだ。
とはいえ、シャマル自身の戦闘能力は他の守護騎士に劣るのもまた事実。
その為はやては今回に限り、ホテル内にいる自分に代わって、そのサポート能力を存分に発揮できる指揮官へ抜擢したのだ。

そんなこんなで指揮を任されたシャマルは現状を確認するべくシャーリーに情報を求める。
返事はすぐに返ってきた。


『現在機影確認中! ガジェットドローンⅠ型総計八十一!! Ⅲ型十七!!』
『北から西にかけて、扇状に敵機接近! 主に三方向から接近中!』
『データと照合! Ⅲ型を中心にⅠ型が五機、または六機編成で進行中!! 航空戦力は見当たりません!!』
『ガジェットドローン移動速度時速二十km。 接敵まで残り三十分です』


気合の入った、それでいて素早く正確なロングアーチの報告にシャマルはホッと息を吐いた。
以前の任務における“大”失敗。
それを引き摺っている訳では無く、それを乗り越えようとしている事が報告する時の声で分かったからだ。


(今のところ、敵唯一の航空戦力であるⅡ型がいないのが救いだけど、増援として出てくる可能性は否めないわね。
しかも、敵が再び特攻戦法をしてこないとも限らない。 敵の狙いは何かしら?)


報告を聞きながらシャマルはマルチタスクを使って敵の目的について考えていた。

―――未だに謎に包まれているガジェット製作者やレリック収集者。

その正体をつきとめるべくフェイトが捜査を進めている。
だが、未だに尻尾を掴めていない。
ガジェットを捕獲してもすぐに自爆されてしまい、情報が一向に出てこない始末。

何の目的があってレリックを集めるのか?
レリック収集者とガジェット製作者は同一人物なのか?

シャマルの疑問は尽きない。
その謎を追っていたフェイトも先日の任務で重傷を負って戦線離脱を余儀なくされてしまい、今分かっている以上の情報が無い事も関係している。

結局、結論はでなかった。
ならばとシャマルは気合を入れ直し、目の前の失敗できない任務に集中する。


―――それが今出来る最善の行動だと信じて。







一方、報告を聞き、ホテルの地下駐車場を見回りしていたシグナム、ザフィーラ、エリオ、キャロ、フリードの五名も動き始めていた。


「エリオ、キャロ。 私は地上でガジェットを排除する。 お前たちはティアナの指揮下に入れ」
「はい!」
「了解です」


シグナムが指示を出すとエリオとキャロは敬礼をしながら返事をする。
シグナムはそんな二人を見て軽く頷く。
先日の模擬戦で、自身を敗北に追い込んだ二人の実力をシグナムは信用していた。
もっとも、次があればリミッターを解除してでも負けはしないなどと物騒な事を考えながら、だが。
そしてシグナムは、今度はザフィーラに指示を出した。


「ザフィーラは私と共に来い」
「心得た」


さもそれが当然であるかの如く。
今まで喋らなかったザフィーラは人語を喋って返事をする。
その事に、エリオは驚きを隠せなかった。


「へっ!? ざ、ザフィーラって喋れたの?」


素っ頓狂な声を上げながら驚くエリオ。
意外に落ち着いた声で了承の言葉を口にしたザフィーラだ。
キャロは知っていたがエリオは心底驚いていた。
賢い使い魔だとは思っていたが、まさか人語を解する上に口が利けるとは思わなかったのだ。
エリオはそれほどまでに、ザフィーラほど高等な使い魔はフェイトの使い魔たるアルフ以外に見た事がなかった。


「我々は前線にいるが、守りの要はお前たちだ。 もしもの時は頼むぞ」


驚かれる事には最早慣れたザフィーラは、気にせず声をかける。
ザフィーラも先日シグナムやヴィータを敗北に追い込んだキャロ達の実力を評価していた。
中でもキャロの動きに、とあるの男動きを被らせていたのだが、気のせいだと思うことにしている。
決して、自身の影が薄い事を認め諦めている訳ではない。


「う、うんっ!」
「問題ありません」
キュクル~♪


そんなザフィーラの心情を悟ったのか否かはさて置き、エリオとキャロとフリードは返事をする。
返事を見届け、シグナム・ザフィーラは地面を蹴ってキャロ達と別れた。
その後、エリオとキャロはそれぞれの持ち場へ向かう為に走り出す。
すると、ほぼ同時に通信回線が開いた。

シャマルから激励と忠告の言葉だ。


『前線各員へ。 状況は広域防御戦です。 ロングアーチと私、シャマルと合わせて総合管制を行います。
皆、怪我のないようにね。 後、なるべく敵とは距離を取って戦う事を心がけ、自爆に巻き込まれないよう注意してね』
『了解!』


返事をして、各々は再び己のデバイスを構えて戦闘を開始しようとしたその瞬間・・・




―――世界が揺れた。




『・・・・・・次元震』


誰かがそう呟く声が各隊員の耳に響く。
全てを滅ぼしかねない忌むべき現象。

―――次元震。

それが突然発生したのだ。
もしや世界の危機かと焦るフォワード陣。

しかし、発生した次元震はすぐに収まった。
途端にホッと安堵するフォワード陣。
だが、悲鳴のようなロングアーチからの報告を聞いて状況は再び一変した。


『た、た、た、大変です!! 次元震発生地点付近に高魔力反応を感知!!! な、何者かが虚数空間より出現しました!!!!』
『ど、同時にジュエルシード反応を感知!! か、数はじゅ、十二!?!?』
『ぜ、全ガジェット急速反転!! 次元震発生地点付近に向かっています!!!』


あまりの事態にどもりながらも現状報告するロングアーチ。
その報告が耳に届いた時、その場にいるほぼ全員が思わず呆気に取られる。
故に、その後突然発生した突風ならぬ暴風への対処が遅れたのであった。







次元震発生地点付近。

その場には、先程までは存在していなかった男が立っていた。
男の周囲には、十二個ものジュエルシードが転がっている。
否、いたというべきか。
十二個のジュエルシードはその役目を終えたといわんばかりに罅が入り、灰となっていたのだ。

十二個もの願いを叶えるというロストロギアが許容を超えて自壊する。

それがどれほどありえないことであるか、異常な事であるか。
男はそんな事は気にもせず、ゆっくりと十六個の赤き眼を開いていく。

―――同時に周囲の空気が軋むような音をあげた。

十二個のジュエルシードを共鳴させる事で発生した膨大な魔力。

それを僅かばかり己の内に取り込んだ事による魔力の波動。
更に、男から放たれている強烈な怒気。

許容量を超えた、過剰なまでの濃い魔力と威圧を前に、空気は固形物と化したかの如く。
オモイものとなって周囲の空気を軋ませているのだ。

それは己を嵌めた者に対するものか。
それとも嵌められた己に対するものか。

どちらなのか、あるいはどちらもなのか。

その答えは、男にしか分からない。
けれど、一つだけ言える事がある。

男のしている事、それは、行く当てのない感情を辺りへばら撒くという事。

要するに八つ当たりである。
そこへ、膨大な魔力反応を感知して反転してきたガジェット達が現れ、男の周囲を囲む。
その行為が如何なる結果を齎すのか?
ガジェット達はもうすぐ身を以って知る事になる。


「・・・・・・・・・・・・」


男は構えもせず、それを黙って見ていた。
構えもせず、背負いし太刀も抜かず、ただ只管に仁王立ちしてガジェット達を十六の眼で見ている。

それを好機と見たのか。
ジリジリとガジェット達は距離を詰めていった。
そして、恐れというモノを知らぬガジェット達は“ある一定のライン”を何の躊躇も無く超える。

―――それが踏み越えてはならぬ“死線”とも知らずに。

そのまま、双方の距離が五メートルをきったであろうその時・・・


「オ・・・オォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


―――雄叫びを上げながら、男は荒れ狂う暴風となって吹き荒れるのであった。




それは“白”

長髪を九本に束ね、仮面のついた白い甲冑に身を包む。
その姿はまるで一本の名刀が如く。
美しくも恐ろしいと称されし者。

彼の者は空(悔う)、彼の者は鋼(乞う)、彼の者は刃(ジン)。

彼の者は一振りの剣にして全ての罪を刈り取り、悪を滅せし者。
世界を白く染め、無に回帰させし者。
罪を背負いて名を捨てて、荒御霊の名を冠する甲冑を纏い、魔を斬る神鳴る太刀を振るいし者。

名を『ハクメン』
異世界最強の剣士也。


―――ここに再臨す











あとがき

すいません、無双は次回にお預けです
漸くここまで戻ってきました。
次回からとらは版に移行します。



[22012] 英雄再臨 中編
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2011/01/12 22:46
「オ・・・・・・オォオオオオオオオオオオ!!!!」


ハクメンが吼える。
それは戦いの・・・否、虐殺の始まりを告げる高らかな咆哮。
一振りの剣にして全ての罪を刈り取りしハクメンは怒りの感情を以って突き進む。


「“残鉄”!!」

―――斬り。

「“蓮華”!!」

―――蹴り。

「ぬんっ!!」

―――踏み砕く。


それはさながら、誰にも止められない暴風の化身。
かの荒ぶる嵐の神“素戔嗚尊(スサノオノミコト)”が如く。

―――『英雄』

そう呼ぶに相応しい暴れっぷりであった。

だが、ガジェット達とて何時までもやられっ放しではない。
一部のガジェットは、暴風の如きハクメンから距離を取って反撃の準備を整えていた。
その準備が整ったのを見計らって、ハクメンの動きを抑えようと三型二機が飛び掛るが・・・


―――無意味。


「邪魔を・・・・・・するな!!」


掛け声と共に、ハクメンは虚空に陣を描く。


―――“斬神”


ハクメン固有の技能(ドライブ)にして、ハクメンを剣聖たらしめる『後の先』が究極型。

その技能(ドライブ)を以って、ハクメンは一瞬で二機の飛び掛ってきた勢いを無効化。
続けて流れるように二機の後ろへ回り込み、太刀の峰をバットの様に振るう。
その気になれば峰でも両断に出来るところを、ハクメンは敢えて“壊さぬよう”二機をまとめて吹き飛ばす。
半壊になりながらも二機は砲弾の如く、地面すれすれを低空飛行で吹っ飛んでいく。
その先には、三型二機がハクメンの動きを抑えた瞬間を狙って砲撃し撃破せんと、一型十数機が砲撃の準備を終え、待ち構えていた。

―――そこへ砲弾の如く吹き飛ばされて迫る三型二機。

迫り来る三型を認識し、一型は慌てて攻撃行動を中断して回避行動をとるが・・・時既に遅く。
飛んできた三型によって一型数機は轢かれ、薙ぎ倒されて爆散した。
運よくかわせた残りの一型数機は再度砲撃を開始しようとするが・・・


―――今のハクメンの前では遅すぎた。


「“鬼蹴”」


三型二機を吹き飛ばすと同時に行っていたハクメンが誇る神速の踏み込み。
それを以ってハクメンは一型の懐へと難なく入り込み、そのままハクメンは一型が気付くよりも早く、地面擦れ擦れを駆けた体勢から右拳を空へ向けて振りぬいた。

それは、“鬼蹴”からの繋ぎ技。
嘗て、とある科学者の前後左右上下360度から迫るバインドをまとめて吹き飛ばせし剛拳。

その名も・・・


「―――“閻魔”!!」


振りぬいた拳は寸分違わず一型に直撃し、空高く宙を舞わせる。
同時に周囲に上昇気流を生み出し、その上昇気流に乗るかのようにハクメンは跳んだ。
一瞬で自らが跳ね上げた一型よりも上を取ったハクメン。

そこからハクメンは再び太刀の峰を上から下へと一直線に振り下ろす。

それは嘗ての己の隣にいた者の名を冠せし技。
感謝と懺悔の気持ちを込めて名付けし必殺の一刀。

その名も・・・


「―――“椿祈”!!」


繰り出された一撃は、本来であれば敵を縦に両断、或いは首を落とす筈の一撃。
だが峰打ちに変わったことにより、今度は一型が砲弾と化して地面に向かって飛んでいく。
その後、やはり先程と同じように一型数機へと直撃し、爆散した。
空中でそれを見届けた後、ハクメンは音もなく地面に着地する。


「・・・笑止。 これで戦いのつもりとはな・・・・・・」


ハクメンは鼻で笑いながら太刀を鞘へと収めていく。
その太刀が鞘へと収められきった瞬間・・・




―――その場にいた全てのガジェットは爆散した。




この間、僅か二分足らず。


―――正に圧倒的な実力による殲滅であった。







その咆哮を・・・その溢れんばかりの威圧を感じた瞬間、キャロには分かった。
否、分かってしまった。

三年ぶりであろうか。
全身の震えが止まらないのをキャロは感じた。

恐れているのではない。
歓喜に震えているのだ。
キャロが隣を見ればフリードも同様に震えている。


『が、ガジェット全機の撃墜を確認!!』


ロングアーチからの報告がキャロの耳に響く。
僅か二分足らずでの数十機のガジェットの撃破。


しかし、五月蝿いと、キャロは口には出さずにそう思った
驚くに値しないと、何故分からないのだろうか、と。
キャロの知るアノ人にとって、“この程度”の戦果など容易いもの。

褒めるにも値しない事なのだと。


『現場に尚もSSSランク魔力反応の残留を感知!! 映像出ます!!』


途端にフォワード陣の目の前に空間モニターが展開される。
キャロとフリードは目にせずとも誰が映っているであろうかを理解していた。

―――映っていたのは予想通りの人物。

三年前のあの時から少しも変わらぬ、否、益々強まったと思える威風。
日の光をも弾き返し、周囲を圧し、一本の名刀の如く一人佇むその姿。


(ああ・・・・やっぱり・・・・)


―――“先生”なんですね。


気が付けば、キャロは自然と地面を蹴って駆け出していた。
後ろからは複数の声がキャロの耳に響く。
だがキャロはその尽くを無視して、森の中を一直線に突っ走った。

―――第三刻印陣起動

全速で走りながら、キャロは更に加速するべく靴に刻む刻印陣を起動させる。
自身の血で刻まれし刻印陣に魔力が瞬時に流れ込み、刻まれた陣に従い魔法陣を描く。

―――“シングルブースト・type A”顕現

一瞬の後、刻まれた刻印陣は正常に効果を顕す。
同時に、キャロは身を屈め更に加速した。

もはや疾風の如きその疾走。

隣には当然の如く“相棒”のフリードが併走している。


「行こうフリード!! “先生”に会いに!!」
キュクルー!!


顔には笑顔を浮かべ、キャロとフリードは更なる加速を以って疾走する。
今のキャロの頭の中はまさにこの世の春であった。

無理も無い話である。

もうすぐ、もうすぐなのだ。
すぐそこに、この先に・・・

―――“先生”がいるのだから。

キャロの心臓が酷く忙しそうに鼓動を繰り返している。
その心臓の音でキャロの耳が埋め尽くされる。

普段ならうるさいと思うことすら嬉しく、又喜びを得る糧でしかないのだからどうしようもない。

―――何を話そうか、なんと声をかけようか。

キャロの思考は止まらなかった。

あの日ハクメンと別れてから今日まで、キャロがハクメンのことを思い出さなかった日は一度としてないのだ。
フェイトに“保護”されてからも、キャロは幾度となくハクメンの足取りを追おうとしていた。

情報屋を頼った事もあった。
一種のヤクザのような組織に“話”を聞きに言った事すらあった。

しかしキャロにハクメンを見つけることは叶わず。
今日に至るまで見つけることは愚か、情報を手にする事すら出来ずにいた。
そこまで想っていた相手が、捜していた相手が、今すぐ傍にいるのだ。

期待は当然の事ながら、同時に少しばかりの不安も存在しているのも当然の事。

―――気付いてもらえるだろうか、褒めてもらえるだろうか?

そして何より・・・

―――また、一緒にいられるだろうか?

もう三年も前のことなのだ。
忘れられても仕方は無いということはキャロだって理解している。
だけど、とキャロは思うのだ。

―――あの懐かしい日々を、未だ子供だが人生で一番楽しかったと思える日々を、もう一度、と。

キャロは只管に再会した時の事を考えていた。
この時、この疾走、何人たりとも止められはしないと、キャロはそう思っていたのだ。


―――忌々しい“蟲達”が現れるまでは。







突然発生し、即行で治まった次元震。
その直後出現した、推定SSSランクアンノウン魔導士の咆哮と、その後僅か二分足らずで殲滅されたガジェット。
呆けていたフォワード陣とは裏腹に、逐一情報集めに専念してくれていたロングアーチがアンノウン魔導士の映像を空間モニターに映しだす。


「えっ・・・・・・?」


それを見た瞬間、スバルは驚きの声をあげると同時に懐かしい記憶を思い出す。




四年前の空港火災のあったアノ日。
スバルは一人、孤独に耐えられずに座り込んで泣いていた。
そんなスバルに向かって落ちてくる瓦礫。
幼いながらも漠然と死を覚悟した時、瓦礫を蹴り砕いて助けてくれた人がいた。

―――まっしろなかみさま。

何故かそう感じた、今でもスバルの憧れている人。
アノ日以降、スバルは自分を変える事を決めた。

何時も泣いているばかりであった自分はもうおしまい。
私を助けてくれたアノ人の様に困っている人達を助けよう。

そう決めてから早四年。
スバルは必死に自分を鍛えてきた。
その間、暇を見つけては自分を助けてくれた人の情報もこっそり集めるのも忘れない。
だが、管理局に所属している魔導師にもそんな人の情報は見当たらなかった。

そうしていく内に、スバルは薄情にも助けてくれたかみさまの顔を思い出す事も出来なくなっていた。
それでも尚、鮮烈に印象に残った“白”
それと同じ色が今、目の前に映っている。




スバルが現実に意識を戻した時には、キャロの姿は背中が小さく見えるほど遠くにあった。
シグナム達の止まるよう命じる声を無視して、脇目も振らずに走っているからだろう。
速く、速く、只管に速く駆ける、まるで疾風の如き疾走。
下手をすれば自分よりも速いかもしれないキャロの健脚っぷりに、スバルは驚く他なかった。


「くっ、シャマル! 私とヴィータでキャロを追う!! 後の事は任せたぞ!! 行くぞヴィータ!!」
「応よ!! 即行で連れ戻す!!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、シグナム、ヴィータちゃん!! 隊長代行の貴女達二人が現場を離れてどうするの!?
私達の任務はあくまでオークションの護衛なのよ!! 伏兵がいないとも限らないわ!!」
「そうすっよ姐さん!! ここは冷静になりましょうや!!」
「シャマルとヴァイスの言うとおりだ! 二人とも落ち着かんか!! ここは我が行く・・・・・・奴がいる以上、借りを返さねばな!!」
「「そうじゃないでしょ、ザフィーラ/旦那!!」」


スバルの隣では何時の間にか“現”隊長陣による論争が繰り広げられている。
どこか漫才の様に聞こえる論争はすぐに結論が出そうに無い。


というより、ザフィーラが喋れたとは知らなかった。
ただの犬ではなかったようだ。
しかし、借りとはなんなのだろう?
アノ人の事を知っているなら後で教えてもらおう。


そんな今は如何でもいい事が頭に浮かぶが、スバルは頭を振って振り払い、ティアナとエリオの方へと顔を向けた。
するとティアナは “現”隊長陣を見ながら如何すべきか困惑している。
逆にエリオの方は今すぐにでもキャロを追いかけたそうに焦っているようであったが、ティアナによって止められていた。

とそこへ、ティアナからの念話がスバルの頭に響く。


〈スバル、エリオ聞こえる? 隊長達は一先ずほっといて、これから如何するか決めるわよ〉
〈〈い、いいの/んですか?〉〉


思わずスバルはエリオとはもりながら念話で聞き返す。
隊長達を無視して勝手な行動をするのは重大な違法行為であるからだ。


〈いいの! 八神部隊長には許可とってあるんだから!!〉
〈〈い、何時の間に・・・・・・?〉〉
〈ついさっきよ、ついさっき! ・・・・ったく、良い? よ~く聞いてなさいよ・・・・・・〉


ティアナの手際のよさを感心するスバルとエリオであったがそれはさて置き・・・

―――今の私達に取れる行動は二つに一つ。

ティアナは念話でそう言った。

持ち場を離れてキャロを追うべきか?
それとも、今はキャロを放って置いてでもこのまま護衛任務を全うすべきか?

取れる対応はたったこれだけなのだ。
隊長陣が揉めている以上、時間をかける訳にはいかない。
故に、ティアナは三人による多数決を取る事にした。

まっさきにエリオは仲間であるキャロを追おうと主張。
対してティアナはあくまでも管理局員として任務の達成をすべきと主張。

一対一。

この時点で決定権はスバルに委ねられた。
どちらを選択すべきなのかとスバルは悩む。

ティアナの言う通り、管理局員として失敗が許されないという今の機動六課としての事情を省みれば当然後者を選ぶべきだろう。
だがエリオの言う様に仲間を見捨てては置けないし、もしかしたら本当にアノ人なのかもしれないという淡い期待がスバルの中にあるのもまた事実。

悩みに悩んだ末、スバルは結論を出した。


(―――よしっ! 決めた!!)


―――キャロを追おう。


スバルがそう言おうとした瞬間、空に巨大な魔方陣が浮かび上がる。
同時に、魔方陣の中から巨大な虫が現れるのであった。







全身が震えているのをコカリエッティは感じた。
遂に現れた、現れてしまった“宿敵”ハクメン。
そのあまりの暴れっぷりが、今目の前で繰り広げられている。


(あれ・・・間違いなく怒って・・・・・・ますよねぇ?)


今も尚、遠くからでもひしひしと感じる怒りの念に、コカリエッティの冷や汗が止まらない。

あの日から三年。
日にちにして1095日。
時間にして26280時間。
閏年は挿まなかったからこんなところだろう。

とにかく、“たった”三年しか時間を稼げなかった事。
そこが一番重要なのだとコカリエッティは内心歯噛みする。

―――アノ日、コカリエッティは十二個のオリジナルジュエルシードに“彼を未来に飛ばして欲しい”と願った。

どれくらいの未来か明確に決めていなかったせいもあるのだろう。
だが、オリジナルのジュエルシードを十二個も使って尚“僅か三年しか”稼げなかったという、この結果。

それはハクメンがあまりにも出鱈目な存在である事をコカリエッティに再認識させるには十分であった。


(さて・・・・・・どうしましょうか?)


コカリエッティは内心の動揺を抑え、冷静に思考を進める。

コカリエッティとてこの三年間、管理局“で”遊んでばかりいたわけではない。
どうすればハクメンを倒せるかを常に考え続けてきた。
既に勝算の目途は立っていると言っても過言ではないだろう。

だが、とコカリエッティは再び内心歯噛みする。


(―――せめてもう一年、欲を言えばもう二年は欲しかったですね・・・・・・)


まだ早い、早すぎる、と。
準備が整いきっていないのだ、と。

コカリエッティは世の無常を嘆かずにはいられない。

そもそもコカリエッティに限らず、科学者は戦闘を専門とする者ではない。
故に科学者自身が最強である必要はなく・・・

―――ただ科学者の作った“作品”が最強であれば・・・・・・それでいいのだ。

そんなある種の信念の下、コカリエッティは“ナンバーズ強化計画”と“ガラクタ有効化計画”を進めていた。

前者は“ナンバーズ”の武装強化、及び肉体強化レベルの再強化。
後者は“ガラクタ(ガジェット)”のAMF濃度の強化、及び追加武装の搭載。

それぞれ少数精鋭のナンバーズと平均的に高い戦果だせるガラクタを作り出すこと目的としている。
因みに今回連れて来たガジェットには搭載していないのは前回の一件のほとぼりが冷めるまで手加減する為だ。

ほとぼりが冷めた所を狙って・・・という奴なのだろう。
現在の進行率は前者が凡そ三割、後者が凡そ八割といったところ。

ついついコカリエッティが追加武装づくりに熱中してしまった為に進行率が逆転していた。
こと此処にいたっては反省しなければならない事態であるのは間違いない。
何はともあれ計画を完遂した暁には、管理局でもモノの相手にもせずに撃破出来るだろうとコカリエッティは自信を持っていた。

だが、それはあくまで一、二年後の話。
今ではない。

となれば、今すべき事は唯一つ・・・


「―――逃げますよ、ゼストさん、ルー・・・・・・さん?」


―――逃げの一手だ。

逃走すべくコカリエッティは二人の方へ向き直りながら声をかけようとし・・・止まった。
いつも無表情・無感情なルーテシアが震えていたからだ。


「あ・・・ああ・・・・・・」


まるでハクメンという存在に恐怖しているかのように。
いつもは表情を滅多に変えず、無感情にも思えるルーテシアが、はっきりと恐れの感情を顔に出し、震えている。

そんなルーテシアの震えに同調するかの如く。

周囲の空気が歪みを生み始めていた。
コカリエッティは慌ててルーテシアの顔を覗き込む。
するとそこにはルーテシアの恐怖に染まったであろう瞳が揺れていた。
今にも泣き出しそうで可愛い顔に胸がキュンと・・・・・・ではなくて暴走一歩手前だということを悟るコカリエッティ。


「ああああ・・・・・・」


もともと歪んでいた周囲の空気が更に歪み始め、空に巨大な召喚陣が浮かび上がる。
それを見て、コカリエッティの顔はこれ以上なく引きつった。
無理も無い話である。

コカリエッティの記憶に間違いがなければ、その魔方陣はルーテシアの誇る最強の虫を召喚する召喚陣であったのだから。


「止めろルーテシア!! ここら一帯を火の海にするつもりか!?」


ゼストも気付いたのか、慌ててルーテシアの肩を掴み、必死に呼び止める。
しかし、ゼストの呼び止めも空しく無駄に終わった。


「あぁああああああああああああ!!!」


戦場にルーテシアの悲痛なる悲鳴が木霊する。
恐怖に彩られし悲鳴が響きし時・・・。

―――主の切なる声に応え、蟲の王は現れた。


―――『白天王』


ルーテシアの誇る『究極召喚』
管理外世界における第一種稀少個体。
硬質な外骨格とそれを支える筋肉。
半透明の膜状羽を兼ね備えた、最強種たる“竜”に匹敵する怪物。


―――それが今、アグスタに降り立つ。


轟音と土煙を上げながら、蟲の王“白天王”はアグスタの地に着地した。


シギャアアアアアアアアアア!!!


白天王が吼える。

―――その瞬間、森が、否“大地”が揺れた。

召喚してもいないのに次々と現れて来る虫、ムシ、蟲。
木から、土から、或いは空から、王の降臨に集いし蟲の軍勢。

昆虫類がいた、蜘蛛類がいた、甲殻類がいた、多足類がいた。
その他諸々のムシがいた。

古今東西、ありとあらゆる蟲達。
大きいのは数メートルから小さいのは数センチまで。

その数、大小合わせて凡そ数万。
天を覆い、地を埋め尽くすかの如き軍勢。
その全てが、白天王の前で平伏している。


シギャアアアアアア!!


再度、白天王が吼える。

平伏していた蟲達は立ち上がり、ハクメンと白天王を中心として巨大な円陣を形成。
それはさながら内と外を隔てし境界線の如く。
誰にも邪魔をさせぬ為に作り上げしそのリング。

―――人それを決闘場という。

キャロも、スバルも、ティアナも、エリオも、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、ヴァイスも、はやても、ロングアーチも、ゼストも、コカリエッティも。

誰もが足を止め、口論を止め、密談を止め、唖然としてそれを見ていた。


―――ただ一人、ハクメンを除いては。


因みに、ルーテシアは気絶して意識を失っていた。
無茶な召喚をした反動という奴だ。







「ほう・・・・・・」


ハクメンは突然響いた悲鳴に不機嫌そうにしながら、同じく突然現れた白天王と対峙していた。

強い、とハクメンは瞬時に悟った。
ハクメンがキャロに聞いたところによる『究極召喚』

それに匹敵、あるいは上だろう、と。

体格差はあの時と変わらず凡そ五倍以上であること。
“以前見た奴”のように暴走している雰囲気が無いこと。

それらを踏まえて考えれば、“以前のように”殺さずというのは難しい。
しかし、そんな強敵を前に、ハクメンは仮面の下で僅かに笑みを浮かべていた。

キャロと出会ったあの時もまた悲鳴と共にでかいのが現れていたな、と。
別れてからそんなに経ってはいないが、どこか懐かしい思い出を思い出す。

そう、たとえ相手がなんであろうとハクメンには関係ないのだ。

―――「マガト」へ繋がる線。

それを白天王に見出した以上、ハクメンの成すべき事は決まっているのだから。
より正確に言うならば白天王だけでなくその周辺、米粒の様に小さく見える三人の人間にも見えてはいた。
その中に“見覚えのある”線が見えた気がしたが、顔が遠すぎて見えないので一先ず保留。
後にこの事を少し後悔するハメになるのだが、それはまた別の話。

―――「マガト」へ繋がる線を持つモノは何であろうと斬る。

それがハクメンの決めた生き方だ。
故に周りを蟲に囲まれていながらも、それを気にもせず、ハクメンはまっすぐに白天王“のみ”を見詰める。

―――ハクメンには分かっていた。

例え目に映る数万の蟲がかかってこようと、ものの数ではない事を。
自分の“敵”となりえそう蟲はたった一匹、目の前にいる白い奴しかいないという事を。

―――対峙する白天王もまた悟っていた。

目の前にいるいと小さき者は今此処にいる蟲達全てを以ってしても打倒しえぬであろうという事を。
己が全力で挑んで初めて勝機を見出せるであろう兵である事を。

故に、白天王は周りから邪魔が入らぬように蟲達を呼んだのだ。




両者の間で見えない火花が散る。
ハクメンは太刀を構えなおし、白天王もまた腹部の水晶体をあらわにしつつ攻撃態勢を取った。

―――その瞬間、空気が更なる重みを増す。

ハクメンが現れた時以上に空気は固形化しオモイものとなり、誰もが、集った蟲達でさえ身動きが取れなくなっていた。

白き蟲の王“白天王”と白き英雄“ハクメン”。


―――激突の瞬間は、刻一刻と迫っていた。











あとがき

新年明けましてあめでとうございます。
予告通りとらハ板に移ります。
更新は大分不定期になりますが完結目指して頑張ります。



[22012] 英雄再臨 後編の1 new
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:4a784f4f
Date: 2011/01/13 00:22
縁に導かれ『世界』に再臨せしハクメン。
主の切なる声に応え降臨せし白天王。

アグスタの地にて、両者は静かに睨み合いを続ける。
相手の起こす僅かな挙動、虚実すらも見抜かんと、動かず、ただ只管にお互いの出方を窺う。
両者は互いに悟っていた。

―――この勝負に二撃目など存在しない事を。

故に両者は己の持つ最高の技を相手に叩き込まんとするべく動かない。
それは言うなれば我慢比べ。

刹那の一時が永遠にも感じられる“時”をどちらが先に崩すのか。
両者は動かずに、ただ待ち続ける。

その間、空気はまるで固体と化しているかの如く。
全身に鳥肌を立たせ、呼吸すらも止められているかと錯覚してしまう雰囲気が周囲にまで伝染し・・・


―――森は静まりかえっていた。


森に吹き込むやわらかな微風の音も・・・
森に流れし美しき川の音も・・・
森に住まう愛らしい生き物達の声も・・・


―――何も聞こえない。


まるで森には両者しかいないのではないかと錯覚してしまうくらい・・・森は静まりかえっていた。
そんな静まり返った森に、何処からともなく薔薇の花弁が舞い降りる。
ひらりひらりと・・・風も無き森の大地へ花弁が触れし時・・・



【THE WHEEL OF FATE IS TURNING】


「―――いくぞ」

―――ハクメンが告げる。


【REBEL1】


シギャアァアアアアアア!!

―――白天王が吼える。


【ACTION】


―――死闘の幕が上がる。







先に動いたのは白天王。
巨体に似合わぬ、零から一への急加速による急上昇。
音の壁をも突き破り、白天王は果て無き空へと躍り出た。

―――直後、森の一部が消し飛ぶ。

音速を超えた移動。
それは、ただ移動するだけで周囲に衝撃波を撒き散らし、地に巨大な爪痕を刻みこんだのだ。
移動による余波はそれだけに止まらない。
十メートルもの巨体が音速を超えて空へと昇ったことによる上昇気流が生まれ、立っている事すら困難になるほどの暴風が生まれる。
暴風は白天王とハクメンの周囲を囲む蟲の軍勢をも吹き飛ばしていた。

もっとも、当のハクメンは意にも返してはいない。
嵐の如き暴風もなんのその。
まるで微風を前にしているかの如く。

構えには微塵の揺るぎも無かった。
白天王もハクメンがこの程度で崩れる相手で無い事は承知の上だったのだろう。

故に白天王は太刀の届かぬ遥かなる高みから、ハクメンを見下ろしながら・・・


―――“周囲の命”を喰らい始めた。


森が死ぬ、死んでいく。
鮮やかな緑の木々を見る影も無く朽ち果てさせながら。

蟲が死ぬ、死んでいく。
白天王の号令に従い、アグスタに集いし蟲の軍勢が次々と干乾びた木乃伊のようになりながら。


―――地から伸びる幾百、幾千、幾万もの光が白天王の腹部の水晶体に集う。


地から天へと伸びる光。
どこか幻想的で、どこか美しさすら感じられる光。

そう、光の正体は“王”に捧げし命。
“王”が喰らいし命。

命を、生命の持つ最大の宝物を・・・


―――白天王は貪り喰らっているのだ。


「・・・貴様!!」


白天王のなす無道に、さしものハクメンも怒りを隠せない。
たとえ貪り喰らう事でハクメンに匹敵する魔力量を確保しようとしていると分かっていても、だ。

そんなハクメンの怒りに呼応するかの如く。
ハクメンの九つに別れし髪が一瞬舞い上がった。

それは全力を超えた力を出さんとするハクメンが誇る奥義。
一時の間のみ、嘗ての力を、“全力”を出す事を可能とする禁じ手。

宛らその様は、一時の夢、幻が如く。
故にハクメンはその奥義をこう呼ぶ。


「“虚空陣奥義・・・”」

―――夢幻、と。


直後、ハクメンから放たれる威圧と魔力が天井知らずと言わんばかりに膨れ上がった。
大地が、星が、世界が・・・揺れる。
あまりの魔力に、個人として持つには過ぎたる程の魔力に怯えるかの如く・・・揺れる。

ハクメンは魔力を全て太刀へと収束させ、上段に構えた。
同時に、周囲から集めた“命”を魔力へと変え、自身の魔力すらも全て腹部の水晶体に込めて、白天王も最大最強の砲撃を放たんと構える。


「“虚空陣”・・・」

シギィ・・・
“王・・・”


刹那の一瞬。
両者は互いの事のみを見詰め合い、そして・・・


「―――“疾風”!!!!」

アァアアア!!!!
“―――蟲”!!!!


―――破壊を解き放った。


全てを断ち切る断頭台の如き英雄の超絶斬撃と蟲の王たるモノの究極砲撃が激突する。
その射線軸にあるもの全てを灰燼と化し、無へと返しながら、互いの存在を滅ぼさんと迫る。

しかし激突は一瞬で終わりを告げた。
接触した瞬間は均衡したかのように思えたのも一瞬の事。
斬撃は砲撃をまるでバターのように斬り裂き、そのまま白天王の片腕と片足を斬り飛ばして空へと消える。


シギャアァアアアアアアアアアアア!!??


一瞬の後、戦場に敗者の絶叫が響き渡る。
直後、切断された腕と足から噴水の如く血を噴き出させながら・・・


―――白天王はアグスタの地へと沈んでいった。







全てをかけた一撃。
それは曲がりなりしも生涯最高の一撃であったと、激痛に身を焦がしながら墜ちゆく白天王は思う。

―――“痛み”

それは白天王が忘れていたものだ。
遥かなる過去に置いてきたものだ。

こんなものすら忘れてしまうくらい、白天王は長き時を生きてきた。
昔が懐かしいと、白天王は思う。



今より遥かなる昔。
まだ世に非殺傷設定などという“つまらない”ものが存在していなかった頃の事。
殺し殺され、数多の屍の上に生を築いていく戦乱の時代があった。

―――人々が“旧暦”と呼んで恐れている時代のこと。

そんな時代に白天王は生まれた。
とはいえ、そこは古今東西須らく弱肉強食が掟の自然世界。
生まれたばかりの白天王を待っていたのは、血を血で洗う戦いの日々であった。

数多の同胞や天敵。
名を上げようとするか、何かの材料にしようとする人間達。

時には戦い、時には協力し合い、時には共生し合いながら白天王は生きてきた。
けれどある日、そんな世界に変化が訪れる。


―――それは、とある世界で突然発生した次元断層。


周辺の世界を滅びへと巻き込むソレは、世界に住まうモノ達の共通の“敵”であった。
ソレから世界を守る為、立場を、種族を、性別を、今までの恨みすら捨てて“異種族間連合”は集う。

今でもその時の光景を、白天王は色褪せることなく鮮明に覚えている。

万の兵を束ねし人の国の魔導王がいた。
その魔剣技、世に並ぶもの無き一騎当千の騎士がいた。
知識を求め、真理を追い求め、世界を渡り歩く至高の賢者がいた。
果て無き空に君臨する天空の覇者と呼ばれし巨大なる鷹がいた。
争い事を疎い、地下深くで静かに眠りし三つ首の土竜がいた。

その他多くの二つ名を持ちし魔獣・魔導士達が・・・いた。

後の世には名すら残らぬ “異種族間連合”と呼ばれし連合に集った数多の猛者達。
その時の白天王はまだ弱く、強者達の背中を見るだけの存在であった。

けれどもう、あの頃生きていたモノは白天王を除いても僅かしかいない。

激戦の最中に受けた傷が原因の者がいた。
寿命が原因の者もいた。
災厄を退けた後、戦いで命を落とした者がいた。

今はもう会う事すら叶わぬ“強敵(とも)”達。
悲しくもあり、寂しくもあった。
だがそれでも、あの一時は楽しい・・・・・・実に楽しい日々であったのだ。


滅びが近づいていると知っていながら、いい機会だからと誰が最強かを決める為のトーナメントを開催した。

それが終われば優勝者に敗者一同が一斉に襲い掛かり袋叩きにして翌日またトーナメント。
それが終われば優勝者に敗者一同が一斉に襲い掛かり袋叩きにして翌日またトーナメント。
それが終われば優勝者に敗者一同が一斉に襲い掛かり袋叩きにして翌日またトーナメント。
それが終われば優勝者に敗者一同が一斉に襲い掛かり袋叩きにして翌日またトーナメント。

それが終われば・・・・・・・・


何度も何度も繰り返し、連日連夜、飲み、食い、騒いだ。
今でも昨日の事の様に鮮明に思い出せる、本当に夢のような日々。
あの瞬間、世界が滅びて自分達が死んでも満足だと、白天王は胸を張って言える程充実した日々だったのだ。



時代は移り変わり、いつしか白天王はその世界にて最強の存在となっていた。
しかし、最強となった白天王に待っていたのは・・・・・・虚無。
何も無かったのだ

―――隣で笑う友も、挑み続けた最強も、何も無い。

あるのはただ己に挑み来る“敵”のみ。
それからというもの、白天王は長い間挑み来る“敵”を薙ぎ払い、喰らい、無為なる時を生きる、生き続ける。

そんなある日、白天王の下に一人の少女が現れた。
少女から感じる幼き身に過ぎた魔力。
白天王は少女の目的を悟った。
とはいえ、白天王とて契約する気など更々無い。

―――己を従えるのは己よりも強き者のみ。

それは白天王が学んだ自然界における鉄則。
だが、その鉄則を、白天王は少女の目を見て気を変えた。

少女の目には何も映ってはいなかったのだ。
あるのは闇、絶望という名の闇のみ。

だからであろうか。
白天王は少女・ルーテシアと契約を交わした。

―――所詮、人は白天王よりも先に死ぬ。

その時が来るまでの戯れのつもりであった。

墜ちゆく中、白天王はただ長き時を生きたモノとして滅びを受け入れようとしていた。


―――泣いている幼き主の顔を、その目に映すまでは・・・


瞬間、白天王の全身の筋肉が盛り上がる。
爪が更なる鋭さを伴って伸びる。


―――白天王の心に“怒り”の火がともる。


何故泣いている?
―――己を従えているのに。

何故怯える?
―――己の主の癖に。

何故・・・


―――無様に震えている!!


シギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!


天高く白天王が吼える。
咆哮に込められし感情の名は“怒り”
白天王は久しぶりに“怒り”という感情を思い覚えていた。

ルーテシアにではない。
幼き主を不安にさせたままでいる己の“腑抜けっぷり”に、だ。


全力が通じない。
―――だからどうした。

勝てないかもしれない。
―――だからどうした。


そう、たとえ今この時、己は最強ではないのだとしても、最強となるべく“また”挑戦すれば良いだけの話。
そしてなにより、“最強”は目の前にいるのだ。
ということはだ。
目の前の“最強”を倒せば・・・


―――白天王が最強だ。


既に白天王に背を向け、太刀を鞘に収めかけていたハクメンも咆哮につられ、向き直ると・・・

―――そこには全身を血で真紅に染め上げながらも仁王立ちする白天王の姿があった。

斬られた腕と足を繋げ、目を爛々と紅く輝かせ、尽きたはずの魔力を全身に滾らせるその姿。
それが何を意味するのかは分からない。
だが、一つだけ言える事がある。

この瞬間こそ、数十年、否、数百年ぶりに感じた恐怖に“蟲の王”こと、白天王の眠っていた力を覚醒へと導いた瞬間である、と。







闘いが加速する。


シャアァアアアアア!!

「ふんっ!!」


大気を纏い、相手を引き裂かんと剛爪が唸る。
対し、剛爪ごと叩き斬らんと言わんばかりに一振りで大気をも斬り裂く太刀が奔る。

―――交錯は一瞬。

されどその刹那の一時に、両者は全力を注ぎ、激突を繰り返している。

白天王は思う。
楽しい、愉しい、と。
懐かしい、懐かしい、と。

ハクメンは思う。
速い、そしてオモイ、と。
先程までとはナニカが違う、と。


片や、流れ出る血を滾らせ、沸騰するかの如き熱の後押しを受け、爪を振るう白天王。
片や、先程までの“死ぬ”つもりであった攻撃とは違う生々しいまでの“生きる”意思を感じさせる猛攻を捌くハクメン。

もう何度目になるのか忘れてしまうくらい“斬神”の餌食となって投げ・返され・叩きつけられているにもかかわらず・・・

―――白天王は止まろうとはしない。

おかげで灰燼と化していなかった木々も折れ、大地は砕かれ、元々あった緑豊かなアグスタの自然は完全に見る影も無くなっている。

愚かな行為と他人は言うだろう。
けれどと、それでもと、白天王は思う。

これでいいのだ、と。
これ“が”いいのだ、と。

―――このいと小さき“最強”の得意とする肉弾戦で打ち破る事にこそ、意味があるのだと信じて!!


シャアァアアアア!!!

「何度も何度も、馬鹿の一つ覚えか!!」


再度急加速した白天王がハクメンに迫る。

―――ただ只管愚直に、それだけを求めて。

対し、ハクメンも苛立ちを募らせながらも再び“斬神”を以って白天王を迎え撃つ。
もう何度目か、数えるのも馬鹿らしくなるほどの激突が再び成される。

―――筈だった。

そう、今ここに、執念が奇跡を呼んだのだ。


「なにぃ・・・・・・!?」


ハクメンが驚いたような声を上げる。
いかなる攻撃をも無効化し“後の先”をとるハクメンが技能(ドライブ)“斬神”。
それを白天王は無理やり、力づくで突破したのだ。


(不覚!!)


自身の油断に舌打ちしつつも、ハクメンは急いで体を後ろへと向き直らせながらその遠心力を利用して薙ぎ払いを繰り出すが・・・・・・間に合わない。


シギャアァアアアアアアア!!


直後、白天王渾身の一撃が振り抜かれる。
瞬間、ハクメンは宙を舞う。


それは、白天王がハクメンを殴り飛ばした瞬間であった。






その時、キャロの目に映ったのは信じがたき光景。
蟲に殴られ、宙を舞う白い人影。
人影は虫達の決闘場を越え、今、キャロの目の前にいる。

一歩踏み出し、手を伸ばせば触れられる距離。
そこには倒れ伏すハクメンの姿があった。


「せん・・・・・・せい?」


目に映るものが信じられず、キャロは酷く動揺していた。


確かに相手は召喚獣ならぬ召喚蟲としての“格”は恐らくヴォルテールクラスの究極召喚。
そんな奴と“先生”の闘いは、宛ら昔里で聞かされた御伽噺の如く。
目にも止まらぬ速さを以ってのぶつかり合いではあった。
だが、先程まで“先生”が優位に立っていた筈だ。
なのに何故、“先生”が今目の前で倒れている?


気が付けば、キャロはふらふら歩きながらハクメンの傍に来ていた。

そしてキャロはゆっくりとハクメンへ手を伸ばした。
確かめるように、否定するように、手を伸ばす。
けれど、何時もなら叩き落とされるだろうその手は、何の抵抗も無くハクメンに触れる。


―――何の抵抗も無く・・・


その瞬間、張り詰めた細い糸が斬れるかのように、キャロは自分の中のナニカが切れる音を聞いたような気がした。


(潰す壊す殺す!!)


怒りという名の感情が今度はキャロを支配する。


通常、召喚魔法を使う魔導士は敵味方であるかによらず、全ての召喚獣又は召喚蟲に対して敬意を払う。
それは、“力”を借り、行使する者として最低限の義務であるからだ。

だが、今のキャロにとってはそんなもの(敬意)などどうでもよかった。
知ったことではなかった。

キャロは立ち上がり、振り返って勝ち鬨の声を上げて吼えている白天王を睨み付ける。
自分の中に眠る“力”を解き放とうとした瞬間・・・




―――死んだ。




腕が飛ぶ足が飛ぶ首が飛ぶ。

痛みは無い。
それはあまりにも一瞬の事。

見えたのは白。
見渡す限り白によって構成された世界。
白き世界は黒によって塗りつぶされ、再び白へと回帰する。
残ったものは何も無く、刻まれし二文字が世界に響く。
その二文字とは・・・・・・


そこでキャロは正気に戻った


「はぁはぁはぁ・・・・・・」


心臓の鼓動する音がキャロの耳に響く。


「我は空」


それは紛れも無くハクメンの声。
しかし、先程までのどこか荒々しさが消えていた。


「我は鋼」


大気は震えない。


「我は刃」


ただ静かなる声が響く。


「我は一振りの剣にしてすべての罪を刈り取り、悪を滅する」


それは宣言。


「我が名は『ハクメン』」


己を否定し、悪を滅する一振りの剣となる事を誓う儀式。


「推して参る」


誓いは此処に、この胸に。



瞬間、闘いは更なる激化を見せる。


―――二人は止まらない。


そんな光景をキャロとフリードはじっと見ていた。

足が動かないのだ。
前に進もうとしているのに、ハクメンに加勢したいのに、キャロの足は、激闘に割ってはいるのを恐怖している。

それはなんと・・・なんと・・・・・・


「無様・・・・・・!!」


強くなると誓った。
何時か“先生”の隣に立てるような、そんな召喚士になろうと、キャロはそう誓ったのだ。
なのに、足が恐怖に震えて動かない。

キャロは顔を俯かせながら思う。

私はこんなものだったのか?と。
この程度だったのか?と。

否、否、否!!


―――断じて否!

キャロは顔を上げて前を見る。

―――この程度の恐怖!

割ってはいる事すら躊躇してしまう闘いがそこにある。

―――呑み込めずして!

その恐怖を呑み込み。

―――何が“先生”の一番弟子か!!

キャロは“一歩”、前へと踏み出す。


「第零“刻印陣”起動!! “竜魂召喚”顕現!!」 


歌う様に、再度誓う様に、キャロは腹の底から声を張り上げた。


キュクルー!!


フリードもキャロの声に応えて吼える。
一人では無理かもしれない道も、二人でならきっと進んで行けると、そう信じて。

瞬間、両手両足とマントに刻まれた“刻印陣”が輝き、刻まれし魔法が顕現する。
直後、強化は完了し、フリードも光に包まれ真なる姿を現した。


―――準備完了。


そんな時、都合よくも此方に気付いたのか。
生き残っていたデカブツの虫達がキャロを先へ行かせはしまいと集う。

キャロの視界に映るは世界を埋め尽くすかの如き、数えるのも馬鹿らしくなる程の虫、蟲、ムシの群れ。
対するは一人と一匹、キャロとフリード。

どう見ても圧倒的不利な状況。
にもかかわらず、それが恐くない。
それどころか、心が躍る。


―――今、三年ぶりに“先生”と同じ戦場に立っているのだから。


「さあ行きますよ! 取って置きの大盤振る舞いです!! 邪魔をするなら覚悟して下さい!!!」
シギャアァアアアアアア!!!


真なる姿を現したフリードに乗り、キャロは虫の群れへの突撃を開始する。











あとがき

風呂敷をでかくしすぎた気がしますが頑張ってたたみます。

因みに没案という名のifでは疾風と激突して白天王瞬殺、しかる後に虫達大暴走。六課は暴走に巻き込まれて大混乱、キャロはハクメンと再会できて共闘なんていうものでした。
白天王好きの作者としてはそこはどうよと思ったので没にしましたが。



[22012] 番外 過去の思い出(ハクメン編)
Name: 炊く拓◆e31acab3 ID:660ef40a
Date: 2010/12/05 02:48
燃え盛る炎。
黙々と立ち昇る黒煙。
離れた場にまで漂う独特の腐臭。
何より、穢れた空気。

―――それは地獄であった。

全長三十メートルを超す、全身をどす黒い漆黒に染めた二頭の“竜”。
本来であれば、輝かんばかりの美しき鱗を持つ“竜”が今や見る影も無い。
身に纏うは“黒き獣”の邪気。
邪気にに汚染されたのか。
狂っているかの様に暴れている。

“竜”が雄叫びを上げ、巨大な爪と尾を振るう。
“竜”が口からブレスを放ち、大地を焼く。

その度に、大地は紅と黒が入り混じったかの様な色に変わっていく。
そんな中、その地獄を遠くから見つめる六つの影があった。

一つは長い白髪を九本に束ね、顔に白い面を着け、白を基調とした甲冑に身を包んだ男。
一つはオレンジのフード付きパーカーを着た表情の読めない男。
一つは背が高く、色黒でツンツンとした黒髪に執事服を纏う壮年の男
一つは童話の魔女のような大きな三角帽とマントを纏う、桃色長髪のグラマラスな美女。
一つは長い金髪に眼鏡をかけ、温厚な性格が窺える美女。
一つは右目を眼帯で隠し、背に日本刀を背負い直立する二尾の二毛猫。

計、男三人、女二人、猫一匹?という実に“変”な集団である。


「おおー、派手だねー」


そんな“変”な集団の中のオレンジのフード付きパーカーを纏う男は、地獄をそう評した。
あまりにも呑気で、あまりにも現状が見えていないかの如き発言。
その発言に、黒髪の執事服を着た男がくってかかる。


「“テルミ”! 貴様何を呑気な事言っている!!」
「あー、はいはい。 うっせえぞ、執事の“ヴァルケンハイン”さんよー」


くってかかる“ヴァルケンハイン”を鬱陶しそうに見る“テルミ”。
そんな“テルミ”の態度に、益々怒りを強めた“ヴァルケンハイン”。

口で言っても無駄と判断したのか。
“ヴァルケンハイン”が体の一部を獣化させ構えた。

それにつられる様に“テルミ”もまた懐からバタフライナイフを構える。
瞬間、どこか穏やかですらあった空気は跡形も無く消え去り・・・

―――殺気が二人の間で激突する。

一瞬の後、同時に二人は動いた。


「貴様はここで・・・死ね!」
「てめえが・・・なっ!」


“ナハト・ローゼン”
“ウロボロス”


繰り出す爪が、鎖が、相手を滅ぼさんと迫る。
とはいえこの程度の攻撃、二人にとっては小手調べにもならない。
それでも、くらえば只では済まないであろう攻撃を二人は繰り出している。
二人の攻撃が激突しかけたその時、二人の間に疾風の如き速さで割って入る者がいた。


「――――――シッ!!」


乱入者は背負っていた一本の鞘の両端から二刀の小太刀を抜き放つ。
剣閃が閃きし時、“ヴァルケンハイン”の爪と“テルミ”の鎖はそれぞれ“獣兵衛”の片手に受け止められていた。
いくら押しこもうとしてもビクともしない。
実力者二人の攻撃を真っ向から受け止めて、だ。

―――その様は正に巌の如し。

幾ら二人が本気でなかったとはいえ、恐るべき実力の持ち主である。
けれどそれを誇るでもなく、乱入者は淡々とした声で二人に冷静になるよう語りかけた。


「二人とも落ち着け、口喧嘩している場合ではないだろう?」


よく見ると、どうやら人ではなく、二尾の二毛猫のようだ。
右目に眼帯を着け、背に変則的な小太刀二刀を背負い直立する二足歩行の“猫”。
後の世にて『地上最強の生物』の異名を誇る事になる“獣兵衛”であった。

だがいかに“獣兵衛”の言葉とはいえ、二人がその程度で引くはずも無かった。

“ヴァルケンハイン”からしてみれば、前々から礼儀のなってない、気に入らない相手。
“テルミ”にしても、口煩い奴は嫌いだ。

互いに態々引く筈も無く、又引く理由も無い。
それどころか、“獣兵衛”が乱入した所為で益々殺り合う気に火が点いてしまったようですらある。


「おいこら“猫”、邪魔すんなよ・・・一度“おっさん”にゃあどっちが上か教えてやらなきゃならねぇんだからよ」
「お下がりを“獣兵衛”様、すぐにこの下品な者を始末してそこの蜥蜴の餌にいたしますゆえ」


異口同意とでも言うべきか。
両者は口でこそ違う事を言っているが、まったく同じ意味の事を口にしていた。
即ち、邪魔をするな、と。


「「・・・・・・」」


両者は顔を見合わせ、引き攣らせながら沈黙した。
こんな奴と同じ事を口にするとは、と。
両者の顔にはくっきりと書かれてあるのが“獣兵衛”には見えた。


「はっ・・・上等だ!! 殺れるもんなら殺ってみやがれ!!」
「結構、今宵は貴様の血で月を彩ってくれるわ!!」


そう言って、二人は同時に地面を蹴って“獣兵衛”から距離を取る。
その後、離れた場所で再び激突し始めた。
何を言っても聞きそうに無い二人に“獣兵衛”は呆れ返って何も言えなくなり、肩を落としながら刀を鞘に納める。
そんな落ち込む“獣兵衛”を慰めるかの如く。
肩を叩く女性が二人現れた。


「放って置きなさいよ“獣兵衛”。 どうせ吸血鬼のとこの馬鹿な狗と阿呆な蛇の二“匹”が死ぬだけなんだし」
「・・・おいおい“ナイン”、そいつはあんまりじゃないのか?」
「でもー、否定できませんよねー?」
「“トリニティ”まで・・・」


“ナイン”のあまりにも無情な言葉と“トリニティ”のゆったりとした肯定に“獣兵衛”の後頭部に冷や汗が流れる。
そんな、何時まで経っても終わらない騒ぎに痺れを切らした男がいた。
言うまでも無く“ハクメン”である。


「・・・くだらん、先に行くぞ」


それだけ言い残し、ハクメンは地面を蹴った。


「って、待て“ハクメン”!」
「テメエ抜け駆けすんのかよ! ずりいんじゃねえのって、おいこら、いい加減しつけえぞ“おっさん”!!」
「ふんっ、さっさと済ませてくるがいい。 後な、余所見をする方が悪いのだよ、小僧!!」
「“ハクメン”さーん、お気をつけてー」
「・・・いい機会だし、“スサノヲユニット”の力でも観察させてもらうけど、負けたら死になさい」


“獣兵衛”の呼び止める声を。
“テルミ”の羨ましそうな声を。
“ヴァルケンハイン”の激励を送る声を。
“トリニティー”のゆったりとした声を。
“ナイン”の興味深そうでありながら案外酷い事言ってる声を。

全て無視し、“ハクメン”は一人、暴れまわる二頭の“竜”との戦いを始めた。


「“残鉄”!」


全てを一刀両断せん、と言わんばかりの必殺の意思を込めた刃が一頭の“竜”に迫る。
対する“竜”も、突如現れたいと小さき者を引き裂かんとばかりに雄たけびをあげながら爪を振るった。
互いの攻撃がぶつかり合い、周りに衝撃波が奔る。
一瞬の後、“竜”の巨大な爪と“ハクメン”の太刀は互いを弾き合った。

―――初撃は双方互角。

しかし、“ハクメン”は怯まず更に踏み込み、二撃目の下段切りを放っていた。
その一振りが“竜”の前片足を切り裂く。


ギャアアアアアアス!?!


悲鳴をあげながら“竜”はバランスを崩して倒れていく。
その“竜”を庇うべく、もう一頭の“竜”がブレスを吐くべく大口を開けた。
“ハクメン”は瞬時に空へと跳んだ。

―――狙うは“竜”の顎。

相手がブレスを放つよりも速く、その顎を蹴り砕かんが為に!


「“火蛍”!」


空中で体を水平に傾け、真上へ繰り出した回し蹴りが、大口を開けていた“竜”の顎に直撃する。
確かな手応えと共に、“竜”の口を無理矢理閉ざし、“竜”の顎を粉砕した。
悲鳴を上げる事も出来ないまま、もう一頭の“竜”は仰け反り、仰向けに倒れていく。

その様を見ながら“ハクメン”は着地する。
着地すると同時に、流れるような動きで太刀を構え直した。

―――止めを刺すために。


「これにて、永久に覚めぬ眠りにつくがいい!」


“ハクメン”が太刀を振り上げる。


「“虚空陣”・・・」


振り上げた太刀に膨大な魔力が収束されていく。
収束が限界に達した時、ハクメンは大きく前へ踏み込んだ。
そして雷の如き速さで太刀を切り下ろす。


「―――“疾風”!」


瞬間、一陣の風が戦場に吹いた。

風の正体。
それは巨大な衝撃波。
“ハクメン”が誇る必殺の一刀。
音を抜き去り空をも斬り裂く絶技にして、全てを薙ぎ払う疾風。
それはそれは・・・

―――逃れえぬ“死”の具現。

風が吹き抜けた後、二頭の“竜”は塵も残らず消滅していた。
後に残ったのは大地に刻まれた巨大な傷跡のみ。


「“黒き獣”に毒されていなければ・・・否、言っても詮無き事だな・・・・・・」


忌々しそうに呟きながら“ハクメン”は太刀を納める。
そして仲間達の待っている方へ戻って行くのであった。











あとがき

以前は本編に載せていたのを番外で出してみました。
幕間でザフィーラの修行編を追加してあるのに感想が無かったという事は気付かれてないんでしょうか?
一応幕間・番外追加としておきますね。


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