チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[18214] 片腕のウンディーネと水の星の守人達【ARIA二次創作】
Name: omega12◆0e2ece07 ID:7f398847
Date: 2010/09/13 03:08
まず最初に一言。
すいません。
すいません。
すいません。

AQUA・ARIAの二次創作なのに、いきなりタブーを犯させていただきます。
さらに、私自身の文章力のなさ・計画性のなさのせいでストーリーが破綻するかもしれません。
また、ウンディーネたちの出番は少なくなるかもしれません。


そんな文章でもいいのなら続きを読んでくださると嬉しいです。
それでは、はじまりはじまり・・・いいのか、こんなものはじめて。
























アッリ・カールステッド(Alli・Carlstedt)
『ネオ・ヴェネチア』ミドルスクール在校生
『AQUA』第七管区開拓宙域 競技船『ルクス』号



必死に前へ前へと出していた足がほつれて船の床に倒れる。
まだ出発地点からさほど進んでいない。
脱出ポッドまでの僅かな距離がまるで遠い。

「あっ・・・・・・。」

倒れた衝撃で船の破片が刺さった腕から血が流れ出すが、気にならない。
もうほとんど腕の感覚がなく、大して痛くないから。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・あついよぉ・・・くるしいよぉ・・・お母様ぁ、お父様ぁ・・・。」

私のかすれきった声に反応してくれる人は何処にもいない――――――私の目の前でお母様とお父様は吹き飛んだ。
私を、かばって。

「・・・私のせい・・・なのですかね・・・やっぱり。」

私が、もっと星を近くで見れたらなぁ・・・と、誕生日が近づいていた日に、まるで願望のように言っていなかったら。
そうすればお父様は知り合いから軍の退役艦を改造した競技船を借りてクルーズをし、イレギュラーの大型デブリと衝突事故を起こすこともなかっただろうに。

「・・・なにが学校で一番の才女ですか・・・ゴンドラ部のエースですか・・・『オレンジぷらねっと』の採用内定者ですか・・・。」

すばらしきネオ・ヴェネチアの水先案内人『ウンディーネ』の一員になれると思ったら、家族を死に案内した水先案内人『死神』になっていたなんて、笑えない。
私を応援して力づけてくれ、また、時には私に反対するお父様をしかりつけたしっかりもののお母様の、オレンジぷらねっとの制服を着たときに見せた少し寂しそうな顔。
それは多分、いつの間にか私が親離れをするようになっていた事が寂しかったから・・・でしょうか?
最後まで私がウンディーネになることに反対していたお父様が、内定が決まったとたんに見せた嬉しそうな顔。
反対していたのは、私が負けず嫌いなのを熟知していたからだと思うのですよ。
そして、あの嬉しそうな顔はきっと自分のたくらみが成功したのもあると思うのです。
あの飄々としたお父様のことです、そうに違いありません。
でも、他にもいろいろな顔を見せてくれたお母様とお父様はもう・・・いないのです。
少し前の自分だったら、宇宙船の安全性が非常にあがった23世紀にこんな事故なんて起きない、もし起きても、それはドラマや映画の中だけなのです―――そう笑い飛ばしただろうに、今自分がその当事者になっているなんて―――
―――本当に、本当に笑えない冗談なのです。
ああ、それにしても死に際なのにどうしてこうも思考がクリアなのか。
お陰で自分の体が冷えていくのが実感できる・・・まったく、神様を呪いたいぐらいです。
足音を立てて死が近づいてくるこの感覚、感じたくもない。

「・・・ああ、いやです・・・死にたく、ない、のですよ・・・。」

仰向けになり、そうつぶやく私の頬にとっくに涸れたと思っていた涙が落ちるのを感じた。

「・・・だれかぁ、たすけて・・・。」

こんな通常の航路から外れた所にすぐに救助が来るはずないのに、私は誰かに助けを求めた。
















アンネリーゼ・アンテロイネン(Anneliese・Anteroinen)中尉
『AQUA Coast Guard』第7管区所属
『AQUA』第七管区開拓宙域 哨戒機『フーケ』




漆黒の中にぽっかりと浮かぶ船が見えてくる。
その船はところどころで小爆発を起こしているうえに、船体横に亀裂が発生している―――本来なら脱出ポッドで乗員が脱出しててもおかしくない状態。
だが、乗組員が脱出した形跡は認められない。

「いい、もう一度確認するわよ。要救助者は3名。アレクシス、アルマ・カールステッド夫妻とその娘のアッリ・カールステッド。それぞれの容姿、頭に叩き込んでおいて。」

遭難船からのSOS信号を受け、哨戒機に乗り込んだときに読み上げた要救助者リストを再度読み上げる。
私は最初、この管制官から送られてきた要救助者リストを見たときに、えっ!、と思った。
なぜならそのリストには、私がAQUAコーストガードの仕官学校時代の恩師―――アルマ・カールステッド―――の名があり。
アルマ教官の夫で、マンホームの軍隊からAQUAコーストガードに派遣され現在のコースとガードを築いたのち退役したアレクシス元大佐の名前もあったのだ。
そんな宇宙での船舶事故、及びその対処法のことをよく知る彼らが、この状況下で脱出を選択しないわけがない。
そう、そんな彼らが脱出できていないとすれば、脱出ポッドが壊れ外に出られないのか、それとも船内に閉じ込められたか、あるいは―――。

「隊長・・・もしかしたら、もう全員・・・。」

「ッ、この馬鹿!私たちはコーストガードなのよ!その中でも私たちSAR(捜索救難の英語略)任務部隊が諦めてどうするの!」

だが、最悪の可能性は私も考えていた。実際ほかの似たような状況が発生したSAR任務の際、誰も助けられなかったことを経験していた。
死体袋を三つ・・・もしかしたら、それぞれの遺品だけを回収して脱出することになるかもしれない。
そもそも小爆発を起こし船体に亀裂が入った船から要救助者を救助するというのは非常に困難である。
船内酸素も残り少ないだろうし、もしかしたら要救助者が外に吸い出された可能性もある。
その場合は遺体の発見は不可能といってもいい。
更に小爆発を繰り返しつつも船の形がまだしっかりと残っているということは、まだ主動力部が爆発していないということだ。
そして、先行させた無人観測機からの報告によれば、「 いつ爆発してもおかしくない状態 」なんだそうだ。
だが、たとえ二次被害の危険性があったとしても、私達は救助に向かう。
理由はただひとつ。

『AQUAのコーストガードのSAR任務部隊はどんなときでも、どんな命も見捨てない。』

どの時代の何処の救助隊・任務部隊、もしかしたら軍隊にもあるかもしれない陳腐なモットー。
でも、私達はこのモットーを胸に数多くの救出任務をこなしてきた。
今回もそれに従うだけ。

「各員、20分だ。20分で全ての要救助者を発見・救出し、全員欠けることなく脱出する、いい?」

「「「「「「了解!」」」」」」

でも、私としても部下の命は大切だ。可能な限り、二次被害はやっぱり避けたい。
そのために与えられた突入から捜索・救出そして脱出までの時間。約20分・・・長いようで短い時間だ。
これが観測機からの情報と船の設計図―――軍の退役艦だったお陰か、データバンクに登録されていて、すぐに見つかった―――から、救助活動ができる時間を求めた、私達に与えられた時間だ。
これ以上経過すると、主動力部の爆発の危険性が大幅に上がり、また、艦内酸素もほぼ尽きるため要救助者の命も保障されなくなる。
そしてこの20分は既にカウントが開始されている。
刻一刻と減っていくカウントを見て、思わず機長に言う。

「機長!まだ乗り移れないのですか!?」

「もうちょっとだ、もうちょっと待て!今、相対速度を同調させているんだ。あと30秒ほどで目標艦とドッキングできる!」

「くっ、了解!」

焦りで荒れた声になる。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
隊長たる私が焦ってはいけない。
焦ったら、助けれる命も助けられなくなる。
深呼吸を一回し呼吸を整えたところで、隊員に指示を飛ばす。

「各員、装備確認およびスーツ気密確認!HMD(ヘッドマウントディスプレイ)下ろせっ!」

外部モニターにはもう目の前に船の表面が見える。
それがだんだんと接近していく。船体表面のディティールがわかってきた。
あと、少し。

「ドッキングするぞ!衝撃に備えろ!」

機長の言う通りに手近な物につかまって衝撃に備える。

ドンッ!

機体が揺れ、船のエアロックにドッキング、そして隔壁開放の字がHMDに表示される。
プシュゥッッという音ともに哨戒機側の隔壁が開放される。
その奥―――事故船側―――の通路はところどころで火花が散り、火災を起こしている部分も見える。

「全員無事に戻ってこいよ!葬式なんてごめんだからな!」

「必ず戻りますよ!各員突入!GO!GO!GO!」

号令とともに私は他の救助隊員達を引き連れて、通路に進んでいく。
残された時間は、あと19分。




















・・・・・・・・ドンッ・・・・・・・・

「・・・ぇ・・・?」

船体を揺らした衝撃に、私は失いかけた意識を取り戻す。
酸素が船内の火災によって徐々に失われていくせいで、ガンガンなる頭。
だがそんな状態でも認識できた、デブリと衝突したときの音と微妙に違う何かの音。
それが何かを確かめるために壁まで這って行き、まだ生きたコンソールを探す。

「・・・あった・・・。」

壊れかけているがまだ動くコンソールが爆発の衝撃で床に転がっていた。

『ああ、ここがかつてCICとして使われていた場所でよかったのですよ。』

そう心の中で呟き、なんとかコンソールを引っ張り寄せる。
そして、まだ動く監視カメラを検索する。

―――Hit
   ・第13右舷甲板監視カメラ
    船に出来た亀裂が見え、そこらで小爆発をしている。

   ・第19上部甲板監視カメラ
    デブリの衝突でひしゃげた艦橋と退役したときに武装解除された砲塔・・・そしてカメラの隅に移る何か。

「え、もしかして・・・。」

震える指で拡大する。
映ったのは、漆黒の宇宙を背景に映える白と黄色を基調としたカラーリングの機動性と長距離行軍能力を重視した小型機。
そして、機体の横に描かれたトライデント(三叉槍)。
―――AQUAコーストガード所属の哨戒機。

「助けが・・・来たのですか・・・?」

検索に引っかかった最後の監視カメラには、船内を進む救助隊員達の姿が映っていた。

「・・・死にたく、ないのですよ・・・。」

歯を食いしばり、足に力を入れて立ち上がる。
目指すのは、出発地点―――艦橋。お母様とお父様が死んでいる場所。
お母様は首に現役時代の認識票を今でもかけていた。それには、所定の操作をすると救難信号が出る機構が組み込まれていると聞いたことがある。
その操作も教わったことがある。
そして出された信号を頼りに救助隊が来てくれれば―――

「助かるかも、しれないのです・・・。」

そう思ったとたん、体中の痛みがぶり返してくる。
左腕なんか痛みが消えてなくなったと思ったのに、今では焼けるように熱い。
それでも何度も転びながらも、少しずつ艦橋へ向かっていった。
『助かるかもしれない』という希望にすがるために。




















《居住区には誰もいません!》

《こちらもです!》

隊員からの通信が入る。その通信に苛立ちが募る。
まだ要救助者は一人も発見できていない。なのに、HMDの端に映るカウントはもう半分を切ろうとしている。
更にさっきから船内の酸素が急速に減っている。
おそらく、どこかでかなり大規模な火災が発生したのだろう。酸素がなくなれば火災は消えるが、要救助者の命の炎も消えてしまう。
しかも観測機からの情報だと、主動力部のエネルギーが増大してきているようだ。
このままでは―――

「隊長!」

「なに!?」

「特定救難信号、我々コーストガードの非常用救難信号が出ています!」

「なんですって!?」

愕然とした。
非常用救難信号・・・・・・隊員が緊急事態に陥り、身動きができなかったり負傷していたりしたときに出す信号。
まさか、もう二次被害が出始めているなんて・・・。

「場所は!?」

「CICの上の通路、艦橋付近です!」

「艦橋付近?」

そこはまだ救助隊員を向かわせていない場所。
私の命令を無視して先行した馬鹿がいた・・・?

「認識番号は?」

「それが・・・TAR751001なんですが・・・」

「TAR751001・・・?」

TARの75番台はちょうどアルマ教官の現役時代の認識番号のはず。
それはもう使われていない。
そんな番号が何故こんなところに?
・・・まさか!?

「機長、聞こえる!?」

《なんだ、何か異常でも!?》

「TAR751001の認識番号を持つコーストガード隊員は誰か、すぐ検索して!」

《なぜだ?》

「いいから、早く!」

《了解―――出たぞ・・・アルマ、アルマ・カールステッドのものだ!》

やっぱり!
認識票の救難信号はちょっとやそっとの衝撃じゃ発せられない。
所定の動作を踏んでからでないといけない。
その動作が出来る人間が―――つまり、最低でもアルマ教官かアレクシス元大佐のどちらか一人はそこにいる。

「各員、要救助者は艦橋付近にいると思われる!急げ!」

「了解!」

残りカウントはあと250ほど。















ああ、神様。
先程は呪ってやると思ってしまってすいませんでした。
思考がクリアなお陰で、CICにあった救命パックと緊急用酸素ボンベの位置を思い出せたのですよ。
まぁ片腕で、それも利き腕じゃない右腕だけで引きずり出すのに苦労しましたけど。

「ふぅ・・・。」

手元には、お母様の首もとの鎖からはずしてきた、軽く発光している認識票。
発光しているのは救難信号が出ている証拠のようです。
さらに救命パックの中に入っていたキットで、自分が知る限りの、そして今の自分でも出来る応急処置を施す。
そうはいっても、ほとんど出来ませんが少しはマシでしょう。

「これで一息つけ、るでしょうか・・・。」

さっきまで感覚が戻っていた左腕も、再び感覚がなくなってきた。
さらに救命パックを引きずり出すだけで残された体力は全て使い切ってしまった。もう一歩も動けやしない。

「ああ、ここで眠ってしまえば、また、お母様とお父様に会えるのでしょうか・・・?」

それもいいかもしれないと思うのです。
そして、いままでの楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったことや苦しかったこと・・・いろいろな場面がまるで早送りで再生されるかのように思い出される。
・・・・・・ああ、本当に走馬灯ってみえるんですね。
そう思ったとき、視界の端に私に駆け寄ってくる救助隊の姿が見えた。

「要救助者確認!」

「要救助者確認、了解!」

オレンジ色のスーツを着たそのたくましい姿に安堵しつつも、もうちょっと早く着てほしかったと思う。まったくもって遅いのです。

「・・・・・・本当に。本当に遅いのですよ。」

そう呟いて、私は意識を手放した。









「要救助者確認!」

「要救助者確認、了解!」

目の前には通路を赤く染めた血の海に横たわる少女の姿。見るからに危険な状態。

「伍長!診て!」

「了解!」

「他に要救助者は!?」

まだ、カールステッド夫妻がいるはず・・・。
要救助者の少女の後ろの床を見てみると、ずっと後方まで赤い帯ができていた。
最初の発信源は艦橋付近だった。とすれば、そこから助けを求めて這ってきたのか。
おそらく、この帯を辿っていくとそこが艦橋なのだろう。

「探します!」

そう言って先任軍曹が部下から一人を率いてバディ(2人、相互支援できる最小単位)を組み、赤い帯を辿っていった。








とある軍曹
『AQUA Coast Guard』第7管区所属
『AQUA』第七管区開拓宙域 競技船『ルクス』号・艦橋


赤い帯を辿っていくと確かにそこは艦橋だった。正確に言うと『艦橋だった場所』に辿りついた。
あちこちでスパークがはじけ、様々な破片が浮かんでいる。幸い火災はない。
そして艦橋中央部に食い込んだ、どでかい『何か』。隕石にも見えない。
細長い直方体のそれは、どう考えても人為的なものだった。
それに取り付いていた一等兵が報告してきた。

「軍曹、こいつはコンテナです。刻印されたシリアルナンバーから2250年代のものと思われます。こいつ、まだ中身が入っているようですが。」

「今は要救助者を探せ。事故の調査はしかるべき人間にやらせろ。」

「了解。」

そう一等兵に命じたとき、背中に軽い衝撃を感じた。
少し大きい破片でもあるのだろうか・・・・・・そう思い振り返ると目の前に初老の男性の死体があった。
その死体は、おそらく首から左腕にかけて破片が切り裂いていったのだろう、首と左腕がもげかけ、両足は間接が増えており、腹を60cmほどの破片に深々と貫かれ、内臓が見えていた。
思わず思考が停止する。
こういった事故現場で活動する以上、死体を見たことがないわけじゃない。酸素がなくなって苦悶の顔をして死んだ遭難者、遭難船内で発生した有毒ガスで首をかきむしった遭難者もいた。
だが、ここまでひどい損傷具合の死体を見るのは初めてのことだった。
いちど頭をふって、思考を取り戻す。顔をそっと起こし、確認する。アレクシス元大佐か・・・・・・特徴点も一致する。
遺体の損傷具合からして、おそらく即死だろう。苦しまずに死ねた。それだけが彼にとって唯一の救いだったかもしれないが、あの少女は父親のこんな姿を目にしたというのか。
もしかしたら、こうなる瞬間すら見てしまったのかもしれない。
幾つかの死体を見たことのある大の大人ですら、思考が停止したのだ。14歳の彼女にとって、それはどれほどのショックだっただろうか。

「PTSD(心的外傷後ストレス障害)になってなきゃいいが・・・・・・。」

思わずそう呟やきながら、装備品の中から死体を入れておくための黒塗りの袋を取り出す。
こういった宇宙間事故で、遭難者を助けれる場合は少ない。むしろ、遺体がまだあるということは幸運なのかもしれない。宇宙を永遠にさまよわないから。
それでも、それでもだ。正直言って、この黒塗りの袋―――俺たちは死神のポケットと呼んでいる―――は使いたくなかった。

「それにしても・・・・・・ひどいな。」

周りを見渡せば、『真っ赤』だった。
周りの床や天井、壁にこびりついた血はまだこの艦橋に1G弱の重力がかかっていたときについたもののようだ。
そして重力の制御が利かなくなってから出た血は回りにぷかぷかと浮かんでいる。
それらが合わさって、この空間は暗い赤で染まっていた。
もし、自分たちがスーツをつけていなかったら、おそらく強烈な鉄錆臭が鼻腔を通っただろう。

「軍曹、見つけました。」

遺体をポケットに収容し終わったとき、一等兵からそう声がかかった。
近づいてみると、確かに『要救助者』はいた。物言わぬ骸となっていたが。
こちらも損傷具合がひどかったが、特に背中が妙にひどく、背中のいたるところに大小さまざまな破片が突き刺さっていた。わき腹を何かにえぐられているが、おそらくそれも破片によるものだろう。
なぜこうなったのだろう?
一等兵も同じ感想にいたったようで、

「どうしてですかね?」

「知らん・・・・・・だが、まぁ、大体予想はつく。」

背中を丸め、手をまるで何かを守るように交差させていた形跡が見られる。

「彼女がこうして身を挺してわが子を守らなければ、俺たちが使ったポケットの数は三つになっていただろうな。」

「なるほど・・・・・・母の愛ですか。死んじまったら元も子もないのに。」

「言うな、それは。そのとき最善かつ最良の手段を彼女はとったまでだ・・・・・・俺たちが言うべきことじゃない。」

「わかりますよ、自分も二児のパパですからね。自分か、子供か、って言われたら、間違いなく子供を選びます。」

「そういえば、お前は子供もちだったか。」

一等兵は部隊の中では年少組だが、双子の父である。

「それでも、死んだらあの女の子はどうするんですか。まだ14ですよ。」

「だがお前も言っただろう?子供を優先するって。彼女もそうしただけだ。」

「分かってますけど・・・・・・この状況でこれ以上の選択はないだろうとは思いますけど、それでも・・・・・・。」

苦々しく一等兵が呟く

「・・・・・・ではさっさと合流し、脱出するぞ。彼らの命を無駄にしないような。」

「・・・・・・そう、ですね。了解。」

そうだ、今は助かった命がある。それを守ることを最優先に考えるべきだ。

「よし、分かったなら急いで彼女を収容。「了解。」俺は隊長に報告しておく。」

彼女は助かったとしてこれからどうするのだろうか。隊長に報告しながら、頭の片隅でそれを考えていた。
今までの救出者のケースからするとPTSDに陥るという可能性が一番高い。
しかも、直接には診てないがあの左腕の状態はかなり危険だ。今後動かなくなることもありうる。
そうなったら、生体義肢を移植するだろうが・・・・・・はたして、彼女はその腕を受け入れれることができるのだろうか。
考えてもキリがない、か。

「ん?軍曹!」

「どうした?」

慎重に遺体をポケットに入れていた一等兵が声を上げた。

「何でしょうね、これ。何かの箱のようですが。」

一等兵がなにやら箱を手渡してきた。
大きさはそれほど大きくなく、むしろ小さいというレベル。色はグレーで無地。刻印もない小さな箱だった。
だが妙に気になった。

「どのへんで見つけた?」

「彼女のポケットに引っかかってたようなんですが、入れる際にはずれたところを見つけました。おそらく遺品でしょう。」

「よし回収しておくぞ・・・・・・と、おっとっと。」

船が爆発で少し揺れる。もうあまり長くはもたない可能性が高い。
急いでその箱をバックパックにしまいこみ、艦橋を出る。

「こいつぁ、急いだほうがよさそうですね。」

「ああそうだな、急ぐぞ!」













「そう・・・。」

軍曹たちからの報告、現実というものは常に非情であった。
遅かった・・・いや、報告によればデブリと衝突した際に即死した可能性が高いらしい。。
だが、そんなことは私達にとって何の慰みにもならない。
しかし、既になくなっていたということはこの少女が救難信号を発信させたのだろうか。
両親のどちらかから、起動法を教えてもらっていたのだろうか。
だとしたらこの事故の中で、唯一の幸運かもしれない。
まぁいい、そんなことを考えるのは後でも出来る。
今はこの少女を救うことをまず考えるべきだ。

「伍長、どう!?」

「脈はありますが、意識ありません!」

「身体は!」

「左腕はもう駄目かもしれませんが、他に目立った外傷はありません!ですが、血を流しすぎています!早急に輸血が必要です!また、内臓にもダメージがある可能性があります!」

「ポッドを!それで搬送するわよ!」

ポッドとは私達の使う担架のようなもの。
それ単体で小型の救命ポッドとしての役目もある上に、ある程度の医療行為が行える。
止血も可能だ。
更に要救助者を衝撃などから守るためにかなりしっかりとした耐爆・防弾使用。
ちっとやそっとじゃ中の負傷者にダメージは伝わらない構造になっている。
だが、そんな高性能なポッドでも輸血することは最低限しかできないし、医療行為ができるといっても応急処置に毛がはえたものに過ぎないから、早急にしかるべき施設で治療を受ける必要がある。
それに意識がないのならなおさら急がねば。

「いい、みんな! 『慌てず』『急いで』『慎重に』に運びますよ!」

「いつもどおりですよね、了解!」

隊員が少女を慎重にゆっくりとポッドに入れる。そしてあとはこの少女を哨戒機までなんとか運び治療を受けさせるだけ。

「すいません、遅れました!」

そういいながら、ポケットを担いだ軍曹と一等兵が戻ってくる。

「大丈夫よ、まだ遅刻じゃないわ。」

「ありがたい!」

「各員、点呼!」

それぞれの分隊長から全員いるという報告があがってくる。
後は全力で機に戻るだけ、だがカウントはもう40をきっている。

「各員、機に戻りますよ!」

「了解!」

それを聞いた隊員たちは一瞬安堵の表情を見せた。
だが、基地に帰って要救助者を病院に搬送するまでがSAR任務なわけで。

《中尉、緊急事態だ! 動力部がッ!》

その機長の上ずった声にこたえる暇もなく。
次の瞬間私たちを爆風が襲った。














―――長!隊長!
頭ががんがんなっている。うっすらと目を開けると、軍曹が声をかけながら手早く私のスーツの損傷部分を補修している姿が見えた。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・くっ、何が起こって・・・?」

「大規模な爆発が起きました!我々は現在火と破片、爆発に囲まれています!」

「要救助者は!?」

「無事です、他の隊員もです」

要救助者のバイタルメーターを見ると、さっきと多少あがっているが問題のない数値である。
それに安堵したが、軍曹たちが運んでいた夫婦の遺体を入れた死体袋がない。

「すいません、衝撃で離してしまい通路の奥へ・・・取りに戻れそうにありません。」

見やれば船の破片で通れなくなった通路の奥のほうに黒い袋が見える。
あそこまでは確かにとりにいけそうにない。それにこのような緊急事態に死体はデッドウェイトになりかねない。
いまは生きている人間のことを考えるべきだ。
そう考えるとひとつ課題が浮かんだ。と同時に、一等兵が不安そうに聞いてきた。

「隊長・・・どうやって脱出しますか?」

そう、脱出法だ。
回りは火の海。
CICの方面は火が回っていないが、そこから脱出ポイントを目指すと大幅に時間を食う。
だからといって火の海を強行突破するのは無理だ。ポッドを抱えたまま火災でもろくなった部分を通って、無事に脱出ポイントまでいけるとは思えない。
時期に酸素を消費尽くして炎は消えるだろうが、それを待つわけにもいかない。
動力部は依然危険な状態にあるから、一刻も早く脱出しなければならない。
一体どうすれば―――

「隊長!」

「軍曹、なにか案でも!?」

いろいろと地図を見たり、構造図になにやら書き込みをしていた軍曹が顔を上げ言ってきた。

「アレクシス元大佐のやった方法じゃ不可能なんですか!?」

「アレクシス元大佐のやった方法!?」

「はい、10年ほど前、マンホームで惑星間豪華客船が同じような事故を起こしたとき、その救出作戦を指揮したアレクシス元大佐は巡洋艦の艦載砲で脱出口を開けました。それが使えないでしょうか!?」

船内図をHMDに展開。
確認すると、CICの近辺、さらにそこから甲板までには爆発するようなものは何もない。そもそも、この船は競技船に改装されているのだ。攻撃系の装備など爆発物はすべて取り払ってある。
これなら砲撃しても爆発はしないだろう。
だが、改装されたとはいえもともと駆逐艦だった船だ。私たちの使う哨戒機の搭載砲程度じゃ、はたして装甲を貫いて穴を開けることができるのか。
アレクシス元大佐の事例のときは巡洋艦の威力の高い主砲(そのときは貫通力の高いAP弾を使用)を使って装甲が施されていない客船だったからできたのだ。
なら、搭載砲でも似たことがやれそうな部分を探せばいい。なるべく近くに。しかし、どこなら・・・

「あのひしゃげた艦橋を吹き飛ばせばいいんです。」

軍曹がそう言って、さっき書き込んでいた構造図を見せてきた。
確かに艦橋も爆発物が近くにないから、アレクシス元大佐の事例の真似が出来るかもしれない。

「機長、聞こえる?」

《ああ、聞こえている。》

「艦橋を吹き飛ばしてほしいのだけれど、できる?」

《君らの真横だぞ!・・・不可能じゃないが、危険だ!》

「今でも船に残っているのとどっこいどっこいだと思うけど?」

カウントは既に0。
いつ主動力部が大爆発してもおかしくない。

《・・・・・・分かった、離れていろ。》

機長もそれが分かったようで、すぐにやってくれるようだ。

「各員、下がれ下がれ!」

「機長、やって。」

《了解!》

搭載砲から弾丸が発射され、ひしゃげた艦橋部分を吹き飛ばす。ついでにこの事故を起こした忌々しいコンテナも。
これが地上だったら、搭載砲の発射音が連なって聞こえるだろう。

《・・・ふぅ。よし、吹き飛ばしたぞ。急いで戻って来い。》

確かに、艦橋のあった部分は根こそぎ吹き飛んでいる。

「了解。・・・ッッ!」

ズシィィィン・・・。

船が大きく揺れる。
観測機情報だと既に主動力部は小爆発を起こし始めたらしい。

「くっ、急げ!」

軍曹があわてたように声を上げ、艦橋までの道を先導する。
艦橋へたどり着いた隊員たちは慌てて艦橋への扉をこじ開け、宇宙へ飛び出していく。そして背中のスラスタを吹かして哨戒機の後部ドアから兵員室へ入っていった。
今のところはスムーズだ。
ポッドは先頭の隊員たちに持たせてあるから、もう収容されたはずだ。
後は殿の私が脱出するだけ。

「隊長、急いで!」

だが、ここになって爆発が本格化し始めた。
後ろを見やれば、既に爆発し崩壊し始めている船。

「くぅぅぅうぅぅ、間に合ってぇぇぇぇぇ!」

スラスタを限界まで吹かし、兵員室に滑り込み、隔壁を閉鎖。
次の瞬間、私は体に衝撃を感じ意識がなくなった。


続け。



[18214] 第二話
Name: omega12◆0e2ece07 ID:797c0df7
Date: 2010/09/13 03:15
アンネリーゼ・アンテロイネン(Anneliese・Anteroinen)中尉
『AQUA Coast Guard』第7管区所属
『AQUA』第七管区基地中央整備ドッグ



AQUAコーストガードは基本的に貧乏だ。
理由は多々あるが、その中でも大きいのが国際的―――太陽系的―――な軍縮だろう。
ここ百年ほど人類の歴史の中でも類を見ない平和な期間が続いている。
その結果が軍事関係の予算の削減である。当然、AQUAの数少ない軍事的組織であるコーストガードもその影響を受けた。
SAR(捜索救難)任務やAQUA周辺のごみ(デブリ)掃除、また、安全なシーレーンの確保や海賊の討伐。
その他もろもろの平和を維持するのに必要なことは数多く、それらを実行するにはそれなり以上に金が必要だ。
そのため軍縮のため予算が減ったことはコーストガードにとって悩みの種といえた。今では、コーストガードの上層部から最下層の一端まで毎日の資金繰りに予算とにらめっこする毎日だ。
それは第7管区も例外なくそうで。
彼らは前回の救助任務―――カールステッド家の船舶事故―――の際に傷ついた哨戒機を前に頭を悩ませていた。

―――A14~C9までの装甲は全て交換だ!F1~F8もだ!急げ!

―――チェック項目の80~110まではカットしろ。このコーストガードじゃ、大型目標攻撃関連の装備なんてどうせ使わないからな。

―――回路が分断されていた!? だったら別の回路をバイパスして繋げ!マニュアルばっかじゃなくて、ちったぁ考えろ!!

―――ランプドアはもうだめだな。替えもってこい!

―――の銃身を交換するぞ!道を空けろ!

―――こりゃエンジン内部に破片が入り込んでんな・・・・・・。よし、ばらすぞ!

第7管区にある哨戒機整備用の無重力ドック内では、整備員達が上へ下へ、右へ左へと奔走していた。
彼らが群がるのは、カールステッド家船舶事故の際、最後脱出した直後に爆発した船の爆風をモロに喰らい、ぼろぼろになった哨戒機である。
そんな彼らにフヨフヨと近寄る中尉の階級章をつけた、一人の妙齢の女性仕官。
彼女は整備班の中央で指揮を取る曹長を呼び出した。

「整備班長! この子、どうにかなりそう?」

「かなりきついですね!こいつの機体寿命を考えれば、新しい機体を買った方が良いぐらいでしょうな、この損傷度じゃ!」

耳元で怒鳴られた整備班長の返答は周りの音に押されないようとても大きかった。
その返答に鼓膜が痛いのと言われた内容の二つの意味で、第7管区のSAR任務部隊の隊長であるアンネリーゼ・アンテロイネンは頭を抱えた。
たしかにこの哨戒機、コールサイン『フーケ』―――19世紀初頭の小説『ウンディーネ』を書いたドイツの作家から―――は古い。
マンホームのアメリカ航空宇宙軍で使われていた奴のお古で、ここに来たときには既にだいぶ草臥れていた。
それでも長いこと運用していて愛着もある。
それに新型に変わったとしても、その向上した性能はコーストガードには役不足なのだ。今のままで十分以上に対応可能だ。
なによりあまりお金がないのだ、われわれコーストガードには。

「う~ん、それでもどうにかならない?」

「しかし、こいつは軍にいたときに実戦を経験しているぐらいお古ですよ!ちょいと無理だとおもいますがね!」

さらに、と曹長はそこで言葉を区切り言った。

「古い機体を運用し続けていたせいで救助活動に失敗したなんてことが起こったら、目も当てれませんよ。」

そうだ、例えお金がないからと節約して助けられる命を助けられなかったとしたら・・・・・・ダメだ。
だとすれば、やはりそろそろ換え時なのかもしれない。
だが、軍縮により削減された予算では、哨戒機一機新規購入するだけでも一苦労なのだ。

「う~ん。でも、予算が通るかなぁ・・・・・・。」

「通るにきまってますよ、上も分かってくれると思います。むしろ、通さざるを得ないというか。ま、今のところはごみ掃除の方に予算が回されると思いますがね。」

今回の事故は宇宙を漂うデブリを除去しきれていなかったことが大きな原因の一つだとされている。
公式的にはあそこは安全区、競技区として定めていた宙域だ。このAQUA周辺の宙域の中でも、多くの競技があそこで行われている。
なのに、今回の事故が起きた。つまり、デブリ除去が完璧ではなかったようだ
そのことをマスコミに指摘された。まぁ、マスコミも宇宙のゴミを100パーセント除去するのは不可能なことは百も承知だったから、そう強く批判的ではなかった。
だが、事故が起きたのは事実だし、そもそもコーストガード当局が安全だといってしまった地域での事故なので、しばらくデブリ掃除に力を注ぐと公式に発表したのだ。
今頃、各管理区の手漉きの部隊および、工作活動を中心とする後方支援部隊はそれぞれにあてがわれた宙域のデブリ除去に総動員されているだろう。

「しかし、機体がない状態でどう配置につくんです?」

「しばらく私の隊は配置にならないみたい。たぶん直に休暇が出されると思う。」

「どうして?・・・・・・ああ、隊長ご自身の、その骨折のせいですか。」

班長の目が私の腕、方から包帯で吊っている右腕を見ながら言った。
私は、そうよ、と苦笑いしながら言った。この骨折はある意味自業自得なのだから。

「その間、ほかの隊がカバーしてくれるそうだから、今度ほかの隊長さんにあったときにお礼を言っておかなきゃ。」

「そうですね、そのほうがいいでしょう。」

―――班長ぉー!ここなんですがー!

「おっと、では自分は指揮に戻ります。」

「うん、がんばってね。」

「もちろんですとも。あなた方がここに再び戻ってくるときには完全な状態であいつを渡しますよ!」

「毎度毎度ありがとね。」

「礼には及びません。あいつらも俺も・・・・・・俺達整備班にとって、この仕事は生きがいにもなっているのでね、全力を尽くさせてもらいますよ!」

整備班長はそう言い残し、ビシッと敬礼して、混沌とした彼らの戦場へ戻って行く。
私も一回伸びをして、整備ドックから離れ、居住区への通路に出るとその居住区のある方向から見知った顔がやってくる。

「アンネリーゼ隊長!話は終わりましたか?」

そういいながら、接近してくるのは彼女が最も信頼を置いている軍曹。
今回脱出法を私を含めた隊の全員の命を救った脱出案を提示した今回の事案で最大の功労者でもある。
しかし、一応上官に敬礼もせずに近づいてくるのはいかがなものか。一応敬語で話しかけてきてははいるが。
・・・・・・でも、現場に出ている時間は私よりもはるか長い軍曹だ。多少はいい。
それにコーストガードはあまりそういうことに頓着しない部隊も結構あるらしい・・・・・・まぁ、平時限定だが。

「ええ、おわったわ。」

「哨戒機の状態は?」

「少し厳しいみたい。とりあえず新しいのを貰えるように上と交渉しようかな、と。そっちはどうなの?」

「隊員16名、全員精密検査終了しました。みんな怪我こそしていますが、とりあえずは異常無しです。重傷者は隊長だけですよ。なんでまた、機内に滑り込むときに減速しないんだか。」

「なはは・・・・・・。」

そう、この骨折の原因は速度の出し過ぎで減速できずに天井に高速でぶつかったときにできたのだ。
無意識にとっさに防御したので腕ですんだが、もしもそのまま頭から突っ込んでたら首の骨を折っていたかもしれない。
急減速するための装置があることをあのときなんでか忘れていた。それを使わずに普通に減速しようとしていたから、速度を殺しきれなかったのだ。
恥ずかしいので、報告書には脱出直後の爆発で哨戒機が弾き飛ばされたときに怪我をしたと書いてある。
・・・・・・報告書の改ざん、立派な軍規違反である。

「あ、あれはしなかったじゃなくて、できなかったの、軍曹。」

「まったく、アン。お前は昔から妙なところで変な事やらかすな。」

軍曹はまるで昔なじみの友人のように言った・・・・・・まるでもなにも、実際、ハイスクールでは同級生だったし、というかそれ以前の幼少期のころからの友人、つまり幼馴染なのだが。

「仕方ないじゃない、焦ってたんだから。」

「まぁ、な、わかる。俺だってあの場面じゃ、盛大に吹かしていただろうから人のことは言えないしな。しかし仮にも小隊指揮官がそれでどうするよ。」

「うう・・・・・・。」

「そこがほかの古参連中に小娘ってからかわれる理由だと思うぞ。まぁいいさ、同じ失敗を繰り返さなきゃな。で、体のほうは大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫。一ヶ月間は任務に付けないけどね。怪我が治るまで療養よ。」

「で。その間、俺たちはどうすれば?」

「う~ん、そこまではちょっとわからないかな。」

「フムン。だったら、俺としては休暇をもらいたいところだけど、な。久しぶりに故郷の友人に会いに行きたい。」

「そうね・・・・・・私も久しぶりにネオヴェネチアの空気を吸いたいなぁ。」

私と彼はネオヴェネチア出身だ。家が隣同士の典型的な幼馴染という関係。ちなみにもうまたまた隣家に仲のいい男の幼馴染がいるのだが、それは余談である。
ゲームの好きな友人が言うには、それなんてマンホームの乙女ゲー?とのことらしい。
乙女ゲー?マンホームのゲームのジャンルのようだが、意味がわからない。
しかしまぁ、ここ最近は訓練に訓練、デブリ除去に今回の救出作戦にとずいぶんと働いたもので、ネオヴェネチアでゆっくりできるほどのまとまった休暇をとれていなかった。
ここ数ヶ月間は少しでも休暇を取れれば、連日の訓練の疲れを癒すか、隊員たちと繁華街に繰り出して飲んだり食べたり歌ったりと騒いだりしていた。
長い休暇じゃないと、せっかくネオヴェネチアに戻っても大して疲れが取れないからだ。あそこはゆったりとした時間がなければ、あの雰囲気の中で過ごせない。
いや、無くても過ごせそうな気がするのだが、やっぱりあそこは時間の流れがゆったりとした場所なのだ。
短い時間でタイムスケジュールと睨めっこしながら過ごす場所じゃない。そう考えて戻っていなかったのだ。
だから、だろうか。あのゆったりとした時間の流れを持つネオヴェネチアの空気がとても懐かしく感じられる。
目を閉じると、ネオヴェネチアの風景が呼び起こされる。
あの煌く水面を切っていくゴンドラたち、白煙を黙々と出す浮島、大空を縦横無尽に行きかうエアバイクの群れ・・・・・・最後に見たのはどれぐらい前だろうか。
おもわず久しぶりにやってみたいことが言葉となって、どんどん口から出て行く。

「それでトラゲットに乗って、なじみのレストランに入って・・・・・・で、アドリアーノと会いたいな。」

ほかにも色々・・・・・・と言おうとした時、彼が憮然とした顔をしているのに気づいた。

「ん? どうしたの?」

「おまえなぁ・・・・・・元彼の前で現夫の話を普通するか?まぁ、元彼って言ってもかれこれ10数年前の話だけど、な。」

「あっ、ご、ごめん」

「気にしてないから、いい・・・・・・どうした?何がおかしい?」

思わずちょっと笑ってしまったようだ。彼が本当に気にしてないなら、あんなしかめっ面しないのに・・・・・・と、思う。
彼とはハイスクール時代、恋仲だった。まぁ、甘い関係というわけではなかった( はず )が、彼と一緒に飲んだり騒いだり遊んだりするのはとても楽しかった。
友人いわく『 どこが甘いのよ、ボケ。まるで砂糖たっぷりの紅茶を飲ませられる見たいだったわ 』とのこと。
しかし、私が大学に入ると彼もどこかへ消えてしまい(後からわかったことだが、コーストガードに入隊していた)、自然解消した仲だった。
ちなみに彼のほうが長い軍歴を持つというのは、彼がハイスクール卒業後すぐにコーストガードに入隊したからだ。
私が入隊したのは今からだいたい8年前。大学を中退して士官学校へ入り、卒業してSAR任務の資格を何とかとって、隊に配属された時にはすでに中堅の域に達していた。今ではもうベテランにも片足を突っ込んでいる。
それにしても、あんな顔をするということはまだ結構その気があるんだろうか。

「ううん、なんでもない。」

「ならいいんだが、まったく。」

しかし、あのちょっと拗ねたような顔は少し、可愛いと思ってしまった・・・・・・お互い三十路を超えているのに、何てこと考えているんだろうか。
と、思っていると彼は任務中とはまた違った真剣な顔をしていた。この顔をしたときは大抵・・・・・・

「ところで、だ。彼女の様子はどうなんだ・・・・・・?」

「・・・・・・アッリ・カールステッドのことね。」

そう、自分達が助けた人間のことを聞いてくるのだ。

「ああ・・・・・・で、どうなんだ?」

「目は覚めたらしいんだけど・・・・・・やっぱりと言うかなんと言うか。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の兆候が見られるみたい。医師や看護師以外の面会も拒絶している。」

「そう、か・・・・・・当然と言えば、当然だが・・・・・・やるせないな。」

「救出しに行ったとき、彼女、自分で救難信号出したり、酸素ボンベを引っ張り出したり、手当てしたりしてた。そのときは冷静に行動していたから、私は大丈夫かなって思ったけど、やっぱり無理していたのかしら。」

「そりゃそうだろう・・・・・・両親が目の前でずたずたになったんだぞ。PTSDにならないほうがおかしい。それでも、なってほしくないと思っていたがな。」

「一度おった心の傷は、現代医学でも直せない・・・・・・たとえ足や腕がなくなったってすぐに生体義肢がつけられる時代なのに、いまだ人類はその手の傷を治せない。」

「今は病院のほうで、見てくれている。悪い言い方をすれば、監視している。だが、・・・・・・退院した後、薬に逃げなけりゃいいがな・・・・・・。」

PTSDに陥り、周りに誰も支えてくれる人がいなかった場合。薬、麻薬に逃げてしまう場合があるのは私も知識として知っていた。
麻薬取引は22世紀初頭の撲滅運動で、20~21世紀ほどの勢いはない。だが、あるところにはあるものであるところは一緒である。患者はそういったところから多額の金で購入する。
使っている間は、事故のことを忘れていられる。だが、だんだんと体が薬に馴れ、その効き目が薄くなっていく。そして、事故の恐怖を忘れられなくなってしまい、さらに多くの麻薬を・・・・・・その循環。
最後には・・・・・・まぁ、言わずもがな。体が壊れ、死ぬ。そこも昔と一緒。

「まったく、ままならないな・・・・・・。」

「はぁ・・・・・・。」

「・・・・・・なぁ、お前のほうで彼女預かれないか?少し調べてみたんだが、彼女身寄りが無いみたいなんだ。」

「・・・・・・はい?なんですと?」

突拍子も無い発言で思わず聞き返してしまったわけだが・・・・・・もし、本当に身寄りが無いのなら、確かに私が保護者となったほうが良いかもしれない。
まぁ、でも私だけに限らず大人なら誰でもいいと思うのだが。

「ちょうど今、お前のところに彼女と同世代の女の子を下宿させてるんだろ?」

「ええ、マンホームに住んでいる従姉妹の娘だけど?」

「友達ができりゃ、多少はましだろ、たぶん。」

「・・・・・・そう簡単だとは思えないけど。」

彼はどうやら友人が出来れば、薬に手を出しにくくなると考えているようだが・・・・・・。
果たしてそう上手くいくだろうか。

「で、今預かっている女の子はどんな子なんだ?」

「えっと、それは、その・・・・・・あ、あはは・・・・・・。」

「前から言っていたよな・・・・・・ちゃんとメールのやり取りぐらいしとけ、いくら忙しいからってそれを怠っているようじゃ保護者失格だぞ。」

件の女の子は現在ミドルスクールに入っている。
つまり、アッリ・カールステッドと同年代だ。だが、それ以外のことはよく知らない。
定期的に向こうからメールが来るが、あまり彼女の私生活までは書かれてないし、私自身も聞いていないので、彼女が具体的にどんな学校生活を送っているか全くわからない。
どんな友達がいるのとか、食事はどうしているとか。

「まぁ、とにかくだ・・・・・・カールステッドの娘を預かってほしいわけだ。」

「私は別にかまわないけど・・・・・・彼女自身がどう思うか分からないし、それにいきなり公的に預かるなんて無理でしょ?法的にも。」

「その点は問題ない。こっちのツテで話をしておいた、いつでも準備できる。後はお前と彼女の承諾だけだ。」

「・・・・・・準備良いね。」

「当然だろ?」

それにしても、何で彼は今回こんなに拘っているのだろうか。いままで助けてきた人の数も相当いたが、ここまで入れ込んだ例は見たことがない。
まさか・・・・・・

「惚れた?」

「・・・・・・俺が?誰に?」

「アッリ・カールステッド。」

「馬鹿か、そういう訳じゃない。ただ・・・・・・いや、なんでもない、気にするな。」

彼はそう言うと黙りこくってしまった。こうなると、絶対に口を割らない。

「まぁ、いいか。分かった、一度会ってみる。彼女が私の家に来るならそれもよし、来ないは来ないで彼女の人生・・・・・・それで良いよね?」

「ああ、かまわん。・・・・・・ああ、それともし預かることになったら、時期を見計らってこれを渡してくれないか。」

そう言いながら、彼は何の変哲もない小さな黒い箱を手渡してきた。

「これは・・・・・・?」

「遺品、だと思う。アルマ・カールステッドの・・・・・・いや、おそらくカールステッド夫妻の。たぶん、アッリへのプレゼントだったんだろう。」

「何で分かったの?」

「開けてみろ。」

「・・・・・・オールの形をした、イヤリング・・・・・・?」

中に入っていたのは、ピアシングを必要としないタイプのイヤリング。
形はまさしく、ネオヴェネチアを行きかうウンディーネ達が使うオールの形状。カラーリングから、モデルは最近勢力を伸ばしてきている新興水先案内店のようだ。
それが保護クッションにちょこんと乗っていた。
入れてあった箱の内蓋には三人の名前と写真が張ってあった。
そして一行の文字列。

『私達のウンディーネ、アッリへ。』

たった数グラムもなさそうな物なのに、なんて重いのだろうか・・・・・・。
思いが重い。まるでマンホームの古典芸能とやらを彷彿とさせる言い方になってしまうが、これに関しては正しいかもしれない。

「このイヤリングのカラーリング・・・・・・オレンジぷらねっとの物、かな?」

「ああ、そうだろうな。彼女、その会社に内定が決まっていたらしい。おそらくそれはそのことに対する祝いなんだろう。ちなみに会社のほうはミドルスクール卒業と同時にシングルへの昇格試験も考えていたようだ。」

「それって・・・・・・。」

「相当な水先案内人に、『 もしかしたら 』トッププリマにだって『 なれたかもしれない 』な。」

「『もしかしたら』『なれたかもしれない』・・・・・・?」

「彼女、ミドルスクールのゴンドラ部じゃ相当な漕ぎ手だったらしい。なんでもネオヴェネチアにある全ての水路を頭に叩き込んであるとか。」

「それでなんで『もし』、ifなの?」

おかしい、そこまでの技量、知識を持っていてなぜ『 なれたかもしれない 』なのか?

「・・・・・・左腕は彼女の利き腕だったはずだ。そして、あの傷じゃおそらく生体義肢をはめることになるはず。」

生体義肢―――医療複製技術の発達した今、生来の腕とまったく同じ腕を義肢としてつけることが可能になった。
だが、神経リンクの成功率は7割だ。高いような気もするが、残り3割は以前のようには動かなくなるか、あるいはまったく動かない場合もある。
それ以前に、移植された腕を精神は自らの腕として認識できるのだろうか。

「たとえ移植に成功しても、その腕を拒絶する人もいる。」

「ッ、それって・・・・・・。」

「ゴンドラの操船も今までのようにはできなくなるだろう・・・・・・最低でも『オレンジぷらねっと』の内定は消されるな。彼女をお前に預かるように頼んだ理由のひとつにそのことがある。」

両親が死んだ上に、さらに未来への希望も破壊される。大人ですら耐えれるか分からない。
それをわずか14歳の少女が受け止めなければならないのだ。あまりにも酷な話だ・・・・・・。

「・・・・・・ねぇ、それじゃあさ。その箱渡さないほうが良いんじゃない?」

ふと、そう思った。退院してすぐに渡したのでは、もしかしたら、いやきっとその事故のことを思い出してしまうのではないだろうか。
そして、明日へ向けて生きる気力も奪ってしまうのでは。
ただでさえ打ちのめされボロボロになってしまった心に、とどめの一撃を与えてしまうのではないだろうか。

「さっきも言ったろ?時期を見計らって渡せとな。彼女が自信のトラウマを克服したときに渡してやってくれ。あるいは克服しようとしている時に。」

「それって、責任重大だね。」

「そうだな。」

箱を手が白くなり痛くなるほど握り締める。そのせいでよりいっそうはこの存在を意識してしまう。その思いも。

「分かった、任せて・・・・・・けどさ、彼女が私を拒絶する可能性もあるんだけど。そうしたら、これどうするの?」

「・・・・・・まぁ、大丈夫さ。お前のところに転がり込む、勘だがな。」

「あなたの勘がよく当たるのは知ってる。ネオヴェネチアに関係する事柄では特に、ね。じゃ、その間を信じる方向で退院したら早速会ってみる。」

「任せたぞ。」

「ところでさ、私にこの話を持ちかけた時点で私に拒否権無かった?」

「そんなことはない」

その『当然だろう?』的な顔をしていってもなんら説得力を持たないんだけど・・・・・・それにしても拒否権が無いというのはどういうことか。訴えてやろうか。

「勝つ自信があるならな、受けてたつぞ。」

そう澄まして言う軍曹の顔はにやりと笑っていた。





















SSって難しい・・・・・・。



[18214] 第三話
Name: omega12◆0e2ece07 ID:797c0df7
Date: 2010/09/26 14:50











目が覚めてみたら、体のある部分の調子がおかしかった。
―――それは左腕。生体義肢の証拠である文字と管理ナンバーがうっすらと刻印された、わたしのDNAで模造した生体義肢だった。











アッリ・カールステッド
『ネオ・ヴェネチア』ミドルスクール在校生
『オレンジぷらねっと』本社前




病院の人にエアバイクでオレンジぷらねっとの所まで送ってもらった。
リハビリのおかげで、しっかりと大地を踏んでオレンジぷらねっとの本社を見上げれるほどには体力が回復した。
まったく。すべてが、何もかもが、ここにいることすら、夢みたいだ。
あの事故も、それから一ヶ月間の病院でのリハビリ生活と検査の日々も。
実はまだ、わたしは家のフカフカのベッドで寝ていて、耳元でガチャガチャなり始めた目覚まし時計―――ゴンドラ部の朝練習のために早起きするべく置いた―――をまどろみの中で探しているんじゃないだろうか。
だとしたら、どんなにうれしいことだろうか。
朝おきたらダイニングキッチンからはパンの焼ける香ばしいにおいが、お母様の私を呼び起こす声とともに漂ってきて。
玄関であわてて靴を履いているときに、『怪我しないように、がんばれよ。』とお父様が軽く私のお尻を蹴飛ばして。
ネオヴェネチアがまだ目覚める前の誰もいない静かな水路でほかの部員たちとともにゴンドラを漕いで。

―――でも私は、あの事故でそれら『全て』ができなくなった。

そして、腕の調子がおかしいことに気づいたあの日から、私の目に映る世界は、まるで、色をなくしたようだった。














アレサ・カニンガム
『オレンジぷらねっと』ウンディーネ管理部部長
『オレンジぷらねっと』ウンディーネ管理部、第一執務室



「そう、それじゃあ・・・・・・。」

「・・・・・・はい、すいません。」

夕暮れでその社名と同じ色にに染まるオレンジぷらねっとの一室。
そこには、二人の女性がいた。
片方は薄いクリーム色の髪を肩まで伸ばした少女・・・アッリ・カールステッド。
もう一人の机に座る妙齢の女性は、オレンジぷらねっとの元トッププリマ―――先日、ウンディーネ管理部長へ転身した―――アレサ・カニンガム。つまり私だ。
アッリの右手は左腕を堅く掴み、私の視線はそこから離れない。

「どうしても無理なの?もう一度、ウンディーネを目指すのは?」

「・・・・・・もう、無理なんですよ。腕を失ったんですよ?ただでさえ正確かつ緻密なオール捌きを必要とするウンディーネが、腕を失ったんですよ?」

「・・・・・・。」

あの事故から一ヶ月、確かに彼女は生き残った。だが、彼女の両親を奪った死神は代わりにウンディーネにとって自らの命と同等のものを奪っていった。
利き手である左腕の欠損だ。腕は宇宙線により細胞が死滅していた部分が多く、結局、肩口まで切除することとなった。
だが、それぐらいだったら左腕に生体義肢をはめればいい。
しかし、彼女の場合は・・・・・・

「たしかに、生体義肢の手術は上手くいきました・・・・・・でも、それは日常生活に支障が出ない『かもしれない』というだけで、ウンディーネとしてやっていくのは不可能なんですよ。」

そこでアッリは目線を下に落とす。
そのとき、アッリの顔から透明な雫が落ちたのをアレサははっきりと見た。
彼女の場合、義肢をはめる手術が成功したは良いもののその神経接続がうまくいかなかった。生体義肢の装着の際、誰にでも起きる可能性のあることだ。だが、彼女にはそれが起こってしまった。

「もう、私には普通にゴンドラを動かすことすらできません。」

再び顔を上げたアッリは今にも声を上げて泣き出しそうな様子だった。

「だから、うちに来るのはお断りしたい、と?」

「・・・・・・はい。」

そう答えたとき、アッリの顔から透明な雫が落ちたのをはっきりと見た。

「本当に、もう普通にゴンドラを動かすことはできないのかしら?」

「・・・・・・はい。」

またポツリと。

「ためしたの?」

「いいえ。」

私は少し納得がいかなかった。
実際に動かせるかどうかやってみないとわからないこともあるのではないのか。
それとも、やらずともわかる理由があるのか。

「日常生活だって支障をきたさない『 かもしれない 』って腕なんですよ、この左腕。」

「?」

「反応が1秒ほど遅いんです。それに時々腕が止まるんです、意思に逆らって。はは、お茶を飲もうとしたときに腕が止まってカップを落としたこともあるんですよ?どうやって、どうやってこんな腕でゴンドラを操れば良いんですかっ!?」

彼女は言葉を言うたびに涙をポツリポツリと落としていく。最後はもう泣き声と大して変わらなかった。
確かにそんな腕では、うまく操船できないだろう。カップを落としたってことは、筋肉も緊張してしまうということだ。
操船中にもしそんなことがおきたら・・・・・・最悪、オールを取り落とすかもしれない。
さらに反応が遅いというのは、もう致命的だ。もし何かが起きたとき、客の命を保障できなくなる。それはもうウンディーネとして失格だ。

「だから、絶対に無理なんですよ、もう。」

「でも、あなたはウンディーネとしての能力だけでなく、学業成績も優秀だったでしょ? 事務員として・・・・・・。」

このままではいけない。
私はそう思った。なんとか、ここに、ウンディーネというものに繋ぎ止めなければ、彼女は・・・・・・

「私はもう、この町にも居たくないんです。」

ここにいると、お父様とお母様を思い出して辛いから―――と、アッリは言う。
その目からはもう大粒の涙があふれ出していた。
この少女にこんな顔をさせるのは誰だ―――私はそう思った。
衝突感知機能と自動防衛システムを切っていた彼女の父親の知人か。
ごみ掃除(デブリ除去)をもっとしっかりやらなかったコーストガードか。
他にも様々な事故の原因が推察されているが、おそらく、そのどれでもないだろう。
そう、あれは不幸な、不幸な事故だったのだ。
たまたま知人の貸した船が、小惑星の間をすり抜けるスポーツのための船であったため最初からシステムが切られていた不運。
たまたまコーストガードの定期除去作業の数日前で、クルーズの航路上に確認されていないデブリがあった不運。
他にも様々な不運が重なった事故だったのだ。
幸運があるとすれば、事故宙域付近で訓練中だった部隊があったことと特別救難信号の出し方をアッリが知っていたこと。
そして、彼女の命の炎が燃え尽きる前に救助が間に合い生き残ったこと・・・・・・それぐらいだろうか。
いや、もしかするとそれも不幸なのかもしれない。
たった一人生き延びてしまったのだから。

「・・・・・・あなたなら、うちの次世代エース格アテナ・グローリィとよきライバルに、そして友人になってくれると思ったのだけれど。」

「・・・・・・。」

「ふぅ・・・・・・まぁ、いいわ。それじゃあ、貴方はこれからどうするの?」

「そう、ですね・・・・・・まだ何も考えていません。」

「そう・・・・・・わかったわ、帰ってもいいわよ。」

「・・・・・・はい。」

礼をして、アッリは扉へ向かって歩いていく。
その後姿は以前スカウトしに行ったときに見た、ほかの部員たちを引っ張るたのもしさはなく、どこか儚く見えた。

「・・・・・・ねぇ、まだ先のことを考えていないのなら、もう一度聞くけれど・・・・・・。」

「しつこい、のですよ、カニンガムさん。私はもう無理なんです。」

「なら、仕方ないわね・・・・・・でも、せっかく助かった命なんだから、絶対に早まったまねはしないでね。」

「それは・・・・・・分かってるのですよ。」

ガチャッ。

扉が閉まり、アッリの足音が遠ざかっていく。
たとえ、使い物にならなくてもウンディーネとして雇いたかった。
ウンディーネではない彼女はきっと、生きているけど死んでいるだろうから。
だが、そんな考えを頭をふって脳内から追い出す。使えない人材を無理して雇うわけにはいかないのだ。
彼女にも食わせなきゃならない社員達、彼女にとっての家族がいるのだから。
だが―――

「まったく、これはただのいい訳かしら。」

もし使えない人材を無理して雇うわけにはいかない、という思考が最初からあったのなら。
そもそも最初のアッリの言葉にうなずいて、彼女の内定証明書を破り捨てればよかったのだ。
しかし、今私の机の引き出しにはいまだその内定証明書が残り続けている。

「私自身に未練がある、か。」

それにしてもまったく、ままならないものだ。

「はぁ、もしもこの世に神様がいるんだったら・・・・・・。」

その顔にオールを全力で叩き込んでやりたかった。
























「ただいま、なのですよ・・・・・・。」

その声に「 おかえりなさい 」答えてくれる人などいない。
玄関を開けると、入院期間中である一ヶ月の間に積もった埃で廊下がひどく汚い。家の外見も人が一ヶ月間すまないだけで、とても痛んだ外見になってしまった。
それはアッリの心の内にある堤防にひびを入れるのに十分なことだった。
体を掻き抱いてうずくまる。

「なんで、なんでなのですか・・・・・・。入院していた間は何にも思わなかったのに、何でいまさらこんなに悲しいのですかっ!」

退院してすぐに目に入ったネオヴェネチアの町並み。
オレンジぷらねっとにつくまでに目にしたウンディーネやゴンドラ。
ミドルスクール付近で近くを通り過ぎたゴンドラ部の後輩達が操る小さなゴンドラ。
家へ戻ってくるまでに通った、幼い頃両親と遊んだカッレやカンポ。
それらを含めたネオ・ヴェネチア全体がアッリの思い出の宝箱。
でも、いまではその中には二人いない。アッリがプリマになったらまず最初に乗せようとしていた人。
―――お母様とお父様。
そして、その影響か分からないが、それ以外の思い出も色が抜け落ちていた。

「・・・・・・こんな思い出を抱えながら生きていくくらいならいっそのこと・・・・・・。」

涙を拭きもせずに、ノロノロと立ち上がる。立ち上がったときに周りの埃が舞い上がり、それを吸い込んでむせてしまう。
それが無性に悲しさを呼び出した。

「ゲホッ、ケホッ・・・・・・うぅ。」

ゆっくりと前へ進んでいく。その後ろには足跡が綺麗に付いていた。どれほどのホコリが積もっていたのだろうか。

「私はこれから、何を糧に生きていけばいいんでしょうか・・・・・・。」

・・・・・・ミシッ、ギシッ・・・・・・

「そういえば、私は何のためにウンディーネになろうとしていたんだっけ・・・・・・。」

外はもう薄暗い。廊下は明かりをつけていないからさらに暗い。
上を見上げると天井に蜘蛛の巣が張られている。
角には埃の吹き溜まりが出来ていた。
周りの全ての音が世界が止まったかのようにしない。

「ネオ・ヴェネチアが好きだから?・・・・・・ううん、違う・・・・・・。」

・・・・・・キシッ、ギッ・・・・・・

「ゴンドラ部でエースだったから?・・・・・・これも違う・・・・・・」

・・・・・・キッ、コッ・・・・・・

「私を褒めてほしくて?・・・・・・なにか、まだ違うような・・・・・・。」

・・・・・・ギシッ、ガチャッ・・・・・・

キッチンダイニングへの扉を開けて中に入る。
そこも、埃で一面灰色く染まっていた。

様々な番組を放映していたホログラフテレビ―――お父様と一緒に見た『プリマをねらえ!』のアニメがなかなか面白かったのですよ。
やっぱり、今思うとあのわからずやな態度は私を奮起させるためだったのでしょうね。
本当に反対する気でいたなら、ウンディーネのアニメである『プリマをねらえ!』をあれほど熱心に見たり、ウンディーネ関連の情報雑誌を積み上げたりしないと思うのですよ。
それに気づけなかった自分は本当にわからずやな意地っ張りだったのだろう。

「こんなことになるんだったら、あんなひどい言葉、言わなきゃ良かったのです・・・・・・。」

アッリが反抗して言った言葉の中には、お父様がマンホームの軍にいた頃の誇りを汚すようなものもたくさんあった。
それでも殴るとか蹴るとか暴力的なことや私に逆にひどい言葉を浴びせたりは一切しなかった。

「せめて・・・・・・せめて、内定が決まった時。一言謝っておけばよかったのですよ・・・・・・。」

キッチンのカウンターを上げる。
ふと、目線をリビングの方にもって行くと、そこに―――もともと灰色だったためかあまり埃は目立たない―――バーチャルイメージマシーンが。

お母様が家でも私が練習できるようにと、買ってきたマンホーム―――たしか日本だったか―――の割と高級モデル。
お母様だけではポンと買えるような代物じゃなかったはず・・・・・・そういえば買ってきた少し後、お父様が隠しておいたへそくり―――ベターすぎることに隠していた場所は大人の絵本の間らしい―――が消えたと言って騒いでましたっけ。
澄ました顔でそれをお母様は流していましたが・・・・・・。

「せっかく、お父様のへそくりを犠牲にしたというのに、『Alison』とか言うハンドルネームの奴のハイスコアを抜けなかった。悔しいのです。」

キッチンに入り、部屋を見渡すとまるで昔に戻ったような気がした。
でもそこには、退役して、時間が余っても料理を練習せず、下手なままだったお父様の代わりに料理を作るお母様の姿はなく。
母の料理が出来るまでの間、ぐでーと昼寝しているお父様の姿もない。
さらに、いろいろ思い出してしまう。
思い出すとつらいことはアッリにも分かっている。
でも、思い出さずに入られなかった。
ネオ・ヴェネチア『宝箱』のなかでも取って置きの宝物。

ああ、そうか―――

「私はお父様とお母様に喜んでほしくて・・・・・・ウンディーネを目指したんだっけ。」

思い出すとせっかく流れ出すのが止まっていた涙が再び出る。

「もう、喜んでくれる人もいない。お父様とお母様がいないんじゃ、何処にも糧なんて存在しない。だったら・・・・・・。」

包丁を棚から取り出す。
それを高く振りかぶる。
照準は自らの右腕。

・・・・・・すいませんなのです、カニンガムさん。
早まった行動はするなと言ったのに早速破らせてもらいます。
・・・・・・ごめんなさいなのです、AQUAコーストガードの皆さん。
助けてくれた命、ここで捨てさせてもらいます。私はやっぱり家族がいないこの世界で生きていくなんてできない。今日一日で、そう実感しました。

「お父様、お母様。今から、そっちに行ってもいいですか・・・・・・?」

そして振り下ろされた包丁の切っ先は―――

ドタドタドタドタッ!「ダメェエェェェェェェェェェェェェ!!」 ドンッ! 「げふぅ!」

走りこんできた黒い影によって、右腕に届くことはなく。

・・・・・・ザクッ・・・・・・

包丁は手から離れて飛んで行き、床に垂直に刺さった。

「ア、アイリーン?」

「駄目、こんなこと絶対に!自殺なんて!」

―――アイリーン・マーケット。 アッリがゴンドラ部にいたときの同級生で副部長であり、わたしの親友。
その手にはわたしの退院祝いだろうか、わたしが小さいころから好きな菓子屋の箱がある。
もっとも、わたしを突き飛ばしたときに潰してしまったようだが。

「自分が何をしようとしていたか分かる!?」

「分からないわけ、ないじゃないですか。」

「だったら、アレを見て!」

アイリーンはそう言って、どこかへ指をさす。
そういわれて指差された方向へ顔を向ける。

「ヒッ!」

そこには床に深々と刺さった包丁。
僅かに差し込んでくる外の光で、よく研がれた刃がきらりと光る。
もし、その下にあったのが床でなく自分の腕だったとしたら―――

「う、うあ。」

「わかったでしょ。 さ、はやく立って。」

アッリは差し出された手を受け取って立ち上がる。
気が付いたら、全身が震えていた。

「まったくもう・・・・・・後輩達が変なアッリを見たって連絡してくれて。いやな勘が働いて急いでこの家に来たから良かったものの・・・・・・私はまた誰か近くの人が死ぬなんて、嫌よ。」

「ごめんなさいです・・・・・・。でも、私はもうこんな誰もいない世界。」

「こんな誰もいない世界って、どんな世界?たしかに貴方の両親はいないわね。」

「いないですよ、だからこんな世界・・・・・・。」

「ねぇ、その世界。そこには私たちもいないの?」

そう言って、彼女はポカッと私の頭を小突く。

「あ・・・・・・。」

「もっと私・・・・・・ううん、ゴンドラ部全員を頼ってもいいと思うんだけどね。先生達もいる、隣人もいる。たしかに、両親の穴はふさげれないけれど、他にも高く山になっているところがいっぱいあるじゃない、この世界には。それに。」

あなたにとってはネオ・ヴェネチア全体が宝物なんじゃないの―――そう言って、朗らかに笑う彼女の顔はたしかに私の記憶と一致し。
色の抜け落ちた世界の中でそこだけが鮮やかな色に染まっていた。

「さて、と。 泣け。」

「????」

いきなり泣けというアイリーン。ちょっと意味がわからない。

「ここに来るまで、一回もちゃんと泣いてないでしょ、多分。だから、泣け。」

「いや、そんなことを言われてもですね。」

「問答無用!さっき自殺未遂したのもきっとちゃんと泣いてないからだと思うし。」

「この家にいたるまでに十分泣きましたよ!」

「自分ひとりで泣くのと、誰かの胸で泣くってのは違うよ!」

そう言って、アイリーンはアッリを抱き寄せる。

「わぷっ!」

「男の子の胸板のようにはいかないけどね・・・・・・まぁ、胸薄いしちょうどいいんじゃない?」

「普通、女の子は胸が小さいとコンプレックスを抱くと思うんですが。」

「コンプレックス? コンプレックスなんて持つほうがバカらしい! 貧乳はステータスだ、って今から300年も昔の人が言っていたらしいんだよ? 多分その言葉って、人それぞれのよさがある、その前には胸の大小なんて関係ないって言ってると思うんだよ!」

まったく、彼女は何時もそうだ。
コンプレックスやジトジトした嫉妬心は絶対に持たない。
下手とはいえないが良好ともいえない操船技術を私と何時も比べられていても、それをカラカラと笑いながら受け流す。
でも対抗心は人一倍強いからよく技術書を読んでいる。
比較されて批評されたときも、ただ受け流すだけじゃなくて、何も言わず、むしろ感謝さえ言いながら、自分の技術向上につなげるのが彼女のすごいところだと思う。

「さぁて、泣け。思う存分。」

「も、もう、泣けるような雰囲気じゃないと思うんですが。」

「本当にそう?いま、ここで私が貴方の髪を撫でさすっていたら、たぶん泣くと思うんだけど。」

そう言って、本当に私の髪を撫で始める。

「ちょ、ちょっと本当に、本当に耐えられませんから。」

「耐えなくていいから、今は泣いて。あまり溜め込みすぎると壊れちゃうんだよ?」

そう言ってアイリーンは私をやさしくギュッと抱きしめる。
その感触はまるで母のようで。
背格好も性格もまるで違うのに、そう感じた。

「あ、あう。」

ほろほろと涙が流れ出ていく。
それを見たアイリーンがさらに強く抱きしめてくれて。
さっきまでひび割れから水を流し続けていた私の心の堤防は完全に崩れ去った。

「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁ!! お母様ッ、お父様ッ!!なんで、何で事故なんか! 何で死んじゃったりするんですか!?」

「そう、思いっきり泣いていいよ。今は泣いてもいいときだから。」

アイリーンはアッリが泣き疲れて眠るまでずっと抱きしめ続けていた。






















「~ ♪ ~」

「んぅ・・・・・・。」

あたりはもうすっかり暗くなった頃。
泣きつかれてベッドに寝かさせられていたわたしは目を覚ました。

「ここは・・・・・・?」

周りを見てみればわたしにとって知らない部屋・・・・・・ではない。
わたしにとってここは見慣れた場所。

「私の部屋・・・・・・?」

「あ、ようやく起きた。もう寝てからだいぶ経つよ。お陰で少し心配しちゃった。」

そういいながらカラコロと笑う。

ああ、よかった。
ここにはまだ、私の宝物がある。

「で、どう? 少しは楽になったでしょ。」

「そう、ですね。だいぶ気持ちが楽になったのですよ。・・・・・・心配をかけてすいませんなのです。」

「いいって。さ、もう夜は遅いからまた寝て。」

「あなたはどうするのですか?いや、そもそもこんな時間までここにいてもいいんですか?」

「・・・・・・うちの保護者は物分りが良いからきっと分かってくれるよ!それに、めったに職場から帰ってこないし!」

「はぁ、それは物分りが良いんじゃなくて、半ば諦めているんじゃないでしょうか・・・・・・。」

彼女に欠点があるとすれば、事後承諾が多いことや計画性が少し足りないことでしょうか。
事実、彼女はゴンドラ部の練習内容を学校に提出せずに勝手に練習を行っていたときがあった。そのとき、ほかの船とぶつかりそうになったことが学校側にばれて、練習内容の未提出と共に大目玉を食らった。
本人曰く、『 やろうと思えばやれるが、ついつい忘れてしまうんだよ・・・・・・めんどくさがりじゃないよ! 』とのこと。
こんな彼女の保護者( 母親だろうか )は毎日、気が気でないのではないだろうか。

「ところで、なんですが。さっき歌っていた歌ってもしかして・・・・・・。」

「あ、やっぱり気づいた?舟歌(カンツォーネ)。ここんところ、ずっと練習してたんだけど・・・・・・どうだった?」

「あ、よかったですよ・・・・・・しかし、失礼ですが、あなたってこんなに上手かったでしたっけ?」

私の記憶に残る彼女のカンツォーネはそれほど上手くは無かったはず。

「プリマウンディーネになるためには、カンツォーネも必要でしょ?」

「まぁ、そうですね。」

舟歌が歌えないプリマなんて私は見たことがない。

「でね、私が入社したのオレンジぷらねっとなんだ・・・・・・アッリと同じ、ね。ま、私の場合一般の入社試験を低空飛行でぎりぎり通過したって所だけど。」

なははは・・・・・・と笑いながら、アイリーンは言った。

「やっぱり置いていかれたくないからねー、アッリにさ。だから、いつもより練習量を増やしてるんだ。」

置いていかれたくない?アイリーンはまだわたしの左腕が、使えなくなっているのを知らないのだろうか。

「あの、アイリーン。わたしは・・・・・・「はい、ストップ。」・・・・・・え?」

「左腕がどうのこうのっていうのは、わたしも人づてにだけど知っている。で、それがどうしたの?」

「それが、って・・・・・・あのですねぇ、わたしの利き腕が左腕なのはアイリーンも知ってますよね!その利き腕がおかしいんですよ?それがどうしたのはないでしょう!」

「ごめん、でも私はまだアッリに諦めてほしくない。だって、ウンディーネじゃないアッリなんて・・・・・・生きていないじゃない。」

「それは、あなたが勝手にそう思ってるだけで・・・・・・。」

「そうかもしれない、ううん、そうだね。」

「だったら、勝手なことを言わないでください!!」

大声で彼女に怒鳴ってしまった・・・・・・彼女と親友になってから、いや知人の段階から考えても初めてのことだった。

「・・・・・・ごめん、なさいです。怒鳴って。」

「ううん、気にしないで。実際、本当に勝手なこと言った私が悪いんだから。でも・・・・・・さっきのことは私の本心だよ。」

「・・・・・・・・・・・・無理ですよ、絶対」

「・・・・・・そっか。」

彼女のとてもつらそうな顔に耐え切れず、寝返りを打って寝たふりをする。

「・・・・・・・・・・・・。」

「明日、さ。ちょっと連れて行きたいところ、あるんだけど。一ヶ月遅れの誕生祝と退院祝いで。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「今は・・・・・・ゆっくり寝て。おやすみ。」

再び寝室にアイリーンのカンツォーネが響き始めた。まるで母親の子守唄のように。









書くたびに短くなる・・・・・・はぁ。



[18214] 第四話
Name: omega12◆0e2ece07 ID:797c0df7
Date: 2010/09/15 00:49


アッリ・カールステッド
『ネオ・ヴェネチア』ミドルスクール在校生
『自宅』



朝。
ネオ・ヴェネチアの市場が開き、郵便物を集めるゴンドラや漁に出かける小船、出勤する会社員や市場へ向かう主婦などを乗せたトラゲットのゴンドラが水路を行きかうようになる時間帯。
にぎわい始める町の中央から少しばかり離れたところに、アッリの家はある。

「ん・・・・・・。」

目が覚める。
耳を澄ませば、遠くに市場の賑わいが聞こえる。
だが、郊外とも言うべき位置にあるこの家の周りの空気は静かだった。

「くぅっ・・・・・・。」

思いっきり背伸びをして、眠気を振り切る。
その拍子に頭からナイトキャップがずり落ちる。

「・・・・・・あれ?」

いつの間にかわたしは寝巻きに着替えていたのか。
昨日の夜は着替えずにそのまま寝てしまったのに・・・・・・まさか彼女―――アイリーン―――が勝手に服を変えたのだろうか。
よくよく自分の衣装を見てみると、下着まで換えられている。

「まったくアイリーンは・・・・・・妙なところで気が利くのですね。」

そういえば、彼女は今何処に―――そう思ったとき、階段の下、一階の台所の方からなにか物音が聞こえてくる。
なるほど、朝食でも作っているのだろうか。
着替えて下に下りようかと思い、洋服を入れてあるタンスに向かう。
ベッドサイドにはわたしのお気に入りの服がきちんと畳まれた状態で置いてあった。よく分からない気恥ずかしさを感じて、箪笥から自分で服を選んで着ることにした。
階段を下りて台所へ行くと、そこには、エプロンをかけたアイリーンがいた。
その手にはフライパンが握られていた。
アイリーンもアッリの姿に気づいた。

「おはよー!」

「おはようございますなのですよ。」

「よく寝れた?」

「おかげさまで。」

彼女はどうもわたしが寝付くまで傍にいてくれていたようだった。
それどころか、ずっと起きていたのではないだろうか。
彼女の目元にはうっすらとだが、隈が出来ていた。

「・・・・・・あの、昨日は・・・・・・。」

「怒鳴ったこと?それに本当に私が悪いんだから、気にしなくて良いんだよ。」

「でも・・・・・・。」

「はい、グダグダ言う前に、まずは朝ごはんを食べる!これ重要だよ!」

そう言いながら、彼女は油をひいたフライパンにパンを入れる。
さらに、机の上にあるバットには牛乳らしき液体が入っていて、そこにはもう一枚パンが浸されていた。
これは、もしかして・・・・・・

「フレンチトースト?」

「うん。大好物でしょ?」

「そうですが・・・・・・。」

わたしは彼女に自分の好物を言ったことはなかったはずだ。
なのに、何故分かったのだろうか?
それにパンが焼けてくるにしたがって漂ってくる匂いは、いつもお母様が焼いてくれたときのにおいと同じ。

「ごめん、勝手におばさんのレシピ帳、読ませてもらったよ。」

「ああ、それで・・・・・・。」

バットの横には使い古され、ぼろぼろになった手帳が一冊。
たしかにあれはお母様のレシピ帳だ。

「ごめん、思い出させちゃったかな?」

「大丈夫ですよ。むしろ嬉しいのですよ。」

「はは、おばさんのように上手くいくとは限らないよ?」

そう笑いつつも、彼女の雰囲気は真剣そのものだ。
パンの両面をこんがりきつね色に焼き上げ、取り出す。
ところどころに少し焼きすぎた部分のあるそれを器に盛り、バターやメイプルシロップ、シナモンを振り掛ける。

「あ、シナモンは少なめにお願いするのですよ。」

「はいはい、了解」

それが終わると、彼女は手早く自分の分を作り始める。
その間にわたしは2人分の飲み物を用意する。
わたしは蜂蜜を溶かし込んだミルク、アイリーンはブラックのコーヒーだ。飲み物の好みは、ミドルスクール時代に分かっていたことだ。
そうこうしているうちに彼女の分のフレンチトーストが出来上がる。
どうも彼女は両面しっかりとカリカリに・・・・・・それも少しばかり焦げ目が目立つぐらい焼いて、たっぷりとシナモンをかける派のようだ。
・・・・・・なぜ、シナモンをあんなにドバドバかけるのでしょうか。
わたしには少し分からないのですよ。

「うっ、それ、美味しいのですか?」

「おいしいよー、シナモンは。」

そう言いながら、自分のトーストをぱくつくアイリーン。
その姿はお母様にそっくりで。
これでその横にお父様がいてくれたなら―――そう思ってしまった。
だが、アイリーンはアイリーンだ。お母様では、無い。

「・・・・・・食べないの?」

「え、あ、ごめんなさい。」

―――今は目の前で幸せそうにシナモンまみれのパンを頬張る、無二の親友との朝食を楽しむべきなのです。

そう思い、意識をトーストに戻す。
一口頬張る。

サクッ

「・・・・・・おいしい、のですよ。」

パンに染みたミルクは多すぎもせず、バタくさくもなく、わたしの好きな銘柄のシロップの甘さが素晴らしい。

「いい仕事をしてくれるのですね。もしかして料理得意ですか?」

「どうなんだろう・・・・・・保護者がめったに仕事先から帰ってこないから、一通り料理は出来るけど・・・・・・普段は軽食ぐらいしか作らないし。まぁ、これでも何か作るのは好きなんだ。」

「そうなんですか、割と家庭的なんですね。結婚してください。」

「うんまぁ、その点はちょっと自信があるかな・・・・・・あとナチュラルに結婚してくださいって言わない。」

「冗談ですよ。」

「冗談が言えるなら・・・・・・まだ、アッリはアッリだよ。ウンディーネの。」

また、それか。自分が急にイラついてくるのが分かる・・・・・・親友のはずのアイリーンが、何故、そんなわたしをいらいらさせるような言葉を言ってくるのか。

「だから、昨日も言ったとおり、わたしの左腕は・・・・・・!!」

「・・・・・・。」

「お客様の安全も、わたしたちウンディーネは考えてなきゃいけないんですよ?突発事態に対処できないウンディーネなんて・・・・・・」

「いまさ、『わたしたち』って、言ったよね。まだアッリは。」

イライライライラ。

「なんで・・・・・・なんで、そう言えるんですか!わたしの気持ちも知らないで!お母様にお父様がいなくなって、ウンディーネにも成れなくなって!」

「ウンディーネには、なれるよ。あなたなら。」

「もういいです!あなたなんか嫌いです!!どうせ、根拠なんて無いんですよね!」

食べかけのトーストをアイリーンの顔に投げつける。
べチャッという音と共に彼女の顔にそれが張り付く・・・・・・わたしは、当てるつもりは無かった。避けてくれると思ってたのに。

「なんで、避けないのですか・・・・・・?」

「避けたくなかったから。ここで避けたらさ・・・・・・アッリ、潰れちゃうかもしれない。そう思って。」

「・・・・・・そんなこと、」

「あるよ。誰かが、アッリの心を受け止めなきゃいけない。避けたら、私がアッリのことを拒絶しているようなものだもの。」

「だから、避けなかったのですか!?」

「うん。」

そう言いながら、彼女は涼しい顔で顔に張り付いたトーストを取り、ティッシュで顔を拭いた。
彼女は・・・・・・どうして、いつもいつもいつも、そんなにわたしに尽くしてくれるのか。今だって、パンを投げつけたのに。

「そんなの・・・・・・偽善じゃ。」

「そうかもしれない。ここに第三者がいたら、五体満足の人間が何を言ってる、やっているって言うかもしれない。」

「だったら、こんなことやらないで!」

「ごめん、やらせて。それで、私のすることが嫌だったら・・・・・・正直に私のこと、嫌いになってくれてもいいよ?」

「ッ、そんな・・・・・・。」

「でも、私は絶対にあなたのことを嫌いになんかならないし、離れもしない・・・・・・けれど、私が傍にいるのを、あなたが嫌がるなら私は離れるしかないかな。
私はアッリに幸せそうな顔をしてほしいもの。それを阻害しているのが、私だったら。そのときは離れるよ。」

なんで、彼女はそこまで言えるのだろうか。
もし私が、アイリーンのような立場だったら・・・・・・絶対にこんなこと言えないし、やれない。
しかも、何も恐れずに・・・・・・いや、違う。よくよく見れば、彼女の体がわずかに震えているのが見える。
・・・・・・ああ、そうか。彼女もきっと怖いんだ。たぶん、私に嫌いって言われたのが。さらに拒絶されることが。
それでも、彼女は私を受け止めてくれた。
本当になんでそこまでできるんだろうか。

「・・・・・・・・・・・・もしかして、わたしのことが好きだからとか、そういう理由で「うん、そうだよ?」・・・・・・えっ?」

「あなたにこんなこと言うのも、するのも、みーんなあなたが好きだから。好きで好きでたまらないから。」

カァッッと顔が赤く火照るのが、はっきりと分かった。
それを隠すかのように、思わず冗談を言ってしまう。

「ま、まさか・・・・・・あなたがそんな趣味だったとは!?」

「ちょちょちょ待ってよ!何を想像してるの!さすがに女の子同士なんて趣味、無いから!」

「冗談ですよ、冗談。」

「クスッ。そっか・・・・・・その顔だよ。私が見たかったの。」

とても穏やかな笑顔をしたアイリーンが嬉しそうな声で言った。
わたしは、いつの間にか笑っていたようだった。
気づくと、彼女に対するイライラはどこかへ吹き飛んでいたようだ。
あんなに、わたしは苛立っていたのに。
・・・・・・彼女に『好き』って、言われただけで。
その事実にたどり着いたとき、わたしは更に顔を赤くする羽目になった。
・・・・・・わたしだって女の子同士なんて趣味、無い・・・・・・はずです、うん。
グルグル回り混乱する頭。そこに追い討ちをかけるかのごとく、アイリーンが言った。

「・・・・・・間違いなく、私が男だったら、嫁にもらいたくなる、ううん絶対にもらうって意気込むぐらいの笑顔だね、うん。」

「ふ、ふぁあ!何てこと言うんですか!?」

更に真っ赤になる顔。おそらくアイリーンの側から見れば、ユデタコのようになっていたに違いない。
それに気づいたアイリーンがニヤニヤとした顔を隠さずに、さらに追撃してくる。

「あれ、どうしたのアッリ?とても顔が真っ赤だけど・・・・・・もしかして熱かな?」

ピトッと、アイリーンがおでこを当ててくる。
なんというか・・・・・・何かがやばい気がしてくるので、すぐさま離れる。

「なっ、何するんですかぁ!?」

「あはは、ごめん。つい、おもしろくて・・・・・・。」

「私をこんなにしたんですよ?責任とってください。」

「え、えーと。つかぬ事をお聞きしますが、どうやって?」

「結婚してください。」

「・・・・・・う、火照った顔で上目遣い禁止!ダメッ!なんか目覚めそうだよっ!」

「ふふん、まだまだ甘いのですよっ!さっきのには、私も結構やばかったのですから!」

その後もワーワー騒いで、たぶん一月ぶりぐらいの笑顔をわたしは沢山して。
ああ、楽しい。やっぱり、彼女とはこうやって冗談を言い合ったりする方がいい。
本当に楽しくて・・・・・・なぜか、涙が出てきた。

「あ、あれ?なんでだろ。楽しいはずなのに、涙が出るほど笑ったわけじゃないのに、なんでこんなに。」

「大丈夫?アッリ。」

彼女はいつの間にか席を立って、わたしの後ろに回りこんで抱きしめてきた。
さっきわたしの投げたフレンチトーストの、調味液の甘いにおい。それに混じる、別のいい香りは彼女の使うシャンプーの匂いだろうか。

「・・・・・・ウンディーネに成ってほしいのも、今こうしているのも、全部、私の勝手な欲求。
そんなふうに自分の欲望を押し付けているんだから、私の事、本当に嫌いになってくれてもいい。
でも、今日一日。今日一日だけは、お願い。私に、あなたの知らないネオヴェネチアを・・・・・・『希望』を案内させて。」

「ばか。嫌いになんて、やっぱり、できません。あなたは、わたしの親友なんですから。
『希望』、かぁ・・・・・・では、今日一日、案内よろしくお願いします、ウンディーネさん。」

「あは、まかせて。あと、ありがと。やっぱり、私、あなたに嫌ってほしくなかったみたい。体の震えがぜんぜん止まらないんだ。」

彼女の体温も少し震える体も、じかに感じるほど、彼女の抱きしめる力が強くなる。
後ろから回された手に、自分の手を重ねると、不思議と安らいだ気持ちになってきた。きっと彼女も同じ気持ちなのだろう、体の震えがだんだんと収まってきた。

「『希望』・・・・・・どこにあるんでしょうね。」

「あなたが気づかないだけで、このネオヴェネチアには・・・・・・ううん、この世界には希望がそこらじゅうにある。今のアッリには、それが少し良く見えないだけなんだよ?」

「そうかもしれませんね。でも、アイリーンは、なんでそんな風に言えるのですか?」

「だって、昔にそのことを教えてくれたのはアッリだもの。だから、今度は私の番。私が見つけた、『希望』を教えてあげたい。」

わたしがアイリーンにそんなことを教えた覚えが無いのですが。

「・・・・・・あの。それは、どういうことですか?」

「んー、どういうことだろうね。ささっ、今はご飯食べよ?もう一度焼いてあげるから、ちゃんと食べてよ。お百姓様に叱られるよ。」

有無を言わせない空気をまといながら、彼女は静かに笑うだけで、それに答えてくれなかった。















アンネリーゼ・アンテロイネン(Anneliese・Anteroinen)中尉
『AQUA Coast Guard』第7管区所属・・・・・・非番
『マルコ・ポーロ国際宇宙港』



「うー!」

「おい。」

「やー!」

「おい!」

「たー!帰って来ました、ネオヴェネチア!ああ、久しぶりの我が故郷!」

「おい!!まったく、朝っぱらから、えらくハイテンションだな、お前は・・・・・・。って言うか、性格変わってないか?」

私と軍曹は、数ヶ月ぶりにこのネオヴェネチアの石畳を踏んでいた。
私の夫であるアドリアーノ・カッシーニ大佐は、まだこの星にはいないのが少し残念だ。
なんでも、アメリカ宇宙総軍に何かの訓練にオブザーバーとして呼ばれたそうだ。
まぁ、2、3日中には戻って来れるそうだから、それまでの辛抱だ。

「そりゃ、そうよー!夫に会えるんだもの!」

「ええい、分かったから、腕を振り回すのをやめろ。周りに迷惑だ。それに今は先に『AQUA Coast Guard』としての仕事を終わらせるぞ。騒ぐのはそれからだ。」

「うん、分かってるよ!あと、軍曹も性格が変わっているような。」

「変わらざるをえないだろうが。まったく、本当に分かっているのか、こいつは。制服を着ているときぐらい、頼むから、部隊にいる時と同じように振舞ってくれ。俺の身が持たん。普段は御し易いのに、夫が絡んだときばかりこいつは・・・・・・。」

とても憔悴しきった顔で言われた。確かに少し可哀想だったので、自重することにした。
それに、ここには遊ぶためだけに来たのではないので少し気を引き締める。
しかし、部隊にいるときと同じように振舞ったら、中尉と軍曹という徹底的な壁が存在するはずなのだが・・・・・・まったくそんなものは感じさせない。
そういえば、部隊では私、弄られ役立ったなぁ・・・・・・反撃できたのかな。
・・・・・・やっぱりこれ以上はやめておこう。後の仕打ちが怖い・・・・・・下士官ズほど、私は恐ろしいものは無いと思っている。

「『SSSA(Solar System Speace Airline:太陽系航宙社)』所属の客船の乗客の安全を守るために、設置されている装備の確認かぁ・・・・・・正直、私たちがやる意味があるのかな?」

「病み上がりにはちょうどいい仕事だろ?と言うか、まだ完治して無いだろうが、その腕。」

「まぁ、そうなんだけど。」

あれから一ヶ月たったが、まだ腕は治りきってはいない。
ギブスは取れたが、医者によるとまだ激しい運動は控えてほしいらしく、私が現場に戻るのも、もう少しだけ先になりそうだった。
だが、一応は両腕を使えるので、それ以外の仕事を回された。
・・・・・・正直言って、あまりやる気がしないのだが。やっぱり私は、たとえ忙しくて、故郷に帰る機会がが少ないとしても、現場にいるほうが好みらしい。
この確認も立派に人のためになっているとはいえ、早く現場に戻りたい。

「いくらやる気が少ないからって、手なんか抜くなよ?それこそ、俺達の誇りに傷がつく。」

「手なんか抜くつもりは無いよ。でも、やっぱり私は現場かなぁ。」

「ま、そりゃそうだろうな・・・・・・俺もできるなら、現場のほうがいい。だが、所詮、現場は対処療法に過ぎん。一番重要なのはやっぱり、日ごろの準備や心構えだろ?」

当然そうだ。できることなら、私たちは出動してはいけない存在だ。
一番命が失われる可能性を低くするには、事故そのものが起きる可能性を減らさなくてはいけない。
それでも、宇宙と言うのは人が思う以上の事が良く起こる。
カールステッドに起こった事故の原因もそれのひとつだ。事故の調査の結果、あれは衝突感知装置が対応し切れないほどの超高速で飛来したコンテナが衝突したものだった。
衝突感知装置は付いていた・・・・・・つまり、アレクシス元大佐が装置をつけていなかったための事故じゃない。多少の名誉は守られたことになる。
だが、可能性を下げるために私たちは常日頃から努力し続けねばならないのだ。

「まぁ、今日やることは挨拶だけだ。しかも夜な。」

「だから、その前にアッリさんに会わないと。たしか、昨日か今日辺りにネオヴェネチア総合病院から退院だよね?」

「そのはずだが・・・・・・。」

「じゃあ、朝ごはんついでに、ここで食べよ?ここなら、病院から出てきてもすぐに分かるし。」

「そうだな、とりあえず腹に何か入れとかないとな。」

私たちは病院の出口付近を見ることのできるカフェレストランへと入って、そこで朝食をとることにした。
だが、私たちは知らなかった。
アッリ・カールステッドがすでに退院していたこと。
たとえ、今日退院だったとしても、彼女は病院の屋上から病院の職員のエアバイクに乗せてもらって、直接オレンジぷらねっとの本社前へ行ってしまい、このレストランからは見えないことを。
さらに、すでに私たちが友達にさせようとしたアイリーン・マーケットと彼女はすでに親友とも言える間柄だったことを。
全ては、私がアイリーンときちんとメールのやり取りをしていなかったことに起因していたわけで、自業自得なのだが。
兎も角、私達はこの時、出てくるはずの無い少女をほぼ丸一日待ち続けてしまったわけである。




































なんか、百合っぽくなっちゃったけど、そんな関係にさせる気はありません。
・・・・・・文章が増えない。短くてすいません。



[18214] 第五話
Name: omega12◆0e2ece07 ID:997fd31b
Date: 2011/01/12 01:47
アッリ・カールステッド
『ネオ・ヴェネチア ミドルスクール』在校生



コッ、、コッ、、カッ
コッ、、コッ、、カッ
コッ、、コッ、、カッ
前を行くアイリーンの艶やかな長い黒髪が、テンポのいい足音と共に左右に揺れ動いている。
まだ冬の匂いを残した風がゆったりと吹いていく。耳を澄ませば、ネオヴェネチア中心部の喧騒がその風に乗って聞こえてくる。
わたしはアイリーンに手を引かれるまま、幾つかのカッレ(小道)にカンポ(広場)、カンピエッロ(小広場)を通り過ぎていた。
どこへ歩いているのだろうかと、わたしがおもいだした頃、あるカッレの中ほどで彼女の歩む速度はだんだんとゆっくりになり、やがて止まった。
目の前には猫の額ほどの小さなカンピエッロ。
中央には何の花だろうか、とても可愛らしい青い小さな花が植えられた鉢植えが置かれていた。
アッリは背伸びをすると、私のほうへ振り向いた。
この様子を見るに、ここがどうやら終着点のようだった。

「アッリ、ここだよ。」

アイリーンが指差した方向へ振り向くと、目の前にはひとつの店があった。
普通のお店なら看板がかかっているだろうところに、小さなゴンドラの模型がかかっていた。

「あの、ここは?」

「ん、スクエーロ(ゴンドラ工房)だよ。」

わたしが見えていない『希望』なるものを案内すると言っていたアイリーンに最初に案内された場所は、少しばかり、いやかなり場末の小さな一つの工房だった。
一見すると蔦が這い、古臭く、外観はお世辞にもきれいとは言えないが、なぜかわたしのココロを安心させるような雰囲気がそこにはあった。
工房と一体化しているらしい小さな店の、これまた小さなウインドーにはおそらくネオヴェネチアンガラスで作られたであろう、丸っこい姿の火星猫が飾ってある。
本来看板がかかっている場所には、ゴンドラの模型がかかっていた。
しかし今いるこの入り口からだと、たぶんあるだろうゴンドラや工房の中を見ることが出来ず、いまいち『スクエーロ』という気がしない。
そんな風に少し不審げなわたしの様子に気づいたのか、アイリーンはこう言ってきた。

「ねぇ、アッリ。ちょっとここの香りをかいでみなよ。まぁ、個人差があるだろうけど、たぶんスクエーロって分かるはずだよ。」

スンスンと匂いをかぐと、削りたての木の香りとか、ワックスの匂いとか、そんな諸々の匂いが交じり合った独特の不思議な香りがする。
・・・・・・なるほど、確かにこれは様々な匂いが醸しだす工房独特のにおいだ。以前、職人が多い所を通った時、漕いでる最中ずっとこんな感じの香りが漂っていた。
しかしそんな匂いの中に混じる、人工物的な、そしてツンとした、少し鼻につくような匂いがあった。
なにか工作機械でもあって、それに使うためのオイルか何かだろうか。

「こんなところに、こんなお店があったなんて、わたし知らなかったのですよ。」

「ふふっ、そりゃそうだろうね。ここはあんまり人が来ないし。私が知っているのだって、偶然だもの。」

「偶然、ですか?」

「そう、偶然。前にさ、ゴンドラ部の備品のゴンドラを盛大に壊しちゃったことがあったでしょ?」

1年ぐらい前になるか、確かにそんなことがあった。
脇道から運河に入るとき、スピードの出しすぎでヴァポレットの進路上に飛び出してしまったのが原因だったか。まぁとにかく大事にならなくて良かった、と部員一同で胸をなでおろしたことを覚えている。
わたしがそのことを思い出したのを察したのだろうか、アイリーンは再び喋りだした。

「でね、そのときにゴンドラの修理を頼んだのがこのお店なんだ。だから知ってるんだ、私。でもこのお店、水路に面した方はきっとアッリも目にしたことがあるはずだよ。だって、ここゴンドラ部の練習コースの遠回りルート上にあるんだもの。」

「へぇ、そうなんですか。」

「あはは、水路だけ覚えててもダメだよ、アッリ。立派なウンディーネになるためにはさ。」

そう言いながら、両手の人差し指をクロスさせてバッテンを作る彼女。

「むぅ・・・・・・。で、ですが、それ以前にわたしはもう一度ゴンドラに乗ると決めたわけじゃ。」

「さてさて、簡単な説明も終わったし、中に入ろっか。」

そう言いながらわたしの手を引っ張り、大きな黒字で『CLOSED』と書かれたボードが吊り下がっているドアのノブに手をかけた。
彼女はまたわたしの言葉を無視した。朝のようにとまではいかないけど、またわたしは怒ってもいいんじゃないだろうか。
わたしは無言でにらめ付け圧力をかけたのだが、彼女は歯牙にもかけずドアノブをガチャっと回した。
・・・・・・はぁ、まったくもう。
こうも考えられるぐらい、自分は余裕を持てれるようになったのだ、彼女のおかげで。
彼女がいなかったら、と思う。そうしたら私は、いまここにいない。昨日の時点で既にお父様お母様の元へ逝っていたんじゃないでしょうか。
そんないっぱいいっぱいのわたしを助けてくれた彼女には感謝している。
だから、わたしはアイリーンを強く止めない、思うままにさせます。
ひとつ以外は。

(わたしは・・・・・・貴女の期待に添えることはできないのですよ、きっと。)

少し翳りを見せた私の様子に気づいたのか、彼女はドアを開けるのをやめて振り向いて言った。

「どうしたの? 大丈夫?」

「あっ、ううん。なんでも無い、のですよ。」

そう言いながら、朝のように彼女はわたしを抱きしめた。
ナチュラルにそんなことをしてきた彼女に赤面する。
意識してやっていない分、性質が悪い。

「ん、そう? なら、いよいよ入ろうか。」

彼女はドアへ向き直り、先ほど開けかけたドアを今度こそ開けた。
・・・・・・しかしですね、アイリーン。わたしにはこの看板に『CLOSED』と書いてあるような気がするんですが?
もう一度見る。
うん『CLOSED』だ。もうこれで三度は目にしたんだ、見間違いだなんてことは無いはずだ。
つまり、だ。

「ちょ、ちょっと待ってください!まだこのお店、開いていないじゃないですか!」

「気にしないーい、気にしなーい。」

「気にしてください! 迷惑ですよ!」

「大丈夫、大丈夫! もし、謝らないといけない事態になっても、私がアッリのためなら体を張って謝るよ!」

胸を張って、自信満々にそういうことを言うアイリーン。
ちょっと頼もしいことを言っていますが、そういう問題じゃないと思うのですよ。そもそもこんな場面で使うような台詞じゃない。
ちなみに、今の台詞に朝の会話を少し、本当に少しばかり思い出して赤面してしまったのです、まる。
まったく、本当に何を言っているんでしょうかね、わたしは。さっきと云い朝と云い、ここのところちょっとおかしいような気もします。

「まぁまぁ、とにかく入ってみようか!それに、私があんなにウンディーネになれるって言った訳が、ここに居る・・・・・・違うか、あるんだよ。だから、ね?」

「なにが『ね?』ですか!?「それじゃ、Let`s GO!!」って、ああっ!」

ドアを開け、そのまま中へずかずか入っていくアイリーン。
ああ、もう!何をやっているのですか!はぁ、仕方ない。わたしも入ることにしましょうか。
まったく。彼女の保護者の顔が見てみたいものです。ちゃんと躾はやっているのでしょうか。



「へくちっ!」

「ん、どうした風邪か?それともあれか、マンホームの古典表現のひとつで、いまだに使われている伝統ある『誰かに噂されてのくしゃみ』ってやつか?だとしたら・・・・・・ベタ過ぎるとは思わないか?」

「わたしに聞かれても分からないよ。」

という会話を、ある病院の前でとある人物が退院するのをひたすら待っている一組の男女がしたそうだ。



仕方なく、本当に仕方なくわたしもアイリーンに続いて店に入ろうとする時に、ふと上を見上げると、ゴンドラの模型に何か文字が書いてあるのに気づいた。
ここの工房の名前、だろうか。

「Atelier・Alison、か。ん? アリソン・・・・・・どこかで聞いたような気がするのです。」


(挿絵のつもり お手数ですが、HTTP://WWW.PIXIV.NET/member_illust.php?mode=medium&illust_id=15871418と入れてくださると下手な挿絵が見れます)



















ガチャっと言う音の跡に、澄んだカランコロンというなじみの音が店内に響いた。
中は少し薄暗かったが、目がその暗さに慣れたときわたしは驚きの声を隠すことができなかった。

「ふっ、わぁぁ。これは・・・・・・。」

「『ようこそ、素敵でワクワクドキドキがいっぱいなゴンドラ・オール・創作アクセサリー・雑貨の工房、アトリエ・アリソンへ!』」

アイリーンがそうやたら長い口上を言ったが、わたしは周りに目を奪われ言葉を返せなかった。
わたしの目に一番最初に入ったのは、店の奥にゴンドラ、そしてオールのモックアップ(実物大模型)だった。
綺麗な外観の白いゴンドラ・・・・・・おそらくはプリマ(手袋無し)用のゴンドラだろうか。
横には黄色いラインが入っていて、それがアクセントになり単調になりがちな白にメリハリをつけていた。
どこかで見たようなゴンドラのような気もするが、さて、どこで見たのだったか。
さらに店内を見渡すと、なるほど外の見た目どおりにこの店は狭い。
が、そこには所狭しとゴンドラやオールの模型、ネオヴェネチアンガラスや木でできたゴンドラ用のアクセサリー、そして普通の(つまり人用の)アクセサリーや小物、雑貨までもが無造作に置かれていた。
でも、無造作に置かれている割にゴチャッとした感じを与えてこないのはどういう事なのだろうか。
しかもその量が半端がなく多くて、圧倒されて『これが全部落ちてきたら、間違いなくわたしは死んじゃいますね』みたいなよく分からない感想を抱いてしまうほどのものだった。
床に置かれた、あるいは天井から吊り下げられたそれらには、埃避けのためだろうか、丁寧に薄いベールがかぶせられていた。

「どう、驚いたでしょ? 私も最初はびっくりしたんだよ。」

「これは、ちょっと驚くのですよ。」

これを見て驚かない人はあまりいないんじゃないだろうか。
上を見ても横を見ても下を見ても、360度上下左右あらゆる方向がゴンドラやオール、アクセサリーや雑貨で埋まっている。
まるでゴンドラ好きのためにあるような店だ、わたしだったら一週間ここで時間をつぶせそうだ。

「うわぁ、すごいですね・・・・・・これ、少し可愛いんじゃないですか? どう思います、アイリーン?」

わたしはすぐ目の前にあった籠に埋もれていた、リボンに似せてあるらしい髪飾りを右手で手に取り、それを頭の横にポンッと付けずに置いて、アイリーンに見せた。
すると彼女は急にニコニコと微笑みだした。
なんでしょうか、似合わなかったのか。

「ふふふっ。」

「ん?どうしました、アイリーン。何かおかしいですか?」

やっぱり、どこか似合わなかったのでしょうか。
たしかにわたしはこういうものは似合わないでしょうね、きっと。
ところが、彼女が笑った理由は似合う似合わないと言う問題じゃなかった。

「いや、さ。やっぱり、朝の笑顔も素敵だったけど私はこっちのほうが、好きなものに夢中になってるアッリの方が好きだね。」

わたしがその言葉を理解する前に、アイリーンのあたたかい手が私の頬に触れる。
その瞬間、わたしは目を見開いたと思う。
そして、カァァァァァと朝のように。
まぁつまりはだ、本日二回目のユデタコなわけだ。
って、またか。だ、誰でもいいのでこのお馬鹿さんのアイリーンを早くどうにかしてください。
このままだと、本当にそっちの趣味の人へ・・・・・・や、やばいのですよ!
だれか、助けて!!

「・・・・・・それにしてもさ、アッリはやっぱりもう一度漕げるよ。」

いきなりのその言葉に火照りが冷める。

「え?」

「だって、店の中に入ったとき、一番最初に凝視してたの、あの奥のゴンドラとかオールでしょ?」

「そ、そうでしたけど・・・・・・この店に入ったら、一番目立つものはそれじゃないんですか?」

それにこのお店はスクエーロ(ゴンドラ工房)だ。当たり前に目が行くはずではないのか。
だが、どうも違うらしい。
それがそうじゃないんだよ、そうアイリーンは言った。

「前にここでバイトをしたことがあったんだけど、ここに入ってきた客はまず最初にアクセサリーに眼が行くんだ。ゴンドラ用じゃないほうだよ。・・・・・・でね? それは、なんとここを訪れるほとんどのウンディーネもそうなんだ。」

「でも、それってまた漕げるようになることとはまったく関係が、」

「うん、無いね。でも私はそう思っちゃたんだ。あ、気を悪くしたらごめんね! 思わず出ちゃった言葉だから。」

そう言う彼女はどこか、しまった、という困ったような顔をしていた。
彼女は結構思ったことをすぐに口に出してしまう、損なタイプの人間だ。
・・・・・・仕方が無い、と肩をすくめ言った。
でも、

「あ、いえ。大丈夫ですからそこまで深く頭を下げなくても。それに、少し元気が出てきました。」

「そっか、ありがと。」

そうお礼を言うアイリーンのはにかんだ顔は、とても可愛かった・・・・・・って、何を思ってるんだ、わたしは、また!
またもやカァァァァァと。

「ん? どったの?」

私の変化に気づいたアイリーンが顔を近づけてくる。
あなたが悪いのですよ、あなたが!
ああ、もう!
しんみりとなったと思ったら、次は顔が赤くなるほど照れる。 わたしってこんなに感情の起伏があるような人間でしたっけ?

「なんでも無いのです! と、ところで、このお店雑貨が多いですよね、本当にスクエーロなんですか?」

ここの雑貨の量は、スクエーロというよりも雑貨屋に近いものだ。

「うーん、小物、雑貨屋兼スクエーロってとこかな。ここを来る人の3分の2ぐらいは、そもそもここがスクエーロってことを知らないんだよ?」

「そ、そうなんですか。それって良いことなのでしょうか・・・・・・。」

悪いような気もするのですが、と続ける。
その言葉に、たしかにどうなんだろうね、とアイリーンも同意を示した。
実際どうなんだろうか。

「ここの主に聞けばいいんじゃないのかな?」

「そうですね・・・・・・あっ、そうでしたのです。ここに勝手に入ったことを謝らないと。」

周りの小物が可愛いかったし、ゴンドラにも興味を引かれていて、忘れていた。
なんてことだ、勝手に上がりこんで色々商品に触ってしまった。どうしよう・・・・・・。

「大丈夫、大丈夫。店員さんの事は私、良く知っているから。あの人達なら、怒らないよ。」

「あのですね、そういう問題じゃないのですよ。これは礼儀ですよ、アイリーンはそういうところがダメだと思うのです。」

「あはは・・・・・・ごめん。」

アイリーンは片手を顔の前に持ってきて、小さく礼をした。

「まったく・・・・・・で、その主さん、あるいは店員さんはどこにいるんです?」

そう言いながら、わたしはアイリーンからムギュッという音と共に一歩近づいた。
・・・・・・んん、なぜにムギュっ?

「そこにいるよ、アッリの下に。」

「へ?」

思わず間抜けな声を出してしまった。
しかし、下?どういうことなのです?とりあえず下を見ましょうか。
・・・・・・見なかったことにしたいのです。わたしやアイリーンと同じぐらいの少女の頭ををわたしは踏んづけている様子を。
ああ、なるほど。さっきのムギュッと言う音は彼女の頭を踏んづけた音だったのか、と納得。
ゴンドラの図面となにやらよく分からない文字の配列が書き込まれた端末に突っ伏して寝ている、青っぽい色の髪の毛をショートにした少女。頭には三角巾を巻いていた。
なんで気づかなかったのでしょうか。決してゴンドラやアクセサリーの山々に釘付けになっていて、足元がおろそかになっていたわけではないはずだ。
彼女はまるで周りの雑貨に偽装するかのように埋もれている。これでは踏んでしまうのも道理か。
いやそういう問題じゃないですよね・・・・・・。
しかし、彼女の周りのものがまったく崩れていないところを見ると、彼女はこの狭い空間で寝返りもしなかったのでしょうか。うっすらと髪の毛には埃が積もってるし。
はっ、いけないいけない。
なんだか呻き始めているような気がするし、このまま頭を踏んづけたまま冷静に観察をしている場合じゃない。
とりあえず足をどけようとした時、

「・・・・・・ふわ・・・・・・あれ?お客様、なのかしら?」

その少女はもぞもぞ動き出し、わたしに踏んづけられた状態のまま起きてしまった。
わたしはとっさに、謝った。ここまではいい、頭を踏みつけていたのだから謝るのは普通だろう。
ただ状況が問題だった。

「ごめんなさい!」

なぜか、本当に何故なのかは分からないが・・・・・・足もどけずに。

「ほへ? どういうことかしら? ごめんなさい、寝起きでよく分からないのだけど・・・・・・お客様なのかしら?」

踏みつけられている状態なのに、この少女はいたって普通に応対している。
正直、寝ぼけてるのも度があると思った、彼女には。

「ぷっ、くすくす、あっはっは!」

この場には、わたしとわたしが踏んづけている少女。
そしてその横には、その会話を見て吹き出し、肩を震わせ、そして耐え切れずに大きな声で笑い出したアイリーンがいました。
とても滑稽な状況で会話しているわたしとその少女を横で笑うアイリーンにちょっと腹が立ってきたのですが・・・・・・。


そしてポカッと。


シュ~という擬音でもしてしまいそうな、出来立ての見事なたんこぶを頭のてっぺんに拵えたアイリーンと、ようやく普通の体勢(つまりは立ち上がった、と言う事)に戻った謎の少女。
アイリーンには勢いでちょっと強く叩いてしまいましたが、結構痛そうですね・・・・・・自分で叩いておいてなんですが。
でも、あの場面ではわたしは怒ってもいいと思う。

「ごめんなさい、痛かったですか?」

「あはは、ちょっと痛かったかな~。まぁ、私も調子に乗りすぎちゃったかな、ごめんね。」

とりあえず彼女は謝ってくれたのでこれでよしとする、問題はこの少女のほうなのだ。

「あの、貴女も大丈夫でしたか? すいません、踏みつけたままでいて。」

そう言いながら、わたしは先ほどまで自分の足で踏んでいた少女にペコリと頭を下げた。

「ふふっ、大丈夫よ。こう見えて、私は結構頑丈なの、かしら?」

「何故疑問形で返すんですか、分からないですよ。まぁ、大丈夫ならいいんですけど・・・・・・ごめんなさい。」

わたしがもう一度頭を下げると、彼女は微笑みながら「よろしい」と言うと、服をパタパタと叩き、こちらに視線を向けて、なぜか小首をかしげて言った。

「さてと、じゃ、そろそろ紹介? 私はアリソン。アリソン・エレット。ようこそ、私の工房アトリエ・アリソンへ?」


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.561088085175