(cache) 和歌山の柿


	和歌山の柿



	果樹研究所　健康機能性研究チーム　尾﨑嘉彦　　　　.

	秋になれば「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」という正岡子規の句を思い出される方も多いかも知れません。この俳句のせいか、柿と言えば奈良県を連想されることが多いようです。実際、奈良県中部から和歌山県に至る紀ノ川の流域では、柿の栽培が盛んで、奈良県が全国第２位の約24,000トン、和歌山県が第１位の約45,000トン、あわせて実に全国の柿の三分の一をこの地域から出荷していることになります。　もともとこの地域は、甘柿の栽培に適した気候であるといわれ、富有柿を中心とする産地が形成されていました。ところが昭和50年代を境に、平核無柿等の渋柿の栽培へと移行しました。和歌山県においては、同じ時期に進められたみかんや八朔など他の果樹からの改植の対象として渋柿が選ばれたこと、さらに脱渋技術の改良が進んだこともあり、その生産が急増しました^1）。現在では和歌山県の柿の生産量の80％以上をこれらの品種が占めるようになっています（図１）。市場では「和歌山のたねなしがき」として販売されていますが、その３割が平核無柿、７割が刀根早生となっています。　渋柿は伝統的に干し柿に加工したうえで、食されてきたものではありますが、それ以外の柿の主要な加工品というと何があるでしょうか？ジャム、ワイン、和菓子、チップ等々ないことはないのですが、他の果実類のような多様な加工品が製造され、消費者に親しまれているかというと、そうでもありません。これは、柿はフレーバーが弱いため加工品にしたときにその特徴を出しにくいこと、あるいは収穫時期が短期間に集中するため事業としての加工の対象となりにくいことなどが背景にあるためだといわれています。　和歌山県では県北部のかつらぎ町四郷地区が「串柿の里」として全国的に有名です。串柿とは剥皮した柿の果実を竹の串に刺して干しあげるもので、この地域では「青曽」と呼ばれる品種を原料に約400年前から串柿作りが行われ、ほとんどが正月用の縁起物として全国に出荷されています。しかし、それ以外の柿の加工品への取り組みは、まだ始まったばかりと言っても良いでしょう。これは、和歌山県が大消費地に近いことと、これまで生果での販売が比較的順調であったので、加工に仕向けられる果実が少なかったためであると考えられます。しかしながら、近年の生果販売の不振をうけて、和歌山県の産地でも加工品市場創造への模索が行われています。その中で期待されているのが「あんぽ柿」と「柿酢」です。　あんぽ柿は福島県の伊達地方が起源で「天干柿（あまぼしがき）」がなまってこう呼ばれるようになったと言われています。自治体によっては独自の規格を定めている場合もあるようですが、一般的には、水分含量が50％前後と通常の干し柿よりも高いものをあんぽ柿と呼んでいます。あんぽ柿は、軟らかく食べやすい、色調、風味に優れているなどの特徴を持ち、幅広い層の消費者に受け入れられています。我が国の干し柿の生産は90年代には大きな落ち込みを見せましたが、近年V字回復の傾向を示しています（図２）。この陰には、あんぽ柿の生産量の増加があるのではないかと考えられます。平成17年度では我が国全体では年間約8000tの干し柿が生産されています。このうち福島県、長野県、山梨県の上位三県で全体の2／3を生産しています。干し柿に加工する場合には、まずその入り口に「皮を剥く」という作業が立ちはだかりますが、干し柿生産が盛んなこれらの地域では、ろくろ式の電動剥皮装置が普及しています。ところが、これから新たに加工に取り組もうとする和歌山県の産地では、このような装置がまだ広く普及しているという状況ではありません。　このような背景のもと、「全く新しい剥皮技術によりこの作業を効率化することができれば、柿を原料とする新たな加工品の開発につながるかもしれない。柿の果実を何かの液に漬けて引き上げたら皮が剥けているような技術は開発できないか？」という相談を柿生産農家の方から頂いたのが、筆者らが微生物酵素を利用した柿果実の剥皮技術の開発に取り組むきっかけでした。　柿の果皮組織も他の植物組織と同様に細胞で構成され、ペクチン質が細胞同士をつなぎ止める接着剤の役割を果たしています。このペクチン質を微生物が生産するペクチナーゼの一種により限定的に分解することで、細胞間の接着がはずれて外果皮組織が崩壊します。外果皮組織が崩壊した果実は、軽く水で洗い流すだけで果皮を取り除くことができるようになります。ただし、単に果実を酵素液に浸漬するだけでは、酵素反応が均一に進行せず果皮が残ったり、あるいは一部えぐれたりしますので、筆者らは果実に簡単な前処理を施すことで果皮組織への酵素の浸透を均一にし、酵素反応も均一にかつ限定的に進行させることに成功しました。この方法で剥皮した果実は、まるで手で剥いたモモのような滑らかな外観を持ち、硬度や栄養成分などは、刃物で剥いたものとほとんど差がありません²⁾。　この技術については、現在平核無柿と刀根早生をターゲットに実用化を目指して装置の開発を行っています。ところがこの実験には、生の果実が必要になります。これは、冷凍、解凍の過程を経て果実表面の物性が変化してしまった果実では、表面から数mmの厚さを限定的に酵素で処理するデリケートな条件を再現することはできません。そこで、毎年９月から12月にかけて柿の果実が出回る季節に、少しずつ集中的に開発を進めています。数年後には、この技術で剥皮した柿の加工品が市場に出回ることでしょう。　もう一つの加工品として注目を集めているのが柿酢です。柿酢はカキ果実に含まれる糖類を果皮に付着している酵母、酢酸菌の作用により、酢酸へと変換させた果実酢の一種です。最近では安定した製造のために酵母、酢酸菌（酢種）が添加されることもあるようです。　酢を飲む健康法ブームを背景に、市場が拡大しつつあります。健康機能性に関する検討も開始され、行政、JA、住民の協力の下、和歌山県立医大が飲用試験を実施し、長期の飲用で体内の酸化的ストレスマーカーを低下させることを明らかにしています^３）。　このような状況ですので、柿酢の製造に参入を希望される農家も少なくないのですが、そのためには酒税法上の「もろみ免許」の取得を求められることが、一つのハードルになっています。「もろみ免許」の取得には、分析機器の整備とアルコール濃度の測定およびその記帳が義務づけられます。先進的な農家の中には、この点をクリアし「もろみ免許」を取得し、柿酢の生産に乗り出した方もいらっしゃいます。しかしこのようなケースは稀で柿酢が柿の加工品として重要な位置を占めるようになるためには、地域の醸造業者の協力やＪＡ等での生産拠点の整備が欠かせないものになると思います。　ところで、柿の生産が盛んな紀ノ川の流域には、「柿の葉寿司」と呼ばれる伝統食品があります。これは、柿の果実ではなく葉を利用したもので、サバの押し寿司を柿の葉でくるんだものです。なぜサバ寿司を柿の葉でくるんだのでしょうか？これは、経験に基づき長い年月の間に選択されてきたものであると考えられますが、その過程で単に物理的な遮蔽性に優れたものだけではなく、その食品の品質保持に寄与するものが選択されていることも想像されます。サバには酸化されやすい不飽和脂肪酸が多く含まれます。そこで、筆者らは柿の葉の抗酸化性について調べてみました。その結果、柿の葉の抽出物が脂質の酸化を強力に抑制することを見いだしました。柿の葉には湿重で１～２％という非常に高い濃度のビタミンＣが含まれています。当初、このビタミンＣが脂質の酸化抑制に作用しているものと考えていました。しかし、さらに詳細に検討を進めると柿の葉抽出物の脂溶性の画分に、より強い作用が認められました。そこでこの作用の本体を単離して、構造解析をしてみるとこれはビタミンＥ（α－トコフェロール）であることがわかりました^４）。柿の葉のα－トコフェロール含量は落葉の直前には100gあたり30mgを超えるレベルに到達します（図３）。これは、ビタミンＥを多く含むと位置づけられているアーモンドに匹敵するものです。　現代の食品産業で酸化防止を目的として用いられる食品添加物の代表格が、ビタミンＣとビタミンＥです。それぞれ水溶性、脂溶性の特徴を活かして、目的に応じて使い分けられていますが、柿の葉寿司でも脂肪分が多いサカナの部分ではビタミンＥが、飯の部分ではビタミンＣが酸化的劣化の抑制に働いているのではないかと考えています。この二つの成分を多量に含んでいる柿の葉がサバ寿司の包装に用いられてきたと言うことは、あらためて先人の知恵に驚かされるところです。　これらの成分は抗酸化ビタミンとして、ヒトの健康の維持の面からも注目されているものです。さらに柿の葉には抗アレルギー作用や脂質代謝改善作用などが期待される化合物が含まれることも示されています^５，６）。柿の収穫前には果実の着色を促進する目的で摘葉作業が行われますが、この時に得られる葉もまた貴重な未利用資源として、活用できる道もあるのではないかと考えています。　先日、在ブラジルの日本人の方からブラジルでの柿の生産についてうかがう機会がありました。ブラジルにおいては日本人の移民が持ち込んだ種苗をもとに柿の栽培が広がり、現在では主に二つの品種で年間５～６万トンの生産量があるそうです。日本の富有柿をブラジルの気候で栽培すると一つの果実が600～700gにも成長するそうです。特に袋かけ栽培をしたものは味も良くて見事な果実で、生食用に高値で取引されているということでした。もう一つの主要品種は「ギオンボ」なんとなくラテンの響きがありますが、これも日本の「祇園坊」という品種だそうです。こちらは渋柿で、干柿に加工されているそうです。地元でも人気があるそうですが、ヨーロッパ方面にも輸出されているようです。また、柿酢にも加工されていると言うことで、やはり同じような方向性で進んでいるものだと感じました。　国際的に見ると柿の生産量が最も多いのは中国で、実は我が国にも中国から干し柿が輸入されています。その量は、これまでほぼ国産のものに匹敵するものでしたが、最近は中国産食品に対する不安の影響もあるのか急減しています。ここは、国内の干し柿産業が飛躍を遂げるチャンスではないかと思っています。【引用文献】北地域の果樹農業と研究所50年間のあゆみ　　和歌山県かきもも研究所　創立50周年記念誌　(2004). カキ果実の剥皮方法、剥皮果実、および包装剥皮果実　　尾崎嘉彦・山西妃早子・木村美和子・中内道世、日本国特許第3617042号（2004）. 柿酢飲用による血中抗酸化能および尿中イソプロスタンレベルの変化　　牟礼佳苗・竹下達也・森岡郁晴・有田幹雄、日本衛生学雑誌, 62 (1) , 32-38 (2007). 柿の葉に新たな抗酸化物質発見　　山西妃早子、和歌山の果樹, 55 (8) 16-17 （2004）. Persimmon leaf extract and astragalin　inhibit　development of dermatitis and　IgE elevation in NC/Nga mice, Kotani, M. et al., J. Allergy Clin. Immunol., 106　(1), 159-166 (2000). Supplementation of whole persimmon leaf improves lipid profiles and suppresses body weight gain in rats fed high-fat diet. Lee, J. S. et al., Food and Chemical Toxicology, 44 (11), 1875-1883 (2006).Tylavsky FA et al. 2004 Fruit and vegetable intakes are an independent predictor of bone size in early pubertal children. Am J Clin Nutr. 79(2):311-317.