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医局の窓の向こう側   


当世若者気質

2007年02月26日

 専門分野に関して時々大学の医学部から講義依頼がくる。講義準備はそれなりに時間が取られ、本来の仕事の邪魔にならないと言ったら嘘になる。だが、正直言って私自身「教えること」はそんなに嫌いではないし、医学部教育は明日の医師をつくり出す貴いものだという自負もある。当世の若者気質も分かるとあって、今まで比較的快くお受けしてきた。

イラストイラスト・木村りょうこ

 昨今の少子化は大学経営にも大きな波紋を投げかけている。2008年度には大学全入時代が到来するとも。全国すべての大学の定員数より、その年の大学入学希望者数が少なくなるのである。学校も「定員数の学生」をなんとか確保しようと必死である。そのためには本来なら入れないはずの学生も入学を許可される。大学全入時代の到来は、学生側の売り手市場を意味し、魅力のない学校、学生様のお気に召さない学校は淘汰される。

 医学部とて例外ではない。ちゃんと教えてくれる所、ケアが良い所を、学生が志望する。学生は学生様、お客様なのだ。

 というわけで、医学部でも学生様のお気に召すような魅力ある授業を、ということになり、教官から学生への一方通行の評価ではなく、学生が教官の授業を評価する「相互評価」が取り入れられた。私自身はこの制度はそう悪いものではないと思っていた。私が学生の時は非常に「趣味的な」授業をされる教官もいて、少々困惑したこともある。学生と教官の双方から医学部教育に関して建設的な意見が出され、より実のある教育現場となるのならば、相互評価も悪くなかろう。だいたい私の講演会は「分かりやすい」と評価が高いのだ。学生評価だって良いはずだ。

 ところが、相互評価のレポートが返ってきて驚いた。「板書をちゃんとしてほしい」とのコメントが多かった。そういえばこちらは一生懸命しゃべっているのに、学生はあまりノートを取ろうとしなかった。どうして取らないんだろう、と思ったが、授業を「聞く」のは良いことだからそのまま進めた。ところが、学生たちがノートを取らなかったのは、私が板書をしなかったからだという。板書しないから、ノートが作れないから「ダメ講義」と。それ以上に驚いたのが、「黒板にちゃんと書け!」「早口で分からん」などなど、口汚いののしりとも取れる言葉である。一体どういうつもりなのか。

 正直とても落ち込んだ。文系大学の講師をしている友人にグチる。「20歳を過ぎた医学部の学生が、板書しろって言うんだよ。『センセ〜、書いてくれないとノートが取れませ〜ん』って。最近の学生ってちょっとレベル低くないか?」「ノート取ろうって思っているんだ。さすが医学部だね〜。僕の学生の中には、授業に出席してやってるって態度のもいるよ。単位が欲しいからしょうがないから出ている。携帯メールするか、居眠りするか」「授業中にそんなことされて腹は立たないの?」「僕はね、あれを修行の場と理解しているから。おしゃべりされても無視されても居眠りされても試験でとんでもない点を取られても、平常心。大学出って肩書きが欲しいだけで誰も学問をしに来ているわけじゃない。当世の学生なんてみんなそうさ。医学部だって医師免許をとるための専門学校化しているでしょう。大学は学問の場ではなくなっているんだよ」

 昔は瞬間湯沸かし器だった彼が、最近丸く我慢強くなったのは「修行」の成果であったとは。「本当に心配しているのはね、それじゃないんだ。板書をしてほしいっていうのは分かった。百歩譲ってそれは受け入れよう。でも、要望欄に『黒板に書け』とか『早口で分からん』なんて言葉遣いで書くかな?」「目上だろうとなんだろうと今時の子は甘やかされているからそういう言葉を使うよ。自分が一番なんだから。その場に合った言葉遣いが選別できないことも含めて、幼稚になっているんだよ。そういう医師がこれから増えるってことかな」

 これが当世若者気質なのか? 教官にへりくだれとは言わないが、最低限の礼儀というものがあるだろう。わざとやっているのなら人間性を疑う。悪気がないのなら非常識だ。それとも友人の言うように「幼稚」になっているからか。学生課に様子を聞くと「まぁ、今の学生はレベル下がってますから」と諦めきっている。う〜む、由々しい問題だ。医学部教育も考えていかなくてはならない。

筆者プロフィール

真田 歩(さなだ・あゆむ)
 医学博士。内科医。比較的大きな街中の公立病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。開業する程の度胸はなく(貯金もなく)、教授に反発するほどの肝はなく、トップ研究者になれる程の頭もない。サイエンスを忘れない心と患者さんの笑顔を糧に、怒濤の日々を犬かきで泳いでいる。
 心優しき同僚の日常を、朝日新聞社刊医療従事者向け月刊誌で暴露中。アサヒ・コムにまで載っちゃって、少し背中に冷たい汗が・・・。

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