[ナナメ目線! ジャパコリアン Vol.8]
幼少期を日本で過ごし、今では日韓を股にかけるイケメン企業家の韓国人・具(Gu)。両国で過ごす中で培われたバランスのとれた視野と豊かな感性を持ち、両国の言葉を巧みに話すクレバーな彼ですが、はたして日韓をどう見ているのでしょうか。
前編・中編に続き、今回はシリーズの最後である後編。年末も過ぎ、紅白歌合戦の話はもはや季節外れだが、もう少しだけお付き合い願いたい。
韓国軍隊のブートキャンプを修了し、諜報部隊に配属された私。右も左も分からないまま、部隊での生活が始まった。
まず、入隊前に聞いた諜報部隊に関する「都市伝説」はすべて幻想だった。それどころか一般的なほかの部隊より圧倒的に劣悪。一般的な韓国軍の宿舎は、一部屋2~3人から多くても10人前後だ。当たり前だが冷暖房は完備してある。シャワー室は当然お湯が出るし、部隊によっては大浴場が利用できる場合もある。よくある合宿所をイメージしてもらうと分かりやすいだろう。
しかし私が配属された天下の諜報部隊は、そんな「当たり前」が全く通用しないトンデモワールドだったのだ。
部屋は30人大部屋でひとり当たり1畳未満。エアコン無し。暖房は昭和時代の小学校などで見られた、お湯が通るデロンギみたいな鉄パイプ。お風呂は冬場のみ週3日だけ(規則によりシャワーは毎日入らないといけない)。洗濯は手洗い。寝床は10年前のキャンプ用マットレス。布団は年中毛布一枚で、冬場は寒すぎのためキャンプ用の寝袋を室内で使用……。
映画やドラマで観る終戦直後のようだ。念のために言っておくが、私が入隊したのは今から6年前だ。倖田來未が「エロかっこいい」で絶好調だったあの時代だ。もしかしたら刑務所の方が快適かもしれない。
韓国防衛省直轄、韓国軍最上級クラスの諜報部隊。仕事場は地下バンカーにあり、映画でしか見たことのないような「壁一面の半透明でピコピコ光る地図」「モニターだらけの司令室」「部屋と部屋の移動にはカードキーが必要」「高級幹部しか入れない機密保管室」などがすべて実在した。初めて仕事場に連れて行かれたとき、「これが韓国のMI6か!」と感動した覚えがある。
でも宿舎は前述の通り。もはや「笑ってはいけない軍隊」レベルである。あとで知ったが、これには理由があり、かなり前から部隊の引っ越しが決まっていてリフォームをまったくしていないというのだ。
さて、そんな軍隊にもささやかな楽しみがあった。紅白歌合戦である。私が働いていた部署には日本語以外にも、中国語、英語、アラビア語、フランス語、ロシア語などのセクションがあった。仕事の一環として世界中のテレビニュースをチェックしたりするのだが、ほとんど国営かニュース専門チャンネルなのでテレビとしての面白さは皆無。
しかしNHKだけは他国の国営テレビ局に比べバラエティ色豊かなチャンネルだった。日本語が分からない部署の者ですら「NHKは面白い」と興味を持っていた。
普段NHKなんて観ない人の方が多いと思うが、ほかに楽しみのない軍隊では「世界で一番面白いチャンネル」なのである。平日の朝ドラ、サラリーマンNEO、音楽番組、そして紅白歌合戦……。もう涙が出るほど楽しい番組なのだ。
本当はニュース以外の番組は視聴してはいけないのだが、仕事が暇なときには皆でこっそり先輩兵士が録画保存した歴代の紅白歌合戦を繰り返し観たものだ。
私は2年間の軍生活で、最後の方には「分隊長」に昇格した。傘下50人ほどを管理する中間管理職みたいなものだ。私が最初部隊に配属されたときのように、今度は私が新兵を迎え入れ教育する立場になっていた。新兵が受ける仕事場と宿舎のギャップによるショックを和らげ、10年分に及ぶ紅白歌合戦の録画データを引き継がせる仕事は、今でも分隊長マニュアルには書かれていない。(ライター/ 具 滋宣)
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【具 滋宣(Shigenobu Gu)のプロフィール】
ソウル生まれ筑波育ちの編集ライター。
早稲田大学商学部卒。日本の出版社勤務を経てフリーに。
元韓国諜報部隊研究員やロックミュージシャンという異色の経歴を持つ。
現在は日本と韓国で2つの株式会社の代表を務める。
無類のバイリンガル。1981年生まれの蟹座。
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※ジャパコリアン(日韓の事情に精通し、両国に対して客観的で平等な価値観を持つ韓国人のこと。通称ジャコリンともジャパリンと呼ばれて日韓で愛される日も遠くないはずだ。逆はコリパニーズなど/ Pouch造語)
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photo by flickr IDenticardImages
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