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[25343] 手には鈍ら-Namakura-(真剣で私に恋しなさい)
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/09 20:20
手には鈍ら-Namakura-(真剣で私に恋しなさい!)




はじめに以下をお読みください。


・この作品は、みなとそふとから発売された「真剣で私に恋しなさい!」の二次小説です。

・当該作品の略称は「てになま」とします。

・みなとそふとの作品群は世界観が共通なので「君が主で執事が俺で」のキャラクターも登場します。つよきすの方々はゲーム未プレイなので出ない予定。

・基本的に、「真剣で私に恋しなさい」をプレイすれば楽しめると思います。

・ネタバレが多数入ってます。ご注意を。

・作者は初めての執筆となります。

・ビシバシと、閲覧者の皆様、ご指導のほどよろしくお願いします。

・作中に、作者の思い込み、創作設定が入る可能性あり。

・この作品は、オリ主モノとなります。ちなみに憑依とか転生とかではありません。その手のはちょっと苦手なんで。

・作者は直江大和が特段好きではありません。寧ろ嫌いです。

・よってアンチ大和になる可能性大です。

・この作品の構図としてはオリ主VS大和となります。

・ウチの百代は、原作より弱めです。

・でも瞬間回復、超人技はチョコチョコ出します。

・仙豆持った悟空が、仙豆持ったクリリンになったくらいの補正です。(ネタ的な強さを抑えたかったので)

・なので結局、地球人では最強です。

・武術の間違った知識が含まれているかもなので、これについては本気にしないでください。

・鬱描写がたまに入る、かも。


以上を踏まえ、お読み頂ければ。



では。楽しんでいただければ幸いです。





[25343]
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/09 20:22
2009年8月31日(月)








今日で、決着をつける。

俺ではなく、あいつの全てに。

あいつの意味に。理由に。願いに。

何が、立ちふさがろうとも。








「敵」は、千二百。

「他」は、二百。

「俺」は、一。

一騎当千では勝てない。

一騎当万でやっと勝負になるくらいか。

だが、勝つ。

勝たねばならない。

「俺」が勝てば、誰もが、何かを得る。

だが、「俺」が負ければ、誰も、何も得ないのだから。













覇の字が似合う老人の、怒号が、合図だった。



「川神大戦!、開・戦ッ!!!」



鬨の声が、響く。

闘の気が、満つ。

体躯が、震える。

興奮、期待、歓喜、そして一抹の悲哀、憎悪をもって。



「矢車 直斗、参るッ!!!」


その一歩を、確かに踏み出す。
















そして仇の名を叫ぶ。




「直江、大和ォォオ!!!!!」



[25343] 第一話:解放
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/09 20:24



『戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。……自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人のごとくに自分もまた堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。』

ーーー「堕落論」 坂口安吾








<手には鈍ら-Namakura- 第一話:解放>







2008年5月7日(水)




薄暗い廊下を、連れられる。
最後に通ったのは、何時だったか。

思い出す間もなく目的地に着いた。




教官室、と書かれた札が掛けてあるドアが先導により開けられる。
瞬間、背筋が伸び上がる。
入所時にしごかれて、早六年と幾月か。これはもう、条件反射。
その歴史に終止符を打つため、まずは声を張り上げる。

「2075番、矢車直斗です。教官室に入らせていただきます」

ほぼ直角に腰を折る。

「入ってよし」

一拍おいて、数台あるデスクの一つから、声が掛かる。書類をめくる音が嫌に響いてきた。

「まだちょっとかかる。そこの椅子に座ってろ」

七三分けに無精髭を生やした、何ともいえない身嗜みの男性教官が、書類を睨みながら座っていた。。



「はい! ありがとうございます!」

返答が、俺たちに課せられた最初の義務だった。
最初の頃は忘れるだの声が小さいと怒られるだの、散々だったが、今じゃその名残もない。
先導した教官は既に踵を返していた。最後だろうから、なにか言おうかとも思ったが、結局何も言えなかった。
大して話してもいないし、世話してもらったこともあまりなかったと思い直したからだった。


いかん。我ながら、意外にも舞い上がっている。まあ、七年ぶりの娑婆にもうすぐ帰れるのだから仕方ないといえばそうなのだが。




そんなことを思っているうちに、教官は書類に決着を着けたようだった。

いきなり立ち上がると、また不意に「コーヒーは」と声をかけてきた。

「よろしいのですか?」

「前祝いだ。もらっとけ」



随分安い前祝い、だとは思わなかった。今日は誰の心遣いも三割増しで身に沁みる。

しばらくして黒いマグが手渡された。

「長かったろ」

「ええ、まあ。でも辛くはなかったです」

嘘。

「いやいや、今日でお別れなんだから本音のひとつぐらい言えよ。別に変なこと言ったって、出所は伸ばせないし」

ははは、と乾いた笑いを返す。油断はできん。この人にはだいぶしごかれたからな。

その後はこれからの人生の、毒にも薬にもならない思い出話に花を咲かせた。
 




十分ほどたった頃か、

「もう時間だな」と出し抜けに言われた。

「はい」

壁の時計を見た。
立ち上がった。
もうここには座らない。
次はたぶん、院長の所に行くことになるのだろう。



「実はな」

意識が逸れた瞬間、何気なく教官が言を紡ぐ。

「お前がここに来た理由、俺は、本当のことを知ってる」




心臓が、凍る。

「何を、」

言われるのですか、とは続けられなかった。

代わりに教官が言い募る。

「俺も昔は川神院にいてな、その縁で今の総代、川神鉄心様からお前のことを頼まれた。一応、お前の親、矢車夫妻とも少なからず面識はあったしな」

俺、総理とも友達なのよ、と自慢。




俺は、何も言えない。



更に教官は言う。

「お前のしたことは、犯した罪は、許されない。この世の中的にはな」

唇をかみ締める。
罪のレッテルは、一生貼りついてまわる。
納得は、一生できないと思う。
でも理屈はわかるから、黙っていた。

「この六年、俺はお前を見続けてきた。川神の全面的な庇護下で暮らすより、ここに来ることを選んだ理由が、自分の罪を償うため、贖うため、後悔するためじゃないことを、知ってから」




「お前は、変わらなかったな」



見透かされていた、か。



「お前の芯は、心根は、ブレなかった」












「そう、ですね」

やっと声を絞り出す。

「でも俺は、変わっちゃいけないんですよ」

じゃなきゃ、ここに来た意味などない。

あとは、目で、語った。




「いや、責めてる訳じゃない。ただな、」

残り少なくなったコーヒーを、教官は一気に仰ぐ。
一息ついて。


「中途半端に、終わるなよ?」

視線が俺を射抜く。







「そこは、大丈夫です」

俺は答える。
俺が、矢車の姓を名乗る誇りをもって。





「ウチの、家訓ですから」




















キイィィィィィ


ガアァァァッ



何かを閉じ込め、何かを締め出す音が鳴る。
大きく深呼吸。
こういうとき、娑婆の空気は美味い、などとのたまう奴もいるんだろうが。
同じ味。

目的が、達成されていない限り、俺は、この空気を吸い続けるのだろう。








さて。

「行くか」

変わってればいいな。あいつ。



矢車直斗はこの日、日本政府法務省直轄、特級矯正施設を出る。



[25343] 第二話:確認
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/09 20:25



『人は望みを持つ。人は生きる。それは全然別のことだ。くよくよするもんじゃない。大事なことは、いいかね、望んだり生きたりすることに飽きないことだ。』

ーーー「ジャン・クリストフ」 ロマン=ロラン







川神駅を降り、ひた歩く。
変わったなあ、この町。などという感想は湧かなかった。
それほど長く生活していなかったし。

思い出も、作れなかったし。

「もうそろそろか」

雷門が、見えた。







仲見世通りは、人のごった煮だった。
外人多い多い。
修学旅行の輩も、掃いて捨てちまいたいぐらい。
素通りするのもなんなので、店を覗く。
どれもこれも観光地値段なのは置いといて、みやげ物は本当に種類が多かった。
ネタみたいなブランドのパチモンが置いてあったり。KUMAとかkazidesuとか。
一時のテンションで買って後悔するのは目に見える。

食い物のほうがハズレは少ないだろうと物色。
小笠原屋とかいう駄菓子屋はいい感じだった。
飴甘い。店員さん美人だったし。また来よう。

かりんとうとキャリーバッグを手に、奥へ奥へ。

かさばるので通行人には申し訳なかったが。





巨門をくぐる。

およそ七年ぶりに、川神院を訪れた。









<手には鈍ら-Namakura- 第二話:確認>









境内にも人は溢れていた。
どうやって取り次いでもらおうかと考えていると、後ろから声を掛けられた。

「こんにちハ」

中国訛りとでも言うのだろうか、うさんくさいイントネーションだった。

「もしかして君が、直斗君かイ」

振り返ると、ステレオタイプな中国風の衣服を纏った男性がいた。

七三分け。
二日前をデジャヴ。無精髭はないが。


「え、と」

昔見た顔だ、と記憶を探っていると

「久しぶりだねぇ、といっても君は覚えていないと思うけド」

覚えている、名前が思い出せないだけだ。

「僕はルー・イー。一応、川神院の師範代を務めていル」

爽やかな笑顔。
戦うときホァチァーとか言うのかな。ヌンチャクとか棒術とかやってそうだ。

黄色いタイツとかモロ似合…、


「矢車直斗君、でいいんだよネ」

一向に話さない俺に疑問を持ったのだろう。若干怪訝そうだ。慌てて答える。

「はい。これからお世話になります。すいません、顔は覚えてたんですがいきなりだったもので」

「そうかイ。来るのをお楽しみにしていたヨ。うん、やっぱり真一さんの面影があるネ」

褒められているわけではないだろうが、そう言われて誇らしかった。

「ありがとうございます。父とは知り合いなのですか」

「うム。私の兄弟子にあたるネ。では早速で悪いけれど総代に、君の保護観察を引き受ける川神鉄心さんに挨拶に行こウ。本来ならこの時間はまだ学校で教務をしている頃なのだけれど、今日は君が来るから少し早めに切り上げて帰ってきていル。お待たせしては申し訳なイ」

「了解しました」

そう言って、キャリーを引きずり、ルー師範についていく。


うん。まさに燃えよドラゴン。













武の頂点と名高い川神院だけあって、やはり敷地も建物も半端なく広く、大きい。
玄関からして三メートルの弟子でもいるんですかと問いたくなる。
ルー師範にひたすら続く。並行してジロジロと屋敷内を見ていく。

これは勘弁願おう。
道を覚えておかないと、迷惑をかけることになるし。

それにしても、縁側、いいなあ。












しばらくして、ルー師範がある部屋の襖を前にする。

「学長、直斗君をお連れしましタ」

一拍、間が空いて、

「そうか。入れ」

襖が開く。



川神流本家総代、川神鉄心は人懐っこい笑みを浮かべていた。

「お元気そうで何よりです」

平伏。

「久しぶりの外は、どうじゃ」

穏やかな声が、返ってきた。対して、正直な想いを述べる。

「悪くないです。今まで退屈な場所に長く居たせいか、これからの生活に、飽きたり退屈することも、当分は。」


遂げなければならない目的が、俺にはある。











一ヶ月ぶりの対面だった。前までは強化ガラス越し。今はそれもない。

「収監中の心配り、重ね重ねお礼申し上げます」

深く礼。

「いや、こちらもたいしたことをしたつもりはない。面会もろくに出来ずじまいじゃったし。差し入れは、武術書ばかりでつまらなかったのではないかと心配しとった。それとお主、苦労したせいか白髪がまた増えたようじゃのう」

「いえ、こちらが望んだことですので。むしろ実践できなかったのがこたえました」

後者の話題はスルーする。染めてもすぐ生えてくる。

白髪染め使う歳でもないんだがな。

「あそこで武術はさすがに不味かろう」

「ええ、ストレス発散にはなるでしょうが、真似する輩が出ると暴行やリンチに繋がりかねませんし」

経験者は語る、である。

「ま、これから嫌でも実践できるからの」

音をあげても知らんぞい。好々爺は笑う。

「それとの」

「はい」

「学園への編入の件じゃが、本当に来年からでよいのか」

「ええ、一応施設で最低限の教育はきちんと修めたつもりですが、やはり高校教育相当の学習には不安が残りますし、川神院での生活と両立させるのは今は難しいかと。余裕をもって学校生活を送りたいので、二年次の始業からお願いできませんでしょうか。こんな出自ですから、目立つのも避けたいですし」

最後のが一番本音だったりする。

「そこまで大変だとは思わんが、まあお主がそう言うならな。取り計らっておく。来年の第二学年に編入でよいな」

でなければ行く意味がない。そのことは重々承知しているはずだろうから、何も質問を挟まなかった。


「お願いします」






あとは、

「それにしても本当によろしいのですか」

最たる懸念を隠すつもりはなかった。

「何がじゃ」

「…昔、武術の、あと剣術モドキの手ほどきを受けていたとはいえ、もう何年も体を満足に動かしてません。自分で言いたくはありませんが、昔の才も枯れ果てたと思います。それでも、天下に名高い川神の門下生として、受け入れてくださるのですか?」



「…そのために、お主はここに戻ってきたのじゃろう」

何を今更、と総代は言う。

そう。
確かにそうなのだが。
川神の名に泥を塗るような真似はしたくないのも、事実。


「案ずるな」

翁は続ける。

「ここではわしが右といえば左でも右になり、ブルマといえばスパッツでもブルマとなる」

後者は人間性を疑う発言だが。

「望むだけ、ここで精進せい」

断じた。


「……ありがとうございます」

俺はこの人に、借りを返しきれるのだろうか。




「ルーよ」

「は」

「こやつがこれから寝泊りする部屋に、案内を頼めるかの」

「かしこまりましタ。じゃ案内するかラ、行こうカ。直斗君」


立ち上がり、総代の私室を後にする。






否。

「それと、もうひとつ」

これは、確認しなければ。




「大和は、あいつは本当に、変わってるんですか」



総代の顔が、強張るのが見て取れた。

「すみません、くどくて」

一ヶ月前も、同じことを問うた。
神妙に総代は答える。

「前にも言ったと思うがの。わしは、変わったと思っておる。あれはあの後、いじめられていた者を仲間にいれ、友をたくさん作っておるし、進んでその輪を広げようと毎日努力しておる」

まあ、まだ風間ファミリーとやらは続いておるようじゃが、と結ぶ。


「そう、ですか。ご無礼を」

頭を下げて、今度こそ部屋を出てルー師範に続く。


「私も、一応は教鞭をとっている身、その点から見ても、彼は頑張っていると思うヨ」

彼も事情を知っているのだろう。静かな声色だった。

「…わかりました」





結局、自分で確かめるしか、この疑念は払拭できないと自覚した。



[25343] 第三話:才覚
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/09 20:46


『千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす。』

ーーー宮本武蔵










川神院に住み込み始めて一週間が過ぎた。


川神院の朝は早い。
門弟に連なるものは、皆午前五時前には起床する。例外はいるがそれは後ほど。
冷水で身体を無理矢理起こし、胴着に着替え、広間に正座。

一日の修練は、どの者も座禅から始まり座禅で終える。寺院のように後ろで精神棒を持つ輩はいない。
その必要がない者が、此処川神院で研鑽を積むことを許されているのだから。

俺は施設でも、座禅は日課として行っていた。暇をつぶす手段でもあったのだが。

不動。流転。無明。無想。無我。色即是空空即是色。
川神院では何を思い、何を基盤として座禅を行うかは個々人に任せられる。
求められるは、自らの武へ還元されうる「型」

俺は自分の型を、一念、と名づけている。

無明の如く、心を、空にすることは俺にはできない。本当の達人であればできるものらしいが。
だから心を何か一つのみで満たすことで雑念を払う。
旋風、土塊、林木、流水、火炎、鳥獣、拳撃、蹴撃、剣戟、etc...果てに昨日の晩のメニューまで。
日によって、満たすものは変え、あらゆる状況に応ずることの出来るよう備えるというもの。どれほど武に還元できるかは、才次第、なのだろうが。








<手には鈍ら-Namakura- 第三話:才覚>







座禅が終われば朝食。

精進料理まがいかと思えばそうではない。
一応、寺院なのだろうが肉、魚ともにふんだんに使われている。
力=肉は不変であるらしい。否定はしないが。美味いし。
野菜もあることにはあるのだが、いかんせん門弟も調理人も何故か男ばかりで栄養に偏りが出る。主に動物性タンパク質に。

一度それを口に出したら、「ならば」と隣に生姜焼きを二切れ取られることになった。オイコラてめぇハゲ、デフォルト住職が。つかハゲ多すぎだろ川神院。
だいたい半分以上はハゲ。派閥が、あるっぽい。

川神院に来てからの懸念ベスト3に入ってた「下っ端は頭丸めなきゃだめスか?」っていう疑問の答えは、強制ではないってことで落ち着いた。甲子園とかでも思うのだが、頭丸めてめちゃくちゃ球が速くなったり打てるようになるなら別だけど、規律って言う名目で皆五厘刈りとかどうよとか思うわけで。つうか頭守るために毛はあるわけで。防御力下げてどうすんのよみたいな。

………施設入所中は毎日思ってましたよ、ええ。半年前は俺もハゲだったもの。

生えるうちにお洒落したいやん。


僧兵とかカッコわる。





閑話休題。


朝食を取り終わると、門弟はそれぞれ修練に励む。
師につくもの、独りで努力するもの、様々であるが基本は皆同じ川神流の技を学び研鑽する。
川神流独特の「武の演舞」というものを最初に叩き込まれ、あとは勝手にせい、と総代は言い残し去った。
まあそのあとは結局ウザそう…もとい、世話好きそうな兄弟子にみっちり仕合でしごかれたのだが。

かなり個人の修練における自由度は高いのにもかかわらず、この流派が武の最高位に古来から位置していることで、いかに川神流がしなやかで、柔軟性のある武術流派であるかが垣間見える。個人の才能も現れているのだろうが。
午前は基礎体力強化、午後は体術、夕に剣術と決め、基本は個人で鍛錬することにした。基礎体力、特に足腰を鍛えた後にどなたかに師事しようと思ったからである。たまにルー師範をはじめとした兄弟子に指導を受け、同輩と組み手をかわすことはする。というかこれは強制なのだが。

やはり、七年のブランクは大きい。まずは体をどれほど速く、且つ無理なく動かせるか、限界を見極め、伸ばさなければ。
他人の動きを見切ることは他の弟子よりあるみたいだった。これは兄弟子同士の組み手を観戦して他の者と話し合えたときに気づいた。
その唯一誇れる自分の才も、動きを見切れても、そこから攻め手を回避したり受け流したり出来るほどの技術や瞬発力が圧倒的に足りない事実に霞む。

そのための基礎、足腰の強化である。







地道地道に努力する。いつか父母の強さと肩を並べられるように。そして彼らの志を継ぐ。
これが俺が川神院に戻った数ある理由の一つでもある。

無論、これだけではないが。




夕方、剣術の鍛錬に移る合間の休憩時、小笠原屋で飴を買う。これはほぼ毎日。
小笠原フリークに半ばなっているようだ。甘し美味し。今日はなんか時代錯誤なガングロが店員と話し込んでいた。ちょっと下ネタに引いた。あんま関わりたくねぇ。

玄関にまで戻ると、長い橙髪の、瞳の大きな少女が学校から帰ってきたところだった。

「お帰りなさい、一子さん」

「あ、直斗君、お疲れっ」

今日も半袖ブルマという、眩しい格好。

「飴、要りますか」

「あ、もらうもらう」


笑顔から元気が振り撒かれるようだった。
下校途中で鍛錬をしてきたのだろう。半袖の胴の部分に真新しく横一本、茶色いラインが入っていた。麻縄の跡か。

タイヤ引きとか、スポ根の古典的王道だよな。

「いえいえそちらこそ。毎日学校行きながら鍛錬なんて、恐れ入ります」

「あはは。本当は学園で勉強するより道場とかで体動かしたいんだけど、友達と遊ぶの楽しいし、おねーさまも学校行きながら最強になってるしね」

アレは、なんかもう生物学的になんというか、種族が根本的に色々違う気がするが。

「私の目標は、おねーさまだから」

ズビシッと俺を指差して宣言。

眩しい、ホントに。天真爛漫ってこういうことなんだなあ。
その純粋さ。もうねえよ俺には。

つーか仲見世通りをその格好で突っ切ってくるなんて相当の勇気居ると思うのだが。


話題を変えよう。

「今日はいつもより早いお帰りですね」

ちらりと掛け時計を見る。普段なら後一、二時間ほど遅いのだが。

「あぁぁ、いや、その、」

なんだか言いにくそうだ。

「何か、あったのですか」

「うーん、なんかちょっと河原で鍛錬やりづらくなっちゃって」

多馬川の河川敷はいろんな人が様々な目的で集まる。大方、草サッカーなんかが近くで始まったのだろう。

「そうですか」

悪い人じゃないのはわかってるんだけどねー。

そんな言葉が聞こえた気がしたが。

「じゃ、私着替えて出かけるまで道場でもう二汗くらいかいてくるね!」

と、ハヤテのごとく廊下を走っていった。

落ち着かない子だなあ。





と思ったら、また戻ってくる。慌しい。

「あ、後さ、今思ったんだけど別に敬語使わなくて良いよ、私の方が年下なんだし。おじいちゃんの孫娘だからっていうのも、アタシ的にピンとこないのよね」

養子らしいことは知っていた。
しかし、それとは無関係に、自分の実力を将来認めてほしいことの表れだろう

「すみません、でもこれは俺の癖ですから。まあ努力はします」

「うん、努力が一番だよね」

そんなやりとりをして別れる。




直すつもりはさらさらなかった。あいつらとの線引きは、必要だと思うから。






夜、食事を済ましてまた剣術の鍛錬のために、境内へ赴く。まあ剣術といっても今は足腰の鍛錬しかやらないんだが。

玄関から外に向かおうとすると、ハスキーボイス。

「ただいまー」




武神と鉢合わせる。

「あ、お帰りなさい、百代さん。」

「おー、新入り、だったか?」

「おねーさま、直斗くんだわ」

&その妹。

「お帰りなさい、一子さん。今日は金曜集会とやらですか?」

「ああ」

百代は答える。

「小学生の頃からの仲良し達と愉快な会議だ」

楽しいんだろうな。
双眸が、それを語っている。

「それはなによりです。食事まだでしたら夕飯、冷めると悪いのでお早く」

「そうだな、お前も鍛錬、頑張れよ」

凛とした眼差しが俺を射抜く。

内心、ドキリ。

正直に言おう。
この瞳に、俺は惹かれたのだ。
飾らない、心の映し鏡のような瞳に、俺は昔、恋をした。




「はい」

顔を背け、返答して足早に玄関を出る。

今は、この感情は邪魔になるだけだと言い聞かせて。
実際そうなのだから。本当に、残念なことに。







来年、俺は確かめる。

そしてその後の行動の選択肢を、「そのままにしとく」以外の選択肢を創るために、俺は小細工のない純粋な強さを得なければ。



境内の端に到着。

「うし」


矢車直斗の、川神院の誰よりも強い意志と鬼気を伴った修練は、こうして約一年間続いていく…。


























数週後の夕方、川神院玄関にて。

白髭の老翁と、背の高い黒髪の孫娘の会話があった。




「行くのか」

「ああ。例によって金曜集会だが、ワン子も私も夕飯は大和たちと食べるから」

「そうか。あまり遅くなるなよ」

「基地で食べるだけでお開きみたいだ。風間が寿司もらってくるらしい」

トロは誰にも渡さんと孫の目が語る。

「贅沢な高校生じゃのう」

やれやれ、仲が良いのは結構なんじゃが、と内心呟く。
このままでは不味いぞ、おぬし等。





唐突に。

「なあ、ジジイ」

少し、孫の声色が変わる。

「何じゃ?」

「この前うちに来た、矢車って奴、なんで門下生に混じってるんだ?」


まさか、彼奴について聞かれるとは思わなんだ。


「む?」

「あいつ、世辞にも川神院入れるほど才能あるってわけじゃないだろ。体捌きがあまりにお粗末だ」

「……まあの」

「ワン子みたいに、努力の才能認められたってとこなのか。あの意地の悪い試練で」

「……そうじゃなぁ」

「ふぅん。いや、なんとなく気に懸かっただけなんだが」

なんとなく、本当になんとなくなのだが、何処かで会ったような。
そして、何故か、五月に最初に会ったとき、血が滾った。強敵だと、体躯が告げた気がした。
まあ、組み手したら呆気なく数秒でぶっ飛ばせたのだが。

ただ、眼、だけは自分の動きを見切っていた節があった。
それだけといえばそれだけなのだが。ただ偶然視線が技の軸に重なっただけかもしれないのだし。

それから何度も組み手をしたが、もう一つ気になったのが、表情。
普通、ジジイ以外の者と組み手を始める時、またはその最中、相手には必ず怯えが見えるのだ。顔もそうだが動きにも顕著に現れる。特にこちらの攻め手が入る直前に。これは師範代クラスでも変わらない。寧ろ技が見切れる分、より怖れが顔に出る。

だが奴は、組み手の最中、まったく顔色を変えない。技を見切れているのにもかかわらずだ。こちらの拳を受けるとき(勿論クリーンヒットで)、「ああ、ここまでか」と冷静に分析しているような顔さえ見せる。

まあ、相変わらず私はおろかルー師範代にも全く勝てずにいるのだが。
ワン子と、やっといい勝負だ。





祖父の表情、返答から、なんだか煮えきらないとも思ったが、いずれにせよ強くならなきゃ自分には関係ないなとも思い直し、百代は廃ビルへと足を向ける。

今日は舎弟をどう弄ろうかと考えながら。










孫娘が去った後。
翁はひとりごちる。

「何かしら、感ずるところがあったのかのう?」

いつか、九鬼揚羽以上に対等に、対峙するかもしれない者に。



[25343] 第四話:降雪
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:075fab7a
Date: 2011/01/09 22:10



『孤独――訪ねるにはよい場所であるが、 滞在するのには寂しい場所である。』

ーーーヘンリー=ショー













2008年12月中旬


猛吹雪の中。



「…っ寒い」


言葉にしても寒さが緩和されるわけでもないのだが、そう言わずにはいられない。徒歩で川神から石川。見通しが甘すぎたか。北陸とか来たことなかったし。よく考えれば雪の中を長く歩くのもだいぶ久しぶりだ。十年ぶりに近い。無理なく五日くらいでいけるかと思ったのだが、相当無理をしている。脚が上がらないことはないが、重くなってきたのは確か。それでも立ち止まらずに朝から歩けているのは、日頃の鍛錬の賜物か。

「ま、これも修行修行」

また独り言。

川神一子な言葉。影響受けてきたかな。同じ努力派だし。

携帯も気温の影響か、早々にバッテリー切れ。買ったばかりなんだが。この根性なしめ。

その前に少し到着が遅れることを連絡できたことを幸運と思おう。







<手には鈍ら-Namakura- 第四話:降雪>







その数時間後、ついに目的地周辺に。

閑静な農村部とでも言うのだろうか。田が所々にある。家屋もぽつぽつとある程度。これが噂の合掌造りという奴か。伝統建造を見るのも少し楽しみだったりした。
その中を歩き続ける。
すると、川神院ほどではないが、しっかりとした和宅が見えてきた。なかなかに高い、純和風の堅牢そうな塀が、ぐるりと邸宅を囲んでいるようだ。

こころなし足を速める。早く着くに越したことはない。


あと数十歩程のところで、人影らしきものが雪の合間に見えた。迎えの方だろうか。相変わらずの吹雪で背格好までしか判断できないが。

この吹雪の中、申し訳ない。そう思い、更に速める。


こちらに気づいたのか、向こうの頭がこちらに向いた。





瞬間、猛禽のような速さで、ソレは、こちらに突っ込んできた。




テンぱる。




えーっと。


脳内ライフカードをドロー!



鹿?猪?熊?狼?





全部モンスターカードじゃねーか!!!


たまらず立ち止まる。向こうは止まる様子はない、寧ろ足元の雪が一層激しく舞っているのを見ると、速度を上げているようだった。
そして前傾姿勢。辛うじて一本、棒のような突起が見える。

鹿か?



なんにしても獣か。
迎撃の姿勢をとっておくが最善と本能で感じ、肩の布袋から木刀を取り出す。

上段に構える。





ちいッ、降る雪で遠近感が掴めん。出たとこ勝負か。


覚悟を決め、相手を迎える。
前方三メートルの足元のみを視界に納める。これで少なくとも足止めのための体勢は整った。




影が、白雪に映される。


来たッ

「…っフッ」

斜め左に振り下ろす。


マジックカード発動!!


喰らえッ!光の護封剣!!!








その、刹那、



ッツカァァン!!!

「あわわわわわわわっわ!!」




木刀が受け止められる音と同時に、なんかすごい、俺よりテンぱってる声が聞こえた。
地面を見れば、獣の脚ではなくコンバースのスニーカー。顔を上げる。

眼をこれでもかと丸くして、それでもしっかり自らの刀で木刀を防御している、頭に美がついてもよさそうな、少女の顔があった。



見つめ合う。

あ、なんか顔赤くなった。照れてるのか。かわいい。
そんなことを思っていると、彼女の顔が少し落ち着きを取り戻す。
そして見る見るうちに邪悪そうな笑顔に…。いや、これ怒ってんのか?



「えと、あの、どちらさまで。」

自ら口火を切った。こういうときは先手を取るのが定石。



「私、まっ、ま黛由紀江と申します」





「げッ」



懐古主義のロマン溢れるリアクションを、不覚にも取ってしまった。













「こ、これはとんだご無礼をーー」

その場に平伏。


ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ、マユズミユキエとか黛家のご令嬢とかうわうわうわマジ下手打った、もともと遅れている上にいきなり斬りかかるなんて何やってんの俺、つかカタナ持ち出してきたってことはもともと俺斬るつもりだったとかそんな感じだよなそこまで遅れたつもりないけどああとにかくあやまんないとetc…

みたいな事が脳裏によぎりつつ、頭を下げる。

「あの、矢車直斗さんですか」

言葉を投げかけられた。

「おっしゃる通りです。遅れた上にこのような立ち振る舞い、申し訳ありません。本当に。北陸は初めてで、来る途中に熊注意の看板も何度も見まして…」

頭を雪に擦りつける。そんぐらいしないとあの表情は消えない気がした。
もうアレだ。笑いというより嗤い。悪鬼の笑み。善悪相殺的な。村正的な。ごめん、ネタわかんなかったらググれ。




「いえいえいえいえ、そんな頭上げてください。私が急に飛び出したのが悪かったようですので!私、恥ずかしながら、その、矢車さんがくることをとても楽しみにしていて。出来れば、お、お友達になりたいと」




その言葉を聞き、一つ息を吐く。
そうだったのか。いや良かった。さっきの顔は、おそらく見間違いか。

「そ、そうですか。俺でよければ喜んで」

髪についた雪を払って、顔を上げる。







拝啓、鉄心様、

こちらでの修行、前途多難っぽいです。
めっちゃ睨まれてます。
口元がこれでもかと歪んでおいでです。


















由紀江side




北陸の猛吹雪の中、一人の少女が、豪邸といっても差し支えない家屋の門の前で、立ち尽くしていた。


「今年もよく降りますねぇ」

そう、少女は言葉を紡ぐ。その言を聞く者は、もとい聞く物は、一匹。

(まあ、去年よかはマシじゃねまゆっち。つっても関東から遥々徒歩とかどんだけ物好きやねん、矢車ってのは)

少女は両手の平に乗せた、なんとも冴えない黒馬のストラップに話しかけているようだった。

「こらこら松風、そんなことを言っては失礼です、というかなぜ関西弁なのですか」

(言葉の松風あややちゃん~~)

「今日は朝からテンション高めですね」

(まゆっちもじゃね。オラ見てたけど昨日はなかなか寝付けなかったみてぇじゃん。遠足前の小学生ぇ、みたいな)

「不安、期待、七対三といったところです」

(おおッ、いつもなら不安九割のまゆっち、なっかなかのコンディション!)

「同年代で年上、さらに異性という、なかなかに高いハードルを飛び越え、その勢いと弾みで、来年は川神学園で友達百人薔薇色学園生活計画をスタートすると誓いました!!」

(ポジティブ~なまゆっち、かっくいー。それだけ今日は気合が入ってるのかぁ。アントニオもアニマルも修造も真っ青だぜ)


事情を知らない者が見れば、真っ先にその場から立ち去ろうとするだろう。それほど、吹雪の中、独りの長身の女性がマスコットに話しかけ、腹話術でそれに答えるさまは異様であった。
由紀江本人の弁によれば、マスコットには九十九神(つくもがみ)が憑依しているらしいのだが。


(それに、家で親だけの淋しいクリスマスとお正月が回避できるしなー)

「あうあう、それは言わない約束です松風」

(不憫なまゆっち。妹は友達と冬休み中、海外研修という名目のハッピーセットおもちゃ付きな旅行なのに、かたや姉はおうちでお留守番~)

「……うぅ」

(ああ、ごめんまゆっち。オラ言い過ぎちまった。)

「いいんですいいんです松風、事実ですから。………………うぅ」

(でっ、でもさーまゆっち、ここでさー、もしもだぜー、ここで矢車って奴と友達以上になったら、妹より一歩リードの姉の威厳ができるぜ)

「姉の威厳…ですか。というかそれよりも、とっとと、友達以上とは…」

(みなまでオラに言わせんのかよー、まゆっち)

「そんな、私なんかがそんな」

(そこがまゆっちの悪いクセだって。もっと自信もてよー)

「自信、私にはなかなか縁のない言葉です。今だって、刀を持ってないと落ち着きません」

(だいじょぶだって。まゆっちー。いざとなったら、そのセクスィーダイナマイッな肉体を使えば男なんてイチコロさ)

「はあ」

(それに牡馬のオラが言うのもなんだけど、男前じゃね、矢車)

「それは。はい。凛々しい方です。……………………そうですね、欲を言えば」

(欲を言えばぁ~~~)

「か、からかわないでください松風!」



川神院からの武術研修者が来ると聞いて、どんな方かと父に尋ねると、写真つきでA4用紙二枚の資料を頂いた。

なかなか友といえる人が出来ない私のために、同年代の友達候補を見繕ってくれたようであった。流石に武道四天王、次期川神流当主の川神百代さんに来てもらうことは叶わなかったが、彼ならと、現当主、川神鉄心さんが太鼓判を押したそうだ。
写真をみれば、紺の道着に木刀を上段に構えている姿が収められていた。若干白髪が目立つ前髪は眼に懸かっているのに、その中から見える眼光の鋭さといえば、同年代のものでは見たことがない。武術に真摯に向き合っている姿勢に、とても好感をもった。



父の期待に応えるためにも、矢車さんとは仲良くならなくては。同じ剣の道を行く者ですし、きっと会話の種も何とかなるはず。




(お、噂をすれば何とやらだぜまゆっちー)

「!!」

顔を上げれば数十歩先に人影が。

(まゆっち、ダッシュ!!)

「え?」

(ファーストコンタクト、ファーストインパクトが大事だぜまゆっち。あなたのために外で待ってましたとか言えば好感度も鰻登り間違いなし)

「で、でも」

(自信だまゆっち、成せば成る。押してだめならもっと押せ押せだって)

「じ、自信」

今まで自分は、本当に一人だった。このままなんて、もう嫌だ。そう誓ったのではなかったか。

おっかなびっくり人に話しかけるなんて、もう沢山。学校で見る同級生みたいに、自然に人と触れ合いたい。遊びたい。




松風を胸元にしまう。
このチャンスが最後かもしれない。そんな焦りも背を押した。

前傾し、脚に力をこめる。足首の筋が強張るのが感じ取れた。

「黛、由紀江。行きます!」

(其の意気だまゆっちぃ。笑顔も忘れるなっ)

なかなか上達せぬ笑顔を張り付かせ、由紀江は今、突撃する。



[25343] 第五話:仕合
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/12 20:37

『人間一度しか死ぬことはできない。』

ーーーウィリアム=シェイクスピア




















川神院に身を寄せてから半年ほど過ぎた頃、総代から声をかけられた。他流派への武術研修に行かないか、というもの。

初めは、辞退しようと考えた。川神院ほど武術の鍛錬に向いている場など、他にないと思っていたからである。

弱い武術流派との武術交流は大切ではあろう。「川神流」にとっては。
武の頂点と自負する処を他流派に見せつけ、彼らを焚きつけ、武術社会全体の更なる発展を鼓舞する目的で行うのだから。

だが「俺」にとって、それは益にはならない。武を広めることは、俺が為すことではない。自らのみ強くなることこそ、今の俺に課せられた使命なのだ。義務なのだ。
他人を強くして如何する。

他の門下生から、身勝手と思われるかもしれない。川神に抱えてもらっている者として、相応しくない考えであると非難されるだろう。
だが、これは譲れない。俺の沽券、俺が武を学ぶ根本の目的に、関わるから。


だから、断ろうと考えた。研修先の流派の銘を聞くまでは。








「黛、ですか?」

「そうじゃ」

自らの私室で、翁は応える。

「…マジで?」

「真剣で儂を信じなさい」

「……本当に?」

「くどいぞ」

「失礼」

一礼する。




驚いた。

幻の黛十一段といえば、剣道つまり道場剣術を嗜む者でも実践剣術を齧る者でも知らぬ者は居ない「剣客」である。

剣道の段数は本来十段まで。だが、その卓越した技量から十一段の銘を与えられた「剣客」。「剣客」の文字通り、日常にて、刃引きされていない、本物の業物の帯刀を、政府から許可されているのである。日本が誇る芸術の一つに、彼の剣技が数えられているのだ。常に血生臭い刀剣界においてこのような例は他にない。

だが反面、この流派が武術流派として圧倒的に栄えることはない。なぜならば、黛流は血縁者以外に自らの剣を決して「語らない」剣術流派であるからだ。
一説によれば抜刀の感覚が、黛の血を持つものは常人とは異なるので「黛以外は黛を理解できない」から。らしいのだが、定かではない。
川神の血を持つ一部の者が、異様なほどに「氣」を操ることが出来るのと同じようなものなのかもしれない。

才no人を自負する俺には、関係ないが。



話を戻そう。

以上の理由から、黛流が武術研修生を呼ぶことは、ほぼ無いに等しいはずなのだ。









「何か、理由があるのですか?」

余程の理由だろう。

「うむ。無論、訳アリの依頼という奴じゃ。……黛十一段には娘が二人居ての」

「はあ」

「特に姉の方は才に溢れているという噂じゃ。一子より一歳年下にして、父と同等、あるいはそれ以上の段階にいるらしい」

「それは」

化け物、だろ。

「つまり百代さんと同じというわけで?」

あのレベルの戦闘狂をどうにかしろとでもいうのなら、軍の一個小隊、中隊くらい引っ張ることを進言しよう。

「いや、まあ、あやつほど戦いに飢えている訳ではない。ただ少し、こちらがより重症と言うべきか」

「は?」

「少しばかり、対人関係が不得意らしくての。まあ黛の箱入り娘じゃからな、生来の気質となかなか一般人と話す機会も無いのが相俟って、ということらしい」

………ありうる話だ。
ほぼ人間国宝の父がいて、相応の才覚も持っているということならば周囲の人間が敬遠してしまうのも無理は無いだろう。

「その娘も来年、川神学園に入学する予定での。このままでは学園でうまくやっていけるか不安だと、親のほうから言ってきおった。そこで、誰か歳が近い者を川神院から見繕って、引き合わせられないかということじゃ」

「なるほど、つまり彼女と友達になれと」

「ま、平たく言えばな」

しかし、俺でよいものか?

「ああ、それと、もうおぬしに決めたと言っておいた」




ーーは?




「なぜ俺に?」

「む?不服か?」

「いえ、寧ろ適任なのは百代さんではないかなと」

強さ的に。あと、性癖的に。

「強さは四天王レベルなのでしょう?」

「うむ。百代には二、三歩及ばぬが、この間、橘天衣が負けたと聞いた。四天王レベルではなく、もう四天王じゃ」

なんと。橘天衣を破ったのか?
血族に平蔵をもつ、音に聞く最速の四天王を。

「ならば尚更、百代さんと、武術で切磋琢磨させて仲良くさせればよいのでは?」

「それも考えたんじゃがな。モモにはあと軽く二、三ヶ月は武芸者の相手の予約が入っていてな。おいそれとキャンセルできんのじゃ。それに、同じ剣術を習っている者のほうが何かと会話が進みやすいと思っての」





ふむ。ま、仕方ねぇか。
それに、黛の剣、一度はお目にかかりたかったし。


「わかりました。引き受けましょう」

「そうか。しっかり、技を盗んで来い」

「は」

平伏。











<手には鈍ら-Namakura- 第五話:仕合>











というわけで今に至る。

今俺は、加賀の豪邸の応接間で、正座をして黛家当主を待っている。勿論畳の上だ。
由紀江さんとのひと悶着のあと、なんやかんやで本邸にお邪魔できた。
正直、第一印象は最悪だったが、悪い子ではないのは話してみればよく解った。


彼女は不器用なだけなのだ。
ほら、今だってお茶を俺に汲んでくれている。



(ヘーイ、そこのボーイ、早くもまゆっちの魅力にメロメロか~い?視線がまゆっちに突き刺さりまくりだぜ)

「失礼」

「あうあう」

………少々、一人遊びが好きだったようだが。



いっこく堂って、今何してんだろ。












しばらくして、奥の襖が開いた。

「いやすまない、遅れてしまった。少し遠くまで出張っていたもので」

中からは、体格のいい男性が現れた。
簡素な作法衣に身を包み、その左手に細長い布袋。中身を問うのは愚問だろう。
左手に持っているということは、右利きか。


目が合う。

「おお、君が矢車君か」

すばやく礼。

「は、川神院より武術研修に参りました、矢車直斗と申します。名高い黛十一段に御眼にかかれるとは、光栄です」

「いやいや、そんな硬くならんでくれ。これから二週間弱、共に寝食するんだ。こっちまで肩が凝ってしまうよ。ほら、顔上げて」

明るく、快活な声が返ってきた。幾分、フランクな性格らしい。

「それより、ここまで歩いてくるとは。なかなか根性がある」

「いえ、足腰の鍛錬にはもってこいです。雪の上なら尚更」

「ふむ」

当主は座卓に着く。
次いで、淹れてあった茶をすする。






「…………」


「…………」


「…………」


(…………)








いきなり何だ、この沈黙。

誰か喋れよ。この際、馬でも可。


秒数にして15.2秒、音の無い世界が続く。
その間、彼は俺をじっと、見つめていた。
俺も、それを両眼で、受け止め続ける。




ふと何事か、思いついたように、彼は顎に手をあてる。

「由紀江、」

「は、はい」

突然、父に由紀江は話しかけられた。

「道場の掃除は?」

「つい先ほど、済ませました」

今度は澱みなく答える。



そして剣客は顔を俺に向ける。

「ついてきなさい」

「…は」

何事かは解らないが、当主にならって立ち上がる。
由紀江も。


「ああ、由紀江、お前はそのままでいい。ここで待っててくれ」

「え、あ、はい」

渋々、といった感じに彼女は座りなおす。




え、もしかしてこれからサシ?




部屋を去り際、黒馬の声が響く。

(Battleの予感、ビンビンビ~ン)


オヤジかてめぇ。















川神と幾分似た、素朴な道場。そこに俺は案内された。
何畳あるのだろうか、それなりに広い。川神よりは狭いが。
その丁度中央で、立ち止まる。

「少し待っててくれるかい?」

「は」

そう言うと、奥の物置のような部屋に足早に行ってしまった。


状況からして、ここで仕合をすることは明白だった。
木刀でも取りに言ったのだろう。
高鳴る鼓動を、呼吸法で落ち着け、待つ。






「さて」

五分ほどで彼は戻ってきた。予想通り、木刀を携えて。

「これから、まあ、君も想像ついてるだろうけど、打ち合いを行う」

俺は黙礼する。

「君はこっちだ」

手渡された。















彼の、左手にあったものを。







誠に失礼ながら、断りもなく、俺は布袋の中身を改める。

「………」

モノホン。
その言葉のみが、心中に浮かんだ。




「……失礼ながら」

「うん?」

「真剣同士で立ち会うのですか?」

「いんや」

黛流当主は、見つめ返す。

「君が真剣で、僕が木刀だ。それで君が僕から一本取れたら、君に「黛」を教えよう」



舐められている、とかそんな感慨は浮かんでこなかった。

ただ、どうしよう。という困惑の極みである。





そして、

「立ちなさい」

殺気めいていた。

これが、剣客の眼力か。

無論、断れる筈がない。









容赦無き、剣閃、剣圧、剣舞。

俺は無様に、避け回っているのみ。足裁きなど、意識している間もない。


「どうした。川神院では攻めの手を教えないのか?」

「ほら、次は左足、いくぞ!」実際は右足を打たれる。

「いつまで、動く砂袋でいるつもりかい?」

「人生、避けてばかりじゃ苦労ばかり。だからそんなに白髪なのでは?」

言葉でも蹂躙してくる。本当に待ったなし。俺には喋る余裕はない。



「ほら、さっさと剣を抜けぃ」


そう、俺はまだ刀を抜いていないのだ。



俺には、無理だ。
木刀で武装しているとはいえ、それに真の凶器で立ち向かうなど。


無理だ。

無理だ。

無理だ。







次第にかわすのが難しくなる。

剣速が速まっているのか、こちらの動きが鈍くなっているのか。
おそらく前者だろう。

避けることと、こんなしょうもない判断にしか自分の才を使えないとは。

なんて無力。なんて脆弱。

腹立たしさのみが心を占める。



仕方ない。

こんなこと、したくないが。




ーーーガィン

「ッツ」

わざと、横薙ぎをモロに喰らう。

骨が折れなかったことを天に感謝し、布袋を投げつけ目くらまし。

後方に、思いっ切り跳ぶ。

そして、












ーーーシュラァァァ



ついに、剣を抜いた。






















それを見た、当主。
一度、腰に木刀を納める。

手を止めたと判断するほど、俺は愚か者ではない。

居合斬り。

黛の極意は神速の斬撃にあり。その言葉を聞き及んだのはいつだったか。
剣の速度によって、奥義の名は変わる。数の位がその名になっていたはず。
此処に来る前に調べた。

瞬速、弾指、刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静

この順に速くなるらしい。
正直、木刀で瞬速出されても、今の俺は再起不能になるだろう。

なんでこんなことを今説明してるかって?



気迫、怖すぎて興奮物質ダダ漏れで、テンパり100%だからだよ!
どこの飛天御剣流だ、どこの天翔龍閃だクソッタレ!!



こちらに跳んで放つつもりだろう。
天下一と名高い神速の剣が、俺に牙を剥く、








その寸前、




俺は、自らに与えれられた刃を、首筋に当てる。
そう、自らの首筋に。

こちらに向けられていた殺気が、微かに緩む。





ここぞとばかりに、俯いたまま、俺は声を張り上げる。

「申し訳ありませんッ!!俺には無理です!どうか、どうか平にご容赦をぉお!!」

最後は、歌舞伎みたいになってしまった。

だが、これが、今俺に打てる最善の一手、全力の一手だ。
情けないこと、この上無い。いや、この下無いが。



その場に座る。
へたり込む、といった表現が正しい。かもしれない運転。
ちょっぴり涙目。かもしれない運転。
根性なしが、と罵られ、外にほっぽりだされる。かもしれない運転。



流石に外にいきなり放られることはないだろうが、どちらにしても、修行は受けさせてもらえられないかな。

ごめん、由紀江さん。来年まで、友達はお預けっぽい。




















ーーゴン

と、何かが床に突く音が聴こえた。
見れば、数歩先で木刀の先を床に置き、黛十一段が、立っていた。

先ほど会ったころの優しげな眼差しをして。



「……合格」

確かに、そう聴こえた。

「な」

何故。

俺に、そう言う間も与えず、当主は続ける。

そして、その言葉は、俺を黙らせるのに十分な言葉。




















「君は、人を、殺した」





文節を、存分に区切り、彼は言った。

「眼を見て解った、なんて言えたらカッコいいんだが」

彼はまだ、こちらを見続けている。

「君を、うちで預かることになってから、川神本家、鉄心様に君の事を聞いた。君の半生、というべきか。

 君は、どうしようもない状況で、自らの武を振るった。」



「だが私は君に、同情も慰めもしない。ただ君の行為を侮蔑する」




穏やかな目で、冷徹な言葉。

「戦士でもない者を、死ぬ覚悟をしていない者を、君は幾人も手にかけた」

事実。

それは、紛れも無い、事実。

「そのことについて、悪いこと、と認識しているのか。私は確かめたかった。そして今、確かめた」






「たぶん君は、その行為に、後悔はしていないだろう。でなければ君は、川神院にいない」




だが、と続ける。




「自分のした行為は、悪であると。二度と、絶対に繰り返してはならないことである、と思っていることは解った」

俺は、黙って俯いたまま。




「顔を上げなさい」

深く息を吐いて、言う通りにする。



「君なら、由紀江の第一の友に、相応しいとみた」

二週間弱だが、よろしく頼む。
そう、頭を下げられた。












「……ぅ、ありがとうっ、ございます」






震える口に出たのは、自らの本質への理解に対する、感謝の言葉だった。



[25343] 主人公設定(第五話終了時点)
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/11 06:42



矢車 直斗

性別 男

血液型 AB型

年齢 2009年1月現在、18歳(百代より1才年上。だが2-F所属予定)

誕生日 12月24日

大アルカナ ? 

経歴 諸外国の日本人学校→11歳、?→11歳、特級矯正施設→17歳、川神院預り→18歳、川神学園第二学年F組

性格 忍耐力に優れる。苦労は苦労と思うが目的を伴う苦労は率先して行う。ノリは良い。

身体的特徴 身長175センチ体重82キロ
      目が隠れるほどに伸ばした前髪
      生来の苦労人気質のため白髪が多い。三分の二くらい
      やや筋肉質。筋の密度の高さ、および?で少々体重は重め
      モデルとしては、メタルギアソリッドの雷電

家族 父:矢車真一(故人) その他の血縁者:?

使用武術 川神流剣術及び川神流体術

使用武器 木刀

学業 英語ペラペラ。基本的に高校内容の授業は施設でやり終えたため、それなりに優秀。



[25343] 第六話:稽古
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/12 23:03


『一生の間に一人の人間でも幸福にすることが出来れば自分の幸福なのだ。』

ーーー川端康成

































黛家の朝も、早い。
五時前にはもう、家の者は皆、起きて何かしら家事をしている。
当主でさえも、縁側を雑巾掛け。襷付き。


当たり前ながら、ここは石川県南部。
北陸、加賀の地。
季節は冬。
いつまでも布団と湯たんぽと、添い寝したい気分になるのはしょうがないこと。



いや、起きてるけどね?



客人の扱いを受けても、居候の身。
日課の座禅を少し早めに切り上げ、無理を言って俺も玄関外の雪掻きをすることに。

幸い、外の雪は止んでいたし。
代わりに日が燦々と降る。



黙々と雪を運ぶ。運ぶ。ヤコブ。

温水融雪機なんて小癪な物はなさそうだった。
とりあえずは車道まで、道を開通させよう。











「や、矢車さんっ」

どれくらい経っただろうか。
完全に体が温まったところで、声をかけられる。

「おはようございます、由紀江さん」

彼女は俺が起きた時にはもう台所に篭っていたそうで。

可能な限り、優しく応える。
昨日は父親の酌の相手で碌に話も出来なかった。今日は、上手く話せればいいな。

「お、おはようございますっ、あ、あの」

大丈夫、焦んなくていいんだよ。一言一言で。


「朝餉の支度が整いました!よろしければ、すぐに」

他の家の朝ごはんって、興味出るよね。


「そうですか、ありがとうございます。手料理、楽しみです」

withスマイル120%







まあ、また例の顔で、

「は、はい。精魂込めて作りました。あ、嫌いなものとかあったら遠慮なく言ってくださいそれと本日はお日柄もよくて何よりですね晴れの日は好きですか私は好きです特に今日みたいな雲の無い空は大好きです知っていますか雪が降った後は空気が綺麗になるんですよそれでは食堂で待っています」

と、棒読み早口マシンガンぶっ放して中に飛んでいった訳だが。




代わりに馬に喋らしたほうがコミュニケーションとれんじゃね?

















<手には鈍ら-Namakura- 第六話:稽古>















量、多ッ。かった。


残さず食べたけど。

うまうま。



「ご馳走さまでした」

手を合わせる。

「お粗末さまです」

「とてもおいしかったです。特にお魚が」

生憎、俺には魚の種類など、ホッケとアジぐらいしか見分けられないのだが。

「あ、あれは日本海産の一夜干しでして」

「あと、胡麻和えも絶品で」

川神より、とーっても、健康的。







「由紀江、矢車くんが来て張り切るのは解るが、毎日これだと後が辛いぞ」

腹を擦る当主。

「す、すみません、以後気をつけます」

シュン、なんて擬音が聴こえたり。



一息つくと俺に顔を向ける。

「じゃ、一時間後、道場で。いきなり脇腹を痛めないよう、ちゃんと体を動かしておきなさい」

「は」

「由紀江も、今日は片付けはいいから。母さん、悪いけど」

「はいはい」

奥方は、名女将のような微笑を浮かべ、食器を取り下げていく。


田舎万歳。家族万歳。








食堂を出て、一旦あてがわれた部屋に。

まずは道着に着替える。心なし、丁寧に。

次に柔軟。たっぷり十分強。

伸びーる、伸びーる、ストップ。
このフレーズで全身黄色タイツを思い浮かぶのは俺だけじゃないはず。
NHK、まだアイツ使ってんのかな。



一足早く、道場に。
流石に部屋で素振りする訳にもいかず。
昨日と同じ立位置にて。
基本に忠実に、上段から、振り下ろす。

だけど、ただ数を振ればいいってもんじゃない。
素振りの一太刀一太刀が、会心のものでなければ。

そうでなければ、どうして、実戦で会心の一撃が打てるだろうか。





ーーッヴォン



「ッしゃ」



本日の一太刀目は、まずまずである。















渾身の百五十太刀目に、出入り口の襖が開く。


(テーレッテ~。まゆっち、登、場!おうおうおう、まゆっちより先に来るとはいい度胸してんじゃん)

「こら、松風。無礼です」

一礼して、道場に入ってくる。

「隣、よろしいですか」

「お構いなく」

ふむ、刀持てば普通に喋れるのか。




肩を見る。

さて、てめえも来たか、馬。

「松風さんも来られるとは」


おかしいな、一行上が、本音なのに。


もう、一個体として認識することにする。
馬にまで敬語を使う、優良剣士。



(まー、オラレベルの馬にもなると、一流の剣捌きは見とかないと)



「……何の為に?」


聞かずにはいられなかった。



(ん?いや、そりゃー、騎馬として)




ほう。




「…さいですか」

ま、ね。

その装飾は、だいぶ位の高い騎馬だもんね。

今、お前は逆に人に乗ってるけど。


(ほら、サボんな。まゆっちを見ろ、超集中中)

うん。
解るよ。

凄い気迫出して、すぐ隣で構えてることも。

その腹から、君の声が出ていることも。


「じゃ、最後に一つだけ」

(なんだい?)

「由紀江さんのご両親の前では、言を発さないので?」



少しの間が空いた。



(………オラ、空気も読める馬だから。ダチ居なくて専らマスコットと喋る娘の姿なんて、見せらんないって)










むしろ、他人に見せないほうがいいと思うが。
















そして数分後、奥の間から当主が出てくる。

黛流鍛錬の、始まり。
流石に、ここで由紀江は松風を懐にしまう。


俺は目を細める。

一つでも多く、技を掠め取ってやれ。
そんな俺の気概を感じたのだろう。
当主の口角が、あがる。
上等、とでも言うように。






































さて、結論から言おう。




黛流、無理。


だって、ふつうの子だもん。



抜刀の理念からして、意味不明である。


曰く、「必要なのは、愛、信頼に似た何か。我と彼の狭間に、無二の一点あり。刃が我、斬る箇所が彼。その我と彼の共同作業で斬撃を繰り出せ。鞘から出て、斬り込むのは、君自体だ」


失礼ながら、常軌を逸した輩ってのは妙なことを言うもんだが、神速の斬撃なんていう、常軌を逸したことを実現しようと思ったら、どうなったってそうならざるをえないのかもしれない。



こんなに難しいこと考えて、この人達は剣を振るっているのだろうか。







「やっぱり、少し、難しいかな?」

いや、そんなもんでは済みませんよコレ。

「本当に、言葉で伝えるとするなら、今のが一番具体的なんだが」

そんな渋顔しないでください。いたたまれないです。

「由紀江はこの説明で、瞬速とばして弾指の段階までいったんだが」

いや、だから天才と一緒にしないでくださいよ。



埒が明かねぇ。

「由紀江さん、」

「は、はい?」

可愛らしく、首を傾げて返答してくれた。

萌え。

ではなくて。

「実際、どんな感じなんですか?黛の抜刀って」

「そう、ですねぇ」

少し思案。

すると。
由紀江は俺から数歩下がって、構える。



「なんていいますか、」




息を吸い、吐く。



吸い、


吐く。


吸い、


吐く。


吸い、


吐く。


吸い


ーーーブォァアンッ


横薙ぎ一閃。






「こう、です」





…いやいやいや。























抜刀術は、諦める。俺には理解できそうにない。
もとより黛しか理解できないのだろうし。黛十一段も、そんなことを言っていた。
それよか基礎鍛錬やっていた方が実になる気がする。

ま、抜刀術以外の、たとえば足捌きだとか連撃の繋ぎだとかは教えてくれるそうだ。先日の仕合で見た限りでは、ものすごく機能的、実用的な感じを受けた。
これはモノにすれば、川神の門下生として、胸を張れるようになるかもしれない。
こっちは、技術云々のレベルなので、何ともない。
相応の努力を以ってすれば。









夕方まで、稽古は続く。素振り、型、仕合の三つでその内容は占められる。
そして幾度となく、由紀江と太刀を合わせた。

やっぱりこの子、化け物だわ。
剣閃のキレが半端無い。百代さんの方が、容赦の無い分、三歩ほどリードという感じだが。
ま、俺は相手にならなすぎて、とっても肩身が狭いですけれど。



ちなみに抜刀術についてだが、十一段が清浄、彼女は阿頼耶まで、奥義を修めているらしい。
一回きりとして、見せてもらった。

否、魅せてもらったと言い直そう。まさしく芸術の域。

俺には、至ることの出来ない極致、であろう。
















稽古が終わり、部屋に戻る。

流石に、へとへと。
ぐだぐだと部屋着に着替えるわけだが、その最中、バッグを漁って思い出すことがあった。




「由紀江さん」

廊下に出ると、居間に居た彼女に声をかける。

「はっ、はい」






硬いな、やっぱり。
この調子じゃ来年は心配である。純粋に、心から。
鉄心様や十一段の頼みとは関係無しに。

そしてその様子から、気持ちを新たにする。

なんとか、この子が友達を多く持てるように手伝うという気持ちを。







「ちょっと、部屋に来てもらえますか?」





(ヘイヘイ直斗、早っ速、まゆっちにナニするつもりかい?ああ、オラが邪魔になったら廊下の外にだしていいぜ)







聴こえなかった。ことにした。


清純派、だよね?由紀江さん。








そう願うよ。





[25343] 第七話:切掛
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba
Date: 2011/01/13 18:29


『友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である。』

ーーーコッツェブー














こっちに来る前に、色々と考えてみた。
彼女がどうやって友を得るきっかけを作るか。

俺は、無論、女ではない。
でも、と言うべきか、だからと言うべきか、女の子の友人関係って複雑だということは解る。
キャピキャピ言ってたって、チャムチャムじゃれてたって、心中は本人しか知らない。
男はまだ、顔に出るだろ?


それでもさ、男女で共通するのは、何かしらのきっかけから、他人の興味をかきたてる所から友情が始まるって事。




俺は鞄を、ゴソゴソと。

正面で、由紀江は俺の一挙手一投足を、ちらり、ちらりと見ていた。
視線の、床との往復運動が、非っ常に慌しい。


(ドキドキ、ワクワク、ゴロリくん)

従姉弟のゴロネちゃんも忘れんな。

ワクワクさんに作品造形の提案、しまくってるぜ。

毎週火曜日、午後10時半から、好評放送中。
歴史長いよねあれ。
ハッチポッチの次に好きだ。こっちはもう、やってないみたいだが。



「そんな、ビックリするほど大したものではないんですが」

中から取り出した、白いプラボックスを彼女の前に。

「あの…」

「どうぞ」

恐る恐る、という感じでそれは開けられた。

「…これって、」

中には、色彩の粒が、敷き詰められている。

「俺の、趣味でして」

(マジでぇ!?)



ビーズセット。
安心と信頼の、九鬼コンツェルン製。


つくってあそぼ?










<手には鈍ら-Namakura- 第七話:切掛>











俺の指導の下、まずは簡単なリング作り。
もうすぐ正月ということで、白と紅色。
一個ずつ、作る。

「あの、」

「はい?」

その最中。

「こう言ってはなんですが、意外でした」

おお?貴重なあちら側からの話題提供。

「元々は妹の影響でして。女々しい趣味でしょう?」

自虐。

(ぶっちゃけね)

「いえ、そんなことは」

この場合、どちらの言葉を信用すべきか。

「川神院では、よく冷やかされます」

ま、邪険にするほどでもないが。門下生の彼らもそんなに暇ではない。

半分、彼女の方に気をやりつつ、手を動かし続けた。




「……これに集中してるとですね、」

うし、出来上がり。

由紀江さんもなかなか筋がいい。目が良いと通しも速い。
完成まで、もうちょっとかかりそうだが。

「頭、空にできるんですよ」

全部忘れられる。

全部。



「松風さん、」

(どしたー?)

少し、ほっぽり気味だったマスコットに声を掛ける。
そして彼を裏返す。

仰向けの、体勢。


(う、うわ~~、ま、まゆっち、オラ貞操喪失の危機)


黙ってろ。


片方の前足に、完成品を通す。

座卓に置いてみる。

「どうです?」

なかなか、似合っていると思う。

黒毛に、白銀のライン。

「おお、なんかセレブ~」

気に入っていただけて、何より。




由紀江さんの方が出来上がると、もう夕食の時間。
今日はここでお開き。

「それ、差し上げます」

立ち上がり、小箱を指して言う。

「え、いえいえそんな」

ブンブンと音が聴こえそうな程、首を横に振られてしまった。

「あ、もしかしてお気に召しませんでしたか?」

もしそうなら謝らないと。だいぶ時間を取らせてしまった。

「いえ、そうではなくて…、あ、あの、本当によろしいんですか?」

「ええ、もともとプレゼントするために持ってきたのを、先程まで忘れていたので」

ファーストインパクトで。

……セカンドじゃないよ?

「あ、ありがとうございます」

「慣れればこんなのも作れるようになりますよ?」

そう言って、俺は力作の数々を鞄から取り出す。
皆、動物の形。


(うわ、スッゲ)

「はい。……とっても可愛いです」

ちょっと得意げ。
感嘆の息を聴くのは、なかなかに心地よい。



そして、ここから本題。

「こういうのとか、大抵の女の子は好きだと思うんですよ。だから何個か筆箱とか鞄とかに着けておくだけで、同性と話すきっかけになるんじゃないですか?」

彼女は、口下手であるということは、元々聞き及んでいた。正直ここまでとは思わなかったが。
でも、他人と触れ合う手段は別に対話だけではない。
無論それも大事だけどね?

「あ、ああ、」

彼女は口元を押さえていた。
その双眸はうるる。
揺らぐ黒髪はさらら。

え、何、マジ泣き?

しゃがみこんでしまった。

言葉を発せない彼女の代わりに、馬はよく喋る。

(まゆっちぃ、オラは今、猛烈に感動しているぅ~!!)

彼女の手中の黒馬は、こちらを向く。

(直斗、お前マジいい奴じゃん、超感謝)

いや、そういうのは直接、由紀江さんから聞きたい言葉なのだが。


(でさ、物は相談なんだけどさ)

「はい?」

(…雌馬作れねぇ?清純白馬とお近づきになるのがオラの夢ー)



モチ、却下。
自重しろ。

これ以上増えたら誰も寄り付かねぇぞ、由紀江に。










由紀江さんを何とか宥め、夕食。
その後に、当主に断ってから、また道場へ。
川神院での生活のスタンスを、崩すつもりはなかった。
蛍光灯の下、独り、黙々と袈裟斬りを繰り返す。


日本の刀剣術は古来より盛んだが、江戸時代に大きく発展した。
この頃は、大きな戦乱がなかったため、戦場で着用する甲冑は前提とされず、平時の服装での斬り合いが想定された。これは、現在でもそうだ。
だから、今日の実戦剣術においても、袈裟斬りは基本中の基本なのだ。
無防備な鎖骨、頚動脈を狙えるからである。

一撃必殺。
どの流派でも、これは極意であるらしい。


しばらくして、襖が開いた。

見れば、黛家当主。

「すみません、ご迷惑でしたか?」

そんなに、うるさくしていたつもりはなかったが。

黛流は、あまり夜の鍛錬を奨励していない。
寝る子は育つという教育方針を、徹底しているそうだ。

「いや、そうではないが、そろそろ終わりにしよう。もう夜も更けた」

やんわりと、言われる。

「はい」

本音を言えば、もう少しやりたい所だが。

道場に一礼して、廊下に出る。
そして当主を先頭に、歩く。

「時に」

「は?」

「剣術は、閖前さんの影響かい?」

「…ええ」

特段、隠すことも無い。

ユリマエ…。久しく聞いていなかった言葉。

母の、旧姓だ。
俺の母、矢車六花(旧姓、閖前)も、川神で剣術を修めていた、らしい。
俺が母から剣を教えてもらったときには、もう川神を出て行った後だったそうで。
だからもう、何十年も昔の話。

閖前家は川神の分家に当たる。
なんでも昔は本家の独断専行、暴走を防ぐ役割を担っていたらしい。それも武力と政治の両面で。

閖って水門の意味だしな。読んで字のごとく。

だけど今はもう廃れている。
そこの一人娘を父が娶ったのも、原因の一つだろうが。

まあ、現代日本は中世のそれよりは平和である。
本家の暴走もありえないと判断され、ストッパーも必要なくなったのである。

一応、立場的に俺がその役を担わなければならないのかもしれないが、今は無理。

だって、相手が相手ですよ?

「いや私も一度、彼女と立ち合ったことがあってね。実に、見事な腕前だった」

「……御当主様ほどでは」

「そうとも言えないよ。私の剣は斬る剣だが、川神流の中でも、彼女のは迎え撃つ剣、撃剣だった。単純に強さを比較できない」

ふむ。

そう考える事も出来るか。




前を行く当主が、立ち止まる。

「ご両親の件は、残念だった」

玄関近くを通ったせいか、少し冷たい風が頬を撫でる。

「いえ、もうだいぶ前の話ですし」

そう。もう過ぎてしまった話。
そして、アレはまさしく、来るべくして来た天災だった。

「すまない、嫌なことを思い出させてしまったね。明日からも由紀江のことを、よろしく頼むよ」

そういって、彼は自室に入っていった。


俺も、寝るか。
























黛邸、玄関前。

日が経つのは早いもので。

もう、ここを発たなければならない。

いやあ、充実。
本当に久方ぶりに、正月というものを堪能した気がする。

七年ぶりの紅白歌合戦。
解るのがサブちゃんとか和田アキ子ぐらいしかいない自分に、少し笑えた。

何より嬉しいのは、由紀江さんがビーズに熱心に取り組んでくれたこと。
色々、ネットからレシピ調べて夜な夜な作ってるそうで。
夜更かしを少し窘められていたけど。

あと、ちょっとだけど可愛い笑顔が見えた。俺にはそれで十分。



「直斗君」

「はッ」

黛十一段にも、いつかきっと、御恩を返さなくては。

「君は、きっと強くなれる」

「……ありがとうございます」

一礼する。

彼の言った言葉は、誰にでも言えることだろう。
でも、彼の言葉ほど、勇気をもらえるものは、世の中にはそこまで溢れてない。

ここに来て二週間、みっちり、技術を体に叩き込んだ。
足捌きとかは、様になったかもしれない。
でも、これで完成ではない。まだ、上がある。

スピードとセンスは、生まれついての限界がある。
体質だったり、才能だったり、限定要因が必ず、ある。
でも、テクニック、技術はなんとか磨ける。
どこまでも、時間をかければ。


「や、矢車さんっ」

慌て気味に、中から由紀江さんが出てきた。

「あの、色々とお世話になりまして…えと、その」

言うことがまとまらないようだった。

「いいえ、お世話になったのは、こちらの方です」

苦笑する。
この子は可愛いね。ホントに。

「また、お会いしましょう。川神で」

笑みを返す。

「は……、っはいぃ」

まだ、笑顔は難しいようだった。

「また、いつか来なさい。君ならもう一人の娘の方も、気に入りそうだ」

目を細め、当主はそう言ってくれた。

「ええ、いつか必ず」




さて、

「では」

一礼して、来た道を戻る。

訪れたときとは打って変わり、のどかな日差しが暖かに、白雪に降り注いでいた。





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