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2011年1月12日(水)付

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タイガーマスク―善意の文化を育てるには

先月のクリスマス、前橋市の児童相談所玄関前にランドセル10個を置いた最初の「伊達直人」氏には、そんなつもりはなかったに違いない。でも年明け、神奈川県小田原市の相談所に来[記事全文]

米乱射事件―銃社会に決別する時だ

米国でまた、銃の悲劇が起きた。西部アリゾナ州の町が流血の舞台となった。スーパーマーケット前で、有権者と対話集会を開いていたガブリエル・ギフォーズ下院議員(民主)が、近づ[記事全文]

タイガーマスク―善意の文化を育てるには

 先月のクリスマス、前橋市の児童相談所玄関前にランドセル10個を置いた最初の「伊達直人」氏には、そんなつもりはなかったに違いない。

 でも年明け、神奈川県小田原市の相談所に来た手紙には「タイガーマスク運動が続くとよいですね」と書かれていた。ひっそり灯(とも)した明かりが、匿名の人たちによって次々分火され、いつのまにか「運動」と呼ばれている。

 伊達直人は、約40年前の人気漫画・アニメ「タイガーマスク」の主人公。覆面レスラーの彼は、出身の孤児院にファイトマネーを贈り続けた。大勢の子が孤児になった戦争が終わって、20年余り。日本が貧しさから抜け出そうとしていた時代の物語だった。

 おととい、箱いっぱいの文具を贈られた鳥取市の児童養護施設の園長は「今回のことで施設に関心を持ってもらい、ありがたい」と話している。

 いま、約580の児童養護施設に、3万人余りの1〜18歳児が暮らしている。40年前と比べ、両親との死別や貧困のため預けられる例は激減し、虐待を受けた子が半数以上を占める。

 親から歯磨きすら教わらず、虫歯だらけの子。暴力を受けて育ち、すぐキレてしまう子。心の奥に傷を抱え、ケアが難しい例が増えている。

 突然の贈り物をどこの施設も歓迎しているようだ。一方で、予想を超えた広がりに戸惑う関係者もいる。

 匿名の善意は尊重したいけれど、拾得物として警察に届けなければならないケースもあり、扱いが難しい。子どもはどの色や形のランドセルが欲しかったか、もっと必要なものはなかったか。ニーズと食い違う場合もあろう。

 「いま何が必要か、施設に相談していただけると、よりうれしい。どういう人に助けてもらったか、顔が見えた方が、子どもの将来にとってもよいと思うのです」。都内で施設を運営し、全国児童養護施設協議会の副会長を務める土田秀行さんは、そう話す。

 施設はこれまでも、様々な善意に支えられてきた。地域の飲食店が食事をふるまったり、篤志家がスポーツ観戦に招待したり。そうした営みはとりたてて光が当てられることもない。

 岩手県花巻市のスーパーで現金と一緒に見つかった手紙には「全国にタイガーマスクが居るんですよ、きっと」と書かれていた。そう、誰もが小さな善意のロウソクを持っている。

 寒さも景気も厳しい冬だ。白いマットのジャングルに、きょうも嵐が吹き荒れている。タイガーマスクが灯したのは、子どもたちに加え、日々を忙しくやり過ごしている普通の市民の気持ちだったのでは――。

 だとしたら、善意を効果的に届けるには、寄付文化を根づかせるには、どうしたらよいか。照れや気負いの覆面を外し、考えるきっかけにしたい。

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米乱射事件―銃社会に決別する時だ

 米国でまた、銃の悲劇が起きた。

 西部アリゾナ州の町が流血の舞台となった。スーパーマーケット前で、有権者と対話集会を開いていたガブリエル・ギフォーズ下院議員(民主)が、近づいてきた男に頭を撃たれた。議員は何とか一命をとりとめそうだが、居合わせた連邦判事ら6人が射殺され、14人が負傷した。

 逮捕されたのは22歳の若者だ。自宅から「事前に計画した」「私の暗殺」「ギフォーズ」などと書かれたメモが見つかった。議員が有権者と語り合う対話集会は、米国の草の根民主主義の良き伝統である。それを修羅場に変えたのは、民主主義を破壊しようとした蛮行というほかない。

 米メディアによると、容疑者は以前に陸軍に志願したが、麻薬検査ではねられたという。地元の短期大学に通ったが、言動が攻撃的で昨秋に停学処分になっていた。

 ところが、犯行に使った銃はスポーツ用品店で昨年11月に合法的に購入していたという。警官や兵士が使う殺傷力の高い銃だ。麻薬の使用歴がある人物がどうして、そんな物をやすやすと入手できるのか。米国の銃規制の甘さに、今さらながら驚くばかりである。

 犯行の背後に、米国政治の対決ムードを指摘する声もある。民主、共和両党の党派対立が抜き差しならないほど高まり、メディアやネットで個人攻撃が繰り広げられている。なかには相手への銃の使用すら示唆するような過激な言動もある。

 撃たれたギフォーズ議員は民主党内の穏健派だが、オバマ政権の医療保険改革法案に賛成したため、脅迫メールが送りつけられたり、地元事務所の窓ガラスが割られたりしていた。政治家を標的とするような異常な雰囲気を、許すべきではない。

 ケネディ大統領暗殺やレーガン大統領銃撃など、米国の政治家が銃で撃たれた事件は数多い。2007年のバージニア工科大学乱射事件のような学校での乱射事件も絶えない。銃規制団体の推計では、年間に10万人以上が銃で撃たれており、殺人のほか自殺や事故も含めて死者は3万人を超えている。

 93年のブレイディ法は、銃の販売時に犯歴を照会する期間を置くよう義務づけている。だが、保守派は合衆国憲法が「武装する権利」を明記しているとして、規制に反対している。イスラム過激派のテロより、はるかに多くの米国人が毎年、銃の犠牲になっていることを考えてほしい。

 今回の犠牲者には、01年の同時多発テロが起きた日に生まれた少女もいた。「悲劇の日に生まれた娘が、悲劇の日に命を奪われたことが、我々の社会を物語っている」と父親は話した。

 この言葉に耳を傾けて、米国は本気で銃規制に取り組むべきだ。

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