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医局の窓の向こう側   


イベリコブタ

2007年01月29日

 グルメで通っているK先生からメールが来た。           

イラストイラスト・木村りょうこ

Subject:イベリコブタ

>真田先生ご机下

>イベリコブタを食べに行きませんか。

>食べないと絶対後悔しますよ。

 イベリコブタ?皆さんご存じでした? 表題を見てすぐにピンと来た方はかなりの食通。私は以前何かのグルメ番組でチラと名前を聞いた覚えがあった。確かスペイン産の…。せっかく珍しいイベリコブタを食べるのなら、と放射線技師のYさんを誘った。「Yさん、イベリコブタって知ってる?」「イベリコブタ? 何ですか」「食べ物。おいしいんだって。食べないと絶対後悔するってK先生のお墨付き」「植物? 動物?」「肉。ブタ肉。イベリコ豚。食べに行こうよ」。

 もう一人いたほうがいいなと同級生のM君を誘った。「M君、イベリコブタって知ってる?」「知ってるよ〜。真田ちゃん知らないの? 有名だよ。あれはうまいよ〜。生後6カ月までしか使わないんだ」「え〜、そうなの? イベリコ産豚じゃないの?」「何言ってんだよ、あれはイベリ産の子豚って意味だよ。イベリ子豚」「あ! 子豚! そうなんだ。」「イベリ子豚の特徴はその肉の柔らかさと香りにあるんだ。そりゃあ柔らかいはずだよね。なんせ生後6カ月。どんぐりだけを食べさせて育てるから野趣あふれて、香ばしい香りがするんだよ」「さすがだねぇ、M先生。今すぐ食べたくなってきた。今度K先生たちと食べに行くんだけど、どう?」

Subject:イベリ子豚

>K先生御侍史

>真田です。是非行きましょう。YさんとM先生もOKです。南欧スペインの味、楽しみにしています。

 当日。「イベリコブタを食す会」の面々は往きの車の中からすでに異様な盛り上がりをみせる。

「あれってさぁ、イベリコ豚じゃないの? イベリ子豚?」

「じゃあ、イベリコ子豚? 俺の覚え間違いかなぁ?」

「M先生、食べたことあるんじゃないの? 知識全開だったじゃない?」

「俺の知識は文献の上だけ。食べたことないよ」

「文献『おいしんぼ』のこと?」

 後部座席からYさんが身を乗り出す。「イベリでもイベリコでもなんでもいいです〜。おいしい食べ物なら私行きます〜。海のものでも山のものでも」

「どんぐりだけで育てるんだよ」

「どんぐりってどんな味? 栗の仲間だから甘いの?」

「どんぐりは苦いよ」

「食べたことあるの? 全く何でも食べるんだな」

「飼料じゃなくて、放牧のはずだよ」

「放牧って原っぱで?」

「原っぱじゃあどんぐりないでしょ。森でだよ。カシの森」

「カシの森で適度な運動をしながら育つから身が締まって香りが付くんだ。肉の歯ごたえは放牧でしか成り立たないものだよ」

「前にイベリコブタは肉が柔らかいって言ってたじゃないか」

「柔らかくて歯ごたえがあるんだよ」

「食べたことないくせに。でもどうやって食べるんだろう?」

「豚といえばトンカツでしょう!」

「ここは肉そのものの味を楽しむってことで、レアのローストを注文したいね」

「それ焼き豚?」

「ショウガ焼きも捨てがたいけど」

「イベリコブタ尽くし」

一同「いいねぇ!」

 スペインのカシの森で放牧される6カ月未満の子豚が我々の頭の中を駆け巡り、野趣あふれる苦みの利いたドングリ風味の柔らかで歯ごたえのある肉をいろいろな調理法で食すことを想像してうっとりした(分かる?)。

 お店に着いても会話は止まらない。出てきた肉は塩だけで味付けしたシンプルなローストポークだった。確かにうまい。皆、口々に褒める。K先生は目を閉じて食べている。「やっぱり食べないと後悔するな。でも、スーパーで売ってる豚肉とどこが違うの?」全員目を閉じる。「分からん」「違いが分からないなら、スーパーでいいじゃん?」「そういうこと言うなよ」「いや、うまいんだよ」「どうやって証明する?」

 会話は楽しい。何よりのごちそうだ。けれど全員味覚音痴では、イベリコブタのおいしさは読者に伝わらない…。と、いうことで、次回はこのイベリコブタのおいしさを科学的にお伝えしましょう。乞うご期待!

筆者プロフィール

真田 歩(さなだ・あゆむ)
 医学博士。内科医。比較的大きな街中の公立病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。開業する程の度胸はなく(貯金もなく)、教授に反発するほどの肝はなく、トップ研究者になれる程の頭もない。サイエンスを忘れない心と患者さんの笑顔を糧に、怒濤の日々を犬かきで泳いでいる。
 心優しき同僚の日常を、朝日新聞社刊医療従事者向け月刊誌で暴露中。アサヒ・コムにまで載っちゃって、少し背中に冷たい汗が・・・。

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